遺伝生態研究の台頭,発展,そして未来への展望
著者
東北大学遺伝生態研究センター
雑誌名
IGEシリーズ
巻
24
ページ
1-187
発行年
1998-03
URL
http://hdl.handle.net/10097/49109
D6匿シリーズ望4i***
遺伝生態研究の台頭,発展,
そして未来への展望
lG∈
東北大学遺伝生態研究センター
Instltute of Oenetk: Ecology⑳目 次⑳ はじめに 大瀧 保 特別講演「21世紀の地球環境と日本」 石 弘之 ワークショップⅠ:遺伝生態研究の台頭,発展,そして 未来への展望 遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 亀谷 寿昭 光環境生物学からみた遺伝生態研究 熊谷 忠 ワークショップII :地球環境が変ると生物の生活は どうなるか 地球環境の変動と菌根共生系 堀越 孝雄 ストレス環境に対する植物の適応と遺伝資源 武田 和義 植物はどのようにして環境変化に適応しているか -その調節機構と分化の仕組みを探る-河野 昭一 ポスターセッション カどの形態形成と細胞壁合成酵素遺伝子 宮寄 厚・大瀧 保・・--・・・-- 83 接合菌ヒゲカどの性形態形成 田部 茂・一宮寄 厚・大瀧 保・・・・・-・-- 86 ガン原遺伝子のカビにおける役割 望月 優子・金内 昭人・田部 茂 村山 肇子 カどの重力および遠心力に対する反応の解析 三原 等・堀江 直司・大瀧 保-・----92
イネごま葉枯病菌(Bipolaris oryzae)の胞子 形成光調節反応に関する遺伝生態学的研究 木原 淳一・石川 志保・佐藤 聡 熊谷 忠 青色光によるフシナシミドロ分枝誘導の 初期過程一阻害剤の効果 片岡 博尚・高橋 文雄--・--・・---・・・・ 99 7シナシミドロの成長点誘導における核と微小管の動態 高橋 文雄・菱沼 佑・片岡一博尚・・----・102 褐藻アミジグサ目における細胞内硫酸イオン蓄積の分布 川井 浩史・佐々木秀明・神谷 充伸 大橋 洋平・片岡 博尚‥----・---104 シダ植物ミズワラビ(Ceratoptel・is l・ichardii) 前葉体における表層微小管の配向 村田 隆 ウリ科植物のペグ形成機構における細胞骨格の役割 小林真由美・村田 隆・藤井 伸治 東谷 篤志・高橋 秀幸--・---111 重力によって制御されるキュウリの形態形成に 関する研究 藤井 伸治・高橋 秀幸---野生シロイヌナズナに見られる花成過程の 遺伝学的制御機横 芝池 博幸・石栗 義雄・河野 昭一・ 一・二年生植物ヒメムカシヨモギにおける 生活史可塑性の集団間比較 佐野 成範・吉岡 俊人・佐藤 茂 石栗 義雄 114 118 植物種の生活環制御と集団分化 石栗 義雄・工藤 洋・河野 昭一--=--・123 根からの硝酸イオン吸収に関する種間・品種間差異 長谷川 博 細胞融合によるオオムギとニンジンの体細胞 雑種植物の作出と解析 木坂 広明・菅野 明・亀谷 寿昭・--・-・-130 オオムギとイネの体細胞雑種植物の作出および体細胞 雑種を用いた遺伝子のクローニングと解析 木坂 広明・菅野 明・亀谷 寿昭 133
アスパラガス属植物を用いた両性花植物から 雌雄異株植物への進化機構の研究 崖 賢美・北沢絵里奈・菅野 明 亀谷 寿昭 不定肱の乾燥耐性獲得と機構解析 和久井健司・高畑 義人・亀谷 寿昭--=---139 イネ科植物の芽生えの環境適応に関する研究 (特にコムギの深播きによる第一節間伸長性の 品種間差異とエチレン反応性の遺伝について) 西洋 武明・菅 洋・高橋 秀幸 武田 和義 根の水分屈性反応における偏差生長機構の解析 平沢 正・高橋 秀幸・菅 洋 石原 邦 エンドウ根の水分屈性発現機構 高野 守・藤井 伸治・東谷 篤志 平沢 正・西谷 和彦・高橋 秀幸---・・・-・150 Isolation of genes involved in gravitropism
J. Marquardt, K. Abe, N. Fujii
and H. Takahashi ウイルスの戦略:大腸菌繊維状ファージの DNA複製開始機構 東谷 篤志 臨界環境下における植物一微生物の生態系に関する研究 本田 雄一・内藤 陽子・熊谷 忠 細菌の共生戦略 南沢 究 ダイズ根粒菌のゲノム再編成 伊沢 剛・板倉 学・桑田 恵美 南沢 究 ダイズ根粒菌における遺伝子水平伝達に関する研究 板倉 学・伊沢 剛・市毛 秀則 鈴木 雅子・南沢 究・---・-・・-・・・----167 土壌細菌の遺伝的性質と生態について 三井 久幸・服部 繁子・李 亨珍 服部 勉・尾野由紀江・南沢 究-・---170 酸性環境に適応した微生物 安田 剛・若尾 紀夫・南沢 究-・・・-・--173
ユニークな発想による微生物農薬の誕生 菊本 敏雄 農作物に及ぼすUVBの影響 物部 朋子・日出間 純・熊谷 忠---・179 紫イネの紫外線に対する反応 前川 雅彦・佐藤 雅志・熊谷 忠---・・182 イネとUVBとDNA損傷 日出間 純・熊谷 忠 ・・・185
は じめに
遺伝生態研究センター長 大 瀧 保 去る平成9年11月7,8日の両日, 「仙台市中央市民センター」との共催 により,本「遺伝生態研究センター」の目指してきた「遺伝生態研究」に 関し, 「仙台市旭ヶ丘市民センター」において公開ワークショップを開催す ることができましたことは,誠に大きな喜びとするところであります。「遺 伝生態研究センター」は,昭和14年に設置された農学研究所から昭和63年 に転換設置されたものでありますが,平成10年3月に10年の存続期限を 迎えるに当たり, 4月からは新たな組織と目標を持った,新「遺伝生態研究 センター」 (同一名称)として発足します。このような節目となる重要な時 期において,これまで私どもの開拓し探求して参りました「遺伝生態研究」 の足跡を振り返り,その研究成果を総括するとともに,今日私どもを取り 巻く環境や生態系が大きく変化する中で,この「遺伝生態研究」がどのよ うな役割と使命を担っているか,その重要性と将来の展望を行うことは極 めて有意義なことであると考え,本ワークショップの開催を計画いたしま した。 本ワークショップの第1日目は, 「遺伝生態研究の台頭,発展,そして未 来への展望」を主題として7 本センターの教官からこれまで具体的にどの ような課題で,どのようなアプローチで研究が行われてきたのかについて 話題提供をいたしました。これをより鮮明にするために,本センターで行 なわれてきたその他の独自の研究や,他の研究機関の研究者との間で行な われてきた共同研究に関して,合計35題にも及ぶ「展示発表」が行われま した。 第2日目は「地球環境が変わると生物の生活はどうなるか」を主題とし2 て,広島大学の堀越孝雄教授,岡山大学の武田和義教授,京都大学の河野 昭一教授から,それぞれの専門的な立場で御講演いただき,その後,本セ ンター客員教授の東京大学杉山純多教授の司会によるパネルディスカッ ションが行なわれ,多くの市民と共に「遺伝生態研究」とのかかわり合い が検討されました。午後は,東京大学の石弘之教授から「21世紀の地球環 境と日本」と題するグローバルな立場から特別講演していただきました。 これらの話題提供や展示発表,そして多くの御講演は, 10年前本セン ターで産声をあげた「遺伝生態研究」の成果を顧み,そして今後の研究の あり方を方向付ける意味で極めて有意義且つ貴重なものでありました。 「IGEシリーズ」の本冊は,これらの御講演をまとめたものであります。 ここに,御多用のところ本ワークショップの企画に賛同され御講演を賜 りました諸先生方,またワークショップの趣旨に賛同され「共催」を御快 諾いただいた「仙台市中央市民センター」,立派な会場を提供していただい た「仙台市旭ヶ丘市民センター」,そして実際の運営を担当された本セン ターワーキンググループの教官の方々,種々御協力いただいた職員や学生 諸君にも心からお礼を申しあげますとともに,新「遺伝生態研究センター」 においても,より一層の御支援と御鞭鍵をお願いする次第です。
特別講演
21世紀の地球環境と日本
石 弘 之20世紀の意味
20世紀も余すところあと4年弱。あちこちで世紀末という言葉が聞かれ る。だが,この「世紀」には何の根拠もない。キリスト生誕を西暦1年と したが,歴史的事実としては,紀元前4年ごろに生まれたらしい。すると 今年はまだ2001年になる。西暦622年を元年とするイスラム暦(ヒジュラ 磨)では,ことしは1375年。エチオピア暦では1989年で私たちよりも8午 若い。タイ暦では2540年。日本でも「平成」という世界に通用しない独自 の年号を使い,今やすたれてしまたったが「皇紀」を使えば,ことしは2657 年という言い方もできる。 だが,世界がこれだけキリスト教の暦を中心に動いていれば,やはり 2001年という世紀の節目,さらに人類史の3000年紀に入るという心理的 な区切りは無視しがたい。 「世紀末」ということばがふさわしいようなさま ざまな奇怪な事件が発生,何となく社会に閉塞感が漂う。 19世紀末にも,頑廃趣味や懐疑主義が流行り,犯罪や自殺の増加,神秘 思想やオカルトの流行があ'7た。その一方で,電信・電話の実用化,汽車, 汽船,自動車の改良など発明や発見が相次ぎ,産業が飛躍的に成長,新旧 の時代の交代期ともなった。 20世紀最後の四半世紀も,予想もつかなかっ た通信とコンピューター技術の革新で, 21世紀はどんな時代になるのかと いう期待も膨らむ。 東京大学大学院総合文化研究科4 20世紀は人類が過去500万年の歴史で経験したもっとも変化の激しい 100年間だった。農業を発明したこの1万年間,徐々に「脱動物化」してき た人類は, 20世紀で完全にスーパー動物になってしまった。と同時に,生 物としての人類をみた場合,行動の止がねが決定的にはずれてしまった。 あらゆる生物にいえることだが,地球上でなぜ生物が38億年も生き残っ てきたかの根源的な原理は-① 個体数はつねに爆発的に増加しようとし ② 個々の個体はつねに最大の資源を要求する ことにつきる。 だが,それはいつも他の生物や環境によって制御されて,一定以上には 増えられない。ボラという魚が1回に4億というタマゴを生んでも,他の 生き物の餌になるだけで,成魚になるのは数尾だけ。庭に入り込んできた 雑草は放っておけばいくらでも増えるようにみえるが,それぞれの個体は 日照,水分,栄養の不足をきたし,あるいは他の植物に邪魔され,昆虫に 食べられて無制限に増えることはできない。 ときとして,砂漠のバッタが大発生して被害を与えたり,海中でプラン クトンが異常発生して赤潮の原因になったりする。だが,増えすぎて食べ 物-資源がなくなったり,水中で酸素が不足したり,生息環境が悪化して いずれは元の数に戻るしかない。
止がねのはずれた人間
人間も生物学的には産み放題産んで10数人。だが,そのうちせいぜい2 -3人しか成人できなかった。資源量や疫病に人類が抑えられ,生まれた子 供も育たなかったし,ときには生まれた直後の子供を親が殺さねばならな かった。これは,人間も「生物学的な制約」でしか生きられなかったこと を意味する。 さらに,限られた資源,環境を分かち合って生きるために,宗教や倫理, 政治からの「社会的な制約」によって,人間の行動は束縛されていた。 「そ れぞれの分に従って生活する」ために,一般庶民の生活は細かく規定され ていた。最低限の権利させ認められない階層もいた。裏山のたきぎひと束21世紀の地球環境と日本 5 をとるにも,森林資源を守るために複雑な錠があった。 「欲望」にはさまざ まな歯止めをかけられ,それを享受できるのは,一握りの王侯貴族や富裕 層の特権だった。 20世紀は多くの国でこうした制約がひとつ,またひとつとはずれていっ た。ひとことで集約すれば「欲望の爆発の世紀」といえよう。科学技術の 加速度的な発達でこの「生物学的な制約」から脱出し,加えて「社会的な 制約」や束縛からも解放されて,欲望の解放に輪をかけた。 20世紀は多くの先進国でかつてない多くの人が,好き放題できるように なった。人口数や消費できる資源が他者との競争で限定される「生物学的 な制約」は,医学や農業生産の拡大にともなって少なくなり,しかも大衆 民主主義の勝利から,社会を支配していた宗教などのタブーといった「社 会的制約」が急速に薄れて,特権階級がにぎっていた政治,経済,社会的 支配に一般大衆が参加できるようになり,一挙に「大衆社会」が進行したo たとえば-*病気やけがで死にたくない⇒栄養条件の改善や医学の発達で生き残れる (天命という言葉が霞む。どう死ぬかが大問題) *腹一杯おいしいものを食べたい⇒農業生産の拡大で食べられiL (腹八分 などは死語)o世界史を振り返ってみると,数年に一度はどこかで悲惨な飢 健が発生している。人口に占める飢餓人口の割合は 現在は人類史上最低 であろう。 *セックスの自由を満喫したい⇒婚外セックスの解放(不倫-失楽園騒 動),子供までが援助交際の名において売春に走る。離婚の自由,ポルノ解 禁。人類のセックス回数は,世界的な調査では今世紀に入って1.5倍以上に 増えている。神が繁殖の見返りに与えてくれたセックスの快楽だけが分離 してしまった(その結果,エイズの流行を招く)0 *重労働や家事労働から解放されたい⇒機械や家電製品の普及。 *冬温かく夏涼しく快適に住みたい,自由に移動したい⇒エアコン,自動 車の普及。 *このほか「自由に発言したい」 「好きなものを読むことがきる」 「好きな 宗教が信じられる」「どこでも自由に移動でき,好きな所に住むことができ
6 る」・--といった,当たり前の自由をこれだけ多くの人々が獲得したのも, 20世紀のことである。 これらの「制約」からの解放は,確かに「人類の偉大な進歩」には違い ない。だが,その結果-(彰 人口の爆発 ② 食料需要の急増と優良農地の不足 ③ 資源エネルギー需要の急増 ④ 環境の悪化(自然環境破壊と環境汚染) となってあらわれた。 これ以外にも (9 社会の頑廃 ⑥ 犯罪の多発(減っているという説もある。ニューヨークでは1920年 代は今よりもはるかに殺人が多かった) ⑦ 麻薬や薬物患者の増大,などがある。
環境と資源の制約
これら「束縛からの自由」は環境や資源が無限でない限りありえない自 由である。死にたくない人が増えれば,必然的に人口は爆発し,老齢化し, 食料や資源や水の需要が急増する。 勝手放題にエネルギーを消費すれば,大気汚染や地球温暖化を招く。制 約から解放されて自由を誼歌した結果, 20世紀の100年間で人口は4倍ほ どなのに,経済は25倍ほどにも膨れ上がる計算だ。 「生物学的・社会学的な制約」からの解放は20世紀における人類の束の 間の勝利で,今や「環境と資源の制約」の巨大な壁にぶつかってしまった。 その壁がいつごろにはっきりと姿を現すのかが,きょうのテーマである。 壁のもっとも手ごわいのが人口爆発である。旧石器時代の世界人口は,追 跡の分布や現在の先住民の生活様式から推定して400万人程度と推定され る。日本の縄文時代の最大人口は約30万人程度と見積もられている。それ も末期には,気候の悪化などで17万にまで減ってしまう。 西暦0年ごろには3億人, 1500年ごろに5億人を超えた。このころから21世紀の地球環境と日本 7 人口の上昇が始まった。 18世紀に産業革命を経て人口増加のテンポが上が る。 1750年に8億人。 1850年に13億人1950年に25億人と超えた。ここ におられる多くの方々はこのころは生まれている。皆さんの人生がスター トして以来,人口は2.3倍にも膨らんでいる。 1650-1950年の300年間に人口は5倍になった。それでも人口増加率は わずか0.5%に過ぎなかった。この率では,倍増するのに約140年かかる。 銀行の複利計算と同じだ(日本の普通預金の金利はもっと低いが・--)。と ころが, 1950年以後の人口増加率は1.8%。元金が2倍になるには39年ほ どしかかからない。 国連は2年ごとに人口統計を発表している。最新のは94年で,世界人口 は59億人に限りなく近づきつつある。これが年間8,600万人ずつ増える。 2000年には61億6,000万人になるのは確実だ。 今後の人口増加の速度が今より低下するという楽観的な予測を織り込ん でも, 2020年代に入って間もなく25%増えて80億人の大台に達する。こ のときに,日本や欧州の人口は横ばいからわずかに減っている。米国は移 民の流入で20%増えて3億1,500万人に。一方で,中国は14億人(20% 増),インドは13億人(40%増),ブラジルは2億1,500万人(34%増)イ ンドネシアは2億5,500万人(32%増)という人口大国が出現する。 そして, 2050年に98億人, 2150年に115億人になり,そして22世紀半 ばに120億人程度で安定する。だが,これは今後人口増加率が低下するこ とを前提にした「増加率中位」の推定だ。もしも低下しないとすると, 2150 年には208億人となって,中位推定の1.8倍にもなる。
地球の定員
こんなに人口が急増して,果して地球は養っていけるのだろうか,の素 朴な疑問がわく。地球にはどれだけの人間が住めるか,の議論が世界的に 盛んになってきた。最初にこの計算をしたのは,顕微鏡の改良者として知 られるオランダ人のアント二一・バン・レ-ウェンフックで, 1679年に134 億人という数字を発表している。これは当時世界でもっとも人口桐密で あったオランダの人口密度を地表面横に掛けて割り出したといわれてい8 る。 この数字が,国連や世界銀行が最近行った22世紀半ばに世界人口が安定 したときの推定人口が国連115億人,世界銀行114億人とあまり変わらな いのは興味深い。 一昨年 経済学者のジョェル・コ-エンが著した『地球は何人養えるか』 によると,これまで地球の扶養力を計算した例は67例ある。一番小さいの は10億人,大きいのは1兆人。手法としては,′地球上でどれくらいの食料 生産が可能であるかを割り出してそれを一人あたりの必要量で割る。この 方式だと,だいたいの推定値が40億から160億人の問に収まる。その平均 をとると120億人。国連の推定に近い。 米国ワシントンにある著名な環境資源のシンクタンク「ワールドウォッ チ研究所」の試算は,年間のそれぞれの穀物の消費量から割り出している。 その結果は-*米国的な食生活(年間ひとり800キロの穀物) 27.5億人(すでに2倍) *イタリア 400キロ 55億人(ほぼ現在) *インド 200キロ 110億人(今の2倍) 国連食糧農業機関(FÅo)は1990年の農業生産水準からこう割り出して いる。 *米国的生活 23億人 *欧州的生活 41億人 *日本人的生活 61億人 *バングラデシュ 109億人 *最低生活水準 150億人 この推定には不確定要素も多い。まず,科学技術の進歩をどう評価する のか。一時はバイテクなどの革命的な農業技術で,飛躍的に生産が増える という夢も膨らんだが,最近ではしぼんできて,どうも期待うすである。ま た,それぞれの国の,文化,宗教,趣向,食習慣,消費性向,ライフスタ イルをどう評価するか。たとえば,インド人の多くは今後とも牛肉を食べ ない,日本人は米国のように1,200坪の敷地に一家3人が住むというライ フスタイルはとらない,今後世界がどれだけ米国流の生活様式を取り入れ
21世紀の地球環境と日本 9 るかでもかなり変わってくる。 仮にインド的な生活とすると,単純に現在の人口増加率でいけば, 110億 人に達するのは2067年ごろ。今生まれた子供が,70歳に達するころにはこ の限界になる。今後,増加率が下がるという国連の見通しでも,来世紀末 にはこの水準に達する。 世界は1973-74年にかけて,戦後の混乱期をのぞけば最悪という食糧危 機を経験した。このときは,旧ソ連の凶作が引き金となって小麦の国際価 格が数倍に跳ね上がった。しかし,このときでも世界の穀物備蓄量は56日 分あった。だが,これが昨年は48日分にまで落ち込んだ。87年には104日 分もあった。私たちが気がつかないところで,戦後最悪の食糧危機が起き ていたのだ。昨年の7月には,トウモロコシは史上最高価格となり,小麦 も15年ぶりの高値になった。原因は-① 欧州が経済低迷で農業補助の財政負担に耐えきれずに補助金を切り 下げ,生産意欲の減退。日本も人ごとではない。このまま財政悪化が続け ば,これまで補助金づけにしてやっと維持してきた農業が崩壊する。 (塾 農地の限界。世界の総耕地面積は約15億-タタールで,このうち 53% (7.6億ヘクタール)が途上国にある。途上国人口は現在は.43億人だ が,これが2020年には66億人になる。このときに,現在の穀物需要の11 億トンから23億トンが必要になるが,このためには,新たに1億7,500万 ヘクタールの農地と2億7,500万ヘクタールのそれ以外の土地(住宅,道 路,工場など)が,総計4億5,000万ヘクタール,つまり日本の12倍もの 土地がないとやっていけない。だが,この確保は不可能。 FAOは2020年 にまでに1億ヘクタール以下しか農地は増えない。いくらがんばってもこ れだけの面積はない。 ① 耕地の潜在的な供給ができるのは,アフリカや中南米。一方,食糧 需要が増えるのは,途上国人口の72%を占めるアジアで,ほとんど 潜在的な耕地はない。 (塾 そのアジアでは急激な経済成長で,農地を増やすよりも宅地,道路, 工場用地の転用の方がはるかに激しい。 (卦 途上国でも,森林や放牧地での畜産物や木材生産の需要が高まって
10 いる。 ④ 森林保護や遺伝子資源の保護などの運動が高まっている。 ⑤ 途上国でこれから農地を開拓するのには不適地が多く,巨額の投資 が必要セある。 これ以外にも食糧増産には制約要因が多い。 (彰 土壌劣化 食糧が不足して価格が上昇すれば,増産に拍車がかかるという経済学者 もいるが,いくら頑張っても面積当たりの生産量には限界がある。むしろ, 狭くなる農地をムチ打って少しでも沢山の収穫を上げようと圧力を加えた 結果,農地の荒廃が進行している。 3年前にリオデジャネイロで開催された地球サミットの会場には,1秒間 に3人ずつ増えていく人口時計ととに,人口増加の圧力で毎秒8.5ヘク タールずつ不毛化していく「砂漠化時計」が一目を引いた。 FAOの調査に よれば,-酷使によって土壌が悪化している農地は,アジアでは41%,アフ リカでは40%,中南米では27%もある。その面積は年々加速度的に増えて いる。 土壌悪化の極端な姿が「砂漠化」である。国連は「毎年世界で600万ヘ クタールもの農地や牧地が砂漠になり,この砂漠の拡大で8億5,000万人 もの人々が被害を被っている」と推定している。 FAOは,このままでは西 暦2000年には世界の2割近い農地が完全に破綻すると,予測している。し かも,増えた人々が生活するための住宅,道路,公園,生産設備などのた めにも土地がいる。 ② 濯概面積 増産には濯概が欠かせない。 60年代半ばから80年代半ばにかけて世界 の穀物生産は1.8倍に伸びたが,この伸びの半分は濯概の普及とFAOはみ ている。だが,年率で2%あった濯概面積の伸びが80年代に入って1%に なってしまった。しかも濯概の副作用である塩類の蓄積,ダムによる環境 破壊,マラリアのなどの疫病の流行なども頗在化している。 @ 水fG 世界の淡水供給の3分の2は,農業用水。深刻な水の不足。世界人口の
21世紀の地球環境と日本 11 4割がアクセスできない。とくにアジアでは,経済成長で都市,工業用水の 重要増大。中国北部,インドでは地下水のくみ上げ過剰による地盤沈下や 海水流入などの問題。食糧の生産は農地だけでなく水も必要だ。その水資 源も破局的な様相を呈している。現在,世界人口の4割は量的,質的に安 全な水が手に入らない。水不足は局地的な現象のために目立たないが,水 飢笹が静かに広がっている。 それにつれて,生活用水と農工業用水の奪い合いが各地で増えている。イ ンド北部では,水資源の枯渇から米や小麦を作れなくなった地域が拡大し ている。イラク,シリア,イスラエルなどでは,水をめぐる国家間の紛争 も深刻化してきた。 ④ 品種改良 緑の革命で1966-82年までは反収が増加してたきのが,その後は伸びが 落ちてしまった。一方で,近代品種の導入も限界にきた。
今後の資源の見通し
食糧の将来予測は難しい。日本の農水省は2020-2030年に世界で大量の 穀物不足が発生するとみる(2025年にはコメだけで現在の世界需要1.7 倍).一方, FAOは農業投資が続くという前提で, 21世紀はじめには穀物 価格は低下するみる。 私たちの研究チームの一員である辻井 博・京大教授の推定は,もっと も精度が高いと評価されている。それによると, 2020年にアジア諸国で3 億2,000万トン,世界全体で4億1,700万トンの穀物不足が発生する。その うち中国が1億7,000万トン,インドが1,500万トン,世界全体で4億1,700 万トンが不足する。 1993年の世界の総穀物貿易量は2億3,000万トンであ ることを考えると,この不足は貿易量の4割も多い。価格も価格弾性値を 0.15とすれば, 93年比で5割は上昇する。 日本が93年の冷害で250万トンのコメを輸入したときに,国際コメ価格 はタイや米国で倍以上に急騰した(コメは全生産量の4%ほどしか貿易に 回されない)0 2020年には日本でも穀物が3,300万トンも不足するとする と,誰が売ってくれるのか,買えたとしても値段はかなり高いものになる。12 -万で,他の資源もほぼ限界にきている。世界の海洋漁獲量は理論的に, 7,000万-9,000万トン。 1989年にこの限界に達してあとは漁獲量は頭うち だ。今のまま切りつづけると,熱帯季節林は70年,温帯広葉樹林は60年, 北方針葉樹林は80年で切り尽くす。 石油の可採年数は45年(80年には30年)。今後大油田が発見される可能 性はそれほど高くはない。 2020年以前に,第3次石油ショックがくる予想 も無視できない.推定埋蔵量からみても22世紀まではもたないのではない か。 他の地下資源,水銀,銀,スズ,鉛などはすでに全確認埋蔵量の8割,金, 亜鉛は7割,マンガン,鋼は5割を消費してしまった。私たちの子孫はど うすればよいのか。鋼の場合品位が1%下がるごとに,精錬に必要なエネ ルギーは100倍に。明治時代の国内産鋼は50/.,現在は0.40/.。投入エネル ギーは1,200倍にもなっている。
どこへゆく日本
日本の食糧自給率はカロリーベースで42% (1995年)。これに比べて,フ ランス143%,米国113%,ドイツ94%,イギリス73%,スイス65%もあ る。日本は農家1戸あたりの農地面積は米国の136分の1。EU平均の10分 の1。フランスの20分の1。イギリスの50分の1。しかも,日本の農民の 平均年齢は60歳になろうとしている。さらに,国内の森林面積は68%で 先進国中最大であるのにも関わらず,木材の自給率は23%しかない。かつ て世界一の漁業国の名をほしいままにしたのに,魚介類の自給率は61%。 いまや世界一の漁業国が世界一の輸入国になった。 旧共産圏の崩壊で,世界は米国の一人勝ちになってしまった。米国主導 の市場経済化がいよいよ進行して,市場の競争性が強化される。レスター・ サロー(MIT教授)は「市場経済のグローバリゼーションが各国の国民を 大競争に巻き込む結果,平等を基本とする民主主義と,不平等の拡大を生 み出す資本主義の矛盾が増大する」と近著の『資本主義の未来』で語って いる。 南北格差はいよいよ増大している。ぜいたくできるのは先進国だけで,世21世紀の地球環境と日本 13 界人口のわずか2割が世界経済の85%を独占している。他方,最貧の2割 の人口の経済規模はわずか1.4%しかない。南も北も国内の経済格差は増 大する一方だ。各国内の最富裕の2割と最貧困の2割の人口の所得の格差 は-米国・スイス9倍 イタリア・ドイツ6倍 日本・ポーランド4倍 ボツワナ47倍 ブラジル32倍 グアテマラ30倍 ケニア23倍 これからの大競争時代は,国際間,国内で弱肉強食化が進むことでもあ る。これを環境や資源の側面からみると,経済の競争ではその競争に勝ち 残るために,資源を可能な限り投入して環境への負荷を増大すると同時に, なるべく環境外部経済化するような力が働く。日本が果して,これまでの ような競争性が維持できるのか。つまり,原材料やエネルギーを輸入して, 工業製品を輸出して外貨を稼ぐという日本的な国家経営が続くかどうかの 問題でもある。 これは資源やエネルギーの獲得競争がさらに強まることである。とくに, 穀物,木材,水産物といった生存に基本的な第1次産品の多くを輸入に頼っ ている。 2020年の危機 従来の成長率を維持するという前提では,今後,経済の伸びはかなり大 きいと予想される。世界経済(商品とサービスの生産高)は2020年には現 在の2倍以上になる。人口増加分を調整しても,平均的な生活水準は65% ほど上昇する。この人類活動のさらなる膨張で,地球温暖化,オゾン層破 壊,サンゴ礁・熱帯林など生物多様性の喪失,化学物質汚染,廃棄物など は,さらに深刻化することは間違いない。 未来には明暗2つのシナリオが描ける。 ① 通信とコンピューターの発達で経済はますます世界化が進行する。 グローバリゼーションからもっとも期待できるのは,繁栄でなく平和かも しれない。アダム・スミス以来,成長経済の信奉者は「商業主義が文明化 をもたらし,通商は継続性を必要とするために秩序を促すから,人間の暴 力的な部分を中和する」と考えてきた。第二次大戦後の米国の外交政策の
14 基本理念であり,自由貿易の推進の根拠にもなった。 ② だが,経済成長には応分のエネルギー,資源,食料などをさらに要 求し,そのツケは環境に回される。すでに,ルワンダ,ハイチ,ソマリア, ェチオピア,バングラデシュ,ネパール,など環境の破綻が経済を崩壊さ せ,ひいては国家さえ崩壊させている。むしろ,平和でなく戦争や内乱の 要因に。 21世紀に向けて,どんな戦略があるか。環境問題が単なる人間の行動様 式を変えれば廃決できる段階を過ぎて,つねに「発展」を義務づけられ,坐 産も消費も廃棄も拡大し続けないと存立できない現代文明のあり方そのも のになってきたからだ。この中で生活水準を落として環境を守れというの は簡単だが,誰も総論は賛成でも各論は実行にうつせる人はごくわずか。 ドイツ,オランダ,デンマーク,北欧などは21世紀の国づくりの哲学と して, 「循環社会」の創設を目指す。ドイツは昨年10月に最終的に「循環 経済法十を導入。まず,生活の中から無駄を削り取る。そして,現在の資 源を無駄なくどう循環させるか。 今問われているのは,文明をどう地球と共存できるように転換できるか の人類史上最大の難問である。過去50年は「冷戦の論理」が世界を支配し て,核戦争の恐怖を煽ることで地球そのものを人質にとった。これからの 50年間は「地球環境」にどれだけ人間の英知と富をつぎ込むかの勝負だ。
ワークショップⅠ
遺伝生態研究センターにおける
植物分野の遺伝子的研究
亀 谷 寿 昭 本ワークショップの,私に課せられました課題は,本センターで行われ てきた「遺伝生態研究」の遺伝子のレベルからみた総括,まとめ,であ る。研究全般にわたる総括は概要,外部評価書,概算要求書などでふれら れているので,私の研究分野からみた「遺伝生態研究」について簡単に述 べることにする。 1)農学研究所から遺伝生態研究センターへの移行と研究テーマ: 「遺伝生態研究」の総括するには,遺伝生態研究センターへの移行期にお ける農学研究所時代の研究にふれておく必要がある。そこで,まず,昭和 57年(1982年)の農学研究所概要から,当時の所長の古坂先生の巻頭言 を紹介してみたい。 「生命と環境とのかかわり合いは,きわめて深く,かつ多様であり,生命 科学の幕開けの時代としての今日においても,なお体系的に論じうる側面 が限られているとみることができる。 当研究所においては,これまで重要と認めながらもなお体系化されてこ なかった二,三の分野-遺伝形質の発現におよぽす物理的環境(光質, 温度,風)の影響,自然環境における微生物の特性,新たな農法の理論的 基礎などの解明-の展開に精力的に取り組んできた。またこれらの分野 において将来の働き手となる研究者の養成の面でも,他に得がたい役割を 果たしてきている。 私どもが現在取り組んでいる諸研究は,新しい農学,環境保全,新しい 東北大学遺伝生態研究センター16 品種の造成などの人間が生存環境を保全しながら,生命を維持するのに必 要な今日的諸課題を解く上で不可欠の技術の基礎を固めるのに役立つもの と考えている。 以下,これらの諸研究の進展状況をご紹介したい。」 次に,当時の各研究部門でのテーマを参考までに列挙してみると,以下 のようであった。 第1部門: (作物環境) ∴土壌系における微生物と有機物の相互作用 ・農薬散布の土壌微生物への影響 ・細菌と固体表面,コロイド粒子との相互関連性 ・土壌微生物の特性(低栄養微生物の解明,自然環境下に おける細菌の増殖) ・水田土壌の地力窒素 ・土壌有機・無機複合体 第2部門: (生理生態学) ・種々の環境ストレス下にある作物の制御機構 ・ウリ科植物の性表現におけるホルモン支配 ・ハクサイの花芽分化と茎伸長における温度,日長及びジベ レリンの役割 ・細胞融合および環境ストレスによる遺伝変異の誘発 ・作物の栄養ならびに生殖生長を支配する温度反応 ・気候帯を異にする草地における家畜と草地群落との相互 作用 第3部門: (農作災害) ・ハクサイ軟腐病の発病過程のダイナミクス ・植物細胞の生長,分化における環境情報の役割 ・葉緑体膜系のエネルギー変革機構 ・植物の光周性と光質反応 ・植物,菌類の生活環に関与する光制御系の解析 第4部門: (農業経済)
遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 17 ・野生イネの栽培化と環境適応 ・栽培イネの品種,生態型の分化と自然・ならびに社会環境 ・遺伝子源の探索とその利用 ・農業再構成における兼業農家の役割に関する研究 ・農民的複合経営様式の農法論的研究 付属実験農場 ・作物個体群における物質生産様式の解析とモデル化 ・物質,エネルギーの流れとその効率的利用のモデル化 以上のように,この当時は,遺伝学的研究,生理学的研究,生態学的研 究のそれぞれの分野において,遺伝様式と遺伝形質の発現,種の分化,に 関する研究があった1・2)。この時点では,遺伝子(DNA)レベルの研究は なかったが,現在の遺伝生態研究の基盤となった。 次に遺伝生態研究センターに移行するわけですが,以下に,平成3年 (1991)に出版されました概要の,菅センター長の巻頭言を示す3)0 「東北大学遺伝生態研究センターは,東北大学農学研究所が改組され,昭 和63年4月に発足した。母体である農学研究所は,昭和14年8月設立さ れ,ほぼ半世紀にわたって,土壌環境,生理生態,作物災害,生産構造等 の分野において,生態的視点を積極的に導入して研究を進めてきた。これ らの基盤にたって,当センターは「生態系における生物種の遺伝的基礎」の 研究を設置日的とし,生態生理,適応生態,遺伝子生態,環境情報,生態 システム(客員)の各研究部門(後に臨界生態遺伝部門が増設される)よ り構成されている。 センターには,全国共同利用施設という新しい機能が加えられ,ワーク ショップの開催,共同利府研究の実施などを通じてこの機能の展開,発展 を期して活動している。本センターの設置目的としている分野は,現在指 摘されている地球の遺伝資源問題,環境問題に新しい視点から研究を展開 する上で,今後ますます重要性を増してくる学際的研究領域だと思われ る。--」 ここで述べられてありますように,遺生研の設置目的が「生態系におけ る生物種の遺伝的基礎」であり,その学問領域が学際研究領域であるとい
18 うわけでる。そこで「遺伝生態」の研究の関連分野として,これまでにど のようなものがあるのであろうか? 遺伝生態 と訳した語句にゲネコロ ギ- (genecology)という語句がありますが,これは,実験分類学の-分 科として認識されてきた。すなわち,いわゆる正統分類学(orthodox taxon-omy)が主として外部形態その他の形質をなんらの修正を加えずに分類学 的価値判断の資料に用いるのに対して,個体群の遺伝的内容を,生態的条 件を変更させることによって,遺伝的形質の生態環境による影響などを考 慮にいれて種め基本構成を確認しょうとする実験分類学の一分科であり, 表1.遺伝生態研究センターにおける遺伝子的(DNA,遺伝)研究と各研究 部門における研究との関わり合い 1)生態生理研究部門: 穂物や故生物の生長や形態形成に及ぼす環境要因の影Tをil伝子との関わりで解析す る。 ・光制御.光形態形成に関与するiA伝子(特にキチン合成酔素)のクローニング とそのf*造、機能解析 2)適応生態研究部門: 植物のiL伝的多様性と環境ストレスに対する適応との相関関係を解析する. ・格物の重力反応を支配するiL伝子の単Jtとその発現解析 3) jt伝子生態研究部門: 人為的にiL伝子を改変した植物や鞍生物の種々の環境下におけるiA伝子発現と生態系 における軌態を解析する。 ・ iL伝子粗換え植物、体細胞雑種の遺伝子分析と発現解析 ・アスパラガス(JI捷異株植物)の系統分化、オルガネラiL伝子の解析 ・突然変異体(軟Jt病、植物)のiL伝子解析 4)環境什♯研究琳門: 土叫救生物体を包むZtJ*から抽出されるTI報の解析とその種特異性の研究を行う。 ・水田土叫細菌群集の系統分化 5)岳界生態iL伝研究部門: 格物や鞍生物の生活に及ぼす珠境因子の能界的変肋の影Vを実放生愚学的に群析し、 生態系における種の助態や生物生産の地向の予iPlに突すると同時に、払界ZI蛾に耐 性をもつit伝未済の探索に寄与する。 ・イネの*外冶耐性の品種間差異.耐性iL伝子の解析 6)生態システム研究部門(客鼻) : 述伝子特性とZt墳因子を中心とした生物*Egの助感モデル化に関する研究を行う。 ・シロイヌナズナ野生集EZIの集Eg分化の群析 ・タイズ根粒曲のゲノム再婚成と共生it伝子の水平伝推 ・虫類主要分類群の系統進化
遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 19 これによって明瞭になった遺伝的内容の相違に応じて個体群を規定し,分 類学の資料に役立てる分野として認識されてきた。 さらに, 「遺伝生態」の関連分野としては,生物と環境との関係を物 理・化学的方法を用いて,実験的に研究する「実験生態学(experimental ecology)」,個々の環境因子と生物個体の生理作用との関係を研究する「生 理学的生態学(physiological ecology)」がある。農学研究所から遺伝生態 研究センターの移行にともない,これらの関連分野に「遺伝子的視点」を 積極的に導入しょうとする意向が働いてきたと理解している。 次に,本センターにおける遺伝子的研究を総覧する4)。表1には,各研 究部門における研究目的と具体的に取り組んだ遺伝子的研究の課題を示し た。これらの研究課題は, (1)系統分化,種の分類(2)生理(遺伝子発現) (3)遺伝子の単離とその機能解析,とに分類される。 次に,今後の展望について話を進めるさいに,個々の研究をもっと具体 的に紹介すべきところであるが,個々の研究は,概要やポスターの展示発 表で示されているので,ここでは,私が関係している研究を紹介し,この 表2.研究に用いたアスパラガス植物とその特性
Asparagus species 陪W&ヨ F友R cnhur:;eo,S(OZT)ecenteroforigin
Aasparagoides 狽 (A.medeoloides) *之 D 6 匁 トヲ 粭カ &V B A_ralcarus 狽 zo′40TropicalAsia.SriLanka, D 弗 6 WFЦW& 覲トV誚ニ 襭ツ SOOW
V)r.UCt57 A.plumosus Tar 狽
・nanuS ◆2 D 6 匁 荐 粭カ &V B A.sprengeri 狽 60Natal(SouthAfrica) A.virgatus 狽 20SouthAfrica ・1 D , D10eCrOUS, H , HermaphTodlte. ・z d. dlStrlbutl0n
20 研究分野から見た今後の展望について述べていくことにする。 (1)植物の細胞融合研究と遺伝生態 細胞は,生物種を規制し構成する最も基本的単位である。イネの遺伝子 と大腸菌の遺伝子を比較すると,その構造と機能は,ほとんど差異はない。 しかしながら,イネと大腸菌は厳然とした差異があるのは,細胞に含まれ ているゲノムが異なることによる。 「遺伝生態研究」は生態系における生 物種の生活の研究に遺伝子的視点を導入し,生物が環境変化に対応する際, どの様な遺伝亨情報が重要となるのか,また,個体によって,これらの遺 伝情報にどの様な相違が存在するのかを,生態系を構成する生物個体の遺 伝子(DNA)の構造を解析することによって,明らかにする学際的研究分 野ととらえると,細胞融合研究は,生物種のゲノムの特異性を解析する上 で,有効な手法と考えられる。 一方,細胞融合の応用場面として,植物育種の分野がある。植物育種の 一つの目-的は,遺伝変異の導入,人為的操作による新しい遺伝子型を構築 することである。植物の細胞(プロトプラスト)融合による雑種の作出 は,異なる遺伝子型を結合するための有用な方法である。この分野の研究 において,細胞融合に期待されていることは, 1)有性交雑の困難な植物の 遺伝子交換であり,また, 2)有性交雑では,起こり得ない細胞質ゲノムの 組み換えであった。しかしながら,これまでの研究結果から, 1)及び2) は遠縁の植物間においては,非常に困難であると言われてきた。ところが, ごく最近,我々は遠縁間においても, 1)及び2)も可能であることを指摘 した。これは,培養,融合の技術の改良発展と最近の遺伝子分析法の急速 な進展に伴い,植物個体の遺伝子構成,遺伝子発現などが,容易に解析可 能となってきたことにもよる。また,植物における形質転換技術も進展 し,外来DNAによるトランスジェニック植物の作出も容易となってきた0 しかし,トランスジェニック植物に関しても,いくつかの問題点も指摘さ れつつある。特に,導入できる遺伝子の大きさの制限,後代における遺伝 子発現の安定性,他の遺伝子の発現に及ぼす影響,他生物や環境に及ぼす 影管など,これらは具体的な育種への利用を考えた場合に,今後に残され た課題である。我々は,これまで,最近の遺伝子解析の手法を適用しつつ,
遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 21 細胞融合の研究を発展させ,様々な植物の種,属,科間の細胞融合による 体細胞雑種を作出してきた。それぞれの組み合わせにおいて, 1)細胞質 DNAの組み換え, 2)染色体の脱落及び核DNAの組み換え,が起こる ことが明らかとなった。特に,属,科間(ダイコン+キャベツ5,6),タバ コ十ニンジン7),イネ十ニンジン8),オオムギ+ニンジン9),オオムギ+イ ネ10))における現象は興味深い。その具体的例をあげると, (1)正常なダ イコンと正常なキャベツの融合から細胞質雄性不稔のキャベツが出現した (図1)5・6)0 (2)オオムギ+ニンジン,オオムギ+イネにおいて,オオムギの 核遺伝子がニンジン,イネの核にそれぞれ導入された(図2)8,9・10)。 (3)ス トレプトマイシン耐性葉緑体をもつタバコとストレプトマイシン感受性の ニンジンの融合から,形態がニンジン様であるが,ストレプトマイシン耐 性個体が生じた(図3)7)。このように,遠縁間融合において,ゲノムの組 み換えの証拠が集積してきた。 世界的にみて,植物の細胞融合による体細胞雑種作出の例は,膨大であ る。しかしながら,超遠縁問の雑種の例は少なく,我々の育成した属,料 間細胞融合による雑種の証明の例は皆無である。このことは,同種間や近 縁間の植物においては,細胞質ゲノムの組み換えを証明することは,非常 図1.ダイコン,体細胞雑種,キャベツの花の比較αダイコン(左)とキャベ ツ(右)には雄しべが見られるが体細胞雑種(中央)には雄しべが形成 されていない。
図2.タバコとニンジンの体細胞雑種の育成。 A.融合2週間後の細胞, B. 融合4週間後の細胞, C.選抜培地で生長してきた細胞コロニー, D.カ ルスからの茎葉の分化, E.分化してきた植物体, F. (左から右へ)タバ コ,体細胞雑種,ニンジン, G.ニンジン(右)と体細胞雑種の根, H.タ バコ(KRT),ニンジン(DR),体細胞雑種(KRT)のカナマイシン(75 mg/1)耐性テスト。 困難であるが,逆に,遠縁間の植物を用いることによって,ゲノムの組み 換えが起こることを証明することができたと考えられる。また,片親の染 色体はおおむね脱落するが,遺伝子が転移することが,明らかとなった。こ
遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 23 図3.オオムギとイネの体細胞雑種D a.再分化してきた幼植物体, b. (左か ら右へ)オオムギ,体細胞雑種,イネの植物体, C.体細胞雑種の花, d. e.イネと体細胞雑種の花粉,イネ(d)の花粉はアセトカーミンで染色さ れているが体細胞雑種の花粉は染色されず,不稔である。 のことは,融合後,適当な選抜圧をかけることによって。残存させる遺伝 子を選抜することが可能であることを示し,また,最近の遺伝子導入技術 を併用することにより,ゲノム改変法の発展に結びつくことを暗示させる ものである。 (2)性の分化と遺伝生態 種の分化と生殖の隔離機構とは密接な関係にある。有性生殖は,自然界
24 の遺伝子交換系であり,当然のことながら「性の分化」は,この過程で,植 物の重要な進化である。 食用アスパラガス(Aspwagus obicinalis L.)は,雌雄異株植物で種子 で繁殖し,それらの雌雄性比は1:1である。この性分化は,性染色体のX とY遺伝因子により支配され, XX型が雌株, XY型が雄株になる。この 食用アスパラガスの花の構造をみると,雌花の中に雄しべの痕跡が,また, 雄花の中に雌しべの痕跡があり(図5),両性花の植物から分化してきたも のと推測される。 食用アスパラガスが含まれているアスパラガス属植物はユリ科に属する 多年生植物であり,主に旧大陸(アフリカ,アジア,ヨーロッパ)の乾燥 地に分布し,約300種が知られているがその多くは両性花雌雄同種である。 我々は,このアスパラガス属植物の系統関係を明らかにするために,アス パラガス属植物の葉緑体DNAの制限酵素地図を作成して,その切断パ ターンの比較解析を行った結果,雌雄異株のアスパラガス植物は雌雄同株 の種から単系統的に生じたことを確認した(表2,図4)。さらにRAPD法 を用いても,同様な結果が得られたことから,食用アスパラガスにみられ る雌雄異株性は,性染色体上のごく少数の因子によって支配されていると 考えられる11-12・13)0 近年,シロイヌナズナ,キンギョソウ等を用いた遺伝学約・分子生物学 的研究から,花芽形態形成の基本的なモデル(ABC)が明らかになり,こ 1.0 0.5 0 Genetil: distance (100 I P)
遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 25
図5.葉緑体DNAのUPGMA分析によるアスパラガス植物の系統樹。長方 形で囲まれた種は雌雄異株植物を示す。
れに関与する遺伝子群(APETARA2, APETRA3, PISTILATA, AGAMOUSなど)が次々と同定・クローニングされた。これまで単離され た遺伝子群の多くはMADS boxと呼ばれる領域を持っている範写因子で あり,花芽の形態形成に重要な役割を担っていることが示唆されている。雌 雄異株植物の怪決定は花芽形態形成と密接な関連があることが推察される ことから,アスパラガスの花芽からこれらの遺伝子群の相同遺伝子 (homolog)の単離を試みており,現在までにAPETARA3及び AGAMOUSのhomolog遺伝子のクローニングしている(図6)0 高等動物では,近年,性染色体上に位置し性決定に関与する遺伝子(Sry 遺伝子)が単離され,性決定機構の解明に大きな一歩を踏み出したが,こ の遺伝子の雌雄の形態の違いにどのように関与しているのかについては, 不明の点が多い。高等植物で先に述べたように,シロイヌナズナ等で花芽 形態形成を支配する遺伝子群が単離されているが,性染色体を持つ植物で はあまり解析されておらず,性決定に関与する遺伝子も単離されていない。 本研究は性染色体を持つ植物の花芽形態形成機構を解析し,性染色体が雌 雄の花の分化にどのように関与しているかを明らかにしようとするもの
26 A ^GAMOUS (80011079) AG-A b (280-500) Consensus AGJWOUS (8LX)- 1079) AG-A o (280-500) Consensus ^G/u40L TS (800- 1079) AG-A o. (280-500) Consensus AGAMOUS (800- 1079) AG-A.o (280-500) ConsenSuS AGAMOUS (800-1079) AG - A. 0. (28(ト500) Consensus B AAS讐'oUs ('9882-_154oGol,' Consensus AGAMOUS (988-146 I) AG-A.0. ( 2-500) Consensus AGAMOUS (988-1461) AG-A o ( 2-500) Consensus AGAMOUS (988- 1461) AG-A.0. ( 2-500) Consensus AGAMOUS (988-146 1) AG-A.0. ( 2-500) Consersus AGAMOUS (988-1461) AG-A.0. ( 2-5(巾) CoEISeTuuS AGAMOUS (988-1461) AG-A.0. ( 2-500) Consensus AGAMOUS (9881146 1) AC一九0. ( 2-500) ConseTlSuS AGANOUS (988- 1461) AG-A.0. ( 2-500) ConseIlSuS AGAMOUS (988- 146 1) AG-A.0. ( 2-500) Consensus
≡≡≡ ≡丑認証悪Ⅲ盟
監慧氾濫監既望≡刑
監E l N丑
旺丑丑班既正調
≡ ≡丑患監監旺認
旺患翌慧既匡濫丑認
証旺盟既餌認
諾正巳旺証弧監
監悪戯窯即盟溺
況監理旺旺Ⅱ旺
旺濫旺監既丑既盟
旺夏慧丑旺慧旺罰
既望だ≡認旺濫喜
e43 316 50 092 366 100 I40 406 150 980 455 200 1027 500 250 10:16 3I 50 1004 86 loo 1124 136 150 1170 1B5 200 1219 232 250 1269 267 300 13lO 310 350 1360 357 400 1417 407 150 1461 457 500 図6.単離されたAGAMOUSホモログ遺伝子(A; 800-1,000bp, B; 1,000-1,461bp)の塩基配列。ホモロジ検索の結果, A,Bはそれぞれ35%, 43%の値を示した。遺伝生態研究センターにおける植物分野の遺伝子的研究 27 で,高等植物の性染色体の機能を解明するうえで非常に重要であると考え られる。 遺伝生態研究の展望・貢献 この様な遺伝子的視点を入れた遺伝生態的研究がどのような分野に貢献 できるのであろうか? 具体的にどんなことに役立つのか? まず,貢献 できる学際分野として,農学,生命科学,環境科学などをあげることがで きよう。また,今後の具体的な植物の関連分野の遺伝生態研究の課題とし て, 1)植物の環境ストレス(温度,水分,堤,光,大気汚染など)耐性機 構の解析とその利用,及び環境ストレス耐性植物の育成, 2)植物の系統発 生・種の分化・適応の機構の解析,があげられる。これらは,これまでに 述べてきた農学研究所時代から継続してきた基本的な課題でもある。これ らの研究を,今後,発展させることにより, 1)生態系の多様性, 2)種の 多様性, 3)遺伝子の多様性,の機構が解明されつつ,人類と生物種の生存 へ貢献できることが期待されよう。 参考文献 東北大学農学研究所概要(1982) 東北大学農学研究所概要(1987) 東北大学遺伝生態研究センター(1991) 東北大学遺伝生態研究センター概要(1996)
KameyaH Kannzaki, H., Toki, S. and Abe, T, (1989) Jpn ∫. Genet. 64
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13) Kanno, A., Lee, Y. and Kameya, T. (1997) Theor. Appl. Genet 95 (in
光環境生物学からみた遺伝生態研究
熊 谷 忠 は じ め に このワークショップで私に課せられた課題は「光環境生物学からみた遺 伝生態研究」という大変難しいものであり,オーガナイザーの期待にどの くらい応えられるのか不安であります。が,ともかく,ワークショップの 題名が遺伝生態研究の台頭,発展,展望ということなので,私共が行って いる「光は植物や微生物の生活環をどのように切り換え,また,今日,世 界中の人々が関心を持っている紫外線UVBの増大は植物や微生物の生活 にどのような影響を及ぼすのか」という研究の概略を紹介し,光生物学研 究と遺伝生態研究の接点を考えてみることにしました。 いうまでもなく,地球上の生物は,直接的にしろ間接的にしろ,太陽か らの光なしには生きることはできません。種子の発芽にはじまり,果実に 至る植物の一生は,エネルギー獲得のための光合成とは別に,フイトクロー ムを光受容体とする光反応によっても調節されます。また,フイトクロー ムによる光調節反応とは異なり,青色光による光調節光反応がクロロフィ ルの合成,葉緑体の形成や運動,孔辺細胞の開閉など様々な場面で知られ ていますo これらの青色光による光調節反応の光受容体はクリプトクロー ムと呼ばれ, 450nm付近と360-380nm付近に作用ピークを示します。一 方,クロロフィルを持たないカどやキノコなど菌類の生活も,子実体(き のこ)や有性,無性の胞子の形成,菌糸の生長などの形態形成,光屈性や 東北大学遺伝生態研究センター30 光走性などの運動,カロチノイド合成など青色光によって調節されます。こ のようなフイトクロームやクリプトクロームによる光反応は,低エネル ギーの光を利用して植物や菌類が発生や分化の様式を切り換える光調節反 応であり,光形態形成反応と呼ばれています。植物や微生物は,一日の太 陽スペクトルの変化をフイトクロームやクリプトクロームによる光受容反 応を介して知り,季節の到来に備えるべく,種々の形態の変化を起こすと 考えられています。このように,光合成や光形態形成など光と生物の相互 作用を,光と生体物質の間にみられる微視的な量子過程から,巨視的な種々 の生体反応の発現機構にまで至る諸過程を解明しようとする生物科学は光 生物学と呼ばれています。
菌類の胞子形成の光調節反応に関する遺伝生態的研究
私はこれまで長年にわたってマイコクローム系による胞子形成の光調節 反応機構に関する研究を行ってきました。ここでは,それらのうち,遺伝 生態的側面を掻い摘んで,紹介します。 (1)マイコクローム系による菌類の胞子形成の光調節反応 高等植物や動物の`光周性反応'は, `長日効果'あるいは`短日効果'とし て知られるように,生殖を切り換える点で,大変重要であります。一方,菌 類における`光周性反応'の意義はそれほど強く認識されてはおりません。 しかし,一日のある決った時間に胞子が形成されたり,子嚢菌の胞子が有 性生殖器官から吐出されたりすることは昔からよく観察されている事実で あります。後述するように,いろいろな菌類の胞子形成にとって明期と暗 期の存在は大変重要であります。胞子形成過程における光誘導相(明期)と 光阻害相(暗期)の有無から,菌類は次の3つのグループに分けることが できます(ここでは不完全菌の胞子形成を例に挙げていますが,子嚢菌,担 子菌にも基本的には適用できると考えております)0 グループ1:連続暗黒下では分生子柄も胞子も形成されず,栄養菌糸の みの生長を行う。菌糸が光を受けると,胞子形成の前段階である分生子柄 の形成が誘起され(光誘導相),引き続いて暗黒に置かれると胞子が形成さ れます。この暗期反応の進行は光によって阻害され,胞子形成は抑制され光環境生物学からみた遺伝生態研究 31 ます(光阻害相)。このように,このグループの菌では,連続明あるいは暗 条件では胞子は形成されず,明暗のサイクルの下でのみ胞子は形成されま す。 グループ2:分生子柄の形成の誘導にはとくに光を必要としないが,そ の後の胞子形成に至る過程は光阻害を受けますo従って,このグループ菌 では連続明条件では胞子が形成されませんが,連続暗黒あるいは明暗の下 で胞子が形成されます。 グループ3:分生子柄の形成の誘導には光を必要とするが,その後の胞 子形成過程は光阻害を受けません。つまり,連続暗条件では胞子が形成さ れませんが,連続明条件あるいは明暗の下で胞子は形成されます。 このうち,分生子柄の形成が光によって誘導されるグループ1と3を`光 誘導型',光を必要としないグループ2は`非光誘導型'と呼ばれます。いづ れのグループに属するにせよ,菌類の胞子形成は, 530nmより短波長側の 青色域(Blue/UV-A)と近紫外域(UV-B)の両方,あるいは近紫外域(UV-B)のみの光によって調節されます。
私達は,グループ1に属するAlternaria chichorii, A. solani, A. tomato,
Bli'walis o7γZae, Bohytis cineyleaなどの光誘導型菌の胞子形成が,青色光 と近紫外光による括抗反応(mycochrome系)によって調節されることを 見出しました。これらの不完全菌は,連続暗黒下では栄養菌糸のみの生長 を行い,胞子を形成しません。ところが,栄養菌糸が秒∼分の長さの近紫 外光を受けると胞子形成の前段階である分生子柄の形成が誘起され,その 後暗黒に置かれると分生子柄が形成されます。さらに,引き続いて暗黒に 置かれると分生胞子が形成されます。しかしながら,分里子柄形成を誘導 する近紫外光の効果は同時に青色光を照射すると打ち消され,胞子形成は 抑制されます。また,分生子柄形成を誘導するための近紫外光照射後,そ れに引き続く暗期開始後6-8時間目の発育段階にある分生子柄は青色光を 受けると,分生子柄は先端が尖った細長い気中菌糸に脱分化し,胞子は形 成されなくなります。この効果は光中断効果と呼ばれます。この胞子形成 を阻害する青色光の効果は同時に照射される近紫外光によって打ち消さ れ,再び,胞子が形成されるようになります。
32 このように,上記の不完全菌の胞子形成は,栄養菌糸から分生子柄の形 成が誘起される発育段階と,一定の成熟段階に達した分生子柄から分生胞 子の形成が誘起される発育段階の2つにおいて,相反する方向に働くUV-B光とBlue/UV-A光による光反応によって調節されます。この光反応の 光受容体はマイコクローム系と呼ばれ,少なくとも次のような2つの異 なった光受容反応が考えられています。近紫外光による光反応は胞子形成 の誘導に活性な物質Xactを生成します。 Xinact Xact 近紫外光 \ J 近紫外光受容体 Pnuv >P*nuv- Pnuvまたは破壊物 青色光による光反応は胞子形成の誘導に抑制的に働く物質Yactを生成し ます。 Yinact Yact 青色光 \ J ー青色光受容体 Pb- P*b- Pbまたは破壊物 (なお, *は光受容体の光励起状態を示す)。最終的な生理効果は, Xactの もたらす効果([Xact])とYactのもたらす効果([Yact])の差によって 決定されます。一定の光強度の割合にある混合光照射下では,光照射時間 が長くなるにつれて最終的に形成される胞子数も増加するので, [Xact]と [Yact]の差が小さい状態でも, [Xact]>[Yact]が確保されていれば,そ の差に応じて絶えず胞子形成は誘導され続けることになります。したがっ て,フィールドでは圧倒的に青色光の量が多くそそがれているが,量的に は少ない胞子形成に有効な近紫外光も絶えずそそがれているのであるか ら,昼の間に蓄積した[Xact]>[Yact]の総量が夜間における反応を押し 進め,胞子は夜間に形成されることになります。 (2)マイコクローム系による光調節反応から見たイネごま葉枯れ病菌 Biporalis oryzaeの生態型 `光誘導型'B. 07yZaeの胞子形成は,栄養菌糸から分生子柄の形成が誘起 される発育段階と,一定の成熟段階に達した分生子柄から分生胞子の形成 が誘起される発育段階で,マイコクローム系による光反応によって調節さ れます。一万,分生子柄の誘起にはとくに光を必要としないグループ2に
光環境生物学からみた遺伝生態研究 33 属する`非光誘導型'B. 07γZaeにおいては,一定の成熟段階に達した分生子 柄からの分生胞子形成の誘起はマイコクローム系による光反応によって調 節されるが,栄養菌糸から分生子柄の形成は光調節を受けません。このタ イプの菌は`非光誘導型Ⅰ'と呼ばれます。 自然界では,胞子形成がマイコクローム系によって調節される菌はどの くらい分布しているのか, `光誘導型'と`非光誘導型'のどちらが自然界で 優先型なのか, `光誘導型'と`非光誘導型'の起源,あるいは,光調節反応は どのようにして獲得されてきたのかと云った遺伝生態的研究は,これまで 全く行われて来ず,この点を調査することにしました。 各地の水田で栽培されているイネから多数のごま葉枯れ病斑が見られる 葉を採集し,そこから多数のB. oyyzae菌を単離した。単離菌を種々の光条 件の下で培養し,胞子を形成させた。単胞子分離を行い,数回,継代培養 を繰り返した。こうして得られた単離菌のコロニーの菌叢,菌糸あるいは 胞子の形状と,イネ葉における病斑および形状, rDNA分析を基にして菌 の同定を行った。さらに,こうして得たB. 07yZaeの胞子形成の光調節反応 を調べた。その結果,栄養菌糸からの分生子柄形成の誘起および分生子柄 からの胞子形成の誘起に光を必要としない菌を見出した。このタイプは,今 回の研究にてはじめて見出されたタイプであり, `非光誘導型ⅠⅠ'と名付け る。また,約3年にわたって東北地方,島根県,宮崎県の各地から分離し た407の菌株の光調節反応を調べたが, 99%以上の菌が`光誘導型'に属 し,残りの1株, 4株がそれぞれ`非光誘導型Ⅰ',ⅠⅠ'であることが判明した。 どの様にしてイネごま葉枯れ病菌がマイコクローム系による光調節反応を 獲得したのか, `非光誘導型Ⅰ', `ⅠⅠ'はどのように変異して.きたのか大変興 味の持たれる課題でありどす。 (3) Bipolaris oryzaeの胞子形成の光調節反応の遺伝 `光誘導型', `非光誘導型Ⅰ', `ⅠⅠ'型菌を交雑し,その後代菌株の胞子形成の 光調節反応を調べることによって,マイコクローム系によ-る胞子形成の光 調節反応はどの様に遺伝するのかを調べ,自然界における3つの生理型の 分布について考察することにしました。本菌には2つの交配型が存在し,そ のうちの一方の交配能力は失われ易いことが知られています。そこで,種々
34 の単離菌を交配し,偽子嚢殻形成を調べた結果, (a) `光誘導型'菌F6 × `光誘導型'菌S17-2, (b) F6 × `非光誘導型Ⅰ'菌D6, (C) F6 × `非光誘導 型ⅠⅠ'菌D9の組み合わせにおいて,成熟した子嚢胞子を有する有性生殖器 官の形成が認められた。これらから単胞子分離を行い,胞子形成の光調節 反応を調べた結果, (a)からは`光誘導型菌'のみが, (b)からは, `光誘導 型'菌と`非光誘導型Ⅰ'菌とが1:1の割合で分離した。また, (C)からは, `光誘導型'菌, `非光誘導型ⅠⅠ ⅠⅠ'菌の他に, `非光誘導型Ⅰ'菌が分離され, `光誘導型'菌と㌧非光誘導型'菌の分離比は1:1であった。 (C)から得られ た種々の交雑後代の`光誘導型'菌の胞子形成誘導の光感受性にはかなりの 変異が見られたが,近紫外光あるいは青色光のどちらかのみに感受する菌 株は得られなかった(これについては,圃場からの分離菌においても見つ かっていないので, 2つの光反応はかなり密接であることが推察される)0 すなわち,本菌のマイコクローム系による胞子形成の光調節反応は,少な くとも2つの遺伝子によって制御されること,また,交配によって胞子形 成誘導の光感受性が変化することが判明しました(詳細は,木原のポスター を参照されたい)0 このように,異なる光生理型の交配によって`非光誘導型'菌が生ずるこ とが判りましたが,どうして`非光誘導型'菌がほんの少ししか単離されて 来ないのかは大変興味の持たれる課題であります。さらに,圃場調査を進 めたり,各`光生理型'菌を圃場に散布し,その後の行動や変異を探ってみ ることから,何か手がかりを得ることができるかもしれません。 (4)植物と微生物の相互作用に及ぼす紫外線UVBの影響 病原性糸状菌の病気の拡散は,風など物理的要因による胞子の飛散が大 きな原因となることは想像に難くありません。事実,マイコクローム系に より調節を受ける病原菌AlternariaやStemphyliumによる病気の発生 は,胞子形成に有効に働く紫外域の光を除去した紫外線除去フイルムの下 では,一般農業用フイルムの場合に比べ遥かに低下することが知られてい ます。 一方, Septoria obessaによるキクの褐斑病の発生も紫外線除去フイルム の下では,一般農業用フイルムの場合に比べ遥かに低下する。この菌の胞