宮沢賢治の童話についての一試論
12
0
0
全文
(2) . 平成 7年3月. 北海道教育大学紀要 (第1部A) 第45巻 第2号. March , 1995. i l fEduca i Se i do Un i i fHokka t t t lo onIA)Vo Journa ver on( c s yo ‐2 .45 , No. 宮沢賢治の童話についての一試論. 本. 間. 謙. 二・柳. 哲. 仁. (1) 今の時代を生きる 章. 序. わ たく しは, こ れらのち ひさ な もの がたり の幾き れか が, お しま ひ, あ な た のす き と ほつ た ほん たう の たべ も の になる こ と を, どんな にね がふ か わ かり ま せ ん‐ (注1). 4年 (大正十三年)12月にちひさなものがたりの幾きれかを集めた本が出版された. それは, この作家 192 が生前に出した二冊の本の片方であり, 自費出版ではあっ たが書店の棚に並べられ, 詩人や作家を含むいろ んな 人の と ころ に贈 呈 さ れた‐ しか しこ の 本は, 当 時 〈す きと ほ っ た ん ほんたう の たべ も の〉 にはな らず に, 人々 の目 か ら消 え て しま っ た‐ 料 理の 本とま ち がえ ら れてな らべ ら れた り して, ま っ たくう れな か っ たの で ある.. その本は, 童話集 『注文の多い料理店』 ‐ 宮沢賢治が, 生前に出版した, たっ た一冊の童話集である. そ れから70年が過ぎた‐ 現在, 宮沢賢治は, 国民的作家になり, その作品は多くの人に読まれている. 彼の作 品の何編かは教科書にものっ ているので,中学生以上なら一度は宮沢賢治の名前を聞いたことがあるだろう‐ 彼の童話は, 一般的に童話を読む世代と言われている小学生だけにとどまらず, 2 0代, 30代, とそれをずっ と上回る世代にまで多く読まれている‐ そして, 最近は, 童話をただ単に読むだけでなく, あらゆる部門に おいて研究がなされている. 賢治と音楽, 賢治の死生観, 賢治と仏教, 宇宙, 農業, 郷土……‐ その研究は, 限りなく広大で今のところとどまる事を知らない. 七十年前と比べるとはるかに違いが見られる. では, そ の昔人々の目に触れることもなく消えしまった宮沢賢治の童話集は, 今は くすきとほったほんたう のたべも の> と な っ て, 人々 の心 に 生 きて いる の だろう か. も し, そう だと した ら, そ れは どう いう 形とな っ て 人々 の 心 の 中 に 生 き 続 けている の か‐. 本論では, 宮沢賢治の童話が時と世代を越えて人々 に語り続けているものについて考えて行きたい‐ 第一章 『注文の多い料理店』 の 「序」 について 『注文 の 多 い 料 理店』 に は 「序」 がつ い ている 普 通 作 者 が じぶ ん で′「序 をつ ける の は そ れを 本文 」 . , ,. より先に読んでもらいたいからである. 先に読んでこれから読者に語りかけるものを少しは前もって知って ほしいと言う気持ちが込められている‐ つまり本文全体の前提としておかれ, 本文で語ろうとしている主題 と 深 い 関連 性を 持 っ ている の である.. 特に 『注文の多い料理店』 の 『序』 には, たんなる作品の前提として読んでもらいたい気持ちだけでなく, 全体の宮沢賢治の童話に対する思想が現れている‐. 17.
(3) . 本 間 謙 二・柳. 哲 仁. わた したち は, 氷砂 糖を ほ しいく らゐ も たない でも, き れい にす き とほつ た風 をたベ, 桃 いろ のう つく. しい朝の日光をのむことができます‐ ま た わたく しは, はた けや森 の 中で, ひ どい ぼろ ぼろ のき も の が, いち ばんす ばら しい びろう どや 羅紗 や, 宝石 いり の きもの に, かは っ てゐる の をた びた び見ま した‐. わたくしは, さういうきれいなたべものやきものをすきです. (注一) 宮沢賢治の作品を読むと, ちょっ と不思議な気分になる‐ 自分が今, 現実の世界ではなく, 森の中, また はま っ たく 来 たこ と のな い世 界 にいる よう な気 持ち になる の である‐ そ して, そこ か ら いろ いろ な夢 を見 せ てく れる‐ 彼 の童 話 には夢 がある‐ 暖かい, ほの ぼの と した夢 である. そ の夢 は, 現在私 たち が使 っ ている. 〈目標〉 , または 〈未来に自分がなりたい姿〉 と言う意味ではなく, 〈希望〉 と言う意味である. 希望と言う 光を見いだし 〈可能性〉 につないでくれる夢なのである‐ しか し, 誰 も が この よう な夢 を見 ら れる わ けで は な い. 〈き れい にす き と ほつ た風 を た ベ, 桃 いろ のう つ く しい朝 の 日光 をの む〉 事 によ っ て <ひ どい ぼろ ぼろ の きもの が, いち ばんす ばら しい びろう どろ にか はっ. て見えるように> 自然をそのまま受け止めて, そこから想像の世界を繰り広げられる人が夢を見れるのであ る‐ こ れは難 しい こ とで はな い. 次 の文章 で, そ のこ と を 語 っ ている.. これらのわたくしのおはなしは, みんな林や野はらや鉄道線路やらで, 虹や月あかりからもらってきた の です‐ ほ んたう にか しは ばや しの 青い夕 方 を, 一 人でと ほり かかっ たり, 十 一 月 の 山の 風 のな か に, ふる へ な. がら立ったりしますと, もう どうしてもこんな気がしてしかたないのです‐ ほんたうにもう, どう しても こ んな こ と がある やう で しかたな い と いふ こ と を, わたく しはその とほ り 書い たま でです.. 宮沢賢治の童話は, 自然の話である. 野原や林の風で <どう してもこんな気がして〉 そのとほり書いた自 「広告文」 注二) か 然の話しである. これらの話しは, 自然の中で果実が実るように作者の心象スケ ッチ ( ら実った果実のようなお話なので, 私たちも 〈かしはばやしの青い夕方を, ひとりでとほりかったり, 十一 月 の山の 風 の な かに, ふる へ な がら立 っ たり〉 する と, 「序」 の最 初の 部 分の くひ どい ぼろ ぼろ のきも の が,. いち ばんす ばらしいびろう どにかはって見える〉 ことが体験できるのである‐ 前に比べた, 想像の世界を簡 単に体験できるのである‐ です か ら, こ れらの な か には, あ な た のため になる とこ ろ もある でせう し, た だそ れ っ きり の と ころ も ある でせう が, わたく しには, そ のみ わ けがよく つ きま せ ん‐ な んの こ と だか, わ けの わか らな い とこ ろ もある でせう が, そ んな ところ は, わたく しにも ま た, わ け がわ か らないの です. けれ ども, わ たく しは, こ れら のち ひきな も の がた りの いく き れか が, お しま ひ, あ なたの す き と ほつ た ほ んたう の たべ もの になる こ と を, どんな にね がふ か わ かりま せ ん‐. 一つのでき事を, 前にして人々の意見はそれぞれ異なる. 悪く言う人もいれば良いほう に言ってくれる人 も いる. はたや けや 森 の 中 で, ひ どい ぼろ ぼ ろ の着物 を, いち ばん す ばら しいと思う 人がい れ ば, 単 に ぼろ. ぼろの汚い着物だと感じる‐ 宮沢賢治の童話は心象スケッチである‐ 決して何かのために書いたのではない‐ 「広告文」 注二) を世間に提供しただけである この心象ス ただ, 〈田園の風と光の中から心象スケッチ〉 ( ‐ ケッチをどういうふうに受け止め, 〈すきとほつたほんたうのたべもの〉 にするかは, 読者の自由であろう‐ 18.
(4) . 宮沢賢治の童話. 以上の様に 「序」 の本文は, 第一段で, 童話の世界の様子を披露し, 第二段で, 童話の世界は自然との交感によっ て生まれるという発想の動機について述べ, 第三 段 で は, 控 え め である が, 力 と 自信 の こも っ た読 者へ の祈 願 で しめく く っ ている. こ の 「序」 に部 分 に は, 前 にも 述 べ た よう に, 『注文 の 多 い 料 理店』 だ けで なく, 全 体 の 賢 治の 童 話 に対 する 思 想 が込め ら れて いる. そ して, そ の思 想 は今 日ま で変 わ っ ていな い‐ 七 十年 に至る ま で, ず っ と 続い ている の であ る‐. しかし, 読者のほうは変わった‐ まず, 読者層が膨大な数に増えたのである‐ そして, 宮沢賢治自身とそ の作品に対する研究も膨大な数に増 えたのである. 今までは, 各専門分野を数え切れないほどである‐ そし て, もう 一 つ増 え たの が, 社 会 的問 題 である‐ その 昔, 林や野 は らや, 虹, 月 あ かり か らも ら っ てき たお 話 は, 今 で は立 ち 並 ぶ高層 ビ ルの 間で 出 口 を失 っ て しま っ た. そこ から 昔 には な か っ た新 た な社 会 的問題 を巻 き起 こ して いる. そ の 中でも, 今, いち ばん問題 と な っ ている の 「い じめ」 の 問題 である.. 第二章. 童話の中の 「いじめ」. わ た したち の生 活 の 中で, い じめ という 単 語 が頻繁 に出 てき たの は ごく 最 近の こと である が, その 昔 にも. いじめの問題は存在していた‐ 軍隊, 学校, 会社…人々が集まるところには必ず発生する問題である. しか し, 近頃のようにたびたび聞くようなことはあまりなかった. 二世代 ぐらい前に書かれた賢治の童話にいじ めの様子が書かれているのは, なかなかおもしろい. この章では童話の中に現れているいじめの問題に触れ て み たい‐ そ して, 最 近 起こ っ て いる い じめ の 問題 と の 関 わり を 論 じてい き たい と思う. A‐ 「銀河 鉄道 の夜」 「ジ ョ バ ンニ お 父 さ ん か ら ラ ッ コ の 上 着 が 来る よ ‐一 そ の子 が投 げつ ける やう にう しろ か ら 叫 びま , , した‐ ジ ョ バ ンニ は, ぱっ と胸 がつ め たく な り, そ こ ら 中き い ん と なる やう に思 ひま した‐ 「何 だい ザネリ と ジ ョ バ ンニ は高く 叫 び返 しま した がもう ザネリ は むこう ふ の ひ ば の植 っ た家 の 中 」 ‐ へ は ひっ てゐま した‐ 「ザネリ は どう して ぼく がな ん にも しな いの にあ ん なこ と をいふ の だ ろう 走る とき はま る で 鼠のやう ‐ なく せ に- ぼく がな ん に も しない の にあ んな こ とを云 ふの はザネリ が ばかな か ら だ‐一 こ れ は, 「銀河 鉄道 の 夜」 に出 てく る 一部 分 である‐ こ こ で ザネリ が ジ ョ バ ンニ を い じめ て いる の は 昔 , か らよく ある, 子供 同士 の か ら かい の 一 種であ る‐ ザネリ が, 「ラ ッ コ・の上 着 が来る よ」 と 言 っ ている の は , よく 考 え て み れ ば極 く 他 愛 も な い 悪 口 で, 「つ ま らな い こ と」 と 言 っ て 無 視 す る こ と も で きる の で ある‐ こ の こ と につ い て, 別 役 実 氏 はつ ぎの よう に評 している‐ ザネリ 個 人 が ジ ョ バ ンニ個 人 に特 殊 な悪 意 を抱 い てい たら しい事 は, ほと ん ど考 え ら れな い. つ ま り ザネ. リは極く無邪気に, かつてその共同体がその人間に常にそう してきたように, 「ラッコの密猟をして監獄 に つ な が れて いる」 かも しれな い 父 親 の 息子 と して, ジ ョ バ ンニ に 同 じよう な ことを して みせ た だけな の だ‐. それが単に推測に基づくものであると言え, それはザネリ個人の悪意と言うより, 敢えて言えば, 「共同体 そのものが本来的に内包しつつある悪意」 と言ってしかる べきものであろう. (注三) こ こ で, ザネリ が ジ ョ バ ンニ に悪 口 を言 っ たり ジ ョ バ ンニ の行動 を笑 っ たり して いる の は決 して悪 意 をも 19.
(5) . 本 間 謙 二・柳. 哲 仁. っ て して いる こ と ではない. 子供 がよく やる, その ときの感 情 のま ま相 手 にぶつ か っ て しまう, 一 種 の幼 い 行動 である. 昔の い じめ には, このよ う な類 型 が多 か っ た. ザネリ の い じめ は ジ ョ バ ンニ を傷 づ つ けたり,. 落ち込ませたりするが登校拒否や, 自殺にまで追いやるような事にまで至っていない. B‐ 「よ だか の 星」 ほ かの 鳥 は, もう, よ だか の顔 を見 た だ けでも, いや にな っ て しまう といふ 工 合で した‐ た と へ ば, ひ. ばりも, あまり美しい鳥ではありませんが, よだかよりは, ずっと上だと思ってゐましたので, 夕方な ど, よ だか にあ ふ と, さ もさも いや さう に, しんねり と目 をつ ぶ りな がら, 首 を そ っ ぽへ 向 ける の で した. も っ とち ひさ な鳥 な どは, いつま でもよ だか のま っ かう か ら悪 口を しま した.. よ だか はみ にく い鳥である‐ そ の姿 がみ にく いと 言う 理 由で み んな か ら嫌 われ, い じめ ら れる‐ そ して, つ ぎの 階段 に ま で追 いつ め ら れる. 「い・ や 出来る さう しろ も しあ さ っ ての朝 ま で に お ま え がそう しな か っ たら もう す ぐ つ か . . ‐ , , , み殺す ぞ. つ か み殺 して しまう から, さう お もへ. お れはあ さ っ ての朝 早く, 鳥 のう ち を 一軒 づ つま は っ. ておまえが来たかどうかを聞いてあるく. 一軒でもこなっかったといふ家があったらもう貴様もその時が おしまいだぞ} 「だってそれはあんまり無理ぢゃありませんか そんなことをするぐらいなら 私はもう死んだほうが ‐ , ま しです. 今す ぐ殺 してく ださ い‐一. 鷹はよだかに名前を変えると強制する. そうしなけれ ば, 殺すと. よだかも最初は対抗した. 自分なりに 名前に対する信念をもっていたのでどんな屈辱にも耐えてこられた. だけど, 役不足だった‐ 自ら死を選ん で しまう‐. ここでよだかが, いじめを受ける理由は, 〈外形〉 にある‐ その <外形〉 が, ほかの鳥よりみにくいと言 う 理 由でい じめ ら れる‐ 人々 は, い じめ にも いろ んな 理 由をつ ける. そ の中 で, とり わ け多 い の が 〈み んな. と違う〉 と言うことである. それは, 外形だったり, 行動だったり, それぞれ異なるが, とにかく同じ輪の 中 に入 っ て い ないも の は排 除 して しまう の である. 自 分たちの 輪 よ り上 の ほう に はみでる 人 にも, 下 の ほう に はみ でる 人 にも 適用 する が, 下の ほう にはみ でる 人 の ほう があ た り が厳 しい‐ 強 いも の には弱く, 弱 いも. のには徹底的に強くなる心理がここで働く. この中でも 〈外形〉 が普通と違うと言うことでいじめるのは, 最も卑劣な理由である‐ ここで 〈外形〉 と いう の は, 顔とか, 身体の一部を表していて, それが普通とちがう というのは, 誰よりも本人がいちばん分 かっているのである‐ それを取り上げ問題化するのは, 相手を傷つけるだけでなく, 自分の心にもみにくい 傷をつけることになる‐ 本当にみにくいのは, そういう卑劣な人たちである‐ 次の童話にも,〈みんなと違う〉 事をして笑われる例が出てくる‐ C‐ 「度十 公 園林・. 雨の中に青い薮をみてはよろこんで目をパチパチさせ青ぞらをどこまでも靭けていく鷹を見つけてはは ねあがって手をた・いてみんなに知らせました. けれ どもあんまり子供らが慶十をばかにして笑ふもので すから皮十はだんだん笑はないふりをするやうになりました.. 20.
(6) . 宮沢賢治の童話. 度十は心優しい人で, 自然の小さな動きにも心をう ごかし感動する. だけど, みんなそんな度十をバカだ とからかって笑うのである. 度十は自分を守るため, みんなと同じ行動をとり始めた‐ 笑わないふりをする のである. うれしい気持ちを押さえてまで笑わないふりをしようとしても本能的な部分は隠し切れない‐ そ れを必死 の思いで蔑十はみんなと同じ行動をとってみんなの輪の中に入ろう とする. なぜ, ここまで自分を 隠さな け れ ばな らな いの だろう か. 笑う こ とま でも, み んな に合 わせる ほ どい じめ の 構造 は根 深 い‐ 次の, ニ編 の童 話 は, 今ま での い じめ の問 題 とは少々 異 な っ た性 格を もつ 作 品 であ る. D. 「気 のいい 火 山弾」 ベ こ石 は, … …非常 に, たち がよく て, 一 ペ ンも 怒 っ たこ と がな い の で した. そ れです か ら, 深 い霧 が こめ て, 空 も 山も 向こう の 野原 も な ん にも みえ ず退く つ な 日 は, 稜 のある 石 ども は, み んな, ベ こ石 を か ら か っ て遊 びま した.. は じめ は仲 間 の 石 ども だ け で した があ んま り べ こ石 が 気 が いゐ の で だ ん だ ん み ん な バ カ に し出 しま し た.. ベ こ石 に は, い じめ ら れる 理 由 がな い‐ 形が少 し違う が, そ の事 でい じめ られる わ けで はない. ベ こ石 が ・ 一ペ んも 怒 っ た こ い じめ ら れる 理 由は, あ え て 言え ば, 二つ がある. 一つ は, ベ こ石 は, とても 気 がい い. と が無い の で そ の 事 が ほか の石 ども の 気 にく わな い. 怒る 姿 がみ たく て い じめる の である. もう 一 つ は, 稜 の ある 石 ども が, 退屈 だか ら である‐ 深い霧 が込め て, 空も, 山 の 向 こう の野原 もな んにも見 えな く, ほ か にやる こ と がな い とき, 退屈 しの ぎにべ こ石 を か らか っ て遊 ん でいる の である‐ 自 分 たち の遊 び, と してい じめ を している の だ‐ こ の場 合いち ばん いい遊 びの対 象 は, す ぐ反応 を示 すも の である‐ 怒る か, 泣く か, ある い は, 逃 げ出 す か‐ その 反応 を みる ため にい じめる. しか し, ベ こ石 は, 何 の 反応 も 示 さ な い. み んな どん どんべ こ石 をバカ に していく‐ 反応 を示 す ま でい じ め 続 ける の だ. こ れは, 今の 世の 中 でいち ばん広 ま っ て いる い じめ の 形態 である. 今の 時代 は, い じめる こ と が一つ の遊 戯 にな っ て しま っ た. い じめる 理 由が何も な い の である. も とも と, い じめる こ と に 理由 がある‐ と言う の もお か しい 話 だ が, 昔 は, ち ゃ ん と 理 由 が存在 して い た. あ の子 が嫌い, 人の悪 口 を 言う, 先生 が ひいき す. る, などなど単純な理由から, 気を引く, 嫉妬, 憎しみ……, のような複雑な理由に至るまでいじめる側も 自分なり の 理 由をも っ てい た. その 事 か らい じめ の原 因を わ かる こ とも でき た し, そ の理 由でも っ てい じめ る こ と が悪 い という こ と を指摘 する にも 容易 だっ た. そ のよう なこ とはい けない, という こと を教える こ と が出来 たの であ る‐ しか し今 は 違う‐ 悪 い こ とを悪 い と 思わない時代だ‐ 自分のしたことに自覚がない時代, 善と悪の区別が つ かな い無感 覚な 社 会 にな っ て しま っ たの である‐. そ して 次 のよう な 新 た な 問題 を生 み出 した‐. E‐ 「猫の 事 務所」 「お 早う ご ざい ま す ‐一 かま 猫 は立 っ て 挨 拶 しま した が, 三 毛 猫 は だま っ て 腰 か けて, あ と はい か にも 忙 しそう に帳面 繰 っ てゐま す. ガタ ン. ピ シ ャ ン. 虎 猫 が は ひっ て きま した. 「お早う ご ざいま す‐一 かま. 猫は立って挨拶しましたが, 虎猫は見向きもしません. ”….「お 早う ご ざいます.」 虎 猫 と三毛 猫 がい っ しょ に挨 拶 しま した. 「いや,‐お早う, ひ どい風 だね‐一 21.
(7) . 本 間 謙 二・柳. 哲 仁. 白猫も忙しそうに仕事にかかりました. その時かま猫は力なく立ってだまっておじぎをしましたが, 白猫 はまる で知 らな いふ り を してゐま す.. 「まるで暴風だね え) 」 黒猫は かま猫を見ないで斯う言ひながら もうすぐ仕事をはじめました . ‐ , , , み んな, ほ んの 時々, ち ら っ と こ っ ち を見る だ けで, た だ一 こと も云 ひませ ん. そ れでも み んな は そ んな こ と, 一 向知 らな い と いふやう におも しろう さう に仕事 を してゐま した‐. かま 猫 は, その か ら だが煤 で汚 れている せ いもあ っ て ほ かの猫 か ら嫌 わ れて 意地 悪 をさ れる‐ いつ も は黒. 猫がかま猫をかばっていたが, かま猫が風邪で一日休んだ時, ほかの三匹の猫が事務長に, かま猫が事務長 になると宣伝しているな ど, ありもしないことを黒猫に告げる. 黒猫は, その事をそのまま信じ, 翌日, か ま猫が出勤するとその仕事は取り上げられており, みんなかま猫を無視して, とうとうかま猫は泣き出して しまう‐ それを見た獅子は事務所を解散させる‐ このお 話, 猫の 世 界 を かり て, 日 本 の社 会 を批判 して いる‐ そ の 中 で起 こ っ た, 三 匹の猫 による, かま 猫 のい じめ は, ま さ に今, 問題 にな っ ている 集 団 に よ る 一 人い じめ である‐ か ま猫 は, か らだ が煤 で汚 れてい. る理由でほかの猫から嫌われ, いろんないじめを受ける‐ かま猫は, 仕事も一所懸命やっているしなんとか みんなによく思われようと工夫するが, かえって嫌われてしまう. いじめとは, 本来そういうものである‐ はっきりした理由というのが存在しないので本人がみんなに好かれようと努力しても, 代えって, その事で も っ ても っ と 嫌 わ れて しまう の だ. かま 猫も, 親切 に した ら, 親切 に したで も っ と憎 ま れて しま っ た し, 前. の童話の主人公である度十もみんなに合わせようとしてもっ と笑われてしまったのである‐ 特に最後の集団 によ る い じめ は, も のす ごい‐ 無 視する こ と によ っ て, かま 猫の存 在 自体を消 して しま っ たの だ. 集 団 によ る い じめ で, 正 常 な人 を, 異 常 に して しまう の は, そのよう に簡単 である‐ 四 匹の 猫 によ っ て かま 猫 は, た. ちまち事務室からいらない存在にされてしまったのである. この猫の事務所は, そのまま人間社会を写し出 している. 学校では集団で一人の子をいじめて, 悪者に仕立て上げ, あげくの果てには, 自殺にまで追い込 んでいる. たよ り に していた先 生ま でも, 集 団の いう こ と を聞 き, 話 を 聞い てく れな い. そ してい っ しょ に. いじめに参加する. 行き場を無くしてしまった子どもたちは社会に背を向ける‐ 生きる喜びを教えるはずの 学校が, 社会が, 生 きる光を奪ってしまったのだ. 童話を通して, 我力坤土会を見つめてみることも, 必要で はな い だろう か‐. 終 章 こ れま で, 賢治童 話の 「序」 の部 分 と, い じめ の問 題を見 て き た‐ そ の昔 は問 題外 だっ たい じめ も, いま. では学校だけにとどまらず, 社会的な問題となっ てしまっている. 「すきとほつたほんたうのたべものにな る こ と」 を願 っ て 出 した賢治の 童話 は, 多く の 人々 に読ま れ, 今で は, ベス トセ ラ ー にな っ ている. 本来 な らそ れらの童 話 は, 「す き と ほ っ た ほ んとう の たべ もの」 とな っ て私 たち の心 の 中で生 き て いる はず である‐ も し, そう な っ て い た ら数々 の社 会問 題 は生ま れな か っ た だろう. しか し, 現実 は 違 っ てい た‐ 確 か に賢治 の童 話 には 「す き と ほつ たほ んたう の たべ もの」 をたく さ ん実ら せ た が, そ れを, 取 っ た 人 によ っ て 「す き と ほ ら な く な り」 , ま た, そ れを 食べ た 人は, そ のま ま 消 化 して. しまっ たのだ‐ 賢治の童話は, 教科書に 「教材」 として多く採録されていて, 先生方, あるいは大人がそれ を子どもらに読んで聞かせたり, 良い本として勧めたりする. だが自分はその童話についてなんにも分かっ て い ない‐ 童 話 は 子 ども に読ま せ る ためのも ので なく 「一つ の文 学 ジ ャ ンル」 である‐ ほか に読 み聞 かせ,. 話し, 勧める前に自分で分からなければならない. 最初, 賢治が考えた 「童話」 の 「童」 は読者だっ た. そ 22.
(8) . 宮沢賢治の童話 ‐れ が だん だん 「童」 は作 者 の 中の 児 童 性 と なり 大 人 である 賢 治 が 自ら の 中 の児 童 性 に した が っ て 「 ′心 , , ,. 象スケッチ」 を世間に提供していっ た‐ そして, 既成概念や利害打算にとらわれず新しい世界を繰り広げて いった. そのけっ か, 子ども向きの作品もあれば, 大人向きの作品も生まれた‐ そのいずれも, 賢治の内な る児童性による必然的所産であって, 読者に合わせる童話ではなかっ た‐ だから, 賢治の童話を理解するに じ は彼 の 「 ノ ・象ス ケ ッ チ」 を知る こ と が大切 である‐ この 「心 象」 を知ろう とも しな い で, 賢 治の童 話 を読 ん でき かせ たり, 勧 め たり, 参 考 にする こ と は無 意 味である. 子 ども を傷つ け, いつま でも 「不 可解 な童 話」. を読む 「卑怯な成人」 になってしまうのだ‐ わたしたちは, 賢治の童話を自分のために読まなければならな い‐ 子 ども に聞 かせ たり, 教材 と して使う ため でなく 自 分 自信 の 形成 の ため に読 むの である. そ したら 「つ や や かな 果実や 青 い 疏菜」 は 「す き と ほっ たほ んたう の たべ も の」 となる であろう‐ <注訳> (注一) 『宮沢賢治全集8』 所収 「序」 (ちくま文庫)15 , 16ページ 2ページ (注二) 『宮沢賢治全集8』 所収 「広告文」 (ちくま文庫)60 5ページ (注三) イーハトーボゆき軽便鉄道 カムパネルラの中立 (リブロポート)25. 〈鰐 蝋〉 198 0年春季号 撃燈社) 佐藤泰正・縞 別冊国文学・N o6 『宮沢賢治必携』 ( 19 8 8年 日本放送出版協会) 天沢退二郎 NHK市民大学1月~3月 『宮沢賢治の世界』 ( 19 7 6年 すばる書房) 日本児童文学別冊 『宮沢賢治童話の世界』 ( 1 98 8年 洋々社) 続橋達雄著 『宮沢賢治少年小説』 ( 2年2月号 撃燈社) 198 国文学 『賢治童話の く解析 ( 『 19 92年9月号 肇燈社) 国文学 宮沢賢治 脱=領域の使者』 ( 19 89年12月号 撃燈社) 国文学 『宮沢賢治を読むための研究辞典』 (. (亘) 知られていない童話 「鳥の北斗七星」 この作品は, 1924年 (大正十三年) に出版された, 宮沢賢治にとって初めての童話集であり, 生前発表さ れた唯一の童話集である, 『注文の多い料理店』 に収められている作品の一つである‐ 『注文の多い料理店』 のなかの作品は全部で九編あり, それぞれ独立したお話は, 作品の発想された順から行くと一つの円環状を なしている‐ この作品は, 1921年 (大正十年) に書かれたもので, 『注文の多い料理店』 では四番目に収録 されている‐ 制作年月日から推測する と, 七番目にあたる作品である. 宮沢賢治は, 作品を並べるのにいろ いろな工夫を成しているが, この作品は制作順でも収録順でも中間にあたるのでその並べ方に特に問題はな い. しかし 『注文の多い料理店』 のなかの作品が全体的に子供向けの童話であり, 自然の中で起きる未知な る 世界 の 様 子 が 暖か い目 で 描 か れて いる の に対 して, こ の 作 品 はま っ たく 異な っ た 性 格を 持 っ ている. 従 っ. て 『注文の多い料理店』 の枠からはみでて独自の世界を持つ作品である‐ 「鳥 の 北 斗 七 星 の 独 自 性 は そ のテ ー マ と描 写 に表 れて いる 「鳥 の北 斗七 星 の テ ー マ は 「戦 争 で 」 」 」 . ,. ある‐ 「戦争一 目体が持つ意味の重さもあり, その内容も決して軽くない. 演習や, 山鳥と戦う場面の描写 もかなりリアルで全体的に重い感じがする‐ 『注文の多い料理店』 のなかのほかの作品は, 前にも述べたが 全体的に子ども向けの童話であり, 自然の中で暮らしている人々の姿が暖かく描かれている. 鋭い調刺と言 われている 『注文の多い料理店』 にもユーモアはあふれている‐ だが, 「鳥の北斗七星」 にはユーモアが見 えない. 感動的な場面はあるがほかの童話のような暖かさは感じられない‐ 感動さえも重く感じられるので ある. こ こ に, そ の独 自 性 があ る と いえ よう‐. この作品は 「戦争」 と言う多少重い題材を扱っ ているが, それ自体を特別化していない‐ 戦争に対する普 23.
(9) . 本 間 謙 二・柳. 哲 仁. 通の人の姿に焦点を合わせている. みんな急いで黒い股引をはいて一生けん命宙をかけめぐります. 兄貴の鳥も弟をかばふ暇がなく, 恋人 同士もたびたびひどくぶつかり合います‐ (注一) このように人々は余裕をなくしてしまうと, まわりが見えなくなってしまう. 自分自身しか見えなくなっ て しまい, 自 分 を守る の に精 一杯 になる のであ る‐ そ れま でに どんな に仲 の 良か っ た 関係 でも 一 瞬 に して崩. れてしまうのである‐ まして危機の状態に陥ったとなると, 今までの関係は何の意味も持たなくなってしま い家族の辞も, 恋人同士の愛情も, いとも簡単に崩れてしまうのである. 兄貴のためでもなく, 恋人のため でもなく, 自分の命を守るためだけに生きる, 自分が生きるためには相手はどうなろうとかまわない. この 自己防衛に走る姿こそまさに戦争中によく見られる人間たちの一般的な姿ではないだろうか‐ そ して, 同 じ考え を持 っ た 人々 が, 同 じ姿 で戦い 続 ける‐. じぶ ん もま た ためい き をつ いて, そのう つく しい七つ のマ ヂエ ルの 星を仰 ぎな がら, あ・ あ したの戦 い で わたく しが勝 つ こ と がい) の か, 山鳥が勝つ の がい・ の かそ れは私 に わ かりま せ ん, た ゞあ な た のお 考 え のと ほり です, わたく しはわたく しにきまっ たやう にち か らい っ ぱいた) か ひます, み んな み んなあ な. たのお考えのとほりですとしづかに祈っておりました‐ そして東のそらには早くも少しの銀の光が沸いた のです‐ (注二) 鳥の大尉は, 何のために山鳥と戦うのか分からない‐ 戦う目的も意味もなく, 誰が勝つことがいいのかも 分からない‐ 分からないけど戦争をしなければならない. そして, 力いっ ぱい戦う‐ たとえ戦死しようとも. これは, 大尉と言う特別な軍人の姿だけではない. 戦争に送り込まれた人々, すなわち普通の人の戦争にお ける姿なのである‐ 戦場では, お互い知らないもの同士が銃をむけあい, 相手を撃たなければならない. な ぜ銃を撃つのか, どう して戦争をするのか, 誰にも答えが分からない. ただ言われた通りに従う. いや, 従 わなければならない. 自分の命と将来をかけて意味を持たない戦争をしなければならない‐ 悲しい事実であ るが認めなけれ ばならない‐ このように鳥と山鳥の戦い, と言う構造を通して作者は戦争に対する自分の考えを述べている. それには, 多少の社会批判も加えられているが, ヒューマニズム的な面もかなり多い‐ そして, それは次の く涙〉 の構 造にも見られる. 駆逐艦隊はあまりうれしくて, 熱い涙をぼろぼろ雪の上にこぼしました. して云ひま した. 鳥の大監督も, 灰いろの目から渦をなが‐ 鳥の新しい小佐は, お腹が空いて山からでて来て, 十九隻に囲まれて殺された, あの 山鳥を思ひ出して, あ た ら しい渦 を こ ぼ しま した‐. 美 しく ま っ 黒 な砲 艦の 鳥 は, そ の あ ‐ひ だ中, み んな とい っ しょ に, 不動 の 姿 勢 をと っ て列 びな がら, 始. 終きらきらきらきら涙をこぼしました‐ (注三) この作品には, 四回 〈涙 (沼) 〉 を流す場面が出てくる. それは数的には全部で四回あるが, 分類すると, 24.
(10) . 宮沢賢治の童話 三つ の グル.一 プに分 ける こ と が できる. そ して, そ の グルー プはそ れ ぞれ異 な っ た意 味を持 っ て いる‐. まず, 始めに出てくるが, 駆逐艦隊と島の大監督のなみだである. これは勝利のなみだである. 戦争中の敵をしとめたと言う, 軍人として自分の任務を果たしたと言う, 喜 びに満ちたなみだである. 鳥の大監督の任務は, 戦争をすることである. 部下や艦隊を統率していろんな形 の戦争 をする こ と で ある‐ そ して, 明日 山鳥 と の戦 い を ひかえ‐ている とき, 部 下 による 敵 艦の 撃 沈 報告を 聞 く‐ しかも, わ が軍 は死 者無 しだと言う. 鳥 の大 監督に してみ れ ばこ れ以 上う れ しい こ と はな い‐ 自分 の艦 隊の最小 限の被 害 で戦 い が終わ っ た, 敵 に勝つ こ と ができ たの だ. そ のう れ しさ で流 したな み だは, ある こ. とを 7成計)セオデたと言う, 一種の成就のなみだとも言えよう. これにはうれしい気持ちと成就感が伴うが, そ う. れを感 じる の は, 自分 と行動をとも にした小集団に限られるだろ‐ 小佐 (鳥の大尉)- の沼は, 博愛の沼である‐ 彼は, 自分に任せられた任務を責任をもって遂行したにもかかわらず憎むことのできない敵を撃沈したと 言う 後 悔と思 い‐や りの 渦 をー流 して いる‐ 本来な ら山 で自 由 に と びつ づ けている はず の 山鳥 は, お 腹 が空い て -. -. .. 山から出てきたと言う理由だけで殺されてしま っ た‐ 鳥の大尉は, この山鳥のために渦を流している‐ 自分 . の任 務を 果 たす ため, 何 の 罪も な い 敵 を殺 して しま っ た ため に沼 を流 している. そ れは相 手 への思 いや り の. 渦とも言えよう. ように相手のことを踏み倒してまで自分の立場を守らなければならないとき 私たちの生活の中にも, この′ が何 度も ある‘ そ の 中 で, 相 手 の ため に沼 を流 す こと はとも かく, 相 手 の こ とを考 える とき が, 果 た して ど れほ どある だ ろう か‐. 三つ目の砲艦の鳥の涙は’ 愛情の涙である‐ 明日か ら 許嫁 と い っ しょ にま た演習 する こ と ができ てう れ しく て流 した涙 である‐ 砲 艦の烏 にと っ ては,. 戦争でどちらが勝つのがいいのか, 敵の死についてどう考えるかなどは問題 にならない‐ 自分の許嫁が無事 な ら そ れで い いの である. そ して, 明日 か らま た 許嫁 と い っ しょ に演 習 ができる, その こ と だ けがう れ しく て二 人の た め の 涙を流 したの である‐ こ れらの 三つ の 涙 は, 勝, 恩, 愛 と そ れ ぞれ違 っ た 意 味を持ち, その 対 象も 異なる‐ こ の 〈な み だ〉 の .構造 は, わ れわ れの生 活 の 中 で一つ の 三角 形を成 して いる‐ 必 ず 二つ は下 にくる し, -. つは上に, もう一つは頂点に立つ. どれを下に配置し, どれを頂点に配置させるかは人それぞれの価値観に .人それぞれ異なった三角形を作るか よるだろう. 従って誰にもそれを非難することはできない‐ なぜなら, らである. 宮沢賢治も決して自分から三角形を作ろうとはしなかっ た. 読者たちにそれぞれ作品内容を通 し て:つの点を与え, 彼らに各々の三角形を作らせただけなのである‐ なぜ, 作者は自ら明確な三角形を作品 を通 して作 ろう と しな か っ た の だろう か‐ あ る い は, ヒ ュ ー マ ニス トと見 ら れる の を恐 れた の か‐. 「鳥の北斗七星」 について 論じている文献は決して多くはない その中でも代表的な評価をあげると次 , . のよう である‐. 〈憎 め ぬ 敵 と戦 わせ る よう な力 と戦 わな い で, 勝 の がい・ か負 ける がい・ か 分か ら ぬ戦争 に加 わる. こ. の判断中止的な考え方〉 はく賢治ほどのヒューマニストにおいて肯い難い>(小沢俊郎 「賢治の社会批判□」 「四 次元 昭29 5) 一 .. 〈観念がかなりなまのまま投げ出され, 作品として血肉化されていない〉 <失敗作〉 (続橋達雄 「童話集 『注 文 の多い 料 理店』 序 説」 「四 次元一 昭32 6 ~10 ) .. 25.
(11) . 本 間 謙 二・柳. 哲 仁. このように, 批判もあるが, 次のような評価も見られる‐ 〈愛 と, 戦 い と, 死, と 言う 問題 につ い て最 も 美 しい, ヒ ュ ー マ ニス チ ッ ク な 考 え方〉 (佐々 木 八郎 手. 記 『きけわだつみのこえ第一集日本戦没学生の手記』 光文社, 昭3 ) 4 〈戦争そのものは素材にすぎず〉 , 主眼は く雪とそこに舞いおり た島〉 の く心象スケッチ〉 にある (方 田務) 「宮沢賢治童話集 『注文の多い料理店』 試論」 (橋女子大研究紀要」 昭5 4 ‐ 2) 以上のように, 近年はあくまでも生物の根源矛盾を扱った作品としての評価が成されているが, その思想 性と作品に批判が加えられている場合がまだまだ多くみられる‐ このような批判が成されている理由の一つ は, 戦 後, 一 種タ ブー とさ れて い た 「戦争 につ い て考 える」 と言う 問題 を描 い ている か らで はない だ ろう か. 「戦 争 につ い て誰も が口をつ ぐんでいる とき に 童 話 であり な がらもそ の 問題 にふ れ しかも 「戦争 に 」 」 , , つ い て 批判 を成 して いる‐ そ れま で に 「戦争」 の必 要性, 妥当 性 を唱 えて い た 人々 にと っ て は, あま り 気持 ち の い い作 品で はな か っ た はず である. お そ らく 子供 たちや読 者 にあま り読 んで ほ しく ない 作 品の一つ だっ たとい える の で はな い だろう か‐. 「鳥の北斗七星」 は 有名な童話集 『注文の多い料理店』 のかなの作品でありながら 注目されることの , , 少ない作品である. 『注文の多い料理店』 を読んだ人の中で, 気に入った, あるいは好きな作品としてこれ を 取り 上 げる 人は, ま ず, 少な い だ ろう. ある い は, 一 人もい ない かも知 れない‐ しか し, 私 は 『注文 の多 い 料 理店』 の 中か ら気 に入 っ て いる 作 品 を三つ 選ぶ と した ら迷 わず こ の作 品 をそ の 一 つ と して い れた い と思 . 以上述べてきたように私はこの作品が好きだし, 論じる十分な価値のある作品だと思う. なぜなら軽く読 む童話ではなく考えさせられる童話だからである. あ・ マ ヂエ ル様, どう か憎むこ と ので きな い敵 を殺さ な い でい・ やう に早く この世 界 がなりま す よう に,. そのためならば, わたくしのからだなどは, 何べん引き裂かれてもかまひません. (注四) この文章について, 〈判断中止的な考え方〉 と批判してもいい. 〈宗教的な倫理と自己犠牲に流れて行く作 者の心弱さ〉 と批判を加えてもいい. 私はこの祈りの言葉が好きである. 初めてこの作品を読んだときは, 賢治の思想も, 内面の問題意識も, 何も読みとることができなかった‐ ただ, 何のこだわりもなく, 島の大尉 の最後の言葉に共感し, もう一度読んでみようと思っ たのである‐ そして, 何度か読みなおした今もこの祈 りの言葉は好きである‐ 宮沢賢治の童話は読む度に感じか違ってくる‐ 始めは読みとることのできなかったいろんな面が見えてく る の である. こ こ に宮 沢賢 治 の童 話 のお も しろ さ がある‐ 一見, ふ つう の童 話のよう に見 える 作 品 の 中 にも. いろんな要素を含み, 普通ではない童話にしてしまう不思議な面を持っているのである」 しかし, この作品は, 明らかに童話である. 童話であるから, 当然子供もこの作品を読むであろう‐ そこ で子供が質問する. 「どう して 憎 むこ と の で きな い 敵を殺す の 」 ,. 大人はここでなんと答えるだろうか. 私 には, そ の 答え が分 からな い.. 26.
(12) . 宮沢賢治の童話. <注訳> (注-) 『宮沢賢治全集8』 所収 「鳥の北斗七星」 (ちくま文庫)5 6ページ (注二) 注-と同じ 5 7ページ 0ページ 9 (注三) 注一と同じ 5 ,6 ページ 注-と同じ 注二 6 0 ( ). 〈鰐 蹴〉 佐藤泰正・編 別冊国文学・N 5・2 ’ 80春季号 挙燈社) o6 『宮沢賢治必携』 (昭和5 付 記 柳哲仁さんは, 韓国檀園大学4年生に在学であった19 93年10月から, 19 9 4年7月まで日本の国費留学生として本学旭川校で日本文化研 究に携わってきた‐ 本学においては, 片山晴夫教授の指導の下に日本近代文学を学び, 本間のもとで現代哲学を学んできた. 本稿は一年 間の研究成果の一部をまとめたものである‐ 彼女の研究者としての将来のために, 大方の忌禅のないご批判をいただければ幸いである‐. (本間) (本間:本学教授 旭川校). (柳哲仁:本学旭川枝留学生). 27.
(13)
関連したドキュメント
狭さが、取り違えの要因となっており、笑話の内容にあわせて、笑いの対象となる人物がふさわしく選択されて居ることに注目す
市場を拡大していくことを求めているはずであ るので、1だけではなく、2、3、4の戦略も
喫煙者のなかには,喫煙の有害性を熟知してい
身体主義にもとづく,主格の認知意味論 69
存在が軽視されてきたことについては、さまざまな理由が考えられる。何よりも『君主論』に彼の名は全く登場しない。もう一つ
記述内容は,日付,練習時間,練習内容,来 訪者,紅白戦結果,部員の状況,話し合いの内
児童について一緒に考えることが解決への糸口 になるのではないか。④保護者への対応も難し
いてもらう権利﹂に関するものである︒また︑多数意見は本件の争点を歪曲した︒というのは︑第一に︑多数意見は