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団体ヨーロッパツアー造成に関する研究 : 異文化間インテグレーターとしての添乗員機能の分析

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団体ヨーロッパツアー造成に関する研究 : 異文化

間インテグレーターとしての添乗員機能の分析

著者

山川 拓也

内容記述

学位記番号:論経第84号, 指導教員:吉田 順一

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大阪府立大学大学院博士学位論文

団体ヨーロッパツアー造成に関する研究

-異文化間インテグレーターとしての添乗員機能の分析-

大阪府立大学大学院 経済学研究科

博士後期課程 経済学専攻

山 川 拓 也

2018 年 3 月

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i

目次

第1章 序論 ... 1 1.問題の所在 ... 1 2.研究の目的と意義 ... 3 3.研究の背景 ... 5 4.研究対象と範囲限定 ... 6 5.研究方法と論文構成 ... 8 第2章 既存研究レビューと課題整理 ... 11 1.はじめに ... 11 2.旅行商品の構造や機能特性に着目した研究 ... 11 (1)「総合情報システム」としての旅行商品 ... 11 (2)旅行商品での旅行業者による「統制」... 13 (3)旅行商品における「製品アーキテクチャ論」からの構造分析 ... 14 (4)旅行商品の「非流通性」「不完全性」「限界性」 ... 15 3.既存研究への論理的批判 ... 17 4.本研究の立場 ... 19 5.課題の焦点と本研究の独自性 ... 20 第3章 観光における「生活文化体験」の構造化 ... 23 1.はじめに ... 23 2.団体ヨーロッパツアーにおける「表層的・疑似的異文化体験」の様相 23 (1)スイス・ジュネーブで聴くアルプホルンとヨーデルの調べと夕食 . 24 (2)パリ・リヨン駅構内の老舗フレンチレストラン ... 24 3.戯画化された観光経験-ブーアスティンによる批判 ... 25 4.「コト」による経験の消費 ... 27 5.観光経験としての「生活文化体験」の背景理論 ... 29 (1)「ライフスタイル・ツーリズム」と「文化的観光」 ... 29 (2)「オールドツーリスト」と「ニューツーリスト」 ... 32 (3)「ハード・ツーリズム」と「ソフト・ツーリズム」 ... 34 6.旅行者と訪問地の人々との接触 ... 35 (1)自文化のバブル ... 36 (2)ステレオタイプ化 ... 36 (3)プロのホスト ... 37 (4)人間関係の商品化 ... 38 (5)ツアーガイド ... 39 7.観光経験としての「生活文化体験」の展開 ... 40

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ii (1)展開ケース ... 40 A.‘sokoiko!’での取り組み-日本・広島 ... 40 B.「観光の終焉」-デンマーク・コペンハーゲン ... 41 (2)吉田(2008・2017)の「文化コミュニケーション能力」 ... 42 (3)『異文化生活探訪』の概念と要件 ... 46 8.小括 ... 48 第4章 団体ヨーロッパツアーの既存商品分析 ... 49 1.はじめに ... 49 2.分析対象 ... 49 (1)対象ディスティネーション ... 49 (2)旅行企画・実施会社の概要 ... 50 3.商品内容分析 ... 52 (1)イタリア ... 53 (2)スペイン ... 59 (3)ドイツ・オーストリア... 63 (4)ドイツ・スイス・フランス ... 67 (5)クロアチア・スロベニア ... 71 4.分析結果のまとめと考察 ... 75 5.小括 ... 77 第5章 団体ヨーロッパツアーにおける「管理」と「隔離」の構造 ... 80 1.はじめに ... 80 2.「科学的管理」に関する理論 ... 80 (1)「効率性」 ... 81 (2)「予測可能性」 ... 81 (3)「計算可能性」 ... 82 (4)「技術的制御」 ... 83 3.団体ヨーロッパツアーにおける「旅程管理」の方法 ... 83 (1)エスノセントリズムに基づく旅程管理-「エスニック・モデル」 83 (2)商品造成においての法的管理-「旅程保証制度」 ... 85 A.旅行業法・標準旅行業約款の制定と改正のあらまし ... 85 B.旅程保証制度の導入理由 ... 86 C.旅程保証制度の副作用 ... 87 (3)旅程管理者としての「添乗員」 ... 89 A.職務内容・資格要件 ... 90 B.求められる職業能力 ... 91 C.添乗員の役割認識と問題点 ... 92

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iii 4.仮説モデルの構築と提示 ... 94 (1)アロイス・ブリュリ(Alois Bürli)の説明モデル ... 94 (2)ブリュリ・モデルの団体パッケージツアーの構造分析への援用 .... 95 A.「排他・疎外」(Exclusion) ... 95 B.「分離・隔離」(Separation / Segregation) ... 96 C.「統合」(Integration) ... 97 D.「包摂」(Inclusion) ... 98 (3)《異文化間インテグレーター》モデル ... 98 5.小括 ... 101 第6章 添乗員を対象とする実証調査 ... 102 1.はじめに ... 102 2.添乗員の位置づけ ... 102 (1)地位・立場 ... 102 (2)評価 ... 103 3.問題意識と検証目的 ... 104 4.調査の概要 ... 106 (1)調査環境 ... 106 (2)事前調査(定性調査)の実施 ... 106 (3)本調査(定量調査)の実施 ... 107 5.本調査の方法 ... 108 (1)調査協力者と手続き ... 108 (2)アンケートの構成と内容 ... 108 6.本調査の結果 ... 109 (1)調査協力者の概要 ... 109 (2)自由記述回答 ... 110 (3)因子分析 ... 111 7.本調査からの考察 ... 114 8.小括 ... 115 第7章 結論 ... 118 1.研究の総括と発見事実の要約 ... 118 2.インプリケーション ... 122 3.今後の課題 ... 123 あとがき ... 124 謝辞 ... 125 参考文献 ... 127 付録 ... 139

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1 第1章 序論 1.問題の所在 旅行業者が販売する海外旅行のパンフレットを開くと、限られた日程の中で 観光や食事・移動などが効率的に組まれ、ツアーコンダクター(tour conductor /TC)とも呼ばれる「添乗員」が同行する旅行商品を多く見ることができる。 この種の旅行商品は、フルパッケージ型ツアー(以下、団体パッケージツアー) と呼ばれ、日本人のヨーロッパ観光では主流の旅行形態に位置づけられている。 我が国では 1964 年の海外観光旅行自由化を皮切りに、このような旅行商品が 旅行業者により発売されたことで、簡便に海外観光旅行へと出掛けられるよう になった。 それ以降、日本人旅行者向けのヨーロッパ行き団体パッケージツアー(以下、 団体ヨーロッパツアー)の多くで見られる様相としては、時間の限り最大限に 詰め込まれた名所旧跡巡り、コスト優先の〈エセ〉名物料理など、演出された 地元文化とでもいえる「表層的・疑似的異文化体験」の大量生産が繰り返され、 消費され続けている。『観光革命』を提唱している文化人類学者の石森秀三は、 現地の「本物」の文化に直接ふれる機会よりも、観光客向けに「本物」らしく 創作された「作り物」の文化にふれる場合のほうが多い(石森, 1991, p.86)と、 四半世紀以上前の 1991 年時点で指摘している。幾分古い指摘であるものの、 石森の指摘は今でも海外パッケージツアーの基本構造として変わっておらず、 団体ヨーロッパツアーで提供され続けている「表層的・疑似的異文化体験」に 関する問題の根深さを鮮明にする。 -都会のホテル地下にあるスイス山小屋風のレストランで聴くアルプホルンや ヨーデルの生演奏と山岳地方料理の夕食 -見学時間が30 分しかない、スペイン・マドリードでの美術館見学 -途中1 時間の昼食と 45 分の散策で走り抜ける「ドイツ・ロマンチック街道」 -往復10 時間、滞在 2 時間 30 分の「パリ発モンサンミッシェル日帰り観光」

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2 上記は、実存する団体ヨーロッパツアーで提供されている「表層的・疑似的 異文化体験」の具体的な一例である。そのようなツアーでは、訪問地における 人々の生活や街の雰囲気を感じ取るような機会や時間など与えられておらず、 《訪問地での本来的な生活文化体験》―その土地に暮らす人々と同じように、 食べたり、街中を散歩したり―などは、行われていないと言い切ってもよい。 観光経験としての「生活文化体験」は、現代的な観光トレンドとして世界的に 認知されつつある。日本国内でも、成熟したインバウンド観光客などによって 積極的に実践される観光スタイルの一つである。 日本国内で営業する旅行業者の多くが加盟する一般社団法人日本旅行業協会 (JATA)1では、旅行業の目指す方向を「ツーリズムによる新たな文化・価値 の創造、環境保全への努力を通じ、持続可能な経済発展と友好・平和な社会の 実現に貢献する」と定め、業界団体としての課題を「価値創造産業への進化」 「新しい需要の喚起」「観光立国の推進」に据えている。しかし、誤解を恐れず 率直にいうと、日本人の海外観光旅行、特に団体パッケージツアーに関して、 「価値創造産業への進化」に向けた変革のダイナミズムを感じるとは言い難い。 実際に団体ヨーロッパツアーを「造成」2する立場の旅行業者の担当者からは、 「日本人に分かりやすい観光コンテンツを組み込んだ旅程を提案してほしい」、 「手配する食事は日本人の味覚に合うよう調整してほしい」、「客室格差がない 近代的なホテル、ツインベッド希望、バスタブ付きの客室確保」などの要望が 異口同音に聞こえてくる。そこでは、《日本人による、日本人のための》という コンセプトに立脚した自文化中心主義的な旅行商品の造成が実行されている。 つまり、観光経験としての「生活文化体験」によってもたらされる価値からは 相当に乖離した、古典的な価値基準に基づいた商品造成が連綿と続いている。 もちろん、団体パッケージツアーには一定の機能性と付随する価値があり、 それについて正面から否定しているのではない。しかしながら、観光の本質を 《異文化との出会い》や《異文化交流》として理解する場合、団体ヨーロッパ ツアーで「表層的・疑似的異文化体験」が規格的に提供され、旅行業者による 12017 年 4 月 1 日時点の正会員数は 1,191 社(協力会員、賛助会員を除く)である。 2旅行業界において「造成」や「商品造成」という用語は一般化されており、基本的に「商品づくり」を 意味している。尚、商品の企画・開発に加えて、宿泊・移動・食事など、旅行商品における各種要素の 統合や旅程管理を含めて、旅行サービスの全体構成として認識されている。

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3 一定の意図のもと、本物の生活文化を体験する機会が与えられてないとすれば、 決して看過できない問題となる。とりわけ、海外旅行を自力で遂行する自信が ないことから、団体ヨーロッパツアーを選択している旅行者にとってみれば、 そのような観光経験を希望しても叶えることが困難であることを意味する。 2.研究の目的と意義 ヨーロッパでは、既に 1970 年代後半頃から「マス・ツーリズム」によって 生じる弊害が議論されており、旅行先での異文化体験や異文化理解を重んじる 「ソフト・ツーリズム」等の概念が提唱されていた。後述するツォレス(Helmut Zolles)は、マス・ツーリズム型の旅行形態を「ハード・ツーリズム」と捉え、 ソフト・ツーリズムとの対比の中で旅行形態における価値変容を論じている。 そして、それよりは遅れるものの、日本でも従来のマス・ツーリズムを超える 「ニュー・ツーリズム」といった区分にて、旅行中の経験や体験を基軸とした 観光概念に関する議論が進められている。 このような事柄を議論する際は、一般認識として「狭義の観光」に付される 《る・る・ぶ》3という表層的見聞の意味からではなく、異文化交流の視座から 「広義の観光」として捉える必要がある。その認識のもと、《異文化との出会い》 をキーワードにして、観光概念へのアプローチを試みる研究者は多い。山村は、 「観光とは特定の文化圏に属する人間(集団)が、他の文化圏に出会うために 人間が作り上げた、一つの文化的なシステム」(山村, 2003, p.1)と定義した。 また、神崎は江戸時代の『旅行用心集』の一節を引きながら、「観光の旅とは、 異民俗・異文化との出会いの中で、新しい自己を見出すもの」(神崎, 2005, p.16) としている。そして、山田は、「観光の旅とは、『他者と出会う』ことで自己を 世界に位置づけ直す人間の行動様式」(山田, 2014, p.111)と仮説的に定義して いる。ここで見られる定義や言説の数々は、他者または他所との交流や往来、 異文化を有する外国人との交流を含意とする、ドイツ語の「観光」に相当する ‘Fremdenverkehr’に通じるといった認識を可能にする。 3「見る・食べる・遊ぶ」の意味で、JTB が発刊する旅行雑誌のタイトル向けに考案された造語である。

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4 他方、旅行者による観光の経験や体験に関連するものとして、《モノ消費から コト消費へ》といった、市場での消費活動におけるパラダイムの転換がある。 経済産業省発行の『平成27 年度地域経済産業活性化対策調査報告書』の中で、 「モノ消費」と「コト消費」との違いについては以下のように説明されている (経済産業省, 2015, pp.6-7)。 【モノ消費】 個別の製品やサービスの持つ機能的価値を消費すること。 【コト消費】 製品を購入して使用したり、単品の機能的なサービスを享受するのみでなく、 個別の事象が連なった総体である「一連の体験」を対象とした消費活動のこと。 この説明からすると、既存の団体ヨーロッパツアーにて製品パーツ化された 数々の異文化体験が、「モノ消費」の対象物にされていると理解できる。「モノ 消費」の対象物として製品パーツ化された「異文化体験」が規格的に大量生産 されたことで、団体ヨーロッパツアーはダベニー(Richard A.D’Aveni)がいう 「コモディティ化の罠」(安物化の罠・乱立の罠・過熱の罠)へと嵌り込んだ。 コモディティ化は、企業間における技術的水準が次第に同質的となり、製品や サービスにおける本質的部分での差別化が困難となり、どのブランドを取り上 げてみても顧客側からするとほとんど違いを見出すことのできない状況(恩蔵, 2007, p.2)のことを指している。 団体ヨーロッパツアーにおけるコモディティ化の本質は、製品パーツとして ヨーロッパでの観光経験を規格化させて、「表層的・疑似的異文化体験」として 同質化することである。そのため、研究テーマを《旅行商品マーケティングの 変革》とする本研究では、「表層的・疑似的異文化体験」の規格生産の構造から 脱却し、本質的な観光経験としての「生活文化体験」の価値意識に寄り添った 団体ヨーロッパツアー造成への変革可能性に向けた問いが、大きな問いとなる。 団体ヨーロッパツアーだけに限らず、コモディティ化したパッケージツアーが 大量生産された結果、旅行業者は全体的かつ慢性的な低収益に苦しんでいる。 一般社団法人日本旅行業協会(JATA)によれば、旅行業における 2011 年度の

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5 取扱営業利益率の平均は 0.53%しかなく、極めて低収益な産業構造といえる。 それぞれの旅行業者あるいは旅行業界全体にとって、この状況を脱することは 市場での生き残りと企業・業界の存続を賭けた重要な課題となるはずである。 しかし、パッケージツアーの造成に関する旅行業者のマーケティング対応は、 商品での機能性を向上させることだけを目的化したような取り組みに留まり、 「コモディティ化の罠」から脱却するに至る新しい道筋が未だ見えてこない。 このことを踏まえ、本研究では、日本の旅行業者により継続的に販売される 団体ヨーロッパツアーを中心に取り上げ、その造成構造に関する分析を行い、 観光の価値創造に寄与する新しいモデルを構築し、それについての検証を行う。 3.研究の背景 1964 年に海外観光旅行が自由化されて以降、日本の海外パッケージツアーは 歴史的に「団体型」を核に発展してきたが、それは日本だけの特徴ではない。 石森によれば、「日本に限らず、団体旅行は一定の条件下で普遍的に成立しうる 旅行のあり方」(石森, 1991, p.84)である。 イギリスでは、19 世紀の中頃から団体パッケージツアーの造成が始まった。 世界で最初に団体パッケージツアーを催行させた旅行業者は、創業者の名前が 社名に冠されるイギリスのトーマス・クック・アンド・サン社(現在の社名は Thomas Cook Group plc.)とされ、創業者であるクック(Thomas Cook)は 「近代ツーリズムの創始者」と表されている。クックがひとり抜きん出てこれ だけの大事業を達成したことに、だれもがクックの着想の卓抜さ、つまり費用 のなかに食事および娯楽的要素を加味して「パックにした」独創性に注目する からであろう(蛭川, 1998, p.20)。現代での海外観光旅行を支えるノウハウの ほとんど全てがクックにより考案され、現在も生きているということは想像を 超えたことに思われる。クック以降、20 世紀に入ると、アメリカでも同形態の ツアーが造成されたことで、アメリカ人旅行者が大量にヨーロッパの観光旅行 へと出かけていった。そして、近年ではアジアからの旅行需要が旺盛なことに 伴って、中華圏や東南アジアからの団体ヨーロッパツアーも増加している。 他方、日本では消費行動や市場の変化や成熟に伴い、旅行者の個人旅行への

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6 ニーズの高まりから、海外パッケージツアーにおいても団体型から個人型への シフトが加速化している。しかし、日本人のヨーロッパ観光に関していうと、 現在でも「団体型」が旅行形態の主流となっていることが、JTB 総合研究所の 調査4からも明らかにされている。 筆者は2013 年に提出した修士論文において、海外旅行での日本人旅行者の 潜在的なニーズを探ることを目的とする質問紙調査を実施した。多変量解析を 用いた分析の結果、日本人旅行者が潜在的に有する海外旅行での不安要因には、 安全不安・外国語不安・情報入手不安の3 つが存在することを明らかにした。 さらに、これらの不安要因との有意性が強い訪問地への海外旅行においては、 団体旅行が選好される傾向にあることを明らかにした。特にヨーロッパでは、 旅行者が有する各不安要因のすべてとの間で強関係にあり、旅行形態の主流が 団体パッケージツアーであることを裏付ける結果となった(山川, 2013)。 旅行者が潜在的に有する海外旅行での不安要因は、異文化における旅行者の 『文化的自信』とも関係し、自力による海外旅行を躊躇させる理由にもなる。 団体パッケージツアーを選好する日本人の旅行者に対して、石森(1991)は、 「外国語の障害などによって単独で海外旅行を充分にこなすだけの文化的自信 が熟成されていない」(石森, 1991, p.85)と指摘する。それゆえ、『文化的自信』 のない旅行者にとって団体パッケージツアーを選択するということは、自身の 海外旅行での《る・る・ぶ》を達成させる目的において合理的なのであろう。 このことから要するに、日本人の団体パッケージツアーにおける商品造成は、 これまで旅行者が潜在的に有する海外旅行での不安要因と文化的自信の無さに 下支えされてきたものと推察することができる。 4.研究対象と範囲限定 日本の旅行業者によって造成される海外に向けての旅行商品は、ヨーロッパ、 アジア、アフリカ、オセアニア、南北アメリカと全世界を訪問先にしているが、 本研究においては添乗員同行型の団体ヨーロッパツアーを対象とする。また、 4株式会社JTB 総合研究所「海外旅行実態調査」

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7 日本の旅行業法で規定される募集型企画旅行5に範囲を限定する。なぜならば、 本研究での問題意識として、旅行業者が商品造成の主体となる団体パッケージ ツアーでの「表層的・疑似的異文化体験」を掲げているからである。そのため、 原則的に旅行者本人あるいはオーガナイザーからの依頼や希望に即した形での 手配が行われる他種類6の旅行について、今回の研究対象としては除外する。 尚、研究対象地域にヨーロッパを選定することの理由について説明しておく。 第一の理由として、日本人の団体パッケージツアーにおいては、ヨーロッパが 最大の海外旅行ディスティネーションとされることである。JTB 総合研究所の 調査7から試算すると、2015 年に団体パッケージツアーを利用してヨーロッパ へ出かけた日本人旅行者数は、推計で約95 万人であった。これは、2015 年に ヨーロッパへと出かけた約267 万人の日本人旅行者のうち、35.6%の旅行者が 団体パッケージツアーを利用した計算となる。また、団体パッケージツアーの 利用者数として、日本人旅行者にとって最大の海外旅行ディスティネーション である東アジアへの約56 万人、次に多い東南アジアへの約 66 万人を上回る。 第二の理由として、海外旅行ディスティネーションとしてのヨーロッパは、 日本人旅行者に高い人気と憧憬をもって認識されていることが挙げられる。 JTB 総合研究所が実施する調査の結果8では、日本人旅行者の「最も行きたい ディスティネーション」として、毎年のようにハワイが第一位になっている。 しかし、イタリアやフランスなどヨーロッパの国々への票を合算した場合には、 第一位のハワイを大きく上回る。一方、メジャーなディスティネーションとの 比較において、ヨーロッパへの旅行経験率は相対的に低い結果が示されている。 つまり、日本人旅行者の中で「行きたいけど、行けていない旅行先」として、 ある種の憧憬をもって認識されているものと推認できる。 第三の理由として、本研究では、多くの団体パッケージツアーに業務として 同行し、ツアー参加者を引率する「添乗員」の存在に着目している点にある。 第一の理由にも挙げたとおり、ヨーロッパは日本人の団体パッケージツアーに おける最大の海外旅行ディスティネーションである。JTB 総合研究所によると、 52005 年 4 月の旅行業法改正まで、募集型企画旅行は「主催旅行」と呼ばれていた。 6ここでは、旅行業法で規定される受注型企画旅行と手配旅行を指す。 7株式会社JTB 総合研究所「海外旅行実態調査」 8株式会社JTB 総合研究所「海外旅行志向調査」

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8 2015 年にパッケージツアーを利用してヨーロッパに渡航した日本人旅行者の うち、82.9%が団体パッケージツアーを利用していた。このことを踏まえると、 ヨーロッパを研究対象地域として選定することには一定の妥当性を見出せる。 5.研究方法と論文構成 既述のとおり本研究の目的は、日本の旅行業者によって継続的に販売される 団体ヨーロッパツアーを中心に取り上げ、その造成構造に関する分析を行い、 観光の価値創造に寄与する新しいモデルを構築し、それについての検証を行う ことである。その目的のために、本研究での問いを次のように立てている。 「表層的・疑似的異文化体験」の規格生産の構造から脱却し、本質的な観光 経験として「生活文化体験」での価値意識に寄り添った団体ヨーロッパツアー 造成への変革は可能か。 この問いに対し、本研究では、最初に文献レビュー等を中心とする理論的な 検討ならびに既存商品の内容分析による論証的アプローチを通じ、そこからの 仮説となるモデルを構築する。そして、構築した仮説モデルを検証するための アンケート調査による実証的アプローチを併用し、本研究の結論を導出する。 これらを踏まえた論文構成は、以下のとおりである。また、図表1-1 として、 本研究の体系図を示しているので、それも併せて参照されたい。 第2 章では、旅行商品としてのパッケージツアーの造成に関連する既存研究 レビューを実施する。これまでの研究において、海外パッケージツアー造成が どのように捉えられてきたのかを確認し、観光経験としての「異文化体験」と 「商品造成」の結合という視点から学術的課題と本研究の立場を明確にする。 第3 章では、観光経験としての「異文化体験」について理論的検討を行う。 始めに具体的事例を織り交ぜつつ、観光での「表層的・疑似的異文化体験」と 「生活文化体験」に関する理論的検討を行う。そして、検討をもとに構築する 団体パッケージツアーの商品形態に適用できうる「生活文化体験」の枠組みを 『異文化生活探訪』として提示する。

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9 第4 章では、現在も市場にて販売される団体ヨーロッパツアーの内容分析を 行う。分析上の仮説として、①訪問地を問わない旅行内容の同質化、②造成に おいて想定されない「生活文化体験」の 2 点を挙げる。この内容分析を通じ、 訪問地における「生活文化体験」ではなくて、「表層的・疑義的異文化体験」が 提供され続ける団体ヨーロッパツアーの実相を明らかにし、その造成における 問題点を考察する。 第5 章では、既存する同質的な団体ヨーロッパツアーには、ツアー参加客を 現地の生活文化から隔離する構造が背景にあるという仮説に基づいて議論する。 団体ヨーロッパツアーでの「隔離」を成立させる商品造成上の要因を検討し、 ツアー参加客に対して『異文化生活探訪』による観光経験が提供できるよう、 添乗員を《異文化間インテグレーター》として新しく位置づける仮説モデルを ブリュリ(Alois Bürli)の説明モデルを援用して構築する。 第6 章では、前章で構築した仮説モデルの有用性を検討する上で重要となる 添乗員の《異文化間インテグレーター》としての能力に関して、実証調査から 検証する。この能力は、添乗員自身の外国における文化コニュニケーションの 素養である。そのために、調査では「異文化に対するリスペクトがあるのか」 あるいは「異文化に溶け込む態度や姿勢が見られるか」といった点を確認し、 添乗員の姿勢や態度を分析することにより、仮説モデルの有効性を検証する。 尚、一連の調査は、添乗員派遣事業者の業界団体である一般社団法人日本添乗 サービス協会(TCSA:Tour Conducting Service Association in Japan)から 協力を受けて実施されたものである。TCSA にとっても初の学術協力であり、 その意味からして今までの学術研究にはない貴重なデータが収集されている。 第7 章の結論では、研究全体を通しての検証結果を総括的に整理し、今後に おける団体ヨーロッパツアー造成の在り方やマーケティングの方向性について 示唆的に論じる。また、本研究の限界と今後の研究上の課題についても示す。 尚、ここで論じられる内容は、団体ヨーロッパツアーに限られる話ではなく、 全世界が旅行対象となる団体パッケージツアー造成やマーケティングに関する 全体的示唆として認識されるものとなる。

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10 (図表1-1)研究体系図 「生活文化体験」での価値意識に寄り添った団体ヨーロッパツアー造成への変革は可能か? ②「生活文化体験」 という現代的な観光トレンドからの乖離 <第7章> 結論 <第4章> 団体ヨーロッパツアーの既存商品分析 <第3章> 観光における 「生活文化体験」の構造化 起点 <第1章> 序論 仮説モデルの提示 仮説モデルの検証 問い <第2章> 既存研究レビューと課題整理 <第5章> 団体ヨーロッパツアーにおける「管理」と「隔離」の構造 <第6章> 添乗員を対象とする実証調査 ①団体ヨーロッパツアーで蔓延する 「表層的・疑似的異文化体験」 ③コモディティ化されたパッケージツアーに起因する諸問題 「表層的・疑似的異文化体験」の規格生産の構造から脱却し、本質的な観光経験としての

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11 第2章 既存研究レビューと課題整理 1.はじめに 本研究が対象にする団体ヨーロッパツアーとは、ヨーロッパという異文化圏 における旅行者の観光経験のために造成されている旅行商品である。そして、 序論で提示した「表層的・疑似的異文化体験」は、本研究の重要な問題意識で あると同時に、「観光」の全体成熟を志向する上においても大きな課題となる。 しかしながら、旅行商品マーケティングの一部としての「商品造成」について、 訪問地における「生活文化体験」の視座で学術的に捉えられたものは少ない。 本章では、旅行商品の造成に関する既存研究の中で、海外パッケージツアーが どのように捉えられてきたのかを確認し、そこからの課題について言及する。 2.旅行商品の構造や機能特性に着目した研究 団体パッケージツアーを含めた旅行商品の造成に関する研究は、それ自体の 構造や機能特性に着目した基礎研究をはじめ、そこから展開される研究など、 直接的・間接的を問わず様々な視点や手法でもって学際的に進められており、 既存研究を完全網羅することは難しい。よって、本研究の目的に最も合致し、 業界内でも参考とされてきたであろう研究を取り上げ、その幾つかを確認する。 (1) 「総合情報システム」としての旅行商品 津山・太田(2000)は、海外旅行に関する商品マーケティング研究の中で、 パッケージツアーを《総合情報システム商品》と位置づけた。その構造説明に あたっては、パッケージツアーを含む旅行商品を「旅行業者が主体性をもって 情報と人的サービスをアセンブルし、旅行者が目的にあった旅行を容易に実現 できるように準備した総合情報システム商品である」(津山・太田, 2000, p.51) と定義している。また、旅行商品を構成する一般的な要素として、航空座席、 ホテルの宿泊、空港とホテル間での往復交通(トランスファー)、食事、観光、 添乗員(あるいは現地ガイド)の6 つの「素材」があることを示し(図表 2-1)、

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12 その販売方法や組み合わせによって以下の3 つの形態に分類されるとした。 ① 旅行業取扱品 →旅行会社で販売する単品商品 ② 広義の旅行商品 →6 素材のうち 3 つ(航空券、ホテル、トランスファー)の中から組み合わせ ③ 狭義の旅行商品 →6 素材のうち 4 つ以上で組み合わせ (図表2-1)「旅行商品」の構成要素 津山らは、旅行商品には目に見える部分と目に見えない部分がある(津山・ 太田, 2000, p.49)とし、それぞれについて「旅行のハードウェア」と「旅行の ソフトウェア」とに区分した。その上で、「旅行のハードウェア」というのは、 旅行商品を構成する要素の有体財利用に関する『情報』9であるとして、「目に 見えるソフト」(航空座席、ホテルの宿泊、レストランなど)と「目に見えない ソフト」(経営哲学やノウハウなど)の両方の要素を「アセンブル」したものが 《総合情報システム商品》としてのパッケージツアーであるとした。 9津山らは、情報を「ソフト」という言葉を用いて表現している。 添乗員 旅行業 コンサル ガイド 取扱品 テーション 航空券 乗車券 指定券 クーポン 保険 社名 グレードの フライト 最少 選択 ルートの 催行人員 選択 出所:津山・太田(2000, p.49) 組み合わせ 人的サービスの提供 ユニット 旅行商品(広義) 旅 行 の ハ ー ド ウ ェ ア 旅 行 の ソ フ ト ウ ェ ア 観 光 食 事 トランスファー ホテル 航空座席 旅行商品(狭義)

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13 (2) 旅行商品での旅行業者による「統制」 廣岡(2007)は、旅行商品取引に係る法制研究において、パッケージツアー を含めた旅行商品の構造と旅行業者の機能を分析した。その中で、旅行商品を 「サービスの特徴である無形性、生産と消費の同時性、顧客との共同生産性を 持つ商品であり、それ自体サービス商品であるが、その中には、運送機関、宿 泊機関などの独立した事業者の提供するサービス商品がパッケージされている」 (廣岡, 2007, p.39)と定義した。そして、近藤(2003・2004)を踏まえて、 パッケージツアーに内包される機能を「コアサービス」「サブサービス」「コン ティンジェントサービス」の4 つに区分して、旅行業者が提供するサービスを 中心に構成要素の具体例を示した(図表2-2)。 ① コアサービス →サービス商品の中核となる機能 ② サブサービス →コアサービス以外の副次的なサービス ③ コンティンジェントサービス →定常的な仕事の流れを乱すような攪乱要因に対応するサービス (図表2-2)「旅行商品」パッケージの構成要素 手配・予約 サブサービス 旅行業者 コアサービス 価値を高める旅行企画 サブサービス 旅行業者 サブサービス 「旅行商品」の説明 サブサービス 旅行業者 サブサービス 出所:廣岡(2007, p.51) 変更を必要とする場合の代替サービ スの手配及びその提供を受けるため の手続き 円滑な旅行の実施を確保するための 指示 異常事態発生時、事故や病気におけ る対応 移動、宿泊場所の提供、食事の提供、 観光対象の提供 旅行の目的地、旅行日程、旅行行程、 旅行サービス提供機関の選定等に関 する合理的な判断 サービスの提供を受けるために必要 な手続き 「旅行商品」 サービスパッ ケージの構成 要素区分 「旅行商品」パッケージの構成要素例 旅行サービス 提供機関 旅行業者 旅行業者 コアサービス サブサービス サブサービス コンティンジェ ントサービス サブサービス コアサービス又 はサブサービス コンティンジェ ントサービス 旅行業者又は 旅行サービス 提供機関 旅行業者 旅行業者 サブサービス コンティンジェ ントサービス 「旅行商品」 パッケージとし て 当該サービスが提供されなかっ たときにおける顧客の認識 「旅行業者として のサービス」 パッケージとして 当該サービス 提供者 コンティンジェ ントサービス コアサービス又 はサブサービス 「旅行商品」パッ ケージと「旅行 業者としての サービス」パッ ケージとを区分 しない コアサービス サブサービス サブサービス

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14 廣岡は、図表2-2 に見るような構成要素が相互に適切に作用するためには、 旅行業者による何らかの操作としてのコントロールが必要になると指摘した。 そして、その操作を、纏め整えるという意味で「統制」という用語で呼んだ。 この「統制」は、「旅行商品」システムの要素としての旅行業者が自ら提供する サービスのひとつと考えられる(廣岡, 2007, p.46)とし、この「統制」には、 コンティンジェントサービス、サブサービス、要素相互の価値を高める旅行の 企画、旅程管理、商品説明などが含まれるとした。 (3) 旅行商品における「製品アーキテクチャ論」からの構造分析 製品アーキテクチャ論10は、工業製品を対象にしたイノベーション研究で、 製品の特性や構造(構成)を分析する視点・枠組みのうち、特に製品・工程の 設計情報が持つ構想(設計思想)に着目したもの(野口, 2015, p.4)であり、 野口(2013・2014・2015・2017)は、海外パッケージツアーを「スケルトン 型」11と「フルパッケージ型」12に区分して、各々の構造分析と検討を行った。 研究におけるアーキテクチャの分類としては、「組み合わせ(モジュラー)型」・ 「擦り合わせ13(インテグラル)型」という製品・工程設計の違いでの分類軸 と、「外部調達(オープン)型」・「内部調達(クローズ)型」という製品素材の 調達方法の違いでの分類軸から成るマトリクスが用いられている(図表2-3)。 (図表2-3)アーキテクチャの分類 10「アーキテクチャ」とは、どのようにして製品の構成部品や工程に分類し、そこに製品機能を分配し、 それによって必要となる備品・工程間のインターフェース(情報やエネルギーを交換する「継ぎ手」の 部分)をいかに設計・調整するかに関する基本的な設計構想のこと。 11津山・太田(2000)がいうところの、「狭義の旅行商品」が該当する。 12津山・太田(2000)がいうところの、「広義の旅行商品」が該当する。 13廣岡(2007)がいうところの「統制」の意味をもつことを、野口はたびたび掲示している。  オートバイ  工作機械  パッケージソフト 出所:藤本(2001, p.6)をもとに、野口(2014, p.139)  自動車 ク ロ ー ズ オ ー プ ン インテグラル モジュラー  自動車  小型家電  汎用コンピュータ  レゴ(おもちゃ)  パソコン

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15 2014 年の研究では、海外パッケージツアーの構造や商品特性について、主に 工業製品を巡る製品アーキテクチャ論、特にモジュラー対インテグラル、オー プン対クローズという視点から議論することが可能であること、パッケージツ アーの素材=部品はモジュール化されていて、そのインターフェースはオープ ンである可能性があることを明らかにした(野口, 2014, p.143 : 2017, p.115)。 2015 年の研究では、競争の中で構成要素(部品)間のつなぎ方のイノベーシ ョンが差別化の焦点となること、旅行業者にしか実現できないサービスを含む ことで差別化可能であることなどを明らかにしている(野口, 2014, pp.17-18 : 2017, p.115)。その上で、パッケージツアー競争における差別化の焦点として、 インターフェースがクローズになっているモジュール=要素の利用、旅行業者 自身が提供するサービスの個性化、高度な「擦り合わせ」が必要な旅行企画で あるという可能性を指摘することができるとした(野口, 2015, p.18)。 2017 年の研究では、製品アーキテクチャの発展過程でインテグラルからモジ ュラーへ進化したものが、再びインテグラルへと回帰するといった製品アーキ テクチャのダイナミズムに関する法則性に着目した分析を行った。その結果、 海外パッケージツアーは、「旅の楽しさ」14の実現に向けて、インテグラル型か らモジュラー型へ変化するものの、モジュラー型では実現できる「旅の楽しさ」 に自ずと限界が訪れるため、再びインテグラル型へと回帰していく(野口, 2017, p.120)、といった旅行商品におけるダイナミズムの存在可能性を指摘している。 (4) 旅行商品の「非流通性」「不完全性」「限界性」 小林(2010)は、旅行業における商品イノベーションに関する研究において、 パッケージツアーを含む旅行商品の特性を論じた。その中で、「観光の経験を、 便益の消費行動の連続に簡略化し、標準化することが『旅行商品化』であるな らば、その商品を購入することが、観光の経験のすべてを確約することにはな らない」(小林, 2010, p.70)とし、旅行商品における「非流通性」「不完全性」 「限界性」という特徴から理解できることを仮説的に提示した。 14野口は、海外パッケージツアーにおける「旅の楽しさ」を「市場から要求される商品としてのパフォー マンス(性能)」としてとらえ、その方向を「海外旅行における不安や不便の削減・解消」と「旅行業者 でないと実現できない手配・予約、または旅行業者ならではの価値創造」としている。一例として、前 者は添乗員同行やサービスの日本化、後者はテーマ性のある旅行(SIT)やカリスマ添乗員を挙げている。

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16 ① 旅行商品は流通しない(「非流通性」) ② 旅行商品は旅行経験のすべてを提供できない(「不完全性」) ③ 旅行商品開発の限界性(「限界性」) 旅行商品の「非流通性」については、サービスの特性でもある〈同時性〉と 〈不可分性〉の意味から、「工業製品と同じ意味では、旅行商品の生産と消費を 分離し流通させる、ということができない」(小林, 2010, p.67)として、「旅行 会社は旅行中に生産され消費される予定の『経験』を販売することはできない」 (小林, 2010, p.67)と指摘している。 旅行商品の「不完全性」については、乾(2008)15を引き合いに、「旅行商品 は旅行中の経験のすべてを提供するのではない」(小林, 2010, p.68)として、 旅行素材の組み合わせである「旅行商品」と、旅行素材以外の旅行中の経験を 含む総体である「旅行」とは違うと主張した(小林, 2010, p.69)。その上で、 「旅行商品は、消費者が経験するであろう観光の『不完全な』一部でしかない」 (小林, 2010, p.69)と論じている。 旅行商品開発の「限界性」については、消費できる素材を開発できることが、 商品企画担当者の役割となるが、そこで企画担当者がどんなに創造性を発揮し ても、ディスティネーションにおける経験まで開発し提供することができない (小林, 2010, p.70)と説明して、「旅行商品の開発では、観光行動中に消費の 対象とするものに限られることになる」(小林, 2010, p.70)ことを指摘する。 そのため、旅行商品の販売においては、「(旅行商品の)スペックを提示して、 商品から機能価値を切り離して訴求する」や、「パンフレットなどで経験価値を 表現する」などの手法の開発によって工夫されてきた、と分析している。但し、 これらは旅行商品での「観光経験」の可能性を示唆的に掲示する意味であり、 旅行業者が消費者の「観光経験」を確約する意味のものではないとしている。 15旅行中に対価を伴わずに経験するサービスのことを「社交」と呼んでおり、対価を伴う観光サービスの 消費行動とを区別している。それを踏まえて、小林は「社交」は旅行商品には含まれないとしている。 尚、後述する吉田(2008・2010)によって提示されている《社交・歓交》(socializing)とは、必ずしも 同一の意味ではない。

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尚、スミス(Stephen L.J.Smith)の観光商品のレイヤーモデル16を参考した 小林によって、「観光商品」(tourism product)と「旅行商品」(package tour) との関係性が模式図として提示されている(図表 2-4)。この模式図について、 小林は「観光は消費と社交のそれぞれの連続からなる経験であるが、観光商品 のうち、観光自体の経験は流通せず、消費可能な素材のみが旅行商品として取 り込まれている」(小林, 2010, p.71)と説明している。 (図表2-4)旅行商品と観光商品の関係性 3.既存研究への論理的批判 前項にて確認した旅行商品の構造や機能性に着目した既存研究では、津山・ 太田(2000)における「素材」や「アセンブル」、野口(2013・2014・2015・ 2017)における「アーキテクチャ」といった用語や枠組みに代表されるように、 旅行商品を構成する諸要素を分解し、パッケージツアーを工業製品に見立てて 16「観光の経験」が包括的な観光商品(tourism product)として存在するとの仮説から、理想的で包括 的な観光商品として、「物理的設備(PP)」「サービス(S)」「ホスピタリティ(H)」「選択の自由度(FC)」 「旅行経験への関与(I)」の 5 つのレイヤーを持つ観光商品モデルを提示している。このモデルは、観光 産業におけるコモディティ(commodity)として提示されており、「観光の経験」における基本的な構成 要素として、サービスやホスピタリティなどを理解している(Smith, 1994)。 出所:小林(2010, p.71) 開発の限界性 観 光 商 品 社交の連続 消費の連続 旅 行 商 品 非流通性 不完全性 旅行素材 旅行素材 旅行素材 旅行素材 観 光 の 経 験 消費 社交

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18 説明しようとする試みを確認することができた。また、小林(2010)は、旅行 素材の組み合わせである「旅行商品」と、旅行素材以外の旅行中の経験を含む 総体である「旅行」とは違うといった考えから、旅行商品(package tour)と 観光商品(tourism product)は異なるものであり、旅行商品においては「観光 経験」のすべてを含めて販売することはできないとした。 しかし、このような分析や検討に対しては異論もある。旅行商品を構成する 「宿泊」の要素に関連した異論としては、単純な諸機能の組み合わせによって 構成された商品ではなく、ホーリスティックな性格を持った商品である(稲垣, 1994, p.2)といった指摘がある。旅行商品の消費から観光客が得られる効用に ついても、「遠く離れた場所へと短時間で移動する」ことや、「夜間睡眠を取る ための安全な場所を提供される」といった、客観的に表現可能な、サービスの 機能的な側面の消費のみからもたらされるものではない(稲垣, 2001, p.242) との指摘などがある。 ミドルトン(Victor T.C.Middleton)は、小林(2010)により異なる様態と された「旅行商品」(package tour)および「観光商品」(tourism product)の 統合形態とも考えられる『ツーリスト・プロダクト』(tourist product)を用い、 『ツーリスト・プロダクト』を「特定レベル」と「総体レベル」という2 つの 異なるレベルで捉えている。「特定レベル」は、単一の事業体により提供される 個々の商業的なプロダクトを指しており、その一例として、宿泊、交通、観光 アトランクション、自動車やスキー用品のレンタルなどを挙げている。一方の 「総体レベル」では、ツーリストが自宅を離れる時から自宅に戻るまでの間に 消費する、すべてのサービス要素の組み合わせや複合により成立するという。 また、『ツーリスト・プロダクト』概念に関して、「このレベルのプロダクトは、 それが売られるその時点で消費者が描く理想や期待などの心理的要素を包する 構成概念で、旅行訪問地における活動に関わる有形・無形の構成要素からなる。 また、ツーリストはその対価を支払うことで「経験」として認識できるため、 経験の総体としてツーリスト・プロダクトは定義される。つまり、ツーリスト・ プロダクトは、人間の経験の複合体である。そこでの変化や進化については、 情報サービス、交通、宿泊、観光アトラクション等を含んだ統合的なプロセス である」と説明している(Middleton, 1989, pp.77-85)。

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19 4.本研究の立場 ミドルトン(1989)をもとに、小林(2010)の模式図(図表 2-3)に対して 指摘を加えるならば、「旅行商品」と「観光商品」との間における差異の提示、 特に「観光商品」の具体的な内容を想起させるような例示が曖昧だといえる。 小林が模式図(図表 2-4)を作成する上で参照したスミス(1994)によれば、 「ツーリズムに関わる商品の生産は、資源に対するプランニングやマネジメン トのプロセスにおいて、サービス、ホスピタリティ、選択の自由、そして最後 には消費者による個人的な関与がプロダクトに付け加えられるために、ツーリ ズム・プロダクトとプロセスを切り離して考えることはできない」(Smith, 1994, pp.582-595)。そのことからも、スミスが説明した「ツーリズムに関わる 商品の生産」においては、観光商品としての枠組みの中に旅行商品を内包して 論じられているのではないのか、ということを類推的に指摘することができる。 近年注目されている「着地型旅行」17等の動向において、旅行商品の造成は 今や市場(発地)側の旅行業者だけによるものでない。現地(着地)側の観光 関連企業や関係機関18、あるいは個人事業者などによって造成されるケースも 増加しており、そこでは着地型旅行が重視する「経験」が取り入れられている。 ヨーロッパ観光における現地オプショナルツアーの予約販売サイトを見ると19 〈地元料理クッキングレッスン〉や〈ワインスペシャリストによるレクチャー〉、 〈プロのカメラマンとの街歩き〉などの「経験」をコンセプトにしたツアーが 幾つもある。これらは国内・海外を問わず「ツアー」として販売されている。 しかし、一般消費者が個々の「ツアー」を旅行商品と観光商品とに区別して、 その内容を理解した上で商品購入に至っているとは到底に考えにくい。もし、 旅行商品と観光商品の区分を明確にする必要があるのであれば、上記のような 事柄についても分析および検討される必要がある。 17「着地型観光」と呼ばれることもあるが、比較的新しい旅行形態のために用語統一が図られていない。 観光庁は「着地型旅行」を使用し、「旅行者を受け入れる地域(着地)側が、地域の観光資源を基にした 旅行商品や体験プログラムを旅行者へ提供する旅行形態」と定義する。着地型旅行の一例に、エコツー リズム、スポーツツーリズム、グリーンツーリズム、ヘルスツーリズム、産業観光、文化観光を挙げて いる。www.milt.go.jp/common/001027624.pdf(2017 年 11 月 26 日閲覧)

18現地の観光局や観光協会、DMO(Destination Management Organizer)、NPO 法人等が挙げられる。 19株式会社ミキツーリスト「みゅう」www.myushop.net(2017 年 11 月 26 日閲覧)

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20 本研究は、ミドルトンから提示された『ツーリスト・プロダクト』の概念を 支持する立場を取ることにする。したがって、パッケージツアーを含めた旅行 商品を『ツーリスト・プロダクト』と認識し、団体パッケージツアーの造成を 理解することにしたい。そのことが、以降にて展開される議論での立ち位置を 明確にさせることへと繋がる。 5.課題の焦点と本研究の独自性 安福は観光文化論の立場から、「多くの日本人が観光を目的とする海外旅行の ために日本を出ているものの、これらの日本人旅行者が海外においてどのよう な異文化体験をしているかについては、これまであまり注目されてこなかった」 (安福, 1994a, p.136)と指摘した。安福による指摘がされた時期というのは、 日本政府主導のテンミリオン計画(海外旅行倍増計画)20の達成から 4 年しか 経っておらず、旅行者数などの量的成長を官民ともに優先していた。そのため、 日本人旅行者の海外旅行における異文化体験の内容という、質的成長に関する 議論にまで至るほどの成熟した社会環境ではなかったのかもしれない。 観光での「経験」に関する研究が、日本国内で注目されるようになったのは 1995 年頃からで、海外の成果が邦訳版として出版され始めた時期と重複する。 観光社会学の分野があるとするなら、その成立に貢献した人物として真っ先に 挙げられるのは、アーリ(John Urry)、コーエン(Eric Cohen)、マッカネル (Daniel MacCannell)の 3 人であろう(石井, 2011, p.52)。アーリは、1980 年代を中心に観光産業をはじめとする消費者サービス業の成長がもたらす経済、 環境、文化的変容の分析を行い、1990 年に『観光のまなざし(tourist gaze)』 という視座を提示した。また、コーエンは1970 年代後半から 1990 年代前半に かけて、まだ当時では人類学の研究対象とされていた少数民族社会を事例に、 役割やアイデンティティといった社会学での概念枠組みを用いつつ、少数民族 村落におけるグローバル観光の影響について論じた(石井, 2011, p.52)そして、 20日本政府は1987(昭和 62)年に海外旅行者数 1,000 万人を目指すテンミリオン計画を発表し、貿易黒 字是正の手段として海外旅行を奨励した。経済が好調だったこともあり、1990 年(平成 2)年には 1,000 万人を超えた。(JTB 総合研究所 https://www.tourism.jp/tourism-database/glossary/outbound/)

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21 マッカンネル(1973)は観光における「真正性(authenticity)」について論じ、 このときに提出された「真正性」をめぐっての視座は、その後の観光社会学・ 観光人類学の分野に多大な影響を及ぼすことになる(石井, 2011, pp.52-53)。 尚、日本国内では、安村克己、遠藤英樹、須藤廣などの観光研究者を中心に、 観光社会学としての学術的な知見が蓄積されつつある。 ところで、海外パッケージツアーの造成を対象に「日本人旅行者が海外にお いてどのような異文化体験をしているか」という点に接近する研究としては、 ビア(Jennifer E.Beer)や鈴木の民俗誌的アプローチが挙げられる程度であり、 極めて限定的といえる。ビア(1993)と鈴木(2008・2010a)のそれぞれは、 分析視点を旅行者に対してではなく、海外パッケージツアーの商品造成を行う 旅行業者に向けている。ビアは、パッケージツアーの造成プロセスにおいて、 旅行業者が旅行者による訪問地での多様な経験の可能性を排除し、海外旅行に おけるリスクの縮減と日本人が好みそうな内容に書き換えた上で、「パッケージ 化された観光経験」を提供していると批判的に分析した。鈴木は、旅行業者に よる海外パッケージツアーの造成現場を全般的に考察し、一般的なプロセスを 明らかにする中で、海外パッケージツアーにおける「文化」の商品化と消費に 関する議論を展開した。ビアや鈴木によってもたらされた研究成果は、日本の 旅行業者に造成される海外パッケージツアーにおける観光経験の質的な問題を 議論する上で、大きな示唆を与えてくれるであろうことに間違いない。 一方、鈴木が「必ずしも経営学的関心や旅行業の実務的課題に基づくもので はない」(鈴木, 2010a, p.294)とするよう、同じ対象を選定しているものの、 本研究を位置づけるマーケティング研究とは領域的にも異なっている。本章の 前半で確認した旅行商品の構造や機能性に着目した既存研究では、少なくとも 「商品造成」と「異文化体験」との結合を意識した研究内容を確認することが できなかった。鈴木が「既存の観光研究には、『旅行商品』に対し、『契約』と 『イメージ』という異なる二つのとらえ方が存在している」(鈴木, 2010a, p.10) と指摘するように、マーケティングやマネジメントなど経営学的な視点からの 研究では、「契約」を軸にして旅行商品の構造や機能性に着目する傾向が強く、 社会学的な視点からは訪問地の文化などを介しての「イメージ」であったり、 観光による文化的インパクトに着目するという研究傾向が強く表されている。

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22 これは、研究対象に対するアプローチが多様であることを意味しているが、 その中で興味深いのは、経営学的な視点による先行研究では、「異文化体験」に 関しての議論が欠落しているという点である。裏返しに考えてみると、従来の 経営学的な視点からの研究では、旅行者との共同生産の具合で価値が変動する 「異文化体験」を考慮することが敬遠されて、価値の生産を規格化させやすい 「旅行のハードウェア」(津山・太田, 2000)の充実に注力点が置かれてきたと いう状況的な構造を分析した研究が中心であったと考えられる。したがって、 観光経験としての『訪問地での異文化体験』を本研究の俎上にあげることは、 これまで旅行商品マーケティングにおいて分断されがちだった「商品造成」と 「異文化体験」の結合を意識させるものであり、マーケティング研究としての 本研究の独自性が担保されている。

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23 第3章 観光における「生活文化体験」の構造化 1.はじめに 前章で確認したとおり、旅行商品の構造や機能性に着目した既存研究では、 「素材」や「アセンブル」、「アーキテクチャ」などの枠組みで諸要素を分解し、 海外パッケージツアーを工業製品に見立てて説明しようとする試みや志向性を 確認することができた。しかし、そこでは「商品造成」と「異文化体験」との 結合を意識した研究内容を確認することができなかった。 「異文化体験」を一つの観光経験として認識する場合、本研究で問題とする 「表層的・疑似的異文化体験」とは、一体どのような体験を指すのであろうか。 また、観光の本質を《異文化との出会い》や《異文化交流》と認識する場合、 観光経験としての「生活文化体験」は、どのように構造化できるのであろうか。 少なくとも「表層的・疑似的異文化体験」の構造とは異なっているはずである。 本章では、観光での異文化体験に関する議論ならびに理論的展開を通じて、 観光経験としての団体ヨーロッパツアーにおける「生活文化体験」の構造的な 枠組みを提示する。 2.団体ヨーロッパツアーにおける「表層的・疑似的異文化体験」の様相 青木(2001)は、「異文化を体験することは、異質な時間と空間を体験する ことに他ならない。ヴァーチャルな経験といわれる時代にあって、実際のリア リティを体験することは最も大切なことであり、そこに存在する『異文化』を まさに異文化環境で経験することは、大変重要な意味がある」という。しかし、 海外パッケージツアーで「表層的・疑似的異文化体験」が提供され続けると、 異質な時間と空間の体験ではなくて、異様な時間と空間での体験が展開される ことになる。日本人のヨーロッパ観光における異様な時間と空間での体験とは、 どのような様相なのであろうか。団体ヨーロッパツアーにおける具体的事例を いくつか挙げてみたい。

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24 (1) スイス・ジュネーブで聴くアルプホルンとヨーデルの調べと夕食 ヨーロッパ中央部に位置しているスイスの第二の都市であるジュネーブは、 フランスと国境を接することもあって言語・文化ともにフランスの影響を強く 受けている街であり、旅行者の往訪も多い。団体ヨーロッパツアーにおいては、 スイス周遊ツアーでの最終訪問地として、あるいはドイツ・スイス・フランス 周遊ツアーなどでの中継宿泊地として、コースに組み込まれることが多い。 それらのツアーの中で、ジュネーブにおける定番の夕食とされているのが、 『スイス名物のアルプホルンとヨーデルの生演奏とスイス料理の夕食』であり、 アトラクションはスイス山岳地方の山小屋を模したレストランの中で催される。 このレストランは、市内中心部にある近代的なホテルの地下に位置しており、 複数のグループを同時に受け入れ可能な座席を有する。ツアーオペレーターと 呼ばれる現地手配会社を通じ、日本人の団体パッケージツアーも多く訪れる。 店内では、ドイツ語圏であるスイス山岳地方の民俗音楽ショーが行われて、 山岳地方の名物料理である「フォンデュ」や「ラクレット」などに代表される スイス料理が夕食メニューとして提供される。日本人のグループがいる場合、 ショーの合間には日本の歌謡曲や民謡の一節を披露してくれたりもする。尚、 来店客のほとんどはパッケージツアーの団体旅行客であって、個人で来店する 旅行者は少ない。ちなみに、これはスイス・ジュネーブだけの事例でなくて、 イタリア・ローマのカンツォーネ・ディナーショー、スペイン・マドリードの フラメンコ・ディナーショーなど、団体旅行客が多いショー・レストランでは 同様の様相が見受けられる。 (2) パリ・リヨン駅構内の老舗フレンチレストラン フランスは外国人観光客の年間受け入れ数で世界一を誇る観光大国である。 首都のパリは「華の都」と称され、古くから世界の旅行者たちを魅了してきた。 そのパリにおける鉄道の玄関口でもあるリヨン駅構内には、1901 年創業の老舗 レストランがある。元々はリヨン駅を利用するVIP や貴族の応接室・待合室と して使用された場所であり、豪華絢爛な内装が有名で映画の撮影場所としても 度々利用されていた。駅構内にある店内の雰囲気も良い老舗レストランという こともあり、古くから地元民や観光客を問わず人気のあるレストランである。

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25 しかし、その有名老舗レストランの夕食時は、今やミールクーポンを手にした 多くの日本人旅行者に埋め尽くされている。 ミールクーポンとは、事前に決められた食事メニューの提供を受けることが できるようにするための、旅行業者とレストランの契約に基づく商品引換券兼 支払証明書(バウチャー)のことである。このレストランの場合、予め店内に ミールクーポンによる来店客用のエリアが確保されている。指定された時間に 旅行者はミールクーポンを持ってレストランに行けば、メニュー選びや支払の 煩わしさや言葉の問題を気にせずに、食事が摂れるシステムとなっている。 団体ヨーロッパツアーにおいては、旅行業者によってミールクーポンが導入 されたことで、団体行動から離れて個人行動していたはずの日本人旅行者が、 海外にも関わらず同時間に同空間に集合するという特異な状況を生み出した。 また、そのような日本人旅行者を受け入れているレストランからしてみれば、 ミールクーポンを持って来店する日本人旅行者用のテーブルを配置した区域を 設定することや、地元での一般的な夕食時間帯より早い時間を指定することで 店内の雰囲気を維持しつつ、新しい顧客の取り込みを図ることが可能となる。 そのような対応の結果、特定の時間帯と空間においては日本人旅行者の密度が 強調されるようになった。尚、同じような様相は、一般に食事の時間帯が遅い 地域を中心に、他のヨーロッパの国々や街のレストランでも見受けられる。 3.戯画化された観光経験-ブーアスティンによる批判 前項での2 つの事例は、団体ヨーロッパツアーにおいて典型的なものであり、 かつ恒常的に見られるものでもある。ブーアスティン(Daniel J.Boorstin)に 言わせるとするならば、これらは『疑似イベント(pseudo-event)』であって、 つまりは、観光客のために戯画化されたアトラクションである。

1962 年 に ブ ー ア ス テ ィ ン は 、‘ The image; or, What Happen to the American Dream’21を出版し、当時のアメリカにおける消費社会と観光との 関係を論じた。ブーアスティンは、トラベラー(traveller)としての〈旅行者〉

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26 とツーリスト(tourist)としての〈観光客〉を区分し、当時のアメリカ人観光 客の行動に対して痛烈な批判の目を向けた。ブーアスティンが主張したことは、 19 世紀半ば以降、近代的な「観光」として隆盛したマス・ツーリズムによって 旅行経験そのものが変質しており、観光は疑似イベントでもって経験を満たす ものでしかないという点である(Boorstin, 1964, p.91)。また、ブーアスティ ンの指摘で重要とされる部分は、「観光客は戯画化されたものを捜し求めるし、 旅行代理店も外国の観光案内機関もすぐにそれを与えてくれる。観光客が正真 正銘の外国文化(しばしば理解しがたい)を愛好することは稀である」という 点である(Boorstin, 1964, p.117)。 マス・ツーリズムの枠組みの中の観光客について、ブーアスティンによれば、 観光客は外国そのものを見るのではなく、そこにある観光客用に作られたもの のほうを見ているにすぎず、彼が見るものがその国の生きた文化である場合は 稀である(Boorstin, 1964, p.113)。エキゾチックなものに対する観光客の欲求 は、彼自身の頭のなかにあるイメージが、遠い外国で確かめられた時、最も満 足するようである(Boorstin, 1964, p.120)。そして全世界が疑似イベントのた めの舞台になることを要求している(Boorstin, 1964, p.92)と評する。 また、マス・ツーリズムの中の観光産業については、観光客目当てのアトラ クションは、すべて人為的で疑似イベントの性質を持っている(Boorstin, 1964, p.113)。観光客の往来が激しくなるにつれて、純粋に観光客のためのアトラク ションが生まれたが、観光客用のアトラクションは、それが疑似イベントであ る時、最もよくその目的を果たす。思いのままにくり返すためには、人工のも のでなければならない(Boorstin, 1964, p.114)。これらのアトラクションが提 供するものは、巧妙にこしあげられた間接的経験であり、本物が空気と同じよ うに無料で手に入る所で、わざわざ金を払って買う人工的製品である(Boorstin, 1964, p.111)。予め観光客に確実に保証されていたり、目的地に着くや否や即 座に都合よく目の前に現れる観光品目は、その国を本当に表現しているもので はないからこそ、商品として売り買いできる性質を持っている(Boorstin, 1964, p.119)という。 ブーアスティンによって痛烈なる批判の対象とされたのは、主に「表層的・ 疑似的異文化体験」を選好する〈観光客〉であった。消費者としての観光客が

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