内湖の生物多様性保全・修復に向けて
西野 麻知子
Conservation and restoration of biodiversity of the lagoons or attached
lakes around Lake Biwa, the largest lake in Japan.
Machiko NISHINO
Lake Biwa Environmental Research Institute
Lake Biwa is the largest lake in Japan, as well as one of the world's few truly ancient lakes. More than 1000 animal and plant species have so far been reported, in which at least 61 species are endemic. Most of the animal and plant species of the lake, excluding planktonic species, inhabit the littoral and wetland areas, i.e., lagoons or attached lakes, called as “naikos”, around the lake. All of the naikos were covered with Phragmites reed beds and aquatic plants, and used to be nursery areas of the indigenous cyprinid fishes of the lake. However, many of these naikos disappeared or shrunk due to land reclamation during past decades. The total area of the naikos used to be 2902 hectares in 1940, but today it has diminished to 425 hectares. This is one of the reasons why the significant biodiversity of Lake Biwa has been threatened. Recent studies on the biodiversity of naikos reveal that nearly 60 species of the endangered and rare plants are still found in the Phragmites reed beds and aquatic plant zones surrounding the 23 remaining naikos. Three dimension analysis of the aerial photos suggested that these limocoline plants require floods, i.e., fluctuation in water level to grow. For the fish, 31 indigenous species, half the fish fauna of the lake, were still found from the remaining naikos. But, two invasive alien fishes, i.e., bluegill, Lepomis macrochirus, and largemouth bass, Macropterus salmoides, threatened the indigenous fish fauna of naikos, because they not only eat native fishes a lot but also their larvae feed on the same food as native fish larvae. We found that the nursery habitat of these alien fishes slightly differ from that of the indigenous fishes. Thus, conservation and reconstruction of favorite nursery habitat of the indigenous fishes are urgently required, in order to get rid of these alien fishes as the local government had already been con-ducted. Investigation of detailed distribution of the endangered and rare plants of respective naikos
can indicate where should be conserved, and where should be restored. For the conservation and rehabilitation of biodiversity in Lake Biwa and its naikos, it is required to set the goals of restored fauna and flora of respective naikos, based on their local and ecological characteristics. The biota and topogeography about forty or fifty years ago, when human impact of the nature was not so high, will provide useful information to set the restoration goals.
Keywords: Biodiversity, Conservation, Restoration, Lagoon.
特集論文
1.日本の湿地と琵琶湖周辺内湖 琵琶湖の周辺には内湖とよばれる湿地が点在している。 内湖とは、琵琶湖の一部だった水域が、浜堤や川から運ば れた土砂等で琵琶湖と区切られたラグーン(潟)であった り、湖岸の低湿地など、湖の周囲に自然に形成された水域 である。本稿では、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターが これまで行ってきた内湖の生物多様性研究の結果をもと に、今後の内湖保全・修復のあり方について考えてみたい。 1-1.日本の湿地と琵琶湖淀川水系 湿地とはどのような場所を指すのだろうか。主として水 鳥に関する国際条約である「ラムサール条約」では、湿地 を「天然のものか人工のものか、永続的なものか一時的な ものかを問わず、さらには水が滞っているか流れているか、 淡水であるか汽水であるか、鹹水(かんすい)を問わず、沼 沢地、湿原、泥炭地または水域をいい、低潮時における水 深が 6 メートルを超えない地域」と定義している。この定 義に従うと、世界中の海域の沿岸や河口部はもちろんのこ と、内陸部にあっては一時的な水域も含め、河川、湖沼、 湿原、湧水地、ため池などの浅い水域すべてが含まれる。 環境省(2002)が、生物多様性保全の視点から重要な湿 地500ヶ所を選定した「日本の重要湿地500」では、湿原、河 川、湖沼、わき水、地下水の他に、マングローブ、干潟、藻 場、珊瑚礁など実に多様な湿地が指定されている(図1-1-1 左)。これによると、日本の重要湿地のほぼ半数は海域で、 残り半数が陸水域(一部鹹水域を含む)となっている。淡 水域のうち 40 パーセントが湿原、29 パーセントが湖沼、28 パーセントが河川、3 パーセントがわき水である(図1-1-1 右)。ただ「日本の重要湿地 500」では、地域名と選定生物 分類群は表示されているが、それぞれの湿地面積は示され ていない。 地域別にみると、北海道や東日本に比べて西日本の湿地 数が最も多く重要湿地に指定されている。しかしその大部 分は藻場、干潟、珊瑚礁などの海域で、陸水域の湿地数は 東日本が200と最も多く、ついで北海道(70)、西日本(60) の順となっている。このうち河川や湖沼の数は東日本が60、 北海道36、西日本は僅か13で、そのうちの一つが琵琶湖(内 湖を含む)である。 日 本 の 湿 地 面 積 の 長 期 変 化 に つ い て は、国 土 地 理 院 (2001)が公表している。これは、明治・大正時代の地形図 と最近の地形図とを重ね合わせ、湿地記号で表されている 地域の面積変化を示している(図 1-1-2)。ただ湿地記号の ある地域のみを扱っているため、環境省(2002)に比べて はるかに狭義の湿地であり、直接の比較はできない。 明治・大正時代には、日本全体で 2110.6 平方キロメート ルもの湿地があったが、そのうち現在まで残っている面積 は約 4 分の 1(557平方キロメートル)でしかない。新たに 出現した湿地もあるが、その面積は減少面積のわずか 17 パーセント(264平方キロメートル)に留まっている。地域 別には、北海道に 9 割以上の湿地が残っており、その次が 東日本で、西日本の湿地面積は僅か2.4パーセント(19.5平 方キロメートル)にすぎない。内湖も含めた琵琶湖周辺の 湿地は、その 10.8 パーセントを占めており、西日本に残さ れた貴重な湿地といえる。 西日本の湿地面積は、明治・大正時代でも27平方キロメー トルと、北海道や東日本に比べて極めて僅かな面積しかな い。しかし本来の琵琶湖・淀川水系は、非常に豊かな湿地 帯を擁していたことを忘れてはならない。 5 世紀頃の地図 からは、琵琶湖の下流には木津川、宇治川、桂川が流入す 図1-1-1 日本の重要湿地500(環境省,2002) 図 1-1-2 全国の地域別の湿地面積(国土地理院(2001) 「全国の地域別・分類区分別の湿地面積」を一 部改変)
る広大な巨椋池が位置し、さらに下流の淀川には多くの淡 水湿地や池沼が、また淀川河口にも広大な干潟を含む海域 が広がっていたことがわかる(図 1-1-3)。当時の琵琶湖水 位は、現在より数m低かったと考えられていることから、近 年と同じ場所に内湖が存在していたかどうかはわからな い。しかし平安時代中期の歌人、和泉式部や藤原道信が筑 ちく 摩 ま 江 え (入江内湖付近:米原市(干拓で消失))で詠んだ歌 筑摩江の底の深さをよそ乍らひける 菖蒲の根にて志る哉 (和泉式部) 近江にかありといふなる三 み 稜 く 草 り 生ふる 人くるしめの筑摩江の沼 (藤原道信 後拾遺和歌集) が残されており、10 世紀には、琵琶湖周辺に内湖もしくは 内湾状の水域が存在していたと考えられる。 さらに次節で述べるように、明治・大正時代の地図には 琵琶湖周辺に多くの内湖が広がっていた。また下流には巨 椋池、また淀川にも氾濫原や河口湿地が分布していた。つ い 100 年ほど前までは、琵琶湖淀川水系には内湖、巨椋池、 淀川周辺に三大湿地帯が広がっていたのである。 1-2.琵琶湖の面積変化 明治後期と現在の地図を比較すると、かつての琵琶湖の 湖岸線は凹凸の多い地形だったが、現在は凹凸がほとんど なく、なめらかな地形に変わっている(図 1-2-1)。この凹 凸の多い地形のほとんどが、内湾であり内湖であった。 琵琶湖の面積については、これまでいろいろな数値があ げられてきた。最大は明治後期の約 721.46 平方キロメート ル(内湖面積を含む)だが、現在の琵琶湖面積は 670.25 平 方キロメートル(国土地理院による:内湖面積を含まない) とされる。最近、東(印刷中)が明治後期の地図をGIS化し、 琵琶湖と内湖の水面面積を求めたところ、その合計は722.9 平方キロメートル、一方、2000 ∼ 2003 年の航空写真から求 めた合計面積は 675.43 平方キロメートルだった。この差 47.48 平方キロメートルが、過去 100 年間の内湖を含む琵琶 湖の水面面積の減少量で、現在の琵琶湖と内湖を含めた水 面面積の 6.6 パーセントにあたる水面が消失した計算にな る。これには、過去100年間に消失した琵琶湖本湖と内湖面 積の両方が含まれている。このうち内湖の消失面積は28.89 平方キロメートルで、全消失面積の 60.9 パーセントを占め る(東、印刷中)。 琵琶湖本湖の面積減少の理由としては、次節で述べるよ うに湖水位が長期的に約 1 メートル低下し、湖そのものの 面積が縮小したこと、それに加えて湖岸堤や人工島、港湾 建設等による人為的な湖岸改変に伴う減少が挙げられる。 つまり、極めて浅い水深の面積が減少した。また内湖面積 は、1940年に29.02平方キロメートルだったのが、1995年に は 4.25 平方キロメートルに減少した(滋賀県琵琶湖環境部 水政課、2000)。1940年に内湖であった水面面積の85パーセ ントが消失したが、その大部分が干拓によるものである(図 1-2-2)。なお様々な資料から、干拓された内湖や残存内湖 の多くは水深 2 mより浅い水域だったと推測される。 現在の琵琶湖の水深 2 m より浅い水面面積は 17.06 平方 キロメートル(滋賀県水産試験場、1998)と推定され、こ れに残存する内湖面積 4.25 平方キロメートルを加えた合計 21.31 平方キロメートルが水深 2 メートルより浅い水域で ある。琵琶湖と内湖で減少した水面面積の大部分は、水深 2 mより浅い水域と考えられ、過去100年間に現在の水面面 積の 2.2 倍もの水面(47.48 平方キロメートル)が消失した 図 1-1-3 5 世紀頃の琵琶湖・淀川水系(濃い網かけ部分 は海面、薄い網かけ部分は淡水を表す) 図1-2-1 明治後期と現在の琵琶湖
計算になる。 1-3.内湖干拓と琵琶湖水位 内湖干拓が可能になった背景には、琵琶湖の長期的な水 位低下があった。琵琶湖の水位は明治 7 年から測定されて いるが、その時に設定された琵琶湖の基準水位(B.S.L.: 東京湾中等水位(T.P.)+ 84.371m)は、現在の平均水位 より約90センチも高かった。 江戸末期から明治にかけては平均水位が高かっただけで なく降水量も多く、琵琶湖周辺では洪水による浸水被害が しばしば生じていた(図 1-3-1)。明治 29 年には観測史上最 大となるB.S.L.+3.76mにも達した大洪水に見舞われてい る。これに先立つ明治 18 年にも琵琶湖水位が B.S.L. + 2.71m に達した大水害にみまわれた。それがきっかけとな り、琵琶湖の唯一の流出口である瀬田川を開削・浚渫し、 1905 年に瀬田川洗堰(通称 南郷洗堰)が建設された。琵 琶湖水位はそれ以降、人為的にコントロールされるように なり、長期的に低下するようになったが、最初の大幅な水 位低下は洗堰設置前後に起こっている(図1-3-1)。 その後、琵琶湖の水を積極的に利用するため、瀬田川等 の河道掘削をおこない、琵琶湖の水をより多く下流に流す 第一期河水統制事業が始まった。この事業は、 第 2 次世界 大戦中の1943年に始まり1952年に終了した。この間、琵琶 湖の平均水位はさらに低下し、その頃から、内湖の干拓が 本格化した(図 1-3-1)。国や県による大規模な干拓事業に よって1951年までに10内湖10.62平方キロメートル、事業が 終了する 1971 年までにさらに 14.59 平方キロメートルの内 湖が干拓された(琵琶湖干拓史、1970)。1940年以降の干拓 面積は25.21平方キロメートルにのぼる。東(印刷中)によ ると、過去100年間に消失した内湖面積は28.89km2と推定さ れており、その87.3%が、1940年から1971年の間に消失し たのである。 1-4.内湖本来の姿 現在、琵琶湖周辺に残存する内湖の数は 23、のべ面積 4.25 平方キロメートルにすぎない(滋賀県琵琶湖環境部水 政課、2000)。しかもほとんどの残存内湖が都市公園として 整備されるなど、何らかの人為的改変を受けている。その ため残存内湖を見ているだけでは、内湖本来の形状がわか らなくなっている。幸い、内湖本来の形状は、現在の地形 図に人為的改変の影響がそれほど大きくなかった時代の地 形図を重ね合わせることで、あぶり出すことが可能である。 一例として、現在の松の木内湖周辺の地形図に明治後期 の水面の部分を網かけで示した地形図を図1-4-1に示す。現 在の地形図では、松の木内湖周辺には五反田沼、十ヶ坪沼 (エカイ沼)の 3 内湖が残存しているが、この 3 内湖はバラ バラに点在し、内湖相互の関係がよく分からない。ところ が、明治後期の地形図を重ね合わせると、消失した内湖も 含め、複数の内湖群が網目状のクリーク(幅がやや広めの 水路)で繋がっていて複雑な形状を呈していたことがわか る。当時は現在よりも水位が高く、汀線がやや陸側に位置 していた。それだけでなく、雨が降ると琵琶湖の水位が上 昇し、汀線はさらに陸側に移動したはずであるから、これ らの内湖群やクリークは琵琶湖と一体になってしまい、琵 琶湖と内湖、クリークとの境は極めて不明瞭であったと考 えられる。かつての琵琶湖と内湖は、まさに一体となった 水域だったのだ。その後、湖水位が長期的に低下し、干拓 図1-2-2 琵琶湖周辺の内湖の分布と内湖面積の変化(滋 賀県、2000)図中、黒く塗りつぶしているのは 消失した内湖 図1-3-1 琵琶湖の年平均水位の長期変化 註:年最高・最低水位は表示していない
等で内湖群の多くが消失し、網目状に繋がっていたクリー クも流路や形状が変えられた。その結果、今ではクリーク で繋がっていた水面の一部が、内湖として残るだけとなっ ている。 1-5.内湖の景観構造 図1 - 5 - 1 は、松の木内湖(高島市)を北側から撮影した 航空写真だが、典型的な内湖景観がよく現れている。内湖 景観の特徴は、まず琵琶湖と水路でつながっていること、ま た内湖中央には開けた水面が広がり、水辺には水草(沈水 植物)や浮葉植物が生育し、その陸側に抽水植物帯(ヨシ 帯)が広がっていることである。さらに陸側にはヤナギな どの水辺林が生育している。多くの内湖では、これらの景 観要素がセットとなってみられる。人為的改変を受けた内 湖では、一部の景観要素が欠けたり、一部が人工的な護岸 に変わっていることがあるが、抽水植物帯はすべての内湖 にみられる。 ただ抽水植物帯は内湖だけに分布するのではなく、琵琶 湖にも広がっている。図1 - 5 - 2 は、戦後すぐに米軍が撮影 した航空写真と 2000 年撮影の航空写真から、それぞれヨシ 帯(水辺林を含む)と考えられる地域を拾い出した地図で ある(東、2004)。黒く塗りつぶしてある部分が抽水植物帯 と水辺林で、戦後すぐの航空写真からは、多くの抽水植物 帯が内湖に分布していたことがわかる。特に北湖の東岸周 辺の内湖に多くのヨシ帯が広がっていた。 一方、2000 年の航空写真では、ヨシ帯が大きく減少して いる。戦後すぐのヨシ帯(水辺林を含む)の総面積は5.2平 方キロメートルだったが、2000年には琵琶湖に1.3、内湖に 1.97平方キロメートルに減少している(東、2004)。これを 表にまとめたのが図1 - 5 - 3 である。1940年の85%の水面面 積が消失し、琵琶湖面積の僅か0.6パーセントを占めるにす ぎない内湖に、現在でも、琵琶湖周辺の抽水植物帯の実に 図1-4-1 1997年の松の木内湖、五反田沼、十ヶ坪沼(エ カイ沼)周辺の地図に明治後期に水面だった地 域(網かけ部分)を重ね合わせた図 図1-5-1 現在の松の木内湖の航空写真(北側上空から撮影) 図1-5-2 琵琶湖岸のヨシ帯の変化(東、2004より) 図 1-5-3 琵琶湖周辺の抽水植物(ヨシ)帯・ヤナギ林の 面積(ha)(滋賀県, 1992) (図1-5-2とは測定方法が異なるため、数値は多少異なる)
60パーセント(1.9平方キロメートル)が分布している。一 方、670.25平方キロメートルの面積を有する琵琶湖には、40 パーセント(1.3平方キロメートル)のヨシ帯が分布するだ けである。 ところで琵琶湖の湖岸景観は、大きく 6 類型に分けるこ とができる(図1-5-4:西野、1988)。これらの景観は、それ ぞれの湖岸の後背地の傾斜と大きな関係がある。汀線付近 に 1 m前後の大岩がゴロゴロしている景観(岩礁湖岸)は、 竹生島、多景島、沖の白石のように湖内に屹立する急峻な 島でみられる。後背地が山地である湖岸は傾斜がやや急で、 人頭大の岩がゴロゴロしている(岩石湖岸)。後背地の傾斜 がやや緩やかな湖岸では、拳大の礫が広がる(レキ湖岸)。 後背地が平野で、緩やかな傾斜の湖岸には、砂浜(湖岸)や 抽水植物湖岸(ヨシ帯)などの景観が広がる。汀線付近が 護岸や湖岸堤である人工湖岸は、後背地が平野の湖岸に多 く見られる景観の一つである。 先述したように、内湖の湖岸景観の大部分は抽水植物湖 岸で、一部に人工湖岸が見られるだけである。内湖を特徴 づける湖岸景観はヨシを中心とした抽水植物帯であり、内 湖は抽水植物帯を中心とした湿地といってよい。 琵琶湖岸でみられる 6 つの景観類型の分布をみると、岩 礁湖岸は真ん中の島々、北岸と東岸の一部に岩石湖岸、礫 湖岸は東岸と西岸のごく一部がみられる。残りの湖岸には 砂浜とヨシ帯が広がり、南湖には人工湖岸が多い(図1-5-5 左)。これら 6 つの湖岸類型が全湖岸の総延長に占める割合 は、人工湖岸が34パーセント、砂浜湖岸が29パーセント、抽 水植物湖岸と岩石湖岸がそれぞれ 18 パーセントとなる(図 1-5-5右)。 しかし 1940 年代には、琵琶湖岸のヨシ帯は、内湖も含め て湖岸の総延長の 40 パーセントを占めていたと推測されて いる(西野・浜端、2005)。つまり、琵琶湖の湖岸景観の最 も大きな変化は、抽水植物湖岸(ヨシ帯)が著しく減少し、 人工湖岸が増加したことだといえる。抽水植物湖岸の減少 の主な要因は、干拓で多くの内湖が消失したことにある。 それだけでなく、残存する内湖も湖岸堤や樋門等によって 琵琶湖と物理的に分断され、琵琶湖と内湖のヨシ帯もまた 分断を余儀なくされてしまった。このような湖岸景観の変 貌が、ヨシ帯を利用する生物にも大きな影響を与えたと考 えられる。 2.内湖の生物多様性 2-1.生物多様性とレッドデータブック 「生物多様性」とは、地球上の生命の総体を意味する。 生物多様性は、種内の多様性、種の多様性、生態系の多様 性も 3 つの階層からなっている。種内の多様性は個体性、つ まり遺伝的変異を含む種内変異の多様性のことである。種 の多様性は、多様な分類群の生物種が生息・生育すること であり、生態系の多様性とは、琵琶湖を例にとると、琵琶 湖や各々の内湖がそれぞれ固有の豊かな生態系を有し、相 互に作用しながら複合的な関係が成立している状態をさす と考えられる。ここでは、貴重植物と魚類を例に、琵琶湖 と個々の内湖の種多様性について考えてみたい。 絶滅の恐れのある生物の種をリストアップし、それらの 分布や生息状況を明らかにしたものを『レッドデータブッ ク』という。日本語に訳すと「赤い資料本」となるが、こ れは国際自然保護連合(IUCN:1966)が、ほ乳類と鳥類に ついて世界的な規模で絶滅がある種を選定し、生息状況を まとめた冊子の表紙が赤色だったので、それ以降、表紙が 赤くなくとも『レッドデータ』と呼ばれるようになった。 日本でも、環境省が日本の絶滅の恐れのある野生生物を 図1-5-4 琵琶湖の湖岸景観の 6 類型 図1-5-5 琵琶湖岸の景観生態学的区分(左)と湖岸全長 に対する各湖岸の割合(右:平成 8 年度 滋賀県 河港課調査による)
調べ、1991年から植物や動物(無脊椎動物、魚類、爬虫類、 鳥 類 、ほ 乳 類 な ど )の 各 分 類 群 に つ い て レ ッ ド デ ー タ ブック(以下、環境省RDBという)を数年おきに発表してい る。その後、各都道府県等でも地域のレッドデータブック を発行するようになり、滋賀県では「滋賀県で大切にすべ き野生生物」(以下、滋賀県RDBという)を2000年に、改訂 版を2006年に公表している。 琵琶湖には固有種、すなわち琵琶湖にしか生息していな い生物がこれまでに61種報告されている(西野、2007)。琵 琶湖の固有種のうち滋賀県RDB(2000)のなかで、絶滅危惧 種、絶滅危機増大種、希少種に指定された種の数は31種だっ たが、2005年には38種に増加している(図2-1-1)。このこ とからわかるように、琵琶湖の固有種をはじめとする水生 生物の生息状況は、近年さらに悪化しているといってよい。 とくに魚類については、15 種とされる固有魚種の 11 種(73 パーセント)、また在来魚約60種のほぼ半数にあたる31種も またこの 3 カテゴリーに含まれる。固有魚種だけでなく、多 くの在来魚種の生存が脅かされる状況が、ここ数年、一層 強くなっているといえよう。 2-2.内湖の生物多様性の特性と機能 琵琶湖の生態系は、大きく沖帯と深底部、沿岸部に分け ることができるが、固有種で沖帯や深底部に生息する種は わずかで、大部分は沿岸部にすんでいる(図 2-2-1)。沖帯 や深底部にすむ魚類でも、産卵期には沿岸部や琵琶湖への 流入(・流出)河川に移動する。固有種だけでなく、多く の在来生物にとって沿岸部は非常に重要な生息場所になっ ている。 そのなかで、琵琶湖と水系でつながっている内湖は、水 生生物にとって重要な役割を果たしている(図 2-2-2)。次 節で述べるように、生物多様性からみた内湖はヨシ帯が広 がる湿地帯であり、水辺の氾濫原、すなわち琵琶湖の水位 が上昇すると、ときどき冠水するような場所に生息する原 野の植物が生育する場である。また内湖は、コイ科を中心 とする多くの在来魚の繁殖場として重要な役割を果たして きた。これら魚類の多くは、ヨシ帯を繁殖場として利用す る。さらに、水鳥や水辺の鳥が生息、繁殖する場でもある。 また内湖は、琵琶湖に比べると風波が弱く、一部の生物 にとっての避難場所(レフュージア)として利用されてい る可能性がある。例えば琵琶湖では冬期に北西風が卓越す るが、北湖東岸には北西風が直接吹き寄せるため、沿岸部 にすむ生物にとっては、波浪が強く良好な生息場所とはい い難い。その北湖東岸には、かつては多くの内湖が分布し ており、様々な生物にとってのレフュージアとして機能し ていたのではないだろうか。 内湖には、いわゆる浄化機能があるとされている。これ は琵琶湖の周りから内湖に流入した水や汚濁物質は、内湖 に一旦貯まってから琵琶湖に流出するが、その間に汚濁物 図2-1-1 滋賀県の絶滅危惧種、絶滅危機増大種、希少種 に指定された琵琶湖水系固有種の割合 図2-2-1 固有種の生息場所 図2-2-2 内湖の特性と機能
質の一部が内湖の底に沈澱することで、琵琶湖への負荷を 減少させるという意味である。ただ、琵琶湖に比べて容量 が小さい内湖に汚濁物質が流入・沈殿するため、内湖自体 は富栄養化しやすい水域でもある。 このように内湖の特性は、生物多様性も含め、琵琶湖と の関係なしに語ることはできない。 2-3.原野(氾濫原)の植物と寒冷地の植物 琵琶湖とその周辺にはさまざまな植物が生育している が、それらの植物には 5 つの特性がみられる(藤井、印刷 中)。まず第 1 にタブノキなどの暖温帯樹種が生育している ことで、琵琶湖という大湖沼の存在による気候の温和化が 関係していると考えられている。 第 2 にハマヒルガオなど、海辺に生育する海浜植物が分 布することで、これは琵琶湖岸に広く砂浜が広がっている ためだと考えられている。 第 3 に、沈水植物(水草)が豊富なことである。これは 琵琶湖が日本最大の湖で、複雑で多様な湖岸環境があるこ との他に、ネジレモ、サンネンモのような固有種の存在が 示すように、琵琶湖が現在の位置に生じてからでも 40 数万 年という長い歴史を有する古代湖であることとも深く関 わっていると考えられる。 第 4 の特徴的として、原野(氾濫原)の植物や寒冷地性 植物が分布していることである。本稿では原野の植物、お よび原野の植物でもあると同時に寒冷地に生育する植物を 紹介したい。 原野とは、「広い沖積低地を貫流する大河川や湖沼の周辺 で、不定期に起こる増水によってかく乱されるとともに、日 常的に水分条件に恵まれる土地」と定義される(梅原・栗 林、1991)。ヨシは水辺に生える抽水植物で、不定期に起こ る増水によって攪乱(かくらん)される地域に生育するが、 原野の植物が生育可能な地域は、ヨシが生育可能な地域で もある。原野の植物とは、ノウルシ、タコノアシ、コガモ カモメヅル、ミゾコウジュ、オオバノコロシ、オニナルコ スゲ、ウマスゲなどの植物で、近畿では琵琶湖や淀川沿い 以外には、ほとんど見られない。特にオニナルコスゲやウ マスゲは、原野の植物であると同時に寒冷地に生育する植 物でもある。 2-3-1.原野の植物の分布と内湖 原野の植物には、滋賀県RDB(2006)に掲載されている貴 重種が多い。原野の植物を含む貴重植物を琵琶湖岸や内湖 で調べると、残存内湖の中で最大面積を有する西の湖(近 江八幡市、安土町)に最も多くの種が生育することが分かっ た(浜端・西川、2005)。ヨシやヤナギ林のなかに生育する 種と、内湖の周りの水路や水田に生育している種の両方が いることも分かった(図2-3-1-1)。また図2-3-1-1は、個々 の内湖に生育する貴重植物種はそれほど多くないが、内湖 全体として種数が多い、つまり種の多様性が豊かになるこ とを示している。 これら貴重種の分布をみると、大きく湖北、湖西の内湖 と湖南の内湖の 2 グループに分かれた。また湖東の内湖は、 これら 2 グループのほぼ中間に位置した。種の分布からみ ると、湖北・湖西の内湖では寒冷地に生育する植物が多い が、湖南の内湖ではおもに水田や畦に生育する植物が多く 出現し、湖東の内湖では両方の種が混在していた(浜端、未 発表)。 湖北の内湖に寒冷地性植物が多い理由については、これ ら内湖の地理的な位置と関係があると考えられる。日本の 沖積平野に見られる湿原帯は、北海道、東日本、西日本に 大別される(図2-3-1-2)。北海道では 7 月の平均気温が20 ℃以下で、植物が死んでも分解されずに泥炭で残る地域で ある。 一方、西日本の大部分では気温が高いため、植物が枯れ ると速やかに分解され、泥炭で残る地域はほとんどない。 東日本は、泥炭で残る地域と、完全に分解する地域が両方 出てくる移行帯である。琵琶湖周辺では、おもに北湖北・ 東岸が移行帯とそうでない地域の境界となる(図2-3-1-2)。 実際、東岸に位置する西の湖の湖底からは、スクモと呼ば れる泥炭が今も出土する。そのため、ヨシ帯と湿原的な環 境が両方交じっている地域が琵琶湖の北側に多く、寒冷地 図2-3-1-1 各内湖における貴重植物の種数 (藤井、2002より作図)
性の植物が生育可能ではないかと考えられる。温度環境は、 生物の生息にとって非常に重要な意味を持っている。 貴重植物の種数と残存内湖の面積との間には、両対数だ がほぼ正の相関があり、面積が大きい内湖ほど、貴重植物 の種類が多い(浜端・西川、2005)。ただ、多くの残存内湖 では、水面の一部が干拓や都市公園整備等で何らかの人為 的な改変を受けている。そこで貴重植物の種数と干拓前の 面積(1947 年頃)との相関をとると、干拓前の面積とのほ うが 現在の面積 より相関係 数が高く なる(浜端・西川、 2005)。このことは、残存内湖の貴重植物の存在は、現在の 環境ではなく、むしろ干拓や人為的な改変を受ける前の環 境を反映しているのかも知れない(浜端・西川、2005)。実 際、平湖や彦根野田沼のように、浚渫などで著しい改変を うけた内湖では、貴重植物が全く出現しない。もしそうで あるならば、例え保全目的であったとしても、浚渫や内湖 の水を干し上げるなど人為的に手を加える時には、よほど 慎重に行わないと、貴重植物を絶滅に追いやる危険性を孕 んでいることになる。 2-3-2.原野の植物と水位との関係 原野の植物の生育環境と水位との関係を調べるために、 西の湖で航空 3 次元計測を行った。2006年 2 月に西の湖で 航空写真を撮影し(図 2-3-2-1)、複数の航空写真を立体視 することで、西の湖周辺地域の地表高を推定した。 2 月に 撮影したのは、多くの植物が枯死する冬期に撮影すること で、植物が密生することで地表高が読み取りにくくなるの を避けるためである。ただ、枯れたヨシ等が生育していた 地点では、航空写真から求めた標高は、地表高ではなく植 物等の高さ(表層高)となる。その場合は、ヨシ刈り等で 地面が露出している地点を探して地表高の補正を行った。 航空 3 次元計測で求めた地表高(または表層高)と貴重植 物の分布地図とをGIS上で重ね合わせることで、それぞれの 植物が分布している地点の地表高を求めた。その高さと 2005 年に測定した西の湖の水位データを重ね合わせたのが 図2-3-2-2である(西野ほか、2006)。図からわかるように、 ノウルシやタコノアシは 1 年に数回冠水するような地点に 生育する一方、コバノカモメヅルはこれらの種よりもやや 地表高が高く、ほとんど冠水しないような地点に生育する ことが明らかになった。 このことは、これら原野の植物の生育には、地表高(標 高)が重要な役割を果たし、生育地で冠水と干出が一定頻 度で起こるような環境が必要であることを示唆している。 地表高は地形そのものであり、本稿では触れなかったが、 地形は温度環境、特にわき水の存在とも深く関係している。 これら原野の植物や寒冷地性植物の保全には、地形そのも 図2-3-1-2 日本の沖積平野にみられる湿原帯の区分 (矢部,1993を一部改変) 図2-3-2-1 オルソ幾何補正済みの西の湖の航空写真 図2-3-2-2 航空写真から読み取ったノウルシ、タコノア シ、オニナルコスゲ、コバノカモメヅルの生 育場所の地盤高(表層高)と2005~2006年の 日水位変化.濃く塗りつぶした標高は 80%、 薄く塗りつぶした標高は 50%の個体が分布 するポイントを含む標高の範囲。
のを保全するだけでなく、水位の変動による攪乱を維持す ることもまた、非常に重要であると考えられる。 2-4.底生動物の分布と内湖 動物ではどうだろうか。琵琶湖の沿岸部から深底部で採 集されたミミズ類の種数を図2 - 4 - 1 に示す。2001∼2002年 に調査した内湖で確認された総種数は、わずか 1 年の調査 であるにも関わらず、10 年以上の調査で琵琶湖全域から確 認された種数より多かった。しかも内湖からしか採集され ていない種が非常に多かった。分類群別では、内湖からは 多くのミズミミズ類が採集された。ミズミミズ類の多くは、 ヨシや水草の表面に付着して生活する。そのため、内湖の 豊富なミミズ相は、抽水植物や沈水植物が支えていると考 えられる(西野・大高、2005)。その中にはインドネシアな どの熱帯に広く出現する種もおり、琵琶湖と比べて夏期に 水温が高くなる内湖が熱帯性のミミズ類の生息を可能にし ていると考えられる。 一方、内湖からは多くのミミズ類が出現するものの、個々 の内湖に出現する種数はそれほど多くなく、貴重植物と同 様に、内湖全体としてミミズ類の種数が多いという特徴が みられた(図2-4-2)。 2-5.魚類と内湖 2-5-1.琵琶湖魚類の生活様式 日本列島に生息する純淡水魚(一生を淡水ですごす魚類) は約90種だが、その 3 分の 2 にあたる約60種が琵琶湖から 報告されている。琵琶湖が淡水魚の宝庫といわれるゆえん である。 琵琶湖・淀川水系における淡水魚類の回遊様式は、大き く 8 タイプに分けられる(細谷、2005:図2-5-1)。Aタイ プは、琵琶湖の岩礁湖岸や岩石湖岸周辺に生息する魚種で イワトコナマズやアブラヒガイである。B タイプは、琵琶 湖から内湖へ産卵回遊するホンモロコやゲンゴロウブナな ど、C タイプは、琵琶湖から内湖、さらに水田に産卵遡上 する魚種でニゴロブナやギンブナなど、D タイプは、タモ ロコやアユモドキのように内湖と水田の間を産卵回遊する 魚種である。E ∼ H タイプはそれぞれ、流入河川に産卵遡 上するアユやビワマス、アジメドジョウなど川で一生をす ごす魚や、すでに絶滅したが琵琶湖と大阪湾を回遊するサ クラマスなどの魚種である。また G タイプは、内湖や琵琶 湖(特に南湖)のうちヨシ帯が発達した水域を好む内湖定 住型である。これら 8 つの回遊タイプのうち 4 タイプの魚 種は、生活史のどこかで内湖を生息場所として利用してい る。 図2-4-2 内湖(2001年 8・12月、2002年 3 月)および琵 琶湖で確認されたミミズ類 図2-4-1 琵琶湖および内湖で採集されたミミズ綱の種数 図2-5-1 琵琶湖淀川水系における淡水魚類の回遊様式 (細谷、2005)
2-5-2.琵琶湖魚類の変化 内湖の干拓は1971年に終了したが、その翌年の1972年を ピークに、アユをのぞく琵琶湖の魚類漁獲量が減少を始め る(図 2-5-2-1)。さらに 1990 年前後から、漁獲量の減少割 合が著しくなる。その前後に琵琶湖総合開発事業の大半が ほぼ終了し、湖岸堤が完成した。 1992年には瀬田川洗堰操作規則が制定され、6 月以降、そ れまでの年より水位が数十センチメートル低く維持される ようになった。環境省の特定外来生物に指定されているオ オクチバスやブルーギルが増加し、魚類の食物構造が変化 したのもこの頃である(奥田、2008)。 コイ、フナ類は、内湖を利用する魚種のなかでも漁獲量 が多い魚種である(図 2-5-2-1)。これらの種は、かつては 春から夏にかけて琵琶湖から内湖に産卵回遊し、さらに上 流の水田にも産卵遡上していた(図 2-5-2-2)。しかし前節 で述べたように、1940 年以降でも内湖の 85 パーセント、琵 琶湖周辺のヨシ帯の 5 分の 2 が消失した(図1-2-1;図1-2-2 参照)。その後、琵琶湖周辺の水田では圃場整備が進んで 水田が乾田化し、魚類が水田に遡上すること自体が困難に なっている。実際、1990 年頃までは、アユ以外の魚類漁獲 量と圃場整備率との間に正の相関がみられている。 もう一つの問題は、灌漑様式の変化である。琵琶湖周辺 の水田は、かつては雨や川の水を蓄え、上流から田毎に用 排水利用する田越し灌漑が主だった(図 2-5-2-3)。しかし 現在は逆水灌漑(自然の水の流れとは逆に、水田の潅漑用 水を琵琶湖からポンプで汲み上げるしくみで、滋賀県の農 地の 40 パーセント以上が逆水潅漑で給水を受けている)の 水田が多く、在来魚は用水から水田に遡上することができ ない。また乾田化によって、水田と排水路との間の落差が 大きくなっており、排水路からの遡上も極めて困難になっ ている。このように、琵琶湖や内湖と周囲の水田との間で、 在来魚の移動経路が分断された状態になっている水域がほ とんどである。 2-5-3.内湖における在来魚と外来魚の現状 内湖の湖岸ではヨシ帯が卓越するが、在来魚の中でヨシ 帯を利用する魚種は少なくない。琵琶湖に生息する魚類の 中で、生活史のどこかでヨシ帯を利用する魚種は、固有種 ではそれほど多くないが、それ以外の在来種では非常に多 い(図 2 - 5 - 3 - 1)。問題は外来魚で、2004 年に制定された 「外来生物法」で特定外来生物に指定されているオオクチバ スとブルーギルもまた、生活史の中でヨシ帯を頻繁に利用 図2-5-2-2 コイ、フナ類の産卵環境の変化 滋賀県 (2000)を改変 図2-5-2-1 コアユを除く魚類漁獲量の年変化 その他の魚類には、1999 年以降、ブルーギル 等の漁獲量も統計に加えられているので注意 を要する。 図2-5-2-3 琵琶湖の周辺水田の潅漑様式の変化
する。 しかし、前節で述べたような環境変化にもかかわらず、 滋賀県琵琶湖環境部水政課(2000)が残存内湖で行った魚 類調査では、琵琶湖から報告のある在来魚約 60 種の半数に あたる30種が、春と秋のわずか 2 回の調査で確認された。現 在でも内湖は、在来魚にとって重要な役割を果たしている と考えられる。ただ、各内湖での出現種数は最大でも 14 種 に留まっている(図2- 5 - 3 - 3 )。原野の植物やミミズ類と同 様、個々の内湖に多様な魚類が生息するのではなく、内湖 総体として多くの魚類が利用しているといえる。 ところで在来魚の種数が比較的高い内湖は、内湖の近く に琵琶湖があるか、あるいは、西の湖のように内湖そのも のに非常に発達したヨシ帯があるという特徴がみられた(図 2-5-3-2)。一方、残存内湖と人造内湖、(人工的につくられ た内湖、また北湖や南湖で湖岸堤の建設に伴って琵琶湖と 分断された水域も含む)をくらべると、人造内湖で魚種数 が少ない傾向がみられた。また北沢沼、殿田川内湖では、在 来魚種が全く採集できなかった。在来種が全くみられない 内湖が存在するという現象は、植物や他の動物では確認さ れておらず、魚類特有の現象といえる。 しかも、すべての内湖でブルーギルが、またオオクチバ スも 3 分の 2 の内湖で確認された。各内湖で採集されたブ ルーギルとオオクチバスの個体数百分率と出現した在来魚 の種数との間には、有意の負の相関が見られた(図 2-5-3-3:P<0.001)。つまり、これら 2 種の外来魚が多い内湖ほ ど在来魚の種数が少ない傾向が見られており、侵略的外来 魚の存在が在来魚の生育に深刻な影響を及ぼしていること を示唆している。 ただ、図2-5-3-3の回帰線より上にプロットされている内 湖は、外来魚の密度に比して在来種の種数が多い内湖とい える。後で述べるように、このような内湖の生物相や環境 構造を詳しく調査することで、在来魚にとって良好な環境 を解明し、在来魚の保全に応用可能なヒントがある。 3 内湖の生物多様性の保全・修復に向けて 3-1 生態系保全対策の現状 琵琶湖の生態系保全のために行われてきた主な施策とし て、滋賀県が 1992 年に制定した「滋賀県琵琶湖のヨシ群落 保全に関する条例」をあげることができる(図3-1-1;図3-1-2)。これは生態系保全を目標に掲げた我が国最初の条例 で、琵琶湖周辺に 3 箇所の保護地区、24の保全地域と18の 図 2-5-3-2 琵琶湖周辺の残存内湖および人造内湖で採集 された魚類の種数(2000年春、秋調査による). (西野、2005) 図2-5-3-1 琵琶湖周辺でヨシ帯を利用する魚種の数 図 2-5-3-3 琵琶湖周辺内湖(残存内湖+人造内湖)にお けるオオクチバスとブルーギル個体数百分率 (合計)と在来種数の関係(西野、2005)
普通地域の指定を行い、ヨシ帯を保護している。また、ヨ シ群落の新たな造成と維持管理も行っている。この条例は 2002 年に改訂され、新たに生物多様性保全の概念を盛りこ み、より生態系保全の視点が強調された。2004 年には、新 たなヨシ群落保全基本計画が立てられている。 さらに 2000 年には「琵琶湖総合保全計画(マザーレイク 21計画)」が策定された(図3-1-3)。この計画では、水質保 全、水源かん養、自然的環境・景観保全について、2050 年 まで 3 期にわけて目標を定めている。内湖の保全と関係す るのは、主に自然的環境・景観保全で、2010 年までは「生 物生育空間(ビオトープ)をつなぎネットワーク化するた めの拠点の確保」、2020年までは「生物生育空間(ビオトー プ)の拠点をつなぐネットワークの骨格の概成」が目標と なっている。 国際的には、琵琶湖は 1993 年に「ラムサール条約」の登 録湿地に指定されている。残念ながら、内湖は登録湿地に は含まれていなかったが、関係者の努力により、2008 年秋 には西の湖が内湖で初めて登録湿地に指定される予定であ る。 いっぽう国では、1997年に「河川法」が改正され、治水・ 利水のみであった河川整備の目的に新たに環境が加わっ た。また 1992 年にリオデジャネイロで開かれた地球サミッ トを契機に、日本は生物多様性条約を締結し、1995 年に生 物多様性国家戦略、2002 年にその改訂版として「保全の強 化、自然再生、持続可能な利用」を提唱した新・生物多様 性国家戦略を策定した。これを受けて 2003 年には「自然再 生推進法」が制定された。この法律では、自然再生とは、 「過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すこ とを目的として、関係行政機関、地域住民、自然環境に関 して専門的知識を要するもの等の地域の多様な主体が参加 して、自然環境を保全、再生、喪失、またはその状態を維 持管理すること」と定義している。翌 2004 年につくられた 自然再生基本計画では、自然再生の 3 つの視点として、① 地域に固有の生物多様性を確保し、②地域の多様な主体が 参画・連携し、③科学的知見に基づく順応的取り組み、つ まり損なわれた原因を科学的に分析し、その結果をフィー ドバックすることが重要であるとした。 しかし日本では、自然再生に対する社会的理解が十分と はいえないため、自然再生という美名のもとに新たな自然 破壊が行われる可能性は決して小さくない。法の精神に則 り、地域に固有の生物多様性を確保するには、科学的知見 に基づいて復元目標を明確化し、十分な復元が行われたか どうかについて適切な指標をつくることが不可欠となる。 3-2.復元目標の明確化 内湖を復元する場合、復元目標の設定にあたっては、過 図3-1-3 琵琶湖総合保全計画(マザーレイク21)の目標 (滋賀県、2000) 図3-1-2 ヨシ群落保全条例と湿地保全事業(計画を含む) 図3-1-1 琵琶湖の湿地保全に関係する主な施策
去の内湖がどのような環境で、どのような生物が生息して いたのかという情報が必要となる。そこで、過去に内湖で 採集され、京都大学、国立科学博物館、琵琶湖博物館等の 機関に保管されていた魚類標本の調査を行った。 その結果、1920 年から現在まで、のべ 16 内湖、約 50 種、 500 個体の魚類標本が確認された(西野ほか、2007)。全体 の傾向として、西の湖・堅田内湖では、現在でも多くの在 来魚種が生息していることが確認された(図3-2-1)。種毎 にみると、カワバタモロコ(環境省RDBの絶滅危惧IB類)の 標本は、1965年以降は確認されなかった(図3 - 2 -2)。同じ く絶滅危惧 IB 類のイチモンジタナゴも、1965 年以降はほと んど見付かっていない(図3-2-3)。さらに絶滅危惧IA類の ニッポンバラタナゴは 1970 年頃にいなくなり、それ以降は タイリクバラタナゴが確認されている(図3-2-4)。 アユモドキは、環境省RDBでは絶滅危惧IA類、滋賀県RDB でも絶滅危惧種に指定されており、琵琶湖・淀川水系と岡 山県の旭川水系にのみ生息する種である。本種は、すでに 琵琶湖と周辺水域では絶滅したと考えられているが、西の 湖で 1992 年に採集された標本が、今回の標本調査で確認さ れた(図 3-2-5)。これが琵琶湖とその周辺水域での最後の 分布記録となる。ちなみに 1992 年は瀬田川洗堰操作規則が 制定された年である。 魚類の回遊様式 8 タイプのうち内湖を利用するのは 4 タ イプであるが、近年ほとんど出現しなくなったのは、イチ モンジタナゴやカワバタモロコなど内湖定着型の魚類であ る(図 3-2-6)。一方、ビワヒガイ、ホンモロコ、ワタカ等 の魚種は、近年でもある程度の採集記録があった。このよ うに魚種によって減少の時間的変化やそのプロセスは同じ ではないことが分かってきた。 また、どの内湖にも同じ魚種が生息していたわけではな いことも明らかになった(西野ほか、2007)。例えば、松原 内湖(干拓で消失)からは、タモロコ、カワバタモロコの 他にカネヒラ、イチモンジタナゴ、ニッポンバラタナゴな どタナゴ類の標本が多く確認された。一方、早崎内湖(干 図3-2-2 カワバタモロコ標本 図 3-2-1 各内湖で確認された魚類標本の種数および標 本の年代別分布 図3-2-3 イチモンジタナゴ標本 図3-2-4 ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴ標本
拓で消失:図3-2-7)からはイチモンジタナゴなどのタナゴ 類の他に、ホンモロコ、ビワヒガイ、ヌマムツなど多様な 魚種が確認され、またイワトコナマズの若齢個体の標本が 多く出現した。津田内湖(干拓で消失:図3-2-8)でも、イ ワトコナマズの標本が確認されている。ところが西の湖で は、イワトコナマズの標本は全く確認されない一方、アユ モドキやタモロコのように内湖と水田の両方を利用する魚 種の標本が見つかっている。 干拓前の早崎内湖と津田内湖の共通点は、琵琶湖に比較 的大きな開口部を有した内湖であったことと、隣接する琵 琶湖のすぐ北側に岩石湖岸が広がっていることである(図 3-2-8;図3-2-9)。イワトコナマズは、おもに北湖の岩石湖 岸やその沖合に生息する琵琶湖定住型魚で、内湖を利用し ない魚種だと考えられてきた。しかし、これらのイワトコ ナマズは、隣接する琵琶湖の岩場から餌を求めて早崎内湖 や津田内湖を時折訪れていたのかも知れない。 これらの結果から、内湖の魚類相は、内湖が置かれてい る地理的な位置関係、すなわち琵琶湖との接続状況(開口 部の形状、琵琶湖との距離等)や、内湖近傍の琵琶湖の湖 岸 景 観( ヨ シ 帯 で あ る か 、岩 石 湖 岸 で あ る か 等 )が 広 図3-2-7 かつての早崎内湖(左:1947年米軍撮影の航空 写真)と早崎内湖で採集されたイワトコナマズ 標本(右) 図3-2-6 内湖の魚類相の変遷と生活型 図3-2-5 アユモドキ標本(滋賀RDB絶滅危惧種) 図3-2-9 琵琶湖の湖岸景観と早崎内湖と津田内湖の位置 関係 図3-2-8 津田内湖(写真上:写真下は拡大写真)と西の 湖(写真上)
がっているか、あるいは、内湖と周辺の水田とはどのよう に繋がっているのかが重要な役割を果たしていると考えら れる。 3-3.内湖の生物多様性保全・修復に向けて これまで見てきたように、琵琶湖の生物多様性の減少 は、内湖の干拓や湖岸堤の建設、湖周辺の水田のほ場整備 など、過去数十年以上もかけて進められてきた土木事業と、 外来生物の無秩序な野外への放流、放逸がもたらした必然 的な結果といえる。 数十年も前に消失した内湖は、長年にわたり水田など他 の用途に利用されており、今すぐ元に戻すことはできない。 しかし物理的に大きく改変された地域を元に戻すことは、 困難ではあっても、決して不可能ではない。実際、干拓さ れた早崎内湖(長浜市、湖北町)では、2001 年から滋賀県 が干拓水田の一部を借り上げて湛水し、水質や生物相のモ ニタリングを続けており、2007 年には早崎内湖再生計画案 の策定にまでこぎつけている。数十年かけて劣化した琵琶 湖の健全な生態系を取りもどすには、それと同じか、それ 以上の時間をかけて、内湖が本来持っている機能を少しず つ修復、回復していくしかない。 残存内湖の環境修復の一例として、西の湖を例に、内湖 の生物多様性の保全・修復を考えてみたい。一つは、過去 の地形を参考にした環境復元である。昭和 20 年頃の米軍撮 影の航空写真と現在の西の湖の航空写真の地形を重ね合わ せることで、それぞれの地域が本来、どういう地形をして いたのかを明らかにし、それを本来の復元目標にすること ができるのではないかと考えられる(図 3-3-1)。また地形 変化が大きかった地域とほとんど変化の無かった地域の特 定も可能となる。実際、西の湖では、昭和 20 年からほとん ど地形が変わっていない地域に貴重植物が分布することが わかってきた(大野・前中、印刷中)。 また、在来のコイ科魚類の繁殖環境としてのヨシ帯を考 えると、これまではヨシ帯がある程度広がっていれば事足 れり、と考えられてきた。しかし、西の湖とその周辺水域 の 55 地点で仔稚魚調査を行ったところ、一見同じようなヨ シ帯が広がっているように見えるが、ほとんどオオクチバ スの稚魚しか生息していない地点と、在来魚の仔稚魚が多 い地点があることがわかってきた。これにはヨシ帯の形状 が関わっている。西の湖本湖では、湖岸の傾斜が急で、水 際のヨシ帯先端が垂直に落ちこんでいるところではオオク チバス仔稚魚が多い。一方、周辺水域のヨシ帯は湖岸の傾 斜が緩やかで、このようなヨシ帯やクリーク状の水路では 在来魚仔稚魚が多い傾向がみられた(図 3-3-2:西野ほか、 2008)。琵琶湖の調査では、フナ類の仔稚魚の多くは水深が 50 センチより浅いところに出現する(山本・遊磨、1999)。 一方、オオクチバスやブルーギルの仔稚魚は、ヨシ帯の縁 辺部に分布する(図 3-3-3)。そのため、ヨシ帯の陸側の非 常に浅い水域がコイ科仔稚魚のレフュージアとして機能し ているのではないかと考えられる。つまり、ヨシ帯の環境 構造の違いを通じて、在来魚と外来魚仔稚魚の空間的な分 布の違いが生じていることがわかってきた。 図 3-3-1 昭和 20 年 4 月に撮影された西の湖周辺の航空写 真.図2-3-2-1の写真と重ね合わせることで、 どの地域が大きく改変され、どの地域が人為的 影響を受けていないかがわかる。 図3-3-2 西の湖とその周辺水域におけるサンフイッシュ 科仔稚魚とコイ科仔稚魚、その他魚類仔稚魚の 分布(西野ほか、2008)
このように、地形の変遷に貴重植物の分布、在来魚の分 布、さらには水鳥類の分布を重ね合わせることで、手を加 えずに保全すべき地域と、ある程度手を加えて修復が必要 な地域を特定し、具体的な修復の方向性を明示することが 可能となる。 さきに述べたように、植物にとっても地表高(標高)す なわち地形(環境構造)と水位変動による攪乱が極めて重 要である。生物多様性という視点からは、地形や植生など の環境構造が、それぞれの内湖の地域特性や生物多様性を 形づくっていると見ることができる。内湖の保全・修復に あたっては、個々の内湖に特有の地形や植生、生物相など の地域特性を、過去からの変化も含め、どれだけ把握でき るかが重要になってくる。 過去の自然環境を再生する場合、復元すべき目標(また は方向性)を明確にすることが不可欠である。復元目標を 設定するにあたっては、これまで述べてきたように、現在 の環境だけでなく過去の地形や植生、生物相をどれだけ再 現できるかが鍵となってくる。しかし、仮に復元目標が設 定でき、自然再生事業の社会的な仕組みが整ったとしても、 すぐに目標どおりの結果がでるとは限らない。自然の応答 は複雑で、予測が難しいからである。 そのため、目指す方向が合っているのかどうかを、時々 検証することが必要になってくる(図 3-3-4)。きちんと調 査(モニタリング)を行い、その結果を科学的に評価した 上で、フィードバックしていく仕組みが不可欠である。 復元目標に一気に到達することはできないのであるか ら、途中のプロセスごとに到達可能な小目標を設定し、 徐々に進めていくプロセスが必要となる。当初の目標に到 達できなくとも途中の段階で満足するという選択肢もあり うる。なお復元は、「過去に存在した生態系の構造と同じ状 態まで戻す行為」、修復は「過去に存在した生態系の構造と 全く同じ状態まで戻すことはできないが、特定の構造や機 能を、現在よりよい状態まで戻す行為」、回復は「種、個体 群、または生態系が健全に機能する状態へと自立的に戻る こと」と定義されている(日本生態学会生態系管理専門委 員会、2005)。 このときに重要なのは、順応的管理である。ある仮説と 目標に基づいて事業計画を立てて、事業のなかで実態をモ ニタリングすることで仮説を検証する。生態系の状態から 仮説を支持しないときは、新たな事実に基づいて仮説を修 正し、対策を変える管理が重要になってくる。 引用文献 東善広(2004)オルソ空中写真画像から見た琵琶湖湖岸の変化.滋 賀県琵琶湖研究所所報,21:85-90. 東善広(印刷中)「明治時代地形図からみた湖岸地形の変化につい て」.西野麻知子(編)「とりもどせ!琵琶湖淀川水系の原風 景」.サンライズ出版. 梅原徹・栗林実(1991)滅びつつある原野の植物.Nature Study, 37:3-7. 大野朋子・前中久行 (印刷中)地形と貴重植物.西野麻知子(編) 「とりもどせ!琵琶湖淀川水系の原風景」.サンライズ出版. 奥田昇(2008)魚類の安定同位体比からみた琵琶湖生態系の変化. pp.19-27. 西野麻知子・石川可奈子(編)「第 2 回湖岸生態系 保全・修復研究会 琵琶湖の在来魚保全の現状と課題 記録 集」滋賀県琵琶湖環境科学研究センター. 環境省(2001)日本の重要湿地500. http://www.sizenken.biodic.go.jp/wetland/map.html 環境省自然環境局野生生物課(2003)改訂・日本の絶滅のおそれ のある野生生物−レッドデ−タブック− 4 汽水・淡水魚類. 230pp.(財)自然環境研究センター. 国土地理院(20021)全国の地域別・分類区分別の湿地面積 滋賀県(2006)滋賀県で大切にすべき野生生物―2005年改訂版レッ ࡛ह 図3-3-4 復元目標と自然再生の道筋.横軸は時間軸. 図3-3-3 琵琶湖周辺のヨシ帯における在来のフナ類仔稚 魚とオオクチバス、ブルーギルおよびその仔稚 魚の分布模式図.網かけ部はリター層.
ドデータブック−.サンライズ出版. 滋賀県水産試験場(1998)平成 7 年度琵琶湖沿岸帯調査報告書. 178pp. 滋賀県琵琶湖環境部水政課(2000)マザーレイク21計画−琵琶湖総 合保全整備計画−.54+27pp. 西野麻知子・浜端悦治(編)(2005)内湖からのメッセージ−琵琶 湖周辺湿地の生物多様性保全―.サンライズ出版. 西野麻知子・大高明史(2005)内湖の無脊椎動物相.pp.15-163. 西野麻知子・浜端悦治(編)「内湖からのメッセージ−琵琶湖 周辺湿地の生物多様性保全―」.サンライズ出版. 西野麻知子・大野朋子・前中久行・浜端悦治・佐久間維美(2006) 土と基礎の生態学−琵琶湖周辺水域の生物多様性と微地形.土 と基礎,54(12):78-86. 西野麻知子(2007)琵琶湖の固有種.琵琶湖ハンドブック. http:/ /www.pref.shiga.jp/biwako/koai/handbook/index.html 滋 賀県. 西野麻知子・細谷和海・藤田朝彦・鈴木誉士・大野朋子・前中久 行・浜端悦治・藤井伸二・神谷要・金子有子・兼子伸吾・井鷺 祐司(2007) 生物多様性に配慮した流域管理手法の構築.滋賀 県琵琶湖・環境科学研究センター試験研究報告,2:135-151. 西野麻知子・細谷和海・藤田朝彦・大野朋子・前中久行・藤井伸 二・金子有子・前迫ゆり・神谷要(2008)流域の地域特性に基 づく生物多様性保全手法の構築 滋賀県琵琶湖環境科学研究 センター試験研究報告,3:134-167. 日本生態学会生態系管理専門委員会(2005)自然再生事業指針.保 全生態学研究,10:63-75. 浜端悦治・西川博章(2005) 貴重植物の現状と保全.pp.63-75.西 野麻知子・浜端悦治(編)「内湖からのメッセージ−琵琶湖周 辺湿地の生物多様性保全―」.サンライズ出版. 藤井伸二(印刷中)植物からみた琵琶湖・淀川水系の特性.西野麻 知子(編)「とりもどせ!琵琶湖淀川水系の原風景」.サンライ ズ出版. 細谷和海(2005)琵琶湖の淡水魚の生活型と利用場所. pp.117-125. 西野麻知子・浜端悦治(編)「内湖からのメッセージ−琵琶湖 周辺湿地の生物多様性保全―」.サンライズ出版. 山本敏哉・遊磨正秀(1999)琵琶湖におけるコイ科仔魚の初期生態 ―水位調節に翻弄された生息環境.pp.193-203. 森誠一(編) 「淡水生物の保全生態学−復元生態学に向けて−」信山社サイ テック.