Author(s)
中村, 和雄
Citation
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(17): 75-91
Issue Date
2000-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5861
沖縄大学紀要第17号(2000年)
沖縄大学構内におけるクマゼミ個体群の動き
標識再捕法のクマゼミヘの適用
●●中村和雄
はじめに ある場所における動物個体群のサイズ(個体数)や動態を知ることは、それ ほどたやすいことではない。動物の個体数を推定するために、いろいろな方法 が用いられてきたが(伊藤・村井、1977)、標識調査法は個体群サイズと同時 に加入率と消失率を推定できるため、昆虫をはじめとする動物に広く適用され ている。 この方法は、1894年にPetersenによって魚の個体数推定のために考え出さ れたものを基にしている。今、ノv匹の個体数よりなる動物個体群から尺匹を捕 獲し、これにマークを施して個体群に戻す。一定時間後にこの個体群からc匹 を捕獲したところ、その中に加匹のマーク個体が含まれていたとする。このと き、1V:R=c:腕の関係が成り立つから、個体数,vは次式で求めることができる:jv=且EL,
机 この式に基づくI固体数推定法は、Petersen法と呼ばれる。個体数の不偏推定 値を求めるために、この式を拡張したものが多く提案されているが(伊藤.村 井、1977)、そのうち、Bailey(1951)によるものは、次のようである:1V=R(c+1)
加十1 実際の動物個体群では、出生と移入する個体が加わり、死亡と移出する個体 が消失して行くから、個体群の動態を知るためには個体群サイズとともに加入 率と消失率とを知る必要がある。このためには、個体群からの捕獲一個体群へ の戻し一再捕獲を2回以上繰り返し行い、得られたj日目の捕獲個体数cハノ 日目の戻し個体数尺j、j日目に戻して旧目に再捕獲された個体数川iをモデ -75-ルにあてはめる。このための確率論モデルが多く提案されているが、合理的な 方法として現在、最も広く用いられているのは,Jolly(1965)とSeber(1965) によって導かれたいわゆるJolly-Seber法と呼ばれるものである(久野,1986)。 筆者は、1998年に教養ゼミ「琉球列島の自然」を担当したが、その野外演習 の一つとして標識調査法の実習を行った。演習であるため、対象動物には比較 的簡単に捕獲でき、標識を施しやすい大きさであるクマゼミを選んだ。対象地 域は限られたゼミの時間を考えて、沖縄大学構内とした。1999年にも、同じ場 所で同じ操作を繰り返した。その結果、沖縄大学キャンパス内のクマゼミ個体 群について、以下のような様々な情報を得ることができた。この結果を基にし て、標識調査演習の対象動物としてのクマゼミの有用性について考察したいと 思う。 本研究を行うにあたり、農林水産省農業環境技術研究所個体群動態研究室 山村光司博士には、Bailey法およびJolly-Seber法を適用するためのプログラム の提供を受け、適用にあたって種々のご助言をいただいた。厚く感謝する。 材料と方法 1.クマゼミについて クマゼミCM)totympa7zq/tzcjaJjsは、わが国の関東以西の太平洋岸沿いに 分布する種で、琉球列島では、沖永良部島から先島諸島で見られている(環境 庁の1995年の調査結果による)。沖縄では、市街地や平地の林で普通に見られ るが、沖縄本島北部山地には生息しない(東、1987)。6月中旬頃に出現し、8 月まで見られる。ホルトノキその他の木の幹に数匹~数十匹の個体が集まって 鳴く。 2.調査場所 調査は、沖縄大学キャンパス内に植栽されていた4個所(場所A~Dと名づ ける;図1)のホルトノキに集まるクマゼミを対象に行った。 -76-
沖縄大学紀要第17号(2000年) ▲ 、 N 旬一一
腎襄向
1J FL 図-1沖縄大学構内の調査場所(1998年:A~D,1999年:A~B) 1998年 場所A:2号館科学実験室南側で、高さ約10mほどの5本のホルトノキが植 栽されていた。2号館と民家とにはさまれた狭い場所で、直射日光が届かない ため薄暗い。駐車場に面する西側だけが開けている。 場所B:1号館北側で、高さ約10mほどの4本のホルトノキが植栽されてい た。やはり直射日光が届かなく、薄暗い場所である。北側は開けているため、 クマゼミは主として北側からホルトノキヘ飛来し、また北側へ飛び去って行っ た。場所AとBの間には民家があるため、互いに見通しは全くきかない。 場所C:駐車場の北側と駐車場に接する民家の庭に植栽された5本のホルト ノキで、高さは5mほどである。広く開けた駐車場の端にあるため、明るく、 -77-セミの捕獲が比較的容易であった。 場所D:駐車場の南側の2号館よりの場所に植栽された2本のホルトノキで、 高さは3mほどである。場所は明るいが、他の木に挟まれているため、セミの
捕獲はそれほど容易ではなかった。場所CとDとの間には遮るものがなく、距
離は15mしか離れていなかったから、この両者は1個所と考えることもできる。 1999年 1999年には、駐車場に3号館が建設されたため、場所CとDは消失した。ま た、場所Aの5本のホルトノキは、西側の2本を除いて伐採された。 3.調査方法 1998年 l~2名で調査場所のホルトノキから捕虫網を用いて、樹幹にとまっているクマゼミ成虫を捕獲し、翅に不透明ペイントマーカーで1番から順番に番号
(数字)をつけてから、同じ場所に放した。捕獲した成虫にすでに番号がつけ られているときには、その番号を記録してから放した。成虫は捕獲したときに 鳴くか鳴かないかで雌雄を判別した。こうして、場所ごとに雌雄ごとの捕獲個 体数、その中で新たに番号をつけて放した個体数とその番号、前日までに放し たもののうち再捕獲された個体番号が記録された。 ペイントマーカーの色は赤と青を用い、番号をつける翅は日によって左と右 を交互に選んだ。 こうした操作を7月24日~30日の間の毎日、繰り返した。7月31日~8月12日 は、捕獲したセミに新たに番号をつけることはしないで、再捕獲されたセミの番号と番号のなかった雌雄別の個体数のみを記録し、そのまま放した。
この調査は、原則として毎日11時~13時の間に行ったが、雨天のため2~3時 間ずらしたこともあった。8月9日は、調査者の都合によって中止した。 1999年 8月3日~14日まで、捕獲して、番号をつけて放して、再捕獲する操作を繰り 返した。ただし、8月5,8,12日は雨天のため中止した。調査は、12時~13時30分の間に行うことを原則としたが、降雨のため、大幅にずれることが度々あった。
-78-沖縄大学紀要第17号(2000年) 調査期間を通して、青色の番号を左翅につけた。これは、前年の経験から赤 よりも青色が読み取りやすく、また、同じ翅につける方が操作も読み取りも容 易であったことによる。この年の操作はすべて筆者ひとりで行った。 結果 1.クマゼミ個体群の個体数と残留率、加入個体数の推定 調査期間中にクマゼミに番号をつけて放した個体数は、1998年が98匹(雌65 匹、雄27匹)、1999年が153匹(雌86匹、雄67匹)であった。データは雌雄別に 分けてとったから、雌雄別の個体群パラメータ値を推定することが可能である が、実際には雌雄に分けると再捕獲個体数が少なくなって、推定値の分散が大 きくなってしまった。このため、ここでは雌雄を合わせた成虫個体群について 推定することにした。そこで、得られたデータを表lのようにまとめた。 なお、1999年には樹上でとまったまま死んでいる個体が多く見られ、その中 には番号がついたものも少なからずあった。これらの個体は、捕獲個体から除 いた。 この結果から個体数を推定するために、ここではBailey(1951)による Petersen法の不偏推定法(以下、Bailey法とする)とJolly-Seber法とを用い た。また、残留率(=1-消失率)と加入個体数とをJolly-Seber法から求め た。これら個体群パラメータ値の推定には、山村によって作成されたプログラ ムを用いた。 Bailey法による個体数の推定値とその標準偏差を表2と図2に示した。また、 Jolly-Seber法による個体数、残存率、加入個体数の推定値とそれらの標準偏 差を表2と図3~4に示した。 1998年 推定された日ごとの個体数は、Bailey法による7日目とJolly-Seber法による 6日目が他の日よりも高い値を示した。これらの値を除くと、これらの方法に よって推定された個体数の変動パターンはよく似ていて、3日目以降はそれ以 前の2倍ほどの値を示した。すなわち、1~2日目はIまぼ50~60匹、3~5日目 は100~160匹であった(表2、図3)。 -79-
表-1 199 クマゼミの標識捕獲で得られたデータ 8年 月日 天気 再捕獲数川ガ ノー1=2=3=4=5=6=7
几lnmu肥咀、〃
Z’123456 聖、9,別u9別〃旧型旧加u岨ⅡⅡ 4567890112345678012 22222233 111 /////////////////// 7 8 1331342221010020010 111000000000000000 11100010000100000 1100100000000010 213222020000110 01212010000000 7890123456789 1111111111 3001001100000 303233502201 883 1999年 月日|天気 再捕獲数加ji j=l=2=3=4=5=6=7几|釦仙銘皿切羽Ⅲ
Z一勺19白no八五F0nb行lnD 些刈師肥uu肥95 34679 ///// 8 13143333 3232100 344501 14222 3310 /10 /11 /13 210 1 2 1 注)かは、捕獲した無マークの個体数。凡は、マークをつけて放した個 体数(再捕獲されたものを含む)。天気は、快晴:0、晴れ:1、うす く゛もり:2,くもり:3,雨:4で表した。 -80-沖縄大学紀要第17号(2000年) 表-2推定されたクマゼミの個体群パラメータ(推定値±標準偏差) 1998年 加入数 月日個体数(B)個体数(JS) 残留率 4567890 2222223 /////// 7 246 66.9±1104 38.8±54.3 39.7±87.2 287.8±359.9 -142.7±257.1 0.455 1.393±0720 0.369±0.162 1.346±0.390 0.765±0.286 0.658±0174 50.5±316 70.0±37.4 154.0±84.8 107.3±47.6 150.0±100.6 60.0±50.0 276.8±117.6 45.0 50.0±48.7 136.5±109.5 89.1±45.3 159.6±80.5 410.0±401.2 1268±39.5 1999年 加入数 残留率 月日個体数(B)個体数(JS) 73.4 107.5±245.6 -149.6±168.7 -44.0±125.3 25.4±48.4 70.4±104.8 3467901 11 /////// 8 0.727 1.051±0.330 0.863±0.327 1.761±1.065 0.448±0335 0.776±0.844 307.5±130.6 320.0±133.9 264.0±142.6 99.0±39.1 171.0±78.5 159.5±83.3 49.0±23.9 292.2 291.0±171.0 429.0±208.9 220.8±929 344.8±199.1 180.0士1046 2100±219.5 注)個体数(B)はBailey法によるもの、個体数(JS)はJolly-Seber法に よるもの i日目の残留率(i~j+1問の残留率)は、1よりも大となった2日目と4 日目を除くと、0.37~077であった。i日目の加入数(i~i+1間の加入数) は、5日目と6日目を除くと、39~67匹であった(表2,図3)。 -81-
個体数 000000 00000 54321 2324252627282930曰 7月 000000 00000 54321 234567891011曰 8月
図-2Bailey法によって推定されたクマゼミの個体数(日ごとの推定値と標準偏差)
1999年表2に示した8月4日と7日の残留率と加入数は、翌日の調査が行われなかった
ため、次の調査日までの2日間における値である。図4では、久野(1986)にし
たがい、1日あたりの平均残留率と平均加入数を求め、2日間の中間の日(5日
と8日)にプロットした。Bailey法による個体数の推定値は、調査期間前半(300匹前後)から後半
(170匹以下)にかけて減少傾向を示した(表2,図2)。Jolly-Seber法による
ものは、推定値の分散が大きいが、前半よりも後半が少ない傾向が示された
(表2、図4)。 -82-沖縄大学紀要第17号(2000年) 残留率は、2日目と5日目で1より大になった。これを除くと、 あった。加入数は、4日目と5日目で負の値をとった。これを除く 匹であった(表2,図4)。 1998年 0.45~O86で と、25~107 0000000 000000 654321 2324252627282930 525150 ● C D 2 1 0 残留率 2324252627282930 000000 000 00 642 24 ’一 加入数 2324252627282930 日 7月 図-3Jolly-Seber法によって推定されたクマゼミの個体群パラメータ (日ごとの推定値と標準偏差)(1998年) -83- 数 体 個 一一二一』 l ■■
1999年 0000000 000000 654321 古 234567891011 25150 1 0 残留率 234567891011 0000000 00 0000 21 1234 一一一一
234567891011曰
8月 図-4Jolly-Seber法によって推定されたクマゼミの個体群パラメータ (日ごとの推定値と標準偏差)(1999年) -84- -------- ̄ 00IDBBD△沖縄大学紀要第17号(2000年) 以上のように、両年とも推定値の変動が大きかったが、1998年の調査期間は 個体数が増加安定する時期にあたり、1999年は減少する時期であったいえる。 安定時の個体数は、1999年は1998年の2倍前後であった。 2.再捕獲された個体数のランダム性 標識再捕法による推定は、マークを施した個体が無マークの個体と十分に混 ざり合うことと、マークを施した個体と無マーク個体の問でサンプリングされ る確率が同じであるという前提に立っている。これらの前提が満足されている かどうかを確かめるため、番号をつけた全個体について実験期間中に何回、再 捕獲されたかを数えた。 その結果、1998年には18回の捕獲を行ったが、この間に0~5回の再捕獲が 行われ、1個体当たり平均再捕獲回数は067回であった。一方、1999年には9 回の捕獲を行い、この間に0~3回の再捕獲が行われ、1個体当たり平均再捕 獲回数は0.41回であった(表3)。 表-3クマゼミの再捕獲回数の頻度分布 数 回 計均 獲012345 捕 総平 再 1998年 59 18 8 4 3 1 93 0.677 1999年 127 19 16 6 0 0 168 0.411 -85-
もし再捕獲がランダムに行われているとすると、再捕獲回数の頻度(個体数) は、ポアソン分布に従うはずである。そこで、得られた頻度分布のポアソン分 布へのあてはめを検討したところ、ポアソン分布であるとした帰無仮説は両年 とも危険率0.01以下で否定されなかった。このことから、番号をつけた個体が かたよってサンプリングされたことはなかったといえる。 3.場所間の移動性 1998年は4個所で、また1999年は2個所で捕獲一再捕獲を行った。そこで、 再捕獲された個体のデータからクマゼミの場所間の移動の実態を知ることがで きる。 表4は、捕獲された場所ごとの個体数をその前に放した場所ごとにまとめた ものである。ただし、放した個体数も捕獲された個体数も場所によって異なる から、この表ではいずれの場所でも100匹放して、100匹捕獲した場合に捕獲さ れたであろう個体数に換算した。また、分割表の独立`性の検定(C検定;Sokal andRohlf,1972)を行うため、0は01で置き換えた。 表-4前回に放たれた場所と再捕獲された場所との関連性 (各場所で再捕獲された個体数) 1998年 捕獲場所 BC 1634.0 25.03.8 4.8247 16.60.1 放した場所 A B C D
Al川ⅢⅢⅢ
D|Ⅲ川畑Ⅲ
1999年 捕獲場所 AB 2447.3 2114.1 放した場所 A B -86-沖縄大学紀要第17号(2000年) 表4のG検定の結果、両年とも各場所における再捕獲数は、危険率001で有 意にかたよっていることが示された。表を見ると、1998年ではA、B、Cから 放たれた個体は、それぞれA、B、Cで捕獲される傾向が強いことが分かる。 また、Aから放たれたセミは、DおよびBでも相当数が捕獲された。その反面、 BおよびCから放たれたものは、それ以外の場所ではほとんど捕獲されなかっ た。また、CとDの間の移動もほとんど見られなかった。 1999年は2個所だけであるが、やはり放たれた場所で再び捕獲される傾向が 強かった。 4.天気と捕獲数との関係 クマゼミの捕獲数は、日によって大きく変動した。この原因として、捕獲時 の天気によって飛来数が異なることが考えられた。 そこで、捕獲時の天気を、快晴=0,晴れ=1、うすぐもり=2、くもり=3、 雨=4として、それぞれに日における雌雄別の捕獲数をプロットした。その結 果、両年とも右下がりの傾向がみられたから(図5)、天気が悪いほど捕獲数 が少なくなる傾向があるといえる。その傾向は、両年とも雌の方が雄よりも大 きかった。 捕獲数0000 642 1998年 ● ●●●■● 0. 234 1 0 60 1999年 ●●●■□ 40 8 ● 20 0 0234天気 図-5クマゼミの捕獲数と天気との関係 -87-
考察 1.クマゼミ個体群の動態 標識再捕法の適用によって推定されたクマゼミ個体群のパラメータ値は、推 定値の変動が大きく、残存率が1を越えたり、加入数が負の値をとることもあっ た。放たれた個体の再捕獲数の頻度分布はランダム分布とみなせたから(表3)、 特定の個体が捕獲されやすいといった傾向はなかった。しかし、個体群パラメー タの推定値の分散が大きかったことから、放たれた日によって再捕獲される割 合が異なっていたことと、再捕獲されるまでの時間の分布がかたよっていたこ とが考えられる。 個体数の推定には、Bailey法とJolly-Seber法を用いた。両者によって推定 された個体数とその変動パターンはほぼ似通っていたから、個体数の推定だけ なら、計算が簡単なBailey法で十分であるといえるかも知れない。 1998年は、個体数の推定がなされた7月24日~30日の間に個体数は増加し、 安定した(図2)。一方、1999年は8月3日~11日の間に個体数は減少した(図 2)。このことから、1998年の調査期間はクマゼミ個体群の最盛期にあたり、 1999年は終息期にあたったと考えられる。 1999年は、クマゼミの奇主樹であるホルトノキが1998年の半数以下に減少し たにもかかわらず、最盛期の個体数は2倍に達した。限られた場所での2年だけ の結果からは確かなことはいえないが、年によって個体数がかなり変動してい る可能性もある。 推定残留率は日によって大きく変動したが、今、平均残留率を07とすると、 ほぼ1日で半数の個体がいなくなり、7.4日で95%の個体がいなくなる。セミの 寿命は短いと広く信じられているが、クマゼミの寿命は1週間程度といえる。 再捕獲された個体は、放たれた場所で捕獲される傾向が強いことが示された (表4)。場所間は直線距離で20~30mしか離れていないが、場所C-Dを除く と、各場所は間にある建物のために互いに見通しは全くきかない(図1)。し たがって、それぞれの場所は他から隔離されたパッチ状の存在である。クマゼ ミは一旦発見したパッチに引き続いて飛来する傾向が強いといえる。 クマゼミの捕獲数は天気によって影響を受け、晴天よりも曇天や雨天時の捕 -88-
沖縄大学紀要第17号(2000年) 獲数は少なくなった(図5)。この原因は、天候によって飛来個体数が影響され るためと考えられる。実際、降雨時に木にとまっている個体数は、他の日に比 べて少なかった。 1999年には、樹上でとまったまま死んでいるクマゼミの個体が多く見られた。 この年は、雨天の日が多く、湿度が高かった。セミに寄生する糸状菌が数種知 られているから(Ohbayashietal,1999)、これらの死亡個体が糸状菌に寄生 された可能性もあるが、菌の分離はできなかった。 2.標識再捕法の演習材料としてのクマゼミの有用性 動き回る動物の個体数を推定する方法には様々なものがあるが、標識再捕法 は個体数の絶対値を推定するばかりでなく、残留率(生存率)と加入率も推定 できるという点で優れている。捕獲し、マークをつけて戻し、再捕獲できる動 物個体群なら、比較的容易に適用できる点でも優れている。このため、動物個 体群のパラメータが意味するところを知り、実際の動物個体群でそれを実体験 するために、標識再捕法を野外演習に取り上げるのは意義深いと思う。 しかし、捕獲して、マークをつけることは、どんな動物にも容易であるとは いえない。そのため、演習の材料動物を選ぶことが重要になる。今回、採用し たクマゼミは捕獲が比較的容易にできる点と、何よりも翅に番号をつけること ができる体サイズであることが優れている。後者は、標識再捕法にとって決定 的に重要である。 小型の昆虫では、体に点を打つことしかできず、マークの色を変えることで 放した日を区別できるもののその数は限られるし、個体識別は不可能である。 もし何らかの方法で個体識別ができれば、放した日はもちろん、放した場所や 雌雄の区別などが確実にできる。草原におけるイナゴの個体数推定のために筆 者らが採用した方法は、マーク(点)をつける部位を組合せて番号をつけるも のであった(NakamuraetaL,1971)。この方法によってイナゴの個体識別 が可能であったが、番号をつけるのに細心の注意と時間を要し、また再捕獲し た個体の番号を読み取るにも同様であった。それにもかかわらず、番号の打ち 間違えと読み間違えが起こり、このためデータの信頼度が落ちた。 -89-
クマゼミでは、透明な翅に数字をたやすく書くことができたため、書き間違
えも読み間違えもほとんど起こらなかった。また、他の昆虫で見られるような、
翅の一部が破損して番号が読み取れないということもなかった。ここでは、セ
ミの個体識別ができたために、個体群パラメータ値の推定ばかりでなく、移動
の実態などの情報を得ることができた。したがって、標識再捕法の演習の材料 としてクマゼミは大変適しているといえる。多くの者にとってセミは子供の頃から慣れ親しんできた身近な昆虫であるか
ら、どのくらいの個体が生息していて、その寿命はどのくらいかを推定しよう
とする課題は、演習の受講生に興味を持たせ、個体群パラメータの意味を理解
させるのに適切な材料であるといえよう。その反面、翅に番号がついたセミは木の下からも発見することができるから、
受講生は番号つきのセミを好んで捕獲しやすいという欠点を持つ。もしそういっ
た選択が行われると、マークつきの個体の捕獲率が無マーク個体の捕獲率より
も高くなってしまうから、個体数は過小推定となる。 摘要 動物個体群の個体数を推定するための野外演習として、沖縄大学構内のホルトノキに飛来するクマゼミ成虫に標識再捕法を適用した。このため、1998年と
1999年の7~8月にクマゼミを捕獲し、翅に個体識別のために番号をつけて放
し、翌日、捕獲することを繰り返した。得られたデータは、BaileyとJolly‐
Seberのモデルにあてはめて、個体数、残留率、加入数を推定した。 調査期間が7月下旬であった1998年は、個体数は増加から安定する時期にあり、8月上旬~中旬であった1999年は、減少する時期にあったことが示された。
再捕獲のデータ分析から、一旦捕獲されて放たれたクマゼミは、同じ場所に飛
来する傾向が強かった。クマゼミの捕獲数は、天候に影響され、雨天や曇天の 日は捕獲数が少なかった。 クマゼミは、比較的簡単に捕獲でき、翅に番号をつけて個体識別が可能である点などから、標識再捕法の実習のための材料として適しているといえる。
-90-沖縄大学紀要第17号(2000年) 引用文献 東清二(1987)沖縄昆虫野外観察図鑑第3巻,沖縄出版,242pp Bailey,NmJ.(1951)Onestimatingthesizeofmobilepopulationfrom capture-recapturedataBiometrika38:293-306. 伊藤嘉昭・村井実(1977)動物生態学研究法(上),古今書院,268pp Jolly,GM.(1965)Explicitestimatesfromcapture-recapturedatawith bothdeathandimmigration,stochasticmodeLBiometrika52:225-247. 久野英二(1986)動物の個体群動態研究法L共立出版,114pp Nakamura,K、,Y・Ito,MNakamura,T・MatsumotoandK、Hayakawa (1971)EstimationofpopulationproductivityofRz7wqpJezmLsQ肋ceILs Germar(Orthoptera:Acridiidae)onaMsca7zt/Zzjssj7ze7zsjsAnders・ glassland、LEstimationofpopulationparameters・Oecolgia7:1-15. ohbayashi,T、,HSatoandSIgawa(1999)AnepizooticonMbj/γzUmz 6o"j7ze卿8(Distant)(Homoptera:Cicadidae),causedbyMzssoSpom sp(Zygomycetes:Entomophthorales)andjVOmumeqcyJ〃roSpom (Deuteromycotina:Hyphomycetes)intheOgasawara(Bonin)Islands, JapanAppLEntomoLZoo1.34:339-343. Seber,GAF.(1965)Anoteonthemultiple-recapturecensus、Biometrika 52:249-259. Sokal,RR・andnJ、Rohlf(1973)IntroductiontoBiometrics.〔藤井宏一 訳(1983)生物統計学,共立出版,449pp〕 -91-