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産業育成における地域経済の役割: 再生医療業界に向けたドイツ・ザクセン州の取り組み

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(1)論 説. 産業育成における地域経済の役割 ― 再生医療業界に向けたドイツ・ザクセン州の取り組み ― 貴 志 奈 央 子. 1.はじめに 再生医療業界1は,将来,経済の成長を牽引する産業になりうる可能性があるとされ,先端研 究に対する積極的な経済的支援や,関連企業の成長を支える事業環境の整備が,各国において 政策的に進められている.このため,日本においても,経済産業省,文部科学省,厚生労働省 などが,当該産業の育成を政策の中心課題の一つとして掲げ,その立案と実行に尽力している. 本研究では,中央省庁におけるこうした動きに加えて,地方政府や地域経済の関連組織による 取り組みを強化することで,当該産業の発展がさらに促進される可能性を指摘する.本稿では, 特に,ドイツのザクセン州において再生医療関連の事業化を促進するために行われている取り 組みから,次世代産業の育成という,国としての政策が求められる課題において,地域経済の 果たす役割について考察する. ドイツの取り組みに焦点をあてた理由は,日本との共通項として,次の二点が挙げられるた めである.一点めは,hES細胞の取扱いが規制されているという状況の中で,再生医療に関す る事業の創出を促進してきたこと.二点めは,化学や自動車などに関して,国際的に競争力を 持つ最終メーカーやサプライヤーを抱え,関連知識の厚い蓄積が,再生医療業界の発展を下支 えする可能性も持つことである. 一つめの点について,ドイツでは,hES細胞を用いて治療を目的とした研究を行うことや hES細胞を分化させることが,倫理的な観点から規制されてきた2.ES細胞の取扱いに規制が ヨーク大学のSATSU(Science and Technology Studies Unit)では,欧州における再生医療業界の発展 を促進する仕組みづくりを目指して,当該業界の調査プロジェクトを実施した.このプロジェクトは, REMEDiE(Regenerative medicine in Europe)と呼ばれ,調査対象期間は,2008年5月1日〜2011年4 月30日となっている.そして,REMEDiEにおいて実施された調査の最終報告書では,これまで見解の一 致を見た定義が存在するわけではないと指摘した上で,再生医療を「幹細胞,遺伝子(遺伝子治療) ,バ イオ・スキャホールドを含めた細胞を用い,人体の自己複製能力を刺激,あるいは増幅させることである」 と定義している. なお,最終報告書は,以下のURLにおいて公開されている.  http://cordis.europa.eu/search/index.cfm?fuseaction=lib.document&DOC_LANG_ID=EN&DOC_ID=1405 37941&q= 2 Faltus, Timo(2013) , German Legislation Pertaining to International and Transnational stem Cell Research: Guided to the Design of International and Transnational Research Projects, Halle an der Saale: Universitätsverlag Halle-Wittenburg. 1.

(2) 58( 196 ). 横浜経営研究 第34巻 第4号(2014). かかることによる影響は,幹細胞の培養を始めとした関連知識の蓄積に遅れが出るという点が 指摘されてきた. そして,二つめの点については,化学や工学などの知識が厚いことにより,スキャホールド や細胞培養装置などの製品で市場シェアを獲得できる可能性があると考えられる.再生医療業 界の発展がもたらす事業機会としては,自家培養表皮などの最終製品だけでなく,骨髄液に含 まれる間葉系幹細胞を回収する製品から,培養した細胞を搬送するための容器まで,実にさま ざまである.すなわち,複数の分野の知識が厚いことは,最終製品以外の事業機会も活用でき る可能性が高いと考えられる. こうした共通項から,今後,ドイツと日本の再生医療業界における戦略の方向性が類似して いく可能性はある.また,現段階において,ドイツは,欧州市場において最も多くの最終製品 のサプライヤーを輩出しており,日本としては,その政策から示唆を得られる部分が多いと考 えられる.本稿では,このような観点から,再生医療業界におけるドイツの動向に焦点をあて, 日本への示唆の導出を試みることとする.. 2.地方政府による産業育成の有効性 企業が特定の地域を生産やマネジメントの拠点に選ぶ理由として,既存研究では,組織が集 積することによって生じる経済的な効率性や,社会的資本の活用に焦点をあててきた.経済的 な効率性とは,企業間の地理的な距離が近接することで,人材や資源の調達コストが低減し, 企業間での分業と専門化が進み,生産性が高まることである.そして,社会的資本の活用とは, ある特定の地域に集まったことで,企業どうしの間にネットワークが構築され,事業展開にお いて重要な情報を信頼できる相手から,容易に入手できるようになることを意味している. 一つめの観点である経済的な効率性に焦点をあてると,企業が,産業集積の形成された地域 に拠点を置くことによる具体的な利点は,Porter(1998)によって,次のようにまとめられてい る.まず,優れた人材やサプライヤーへのアクセスとして,必要な人材を雇用したり,原料調 達ためのサプライヤーを確保したりするにあたって,探索コストや取引コストを節約すること が可能である.そして,産業集積において形成される信頼できる人間関係から,市場や技術に 関する重要な情報を入手することができる.また,補完性として,イタリアにおけるファッショ ンやデザインなどのように,特定の産業に関するクラスターが形成されているという評判によっ て,買い手を当該地域に誘導することができる.さらに,政府や公共機関による地域の投資を 活用することができる.こうした地域への投資の成果には,クラスターで活性化している産業 を支援するために整備されたインフラや,教育プログラムなどがあてはまる.最後に,クラスター において,競合企業間の競争が促進されることで,より優れたパフォーマンスの達成が可能に なる点についても言及されている.すなわち,多数の組織が集積することで,効率的に資源や 人材や情報を確保できるようになることが,産業集積の要因だという指摘と捉えることができ る.最後に,Porter(1998)は,産業集積の発展において,中央政府と地方政府の両方が,クラ スターの成長に貢献できる人材の育成と環境の整備に貢献する必要があると指摘している. そして,二つめの観点として,産業集積の有効性について,経済的な効率性だけでなく,他 社とのネットワークという社会的資本の影響を加味した知見の蓄積も進められている. まず,Whittington, Owen-Smith, and Powell(2009)は,企業間の地理的な近接性とネット.

(3) 産業育成における地域経済の役割 ―再生医療業界に向けたドイツ・ザクセン州の取り組み―(貴志 奈央子) ( 197 )59. ワーク・ポジションがイノベーションの創出に与える影響を検証している.サンプル期間は 1988〜99年の12年間,分析対象は米国に拠点を置くライフサイエンス企業である.そして,分 析の結果として,産業クラスターを超えて国際的に形成されたネットワークの中心にいる企業 は,より多くのイノベーションを創出していることが明らかとなった.産業クラスターの外部 ともネットワークを形成することで,企業は,イノベーションの創出に必要な資源と新しい情 報の両方を獲得することが可能となる.拠点を置く産業クラスターからは人材やサプライヤー を確保するとともに,新たな情報をクラスターの外部から取り込むことで,組織内部の知識の 同質化を回避できるためである. また,Sorenson and Audia(2000)は,組織が集積することの経済的な意味として,分業体 制を組むことができるため各企業が専門性を追求できる(Romer, 1987),効率的な情報の収集 が可能となる,訓練された労働者のプールが形成されており,優秀な労働者を雇用しやすいと いった点を挙げている(Rotemberg and Saloner, 1990).しかし,分析対象とした1940〜1989年 における米国の靴の生産工場では,企業間の分業による専門性の追求というベネフィットが機 能していたというわけではなかった.また,競合企業どうしが集積すれば,競争が激しくなる という指摘があった(Burt, 1992).そこで,産業集積が形成される要因としては,他社とのネッ トワークの構築という社会的資本を構築でき,その結果として,類似した組織から起業に必要 な情報を得られるという論理によって発生するという仮説について,検証を行った.すなわち, 産業集積には,調達コストの低下などの経済的な効率性を高める可能性と,企業が集積するこ とで競争は激しくなってしまうという可能性がある.これに対し,Sorenson and Audia(2000) は,競合する企業が集まっていることで,企業間の紐帯という社会的資本を通じて互いに必要 とされる情報の入手が可能となり,産業集積はより活性化していくことを立証したと言える. この研究では,競争が激化するにも関わらず,なぜ,産業集積の形成された地域において,さ らに起業が発生し,当該地域がより活性化していくのかという問いへの答えが提示されている. 以上から,企業は,特定の地域に集積することによって,事業活動を経済的に効率化するこ とや,他社とのネットワークという社会的資産を通じて有益な情報を獲得できることが明らか となった.したがって,新たな産業の育成を目的として,人材を育成できる教育機関を設置し たり,海外の顧客の招致を支援したりすることによって,企業が経済的な利点を享受できる環 境を特定の地域に整備することには意味があることになる.そして,その環境整備の支援を担 う主体として,地域企業の特性と要望を把握しやすい立場にある,地方政府や地域の業界団体 がコミットメントを強化することにも意義があると考えられる.. 3.ドイツの概況 ザクセン州の動向について見る前に,まず,欧州の再生医療業界において,ドイツがどのよ うな位置づけにあるのかを概観する. 欧州における再生医療業界を関連企業の数で見ると,ドイツが欧州全体で最多の企業数を有 している.このデータの集計にあたって,カウントの対象となったのは,REMEDiEによる再 生医療の定義を満たした製品を供給している企業である.具体的に企業数の内訳を欧州の国別 に見ると,図1に示されているように,ドイツ,イギリス,フランス,スイス,スペインとい う順番で続いている.したがって,調査時点で29社を有していたドイツでは,欧州の他国に比.

(4) 60( 198 ). 横浜経営研究 第34巻 第4号(2014). 図1 再生医療業界に参入する欧州の主要国の企業数. その他,23. ドイツ,29. スペイン,7. スイス,9 イギリス,26 フランス,18. 出所)REMEDiEによる最終報告書に基づいて作成.. べて当該業界に対するより積極的な企業の参入を確認できたことになる.このように,最終製品 を供給する多数の企業が存在することで,ドイツでは,関連した事業機会が創出されやすいこと. および,細胞の培養に関する知見の蓄積が進むことといった利点がもたらされると考えられる. ただし,欧州全体としては,新規事業に対するファイナンスを支える資金が,米国ほど豊富 ではないという指摘もある.ベンチャーキャピタルの活用がそれほど普及していないことに加 え,大手製薬会社が,これまで幹細胞を用いた治療技術への投資に対して積極的ではなかった ことから,欧州市場において再生医療業界に参入する企業は,資金の調達が困難であるという のが,その理由である3. したがって,再生医療業界に参入するドイツ企業は,hES細胞の取扱いに対しては規制があ ることと,身近な資本市場では,ベンチャーキャピタルが未発達であるという課題に直面して いることになる.すなわち,ドイツの特徴として,再生医療製品を供給している企業の数は, 欧州市場において多い方であり,最終製品の供給について学習効果を期待することはできる. ただし,さらに企業の新規参入と事業の拡大を促進するためには,hES細胞以外の細胞を用い た製品に関する知識の蓄積や,資金調達の仕組みを整備する必要があることになる. 知識の蓄積という点については,ドイツでは,再生医療を対象とした基礎研究機関が複数設 置されてきた.ドイツ連邦政府では,再生医療業界の育成に向けた政策の実行を教育研究省 (BMBF:Bundesministerium für Bildung und Forschung)が担っている.BMBFは,1990年 代から,再生医療を支える基礎研究や応用研究に対して,積極的な経済的支援を行ってきた. その結果,2006年以降,ドイツ国内の各所に再生医療による最先端の治療に焦点をあてた研究 施設が設立されている(表1参照).研究資金源としては,BMBF,ドイツ研究振興協会(DFG: REMEDiEによる最終報告書参照.. 3.

(5) • BMBFとメクレンブルク・フォアポンメルン州から,経済的支援を受けている.. • 心臓疾患に対する幹細胞治療を手掛けている.. for Cardiac Stem Cell Therapy. Rostock(RTC). 出所)biotechnologie.de eds.(2010),Regenerative Medicine in Germany. Biosaxony, BIOTECHNOLOGY IN SAXONY. BioRegio STERN Management GmbH, New Treatments for Regenerative Medicine.. • 2008年設立.. • 研究開発では,筋肉・骨の仕組み,皮膚・創傷の仕組み,心臓血管・呼吸器などの仕組みに重点を置いている.. • BMBFなどが,2009年以降,750万ユーロの経済的支援を行っている.. • 2009年設立.. • 基礎研究,バイオエンジニアリング,バイオマテリアル,トランスレーショナルリサーチを四つの柱としている.. • BMBF,ベルリン州とブランデンブルク州,ヘルツホルム協会などが総計約4000万ユーロを出資.. • 2006年設立.. バリーシステム,再生のイメージング・ モデリング・モニタリングなどが挙げられる.. • 重点的な研究分野としては,ティッシュ・エンジニアリングとバイオマテリアル,セルセラピー,制御分子とデリ. • BMBFとザクセン州が共同で2000万ユーロを拠出.. • 2006年に設立.. Reference- and Translation Center. Neckar-Alb Region (REGiNA). Regenerative Medicine in the. Regenerative Therapies(BCRT). Berlin-Brandenburg Center for. (TRM). Regenerative Medicine Leipzig. Translational Center for. •重  点的な研究分野としては,血液学,糖尿病,神経の変性(neurodegeneration) ・網膜の退化(retinal degeneration) ,. Dresden(CRTD) 骨の再生などが挙げられる.. • DFGが毎年650万ユーロの経済的支援を行ってきた.. • 2006年設立.. 詳 細. Center for Regenerative Therapies. 研究施設名. 表1 ドイツにおける再生医療関連の主要な研究施設 産業育成における地域経済の役割 ―再生医療業界に向けたドイツ・ザクセン州の取り組み―(貴志 奈央子) ( 199 )61.

(6) 62( 200 ). 横浜経営研究 第34巻 第4号(2014). Deutsche Forschungs Gemeinschaft),そして,地域の大学に関して責任を負っている州政府 による助成が挙げられる.このうち,公的助成における内訳としては,2001年時点で,67%が 連邦政府,33%が州政府による助成となっている3.また,資金調達についても,次節で取り上 げるように,新規事業の立ち上げ支援の一つとして,新たな仕組みが提案されている.そして, こうした取り組みが地域によって異なり,ドイツ全体として多様性を有している点も,不確実 性の高い再生医療業界の今後の変動を吸収する強みになると考えられる.. 4.ザクセン州における取り組み ドイツでは,再生医療に関連した事業の育成を後押しする環境の整備において,地域ごとに 異なる取り組みが進められている.中でも,国際競争力を持つ産業の少ない旧東ドイツでは, 再生医療を今後の地域経済を支える産業として重視し,地域経済としてその育成に強いコミッ トメントを示している.具体的には,核となる研究機関において基礎研究を進め,そこで蓄積 された知識が,地域の企業との連携を経て事業化されるという流れの形成に努めている.以下 では,基礎研究の蓄積から事業へと至る一連の流れの中で,提供されている支援の内容を明ら かにする.そして,そうした支援が,中央省庁において決定された政策に基づくトップダウン の取り組みではなく,地域経済において担われることの有効性について考察する. 4.1 研究機関の設置 ドイツでは,2000年代後半頃から,BMBFやDFGや州政府の経済的支援を受けて,再生医療 の基礎研究を手掛ける複数の研究機関が設立されている.表1に示されているのは,この中での いくつかの主要な研究機関である.それぞれの研究機関は,BMBFや州政府などから得ている 経済的支援の金額や割合,重点を置いている研究テーマが異なっている. ザクセン州だけを見ても,特性の異なるいくつかの研究機関が存在している.ザクセン州では, 再生医療と分子生物工学を主要な研究分野とする基礎研究機関として,ドレスデンにある CRTD(center for regenerative therapies)とMPI-CBG(Max Planck Institute of Molecular Cell Biology and Genetics), ラ イ プ チ ヒ に あ るTRM(the Translational Center for Regenerative Medicine)とフラウンホーファー研究機構のIZI(Cell therapy and Immunology) を抱えている.また,これらの主要な研究分野に特化した機関以外にも,マックスプランク研 究所が合計で6つ,フラウンホーファー研究機構が合計で10の拠点を置いている. こうした研究機関の中でも,ザクセン州において主要な研究拠点の一つとなっているのが, 表1でも取り上げているTRM(Translational center for regenerative medicine)である.TRM は,2006年にライプチヒ大学に設立され,BMBFとザクセン州から経済的支援を受けて運営さ れている.研究分野として重点を置いているのは,ティッシュ・エンジニアリングとバイオマ テリアル,セルセラピー,制御分子とデリバリーシステム,再生のイメージング・ モデリング・ モニタリングという四つの領域である.また,国際的な研究体制も敷かれており,スタンフォー ド大学やCIRM(California Institute of Regenerative medicine)と共同で,幹細胞を用いて, 脳卒中後の回復を目指すSIRIUS(Sustained Investigation of Recovery and Immunological response after stroke Using neural Stem cells)と呼ばれるプロジェクトも進められている. また,2006年には,もう一つの主要な研究拠点としてCRTD(Center for Regenerative.

(7) 産業育成における地域経済の役割 ―再生医療業界に向けたドイツ・ザクセン州の取り組み―(貴志 奈央子) ( 201 )63. Therapies Dresden)が設立されている.CRTDでは,幹細胞に関して,増加,活性化,増殖, 生着,分化のメカニズムや,それらのプロセスを操作する方法を明らかにする基礎研究が行わ れている.また,重点的に研究が行われている分野としては,血液学,糖尿病,神経の変性と 網膜の退化,骨の再生などが挙げられている. 以上のように,研究機関の間で,棲み分けが行われているとともに,研究機関どうしのネッ トワークも構築されている.上述のザクセン州では,ベルリン州やブランデンブルグ州と互い にネットワークをはりながら,研究開発が進められている. また,研究機関では,研究開発の進捗状況や事業化の可能性について,評価を行う仕組みが 存在している.まず,TRMでは,新しい処置や診断に対して,スリーゲートシステムという仕 組みを設けて,進捗状況の確認が行われている4.スリーゲートシステムは,基礎研究の段階 (conceptual research),前臨床(preclinical),臨床(clinical)という三つの段階から構成される. マネジメントチームは,それぞれの段階で進捗状況を確認して,必要な支援を行う体制を整え ている.また,研究面でネットワークを形成しているベルリン・ブランデンブルグ州にある BCRT(Berlin-Brandenburg Center for Regenerative Therapies)にも,研究成果の事業性を 評価する仕組みが存在する5.BCRTでは,研究開発の初期の段階で,臨床で活用できる内容か どうかについて,潜在的な市場の有無,特許戦略の方向性,規制への対応可能性といった観点 から評価を行っている. このように,事業化を見据え,さまざまなテーマを扱う多様な研究機関が設立されているこ とは,事業機会のシーズの蓄積に貢献を果たすと考えられる.そして,研究機関において蓄積 されたシーズの事業化を促進するために,新規事業の立ち上げを支援する仕組みも,設けられ ている. 4.2 新規事業の立ち上げ支援 ザクセン州の場合,ライプチヒとドレスデンを二大拠点としたバイオクラスターが形成され ており,このクラスターにおいて,新規の事業化を支援する体制が組まれている.このクラスター で展開されている事業の中で,23%がティッシュエンジニアリグあるいはバイオマテリアルに 関するものとなっている6.そして,新規の事業立ち上げを支援するセンターは,ライプチヒと ドレスデンの両方にそれぞれ設けられている. ラ イ プ チ ヒ に 設 け ら れ て い るBIO CITY LIPZIGは,2003年 に 設 立 さ れ た.BIO CITY 7 LIPZIGには,GMP(Good Manufacturing Practice) 基準を満たした生産エリアが,面積にし. て450平方メートル用意されており,24社が事業を展開している.そして,翌年の2004年,ドレ スデンにBIOZ DRESDENが設立された.BIOZ DRESDENにおいても,GMP基準を満たした 生産エリアが,面積にして11500平方メートル用意されており,21の企業が事業を展開している. これらの支援センターでは,研究室やオフィススペースに関する相談の受付と,事業開発の支 援を行っている8. TRANSLATIONSYENTRUM FÜR REGENRATIVE MEDIYIN(TRM)LEIPZIG, 2012年版. biotechnologie.de eds.(2010) , Regenerative Medicine in Germany. 6 Biosaxony, BIOTECHNOLOGY IN SAXONY. 7 医薬品等の品質管理基準. 8 細胞を用いた癌の治療に取り組んでいるオーストラリアのPRIMA BIOMED社は,2010年以降,欧州に おける拠点をライプチヒに置いている. 4 5.

(8) 64( 202 ). 横浜経営研究 第34巻 第4号(2014). また,ザクセン州では,新規に立ち上がった中小規模のバイオテクノロジー企業に対して, 経済的な支援や特別融資を行っている.たとえば,SAB(Sächsische AufbauBank)は,ザク セン州政府による技術支援を目的とした基金を運営し,学際的な技術協力や,展示会への参加 などに対して,経済的支援を行うプログラムを提供している.また,州政府によるもう一つの 仕組みとして,TGFS(Technologiegründerfonds Sachsen)と呼ばれるベンチャーキャピタル のファンドによる経済的支援がある.この仕組みでは,ザクセン州において立ち上がったばか りの事業の支援を目的としており,該当事業に対し,3〜6年にわたって,20万〜4百万ユー ロの投資が行われる.さらに,投資会社であるMBH(Mittelständische Beteiligungsgeseelschaft Sachsen mbH) は,中規模企業の事業継続を目的として経済的支援を行っている.そして, BBS(Bürgshaftsbank Sachsen GmbH)は,ザクセン州の中小企業によって行われている潜在 性の高いプロジェクトに対して,銀行保証という形で経済的支援を行っている.具体的には, 100万円までの借入について80%の保証を提供している. 既述のように,欧州では米国ほど起業家への投資が盛んではないとの指摘もある.こうした 状況に対し,ザクセン州では,安定した経済基盤を維持できる仕組みを用意し,他国からの企 業の誘致も視野にいれた財政面での支援の整備に努めている8.また,新規事業の立ち上げや事 業拡大時に直面する課題の解決を支援するために,クラスターの参加者間で情報交換を行うこ とのできる機会を提供している. 4.3 クラスターにおけるネットワークの構築 ザクセン州では,再生医療業界の関係者どうしが,相互に情報交換を行う仕組みとして, Biosaxony E.V.と,Biosaxony Management Gmbhを通じて,関係者どうしがネットワークを 構築する機会を設けている. まず,Biosaxony E.V.は,バイオテクノロジーに関連する組織の業界団体であり,2009年に 設立された.ザクセン州における,バイオマテリアルから医療機器に至るバイオテクロジー関 連機企業が,当該組織に関与してきた.主な活動としては,ザクセン州におけるバイオテック 産業を対外的にアピールすること,メンバーの勧誘・支援・ネットワーク化,コンサルティン グなどの専門家への橋渡し,ワークショップの開催ならびにバイオザクソニー内外のパートナー とのミーティングの開催,産官学のコミュニケーションの促進,ネットワークのメンバーによ るトレードショーへの参加を組織,バイオザックス2030 9による,新たなバイオテック企業や SMEs(small and medium enterprises)を対象としたザクセン州のキャンペーンの支援といっ た活動などがある. これに対し,Biosaxony Management Gmbhは,バイオクラスターにおいて行われている事 業プロジェクトのマネジメントを主な活動とし,事業として軌道にのせるプロセスを支援して いる.バイオテクノロジーやライフサイエンスの分野では,研究成果が確認されたばかりの技 術もあり,こうした技術を用いた製品を市場に導入するにあたっては,最適なビジネスモデル も明確ではない.こうした中で,スタートアップによる事業化を促進するために,顧客,競合 企業,サプライヤー,投資家との関係の形成を支援している.具体的には,産官学のコミュニケー ションの促進,科学者と産業界をメインとしたワークショップやシンポジウムの開催,クラス ターイベントの開催,技術的なトレンドや需要の探索,ザクセン州のバイオクラスターに関す バイオテクノロジーやライフサイエンスの将来を分析するザクセン州の委員会.. 9.

(9) 産業育成における地域経済の役割 ―再生医療業界に向けたドイツ・ザクセン州の取り組み―(貴志 奈央子) ( 203 )65. る対外的な発信,ザクセン州のバイオクラスターに関するデータの収集とアップデート,他の バイオクラスターのベンチマーク,プロジェクトの市場化へのコーチング・メンタリング・マ ネジメント,新たなトレードショーの開発と組織化,需要を満たす資金の調達,ワーキンググルー プの発足・組織化・マネジメントなどを行っている. したがって,ザクセン州では,Biosaxony E.V.と,Biosaxony Management Gmbhを通じて, クラスターに参加する企業どうしのつながりに加えて,地域経済を担う政府や研究機関とのネッ トワークを強化している.また,外部に対してもクラスターの情報を発信し,海外企業の誘致 にも努めている. こうして,基礎研究機関において創出された新たな知識が,地域経済において事業化されて いくという一連の流れが,既存研究でクラスターの効果として示された,経済的な効率化の達 成と社会的資本の構築に対する支援を経て,ザクセン州で完結できることとなる.. 5.考察 以上の議論から得た示唆に基づいて,日本における再生医療業界の育成について,考察を行う. 結論としては,地方政府による地域経済政策への関与を高めることが,再生医療業界の発展を 加速できる可能性があることを指摘する. ドイツでは,歴史的な経緯として,1989年の東西ドイツ統一後,旧東ドイツの経済成長を牽 引する産業の育成が重要な課題となった.このため,ザクセン州では,今後の成長を期待でき る再生医療関連の研究機関や事業化促進のために,積極的な投資を行うことになったと考えら れる.また,ドイツでは,従来から,州政府への権限移譲が進んでおり,地域経済活性化のた めの政策が州政府の主導で進められることは,一般的な事態でもある(Hilbert, NordhauseJanz, Rehfeld, and Heinze, 1998).こうした背景から,単純に日本のケースと比較することは最 適ではない.ただし,地理的な距離が近いことは,地域企業とのネットワークの構築や,その 能力の適切な評価も行いやす.したがって,地方政府が,その主導権を握ることによる有効性 は高いと考えられる. また,今後,需要が増加すると見られる細胞培養装置などの関連事業について,構成要素の 供給という事業機会も増加していくと考えられる.たとえば,ノルトライン=ウェストファリ ア州に拠点を置くライフ・アンド・ブレイン社は,ステムセルファクトリーと呼ばれる全自動 の幹細胞培養装置の供給を開始した.この装置は,品質管理に使用される顕微鏡としてニコン社, 同じく品質管理を目的とした細胞のカウントと分析装置はロシュ社,遠心分離機はシグマ社の 製品を採用するなど,複数社の製品の組み合わせによって構成されている.このような事業機 会の存在を把握するためにも,各国の地方政府間で平素から相互の地域クラスターで展開され ている事業について情報共有を進め,相互にメリットのある産業育成の方向を模索していく必 要があるのではないだろうか. 最後に,今後の課題として,再生医療業界は,今後の成長を期待する産業として位置づけら れる一方で,いくつかの課題も存在し,産業の成長を懸念する声も上がっている.たとえば, 細胞による治療がもたらすリスクについては,検証が進行中の段階であることや,治療に使用 される細胞の培養にかかるコストが,採算の取れる程度にまで引き下げられていないといった 課題である.当該業界において事業化を促進するためには,こうした課題に対処していかなけ.

(10) 66( 204 ). 横浜経営研究 第34巻 第4号(2014). ればならない点についても考察の必要がある. <謝辞> 本研究は,平成25年度科学研究費補助金(若手研究(B)課題番号24730341)の研究助成を 受けている.. 参 考 文 献 Burt, Ronald(1992)Structural Holes: the Social Structure of Competition. Cambridge: Harvard University Press.(安田雪訳[2006]『競争の社会的構造:構造的空隙の理論』新耀社.) Hilbert, Josel, Jugen Nordhause-Janz, Dieter Rehfeld and Rolf G. Heinze(1998) “Industrial Clusters and the Governance of Change: Lessons from North Rhine-Westphalia(NRW).”In Hans-Joachim Braczyk, Philip Cooke, and Martin Heidenreich ed. Regional Innovation Systems: The Role of Governances in a Globalized World, London: UCL Press. Porter, Michael(1998) “Clusters and the New Economics of Competition.”Harvard Business Review, Vol.76, No.6, pp.77-90. Romer, Paul(1987) “Growth Based on Increasing Returns Due to Specialization.”American Economic Review, Vol.77, No.2, pp.56-62. Rotemberg, Julio J., and Garth Saloner.(1990) “Competition and Human Capital Accumulation: A Theory of Interregional Specialization and Trade.”Working paper No.3228, Cambridge, Mass.: National Bureau of Economic Research. Sorenson, Orav, and Pino G. Audia(2000) “The Social structure of Entrepreneurial Activity: Geographic Concentration of Footwear Production in the United States, 1940-1989.”American Journal of Sociology, Vol.106, No.2, pp.424-462. Whittington, Kjersten Bunker, Jason Owen-Smith, and Walter W. Powell(2009) “Networks, Propinquity, and Innovation in Knowledge-intensive Industries.”Administrative Science Quarterly, Vol.54, No.1, pp.90-122.. . 〔きし なおこ 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授〕. . 〔2014年1月17日受理〕.

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