会計類型としての「アメリカ型」
及び「ドイツ型」の特色
久保田
秀樹
1.はじめに 会計研究において,各国の企業会計の類型化の試みが,従来から様々に展開 されている(黒田[1982年],村上[1983年]参照)。これらの類型について, その相違がそれぞれの国の文化,法制,経済等の相違にまで起因するものであ ることが指摘される。ソビエト連邦崩壊後,アメリカの経済と日本ないしドイ ツの経済とを異質なものとして理解する見方が注目されている。例えば,チャ ンドラーは,米独の経営者資本主義を区別し,アメリカのそれを「競争的経営 者資本主義」と呼ぶのに対して,ドイツのそれを「協調的経営者資本主義」と 呼んでいる。また,アルベールは,ドイツや日本の経済を「ライン型資本主義」 と呼んで,「アングロサクソン型資本主義」との相違を強調する。 第二次大戦後の日本の企業会計においては,「アメリカ型」の会計規制の導入 がその大きな課題であり,アメリカの証券諸法に基づく資本市場規制の一環と しての会計規制を日本に根付かせることを目標としてきた。日本の企業会計に おける二大領域である商法会計と証券取引法会計については,「『投資者保護一 損益法原理』を始発原理とする証取法の系での会計は,『債権者保護一財産法原 理』を出立原理とする商法会計とは多分に異なる属性をもつ会計領域として現 われる。」(武田[1991年]43頁)戦後の企業会計の歴史はある意味で両者の調 整の歴史という側面を持ってきた。しかし,制度として半世紀近く定着し,ま た,海外の研究者による「日本型」企業会計に関する関心が高まる中で(千葉 [1994年]参照),日本の企業会計についての独自の解釈が可能かつ必要と思わ れる。本稿では,日本の企業会計理解の基礎として,アメリカとドイツについ102 彦根論叢第289号 て,企業会計およびその基礎にある経済の類型の関係を取り上げてみたい。 II.「製造企業一株式会社会計」としての近代会計の成立 チャンドラーによれば,製造企業こそが近代産業の原型であるとし,米英独 の経済成長に最も貢献し,1880年代以降の資本主義経済の変化の基本的な原動 力あるいは推進力となったという(安部悦生他訳,チャンドラー[1993年]5− 6頁)。近代会計は,この製造企業の利益計算として特徴づけられる。そして, それは同時に製造企業のための莫大な資金を供給した株式会社というシステム に係る「株式会社会計」でもある(久保田[1993年]55頁)。近代の会計規制の 歴史は,投資家が被った損害の再発防止の歴史であり,個々の会計規定は,過 去の不正防止策の堆積物ともいうべき性格をもつ。 チャンドラーによって,等しく「経営者資本主義」と呼ばれるアメリカとド イツの経済は,19世紀末以降,「個人資本主義」としてのイギリス経済を陵駕す るにいたる。近代会計としての損益計算中心の会計理論も,19世紀末から今世 紀初頭にかけてアメリカとドイツにおいて成立した。いわゆる動態論の確立で ある。ブラウンは,アメリカにおける貸借対照表から損益計算書への重点移行 を「内部的(経営管理的)移行」と株主,債権者,その他の企業外部利害関係 者による「外部的移行」とに分けて,前者を引き起こした要因として次のよう に述べている。 「銀行家,投資銀行家,保険会社である金融資本家は,アメリカの株式会社 革命を先導したけれども,金融資本家は多くの様々な産業に関心を広げてい つたから,企業の日々の営業活動には関心がなかった。そこで管理者が,こ の機能を引受けるために任命されたのである。その結果,新しい専門的管理 者層が登場したのである。 専門的管理者は,意思決定するにあたって,会計,統計,経済的データを 頼りにする専門家であった。彼は自らの業績に責任をもたされ,競争が過激 であったから,営業活動の収益性を将来の活動の指針としてテストする必要 があり,原価・収益データを使ってそれを行ったのである。」(田中・井原訳,
ブラウン[1978年]86頁) また,「外部的移行」をもららした要因についてブラウンは,外部的移行に対 する主要な理由の一つは,株式会社革命から生まれた投資家的観点の出現であ り,投資家は,様々な投資代替案の相対的収益性を確認するのに,役に立つ情 報を必要としていたと説明する(田中・井原訳,ブラウン[1978年]87−88 頁)。こうした金融的観点が今日の会計思想を確立する重要な契機となったとい う指摘はドイツにも見られる。 「純粋な金融業者にとって興味のある唯一の数値がこの抽象的な数値なので ある。というのは,かれは企業をただ収益の源泉と考えているからである。 かれがより大きな影響力をもつようになればなるほど,企業については,利 益だけが考慮されるようになるのである。貸借対照表を貸借対照表作成日に おける企業財産の瞬間図像とみた,いわゆる『静的』貸借対照表観が,貸借 対照表の目的を利益算定とみる,いわゆる『動的』観によって交替されたの である。」(松尾・鈴木訳,ボルコフスキー一[1981年]32頁) 産業経済の発展に大学が大きな役割を担った点も米独に共通に見られる。19 世紀末からビジネスと工学の研究・教育が高等教育機関で行われる。そして, 大学は経営者の訓練場としても,また技術情報や技術革新の供給源としても, 産業に奉仕したという(安部悦生重訳,チャンドラー[1993年春430−431頁)。 以上のことは会計の発展にも妥当する。製造企業の利益計算としての近代会 計の内部会計上の問題は,共通費の認識であるが,シュナイダーによれば,実 務家は,自ら体系的価格政策上の計算的調整に行き着いたのではなく,限界原 則に従う目的合理的な思考は,商科大学の教官(Hochschullehrern)によって 初めてもたらされたという(Schneider[1992]S.25)。そして,ジモン,フィ ッシャー,レームといった法律家や実務家の著作から出発したドイツにおける 貸借対照表研究も,やがてシュマーレンバッハやシュミットといった経営経済 学者によって確立されていく。 経営経済学のもとでは,貸借対照表の作成が「企業管理および企業政策の手 段」とみなされ,これにしたがって,企業家がどのような説明を必要としてお
り,また貸借対照表がどのような説明をどの程度まで企業家にあたえることが できるのか,そしてさらに,外部者すなわち株主,国庫,債権者に向けて貸借 対照表を作成することによって,どのような目的が達成されうるかまた達成さ れるべきか,ということが問題とされた(松尾・鈴木訳,ボルコフスキー一[1981 年]28頁)。 III.「英米モデル」と「大陸モデル」 莫大な資本を必要とする巨大技術を駆使した製造業中心の経済として共通点 を持つ米独経済も具体的には大きな相違が見られる。例えば,ドイツの新しい 産業企業は,生産財の生産に集中したが,アメリカの産業企業は生産財と同じ ように消費財の生産・流通をも行った。さらに,米独には基本的な差異として, アメリカの主導的産業企業は市場シェアをめぐって職能および戦略の両面にお いて競争し続けたのに対し,ドイツでは主要産業企業はしばしば国内で,ある いはいくつかの事例にみられるごとく外国で,市場シェアを維持するために互 いに協定を結ぶことを好んだという(安部悦生他訳,チャンドラー[1993年] 10頁)。これらの相違により,チャンドラーは,アメリカの経済を「競争的経営 者資本主義」と呼び,一方,ドイツの経済を「協調的経営者資本主i義」と呼ぶ。 そして,その原因としてチャンドラーは次のように言う。 「いま一度強調しなければならないが,ドイツにおける法的に許容された企 業間協調は,立法の結果ではなかった。むしろそこに反映されているのは, 大陸法とアングロ・サクソン法とのあいだの根本的な法制度的な差異であっ た。」(安部悦生他訳,チャンドラー[1993年]431頁) つまり,チャンドラーは,立法上許容されたことの具体的な結果として差異 が生じたというより,根本的な法制度の差異がこうした「競争」と「協調」と いう形で顕現したと見るのである。アングロサクソン法と大陸法の相違が企業 会計規制にも現れていることは周知のとおりである。ミューラー他は,会計の 類型として「英米モデル」,「大陸モデル」,「南米モデル」,「新モデル」,「共産 圏における会計」を挙げている。ここでは前二者を取り上げることにする。ま
ず「英米モデル」について次のように述べている。 「(1)英米モデル イギリス,アメリカ,およびオランダはこのクラスターの 中で主導的役割を果たしている。これらの国の会計は投資者および債権者の 意思決定ニーズを指向している。そして国内には,企業が巨額の資金を調達 できる大規模でかつ発達した証券市場がある。」(野村・平松監訳,ミューラ 一他[1992年],23頁) ここでは発達した証券市場の存在がポイントである。「会計は投資者および債 権者の意思決定ニーズを指向している」という特徴も,結局,その点に起因す るものだからである。 次に,「大陸モデル」について見てみよう。 「(2)大陸モデル このクラスターに含まれる国は,ヨーロッパ大陸のほとん どの国と日本である。ここでは企業がたいへん密接に銀行と結び付いており, 銀行がほとんどの資金需要をみたしている。財務会計はその性質が法律指向 的であり,実務は極めて保守的傾向にある。会計の主要目的は資金提供者の 意思決定ニーズには向けられていない。(野村・平松監訳,ミューラー他[1992 年],23頁) ここでは企業と銀行との密接な関係が指摘されている。それは英米のそれに 匹敵する証券市場が存在しないことと表裏の関係にある。それがひいては「会 計の主要目的は資金提供者の意思決定ニーズには向けられていない」原因とも なっている。ドイツにおける「資本市場の未発達」という状況については,確 かに歴史的にも,ベルリン,フランクフルト,ケルンの資本市場は,ロンドン はもちろんニューヨークと比べても,小規模で未発達の資金動貝機構であり, それ故,ドイツではこのような「大銀行」が産業企業の初期金融の主要な源泉 となったという理由によるものではある(安部悦生旧訳,チャンドラー[1993 年]358頁)。しかし,「資本市場の未発達」というのは,あくまで,資本の最適 配分は「市場」によって行われるという市場中心の経緕思想を前提としている。 ドイツではむしろ次のような積極的な理由も背景にあったと考えられる。すな わち,例えば,1930年間株式法草案において企業の自己金融,つまり利益の留
保による金融を禁止すべしとする要求は,一応,拒絶されている。その理由と して,全体の利益にとって,得られた利益を株主に提供し,資本市場において 必要な手段を調達するほうが有利であるとは何等証明されていないということ が挙げられている(松尾・百瀬訳,バルト[1985年]42頁)。 このようにアングロサクソンの経済は歴史的にも「市場中心型」であり,そ れはチャンドラーの言う「競争的」ということに対応している。つまり,市場 による競争を介して,結果的に全体の効率性ないし繁栄がもたらされるという 思想が基礎にある。「市場中心型」は「会計は投資者および債権者の意思決定ニ ーズを指向している」という特徴,つまり「利害関係者指向」と同義である。 これに対して,「協調的」と呼ばれるドイツ経済は,「市場中心型」とは異なる 原理ないし思想によるものであることが分かる。すなわち,国民経済全体の効 率性ないし繁栄を市場を介することなく,より直接的に規制等に織り込んでい こうとする思想である。 IV.「市場中心経済」と「共同体中心経済」 企業会計の「英米モデル」と「大陸モデル」の差異は,このように経済等の 相違に起因する。次に,アルベールの「アングロサクソン型資本主義」と「ラ イン型資本主義」という経済の二つの類型を取り上げてみよう。それらの下で は,それぞれ企業観も異なっている。「アングロサクソン型資本主義」の典型と してはアメリカ経済が挙げられ,他の箇所では「ネオアメリカ型」という呼び 方もなされる。一方,「ライン型資本主義」にはドイツの他ライン河流域の諸国 および日本が含まれ,「ドイツ・日本型」とも呼ばれている。 アングロサクソン型資本主義では,短期収益,株主,個人の成功が優先され る。そして,アングロサクソン型の企業は,「株主が所有し,自由に処理する, 単なる商品」であり,「利益を得る」というはつきり特定された機能を与えられ る(小池はるひ訳,アルベール[1992年置27−28頁)。これに対して,日本を含 むライン型資本主義での目標は,長期的な配慮と,資本と労働を結びつける社 会共同体としての企業の優先であるとされる(小池はるひ訳,アルベール[1992
年]116頁)。 株主の利益のためだけでなく,国民経済発展のための用具として位置づけら れる「ドイツ型」の企業の特徴は,その歴史的発展の初期の段階から見られた ものであった。これは一つには,経済史や経営史の研究が指摘するように,ド イツにおける経済開発が後発であったことに起因するのであるが,そのことだ けに還元しきれない問題であると思われる。すなわち,企業に対して期待され る機能の差も顧慮しなければならない。日本を含むライン型の企業は,「株主の 権力と経営者の権力とのバランスがとれ,その経営者を銀行と従業員とが(後 者は表立っているとは限らないが)選考するという,複雑な一種の共同体」で あり,そうした機能に加えて,雇用することから,国の競争力のことまで含ま れる(小池はるひ訳,アルベール[1992年]27−28頁)。 つまり,アングロサクソンの経済が「市場中心経済」であるのに対して,ド イツ経済は「共同体中心経済」とでも言うべきものなのである。その基礎には 次のような思想が横たわる。すなわち,経営はもっぱら企業に奉仕すべきであ り,株主は近代的な株式会社が個人の利潤追求のための形態であるばかりでな く,様々な段階で国民の一般的利害にも注意を払わなければならないというこ とに留意しなければならないという思想である(松尾・百瀬訳,バルト[1985 年]41頁)。 こうした思想は具体的にドイツにおいて,株式会社規制にも反映される。ド イツにおいても一部の会計制度や監査制度については先進のイギリスやアメリ カの制度が模範とされた点がいくつかある。例えば,1930年の株式法草案は, 英米の株式法が典例となった開示義務の強化をドイツ株式制度における信用回 復と確立のための前提条件と考えたという(松尾・百瀬訳,バルト[1985年] 41頁)。しかし,その導入については,ドイツ独自の意義付けないし修正が行わ れている。その具体例として,例えば,損益計算書の項目分類規定はアメリカ の慣行を参照した,経営経済的側面から要求されるような売上原価法ではなく, 総:原価法のみが要求された。これに対する論拠として,売上原価法は,取引, 数値の漏洩という望ましくない結果をもたらすということが挙げられ,さらに
「同時におおかたの経済界の見解によると,外国との競争においても企業の重 大な危険にさらす会社の内部経営情況の解放に当然のことながらつながるとす る。」(松尾・百瀬訳,バルト[1985年]48頁)として過剰な開示による不利益 を避けようとした。 また,1937年の株式法による外部監査について,立法者は義務監査の純粋に 私的な性格を主張する考え方には反対し,独立の専門監査入による通常の継続 的な計算の監査こそ「会社とその株主の利益のためばかりでなく,同程度に株 式制度の健全性と秩序性に関心のある債権者や大衆の利益のためでもある」と 考えた(松尾・百瀬訳,バルト[1985年]67頁)。会計思想においても,アング ロサクソンの市場中心型の思想と比べて,「利害関係者指向」は後退することに なる。それは,例えば,ドイツ型の会計理論の典型である実体維持論にも色濃 く現れる。 「すなわち,実体維持計算は一方では企業家自身のため(個別経済的観点か ら),他方では国民経済における需要充足のため(国民経済的観点から)に要 請されるものと解されるのであって,企業をとりまく利害関係者の企業会計 への関心は等閑視されている。ここにドイツ会計学における資本維持(こと に実体維持)思考の特質と限界(欠陥)が認められるのである。」(武田[1968 年],84頁) V.結びに代えて アングロサクソンの経済が「市場中心経済」であるのに対して,ドイツ経済 が「共同体中心経済」であることを見てきたが,米独の企業会計について,「ア メリカ型」と「ドイツ型」をそれぞれ「市場規制型」,「資本会社規制型」とみ なすことは,大まかな整理としては許されると思われる。もちろん,アメリカ の会計規制が「市場規制型」を採っている背景には,連邦制をとるアメリカ独 自の事情があるにせよ,その根本にあるのは,「市場中心型」の経済ないし思想 であろう。 しかし,一方で,EU(欧州連合)の経済自体,アルベールも指摘するように
アングロサクソン型に接近しつつある。そしてそのことが,証券市場の拡大な いし経済の金融化を意味するため,企業会計ないし会計プロクェッションも「英 米モデル」に接近しつつある。さらに,会計基準の調和化のためのEUの会社 法第4号指令や第7号指令,そして会計監査人の資格に関する第8号指令の国 内化によって,「英米モデル」に属するイギリス,オランダの会計と「大陸モデ ル」に属する他のEU加盟国の会計との相互浸透がみられる。 すなわち,会社法第4号指令,第7号指令,及び第8号指令の国内化のため の1985年の会計基準法の制定によりドイツの会計も,“true and fair view”規 定及び「継続性」規定の導入に見られるように,アングロサクソン型の会計思 想を一部受け入れている(久保田[1988年]37頁)。また,損益計算書の項目分 類についても,従来の総原価法(Gesamtkostenverfahren,ドイツ商法典第275 条第2項)に加えて,アングロサクソン型の売上原価法(Umsatzkosten− verfahren,ドイツ商法典第275条第3項)の選択適用が法定されるに至った(黒 田[1987年]84−85頁)。会計思想においても,例えば,実体維持論を株式会社 の年度決算書における分配面から根拠づけようとする分配指向の純額実体維持 概念が1970年代に展開された(久保田[1984年]参照)。 他方,イギリスの会計も,EC(欧州共同体)加盟後の会計基準の調和化の過 程において「大陸モデル」への接近が見られる。例えば,第7号指令を国内法 化した1989年会社法では,連結の際,会社の親子関係の定義において本来ドイ ツの概念である「支配契約」を導入するといった,ドイツ型会計の影響が見ら れる(久保田[1990年]26頁)。 アルベールによる先の類型論でも日本は「ライン型」に含められていたが, 一時的だったといはいえ,時価総額でいわば本家本元のニューヨークの市場を 東京の市場が陵駕したことに象徴されるように,日本の資本市場も成熟期を迎 えている。その意味で日本でも当然,「市場規制型」の会計規制の重要性は益々 高まっている。アルベール自身,「ドイツ・日本型」対「アンダBサクソン型」 という類型論の限界を認めている。しかし,問題は,この類型の厳密性の欠如 ではなく,それによって何が明らかになるのかという点にある。この点につい
てアルベールは次のように言う。 「また,企業の出資システムや社会的役割が類似していることのほかにも, ドイツと日本を近づける大きな点は,輸出という原動力である。だがドイツ には,大企業と下請企業との二元性もないし,日本の商社のような役割りを 持つ組織も存在しない。…(中略)…結局,『ドイツ・日本型』対『アングロ サクソン型』という見方は,遠くから眺めた場合にやくだつのもだというこ となのだ。」(小池はるひ訳,アルベール[1992年]31−32頁) ミューラー他の分類では,アメリカと,EU加盟国であるイギリスとオランダ が同一の「英米モデル」に含められている。しかし,「市場規制型」,「資本会社 規制型」という整理についていえば,アメリカのSECによる会計規制は,資本 市場規制の一環であるのに対して,EUの会計規定の調和化は,ロンドンあるい はフランクフルトといった証券市場の上場会社に対する統一的会計基準の適用 という形を採っていない。つまり,資本市場における情報開示規制という「ア メリカ型」の会計規制の方式を採らずに,会社法指令を国内法改正によって国 内化する資本会社規制方式によっている。その結果,第4号指令による個別計 算書類,そして特に第7号による連結計算書類は,アメリカにおける意義付け とは自ずと異なってくる。 このことは,EUの会計規定の調和化や会計プロフェションの問題を日本と の関連で取り上げる場合重視しなければならない。特に日本の商法会計におけ る開示および監査については,「アメリカ型」の会計規制はモデルとして限界が あり,むしろEU型の会計規制に注目すべき点があると考えられる。例えば, 商法上の会計監査人による監査の導入に際して,日本には,証券取引法による 公認会計士監査が存在したために,それを準用ないし便乗する形で実施された。 しかし,証券取引法による資本市場における情報開示のための監査と,商法に おける監査とは,その根本にある法思想ないし会計思想は異なるものである。 後者の監査の基礎とすべきは資本会社規制の一要件としての開示という「EU 型」の会計思想であろう。 経済のグローバル化の一つの焦点は資本市場にあり,その意味で「市場規制
型」の会計規制について,類型を越えた共通の問題としての重要性は大きい。 しかし,近代会計の原点ともいうべき資本会社規制としての会計問題に関して は,「ドイツ型」ないし「EU型」の会計の研究が,特に商法上の今後の会計規 制を考察する上で不可欠の前提となると考えられる。 (文 献) (1)Albert, M牟hel.[1991];Capitalisme Contre Capitalisme(小池はるひ訳[1992年] 『資本主義対資本主義』竹内書店新社). (2) Barth, Kuno.[1953];Die Entwicfelung des dezatschen Bilanzrechts I Bd(松尾温血 ・百瀬房徳訳[1985年]『貸借対照表法の論理』森山書店). (3) Borkowsky, Rudolf. [1946] ; Die Bilanztheorien und ihre wirt’schaftlichen Grund− lagen(松尾憲橘・鈴木義夫訳[1981年]「ドイツ会計学説史』森山書店). (4) Brown, Clifford D. [1971] ; The Emergence of lncome RcPorting : A n Histon’cal Study, East Lancing, Michigan(田中嘉穂・井原理代訳[1978年]『損益報告制度の出 現一その歴史的研究一』香川大学会計学研究室). (5)Chandler, Alfred D.[1990];Scale and Scope(安部悦生,川辺信雄,工藤章,西牟 田祐二,日高千景,山ロー臣訳[1993年]『スケール・アンド・スコープ』有斐閣). (6) Mueller, Gerhard G., Gernon, Helen., Meek, Gray. [1987];Accounting:An Internatoinal PexsPective,2nd ed.,1991(野村健太郎・平松一夫監訳[1992年]『国際会 計入門(第2版)』中央経済社). (7) Schneider, Dieter. [1992];Theorien zur Entwicklung des Rechnungswesens, in: 昂F44. (8) 久保田秀樹[1984年]「西ドイツにおける実体維持概念の転向」,『神戸大学経営学隅隅 究年報』XXX。 (9) 久保田秀樹[1988年]「西ドイツ商法における継続性原則の特徴」,『税経通信』第43巻 第13号。 (10)久保田秀樹[1990年]「英国1989年会社法の企業会計上の特徴点について」,「税研』第 36巻第33号。 (11) 久保田秀樹[1993年]「簿記・会計シフトと産業化及び証券投資の大衆化」,『会計』第 144巻第6号。 (12) 黒田全紀[1982年]「国際会計論の系譜と展望一日本における国際会計研究の促進のた めに一(上)(下)」,『世界経済評論』第26巻第4,5号。 (13) 黒田全紀(編著)[1987年]『解説西ドイツ新会計制度一規制と実務一』同文舘。 (14)村上宏之[1983年]「各国会計慣行の国際的類型化に関する研究一因子分析を用いて 一」,『六甲台論集』第30巻第2号。 (15) 武田隆二[1968年]「資本維持と会計理論一ドイツ会計型理論の特質について一」,『実 務会計』第4巻第2号。
(16)武田隆二[1991年]『最新財務諸表論〔第4版〕』中央経済社。
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