過去から現代への箴言
笛木美佳
近代文化研究所の仕事のひとつに、文学作品を通して明治以降の近代と いう時代、その文化をあぶり出すことが挙げられる。これは現代から過去 を見つめて、時代の推移を再確認 再発見する作業である。 ところがこの度、それとは逆に、過去の作品から現代をあぶり出し、見 通す機会を得た。漱石など文豪といわれる作家の研究においては古くから 行われていることであり、決して目新しいことではないが、文学の可能性 と作家の力量を示す事例として、ここに紹介したいと思う。 以下は、県立神奈川近代文学館の企画展「没後 15年 遠藤周作展 21 世紀の生 命 いのち のために 」(会期 平成二十三年四月二十三日~六月五日) に おけるシンポジウム (五月五日 午後一時三十分開演) 、「遠藤周作を 21世紀 に読む (1) 」の基調講演の内容を文章化したものである。 はじめに 今、日本に広がる「絆」の本質 遠藤周作はカトリックの信者であり、信仰における自身の問題を常に追 究し続けた作家である。その膨大な作品からは、問題と対峙し続けた遠藤 の思想の深まりがうかがえる。しかしながら、彼の作品の愛読者の中には、 キリスト教とは無縁の人も多い。そこで、彼の代表作である「わたしが 棄てた 女」を取りあげ、キリスト教とはやや離れたところから「遠藤周 作を 21世紀に読む」ことの意義について考えてみたい。 三月十一日に東日本大震災が起こり、被災地では二か月が経とうとして いる今も、避難所で他人同士が肩を寄せ合う生活が続いている。余震も度 重なる中、互いに譲り合い、助け合い、不安を抱えつつ、一日一日を過ご している。被災地に向けての意識も高まり、小さな子どもからお年寄りま で全国の人が心を痛め、 「助けたい」 、「力になりたい」 、「みんなつながっ ている」という気持を抱いている。支援の動きも活発で、ボランティアと して、あるいは募 金 を通して、あるいは 救 援 物資 を 提供 する 形 で、人 々 は 手 をさしの べ ている。 この震災後、 「 T SUNAM I( 津波 ) 」 という言 葉 とと もに、 「 KI ZUNA (絆) 」という言 葉 が 海外 にまで広く 知 られる よ うになっ たことは、 ニュー ス 等 で 繰 り 返 し 伝 えられていることである。 しかし、その一 方 で、 都 会では震災 直 後、 食料 品の 買 い だ めや、 ガソ リ ンの 買 い 占 めが起こった。 パ ニ ック 状態 であり、 冷静 な 判断 ができない 状 況 であったとは言え、自分の身、家 族 の生活が 第 一で、人のことはかまっ ( 1 ) 学 苑 近代文化研究所紀 要第 八 五一 号 (一)~( 八 )(二 〇 一一 九 )遠藤周作「わたしが
棄てた
女」の今日性
L es so nsf orT od ayf ro mt heP as t:T heM od er nit yo f Wa ta sh ig aS ut etaO nn a ( T heG irlI L eftB eh in d) by Sh us ak uE nd o Mi kaF ue kiていられないといった「人のつながりの薄さ」を露呈したできごとであっ たと見ることができる。 励まし、慰めである 「つながる」 という行動、 「絆」 という言葉がクローズアップされるのも、皮肉な見方をすれば、日 頃の人間関係の希薄さの裏返しとも言えよう。 震災から二か月弱、復興への取り組みはまだ始まったばかりである。こ の先まだまだ時間はかかるであろう。十六年前の阪神淡路大震災の時も三 年かかったそうである。人々の救援も途切れることなく、しばらくは続く はずである。しかし、復興後はどうであろうか。私は阪神大震災の時の被 災者のコメントが忘れられない。 「親しい人、家などを失ったことも悲しいが、被災しなかった人々に 忘れられていくことがいちばん怖いし、悲しい」 。 「絆」という言葉、 「つながる」という行動が自然とわき起こり、広がり、 日々クローズアップされても、さらに自身が生活の不便を体験しても、当 事者でなければ、人は忘れてしまうのである。 一、遠藤周作の「愛情」と主人公 森田ミツ ここで私は、遠藤周作が恋愛についての文章で、 情熱 と 愛情 の 違いを説いていたのを思い出す。恋愛論を書く時にはしばしば表れたもの であるが、例えばその中のひとつ、 「人を愛すると は (2) 」 には次のように書 かれている。 愛とは……いろいろな説明や解釈があるでしょうが、私は愛とは 「 棄てな いこと」 だと思っています。 愛する対象が 人間であれ、ものであれ どんなにみにくく、気にいらなくなっても、これを棄てないこと、それが愛 のはじまりなのです。 逆に言えば、美しく、魅力的なものに心ひかれるのを普通、われわれは愛 とよんでいますが、そんなものは愛ではない。 なぜなら美しく魅力的なもの に心ひかれるのは、誰でもができる当然の、やさしい行為だからである。 愛 とは誰でもができる、やさしい行為ではありません。 恋愛の場合だって同じことです。 あ なたが若く、あなたの恋人が若くて魅 力的な時、あなたたちの恋愛は必ずしも 「愛」 と はよべない。 若くて魅力的 な青年に心ひかれるのはどんな女性だってできる行為です。 それは 「愛」 で はなく 「 情熱」 と よぶべきなのです。 情 熱は年ごろの男性と女性とが容易に もつことのできる感情で、愛ではないのです。 愛は男と女とが人生の苦しみも悦 よろこ びもわかちあい、時にはつきなんとする 二人の心の火を忍耐と努力によって一生、消さない時に生れます。 二人がみ にくくなり、 怠期 けんたいき にはいっても情熱のかわりに生の連帯という感情が育 はぐく ま れる時、生まれるのが「愛」なのです。 この「情熱」と「愛」の違いを、より一般的な人間の感情である「同情」 と 「愛」 の違いという形で示した作品が、 「わたしが 棄てた 女」 (「主 婦の友」 昭 38 1 ~ 12連載) ではないだろうか。 この作品において「同情」と「愛」の違いは、復活院療養所のスール 山形が吉岡努に宛てた手紙の中に取りあげられている。 我々修道女の言葉に、愛徳の実践というものがあり、この愛徳の実践に、修 道女は生きようと心がけておりますが、愛徳は感傷でも、憐憫でもございま せん。 私たちは、悲惨な人や気の毒な方を同情しますが、同情は、本能や感 傷にすぎず、つらい努力と忍耐のいる愛ではないと、教わってまいりました。 ( 2 )
(「ぼくの手記(七) 」) 修道女たちにさえ努力と忍耐が必要だとされる「愛徳」を、主人公である 森田ミツは「苦しむ人々にすぐ自分を合わせ」る形で実践していた。それ には常に自己犠牲を伴った。経堂の薬工場で田口さんの奥さんに千円を渡 した時には、夜勤までして買うのを楽しみにしていた「黄色いカーディガ ン」を諦めねばならなかった。吉岡の寂しさを慰めるためには、自分の体 を犠牲にしなければならなかった。けれども彼女の自己犠牲による他者へ の行為には「わざとらしさ」が「少しも見」えなかったのである。今回の 震災、あるいはかつての自然災害を思うと、苦しむ人々にすぐに自分を合 わせることの難しさ、そしてミツが「聖女」と呼ばれる理由がよくわかる。 では、ミツは修道女たちのようにキリスト教を信じていたのだろうか。 否である。むしろ彼女は、ハンセン病で入院していた壮ちゃんという六歳 の子どもが肺炎で亡くなった時には「神を否定」したのである。 二、 「わたしが 棄てた 女」にこめられた遠藤周作の メッセージ ミツはキリスト教の信者ではなかった。スール 山形の手紙によれば、 ミツは、 「あたし、 神 さまなど、 あると、 思わない。 そんなもん、 あ るも んですか」 、「なぜ、悪いこともしない人に、こんな苦しみがあるの。病院 の患者さんたち、みんないい人なのに」 (「ぼくの手記(七) 」) と言ったとい う。 これはキリスト教を信じていない読者にとっては、ごく当然の疑問であ り、また今回の震災においても、まったく同様の感想を持つところである。 それに対する、スール 山形の解釈は、次のように示されている。 人間が苦しんでいる時に、 主もまた、 同 じ苦痛をわかちあってくれている というのが、 私たちの信仰でございます。 どんな苦しみも、 あ の孤独の絶望 にまさるものはございません。自分一人だけが苦しんでいるという気持ほど、 希望のないものはございません。 しかし、 人間はたとえ砂漠の中で一人ぽっ ちの時でも、一人だけで苦しんでいるのではないのです。私たちの苦しみは、 必ず他の人々の苦しみにつながっている筈です。 しかし、 このことをミッち ゃんにどう、 わかってもらえるか。 いいえ、 ミ ッちゃんはその苦しみの連帯 を、自分の人生で知らずに実践していたのです。 (「ぼくの手記(七) 」) ここに遠藤周作から私たちへの、時代を超えた大きなメッセージを読み 取れないだろうか。先に紹介した阪神大震災の被災者のコメントは、まさ にここにある「自分一人だけが苦しんでいる」という「孤独の絶望」を示 している。しかし、遠藤の伝える神は、決して苦しむ者を「一人ぽっち」 にはしない存在なのである。 さらにもうひとつ指摘しておきたい。今回の震災でも、復興が進み、日 常の生活が戻るにつれ、人々の「絆」の意識も薄まっていくであろう。し かも、神ならぬ人である私たちであるから、できることも限られている。 そうした中で、森田ミツのあり方は私たちにとって、ひとつの指針となる であろう。 今、 本当に必要なのは 「同情」 ではなく、 「愛」 で ある。 そ して 「愛」 とはもちろんキリスト教の真髄ではあるが、神を知っているか、否かによ って決まるのではなく、どこまで他人に心を合わせられるかによって決ま るのである。したがって、私たちが被災した人々を支えると言った時、そ ( 3 )
れは表向きの復興の完了までのことではない。努力して「忘れないように 意識し続ける」 、「被災した人たちに心を添わせ続ける」ことが大切なので ある。信仰のなかったミツがそうであったように。そして、この意識こそ が、ドライな人間関係が当たり前の現代においてもつないでおける、本当 の「絆」なのである。 三、若い世代の捉える森田ミツ像 「わたしが 棄てた 女」は、 現代の我々、 特に若い世代が読むには距 離のある作品でもある。星新一などは、作品から時代の匂いを徹底的に排 除し、いつの読者でもすんなり読めるようにしていたという。しかし遠藤 は、むしろ時代を積極的に書き込んでいる。おそらく、作品が当時の読者 に、身近なものとして受け入れられることが重要だったためであろう。な ぜなら、遠藤における神、および同伴者イエスは人間にとって常に身近な 存在だからである。 「わたしが 棄てた 女」にも昭和二十三年から二十七年までの風景 風俗 流行そして人気歌手やアイドルの名前などが書き込まれている。そ のため昭和女子大でこの作品を取りあげる時には、それらの言葉を列挙し、 分担して調べて、 「みんなで作る 「わたしが 棄てた 女」辞典」を作成 し、読みの一助にしているくらいである (3) 。 ところで、現代の女子大生がこの作品との間に溝を感じるのは、実はこ うした時代の匂いの部分ではない。むしろ、人間の関係の仕方に、大きな ズレを感じるようなのである。私は十年ほどこの作品を講じており、その 中で感想を書いてもらう機会がある。多くはミツの生き方に共感したり、 吉岡の弱さに自分との共通点を見るといった感想である。その一方で、少 数派ではあるが、自分とは相容れないとする感想もある。少し前までは、 「私にはとても遠すぎる (高すぎる) 世界だと感じた」などと、 自分の生 きている現実との差を理由に挙げていたのだが、 近年、 「森田ミツをどう しても偽善者としてしか見られない」 、「こんなに空気が読めない人がそば にいたら、周りの人は苦労すると思う」など、ミツの存在自体を受け入れ られないという感想が見られるようになってきた。 この感想にも現れた「空気を読む」行為は、現代の日本社会に広く蔓延 している風潮である。小中学生から社会人の関係にも、近所づきあい、親 戚づきあい、極端な場合は家族にもそれを求める場合があるようである。 人間関係において、互いに「空気を読む」ことの利点は、人と人とがぶ つかり合わないので、物事がスムーズに進むということであろう。スピー ドとスマートさが要求され、ドライな関係がもてはやされる現代において は、非常に有効な手段であると言えよう。しかし、利点ばかりではない。 周りの様子ばかりうかがっていると、結局は本音で語ることができなくな り、浅い人間関係しか結べなくなってしまう 危険 もはらんでいる。 不満 も 蓄 積されていくであろう。極 論 かもしれないが、近年 増加 している 幼児虐 待 なども、 「空気を読む」風潮が関わっているのではないかと思う。 母 親 は、 「空気を読み」 、我 慢 しつつ生きてきたのに、 赤 ん 坊 や 幼児 は空気を読 まないように感じられる。 幼 い者には 限 界があるのだが、それを受け入れ られなければ、いつしか 不満 が 爆発 することもあろう。 母 親の 孤独 な子 育 てがよく取り 沙汰 されるが、それだけではないように思う。 では、 「わたしが 棄てた 女」の森田ミツは、 空気が読めなかったの であろうか。そうではない。ミツは 川越 の実家を 出 て 上京 したのだが、 次 のように語られている。 ( 4 )
(前略) 彼女は、 その古い故郷にあまり帰ろうと思わない。 自分がいないほう が、 父親も義理の母親もうまくいくことを知っているからである。 ミツは父 親の死んだ先妻のただ一人の子で、後ぞいは三人の子供をつれてやってきた。 悪い人ではないけれど、自分の存在が新しい母親の倖せをさまたげることを、 幼い頃から彼女は子供心に感じていた。 ミ ツは自分がいるために、 よその人 が気の毒な思いをするのに耐えられない。 不幸になるのをみると、 たまらな く悲しい気持になる。 だから東京に出て、 こうして働き、 こうして一人で生 きているのだ。 (「手の首のアザ(一) 」) ここからは、場の空気を十分読み、家族の幸せを最優先しているミツの様 子がうかがえる。 復活院療養所で、 自分の人生を振り返る時も、 「吉岡さ んのことを好きになっても、あの人の迷惑にならないように、悲しいのを 我慢して離れていったんだ」 (「手の首のアザ(四) 」) とある。 けれども、目の前にいる他人が困っている時、苦しんでいる時、その場 の空気を読むよりも、自分の利害を考えるよりも先に、それらを突き抜け て、他人によかれと思う言動を自然ととったのがミツなのである。結果的 には、このミツの言動が吉岡に痕跡として残り、吉岡を動かしたわけであ る。吉岡だけではない。ソープの娘も、パチンコ屋の娘も、吉岡をひたむ きに思うミツの姿を、脳裡にとどめていた。パチンコ屋の娘は、ミツが自 己を犠牲にすることによって馬場さんを助けたことを目撃しているし、経 堂の薬工場で千円を借りた田口の妻も、ミツの温情を忘れないはずである。 彼女は 「空気を読んで」 いたのではなく、 「気持を読んで」 いたのであ る。先の「他人に心を添わせる」とは、そういうことなのである。そして、 こうしたミツのあり方は、現代の「空気を読む」という風潮への警鐘にな っているのではないか。 スール 山形の手紙の中に、キリスト教においては神が「だれよりも幼 児のようになることを命じられ」 、「単純に、素直に幸福を悦ぶこと、単純 に、素直に悲しみに泣くこと、 そして単純に、素直に愛の行為ができ る人」を「幼児のごときと言う」のだと書かれている。そして、それを体 現している「ミッちゃんであればこそなお、神はいっそう愛し給うのでは ないか」 (「ぼくの手記(七) 」) とされている。 本当の 「絆」 を求めるならば、 「空気を読む」 ことを、 時と場合に応じ て突き抜けなければならないのである。若い人たちがミツの言動に、偽善 を感じない世の中になることを願ってやまない。 四、真の幸福とは何か 現代の社会でもうひとつ一般的になっている価値観に、 「勝ち組/負け 組」 がある。 何か失敗をすれば 「負け」 であり、 人の上に立てなければ 「負け」である。 その価値観からいけば、ミツはどうしようもない「負け組」である。経 堂の薬工場からソープ、パチンコ屋、いかがわしい 酒 場、不 治 とされた 病 を 得 て療養所へと、 人生の 坂道 を 転 げ 落 ち 続 けた。 そして、 「な ぜ私 だけ が」 「な ぜ 悪いことを何もしないのに」 と苦しみ、 悲しんだ。 しかし、 最 終 的には ハ ン セ ン 病 の療養所に自ら残るという 選択 をして、 居 場所を 得 、 「愛 徳 の 実践 」そのままの生き方を 貫 き、幸福を 得 た。 ここで、ミツの幸福の 軌 跡を 確認 しておきたい。彼女はたしかに、 ハ ン セ ン 病 の療養所に行く前から、 可哀想 な人、気の毒な人を 見 ると 放 ってお けず、自分を犠牲にしてでも 必 死に 慰 めようとする 稀有 な、 聖 なる 資質 を ( 5 )
秘めた女性であった。しかし、彼女が「聖女」とまで呼ばれるためには、 まだ足りないものがあったのではないか。それは、自分の弱さを知ること である。大学病院で病の名を告げられた帰り道、ミツは何の苦もなく暮ら している三浦マリ子を見かけ、次のように思う。 自分の世界とマリ子さんとはちがうとミツは痛いほど今、考えた。彼女は、 働かなくてもいいのに働いているお嬢さんだ。 しかし、 私 は働かねば生きて いけないのだ。 彼女はやがて、 立 派な男の人のお嫁さんになるだろう。 けれ どもあたしはそんなことさえ、 もうできない。 あ の人はいつも倖せだ。 手に こんな、みにくい赤黒い痣はない。だがあたしは、あたしは…… (嫌いだ。三浦さんなんか大嫌いだ) はじめて森田ミツは他人の倖せを憎むという、 暗 い衝動を感じた。 この新 宿のすべての人たちが、 自分と同じように不幸になればいい。 腕 をくんで、 むつまじそうに歩いている恋人たちが自分のように泣くこともできず、 この 街を歩きまわるとよい。 自分だけがなぜこんなに辛く、 不 幸でなければなら ないのか。 (「手の首のアザ(二) 」、傍線引用者) 傍線部分「はじめて」という言葉が、ミツの転機をよく伝えている。 さらに、到着したばかりの復活院療養所の前では、エゴイズムにもとら われる。 (帰ろうね。ね。帰ろうよ) だれかが耳もとでしきりにそう促すのである。 今このまま、 路 を引きかえ せばよいのだ。 今日までだってそう生きていたのだから、 これからも知らぬ 顔をして生きていればいいんだ。 (「手の首のアザ(三) 」) 療養所内でも、同室の加納たえ子が親切に食事を運んであげると声をかけ た時、 「悪いと思っても、 顔のむくんだ彼女が運んでくれる食事に をつ けるのは気が進ま」 (「手の首のアザ(三) 」) ず、その気持を「敏感に」悟っ た「たえ子の心を傷つけ」 、「自分はほんとにいけないわるい女の子だと」 「心のなかで呟」く。その後、療養所の敷地内で墓地を見つけ、 「やがてこ の病気が自分にも死を運んでくること」 (「手の首のアザ(四) 」) を知って、 怯える。 こうしてミツはとことん「負け」続けたことで、自分の弱さ、人間の本 当の悲しみを知り、弱い人々の苦しさ、悲しさを体感したのである。この 体感が彼女の聖なる資質に加わったことで、彼女の「聖性」は確かなもの となり、 「聖女」 にまで引き上げられたのではないだろうか。 弱い人、 苦 しんでいる人への心の添わせ方が変わったはずだからである。単なる同情 や憐憫ではなく、 真の意味での 共に苦しみ、 共に悲しむ 、同伴者の姿 勢の獲得である。そしてもし、この体験がなければ、ハンセン病ではない と診断されてもなお、療養所に残るとの選択もなし得なかったかもしれな い。 ここにおいて彼女は、 「勝つ/負ける」 の価値観でははかれない、 真 の幸福を得たと言ってよかろう。 さらに、彼女の支えとなったものに、スール 山形の示した「大きな意 味」という言葉がある。これは、可哀想な患者たちを思っての、ミツの問 い「あの人たち、いい人なのに、なぜ苦しむの。だってさ、こんなにいい 人たちなのに、なぜこれほど可哀想なめに会うのよ」に対する答えである。 「(前略) 世の中には心のやさしい人ほど辛い目に会ったり、苦しい病気にかか ったりするのね。 なんのために神さまはそんな 試練 を 与 えるのか、 あたしも ( 6 )
よく考えるわ。 この病院にはびっくりするほど心の美しい患者さんが沢山い るわ。 世 間にいた時だって、 その人たちは悪いことなんか何一つしなかった でしょう。 それなのになぜ、 この人たちだけがこんな病気にかかり、 家族に 棄てられ、 泪をながさねばならぬのか、 考えるわ。 そんな時、 あたしは自分 が信仰している神さまのことまで、 わからなくなる時もあるの。 ……でも、 あとになって考えなおすのよ。 この不幸や泪には決して意味がなくはないっ て、必ず大きな意味があるって……」 (「手の首のアザ(四) 」) この 「大きな意味がある」 という言葉は、 「負け」 続けたミツにこそ響い たと言えよう。 「負け」 続けた人生に何の価値も喜びも見出せず、 この先 にも希望を持てなかったのに、 今後は今までの人生を踏まえて、 「大きな 意味」を探しつつ、生きていけるのである。この言葉は、ミツの生きる道 しるべになり、誤診とわかった後も病院に残る選択に彼女を導いたのであ る。これは、三浦マリ子のような、生まれながらの「勝ち組」には何の意 味も持たない言葉であろう。 就職難の今日、女子大生の中にはこの部分に自分を重ね、励みにしてい る者もいる。逆境に身を置かざるを得ない時、いかに克服するか、それを この作品は示しているとも言えるのである。 一方の吉岡は、ミツを棄てた後、無事大学を卒業し、無難な会社に就職 し、 その社長の姪と結婚した。 つ まり、 「勝ち組」 で ある。 で は、 彼が得 たものは何であったろうか。 ぼくには今、 小さいが手がたい幸福がある。 その幸福を、 ぼくはミツとの記 憶のために、 棄てようとは思わない。 しかし、 この寂しさはどこからくるの だろう。 もし、 ミツがぼくに何か教えたとするならば、 それは、 ぼくらの人 生をたった一度でも横切るものは、 そこに消すことのできぬ痕跡を残すとい うことなのか。 寂しさは、 その痕跡からくるのだろうか。 そして亦、 もし、 この修道女が信じている、 神というものが本当にあるならば、 神はそうした 痕跡を通して、 ぼくらに話しかけるのか。 しかしこの寂しさは何処からくる のだろう。 (「ぼくの手記(七) 」) 吉岡が得たのは、 「小さいが手がたい幸福」 でしかない。 そしてそれを守 る生き方には常に「寂しさ」がつきまとう。手記を書いている現状を見れ ば、結婚したマリ子に詳細を話して、罪と苦しみを分かち合っているとは 考えられない。そうだとするならば、ミツが交通事故で亡くなった以上、 彼はその重い人生を一人で背負っていかなければならないのである。ちょ うど夏目漱石の「こゝろ」の先生がそうであったように。ただし、吉岡の 場合は、ミツの「痕跡を通して」神が「話しかける」という形で、救いの 可能性が示されているが。 おわりに 作品内時間は昭和二十三年秋から二十七年一月末までであり、戦後の成 功者と失敗者が明暗を分けた時代であった。さらに、遠藤がこの作品を発 表した昭和三十八年は、 「勝ち組/負け組」という言葉はなかったものの、 東京オリンピックを翌年に控えた、高度経済成長期のまっただ中であった。 人を押しのけ、上を目 指 す 風 潮 が当たり 前 の時代であった。 遠藤は、吉岡の得た幸福、ミツの得た幸福を 並 べてみせることで、本当 の幸福とは何か、現代の社会に 足 りないものは何かを、わかりやすく 提 示 したのである。 特 にこの作品の発表された 雑誌 が「 主婦 の 友 」であったこ ( 7 )
とを思えば、次世代を育んでいく女性読者へのメッセージが意識されてい るであろう。 そして、 この遠藤のメッセージは、 「空気を読む」 という希薄な人間関 係が当たり前になっている現代の日本社会、 「勝ち組」 を信奉する現代の 日本社会にも一石を投じ続けているのである。 注 ( 1 ) コーディネーターは富岡幸一郎氏、講師は兼子盾夫氏と笛木が務めた。 なお、貴重な機会を設けてくださった県立神奈川近代文学館に、この場を 借りてお礼申し上げたい。 ( 2 ) 原題「愛の倫理」として「マドモアゼル」 (昭 38 12)、のちに『ぐうたら 愛情学』 (昭 51 5 、講談社文庫 に所収) ( 3 )「みんなで作る「わたしが 棄てた 女」辞典」の項目の一部 人名 ・笠置シヅエ(実在人物名は笠置シヅ子) ・エノケン(榎本健一) ・池部 良 ・柳家銀吾楼(実在人物名は柳家金語楼) ・山口淑子 ・津島恵子 ・若山セツ子 ・鶴田浩二 ・ディック ミネ ・杉 葉子 ・田崎 潤 ・月丘千秋 ・三船敏郎 ・藤田 進 ・高峰秀子 ・佐田啓二 ・岸川 明(実在人物名は岸井明) ・石浜 朗 ・ 岡 晴 夫 ・田端義夫 ・大友柳太郎 一般項目 ・バラック ・スケソウダラ ・ブギウギ ・行李 ・宮城 ・ラッキー ストライク ・橋頭堡 ・歌ごえ酒場 ・手風琴 ・実存主義 ・ゾッキ本 ・救世軍 ・ダットサン ・待合 ・ストリッパー ・ポン 引き ・ 帝都線 ・ 首づ り ・トッパー ・コイコイ ・文 化 人 ・ソー プ ・サンドイッ チ マン ・ 赤 線 青 線 ( 参考 として) ・ 素寒貧 ・トーキー テ キスト 「わたしが 棄てた 女」 (『遠藤 周 作文学 全集 』 第 5 巻平 11 9 10、 新潮 社) ( ふ え き み か 日本語日本文学 科准教授 近代文 化 研究 所所 員 准教授 ) ( 8 )