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消心身医 Vol. 23 No. 1 2016
総 説
(第83回「消化器心身医学研究会学術集会」並木賞演題より)心的外傷後ストレス障害における腸内細菌叢の変化
Alteration of the Gut Microbiota in Post-traumatic Stress Disorder
高城 健
1),岡田 義清
1),白壁 和彦
1),古橋 廣崇
1),榎本 真悟
2),谷知 正章
2)丸田 紘史
1),安武 優一
1),栗原 千枝
1),戸田 裕之
2),東山 正明
1),渡辺知佳子
1)髙本 俊介
3),冨田 謙吾
1),清水 邦夫
4),永尾 重昭
3),三浦総一郎
5),穂苅 量太
1)要 旨
近年,心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder: PTSD)と過敏性腸症候群
(irritable bowel syndrome: IBS)の関連性が指摘されており,一方で精神疾患と腸内細菌との関連
性が指摘されている。また,
IBS では腸管粘膜における脳由来神経栄養因子(brain-derived
neurotrophic factor: BDNF)の発現が増加するとの報告もある。今回我々は,本学で開発された PTSD
動物モデルを用い,腸内細菌叢や腸管粘膜における
BDNF 発現の変化について検討した。シャト
ル箱を用いてラットに逃避不能の電撃を負荷すると,後の行動観察でラットは
PTSD,学習性無
力(learned helplessness: LH),indeterminate のいずれかの行動パターンを呈することが判明した。
行動パターンによって腸内細菌叢の構成が異なり,
PTSD 群では Bacteroidetes,LH 群では
Proteobacteria の割合が増加する傾向がみられた。また LH 群では,近位結腸の BDNF 発現が増加
する傾向がみられた。これらの変化が
microbiota-gut-brain axis に関連し,行動変化や消化管機能
に影響を与えている可能性がある。
Key words:
post-traumatic stress disorder (PTSD), gut microbiota, brain-derived
neurotrophic factor (BDNF)
心的外傷後ストレス障害,腸内細菌,脳由来神経栄養因子
はじめに
精神的ストレスはうつ病や不安症など多岐にわたる精
神疾患を惹起するが,それらの精神疾患は消化器疾患との
関連性が指摘されており,
そのうちの一つとして
IBS が知
られている。精神疾患であるうつ病や不安症の既往は
IBS
発症リスクとなることが知られており,
また
IBS 患者はう
つ病や不安症との合併率が高いことも指摘されている
1) 2)。
IBS の発症機序は未だ不明な点が多いが,精神的ストレ
スが脳腸相関に影響を与え,消化管の運動障害や知覚過敏
を惹起すると考えられている。その機序の一つとして,腸
内細菌が挙げられる。
IBS 患者では腸内細菌叢の構成が健
常人と異なっていることが知られており
3),実臨床におい
てもプロバイオティクスによる
IBS の治療が広く試みら
れている。プロバイオティクスを用いた治療介入試験の報
告 は 数 多 く み ら れ る が , 有 効 性 が 示 さ れ た も の は
Bifidobacterium
4)や
Lactobacillus
5)に属する特定の単一菌種
であったり,複数の菌種の合剤
6)~8)であったり,様々であ
る。
1)Takeshi Takajo, Yoshikiyo Okada, Kazuhiko Shirakabe, Hirotaka Furuhashi, Koji Maruta, Yuichi Yasutake, Chie Kurihara, Masaaki Higashiyama, Chikako Watanabe, Kengo Tomita, Ryota Hokari 防衛医科大学校・内科学・消化器内科
2)Shingo Enomoto, Masaaki Tanichi, Hiroyuki Toda 防衛医科大学校・精神科学 3)Shunsuke Komoto, Shigeaki Nagao 防衛医科大学校病院・光学医療診療部 4)Kunio Shimizu 防衛医科大学校・防衛医学研究センター・行動科学研究部門 5)Soichiro Miura 防衛医科大学校
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ところで,ストレス関連精神疾患の一つとして,近年
PTSD が注目されている。PTSD とは,生命や身体に脅威
を感じるような惨事(戦争,自然災害,事故,犯罪,虐待
など)を体験し,強い精神的ストレスを受けたことにより
生じる,著しい苦痛や生活機能の障害を伴う精神障害であ
る。日本においては
1995 年の阪神淡路大震災や地下鉄サ
リン事件を契機に広く社会に認知されるようになった。
第二次世界大戦中に出生した世代は幼少時に大戦を経
験した期間が長いほど
IBS の有病率が高いという,トラウ
マ体験と
IBS との関係を述べた報告
9)があるが,
PTSD と
診断が確定したケースと
IBS との関連性を指摘する報告
もいくつかみられる。トラウマ体験の経験を有している
IBS 患者では PTSD などの精神疾患を合併する割合が高い
とする報告
10)をはじめとして,女性退役軍人の
IBS 患者
は不安症やうつ病に並んで
PTSD の合併率が高いとする
報告
11) 12),都市部在住アフリカ系米国人の
IBS 患者は
PTSD 罹患率が高いとする報告
13)などがある。また,
PTSD
は不安症やうつ病等他の精神疾患と独立して
IBS と関連
しているとする報告もみられる
13)。しかしながら,
IBS と
PTSD との明確な関連性やその詳細な機序等については,
未だ不明な点が多く残されている。
そこで今回我々は,
IBS との関連性が強いうつ病におい
て腸内細菌叢の変化が指摘されている
14)ことに着目し,
PTSD では腸内細菌叢に変化がみられ,行動変化を惹起す
る一因となっているという仮説を立て,PTSD 動物モデル
を用いて腸内細菌叢の変化について検討を行うこととした。
PTSD とシャトル箱法による PTSD 動物モデル
アメリカ精神医学会の改訂診断基準(
DSM-5)
15)では,
PTSD の中核となる症状として,フラッシュバックや悪夢
が繰り返される「再体験症状」
,トラウマ体験の想起刺激
を避ける「回避」
,感情反応が収縮する「認知と気分の陰
性変化」
,精神的緊張や焦燥感・不眠を伴う「過覚醒症状」
の四つが挙げられている。
「回避」
・
「認知と気分の陰性変
化」は活動性や反応性の低下,
「過覚醒症状」はその亢進
を示す状態であるので,
PTSD は二方向性の症状を特徴と
する不安障害であると言い換えることもできる。
本学の行動科学研究部門と精神科学講座で考案された
PTSD 動物モデルは,その二方向性の行動変化に着目した
ものである。精神障害動物モデルとしての表面妥当性と構
成概念妥当性があり,その有用性を報告してきた
16)~21)。
今回の検討にも当モデルを使用している。
シャトル箱法による PTSD 動物モデル
7 週齢の雄性 Wistar ラットを使用する。薄暗い環境の中
で
2 方向シャトル箱型行動解析システム(
図1)を使用し,
ラットに逃避不能の電撃を
0.8mA・刺激時間 15 秒・待機
時間
15±7.5 秒の設定で 60 回(30 分)負荷し,その 2 週
間後に行動観察を実施する(
図2)
。電撃負荷から行動観察
までに
2 週間空ける理由としては,ヒトの場合 PTSD と診
断するにはトラウマ体験から1 ヵ月以上経過していること
が必須であるが,動物の平均寿命や生物学的サイクル等の
比較から,ラットの
2 週間が十分にヒトの 1 ヵ月以上に相
当すると考えられるためである
22)。
行動観察では薄暗い環境の中で同じシャトル箱システ
ムを用い,
5 分間の周囲環境への順応期を設けてラットの
自発運動量を測定した後,回避・逃避試験を行う。回避・
逃避試験では,
5 秒間の光刺激が呈示されている間にシャ
トル箱の中央ゲートを通過しない場合,
0.8mA の電撃が最
大で
15 秒負荷される,という trial を待機時間 15±7.5 秒
で合計
80 回繰り返す。各 trial の成績は,電撃負荷前に光
刺激のみに反応して反対側に移動する「回避
avoidance」,
電撃に曝露されてから移動する「逃避
escape」,移動せず
に電撃を受け続ける「失敗
error」のいずれかに分類する
(
図3)
。
最終的には,順応期の自発運動量と回避・逃避試験の
成績を総合し,行動パターンを判定する。
Test session (Confirm PTSD like change)
0.8 mA electric footshock, 0-15 s duration.
ITI (15 + 7.5) s. Gate is opened.
Signal light or footshock is turned off, when avoidance or escape is performed.
Inescapable stress session (Traumatization) 0.8 mA electric footshock,
15 s duration. ITI (15 + 7.5) s. Gate is closed.
Signal light is always off.
Two weeks Light on Light off Light always off
60 trials 80 trials × guillotine gate shuttle box open close personal computer signal lamp foot shock grid infrared beam sensor
42cm 15.5cm
21cm
図2 行動観察の概要(17)より引用)
4 消心身医 Vol. 23 No. 1 2016
行動パターンの定義
同一の条件で電撃負荷を実施しても行動観察の成績は
個体によって異なるが,ある一定の傾向がみられるため,
パターン傾向によって以下のように分類する。
1.PTSD 群
刺激の少ない順応期に活動が少なく(中央ゲートの通
過がほとんどない状態)
,刺激の多い回避・逃避試験中に
活動が多い(trial 間のゲート通過や「回避」が多い状態)
場合は,前述の
PTSD における二方向性の行動変化を来し
ている状態と捉えることができるため,
PTSD 群として分
類する。
2.LH 群
回避・逃避試験中に「失敗」が多い場合は,うつ病の動
物モデルとされる
LH 状態
23) 24)と同様の特徴を呈してい
ると考えられるため,LH 群として分類する。
3.Indeterminate 群
PTSD 群・LH 群の両者いずれにも該当しない場合,
indeterminate 群と分類する。
各行動パターンにおける腸内細菌叢と腸管内 BDNF
発現量の変化
行動観察終了後,直ちにラットを断頭して盲腸内容物
と大腸粘膜を採取し,腸内細菌叢の解析と,
IBS との関連
が指摘されている
BDNF
25)発現量の測定を行い,
各群間で
比較した。腸内細菌叢の解析については
16S rRNA 遺伝子
を標的とした定量的
PCR 法による門レベルの解析を実施
し,大腸粘膜については
RT-PCR 法による BDNF mRNA
発現量の測定を実施している。
その結果,
PTSD 群では腸内細菌叢における Bacteroidetes
の割合が増加し,LH 群では Proteobacteria の割合が増加す
る傾向がみられた。また大腸粘膜においては, LH 群に
おける近位結腸の
BDNF mRNA 発現量が大きく増加する
傾向がみられた。
前述の通り,IBS とうつ病の関係は広く知られている。
IBS やうつ病において Proteobacteria の割合が増加すると
いう報告
26) 27),
water avoidance stress 負荷ラット(IBS モデ
ルとして知られている
28))
において近位大腸の粘膜と筋層
間神経叢の
BDNF 蛋白発現量が増加するという報告
29)が
みられるが,今回の
LH 群でみられる特徴はこれらの報告
と同様の変化を示している。
一方,
IBS において Bacteroidetes の割合が増加するとい
う報告
26)もあり,これは今回の
PTSD 群でみられる特徴と
合致している。また,PTSD 群においても LH 群ほどでは
ないものの,BDNF mRNA 発現量が増加する傾向を示し
ている。これらの結果は,うつ病と同様に
PTSD において
も,
IBS との関連性があることを示している可能性がある。
おわりに
今回示された変化が
microbiota-gut-brain axis に関連し,
行動変化や消化管機能に影響を与えている可能性がある。
しかしながら,本検討では精神科領域の面から腸内細菌叢
の変化に着目しており,内臓過敏性や腸管透過性などの評
価がなされていない。引き続き本検討を続行し,今後それ
らについての検討を行っていきたい。
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