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標準和名「ミルクガニ」の提案―国際動物命名規約と学名ブロックチェーン―

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Academic year: 2021

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標準和名「ミルクガニ」の提案

―国際動物命名規約と学名ブロックチェーン―

Proposal of new Japanese standard name, “Milk-Gani,” for Paralomis multispina (Lithodoidea:

Paguridea: Decapoda) ―International Code for Zoological Nomenclature (ICZN) and block

chain of scientific names―

渡部 元

1

・山本 桂

1

Hajime Watabe and Katsura Yamamoto

国際動物命名規約 (ICZN) の基本的な思想と手続 きを出発点として,学名の体系の整備にあたって, 新たなオントロジーを有するメタデータベースの基 盤構成を行った.ここでは海洋環境から甲殻類生物 体を漁獲するプロセスになぞらえる形で,「命名の 対象:タクソン」に関する「学名ブロックチェーン」 を構成することを提案した.その端緒を切る存在と して,静岡県焼津市の名物となっている種タクソン, Paralomis multispinaに対して,新標準和名「ミルク ガニ」(旧標準和名:エゾイバラガニ)を提案した. 付随して,ハナサキガニParalithodes brevipes,日本 産サワガニ類,ズワイガニ種群,ノウイチョウガニ 種群に関して今回提示した学名ブロックチェーンを 適用し,メタデータベース上での命名権ビジネスの 展開を提示した. はじめに 動物の学名は,国際動物命名規約によって統制さ れ,生物分類学者は,「タクソン」を命名対象とす る大枠の中で自らの思想的な多様性を保証されてい る (渡部,2011a, b).インターネットの爆発的な普 及を受けて,動物の学名に関しても当然ながらデー タベースによる管理統制が進められており,WoRMS, GBIFのような存在が広く知られている.その中で 問題になるのは,命名にかかる思想の首尾一貫した 保持であり,その延長上に計算機科学的な具体的 論理シーケンスの構築が要請される.残念ながら, Bio-LOD(Linked Open Data)のような形で標準化 されたデータの集積が試みられているものの,数理 論理学的に平明なオントロジー(基本的なデータ フォーマットの仕様)を有するデータベースは知ら れていない.これは,「第三者機関の不在」および 「書き換え不可能なブロックチェーン」を特徴とし, 分散処理,データストーレージの非中央集権化をト ピックスとする,クラウドコンピューティングや フィンテックが盛んになってきた昨今ではさらに重 要な案件となっており,早急な対策が生物分類学に 関しても求められている(伊藤・神保,私信). このようなクラウドコンピューティング,フィン テックの原型は我が国の水産物の取引現場では歴史 的,具体的事例が豊富に蓄積されており,その現場 から「流通名」という識別符号が生み出され,新規 に魚市場を賑わす海洋生物の資産価値の形成に大き な役割を果たしてきた.これは,現行のインター ネットオークションに見られるような,民法的な発 想から「現物」・「識別符号」・「メタデータ」のトリ プルを構成して,インターネットを経由して現物の 流通を促進する発想とは異なり,明確に「みなし物 権」の卓越する著作権法,我が国の漁業法,クラウ 1 三重外湾漁業協同組合 アクアショップ 夢市場… ドルフィン 〒516–1309 三重県度会郡南伊勢町東宮556–39 Miegaiwan Fisheries Cooperative Association, Aquashop

Yumeichiba…Dolphin, 556–39, Tohguu, Minamiise, Wata-rai, Mie 516–1309, Japan

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渡部 元・山本 桂 ドコンピューティング,その源泉として我が国の 「海洋思想」に深く根ざしている(長谷川・渡部, 2016:斎藤・武藤・関,私信:西田,私信).これ が,時空四次元空間内の「三次元構造物としての生 物体」の数理論理骨格だけを抜き出し,既存の計算 機科学的レガシーを包摂しながらインターネット空 間で任意の「体:たい」を取引対象とした新規産業 に応用される場合,典型例を用意して今後の「命名 権ビジネス」の端緒を切ることは極めて重要であ る. 本稿では,甲殻類分類学の世界では記念碑的レガ シーとなっている『日本産蟹類』 (Sakai, 1976)を出 発点として,インターネットを積極利用した生物分 類学の新たなファンディングに関して紹介したい. その中で,我が国のみならず,世界的にも著名に なりつつある静岡県焼津市の深海籠漁業に注目し, 「新たな標準和名」という切り口から深海性タラバ ガニ類に焦点をまず当てた.引き続き,離島に生息 する生物分類群に注目した生物分類学における「名 前資源」の開発に言及し,日本列島上に展開される サワガニ種群に関する命名権ビジネスのプラット フォーム提出を行いたい.末尾に,これらの計算機 科学的技術開発を新たな生物学の基盤,「超生物学」 (生物学基礎論)に収納し,超生物学の健全な展開 について所見を述べてみたい. 第一階述語論理的な 『日本産蟹類』 Sakai, 1976) のオントロジーから発展した,形式集合論的な 新しい分類体系のオントロジー(Watabe, 2007; 渡部,2011b, 2012; 山本・渡部,2015, 2016) 我が国のみならず,世界的にも『日本産蟹類』と いう浩瀚な三冊組の図鑑は著名であるが,近年の爆 発的な蟹類新種記載の中で,包摂しきれない新タク サが非常に増加しており,体系としては既に陳腐化 したものとみなされている(渡部,2012; 山本・渡 部,2015, 2016).しかし,この問題はむしろ「この 分類体系が何を目的として,蟹を通じて何を世に問 うたのか?」ということを考える場合に,「もとよ り自然界から新たな生物体を得るための羅針盤,蟹 といういきものを通じて人間社会の統治理論を啓蒙 するためのある種の統計学」として構成されたもの であり,「決して,蟹そのものを骨董品のように愛 玩することを目的としていない」を明らかにする (酒井 恒,私信).つまり,求める対象を「新たな 生物体」から「新たな生命」と変更し,それにふさ わしい概念的枠組みの構成,基盤となる情報システ ムの構成が強く望まれることになる. このような試みは既にWatabe (2007)で挑戦されて おり,オントロジーの変更という新たな試みから作 業が展開されている.しかし,この文献での作業は 萌芽的なものに留まり,数理論理基盤として利用す るには未熟なところが多かった.ここでは,『日本産 蟹類』がオントロジーとして第一階述語論理を選択 していることを発展させ,厳密な形で形式集合論を オントロジーとして選択しなおす.まず,Systema Naturae (Fig. 1)を一番大きな枠組みとし,十脚目: Order Decapoda,真正蟹亞目:Suborder Eubrachyura における体系学的構造を概観した(Figs. 2–3).引 き続き,形態的特質が過剰で分類体系構成が困難と された尖頭上科:Superfamily Oxyrhyncha,逆に形 態的特質が貧弱で分類体系構成が困難であるサワガ ニ 上 科:Superfamily Potamoideaを 例 示 す る(Figs. 4–5:Watabe, 2007). 『日本産蟹類』において特徴的なこととして,「蟹 類の図鑑」として編纂されながら,「蟹でない蟹」の 代表としてタラバガニ類を同時に取り扱っている点 が挙げられる.これは『日本産蟹類』が思想的に発 展途上にあり,なんらかの思想的イノベーションを 経てさらに優れた分類体系となる階梯であることを 予告するものであり,水産的な重要性と併せて,タ ラバガニ類の形態的過剰さ,体系学的な取り扱いの 困難さから敢えてこの図鑑に収録されたものである (酒井 恒,私信).

Paralomis multispina (Lithodoidea: Paguridea:

Decapoda) に対する新たな標準和名,「ミルク ガニ」,の提案 上記の通り,タラバガニ類は生物分類学の対象と しては非常に取り扱いが難しく,『日本産蟹類』の 中でも最後の秘境の一つとして提示されたものと言 える.中でも,形態的特徴が非常に多岐に亘り,種 の区分に当たっても種内の形態的変異が激しいこと

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Fig. 1. Systema Naturae.縦軸,横軸ともに,系譜学的観点からの進化傾向を表す.

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渡部 元・山本 桂

Fig. 3. Systema Eubrachyurorum.縦軸,横軸ともに,系譜学的観点からの進化傾向を表す.

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Fig. 5. Systema Potamonorum.縦軸,横軸ともに,系譜学的観点からの進化傾向を表す.

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渡部 元・山本 桂 から,従来「エゾイバラガニ」という日本語識別符 号で知られてきたParalomisの取り扱いは際立って 困難とされた.その一方で,Paralomisの商業利用が 静岡県焼津市で展開され,P. multispina (Fig. 6) につ いて水産流通名「みるくがに」という識別符号でイ ンターネット,マスコミを経由して認知度が非常に 高まった.そこで主導的に事業推進したのが漁船, 長兼丸(ちょうかねまる)であり,長谷川嘉一氏, 長谷川久志氏,長谷川一孝氏の尽力により「深海湾 駿河湾の名物」として知られることになった(長谷 川・渡部,2016). ここでは,長谷川家三代の尽力を讃え,水産流通 名として発案された「みるくがに」という名称を, 正規の標準和名,「ミルクガニ」に変更することを 提案する.同時に,Paralomisは現在では全球的に知 られるタラバガニ類の一群であり,「北海道地方名 物のイバラガニ類」という文字列で表徴することも 適切でないことを勘案し,今回の措置とした.将来 的には属名の変更も急ぐ必要があり,そこでの命名 権の取り扱い,記載者の選定が急務と言える.同時 に,今回の標準和名の変更から,従来「エゾイバラ ガニ」という文字列を冠していた他の標準和名も変 更されることになる.なお,P. hystrix, P. hystrixoides については形態的特質,標準和名変更に伴う混乱の 防止を勘案し,従来通り,それぞれ「イガグリガニ」, 「イガグリモドキ」のままとした.ここでは近未来 のParalomisの分割を想定しつつ,現段階での標準 和名の変更について列記しておく. Genus Paralomis ミルクガニ属 (新称) P. hystrixoides イガグリモドキ P. hystrix イガグリガニ P. multispina ミルクガニ (新称) P. pacifica シロミルクガニ (新称) P. kyushupalauensis タケダミルクガニ (新称) P. verrilli ゴカクミルクガニ(新称)

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P. cristata ヒラアシミルクガニ (新称) P. dofleini ツブミルクガニ (新称) P. jamsteci エンセイミルクガニ(新称) P. japonica コフキミルクガニ (新称) P. truncatispinosa イボミルクガニ (新称) 派生した命名権の対象 前節では「ミルクガニ」という識別符号を通じて, タラバガニ類から俯瞰した新たなSystema Naturae について述べてきた.その理論基盤構成を受けて,

Fig. 8. Geothelphusa shokitaiセンカクサワガニ.縦軸は系譜学的観点からの進化傾向を,横軸は分類階層を表す.

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渡部 元・山本 桂 まず,我が国の離島防衛に寄与するケースとして北 方領土に対してハナサキガニParalithodes brevipes, 南西諸島に対してセンカクサワガニGeothelphusa shokitaiを例示した(Figs. 7–8).これらはそれぞれ のFig.の中で示される通り,標準和名のみならず属 名について変更が可能であり,命名権の対象とし て,同時に国防上の手段として非常に重要である. 引き続き,日本列島に展開するサワガニ種群につい ても同様な作業を行い,数多くの隠蔽種を指摘した (Fig. 9).水産重要種に対しても作業を行い,ズワ イ ガ ニChionoecetes elongatusの細分化を提案した (Fig. 10).末尾に,真正蟹亞目の中では分類体系構 築に難点があり,「蟹の王様」と考えられてきたイ チョウガニ類について作業を行い,ヒメノウイチョ ウ ガ ニ(仮 称)Platepistoma cf.anaglyptumを 熊 野 灘から認識した(Fig. 11). 超生物学への展開,学名ブロックチェーンと数 理論理学の関係 以上のように,数理論理学的なアプローチ法から 「生物学の基本思想」を明らかにした上で一体の 「学名の体系」,その具体例としてメタデータベース 上の学名ブロックチェーン,を作ってみたが,結果 としてはこの試みはインターネットを介した新しい 生物学の勃興を宣言することになる.ちょうど前世 紀の初頭に,ドイツを中心に発展した「数学の基礎 づけ」を支えた超数学(数学基礎論)の成立と同様 となるが,生物学の基本思想を明確にし,そこから 一元的な思想体系を構成することがその大きな狙い とも言える(渡部,2011b).このような試みは,人 間社会への応用を考える場合に非常に大きな産業転 用が見込め,改めて超数学の生物学版,「超生物学 (生物学基礎論)」を宣言する必要があろう.中で も,理解に難点の多い「みなし物権」の世界で卓越

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Fig. 11. Platepistoma cf.anaglyptumヒメノウイチョウガニ (仮称).縦軸は系譜学的観点からの進化傾向を,

横軸は分類階層を表す.熊野灘からのみ知られる.

Fig. 12. 形式集合論・第一階述語論理・命題論理における主要な概念のマッピングと漁業権思想との対応.

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渡部 元・山本 桂 した解析・分析力があることを示し,今後の産業転 用に備えることが重要といえる(Figs. 12–13). 本稿では,静岡県焼津市での「深海性タラバガニ 類の資源開発」を具体例として,学名や標準和名と いう新たな「名前資源」の可視化を執り行い,それ が現実社会での水産業と同型の産業モデルで「イン ターネットの海」にて資源開発できることを示した. 改めてそのプロセスを振り返るに,長谷川家三代が 成し遂げた「札の付け替え」,結果としての「標準 和名ミルクガニ」の大きな影響力を称揚することが 可能である.ここに長谷川家三代の功績を讃え,長 く「ミルクガニ」の標準和名とともに静岡県での先 進的漁業の存続があることを願ってやまない. 謝 辞 本稿の執筆にあたっては,故酒井 恒博士,酒井 勝司博士親子,朝倉 彰会長(日本甲殻類学会,京 都大学フィールド科学教育センター瀬戸臨海実験所 所長)にはひとかたならぬお世話になった,この場 を借りてお礼申し上げる.本稿掲載にあたっては, Cancer編集委員会各位,村岡健作博士(神奈川県) のお骨折りがあったことにも,記してお礼申し上げ たい.生物多様性に関連した情報学,我が国の生物 分類学に関する思想,歴史的経緯,我が国の海洋思 想について,西田 睦副学長(琉球大学),伊藤元 己教授(東京大学教養学部),神保宇嗣博士(国立 科学博物館),斎藤俊郎教授,武藤文人准教授,関  いずみ教授(東海大学海洋学部),長谷川久志船長 (長兼丸,静岡県焼津市)には有益なご助言,励ま しを頂いた.サワガニ類の分類体系構築に当たって は,故永井誠二氏,鈴木廣志教授(鹿児島大学水産 学部),一寸木 肇氏(神奈川県足柄上郡大井町), 山岡 遵氏(高知県吾川郡いの町)に有益なご助言 をいただいた.末尾となるが,思想としての「日本 に生きる」という概念を著作で問うた故宮本常一博 士,学術団体の経営と財政援助に関して,日本甲殻 類学会や我が国の民俗学に偉大な貢献をされた故渋 沢敬三氏には心から深謝したい. 引用文献 長谷川久志・渡部 元,2016.深海の使いからの便り ―富士のわだつみの「みるくがに」―.Cancer, 25: 75–88.

Sakai, T. 1976. Crabs of Japan and the Adjacent Seas. Tokyo, Kodansha Ltd. [In 3 volumes: (1) English text: i–xxix, 1–773, figs 1–379, (2) Plates volume: 1–16, pls 1–251, (3) Japanese text: 1–461, figs 1–2, 3 maps.]

Watabe, H. 2007. Metabiology of Decapods: Construction of axiomatic system of the Autopoiesis Theory. Ocean Policy Studies, 5: 31–125. 渡部 元,2011a.白海老非海老―二十一世紀に蘇る公 孫竜―.生物科学,62: 182–186. 渡部 元,2011b.分類学と関連規約・法令 知的財 産としての論文.Cancer, 20: 51–55. 渡部 元,2012.酒井 恒先生の思い出―『日本産蟹類』 に見るSystema Naturae―.Cancer, 21: 57–64. 山本 桂・渡部 元,2015.ヤマシタカラッパを望ん で―アクアショップ夢市場…ドルフィンの取り組 み―.Cancer, 24: 85–98. 山本 桂・渡部 元,2016.ししょんまと人間―語り 得ぬものへの挑戦―.Cancer, 25: 89–101.

Fig. 1.   Systema Naturae .縦軸,横軸ともに,系譜学的観点からの進化傾向を表す.
Fig. 4.   Systema Oxyrhynchorum .縦軸,横軸ともに,系譜学的観点からの進化傾向を表す.
Fig. 5.   Systema Potamonorum .縦軸,横軸ともに,系譜学的観点からの進化傾向を表す.
Fig. 7.   Paralithodes brevipes ハナサキガニ.縦軸は系譜学的観点からの進化傾向を,横軸は分類階層を表す.
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○杉山座長