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超経済の鉄道 ―その歴史・文化的背景―

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Academic year: 2021

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(1)8巻1号1996. 9 文学・芸術・文化. 超経 済 の鉄 道. 勘 司. うに思われるのである。しかし、管 見の限り、かかる視. その歴史 ・文 化的背景. 胡桃沢. 角からこの問 題が取り上げられたことはない。宇 田正氏. 切ることの出来ない歴史 ・ 文化的 な背 景が潜んでいるよ. 『 朝日新聞』の経済 スコープに、かつて「整 備新幹線. の「 鉄道史 研究には 文化史的視点が欠落している」との. はじめに は必要か」との記事が掲げられたことがある。その内容. 大 局 的な指 摘 の なかに、 当座 の課 題も包 み込 ま れてし. ( l). は「無用論 Lを前面に押し出したものと言えるが、 八年. まっていると見られるのである。字 田氏はその進展 を図. る方策の一 っとして民俗 学的方法の導入 を提唱 •実 践し. ( 2). られる。経済 的側面にのみよる限り、朝日の提言は正に. 後の今 日「整備案」は 基本 的にはなお進行 中と位置づけ 正論であり、 関連 地域住 民とてその理屈を頭で理解する. 筆者にも応分の責任か課せ られてくることを意味してい. ているが、これは「交通史の民俗 学的研究」を専攻 する. る 。「何も無 い」などと第三 者を決め 込 むことは許 され. ことは 既に 十分出来ているはずなのである。にもかかわ. ないのである。そこで、 目前の問 題を素材に―つの模 索. らず、今なお整 備案 が進行 中との現 実は、 「 新 幹 線へ の こ だ わ り」が依 然とし て根強 い ことの証 と 言 え る だ ろ. を試みることとしたのだが、この種の問 題が従来とかく. 経営原理サイドから論し られる傾向があったのに対し、. に固 執するのだろうか。更に問 題を広げてみるなら、た とえばアメリ カと比べて日本 人は何故鉄道に執着を持つ. てゆくことを基本 方針としたい。. ここでは地域住 民側の特に心情 的な側面を重視して考 え. う。 関連 地域住 民は、理屈を超 えて何故ここまで新幹線. た疑問 なのであるが、その裏には単に経済 原理では割り. のだろうか 。新 聞記事をきっかけにずっと抱き続けてき. - 63 -.

(2) ー. 鉄道へのこ だわり. まずは「新幹線へのこだわり」を今少し具体的に見る. 「 九 州新幹 朝日新聞』前掲記事は、 ことから始めよう。『. 線が完成しても鹿児島県 知事は東京往来には空路を利用. 民のかなりの部分にも当てはまる、と見ている。という. するだろう」と予想する。筆者は、こ の予想は鹿児島県. のは、航空 機の就 航状況を目安に見てみると、新幹 線が. 「勝っている」のは岡 山までであり、広島はいい勝負、. 博多はむしろ航空機 、と見なされ、 博多から更に三 百キ. ロも離 れた鹿児島で 「新幹線が勝つ」など、どう考えて. も無理としか思 えないからである。JR 西日本が開発し. た新型車両 (五00系) が「 のぞ み」(三 00系) を上. 回る最高速度三 百キロの営業運 転を計画しているのに見. られるとおり、将来更なるスビードア ップがなされるの (3 ). は確かだが、それにしても「 博多がいい勝負」が限 界で. は な か ろ う か 。 す なわ ち 、開業 をし て も 鹿 児 島 県 民 に. とって新幹線の利用価 値は決して高いと言えるほどのも. のではないのであり、しかもこ の現実は誰より鹿児島の. 人々が一番 良く知っているはずなのである。にもかかわ. らず、もしも「 計画撤廃 」が打ち出されるよ うなことが. あ れば、 知車 以 ド 揃 って猛 反発 を す る こ と にな る だ ろ. - 64 -. 新岩国 東京行のぞみ 新幹線300系. 胡桃沢 超経済の鉄道.

(3) ない現象であり、何か別の解釈装置を設定してみるしか. う 。これは、経済 を前提としている限りおよそ理解出来. ないのである。その考 察を進める前提としては、問題を. 広げた「鉄道そのものへのこだわり」についても具 体例. を見ることが必 須となってくる。ローカル 線・ 幹線の両. 者につ いて各 々検 討をしてみよう。. まずはローカル 線だが、目前の課 頴に照らして注 目す. べきは何と言っても第 一 ニセクタ ー路線の存在だろう 。周. 知のとおり、その大半は旧国 鉄・ JR が赤字を理由に廃. 止の対象とした路線を、沿線自 治体が会社を設立して経. 営を 移 管 し存続を図る、という ものである。言う までも. なく、これを実施するには沿線住 民はかなりの負担を覚. 悟しなければならない。経済 原理による限り、地域全体. として利 用価 値が 相 当高 い こと が 前 提 と さ れる の であ. はそうは思 えない。仕事柄 、これら路線に乗り合わせる. る。では、確かに高いのかと言えば、少なくとも筆者に. 機会が都市居住 者としては多いのだが、現地の実情 を見. る限り、今 や 地方居住者の交通手段は自動車への依 存率. が圧倒的に高くなっているからである。「老人 ・子 供など. の交通弱者対策」ということが思い浮 かばないわけでは. ないが、これは地域全体としての利 用価 値が高いという. �65. 猪谷 神岡鉄道=旧国鉄神岡線 第3セクタ ー 路線. 8巻1号 1996. 9 文学・芸術・文化.

(4) 超経済の鉄道 胡桃沢. 費の安いバス で十分 間に合うし、第一弱 者へのキメ細か. ことと同 義ではない。福祉の観点からだけならばより経. 外 は 正に 「空 気 を運 ん で い る 」に 近 い の が 実 情 で あ. は 高いも の で あ った。 し か し 、今 は 盆 暮 等 の特定期 以. 利用者はチケ ットの入 手難に泣かされたほど、利用価値. これらの列車 は 、かつては 「動くホテル 」と称さ れ、. り 、JR がその将 来 に つ い て検 討を し て いる と二年 程. いアクセス ・サービス ということであれば鉄道よりもむ. 前の新聞に報 じられたほどなのである。利 用価値が低下. しろバスの 方 が 勝っている。鉄道の方が輸送力 が高い、. などとい う都会的な発想はおよそ議論の対象にもならな. した原因は、近 畿圏は新幹線の博多延長および高速化、. 首都圏は 関連空 港のジェ ット化による就 航安定、が 主な. いる路線がほとんどだからである。すなわち、どう見 て も沿線住民にとって鉄道は利用価値が高い とは思えない。. う。航空 機は、 フライトは一 一時間弱 、前後の アクセスを. ものである。例とし て東京 ー鹿児島間について見てみよ. - 66 -. い。 ワン マン カ— が一 日に指で数 えられる程度往 復し て. にもかかわらず、かなりの負担をしてでも既 存の鉄道を残. 含めても東京都心から鹿児島都心まで四 、五時間あれば. ―一時問を要 「はや ぶさ 」は、東京 —西鹿児馬間にほぼ一. 次は幹線だが、こちらの存続問 題は、路線そのもので. そうとする所が結構あるのがこの国の現実なのである。. 0 円である。一六 時間 一四 八―1 し 、料金はB寝台 利用で―. 十分 到 達し 、料金 は 片 道― 一九 一0 0 円 であ る 。 対す る. である。再び目を九 州に合 わせよう 。検 討対象となるの. の所要時間差に対して料金差が五千円では 、もはや 両者. はなく、そこを走 る特定列車について見られるのが特徴 は 、首都圏・近 畿圏との間を結ぶ寝台 特急列車 、所謂プ. の間に競 争が存在する余地は無い。とい うより、前述の. ( 4). なおこれら大都市圏との間に直 通寝台特急列車が通じて. ル ー・トレイン である。九 州の県庁 所在地には、全て今. 廃止 ・食 堂 車 の 営業 停止 等 々退 却 を繰 り返 し て 来 た 。. の間 「はや ぶ さ 」 は熊 本ー 西 鹿児 島間 の A 寝台車 連結. ―十年 以上 が 経 ち 、こ 島空 港は ジ ェ ット 化 さ れて 既 に 一. な比較をすること自体ほとんど無 意味だと言える 。鹿 児. とおり新幹線ですら勝てる見込 みが無いのだから、こん. 京都行 あかつき. いる。左記に見るとおりである。. 星は. 東京行 新大阪行 • 長 崎ー 佐賀ー 博多↓ さくら 西 鹿児島ー熊本ー 博多↓はやぶさ • 富 士 南 宮崎 ー大分↓ • 彗な.

(5) 8巻1号 1996. 9 文学・芸術・文化. を前提とするJR が「 生殺与奪権」を握ったにもかかわ. ところが、 不思議なことに、 一九 八七年四月、経営重視. て持ち出した事だが、その延長線上で「 日本 人は歴史 的. あ る 。これは志麻半島における魚流 通を分析した際初め. まず検 討してみたいのは、日本 人の道に対する感覚で. 2 道への思い. 経験から道に対して今 ―つ信 頼感が薄 いのではないか」. ( 6). 日に至るまで走らせ ているのである。これは、経済 原理. らず、 利用価 値が著しく低下 したこの列車 を十年近 く今 では到底 説明 のつかない事態だと言えるだろう。その裏. 身の研究を進める過程において、西 日本 各地で「およそ. 庶民のためとは言えない道の近 代化しが確認されたこと. との思いを抱くようになったのである。きっかけは、自. である。明 治維新後の道路整 備が軍事目的を最優先に行. い状況があるのではなかろうか。す なわち、ロー カル 線. 同様「 利用価値はさほど無いが廃止 は困る」との気持を. われたのは周 知の事実だが、その結果新たに開かれた道. には、JR が九 州各県 に対して「廃止 」を持ち出しにく. 関係住 民のかなりの部分 が抱えているのを、微妙に察知. は、特に山間地帯において、 旧道と比 べ遠回りとなる、. していると思われるのである。 これらの検 討に 基づ き、「鉄道へ のこだわ り」 を見る. あるものを無くすな」との表 面的な相違はあるが、経 「. のとし てそれぞ れ把 握さ れるのであ る。「新しく造 れ」·. 来線は「利用価 値は低下 したが廃止 は困 る」、と いうも. を得ない、という期 間が相当長く続くことになる。これ. かなりの部分 で、新道開通後も時により旧道を行かざる. が目につくものであった。結果として、山かちな国上の. 態依 然で使い づらい、等 々、庶民にとっては欠陥ばかり. 勾配が急で車を引いて上れない、街道と村を繋 ぐ道が旧. 済 レベル では必然性の薄いものが望まれているのは共通. では、いくら前代のそれと比べれば画期 的な道ではあっ. ならば、新 幹 線は「 利用価 値は高 くないが欲 しい」 、 在. の基礎原理だと言えるだろう。では 、何故このような発. になってしまうのである。. ても、信頼感を持てと言う方が無 理な相談だということ ). 想が出て来るのであろうか。筆者は、それは多分に精神 (5. 的な問題だと予想をしているのである。. そして、留意するべきは、信頼感を持てないのは何も. この時に始まったことではなく、更に時代を遡ると見ら. - 67 -.

(6) 胡桃沢 超経済の鉄道. 7) (. れることだ ろう。これを示唆するのは、 江戸幕府以前の. フィール ド・ ワークの経験に基づくならばそれは谷筋ご. 日 本 の 峠 は 大 小 合 わ せ て 一 万 は あ る と し て い る が、. は「峠道の数の多さ」に由来すると考えている。柳田は. 指標に述べているのだ が、筆者はこれが可能であったの. 田は道の並木のあり方が近世とそれ以 前では違うことを. れていない例が依 然とし て存在し たからである。古来渡. うではない。 何故ならば、道中の渡河 地点に架橋がなさ. 道に対し 信頓感を持てるようになったのかと言えば、そ. 「安定 化」を 決 定的要 素とし て、人 々が ろう。し かし 、. る。これは、確かに真理の 一面をついたものと言えるだ. 氏 が 平 和 主 義 を表 明 し て い る か ら だ と 、 柳 田 は 評 価 す. 方から道筋の固定化が伺われるのは、政権を握った徳川. このような中世以 前と比べ、近世に至り、並木の植え. に、信頼感が寄せ られようはずもなかったのである。. 日ではないだ ろう。これは、道 一 とにあったと言っても過 一. 河が交通の障 害と認識されていたことは、律令体制 下に. 武家は良く路を変えたという柳田国 男の指摘 である。柳. は勾配を厭わずなるべく短距離でつける、の哲 学に由来. おけ る東 国 へ の経 路とし て、 渡河 地点 の多 い東 海道 よ. 寸条件が変われば使う道筋も変更されるの. いる。かかる前提があれば、中世以前の流 動的な社会に. B峠あるいはC峠と、自在に道を選べることを意味して. とだ ろう。これは、例えばA 峠から上っても、下 る時は. 道が稜線に通じている例が、中世に遡って確認されたこ. 渡舟すら無く、徒渡りによるほかはなかったのである。. 東海道においても、酒匂 •興 津 •安 倍 •大 井の諸 川には. かった。中世以 降の整 備により最重要幹線となっていた. 点. れていた事実に、端的に示 されている。そして、渡河地. ( 7). する。結果として、地域 相互間を行き来する道はどこで. ( 8). も複 数以 上 あ る のが 常 態だ ったのであ る 。 注 目 すべき. り、気 候条 件は厳し いがそれの少ない東山道が多く選ば. おいては、. かかる措置が採られた理由は必ずしも明 確ではないが、. ( 10 ). は、これら多数の峠越えの適を繋 ぐ言わば背 骨のような. はむし ろ当然のことと言えるだ ろう。すなわち、人々に. 結果とし て人々は増水時には川留めに泣かされることと. ( 9). とって、道は 、選択肢は広いものであったが、反面、存. なった。大 井川は、 最長二八 日も閉鎖されたことがある ) 13 (. 12) (. 難所の状 況は、近 世に至っても完全には解消されな 11 ( 11 ). 在とし ては不安定要素の多い対象とし て映ったに違いな. という。正に「越すに越されぬ大 井川し なのであ り、こ. 一. い。支配者の都合 ―つで何時どうなるか分からないもの. - 68 -.

(7) 8巻1号199 6. 9 文学・芸術・文化. 持てるはずもなかったのである。. んな所を随所に抱える道そのものにも信頼感などおよそ. う存在として認識がなされ、今までに無い大きな信頼が. 日本 人の目の前に現れた。この新来者に対し、道とは違. る。それこそが鉄道であった。目前の課題に照らして注. ろが、ここに降って湧いたような救世主が現れたのであ. 変わらずの状況が続くかに見えていたはずなの だ。とこ. たことは、正に失望以 外の何物でもなかっただろう 。相. て、更に近 代の道までもが前述のごとくアテ外れであっ. 対する認識は、前近 代のそれを引きずったままであった. のである。この点からも、西欧人と比 べ、日本 人の道に. 道」を、近代化当初においてついに持つことが無かった. っ た と いう 事 実 であ る。 馬車 の疾 駆 が可 能 な「確 か な. は西欧のような長距離 馬車 輸送の繁栄をみることがなか. 更に交通史研究の大局 から含んでおくべきは、日本 で. 寄せ られたことは言わば当 然と言えるだろう。. 目すべきは、この新来輸送機関が、特徴の 一っとして、. 実 性」という 点において、言わば「初 恋の味」とも位置. ことが推し量 られる。その日本 人にとって、鉄道は「確. 前近 代に右 のよ う な経験 を重ね てきた日本 人に と っ. 専用路線の使用に基づく高い確 実性を持っていたことで. ) 14 (. ある。まず道筋だが、言うまでもなく、これは原則とし. 変更は余程のことが無い限り有り得ない。近 世は、道 そ. いない。鉄道に対する執着心の芽生えは、 正にこの経緯. 反比例するかのように、これは一 際甘く感じられたに違. づけられるものであった。それまでの苦い時 間の長さに. のものは固定化されたものの、参勤交代路の変更•私 的. を端緒としているのではなかろうか。. て固定化されている。軌道の敷設は大事 業であり、その. 運輸機関の勃輿などにより、人や 物の流路が突 然変わる. に難所だが、峠はトンネル 、河川は橋梁により、あっけ. た所では、その心配はもはや 無用となったのである。次. が、少なくとも他の交通機 関が一 定の評価を得られるま. 史 的 背 景 を背 負 っ た も の と 考 え ら れ る の で あ る 。 こ れ. 見たとおり、 日本 人の鉄道に対する執着心は多分に歴. 3 精神的土壌としての連続観. 可能性が常 に秘め られていた。し かし、レール が敷かれ. ないほど簡単に通過が約束されるようになる。旅程を狂. では、大きな要素として作用するのは誰でも頷けるとこ. わす不確定要素は、ここで初めて解消されたのである。 かかるご とく、鉄道は大きな確 実性を持つものとして、. - 69 -.

(8) 胡桃沢 超経済の鉄道. た精神的土壌が存在するのを想定するほかはなくなって. うか。更なる解釈装置とし て、そこに執着心を増幅させ. がなおこれらに対し 優位 を保っているのは何故なのだろ. る。にもかかわらず、数字レベル とは別の 「 鉄道 信 仰」. 既 に か な り の 信 頼感 を 獲 得 し て い る の が 実 情 な の で あ. だ。他の交通機関の発達は著しく、航空 機 ・自動車 共に. 況 が 大 き く 様変わ り をし ている の は 誰 の 目に も明 ら か. た ―つの真理である。かかる視点に立つならば、今日状. ろだろう。しかし、歴史 に永遠不滅が有りえないのもま. して物事を考 えようとする。たとえば自 然感を引き合 い. 思考体系 とする人間は、自 己とあらゆる他者を常 に対置. あって、人間とは非連 続なのである。非連続観を根 底的. は無い。キ リスト教では 「THE GOD」は絶対者で. 的精神世界とする西欧人は決し てこのように考 えること. 持つと考 えているのである。しかし、キ リスト教を根 底. されるだろう。日本 人は、誰でもカ ミに なれる可能性を. るならば、人とカ ミは連 続する、というものとし て把握. がっていると見ているので ある。これは、更に言い換え. も の で ある。 す なわ ち 、 人 ↓ 死者 ↓先 祖 と 二直線に 繋. ( 19 ). くるので ある 。そこで、次はこれについて考 察をし てみ. に出すならば、西欧人である ニ ュート ンがリ ンゴをどこ. ( 20 ). よう。. ま でも 客体 化 し て 見 よ う とし た の が 好 例 と言 え る だろ. う。一 方、日本 人は借 景 ・箱庭 ・盆栽等々、専ら自 然と. 結論から言ってしまえば 、筆者はそれは 「連続観 」だ と見ている。日本 人の思考 の根底に これがあるのを明 ら. 一 体化することを指向し てきた。この行 動様式を支えて. ( 15 ). るのは日本 とネ 。 ハール くらいだろうと述 べている 。その. 桑原武夫は、歴史 的に見て、価値体系の連続観を持て. とは容易に察し がつくのである。. きたものが、非連続観に対する連続観そのものであるこ. か に し た の は 柳 田の 『 先 祖の話 』だが 、彼 の 考 え 方 を ( 16 ). 「 連 続体」という用語を使って解説したのは伊藤幹治氏 課題に照らし て注目す べきは、柳田の、人が先祖になる. 根本 的原 因は 、異民族支 配を受けたことが無く、治乱興. である 。両者を脱みながら整 理を試みるならば、 目前の ためには、家の創設者になるか、もし くは 死後年 忌 供養. ( 21 ). を受けるかのどちらかが前提だ 、との文言だろう。彼の. 亡は あっても世界史 的には小波で あり、 結果的に天皇家. ( 17 ). この見解は、どちらにせよ 、生きている人間が将 来的に. のように永続きのする フ ァミリ ーを可能にし たことに、. ( 18 ). は先祖という枠組の中に 人り「神格化 」される、という. - 70 -.

(9) 8 巻 1号 1996. 9 文学 ・ 芸術 · 文化. の対立のみが内容. ) 22 ( 」という指摘 に集約される。たとえ敗. と言 えども相手の心性が理解出来るような小 共同 体相互. 求められている。 日本 の戦の 性格は 、千葉徳飼氏の「戦. である。 一連の経緯 は、歌詞 ・曲が 日本 人に広く受け入. 科書にも採択され、今 の子 供達にも歌い継がれているの. も鮮明に 記憶している。これは、その後小 学校の音楽教. 車「 こだま. て い る 人 も多 い と 思う。 新 幹 線開通 前の 代 表 的特 急 電. ( 23 ). ックに歌われたことを、今. 戦を喫し 「 滅亡 」に追い込まれて も、平家伝説の濃密さ. れられる要 素を有するからだと考えられる。歌詞の一 番. 」の走行 映 像をバ. のあるレベル のもの であったことは、桑原の指摘 を裏付. に象徴されるとおり、何らかの形 で永ら得られる可能性. を書き出してみよう。. のをこえや まこえたにこえて. せ んろはつづくよどこま でも. けていると見て良いだろう。すなわち、今 なお古 代王権 の子孫を目の当たりにしているという世界 でも稀 な体験. 来どのよ う な歌 詞 であったかは不明だが 、それは今 はど. これは、曲はアメリ カ民謡を編曲したもの であ る 。 元. たのしいたびのゆめつ ない でる. はるかなまちま でぼくたちの. 連 続観 」は 正に 日本 人の 骨の 随ま で染 を 象徴とし て、 「 み込ん だ価 値体系 だと 言うことが出来るの であ る 。 その 日本へ、鉄道は前述のとおり「初恋の味」として. う でも良い。むしろ強く認識すべきは、 日本 に導人され. 飛び込ん で来た。 ただ でさえ忘れがたいものが、この根 底的 な思考 体 系 と 手 を 握 っ た の であ る。 専 用路 の 上を. る際、詞は新たに 日本 人の佐木敏氏が作ったという事実. である。およそ外国産の歌の導入 にあたり、広く日本 人. ア ッピール して余りある存在と、人々の目には映ったに 違いない。 正に歴史 的 な握 手 であったわけ だが 、結 果と. に受け入 れられることを意図するならば、当然その精神. 本 の レ ール は、「確 か な連 続」 を 延 々 と 続 い て行 <―-. して生ま れた 日本人の鉄道に対する 「 信頼感 +連 続観」. 的土壊に マッチし たものとし なければ なら ない。編曲 ・. 「 線路は 1 訳詩が軍要 な手続き とさ れる 所以 であ る。. 」. も. ハーセン なら作詞者は元の詞に拘束されることなく、 百。. の場合、 訳詩を越えた作 詩となっているわけだが、それ. ( 24 ). を 端 的 に 示し て い る の は 、「 線 路 は つ づ くよ ど こ ま で であ っ た 一九 六0年 前 後に は 既 に 存在 し て お り 、 N H. 」と い う 歌 の 存 在 だろ う 。 こ の 歌 は 、 筆 者 が 小 学生. K でテレ ビ 放 映 が なさ れ て い た か ら 、同 世 代 に は 知っ. - 71 -.

(10) ト 日 本 人 好 み の も の と す る こ と が 出 来 る 。 そ の 結 果、. 「 確実に山や 谷を越え」、「どこまでも連 続する」と の内. 至るまで広く受け入 れられてい るとい う事実は、精神的. 容 が盛り込まれることとなったのである。これが今 日に. 土壌として日本人が鉄道に対し「信頼感 +連続観」を有. 性を越 えて今なお続く「鉄道信仰 」は 、正にこの点を支. してい ることを裏付けること以外の何物でもない 。合 理. えにしてい ると判ぜられるのである。. 4 文化としての列車走 行. これまでの考 察により 、日本 人にとって、二本の レー. と、位置づけられるだろ う。人々は、たとえ自ら乗るこ. ルは 「 確実な連続」を約束する精神安定効果を持つ存在. とはなくとも、目の前を毎日定期 的に行 き交 う列車 を 見. り」を確認することが出来、心のバランスを保ってい る. る こと によ っ て 「 は る か な ま ち 」と の 「 確 か な つ な が. ( 25 ). のである。この現象は、基本 原理は幹線 ・ロ ーカル 線共. 同じであ る が、 「庶 民に 遠出 を 可能にし たのは 鉄道 」と. い う史 実から、強 度は長距離におい てより強いと 見られ. 正にこの点をつい たものだと言える。併せ て留意するべ. る。「ああ上 野駅」と い う歌があ るが、 その 歌詞内 容は. - 72 -. 名古屋 東京行 は や ぶ さ プル ー ト レ イ ン. 胡桃沢 超経済の鉄道.

(11) 8 巻 1 号 1996. 9 文学 ・ 芸術 ・ 文化. 機に は決 し てその 役目は勤まらない。 足が地につ い てい. 行 為なの である。 しか し、いくら本数が多くとも、航空. ないことが根本だが、性格上目にする機会も少ないから. 「津軽海峡冬景色」 で、心の繋 がりが無くなった時の象. である。定期便設定の無い バス は歯牙にもかからない。. き は、逆 を扱 っ た 例 も 見 出 さ れ る こ と だ ろ う 。 代 表 は 徴とし て、レール が途切れる所が素材とし て選ばれ てい. そんな状況のなか で、仮に「 はや ぶさ」の廃止を打ち出. すとなれば 、JR は地元の説得にかなりの労力を注 ぎ込. ( 26 ). だ と い う 事 実 は重 い。 そ し て、こ こま で踏 ま え る な ら. るの であ る 。これらの歌が、多くの日本 人の共感を呼ん ば、 前述 の経 済原理を越えた列車運 行に 一定の 説明をつ. なされる抵抗は独特の力強さ を有し ているからだ。す な. わち 、 「 はや ぶさ 」 は言わば 文化に ガー ドさ れ る 形 で今. まなければならないだろう。経済と は別 次元のレ ベル で. 日も走り続け ていると見なすことが出来るの であ り 、更. けられる見通しが立っ てくるの である。 再びプル ートレ 鹿児島から、行先 標示に「東 京」の文字を揚げ て出発. に は新幹線に対する執酋も珪本 的に は同 じ原理に 根差し. イン を引き合 いに出し てみよう。. これ は、確かに物理的に は価値が 低下し ているのだが、. ていると考 えられるの であ る 。. する 定期 列車 は現在 「はや ぶさ」ただ 一本のみ である。. しか し、鹿児島県 民にとっ ては首都との直結 ( II 確実 な. 示さ れ る と おり 、長 い 歴史 的 背 景を有 す る も の な の で. まった事 ではない。各 地に 伝え ら れ る 貴 種 敬重 伝 説に. る。 この 現 象 は、都 市 機能 の 集 中 化 が著 しい 現 代 に 始. れるのか。それ は、日本 人の所謂中央志向に根差 してい. では、取り立 てて首都との繋 がりの確認 は何故必要とさ. むしろこの点こそが 「 値打ち」と判ぜられるの である。. は無いということだ。無理を続ければ 何時か は必ず破綻. した路線や列車を無条件に肯 定する」という気 は筆者に. たのだが、 一っ断っ ておき たいの は「だから経営 を無視. た。そ れ は多分 に我々 の 精神構造に由来する と予想をし. り 」に つ い て、 歴史・ 文 化 的背 景を 基 に検 討 を し てみ. 鉄 道 への こ だ わ 以 上、日本 人の経 済 原 理 を越 え た 「. おわりに. 連続) を目 で見 て確認出来る唯 一の 存在 であり、今 では. あ っ て、だか ら こそ簡 単 に 解 消 さ れ る こ と は無 い。 地. を来 し、結局 無に 帰し てしま う危険があるから である。. ( 27 ). 方在住者にとっ て、都との繋 がりの 確認 は必要不可欠の. - 73 -.

(12) そ う では な く て、 今 肝 要 な の は 、 文 化 と 経 済 の調 和 を 如. 新技術 と注文 」『 鉄 道ピ クトリ アル』六 一九 号六八頁. る俊位 は必ずしも 保 てな いとす る。 「 解説. 五 00系 の. 何 に し てと る か 、 そ の 方 法 論 を 模 索 す る 、 と い う こ と で. (4) 時間 ・料金は、共 に 一九九六年四月現在 のも のである。. 平 成 八年 四月 。. 経 済 ) の調 和 を ど う す る か 、 と い う 類 の こと と 同 じ 活 (. (5) このよ う な予想 を 抱 い ている のは筆者 一人 に限 ら れ た. 文 化 ) と 現 代 人 の生 はな か ろう か。 た と えば追 跡 保 存 (. 課 題 設 定 が こ の場 合 も 必 要 な の で あ る 。 と は い う も の. つい て 「 各 地 で路 線 か廃 止 さ れ るな か、地 元住 民 の感. 傷的 な路 線維持要望 の中 で残 されたも のも あ る。」と述. こと ではな い。 たと えば佐藤 信 之 氏 は、 ローカ ル線 に. べている ( 「ローカル民鉄 の現状 と近 年 の動 向 1関 東 の. の、 そ れ は 正 に ケ ー ス ・バ イ ・ケ ー ス であ って 一概 に言. の で は な い。 と っさ に浮 か ぶ の は 「北 斗 星 」 . 「ト ワ イ. ローカル民鉄ー」『 鉄道ビクトリアル』六 ―1 0号 一八頁. う こと は出 来 ず 、 今 こ こ で妙 案 を 示 す な ど 到 底 出 来 るも. ラ イ ト ・エク スプ レ ス」 に倣 った プ ル ー ・ト レ イ ン の豪. 平成 八年 四月 ) 。佐藤論文 は経営論的 視 角 か ら のも ので. —. - 74. 華 化 く ら い であ って、 そ れ 以 外 に つい ては 思 い つき す ら. 出 て こ な い のが 偽 ら ざ る と こ ろ な の であ る 。 大 変 重 い課. (9) 古向岡 徹 氏 「越 中 五箇 山 を め ぐ る城 砦 群 と 戦 国 史 の様. 三―10頁。. 峠 に関す る 二、 三 の考 察 」『 定本柳 田国男集』第 二巻 ( 8) 「. ニ四頁。. 明治大 正史 •世相篇 』 『 定本 柳 田国 男 集 』第 二 四巻 一― (7) 『. 月 )九 六 \ 九七頁 。. 贄 のふ るさ と 」 『民 俗 文 化 』 五号 ( 平成 五年 三 (6) 拙 稿 「. じられ ている」と いう こと であ る。. いな いが、重 要 な のはか か る立場 か ら でも 「それ が感. あ るか ら、 この点 に つい て これ以上 の言 及 はな され て. 記 し て、 次 の ス テ ップ に供 え る こと と し た い。. 題 であ り 、 様 々な 分 野 と の連 携 が 必 要 と さ れ る こ と を 銘. 一九九 四年六 月 )三九 八. 3) 曽根 悟氏 は五 0 0系 でも東京 ー広 島 間 で航 空 機 に対 す (. 頁。. 山 本 弘文氏 編 立史 の研究』 (. 近代 交 通 成 鉄 道 経営 の成 立 ・展開と 「 巡礼 」文 化 」『 ( 2) 「. 昭和 六 三 )二月 二九 日。 ( 1) 一九 八八年 (. 註. 胡桃沢 超経済の鉄道.

(13) 8 巻 1 号 1996. 9 文学 ・ 芸術 ・ 文化. 一九 九 五年 六月 ) 二九 三\. 相 」『日本 海 交 通 の展開 ー中 世 の風 景を読 む •第 四巻』. 網 野 善 彦 •石井 進氏編 ( 二九六頁 。. 平成 四年十 一月 ) 一六 I 一七頁。. ( 10 律 令 時代 の交 通と通信 ·輸送 」『日本交通 ) 田名網宏氏 「 史」 ( 児玉幸 多氏編. ―二七\ 7 九頁。. 陸 上交 通)」 同右 鎌 倉幕 府 の交通対 策 ( ( 11 ) 菊 池紳 一氏 「. 同右 ニ ニ ー\ ニ ニ ニ. 保 永 堂版 「 東 海 道 五拾 三次 」帰 国 展 ーカ タ ロ. ( 12 ) 丸 山 雅 成氏 「五街 道 と脇街 道」 頁。. 山 本 弘文氏 『 維新期 の街 道と輸 送 』 (-九 七 二年 二月 ). グ』 二四 •島 田 平成 八年三月。. ) 『 13 広重 (. ( 14 ). ―四四頁。. ( 15 )『 定本 柳 田国男集』第十巻 ( 16 )『 家 族 国 家 観 の人 類 学』 (一九 八 二年 六 月) 一四九 ー. 一五八頁 。. ( 18 )「 五 一 三十三年 目 」. (17 ) 「四 御先祖 にな る」. (19) 作 田啓 一氏 『 価値 の社 会学』 ( 昭和 四七 年 八月 ) 四 ―四. 1 四 一五頁 。 ( 20 ) 言 語構造上 、 日本 語 と比 べ、 ヨー ロッパ語 は 「あ る存. ( 21 ). 他 四篇』 一四六 頁. 伊藤整 在と別な存在 と の関係 を論 理的 に説 明出 米 る」(. 氏 『 近 代 日本人 の発想 の諸 形式. 一九 八 一年 一月 ) こと が、 これを物 語 っている。. 一九 九 二年十 一月 )三六. 「日本 人 の道徳 意識 」と題 す る柳 田国 男 と の対 談。 『 柳. 宮 田登氏編 田国男対 談集 』 (. 昭和 四七年 八月 ) 一八六 I 一八七頁。 切腹 の話」 ( 『. 三頁 。 ( 22 ). 平 成六 小学生 の音楽 4』 ( 市 川都 志春氏 『 代表著作者 11. 文 化 」受 容 の共 通 ·基礎 事 この点 は、広 い意味 での 「. 年 二月 ) 四0頁 。. ( 23 ). ( 24 ). 近代交通成立史 の研究』四00頁。 『. (一九 八二年十 一月 )四四頁。. 項 と 考 え て良 い。 桜 井 徳 太 郎 氏 『日 本 民 俗 宗 教 論」. ) 宇 田氏前掲論文 25 (. 文化 」五 ー 一号 (一九九 三年六月 ) 二O六頁。. 文 学 ・芸術 ・ 道 の奇跡ー歴史 民俗学的試考ー 」『 拙稿 「. 設定がなされ ている こと に注意す べきだろう。. 圧倒 的 多 数 を占 め て いた にも かか わらず、 か か る状 況. が、当 時 東 京 ー北海 道 間 の旅客 シ ェアは既 に航 空 機 が. ) こ の歌 が流 行 った のは 一九 七 七、 八 年 頃 と 記 憶 す る 26 (. ( 27 ). - 75 -.

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参照

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