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「好色一代女」の原型

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(1)Title. 「好色一代女」の原型. Author(s). 中塩, 清臣. Citation. 北海道学芸大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 15(1): 16-32. Issue Date. 1964-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/3778. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第15巻 第1号 A. 9年8月 昭和3. 北海道学芸大学紀要(第一部). 「好. 色. 一. 代 中. 塩. 女」 清. の. 原. 型. 臣. 北海道学芸大学岩見沢分校国文学研究室 Kiyo ‐omi N AKASHIHO: igin o or f “KOSHOKU‐ 工CHIDAエ ーONNA“. わびぬれば身を浮草の根を絶えてさそふ水あらば去なむとぞおもふ. 「古今集」 巻十八の938 ( ). 花 の 色 は う つ り に け り な い た づ ら に わ が身 世 に ふ る な が め せ しま に. 「古今集」 巻 二 の113 ( ). あ は れ な り わ が身 の は て や 浅 み ど り つ ひ には 野 べ の か す み と 恩 へ ば. 「新古今集」 巻八の758 ( ) - 小 野小 町. なるほど小野小町は, 平安王朝の閏秀で .あるが, いっ てみるとこの女流 ぐらい, 作家論の対象 としてよりも, 歴代の文学作品にヒロイ ン化されて, 課題解決を迫っ たものはない。 ということの 意味は, まず小野小町を廻転軸にして, 日本の女性史をつらぬく人間像の典型が, 光ざのように形 成をとげている事実をさす。 この発展工程にはそういう必然性がある。 時空を超えて存在 した複員 実数の小野小町が, とりどりにモンター ジュされてきた経緯からである。 小野小町の姉は小野町, その妹だから小町, と称 したとも説かれている。 町は宮中の局にすむ. F線 観ヰ鷺 龍録 采女の通称である( 一巻三) 。 ば ち」・ ば つ」-松浦佐用媛・松童のように, また「ま づ る」→「ま つ ら ふ」 の 語 源 に も か よ う も の 一 は, 奉 仕 者 と して の 神 人 を よぶ な ら い で あ る (定本柳 。. 田国男集 「姉の力」 )。 作品抄が 「小町集」・「小野小町集」・「小野小町歌(家)集」 ともいわれ, もちろ ん後代の編輯による。 このうちに小町の姉・小町の孫の歌も入っ ている。 それで諸勅選集からあわ せて六十二首にだ け, 限定してかぞえる方法もあるけれども, やはりこれでさえもひとつの仮説, と しかいえないわけであろう。 すべてを同一人の作品として, 集約し固定させてみる, 思惟に沿っ て い る た め で あ る。. 小野氏出目の栄女ことごとくが, 小野町・小町であるなら, 姉も孫でも小大ノ君までも, やが て小野小町をもっ て複融させ, 統一をはかることは可能であろう。 小野町と小町との関係は, 兄姫・ 弟姫の老若制にもとづく。 八処女とよぶ一七処女(記)・八処女(紀)・九処女(万葉集)といっ ても,序数. 詞ではなくて不定多数詞であるところのもの一の編成では, 最高位のひとりが「兄」 , 次級ひとつら にみな 「弟」 だっ た。 さらに弟のうちからも 上席者 を選び, 兄が 「正」 であるのに対してその弟を 「副」 に配 し, とくにふたりで神へちかずく任務にあずかる( 「折口信夫全集」 ) 。 姉妹の順次婚につづ い て, 床 遜 り の 民 俗 を み ち び く と こ ろ で あ る。 「み づ の を ひ も」(水の緒紐→瑞の緒紐) を解 い た り ま ,. た結びとめる神事にかかわる。 の ちほど 「御湯殿の上の日記」・「御櫛匝殿の日記」 の,本質形成にお よぶ生活条件である。 大尊会のとき御膳にはべる八人の采女のうち, 第二位の副のものを次姫とい. っ て, 第一位の正の采女にしたがいとりつぎの役目を果す。 こういう行動伝承の基点については, 神代巻の天孫降臨調にからませながら, 磐長姫と木の花咲くや姫との姉妹関係へ託して説き明す。. べつに内容にはかわりがないけれども, 形式がまるで逆のケースもある 景行天皇紀の四年の条で 。 美濃にみゆきされた 草, -. この園に佳人あり。 弟姫といふ。 容姿端正, 八坂入彦皇子の女なり。 天皇得て妃にせむと - 16 -.

(3) . 「好色一代女」 の原型. おもひて, 弟姫の家に幸 す。 弟姫…聞きてすなはち竹林に隠る。 ここにおいて天皇, 弟姫を 至ら しめむ, とはかりて泳宮に居ます。 鯉魚をはなちて, 朝夕に臨視してあそびたまふ。 と きに弟姫, その鯉魚のあそぶを見むとおぼ して, ひそかに来りて池にのぞめり。 天皇すなは ち留めて通しつ。 ここに弟姫おもへらく, 夫婦の道は古今の達則なり。 しかれどもあれにお いて不便。 すなはち天皇に請ひていは 妾, 性, 交接の道をおもはず。 いま皇命のかしこ き に た へ ず して, いばら く 惟 幕 の な か に 納 さ れ ま ゐ れり。 しか る に 意 に よ ろ こ ば ざる と こ ろ. な り。 ま た かた ち す が た き た な し。 ひ さ しく 液 庭 に つ か へ ま つ る に 堪 へ じ。 た だ 妾 が 姉 は べ. り。 名 を 八 坂 入 媛 と いる。 容姿麗美 しく志また貞潔し。 むべ後宮に納ひたまへ。 天皇聴した ま ふ。 よ り て 八 坂 入 媛 を め して 妃 と した ま ふ … …. と に かく そ う い う 職 分 を う け つ ぐの は, つ ま り 采 女 の ほ かの も の で は な い。 しだ い に こ れ か ら. 慣行化してきて, ついに女官へ転じて女房の展開をいざなう。 ときにこの史的序列につらなる小野 小町は, 小野氏出目の采女の歴代の職名であり, もっ とさかのぼると丹波道主貴のむすめ<丹波八. 鹿女〉と同質の位相にある(垂仁紀)。 一 天皇…その后に,「汝が堅めし瑞の緒紐は, 誰かも解かむ」 , と間はしめたまへば,「丹波彦多 多須道主王のむすめ, 名は兄比費・弟比費, このふたはしらの女王ぞ浄きおほみたからにま (垂仁記). せ ば, つ か ひ た ま ふ べ し」 と 申 さ しめ た ま ひ き … …。. そこで時代もくいちがい場所をもべつに した, 小野小町にちなむ雑多な伝説圏を, ただひとり の特定人物の事蹟として, 集約し固定させたポレミ ックには, どう しても合理化 しきれない, 局面 がでてくるわけになる。 最古典からの貴種流離調は, 男性を主軸に している--神々の復活までの 遍歴--が, 平安王朝の女房文学におよぶと, 高貴女性の 無限漂泊をえがきだす。 神の物語から神. につかえる神女の物語へうつり, ひ. きつづいて女房文学のテーマとして, 著名な女房の零落し変転 するさまをかたる。 いつ しか妻の座から遠のいて, 床避りの悲槍をうたう, リアリズム文学 「かけ ろふの日記」 にひときわ, いちじる しい顕証をとどめるであろう。 伝説圏では清少納言も和泉式部 でも赤染衛門に しても, みな薦たけてのちはひとしく, 海やまのあいだに老いさらばいてゆく。 も fei て は や さ れ た 姥 捨 山 伝 説 が, 王 朝 文学 の 扉 を ひ らく ひ と つ の Li ndex ,と い っ て い い と こ ろ の 理 由. でもある。 「大和物語亘こ編む采女調の最後は, 悲劇でとぢられる額縁どおりで, これが古代の文芸 感覚に即 してのマナリ ズムである。 「源氏物語」 宇治十帖の大君・中君・浮舟の三人姉妹に, からみ つく運命図にしたと ころですこしも異質のものではない。 だから一括してこういう前型先蹴として 「玉造物語」 )に明徴がある 小野小町がたどる伝承軌跡は, すでにかの群書類従本 「玉造小町壮衰書」 (. ) F 書鶏鼓土曜歯」 ( , ー. 小野小町ガ老衰シテ湧々ナリシサマ, 弘法大師ノ玉作りトイ フ文ニ, 末世ヲ塞ミテ書キタ. マ ヘ ル コ ソ ア ハ レナ レ。 著 ル 物 ノ ナク 策 ラ モ テ 袋 トシ, 霊 ナ ク シテ 俵 ラ モ テ 敷 物 トシ ケ リ。 ミ ヅ カ ラ 野 ノ ワ ラ ビラ 折 り テ, ア シ カ ニ 入 レテ 警 ニ カ ケ タ リ キ。 昔 色 ヲ 好ミ 人 ニ 愛 セ ラ レシ トキ, 詠 ミ タ リ ケ ル 歌 ドモ 思 ヒイ デラ レテ, 悲 シ ク ゾ ハ ベ ル。 色 見 え て う つ ら ふ も の は世 の 中 の 人 の 心 の 花 に ぞ あ り け る ー. 「宝物集」 下) (. 小 野 小 町 が 事, き は め て 定 かな ら ず。 衰へ た る さ ま は, 玉 造 と い ふ 文 に み えた り。 この 文. 清行が書けりといふ説あれど, 高野大師の御作の目録に入れり。 大師は承知のはじめにかく れ た ま へ り。 小 町 が さ か り な る 事, そ の 後 の こ と に や, な ほ お ば っ か な し。. 「徒 然 草」 百七 十 二 段) (. ここの清行を 「理斎随筆」 に安倍清行とし, 「大日本史」 には三善清行という。 それに 「無名 - 17 -.

(4) . 中 塩. 清 臣. 抄」・「古今集序註」 には, 小野小町と玉造小町との異同をうたがい, 「十副 =抄」 ・ 「古今著聞集」 で は同一にあつかい,「徒然草」 が玉造小町をもっ て小野小町に擬す。 謡曲 「卒都婆小町」 がこれをう けついでの創作である。 近世にいたっ ても 「脂徐難録」 がまるでひとりに説き,「大日本史」 の考証. F難義狩 話篇十九巻) ではちがうよるべをみとめ,「牛馬間」 は六人の小町を設定する( 。. ……小野小町が事,「つれ づれ草」 そのほか,-説まちまちなれどもさだかならず。 長明が無 名抄などを考へ合はすれば, 小町がさかりは業平より, 以前のやうにおもふ。 如何。. 古代には一図より一人づつ采女を内裏へ献ぜし事なり。 すでに仁明帝の前 後に, 小町を召されたるもの六十徐人ありしとなり。 この栄女の后町にをら しめたまふゆゑ に, みな皆小町とよ ばれたろなり。 その人々の官仕へをやめて, 古郷に帰り身まかりたる墓 答へていは. を, お ほ か た 小 町 塚 と 呼 び しと な む。 図 々 に 小 町 塚 と い ふ も の 多 し。 … … しか る を な べ て の. 小町といはむとおもふより, 紛れたろ説多 し。 讐はば貴方朝臣陸奥へ下向のとき, 謡榛の目 穴より薄の生ひいでて,「秋風の吹くにつけてもあなめあなめ……」 の歌の小町は, 小野正澄 が娘の小野小町なり。 文屋の康秀が三河ノ按となりて下り しとき, 「……身をうき草の根を 絶えて誘ふ 、水あらば……」 と詠み しは,高雄図分が娘の小町なり。 「おもひつつ寝ればや人の 見えつらむ……」 の歌, また業平の舞の野などいひしは, 出羽の郡司小野良質が娘の小町な り。 高 野 大 師 の 逢 ひ た まる 「装……鵬慢最甚 し, 衰ふる日数然猶深 し」 と答へ しは, 常陸園. 玉造義景が娘の小町なり。 かく一人ならず。 ゆゑに時代そのほか異なる事あるのみ。 なかに も良質 の娘の小町は美人にて, 和歌もす ぐれたればひとり名高く, すべて一人のやうに博へ 「卯花漫鎌」 巻三) (. 来 た る の み。. 「古今和歌集目録」 )。 古今集序の 「小野小町はいにしへの衣通 小町の母は衣通姫ともいっ ている( 姫のながれなり」 の直訳であろう。 衣通姫は允恭天皇の妃で名は弟姫ときく(允恭紀)。 御伽草子の 「小町草紙」 ( 「小野小町」・「 (小野)小町物語」 )は,「玉造小町壮衰書」 にふくむモチィ フから, 世界大に. Si ing Bone Ty 分 布 して い る 「歌 ふ 謁 骸」 型 ( ng ) を綾な し, それから 「死人感謝薄」 (Le Mort pe. R i 喜 影義隆繕 t目こおもむく(弼喬雫」蕎麦豊煮甥静季協 巌嵩琴擬蓄 商事子平繋鰹尋常蓬誓雫 e c o a s n n s a n り 」 基層閉塞 ) 琶聞 ‐ 。. よ し ざね が ひ と り ひ め, 小 野 と て 人 の 目 に た て る よ め い り ざか り, ふ た お や の か は ゆ さ あ. まりに婿選み, ひとり癖をする床のうち, うき世ぞう しと詠みならひ, われとおぽゆる恋の 「色里 迦 陵 頻」 小 野 ま つ よ ひ の 段) (. み ち。. 小町の中世脚本のいくつ かが, 俗にいう能楽の小町物であろう。 すると演出法として燭講から 亡霊へ。 歌舞妓の所作事の小町は, 能楽の 「草子洗小町」・「通小町」・「卒都婆小町」・「関寺小町」・. 「鶏鵡小町」 の系統をふむほかに,「玉だれ小町」・「雨乞小町」・「清水小町」 とよぶのがある 変化・ 。 非変化にわたることはいうまでもな い。 操り芝居の 「外題年鑑」 によると, 紀海音の 「小野小町都 年玉」 とか竹田出雲の 「鰹 鞭 師七小 町」 とかがならろ ‘ 。 小野小町, 出羽の郡司小野良質のむすめといろ 、 。 「著聞集」 に……, 小野小町若くて色を好 みしとき, もてな しけるありさまた ぐひなかりけり。 「批衰書」 に……, 三皇五帝の妃も, 漢 王周公の妻も, いまだこのお ごりをなさず, とかきたり。 かかれば, 衣には錦繍のた ぐひを 重ね, 食には海陸の珍物を整へ, 身には蘭廃を薫らし, 口には和歌を詠じ, よろづの男を騰. くのみ思ひくらし, 女御・后にこころをかけたり しほどに, 十七にて母を失ひ, 十九にて父 におくれ, 廿一にて兄にわかれ, 廿三に弟を先き立て しかば, 単孤無類の猫人となりて, 頼. むかたな かりき。 いみじかりつる薬 へ, 日 ごとに衰へ, 花やかなり し顔ばせ, 年々にすたれ - 18 -.

(5) . 「好色一代女」 の原型 つ つ, 心 を か け た ろ た ぐひ も, う とく の み なり しか ば, … … は て は 野 山 に ぞ さす ら へ け る。. 「狂言不審紙」 ( ). 人間 の あり さ ま こ れ に て 知 る べ し。. 「牛馬間」 に,「秋風の吹くにつけて……」 の小町は小野正澄が娘,「……身を浮草の根を絶 えて……」 の小町は高雄図分がむすめ,「おもひつつぬればや……」 の小町は小野良質が娘, 高野大師の逢ひし小町は常陸園玉造義景が嫁なり。 その謎あらんかし。「扶桑故事要略」 に小 町 の 事 を 諸 書参 考 せ り。. よめ. 「孝経棲漫筆」 巻三) (. ・じ置けり。 さて小町を一人と思ふ 小野ノ小町の事,「牛馬間」 に委しく排 、より, ま ぎれたろ 説多 し。 貸方朝臣陸奥 へ下向の時, 舗博の眼穴より薄の生ひいでて,「秋風の吹くにつきても. ……」 とあり し歌の小町は, 小野の正澄の娘の小野の小町なり。 康秀の三河の稼となりて下 向の時,「わびぬれば身を浮草の……」 と詠みしは, 高雄図分の娘の小町なり。「思ひつつぬれ. ばや人の見えつらむ……」 の歌, また出羽郡司小野良質が娘の小野の小町なり。 高野大師の 逢ひたまふ小町は, 常陸園玉造義景が娘の小町なり。 かく一人なら ざる異説あるのみ。 なか. にも良膏が娘の小町は美人にて, 和歌も勝れたれば, ひとり名高く, すべて一人のやう像へ 「兎園小説」←「伊勢物語愚見抄」 巻上) (. 来 た る の み … …。. そもそも清和のころ, 内裏に小町といろ, 色好みの遊女あり。 ……この小町は, 歌をよむ ことす ぐれたり。 いに しへの衣通姫のながれとも申し, 観音の化身とも申す。 ……色好みの 遊女と生れ, 飛花落葉の世の中, ひとたびは柴へ, ひとたびは衰ふ……. ま た 小 町 は, 男 に あ ふ こ と, ま づ 千 人 と しる した れ ど も, あ ふ て あ は ぬ と も見 え た り。 ‐ ‐. …この物語を聞く人, ま して讃まん人は, すなはち観音の三十三倦をつくり, 供養 したろに も等しきなり。 小町は如意輪観音の化身なり。 また業平は十一面観音の化身なり。 あだにも. ) これを恩ふべからず。 南無大慈観音菩薩と回向あるべし。(鱈 繋 嶺賜繋」. 隼の三男出羽守良貞のむすめ小野小町, わかく して色を好み しとき, もてはやされ しあり さま, ならびなかりしかば, 衣に錦繍をかさね, 食には海陸の珍をととのへ, 身には蘭腐を 薫 じ, 口 に は 和 歌 を 詠 じ, よ ろ づ の 男 を い や しく の み 思 ひ, 女 御 ・ 后に 心 を か け た り しに,. 十七にて母におくれ, 十九に して父におくれ, 廿一にて兄にわかれ, 廿三にて弟を失ひしか ば, 軍濁無頼の濁人に なりて, いみじき柴花日々におとろへて, 花やかなるかた ち年々にす. たれつつ, 心 かけたろた ぐひもうとくのみあり しかば, 家は破れて月の光むな しく澄み, 庭 は荒れて 蓬のみ茂り物事かはりけるころ, 文屋康秀が三河丞にて下りけるに誘はれて,「わび. ぬれば……」 と詠みて, しだい しだいに落ちぶれ, つひに野山にぞさすらへける懐奮の心の うちに, 悔 しき事多 かり げんかし。 詠歌のなかに 「思ひつつ……」 の歌は, 業平を恋ひてよ めり。「色見えて……」 の歌は大江の維章が妻となりしが, やがて藤原の朝行が響になりける を, うらみてよめるものなり。 また 「玉造」 といふ書は, 小町がことを弘法大師のかかせた まへるといへ ども, 大師と小町とは時代へだたりたり。 大師入定ののちに, 小町はさかんな. れば, 大師の筆にあらぬこと明かなり。 ある説に清行が作といへり。 また一説には阿部清行 か三善清行か, 三善が文法に似たりといへり。 い づれにも大師にはあらずと知る べし。 「理 斎 随 筆」 巻 六) (. 小町の事費, 歌学者流に種々の説ありて, 一決しがた し。 必覚古記の所見の分れ分れする ゆゑとぞ。 ここにその博はろ証濠こと ごとあげて, 詮ずる所小町といる )無蔓の 歌人, 出羽郡. 司小野良膏が娘に して, 禁中に来り, 采女をつとむるうちに……姿美しきに より, 姪乱散逸 に してあまたの男に好色を通じ, つひに容顔おとろへて, 誰すさむ事もなく, 生国出羽へ 下 一 19 -.

(6) . 中 塩. 清 臣. り, 死期にその骸ををさむる事もなく, 和歌の名誉のみ千歳に残りしもの, と落着すべ しと なり。 和漢官職抄日, ……小野小町も出羽郡司小野良責が女にてはべりしか。 歌道にほまれ あ り て 采 女 に 参 る な り … …。. 「関秘録」 巻八) (. ら ず。. (「麓 の 色」 巻 五). 在原業平いまだ童形にて, 長茶羅丸といひけるとき, 虞雅僧正恋慕 し, 和歌をよみて贈り, また業平, 伊勢が弟大門中将といへると, 好情ありといへり。 しかれどもその鹿質さだかな 「秋 風 の 吹 くむ こつ け て も あ な め あ な め を の と は い は じ薄 生 ひ げ り」 と は, 市 原 野 べ の 恋 の r 「好 色 産 毛」 巻 三 の 四) (. 跡 … …。. 江戸町二丁目めうがや吉右術門内, 奥州といへる名とりあり ける。 ひととせ八朔の白小 袖にすすきを一めんに して, 野 ざらし(鋼鱗)の模様を着ていでたり。 今の人いまはしき. やうに, 思ひたまふべけれども, かくまで気性の甚 しく, 活気のみちみたる時代をおも ひた ま へ, と 老 人 の も の が た り な り。 - -. 骸骨の上粧ふて花見かな. 鬼貫. 八 朔 や 骨 ま で白 き 仲 の 町. 超波. 「吉原雑話」 ( ). すすき のやうにたづぬるは恋. 月夜ょし衆道女道のあなめぁなめ(鰍斧閣議 箸) 本間主馬が宅に, 骸骨どもの笛・鼓をかまへて, 能するところを書きて, 舞台の壁にか け た り。 ま こ と に 生 前 の た は ぶ れ, な ど か こ の あ そ び に こ と な ら ん や。 か の 燭 骸 を 枕 と. して, つ ひに 夢 う つ つ を つか た ざる も, た だ こ の 生 前 を しめ さ る る も の な り 。 「続猿蓑」 稲 づまやかほのところが薄の穂 ( ) 、. 丹野がこのめるにまかせて骸骨の給費に, 骨相湖のこころを前に 書きて, 「芭蕉翁行状記」 ( ). い な づ ま や 顔 の と こ ろ が す す き の 穂、. ).藤原賛方(密 離 船 燕平).在 小町の白骨なり謁徳なりをみとめるなかだちは,藤原道信(駆る )とぃぃ, ときとしてはとぁる旅僧ともぃう。 場所は八十島とか玉造とか市原 原業平(躍醇 敦一蹴養. 野とか’境遇設定もさま ざまである。 燭骸の目の中の薄を,「江家次第」 には野蕨とぃぅ(謬 蟹穿」茅 夫) 。 それに化身(弾生)調は本地物の プロ ト・夕ィ プであるが,「伊勢物語愚見抄」 上に しるして,「か の知類集に業平は馬頭観音, 小野小町は如意輪槻音の化身といへり。 そのほかうるむなる事のみな り」 ……。 べつに 「古今和歌集潅頂」 に徴して,「小町ノ ・武蔵野ニテ失セニケリ。 コ レハ如意輪観音 「 身ナリ」 といっ ているが, かの中将は極楽世界の歌舞の菩薩一正(聖)観音の化身なり。 ……小野小 町は大日の変化なり」 として,「鴇鷺合戦物語」 にも説くところ。 副次的に 小町をもっ て大日如来の. 讃人とみる襖点から, 遍照(良琴 顕 .良少将.少将大徳.花山僧正 )とq潔摂薦を昼 F嬢 野 暮ナ闘陽 宴む(. 親義一 ) 。 -上. 下 一上 下. くれ ごとに秋風ふけばあさなあさな. (小町). をのれといはじ薄のひとむら. (業平)-「小町草紙」. 秋風のふくにつ けてもあな めあなめ. (小町). 小野とはいはじ薄生 ひたり. (業平)-「通小町」. 「江次第」・「神中抄」・「無名抄」・「塵添堆嚢砂」・「楊鴫暁筆」 fふくにつけても 「古事談」・「時秀卿聞書」・「鶏鷺合戦物語」 1たびごとき 秋 風 の こ 「和歌童蒙抄」・「東斎随筆」・「無名草子」 Lうちふくごとに 「袋草紙」 0- -2.

(7) . 「好色一代女」 の原型. 」 E勝幸蜜讐 と {急ぎ緩も,三 嶋旨 小 は 野. だがどうながめてみても, この唱和形式一軍連歌のふたりの奏鳴譜は, 六歌仙 グルー プの馨春 を, おとしめるばかりのた ぐいだけれども, それゆえにむしろ詞章の横散が, ひろくひさしかっ た ア プロ ー チ を, しの ばせ る と い っ て よ い で あ ろ う。. - 序詞 通ひ車は小町があだの情に乗せられ, 閏の扇は班女が親骨にせかれ, 形見の烏帽子は 行平のいひかぶり, 柏木の鞠・山路が笛, 古今その品変れども, みなこれ恋路の寄権…… 「五 十 年 忌 歌 念 仏」 ( ). 「棋iH. 「隅田川」・「三井寺」・「柏崎」・「百万」・「山姥」 ほどに, 聾物として本格一正統では ないに しても, やはり 「通小町」・「卒都姿小町」・「関寺小町」 の小町物抄の序列は, 狂女物一狂乱 おんなものぐるい 物の精神脈理をたどる。 つぶさに老蹴敗残のありさまをうっ たえて, 冷厳の凝視にもひるむもので は な い が, 実 の と こ ろ も の ぐる うメ カ ニ ズ ム に 霊 性 の 示 現 があ る。 だ か ら 狂 女 と は 遊 女 に して, さ. すらいの具象は神意の誘致によ る。 一 … … 詞 「狂人走れば, 不狂人も走るとかや。 いまの童 舞の袖にひかれて, 謡 「狂人こそ走 どうぷ り 候 へ。 百 年 は, (序の舞)シテヮヵ謡 「百 年 は, 花 に や ど か し胡 蝶 の 舞, 地謡 「あ は れ な り あ は れ. な り, 老 木 の 花 の 枝。 シテ謡 「さ す 袖 も 手 わ す れ, 地謡 「裳 裾 も 足 弱 く, シテ謡 「た ゞ よ ふ 波 の, 地謡,「立 舞 ふ 快 は ひ る が へ せ ど も 昔 に 返 す 柚 は あ ら ば こ そ シテ謡 「あ ら 恋 しの い に しヘ や , 。. な。 … …. ……羽束師の森の, 木隠れもよもあらじ, 暇申 して 帰るとて, 杖にすがりてよろよろと, もとの藁屋に帰りけり。 百年の姥と聞えしは, 小町が果ての名なりけり, 小町が果ての名な (校註日本文学大系本 「関寺小町」 ). り け り。. - , … … ヮキ詞 「……けしからず物騒に候は何事にて候ぞ -. り候が, 是非もなく面白う狂ひ候を見候よ。 ……. し 。 ッ 詞 「きん候, 都より女物狂くだ. ッし詞 「な う あ の 餌ひ の 柳 の も と に 人 の 多 く 集 ま り て 候 は 何 事 に て 候 ぞ ヮキ詞 「さ ん 候 , 。 ,. あれは大念 悌にて候。 それにつきてあはれなる物 語の候。 この舟向ひへ著き候はんほどに , 語 っ て 聞 か せ 申 さ う ず る に て 候。 … …. ヮキ詞 「い かに も こ れ な る 狂 女 何 と て 舟 よ り 下 り ぬ ぞ い そ い で上 り 候 へ あ ら優 しや , , 。 ,. い ま の 物 語 を 聞 き 候 ひて, 落 涙 し候 よ。 … … 「隅田川」 ( ) 「隅 田 川」 の シ テ は 梅 若 の 母 と 調 う ドラ マ構 成 が 児 物 語 ・ ・ 若 物 と う よ 語 め い り, つ き と て ゆ 。 ちご. く主導契機は狂乱物・遊女物にある。 まず子方の幽霊梅若は,「都北白河に, 吉田のなにが しと申 し し人の唯ひとり子」 班女」 がある。 シテは美濃国野上の 。 ところでこの吉田にちなむ狂乱物と して 「は んによ 宿の遊女, みずから名のって花子という。 一. … …トモ詞 「い か に 狂 女, 何 と て け ふ は 狂 は ぬ ぞ。 面 白 う 狂 ひ た ま へ シテ詞 「う た て や な 。 ,. あ れ 御 覧 ぜ よ。 い ま ま で は 橋 が ぬ 梢 と 見 え つ れ ど も, 風 の さ そ へ ば 一 葉 も 散 る な り 謡 「た 。 ひとは. ま た ま 心 す ぐな る を, 狂 へ と 仰 せ あ る 人 々 こ そ, 風 狂 じた ろ 秋 の 葉 の 心 もと も に 乱 恋 の , , みだれごひ. あ ら 悲 しや 狂 へ と な 仰 せ あ り さ む ら ひそ よ。 トモ詞 「さ て 例 の 班 女 の 扇 は 候 シテ詞 「う つ つ 。 ざぶらふ. なや, わが名を班女とよびたまふぞや。 よ しよ しそれも憂き人の, かたみの扇手にふれて ,. う ち おき が た き 袖 の 露, ふ る ご と ま で も 思 ひ ぞ い づ る 謡 「班 女 が 閏 の 中 に は 秋 の 扇 の 色 。 , 楚 王 の 墓 の上 に は 琴 の 馨, 地謡 「夏 は つ る 扇 と 秋 の 白 露 と い づ れ か さ き に 起 臥 の 琳 す さ , ,. - 21 -.

(8) . 中 塩 清 臣. 「聯 繕 好 騒 謝 金「 「郡 繋 ,(鱈」 , まじゃ濁寝の, さみしき枕して, 閏の月をながめん。 --. . 花子一 (花女) から班女へ概念聯合して, そこで異名は無論のことだが演出に しても, 班捷好の. 故事 (江談抄) をふまえて能楽化をこころみる。. 夏はつる扇と秋の白露といずれかさきにおきふ しの床. -. ) とぅたひっっさまょぅとか(腐謡T檀議 鹿製梅 。 江戸しのばず池の端に, 班女塚・班女が衣かけ F塾遍審 機泰一本 ) 松があった( 」 。 に までくると 「大和物語」 系の采女伝説と, 習合し複融をとげ 「望海毎談」 )。 新展開 をしめす(. 橋場村の嚢茅が原に, 鏡が池といふあ り。 その近辺に栄女塚といふあり。 これは新吉原大 菱屋といふ家に, 采女といへる遊女 あり。 い づくよりか出家きた りて相馴み, 多く金銀を失 ふをもっ て, その僧はなはだ貧 しくなりしかば, その宿屋よりしてこれをせきて, かたく逢 はせ ざりければ, その僧もそれよりゆくへ知 れずなりたり。 栄女はわれより かくみだれなり しと思ひ悲 しみ, 吉原を隠 れいでて, この灘茅が原に…来り, 鏡が池に身をなげて死にたり し. -. を, こ の 塚 に 築 き こ め た り と いる。 この女, 上着を脱 ぎて池のほとりに捨ておきたろをみれ ば, そ の 小 袖 の う ら に, 一 首 を 書 き の こ した り。. いはずともそれぞとは知れ猿沢の跡を鏡の池にのこして 鏡鯖 誌与謝委零醤嬢 鑓 間 隊. それよりのちは, この塚も退縛 したり。 世の人, この采女が身を投げしことを, 海若の母 はるばる京より, たづねくだりしにむな しくなりたる, そのわかれのかな しさに, この池に 身を投げて死にたり。 そのむくろを引きあげ, 土中に埋み しとき, 死骸の懐より鏡いでたろ. をもっ て, この池を鏡が池と名 づく。 供養 つきて妙 喜尼と戒名 し, その後その菩提のために 一宇をむすび, 妙喜堂といふとな り。 思ふに梅若には賓永七年寅の 三月, 七百年忌の供養念悌 したり。 しかるに梅若の母のこ とに したろ, 遊女が采女の事は, 明暦三年酉の春, 江戸大火の後, 新吉原へひき移りて の 以 後 の こ と な れ ば, な に ご と も 梅 若 と い へ る こ と わ ら ふ べ し。 … …. 本調子 「われは都の者なる が, 人商人にい ざなはれ, あづまにくだろ玉鉾の, さもあらけな. き武士が, あやめあやめとうつ杖に, ああ父母の恋しやと, 泣くよりほかのことぞなき。 もののふ. 江戸説経ニ上り 「い た は しや 幼子 は, 今 を か ぎ り の した よ り も, 父 は吉 田 の 少 将 よ, 名 は 梅 若. と申すなり。 都の人の恋 しやと, 西に向ひて手を合はせ, 南無阿綱陀, 南無阿綱陀……. 」 葉 (髪裾ヰ 「寵謡 ). 三下り 「綱陀頼む人は雨夜の月 なれや, 雲晴れねどもかへりゆく, 南無阿綱陀………, いと しわが子もせ めてさて, 綱陀の御国へ行くなどと, たよりのあらばいかばかり, うれしかる. べ き わ が 心, そ な た い と しけ り や, の う や れ, わ が 子 も い と し。 … …. 心 が 乱 れ て の, しど ろ ん も ど ろ ん, そ な た へ 行 か ぬ か, こ な た へ は 行 かぬ か と, 傍 な る 人. (畷の鞭 蟻 雷 二) ・…・ に間へど・ , 問へど答へぬ古塚の, 夢か現か幻か, ゎが子恋 しゃ。 けれども 「夏はつる……」 の歌は,「新古今集」 巻三におさめて壬生忠琴の制作という。 延喜の御時, 月次の展風に. -. 夏はつ る扇と秋の 白露 といづ れかま づはお かむとす らむ. (二八三). 「和漢朗詠集」 上・晩夏の条には,「……おきまさろらむ」 とヴァ リアントがある。 野上の遊女 をよむ定家の詠唱なら 「六百番歌合」 に, 一夜ふ ,す野上の里のくさまくらむ すびすてける人のちぎりを - 22 -.

(9) . 「好色一代女」 の原型. さらにく ぐっめに関して 「塵添壌嚢妙」 巻二, それに 「麓の色」 巻一にも問題提起がある。 「塊 偏 に よ す る 恋」 の 歌に,. 一. ま た む す ぶ ち ぎり も しら で 消 え か へ る 野 上 の 露 の しの の め の 空. ……野上の里・萱津原・鏡山・大井川など, みな侃偏の在所なり。 ……野上の遊女花子が 類, をのが家にて客を慰むる一夜妻, 塊傷と呼びけるとなん, 花子が事, 猿梁の謡物に見え. -. たり。 ……ただ し吉田少将惟定とい占 、人は, 吉田の家系にはなきよし。 偽物もちろんなり」 「麓 の 色」 巻一) (. と い ふ。. すでに野上の里について 「更級日記」 には,. 美 濃 の 園 に な る 境 に, 墨 俣 と い ふ 渡 り して, 野 上 と いぶ 、と こ ろ に つき ぬ。 そ こ に 遊 女 ど も. -. いできて, 夜ひと夜うたふにも, 足柄なり し思ひいでられて, あはれに 恋しき こ と か ぎり な し。. 寛本六巻は寛文五年の板行だが, 元禄九年に巻一から巻四 くだって近世の 「よだれかけ」 巻ー 「 たから箱 に,「根本塊傷子の在所は, 野上の里・鏡山などなる… まで再摺, そこで改題 して 」. …」 とかきとどめる。 それからいっ ぽうで 「文ひろげの狂女」 に, ともに同一の座標軸を追う類型. がみられるでぁろぅ 蟹竺議最嘉躍厚 塵拍) 。 小野のぉ通の侍女と名のって千代とょぶのが, 美濃 の岐阜からお通のよせた手紙と称して, 都の五条の橋の上に立っ て路ゆく人をよびとどめ, たから. 」 ) かにくりかへし読んだといぅ(顎 朝 藍「禦諏鰭棚脇睡 。 一. 喜 藤太 と い へ る 絹 商 人 あ り。 そ の こ ろ 小 野 の お 通 に 仕 へ しち よ と い へ る あ り。 お 道 は こ の. とき美濃につかへて, かれは京より召し具したろ者にて, よそほひよろしく筆のさま拙なか ら ず, な ほ 藤太 を 思 ひ ぬ。 武 門 の き び しく 目 が ち な る に つ け て,. う ら や ま し人 目 な き 野 の き り ぎり す な く も心 の ま ま な ら ぬ身 に. とは詠みけるを聞きて, お通便なく思ひ, 女に合はせければ, たやすからず悦び, 洛外にを かしく住みけるが, 不幸の男にて, とにつけ貧 しくかくにつけ乏しかりければ, つねに夫婦 のく ち た た か ひ の つ の り て, 離 別 せ む な ど の の しり ける こ と の, お 通に 聞 え け れ ば, な ほ 憂. を知 り て 便 を して, 稲 の 上 五 つ 永 梁 一 貫 とり 添 へ, … … ち よ が か た へ た ま づ さ こ ま か に, し た た めた る 歌,. とにかくにをりふ しごとのたがひめをうらぶ る中ぞ契りなりける. と世のたすけ より人の心の和 ぐならひなれば, またことなく業にとりつき績けしに, その秋 を過さず, 藤太は身ま かりて, 女はいたく歎き果 して, 物狂ひとなりきはめて, 五像の橋の ほとりにさまよひ, 月 のある夜あらぬ夜も, かの文を見ながら, 髪もさばき恐しげに して, 「うらぶる中 ぞ契りなりける」 , とよみて泣き入りけるを, 「文ひろげの千代」 とぞよびわた. りぬ。 いつしか終るところ知る人なし(圏 雪癖覇讐) 。. いま もっ て東北地方の民謡で,「千代が文」 といっ ているくらいだ から, 伝承時空の広汎を しのばせ る。 陸中にも遠州でも, 平重衝から愛された白拍子千寿の狂乱, やがて死をものがたっ て墓をのこ. す。 等軸の伝承路線につながる文芸にちがいない。 懸想文をよむのは辻占の一種, もと桂女がして い た 児 術 操 作 で ある。 とりわけ一条・五条の橋詰が, そういうく告>のき庭一ゆ庭だっ た。 あち らこちらにちら ばる橋姫伝説をさぐるとき,告一言伝て一手紙が主導契機をかた ちづくる (髪 紬 甥 「 「 も 証 議 輩本) 。 「古今集」 の宇治の橋姫も 源氏物語」 宇治十帖の橋姫の巻も 宇治橋姫物語」 , か侍女と をつげることも ご 本人と こと とく発生基層は共通している。 変化・亡霊があらわれて歌 , かが歌なり手紙なりをよむのも, なるほど芸術形象のうえで小異まちまちだが, もとより類縁の秩 一 23 -.

(10) . 中. 塩 清 臣. 序をたもつことはうたがいな い。 と同時に非変化の本人でも侍女であっ ても, 何かにより狂乱-- もののけに悪かれ神気が副うた--状況にある。 だっ たら幽界の霊性が示現 したものと, すこしも 区別するところがない。 あえかな幽明二元のあはいを, さまよう霊媒質の夢三昧の条件はかわらな い か ら。. 能楽の狂女物の うちでも ふたつの 方向軸がある。 「三井寺」・「百万」・「柏崎」・「桜川」・「隅田. 川」 は, 聖母子椅謂一母子再会調に属するが,「班女」・「花僅」・「水無月械」・「賀茂物狂 “こなると, 想夫憐一色繊悔抄一恋慕物であろう。 「松の落葉」 巻六の 「吉田小女郎」 は, 「班女」 花子の一人称 発 想 に も な ぞ ら え て い い。. ニ上り 「恋 の 山 蔑 ろ も寝 ら れ ず 目 も 合 は ぬ 身 の 狂 乱 は 誰 ゆ ゑ ぞ 間 ふ に つ ら さ の 増 鏡 , , , 。. -. いつまでかくは永らへて, 憂きは敷添ふ習ひにて, 身は捨て草のいた づらに, 怨めしや, 心 も 無 げに 立 ち の ぼ る 立 ち の ぼ る, 燃 ゆ る 煙 は ほ の ぼ のと, あ と に は 恋 の 淵 瀬 川, せ ど川 の淫. の沢の寒 さ, 嵐にひょっ と浮かれて, 川原おもてに浮名をさらす。 恩は じ思は じとんと捨ち よ。 そ も 恋 は 何 の 報 ひ ぞ 何 の 報 ひ ぞ。 そ も 恋 は 何 の 重 荷 ぞ。 … …. ) (霞豊 麗?譲鱗5嬰掌る重荷 図 絵 」 「豊島郡浅草地名考」 「満蔵寺縁起」 )・花子の前{ ゴ 盤副閲 ) から花子太夫( )・ 花子(掻 馨 昔暮品撃 「木母寺詠歌講和讃」 「木母寺縁起」 )へとイメー ジが綾なされ, ついに梅若調の母と )・花の御前( 花御前( 「 「狂女道行」 づ 山本土佐橡正本 第二段の切は 隅田川 いう位置 けをもつ。 」 。. た ま か づ ら, か か れ と て こ そ 生 ま れ け め。 こ と わ り しら ぬ わ が 涙, ふ っ と 思 は じな げ か じ. ー. と, 思 ふ も よ しな は や わ き か へ る, 涙 の た つ き 白 糸 の, み だ れ 心 や 狂 ふ ら ん。 … … こ の も か の も の も の か げよ り も, も れ い づ る月 の 鏡 山。 しば し曇 る は わ れ か ら の, … … 美 濃 の 園 野 上. と 聞 け ば 今 さ ら に, ヵヵル昔 恋 しふ る さ と へ は, 錦 を 着 て と博 へ しに, わ れ は 引 き か へ 垢 づ け る, か た を 結 ん で す そ に さ げ, 地色す そ を 結 び て か た に か け た ろ 笹 の 葉 に, しで や 短 冊, 数 々 狂 歌 し ど け な い こ しを れ, よ み て か け た ろ 願 ひこ そ, わ が 子 の ゆ く へ 安 穏 に, 逢 は せ て た べ. と祈るなれ。 能楽の 「隅田川」 と 「班女」 とをつきまぜて, 御家騒動を回鞄軸に した五段物浄瑠璃へ, したがっ て 時 ・ 所 ・ 人 の トリオ は, か な り に 明 確 に 鍍 刻 して あ る。. ……ここに堀川院の御宇とかよ。 都北白河に, 吉田の少将是定とてラロシ世上にその名, か くれな し。 地…御子ふたりおは します。 嫡男梅若丸十二歳, 次男松若丸十歳にて, 御器量けだ. -. か く ま しま せ ば, 父 母 の 寵 愛 か ぎり な し。 … …. ……梅若が母は, 美濃の国野上の宿にて, いやしき遊女なり しを, ……少将最愛す。 その. 血 を わ け し梅 若… …。. -. ……わた しは吉野の少将の妾はな子と申すものなるが, かたみの扇をもちまして物狂はし. かり しをり, 例の班女の扇は候といはれたばかり, 班女といふ名になりました。 班女の扇と い る は, も ろ こ し班 捷 好 と い へ る 女 君 の 寵 愛 お と ろ へ た ろ を, 秋 の 扇 の す て ら る るに た と ヘ. た る こ と を, わ た し名 は お は ん と も い は ぬ に, い な こ と に て 名 とな り, 梅 若 の お ふ く ろ は,. これも吉田の少府とぃへるよりのことか。 何ゃらわかりませぬ。 (糠器 竪 」 ) つ づいて 梅若が型どほりに, 奥白河の人商人喜藤次に, たぶらかされて東国へさすろう。 これから の楽章すべて貴種流離調一児物語一道行物であるが, それに しても狂言回しの喜藤次は,「文ひろげ の狂女」 のワキ役喜藤太とも, 同心円のうえにあることは否 めな い。 こういう 「班女」 ・ 「隅田川」 のモンター ジュ 構成が, 音曲芸術--説経・浄瑠璃・歌舞妓一一の隅田川物を, 直裁に間接に規整 一 24 一.

(11) . 「好色一代女」 の原型. してゆく。 河東・都 両吟の 「隅田川舟の内」 上下の巻は 能楽の演出を江戸感覚でアレンヂした節 , づけ。 それから 「班女」 に 「隅田川」 のほか 「桜川」 を ないま ぜにした新様式として 「腹機構」 , とよぶのがふたつ。 歌舞妓狂言 「祐経扇系図」 のひと幕所作事で 一中節が 「尾上(峰)雲膿機帯」 , (宮崎忠五郎作品) だ し, 長 唄 な ら 「八重霞慶機帯」 (十世杵屋六左衛門作曲)といっている 。 畷は 「倭 文」 の仮り字にして同音聯想, けれども 「倭文」 は天武天皇紀に 「之頭於利」 というもの 以前は 。 くしつ>といっ て清音だっ た。 神代巻にとどめる志都歌は 倭文機織歌一倭文織歌一倭文歌である , 。 尺八の琴古流本曲の表十八曲のひとつ 「志図」 が この系列に したがうものであろう すでに 「倭 , 。 馨 転 調1)と熟して, 穀(梶)・柊・麻・苧 などの緯を 青や赤に染めて み だ れ模様綾 文機帯」 , 織 に した 帯。 そ れ は 万 葉集 の 用 語 例 で も 「い に しへ に あ り け む 人 の」 ( 4 31 )・「い に し へ の」( 262 8 ) ,. という形容詞句一枕詞をともなう。 歌枕の 「騰機山」 は駿河国安倍郡(静岡市北部)にあっ て ふもと , には木の花咲くや姫をまつる浅間神社が しずまる 神代巻によると山紙のむすめ 木 の 花 咲 く や 姫 。 は, 機を織りな がら天孫降臨を持っ ていた < しつ>がくしづ>となっ て 「戯」 をふくめ 「倭文手 。 , 纏 (環) 809 」 が 「賎 し」 (巻九の1 )・「数 な ら ぬ」 (巻四の6 72 )の 枕 詞 を か た ち づ く る。 ま して の ち に 三 味. 線組歌の裏組本調子 「賎」 では,「腹の身な れば今には出さぬ」 とうたっ ている 。. 「古今集 塵 いにしへの倭文の苧環陵しきも貴 きもさかり噴娘 捨象盗品( 摘今醍務潔箱金酪閣材 ) 。 ぃにしへの倭文の苧環繰りか. へし昔を今になすょしもがな. (曜欝霞易福馨). <倭文>が 「倭文幣」 ・ 「倭文布」 それに 「倭文機衣」 ・ 「倭文機帯」 の複合 語 を つ く り 連 体 詞 , 「倭文機に」 は枕詞と してくみだろ>をさそう すると貫之集の 「倭文機にみだれてぞおもふ恋 し 。. さを……」 でもわかるように, まことに狂乱物の女性象徴にふさわしい 白拍子静御前が恋慕の舞 。 をまいっつ詠うという由緒は, 志都歌一倭文歌に静歌(鎮魂曲→招魂歌)を感愛して以後のことに属す る。 現に神代巻の伝承工程の状況がそうであるように…… 。. ことに江戸 期にいたると倭文機帯が, 座女→白拍子の衣裳としてだ けでも印象的だっ た 能楽 。 の静烏帽子は白拍子のかぶる立烏帽子をさす。 謡曲 「襖ノ =」 の河東節への脚色が,「常陸帯花柵」 略 しずかえぽゥし していう 「常陸帯」 で,作曲は二世山彦源四郎(六代目河東) ,寛政三年の演奏にかかるという。 この曲 そのままとっ て山田流拳曲では,雲井調子の事の手をつけている それで題名のもとづくところは 。 , ー 地謡 「思ひ渡りし桜川の, 波かけて常陸帯の, かごとばかりに散る花を あだになさじと水 , を せ き, 雪 を た た へ て 浮 き 波 の, 花 の 柵 か け ま く も, か た じ け な しや こ れ と て も … …. (謡曲 「桜川」 ). 土佐撤正本 「隅田川」 狂女道行のくだりで, か ざす笹短冊は霊媒がもつ採物 あきらかに璽女示標 , として物狂ひの属性である。 … …ヮキ詞 「… … 花 は 今 を さ か り と 見 え て 候。 ヮキヅレ詞 「な か な か の 事 花 は 今 が さ か り に ,. て候。 またここに面白き事の候。 女物狂の候が, 美しき掬ひ綱をもちて, 襖川にながるる花 を掬ひ候が, け しからず面白う狂ひ候。 これに暫く 御座候ひて, この物狂を 幼き人にも見 , せ 参 ら せ ら れ 候 へ。 ヮキ詞 「さ ら ば そ の 物 狂 を こ な た ヘ 召 さ れ候 へ ヮキヅレ詞 「 C ・得 申 し候。 ノ 。 や あ や あ か の 物 狂 に, い つ もの ご と く 掬 ひ綱 を も ち て, こな た ヘ来 れ と申 し候 へ … … 。 (謡曲 「桜川」 ). 狂女が手にする掬ひ綱は, 招魂・降神の呪具→依代・招代にほかならない 「班女」 の花子の 。 ゆかりの扇にしても, いっ てみると第一次の機能が, 神をよびよせ霊を ひきつける依代・招代だっ た。 班女物の河東節は 「班女扇八景」 といっ て, 近江八景の景事にむすびつけ, 扇→近江一逢身の 観念聯合をたくむ。 享保 ごろの初代の作曲とか。 べつにていねいに 「班女狂女草枕」 という外題の 一 25 -.

(12) . 中 塩. 清 臣. もある。 一中節ではただ 「はん女」 とだけ, 琴の山田流とかけあいの室内楽。 「尾上の鐘忍夜語」 (文化七年六月上演)だ と, 班女の前の亡霊が白拍子のいでたちであらわれ, 葱寵をタテに踊る劇構成 で あ る。. -. みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそ めに しわ れならなくに. ...・・.・ ( F鱈移露.粛謬誘致ギ暴 蝋瀕轟報胡欝鐘鞭鷺瀬器齢). という有名な古歌を主導契機に している。 しのぶはしのぶ ぐさで「古今集」 に, 「人をしのぶの 9 6 }。 またわすれぐさともいっ て「伊勢物語」 で, 「忘草を忍草とや 草ぞ生 ひける」 という(巻十五の7 00段) しの ぶ ず り は も じ り みだ れ て い る デ ザイ ン で 摺 っ て あ る。 の ち ほ ど 法 界 と い ふ … …」(天福本1 。. 坊物の決定版 「隅田川績悌」 (天明四年五月初演) へ脈絡をひき 路線をあつ める。 法 界 坊 とは 法 界 仏 (如来) のもじり。 如来は法界を周遍するから, つま りそれをな ぞっ た乞食者 流で,古代のくほかひ び と > < く ぐっ > よ り 明 治 の 法 界 屋 ま で つ づ く。 とに かく ハイ ライ トは 「葱 費」 に あ る。 だ がそ れ も. が これも原形質は近松門左衛門の 「隻生隅田川」 ,現に人買 い惣太隠れ家の段には, いまでもその朱 こ の っ て い る。 「二 人 静」 の 伝 承局 面 を,俊 面 物 に み る こ と が で き る。 ふ つ う に い う 「双 面」 は 常 磐. 「滑稽葱賞り」 の 本 名 題 津の所作事 「両顔月姿 糖」 , また 「双面水照月」 を本名題とする。 清元の が, 「物思葱の彩」 (文久元年十月封切) である。 -. 「葱 め せ 々 々 々 こ ゑ み ち の く の, 葱 の 里 の 初 ほ と と ぎす, 吾 妻 目 馴 れ ぬ こ の 風 俗 は, 誰 に. ・ 八瀬や小原の悌 を, そのまま写し都 鳥。 習ひて都の手ぶ り」 一中節の 「此頃草」 あたりになると, 班女の近世像 ヒロイ ンお冬の狂乱 物へ。 -. … … ふ た り な き 思 ひ 人, 逢 ひた い, 見 た い, 恋 しい と, み だ れ 乱 る る 柳 髪, や つ れて い と. 「嫌鱗喬 此頃草」 ) ど美しき, 焦がれ嘆き しそのかた ち, 班女も鏡やなげつべ し(ョ 。 やめ 清十郎がひとをあ 富本節の 「道行比翼の菊蝶」 では,趣向を江戸にうつ して芸者のお夏,情人の たときいて, おもひみだれて隅田川の ほとりをさまよいあるく。 都一中の 「笠物狂」 (正徳五年封切) とか近松半二の 「極彩色 娘扇」 {宝暦十年初演)とかの発 想母胎は, - 序詞 「通い車は森町 があだの情に乗せられ, 閏の扇は班女が親骨 に堰かれ, かたみの烏帽子 は行平の言ひかぶ り,柏木の鞠・山路が笛,古今その品変れども,みなこ れ恋路の寄せ枢 r …. 9 7 0 )であろう。 けれども と語りだす平安 堂の 「五十年忌歌念悌」 の下の 巻 「お夏笠物狂」(宝永六年1 すでに 「外題年鑑」 には 「ふ夏清十郎笠物 狂」 (賓永ニ年十一月 ニ十一日竹本座) というし, 祭文 1 9 0 8月こなっ ての常磐津振事で, 坪内 としても 「溝 編 浮名の笠」 はかたられていた。 明治四十一年{ 「 (二代目文字兵衛作曲) がある。 道造が 「新築 、劇論」 の実験を, こころみたメカニックな お夏狂乱」 これをうけて清元への 変奏曲(三代目梅吉)も整う。 笠は神代巻このかた聖格表 示の造形伝承で, かぶ. ることによっ て霊性転換をゆる す。 お夏色慣悔に託 して語りある いた唱導派で, 清寿を名のる遊 芸 人の ビイ ジ ョ ソ が 副 次 的 に 浮 ん で く る。 ー. 謡 「… … 頼 め た ゞ袖 ふ れ な れ し月 か げの しば し雲 居に へ だ て あ り と も と, 下歌地謡 「書 き 置 き た ま ふ 水 茎 の, あ と に の こ る ぞ悲 しき。 上歌謡君 と 住 む, ほ ど だ に あ り し山 里 に, … … ひ と り 残 っ て 有 明 の, つ れ な き 春 も 杉 間 ふ く, 松 の 嵐 も い つ しか に, 花 の あ と と て な つ か しき, ‐… シテ謡 「み ち の く の, 嚢 香の 沼 の 花 ・ 玉 章 を, い だ き て 里 に 帰 り け り。 … …(中入)‐ 御 花 僅.. が っ み, 地謡 「か つ 見 し人 を 恋 草 の, 忍 ぶ も ぢ ず り 誰 ゆ ゑ ぞ, み だ れ ごこ ろ は 君 の た め, こ こ. に来てだにへだてある, 月の都は名のみ して, 袖にも移されず, また手にもとられず, ただ い た づ ら に 水 の月 を, 望 む 猿 の ご と く に て, さ け び ふ して 泣 き ゐ た り。 … …. ヮキ詞 「いかに狂女, 宣旨にてあるぞ, 御車近う参 りて, いかにも面白う狂うて舞ひ遊び候 - 26 -.

(13) . 「好色一代女」 の原型 い そ い で 狂 ひィ 。 シテ詞う れ しや さて は お よ び な へ。 叡 覧 あ る べ き と の 御 事 に て あ る ぞ。 いそいで狂ひ候へ き 御影を拝みや申すべき 謡い ざや狂はんもろともに シテッレ謡 「行 幸 に 狂ふ 卵 こ そ, 「御. , , 。 {謡曲 「花雀」 ) 先」 を様ふ秩なれ。 …… してみると 「文ひろげの狂女」 の構造体系が,「花雀」 の照日の前にゆきふれてゆくであろう。 しの ぶ ぐさは恋 ぐさ・わすれぐさ・恋わすれぐさ。 それに葱龍はまたひとつの花雀(寵) 。 だから班女の. 前の葱寵も照日の前の花雀も, ふたつの トポロジーはかわるところがない。 能楽 「花雀」 の本質を いうなら采女調である。 この序列をさかのぼるとき,「南都七大寺巡鎧記」 の興福寺南大門の条,. 在二門前仁池-云。猿揮池- 。 口偉云, 平城天皇輿淳和天皇合戦之時, 平城天皇之后目投二彼池- 溺死給。 皇后者従三位伊勢朝臣纏子正四位下勲四等老人之女也。 高岳親王之母也。 彼親王出 家法名云ニ員如-超昇寺本願也。 件后鏡.采女社-在二池西北之岸。 天皇后於見給而, ワ キ モ コ ガ ネ ク タ レカ ミ ラ 猿 淫ノ 池 ノ モ ク ヅ トミ ル ゾ カ ナ シキ イ・のr大和物語」. ィ・玉藻「拾遺集」 「柿本剣. 「大和物語- - ・ ・. 「続々群書類従」 第十一宗教部) (. だ っ た ら 「大和物語」 百五十段に,「昔, ならの帝につかうまつる采女ありけり。 ……」 というなら の帝は, 平城天皇になるわけなのだが。 継子を班捷好に擬 し薬子は超飛燕にも関係づけられるであ ろう。「南都七大寺巡礼記」 にあげる御製を, 「大和物語」 五十段では柿本人麻呂という。 それから. 「拾遺集」( 巻二十の・繋9 )も 「柿本集」 でも, ( F 冥務 燐埜簡躍脅揃零 墓 窯 馨 蒸髭爺艇最 ,…. 塾) 。 「 ) な み の得がて 平城天皇なら日本根子天排国高彦天皇である(邸轡 糧 墨 糟奉器鏡語湯 蟹認第 人 。 5 「万葉集」 巻二の9 )安見児, そういう采女へよせる挽歌に人麻呂が,「わぎもこ」 とうた にすといふ」( う一人称発想法は可能かどうか。 ー. … … 池 の ほ と り に お ほ み ゆ き した ま ひ て, 人 び と に 歌よ ま せ た まる 、。 柿 本 の 人 麻 呂 … …. 「大和物語」 百五十段) (. とどのつまり天皇詠にみたてる人麻呂の代作をさす。 それで 「南都七大寺巡礼記」 で御製としるす 論理も, なるほどそれなら理解がとどく。 ところで 「猿沢の池もうら め し……」 は,「……娘子嘆息. きて, ……のほとりに祐樫り水底に沈没みき……」 ,という 「万葉集」 巻十六の伝誠歌, そこでやは りひとりの壮士が境遇を同じく して, 耳梨の池しうらめしわぎもこが来つつかづ かば水は酒れなむ. とうたうスタィ リングからの翻案・移調であろう。 というより挽歌としての基底・性格 どちらもともにひとしいものである。. 3 7 88 ( ). 処理は,. -’ お玉が池, 旧名を桜が池といふ。 いま神田松枝町人家の後園に,.お玉稲荷と称する小嗣あ り。 … … 里 老 つ た へ て いる, 昔 こ の 池は, 奥 羽 へ の 通路 に て, 桜 樹 あ ま た は べ り け る と こ ろ に, あ り し 池 な る ゆ ゑ に, 桜 が 池 と よ べ り と ぞ。 そ の かた は ら の 桜 樹の も と に, 玉 と い へる. 女いでゐて, 往来の人に茶をすすむ。 ……なか ごろ人柄も品形もおなじさまなる男, ふたり までかの女に, こころを通はせける。 されば切なる方にと思へども, いずれおとりまさりも. あらざりければ, わが身の上を思ひあつかひかねて, 女はつひにこの池に, 身を投げてむな しくなりぬ。 さながら津の国の求塚の古事に似て, いともあはれなればとて, 里民うち寄り て, な き が ら を 池 の ほ と り に う づ み, しる しに と て 柳 を う ゑ て, か た み と は な づ け け る と 云 「江戸名所図会」 -) ( 々。 こ の ゆ ゑ に お玉 が 池 と は, よ び な ら は せ り と な ん。. 小野小町の振事 よ り以前に, 能楽小町物から誹譜化した浮世草子作品は, 西鶴本の 「好色一代 1刊)であろう もう燭鱗とか亡霊とかではない。 小町の現代ものとしての 「好色一 6 8 女」(貞享三年1 。 ちを沈潜させて 代女」 町人階級にそのいの , 狂炎の人間記録にしているところ, さすがに 「わけの , 一 27 「.

(14) . 中. 塩 清 臣. 聖」・「阿蘭陀西鶴」 の手練のわ ざにちがいない。 小町はか ぐや姫物語系統の色即是空のロマンチス トだけれども, 西鶴本の好色庵に住まう一代女は,「……一生のをとこ数, 万人にあまり, 身はひと つ, い ま に 長 生 き の, 恥 な れ や あ さ ま しや … …」 , と い う 空 即 是 色 の リ ア リ ス トで あ る。. ー. 一代男といふことあり。 一生子なくくらす男。 一代女, これも嫁入しても, 子得うまぬ女。 「讐 輪 尽」 ) (. 我昔所造諸悪業, 皆由無始賞嘆凝, 従身口意之所生, 一切我今皆識」 海。. 「華厳経普賢行願品」 七言四句の偶) (. 6 3 5開 この緊要課題 は色繊悔の秩序につらなる。 さきだっ て仮名草子の 「七人比丘尼」 (寛永十二年1. 1上梓され 「四人比丘尼」「花の 66 板し天和二年1682には 「 (女)さんげ物語」 と改題)→ 「小倉 物 語. 」 (寛文元年1 06再摺)→ 「二 人 比丘 尼」 {寛文四年1 663印行)が あ る こ う い う 比 丘 尼 物 の展 開 情」 の別名で宝永五年17 。. 史は, 能野唱導派の歌比丘尼の一人称発想法をく ぐっ ている。 いま 「好色一代女」 の構造形成だけ についてみるなら, 小町物→比丘尼物の器に,「一休骸骨」・「九相詩」 風の酒を容れてある。 もとよ り憾悔とは天台宗の功徳行法の一種であるが, はじめ仏前でおこない往相を へて還相に, 悟達をと. げてみずから成道現証として, 聖道門勧進につとめたわけである。 比丘尼の Ecce Homo に の人を ll の生活空間の座標軸をたどっ て文芸化へ ほどなく し i 見ょ)の一人称発想法は, そういう Poet ca 。 だいに創作機能自体の方向にうながされて, 三人称発想法の語り物様式を誘致 した。 そこへおよぶ ま で の プ ロ セ ス を, 具 体 的 に お しす す め て き た も の は, 王 朝 こ の か た 熊 野 勧 進 派 が, も や しつ づ け. た唱導エネルギーだっ た。 ひとり田舎わたらいつ づけて勧進比丘尼一歌比丘尼が, 歌念仏にあわせ て絵解きした六道変相図を, まるで現世苦のアクチ ュアリ ズムにあてはめ, ひときわ当代の女の極 限状況にこ とよせ, 映しだ してみせた結晶が 「好色一代女」 六巻のアラベス クである。 四鏡につ づく鏡(鑑)物の発生工程は, とりわけく懐悔滅罪〉の行法より帰納したイ デオロギ←. にもとづく。 すべてが因果物語といっ ていい軍記類に しても, ことごとく憾悔文の系譜から逸脱す るものではない。 だからく説経談義>を目的とした, 「日本(国現報善悪)霊 異記」 についで 「今昔物 語」・「宇治拾遺物語」 , これから 「打聞集」・「天仁百座法談」・「賓物集」・「沙石集」・「古今著聞集」.. 「雑談集」 へ, それにまた 「撰集抄」・「十言 ′ E ’抄」・「愚管抄」 のような抄物から, 儀悔一唱導につら ぬかれた鏡物に軍記類に定着する。 やがて座標変換にともなっ て御伽草子 一 仮名草子 一 浮 世 草 子 へ。 ついには八文字屋本 「世間……」 と調う気質物に類型 化され, 賓暦より安永にかけての談義本 に つ な が っ て, トポ ロ ジ ー は 宗 教 よ り 倫 理 に ち か づ く。 仏 法 から 心 学 へ の プ ロ グラ ム で ある た だ 。. 誹譜によっ たとこ ろだ けが, むしろ純文学としての芸術条件をふくむ。 釈迦教の懐悔方式が明治の 告白小説一 日本自然主義派を分化してきかたのは, キリス ト教の Peni t ence と か よ う 経 緯 を た も つ. からである。 そういう諸展開の幾階梯かをかいく ぐっ て, 私小説のジャンルはその 「場」 の理論を さ さ え て い る。. 後期王朝の熊野勧進比丘尼が, 史前史からの遊行女婦一 歩き座女の生活信条を, 行動伝承して いることはもちろんである。 だが熊野派の勧進比丘一比丘尼の先蹴には, 高野行脚僧の勧進聖がい た。 新旧ふたつの修験道の勧進 聖の間族一真 言系三宝院流当山派・天台系聖護院流本山脈が 慨悔 ,. 物の使徒行伝一遁世物・発心調をかもしだす。 たとえば御伽草子の 「三人法師」 -- 「高野山三人. 法師物納・「三人′ 織悔冊子」・「三人僧」(撞琴魯今覇驚)- なり 「車僧」 (瞳 鼎 曲 謡 謎撰型襲. 職 闇 僧) とか。 「三十ニ 番職人歌合」・「七十一番 歌合」 の絵解き・勧進聖のスヶ ,チによっ ても 職 掌内容をうかがうことはできるであろう。 伴奏には琵琶を弾 じている。 ときに琵琶の機能 そのもの. が, もとより降神術・招魂法のための呪具だっ た。 「三十二番職人歌合」 のうちで十七番の右・勝 一 28 一.

(15) . 「好色一代女」 の原型 は 絵 解 き。 そ こ で よ み 歌 と い う の は,. 一. 緒を語り琵琶ひきてふるわが世こそ憂き目みえたろめくらなり けれ. 判者には勧進聖があたっ て, さてくだすとこ ろの判詞, -. 右 帯, 琵 琶 ひ き て ふ る, と い へ る二 の 句 こ そ, に; まひ な く は べ れ。 平 家 は 入 道 の す が た に. て盲目なり。 檎をとくは俗形にて離婁が明をおもてと して, しかも四絃を弄せり。 しかるに槍をか た り, 琵 琶 ひ く と い ひ,「憂 き 目 み え た ろ め く ら」 と い ひ て, 自 他 の 所 作 を よ く よ み わ けた ろ こ こ , ろ ふ か く き こ ゆ。 … …. 「小町草紙」 はつまり観音の前生碕謂抄でもある 小町の後代形象のひとつが小野のお通だか 。 ら, それでお通を触媒基に してさ ぐると, 小町の本質までとらえられるにちがいない。 小野のお通とて, さる人なり しが, 身おと るへまどしかりけるゆゑ, 若かりしとき琴・三 味線を習ひおぼえ, 今やう姿またた ぐひなく, 馨あやをな して世上に, 小野のふ しとてはや り け る。. ,. 「舞 曲 扇林」 ( ). 文隊のころより世に行はれて, いまもっぱら流布なる浄瑠璃のはじめは, 織田信長公の侍 女お通といへる女, 源牛若丸と矢矧の長者がむすめ浄瑠璃姫のことを作文して, 長生殿十二. 段と撹す。 これを薬師如来の十二神を表はし, 十二因縁の道理をさとす。 ゆえに十二段とは なりぬ。 ……この草紙に岩橋検校が節譜 してかたりはじめてより, 浄瑠璃の-勢なれり お 。. 通自筆の十二段の巻は, 大阪内本町島田某といへる人もちつたへしかど, 元隷のころ焼失す。 惜 しむべ きことなり。 この於通は織田家の乱を避けてより, 津の園長柄の里に, わづかなる 茶店をむすびて住みけるが, もとより和歌を 好みて, 数首の秀歌あり。 そのうちに, つ れ づ れと ふ り に し跡 を 思 ふ に も 袖 こ そ ぬ る れ五月 雨 の そ ら. こ の 歌, 世 に 聞 え た り。 「ふ み ひ ろ げ の 女」 の こ と な どは, 時人 像 に い で た れ ば も ら しつ 。. お通の手鑑の板本は信じがた し。 河内園観心寺のうち中院の什物に, 自筆の文あり 行歳 。 五十八に して, 元和二年三月 五日, この庵室にて死す。 その奮地は長柄の町より西なる, 畑 の 中 に しる しの 松 あ り て, 里 人, 「お 通 の 松」 と よ び しか ど, 正 徳 の こ ろ に 朽 ち しと な ん 。. ( 厚擬壁書連語善記 ) 」. 小野のおっうは, 織田家の侍女たり。 信長公落去の後……秀吉公の簾中……ひたすら懇望 あり。 つひに召 し抱へさせたまふ。 あるとき秀吉公つれづれのあまりに, 作り物語せよと御. 詫あり。 おっうかしこまり, 矢矧の長者が娘瑠浄璃姫……源氏十二段といふものにつくりて 上覧にいれたてまつる。 大閣……山中山城守に命じて, 岩船検校に音節をつけさせたまふ。. 岩船これを沢角・瀧野両検校につたへはべる。 両師は平曲琵琶に達 し, また三絃に手練して 浄瑠璃‘ こ合 して-曲とす。 これ三 細このするはじめなり。・ (躍 瀦議 題戸) ・ ・ ・ ・ ・ - 信長公の侍女小野のおっうは, ……参州矢矧の長浄瑠璃姫がことを作る。 峰の薬師瑠璃光 如来の申 し子ゆゑ, 浄瑠璃御前と名をつけ しなり。 十二神をかたどり十二段と し, 浄瑠璃物 語といふ。 (蛾 醜 檀 認ぶ暁道) お通はそのはじめ織田信長の侍女に して, のち豊臣氏につかへ, ……豊臣滅亡 してのちは 京都に住み しが, 於通は女謹に委しきをもっ て, 徳川氏召したりと。 文撃にひいで和歌を詠 「浪華百事談」 巻四) み, 書 を よ く せ る の 婦 人 な り。 ( 小 野 の お つ う と い ふ 女 は, … … 小 野 和 泉 と いろ 、者 の む す め な り。 そ の は じ め 関 白 秀 次 公 の. 御家人……の妻となりしが, 死別の後……おっうまた東福門院の仰せを蒙り, 十二段の文句 を述作す。 これ浄瑠璃御前といふ女のことよりあみたてしゆゑ, これを浄瑠璃とよびたるは - 29 【.

(16) . 中. 塩 清. 臣. じめなり。 戸田左門殿の抱へ座頭沢住検校, 京にて音節をつけたり。 小関勾当これを 伝へて 「望海毎談」 ( ) 半琴に合はす。 近江稼浄雲これをた しなみて, 浄瑠璃太夫となる。 …… - さて浄瑠璃の濫腸は, ……かの小野の小通……薬師瑠璃光如来十二神将の縁 をかたどり, 十二段の草紙をつくり浄瑠璃物語と号せ しなり。 ……岩船検校といひ し琵琶法師音曲に達せ し名人なるが, この十二段に節をつけたり。 ……永称年中に六字南無右衛 門 と い ひ し女 太. 夫, 京 四 係 川 原 に お い て, 浄 瑠 璃 操 芝 居 を 興 行 せ り。 … …. 「竹豊故事」 ( ). 浄瑠璃といる 、は, 浄瑠璃物語十二段にふ しをつけて, 琵琶法師に語らせられける。 …… 浄瑠璃を語れ浄瑠璃 がめづら し, とぞはやりけるをりふ し, 琉球国の楽器三味線, わたり来 り しを弾きならして, 浄瑠璃に合はせけるより, たとヘ山姥がことを作りたる物語にても,. -. ふ しをつけて三味線に合 はせさへすれば, 浄瑠璃を語るといひふらせしゆゑ, この音曲の名 と ぞ な り に け る。. -. 浄瑠璃惣開祖. 「音曲口伝書」 ) (. 小野於通女. 生国姓氏詳ならず。 ……豊大閣の侍女となる。 ……北政所……の御所望により, ……長生殿十二段の ‐… そ の こ ろ は いま だ 三 絃 に 合 は す と い ふ こ と も な く, 右 の手 の 爪 さ き に て, 扇 の 骨を 物 語 を 著 す。 ‐. かきならし, 拍手をとってかたりたりといへり。 そののち泉州堺の盲人沢角検校はじめて三絃にあは せ て, こ れを か た り い だせ しよ り, 世 に 浄 瑠 璃 節 と い ひ ふ らせ しゆ ゑ, この 曲 の惣 名 と な り しと ぞ。. この於通は秀才のぅへ, 御家流の能書(のぅじょ)にて, そのころ女筆の冠たりしとかや。 上野国利根 川の北なる杢村なにがし寺に, 右於通の墓あり, 寺号ならびに法名追って考ふべし。 …… 「浄瑠 璃 大 系 図」 巻上) (. この浄瑠璃御前は, 三州峰の薬師の申 し子ゆゑ, 薬師の東方浄瑠璃世界のあるじなれば, それによりて浄瑠璃御前と名をつけ, 薬師の十二神にかたどっ て, 文段を十二段に作りたる. -. 「燕石十種本 「絵そらごと」 ( ). を十 二 段 と い ふ。 … …. 「浄瑠璃姫物語」・「源氏十二段」 )の実作者とも, それからべつに お通は 「浄瑠璃御前十二段草子」(. ) こからんで広範 何次かの結集者だったともいゎれている(呼聾餐粥鰍鰹 離 農肴 。 けれどもこの優女る. 囲におよぶ, 雑多の伝説層の時代差・地方別を総括し整理し分析してくると, 歴世にわたっ て複員 、 浄瑠璃姫物語」 をめぐ のお通がうごいていた事実を, 帰納 しないではいられない。 というわけは 「. っ て, 一版本では嵯峨本をもっ て最古とするが, 八段本・十一段本・十五段本・十六段本もある。 ま してとくに注目 しなければならないのは, 語本と談本とふたとおりの系列が, ならびおこなわれ てきた現象 さえありながら--伝承管理に任じていた遊行派の芸能活動を意味する。 - ま づ浄瑠璃の義は, 文安年中に宇田勾富といろ 座頭はべり。 盲目たることをふかく悲しみ. て, 因幡堂の薬師如来の誓ひの深きことを尊みて, 数年肝胆をくだき祈りはべりしが, ある と き 三 七 通 夜 しは べ り て 歎 じて いろ,「予人倫に生まれながら, 目瞳督瞥たり。 五体不具に し. ては生けるかひな し。 あはれ願はくは, 予が眼をあげてたびたまへ」 , と血の涙を流 して祈り ければ, 如来もあはれとや思 しけむ。 三七日の暁, 山の端にかかる有明の月, 鮮かに見えは べり。 勾富あまりのうれ しさに, 平家の十二の巻に準じ, または薬師の十二神に評 して,「や すだ物語」 といふことを, 十二段に して語りき。 浄瑠璃園土の薬師たるゆゑ, 瑠璃光如来と. 流 したてまつれば, すなはちかたどりて浄瑠璃と名 づけたり。 根本平家よりいで, しかも節 の 品 多 く, そ の 法 な り と な む。. 「猿轡」 ) (. 浄瑠璃は じまりて百十余年, 滝野・沢角両検校, 平家にくは ,しく琵琶の妙手たり しより, づり 二神をかたどり して 浄瑠璃といふ草紙をつ 直 , 薬師の十 , 十二段といふ節を語りいだせ. -. り。 そのときは, 三味線に合はするといふこともなく, 扇をひらき左にもち, 右の手の爪先 0- 【3.

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