北限域に移植されたマングローブ林における底生動物の食物網構造とマングローブ植物の役割
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(2) 川瀬誉博・白澤大樹・大西雄二・山中寿朗・山本智子 structure of benthic animals in mangrove forests was investigated using stable isotopes and compared between Kiire mangroves in Kagoshima City and Sumiyo mangroves on Amami-Oshima Island. The former were replanted in the 1700s and are located in a temperate area that is almost at the northern limit of mangroves, while the latter comprise a natural stand in a subtropical area. We found that benthic consumers, mainly gastropods and crustaceans, consumed mangrove materials in Sumiyo, whereas in Kiire they consumed algae or phytoplankton. The food web structure in Kiire did not change after simultaneous defoliation caused by a cold wave in January 2016, when the constant supply of mangrove leaves disappeared. These results imply that the Kiire mangrove trees do not function as the basis of a food web but rather as a habitat provider. Keywords: detritus food chain, habitat provider, simultaneous defoliation, stable isotope, temperate area. 念物に指定されているリュウキュウコガイ(メヒルギ. はじめに. Kandelia obovata Sheue, Liu & Yong の別称)自生地とは. 熱帯・亜熱帯の波当たりが穏やかな河口域では、砂や. 異なる)は、まとまった規模のマングローブ林としては. 泥が堆積した潮間帯に耐塩性の被子植物であるマングロ. 北限に近く、亜熱帯に属する奄美大島の住用マングロー. ーブ植物による林が形成される。このマングローブ林は、. ブ林とは異なる底生動物相を有していることが明らかに. 林冠部が森林の様相を呈しながらも林床は海洋の特徴を. なっている(林・山本 2011)。. 備えており、水陸双方の環境に由来する生物が生息する. 生物群集における食物網構造研究には生物軟組織の炭. 多様性の高い生態系である(Nagelkerken et al. 2008;今・. 素・窒素・硫黄安定同位体比(それぞれ δ 13C・δ 15N・. 黒倉 2009)。マングローブ植物の樹冠や幹の部分を鳥や. δ 34S 値として示される)が広く利用されている。一般的. 陸上昆虫が利用し、冠水する幹の下部にはフジツボ類や. に、 生 物 試 料 の δ 13C・δ 15N 値 は 摂 食 す る 餌 の δ 13C・. カキ類など固着動物が付着するとともに、底質中には二. δ 15N 値に左右され、栄養段階が上がるごとに、δ 13C 値. 枚貝類やスナガニ類などの底生動物が見られ、満潮時に. で約 1.0‰、δ 15N 値で約 3.0‰上昇する(金谷 2010;大. は海水中にある幹や気根のような立体構造を魚類やエビ. 谷ほか 2012)ことから、δ 13C 値・δ 15N 値はそれぞれ、. 類が利用している(小見山 2017)。. 動物の食物源・栄養段階の指標となる。δ 34S 値も δ 13C. マングローブ生態系は、植物プランクトンや底質上の. 値と同様に、栄養段階による値の変化は小さく、食物源. 珪藻類など海域起源の生産者とマングローブ植物という. の指標となる。さらに海水中の硫酸イオンの δ 34S 値は. 陸域起源の生産者で支えられている。後者については、. 全海洋においてほぼ一定で約 +21‰(Rees et al. 1978). 鳥類や昆虫が種子や葉を利用する生食連鎖だけでなく、. であることから、植物プランクトンなどの有機物を餌資. 落葉がバクテリアに分解されるなどしてはじまる腐食連. 源として利用する海洋性底生動物がとり得る δ 34S 値の. 鎖の起点でもある(福岡ほか 2010)。マングローブ植物. 範囲は +15.0 − +19.0‰となる(Yamanaka et al. 2000)。. はこの生態系において、生息場所提供者と生産者という. 一方で、嫌気的な土壌中では微生物的硫酸還元が行われ、. 役割を果たしており、消費者である底生動物は、食物連. その際に大きな同位体分別が生じるため +21‰よりも低. 鎖を通してこの生態系を支えていると言える。植物プラ. い δ 34S 値を持つ硫化水素が生じる(Sim et al. 2011)。こ. ンクトンや珪藻に始まる生食連鎖における消費者や、マ. の低い δ 34S 値を持つ硫黄種を硫黄源として取り込んだ. ングローブ植物を細かくかみ砕いてバクテリアの分解を. C3 塩性植物がとり得る δ 34S 値の範囲は +0.4 − +11.4‰. 促進する粉砕者、分解によって発生した有機物を採餌す. となる(横山 2008)。また、底生微細藻類がとり得る. るデトリタス食者は、いずれも底生動物である。. δ 34S 値の範囲は +3.9 − +15.7‰(平均 +9.6‰)と報告さ. 熱帯・亜熱帯に特徴的な生態系とされるマングローブ. れている(横山 2008)。従って、+15‰より大きい δ 34S. 林は、自然分布あるいは人為的移植によって温帯域でも. 値を持つ動物は植物プランクトンや海藻へ、+15‰より. 見られることがある。温帯域では気温や降水量のような. 小さい δ 34S 値は底生微細藻類や C3 植物への依存を示す。. 気象条件及び生物地理区が異なるため、熱帯・亜熱帯域. そこで本研究では、喜入マングローブ林の食物網構造. とは生態系内の食物連鎖やマングローブ植物の役割に違. について炭素・窒素・硫黄安定同位体比(δ 13C・δ 15N・. いが見られる可能性がある。17 世紀に移植されたとさ. δ 34S 値)によって明らかにするとともに、亜熱帯域に属. れている鹿児島市喜入町のマングローブ林(国の天然記. する住用マングローブ林と比較を行った。また、2016 236.
(3) 北限マングローブ林の底生動物食物網 児島県から捕獲の許可を得た生物種のみである。. 年 1 月に寒波の影響によって喜入マングローブ林では常 緑性であるマングローブ植物が一斉落葉しており、林床 上の環境が激変したと想定される。それによってマング. 落葉前後の環境変化調査. ローブ植物の生態系内での役割が変化した可能性がある. 喜入マングローブ林において、マングローブ植物落葉. ため、落葉前後の林内環境と食物網構造の比較も行った。. 前後での光量子量と底質環境を比較するために、マング ローブ林を河川に沿って 20 m ずつ区切って 5 つのステ ーションに分け、上流側から順に St.1、St.2、St.3、St.4、. 方 法. St.5 とした。マングローブ林内の光環境と底質環境をで. 調査地. きるだけ幅広く捉えるため、一斉落葉前に以下のような. 調査は、温帯域に属する九州南部と亜熱帯域に属する. 条件であった場所を調査地点とし、一斉落葉前後で光量. 奄美大島の 2 カ所で行った。前者は、鹿児島県鹿児島市. 子量の測定と採泥を行った。調査地点は、特定のマング. 喜入町の石油コンビナート西の愛宕川支流に広がる、メ. ローブ植物の樹冠下で測定時に日光が当たっていた場所. ヒルギで構成されるマングローブ林(ハマボウ Hibiscus. (St.1 − St.5 日向)と日光が当たっていなかった場所. hamabo Siebold et Zucc. が混在している)で、面積は約. (St.1 − St.5 日陰)、St.2 − St.5 の樹冠外で時刻にかかわ. 0.1 ha である(図 1)。後者は、奄美大島住用町の住用川. らず日光が当たる場所(St.2 − St.5 明所)、St.1 のマン. と 役 勝 川 に 挟 ま れ て い る、 メ ヒ ル ギ と オ ヒ ル ギ. グローブ植物を含め多くの樹木に囲まれており時刻にか. Bruguiera gymnorrhiza (L.) Lamk. から構成された約 70 ha. かわらず日光が当たらない場所(St.1 暗所)である。. のマングローブ林であり(図 2) 、河川によって幾つか. 光量子量については、一斉落葉前の 2013 年 7 月上旬. の林に分断されている。. から 2014 年 1 月上旬までの 11 月上旬を除く毎月 2 回の. 喜入マングローブ林では、一斉落葉前の 2013 年 7 月. 計 12 回、一斉落葉後の 2016 年 6 月下旬から 12 月上旬. から 12 月までと 2014 年の 6 月に、一斉落葉後の 2016. までの 7 月下旬と 9 月下旬を除く毎月 2 回計 10 回の調. 年 6 月から 11 月までと 2017 年 10、11 月に、サンプル. 査を行った。各調査地点において、最干の前後 1 時間の. 採集も含めた調査を行った。住用マングローブ林では、. 間に、ライトメーター(メイワフォーシス LI-250A)を. 2018 年 7、8、9 月にサンプルを採集した。住用マング. 用いて、光量子量を測定した。. ローブ林は、2017 年 3 月に奄美群島国立公園の特別保 護地区に指定されたため、採集した生物は、環境省と鹿. 図 2.住用マングローブ林。グレイの網掛けはマングローブ植 生の範囲を示す。. 図 1.喜入マングローブ林。グレイの網掛けはマングローブ植 生の範囲を示す。. 237.
(4) 川瀬誉博・白澤大樹・大西雄二・山中寿朗・山本智子 底質については、一斉落葉前の 2013 年 7 月上旬から. 住用マングローブ林では、川瀬ほか(2018)を参考に、. 2014 年 12 月上旬までの毎月 2 回の計 11 回、一斉落葉. 林内および林冠に覆われていない林縁部で底質上にいる. 後の 2016 年 6 月下旬から 12 月上旬までの毎月 2 回の計. 底生動物から、対象とする種を選んだ。一次消費者とし. 12 回の調査を行った。各調査地点で、直径 3 cm のコア. て、藻類食者であるカノコガイ Clithon faba、シマカノ. を用いて深さ 1 cm までの底質を採取し、保冷して実験. コ Neritina turrita、堆積物食者であるチゴガニ、オキナ. 室に持ち帰った。採取した底質を 120℃で 12 時間乾燥. ワハクセンシオマネキ Austruca perplexa、スジエビ属の. させ、乾燥前後の泥の重量から除去された水分の割合を. 一種 Palaemon sp. を採集し、高次捕食者として、雑食性. 調べ、含水率を算出した。さらに 650℃の温度下で 2 時. のフタバカクガニを採集した。. 間の強熱をかけ、前後の重量の減少率から強熱減量を算. いずれの調査地でも、林内の広い範囲で底質上や落葉. 出し、有機物含有量の指標とした。. 上を探索あるいは底質を掘り返して、目視で発見した個 体を採集した。. 餌資源となり得る有機物の採集 両マングローブ林において、 マングローブ植物の落葉、. サンプル処理. 転石上の付着海藻および底質を餌資源となり得る有機物. 消費者の餌になり得る微小生物を含む有機物のうち、. (餌資源候補)として採集した。. 底質の粒子から分離しやすい部分を、走光性や超音波振. 喜入マングローブ林では、一斉落葉の前後で試料採集. 動などを利用した方法で分離することを試みた。喜入マ. を行った。St.1 − St.5 で茶色に変色しているメヒルギの. ングローブ林で採取した底質にプランクトンネット(63. 落葉を採集し、St.1 − St.4 で表面から深さ 1cm の底質. μ m)をかぶせ、濾過海水で湿らせながら蛍光灯の光を. を採集した。海藻については、St.3 − St.5 で一斉落葉前. 24 時間以上あて、プランクトンネット上に浮いてきた. に林内の転石やマングローブ植物の幹から採集したが、. 部分(底生微細藻類を想定)を回収した(Couch 1989)。. 一斉落葉後は分布量が少なく十分な量を採集することは. この部分を濾過海水中に懸濁させ、Whatman の GF/F フ. できなかった。. ィルター(粒子保持能:0.7 μ m)上に減圧濾過で懸濁物. 住用マングローブ林では、林内とマングローブ植物の. を回収した。回収したフィルターと残った底質は冷凍. 樹冠がない林縁部で試料採集を行った。林内にて、状態. (-20℃)保存した。住用マングローブ林の林内及び林縁. の異なるメヒルギの落葉(底質表面の落葉、底質中の落. 部で採集した底質については、超音波洗浄器で 5 分間振. 葉、底質中の葉の形が崩れ、判別が難しくなった落葉、. 動を与えた後、上澄み液を減圧濾過し、GF/F フィルタ. 河川底にありスジエビ属が付着していた落葉)が見られ. ー上に懸濁物(堆積した植物プランクトン等を想定)を. たため、これらを分けて採集した。林内と林縁部で、表. 回収した。フィルターを冷凍保存するとともに、林内の. 面から深さ 1 cm の底質を採集した。ここでは、林内に. 底質サンプルについては、遠沈管の底に残ったものを冷. 分布する海藻が少なく、分析に十分な量を採集すること. 凍保存(底質のサンプル)した。林縁部については別途. ができなかった。. 採集した底質をそのまま冷凍保存した。また、林内で採 集した底質のうち、褐色に変色した部分を光学顕微鏡で. 消費者の採集. 観察したところ珪藻が確認できたため、この部分を濾過. 喜入マングローブ林では、林・山本(2011)で分布が. 海水中に懸濁した上で減圧濾過し、GF/F フィルターで. 確認されている消費者を対象とした。一次消費者として、. 懸濁物(珪藻を想定)を回収した後、冷凍保存した。. 藻類食者であるヒメカノコ Clithon oualaniense、カワザ. 採集した底生動物の消化管内には同化前の未消化物が. ンショウガイ科の一種 Assimineidae sp.、堆積物食者で. 残されている可能性があるため、一晩濾過海水で飼育す. あるカワアイ Pirenella alata、フトへナタリ Cerithidea. ることで消化管内の物質を排泄させ、同位体比分析をす. moerchii、 ウ ミ ニ ナ Batillaria multiformis、 チ ゴ ガ ニ. るまで冷凍で保存した。. Ilyoplax pusilla、ハクセンシオマネキ Austruca lactea、ゴ カイ科の種 Nereididae spp.、懸濁物食者であるハザクラ. 同位体比分析. ガイ Psammotaea minor を採集し、高次捕食者として、. 落葉・底質・海藻に 1N HCl を加え、落葉・海藻につ. 雑食性のフタバカクガニ Parasesarma bidens とアシハラ. いては室温で、底質については 80℃のオーブン内に一. ガニ Helice tridens を採集した。. 晩放置し、サンプル中の無機炭素を除去した。その後、 238.
(5) 北限マングローブ林の底生動物食物網 いずれのサンプルも凍結乾燥器で 24 時間乾燥させた。. 葉について、一斉落葉前後に δ 13C の平均値(以下、平. 冷凍保存された GF/F フィルターは、1N HCl を加えて一. 均値と称す)が -28.7‰から -30.8‰、δ 15N 平均値が +4.9. 晩放置後、NaOH ペレットを入れた真空乾燥器にて乾燥. ‰から +7.9‰に変化し、この変化は統計的に有意であ. させた。. った。底質から分離した有機物の δ 13C 平均値は -22.7‰. 底生動物については、筋肉組織または体全体を同位体. から -24.6‰へと有意に低下したが、δ 15N 平均値及び底. 比分析に使用した。腹足類は殻以外の体全体を使用した. 質の δ 13C 平均値に大きな変化はなく、統計的に有意で. が、二枚貝類は閉殻筋を、大型の甲殻類は足の筋肉のみ. もなかった。一方で、底質の δ 15N 平均値は +3.7‰から. を取り出し、小型甲殻類は体全体又は足全体を使用した。. +5.3‰へと有意に上昇した。転石上付着海藻は、一斉落. 取り出したサンプルを 1N HCl に一晩浸け、試料中に含. 葉後の採集ができず、落葉前には、 δ 13C 平均値が -19.4‰、. まれる無機炭素を完全に除去した。その後、クロロホル. δ 15N 平均値は +8.6‰であった。. ム:メタノール= 3:1 混合液を加え、超音波洗浄器で. 底質上に生息していた藻類食者について、ヒメカノコ. 5 分間振動を与えた後、上澄み液を捨てる脱脂処理を行. の δ 13C 平 均 値 が -13.2 ‰ か ら -15.4 ‰、δ 15N 平 均 値 は. った。この作業を 3 回繰り返し、80℃のオーブンで一晩. +11.2‰から +10.5‰へと低下し、この変化はいずれも統. 乾燥させた。. 計的に有意であった。堆積物食腹足綱であるカワアイ、. 硫黄安定同位体比分析に用いる植物・海藻サンプルに. フトヘナタリ、ウミニナの 3 種について、前 2 者では、. ついては、0.5M LiCl を用いて繰り返し洗浄し、海水を. δ 13C・δ 15N 平均値共に大きな変化は見られなかったが、. 取り除いた。その後 80℃のオーブンで一晩乾燥させた. ウミニナでは、一斉落葉前後に δ 13C 平均値が約 3.0‰、. サンプルを高圧酸素下で燃焼させ試料中の全ての硫黄を. δ 15N 平均値は約 1.0‰、いずれも有意に低下した。一斉. SO42−イオンに変換した。そこに 0.5M BaCl2 を加えるこ. 落葉後にのみ採集したスナガニ科のチゴガニとハクセン. とで生物体中の有機硫黄を BaSO4 の沈殿として回収し. シオマネキについて、δ 13C 平均値が -15.5‰と -16.0‰、. た。回収した沈殿物は 110℃下で数時間乾燥させた。硫. δ 15N 平均値は +9.1‰と +9.3‰で、種による違いは少な. 黄安定同位体比分析に使う底生動物は、取り出した筋組. かった。ゴカイ科の種の δ 13C 平均値は -17.2‰、δ 15N 平. 織または体全体を 0.5M LiCl に一晩浸したのち、上澄み. 均値は +10.1‰を示し、落葉前の底質上に生息していた. を捨てる作業を 3 回繰り返し、体液中に含まれる海水由. フトヘナタリに近い値であった。底質中に生息するハザ. 来の硫酸イオンを洗い流した。その後、凍結乾燥器で乾. クラガイの δ 13C 平均値は -20.0‰、δ 15N 平均値は +8.0‰. 燥させた。. を示し、δ 13C に関しては一次消費者と想定された他種. 各試料の同位体比分析には岡山大学設置の安定同位体. とは離れた値となった。. 比 質 量 分 析 計 を 用 い た。 炭 素 及 び 窒 素 同 位 体 比 は. 高次捕食者と想定した種については(表 1)、フタバ. Thermo Fisher SCIENTIFIC 社の DELTA V ADVANTAGE. カクガニの δ 13C 平均値が -22.0‰から -21.7‰、δ 15N 平. を、硫黄同位体比は GV Instruments 社の IsoPrime EA を. 均値は +9.2‰から +8.9‰へと低下したが、落葉前後で. 使用した。. の変化は少なかった。アシハラガニの δ 13C 平均値は -18.9‰から -20.5‰へと有意に低下したが、δ 15N 平均値. 統計解析. には大きな変化はなかった。. 喜入マングローブ林における一斉落葉前後での同位体 比を比較するため、落葉前後でそれぞれ 5 サンプル以上. 喜入における硫黄安定同位体比. の測定値がある場合、炭素、窒素同位体比に対してマン・. 一斉落葉前後において、林内で採集した生物試料の硫. ホイットニーの U 検定を行った。硫黄同位体に関して. 黄安定同位体比を表 1 に示す。一斉落葉前後でメヒルギ. はこの条件にあう種が少なく、検定は行わなかった。. の δ 34S 平均値は +9.7‰から +4.2‰へと変化し、約 5.0‰ 低下した。転石上の付着海藻については、一斉落葉前の 値しかなく、δ 34S 平均値は +18.0‰を示した。. 結 果. 藻類食者であるヒメカノコの δ 34S 平均値は、一斉落. 喜入マングローブ林における炭素・窒素安定同位体比. 葉前後で +14.5‰から +12.1‰へと変化し、約 3.0‰の低. 喜入マングローブ林において、一斉落葉前後で餌資源. 下がみられた。堆積物食者のカワアイは一斉落葉前後で. 候補の δ C・δ N 値を比較した(表 1)。メヒルギの落. +12.6‰から +14.2‰へと変化し、約 2.0‰の上昇がみら. 13. 15. 239.
(6) 底生微細藻類. 240 Batillaria multiformis Ilyoplax pusilla Austruca lactea Nereididae spp.. ウミニナ. チゴガニ. ハクセンシオマネキ. ゴカイ科の種. Parasesarma bidens Helice tridens. フタバカクガニ. アシハラガニ. 雑食者. 高次捕食者. ハザクラガイ Psammotaea minor. Pirenella alata. カワアイ. 懸濁物食者. Cerithidea moerchii. Clithon oualaniense. フトヘナタリ. 堆積物食者. ヒメカノコ. カワザンショウガイ科の一種. 藻類食者. 一次消費者. a. Assimineidae sp.. Sediment. 底質(走光性による分離の残り). Omnivore. Suspension feeder. Detritus feeder. Grazer. Seaweed. 植物プランクトン. 底質上. 一斉落葉後. 底質上. 底質上. 底質内. 底質内. 底質上. 底質上. 底質上. 底質上. 底質上. 底質上. -24.6±0.2(5). -. -. 一斉落葉後. 9.2±0.5(11). -. -. -. -. 16.5±0.8(11). 9.6(3.9 ∼ 15.7). 17.9(15.4 ∼ 20.2). -. -. 18.0±0.05(7). 9.6±0.7(5). 9.5±0.6(11). -. -20.0±0.08(3). -17.2±2.2(4). -16.0(1). -15.5±0.4(5). -15.1±0.8(4). -18.9±1.4(23) -20.5±1.1(6). 9.7±0.8(23). 9.2±0.5(20). -. -. -. -. 11.1±0.4(5). -. -. -. -. -. 5.0±1.0(3). -. 13.1(1). 15.3±0.4(5). -. 14.2(2). 9.9±0.6(6) 12.3±2.6(12) 13.4±1.4(6). 8.9±0.7(5) 9.6±0.6(9) 13.1±0.9(5). 8.0±0.2(3). 10.1±0.5(4). 9.3(1). 9.1±0.4(5). 9.8±0.6(4). -15.8±1.9(8) 10.8±±0.4(5) 9.3±1.1(8) 12.6±2.3(2). -22.0±0.8(20) -21.7±2.1(5). -. -. -. -. -11.9±2.5(5). -16.2±0.9(5). -17.3±1.6(5) -16.4±1.1(11). -13.2±1.5(12) -15.4±1.0(16) 11.2±0.4(12) 10.5±0.6(16) 14.5±1.2(5) 12.1±1.7(16). -16.5±1.1(11). 6.8(-0.7 ∼ 17.7). 5.3±0.4(9). 4.5(2). -16.4(-22.0 ∼ -12.8). -. 一斉落葉前. δ 34S(‰). 7.9±0.5(6) 9.7±4.2(10) 4.2±2.2(4). 一斉落葉後. 6.6(-1.5 ∼ 10.8). 3.7±0.9(17). 4.6±1.0(5). 8.6±0.6(10). 4.9±2.9(19). 一斉落葉前. δ 15N(‰). -21.0(-24.4 ∼ -17.8). -23.5+1.3(17) -24.6±1.1(9). -22.7±0.4(5). -19.4±2.1(10). 一斉落葉前. δ 13C(‰). -28.7±1.3(19) -30.8±0.9(6). Segregated organisms. a. 採集場所. Litter. 図 3 の表記. 転石上付着海藻(オゴノリ・アオサ属). Kandelia obovata. 学名. 分離された底質上有機物(走光性による分離). メヒルギ落葉. 餌資源となり得る有機物. サンプル名. *. n.s.. -. -. -. -. -. *. n.s.. n.s.. **. -. n.s.. *. -. **. n.s.. n.s.. -. -. -. -. -. *. n.s.. n.s.. **. -. **. -. -. **. δ 13C(‰) δ 15N(‰). 検定結果. 表 1.一斉落葉前後における喜入マングローブ林で採集した有機物と生物の窒素・硫黄・炭素同位体比。一斉落葉前(2014 年・2015 年)、一斉落葉後(2017 年)の同位体比を平均 ± 標準偏差で示し、括弧内の数字はサンプル数を表わす。基質と微細藻類の分離方法についてはサンプル名の後に記入した。図 3 におけるまとめ方と表記も示している。検定結果は、 落葉前後で差異があるかどうかマン・ホイットニーの U 検定による比較結果を示しており、[**] は P < 0.01、[*] は 0.01 ≦ P < 0.05、[n.s.] は P ≧ 0.05、- は検定を行っていな いことを表わす。a; 温帯の沿岸域における平均値。横山(2008)より引用。. 川瀬誉博・白澤大樹・大西雄二・山中寿朗・山本智子.
(7) 北限マングローブ林の底生動物食物網 れた。また、チゴガニとハクセンシオマネキの δ 34S 平. ハクセンシオマネキの δ 34S 平均値は +12.8‰を示した。. 均値は一斉落葉後のみの試料しか無いが、それぞれ. 高次捕食者と想定したフタバカクガニの δ 34S 平均値. +15.3‰と +13.1‰を示した。底質中に生息していた懸濁. は +9.0‰を示し、チゴガニやスジエビ属の一種と近い. 物食者であるハザクラガイの δ S 平均値は +5.0‰を示. 値を示した。. 34. し、一斉落葉前後通して底生動物の中で最も低かった。 高次捕食者として採集したフタバカクガニとアシハラ. 住用と喜入の同位体比の比較. ガニについては、前者の δ S 平均値が +9.6‰から +13.1. 住用マングローブ林と落葉前の喜入マングローブ林に. ‰へ、後者の δ 34S 平均値が +12.3‰から +13.4‰へと変. おいて、餌資源となり得る有機物の安定同位体比につい. 化し、一斉落葉前後でそれぞれ約 2.5‰と 1.0‰高くなっ. て比較したところ、メヒルギ落葉では、住用も喜入も. た。. δ 13C 平均値は -31.3 − -28.7‰の範囲に分布しており(図. 34. 3a)、地域間で明確な違いはなかった。 δ 15N 値については、 住用における炭素・窒素安定同位体比. 住用では落葉後の分解の程度によって違いが見られた. 住用マングローブ林において、状態の異なるマングロ. が、いずれにしても住用マングローブ林の方が低い値と. ーブ植物の落葉について δ 13C・δ 15N 値を比較したとこ. なった。底質上の分離しやすい有機物と底質については、. ろ、δ N 平均値については、底質中の落葉が -2.0‰と最. δ 13C・δ 15N 値共に住用より喜入の方が高かった。. も低く、最も高かったのが底質表面の落葉で +2.5‰で. 底生動物全体を喜入と住用マングローブ林で比較する. あった(表 2)。一方、δ C 平均値が最も低かったのは. と、喜入において δ 13C 値は -22.0 − -11.9‰の範囲に、. 底質中の落葉で -31.3‰、最も高かったのはスジエビ属. δ 15N 値は約 +9.2 − +11.2‰の範囲に分布しているのに対. が付着していた落葉で -29.6‰と差が少なかった。底質. して、住用において δ 13C 平均値は -25.2 − -18.6‰の範. の δ 13C 平均値は -29.0 − -27.5‰、δ 15N 平均値は +1.1 −. 囲 に、δ 15N 平 均 値 は +3.7 − +5.6 ‰ の 範 囲 に 分 布 し、. +1.6‰の範囲に分布し、採集地点や採集月による違いは. δ 13C・δ 15N 値共に喜入の方が高かった(図 3a)。食性別. 見られなかった。底質から分離した有機物の δ 13C 平均. に見てみると、藻類食者は喜入で δ 13C 平均値が -13.2‰、. 値は、分離方法にかかわらず -29.4 − -27.2‰の範囲に分. δ 15N 平均値は +11.2‰であったのに対して、住用では. 布しており、δ N 平均値は +0.8 − +1.5‰であった。. δ 13C 平 均 値 が -25.2 − -22.8 ‰、δ 15N 平 均 値 は +4.0 −. 一次消費者と想定された底生動物のうち、林縁部で採. +4.6‰を示し、喜入の方が δ 13C・δ 15N 値共に高かった。. 集したオキナワハクセンシオマネキの δ 13C 平均値は. しかし、δ 34S 値には両マングローブ林で大きな違いは見. -18.6‰で、林内で採集した他の動物の δ C 平均値の範. られなかった(図 3b)。堆積物食者は、喜入で δ 13C 平. 囲(-25.2 − -22.8 ‰) か ら 大 き く 外 れ た( 表 2)。δ 15N. 均値が -17.3 − -11.9‰、δ 15N 平均値は +9.6 − +11.1‰、. 平均値に関しては、+3.7 − +5.6‰の範囲に分布し、ス. 住用では δ 13C 平均値が -23.7 − -18.6‰、δ 15N 平均値は. ジエビ属の一種の δ N 平均値が最も高い +5.6‰を示し、. +3.7 − +5.6‰で、δ 13C・δ 15N 値共に喜入の方が高かった。. チゴガニの δ 15N 平均値が最も低い +3.7‰を示した。高. 両マングローブで採集できているチゴガニ、近縁種であ. 次捕食者と考えられたフタバカクガニについては、δ C. る喜入のハクセンシオマネキと住用のオキナワハクセン. 平均値は -24.6‰、δ 15N 平均値は +5.4‰であった。. シオマネキを比較しても同様の傾向があった。また、. 15. 13. 15. 13. 15. 13. δ 34S 平均値についても喜入の方が高かった。 住用における硫黄安定同位体比分布. 高次捕食者として採集したフタバカクガニとアシハラ. 住用マングローブ林で採集したメヒルギの葉や落葉の. ガニに関して、喜入の個体では δ 13C 平均値がそれぞれ. δ 34S 平均値は -5.5 − +9.5‰の広範囲に分布した(表 2)。. -22.0‰と -18.9‰、δ 15N 平均値は +9.2‰と +9.7‰を示し. このうち、底質中から採集した落葉と崩れた落葉の 2 つ. たのに対し、住用で採集した個体の δ 13C 平均値は -24.6. の δ S 平均値が負の値(-1.9‰と -5.5‰)であった。. ‰、δ 15N 平 均 値 は +5.4 ‰ と な り、 喜 入 の 方 が δ 13C・. 腹足綱の δ 34S 平均値は採集した底生動物の中で最も. δ 15N 値共に高いことが分かった(図 3a)。. 34. 高く、カノコガイは +16.2‰、シマカノコは +13.8‰で あった。林内で採集したチゴガニとスジエビ属の一種の. 一斉落葉前後における林内環境と底生動物の分布の変化. δ S 平均値はそれぞれ +11.1‰と +10.1‰を示し、大き. マングローブ林内の底質上の環境を一斉落葉前後で比. な違いは見られなかったが、林縁部で採集したオキナワ. 較した。落葉前は 7 月から 12 月まで、落葉後は 6 月か. 34. 241.
(8) 242. フタバカクガニ. 雑食者 Parasesarma bidens. Palaemon sp.. Omnivore 林内. 林内. 高次捕食者. スジエビ属の一種. 林内 林縁部. オキナワハクセンシオマネキ Austruca perplexa. チゴガニ Ilyoplax pusilla. -24.6±0.2(6). -23.7±0.5(3). -18.6±0.2(5). -23.4±1.7(3). -25.2±0.3(3). 林内 Detritus feeder. シマカノコ. 堆積物食者. -22.8±0.3(3). 林内. -16.4(-22.0 ∼ -12.8). -21.0(-24.4 ∼ -17.8). -27.5(2). -28.4(2). Neritina turrita. Grazer. 林内 林縁部. -28.3(1). -29.0±0.5(9). 林内. 林内. Clithon faba. a. Sediment . -29.4(1). -27.2(1). 林縁部. 林縁部. カノコガイ. 藻類食者. 一次消費者. 底生微細藻類 a. 植物プランクトン. 底質(分離せず). 底質(超音波洗浄による分離)(9 月). 底質(超音波洗浄による分離の残り)(8 月). 底質(超音波洗浄による分離の残り)(7 ∼ 9 月). 底質上有機物(褐色部分を濾過). 分離された底質上有機物(超音波洗浄による分離). Segregated organisms . -29.6±2.6(3) -28.3±0.4(5). 林内 林内. Litter with Palaemon sp.. 分離された底質上有機物(超音波洗浄による分離)(7 ∼ 9 月). スジエビ属が付着していた落葉. -31.3±1.1(3) -30.6±0.6(3). 林内 林内. Litter in sediment Degraded litter. 底質中の落葉. δ 13C(‰). 底質中の崩れた落葉. 採集場所. -30.5±1.4(8). 図 3 の表記. 林内. Kandelia obovata. 学名. Litter on sediment. 底質表面の落葉. メヒルギ. 餌資源となり得る有機物. サンプル名. -28.7±0.7(14) . -28.3±0.7(7) . 平均値. 5.4±0.3(6). 5.6±0.3(3). 4.1±1.5(5). 3.7±0.9(3). 4.0±0.2(3). 4.6±0.4(3). 6.8(-0.7 ∼ 17.7). 6.6(-1.5 ∼ 10.8). 1.1(2). 1.4(2). 1.6(1). 1.1±0.2(9). 0.8(1). 1.5(1). 1.2±0.2(5). 1.0±1.3(3). -1.7±0.1(3). -2.0±0.0(3). 2.5±0.6(8). δ 15N(‰). . . 1.2±0.2(14). 1.2±0.5(7). 平均値. 9.0±1.0(6). 10.1±1.2(3). 12.8±0.6(5). 11.1±0.6(3). 13.8±0.5(3). 16.2±0.9(3). 9.6(3.9 ∼ 15.7). 17.9(15.4 ∼ 20.2). -. -. -. -. -. -. 8.5(1). -5.5(1). -1.9(1). 9.5(1). δ 34S(‰). 表 2.住用マングローブ林で採集した有機物と生物の窒素・硫黄・炭素同位体比。月を書いていないサンプルは全て 7 月に採集した。基質と微細藻類の分離方法についてはサンプ ル名の後に記入した。図 3 におけるまとめ方と表記も示している。a; 温帯の沿岸域における平均値。横山(2008)より引用。. 川瀬誉博・白澤大樹・大西雄二・山中寿朗・山本智子.
(9) 北限マングローブ林の底生動物食物網. 図 3.住用マングローブと喜入マングローブ(一斉落葉前)における生産者と消費者の安定同位体比。a: δ 13C-δ 15N(± SD)マップ。b: δ 13C-δ 34S(±SD)マップ。白抜きのシンボルは住用、黒塗りは喜入を表わしている。四角は餌資 源の候補、丸は消費者を表す。. ら 11 月までと、夏から冬までの季節を網羅している。. 有機物の分離を試み、残った底質と δ 13C・δ 15N 値を比. 平均光量子量は全ての地点で増加した(図 4a)。特に. 較することによって、分離の効果を比較した。. St.1 日向、St.2 日向、St.3 明所、St.4 日陰、St.5 日陰で. 走光性を利用した分離では、喜入の底質から光に反応. は増加率が大きかった。常に日が当たっている明所の光. して移動する微細藻類分離できているはずであった。し. 量子量が最も高く、落葉後のその値は干潟の光量子量に. かしながら、分離した微細藻類と想定されるサンプルと. 最も近かった。. 残りの底質の間に δ 13C・δ 15N 平均値の差は少なく、前. 各地点の含水率について一斉落葉前後で比較すると、. 者の δ 13C 平均値は文献に見られる値の範囲から外れて. 落葉後に含水率が減少した地点が 8 地点、増加した地点. いた(表 1)。植物プランクトンの文献値にやや近いが、. は 3 地点、ほとんど変化しなかった地点が 4 地点であっ. 底質上でプランクトンが走光性に応じて移動できるとは. た(図 4b)。St.2 日向・日陰と St.3 日向では含水率は大. 考えにくく、いずれにしても底質からの微細藻類の分離. きく減少し、St.2 明所と St.3 日陰では増加した。変化が. は不十分であったと考えられる。. 少なかった St.1 の暗所と St.4 の明所は、干潟の含水率. 住用マングローブ林では、超音波洗浄によって遊離さ. に近い値となった。強熱減量については、増加した地点. せる方法と、珪藻が密集していると思われた底質を懸濁. と減少した地点があった(図 4c) 。. させる方法を比較した。前者は底質から離れやすい微細. 一斉落葉後、干潟に分布するハクセンシオマネキが林. 藻類だけでなく、沈降して堆積していた植物プランクト. 内に進出してきた(図 5)。ハクセンシオマネキの集団. ンを含む可能性があり、後者は珪藻を分離していると想. が確認された場所は St.1 と St.4、St.5 の三カ所で、計 6. 定された。しかしながら、分離したサンプルは残りの底. 集団が確認された。. 質と δ 13C・δ 15N 平均値において差が少なく、δ 13C 平均 値は底生微細藻類や植物プランクトンの文献値からも外 れていた(表 2)。林縁部の底質から超音波洗浄によっ. 考 察. て分離したサンプルの δ 13C 値は、分離作業をしなかっ. 底質上からの一次生産者の分離. た底質の値にも近く、本研究で行ったいずれの方法にお. 本研究では、マングローブ林の底質に付着している底. いても、底質からの分離が不十分であったと考えられる。. 生微細藻類を一次生産者と想定しているが、底質上には. そこで以降の考察においては、底生微細藻類及び植物プ. 沈降した植物プランクトンや様々な生物の死骸などの有. ランクトンについて表 1,2 に示した文献値を用いて議. 機物も付着している。そこで様々な方法で餌となり得る. 論する。死骸も含めた底質上の有機物は腐食連鎖の起点 243.
(10) 川瀬誉博・白澤大樹・大西雄二・山中寿朗・山本智子. 図 5.一斉落葉後に喜入のマングローブ林内に進出したハクセ ンシオマネキの写真(2016 年 9 月 1 日撮影)。. 陸上植物の値であった。δ 15N 値について、マングロー ブのような塩性植物では、窒素固定により空気中の窒素 ガスを利用する場合は -0.6‰− +3.1‰、水中や堆積物間 隙水中に含まれる溶存無機態窒素を利用する場合は +4.9 ‰− +7.5‰の範囲になる(横山 2008)が、畜産排水や 生活排水由来の窒素を取り込んだ場合、δ 15N 値がこれ らの値よりも高くなることも報告されている(陀安 2008)。落葉前のメヒルギの δ 15N 平均値(+4.9‰)が比 較的高いことや周辺に畑地や住宅があることから、排水 由来の窒素を取り込んでいる可能性も考えられる。δ 34S 平均値については、海水硫酸の +21‰よりも低く、土壌 中で微生物的硫酸還元を経験した低い δ 34S 値を持つ硫 黄を取り込んでいると考えられる(表 1;図 3b)。海藻 については、δ 13C・δ 15N・δ 34S ともに過去に報告されて いる値の範囲を逸脱する結果とはならず(横山 2008)、 典型的な温帯域に生息する海藻の同位体比である。底質 上の微細藻類については、すでに議論したとおり、底質. 図 4.一斉落葉前後でのステーションの底質上の環境及び一斉 落葉後の干潟における底質上の環境。a: 光量子量。b: 含水 率。c: 強熱減量。棒は各調査時の測定値の平均値、線は標 準偏差を示す。. からの分離が不十分であった可能性が高い。 底生動物の δ 13C 値(一斉落葉前は -22.0 − -11.9‰)は、 メヒルギ落葉の δ 13C 平均値から最低でも約 8.0‰も離れ ていた(表 1;図 3a)。このことから、底生動物がマン グローブ植物の落葉を起点とする食物連鎖に依存してい. となり得るため、底質の δ C・δ N 平均値も餌資源と 13. 15. る可能性は低い。また、一般的な植物プランクトンの. なり得る有機物の値として扱う。. δ 13C 値は -24.4‰− -17.8‰の範囲に、底生微細藻類の 喜入マングローブ林における底生動物食物網. δ 13C 値は -22.0‰− -12.8‰の範囲に分布するとされる点. 喜入マングローブ林において、一斉落葉前に δ 13C・. と(横山 2008)、今回の底生動物の同位体比の結果から、. δ 15N・δ 34S 値を測定したところ、メヒルギ落葉の δ 13C. 植物プランクトンや底生微細藻類が主な餌となっている. 平均値(-30.8‰)は、温帯域の C3 植物における δ C 値. 可能性が示唆された。. の範囲(-30.0 − -26.7‰;横山 2008)であり、典型的な. 底質上に生息していた堆積物食腹足綱(カワアイ、フ. 13. 244.
(11) 北限マングローブ林の底生動物食物網 トヘナタリ、ウミニナ)のうち、ウミニナを除いた 2 種. 有機物の主な起源である可能性が高い。また、底質の. は、一斉落葉前の δ 13C 平均値(-17.3 − -16.2‰)から、. δ 15N 平均値は 0 − +2.0‰と比較的低く、人為起源であ. 底生微細藻類だけでなく転石上付着海藻(アオサ属). る排水などの影響は少ないと考えられる(金谷 2010)。. (δ C = -17.0‰)に起源を持つ有機物にも依存している. 消費者の安定同位体比を見ると、上部をマングローブ. 可能性が考えられる。堆積物食甲殻類であるチゴガニと. 植物の樹冠に覆われた林内で採集した底生動物の δ 13C. ハクセンシオマネキも、一斉落葉後のみのデータではあ. 平均値(-25.2 − -22.8‰)は、底質(-29.0 − -27.5‰)、. る が、堆 積 物食腹 足 綱に 近 い δ C 平 均値(-15.5‰ と. 植物プランクトン(-24.4 − -17.8‰;横山 2008)、底生. -16.0‰)を示したことから、よく似た食性と考えられる。. 微細藻類(-22.0 − -12.8‰;横山 2008)の中間的な値に. 堆積物食性の甲殻類が直接海藻を摂餌しているとは考え. なる(表 2;図 3a)。カノコガイを除いたこれらの δ 34S. 難く、それらの δ 15N 値から、底質に含まれる海藻並び. 平均値は +15‰よりも低く、おそらく底質上の底生微細. に植物プランクトン由来の有機物、底生微細藻類を摂餌. 藻類や落葉由来の硫黄を利用していると考えられる。ま. していると考えた方が合理的である。また δ S 値に関. た、それらの生物の δ 15N 平均値が底質の値と比較して. 13. 13. 34. して、チゴガニは +15‰以上となり、転石上付着海藻由. 約 3.0 − 6.0‰高いことから、植物プランクトンや微細. 来の硫黄を主に利用していると考えられるが、ハクセン. 藻類も含めた底質上の有機物を餌資源とする一次消費. シオマネキの δ 34S 値(+13.1‰)は、軽い安定同位体比. 者、または、二次消費者であると考えられる。フタバカ. を持つ底生微細藻類由来の硫黄も利用していると推察さ. ク ガ ニ は 高 次 捕 食 者 で あ る と 予 想 し て 採 集 し た が、. れる。ハクセンシオマネキはチゴガニより上部の乾燥し. δ 13C・δ 15N・δ 34S 平均値から、高次捕食者ではなく一次. た底質を好むことから、この違いは両種の分布の違いを. 消費者または、二次消費者であると考えられた。. 反映している可能性がある。. 樹冠のない林縁部で採集したオキナワハクセンシオマ. 雑食性のフタバカクガニとアシハラガニは、一斉落葉. ネキの δ 13C 平均値(-18.6‰)は、同じく底質上の有機. 前後で共に δ C 平均値が転石上付着海藻(オゴノリ・. 物を採餌しているチゴガニの δ 13C 平均値(-23.4‰)と. アオサ属)の値に近く、δ 15N 平均値はそれより約 1‰高. 大きく異なり、マングローブ植物起源の有機物も含む底. いことから、海藻も採餌していると考えられる(表 1;. 質より、植物プランクトンや底生微細藻類の値に近い。. 図 3a)。δ 34S 平均値が海藻よりも低いことから、海藻の. 日当たりの良い林縁部では底生微細藻類の成長が良く、. 他にも利用している餌があると想定される。雑食性で肉. 堆積物食者の餌に占める割合が高くなる可能性がある。. 食も行う事から、本研究で捉えきれなかった一次消費者. 以上のことから、住用マングローブ林では、林内の底. が餌となっている可能性も考えられる(図 3b)。. 生動物はマングローブ由来の有機物を含む底質上の有機. 13. 物を餌資源として利用する食物網が構築され、林外の底 住用マングローブ林における底生動物食物網構造. 生動物は植物プランクトンや底生微細藻類といった海由. 住用マングローブ林で採集した落葉の δ 13C 平均値. 来の有機物にも依存した食物網が構築されていると推察 される。. (-31.3 − -29.6‰)は、典型的な C3 植物の範囲である(横 山 2008)。δ N 値については、その値(-2.0 − +2.5‰) 15. から、空気中の窒素ガスに由来すると考えられ、窒素固. 喜入マングローブ林と住用マングローブ林の比較. 定又は雨水に溶けた硝酸を経由して取り込まれたものと. 住用と喜入(一斉落葉前)のマングローブ落葉は、. 考えられる。また、底質中の落葉と崩れた落葉について. δ 13C 平均値に差が殆どなく、地域間の違いは見られな. は底質中の微生物の影響を受けている可能性がある。. かった。住用マングローブ林内の底生動物の餌資源は、. δ S 平均値に関しては、-1.9 − +8.5‰と比較的低い値で. 植物プランクトンや底生微細藻類由来だけでなく、マン. あることから、微生物的硫酸還元の産物である硫化物(硫. グローブ落葉を含むと考えられた。一方で、喜入マング. 化水素)を取り込んでおり(表 2)、この傾向は底質中. ローブ林の底生動物がマングローブ植物を食物源として. にある落葉ほど強いと思われる。このような落葉は真っ. 利用している割合はかなり低いと考えられ(図 3)、底. 黒く変化しており、これは硫化水素が鉄と反応して生じ. 生動物の δ 13C 値と先行研究から、海藻、植物プランク. た硫化鉄が落葉表面に沈着した結果と理解される。また、. トンや底生微細藻類といった海由来の有機物を主に利用. 13. 林内外に関わらず底質の δ C 平均値は落葉の値に近か. している可能性が高い。また、底生動物の δ 34S 平均値. ったことから、マングローブ植物由来の有機物が底質中. についても、喜入では +15.0‰以上やその付近の値を示. 34. 245.
(12) 川瀬誉博・白澤大樹・大西雄二・山中寿朗・山本智子 しており、落葉由来の有機物よりも海藻を含めた海水中. いては測定可能な種が少なかったため、同位体比から一. の硫酸イオンを硫黄源とする有機物の影響を強く受けて. 斉落葉前後の食物網構造の変化を明らかにすることはで. いると考えられた。故に、喜入マングローブ林では、マ. きなかった。. ングローブ植物の餌資源としての寄与率は小さく、海藻 や植物プランクトン、底生微細藻類を起点とする食物網. まとめ. が構築されていると推察される。また、喜入マングロー ブ林の生産者と消費者の δ 15N 値は住用マングローブ林. 喜入マングローブ林では、一斉落葉後、ハクセンシオ. よりも高い値を示し、喜入マングローブ林の生産者と消. マネキが林内に進出するなどの底生動物群集が大きく変. 費者は人為由来の栄養塩や有機物の影響を受けている可. 化したが、食物網構造が変化することはなく、マングロ. 能性も考えられる(陀安 2008;横山 2008)。. ーブ落葉の直接の食物源としての利用は極めて限定的で あった。一方、住用マングローブ林では、マングローブ. 一斉落葉が林内の環境と食物連鎖にもたらした変化. 由来の有機物を底生動物が食物として利用していること. 喜入マングローブでは、マングローブ植物の一斉落葉. が示唆された。このことから、マングローブ林の北限に. による林内の環境変化として、樹冠が消失したことで林. 位置する喜入マングローブ林では、底生動物の食物源と. 内の光量子量は増加した(図 4a)。それにより林床付近. してのマングローブ植物の役割は小さく、生息場所提供. の乾燥が厳しくなり、底質中の水分が減少するのではな. の役割が大きいと考えられる。その要因として、喜入マ. いか、また、光量の増加によって底質中に生息する微細. ングロール林にはマングローブ植物を破砕あるいは消化. 藻類の光合成が活発になり、底質中の有機物量は増加す. できる動物が少ないことが考えられる。住用マングロー. るのではないかと予想された。しかし、実施に調査した. ブ林では、クロベンケイガニ Chiromantes dehaani がマ. ところ、含水率は多くの地点で減少傾向であったが、強. ングローブ林の陸側辺縁部に分布しているが(木下 私. 熱減量も減少傾向を示しており、予想とは逆の結果とな. 信)、喜入ではベンケイガニ科の種は見られなかった。. った(図 4bc)。底質中の有機物は微細藻類の増加とバ. 今回の研究では喜入のマングローブ林で食物網を支えて. クテリアの分解による減少を合わせた結果であり、バク. いる生産者を特定するには至らなかった。一方で、住用. テリアの活性は温度に比例することから、光量の増加に. マングローブ林においては一次消費者の餌として利用さ. よって底質付近の温度が上昇してバクテリアが活性化. れていると考えられるマングローブ植物であるが、落葉. し、有機物の分解が促進された可能性も考えられる。. の δ 34S 値が分解程度によって異なるなど、底質中の細. 一斉落葉後の光量子量の増加は、底質上の餌環境に大. 菌の関与が強く示唆されながら、分解過程を明確にでき. きく影響していないと考えられることから、ハクセンシ. てはいない。両生態系における食物網の構造とその中で. オマネキの林内進出は樹冠の消失によって林床付近の光. マングローブ植物が果たす役割については、今後とも調. 量が増加したことにより引き起こされたと推察される。. 査が必要であると考える。. このことから、マングローブ植物の樹冠は林床への光量 を制限することで、ある種の底生動物の分布を制限して. 謝 辞. いた可能性が考えられる。 今回の結果から、喜入マングローブ林では、一斉落葉. 本研究を行うにあたり、鹿児島大学水産学部の宇野. 前から底生動物がマングローブ植物の落葉を起源とする. 誠一教授、鈴木廣志教授にサンプル処理と甲殻類の同定. 有機物をほとんど利用しておらず、主に植物プランクト. をご指導頂くとともに、奄美市の黒潮の森マングローブ. ンや底生微細藻類に依存していると考えられた。底質や. パークには野外調査の便宜をはかって頂いた。ここに厚. 底質から分離された有機物の δ C 平均値は、一斉落葉. く御礼申しあげる。また、調査に協力してくださった研. 後 1.1‰低下しており、底生動物のうちヒメカノコ、ウ. 究室の先輩方・後輩の皆様(以下敬称略:上野 綾子、. ミニナ、アシハラガニは、いずれも δ C 平均値が約 2. 江川 昴弘、緒方 沙帆、志津馬 大起、木下 涼、鹿野 翔太、. 13. 13. ‰低下している(表 1)。餌資源の δ C 値の変化が消費. 藤井 椋子、古川 拓海、山口 涼、遠藤 雅大、木下 そら、. 者の δ 13C 値に影響を与えていると考えられた。一方で、. 野村 淳一朗、山村 秀雄)に深く感謝する。なお、本論. 底質の δ N 平均値が一斉落葉前後で上昇したのに対し. 文の作成は、科研費(16K00635)及び文部科学省特別. て、消費者の δ N 平均値は変化が少なく、δ S 値につ. 経費「薩南諸島の生物多様性とその保全に関する研究拠. 13. 15. 15. 34. 246.
(13) 北限マングローブ林の底生動物食物網 大谷 壮介, 上月 康則, 倉田 健吾, 仲井 薫史 (2012) 河口 干潟における堆積有機物の起源と底生生物群集の餌 資源. 土木学会論文集G (環境), 68:483-492. https://doi. org/10.2208/jscejer.68.III_483 Rees CE, Jenkins WJ, Monster J (1978) The sulphur isotopic composition of ocean water sulphate. Geochimica et Cosmochimica Acta 42: 377-381. https://doi. org/10.1016/0016-7037(78)90268-5 Sim MS, Bosak T, Ono S (2011) Large sulfur isotope fractionation does not require disproportionation. Science 333: 74-77. https://dx.doi.org/10.1126/science.1205103 陀安 一郎 (2008) 安定同位体比による生態系構造解析. (永田 俊, 宮島 利宏 編) 流域環境評価と安定同位体− 水循環から生態系まで, 284-297. 京都大学学術出版会, 京都 Yamanaka T, Shimoyama S, Mizota C (2000) An evaluation of source sulfur in soft tissues of marine and freshwater benthic animals from Japan using isotope analysis. Benthos Research, 55:17-22. https://doi.org/10.5179/ benthos1996.55.1_17 横山 寿 (2008) 温帯の感潮域および沿岸域における動物 の食物源−安定同位体研究の成果と課題−. 日本生態 学会誌, 58:23-36. https://doi.org/10.18960/seitai.58.1_23. 点形成」の助成を受けて行われた。. 引用文献 Couch CA (1989) Carbon and nitrogen stable isotopes of meiobenthos and their food resources. Estuarine, Coastal and Shelf Science, 28:433-441. https://doi. org/10.1016/0272-7714(89)90090-5 福岡 雅史, 南條 楠士, 佐藤 守, 河野 裕美 (2010) 西表島浦 内川のマングローブ域におけるシレナシジミ Geloina coaxans の分布特性. 東海大学海洋研究所報告, 31:1929 林 真由美, 山本 智子 (2011) 北限域のマングローブ林 における底性生物相: 亜熱帯域との比較. Nature of Kagoshima, 37:143-147 金谷 弦 (2010) 炭素・窒素安定同位体比測定法による大 型底生動物の餌資源推定−汽水域生態系への適用−. 日本ベントス学会誌, 65:28-40. https://doi.org/10.5179/ benthos.65.28 川瀬 誉博, 藤井 椋子, 古川 拓海, 山口 涼, 山本 智子 (2018) 住用マングローブ林における底生生物の分布. Nature of Kagoshima, 44:297-302 小見山 章 (2017) マングローブ林. 京都大学学術出版会, 京都 今 李悦, 黒倉 壽 (2009) タイ国南部のマングローブ域に おけるマクロベントス群集の食物網構造. 月刊海洋, 41:177-183 Nagelkerken I, Blaber SJM, Bouillon S, Green P, Heywood M, Kirton LG, Meynecke JO, Pawlik J, Penrose HM, Sasekumar A, Somerfield PJ (2008) The habitat function of mangroves for terrestrial and marine fauna: A review. Aquatic Botany, 89:155-158. https://doi.org/10.1016/j. aquabot.2007.12.007. 247.
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