322 人 工 知 能 29 巻 4 号(2014 年 7 月) 本稿は,本特集担当の伊藤毅志が依田紀基九段に質問 する形式でメール交換をした内容を伊藤が文章として, まとめたものである.なお,原稿については,依田九段 に確認していただいたものを掲載している. 伊藤:「電聖戦」という舞台でコンピュータと対戦する ことが決まり,どのような心境になり,どのような準 備をされましたか? 依田九段:将棋ではすでに人間が勝てなくなっていると ニュースなどで聞いていました.ハンデ戦とはいえ, マスコミなどからも注目を集めると思ったので,人間 の代表として勝つために最善を尽くそうと考えまし た. 準備としては,Zen の商品版である「天頂の囲碁」 と自宅のパソコンで対局して傾向を調べることをしま した.これは勝負の際に役に立ったと思っています. 伊藤:当日は,どのような心構えで,対局に臨まれまし たか? 依田九段:出たとこ勝負と思っていました.プロとの対 局と同じような緊張感をもって勝負に臨みました.特 に序盤戦が勝負だと思っていました. 〈第 1 局:Crazy Stone との対戦について〉 伊藤:Crazy Stone と対戦されて,どのように感じまし たか? 依田九段:Crazy Stone は予想していたよりも良い手を 序盤で打ってきました.序盤が優れていて,コウもしっ かりしていました. 伊藤:開発者の Rémi さんの印象は,いかがでしたか? 依田九段:Rémi さんはとても穏やかなお人柄とお見受 けしました.好奇心旺盛な方だとも思いました. 伊藤:この対戦での勝負どころはどこでしたか? 依田九段:一般論ですが,コンピュータに勝とうとすれ ば,コンピュータが勝ちを読み切る前に何とかしなけ ればならないと思います.どこまでがわかっていて, わかっていないのか,間合いを計る必要があると思い ます.その意味でコンピュータとの対局とプロ棋士と の対局は違います.通常の対局では相手が一番自分に とって厳しい手を想定して,対策を考えます. そういう意味で,勝負どころは主に序盤にあったと 思います. 伊藤:実際に対戦してみて,人間と対戦することとの違 いや違和感などありましたか? あれば,どの手か教 えていただけますか? 依田九段:対戦しているときは,さほど違和感はありま せんでした.強いて言えば,終盤で黒地の中に手を入 れてきたりしたことくらいでしょうか.ただ,このと きはもう勝ちを読み切られているという印象をもちま した.
電聖戦でコンピュータと対戦して
Impressions of Computer Go at Densei-sen
依田 紀基
日本棋院東京本院Norimoto Yoda Nihonkiin Tokyo.
[email protected], http://www.nihonkiin.or.jp/player/htm/ki000101.htm
伊藤 毅志
電気通信大学Takeshi Ito The University of Electro-Communications.
[email protected], http://minerva.cs.uec.ac.jp/~itolab-web/wiki.cgi
Keywords:
computer Go, Densei-sen. 「コンピュータ囲碁」323 電聖戦でコンピュータと対戦して 人間はその場面での最善手を打とうとするのに対 し,Crazy Stone の思考は勝てる手であれば最善手も 地の中に手を入れて損をして勝つ目数が減っても同じ 価値の手だということは後にわかりました. 翌日に「囲碁・将棋チャンネル」の企画で,Crazy Stoneの Rémi さんと改めて感想戦をする機会を得た ので,図 1 のように白の 93 手目で,(実践では,A と 打ったのですが)ハサミツケ B と打ったらどう打つか を試してみました.人間であれば最善手(C と打つ手) はすぐにわかるのに,Crazy Stone では 6 番目の候補 手であると開発者の Rémi さんに教えていただきまし た.この辺りは,まだまだ,コンピュータにもアラが あると感じました. また,人間はたとえ負けと決まっていてもその局面 から最善を尽くそうとするのに対し,Crazy Stone も Zenも負けの局面になると,突然おかしな手を打ち出 すということもわかりました.負けであれば最善手も おかしな手もコンピュータにとっては同じ価値という ことだそうで,興味深いと思いました. 伊藤:この対戦で,特に印象に残った手があれば,教え てください. 依田九段:黒の 28 手目は印象的でした.この手を見て, 4子で勝つのは容易ではないと思いました. 〈第 2 局:Zen との対戦について〉 伊藤:Zen と対戦されて,どのように感じましたか? 事前に対戦された商品版との違いは感じましたか? 依田九段:序盤は予想どおりの展開で白模様に打ち込ん でこないと予想していたので,そこを省いていく作戦 がうまくいったと思います.「天頂の囲碁」(商品版) とは 4 子で打って 4 戦全勝でしたが,かなり楽な感じ でした.コミにして,Zen との対戦では 20 目前後強 くなっているような気がしました. 伊藤:対戦の勝負どころはどこでしたか? 依田九段:Crazy Stone と同じように,勝負どころは主 に序盤と考えますが,このときは序盤から中盤にかけ て,うまくいったと思い込んで緩んでしまい,一時期 負けの局面になったことは不覚でした.コンピュータ は答えの出るところは強いのではないかというイメー ジがあるのですが,ヨセや死活の能力はかなり劣るよ うな気がします. 伊藤:人間との対戦との違い,違和感などありましたか? あれば,どの手か教えていただけますか? 依田九段:人間との違いは,一概には言えませんが,コ ンピュータは目算が正確であることは間違いないと思 います.例えば,プロに 4 子置く棋力の人が,最後整 地をする前にどちらが何目勝っているかわかって打っ ている人はほとんどいないと思いますが,Zen は一目 負けを読み切って投了してきました. 〈コンピュータとの対戦全般について〉 伊藤:コンピュータの強いと感じたところ,逆に,まだ まだ弱いと思うところを教えてください. 依田九段:これもいままでお話してきましたが,死活に 特化したソフトでは人間はコンピュータに歯が立ちま せん.それなのに,かなり死活の能力は低いというの は意外でした. それと伊藤先生もおっしゃっていましたが,サイコ ロを振って着手を決めるようなところがあるというこ となので,出目によってはかなり棋力に差があるよう な気がします.コンピュータが人間よりもはっきり強 いところは,見損じがないことです.勝ちを読み切ら れたら逆転はありません. 伊藤:全般的に見て,どれぐらいの棋力と判断されます か? 依田九段:実はアマチュアの段位というのは,かなり良 い加減なので一概には言えませんが,傾向がわかった うえで,4 子でプロにこれだけ戦ってくるので,もし, 名前を伏せて,日本棋院のサイト「幽玄の間」に入っ て打てば,6 段か 7 段くらいだと思います. 伊藤:電聖戦というイベント(対局)に参加した感想を お聞かせください. 依田九段:貴重な経験でした.研究者の方達が皆さん熱 心に研究を進めておられるのを感じることができて, 先生方が,当たり前のように英語で話をされるのを見 て,恰好良いなと思いました. 2014年 4 月 23 日 受理 依田 紀基 1965年 2 月 11 日生まれ.北海道岩見沢市出身.安 藤武夫七段に入門.1980 年入段,1981 年二段,同 年三段,1982 年四段,1983 年五段,1985 年六段, 1987年七段,1990 年八段,1993 年九段.名人 4 期,碁聖 6 期,NHK 杯優勝 5 回などタイトル獲得 数 35.第 1 回三星火災杯世界オープン戦優勝など, 世界戦でも活躍.棋道賞は 1981 年に敢闘賞で初受 賞したのをはじめ,優秀棋士賞 4 回など計 20 回.日本棋院東京本院所属.