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現代日本語の形容詞の意味分類

Classifying Adjectives in Contemporary Japanese

仲 本 康一郎(山梨大学)

*

Koichiro NAKAMOTO

1.はじめに  日本語の形容詞に関する個別研究は比較的多い。しかし、それらは個別の形容詞を単独に取り上げた もので、形容詞の意味領域ではどの領域の研究が進んでいるのかといった俯瞰的な視野が得にくい状態 にある。ここでは、これまでに提出された代表的な形容詞の個別研究をふりかえり、それらを形容詞が 表わす意味領域と相対的に整理する。  まず、人間が五感でとらえる感覚形容詞の研究として、色彩形容詞、味覚形容詞、温度形容詞をとり あげる。次に、感覚を超えた領域として、空間形容詞、力学形容詞、数量形容詞の三つについて考察す る。さらに、感覚や知覚によってはとらえられない抽象概念として、時間認識、人間関係、心的態度を 表わす形容詞の研究成果を検討する。 2.感覚形容詞  人間を含めた生物はすべて身体を備えた存在であり、それぞれが持つ感覚器によって、周囲の環境に ある事物や事象の性質や状態を知る。人間の感覚も、視覚、聴覚、味覚、聴覚、皮膚感覚という五つの 領域があり、さらに皮膚感覚として、触覚、温覚、痛覚等が下位区分としてある。ここでは、感覚形容 詞の個別研究を概観する。 2.1.色彩形容詞  色彩語研究として最初に言及すべきは、バーリンとケイによる「基本色彩語」の研究である(Berlin and Kay 1969)。彼らは世界の凡百の言語を調査し、色彩語は黒/白<赤<黄/緑<青<茶<灰/橙/ 紫/桃という順序で範疇化されるという含意的階層の仮説を提案している。現代日本語の色彩語も、ほ ぼこの順序にしたがっている1 。  日本語では、「黒」「白」「赤」「黄」「青」「茶」などは形容詞であるが、「灰色」「橙色」「紫色」など はどれも名詞として範疇化されている。また後列の概念ほど純粋な「色名」ではなく、「茶」「灰」「桃」 といった「物名」を利用したメトニミー表現となっている。これらの概念はある色彩を持つ特定のモノ を指示することで間接的に色彩に言及している。  また佐竹は古代日本語にさかのぼり、「アカ(赤)」「クロ(黒)」「シロ(白)」「アオ(青)」の四つの 色名を考察している。佐竹は、古代日本語の色彩語は明暗から色名へと変遷したという。アカとクロは それぞれ「明し」と「暗し」と語源を共有し、シロとアオもそれぞれはっきりした明るさ(顕)とぼん やりした暗さ(漠)を表わす明暗の概念であったとしている(佐竹 1955)2 。  また永澤と進藤は、認知言語学の観点から、日本語の歴史的な変化を追っている。彼らは、「明し」 から派生した「明らか」が、「見えやすさ」という概念へと発展したことに注目し、このような意味変 化の背景に「主体化」――対象の属性から主体の属性へ――という意味変化を駆動する力が働いている と主張している(永澤 2007、進藤 2008)。  また色彩形容詞は、「白」は純粋や潔白、「黒」は悪意や不吉を象徴し、「灰色」は中間的なはっきり しない状態を表わすといった象徴的意味を発達させている。象徴的意味には歴史文化的な影響が色濃く

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残っており、西洋語では「赤」は情熱や興奮などを表わすが、日本語では「見えやすさ」といった意味 から、「赤恥をかく」「真赤なウソ」といった表現で用いられる。   2.2.味覚形容詞  色彩形容詞が言語普遍的な性質を持つのと同様に、味覚形容詞も生理学的な基盤を持つ。味覚形容 詞はどの言語でも少数で、それらは生理的な「焦点味」を形成しているものと考えられる。英語では、 sweet、bitter、sour、salty の四種類、日本語では「甘い」「辛い」「苦い」「渋い」「酸い」の五種類が代 表的な味覚形容詞とされている(国広 1982)3 。  また、バックハウスは、「うまい」「まずい」を評価形容詞と呼び、他の味覚形容詞と異なり、快不 快の評価を表わすものとしている(Backhouse 1994)。認知言語学の研究からは、Jantra(1999)、武藤 (2001、2002)、小田(2003)尤(2004)が、日本語の形容詞「甘い」「辛い」「うまい」等の比喩表現や 反意構造について興味深く論じている。  例えば、「うまい」と「まずい」は味覚的な評価だけでなく、技術的な巧拙(例.「うまい/まずい運 転」)や、事態の進展(例.「まずいことになったぞ」)といった用法でも用いられるといった指摘があ る。また日本語の「甘い」は、歴史的には「余し」と共通の語源を持ち、刺激の欠如という意味を図式 的な意味として持っている(吉田 1977)4  また、食品によって反意語が異なるという興味深い観察もできる。例えば、柑橘類では「甘い」と「酸 い」が対立するのに対して、酒類では「甘口」と「辛口」が対立する5 。こういった多面的な反意関係 が成り立つのは、「甘い」が刺激の不足や理想的な味を表わすからであろう。この点に関して吉田は「甘 い」と「うまい」は語源が同じであることに注目している(吉田 1977)。  最後に、嗅覚形容詞についてつけ加えておく。日本語の場合、嗅覚形容詞は否定的意味を表わす「く さい」があるのみである。ただ意味拡張という観点から見るとこの語の用法は興味深く、「あいつはく さい」のように疑念の意味を表わす用法を持つ。ちなみにこういった推量の意味を表わす関連語として 籾山(1996)は「あやしい」「疑わしい」の意味分析を行っている。 2.3.温度形容詞  皮膚感覚としては、温覚、触覚、圧覚、痛覚などの区分があるが、このうち日本語の形容詞で最も研 究が進んでいるのは温度形容詞である。温度形容詞は、「熱い」「温かい」「冷たい」など物体の温度を 表わすものと、「暑い」「寒い」「暖かい」「涼しい」など主体の生理的な感覚を表わすものとがある(国 広 1965、服部 1968、影山 1980 等)。  温度の感覚は、快不快の感覚とも直結するものであり、「熱い」「冷たい」は快不快の感覚に関して中 立であるのに対して、「暑い」「寒い」は不快な温度を、「温かい」「暖かい」「涼しい」は快適な温度を 表わす。さらに付け加えるならば、「暖かい」は「寒い」という不快な状態を脱した状態を、「涼しい」 は「暑い」という不快な状態を脱した状態を表わす。  また、快適な状態からの逸脱を表わす興味深い表現として、「ぬるい」という形容詞も注目されてい る(影山 1980、岩野 1995)。影山によれば、「ぬるい」は、「ぬるいお茶」や「ぬるいビール」のように 本来期待されている「熱さ」や「冷たさ」が存在しないことを表わし、それぞれ冷めたお茶、温まったビー ルを表わす。  最後に、皮膚感覚の形容詞としては、圧覚形容詞について「かたい」「重い」「きつい」等が意味拡張 という観点から考察されている。また、「いたい」「かゆい」「こそばゆい」等の痛覚形容詞は、感情形 容詞に属するものとして分類される。ちなみに「まぶしい」と「うるさい」は、それぞれ痛覚と視覚、 痛覚と聴覚の両方の感覚を表わす。

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 触覚や痛覚は形容詞よりも擬態語として具現化することが多い6 。例えば、「さらさら」「つるつる」「ぬ るぬる」は事物の表面の肌理を表わし、「ふわふわ」「ねばねば」「どろどろ」は事物の材質を表わす。 これらの感覚は認知発達や生物の進化を見ても原初的であり、視覚や聴覚のように分析的な表現を持ち にくいためであろう(泉 1976、山梨 1988、芋坂 1999)。 3. 知覚形容詞  生態心理学によれば知覚は感覚を超えて存在する。例えば、位置や距離は、視覚を通して知覚される こともあれば、聴覚的な音の響きによって発生源が知覚されることもある。また肌理の粗さ/細かさ も、皮膚感覚によって触れるだけでなく、視覚的に見ることでわかるし、また表面に何かが触れるとき の音によって知覚されるということもある。 3.1.空間形容詞  空間認知の重要性は古くから指摘されており、あらゆる言語の概念は、空間的な概念を基盤に形成さ れているとする「場所論」という考え方もある(池上 1981)。言語における空間認知は、英語の前置詞 などに直接的に反映されることもあれば、比喩的な意味拡張のプロセスによって抽象的な領域で用いら れることもある。  日本語でも空間表現は数多く、前後や上下、左右などの相対的位置は名詞によって表わされ、出発 や到着や通過などの移動は動詞で表わされる。また、日本語の空間形容詞は、「大きい」「広い」「長い」 のような規模を表わす規模形容詞と、「高い」「深い」「遠い」のような位置や距離を表わす位置形容詞 に分類される(久島 1993)。  また、空間形容詞は次元によって分類される(国広 1982)。例えば、規模形容詞のなかで、「長い/短い」 は〈線的なもの〉の拡がりを、「広い/狭い」は〈面的なもの〉の大きさを表わす。また位置形容詞の なかで、「高い/低い」と「深い/浅い」は距離や位置を表わす概念であるが、前者は〈垂直軸〉へ向 かう距離、後者は〈内部軸〉へ向かう距離を表わす7 。  さらに、空間形容詞には、モノの場所かという二つの認識の類型が反映される。モノとは、机や椅子、 花瓶、財布、バットのように「全体がまとまりを持ち、立体的な形をなしているもの」であり、場所と は、池や公園、野原、教室、体育館のように「人や物が存在するための空間を提供するところ」とされ る(久島 1993)。  例えば、モノの規模は「大きい/小さい」で表わすのに対して、場所の規模は「広い/狭い」で表わ す。「大きい/小さい絨毯」という場合と、「広い/狭い絨毯」を比べると、前者は絨毯を運ぶといった 場面を想起させ、絨毯をモノとして見ているのに対して、後者は絨毯を敷くといった場面を想起させ、 絨毯を場所としてとらえていることがわかる。 3.2.力学形容詞  力学認知は作用と反作用のような力関係を表わし、形容詞の概念にはなじまないように見える。しか し、「強い」「弱い」など力関係を反映する形容詞は比較的多く、日本語では「鋭い/鈍い」「きつい/ ゆるい」「厳しい/優しい」など攻撃的な力を表わす形容詞と、「かたい/やわらかい/もろい」「重い /軽い」など抵抗力を表わす形容詞に分類される(仲本 1999)。  例えば、ナイフでパンを切るという場面を考えてみよう。このとき、よく切れるナイフは「鋭いナイ フ」のような攻撃力を表わす形容詞によって表わされるのに対し、食べにくいパンは「かたいパン」の ように抵抗力を表わす形容詞によって表わされる。力学形容詞の個別研究としては、「かたい」(籾山 1994)、「重い」(新地 1997)、「きつい」(仲本 2013)などがある。

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 まず、籾山は「かたい」の多義的用法を調査し、その中心的な意味を「(加えられる何らかの)力に 対して抵抗感を感じさせるさま」としている。籾山は、「肉がかたい」「ネジがかたい」のような物理的 な力だけでなく、「守りがかたい」「団結がかたい」のような結束力、「当選はかたい」「かたい表情」の ような場合にも同様の図式が根底にあるという(籾山 1994)。  次に、新地は「重い」の多義的用法を調査し、その中心的な意味を、「重力による上から下への力が かかっている」という内在的意味と、「ものを動かすときに動かしにくい」という関係的意味の二つの 側面からとらえ、とくに「ドア/ペダル/ハンドルが重い」のように実質的な重量よりも、抵抗力を表 わす場合があることに注目している(新地 1997)。  最後に、仲本は「きつい」の多義的用法を調査し、その中心的な意味を、「ある対象がある主体をし めつけるさま」という攻撃力の図式で表現している。抵抗力と攻撃力の違いは、「かたい守備」に対し て「きつい攻撃」ということ、また「ネジをきつく」しめた結果、「ネジがかたく」なるといった違い に象徴的にあらわれるとしている。 3.3.数量形容詞  数量認知も、私たちの暮らしや生活のなかで重要な役割を果たす。現代社会における経済活動のよう な複雑な状況を考えずとも、私たちは日常生活においてどちらが多いか少ないかを日々考えている。例 えば、畑仕事をする人ならば、今年は雨が何回降ったか、肥料はどのくらい必要だったかといったこと を考えるであろう。  ただ残念なことに、現在までの言語研究においては、数量認知に関する体系的な考察はそれほど進ん でいない。日本語研究としては、類別詞の意味論(松本 1991)、程度副詞の記述(工藤 1983)、数量詞 の文法と意味(廣瀬・加賀 1997)などがあるが、形容詞に関しては、「多い」「少ない」を中心とした 研究がわずかに存在するのみである(仁田 1980、仲本 2000、大野 2000)。  仁田(1980)は、日本語の数量形容詞を最初に取り上げた先駆的研究であり、数量形容詞「多い」「少 ない」が、他の典型的な形容詞と異なり、「?多い人がいる」「?少ない本がある」といった装定用法を 持たないことに注目し、そこから「多い」「少ない」は、事物の存在量という外在的な特性を述べる概 念であると指摘している8  また、大野(2000)は、数量的な少量性を表わす概念として、「まれだ」と「珍しい」を比較し、前 者は客観的にある対象の存在の密度が低いということを表わすのに対して、後者は、遭遇の機会が少な いという事態を表わすと述べている。大野は、これら二つの形容詞の意味の違いは、存在の分布か遭遇 の機会のどちらに焦点をあてるかという違いに還元されるとしている。  数量形容詞は、数量的な多寡を表わすものばかりではない。何らかの容器と相対化された数量を表わ す「いっぱいだ」や「からっぽだ」といった形容詞もある。また「もったいない」や「惜しい」などは、 感情形容詞に含められることも多いが、発話者の持つ期待や残念といった態度と相対的に認識される数 量を表わすともいえる。 4. 抽象領域  最後に、抽象的な意味領域を見ておこう。抽象領域とは、人間の感覚によっては知覚できない領域で あり、具体的には精神、思考、感情、社会、文化などの領域が考えられる。ここでは、時間認知を反映 する形容詞、人間関係を反映する形容詞、心的態度を表わすモダリティ形容詞の三つの概念領域につい て考えてみよう。

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4.1.時間領域  時間の概念は、空間や力関係に比べて抽象的である。このことは、時間を表わす表現を持たないホピ 語のような言語があること、また近代化以前は「時は金なり」という認識はなく、時間を資源として認 識することは少なかったという事実などからもうなづける。また、私たちは時間を空間的な概念によっ て比喩的にとらえるという傾向もある9 。  日本語の形容詞を見ても、空間的な距離を表わす「長い/短い」「遠い/近い」「浅い/深い」などが、 「この学校は夏休みが短い/長い」「平和の訪れる日は近い/遠い」「入社して日も浅い」「しだいに秋も 深まる」のように時間的な意味で用いられる(籾山 1995)。このような表現において私たちは時間を空 間的に把握している。  日本語には時間認知を反映する形容詞もある。まず、「古い/新しい」は、あるものが誕生してから どれくらいの時間が経過しているかを表わす(仲本 2000)。例えば、「ぼろぼろの家」や「ぴかぴかの家」 は、事物の状態を表わすが、「古い家」や「新しい家」は、眼前の事物の状態から私たちが認識した時 間の経過を表わしている。  また、「はやい/おそい」は、「うさぎははやい」や「かめはおそい」のように、ものの属性を表わす こともあるが、「うさぎは走るのがはやい」「うさぎは起きるのがおそい」のように行為や出来事の性質 を表わすこともある。前者は、行為の進展の「速度」に言及しているのに対して、後者は出来事が生起 する時期を表わしている。  また、事態の進展が予想と異なりずれを生じているということを表わす表現もある。例えば、「ませ ている」は精神年齢の進展が実際年齢の進展よりもはやい子のことをさし、「ふけている」は、実際年 齢と外見年齢を比べて、外見年齢の進展が実際年齢の進展よりもはやい人をさす。時間形容詞について はさらなる研究が必要であろう。 4.2.人間関係  私たちは共同体の他の成員と心理的、社会的な絆で結ばれており、人間関係に関する概念も豊富に 持っている。人間関係を表わす形容詞は、「優しい」「厳しい」「真面目な」「親切な」「正直な」など性 格や態度を表わす人間関係の形容詞と、「うれしい」「かなしい」「はずかしい」「にくい」「好きな」な ど感情的な状態を表わす感情形容詞に分類される。  まず人間関係の形容詞は、「あの人は親切だ」のように他者の性格や態度を表わす形容詞であり、「? わたしは親切だ」のように自己に言及する場合、自分を他人のようにみなす不自然な響きを持つ。ま た、これらの形容詞は二者間の関係を表わすものが多い。「太郎は次郎と親しい」は自然であるが、「? 太郎は親しい」は不十分な情報しか伝達しない(山岡 2000:168)。  また、人間の性格や態度は、感覚形容詞によって比喩的に表わされることもある。例えば、「明るい /暗い人」は個人的な態度を、「温かい/冷たい人」は対人的な態度を、「かたい/きつい人」は物事の 考え方の特徴を表わす。とくに対人的な関係を表わす場合、「先生は生徒に冷たい」「おじいさんは孫に 甘い」のように二者間の関係になることもある。  次に、感情形容詞は基本的に自己の感情状態を表わし、例えば「はずかしい」という場合、発話者の 感情を表わす。したがって、「{君/彼/父}ははずかしい」は日本語では不自然に響く10 。また「気分 がいい」と「機嫌がいい」のように語彙的に自己と他者の感情を言い分ける場合もある。このように日 本語では自己の立場と他者の立場を区別する傾向が強い11  感情形容詞に関する考察は、これまでにも多くの研究があるが、人間関係の形容詞についてはほとん ど注目されていない。今後、社会心理学における対人認知との関連で、性格表現や態度表現の意味分析 が進められることが期待される。その際、抽象度の段階を示す「言語カテゴリーモデル」などが参考に

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なものと考えられる(唐沢・管 2008) 4.3.心的態度  モダリティは、一般に「発話者の命題内容に対する心的態度」を表わすとされる。またモダリティは 大きく、命題内容に対する確信度を表わす「認識的モダリティ」と、義務や許可など未来の行動に対す る評価的態度を表わす「義務的モダリティ」に分類される(Palmer 1990)。ここではモダリティに相当 する概念を表わす形容詞を取り上げる12 。  認識的モダリティには、確信度の違いにより断定形と推量形がある。まず、断定形容詞では「確かだ」 「当然だ」「明らかだ」などがあり、推量形容詞では「怪しい」「疑わしい」「不透明だ」などがある。こ れらの形容詞は、「当選するのは確かだ」のような確定命題や「当選するかどうか怪しい」のような不 定命題の性質を表わす。  疑念を表わす「怪しい」と「疑わしい」は「かもしれない」という表現とほぼ等価な内容を表わす。 例えば、「阪神の優勝は怪しい」は「阪神は優勝しないかもしれない」ことを表わす。これらの二つの 類義語の相違点としては、「怪しい」が直観に基づく判断を表わすのに対し、「疑わしい」が何らかの根 拠に基づく判断を表わす(籾山 1998)。  義務的モダリティは、抽象的に行為や出来事などコトの性質を表わし、将来の行為についてあらかじ め評価的な判断をくだす。例えば、「(行くのが)当然だ」は義務的な判断を表わし、「(行っては)だめ だ」は禁止を、「(行っても)いい」は許可を表わす。また、「(行くのが)楽しみだ」「(行くのが)面倒 だ」のように意図や欲求を表わす形容詞もある。

 日本語の禁止と許可を表わす表現は、英語のように命令形(例.Don’t swim in this river.)や助動詞 (例.You may swim in this river.)ではなく、「この川で泳いでは危ないよ」「この川で泳いでも大丈夫だ よ」のような評価的な態度を表わす形容詞でその状態に言及し、間接的に他者へ指示するという傾向が ある(蓮沼 1987、藤井 2002、赤塚・坪本 1998)13 5.おわりに  本研究では、現在までに提出されている日本語の形容詞の意味研究を概観した。これまで形容詞の従 来までの意味研究では、個別の形容詞に焦点をあて、語の多義性、類義語の分析、特徴的な意味の考察 を行うといった研究が多く、日本語の形容詞全体を視野に入れ、その意味類型を総合的に考察した研究 は少なかったように思われる。  本研究ではこのような現状に鑑み、これまでの研究を概観し、筆者の見解を加えながら、個々の形容 詞研究を意味領域と相対的に位置づけた。本研究は包括的なものとは言えないが、意味領域として感覚 領域、知覚領域、抽象領域の三つを提案し、それぞれの領域の研究を示したことで、形容詞研究の偏り を知ることができた。  今後は、今回の調査を参考にして、これまで不十分にしか考察されていない分野の形容詞の研究を進 めていこうと思う。

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Society, 293-337. 寺村秀夫 1984.『日本語のシンタクスと意味Ⅱ』くろしお出版. 時枝誠記 1941.『国語学原論』岩波書店. 時枝誠記 1950.『日本文法 口語篇』岩波書店. 山田 進 1982/2003. ウレシイ・タノシイ, 国広哲弥(編)『ことばの意味3: 辞書に書いてないこと』平凡社,119-127. 山梨正明 1995.『認知文法論』ひつじ書房. 山岡政紀 2000.『日本語の述語と文機能』くろしお出版. 山添秀剛 2003. 苦くてビター, 瀬戸賢一(編著)『ことばは味を超える:美味しい表現の研究』海鳴社,215-240. 吉川千鶴子 1995.『日英比較 動詞の文法 : 発想の違いから見た日本語と英語の構造』くろしお出版. 吉田金彦 1977.『国語意味史序説』明治書院. 安井 稔・秋山 怜・中村 捷 1976.『形容詞(現代の英文法 第7巻)』研究社. 尤 東旭 2004.『中日の形容詞における比喩的研究』白帝社. 渡辺 実 1991.「わがこと・ひとごと」の観点と文法論,『国語学』165.[渡辺 実 2002.『国語意味論』塙書房,94-122. に再録]        * 山梨大学教養教育センター准教授(教育人間科学部国語教育講座兼任) 1 英語では、物名の換喩として、鉱物名や宝石名(例.gold、silver)、植物名(例.orange)や動物名(例.camel) 等が利用されている(須賀川 1999)。 2 佐竹によれば、古代日本語の色名は本来は明暗を表わす語であり、その後染色の技術が進むことで色彩語も次第 に分岐していったという。 3 関西方言では「えぐい」を加えることもできるだろう。「切れが甘い」「考えが甘い」「息子に甘い」のような用法もここから拡張していったと考えられる。これに対して、 英語の味覚形容詞sweet にはこういった否定的なニュアンスはない。「甘柿」と「渋柿」という対立もある。皮膚感覚に関わるオノマトペとして、「ぽかぽか」「すうすう」「ひやひや」は温度感覚を、「ひりひり」「ちくちく」 「むずむず」は皮膚表面の感覚を、「ずきずき」「がんがん」「じんじん」は皮膚内部の感覚を表わす。 7 「深い/浅い」は「深い穴」「深い洞窟」のように、水平軸の奥行きについても言うことができる。 8 同様のことは、「遠い郵便局に行った」「近い食堂で食べた」のような遠近を表わす形容詞についても成り立つと いう。 9 比喩的拡張は、まず身体部位を起点として、そこから物体、空間、時間、最後に抽象的な性質へといった方向で 起こる(Heine 1991:48)。

 PERSON < OBJECT > … > SPACE > TIME > QUALITY

10 感情形容詞は、感情の外面的な行動を表わす「‐がる」や、つよい感情の発露を表わす「‐てたまらない」のような表現、 また自己の体験を表わす「-ことがあった」のような用法を持つといった特徴がある(西尾 1972)。 11 自己の感覚や感情に言及する「わがこと系」と、他者の感覚や感情に言及する「ひとごと系」の表現が存在する(渡 辺 2000)。英語のモダリティ形容詞に関する認知言語学的考察としては、Nuyts(2000)が比較的広く取り上げている。 12 私たちはすでに成立している事態や命題に対して評価的な態度を持つこともある。例えば、「太郎君が来てくれて うれしい」や「太郎君が来られなくて残念だ」などは感情形容詞によって評価的な態度を表わす。

参照

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