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訳者あとがき(pdf)

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Academic year: 2021

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訳者あとがき

本書は,2011 年オックスフォード大学出版から出たアラン・J・マッコマス (Alan J McComas)による GALVANI’S SPARK―the STORY of the NERVE

IMPULSE(初版)の全訳である。著者は西オーストラリアに生まれ,イギリ スで教育を受け,ダーラム大学,王立ヴィクトリア病院,国立神経疾患病院, ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンなどで学んでいる。1971 年,カナダ のハミルトンにあるマックマスター大学(McMaster University)医学部教授 (神経学)となる。1988 年,マックマスター大学の生物医学科の初代講座長 (founding Chair)となる。1996 年以降,マックマスター大学医学部名誉教授 である。1934 年生まれなので,現在 80 歳になるはずである。 著者は,医学と生理学で多くの業績を残している。専門は最初期の筋肉異常 の微小電極による研究,ついでヒトの運動神経の数に関する電気生理学的研 究,最近のものとしては,脳の磁気刺激による偏頭痛の治療などがある。7 冊 の本の著者,共著者であり,150 本を超える論文を発表している。 本書は,神経系の基本単位であるニューロン(神経細胞)の主たる機能,す なわち静止電位,興奮,伝導,そして伝達の仕組みについて,それぞれがいか にして発見され,研究がいかに発展してきたかを解説したものである。ただ し,その中核となるのは,興奮すなわち活動電位発生の仕組みである。 本書の特徴を書いておこう。 まず第 1 に,何よりも書かれてから新しいことである。出版されたのが 2011 年である。それだけに,近年に至るまでの重要知見が盛り込まれてい る。動物に電気が発生することを初めて実験的に示唆したのは,ガルヴァーニ (1791 年)であるが,彼の発見から,ホジキンとハクスリーの革新を経て,興 奮を分子レベルで解明したマッキノンのノーベル賞受賞(2003 年)まで,お よそ 200 年間の研究の歩みが詳しく解説されている。

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448 第 2 に,本書は神経細胞(ニューロン)の電気的性質に焦点が当てられてい ることである。神経科学の歴史を詳しく扱ったものは日本にはほとんどない が,海外にはそれなりにある。しかし,通常は脳や神経系の全体をながめたも のであり,主には脳の機能局在が問題とされる。その点で,単一ニューロンの 電気生理学に焦点を当てた本書は類を見ないものである。 第 3 に,スタイルがユニークなことである。歴史書といえば通常,分野に分 け年代順に事実を並べていくものである。歴史的事実を確認するぶんにはそれ で十分だが,特定のテーマについて深く知るには適していない。ここでは,各 章でヒーローともいうべき 1 人または数人の研究者を登場させ,彼らを中心に 話しが展開される。どの章も臨場感に溢れ,まるで小説を読むようなおもしろ さがある。それでいて,科学的正確さは細部に至るまで失われていない。歴史 をひもときながら神経生理学の基礎を学ぶことができる。ところどころ各章の はじめに,本の飾り模様(vignette)をまねたエピソードが現在形の文体で挿 入されている(囲み枠内)。著者は,それを挿入したことで歴史的事実をフィ クションで包んだことを気にしているようであるが,思い入れの強い部分を読 者の記憶に焼き付けたいとの願いは十分に功を奏している。 第 4 に,この本の底流には,アラン・ホジキンとアンドリュー・ハクスリー へのオマージュがある。とくに本書が献呈されたハクスリーに対しては,異常 なまでの尊崇の念がある。これは歴史書においては珍しいことである。それは この本が単なる歴史の解説書ではなく,著者の個人的回想記でもあるからであ ろう。 第 5 に,本の内容そのものであるが,神経生理学における重要な発見と発展 の経緯が,研究者の人物像や時代背景とともに詳しく描かれている。これによ り,研究には個人の資質のほかに,運,伝統,社会情勢,国家の興亡,戦争の 影響など,様々なものが影響してくることがよくわかる。そうして,ある研究 者はなぜ成功し,他の研究者はなぜうまくいかなかったか,ということも学ぶ ことができる。これは若い研究者には教訓的である。 第 6 に著者の経歴である。著者は歴史家ではなく神経生理学者であり,実験 方法や結果の意味を細部まで正しく理解できる立場にある。当然,研究現場を 体験しているし,イギリスの生理学会を通じて多くを見聞し,研究者たちとも 交流をもっている。すでに世を去った高名な研究者とも接触できた残り少ない 人物である。それゆえ,それらについての直接体験が記録された本書は貴重で ある。

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449 訳者あとがき 第 7 に,本書には歴史的に重要な論文や著書の図,また貴重な写真が数多く 載せられている。著作権がやかましくなり,雑誌が次々と電子化されるなか で,古いものにアクセスすることが困難になりつつある昨今,こうした貴重な 資料を一挙に手にできるのは,まことにありがたいことである。 ここで,本書との出会いと感想など,少し述べさせていただきたい。一昨年 (2012 年)これを書いている酒井正樹(岡山大学名誉教授)は,共訳者の高畑 雅一氏(北海道大学大学院理学研究院教授)からこの本のことを知らされた。 それには少し事情がある。かつて酒井は,学会誌にガルヴァーニと生物電気研 究の歴史について連載したことがあった(日本比較生理生化学誌 Vol.13, 14, 16, 1996~99),当時,高畑氏が会誌編集長で,小生の原稿を編集されていた のである。そんなこともあって,彼が私に紹介してくれたのだと思う。私は本 の著者のことはまったく知らなかったが,タイトルの“GALVANI’S SPARK” に引かれ,さっそく購入してみた。ところが,本を開いたところ,全 23 章の うちガルヴァーニのことを書いてあるのは第 2 章のごく一部であり,ガル ヴァーニの紹介そのものも,とくに目新しいものはなかった。それで,しばら くはそのままにしておいた。 ところが,2012 年たまたま上記学会誌に「ニューロンの電気現象」という 神経細胞の基本をシリーズで執筆することになり,そのなかで歴史的事実を再 確認する必要が生じた。そこで,あらためて本書に目を通すことになったので ある。そうするうちに,この本がとても面白い読み物であることがわかってき た。どの章も読むたび引き込まれた。まるでこれまでの自分の知識に生命が吹 き込まれるような気がした。私を含め多くの研究者は,教科書に載っている図 やその著者の名前は知っていても,図にある結果がいかにして得られたのか, また実験を行った研究者がどのような人物であったかについては,ほとんど知 るところがない。本書を読むことで,神経生理学がより身近なものになること は間違いない。今の若い人たちもぜひ読んでほしいと思った。 そのような経緯を経て,本書を翻訳できないかと思い立ち,共立出版の信沢 孝一氏に相談したところ,版権を取得できるとのこと。そこで,高畑氏に話し たところ,ぜひ一緒に,との答えが返ってきて,翻訳が実現することになっ た。酒井が前半(1~11 章)を,高畑氏が後半(12~23 章)を受けもち,たが いに相手の担当部分をチェックし合った。2013 年 3 月から開始,同年 9 月末 締め切りというかなり急ピッチの作業であった。原文のタイプミス,説明が不

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450 十分な箇所や誤り部分については,直接著者に照会し,著者による改訂と訂正 を行ってもらった。このため,原著とは一部異なっている部分(*を付した 文)があることをお断りしておく。また,読者の便宜をはかるため,訳者の判 断により随時訳注を挿入した。 科学史を学ぶうえでもっとも興味深いのことのひとつは,上の第 5 でも述べ たことだが,研究を大きな成功に導いた要因である。重要な発見をした者ある いは技術革新をした者が栄冠を得るとは限らない。それはひとえに研究者の問 題意識の深さであり,問題解決への切迫感や執着心にかかっている。たとえ ば,ゴルジは銀染色法を発見したが,この方法を十分に活かさなかった。一 方,カハールは銀染色法の発見者ではないが,この方法を使ってすばらしい成 果を上げた。その予兆は,銀染色法に初めて出会ったときのカハールの心の動 きに見てとれる。彼は染色された標本を見たとき,運命的なものを感じた。そ れは,彼が神経系の構築と機能に,並外れた問題意識と情熱をもっていたから である。これと似た事例は本書に数多く登場する。 訳者なりに一点気になったことを記しておく。それは,本書では日本人研究 者の影が薄いことである。神経生理学における日本人の貢献にはかなりのもの があり,第 23 章では神経生理学を牽引した国として,アメリカ,スウェーデ ン,イギリス,それに日本が挙げられている。しかるに,その章に日本人の名 前が 1 人も出てこないのは少し寂しい。しかし,テーマを単一神経の機能に集 中し,神経網や行動を扱う神経生理学は極力省くとういう本書の趣旨から,そ うなってしまったのであろう。 最後に,訳出原稿はバージニア大学の川崎雅司博士と康子夫人に校閲してい ただいた。とくに康子夫人には,訳文と英文を対照させながら細部に至るまで チェックしていただいた。お二人には深く感謝したい。また,共立出版の信沢 孝一氏と三輪直美さんには,編集で大変お世話になった。厚くお礼申し上げ る。さらに本書は,訳者の酒井と高畑,および校閲者の川崎雅司氏が日本比較 生理生化学会会員であることから,この出版を学会協賛としていただくことが できた。同学会にもお礼申し上げたい。 2014 年 2 月 訳者を代表して 酒  井  正  樹

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