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山本熊太郎の景観地理教育論と思想的源泉

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(1)ユ17. 山本熊太郎の景観地理教育論と思想的源泉 岩田一彦* (昭和60年9月30日受理) I序論 明治以降の地理教育史の中で,景観地理思想の導入は一時期を画した。この景観地理思 想は地理思想史上において,重要な位置を占めている。その重要性は,シュリュ一夕(O. Schliiter)とヘットナ- (A. Hettner)の30年間に亘る地理哲学論争によって よく示されている。 (① p.1)我が国においては,この景観地理思想は主として辻村太 郎によって導入され,地理教育界にも影響を与えた。この辻村太郎の導入した景観地理学 を解明し,岩田は, "辻村太郎による景観地理学の地理学上での位置づけの失敗と景観把 握における理論と具体的研究内容・方法との大きな帝離の存在"を指摘した。 (㊨)そし て,我が国地理教育界に景観地理思想が定着しえなかった理由として,辻村の景観地理学 のこの問題性を重要要因として位置づけた。 本稿では,地理教育界で景観地理教育の主張を,理論・実践に亘って展開した山本熊太 郎を取り上げる。研究日的・研究方法を次のように設定した。 <研究目的> LLf本熊太郎の景観地理教育の理論・実践と恩想的源泉を解明することにより,我が国の 地理教育界が導入した景観地理教育論の問題点・限界性を明らかにする。 <研究方法> ①山本熊太郎の景観地理学の構造を解明する。 ㊥山本熊太郎の景観地理教育論の構造を解明する。 @山本熊太郎の実際的教授案を分析する。 ④山本熊太郎の景観地理教育の思想的源泉を解明する。 ⑤ ①∼④の過程で明らかになった点から,研究目的に対応する結論に至る。 Ⅱ山本熊太郎の景観地理学の構造 山本熊太郎の主要業績は景観地理教育論である。この景観地理教育論の性格を明らかに していく一過程として,本章では景観地理学の構造を検討していく。この目的達成のため に,景観地理学の成立根拠,景観の分析,景観の綜合の三点から,山本の論を検討してい m (1)景観地理学の成立根拠 山本熊太郎は景観地理学の成立根拠を,自然景観と人文景観の統合という点に置いてい る。そして,天地人の融合した有機的体系として地理的景観を設定している。この点につ いて,山本は次のように述べている。 「ここで地理の本質観を省みると,地理の対象だと考へた自然界の中から自然景観,人 文界の中から人文景観を対象とし,此の両者の綜合的見解に立つ地理的景観(ランドシ °. ・・・・・・. *兵庫教育大学第2部(社会系教育講座). °. t.

(2) 118. ヤフト)を思索するのが,地理学の本質観である。之は自然景観を考究する自然地理と, 人文景観を凝視する人文地理と,飽くまで両者の素材を綜合視する地誌の三大分野を劃 す事となるのである。此の明瞭な事実は一見地理の独自性を疑ひ,両者の折衷の如く誤 解され易いのであるが,.地理は他の自然地理,人文地理の各分科が独立して各独自性を 有する如く,地理も亦終始一貫せる独自性がある。即ち景観自体を掘り下げて行くので はなく,自然景と人文景の組み合Combinationはされた綜合的観点に立ち,時・事・ 所の推移するにつれて天地人の融合した有機的な要素を目標とし,之を組織し体系づけ 様とする忠舞的な科学であって,決して両者の寄木細工ではないのである。 」 (③・pp13-14). このように,統合という視点から景観地理学の成立根拠を明確に述べている。このよう な景観地理学による綜合について,もう一歩論を進め, "具体的・実在的の場所への知識 の統一"であると,次のように述べているO 「即ち概念地理の位置・地勢・気候・.-・等の抽象的術語に統整した従来の形式を,具体 的・実在的の場所-知識を統一したい。 -略-・-何となれば,地誌は既に述べた様に,任意の地域に於ける調和景観を目指し ている。従って位置とか地勢とかの術語の印象は副であって,場所的・空間的の印象を 狙.ものが主体となり,之が地理の本性でなくてはならない。 」 (㊨. p. 44) 以上検討してきたように,人文・自然の統一体としての地理的景観,異体的・実在的の 場所への知識の統一体としての地理的景観の2点に,山本は成立根拠を置いている。 (2)景観の分析 以上の検討で,景観地理学の成立根拠が綜合の確立にあることが明らかとなった。しか し,山本熊太郎は分析を軽視していたわけではなく,分析と綜合の両者の関係を,次のよ うに述べている。 「然しながら,具体的・場所的の認識を是とするも,尚概念的抽象的認識も棄て去る事 は困難である。即ち物の見方は綜合的か分解的の二途があり,縦から見た物を横から見 て事の真相が明瞭となる。故に我等は綜合的観点に立って新興地理学観を樹立Lやうと 言ふ大原則には遠進するけれども,而も尚我等は概念を副とせずんば,大道を歩む所以 とはならない。 」 (㊥. p. 45) このような考え方に立って,山本は景観地理学樹立に有効に働く方向での,景観の分析 視点・分析方法について独自の提案をしている。これらの点について検討していこう。 I.景観地理の分析視点 山本熊太郎の景観分析の視点は,従来の並列的記述を否定し,生活形態を支配している 要因に中心を置いたものであるOこの点の重要性と支配要因の発見の鞘難性について次の ように述べている。 「地表の特色を構造・地形・土壌の一つ一つに求めるといふ事よりも,その中の何が最 も多く生活形態を支配しているかを選揮する事はより必要である。海があれば海に生活 蚤求め,山があれば山に生活を求めるのが普通である。然し乍らそれすら海に好漁場な く,山はあっても林相荒廃していれば生業自ら異る。まして平野といっても土地・気候 の支配が著しければ非常に相違が生れる。従て特色の第一次性のものすら容易に発見出 来る『地表』ではないのである。 」 (㊨. p. 81) 山本はこのような考え方に立ち,独自の景観分析の視点を提案している。生活形態を支 配する主要因は生産であるとし,生産景を景観分析の中心においている。この生産景の概.

(3) 山本熊太郎の景観地理教育論と思想的源泉. 119. 念が既定の産業と違う意味について,次のように述べ,山本の意図するところを示してい る。 「生産意の多くは鉱物を除けば皆生物である。生物の分布は偶然ではなく,生物学の示 e. ▼. °. す適応性によって拡がるが,尚地力・気候・人力の援用によって繁茂し繁殖する。故に 動物・植物の繁栄分布は-方的意志ではなくて,そこには之を利用し生活する人間の援 助が動いている。かかる観点に立つ時,我等は既定の『産業』に新らしき意味-綜合 t. °. °. °. °. I. °. °. 的観点・生活的観点-を求めるために態々『生産景』なる広い言葉を使用し,以て 『産業』のもつ伝統的の分類や説明態度から解放されたがよいと思ふのである。 」 (㊨. p-90). この生産景を分析する視点として,業態概念とその分布を取り上げている。この二つの 視点が何故重要であるのかについて,山本は次のように述べている。 視点1 -・-業態 「生産景を説明して陶冶価値を挙げる第一のものは何であるか。産地か産品か産額か, 或ひは之等三つの及す作用であるか。私は遺憾乍ら過去の之等に興味と興奮を失ってい る。然るに梢々観点を徐へて,此処なるが故に此の品質と此の産額を誇っている。或は 叉此の特産の成立するは此の環境の故であるとか,此の産額に到達するには天恵と人間 努力の後があるといった時に,初めて我等に学的思索と生活刺激を輿-る。私は之を業 管(業績)と呼び,業態をもって生産景を視る第一の出発点としたいものである。換言 すれば業態とは生産の発生・過程・結果において天恵と人力の参加した綜合的・個有の 形態であると言ひたいのである。故に地理における個性とか,地方色とかは最も多く此 の生産貴に於いて高潮すべきものであるO 」 (㊨ pp. 90-91) 視点2-日・分布 「生産に於いて第二に必要な観点は分布である。業態が『物性』の見方をとるならば, 分布は地域的の広がりに視点をおく。又業態が縦の見解なら之は横への認識である。従 って之を離して論ずるも,二者の関係は極めて密接不離である。同時に亦その量(産額) 質(産品)等の関係も同様の表裏関係にある。 」 (㊨. pp. 93-94) 2.景観地理の分析方法 °. °. °. 山本熊太郎の景観地理の分析方法の特徴の第一一として,定性的分析から定量的分析-の 転換が挙げられる。地理学の研究対象を景観に限定したことが定量的方法の採用を可能に している点を,次のように述べている。 「従来の地理学に於ける学風は何といっても定性的であった。記載が如何に綿密であっ ても,教授が如何に親切であって主張がどんなに熱心であっても帰する所は定性的属性 より一歩も抜け出ていなかった。之は前節に述べた様な地理学の『対象』を限定せず, いつまでも全面的の観点をとったが為めに,地理学自体が忘れられて却って其の分科学 に逸脱してゐるのである。此の予盾が漸く明瞭となって地理学の対象を純一に『地表に 別せる文化財』に限定すると共に,之が研究を如何に定量的にすべきかの道程に這入っ てゐる。」(④. p- 38) そして,この定量的分析が地誌における一定の「法則」に通じるものであることを,次 ・・・・・. °. °. °. のように述べ,定量的分析の有効性を示そうとしている。 「かうして地形に則した文化景観の各種分布図(例へば傾斜ABC----の各水田傾斜 の聚落といった風に)が出来,之に依って何を斎すかと言ふと,言ふまでもなく分布現 象の定量的相関関係を如実に想定する事が出来て,従来の単なる読図なり考察の一大進.

(4) 120. 境である。況や此の定量的必然的分布の概念は地誌に於ける一定の『法則』を寄輿する に違ひないのである。 」 (㊨. p. 46) 山本の景観分析方法の特徴の第2として,事象問の関係や因果性を重視した点があげら れる。地理学における事象間の関係は法則にまでは到らないけれども,地理的理法として 重視していくことが必要であることを主張している。このような地理的理法の性格につい て,山本は,次のように説明している。 「地誌は結局綜合地理学であるから他の分科地理学例-ば地形学や経済地理学等の進展 と共に,地理的理法も向上の途に合流すべきである。然るに実際は厳然たる地理的理法 の現存しない事である。否現存しないのではなくて,之を一般科学の法則視して来たか ら,言はば地理的理法は永く誤解されて居た観がある。余が本書に於いて主張し若くは 伏線している所の地理的理法は,関係的Relationalか因果的Cousationalかの 概念性の認識を指すので,決して堂々文章をなす所の法則Ruleを予定してはいないの である。」(㊨ p.6) ここで提示されている関係的・因果的な概念の重要性について,山本は具体例を提示し ながら,次のように論述している。 「世間には一時郷土教育華やかな時代に調査された分析的資料が今も尚職員室には残っ て居りませう.恐らくそれは境にまみれたまま尤大な冊子として保存されて居る事と忠 ひます。 --・略-・-時代が経ち統計が古くなって今日国民学校案に早速間に合はせよう としても価値がないでありませう。然らば何故に価値がないのかと申しますと,私は一 概に古いが故にとは申しません。要は分析的資料だからであります。仮にもそれが米何 十ヶ年の平均作が算定してあり,更にその何十ケ年分の気象状況とが対比され論証され ておりますならば,それこそ永久的光彩を放つ論文なのであります。然るに単に資料と 統計を収録してあるだけだとすれば,それはその年次に於ける単なる報告に過ぎず,従っ て今日取り出して見ても格別の役に立たぬのであります。 」 (㊨. pp. 41-42) 以上検討してきたところを要約すると次の2点になる。 ◎分析視点における業態とその分布概念の導入 ②分析方法における定量的方法の重視・地理的理法への焦点化 これらの点は,以前の地理学と違ったユニークな主張である。 (3)景観の綜合 '景観地理学の成立根拠となっている景観の綜合は,地理区として表現される。即ち,景 観の綜合として把握できた範囲が一つの地理区を構成する形となっているOそれでは,具 体的に景観の綜合を,どのよ.うな内容・方法で試みているのだろうか。 1.景観の綜合を構成する内容 綜合的性格を持つ地理区は,時事虜の綜合的認識によって構成されることを,次のよう に述べている。 「例へば地理区が海岸であったとすれば,ここの海岸はどうなっているか,人家はどこ にあるか,ここではどうして暮しているギろうか等と,場所的の構成の過程がよほど自 然らしくなるo或ひは又ここだから此の稼業が共存共栄するとか,此の地なればこそ恵 まれるとか,斯様な冬の荒天なればこそ虐げられるとかの帰納的認識が仕易いのであっ て,地に即し時に即して,地域の個性や類型が他の地域に対して明瞭し易い。かかる時 事虞の綜合的認識が,地理区的知識構成上の大なる特色であり且つ効果である。 」 (㊨. p.47).

(5) 山本熊太郎の景観地理教育論と思想的痴呆. 121. ここで示された時・事・虞による綜合という考え方を,一層人間中心的な形にして景観 の綜合の内容としたものに,物・仕事・人の視点がある。これらの視点による地理的景観 の把握について,次のように具体的に述べている。 「例へばカムチャッカの沿岸土人は漁業をして肉食をするか,蒙古人は乾燥地に遊牧し, 芽蘭では林業を旨とし,印度では終年米を作り,北米プレリー地方では綿花を栽培するO 我が国一国の中でも,文化の低いギリヤク族や高砂族は漁猟生活をし,信州では養蚕, 京浜及び阪神地方では近代商工業が盛大である。かくの如く各地皆適地通産があり,過 者適業が行はれる。之等の物・仕事・人の関係を称して其の地の地理的景観と言ふ。 」 (ゥ. pp. 258-259) 2.景観の綜合に関する研究方法 景観の綜合を研究していくに際しては,静的考察から一歩進めて,比較・歴史的探究の 方法を採用する動的考察が重要であることを,次のように主張している。 「されど調和岩の大理想はもっと高きに在る。故に軽い考察,手がかりの直ぐ発見出来 る考察は直観と共に直ちに成立するかも知れない。余は之等の考察を静的考察と言ひた い。静的考察が初歩の間によく習練されてゐなければ,次第に高尚な天・地・人の調和 せる契機を握る事は困難である。之は恰も理科に於ける普通実験に慣れてから複雑な定 量実験にも進め得ると同様である。そこでもし静的考察で行き詰まったらどうするか. 調和景観は結局事・時・虞の結合形態である。此の形態を手がかりとして動的考察に進 めて行くのである。即ち場所や広がりをもつものならば,北-移し南へ移しても尚此の ランドシャフトは可能な形態であるかを仮想し,高さをもつものならば,高きを低き移し,低きを高きに移しても見る。或はもっと進んで之に四季性を与-てどう変化する かを類察するのである。斯くすれば何故かの何故が掴めないであろうか。換言すれば動 的考察は動かして見て真相を握るか,時をかへて謎を解くかの観点に立つもので,そこ には必らず偶然ならざる調和貴の端緒を握る事が出来ものである。 」 (③. pp. 82-83) 以上検討してきた山本熊太郎の景観地理学は,次のように要約できる。 山本熊太郎の景観地理学の特質 ①自然景観と人文景観を統合したものとして地理的景観を設定する。 ②景観地理学における統合は,具体的・実在的の場所-の知識の統一である。 @地理的景観の把握により地理区を設定するo ④景観の綜合は, 「時・事・虞」や「物・仕事・人」の視点の統合によって行う。 ⑤景観の綜合の解明に際しては,水平的・垂直的比較及び考察を行う。 ⑥景観の分析は,生活形態を支配している要因に中心を置いて行う。 ⑦生活形態を支配する主な要因は生産である。従って,業態とその分布を景観分析の 中心的内容とする。 ⑧景観分析の方法は定量的分析を中心とする。 ⑨景観分析に際しては,事象問の関係性及び因果性の追求に中心をおく。そして,地 理的理法の発見を進めていく。 Ⅲ山本熊太郎の景観地理教育論の構造 山本熊太郎は,前章で論じてきた景観地理学を,地理教育の中心に置くことを主張した。 本章では,山本のこの考え方を,景観地理教育の成立根拠・内容・教育方法・授業構成の 理論と実践について検討していく。.

(6) 122. (1)景観地理教育論の成立根拠 山本熊太郎は景観地理教育の成立根拠を,綜合帰納の地理,態度形成につながる地理の 二点においている。この二点について検討していこう。 1.分析観の地理教育から綜合観の地理教育へ 山本熊太郎は,従来の地理教育が分析的であったことを指摘し,総合重視の必要性を次 のように主張している。 「従来地理教授の実際も,地理教授者の底を流れている地理の指導精神も,学徒の研究 態度も,何れも分析的であった。山川・都会・産業の寄木細工的な方法は,全体から部 分を叙述し終っても,さて難問を解決した歓びも湧かず言晶説を説破した愉快さも覚え ない。」(③ p「更に又実際教授を眺めて見ても,地勢・産業・交通と⊥っづつ引き出して抽象したが, 之も分解と演縛の一途になって,中心統合がどこにあるかを確認しない伝統的機械的な 方法であった。それほど部分は全体を構成すると思ふmosice的見解が,従来の地理を して行き詰まりを招来したといふも過言ではない。我等は今やそれ等の分析観を清算し I/ --T. て,綜合帰納の新興地理の飛躍へ急がなければならぬ。 」 (㊨ p. 9) このように,総合帰納の新興地理-の転換の必要性を強調している。そして,総合的見 解に立つ地理的景観を思索するのが,地理学の本質感であると主張している。 (㊨ p.13) そして,地理即地誌と考える立場をとっている.また,その地理的景観の性質については, 次のように述べている。 「一体地誌Chorographieとは何であるか。之も一応見直しておく必要がある。私は 地誌とは『任意の地域に於ける調和景観を思索するもの』であると言ひたい。 -・-略-・だが調和景観は任意の地域によって種々の機構が複存し,而も其の地域地域に必無的な 形態と生活とが巧妙に綜合的連関と因果的の支持を受けている`O 」 (③. p. 18) 2.記憶の地理から理解・態度形成の地理へ 地理は記憶の地理に留まるべきではなく,理解・信念-まで深めるべきであると,次の ように主張している。 「然し乍ら地理科が記憶だけで満足出来ない事は既に世間周知の事実である。もし記憶 に半分の労力が必要ならば後の半分の労力は『記憶』から導入される教育的効果に振向 けられなければならぬ。教則では『地球の表面及人類生活ノ一班ヲ知ラシメ』から『国 勢ノ大要ヲ理解セシメヨ』とある。即ち前者の地球表面を仮に記憶とするならば後者は 明らかに『理解』である。されば記憶には理解が伴ひ更に『兼テ愛国心ヲ養成スベシ』 の国民的要求が負はされている。故に我等は記憶に成功したからといっても,尚之を理 解せしめ信念にまで構成せねばならぬのである。 」 (㊨. p. 20) 山本は,ここで主張している理解・信念に至る地理教育にするためには生活地理・郷土 地理・景観地理が必要であると,主張している。 ○生活地理と景観地理の結合 「京樽なく言へば私は地理科の主目的を『生活指導原理』におき,兼ねて『愛国指導 精神』の用意に出るつもりである。 --・略-ここに於いて我等の生活地理の依拠するものは何であるか,又それに対する我等の態 度を如何にするかである。勿論生活地理の依拠するものは景観地理学である。 」 (④. pp. 158-159). ○生活地理と郷土地理の結合.

(7) 山本熊太郎の景観地理教育論と思想的源泉. 123. 「殊に以前は郷土が地理の方便に用ひられた観があったが,今の時勢は郷土自体を地 理教材として,よきにつけあしきにつけその生活的環境の価値批判に目標を置く様にな っているOして見ると郷土を知る事は知らぬ他国の地理よりも一層重大であり効果があ る。特に郷土模型に直接親失させて地的要素を検討する事は,百の説法にも優って彼等 の知情意を鼓舞する事になる。 」 (㊨. p. 76) このような生活地理・郷土地理・景観地理の結合が,記憶の地理から理解・態度形成の 地理へ転換させることを主張している。 (2)景観地理教育の内容 前節のような成立根拠によって展開される景観地理教育の内容は,どのように構成され るのだろうか。 山本熊太郎は, "地理区に綜合した具体的地理的景観"の記載に際して,その内容につ いて次のように述べている。 「--・私に三つばかりの主張がある。それは『地方色教材・経済教材・生活教材』を採 り入れた事である。然し乍ら之は恐らく地理本然の姿ではなかったか。従来の教科書に 無くても,教授者はここに思ひを致し,生徒は又それに聞き入ったもので,初めて私が 潤色したものではなくて,当然地理が斯くあるべきものを喚起し荘原するに過ぎない。 」 (㊥ p.3) ここで取り上げられている地方色教材・経済教材・生活教材の各内容について検討して いこう。. 1.地方色教材 成立根拠の節で述べたように,山本熊太郎は,これまでの方法論的郷土地理から目的論 的郷土地理への転換を強調している。この立場から,山本は,郷土を人間感情と意志の陶 冶の場として位置づけ,次のように述べている。 「郷土教育は目下教育界における最大級の問題である.一郷土教育とは郷土の環境を認識 し親灸する事によって自他の生活を自覚する事であると忠ふ。換言すれば郷土の古・今 ・地・人・物を諒解する事によって郷土感情を濃やかにし,郷土生活を意識しやうとす る感情と意志の陶冶である。されば一つの村一つの町の,常識で言ふ『事情』に通ずる 事が先決問題である。 」 (③. p. 101) ここでは,郷土に対する学習を通しての感情と意志の教育が強調されている。 2.経済教材 山本熊太郎は,生活が経済に支配されている点を明確にした。そして,当時のカリキュ ラムの中で経済教材を扱いうるのは地理であることを,次のように主張している。 「 『生活意識』を強調する必要は目前の経済難局が海-ている。工場は生産制限をやり, 商店は世の購買力を失ひ,農山漁村は働いても食へず,都会は失業者の大群を生んだ。 I--略・-・かくの如く経済に支配されるのが人の生活である。然るに普通教育で経済を教へる機 会があるか。中等学校では近時公民科として法制経済の初歩が教科となっている。然し 初等教育者には之がない。だが地理は初等・中等教育共に教へている。日本・世界の地 域的生活を対象として教へている,生活の裏には経済がある。経済を主体とする専門眼 はなくとも地表に即した生活機構に興味をもつ地理学徒が,他学科の誰よりも生活指導 と経済批判の適任者ではないか。 」 (④. pp. 68-70) 3.生活教材.

(8) 124. 山本熊太郎は教育の指導原理を「生活」におき,生活教材を実質陶冶材・形式陶冶材の 両者に位置づけている。この点について,山本は次のように説明している。 O 「生活景」の重視 「地理科の教則第-条に『地理-地球表面及人類生活ノ一班ヲ知ラシメ兼テ愛国心ヲ養 フ-シ』とある。公文書だから之を引合に出したい詳ではないが,此の『生活』の二字 は各学科何れの目的観にもなくて,実は地理科のみに厳存している。厳存しなくても正 に今日地理科の目的は此の『生活景』を標準に指導するが最も妥当だと信ぜられてい るO 」 (㊨. pp.9-10) ○実質陶冶材・形式陶冶材としての「生活」 「既に形態を具へた地理学の対象なり本質は屡説の通り地表に於ける地人調和の文化票 であって,之を別言すれば我等の『地表に則せる生活』である。故に科学としての実質 陶冶材は此の地表に即せる生活であるが,教育としての陶冶は生活に対する通念を得る にある。 」(㊨. p. 63) (3)景観地理教育の方法 山本熊太郎の景観地理教育の方法は,観察・作業の重視,科学的思考過程の採用に特色 がある。また,このような形で客観的知識を習得した後には,個人の主観に訴える教育方 法も組み込まれている。各々についての山本の主張を抽出していこう0 1.観察の重視 「縦令郷土観察が組識的正規の地理教授でないに致しましても,急所をはづれては何に もなりません。否急所さへ当ってゆけば地理教授だって,いつまでも旧態依然たる位置・ 区分・地勢・気候・産業・交通・都邑でもありますまい。要は卓越景観の使命に触れて, 活きた観察と熱意とがあれば期せずして相手に納得のゆく重点主義が構成されるに違ひ ありませんo 」 (㊨ pp. 151-152) 2.作業主義 「特に子供は活動を好む。子供の活動は全-的活動である。彼等は考へたことを必ず 動作に葦削ます。 4-5歳に達すれば,ママゴト遊びを好む。各種の道具が入用となれば 直ちに活動を開始して蒐集に努める。かくして次々と目的を立てては活動を続けて止む 時がないOこの霊肉一致の全我的活動こそ児童の本性で彼等の進展を期する唯一の鍵で あって,学校教育も正にこの本性の延長上に築かれねばならない。然るに一歩学校に入 ればこの本性は梢々もすれば教師のために無視されて手も足も働かさせない思考一天張 りの教育をして作業を抑制する事が多い。思ふに地理科は特に作業を通して学習し得る 事項が頗る多い。故にせめて地理科に於いては児童の活動に基づいた地理作業系統案を 確立することが最も急務であるO 」 (㊨. pp. 6-7) 3.分解・綜合と推理・澄明 「 『天は二物を輿-ず』と言ふから,地表必ずしも等しくはない。況や等しからざる 地表の生活が等しからざるは当然である。 F適者生存』は進化の大法別であって,生産 必Lも等しくはない。況や等しからざる生産を対象となる生活が等しからざるは当然で ある。 『断じて行-ば鬼神も避く』と言ふから,文化は人間の意志によって創造される。 然し乍ら人間の意志必らずLも等しくないから,文化も亦等しからざるは当然である。 而も地表・生産・文化各々の間に亦交渉関連するに於いては,生活形態個性の限りなき 複雑さが展開する。 此の複雑な関係対象を教授し学習するの途は.羅列し記憶するだけではいけないO推理.

(9) 山本熊太郎の景観地m教育論と思想的源泉. 125. し讃明する態度と,分解綜合する認識に立たねばならない。従って地表・生産・文化の 具体的事実を捉へて,之を発展的に導かねばならぬ。換言すれば位置・地勢・気候--= 等々を披超して終れりとせずに,その間に成立する綜合的生活景を具体的に認識するの である。 」 (④ pp. 163-164) 4.主観に訴える指導原理 「事実を事実として帰納する以外に何等か為めにする事が陶冶であり,普通教育の特殊 性があるのではないか。対岸の火災視といほうか他国の物語りと言はうか,それ等を知っ たところで陶冶になるか。人事と思はず自分に帰った時に陶冶となるのではないか。客 観をかへ主観に訴へる指導原理の用意は誰が何といっても必要である0 」 (㊨. p. 26) ここで抽出してきたところから,山本が科学的追求過程の結果得られる知識と主観に訴 えて形成する態度形成とを分けていることがわかる。この両者の授業内容をカリキュラム 構成に際して,意図的に組み込むように提案している。即ち,内容の節で示した実質陶冶 材と形式陶冶材の区別を学習方法にも持ち込んでいる。 (4)景観地理教育の授業構成論 授業構成に際しては,社会事象の教科内容化と授業過程を考察していくことが必要であ る。 1.範例にみられる教科内容化 山本熊太郎の教科内容の特質を解明するために, 『都市農山漁村郷土地理範例』 (㊨) に掲載されている-事例を分析する。この事例は山本が好ましいと考えている郷土記載の 実例を世に問うているものである。 ○教科内容化の実際例の分析 分析対象「砂丘畑地の漁村-加賀砂丘・七塚村-」 (㊨. pp. 155-180) (本範例は,砂丘に立地する漁村の景観を抽出し,砂丘地の独自の景観を明 らかにしようとするものである。本範例の程度は,郷土地理として高等小学 校生徒用位の要求を充している。 ) 分析視点 社会事象の抽出に際して,何と何を因果的に結びつけて記述しているか。 分析結果 ①砂丘上の七塚村 ・加賀海岸における冬季の強い西風-沿岸流への影響-砂丘の形成(地理) ・漁村一般の特徴-過密な人口密度(1008人) (経済) ・七ケ村が各々海岸線をもつように区分-海岸線に横並びの大字界(社会) ③職業及耕地 ・大字平均700メ-トルの砂浜海岸-全戸数の49パーセントが水産業に従事(経済) ・砂丘-耕地は乾燥畑地(地理) ③逆傾斜・温度・耕作景 ・本村附近一帯の緩斜面-の砂防林造成-固定砂丘-300町歩の畑地(地理) ・砂丘の地温の高さ-樹木の更新年限の意外な速さ(地理) ④直線海岸と出漁 ・海退・侵食の事実-砂丘鴫岸(地理) ・6-8月の発動機漁船の禁漁-沿岸手曳漁業(経済) ・漁村一塩の魚肥製造(経済).

(10) 126. ・余剰労力-出漁(経済) ・漁業の不振-季節出漁又は京阪への雑業就役(社会) ⑤乾燥耕地と副業 ・乾燥耕地による水田不足-米の移入(経済) ・乾燥耕地-甘藷,秦,大根,西瓜,南瓜(地理) ・蚕糸界の不況-桑園の不振(経済) ・乾燥耕地-果樹栽培(梅・桃) (地理) ・漁村-魚を中心とした行商人(経済) ⑥集落と共同井戸 ・砂丘縦谷-井戸の位置-集落の形成(地理) ・深井戸の必要性-多額の費用-井戸周辺への集村(地理) ⑦結語 ・漁村における慣行としての労力頭割-浜の生産の分配一一戸当り6.75人の大家族 (経済・社会) ・水不足・魚による中毒・暴飲暴食の風習-漁村の風土病(社会) ・共同井戸制-村の親睦・一致団結(社会) この分析結果から考察して,山本熊太郎の社会事象教科内容化の論理を,次のように指 摘することができる。 ①本範例は分析的研究を進めている。その分析方法については,従来の地理教育がとっ てきた,位置・気候・地形・農業・工業・交通等のように細分していく方法はとって いない。主として, Eq乗的関係(地理的理法)を追求する方法をとっているO @眼にみえる景観を社会事象をとらえる柱としているO ㊥因果関係が断片的であり,体系的な社会事象の抽出という形になっていない。 ④地理学,経潰学,社会学といった分野からの因果関係の追求が中心で,歴史学・政 治学の側面からの追求がみられない。 ⑨結語において「七塚村の自然的条件は概して優れて居ないのであるが,生活の欲求 から出漁にも園芸にも行商にも,其の労力と地力とが発展的に巧に統制され而も皆 勤勉である点に理解を持たねばならぬものと思ふ。 」 (㊨. p, 180)と述べている。 これは,景観地理学の調和という考え方を意図した結語であろう。しかし,範例の中 においては,必ずしも明確には出ていない。例えば, 「発展的に巧に統制された」と 表現された内容が,どこにあたるかは,明示的でない。 ⑥景観地理学の主な主張である総合という点に関しては,不十分な範例である。例え ば,抽出した社会事象を総合する手立てがなされていない。 2.景観地理の授業構成 景観地理の授業構成について,山本熊太郎は,歴史的・因果的追求過程と分析・綜合に よる組み立て,の二つの視点を示している。 ○歴史的・因果的追求過程 「だがもし模式的な新考察を試み様とするならば,先づ二つの順序がある。第一はその 地理的箇景に対して『それが如何なる過程Stageのものか』第二は『それならば如 何なる原因・因果Causationによるか』である。過程は,地形的に言へば幼壮老の 何れの進化程度か,生態的に言へば歴史・伝統・人為の何れによるのかの吟味である。 又原因・因果は自然がさうさせたか(自然淘汰)人間がさうさせたか(人為淘汰)自然.

(11) 山本熊太郎の景観地理教育論と思想的源泉. 127. の凄み人間の努力が相侯ったか(適材適所)の詮議である。 」 (㊨. p. 84) ○分析・綜合による授業構成 山本は, "やや理想的な,教材単元の一般過程"と述べて,地誌教授の一般過程を提示 している。 地誌教授の一般過程(③ pp- 89-90) 一,学習動機の構成 関係ある既習景観の問答 本教材の予察・疑問・興味等の構成 景観の直観-現地域は地図・図表等により綜合的直観 問答を交-つつ序説をなす 予察をせしめつつ地理区を設定す 分析的直観 地理区の景観を部分的に直観せしめつつ各説す 景観の考察 分析的考察 地理景観に就いて問答し考察す 綜合的考察 地理区に於ける地方景(特色)を摘出して考察せしめ,又は概括する 四,体認・反復練習 教科書を読ましむ 地図又は板書によって要点問答 地理実習又はノートせしむ 郷土に比較して地理生活等を批判せしむ (5)景観地理教育の授業構成の実際 先に提示した地誌教授の一般過程に則した実際の教授案が,山本熊太郎によって提示さ れている。この教授案の概略を主要発問を中心に示すと,次のようになっている。. 濃尾三河ゐ教授案(③ pp. 91-93から抽出) (○印は山本が指示した主要発問) 1.濃尾三河の概説 地理区の吟味 ○三重県境は? ○西の滋賀県境は? ○東は? 平野と川の復演及附説 ○此の斜面の平画・川を読め○西三河平野はどこで区別し,何川が流れるか? ○東三河は? 気候と産業の復演及附説 ○気温と雨量から見て「駿遠伊豆」と比較せよ。 ○湾頭は温暖だが,濃尾平野 に入ると関東平野に似て,多少大陸性になり,雨量の減るのは外洋の影響が少 くなったからで,三河では用水に不足する所もある。 ○産業分布図を見て, 地域的に産業を挙げて見よ。 ○地域別に主な都会を拾へ○交通線を読め. 0然らば三河から調べていく 2.三河の景観各説.

(12) 128. 三河平野の今昔,豊橋は三河の中心,岡崎は西三河の中心,三河の産物,知多半島 は三河尾張の漸移帯 3.三河の景観整理 地方景の要点考察 ○農橋の製糸と岡崎の製糸が似ている。 ○渥美半島の養蚕と知多半島の粗陶器は何れも地域に即している。 ○鉄道を拒 んだために電車が必要になった。 ○昔は三河武士,今は三河のデンマーク村 も面白い。 ○名古屋日当の酒・味噌・醤油を出すのも感心する。 三河地方の概括 地形,産業,都会 整理・予告 教科書を読ましむ。板書図形を書き取らしむ。 ○次は濃尾地方を調べる; この教授案と景観地理教育論で展開されている主張とを対照させて検討していこう。 第-に,総合・理解・態度形成といった景観地理教育論の主柱となっている内容が明示 的には組み込まれていないことが,指摘できる。第二には,生活・生産という側面を重視 する内容になっている点は言える。第三には,組み込まれている地理的理法が断片的なも のに留まっていることが言える。第四には,分析・綜合,推理・証明という中心的教育方 法が,教授案にどのように組み込まれているかが不明であることが指摘できる。 全体的に,景観地理教育の理論として提示されている内容と実際の教授案との大きな帝 離の存在が指摘できる。 以上検討してきた山本熊太郎の景観地理教育は,次のように要約できる。 山本熊太郎の景観地理教育の特質 ①分析観の地理教育から綜合観の地理教育へ転換する。 ④記憶の地理から理解・態度形成の地理へ転換する。 ⑨景観地理教育は生活地理・郷土地理と結合する。 ④景観地理教育の主たる内容は,地方色教材・経済教材・生活教材によって構成する。 ⑤景観地理教育方法においては,観察・作業を重視する。 ⑥景観地理教育方法として,事象の分析・綜合を重視する。 ⑦景観地理教育方法として,推理・証明の過程を重視する。 ㊥景観地理の授業構成に際しては,科学的追求過程による知識の習得と主観に訴えて 形成する態度形成とを計画的に組み込む。 ⑨地理的事象の教科内容化に際しては,地理的理法を中心にする。 ⑲景観地理教育の授業は,歴史的・因果的追求過程として構成する。 ㊥理論と実践内容とに大きな畢離が存在する。 Ⅳ山本熊太郎の景観地理学の思憩的源泉 山本熊太郎の景観地理教育の思想的源泉を,山本自身が重要性を指摘している文を抽出 することによって探っていこう。 (1)調和景観の概念 調和景観の概念について,山本熊太郎は次のように述べている。 「地理の対象は自然景人文景の調和する所にある。自然・人文・調和の三つに分類する °. °. e. t. t. t. °. ヽ. °. °. °. °. I. I. °. ・*・・. のではなく帰する所は調和景観といふ一つを対象とすべきである。もし分類したら地理.

(13) 山本熊太郎の景観地理教育論と思想的源泉. 129. は数多い自然科学となったり,人文科学となるが,今の地理学は分科とせずに一つの地 理学として,其の独自の領域をば,プラーシュ(仏)が言った様に『地的揮-』の観点 によって建設するのが輿論であり定説となった。之がほんとうに成長すれば謂所地誌学 が建設される時である。 」 (④. pp. 33-34) 「 『郷土地理の観方』の著者三樺勝衛氏は,地球の表面と言ふのは岩圏水圏の表面以外 に気圏の底面が光に接触している。地理の対象は此の三者の接触面を中心におくべきも のである。然るに此の三者は各地決して等質ではなく多種多様であるが,之等を適当に 区分して研究を進めたならばそれは錯雑極まりないものではなくて統一的完全体である。 既に之が完全体の機構をなす事は接触面即ち地域のもつ統一的の地域性に支配されてい るのである.故に地域性である以上は地理の対象は地域の上に起る事象であり, (1)一種 の拡り性の存在であり, (2)明瞭な形態的のものであり, (3)勢ひ何等かの機能の所在であ °. °. ▼. るとの意味を述べて居られる。 」 (㊨ pp. 36-37) 以上の抽出内容から,調和景観の概念は,ブラーシュ,三洋勝衛にその源泉があると推 測できる。 (2)定量的方法 山本熊太郎の定量的方法の重視の考え方は,大正末期・昭和初期の定量的地理学研究の 流れに乗ったものである。その中で,特に辻村太郎の地域形態測定を,次のように高く評 価している。 「地域形態測定は我国辻村助教授(1930)が抱かれている地域論(Chorogie)の実際 的創意のもとに企てられ,科学的地誌の建設には是非必要なものである。されば辻村助 教授は山崎博士論文集(昭和6年)に既に『文化景観の形態学』を寄せて文化形態解明 の抱負と方法の規範を掲げて居られる。 」 (④. p. 41) (3)景観地理区 景観地理区については,田中啓爾教授の提案を晴天の爵題という言責を使用して,次の ように高く評価している。 「綜合地理区の最初は--バートソンやスミスの世界地理区があるが,我が国の綜合地 理区を提唱されたのは田中啓爾教授である。それは昭和2年1月号の地理学評論誌上に 『日本の地理区』として発表された論文である。又氏の中等教科書が此の綜合地理区を 実施された最初の教科書として既に3年になり,世間何れも定評がある。教授の此の自 然・人文の綜合地理区は地誌教授上の-革命を喚び,伝統的・保守的の教授者に晴天の °. °. °. °. I. °. 盛産であった。 」 (③. p. 58) 以上の検討から,山本熊太郎の景観地理は主として国内の研究者の成果に依っているこ とがわかる。この点から,先に述べたシュリユーターとヘットナ-の地理哲学論争の内容を 中に組み込むことが出来ていないなどの問題性を含んでいる。 Ⅴ結論 岩EElは我が国への景観地理思想の導入過程を研究し,次のような結論を得ている。. 「シュリュ一夕ーの景観地理思想は革新的で,既存地理学に対する全面的挑戦であった。 -・・-略・・-・・このような革新的性格は,我が国への景観地理思想の導入に際しては消えて いる。また,辻村・三揮・渡辺の景観地理学の内容・方法は,シュリュークー景観地理 思想を全面的に導入したものではなかった.。三者三様の景観地理学の内容と方法が提示 されているoそこでは,体系的・全面的導入ではなく,断片的・部分的導入が基本型と.

(14) 130. なっている。 」 (㊨. p. 209) この断片的・部分的導入のあり方は,景観地理教育の展開においても同様である。山本 熊太郎の景観地理教育論にその典型がみられる。これに該当する点を取り上げると,次の ような指摘ができる。 景観地理学の成立根拠の最大のものは分析的地理から綜合的地理への転換である。とこ ろが,研究方法で最も重視されているのは,定性的研究ではなく定量的研究である。定量 的研究は分析的研究に通じるものであり,成立根拠の方向性と一致していない。また,也 理的理法の重視も分析の重視に通じるものである。結局,綜合は成立根拠を論じる際のス ローガン的性格を持った内容に留まっている。 景観地理学が綜合を成立根拠として重視しながら,それは理論に留まり実際の研究では 成果を挙げていなかったことは,シュリュ一夕- (㊨)においても辻村太郎(②)におい ても同様であった。この点は山本熊太郎も,この問題性を解決しえていない。 この断片的・部分的な景観地理思想の地理教育-の導入は,実際の教授案を理論明示的 に提示することを不可能にしている。山本の実際的教授案の内容はこのことを明確に示し ている。理論と実践の大きな距離を不可避なものにしているのは,景観地理思想の断片的・ 部分的導入に主原因がある。 結論的に述べると次のように言える。山本熊太郎の景観地理教育論は理論的提案を多様に 行っている。その各々の提案は地理教育の展開に有効に働く可能性を持っている。しかし,主 張されている内容相互間を組織する体系性に欠けている。従って,理論を実践に移すことが 出来なくて,実際の教授案の提案に成功できなかった。また,景観地理教育論の成立根拠と して最も重要な"縁台"に関しても,理論的未整備,実践提示ができないという状況にあった。 景観地理教育論者・実践者として第一人者であった山本熊太郎においても,このような 状況であった。景観地理教育のこのような未完成な形での我が国地理教育界への導入が, 景観地理の持っ重要性の認識に至らない原因となった。また,短期間のブームに終る原因 ともなったと結論づけられる。 荏. ①綿貫勇彦, r地理学方法論』,地人書館, 1935 ㊥岩田一彦, "辻村太郎の景観地理学と思想的源泉",社会科研究, 33号, 1985. 3, pp. 1-14 ㊥一山本熊太郎, r景観地理教授』,古今書院,昭和8年3月 ④山本熊太郎, r生活地理教育の動向』,古今書院,昭和7年9月 ㊥山本熊太郎, F概観日本地誌(上) 良,古今書院,昭和5年9月 @山本熊太郎, F国民科郷土観察法』,古今書院,昭和15年11月 ⑦山本熊太郎, F新高二地理の教材及教法』,古今書院,昭和9年7月. ⑧山本熊太郎, F新地理模型の作り方』,古今書院,昭和11年3月 ⑨山本熊太郎, r地理区に綜合せる日本の地理』,古今書院,昭和6年12月 ⑲山本熊太郎, 佐々木怜, r地理模型の作り方』,古今書院,昭和8年9月 ㊥山本熊太郎, F都市農山漁村郷土地理範例』,古今書院,昭和8年3月 ⑲岩田一彦, "外国教育思想の受容をどうするか-地理教育を中心に- " ,社会認識教育学会 梶, F社会科教育の21世紀』,明治図書, 1985. 5, pp. 199-210 ⑲岩田一彦, "景観地理思想における国際理解教育的特質" ,兵庫教育大学研究紀要,第4巻, 1984. 9, pp. 37-48.

(15) 131. Teaching of Landshaftskunde developed by Kumataro Yamamoto and Sources of his Ideas. Kazuhiko lwata. Teaching of Landschaftskunde in Japan was developed by Kumataro Yamamoto. Many teachers gave their short term support to his thoughts in the early part of the Showa Era. It is a qestion that its boom was died before long. I study the teaching of Landschaftskunde and its ideas developed by Kumataro Yamamoto to solve the question. The following substance has been definitely shown by the results of the study. Kumataro Yamamoto adopted some crumbs of information on Landschaftskunde developed by many geographers. The adoption of crumbs of information on the Landschaftskunde made a great gap between the theory and the practice. The gap hindered the progress of teaching of Landschftskunde in Japan..

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参照

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