岡山大学経済学会雑誌
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「
国家 と民族
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上)
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訳)太
田仁
樹
《翻
訳》
カ ーノレ ・レソ ナ ー 【訳者解題】 カール ・レソナー (Renner,Ka
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は ,オース ト1)ア社会民主 主義運動を代表す る人物 で ,第一次世界大戦 の後 にオース ト1)ア共和国初代 首欄を ,第二次世界大戦 の後 には第二共和 国の大統領をつ とめた。 オース トリア社会民主党 は1
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年9
月に民族 間題に関す る有名なブ リュン 綱領を採択 したO ブ リエソ大会に先立 ってお こなわれた民族 間題 に関す る議 論を リー ドした論客 の代表が レソナーであ った。 レソナーは1
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年2
月9
日 に民族 間題 に関す る講演をお こない,ブ リュソ大会 の後 に シ ノブテ ィクス (Synopticus)とい う偽名で小冊子 の形 で出版 した。 ここに訳 出 した 『国家 と民族』 がそれ である。 この著作 のなかで レソナーは地域原理 と個人原理を 区別す るオース トロ ・マル クス主義に特徴 的 な民族 理論 を展 開 した。 レン チ-の民族理論 は ,その後 オース トリアの後輩 オ ッ トー ・バ ウア一に継承 さ れ るとともに , ロシアのポ リシ ェヴ ィキか ら厳 しい非難を浴びた。 レソナー ー の民族 自治 の構想はその当時には実現 されなか ったが,EUの先駆 をなす も のであった とい う評価 もある。 日本 で レソナ ーの民族 理 論 につ い て検 討 した文 献 と してほ ,須 藤博 息 『オース トリアの歴史 と社会民主主義』(信 山社,1
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年)お よび倉 田稔 「レソナー」 (丸山敬一編 『民族 問題- 現代 のアポ 1)ア- 』 ナ カニシャ出版 , 1997年 ,第三章)があるOほかに 日本語文献 として,法学関係で二種類 の翻 訳がある。後藤清訳 ,カルネル (偽名)『法律制度-特に所有権 の一社会的機 能』 (叢文閣,1928年),加藤正男訳 『私法制度 の社会的機能』 (法律文化社 , 1968年)0
訳 出 の 底 本 は,Synopticus,Staatund Nation・.Zurdsterreichischen Nationalitatenfrage:Staatsrechtliche Untersuchung uberdiem6glichen Principlen einer L6sung und die juristischen Voraussetzungen eines Nationalitatengesetzes,Miteiner Literaturiibersicht,Verlag von Josef DietlBuchhandlung,Wien,1899である。テキス トの入手については相 田慎一 氏にお世話 にな った。記 して謝意を表 します。 序言 1899年2月9日にお こな った この講演 を ,聴衆の さまざまの励 ま しに よっ て ,私 は印刷に付す ことに したD政治家- 特にオース トリアの政治家-に とっては,この講演はあま りトリアの政治家-に理論 的 で あ り,オ ース トリアの理 論 家 トリアの政治家-に とってほ ,あま りに政治的である。われわれに とって ,両者は遠 く離れた職 業部 門,生業部門である。われわれはプラ トンの 「政治学」 と違 うだけでな く,その反対物をつ くらね ばな らない。われわれは政治家に対 して哲学者 で あるだけでな く,原則 として非哲学者 である。国家学 と政治 を概括的に観察 す る者 は,双方 のギル ドか らとか く不正競争 の嫌疑をかけ られやすい。学 問 的政治をや りこめ ,政治的学問をだ まらせ るや っかいな状況である。 カー ド が新 たに切 られ る歴史的幕 間においてだけ ,この肩越 しの助言者に発言が許 され る。多少その徴候 が現われたので ,私 も敢 えてお こな うのである。 この文章 が出た とき,フ ォン ・-ル ン リッ ト博士が法学会で 「法律概念 と しての民族 (Nationalitat)とい う講演をお こな っていた. この標題 は私を極
「国家 と民族」 (上) 359 度に緊張 させた. とい うのはそれは私のテーマで もあったか らであるO-方 での諸個人の集合 としての民族 と個人の民族心理的性質 としての民族 とを活 的にい ったい どの ように把捉す るのか ? 国家において,法秩序において民 族は何を望むのか ? 民族諸政党は どの よ うな役割 をそれ に求 めてい るの か ? 政治的ス ローガンは法的に表現す るとどの ような内容なのか ? この 騒 々しい権力闘争は どうした ら平和的な法関係に変わ るのか ? 従来の学問的諸見解 と既存の法律的事情の概括に着手 し,民族問題 (Nat -ionalitatenfrage)が公法における言語の通用の問題に還元 され ることを知 っ た とき,私は迷 いか ら醒めた。それはかつて形式的な ものであった し,今 日 で もなおそ うであるように思われた。その背後にある物質的利害 とは ? 民 族政党の政治的権力志 向は ? ベ-メソの国法 とは ? ドイ ツ人 の干渉 と は ? 「諸言語の同権」のためにだけ闘争 が お こなわれ てい る とい うこと は,一体本当のことなのか ? 国家基本法に記 されて も,この 「諸言語の同権」は法的には笑 うべ き誤 っ た概念なのか ? 何 らかの考えられ る法律体系において,言語が権利を もっ こと,あるいは権利対象になることは可能なのか ? 母語を話す人間の権利 としてさえ も,それは個人的 自由の一般的権利 の法的に無意味なおまけ とい うべ きなのか ? それな らば,すべての人のい うことをその言語で聞 くとい う国家 の義務の意味を もつにす ぎないだろ う。 どの民族に対 して この義務を 果たすのか ? 次の ような法規でもって,チ ェコ人の希望はかなえられ るの だろ うか ? 「ドイツ人だけが国家官吏に任用 され るが,彼 らは広 く使われ ている言語をマスターせねばな らないのか ?
」
好都合にも,この講演の 目的は,民族帰属が権利の基礎 であるべ きで,そ れを公法的資格 として しっか りと確定す ることが必要だ ,と明確に しめす こ とである。 「ツークソフ ト」 に載 った クラマ-シュの論文 も講演 と印刷の間に現われ た。そ こで彼は地域的 自治を認め,民族的 自治に味方 した。 この表明に どのような意義を与えるかは,読者には以下で明らかになるであろ う。 もしこれ が理論的にだけでな く政治的に も考 えられ ,クラマーシュの党で是認 され る な らば,調停行動の主要点は解決 され ,私の説明は予想 した よりも現実的で あ り,平和を希望す ることができる。だが私は報告が信頼 されないのではな いか と危供す る。 著者
Ⅰ
NTERARMAS
I
LENTLEGES.
武器を持 った争乱においては法は沈黙 す る。闘争に よって,既存の法律状況が採 るが され るだけでな く,将来の法 律 の形成そのもの,すなわち時代の問題を理論に法典化す る作業が不可能に なるCその問題はなおも長 ら く権力問題であ り続け るOだが激 しい闘争の二 年後 の今 ,短い鎮静が ,すなわち燃えるような熱狂に代わ る意義深い冷静 さ が,両陣営で現われているように思われ るOわれわれは,内政におけ るケ一 二ヒグ レーツを経験 している. このケ-こヒグ レーツには勝者はないが,漢 もな く1
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条に従 って- ソガ 1)一に巨額の戦争賠償金が請求 され るQある民族 (Nation)を他の民族に よって,ある人種 (Rasse)を他の人種に よって支配 させることで ,オース TJ)アを統治す るとい う考えの敗北が確証 された。権 力問題は同等な無力 さとい う意味で決着がついた。だか ら残 っているのほ一 層の妥協だけであった。協定の様式 ,すなわち民族的勢力範囲の区画の基準 となる原理についてだけが ,なお問題 とな っているのだ。 今 日まで闘争 は決 して原理 をめ ぐる闘争 ではなか った 。 最 初 は チ リ, ヴェッケルス ドル7,あれ これの宮廷 の官職 ,この学校 ,あの役所 ,ついに はベ-メソ,メ- レン,シュレ-ジエ ソの全 ての役所 で闘争 が起 こった。 チ ェコ人の役人層は多かれ少なかれ独 占的な職務権限を得 ようと闘 った。わ ずか一世代前には ,なお-ブスブル クの全額邦 と ドイツ民族の神聖 ローマ帝 国に役人を供給 していたオース トリアの ドイツ人ブル ジ ョアジーは,帝国, -ソガ リー,ガ リチア,ついにはべ-メソ王の諸邦 とアルプス地方のスラブ「国家 と民族」 (上) 361
人部分か ら駆逐 され ,旧世襲領の小 さな領域を頼み とす ることにな った。 こ の事実の物質的意味が ドイツ人の側の熱烈な防衛意識を説明す る。民族原理 (Nationalitatsprincip),疏-国家の理念 ,同権 と自治の要求が,基礎にある 物質的利益をまとめるとともに ,覆い隠す ことになった旗印であった。闘争 の全期間において,これ ら諸原理はほ とん ど説明され ることがな く,法律的 定式化 さえ一度 も試み られ ることがな く,この種の公法学的な考察 も軽視 さ れていた。権力問題はその ような もの としてあらゆる点であか らさまに扱わ れていた。 今 日,闘争す る老すべての刀がたた き落 とされている議会停会の後では, 法律問題や原理問題を捉起 し,解決の考 えられ る原理か ら可能で必要なもの を探 り,解決一般がは じめて可能 となる法律的な前提を確認す ることが ,時 宜を得た ことと思われ るO この研究はその結論そのものと同 じ様 に簡単 ではあ りえない。 おそ ら く オース トリアの問題は,諸関係の複雑性 と例外性に よって,近代国家のあら ゆる問題の中で最 も難 しいものであろ う。 ここでは安易な処方隻を適用す る ことに頼 ることは困難であるo民族問題 (Nationalitatenfrage) を構成す る 個 々の民族的諸問題 (nationalenFragen)の多様性がそれに加わ るo近 く君 主国全体に布告 され る言語法に よって,民族問題を一気に解決す ることは考 え難いO とい うのは どの法律的秩序 も平和 の秩序 であ るか らであ る。それ は,先行す る勝敗 の決 まらない闘争の後 の妥協 の結果 で あ るか ,勝者 の独 戟 ,すなわち勝者の意志 (Sicvolo)であるかである。 ドイツ人 とチ ェコ人の 闘いは頂点に達 していたo ここでは妥協が可能 と思われ る。それに対 して, ドイツ人-ス ログェニア人間題 ,イタ ドイツ人問題 ,イタ リア人-スラブ人問題 ,そ して と りわけポーラン ド人-ルテニア人問題 は妥協に達す るまでにほは ど遠い。 ここでは諸政党は闘争を欲 し,こちらではある政党が なお勝利を望み ,他方では別の政党が現状 (Statusquo)を耐え難いもの と 感 じ,闘争を引 き受けている0
これ らの場合に,闘 う両者の自発的な和解に期待す るのは,ユー トピア的 である。 これ らの場合には,強力な第三者の意志が闘争を最終的に決定す る ことができるか ,ア ドホ ックな休戦の決定が可能であるかである。 いま日程にのぼ っている言語法が成立すれば,それは憲法の場合を除いて 唯-の部分的暫定措置であるoわれわれの将来の発展は,われわれが最終的 な解決形態に到達す るまでの暫定措置か ら暫定措置への前進である。最終形 態そのもの,すなわち発展の終点は,今 日では現実的ではないo Lか しそれ に もかかわ らず ,われわれは どこ-向けて航海 しているのかを知 らねはな ら ず ,目的な しに道を選べないのだか ら,われわれは考えられ る最終 目的を推 し量 るよう努めねばな らない。 したが って複数の民族 (Volksstamme)の平 和的な共存が可能なのはどの ような方法のもとでなのか,とい うことを問題 にす ることが必要であるOそれに よって初めて,われわれは次の行動のため の指針 となる観点 とわれわれの 目下の準備行動の合 目的性についての判断 と を得 ることができるのであるC ある最終的解決の方 向にすべての暫定措置が 向か っていないな らば,われわれは 目的へ の道 を閉 ざ して しま うに過 ぎな
い。
に もかかわ らず ,この非現実的でかすんだユー トピア的な最終結果以上に 現実的な ものはなに もない。それについての明確な洞察な しには,どんな実 践的な提案 もない。法律 と規則に よって民族問題を調整す る最終的な原理を 科学的な方法で研究す る以上に必要な ことはなに もない。 この ことはかつて ほ とん ど試み られなか った ようだ。そ の よ うな試 み こそ ここでの課題 であ る。それは実践的な提案ではな く,その成功のために必要な手段 ,すなわち 不可避の準備作業だ と考えられ よう。 この課題においては,いかに政治的なス ローガンとして好都合であろ うと ち,諸民族 (Nationalitaten)の同権の原理はただちにわれわれを窮地に追い込む。1849年 3月4日の欽定憲法の第 5条に よれ ば ,「全 ての民族 (Volks -stamme)は同権である。」そ して この条文は公民の一般的権利についての国
「国家 と民族」 (上) 363 家基本法 の第19粂第 1項 において くり返 されている。法律的な形態での この ス ローガ ンの受容が如何 に不適 当な ものかを示す のには ,この立法について の グソプ ロヴ ィヅチの批判を見れば十分であるO 「われわ れ は , コル ポ ラチ オ ンや ア ソチ アチオ ンがいかに法 の担 い手 た りえ ,それ を実行 で きるのか を ,法学に よって確実に知 る。 しか しなが ら民族 は ア ソチアチオ ンで もコル ポラチオ ンで もな く,法学的意味での 「法人
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」で さえな い。」- 「あ らゆ る法 の不可欠な前提 ,しか も法の担 い手た る主体 の明確 で 厳密 な概念が-・-われわれには欠けているので ,この ような定義不能 な民族 とい うものが どうしてそれに属す る権利を行使す ることがで きるのか ,ます ます理解す ることがで きないのである。」- 「1849年 の3月 憲法 の第5条 で ,その解決 の鍵があたえ られ ることな く,われわれに謎 が掛け られてい る 事柄 を ,われわれ の望む よ うに変 えることがで きる。われわれは 「民族」 と い う語 で立法者がなにを考 えているのか知 らない し,オース トリアに どれほ どの民族がいるのかについて信頼すべ き説 明を与 え られ ることもない。」 (そ の一方 で,帝室直属地 の構成 と範 囲は憲法に よって確定 されている。)「最後 に ,(どの ようなや り方 で民族が)法の担 い手 であ りうるのか につ いて も知 らない。」 「諸民族 の同権」 についてわれわれに残 された唯一 の可能 な解釈は ,ネガ テ ィブな もので ,それに従 ってわれわれは ,いずれの民族に帰属 しようとも どの公民の場合 において も政治的な権能 の縮減を招かない,とこの法律上の 規定を理解 している。- それは もともと 「法の もとでの公民の平等」 につ いての規定がすでに表 明 していることを く り返 して い るにす ぎな い のだか ら,当然 この解釈 に よれば ,規定全体は全 く余計 な賓言であることにな る。 したが って,この規定が全体 としての民族を引 き合いに出 してい るな ら, 民族 は法的主体 ではないのだか ら,この規定 は不可能 である。個 々の個人に ついて言 っているのな ら,法 の もとの平等 は もともと憲法で確認 されている のだか ら,この規定 は余計 な ものである。こん どは次の ような異論が となえられ るだろ う.一般的な原則は独立 した 法規ではない。それは手に入れた具体的な諸法規に よる具体的な法的諸関係 の調整 のための方針にす ぎない。 しか しこの点に関 して も 「同権」はわれわ れに とって明らかではない。 どの ような具体 的 な場合 にそれ が現 れ よ うと ち,それは次の ような こと以外には何 も語 らないか らである。法秩序が個人 に対 し権利を承認す るたびに,この権利は一定の民族的帰属に依 るものでは な く,公民であることその ものに帰せ られねばならない。原理はネガテ ィヴ な ものである。 この平等な権利の内容 となるべ きことについては,原理は何 の説明も与えない。権利の実体の限定 ,すなわち国家のものを国家に,諸民 族の ものを諸民族に与えることこそが問題なのである。 それに加えて次のことがある。国家においては,どんな公職に対す るどん な権利 も,君主以外の誰 も持 っていない。個人が どんな公職に も権利を全 く 持たないときに,どの民族 (Nation)に属す る者に も同権 とい うことが一体 どの ように認め られ るべ きだろ うか ? そ して公職問題 こそが重要な争点で ある。 ここで同権の基盤の うえでの法的な規定を どう考えるのか ? 役所の 権力は王の大権であ り,あらゆ る民族闘争 (Nationalitatenkampfe) に もか かわ らずそ うであ り続けるだろ うo この種の法的な規定は どれ も王-の願望 であ り,その実現が内閣や多数派に依存 している。同様に,どの ような権利 も同権 も問題 とな らない多 くの民族的争点が存在す る。 にもかかわ らず法的 ,法律的調整なのか ? 下院で唯-の多民族にまたが るイ ンターナシ ョナルな政党 ,すなわち社会 民主党- それは,少な くともその ことを認める勇気を もっている唯一の政 党であるO他方で,教権的なキ リス ト教社会党 もそ の敵対者 がイ ンターナ シ ョナルであることの反映 として少な くとも同様にインターナシ ョナルな性 格を持つ- は,この問題 に別 の定式化をお こなった。それは諸民族の 自決 梶 (SelbstbestimmungsrechtderNationen)を要求 してい る。確 かにそれ は,これか ら見 るようにポジテ ィヴな原理である。 しか しそれは,どの よう
「国家 と民族」 (上) 365
な具体的な法人に これが帰属す るのか ,全国家的な 自決権 と民族的な 自決権 の間の境界線を どの ように引 くのか とい う問題についての立 ち入 った説明を 全 くしていない し,明らかに回避 してさえいる。
確かに民族 (Nationalitaten)を公法的お よび私法的権利の法的主体である 帝室直属地に変 えて も,事柄は適当である。 しか し帝室直属地の自治は諸民 族の自治 (AutonomiederNationen)の意味 とはほ ど遠い。それが何を意味 す るかは後述す る。
中央集権 的 にか ,連邦主義 的 にか ,帝室直属地 の方法 でか ,民族 自治 (Nationalitatenautonomi e)の方法でか ,民族間題を どの ように調整す るつ
も りで も,調整が法的 ・法律的であるべ きな らば,まず問題 としなければな らないのは ,権利が誰に認め られ るべ きか ,その内容は何なのか ,どの よう な刑罰規定があるのか ,その不可侵性について どの ような確実な保証がある のか ,である 言語法に よって整序 ・保証 され るべ き国家行政に対 して,民族 (Nation) その ものがある法的な介入をす る必要が ,政治家たちの念頭に も浮かぶ場合 に,彼 らは これを,公民の どの ような権利 と義務であろ うと自然人 と法人そ の ものに基礎を置いているとい う,実体的な意味での法律の本質であるとは 考えずに,一定の行為 のための権力授与 と委任を官庁機関に許す行政命令で あると考えた。後者は実体的意味での指令である。指令方法をめ ぐって闘争 がなされた。 これは,その ような指令のための立法権だけが権限のあるもの であるとい う形式的な意味を持つにす ぎない ものなのか ,あるいは,ここで は内部的な公職魁織 の問題だけでな く,個 々の公民や全民族の重要な利益 も 考慮 され るとい うより深い意義を持つ ものなのであろ うか ? 問題 とな って いるのは このことではないのか ? もしそ うな ら,「民族的」諸権利 もそ う推 定 され る者に属 さなければな らず ,官庁 の権限 と義務の形で現われ る必要は ない。 あるいは諸民族はその諸権利の保証を望 まないのか ? しか し正確に 定式化 された憲法上の公民の権利がない ときに,合法的な官庁活動に対す る
いかなる保証があるのか ? この場合 ,帝国裁判所 も行政法廷 も権限を有 し ない。ただ大臣の責任があるだけであ る.今 日では誰 で も知 ってい る よ う に ,これは民族間題におけ る保証 とはな らない。法律的方法で命令を発すれ ば,なんらかの民族的権利が保証 され る,とい うような欺満に身を委ね るこ とだ。 永続的な解決は,実体的な法に よって しか可能でない。すなわち官庁のた めの訓令を意味す るものではな く,特定の民族性を有す る公民たちお よび諸 民族に,完全に規定 された内容を持つ主体 的公法的権利 を保証 す る規定 に よってのみ可能なのである。法的主体 と法的な内容の正確な確定が不可避 の 法的先決問題である。 すでに最初の形式的な前提 ,すなわち法的主体の確定において,様 々な考 え うる原則に出 くわす。その一つに立場を決めねばな らない。民族帰属の理 解は多面的な科学的討論の対象であ り,特に統計学の重要な課題である。 こ れに関 して と りわけ1874年 のペテルブル クの国際統計学大会の討議 とそれを 補 ったフィッカーとケ レテ ィの意見を参照 されたい.民族性を確認す るため には三つの可能性がある。 1.民族学 的 な (ethnologische)標識 に よる確 定
,2.
母語に よる確定 ,お よび3.
日常語 (話 し言葉) に よる確定 であ る。大会は,問題 の統計的把握に対す る合 目的性を考慮 して最後 のものに賛 成 した。 民族間題の国家的調整に とって,この三つの標識の どれ も十分な ものでは ない とい うことはいまや明らかである。清輝 的 な方法 で結論 を求 め るまえ に,類推に よって事柄を明確に したい。 民族闘争 (Nationalitatenkampf)に類似す る国家的 ・社会的生活の領域が あるだろ うか ? この領域は しば しば説 明されているが ,ほ とん どす っき り した理解に達す ることができない。 しば しばわれわれの民族闘争に似ている 異なった信仰間の問題は,数世紀にわたる抗争の後に,現代つ ま り近代法治 国家において,平穏 とまでは言えな くとも法的な妥協には到達 したo市町村「国家 と民族」 (上) 367 や地区や領邦で,自分の行政部を持つ複数の信仰がほ とん ど衝突す ることな く共存 しているo信仰生活 と民族生活の権利の内容が全 く異な っていても, 信仰 と信仰 との間お よび教会 と国家 との間の形式的な権利の区分- ここで は これが問題 となる- が ,豊富な燥比を示 しているO 信仰-の帰属は どの ように調整 されているか ? どの信仰 も個人の所属そ れ 自体を変えられない ものであると考 える傾 向があるO洗礼 ,割礼等 々はぬ ぐい去 ることのできない ものだ とい う印象をわれわれに与える。信仰そのも のも国家的生活のなかで決め られ るか ぎ り,それは恒常的な対立 と闘争の源 泉である。世俗の共同体 としての国家は,歴史的 ・経済的には共存せねばな らない,互いに排斥 しあい攻撃 し合 う信仰上の立場を顧慮す ることはない。 国家は個人の意志の明確で 自由な宣言を重視 し,全 く宗教的 ・儀式的でない この行為に信仰の領域での権利創造的な力を授けるO成年者は法的には 自由 にその信仰を選び,未成年者については親権者が選ぶ。国家に とっては礼拝 の主宰者への宣言で十分である。 また法について言えば,共通の意志 として の法秩序は,いつ も個別の意志だけに向か う。法人のものでも,自然人の も のでも,宣言 された意志は,法的生活の魂である。あらゆる法的関係は,意 志関係の形態を受け取 る。法的財 ,つ ま り物質的お よび観念的利益は諸個人 の意志内容 として現われ るOその命令においては,法は土地や建物に向か う ことはないoそれは人間の意志だけに向か うことができるo別様に考えるこ とはできない。民族帰属については,その権限のある官庁の前で,諸個人が 自由にその民族性を宣言す ること以外には決めることができない。 この諸個 人の 自己決定権があらゆ る民族 自決権の相互関係を形成す る。生来の帰属民 族か らの離脱が人種的民族主義者に とって不快な ことであるのは,宗 旨替え が信仰深いものに とって不快であるのと同様である。 この ような出来事の判 断は,国家の法ではな く,民族の道徳に帰属す るものである。 民族性の概念を正 しい と,すなわち従来の学問研究の成果に照応す るもの であると考えるな らば,この出来事を論争の余地のない もの と認め させなけ
ればならない。今世紀の間の民族性概念の発展を追跡す ることは ,ここでは できない. これについては末尾に付 され る文献一覧を参照 されたいo どの場 合 も用語法が確定 しているOそれに よれば国法的概念 としてのVolkは法的 平等を ともな う国家制度への帰属を表 し,Volksstammは方言 の同一性 を も つ民族学的(ethnologische)な共属を表 し,Nationalitatは この文化的共同体 の表現 としての価値 ある民族文学を もつ精神的 ・文化的共同体を表す。精神 的 ・文化的共同体-の帰属について,この帰属意識 の他に どんな基準が存在 できるだろ うか ? 「母語」ではだめだ。た とえばシャミッソーは精神的 ・ 文化的に ドイツ民族に属 している。 「日常語」 も同様にだめだ。 とい うのは, ロン ドンに亡命 したイ タ リア人は ,た とえ英語だけを使お うとも,イタ リア 人であ り続けるか らである。明確な民族性宣言 よる以外の方法で,法的生活 のための民族意識 は一体 どの ように把握で きるのかO もちろん,民族生活は主に言語共同体に よって表現 され るo Lか し,これ は民族的な人種一共通意識 の本質的な表示形態ではないOオース トリアにお けるスラグ諸民族の共属感情は,彼 らが- しば しば一緒に行動す るが-ドイツ語を話す ことよって,明示 され るべ きなのだろ うか ? これに関 して は ,私はグソプロヴィッチの言 うことを引用す るに とどめ る。 「同 じ言語 を 使用す ることで しか明示 されない民族性について語ろ うとす るな ら,それに もかかわ らず ,この ような民族性 の領域で こそ積極的民族性 と受動的民族性 とを区別せねばならない とい うことが残 る。教養階級だけが共同体的な民族 文化の意識を持つ。彼 らは 自民族 の教養ある言語 ,文章語のなかにその表現 を兄いだすのである。教養のない大衆は この意識を持たない。彼 らは純粋な 真の民族意識の能力を持たない。彼 らには共通の種族 的帰属 (Stammesa n-geh6rigkeit)や宗教的帰属についての理解 しかないOある程度の文化を前提 す るより高度な真の民族感情はつねに どこで も無縁なものであるO彼 らには 言語は地方的 ・種族的 (ethnischer) ・信仰的な共属性 の徽章 なので あ り, 精神的な文化共同体の表現ではないのである。諸民族 の公的生活の非常に多
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くの現象が この違いか ら説 明され る。た とえば,民族的 (nationale)熱狂 と その企てはほ とん どすべて教養中間階級か ら生ず ること,その際に民衆はほ とん ど引 き綱につながれているだけであること。 この点ではニー トフェース が述べていることは全 く正 しい。 「--民族運動の先頭に立つ人が いかに奮 闘 しようと,民衆 (Volk)の名においてその要求をいかに大 きく掲げ ようと ち,その概念は民衆 自身には無縁のものであ り続けることがわか る。」 この意見が ,と りわけ引 き綱のイメージについて,いかに真実であろ うと ち,ニー トフェース以後 この批判の客観的な基礎は変化 しているO下層 の民 衆は今 日では文化を得 ようと努めてお り,民族 の文化宮殿 の門を叩いてい る。 しか しその民族間題は全 く異な った内容を持 っている。それは自民族に 向って,文化財-の参加の権利を要求す る。別の運動の指導者 ,すなわち単 なる民族的な運動の指導者は,異民族に反対 している。それゆえに後者は他 の諸民族 の敵であるが ,前者は- 諸民族の支配集団は珍 しく団結 して宮殿 の扉を閉めてお こうとす るのであるか ら- インターナシ ョナルな ものであ るO プロレタ リアー トがオース ト1)アの政治に参加す ることで,民族問題は 権力問題か ら文化問題になるのである。 では上述の意味での民族性宣言はいかなる意味を もつだろ うか ? 国家基 本法19条に よれば,全ての民族 (Volksstamme)は平等の権利を持つ。 どの 民族 もその民族性 と言語を保持 し保護す る不可侵の権利を持つ。.権利は 「不 可侵」ではあるが ,上述 した ように,権利主体だけが持つ ことができるので ある。権利主体だけがその侵犯を訴えることができる。訴えることができず 実施できない法規は,法規ではな く,かなわぬ望みである。民族 (Nationali -tat)の権利が存在す るのだか ら,既述の宣言に よって証 明 された民族 帰属
(Nationszugehorigkeit)が ,カ トリック教 ,成年 ,父子関係等 々の ような個 人の法的な身分一資格であるとい うことは必然であるC これが個人の公法的 権利を基礎づけ るのであ り,その本質的内容は以下の ように要約できる。
付与 とその負担の分担の義務であ り,自民族に対す る権利 の主張 と責務で も ある。市民的諸政党は民族間題 のなかに国家 と民族の関係お よび民族 と民族 の関係 しか見ない。彼 らの闘争 目標は,まず もって消極的な役所 の権力であ る。 この点にはほ とん ど関心がひかれない。それに対 して,需要 と供給の法 則に よってベ-メソ王の諸邦の外へ叩きだ されたチ ェコ人労働者に とって最 重要であるのは,チ ェコ語の教育団体を創設 し,自民族に よる無償の法的保 護を要求す る権限を持つ ことである。 しか し,ガ リチアの小都市に駐屯す る ドイツ人の将校に とって も,その子 どものための ドイツ語の授業を助けるた めに費用を分担す るように 自民族に要求す ることは重要な ことであろ う。 白 民族に対す る権利 もあるのである !0 2.民族的諸権利 の侵害事件ない し民族的な迫害 お よび民族的動機に よる 個人の法的資産の侵害の場合における,民族的に異な った個人お よび団体 と しての異民族集団の告訴の公認。た とえば外交的方法で賠償を得 るオース ト リアのイギ 1)ス人 よりも,オース トリアのオース トリア人が無保護でない と すれば,罪のある個人が確定できない場合には,チ ェコ人に よって略奪 され た場合は ドイツ人が, ドイツ人に よって略奪 された場合にはチ ェコ人が ,輿 民族集団に対す る賠償訴訟をお こなわねばな らない。
3.
国家の勢力範囲が民族集団(
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その ものに留保 されてい る法的分野に拡大 され る場合に,国家に対す る民族的権利の保護の公認。 民族的権利 の内容は,上記にスケ ッチされた ものだけである。 ここでは個 人の問題を体系的に展開す るか どうかが問題であった。 しか し,法的関係が 闘争に代替 し,民族問題が法的に調整 され るに して も,まず法学的な標識に よって権利主体を確定 しなければな らない ことは明白である。 したが って, この資格 ,すなわち主体的公法的権利は,問題 の法的解決に とって不可避の 法学的な前提であるo上述の宣言を ,現存の名簿に登録す るのか ,自分の民 族名簿に登録す るのか,あるいは制度全体の主要 目的に よっては学校の名簿 に登録す るのかは,合 目的性 の問題である0「国家 と民族」 (上) 371 主要問題は,法人 としての民族
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の阻織である。 この決定 的な点で,50年来相変わ らず民族を帝国直属地 とす り替 えるなら,民族間題 を解決す ることはできない。あるいは帝国直属地の 自治に よって民族的平和 が確実に帰結す るとあらか じめ証 明す るのだろ うか。 この証拠が捉示 されな い限 りは,国家お よび地方行政の多少の分権化の問題が言語間題に取 って代 わ ることはない。二つの問題が極めて密接 な関係 に あ る ことは明 らかで あ るo Lか し理論的な考察に とっては,一定の問題 で研究対象 を入れ替 えるこ とは妥当ではない。民族集団は争 う党派 ではな く,政治 的な乱暴者 で もな く,重要だが平和的な法的構成要素であるべ きなので,法的生活を もつすべ ての被造物 と同様に,人格 として扱われ ることを望むに違いな く,帝国直属 地が混血状態で揺 りか ごに入れ られ るのを甘受す ることはないo民族集団が 特定の帝国直属地をその ようなもの として,すなわち地域的な範囲であると 規定 し,それ以上にその住居やその故郷だ と規定 しないな らば,ことは違 っ て くる。 帝国の衰亡に関す る確かな努力や組織的な労働をすべて無駄な ことだ考え る宿命論者がいる- 現在その数はオース トリアで非常に多い- 。彼 らは 民族問題に関わ る利害を際限 もな く過大評価 している。なぜなら彼 らはわれ われの選挙制度やその諸結果お よび 日常的喧騒に よって編 され ,上述 した引 き綱を断ち切れない ものだ と考えているo危機が純オース Tl1)ア式に駄 目に されて しま うことを恐れ るべ きである。 しか し今 日では街路標識が一言語で あるか二言語であるか とかその種の争いはもはや問題ではない し,上流 ・中 流階級に属す る ドイツ人 ,チ ェコ人 ,ポーラン ド人が官職に就 く見込み も問 題ではないO問題なのは完全な解体の後にオース トl)アを再建す ることなの である.オース ト1)アは,全ての民族が 自ら統治 し,どの民族の問題 も単独 で処理 し,共通 の問題はすべて一緒に処理す る よ うにつ くられ るべ きであ る。 どの特別の機能に とって も一般的な機構か ら-つの特別の機関が発生す るとい うことが,有機的な発展の法則であるので,国法的単位や物質的 ・社会的な利害の給体 としての国民 (Volk)お よび文化的 ・精神的な共同体 とし ての諸民族 (Nationen)は,特別な機能 のために も特別 な機 関 を必要 とす るOわれわれは社会的 ・文化的利益集団に応 じた法の分化の時代に生 きてい ないだろ うか ? 市民法典の本体か ら,われわれは商法 と手形法 ,鉱業法 と 海上法 ,労働法 ,工業法を切 り離 したO農業は固有の浩律を求めているQ至 るところ集団形成 と集団法がある。そ して,われわれの国制に とって最 も重 要な集団である民族集団 (Nationalitaten)は,法 的生活 に とって相変わ ら ず ,国家的法規 とい う衣服に順応 しない超越的な 自然児なのだろ うか ?
だか ら,無力な諸形態を取 り除 き,それ に代 わ って ,組織 され た諸民族 (Nationen)を !
しか しなが ら,それは他のすべてのものと同様な単な るきま り文句なのだ ろ うか ? それは民族性原理 (Nationalitatenprincip)の否認を意味 しないだ ろ うか ? この原理の本質は民族国家 (Nationalstaaten)の建設ではないの か ? 19世紀の歴史は,民族国家の建設の傾 向が最強の発展動因 となってい るとい うことを,反駁の余地な くしめ しているのではないか ? 特別国家に おけ るの とは異なった民族 の組織 の問題があるのだろ うか ? われわれはそ こか ら国家 と民族 (Nation)の関係を問題にす る。 ここで国家についての多様な定義を検討す ることは,われわれの意図では ない。本質的な諸指標を挙げれば十分 で あ る。 国家 は主権 的領土 団体 であ るO理解に不可欠の必要用件は
,1.
住民,2.
その魁織であるo これは個 人の単なる集合ではな く,個別 目的 と並んで全体 目的が妥当 し,全体意志の 形成 とその実現のための機関が生 じるのである。 この全体意志は,すべての 国家成員の個別意志 と-致す ることはな く,それゆえ一般意志ではないOそ うでないな ら,それは反抗者に対す る強制力の行使を必要 としなか っただろ う。それはその時 々の支配的な利益集団の意志の表現である。 3.全体意志 の絶対性,4.
領土に対す る主権団体の排他的支配。 しか し民族 (Nation)は文化共同体である。 どの ような原理で国家 と民族「国家 と民族」 (上) 373 の概念は一致す るのだろ うか ? まず第一原理。民族 (Nation)は諸個人の 共同体である。 しか し,それは結社 (societas)ではな く,共同体 (c ommu-nio)であるO個別化原理は ここでは全体意志ではないか らであ るO共 同性 は,少な くともまず概念的には意志の範囲にではな く,思考 と感覚お よび思 想表現 と感情表現の範囲,すなわちこの統一が具現 され る民族の言語 と文学 の範囲に存す る。それは全 く異な った人間的側面に関わ るものである。意志 一般を度外視すれば,支配的な絶対的意志は存在せず ,支配的な思想傾 向と 感情傾 向が存在す るO ここか らしか民族的相違は生 じないo民族性一意識は 一定の領土 と必然的関係を もつ ものでもない。 マンチ-ニやナポ レオ ン三世な どが定式化 した ように,民族共同体のため の国家 とい う特別存在 ,したが って民族の全体意志 ,主権 ,領土統治権を必 要 とす る民族性原理 (Nationalitaten-Princip)はいまや どこに行 くのか ?
これは国家 と民族 の存在条件か ら説 明され るO国家は法に よって生存 して いる。その生命はそれが法的命令に よって個別意志を従わせている全体意志 の形成に存す る。 しか し個別意志の全体意志への転換 ,全体意志の個別意志 -の転換は,自然諸力の ようには機械的 ・自動的には起 こらず ,人間の媒介 に よって起 こる。全体意志は効力を もつために言語的表現を受け取 る。 これ は人間の認識能力に依拠 している。規範が必要で合 目的的な ものであること の認識 ,それに対す る反抗の無駄な ことの認識が,個人の意志に とっての動 機 とな り,全体の思想生活 と感情生活か ら生ず るすべての他の動機に立ち向 か う。そ してすべての この動機 の関連 した力が決断に とって決定的な役割を 果たす。 この遠い回 り道に よって,は じめて国家秩序 と法的秩序は人間の行 動を調整 し,規定す るもの となるo ある法的規範が有効であるのかそ うでな いのかは,それだけか ら生ず るのではな く,すべての認識事象 と感情事象の 全体か ら生ず るのである。 中世の原始的な国家はほ とん ど任務 が な く,国民全体 に直接 に関係せず に ,ただ国民の極小部分である封建領主にだけ関係 していた。それはほ とん
どの人間 とほ とん ど意志疎通を しなか った。今 日では人間の事実的諸関係は 途方 もな く複雑な ものにな った。最 も有能な国民経済学者でも経済的諸関係 の全体を見通す能力はないOそ して国家は この事実的諸関係のすべてを調整 し,それを法的諸関係にす るのである。それはすべてについて特殊な名辞杏 持つ。法律的用語法だけが,使いこなすのが難 しい概念体系になる。国家の 命令は この形態で各個人に向け られ る。それは何 らかの民族文化に よっての み達成できるような高い精神的 ・文化的水準を要求す る。それは高度な民族 生活を前提す る。 しか し逆に,それ 自身は この文化手段に よって諸個人に影 響を及ぼすのである。国家の もとで生 きてい くためには,未開の靴を もつ民 族 (Volksstamm)は,発展 した民族文学を もつ民族 (Nation)になるか ,め るいはその ような民族に同化 しなければな らない。 しか し国家が民族に影響 を与えるには,民族的文化手段を利用 しなければならない。 ここか ら導かれ る最 も単純な結論は ,国家 と民族 が一致 しなけれ ばな ら ず ,そ うすれば国家装置は克服すべ き摩擦抵抗を最小にできるとい うことで ある。 民族は思想生活 と感情生活の共同体 ,だか ら純粋に内的な ものである。 し か し思想 と感情は表現 と伝達に よって,すなわち民族語に よってのみ共通の もの となるo思想 と感情はわれわれの中で理 由な く生ず るものではない。そ れは外的な出来事 ,とくに人間の行為 の反映である。それは,今 日ではほ と ん どすべての点において国家的に調整 され ,法的に決定 され る。民族的感覚 は,第一に国家組織に影響を受け ,国家秩序に より助長 された り制止 された りす る。国家秩序が民族的感覚か ら離れれば離れ るほ ど,民族生活は危険に さらされ ,その発展は妨げ られ る。 ここか ら導かれ る最 も単純な結論は ,民族 と国家 が一致 しなけれ ばな ら ず ,そ うすれば民族は発展に対す る抵抗を最小にできるとい うことである0 この二つの結論が民族性原理 (Nationalitats-Princip) を導 きだす ので あ り,それ らは疑いもな く正 しいC
「国家 と民族」 (上) 375 しか しどうして国家 と民族は現実に完全には一致す ることがないので蕗ろ うか ? それはまさに国家が,できるだけ よい民族的精神文化を保証す るこ ととは別の課題を もっているか らであ る。 そ の課題 は とて も重要 であ るの で,国家は別 の 目的を達成す るためにのみ,上述の摩擦抵抗 と発展に対す る 抵抗を忍耐強 く引 き受け るのであるO国家の法秩序は,上述 した ように,そ の時 々の支配的利益集団の意志の表現である。 この利益は,主に物質的な性 質の ものであるが,しか しすべての民族 (Nation)の支配階級に共通のもの である。それは空間の中で物質 として存在 し,一定の領土の中でのみ実現可 能である。だか ら排他的な領土支配が出来なければ,国家は考えられない。 国家の領土的発展は国家の中の支配集団の物質的利益に よって支配 されてい る。国家 と国家領土は分かちがたいのものだ と理解 され るが,諸民族は物質 的利害を追い,存在をかけた闘争が彼 らを渦巻かせているので,彼 らは領土 の中に混 じり合 っている。民族は領土団体 とは理解できないO ここか ら次の ように言える。民族性原理の主張は行 き過 ぎであるOなぜな ら,それは民族のすべての国家主権の返還を要求す るが,領土統治権や物質 的文化主権は民族生活の範囲外にあるのだか らであるO民族集団 (Nationalト taten)が きっぱ りと区別 されているところでは,国家装置は確かに単純であ る。その機構 のすべての主権の行使が可能だか らである。 しか し様 々な小民 族がごたまぜにな っていて,その領土が十分完成 されていず ,支配集団の国 家形成 の利益に間に合 うほ どの物質的基礎を供給できない場合には,根本的 関係を再建 しなければな らない し,別 々の社会的機能ために も別 々の機関の 体系が作 られ る。 この意味では ,国家 と民族 の対立は国家 と社会一般 と同様な対立である。 国家は法律的な領域支配である。社会は事実的な人的結合である。 これは人 間社会の発展において意義深い役割を果た した対立である。太古の共同社会 は血縁に基礎をお く人的結合であるO移動の必要性すなわち遊牧生活は,領 土 との固定的な関係を許 さなか った。国家-の定住がそ こには欠けている。
オ リエ ン トの大君主国や ローマ帝国は最初の大領域支配であ り,近代的意味 での最初の国家である。支配的利益集団が初めは民族であ り,経済的階級で はない とい う違 いが あ るだけ であ る。征服 され た者 は奴隷 や隷属異民 族 (peregrinidediticii)とな り,したが って法律的に没落す るか ,あるいは市民 として国家制度に受け入れ られ ,したが って全体 国家 のなかに同化 す る。 ローマ帝国に代わ って,種族帰属に基づ くゲルマ ン人お よびアラブ人の種族 国家 (Volkerschaftstaaten)が登場す る。 ここではまず征服 された種族は勝 者 と同様に権利 と言語を保持 し,二つの法律的に異なった種族 (V61ker)が 同一の領域に住む とい う現象が現われ る。それに もかかわ らず政治的には相 変わ らず一種族だけが権限を有 している。 カロリング朝の世界帝国は,その 民族的権利 ,言語 ,特性を廃棄 した り抑圧す ることな く,あるいは一定の区 分け直 しに とどめることで,初めて多 くの種族を統一 したo経済的階級であ る大土地所有者が支配 したのであ り,種族が支配 したのではない。バイェル ン人や フ リースラン ド人の もとで生活 してい ようとも,ローマの属州民は民 族的権利を保持 した し,フランク人 ,アラマン人 ,カマグィ一人 もローマ人 のもとでその権利を もっていた。判事は係争事件を審理す るまえに,「いか なる法に よって汝は生活 しているのか (Quojurevivis)?」と尋ねた。それ か ら当事者はその民族宣言をおこな ったoそれで判事は どの法に よって判断 しなけれ ば な らな い の か を知 った 。 い わ ゆ る個 人 原 理 (Personalitats -Princip)がおこなわれていた。カロリング王朝ではその支配のもと10民族が 異な った民族語だけでな く,異な った法に よって生活 していた。 近代国家はそれに代わ って地域原理 (Territorial-Princip) を採用 してい るQ汝が我が領土に住めば,汝は我が支配 ,我が法 ,我が言語に服す。 これ は支配の表現であ り,同権の表現ではない。移住者に対す る定住者の支配 , 需要に応 じなければな らない無所有者に対す る財産に固執す る所有者の支配 であ り,少な くとも,少数者に対す る多数者の支配であって,多数者に対す る定住少数者の支配ではない。 ここか ら民族国家 (Nationalstaaten)の領土
「国家と民族」 (上) 377 闘争が生 じ,国家 内での民族主義者たちの領土政策 も生ず る。青年 チ ェコ党 がベ-メソ王の領土の国法を望むのは,それが少数派に対す る支配を彼 らに 保証す るか らであ り。青年 ドイツ党が従来の ドイツ連邦諸邦の独立 ,ガ リチ アお よびダルマチアの除外 ,つ ま り青年 ドイツ党の国法を望むのは,それに よ りドイツ人の多数が保証 され るか らである。地域原理は決 して妥協 と同権 をもた らす ものでな く,闘争 と抑圧を必然的に伴 うだけである。その本質は 支配なのだか ら。 全体 としての民族は この支配に よっては勝利 しない。内部での移動 と人類 の広範な領域の密接な経済的接触の結果 として,民族は一定の非常に狭い境 界に制限 され ることはできない。故郷か ら出て くるすべての要素は,異民族 に とっては不法な ものである。一貫 した国法支持者は,ウィーンではチ ェコ 人がその民族性を表現す る権利を もたないことを容認せねばな らない。地域 原理は,自民族少数者の無分別な放棄であ り,古 くか ら定住 している所有階 級のための異民族少数者の無分別な支配を合意 している。民族思想が封建理 念 と混ぜ合わ され ,しば しば反民族的な もの となる。 もちろん主権国家 と主権国家の交わ りに より,地域原理に対す る防塁が国 際法のなかに存在す る。イギ リス人は祖国の外交的庇護があるので,プラ-の彼の事務所の扉に英語の貼 り紙をつけ ,そ この通 りでは,好 きな ように英 語をはなす権利がある。それで も彼は外国人である。 しか しオース トリアの ドイツ人はプラ-では無権利である。彼が 「チ ェコ人の土地」にいるか らで ある。彼は ドイツ語を話 した り, ドイツ語の看板を出す権利がない。 さもな くば虐待 や略奪 が彼 を脅 かす。彼 が略奪 され て も,誰 に訴 え るべ きな の か ? チ ェコ民族にか ? だがそれは法人ではない ! 注意すべ きなのは,
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年にわた って全オース トl)アの気を もませてきた この民族は,法的生活に おいては存在せず ,法律 と裁判に とっては形而上学的で超越的な形象である ことであるo もちろん この ことはチ ェコ人に対す る ドイツ人 ,ルテニア人に 対す るポーラン ド人等 々について も妥当す る。一言でいえば,どのオース トリアの民族集団
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も国内におけるよりも外国において庇護 さ れているし,どの外国人 もその自国の内国人 よりもわれわれの ところで庇護 されている。なぜな ら国内生活では地域原理に対す る矯正がな く,その民族 の誰 も保護 され ることな く,報復措置 ,すなわち復讐に よる以外には誰 も保 護 しないか らであるo これは法的状態ではな く,潜在的あるいは公然の内戦 状態である。 民族集団を構成 し,権利 と責任を付与 し,宣言す る必要が生ず る。 どの民 族成員 も帝国のあらゆる部分で- もちろん後 で説 明す る等級づけを されて - その民族の庇護を受け ,負担 と義務を担 う。要す るに,地域原理ではな く個人原理が基礎に置かれ ,民族は領土団体 としてではな く人的団体 として 構成 され るべ きで ,国家 としてでな く民族 として,伝説的な国法ではな く生 き生 きとした民族的法律(
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に従 って構成 され るべ きである。 も ちろん,領土な しには どんな民族 もない し,その内部構成は住民の地域的区 分か ら独立であることはで きない。個人原理が民族集団の区分 と諸個人の集 約を もた らす構成的原理であるとすれば,地域原理は組織原理 としてのその 意義 ある役割を果た さなければな らない。 しか しこの種の建設の不可能性をあらか じめ主張 しようとす るな ら,次の ような ことを念頭に贋かねばならない。 まず形式的には言語に関 してだけで な く,- 今 日どの程度適用可能かほわか らないが- フランク世界帝国の 公法 と私法の全体について も,個人原理は優勢であ り,そ こで多 くの民準集 団の共生を可能に していた。第二に,この体制はすべての異民族 ,いわゆる オ リエン トの 「フランク人」に とって,言語に関 してだけでな く,私法や刑 法に関 して も有効な法体制 である。 カール大帝の法制度 もオ リェソ トの事情 も特にたいていの人 々を驚かせ るものではないであろ う。第三に,この原理 は ,われわれお よび高度な文明諸国では,信仰-の確固たる力 ,その生命力 を誰 も疑わない範織である宗教団体において,最 も純粋に妥当 している。 同一の市町村に,二つ ,しば しば三つの宗派が唱え られ るときには,それ「国家 と民族」 (上) 379 らほ一つずつ公法的 コルポラチオ ン,つ ま り宗教 ゲマイ ンデをつ くり← あ るいは少な くともつ くるべ きである- ,自分の幹部 ,自分の資産 ,課業 と 慈善のための施設を持ち,委託 された活動範囲で 自己行政団体 として国家の 業務を行い (名簿管理),教区,大教区,司教教区等 々に地域的に結合 し,多 くの人 々がカ トリックの ように地域的な主権を持たない普遍的な世界的人的 団体に結合す る。 ここで問題に対 して 「カェサル (国家) のものはカエサル に,神 のものは神に !」 とい う方式が兄いだされたOた とえば レンベル クに 三人の大司教が住んでいて,一人がカ トリック,一人が東方帰一教会派 ,-人が非帰一派教会であ り,ここでは彼 らとその臣下が互いに絶えず仲違いす ることない,とい うことがあ りえた。 もちろんつねにそ うであるわけではな か ったが。なお領土 に属す る人に宗教 も属す (cuiusregioilliusreligo)とい う原則が妥当 していた ときには,それは純粋な地域原理 (今 日ではおそ らく 領土に属す る人に言語 も属す (cuiusregioilliuslingua))であ り,宗派間の 争闘が この地を荒れ狂 った数世紀にわたる闘いか ら,教会に国家の機能を委 ね ることは出来ない し,国家に教会の機能を委ね ることは出来ない,とい う 教訓をついに得た。教会か ら領土的主権を奪い,宗教的主権を委ね ,教会が 概念的にだけ考え られ るものにす ぎないものになると,直ちに平和が支配 し た。同 じ考 え方 と同 じ話 し方をす る者の人的団体 としての民族 (Nation) と 同様 ,同 じ信仰を持つ者の人的団体 となったのである。 ここか ら地域原理はそれ 自身不合理で支持できないものであるとは言えな い。逆である。それは民族国家形成 の方式である。民族国家 (Nationalstaat) は,上で認めた ように,内部の乱棟が少ない国家制度を意味 し,自然必然的 に各民族 の理想であ り,少な くとも 「積極的な」民族性を与えられている成 員の理想である。それは民族間題の考え得 る解決方式の一つである。 しか し,歴史的に与 えられた経済的 ・社会的に必然的なオース トリアの統 一国家の枠魁みの中では,それはオース トリアの民族問題の解決方式ではな い。 とい うのは民族的領域国家は民族 的 な不和 を排 除せず ,それ を生みだ
し,深刻な ものにす るか らである。それは不和を法律に よって緩和す るので はな く,暴力に よって解決す る。それは膨張 と勝利を可能にす るが ,喪失 と 衰退の危険を ももた らすのである。それ は ,民族 の権利 の平穏 で確実 な享 受 ,多言語で統一 した法治国家での調和的な発展を決 して与えない。それ紘 オース トリアの問題の解決ではな く,オース トリアの解体を意味す るO- ソ ガ リーの例は,国際法上の連合は決定的分離を押 し止めることはできない こ とを教えている。 さらに概念的には区別はいか ように も厳密になされ うるし,またなされね ばな らない として も,事実そのものは非和解的 な対立 の中に あ るのではな い。両原理の妥協が ,さし迫 った ドイツ人-チ ェコ人の休戦でなければな ら ないであろ う。個 人原理に近づ くにつれて ,休戦はい っそ う長 く好都合な も の となるであろ う。純粋な地域原理の基礎 の うえではそれは不可能である。 (続 く)