東京における貨物輸送問題 : 東日本橋の問屋・商
業地区を主題として(商業学)
著者
大島 藤太郎
著者別名
Oshima Totaro
雑誌名
経営論集
巻
5
ページ
239-259
発行年
1976-12-05
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005898/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja東 京 に お け る 貨 物 輸 送 問 題
東日本橋の問屋・商業地区を主題 として
大
島
藤 太 郎
はじめに1. 東京に川 ナるモータリゼーションの進展2. 貨物自動車輸送増加の問題点 イ 横山町問屋街の営業の実体 ロ 問屋街における商品の配送 ノ ゝ 結 び 自家用輸送 と営業輸送 の関係 はじめに 大都会の交 通問 題 は深刻 であ る。 盤 根 錯節 とい う言葉 があ るが,「広辞苑」 に よる と「 わだか ま った根 と, い りく んだ節ノ 転 じて紛 糾 して 解 決の むずか しい事 件」 と あ り, 正に こ れで ある。 そ の問 題点 の指 摘 す ら十人 集 まれば, 十 の答え がでる ので は ない か。大 都会 の交通 問題 は, い う まで もなく, 孤立 して発生 した もの では な く, わが国全 体 の交通 問題 の一 環 を な してい る こと はい う まで もない 。 さらにい えば, わが国全体 の政 治 ・経 済問 題 とも密接に 関 連してお り, む しろ そ の縮 図 とい える ので ある。 わた くしは わが国 全 体 の交通 問題 の発 生条件 をつ ぎの ように 分析 した。敗 戦後, ア メリカの 指導 した交 通 の自由競 争政 策- とくに 戦 前 の国鉄 を中心 とした自動 車交通 の 統制政 策 の解 体 を基盤 と して 高度経 済成長 政 策 の中 から,(A) 無 計画 な石 炭 から 油 へのエ ネル ギ ー政 策 の転換,(B)自 動 車製 造工 業 の手厚 い 補助政 策,(c)太 平洋 ベ ル ト地帯中 心 の産業立 地一 過密 ・過 疎地帯 の発生, (D)高速自動 車道 中 心 の道 路建 設等 を条 件 として各 種 の交 通問題 が発生 して き たので ある (大島「高度経済成長と交通」交通学研究1969年参照)。 し たがっ て交 通問題を 根本的 に 解 決 する た めに は, 右に あげ た諸条件 を変 更 し なけれ ばならず, それはすぐれて「政治」の問題 となるであろう。 右のようにして大都会の交通問題も究極的にはこうした「政治」 の問題に 深く関連してい るのであるが,当面問題 が深刻化してい るだけに根本的な解 決策をふまえ乍ら,逼迫した現実を少しでも緩和 するための具体的 な政策を 明 らかにする必要 かおり, 本稿はそうした意図の下に問題点を分析したので ある。 大 都会の交通問題として従来論じられて きたことは旅客輸送が中心であり, 運 輸省や, 経営者側の施策 もまた同様であった。しかるに大都会はぼう大な 商業機構をかかえているので, 最近 の流行語でい う「物流」一貨物輸送も旅 客 輸送に劣らず重要な問題である。貨物輸送は地味であり, 現象的には人 々 の関心 も低い けれど 仏 たとえば道路交通におけるト ラックの地位を考えた だけでも決定的に重要であり, 本稿におい て東京の貨物 輸送問題をとりあげ た理由である。 1. 東京におけるモータリゼーションの進展 東 京 都の 自動 車 は,1958 年頃 より増 加 が 目立 ち, 第1 表 の通 り, とくに19 第1 表 東京都自動車保有台数推移 犬 総 数 小 型 四 輪ト ラ ッ ク 小型乗用車 訃 総数にたいする小型車 の割合 1960 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 608,392(100) 726,420(119) 814,841(132) Ill,837 148,855 184,938 226,442 274,769 307,486 348,224 394,775 436,348 487,101 518,868 548,368 584,056 114,353 158,754 196,260 248,439 321,060 402,499 504,951 626,258 746,783 900,339 1,021,111 1,099,387 1,187,796 226,190(100) 307,609(136) 381,198(168) 474,881(220) 595,829(263) 709,985(314) 853 ぱ75(378)1,020,033(452)1,183,131(523)1,387,440(614)1,530,979(677)1,647,755(728)1,771,852(784) ?n%424751566064666869707071 注 「 警 視 庁 交 通年 鑑 」 昭 和48 年 よ り
東京における貨物輸送問題24166 年頃 よ りそ のテ ンポは急 激 にな って くる。 登録 自動 車 の台 数 は,60 年に は60 万8 千 台 だっ た ものが,1972年 に は248 万5 千 台に な り,この間 の12 年間 に4 倍強 の増 加 であ る。1965 年頃 まで は, 毎 年10 万台 前後 の増 加 であ っ たが,1966 年は15 万台,1967 年,1968 年 は20 万 台,1969 年 は実 に25 万台 の増 加で, その後, 増 勢 は若 干鈍 化 する。 これが た め東 京 都民一 人 当 りの 自動 車 の台 数 は,1960 年に は16 人 に1 台 で あ ったの が,1969 年 に は6 人 に1 台 とな った。 こう し た急 激 な モ ータ リゼ ーショ ンの進 展に たい して道 路 の拡 充 が遅 れて い るの だから, 都 内 の各所 に交通 渋 滞 が増 加して くる ことは 当然 で ある。警 視庁の調査 に よ ると, 第2 表 の通 りで交 通渋 滞 は1965 年( 昭和40年) が もっと も少く, 都内 の自動 車交通 は比 較的 良 好で あっ たが, 実 は この年, オ リンピ ッ クを 目標に して 高速道 路 と, 環状7 号線 が開通 し たか らで あ る。 し かもそ の後, 自動 車 と道 路 の ア ンバ ラ ンス は再び悪 化 して交 通 渋滞 は増加 し1965 年 を渋滞度100 とす る と1969 年 は187 とな り, 事態 は悪化 の一途 を辿 っ た。 交通 渋滞 を曜 日別 に みる と火 曜 日と週 末 がひ どく なり, 時 間 帯に よる交 通渋 滞は 午前の10 時 前後 と午後 の3 時 前 後 が もっと もひ どい 。 こう し た時 間 帯に は都 心 部を中 心 に東京 の道 路全体 が事実 上 マヒ状 態 に陥 ってい る わけで あ る。 東京における自動車増加の内容はさきの第1 表の通 りであるが,1960 年の 総数60万8 千台の内, 小型乗用車がn 万4 千 台,小型 の四輪ト ラックがn 万1 千台であ り, 小型車が総数の?n% となってい る。 ところが12年後の:1972年 になると総数248万台の内, 小型乗用車が118万台,小型 四輪のトラックが58 万台に増加し,小型車は実に総数の1196に達 してい る。 東京 都の自動車の総 数は1960年以降 の工2年間に約4 倍の増加であるが, 小型 乗用車は10.4倍, 小 型の四輪トラックは5.2 倍となってい る。したがって東京都におけるモータ リゼーションの急激な発展は とくに小型の乗用車, 小型 の四輪ト ラックの増 加が圧倒的 な地位 を占めてい ることが判るのである。こ の外にぼう大な軽自 動 車( 三,四輪) かおるが,ここに解 明しなけ ればならない 重要な問 題点 かおる。 本稿におい ては前述した小型の四輪トラック増加の土 台にある問題を狙い とし, 都内におけるモータV ゼーションにっい て貨物輸送の側面からその原 因 と問題点 を分析しようとするものである。
第2 表 年 次 別 交 通 渋 滞 発 生 状 況 (1 日平均 ) 几 例 注 [ 警 視 庁 交 通 年 鑑 ] 昭和44 年 昭 和33 年∼ 昭 和44年 [ 二 二コ 渋滞度“3 .EE コ , ・4 . 皿I 『 “5 .
東京における貨物輸送問題243 運輸省 の調査( 運輸 省 統計調 査 部「 自動 車 輸送統 計報告 書JNo パL6」 によ る と1967 年10 月1 ヵ月 の東 京 都の ト ラ ッ クの輸送量3,139 万 ト ンの内, 営業 用 ト ラッ クに よる ものは96 万ト ン(28.1%)であ るが, 自家用 のト ラ ッ クに よ る ものは2,297 万ト ソ(71.9%)で, 後者 が圧 倒的 であ る。 し た がって さ きに あ げた小型 の四輪 ト ラ ッ クの増 加 は, 自家 用 運送 が急速 に増 加 してい る こと を意 味してい る。 後に も詳 し くの べる ように 自家用 のド ラ ッ ク輸送 は営業 用 に比 較して 輸送 の波 動性 からく る固定 費 の ロス を全 面的 に 負担 し, し か もお お む ね片道 輸 送 となるに もかか わら ずけ 自家用 ト ラッ クの 輸送 が急増 してき たの はどうし た わけ か。 と くに公共 交 通機 関 として ト ラ ッ ク営 業 と の関 係は どう なの か, ここに重 要 なる問 題 があ る。 首 都整 備 局の「 自動 車 の走行 実態 」 に よる と東 京に おけ る貨 物 自動 車輸 送 の発生交通量 は 都心3 区 (千代田・中央・港) が19. \%, その周 辺n 区 が32.7 ‰ 区部小 計で88.7 % となっ てお り, 東京 都 のト ラッ ク輸 送 の希 望路 線 は都 心 部指向 性 が強 く, 一点 集 中型 であ る。 ごれ を図表に す る と第3 表 の通 りで, ト ラッ ク輸 送の場 合, 乗用 車に比 較 して とくに 都心部 が もの す ごく轜 綾 して い ることが判 る。74 年7 月n 日 都が発表 し た航空 機 撮 影4こよる 自動 車交 通実 態 調査 の結果 に よると, 道 路面 積当 りの自動 車の密 度 が もっ とも高い のは中 央 区 で1 キ=t メ ート ル当 り31 台, もっ と も密度 の低い のは練馬 区 の13 台 となっ てい る。 駐 停車違 反 は交 通渋滞 に拍 車を加 え るので 警 視庁 は その取 締 に努力 し てい る が,担当 の責 任者 に よる と警 視庁管 内で駐 停 車違 反 が もっ と もひどい 場所 は,神田,万 世 橋,久 松,中 央 の各 警 察署管 内 で ある。 これら の 警察署 は管 内 が相 互に接 してい るがそ の中 心部 に東 日本 橋のほ う大 な問 屋 商業 地区 か お り, その 北方に は秋葉 原 の電 機器 具問 屋群 と青果 市場 かおる。 普 通 の地区 で は駐 停 車規則を90 % まで 守らせ る こ とが で きる が, 右の警 察署 管 内 は20 ∼30 % し か守 れない 。 係官 が長い 道 路 の違 反 を処 置して 再び もとの 地点 に戻 る と また 新 しい 駐車 がズ ラ リと並 んでい る とい う状 態で, 駐 車が許 され ない15.5M 以 下 の路次裏に ま で随 処に 駐車 し, 仮 りに違 反 の処 置を厳格 に強 行 すれ ば角 を 矯 めて牛 を 殺す のた とえの 通 り, 問 屋 商業 機構 その ものが マヒし てし ま う。 した がって 現在 の車 と道路 の状 況 に おい て こ の地 区 では現 実問 題 として駐停
第3 表 東 京都市群希望路線図(全車)
第4 表 東 京に お け る貨 物輸 送問 題245 注 東京路線トラック委員会「首都圏における小口貨物配送」輸送経済, 昭和49年5 月25日 車 規 則 は 守 れ な い 無 法 地 帯 で あ る 。 東 京 路 線 ト ラ ッ ク 委 員 会 の 調 査 に よ る と , 第4 表 の 通 り 首 都 圏 に お け る 小 口 貨 物 の 配 達 先 は 中 央 区 が し.8 % で ト ッ プ で あ り ,2 位 の 台 東 区 を 大 き く 引 き は な し て い る 。 問 屋 商 業 地 区 の ラ ッ シ ュ ア ワ ー は , 午 前 の10 時 ∼12 時 と 午 後 の1 時 ∼4 時 で , 朝 晩 は む し ろ す い て い る 。 こ の 地 区 の ラ ッ シ ュ ア ワ ー に は 乗 用 車 の マ イ カ ー は 全 体 の2 % ぐ ら い で , 圧 倒 的 な の は 業 務 交 通 だ か ら , マ イ カ ー の 規 制 は こ こ で は 交 通 渋 滞 の 緩 和 に 余 り 役 立 だ な い 。 東 京 の 都 心 部 に お け る 丸 の 内 ・ 霞 ヶ 関 の ビ ジ ネ ス セ ン タ ー と 官 庁 街 が 人 間 の 輸 送 が 中 心 で あ る と す れ ば , 東 日 本 橋 の 問 屋 , 商 業 地 区 は 貨 物 の 運 送 が 中 心 で あ る 。 人 間 は あ る 輸 送 を 規 制 し て も 他 の 代 替 輸 送 機 関 を 利 用 す る こ と が で き る が , 貨 物 は 代 替 輸 送 機 関 が な い か ら 問 題 は 深 刻 で あ る 。 2. イ 貨物自動車輸送増加の問題点 横山町問 屋 街 の営業 の実 体
都心二部の問 屋 ・商業 地 区 は中央 区 北部 のい わ ゆる東日 本 橋地区 が中 心 であ る。 堀留, 大 伝馬, 小伝 馬 町 の広 幅の呉 服 衣料, 横山町, 馬 喰町 の衣料 と身 の廻 り品, 木町 の 薬,千 代 田区 へ入 って 東 神田, 岩本町 の既 製 服, 秋葉 原駅 周 辺 の電 気機 具 と青果 市場, 神田川 を こえ て台東区 の蔵前 の 玩 具等 の問 屋で あ る。 重 要 なる問 題は, 中 央 区 の北 部 の問屋 ・商業地区 は取 扱 う商 品 は それぞ れ 異 ってい るけ れ ども相 互に 関 連 し合 っ てい る ことで あり, こ れは 「お 江戸 日 本 橋」 の時代 以来, 歴 史的 に形 成 されて きてい るこ とか ら しても当 然 で ある ( 野口孝一「日本橋」昭和42年参照)。 こ れら の問 屋地区 の中 で も営 業 方法 で注 目される のが 横山町, 馬 喰 町で あ る が, この地 区にっい て業 種別 に 店舗 数 の多い 順に あげ ると装 粧品, 洋品 雑 貨, 靴, 袋物, ノリ ヤス, 既 製 服, 文 具 紙製品, 帽 子, 毛 糸 セ ー タ ー, 化 粧 品, 繊 維 漬物, タ オル, 足 袋和 装雑貨, 糸組 紐等 となっ てい る。 横山町問 屋 の連合組 織 たる奉 仕会の 加盟店(約160店) は繊 維 の二次 製品 を 中 心 に した卸問 屋で あ るが, 取 扱い 商品 の比 率 はつ ぎの通 りであ る。1958 年:1968 年 婦人 ・子 供物16 パ\%20.2 % ( セーター・ブラウス・水着・子供・婦人服 。ベビー用品)12.414.4 ノリ ヤス・布 帛製 品7.38.3 呉 服・寝 具 ・和 装小 物7.310.1 学 生 服・被服7.33.4 装 粧 品7 べ36.2 袋 物・ ハ ンドバ ッ グ4.44.4 洋 品雑貨( ネクタイその他)4.44.4 綜合衣料 品 卸30.824.2 専 門店( タオル・洋傘・帽子・靴下・ワイシ ヤ ツ・ハソカチ・足袋・軍手・紳士服)3.03.4 ( 横山町奉仕会「35年史」昭和43年,135頁) 婦人 ・子供 物に セ ータ ー・ ブ ラ ウス, 水着等 を 加える と全体 の3 分 の1 と な ってい る(合計の数字が100にならない が不詳)。
横山町 間屋 街の 特徴 は「 現 金問屋 」 東京における貨物輸送問題247 商 品 と 引 換 えに 現 金 が 支 払 わ れ る であ る。抄ト売 とか, 見 本に より取 引 を決 め, 商品 は別 の場所 一 倉 庫等 か ら 配 達 さ れ る と い う よ う な や り 方 で は な い の で あ る 。 前 者 は い わ ゆ る 『 正 札 販 売 』 で あ る が , 後 者 の 場 合 は 同 一 の 商 品 で も 相 手 方 に よ り 価 格 が 相 違 す る 場 合 か お る 。 横 山 町 奉 仕 会 の 「35 年 史 」 は つ ぎ の よ う に の べ て い る 。 「 今 日 の 現 金 閣 屋 と し て の 基 礎 ぽ 震 災 (1923 年 の 関 東 大 震 災 ) を 機 会 に 発 達 し て き た と 言 え よ う 。 震 災 以 前 の 卸 問 屋 は 店 頭 に 商 品 は あ ま り 出 し て な く , 客 が 来 る と 指 定 の 商 品 を 取 り 出 し て 見 せ る 方 式 の 経 営 が 主 で あ っ た 。 し か し 小 売 店 の 方 は  ̄ 歩 販 売 の 方 式 が 前 に 進 ん で 頻 り・ 明 治 中 期 以 後 は ガ ラ ス 陳 列 窓 な ど を 取 り 入 れ て , 店 頭 陳 列 装 飾 を 行 な う よ う に な り , こ れ に 関 連 七 て 正 札 販 売 を 実 施 す る 店 舗 が 多 く な っ て き だ し た 。 し た が っ て , か け 値 と か 符 ち ょ う 販 売 は す た れ 出 し て 小 売 店 は 販 売 手 数 料 を 取 る( コ ミ ッ シ ョ ン・マ ー チ ャ ン ト ) 商 人 と な っ て , 販 売 革 新 が 次 第 に 浸 透 し て き た 。 一 方 問 屋 は 旧 慣 習 に 馴 れ て , な か な か 新 し い 販 売 方 式 が 取 り 入 れ ら れ な か っ た 。 し か し 震 災 後 は ど の 店 も バ ラ ッ ク か ら 出 発 し た た め , 現 品 を 店 頭 に 置 く か , ま た は サ ン プ ル 全 部 を 陳 列 す る 方 法 に 変 っ て き た 。 旧 来 は タ ク ミ の 上 で 行 な っ た 商 売 ( 座 売 り ) か ら 立 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ち 売 り に 変 り , 更 に サ ン プ ル 全 部 に 正 札 を 付 け る よ う に な っ て き て , こ れ が ど の 商 品 に も 取 り 上 げ ら れ る よ う に な り , 販 売 方 式 に 新 し い 手 法 を 取 り 入 れ る 店 が 横 山 町 で は 多 く な っ て き た 。 こ の 方 法 が 今 日 の 現 金 売 り 問 屋 の 基 礎 と な っ た 」(「35 年 史 」44 頁 一 傍 点 大 島 ) 本 稿 の 主 題 と し て 重 要 な る 問 題 は 「 現 金 問 屋 」 の 場 合 , 取 引 の 決 定 と 商 品 の 受 渡 が 不 可 分 な こ と で あ る 。 見 本 に よ り 取 引 を 確 定 し 商 品 は 別 の 場 所 一 倉 庫 等 か ら 配 送 す る と い う 方 式 と 異 り , い わ ゆ る 商 流 と 物 流 が 一 体 化 し て い る 。 大 阪 の 丼 池 の 場 合 が こ れ と 同 様 で , こ れ が た め 店 舗 は 商 品 の 陳 列 場 で あ る と と も に , 他 面 倉 庫 の 機 能 を も ち , あ る い は 荷 捌 や 荷 造 場 と な る 場 合 も あ る ( 戦 前 は 階 上 が 店 主 ・ 従 業 員 の 住 居 で も あ っ た が , 敗 戦 後 は 店 舗 の ス ペ ー ス 拡 大 の 必 要 か ら , 住 居 は 分 離 し , 通 勤 と な っ た )。 東 日 本 橋 地 区 卸 問 屋 共 同 配 送 研 究 会 の 調 査 (r 輸 送 経 済 」 昭 和49 年10 月19 日 ) に よ る と , 仕 入 商 品 の 到 着 場 所 は 自 社 店 舗 が 全 体 の75.9 % を 占 め て お り , 自 社 の 倉 庫 , 配 送 セ ン タ ー が12.2 % , そ の 併 用 が11.A % , そ の 他0.5 % に す ぎ
ない。 ここに東日本橋地区の中で も横山町が, とくに交通の混雑する原因か おる。 横山町奉仕会員の中で現金販売を主にしている商店と, 出張販売に重点を おい てい る商店とがあるが,1968 年当時, その比率は次のようになってい る。80 %∼100%店頭販売の店は49.4 % 右の内100%店頭販売の店が約80 %あるから,全体のm %は100%店頭販売 とい うことになる650 %∼80% まで店頭販売の店15.3 %50 %以下の店28.6 % その他6.7 % (前掲「35年史」125頁) ニ いずれにして も現金一店頭販売におい ては商品の配送が重大問題 となって くる。 横山 町に おけ 奇交 通一 物流問 題 の原因 たる商 売 の実 情 を描 写 する とつ ぎの ように な る。 横山町問 屋 街, こ この取引 先 は東 京 郡内, 関 東各 県, 東 北及 北海道, 信越。 そ して 西 は静 岡県 まで が主要 な地域 で あ るが, も ちろ ん一 部業 種におい て は 九 州に まで及 んでい る。 類 例の ない 広 大 な商圏 を張 っ てい る わけ だが, 得意 先 は小売業 者 で, 東 口本の 衣服身 廻品 関 係小 売店 でこ の問 屋街 に全 く関 係 な い 店 は まず一 軒 もない とい って もよい く らい で ある。 遠隔 地 の取 引先と は, 電 話 ・電 報 ・手紙 に よる取 引が盛 んに 行 われるが, 関 東一 円 の小売業 者 は日 帰 りの買 出 しがで きる ので, 直接 仕入 れに やって くる 。 東 京か ら100 キ=i 程 度 の地域(総武本線旭町駅,常磐線友部駅,東北本線宇都宮 駅,中央線笹子駅,東海道線湯河原駅)なら ば,一 日仕事 として大 抵 それが可能 で ある。 たと えば千 葉 県銚 子市 内の業 者 の場 合 でい う と, こう な るので ある。 午 前7 時00 分銚子 発両 国行 の三 番列 車に 乗 る と, 両国 駅 に10 時00 分着, こ こ から電車 に の りか える とまっ す ぐ浅 草 橋 駅へ来 る わけ だが, 両国一 浅 草橋間 の所 要時 間 を の りかえ とも10 分 として, お そ く とも10 時25 分 ごろに は問屋 街 へ入 る ことがで きる。仕入 れ ノモを めく り なが ら問 屋 廻 りを3,4 軒 すませ
東 京 に お け る 貨 物 輸 送 問 題249 る と 正 午 , す る と こ う 七 た 仕 入 客 が 昼 に は き ま っ て 集 る 埼 玉 屋 食 堂 で 昼 食 を す ま せ る 。 午 後 は 買 つ け を 続 け る が , 装 粧 品 関 係 の 業 者 が 多 い の で , ど う し て も 商 品 が こ ま ご ま し て お り 買 つ け は 案 外 手 間 の か か る 仕 事 な の だ と い う 。 し か し 問 屋 も 小 売 店 も さ す が に 手 な れ た も の で , 雑 多 な 商 品 の 決 済 で も ソ ロ バ ン 片 手 に あ っ と い う 間 も な く す ま せ て い る 。 そ れ か ら 包 装 を み て い て も 小 気 味 よ い ス ピ ー ド 処 理 で あ る 。 し か も そ の 間 に 仕 入 客 は 価 格 の 変 動 , 商 品 の 新 傾 向 , 荷 動 き , 問 屋 の 商 況 な ど に 全 神 経 を く ば っ て い る の で あ る 。 か れ こ れ 午 後 に4 時 間 は た っ ぷ り 仕 ご と が で き る 。 仕 入 れ た 荷 は 鉄 道 な い し ト ラ ッ ク で 送 っ て も ら う が 大 て い 一 か か え , 二 か か え の 商 品 は 自 分 で も っ て 帰 る 。 上 得 意 の そ う し た 商 品 は , 問 屋 の サ ー ビ ス で 自 動 車 の 荷 台 に の せ て 発 車 時 刻 近 く に 店 員 が 両 国 駅 へ 運 ん で く れ る 。 両 国 発 の 総 武 本 線 は 夕 方 坤 時00 分 一 本 で あ る の で , 大 て い そ れ で 帰 る が , そ の 時 分 の 両 国 駅 改 札 口 に は , 小 売 屋 さ ん の 商 品 を あ ず か っ た 問 屋 の 店 員 さ ん を 何 人 も 必 ず み っ け る こ と が で き る 。 こ の 汽 車 に の り 込 む と ,21 時10 分 銚 子 に 帰 る こ と が で。き る と い っ た 案 配 で あ る 。 ■ ■I ・ ・ 。・ − こ の よ う に し て 関 東 一 円 の 小 売 業 者 は 一 ヵ 月 に す く な く も3 回 は こ こ へ 足 を 運 ぶ と い わ れ る 。 こ と に 月 の3,4,5 の 日 は 割 引 売 拙 し と な っ て い る の で , 買 出 し め 人 々 が っ め か け る 。 ト ま た 地 方 に は , 便 利 屋 と よ ば れ る 商 売 が あ っ て , そ の 人 た ち が 毎 日 問 屋 街 へ 出 向 い て く る 。 関 東 一 円 の 市 制 を し く 地 域 に は 必 ず2,3 人 の そ う し た 商 人 が あ っ て , 手 数 料 を も ら っ て , 数 軒 の 小 売 業 者 の 雑 用 を 一 括 し て 処 理 し て い る 。 小 売 業 者 仏 わ ざ わ ざ 問 屋 街 へ 出 向 く ま で も な い 用 件 は 便 利 屋 に 頼 ん で す ま す の で あ る 。 割 引 売 出 し の こ と が で た の で 附 言 し て お く が , こ こ の 割 引 売 出 し は , 一 般 消 費 階 級 の 市 民 が , 小 売 商 店 街 の 歳 暮 売 出 し な ど で 経 験 す る よ う な も の と は ち が っ て , ぐ ん と 大 が か り な も の で 最 下 等 の 賞 品 で す ら 金i 千 円 入 の 大 入 袋 な の で あ る 。 / こ う し て 関 東 , 甲 信 越 , 東 北 , 北 海 道 の 広 範 囲 に わ た る 商 圏 を 有 し , そ の 地 域 の 小 売 商 店 と 強 い っ な が り を 保 っ て い る の で あ る が , そ の 地 域 の 雑 貨 洋 品 商 で 横 山 町 ・ 馬 喰 町 問 屋 街 と 全 然 関 係 な く 営 業 を し て い る 店 は ま ず な い と
思 われる。 それ だけに問 屋 側 として も広大 な面 積に厖 大 な量 のPR 運動 を行 ってい る桝 一 例 が業者 の集 まりで あ る問 屋連 盟や奉 仕 会が各 県及 び アジ ア 各地 に 配ってい るPR 誌で, 何 万 部 と刷ら れてい る。 又 個人 店 に して も一 般 週 刊雑誌 を上 廻 るペ ージ数 のPR 誌 を定 期的(旬刊が多い)に 刊行 して得意 先 との関 係を深 めてい る例が か なり あ り, 局 外者 には想 像 もっ かない 規模 の も の があ る。 もう一 つ 横山町 ・馬 喰町問 屋 街 の商 圏 を物 語 る もの に,汽 車 沿線の野立 看 板 があ る。東 京 へ集 中 する交 通 網に 沿って, 相 当遠距 離に まで問 屋 の野立 看 板 が分布 してい る。 しか も他 のい か なる地 域, い かな る業 種 の看 板 より も圧 倒的 に多い 。 こ とに多 く みら れる の は総武 本線 や房総 線, 常磐 線, 東北 本線 の 沿線 で あり, 顧客 の分布 密 度を そ の まま示 してい る かの ようで ある。上 信 越線 や中央 線, 東 海道 線 沿い に は前 記各線 ほど その数 は多 くない が, そ れで もかなり みうけ ら れる(以上「中央区史」中巻・1,081∼85頁)。 筆者 の行 っ たア ン ケート調 査の中 に, 「問 屋に とっ て 配送問 題 は死活 問 題 です」 と答 え た店 があっ た が, 前 述 し たよう な営業方 法におい て はなる程 と う なづ け る わけ で ある。p 問屋 街に おけ る商品 の配 送 横山町 奉仕会 加盟 店 の販 売先 の地 区別 割合 はつ ぎの 通 りで ある。 東京 都内38. \% 関東 地区29.0/ 甲信越 地区6.3 東 北地 区15.6 。 北 海道 地区4.0 東 海地 区5.8 その 他 工。1 ニ ( 前掲「35年史」135頁) 東 京 都内 は38 パ1% とい う 量 で ある が, 関 東地 区 が29 %で, 東 北 が15.6 %, 両者合 せて44.6 % となり相当 な量 であ る ○1968 年6 月∼7 月‥ 叫喰 町 の東京 問 屋連 盟組 合員, 横山町 奉仕 会会員, 横 山 橘通共 栄会会 員‥ 叫喰町 繊 維新道 会 会員 が連合 して, 商品 の配 送問題 に つ
東京における貨物輸送問題251 い て ア ンケート 調査 を行 ってい る。 回 答率は24 %とい う 低率 で あ るが大 体の 傾向は判 明す る。 こ の調査 に よる と商品 の配達 先を都内,50 キ ロ以 内, 遠距 離に分け る と繁 忙 期 で 仏 閑 散期 で も都内が47.8 % で,50 キロ以 内 が26.1%,50 キロ以上 が26.5 % とな ってい る。 注 目されるのは閑 散 期の 個数 が, 繁 忙期 の55 %に す ぎない こ とで ある。 自家用 ト ラッ ク運送 はこ う した 極端 な 配送の 波動性 のロ スを全 面的 に 負担 し たわけ であ る。 横山町 の 貨物 自動 車が 「白 ト ラ」(白トラとは無免許で有償のトラック輸送を行うもの)を やっ てい る とい う わ けで はない が, こう した自 家用 車 の波動 性 こそば「白 ト ラ」 が生 れる温 床で ある。 横山町間 屋街 の入 荷 ・発 送 はほ と んど自動 車に よる もの で, 商品 の 配達 だ け でなく, お客 を送迎 す る マイ クロバス まで登場 してい る。 工958年 の 調 べに よると, 奉 仕会 加盟 店 だけで 小型 車 から大型 車 まで220 台余 あ っ たの で ある が,10 年 後 の1968 年 の 調 べで は貨物 車 は512 台, 乗用 車124 台合 計636 台で一 店 平均4.4 台 と なってい る。 商品 の 配送 を荷 車 だけに た よっ た時 代 は 相当長 く, 現在 の 創業 者 店主 の中 で も50歳 以 上 の人 で あれば大 体に 於い て荷 車 を引 い た経験の ある人 が多い とい う。 昭 和初 期に は相当遠方 まで 荷車 を引い て出 かけ たようで あ る。 そ れ から自 転車 に か わり, 戦後 は リヤ カ ーか ら オ ートバ イや ス クータ ーに な り, そ して 自動 車の時 代に 入って来 る。 現在 奉 仕会 加盟 店で も工O台以上 の ト ラッ クを運用 してい る商店 は12 社 も ある。 ト ラ ッ ク1 台 だけ が34店 で2 割強 を占 めてい る が, これ以 外の8 割弱 は2 台以上 とい うこ とに なる(前掲「35年史」146頁)。 さきにも利用 したアンケート調査によると増加した自動車につい て一番多 い のが1 トソ車, つづいて ライトバン,0.5 トン車, 軽匹輪 の順となってい る。横山町の場合, 最近の10年間にトラックは約2 倍半の増加であるが, そ の実体は右の通り1 ト ン以下の軽自動車 とライトバンである。これはさきに 明らかにした東京都全体 の自動車の増加の傾向と大体一致し, その縮図とも い えよう。 こ れら の自家 用 貨物 自動 車 の 出動状 況等 をみると ア ン ケートに回 答 し た店
の 工店 平均 は2.5 台で ある が,1 日 の 出動 回数 が 僅 かに1.4 回 で,1 日の平均 走 行 距離 は73 キロに す ぎない 。 お そら く営業 時 間 の半分 以上 は車庫 にある か, 路 上 に 駐車 してい るので あろ う。2.5 台 の車に たい して 運 転手 は専従 がレL 人 , 兼 務 が2.1 人 となり, この人 件費 もバ カに で き ない で あ ろう 。 こう し た条 件におい て 自動 車関 係の諸 経 費 は304 台に たい して2,906 万円 で,1 台1 ヵ月 当 り9 万7 千 円 となってい る。 こ れは荷 造 費 を除い て人 件費, ガ ソ リ ン代, タイ ヤ代, 修理 費, 償却 費, 保険 料 等 配送に 要 した全 費用 を含 ん でい る が相当 な金額 で ある。 ノ ゝ 自家用 輸送と営業輸送の関係 一 般的に自家用と営業用のトラック輸送にっい てその長所 と短所 を考えて みるとつぎのようになる。 自家用輸送 し 長所1 いっ でも輸送できる体制をもってい る。2 ニ 輸送コスト( 相手方に価格を転嫁するもの)が安定 してい る。3 輸送業者のコストと同一 コストで運用 されるとすれば, 輸送業者の収 受する利潤分だけ自社の支出分 か減額することになる。 短所1 自店の商売一輸送需要の波動 をまともにかぷる。2 片荷輸送となり, また積載率も低い 傾向に ある。3 上記のため大部分は輸送業者 より相対的にコストアップとなる。 輸送業者の長所 と短所 長所1 各種の輸送需要を相手にしてい るから割合に季節的波動に強い。2 輸送のベテランで技術 もすぐれてい る。 短所1 公定運賃にしばられ,輸送条件に よっては割高 もあり, 他面 割安過ぎ てサービスに欠くるところ も現れる。2 一企業一業者委託の場合は,経済要因を超える力の支配が企業側にも 業者側に も発生するおそれがある。 十
東京における貨物輸送問題253 (日通総合研究所。「共同配送の話」昭和43年n 月) 横山町 の問 屋街 で は最近 の10 年 間に なぜ 自動 車を ふや し自家 運送 を拡充 す る ように なっ て きたの か, 今 回 ア ン ケート調査 を行っ た。 横山 町 奉仕 会 々員 約150 店に たい して 回 答 を求 めた と ころ70ii の回 答に接 した。回 答率 はAl % で 結果はっ ぎの通 りで ある 。 左記 のA ∼J の内, もっ と も重要 だ と思 われる ものを三 つ だけ○ をつけ て 下 さい 。 自家 用車 を所 有 す る のは運 送店 の ト ラッ ク輸送 で は, A 特別急 ぎの集貨, 配達 が ある時, 間に合 わない。B 集 貨, 配達 が必 要 な時 来 て くれ ない 。C 出張販 売 のた め自家用 車 は必 要 。D 商品 の届 先で経 営上 の 指導 が で きない 。E 運賃 が高い 。F 届先で 現品 確認 の た め自 家用 車 は必要 。G 荷物 の取 扱い が不 親 切 で ある。H 巣 金が でき ない 。I 自家 用 車を所 有 する こ とは店 の信用 の ために必要 。 J その 他の理 由 が あ りま したら 記入 して 下 さい 。 4843 4132 90 工I 87 3 こ の項 に っ い て 記 入して く れた もの の内注 目 される もの は次 の通 りで ある。 横山町 の大通 りは駐 車 禁止 の た め運 送会社 が集 荷をい やがる。 現在 の交通 事 情並に人 手不 足 の折, 自家用 の配 送 をや め配送 セ ンタ ーに 切替中 です。 配 送にっい て は地域 の問屋 さん グル ープ約30 軒で 梱 包配送 セ ンタ ーを運 営 し, 一 箇1,200 円 の手数 料 を取 っ てい ます。 等 々 以 上の通 り, 自家 用 ト ラ ッ クを利用 す る理 由 は, 運 送 店の 輸送 で は「特別 急 ぎの時 に;問に 合 わ ない 」 ば か りで はな くて, 「常 口頃 必要 な時 に きて くれ ない 」が圧 倒的 に多い 。 この 外 出張 販 売 や経 営上 の指導 の必要等 もあ る が, 大 勢 は運送店 の輸送 サ ービスに たい す る不満 で ある。 こうした ア ンケ ート 調査 は, 項 目の設 定 の仕方 に より回 答に も ニ ュア ンス の相違 が出て くる こと も事 実 で あ るが, 東 日本 橋地 区卸問 屋 街共 同 配送 研究 会 が実施 した ア ンケート 調査(「輸送経済」昭和49年10月19 日)に よる と 回 答 し た問 屋の内,m %が商品 の 出荷 を運 送会 社に 依頼 してい る。 しか しこ れ以外
の 問 屋 は 運 送 会 社 へ 委 託 し な い 理 由 と し て,(1) 配 送 単 位 が 小 口 (22.9 %),(2 ) 顧 客 側 の 事 情 (9.9 % ),(3)顧 客 へ の サ ー ビ ス に 不 安 が 残 る (18.9 % ),(4)昔 か ら の 慣 行 (17.9 価 ),(6 )運 賃 が 割 高 (9.5 % ),(6)商 品 が 特 殊 (7.5 % ),(7 )そ の 他 (21.5 % ) の 順 に な っ て い る 。 項 目 の 理 解 の 仕 方 に っ い て 不 明 確 な 点 は あ る が ,(1 ),(2 ),(3) ( こ の 三 者 で61.7 % ) は 要 す る に 直 接 的 で あ れ , 間 接 的 で あ れ , 運 送 会 社 一 公 共 輸 送 の サ ー ビ ス の 不 充 分 な 点 に 帰 着 す る も の と 判 断 さ れ る 。 い ず れ に し て 乱 こ れ が た め 経 費 の ロ ス を 覚 悟 の 上 で 敢 え て 自 家 用 車 を 拡 充 し て き た こ と は 事 実 だ と 思 う 。 第5 表 自 家 用 輸 送 と 営 業 輸 送 の 最 近 の 傾 向 ( 輸 送 ト ソ数 ) 60年 61 62 63 64 65 66 伸 率 自 家 用 営 業 用 4.2%11.912.9%11.511.2%11.012.4%11.611.6%7.2−5.0%9.212.5%11.2 構 成 比 自 家 用 営 業 用 67 33 69.5 30.5 69.8 30.2 71.0 29.0 72.6 27.4 69.7 30.3 72.0 28.0 注 前掲「共同配送の話」より 自家用と営業用のト ラック輸送の比率はどうい う関係にあるのか。日通総 合 研究所の調 べに よると, データの根拠は明らかではない が, 第5 表の通り,1960 年以来営業用の伸びよりも自家用 の方が高い 伸び率を示してい る。この 結果, 自家用 と営業用の比率も1960年には67対33 だっ たものが,1966年には72 対28 となってい る。 こうし た自家用輸送の増大一営業用のサービスの低下 はなぜ起って きたの か。第6 表は1960年 と12年後の1972年を比 較し たものであるが,1 日1 台当 第6 表 東京におけるトラックの集配効率の低下状況 1 日1 台 当 り 1 日1 運 行 ( 集 配 ) 当 り 運 行 回 数( 回) 輸 送 ト ン数 ( ト ン ) 所 要 時 間( 時 間) 走行 キ^( キO 運 送 ト ソ数 ( ト ソ ) 1960 65 70 71 72 4.2(100 )2.7 (64 )2.2 (52 )2.1 (50 )2.I (50 ) 12.9( ニL00)9.O (70 )8.0 (62 )7.8 (61 )7.8C61 ) 2.5(100) 3.4(136) 3.9(156) 3.9(156) 3.9(156) 23.3(100 )17.1 (73 )19.3 (83 )18.1 (78 )19.4 (83 ) 3.1(100) 3.3(106) 3.6(116) 3.7(119) 3.7(119) 注 日本 通 運 の資 料 に よ る。 「 輸 送 経 済 」 昭 和50 年1 月4 日
東京における貨物輸送問題255 りの 運行回数 は半分 に 落 ち, こ れが ため1 日1 台当 りの輸 送 ト ン数 は40 % も 低 下 してい る。 この反 面,1 日1 運行当 りの所 要時 間は50 % 以上 も増 加 し, こ れと逆に 走行 キ ロはYl % も低下 してい る。 こう し た状態 だ から, 自 動車に は積 めるだけ 積 みこ む と みえ, 輸 送 ト ン数 は19 % の増大 と なってい る。 車の 増 加による道 路 混雑 の 激化 を土 台 として, 右折禁 止, 一 方 交通 の増加 等 がこ の ように ト ラ ッ ク輸送 の能 率 を低下 せ し めてい る。 こう した輸 送能 率 の低下 が 自家用 車 を増 加 させ, さらに道 路 混雑 を激化 させる とい う悪 循 環 であ る。 東 京都通 運業 連 盟 が1967 年12 月14 日付 で運 輸大臣 以下 の 関 係方 面 へ提 出し た 陳情書に はつ ぎの よう な事 実 が の べられてい る。 丁今仮に,5 ト ン以 上 の貨物 自 動車 が通 行禁 止 となれば,(1)中 , 小 型 車の み を以 て集貨 配達 輸 送 を行 なえ ば約2 倍 の車 両の増加 と な り吏に 交通 混 雑に拍 車 をかけ る ことは 自 明の理 であう て 都市交 通対 策に逆行 す る も のと思 料 され る( ②③は省略)。(4 )中, 小 型 車 の増 備 を強い られる ことは 現在 の自動 車 運転 手, 車両保管場 所 の確 保難 を更に 困難 なら しめると と もに 車 両購 入費, 人 件 費 等諸経 費 の負担 が累 増 し事 業経 営 は 危殆 に 瀕する こ とは自 明 で あ りこの事 態 は延い て は流通 経 費(運賃)の 増 嵩を招 来 して 都民の生 活 に 圧 迫 を加 える こ ととなるの は火 を見 る よ り明ら かで あ る」 以 上の ことはそ の ま ま自家用 と営業 用 の輸送比 較に当 て は ま り, こ こに 都 市交 通全 般に通 ずる問 題点 が指摘 されてい る。 こ こで自家用 と営業 用 輸 送にっい て のあ る食品 メ ーカ ーの場 合, 日通 輸送 コンサル タント の実 態調 査 を紹 介 して お こう。n トソ半 の小 型 ト ラ ヅク60台 を 保有 して,1 ヵ月 平均1,240 ト ンの貨 物 を 輸送 してい る。 ところ が営 業用 に おい て は, 同一 の1,240 ト ソを16 台で 輸送 して おり, 自家用 に比 べて 台数 は2 割6 分に す ぎず, 実 働 延 べ台数 で は約5 倍, 実働率 は1.9 倍に 達 してい る。 し たが づて, 運搬 回数 あ たりの 運搬 ト ン 数 は, 自家用に 比 べて, 営業用 は3.3 倍に も及 んでい る。 そ のた めに, 運行 三 費(燃料,修繕,タイヤチa. ブ)の1 ヵ月平均 で は, 営業 用 が28 万 で ある の に対 して, 自 家用 は138 万 円に 達 してい る。 そ の他, 労務 費, 維持 費 とも大 きく差 をつ け, 輸送 費 の合 計 は, 自家 輸 送費の528 万円に 対 して, 営業 輸 送 費 は210 万円 で, 約4 割 に す ぎない 。
次 に,1 ヵ 月1 台 当 た り の 輸 送 費 を 計 算 し て み る と , 自 家 用 の8 万8 千 円 に 対 し , 営 業 用 は13 万1 千 円 と 約1.5 倍 高 い 。 こ れ は 走 行 キ ロ が 自 家 用 の1,380 キ ロ メ ー ト ル に 対 し て , 営 業 用 は2,580 キl== ・ メ ー ト ル で ,1.8 倍 も 多 い た め で あ る 。 そ こ で , 走 行 キ ロ を 同 一 に し た1 日1 台 当 た り の 輸 送 費 は , 自 家 用 の6,300 円 に 対 し て , 営 業 用 は5,000 円 に す ぎ な い 。 最 後 に , 運 搬 ド ソ 数 を 一 定 に し て 比 較 す る と , 自 家 用 の4,300 円 に 対 し て , 営 業 用 は1,700 円 で , 自 家 用 輸 送 費 は 営 業 輸 送 費 の2.5 倍 に も 及 ん で い る 。 し た が っ て , 少 く と も こ の 例 の 場 合 に は 自 家 用 は 不 利 で , 営 業 輸 送 に 切 換 え る こ と が 有 利 と の 結 論 が 下 さ れ る 」 ( 前 掲 「 共 同 配 送 の 話 」) こ の 結 論 は 特 殊 な 場 合 を 除 き , 大 筋 と し て 一 般 的 に 妥 当 す る の で は あ る まt ヽ か 。 ・I ■ ■ 結 び 東 日本 橋の問屋 街 は, 高 度経済 成長 の波 に の り活 況 を呈 して きたのであ る がレ 近 時, 交 通混難 に よる商品 流 通 の機能 の低下 が重 大問 題 と なりっ っあ る。 問 屋 街 の共 同配送 研究 会の 調査に よ る と, 午 前10 時 か ら午後5 時 までの1 日 間 に11,381 台 の自 動車 が問屋 街に 流 入 し道 路 の収容力 が限 界に達 し商品 の移 動 は全 く行 詰 り, 自動車 公害の 増大, 燃 料 の浪 費, 集 配効率 の 低下で 流通 コ ス ト が上 昇 し, 加 えて 人手不 足 に よ り顧客 へ のサ ービ スが低下 し, 一 部で は 経 営 の危機 を招来 しっ っ ある。 ここ から自然 発生的 に 商品 の「共 同 配送」 の 問 題 が起 って きた。 商品 流 通 の ムダを排除 し合理 化 す る ことに よって顧 客 優 先の問屋 街 を実 現 し よう とい う もので, 問 屋街 の流 通業 務 を一 元 化す る こ とに よって, 集貨, 配達 作業 を共 同化 し,1 万 台 をこえ る問 屋街 への流入 車 両を大 幅に減少 させ, 「物 流レ コストの低 減 を通 じ て, 燃 料費 の節 減 と経営 の合理 化を 実 現 する と い う。 こう した政 策 の発展 に よって, 都の中 心 部に お け る交通渋 滞, 排気 ガ ス に よる環 境 の悪 化 を緩和 し, 新 しい 街づ く り と都市 の再開発 を 目指 す遠大 な 目標 だとい う(「輸送経済」昭和49年10月19日)。 し か し, 現実 は きび しく困 難 な課 題 が山積 してい る。 す でに 明 らかに し た通 り, 自家用 車の 増大 は大 部分 が営業用 車 のサ ービス
東京における貨物輸送問題 四 低下 が原 因で ある が, 営 業 路線 便 ト ラ ッ クを とって みて も, 現在 東 日本 橋地 区 へは50 と か60 の業 者 が入 って はげ しい 競 争 が行 われてい る。 前 掲の 「道 路 交通 混雑 の通 運事業 に及 ぼ す影 響 」 はつ ぎの よう に のべてい る。 「1 通 運事業者 と して の対 策 として は限 界 かおる場合 で あって も, 大 都市の よ うにこ れは それ以 上 の通 運事 業者 が免許 されてい る場 合 に は, その取 扱い 荷 主 が混在 してい て,A 運 送店 はイの荷主 に 配達 して空 車 で帰 り,B 運送店 はイ の隣 りにあ る ロの荷 主 の ところ へ空 車 で行って 荷物 を 積 んで帰 る とい う よう に無駄 が行 な われて お り, そ のた めこ れが数店又 は共 同集 配を やう てれ ば一 車で済 むト ラッ クを2 運 行 して, 道 路交通 難に 拍車 を かけ て更 に集 配能 率 を下げてい る よう な場 合 があ る。 この こ とは通 運業 者 間 の利害 関 係上 止 か を得 ない 面 もあ るで あろ う が, し かし 他に要 求す る前に通 運業 者 とし て全力 を投 じて努力 し なけ れば なら ない ときで ある から共同集 配・共 同 集 金,デ ポ ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● の 共 同 使 用 を 進 め 更 に は 企 業 合 同 , 合 併 な ど を 考 え な け れ ば 通 運 能 率 の 低 下 は 防止で きない ので はな かろ う か」(120頁,傍点大島) この指摘 はこ の まま東 日本 橋 の問屋 地区 の営 業ド ラッ ク輸 送に 当 は ま力 , さらにい えば 都市 交通全 般 に通 ず る重 要 な問 題点 で ある。 大 都会の道路 交通 の行 詰 りから警 察 庁 は自動 車の総量 規 制政 策 を 検討 し, ま た東京 や大阪 で は バス の専用 レ ー ンを実 施 してい る。 こ れは消 極的 で はあ る が, マイ カ ーの規 制と なる わけ で ある。 しかしマ イカ ー の規 制を 徹底 する た めには本稿 で指摘 して き た通 り何 より 公共 輸 送の サ ービ スが十 分利用 者 の 納 得 を得ら れる状態 に す る必要 か お り, ここに問 題 の ポイ ントか お る。 東 日本橋 の問 屋 街 の内, 広 幅呉 服 衣料中心 の堀留地区 に おい て は1972 年 日 通 を中心 として一 括 集 荷 引渡 配送 システ ムが実 現し た。 参 加 してい る問屋 は32 社で, 参加 路線 ト ラ ッ ク業者 は41 社で ある 鶴 これ は画 期的 な こと だと思 う((輸送経済)昭和50年2 月8 日)。 横山町 におい て 仏 取 扱い 商品 や 取 引の 条 件 を同 じくす る阻 屋間 の一 部 で共 同 配送 を行 っている が, 公共 輸送− ト ラ ッ ク輸送経営 の側 では共 同 集貨, 配送 は未 だ実 現してい ない 。 こ の問 題 を拡 大 し, 東 京 都全 体 に問 題 を移 した場合, 注 目 される の は区 域 輸 送 ト ラッ ク業 の15 社 が共同 の集 配 ネット を確立 し,23 区 は 周辺 地にっい て 共 同 集配, 共同 配水 を実 現 す るた め東 京 都市圏 小 口貨 物輸 送 組合 の 設立 を申
請 し たこ とで ある(「輸送経済」昭和50年3 月4 日)。 さらに 運輸 省 は,「大都市 小 口貨物 輸 送 公社 」(仮称)制 度を検 討 してい るとい う ((日経ゴ昭和49年5 月20 日)。 こ れ はまだ アドバ ル ーン程度 の もの ら し い か, 営業一 公共 輸 送の側 におい て 個 別経 営 の枠 をこ え た統一 的 な計画 が焦眉 の問 題に なりつっ ある。 横山 町 や馬 喰町 の「現 金問 屋」 の流 通合理 化の た めの 根本的 な政 策 として は, 高 層 ビ ル化 や移転 の問 題 が提 起 されて い る。 し か し高層 ビ ル化に よって 横山町 地区 内 での流通 が合 理化 された として も, こ の地区 へ出入 りの周辺 の 交 通が 旧態 依然 で あるな らば 何等根 本的 な解 決策 とは な り得ない 。 ま た移 転 の 方策 と して五 反 田に東 京卸 売 りセ ンタ ーが建 設 され, そ の4 ∼6 階 は現金 問 屋の フ ロア ーである。 しかし, 入居 は限 界 があ り, とて も横山町 や馬喰町 がそ っ く り入 る わけに はい かない 。重 要 な る問題 とし て, さ きに 横山町問屋 街に お ける 利用者 の具体的 な行動 を描 写 し た通 りご 問 屋, 商 業地区 利用者 は 交 通 の便 と ともに, 豊富 な 商品 の 種類 や,ノ盾報交 換 の容 易 さ, さらに 衣料品 を中 心 と した 横山町地 区 をこ えた周 辺の問 屋 地区 との 関 連 も無 視 する ことが で きない 。東 日本橋 の問屋 街に は全体 としで 集 積の メ リット ’かお り, こ れ は江戸 時 代以 来, 歴 史的 に形 成 され て き たところ であ る。 したが って, 仮 りに新 しい 団 地 を作っ て横山 町地 区全 体 の収容 力 があ る と して も果 して横山 町 だけ が移 転 し て商業 の発展 にな る かど う か大い に 疑問 で あ る。 この よう に考 えて くる と, 根 本問題 とし て東京全 体 の都市 改造 計画 の重要 な 柱 として 東 日本 橋地 区 の問 屋, 商業 地 区 の再 編成 が検 討 され ねば ならない ので あ る。 過 去の東 京に おい て, 大正 の末年, 日本 橋 の魚 市場 が総体 として 築 地 へ移転 し た歴 史 をもっ てい る。 ど んな条 件 の下に 問題 が起こ り, 解決 さ れ たか, 他 山 の石 で ある注)。 注) 第一 次大戦に よる 日本経済の発展 は京浜重 工業 地帯 の成立 となり,東京地方 へ も働く人 々 が大勢集 まり,人口が急 速に増加 した。 しか るに1918年 の「米 騒動」 にみら れるように物価 がとう貴し都会で働く人 々の生活 は苦 しかった。他方で, 日本人 の食生活 に不可欠 の生鮮魚介類 にっ い て,当時北 洋漁業 にみられるように 大資 本の漁業 への進出が顕著になるとい うよ うな情勢を背景 として1923年「 中央 卸 売市場 法」が公布 され,封建的な問屋組織 の「近 代化」 が発展 する( 今の言葉 でい う流通 の革新)。 東 京 の場合 ,具 体的 に日本橋の魚市場 の築地 への移転 が問題 となる。 日本橋の
東京における貨物輸送問題259 魚市場は徳川家康 による江 戸幕府 の成立 とともに「御用商 人」 として発展して き た永い歴史 がある。一 般的 に商業 の場合 ,店舗 の「場所」 は商売 の盛衰 に至重の 影 きょうをもってい る。新 しい制度 の下に発足する築地 におい ては生産者=漁師 と問屋 の関 係が, 日本橋 におけるような「前期資本」的 な従属関 係を合理化 し, 公開 のそり市 とするとともに, 問題 の問屋店舗 の「場所」1,800 ヶ所は二年毎 の抽 せん心より交代 されるので ,歴史的な「場所ゴ の特 権は消 滅 する。 これがため日 本橋 の魚河岸 の経 営者 たちは,先祖代 々「 御用商人」 と して認 めら れて きた「湯 所」 の権利 の補 償を要求 した。魚は戸板 ぐらい の大 きさの板 の上 にならべて売る ので ,その板1 枚 を単位 とした「板舟権」 の要求額 が莫大 な金額 になり重大問題 となった。 当時 ,魚 の市場 は日本 橋の外 ,千 住,芝金杉 ,大森等 に もあ り,これらを合し て1923 年12 月築地 へ集 中,移転 が実現 する。かく して東京 の卸売組織は ,第一次 大戦後 にい たって江 戸幕府以来 の前近代的 な組織 が近代化 され,現 在に至 るの で あ る。 しか し,設立当時立派で充分 なスペ ースをもった築 地市場 も高度 経済成長 の中か ら狭 論 とな り,他方生鮮食料品 を扱 うので衛生 的 にも問題か おり,新たに 大井 埠頭 に建設中で ,これも東 京の都市改 造の重 要な問題点 である。 ( 日本橋区史 , 日本 経済史辞 典 「魚 市場 」等参照)