原 著
岡本糸枝賞受賞論文
〔東女医大誌 第56巻 第1号頁 28∼33 昭和61年1月〕脊椎動物網膜におけるTetrachromacyの研究
1.錐体視物質の再検討
東京女子医科大学 第一生理学教室(主任:渡辺宏助教授)
ハシ モト ヨウ コ橋 本 葉 子
(受付 昭和60年9月13日)Tetrachromacy of the Vertebrate Retina.
LRe・Examination of Cone Visual Pigments
Yoko HASHIMOTO
Department of Physiology(Director:Prof. Kosuke WATANABE)
Tokyo Women’s Medical College
The absorbance and linear dichorism spectra of the five visual pigments in ugui(Japanese dace)were
identified by means of dichroic microspectrophotometer. Four were cone visual pigments and one was rod pigment. The red−abosorbing pigment, found in long double and long single cones, peaked in the range of
570to 620nm. The short double and medium single cones contained a bluer green−abosorbing pigment,
withλmax of 500 to 530nm. The visual pigment in the short single, type l cone absorbed blueish purple
and the peak lay between 405 and 415nm. The short single, type 2 cone contained an UV−absorbing pigment which peak lay between 355 and 370nm. The rod pigment absorbed green and peaked in the
ra且ge of 510 to 535nm. From regeneration experiment using exogenous 11−o∫∫retinal and the fairly wide
spectral range of green−absorbing and red−absorbing pigments, the photoreceptors of ugui contained
mixtures of Al−and A2−based visual pigments.
はじめに
脊椎動物における色覚は,三種類の錐体の存在
を基本とするTrichromacy(三色説)が定説とさ
れ,事実ヒトでは,青錐体(419±1.8nm),緑錐体
(530±3.5nm)および赤錐体(558±5.2nm)が確
認されているD.われわれは網膜内情報処理機構
の研究のためコイ科の淡水魚(コイ,ウグイ)を
材料として使用してきた.コイやウグイの網膜は
ヒト網膜と同じ構成要素を有し,錐体も少なくと
も3種類は確認され,色受容が行なわれているこ
とは明らかである.近年われわれは研究材料とし
て主にウグイを使用しているが,ウグイは錐体が
規則正しい列配列を示し,この列配列の生理的機
能を検索することを目的として,網膜内各種細胞
の光に対する応答とその発生細胞の同定を行なっ
た.先ず水平細胞のスペクトル応答を記録すると,
コイの水平細胞とは異なったスペクトル特性を示
す水平細胞が発見され,ウグイの錐体には,まだ
報告されていない吸収極大が非常に短波長域にあ
る錐体の存在が示唆されたのである2)3).そこで
個々の錐体の視物質を同定するため,Marine
Biological Laboratory, Woods HoleのDr. Har−
osiと共同研究を行なった.その結果,淡水魚では
初めて紫外部に最大吸収波長を有する錐体視物質
(UV視物質)の存在が確認され,他の3種類の錐
体視物質を含めて,ウグイ網膜には4種類の錐体
が存在することが明らかとなり,一部速報として
発表した4).PTR
圖
野
CPU
TTY
lOε Sdc A2 A4MCP
S5乙PSD
Phose Amphlude WD・一一WTI
SHl
IID1
τSlMONOCHROMATOR
A3 Soc A1 一→ト・D5 L ’ SP/ PHOTO− MULTIPL}ERSH2
5 ReferenceM5 1
M2
Conlroi
MODUしATOR
CONTROL
CrysloI Drive L1
08J
SAMPLE
CON
Ml ⊥D2T /
/QB L2 S2PEM
POLARIZER
M4
Fig. l Simpli丘ed schematic representation of the optical arrangement and signal processing of the single beam type dichroic microspectrophotometer (DMSP). S1:quartz−iodine lamp. M1, M2, M3, M4:surface mirros. D1, D3: adlustable iris diaphragms. G:Grating. SH1, SH2:electromagnetic shutters. L1:quartz丘eld lens. D2:adjustable rectangular diaphragm, QB:quartz beam splitter. S2:tungsten lamp. L2:achromatic lens. PEM:photoelastic modulator, CON:condensor, OBJ:objective, SP:sliding prism. L3:eyepiece. A1:wide・ band current−to−voltage converter. A2, A4:direct−coupled, low−pass ampli且ers. A3;capacitance−coupled, bandpass ampli丘er. PSD:phase・sensitive detector. 10E:input−output equipment. CPU:central processor unit. PTR:paper−tape reader. PTP:paper−tape punch. TTY:Teletype. CRO:cathode−ray oscillos−
cope. MCP;monochromator control package. WD:wavelength drive. WT:
wavelength transducer.
材料および方法
(1)材料:ウグイ(7励oZo40η加肋η6ηs法∫)を
少なくとも4時間以上暗順応させた後,2000×
Tricain(3−Aminobenzoic acid ethyl ester meth− ane sulfonate, MS−222)でウグイを麻酔した後,
赤外線下で眼球を摘出し,リンゲル液中で網膜を
剣離する.さらに1mm角位に網膜を細切し,オブ
ジェクトグラスに網膜をのせ,機械的に細胞内結
合をはずし,カバーグラスをかけ封入し冷暗室に
保存する.(2)測定装置:Harosiの開発したsingle−
beam型dichroic microspectrophotometer
(DMSP)5)を用いた.この光学系および情報の流
れを示したのがFig.1である.
試料はSAMPLEと書いてあるところに載せ,
顕微鏡の対眼レンズでS2光源からくる700nm以
上の光でD2(可変角型ダイアフラグム)(測定光の
大きさとなる)の大きさを調整し,個々の錐体の
外焔に当るよう試料を動かしていく.D3のダイア
フラグムは適当に調節し,モノクロメーターを
320∼700nmまで1秒でスキャンできるように
セットし,それをphotomultiplierが受けて測光
する.1回の測定は少なくとも32回の波長スキャ
ンの平均値をとる.このようなモノクロメータの
駆動,測光,測定結果等は全てコンピューターコ
ントロールで行なわれる.
また,このDMSPは物質のdichroism(二色
性)を同時に検出出来るよう設計され,外節の軸
Table l Morphology of distal elements of ugui photoreceptors and numerical distribution of photoreceptors as a function of peak absorption of their visual pigrnents. δ
品
6δ
1・… C O N E S λmax(nm) L D S D L S M S SS−1 SS−2 R O D S Total No. 奄?range 600−620 7 32 1 40 570−590 16 17 2 35 520−535 17 2 25 1 28 73 500−515 ll 3 46 1 12 73 405−415 13 1 14 355−370 1 14 15 Total No. 盾?しype 23 28 54 74 16 15 40 250に直交する方向の偏光で測定した時,その直線二
色性が基線よりも(+)方向に標示される.以後
直線二色性は特別な場合を除き外節の軸に直交方
向の偏光で測定した結果を示す.
結 果
ウグイの視細胞は他のコイ科の淡水魚と同様多
数の丁丁以外に種々な錐体が見出された6).錐体
は複錐体(double cone)と単一錐体(single cone)
に分けられ,さらにdouble coneは10ng double
(LD)とshort double(SD)に分けられる.また
single coneはlong single(LS), medium single(MS),short single type 1(SS・1)とtype 2(SS−
2)に分類されている.視物質を含んでいる外節の
形,大ぎさも種々であるが,その幅は(1.5∼2.0)
μm(SS,丁丁)∼(3∼4.0)μm(他の錐体)位で,長さは(4∼5)μm∼(15∼20)μmまで分散してい
る.Short single coneのtype 1はTable 1に示す
ように,二二がtype 2よりも長くて徐々に細く
なっているのに対し,type 2は外節が短く,急に
細くなっている特徴がある.内節はむしろtype 2
の方が大きいこともある.
形態学的に分類された錐体に含まれる視物質の
測定結果をTable 1に示した. LDとしSは
570∼620nm, SDとMSは500∼530nm, SS・1は
405∼415nm, SS−2は355∼370nm, rod(憎体)は
510∼535nmにそれぞれ吸収極大を示している.
すなわち,LDとしSは赤錐体, SDとMSは緑錐
体,SS・1は青錐体(むしろviolet coneと呼ぶ方が
良い)ということで,従来キンギョで調べられた
視物質とほぼ同様である.しかしSS−2はUV錐体
であり,これは淡水魚では発見されていない錐体
視物質であった.
5種類の視物質の吸収曲線と直線二色性
(linear dichroism, LD)の測定結果の代表例をオ
シロスコープ標示のまま示したのがFig.2であ
る.吸収曲線(OD)の縦軸は吸光度,横軸は波長を
表し,直線二色性(LD)の縦軸は相対値を表して
いる.Aは7コのLSの平均値をとったもので
λmaxは600nmのものである. Bは4コの桿体の
平均値をとったものでλmaxは520nmのもので
ある.Cは4コのMSの平均値でλmax,505㎜
Wovele自9奮h{nm)
400 500 600
0.031一・ … 曇・甲「…・…’一1・・……一・・一・!F』』』・…・’ OP↑. Dens. OD! ’・・ A(LS) Wqve【eng曾h(nm} 400 500 600 0.031一・… ’一一…1・・一・…一…1一・・…・ OP↑・ OD/♪㌃ Dens. へ 。一.、。,::::;二;,:,1:願:6漁 B(rods) Wovelenglh (nm) 400 500 600 0.031一・・ 1・・・…!・… !・・ OP曾. ・・OD Dens. ・ ,_・て前㌧繍苧
o−7’::C(MS)
Woveleng†h(nm) 400 500 600 0,031一・・… ユ…・一・一・…「L…・………一!「…・・ Qp↑. Dens.{ ’.QD LD D(SS−1) Woveleng↑h〔nm) 400 5QO 600 0,031一・・・・…!…・“‘‘・“‘’“’L‘ ’L‘” OPI, ’.OD Dens.. o一・・一’・・’:・、門、・:、、;w駕一艸:雛、・鰯、ノ.…レLD I E(SS.2)
Fig.2 Examples of average absorbance(OD)and
linear dichroism(LD)spectra of ugui photorecep・
tors.
A:from 710ng single cones. B:from 4 rods. C: from 4 medium sing玉e cones. D:from 3 short
single, type l cones. E:from 3 short single, type
2cones.
のもの,Dは3コのSS−1の平均値でλmax,410
nmのもの, Eは3コのSS・2の平均値でλmax
8to
焉 書 起 1・・5 些 窪皇。
Dace Cone Pigments
UV V G R
300 400 500 600 700 800
Wavelength(nm)
Fig.3 Multipleλmax of ugui cone pigments,
365nmのものである. AEまでLDはODとほぼ
同じ波長のところに(+)LDの最大値を示してい
るが,EのしDは矢印で示したように,少し槌色が
起ってしまったために,440nm付近に(一)LDが
見られる.Table 1に示したように,ウグイ視細胞の視物
質は大別すると5種類に分けられるが,250コ個々
の吸収曲線を調べてみると,各グループの吸収極
大波長域が非常に広い.特に波長が長い程その範
囲が広がっている.Fig,3は錐体視物質をまとめ
て示したものであるが,UVとVはそれほどぼら
つきがないが,G(緑錐体)は少なくとも4コの
極大値,R(赤錐体)は6コの極大値を示してい
る.このように極大値の範囲が広いことはビタミ
ンA1系とA2系の視物質を含んでいることを示唆
している.網膜小片を強い光で槌色させ,外部から11−6ゐ
レチナールを加えて1時問以上暗室に保持する
と,ロドプシンの再生が見られる7).再生実験をウ
グイで行った結果は,570nm(LDとしSから),
505nm(SDとMSから),510nm(rodから)で
あった.これらは各視細胞の吸収曲線の極大値と
しては最短波長を示している.この結果から,ウ
グイの視細胞外節はビタミンA1系とA2系の混合
発色団を有していることが明らかになった.SS
錐体からの再生実験はまだ成功していない.
考 察
紫外線に対して感受性のある視細胞は約1世紀
前“アリ”の眼で見出され8),約50年前には“ハ
チ”8)でもその存在が確認された.近年,“ハエ”,“クモ”
Cその他の昆虫でUV感受性視細胞の存在
が電気生理学的な測定法で明らかになった9).ま
た,UV視物質(λmax 350nm)がツノトンボの一
種、4S侃勿ぬ鷹 卿α0αγ0痂螂から抽出され10),“ハ ト”11)12)や“ハチドリ”13)でも紫外線に反応することが報告されている.しかし脊椎動物では,UV感
受性視細胞もUV視物質も同定されたという報
告はなかった.われわれが速報を発表するより少
し前に,Averyらは同じコイ科の淡水魚の
“roach”(1∼34’〃24s γz4だ」%s)の網膜の小さい錐体(miniature single cone)の外節から,355∼360nm
に吸収極大を有する視物質が発見されたことを抄
録として発表したが14),詳細は分からず,また二色
性や槌色後の性質等は報告されていない.しかし,
これらはおそらくわれわれが報告したSS−2に相
当するものであろうと考えられる.
われわれはλmax 350∼370nmの吸収曲線を示
す物質をUV視物質と呼んだが,果たして真の視
物質なのか,またはロドプシン裾色産物(λmax
370nm)なのか,当然問題となるところである.
この問題を解決するために,われわれは吸収曲
線と同時に直線二色性も測定した.もしλmax
350∼370nmの物質がロドプシン気色産物なら
ぽ,直線二色性を示さないか,むしろ負の直線二
色性(negative linear dichroism)を示すはずで
ある.しかし,Fig.2EのしDで示すように,わず
かな(一)LDは認められるものの,大部分は(+)
LDを示し,しかも吸収曲線のλmaxとほぼ同波
長である.さらにわれわれは,より定量的に表示
するため二方向の直線偏光光で測定された最大吸
光度の比として定義されているdichroic ratioを
計測した.今,ODtdを外減の軸に対し直交方向の
偏光で測定した平均吸光度,ODtaを外節の軸と
平行な方向の偏光で測定した吸光度とすると,
Dichroic ratio(DR)=ODtd/ODtaとして表され
る15).Table 2は既にHarosiによって報告された
キンギョの錐体視物質の性状16)とウグイの錐体視
物質の性状を比較したものである.DRは両者共
ほぼ同じような値を示している.この数値からみ
ても,uy感受性物質は視物質であることは明ら
かである.またウグイの水晶体は320nmより長波
Table 2 Comparison of peak absorption, half bandwidth, and dichroic ratio of cone pigments between ugui(dace)and goldfish.
Cell type λmax(nm) ∠V%(cm−1)
DR
Dace R 570−620 4,800 1.8
G
505−530 4,900 2.5V
415 5,650 2.2UV
365 2.0Gold飴h R
620 3,900 1.66G
533 4,700 2.02B
453 6,700 2.01長を透過させることも測定してある.この表には
DRの他,∠V%が示されているが,これは吸収曲
線の半値幅を波数(wave number)で標示したも
のである.波数は1/λなので,ウグイ(Dace)の
方がキンギョ(Gold丘sh)よりも一般に半値幅が広
いことが分かる.
このようにウグイ網膜には4色錐体系(tetra−
chromatic cone system)を有することが明らか
になったが,これら4色錐体系が二次ニューロン
に如何なる情報処理で伝達されているか興味ある
ところである.また4色錐体系とくにUV錐体が
如何なる役割を果しているのか行動学者と共同で
研究を進めているところである.
一般にコイ科淡水魚(主としてキンギョ)の視
物質はビタミンA2二七物質が基本であるとされ
ているが,ウグイの視物質はFig.3にも示したと
おり,同一グループに属する極大波長域が広いこ
と,およびロドプシン再生実験からA1視物質と
A2視物質の混合発色団を含んでいることが本研
究で示唆された.LoewとDartnallはコイ科の淡
水魚rudd, Soαγ4勿伽s 6厘〃γoρ玩hα」物%s,の錐i体
視物質はA1とA2系の混合物であり,最もよく現
れるのが赤錐体(562∼620nm)視物質である17)と
報告している.われわれの結果も彼らと同様,極
大吸収波長が長波長に行くにつれて波長域が広が
ることから,A1/A2両系視物質を含む淡水魚の成
魚の存在を確認した.
結 論
!.顕微分光光度法により,ウグイ単一視細胞の
視物質を測定し,4種の錐体視物質と1種の桿体
視物質を同定した.
2.赤錐体視物質のλmaxは570∼620nm,緑錐
体は500∼530nm,青錐体(紫錐体)は405∼415nm,
UV錐体は355∼370nmであった.桿体視物質の
λmaxは510∼535nmであった.
3.赤感受性錐体は複錐体のうちのしDと単一
錐体のうちのしSで共に章節は一番大きく,また
内節も大きい.緑感受性錐体は複錐体のうちの
SDと単一錐体のうちのMSで共に外節は中間の
大きさ,内節も中間位の大きさで一般に細長い.
青感受性錐体は単一錐体の中のSS−1で,外節は幅
は小さいが長さはMSよりも少し短い位,内節は
短い.UV感受性錐体は単一錐i体中のSS・2で曲節
が最も小さい.4.ウグイの視物質はA1/A2混合視物質であ
る.本研究の一部は岡本糸解研究助成を得て行なわれ
た.稿を終るに臨み,写真の労をお願いした間山幸雄氏
および和文ワーフ.ロの労をお願いした関美恵子氏に
感謝致します. References1)Dartnall, H.」.AりBowmaker,」.K. and Mol・
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