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商品現象の研究
ラジオとテレビの史的展開を事例として一
岩 城 良 次 郎
1 はじめに 商品は,市場に登場して以来,その特性は社会や技術などの変化に応じて時 代とともに変貌していくが,これは商品史として捕らえることができる。筆者 は,商品史の考察を通して商品に共通する現象を類別化することにより,商品 現象論として体系ずけることができ,この商品現象論は,個別商品論や商品開 発論と並んで商品学における主要な部門であると考えている。 本研究においては,ライフサイクルのかなりの部分を経てきた商品が適当で あると考え,身近な商品の中からラジオとテレビを事例として選んだ。ラジオ やテレビは,多くの部品の組合わせで作られるが,中でも真空管の発展ととも に進歩し,その後は半導体素子への代替によって大きく様変わりしてきている。 一方,ハードとしての機器と放送やビデオソフトとの相関も無視できない。 1ト6) 日本のラジオやテレビの商品史を考察することによって,商品現象を抽出し, それらを商品自体に現れる商品現象,商品の相関に現れる商品現象,社会の変 化に伴う商品現象とに大別した。 次にその主なものを具体例と共に示した。 1)岩城良次郎「商品のライフサイクル オーディオ用真空管の技術史を事例として 一」一橋大学研究年報 自然科学研究181978年6月 1∼14頁 2)浅野勇「魅惑の真空管アンプその歴史・設計・制作」および「同声巻」監修 無線と実 験別冊 誠文堂新光社 昭和47年7月 6∼68頁,昭和51年11月 6∼44頁 3)池谷理「エレクトロニクスの思い立ち」オーム社 1990年11月 4)山川正光「ニューメディア技術発達史読本」日刊工業新聞社 !990年6月 5)日本電子機械工業会電子管史研究会編「電子管の歴史」オーム社 1987年11月 6)森谷正規「技術開発の昭和史」東洋経済新報社 昭和61年4月II 商品自体に現れる商品現象 1.簡便化現象・自動化現象 初期のラジオには,直流用真空管が用いられたが,供給電源は蓄電池であり, その整備に厄介な手間がかかった。そこで,家庭用の交流(AC)電源が使える 交流管の開発が望まれていた。この要望に答えて,アメリカでは,1922年家庭 用受信機のAC化を予見したハルが傍熱型交流管を発明し,1927年にRCA社 が本格的な高熱交流管UX−226(フィラメント規格1.5V,1.05A)および,傍熱 交流管UY−227(ヒーター規格2.5V,1.75A)を発売し,同年以降アメリカでは AC化が開始された。さらに1928年には, UX−112とUX−171を交流用にした UX−112AとUX171AがRCA社から発売された。当時の受信機やアンプは, A,B電池を使用しないですむという意味で“エリミネーター”と呼ばれた。 日本でも,!928年頃から,交流管の開発や利用によって受信機のAC化が進 み,交流式の並4球受信機が登場し,厄介な電池の整備から解放されるように なった。これに伴い,マグネチックコーンスピーカーの使用と,金属製キ・ヤビ ネットが流行した。 自動化現象の例としては,自動電圧調整機を取り上げた。第二次大戦中は, 発電量の制限から,特に電力の使用が集中する夕方から夜にかけて,家庭電力 の電圧100Vが70V位にまで低下することが常であった。ラジオ受信機におい ても電圧が低下すると動作しなくなり,電圧を上げるためにオートトランスを 使った電圧調整機が発売された。オートトランスは,資材の節約のために2次 線の一部を1次線と共用したトランスである。低下した電圧を100Vに上げて いても,低下していた電圧が正常に戻るときには,放置しておくと受信機を傷 めるので,電圧調整機もそれに伴って調整し直さねばならず,その手間が面倒 であった。そこで登場したのが自動電圧調整機であった。 他方,スーバヘテロダイン受信機は,感度がきわめて高いので遠方の放送電 波を受信できた。しかし,地表波と電離層で反射した電波とが干渉し合う所で は,音声の変動が大きく正常な音声で聞き難いといったフェーディング現象が
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発生した。これを自動的に解消するため自動音量調節(AVC:Automatic
Volume Control)回路が工夫された。これは,第2検波回路を高周波増幅回路 7) および中間周波増幅回路にフィードバック的に結合させたものである。 またスーパー受信機には,受信の同調を目で見ながら正確に調節できる同調 5),7) 指示管(マジックアイ,UZ−6G5など)が使われるようになった。 2.省エネルギー化現象・省資源化現象 高周波増幅と低周波増幅の2つの働きを1本の真空管に受けもたせ,真空管 と電池の節約をした3球レフレックス受信機(201A 3本使用)が1925年に開 2) 発された。 大正末期,家庭用ラジオ受信機の製造が活発となり,一層経済性に富んだ消 費電力の少ない真空管の要求が高まった。当時のラジオの供給電源は蓄電池に 依存していたので,電力の節減は大きな問題で,フィラメントに5VIAもの電力 を消費するUV−201を3本も使えば,ラジオ用の20∼30AHの蓄電池では数時 間しか使用できなかったからである。 まず,5VIAのUV−201は5VO.5Aに改良され,2∼3年後に純タングステン ・フィラメントに代わってトリエーテッド・タングステンの採用により,さら に経済性に富んだ5VO.25AのUX−201Aが誕生した。これは,日本でも1925年 2) に一番普及した真空管であった。 一方,より経済性の高い乾電池用の真空管をウエスチングハウス社が開発し, これをWD−11, WD−12と名付けてRCA社が発売した。フィラメント規格は1. 1VO 25Aである。さらにこれは, GE社によって,3.3VO.06Aに改良され, UV (UX)一199型経済管として発売され,戦前のポータブル・ラジオに永く愛用され た。RCA社の初期の電蓄の電圧増幅管には,この199型が直流点火で使われて 1) いた。 1929年目メリカで5極管(ペントード)がRCA社で発表されたが,この真空 管の大きな特徴も経済性に優れていることであった。ペントードの実用化と共 7) Reich, Theory and Applications of Electron Tubes, McGRAW−HILL 1939, p. 606.に卓上型コンソレット電蓄や大型ラジオが商品として続々発表されたこともこ れを裏付けている。 戦前のラジオ受信用真空管はヒーター電圧が2.5Vであったが,戦後は6.3V のものが普及し,真空管の消費電力は節減できるようになった。例えば戦前に よく使われた傍熱型5極真空管UZ−57は2.5V×1A=2.5Wに対し,戦後登場 した同性能のUZ−6C6は6.3V×0.3A=1.89Wであり,消費電力は約76%に節 減されている。アメリカでは戦前において既に6.3V級の真空管が使われてい たが,日本では,戦後になってようやく使われだしたのである。6.3V球の利点 ・ 8) は,省エネの他,自動車用ラジオとして都合がよいことであった。 1938年には,時局の逼迫とともに,資材の節約を目標に制定された企画「放 送局型受信機規程」によって放送局型1∼3号受信機が作られた。放送局型1 号受信機は再生3球式(UZ57 UY47B KX12F),放送局型3号受信機は高周波 一段増幅付(UZ58 UZ57 UY47B KX12F)である。1940年には,さらに資材 を節約した放送局型3号受信機の代わりに放送局型123一号受信機が制定された。 これは4球(12Y−V112Y−R112Z−P124Z−K2)トランスレス受信機で一般に 広く使用された。 すでにアメリカでは戦前において,ラジオの小型化とAC/DC両用を目的に してトランスレスラジオが普及していた。このようなトランスレス受信機は, 戦中において一層目及し,戦後においてもしばらくの間使われた。トランスレ ス回路が採用された大きな理由は,特にラジオの部品の内で最も高価な部品で ある電源トランス・チョークコイル・真空管などを節約・改装するためであっ た。電源トランスやチョークコイルは珪素鋼板を積み重ねた鉄心に銅線を多数 巻いて作られたもので,鉄や銅の節約は,特に戦時においては不可欠なことで あった。 ラジオの電源は,真空管のヒーター用の低電圧と真空管の陽極やスクり一ン グリッドにかける高電圧(B電源)が必要であるが,トランスを使えば,交流 8) Keith Henney, THhe Radio Engineering Handbook, McGRAW−HILL 1941, p. 449 一’ 452.
商品現象の研究 25 の100Vの電圧を高電圧にも低電圧にも自由に変えることがでるので,電源ト ランスは重要な部品の一つであった。 トランスを用いないで,真空管のヒーターを点灯させる方法として,各真空 管のヒーターを直列につないで100Vの電圧を供給する回路が採用され,その ために12Vや24Vといった高ヒーター電圧の真空管が開発された。 また,高圧のB電源を得るために,倍電圧整流回路が採用され,双2二二熱 型倍電圧整流管が開発された。 一方,電話線による有線放送と無線放送兼用の資材節約型の有線放送用第3 号受信機が1942年に開発された。回路は3球トランスレスに特殊な結合装置を 設けたもので,搬送波には周波数155kHzの電波が使われた。 3.軽薄短小化現象・重厚長大化現象 受信機の小型化を計るために,真空管の小型化・複合化をはじめとし,バリ コン,コイル,コンデンサー,抵抗など,各種の部品の小型化・複合化も平行 して進められた。例えば真空管では,茄子型管→ドーム型(ダルマ型)管→GT 管→MT管(Miniatua Tube,ミニアチュア管)へと変わっていった。一方, 3) 真空管の複合化による小型化も平行して進められた。 1952年にはMT管の量産と共に, MT管を使った5球スーパー受信機(6BE6
6BD66AV66AR55MK9)が代表的なものとして一般に出回るようになった。
一方,1960年ソニーのオールトランジスタ8型テレビが発売されて以来,ト ランジスタ方式がそれまでの真空管にとって代わり,小型テレビが続々誕生す る反面,従来型のテレビの主流は14型から16型,さらに19型へと大型に向かっ て移行。大型化,小型化の両極分化が進み始めた。1965年,松下電器は「嵯峨」 と銘打ったテレビを発売した。19型コンソールの家具調の和風大型テレビであ る。真空管方式のテレビで,技術史的には旧時代に属するものであるが,「黄金 回路」などといった旧技術の中で最:大限の発展(品質の限界への接近)を試み たものである。真空管式白黒テレビの最末期の様相である。この「嵯峨」は記 録的な売上を示した。他のメーカーも,重厚長大の豪華な家具調テレビを市場へ送りだした。商品名は,三洋「日本」,シャープ「幸」・「愉」,ゼネラル「金 剛」,NEC「太陽」などである。最近の大型テレビのブームもこの傾向に似てい る。 4.高性能化現象・品質限界突破現象 1928年には,アメリカでは3極管から多極管への動きが出ており,直流用の 米国系の初のスクリーン・グリッド4極管UX−222が開発された。1929年にはペ ントード(5極管)UY−247がRCA社から発表され,その後の新型真空管の発 表が相次いだ。 ラジオの生命は感度・分離・音質であるが,受信機の性能の限界突破には方 式の変革によらねば達成できない。すなわち,ラジオの各回路方式によって品 質には上限があり,鉱石検波式から真空管1球式から雪避式へ,並4から高1 または高2へ,さらにスーパーヘテロダインへ,などの順に感度や分離の性能 が向上する。特に,6球スーパー受信機は感度と音の分離性のよさで人気を集 めた。 また,素子から見れば,真空管半導体素子→IC→LSI→超しSIに進むほど 品質の限界突破が次々と行われ,真空管式では想像もできなかった軽薄短小化 や多機能化が達成できたことは前述したが,多くのエレクトロニクス機器の進 9) 歩の跡からみても明白である。 一方,音質の向上を目指してラジオは,高性能回路の採用,高品質の部品や 複数のスピーカーの採用によって,Hi−Fi化の方向へと進展していった。また, 立体放送については,当初,左右の音を第1放送と第2放送で別々に送り,受 信側では2台の受信機を左右において聴く方式がとられた。しかし,FM放送の 開始と共にこの方式は使われなくなり,FMによる立体放送へと移行していっ た。 他方,1951年4月21日電波監理委員会によって予備免許を与えられた民間放 送16社は,一箇日開局準備に入っていた。同年9月1日午前6時半,本放送のト 9)柴田治呂「技術革新の担い手は誰か」日刊工業新聞社 1983年3月 57∼87頁
ップを切ったのは名古屋の中部日本放送, 放送も開局した。民間放送の開始に伴い, つた。 商品現象の研究 27 そして同じ日の正午,大阪の新日本 スーパー受信機は急速に普及してい 5.万能化現象・専用化現象 初期の真空管は数種しかなかったため,ラジオにおいても検波や増幅の各回 路に同じ真空管が使われることが多かった。例えば,1918年ウエスターン社は, VT−1とVT−2の二種類の直熱型3極真空管を米国シグナル・コーポレーション のために作ったが,VT−1は受信用万能検波増幅管で,ラジオの初期にRCA社 が作ったUV−201型の原型とも言うべきものであった。初期の直流式増幅機や 初期のエリミネーター増幅機は,低周波2段増幅(2Stage Audio Amplifire) のものであるが,前者では,UV−201が2本,後老ではUX−201Aが3本使われ 2),4) ている。 一方,万能管では充分な性能が得られないため,それぞれの回路に適した専 用の真空管が作られ,使われるようになっていった。例えば,1929年頃の並3 球ラジオでは,検波管にはUY−227,増幅管にはUX−112A,整流管にはKX−112 Bが使われていた。これらの専用管の登場は,真空管の多様化現象の原因にも つながっている。 III 商品の相関に現れる商品現象 1.多様化現象 テレビの多様化現象については,6視点モデルを使って考察した。このモデ ルは,形態的多様性,品質・機能・性能的多様性,用途的多様性,価値的多様 性,原料的多様性,販売的多様性の六つの視点について,各視点毎の属性項目 を設定し,多様性を検討するものである。テレビについての結果はすでに発表 10) しているので,ここでは,ナショナルテレビの画面の大きさ別商品アイテム数 の変遷を第1表に示すだけにとどめた。テレビの商品数を大きさ別・時系列別 10)片岡寛編「市場力学を変える商品多様化戦略」中央経済社1990年11月 50∼128頁
第1表 ナショナルテレビの画面の大きさ別商品アイテム数 大きさ 1971 1975 1979 1984 1986 1989 1992 40以上 0 0 0 1(1) 1(1) 3(6) 2(4) 36−39 0 0 0 1(1) 1(1) 1(2) 2(4) 32−35 0 0 0 0 0 4(8) 4(8) 28−31 0 0 0 2(2) 8(11) 9(19) 9(17) 25−27 0 2(6) 2(6) 5(6) 0 6(13) 8(15) 22−24 1(8) 3(10) 3(10) 4(5) 8(11) 0 0 20・21 7(53) 6(13) 10(32) 13(15) 10(14) 4(8) 5(9) 16−19 2(15) 8(26) 9(29) 20(23) 12(17) 2(4) 3(6) 14・15 1(8) 5(16> 2(6) 23(26) 12(17) 5(10) 5(9) 5−13 2(15) 6(19) 3(10) 12(14) 18(25) 10(21) 13(25) 1−4 0 1(3) 2(6) 6(7) 2(3) 4(8) 2(4) 商品数 13 31 31 87 72 48 53 ()内の数字は全商品アイテム数に対する比率% にみた場合,1984年頃から大型と小型の両方向にむけて2極分化現象が現れ, この傾向はその後益々顕緒になることが観察された。 2.標準化現象 日本のラジオ受信機やオーディオ・アンプはその範を米国に採った米国系の 流れを主流として育ってきた。ヨーUッパ系の真空管は米国や日本で当時行わ れていた2.5V系列とは違い,4V系列のヒータ規格となっており,ソケットも UX型4ピン用, UY型5ピン用, UZ型6ピン用などとは全く違った,いわゆ るUF型(0型ともいう)で電源トランスやソケット類が全く日本では製造さ れなかったことも,流行しなかった理由の一つである。戦後は球の規格が世界 的に統一され,ヒーター電圧は主として1.3V系列に,ソケットもノーバル型ミ ニアチュア,オクタル型統一ソケット(US型)になってから,ヨーロッパ系の 2) 二二が米国や日本でも生産され,利用されるようになった。 他方,大戦直後の真空管の不足のため,1946年に,国民型受信機1∼4号が 制定された。2.5V真空管を使った5,6号は,その後の真空管生産事情により
商品現象の研究 29 1947年に追加された。 3.複合化現象・多機能化現象 1932年には,ミゼットという名前の小型で性能のよい家庭用受信機が出まわ り,この頃から受信機にスピーカーが内蔵されるようになるほか,レコードプ レイヤーを内蔵した電蓄といった複合化現象・多機能化現象が現れはじめた。 1933∼1935年頃から真空管においても複合化現象は一段と進み,専用化と共 に,電気回路の中で接近して使われる真空管同士を1本の真空管にまとめるこ とが,配線の簡潔化や小型化を目的として行われるようになった。これらは複 合真空管(混合真空管)と呼ばれ,その例には,5極管と3極管とを混合した
Ut−2A7,2極管2本と5極管とを複合したUt−2B7,2極管2本を複合した
KX−80など各種のものがある。 一方,1957年超短波によるFM実験放送がはじまり,中短波兼用のAM−FM 受信機が市販された。1969年からFM本放送が始まると共に, AM−FM受信機 は一層普及するようになった。 4.分割化現象・システム化現象 ラジオの各回音別にチューナー・アンプ・スピーカーに分割化が,ステレオ の普及とともに行われるるようになった。また,分割化した部品を他のAV周 辺機器と共にシステム的に組み合わせて使うタイプが分割化と共に現れ始めた。 使用者の多様なニーズに応ずるためである。 5.キット化現象・セット化現象 戦争直後の時代は,衣食住も最低の状態であったため,既成品のラジオは高 価で,大衆にとっては高嶺の花であった。そこで,部品を組み合わせてラジオ やテレビを自作すれば,費用も半額ですむため,ラジオやテレビの自作が流行 した。東京の須田町から秋葉原にかけては露天商が並び,ラジオ部品や組立キ ットの販売が盛んであった。当時の雑誌にはラジオ部品の広告や試作例の解説がほとんどであった。 一方,テレビと専用台とのセットなど,本体と周辺機器とのセット化もデザ インの統一や使いやすくさせるために行われた。 6.競合現象・代替現象・代用現象 ラジオやテレビの各機種間で競合現象や代替現象が見られる。その要因は, 品質と価格に左右されることが多い。ここでは,競合の一例として,白黒テレ ビとカラーテレビの生産量における競合・代替状態の概要を第2表に示した。 第2表 日本のテレビの生産量の推移(千台) 年 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 白黒テレビ Jラーテレビ 137 3552 4060
@98
6089 U399 3153 V472 4296 P0909 847 P6880 13243 出所:通商産業省「機械統計年報」 商品の代用現象については,真空管を事例に取りあげた。戦時中,金属の内 で特に銅の節約は重要であった。従来の真空管のベースのピンは真鍮(銅と亜 鉛の合金)であった。戦時中の真空管はこのベースのピンの材質が真鍮から鉄 に変えられた。鉄は錆やすいので,真空管を取り巻く回路に接触不良が発生し, 動作しないことがしばしば発生した。真空管自体においても陽極のニッケルは ニッケルメッキ,あるいは特殊な錆止め処理をした鉄,黒鉛等に置換され,リ ード線も銅から鉄に変えられた。リード線を鉄に変えたため,リード線とベー スのピンとの半田付けが不完全で,真空管が働かないことも多かった。また, 初期の片二丁熱型整流管KX−12Fのベースには4本のピンがあったが,その内 1本は無用のピンであったので,これを削除し3本のピンのものに変えたKX− 12Fが作られた。この他,低周波増幅回路における結合トランスを使わない,抵 抗結合方式の採用やシールドバリコンやキャップ式シールドの採用など,部品 における省資源対策が実施された。 配線用の電線においても戦前・戦中のものは,銅線の上に綿糸・絹糸・ゴム商品現象の研究 31 などを被覆したもで,絶縁性能が劣っていた。撃墜したアメリカのB29の残骸 をしらべると,塩化ビニル被覆電線が機中いっぱいに張り巡らされていたこと にに驚かされたことからも分かるように,素材の製造技術における日米の格差 11) は否定できなかった。特に高周波絶縁材料にポリエチレンを使用できなかった 12) [日本の工業生産は1958年から開始]ことは,特にレーダーの開発と性能に遅 れを取ることになり,大戦における不利を招く原因の一つになったのである。 商品開発において新素材の開発がその基になることが多いが,そのことは今の 時代でも変わることがない。 一方,トランスを用いないで,真空管のヒーターを点灯させる方法として, 各真空管のヒーターを直列につないで100ボルトの電圧を供給するトランスレ スの回路用に,12Vや24Vといった高ヒーター電圧の真空管が開発され,一 方,高圧のB電源のためには,倍電圧整流回路と,専用の双2極傍熱型の倍電 圧整流管が開発されたことは上述した通りである。この国民1号型受信機(放 送局型123号受信機)の整流回路には,電源トランスについで資材を使うチョー クコイルの代りに数キロオームの2W型炭素皮膜抵抗器が用いられた。 7.補完現象 上述したように,家庭用受信機のAC化に伴って,整流用真空管として,コ ールド・カソードのガス入り両波整流管がレイセオン社から発表され,BH管と 名付けられた。また,1923年に一般発売された傍熱型のUZ−2A5の整流管とし てKX−80が開発された。 8.希少価値発生現象 現在の半導体素子や集積回路が真空管に代わって利用される時代において, きわめて僅かではあるが真空管式アンプがマニアのうちで珍重されている。そ 11)井本稔,大沼正則,道家達将,中川直哉編「化学のすすめ」筑摩書房 1971年11月 311 頁 12)古田昭作「産業工学」六月社 1970年4月 160頁
の理由は,真空管式アンプは半導体式のアンプと比較して音質が優れていると か,真空管に対する愛着・郷愁などをかき立てる魅力があるからである。従っ て,その愛好家がいる限り,希少価値の増大のために価格は異常な高値になっ ている。今だに真空管を使った機器の製作書や真空管アンプの広告をのせた雑 誌が出版されている。このような現象は,衰退し消滅寸前の商品においてしば しば見られる一般的な現象である。 IV 社会の変化に伴う商品現象 1.法的規制現象 短波ラジオは極めて遠方の受信ができたので,外国放送も受信できた。従っ て,戦時中は,外国放送を受信することができる短波受信機の使用は禁止され たのである。また,高性能遠距離用のスーパー受信機もその使用が抑制された。 1946年短波放送の聴取解禁に伴い,オールウエーブ受信機(全波受信機)が 1948年頃から出回り始めた。1956年には短波放送の普及と共に,家庭用2バン ド5球スーパー受信機が広く用いられるようになった。 2.企業間の競争・協力現象 技術や販売を巡っての企業間の競争や協力関係は,どのような商品において もつきものである。例えば筆者は,VTRの方式を巡っての企業集団間の競争・ 協力の状況を考察し,留意すべき問題点として次の諸点を指摘することができ 13) た。 ①商品開発・品質競争には技術力が不可欠であり,その獲得には基礎研究の 蓄積が土台となる。 ②商品の販売促進には,品質も重要であるが,販売網の確立も不可欠である。 ③経済性を第一とする消費者ニーズを考えた商品コンセプトが重要である。 ④企業集団からの孤立は競争上不利になる可能性が高い。 13)岩城良次郎「ビデオ商品における方式を巡る競争」日本商品学会関東部会報 No.66 1990年2月 2∼4頁
商品現象の研究 33 ⑤商品開発には,オールラウンド型を主とし,個別対応型を副とすることが 望ましい。 ⑥市場における商品は民生用商品だけでない,商品開発における視野を広く 持つことが望ましい。 ⑦商品開発における規格化の推進は,消費者にとっても製造者・流通業者に とっても極めて重要である。 3.社会への波及現象 ラジオ放送がいかに社会に大きな影響を与えたか,放送開始頃の広告から推 察される。その一例(放送博物館所蔵)を第3表に示した。 一方,技術の進歩・大量生産による価格の低下と大衆への普及現象が考えら れる。まだテレビ試験放送の時代であった1951年には,松下電器がフィリップ ス社からセットを輸入,改造して売りだしたテレビが19.8万円。当時は7型, 12型といった小型が主流で,ブラウン管は丸型であった。本放送が開始された 1952年は,14型,17型が登場し,ブラウン管も角形に移行する。最低価格が7 型卓上手で8万円,最高は17型コンソール型で29万円。当時のサラリーマンの 給料では,1年間飲まず食わずでアクセク働いてもなお買えない超高級品であ った。そのため,少しでも安価に作れるテレビ組立部品セットも発売された。 景品にもテレビが採用される時代であった。ところが,1954年9月早川電機(現 在のシャープ)が14型卓上型テレビを99500円で発売した。これを機に,各社競 ってコストダウンし,1955年頃になると,14型で7万円台に,さらに1959年の 皇太子御成婚イベント,開びゃく以来といわれた神武景気,岩戸景気が購買意 欲に輪をかけて,真空管式白黒テレビはまたたく間に普及した。1954年春テレ ビ保有がわずか1万世帯だったのに,5年後の1959年には300万世帯に。ラジオ が300万台を突破するのに10年以上もかかっている(1925年∼1936年)ことを思 えば,普及の超加速度ぶりがよくわかる。大量生産方:式が導入されたため,キ・ ヤビネットが木製から金属製にとって変わったからである。当時のテレビは, 4本のテーパーパイプの脚がついて,脚をとりはずすとテーブルタイプにもな
第3表 放送開始当時の広告の一例(放送博物館所蔵) ◎世は進む蓄音器の時代は去れりうヂオの世の中となる ◎東京,大阪,名古屋 放送事項:米相場 株式 砂糖 肥料 綿糸 生糸 季 節料理献立 日用品物価 各市仕残 小供の時間 天気予報 娯楽琵琶 浪花 節 義太夫 家庭講座 ニュース 講演 講話 音楽 講義 百科講座 プロ グラム発表 時報 その他ありとあらゆる 大連 上海放送迄大声明瞭
◎明日と言わず零すぐ理想的ラヂオ御求めあれ
◎ラヂオは目で買わず耳で買うこと とにかく素人は外観のピカピカするのや高尚優美のものを好みますが,そ れは床の間の装飾としての誇りにはなりましょうが,ラヂオとしては一考す る必要があります。聞いて感度の悪いもの,故障の起こり易いものは,ラヂ オとしての用を達しません。欧米でも流行の初期に於いては外観美の機械がよ り売れたそうでございますがクロスレー機顕れて遂にこれを圧倒し, 市場にその蔭を絶滅するに至ったそうでございます。クロスレートリルダイン本機は3球ですが,他機の6球同様の
働きを有し,室内線で東京,大阪,名古屋,大声明瞭に空中線を用いうれば日 本国中は勿論,大連,上海を聴くことができます。 1球にて ◎昼夜間。大阪,名古屋,東京が明瞭にラッパが鳴る。 ◎材料一式 金38円也(AB電池付) ◎器械 金7円也 3球にて ◎東京,大阪,名古屋が完全に且つ大声明瞭にラッパが鳴る ◎アンテナ アース等一切不用(御座敷,室内アンテナにて可) ◎特製品 金150円也(付属品一式付) 3球式セット1台 NVV6Aバルブ3個 舶来受話器,ラッパ1個 湯 浅26A電池1個 小寺大型B電池 アンテナアース材料一式 ◎普通品 金100円(付属品付)3球式セット1台 NVV6Aバルブ3個 舶来スピーカー1個 A電池
1個 B電池2個 アンテナアース材料一式ニュートロダイン5球240円
(付属品を含む集会用 各放送拡声器聴取) ニュートnレフレックス 3球 160円 (付属品を含む家庭用 各放送拡声器聴取) 影山ラヂオ商会 ラヂオ製作所主任 前軍艦河内無線電信掛将校 前軍艦武蔵無線電信掛将校 前特務艦野州通信長 影 山 五 郎 各種ラヂオ特約販売所 中村商店ラヂオ部 遠州掛川松尾町(公園東) 振替口座 東京72735番商品現象の研究 3煙 るというスタイルであった。このような4本脚が生えたデザインが以後10年ほ ど主流を占めていくことになる。 この頃の技術進歩のトピックスはチャンネルを切り替える度に微調整しなけ ればならなかったものが,微調整無しのオート方式になったこと。松下電器で は,「人工頭脳」と名付けて売りだした。そしてリモートコントロール装置が早 くも登場。といっても,現在あるようなマイコン内蔵式ではなく,受信窓がつ いた単純なものだった。ブラウン管も偏向角が70度から90度に,画面が広く, 2倍明るくなった。 14型のテレビが全盛になった背景には,14型以下は12%,17型以上は30%と いう物品税の問題がある。1962年に16型,1965年に19型,1968年に20型と,徐 々に大型が主流になっていくのは,その都度物品税の税率が変化したことが関 係している。 新聞に出たテレビ広告のセールスポイントの推移を調べることによっても, 上述したテレビの変遷の特徴を伺い知ることができる。 4.ファッション化・個性化現象・流行現象 1968年,小型テレビのキャビネットのプラスチック化に伴いカラフルなデザ インの多様化現象が出始め,このカラー路線はカラーテレビに引き継がれるこ とになった。テレビのデザインの変化を見ることは,技術的背景のほか,ファ ッション化現象・個性化現象・流行現象を探る手がかりになると考えられる。 V 終わりに 商品の種類は膨大であるが,商品に共通する商品現象は,ある程度整理統合 することができると考え,ラジオとテレビの商品史を手がかりに,考察を進め た。特に,これらの商品はハードとソフトの両面で大きく関与している点で, 商品現象を研究する上で適切な商品であると考え,上述したように,多数の現 象パターンを類別することができた。しかし,これで商品現象のかなりの部分 が解明されたとしても,この他にも残された部分があるであろう。これらの解
明は,さらに,商品特性を大きく異にする商品の史的考察を通して研究を続け, 蓄積しなければならない。本論文がいささかでも,商品現象論さらには商品学
の発展のきっかけに役立てば幸いである。