多文化化する社会における主体的価値判断力の育成 ―中学校社会科公民的分野小単元「わたしたちのまちに外国人がやってきたら~共生する社会のあり方を構想する~」の場合ー 教科・領域教育専攻 社会系コース 門出 有芳葉 1 .本研究の目的と問題意識 本研究は,多文化化する社会における主体的 価値判断力を育成する授業を,中学校社会科公 民的分野において開発することを目的としてい る グローバル化の進展を背景に,異なる文化を 営む人間同士が共に生きるために意識の変化が 求められるようになり,その意識の変化を目指 して各国で多文化教育が進められてきた。しか し,文化の相違に起因する問題は世界中で後を 絶たず,多文化教育はその機能を十分に果たし ていないという評価がある。 今後,社会の多文化化はさらに進み,生じる 問題は深刻化・複雑化すると考えられる。その 際,「多文化共生」のような普遍的価値を理解し ているだけでは,解決できない問題も増えてく ると予測される。そのような社会において, 日 本社会の変容を多文イ匕イ匕のプロセスとして捉え, 段階に応じて生じる問題を認識することをもと にして,問題の解決を展望し,葛藤を経ながら その社会に望ましい新しい価値を創りだす力 (多文化化する社会における主体的価値判断力) を育成する多文化教育が求められる。 2 . 先行授業の特質と課題 多文化教育の先行授業として,価値教授型と 価値葛藤認識型,価値構成型の授業を検討した。 価値教授型の授業は,討論を通して多様な価 指導教員 梅津 正美 値観や立場に気付く授業である。だが,多様な 価値観を尊重する一方で,外国文化を受け容れ るという価値観がよいものであるとやや誘導し てしまうという指導の配慮に課題がある。価値 葛藤認識型の授業は,外国人労働者や移民に関 する課題とその解決のあり方について,多文化 共生の観点から体験的かつ実感的に追究する授 業である。だが,架空の島を題材とすることに より,生徒の実生活との関わりが薄く,問題解 決への切実性に欠けることに課題がある。価値 構成型の授業では,共生の方策を提案し議論す ることにより,異文化共生のための動的な価値 形成する授業である。だが,自らの価値認識の 吟味を行うものの,現代社会において実現が難 しい異文化共生ができるということを前提に選 択・判断,議論を行っていることに課題がある。 3 .授業構成論 先行研究の課題から,授業構成としては,多 文化化する社会において生じる問題を分析し, 「多文化共生」という普遍的な価値があっても その実現が難しい背景を知る認識形成の過程, そして,班での議論や,他者からの価値判断の 評価を通じて,自己の価値判断を吟味・再構成 する過程を踏まえることにする。また,生徒に とって多文化化する社会に生じる問題を自分に かかわる問題として捉えることができるよう, 実生活に結び付く現実味のある主題を設定する0 - 209 -
内容は第一に,多文化化する社会とそのプロ セスを教育内容とする。第二に,多文化化する 社会において生じると予測される問題を教育内 容とする。第三に,問題に対する価値判断を教 育内容とする。第四に,自他の価値判断の基準 を教育内容とする。 授業過程は, I .多文化化する社会について の認識形成, ~.多文化化する社会に生じる問 題の分析と構成,~.共生する社会のあり方に ついての価値判断,~.共生する社会のあり方 についての価値判断の吟味と再構成,V .共生 する社会のあり方についての主体的価値判断, の5 段階で行う。 4 .単元開発-中学校社会科公民的分野小単元 「わたしたちのまちに外国人がやってきたら ~共生する社会のあり方を構想する~」の場合 開発した授業において,パートI では,日本 の多文化化の現状を資料から読み取ることで, 多文化化は日本全国で進んでおり,自分たちに かかわる問題であることに気付かせる。 パート~では,多文化化する社会において生 じる問題を,多文化化のプロセスの認識をもと に焦点化された3 つの事例を分析することによ って,多文化化する社会において生じる問題と その背景を類型化して認識する。 パート~では,班での議論を通して,問題の 解決を展望し,望ましい共生する社会のあり方 について価値判断を行う。 パート~では,自他の価値基準を吟味・再構 成するために,ジグソー法を取り入れた討論を 行う。「公正」の価値基準をもとに価値判断を評 価し合ったり,意見を交換したりすることによ り,よりよい共生する社会のあり方を探る。 パートVでは,これまでの価値判断の吟味・ 再構成をもとに再び学習班で議論し,共生する 社会のあり方について,最終的な主体的価値判 断を行う。これらの過程を踏まえ,多文化化す る社会における主体的価値判断力を育成してい く。 5 .成果と課題 本研究は,多文化化する社会に生じる問題の 解決を展望した共生する社会のあり方について, よりよい価値判断のために自己の判断を吟味・ 再構成していくことにより,多文化化する社会 における主体的価値判断力を育成する中学校社 会科公民的分野の授業開発を行った。この授業 により,生徒が日本の多文化化の現状について 認識し,そこに生じる問題を自分にかかわる問 題として主体的に解決しようするきっかけにな ると考える。それは,今後,変化の激しい社会 を生きていく子どもたちが,解決が困難な問題 にぶつかったときにも,粘り強くその問題と向 き合い,解決のために一人ひとりで判断してい こうとする力になると考える。 ただ,課題も残した。本研究は,多文化化す る社会における主体的価値判断力を育成するこ とを目的としているが,主体的価値判断力をど のように評価するのかに難しさがある。班での 議論や価値判断はあくまで主体的価値判断を深 めるための手段であるため,最終的な個人での 判断が十分にできていない場合,主体的に価値 判断できていないと評価するのか,というよう な評価の難しさがある。このように曖昧である 評価の基準を明確化し,生徒の成長を正しく評 価することが主体的価値判断力の育成のために は必要である。また,開発した授業は未実践の ため,有効性を検証する必要がある。 -210 ー