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「HP掲載用」東日本大震災で見えた自衛隊兵站の脆弱性と防衛産業の危機 -1

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東日本大震災で見えた自衛隊兵站の脆弱性と防衛産業の危機

日本・政治経済・安全保障研究会『憂国・中道の会』 溝浦健児

は じ め に  ‐ 不 毛 な 国 防 論 議 ‐ 先の大戦から 66 年、日本国は自虐史観に基づく土下座外交を行い、中華人民共和国や大 韓民国、朝鮮民主主義人民共和国やロシア連邦といった国々の意向を尊重し、伝統的な日 本の価値観と有意義な国防論議を否定、もしくはタブー視する左翼的思想(1)が、政官財界、 マスコミ、教育現場を問わず蔓延してきたが、近年の特定アジア諸国の高圧的で横暴な振 る舞いと、それに対して毅然とした態度を取れない政治家、役人への不満が国民や一部有 識者(2)の中に鬱積し、一部で右傾化(3)してきている傾向がある。  不毛な国防論議が繰り返される中で見落とされている事だが、右派にせよ左派にせよ、 重要なのは、 憲法第 9 条死守 、 自衛隊は違憲 、 在日アメリカ軍基地撤廃 などといっ たスローガンを掲げる無防備平和主義者も、 敵基地先制攻撃 、 積極的な自衛隊海外派遣 などを唱える積極的軍事行動支持派も、自衛隊には「戦力投射能力」(4)が、皆無だという理 解が無い事だ。 シビリアン・コントロール(文民統制)(5)とは、 素人が国防を担う 事では断じてなく、 現状は本来の文民統制の意義と乖離しているとしか言えない。 当然、この程度の認識しか無いのだから、真の意味での兵站(ロジスティックス)(6)の意 義と重要性を理解出来ている人間は、ほんの一握りだろう・・・。  第 一 章  ‐ 自 衛 隊 兵 站 の 脆 弱 性 ‐ (1) そもそも左翼とは、フランス革命後の国民議会において、議長席から見て左側を「急進派」が占めた事に由来する が、時代や用法によって定義は異なり、マルクス・レーニン的なソビエトの共産主義から、中国や朝鮮の反日的思想及 び行動の呼称など、複数の使われ方がある。本論文では後者を採用。 (2) 元航空幕僚長で軍事評論家、田母神俊雄氏など。 (3) 左翼と同じ経緯の語源も持ち、フランス国民議会において、議長席から見て右側を「保守派」が占めた事に由来す るが、右翼もまた、時代や用法によって定義が異なり、民族主義や国家主義として用いられる事が多い。 (4) 戦力投射(パワー・プロジェクション)能力とは、多数の戦略核兵器とその運搬手段(戦略型原子力潜水艦や大陸 間弾道ミサイル、戦略爆撃機など)を運用する事で保有する、大規模核攻撃能力及び、空母打撃群や遠征打撃群、数百 機規模での制空戦闘機や戦略爆撃機、空中給油機や数十機規模の空中警戒管制機を保有し、陸海空の統合作戦を展開し て、数十万規模の地上軍を海を越えて上陸させ、敵国を制圧・占領できる能力の事。 (5) 主権者たる国民が選挙で選んだ首相/大統領及び議会が、軍事政策における最終決定権を持つ、民主主義の原則。 (6) 兵站(ロジスティックス)とは、軍事作戦を遂行する為に不可欠な、燃料・武器弾薬・食料等の輸送及び補給、各 種兵器の整備、軍需物資の備蓄管理、兵員の衛生管理や施設の構築及び維持といった活動の総称。 後方支援、継戦能 力と言い換える事も可能であり、この場合、会計や法務、人事や広報といった広い範囲の活動まで及ぶ。

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東日本大震災における自衛隊の方々による、献身的な救助・復旧活動には、ただ頭が下 がる思いであるが、同時に見過ごされてはならない大きな問題点が見えてきた。 「自衛隊員達は、満足な食事もとらず(とれず)、冷暖房も無い過酷な環境下で寝泊りし、 懸命な救助活動を続けている」とマスコミが報じ、国民は賞賛した。有識者達は、今回の 事で自衛隊に対する国民の理解が深まり、より身近な存在になったと言う。 本当にそうなのか? 我々は、もろ手を挙げて、この状況を喜んでいて良いものなのか? 答えはノーである。  本震災における災害派遣でクローズアップされたのが、必ずしも十分とは言い難い、兵 站(後方支援、継戦能力)の不備である。10 万人を超える自衛官が投入されれば、当然、 膨大な量の食料や燃料などの、物資補給が必要となる。例えば、「10 万人が朝昼晩の食事を とるには、1日あたり 30 万食が必要」で、「10 万人体制を維持する為には、最低 30 万の兵 力(人員)が必要」であり、各国(先進諸国)では、ごく当たり前の話として、その兵站 が確保される(7)。 しかし信じ難い事に、我が国では、自衛隊専用の補給線が完備されず、被災者やボラン ティアと、物資の補給において競合する形となってしまった。高い志を持つ自衛隊員達は、 物資補給を民間人に譲り、孤軍奮闘、結果、 先の大戦を彷彿とさせるような 事態に陥っ た(8)。 この兵站軽視の問題は、同じように被災し、家族の安否も分からない中でも任務を遂行 した、後方支援を担当した自衛隊員には、災害派遣手当が支払われない事(9)等に見受けられ た。 最終的には、民間の力(企業やボランティア)、善意によって支えられたため、現場の自 (7)米軍など諸外国では 交代要員を加味して兵は少なくともその3倍、30 万人が必要だとい う考え方です。 今回、初めて即応予備自衛官も投入され、大いに活躍しましたが、規模は小さ く長期の運用は、なかなか難しい。 これまで陸上自衛隊は、「減らされ続けた人員を少しでも 軌道修正したい」と、再三、実員増の要求をしてきましたが、財務省は認めず、かの事業仕分け でも一蹴されています。  桜林美佐著(2011 年)『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東 日本大震災』産経新聞出版 165 頁参照。 (8)震災当時、海自の大型輸送艦は、修理や海外派遣等で 3 隻中 2 隻が使えず、自衛隊員の海上 輸送は民間のフェリー会社に依存した。 (9)政府や総務省が、給与減を各種手当ての増減で補うなどと考えているなら、それは避けるべ きです。それは、駐屯地や基地などに居残って様々な調整などにあたっている隊員にはメリット がないからです。 彼らは大変重要な役割を担い、家にも帰れず不眠不休で作業しているにも関 わらず、派遣手当などは付きません。派遣隊員の給与は据え置きになっても、居残り隊員が一割 減になれば、目も当てられません。 桜林美佐著(2011 年)『日本に自衛隊がいてよかった 自 衛隊の東日本大震災』産経新聞出版  183 頁。

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衛隊員達の超人的な頑張りも相まって、破綻する事は免れた。 しかしその陰で、3名の陸上自衛隊員が病死(過労死?)するという、悲劇も発生して いる。その内の1人は 20 代であり、結婚して家庭を持ったばかりの若い自衛官であった(10)。 世間の風潮もあり、防衛予算が削減されていく昨今、自衛隊に求められる(期待される) 任務、役割は逆に増大している。特に存在感を増しているのが、今回も注目された災害派 遣である(11)。 皮肉にも、今回の自衛隊の活躍で、自衛隊に対する 誤った認識 がさらに浸透した感 は否めない。ある自衛隊幹部は、「国民の期待にはもちろん応えたいが、我々の能力にも限 界はあり、何でもこなす便利屋ではない」と苦しい胸の内を、産経新聞に吐露した。 確かに、災害派遣も大切な任務の一つだが、自衛隊の本分は防衛出動(国防)であって、 災害派遣ではない。有事を想定して整備された、自己完結能力(12)及び強力な組織力を支え る基盤は、平時からの(防衛出動を想定した)厳しい訓練である(13)。 (10)3 名の陸自隊員が派遣中に病死しています。50 代 2 名、20 代 1 名で、20 代の隊員はまだ新 婚だったそうです。活動との因果関係は分かっていませんが、過酷な災害派遣と無縁だったとは 言い切れないでしょう。  桜林美佐著(2011 年)『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東 日本大震災』産経新聞出版 197‐198 頁。 (11)自衛隊の「存在する目的」災害派遣 78,4%、 「今後力を入れていく面」災害派遣 73,8%  内閣府大臣官房政府広報室「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」平成 21 年 1 月 (12)被災地に行ってきた人が、こんなことを言った。「救援活動に来ている人で宿泊施設はいっ ぱいだったけど、自衛隊は泊まってなかったよ」気の毒に思ったというが、自衛官たちにとって は至極当然のことなのである。自衛隊は「自己完結能力」を持っている組織。つまり、自分たち で何でもこなすのだ。 災害派遣に出ても、宿泊所を必要としない。天幕を張って食事も作る。 そして、組織内において「使う側」のニーズに「供給する側」が即座に応じられることも特徴だ。 桜林美佐著(2011 年)『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災』産経新聞出版 122 頁。 (13)気がかりなのは、これからのことです。 この震災発生後も、噴煙を吐き続ける鹿児島県の 新燃岳への対処や、ロシア機の接近に対する空自機の緊急発進(スクランブル)、尖閣諸島海域 に姿を現している中国漁船や、海自艦艇を威嚇する中国海軍ヘリに対する警戒・監視など、国防 に関わる懸案事項が多発しています。 にもかかわらず、多くの国民には、今、「自衛隊=災害 派遣」のイメージが強くある。このままでは、今後、自衛隊の予算や装備が災害対処だけを考慮 したものになる可能性が懸念されます。 災害に備えることは必要ですが、それ以外のもの、た とえば火砲などは「要らないのでは?」という風潮になりかねません。これは国防上、大きな問 題です。 今回のような大規模災害派遣が長期にわたって続けられるのは、彼らが自衛官だから こそです。自衛官は国を守るために戦う人たちです。だからこそ、普段から高いレベルの訓練を しています。 高いレベルとは、「災害派遣」ではなく、「防衛出動」です。防衛出動の際は、糧 食だけでなく銃も弾も持つ必要があり、戦車も火砲も必須の装備です。 国土が占領されるかも しれないし、仲間が死ぬかもしれない。そして、自分も死ぬかもしれないという極限状態。自衛 官は日頃、そのために訓練している集団だからこそ、精強なのです。 災害派遣が主になるなら、 兵器は不要になるとは乱暴な話で、日頃、そうした装備を扱っているからこそ、国内の災害派遣 で実力が発揮できることを忘れてはなりません。 桜林美佐著(2011 年)『日本に自衛隊がいて よかった 自衛隊の東日本大震災』産経新聞出版  156‐158 頁。

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にもかかわらず、国民やマスコミばかりか、政治家や官僚までもが、自衛隊を災害救助 専門部隊だと誤解し始めている事を、深く憂慮する。 この傾向に拍車をかけているのが、防衛予算の削減である。我が国の防衛予算には、自 衛官の子ども手当や米軍関係の費用が計上され、実際に自衛隊が使える(純粋な)予算が 少ないという問題がある上(14)での、さらなる削減である。災害派遣では役に立ちそうに無 い火器兵器は、予算が通りにくい現状があり、戦力供給の根幹を揺るがしかねない。 国防を最優先課題として、日夜、厳しい訓練を積む自衛隊の錬度は最高レベルに到達し、 災害派遣という任務を完遂出来る高い能力を保持している。彼等の足枷は、予算と法律の 壁であり、このような予算と法律の問題は、現場の自衛官達には成す術がなく、政治の責 任である。  予算や法律に拘束され、人員や兵站が不足する中で、国民の期待に応えたいと無理をす る自衛隊員達。その献身的な奉仕の精神は賞賛するべきもの(15)だが、旧日本軍に蔓延した ような、極端な精神主義に、問題の解決策を見出して(放棄して)はならない。  自衛隊員の高い自殺率も、人員不足と無関係ではないだろう。彼等が安心して任務に当 たれるように、増員と欧米的合理主義の導入、さらには「自衛隊の明確な定義づけ」が急 務である。  我が国は、長大な海岸線を有する海洋国家、島嶼国家であり、地震や津波といった自然 災害の脅威や、軍拡を押し進める不安定な隣国という脅威を抱えている。このような状況 下にある日本国を防衛する為には、強力な空海戦力が必要なだけではなく、離島部へ大兵 力を送り込む際の中核となる質量共に整備された(戦車を含む)陸上戦力が不可欠である。 従来の護衛艦(駆逐艦)だけでなく、港湾設備不要で人員や物資の陸揚げが可能な、強 襲揚陸艦や輸送揚陸艦、さらに兵站を担う高速戦闘支援艦が必要なのは言うまでもない。 武士道、大和魂を持つ自衛隊員達は決して弱音を吐かない。だからこそ、我々がその気 (14)2010 年末に「防衛計画の大綱」及び「中期防衛力整備計画」が閣議決定され、様々な議論が 行われています 全体の予算は、今後 5 年間で 23 兆 3900 億円の枠内とされていますが、前中 期(17 中期)と比べて、約 8500 億円もの削減です。 しかも驚くべきことに、この中には自衛 隊員に支給される「子ども手当」5 年間分の 1500 億円が含まれているのです! つまり、実質 的な今後 5 年間の中期防衛予算は、少なくとも 1 兆円もの減額なのです。桜林美佐著(2011 年) 『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災』産経新聞出版  190‐192 頁参照。 (15) もちろん、自衛隊が無理をしてでも最大限努力する姿は尊いもので、感謝するばかりですが、国民が無自覚なまま では、国家は弱るだけです。 日本の自衛隊に与えられている予算・人員・法制度はすでに破綻しています。 今回の 災害派遣によって、「自衛隊への理解が深まった」とも言われていますが、真の理解とは、それらのひずみを正し、災害 派遣だけではない戦闘組織としての充実を図るべく国民が努力することではないかと、私は思います。 桜林美佐著『日 本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災』産経新聞出版  159 頁。

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持ち、彼等の想いをくみ取り、伝えていかなければならないのである。  第 二 章  ‐ 防 衛 産 業 の 危 機 ‐ F‐15 戦闘機、イージス護衛艦(駆逐艦)、90 式戦車など、世界最高レベルの兵器を運用 する自衛隊に戦力供給を行う、我が国の防衛産業について論じていきたいと思う。 防衛産業というと、「天下り先」「政官財の癒着」「濡れ手に粟」といったマイナスイメー ジ(16)を連想するかもしれないが、我が国の防衛産業の実態は、イメージとは大きく異なる。  日本の防衛産業に従事する企業を支えるのは、国防の担い手としての誇りと高い志、連 綿と継承されてきた高い技術力を持つ職人達(17)である。「たとえ多くの利益が出なくても、 外国企業(特に仮想敵国企業)に技術が流失するような真似はしない」という愛国者達で ある(18)。 特殊な業界ではあるが、防衛産業の裾野は広く、たとえば、戦車1両造るのにはおよそ 1300 社もの企業が、護衛艦1隻建造するにはおよそ 2500 社もの企業が関わっている(19)ため、 国産兵器の開発と生産を完全に止めてしまえば、高度な技術は散逸(20)し、従事する技術者 達は路頭に迷ってしまう。 よく、武器輸出三原則を緩和すれば良いという意見もあるが、それだけで全てが解決す (16)防衛装備品調達を巡る汚職で摘発された、守屋武昌元防衛省事務次官の収賄事件など。 (17)石井製作所は、昭和三五年から、三菱重工との付き合いが始まり、61 式戦車の頃からのパー トナーだという ここではエンジンや車両の部品を担っているが、種類は多いものの数が少な い。つまり、機械で量産できない、いわば芸術的技術を要する部品や手間のかかる部品など三菱 重工のような大きい会社では対処できない「一点もの」の部品を引き受けている。 桜林美佐著 (2010 年)『誰も語らなかった防衛産業』並木書房 69‐71 頁参照。 (18)10 式戦車は足回りの部品を減らしつつ、従来のものより二割程度強度を増すことを要求され ている。これを実現させるための金属加工は大変苦労したという。従来の工程よりも時間はかか り、カッターの刃も一本だったところが、二本必要になる。そうした「目に見えない負担」は企 業努力に頼っているのが現状である 独身寮を整備し、従業員がちゃんと栄養のあるものを食 べているかどうか注意を払い、結婚して独身寮を出ることも心から喜ぶ。そんな人情味溢れる社 長が率いるのが、戦車の重要部品を担う洞菱工機なのである。 桜林美佐著(2010 年)『誰も語 らなかった防衛産業』並木書房 59‐60 頁参照。 (19)潜水艦もまた、直接契約する三菱重工や川崎造船のようなプライム企業以下、一四〇〇社あ まりの関連企業が存在し、技術の継承や基盤の維持が非常に厳しい状況に陥っているのだ 技 術の進歩による装備品のハイテク化などを要因として、整備維持経費の占める割合が増加してお り、主用装備品調達の比重は減少傾向となっている。 また防衛予算が八年続けて縮減されてい ることもあり、二二年度予算約五兆円のうち、装備品購入経費は九千億円程度に抑制されている のだ。 桜林美佐著(2010 年)『誰も語らなかった防衛産業』並木書房  23 頁参照。 (20)この瞬間にも防衛部門から撤退、または倒産、廃業する企業が相次いでおり、職人たちは日 に日に高齢化し、技術の継承はいとも簡単に途絶えてしまうからだ。 桜林美佐著(2010 年)『誰 も語らなかった防衛産業』並木書房 11 頁。

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るほど、簡単な問題ではない。確かに、ハイテク化し高価格化する先進諸国(欧米諸国) の兵器開発は、国際共同で行われる事が珍しくなくなってきており、ミサイル防衛システ ムや第6世代戦闘機の研究開発には、我が国も積極的に参加していくべきであろう。 しかし、兵器を輸出して外貨を稼ぐとなると話は別で、技術的には世界最高水準ながら、 日本の国土に合わせ、日本人の体格や自衛隊の運用思想に合わせた兵器が、世界の兵器市 場における過当競争の中で生き残っていけるかどうかは微妙で、 精魂込めた防衛兵器 が 世界の紛争地で使われる事など、防衛産業従事者達も望まないであろう。  防衛力の整備には、10 年、20 年単位の時間がかかるという現実もあり、 全てを画一的 に切り捨てるような誤った事業仕分け(予算削減) の風潮には流されず、必要な所にはし っかりお金をかけるという、政治の力と責任が不可欠だ。 輸入すれば開発リスク無しに、安価に兵器が手に入るというのは、浅はかな考えだ。ど んな国(※主として欧米諸国)であっても、「日本には作れない」と分かれば足元を見て価 格を吊り上げてくるであろうし、最新モデル、最高水準のものは売ってくれない(21)。さら に、性能ダウンの為の改修などのコストもかさみ、ブラックボックスだらけのモンキーモ デルを、高く買うというような馬鹿な話になる。 一方で、第三世界で使われているような安価な兵器は性能もそれなりであり、粗悪品も 混ざっているだろう。全ての自衛隊装備を国産化するのは現実的ではないにせよ、重要な 部分の研究開発能力、製造(量産)能力は、外交交渉の観点からも維持すべきであり、そ の上で総合的見地から、準国産、ライセンス生産、輸入(FMS=有償援助を含む)をバラン スよく選ぶべきだ。 我が国の財政事情を考慮すれば、ある程度の予算削減は不回避なのかもしれないが、雇 用創出や経済効果、軍事技術の民間への転用(スピンオフ)などのメリット(22)を、もっと 評価する必要がある。 今年 6 月、ロシア連邦は、フランス共和国から、ミストラル級揚陸艦2隻を購入する契 約を結んだ。グルジア共和国等への兵力展開を睨んだものだという意見もあるとは言え、 この最新鋭艦は極東ロシアの要衝、ウラジオストクに配備される予定で、北方領土問題へ (21)同じ F‐15 戦闘機でも、米空軍仕様と空自仕様では、搭載電子機器や燃料タンク容量などに 差があり、空自が保有する F‐15J/DJ で、北朝鮮のノドン発射台などを空爆する事は困難であ る。 (22)日本国内で製造された装備品の導入は、数千社に及ぶ関連企業に「仕事」を与え、内需拡大 に繋がる。 逆に、海外からの輸入は、「税金の国外流失」に繋がり、外国企業の利益となる。

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の影響は必至である。本艦と戦略輸送機を組み合わせる事で、北方四島の即時基地化が可 能になるからだ。 親日国家フランスと言えども、自国の利益を優先する。これが国際社会の現実であり、 世界の常識なのである。だからこそ、日本の防衛産業を衰退させてはならないのだ。 「100 年兵を養うは、ただ平和のためである。」という、山本五十六元帥海軍大将(23)の言 葉で、本章を締めくくりたい。 第 三 章  ‐ サ イ バ ー 戦 争 ‐   先の大戦において我が国が敗北した大きな要因の一つに、インテリジェンス(情報の収 集・分析及び操作)の軽視にある。この問題点は、イノベーション(刷新、新機軸)とロ ジスティックス(兵站・継戦能力)の軽視とも相まって、大日本帝国に致命傷を与える結 果となった。  そして現在、インテリジェンスの死活的重要性が、相変わらず理解されていない。三菱 重工業へのサイバー攻撃事件がよい例である。政治家もマスコミも、ことの重大さに気づ いていない。  我が国の防衛産業の雄である三菱重工業が標的となった今回のケースでは、自衛隊が使 用している「80 式空対艦誘導弾(ミサイル)」の、性能及び耐久性が記された管理報告書の 一部が流出した可能性があり、同兵器を製造している名古屋誘導推進システム製作所には、 約 30 万回もの不正アクセスが仕掛けられた。  流失した可能性のあるデーターそのものは、防衛省の指定する「保護すべき情報」には 該当しない、比較的に機密度が低い「保護の対象外」情報だとされる。  しかし、 攻撃 はこれだけにとどまらず、潜水艦や護衛艦を建造する神戸造船所や長崎 造船所、さらにそれ以外の数十箇所のサーバーにも、コンピューターウイルス感染が確認 され、一部では、戦闘機などの防衛装備品や原子力発電所に関する情報が、勝手に外部へ 送信された痕跡が残っており、機密情報が盗まれた可能性もあるという。  米情報セキュリティー会社、トレンドマイクロが、ウイルスに感染したコンピューター を遠隔操作する画面に、中国語が使われていたケースを確認している。  中国政府は、公式に関与を否定しているが、これらは明らかに「中国サイバー軍」(24) (23)真珠湾攻撃作戦を立案した、大日本帝国海軍の軍人。第 26、27 代連合艦隊司令長官。 (24)海南島基地に存在するとされる中国人民解放軍の電子戦部隊。専属のハッカー多数を抱える。

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よる組織的、計画的な 軍事行動 (25)である。 これは戦争なのだ。敵性国家による電子的攻撃なのである。21 世紀においては、陸海空 のみならず、宇宙空間とサイバー空間も、雌雄を決する 戦場 と位置づけられているの である。   お わ り に  ‐ 今 伝 え た い こ と ‐  昨今の東アジアにおける軍事バランスは、危うい状況にある。中国など周辺諸国の軍事 費は増大している一方で、我が国の防衛予算は右肩下がりであるからだ。  事業仕分け のやり方(26)などを見ていると、政権与党や財務省は、自衛隊や防衛産 業に必要な予算を、「単なる数字」としか見ていないのではなかろうかと思えてくる。  緊縮財政も大事だが、予算(資金)とは言うならば、国家活動、経済活動の為に必要 な潤滑油で、本当に大切なのは産業であり、これは雇用や生活と同義語である。  膨大なデフレギャップが存在し、極端な円高傾向が続いている我が国は、逆にこの状 況を活かして、政府紙幣(27)や無利子国債を限定的に発行(28)し、復興予算及び防衛予算を 捻出するというような、思いきった政治の決断(29)も必要ではないだろうか?  歴史上、幾多も発生した悪性インフレの苦い記憶、政治家と役人の事なかれ主義、我 田引水の如く利権に群がろうとする人々、ポピュリズムによる安易な乱発など、政府紙 幣にはリスクが多く、また、 大陸紙幣ほど役に立たないものはない。 という格言で嘲 (25)2010 年 9 月に発生した、イラン核施設における遠心分離機の誤作動及び停止は、アメリカと イスラエルが行ったサイバー攻撃によるものだとされる。これにより、イランの核開発計画は、 年単位の遅滞を余儀なくされた。 (26)スーパーコンピューターや宇宙ロケット事業における本当の無駄とは、メインの事業とは直 接関係無い「箱物作り」や「 渡り を繰り返す天下り役人の高い給与」等のはずであるが、こ ともあろうに、政権与党民主党は、スーパーコンピューターや宇宙ロケットそのものを「斬ろう」 とした。これは、例えるなら、「まだ手術で取り除けるレベルの悪性腫瘍を抱えた患者を、治療 せずに、安楽死させる」ようなものである。 (27) 貨幣の製造及び発行の権能は、政府に属する。  「通貨の単位及び貨幣の発行等に関す る法律」(昭和 62 年、法律第 42 号)の第四条  (28)直接、政府紙幣「日本政府券」の発行を行わずに、一定額分の「政府貨幣発行権」を日本銀行に 売却し、同額分の日本銀行券を発行するという方法もある。 (29)元大蔵省官僚の青山学院大学客員教授である榊原英資や、渡辺喜美みんなの党代表(元金融 担当大臣)、元財務官僚の経済学者である高橋洋一やノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大 学教授ジョセフ・E・スティグリッツ、大阪学院大学名誉教授の丹羽春喜などが政府紙幣発行を 提言した事があり、2009 年 2 月には、自由民主党内に、「政府紙幣・無利子国債発行を検討する 議員連盟」が発足している。

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笑されるかもしれないが、欧米諸国に「日本化」(30)と揶揄されている現状よりはまだマ シであろう。 アメリカが日本の国防上、根幹となる最重要部分(軍事衛星システムや諜報機関情報 網)を握っている現状では極めて困難な事ではあるが、 アメリカはあくまで、アメリカ の国益で動く 現実をふまえれば、我が国自前の軍事衛星システムと諜報機関情報網の 整備を、国家の強い意志で進めるべきである。 必要な所にはしっかりとお金をかける事で、エシュロン(31)や DSP 衛星(32)などに依存せ ず、また政治家と有権者が有意義な国防論議を交わせるようになった時、我が国は、真 の意味での独立国家、主権国家となる事ができるのだ。   参考文献及び資料 ・小川和久、坂本衛著(2005 年)『日本の戦争力』アスコム  ・小川和久、坂本衛著(2007 年)『日本の戦争力 VS.北朝鮮、中国』アスコム ・桜林美佐著(2011 年)『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災』産経新聞 出版 ・桜林美佐著(2010 年)『誰も語らなかった防衛産業』並木書房 ・「カレント」誌、平成 14 年 1 月号、丹羽春喜「政府貨幣と日銀券の本質的な違いに着目 せよ!」 ・産経新聞、2011 年 9 月 11 日、朝刊 1 面及び3面「大震災6ヵ月 見えた国防の穴」 ・産経新聞、2011 年 10 月 28 日、朝刊 28 面「警告サイバー空間 新たな戦場 備え急務」 ・msn産経ニュース、2011 年 9 月 21 日、「サイバー攻撃 三菱電機 IHI 川崎重工 にも狙われた防衛産業」http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110921/crm11092102000003-n1.htm ・朝日新聞社の速報ニュースサイト、2011 年 10 月 24 日、「軍事・原発情報流失か三菱重へ のサイバー攻撃」 http://www.asahi.com/national/update/1023/TKY201110230394.html ・朝日新聞社の速報ニュースサイト、2011 年 10 月 12 日、「ミサイル製造所に 30 万回アク セス三菱重工サイバー攻撃」http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201110120220 .html (30) 何ら有効な手立てを打たず、ただ問題を先送りする 姿勢及び傾向の事。 (31)アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドが共同運用する軍事用通 信傍受システム。 (32)ミサイル防衛システムの「眼」となる、アメリカの早期警戒衛星。

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愛国心と国防

京都産業大学 岡本裕也

は じ め に  愛国心とは国防にとって重要な要素と考える。愛国心とは何かを定義し、過去の愛国心 と現在の愛国心を比較する。現代は愛国心が高まりつつあると言われているが、実態はど うなのだろうか。また、最近ネット上でみられる「ネット右翼」についても考察し、これ からの愛国心はどうあるべきか考えてみたい。 愛 国 心 と は な に か   愛国心とは、「自分の国を愛し、国の名誉・存続などのために行動しようとする心。祖国 愛」(1)とある。また、ナショナリズムやパトリオティズムに換言されることもある。ナシ ョナリズムとは、「国家や民族の統一・独立・繁栄を目ざす思想や運動。国家主義→民族主 義→国民主義」(2)国家、民族のための動きを伴った考え方である。それに対して、パトリ オティズムは、「愛国心。愛国主義。転じて愛郷心、愛社精神」(3)であり、国を愛するとい った、気持ちそのものをあらわすようだ。 愛国心は社会的身分などの枠組みを超え、同じ民族意識をもつ成員の概念である。自分 の国の文化に愛着を持つ気持ちでもある。ナショナリズムは自国の繁栄を優先とし、優遇 する考えである。そのため、他国との衝突の原因にもなることもある。そのため、戦争や 反日などのネガティブなイメージが付きまといやすい。また、ナショナリズムとパトリオ ティズムはしばしば混同されて用いられる傾向がある。それは愛国心の定義は曖昧であり、 人それぞれ解釈が違うためである。 国防との関連で言えば、自分の国を大切にする。家族を守るという意味で非常に重要で ある。自分の国や家族に対して特別な感情がなくして、国防が成り立つだろうか。 過 去 に み ら れ る 愛 国 心  第二次世界大戦までの愛国心の発露、明治時代の知識人の考える愛国心について述べる。 過去の愛国心をみると、全体を通して重要なキーパーソンとなるのは、楠正成ではないだ ろうか。 まず、楠木正成であるが、正成は後醍醐天皇の倒幕をたすけ、建武の中興後に後醍醐天皇 側について足利尊氏と戦った武将である。湊川の戦いで足利尊氏に破れ、弟と刺し違え果 てる。その時に言ったとされるのが「七生報国」である。七生報国とは七回人として生ま れ、逆賊を討ち果たし国に報いたいという意味である。これは、当時の武士たちが、一所 懸命という言葉にあらわされるように、自分の土地を護ることに執着していたのに対して、 国というものを意識していたことは、大きな意味があるといえる。また、湊川に赴く際、 (1)『デジタル大字泉』参照。 (2)『デジタル大字泉』参照。 (3)『デジタル大字泉』参照。

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2 息子の正行と桜井で別れたことは、後の唱歌にあるように、滅私奉公とされる。  上述の楠公の精神は、幕末の攘夷志士たちに見直され、精神的支柱となっていく。幕末 の志士達によって明治維新が成し遂げられると、楠公の精神は日本人の精神の手本として、 教育されていくことになる。  明治の知識人たちは愛国心をどのように考えていたのであろうか。福沢諭吉は、「「自国 の権義を伸ばし、自国の民を富まし、自国の智徳を修め、自国の名誉を耀かさんとして勉 強するものを、報国の民と称し、其心を名けて報国心と言ふ」と『文明論之概略』第10 章 において述べた。また、「便利を謀て自から私する偏頗の心」であるとも述べており。利己 的な意味の強い、偏った(「偏頗」)概念であることを指摘しているのである」(4)。ここで 諭吉は愛国心とは、国のために努力することであり、また偏った考えであるという。これ は所謂ナショナリズムという事が出来るのではないだろうか。また陸羯南は、自身を国粋 主義者としており「愛国心は即ち国民自尊の感情に外ならず」、「此感情に由て其政治団体 を維持」出来るのであると。「博愛主義は人間に基づき、愛国主義は国民に基づく、若し夫 れ博愛主義に基づきて人間の統一を図るの日に至らば、今の所謂愛国心なるものは尚ほ地 方的感情のごとく、却りて人間統一に害ある可賎の感情とならん」と述べる」(5)。羯南も 愛国心をナショナリズムの意味に捉えていたようだ。 しかし、福沢が西洋文明の積極的な摂取によって日本の独立の維持を主張したのにたい して、羯南は、西洋文明が優れていて西洋人の思想は傲慢であり、それぞれの国には各々 役割があって、それで世界が成り立つのだとの考えを示している。また日本の文化を大切 にすることと述べている。これは明治維新後の急速な欧化主義に対する批判とも言えるだ ろう。  また急速な欧化主義にたいして明治天皇も、西洋の文明、洋学が重んじられ、日本古来 の伝統、倫理観が、ないがしろにされるのではないかとの憂慮があったようだ(6)。そのた め明治23 年10月30日に教育勅語が渙発される。教育勅語のなかには、国を大切にする ことや、博愛の精神までうたわれている。  昭和に入り、日中戦争、太平洋戦争が勃発すると、殊更に楠公の精神が強調されるよう になる。特攻兵器の回天を考案した黒木博司は、特に楠公の精神を信条としていたようで ある。このことから、特攻の精神も楠公の精神が見られるといえる。しかし、特攻隊員の 遺書などを見ると、忠君愛国などの言葉もあるなか、家族への愛情ある言葉がつづられて いる。また、特攻の生みの親といわれる大西瀧治朗は、はじめ外道であると、特攻作戦を 否定します。しかし、日本がとことん追い詰められたなかで、一度でも勝利し、少しでも (4)小寺正一(1976 年)「愛国心について - 福沢諭吉と陸羯南の場合-」『道徳教育学論集』 大阪教育大学道徳教育教室、12 頁。 (5)小寺正一(1976 年)「愛国心について - 福沢諭吉と陸羯南の場合-」『道徳教育学論集』 大阪教育大学道徳教育教室、12 頁。 (6)明治神宮http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.ht 参照。

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3 よい条件で講和するという目的のため特攻作戦を考案したとされる(7)  過去の愛国心を少し調べてみると、過去の愛国心を語る上で楠公の精神を抜かすことは 出来ないといえる。攘夷志士達の精神的模範であり、明治維新が成し遂げられると、楠公 の精神は国民に広く教育されていくこととなる。戦時おいて特に楠公の精神は強調された。 太平洋戦争において、苦戦を強いられ追い詰められた日本は、楠公が国のため天皇のため に命を懸けて戦ったように、命を懸けた、必死の特攻作戦を考案した。  では、この楠公の精神とは、楠正成は乱世にあってどの様にしてこのような考えに至っ たのであろうか。これについて「根源的な民族の土俗であり、民族の血の現れである」(8) といった見方もあるが、これでは正成の考えをきちんと裏付けした見方とはいえない。楠 公の精神のそのバックボーンは何であったかは今後の課題としたい。 最 近 の 愛 国 心 ・ 調 査  最近はネットに、ネット右翼というものが存在する。彼らは愛国心を持つことや、日本 の文化歴史に関心がある。しかし、ネット掲示板において、嫌韓国・中国などの排外主義 的書き込みを行うなど、偏狭なナショナリズム的傾向がみられる。彼らの愛国心とはかな り利己的な側面を持っている、諭吉や羯南の指摘通りである。「ネットの外でも署名・投書・ 集会出席などの活動に積極的な傾向がみられる。 これまでは目につきにくかった「右 翼」的な潜在層がネット上で可視化されたととらえるのが適当かもしれない」(9)。また、 男性が多く、「2ちゃんねる」の使用頻度が高いことなども指摘されている。 ネットにたいして、現在の一般国民の感情としての「国を愛するという気持ちは」(愛国 心)は、過去と比較すると一割ほど上昇している(10)。また年齢が高くなるのに比例して 「国を愛する気持ち」は高くなっている。中学生や学生を対象とした調査でも、愛国心と いうものを肯定的に捉える率は高くなっている。これ等に見られる愛国心とは、ナショナ リズムの負の側面はほとんど無く、パトリオティズム的愛国心ではないだろうか。愛国心 の高まり加え、日本でも愛国心を育てる教育は必要なのかという内閣府調査では 7 割以上 が賛成している(11)。しかし、中国などでは反日教育が行われているという周知の事実が ある。あのような露骨な偏狭なナショナリズムは否定されてしかるべきだろう。 お わ り に 愛国心にはさまざまな解釈があることがわかった。過去の愛国心が楠公を模範としてき たことに対して、戦後の愛国心はがらりと変ったようだった。日本人には愛国心は無いの (7)原勝洋(2007 年)『鎮魂特別攻撃隊の遺書』、84 頁∼88 頁参照。 (8)保田興重郎『太平記と大楠公』 http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/topic%20yasuda.htm 参照。 (9)辻大介(2008 年)「インターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究」 http://d-tsuji.com/paper/r04/report04.pdf「主な知見」。 (10)「国や社会との関わりについて」2011 年)『社会意識に関する世論調査』内閣府大臣 官房政府広報室、http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-shakai/2-1.html 参照。 (11)「国や社会との関わりについて」2011 年)『社会意識に関する世論調査』内閣府大臣 官房政府広報室、http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-shakai/2-1.html 参照。

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4 かと指摘されることもあれば、愛国心は侵略戦争の元凶だとされて否定されることもある。 日本人に愛国心が無いという指摘は、最近の調査が示す通り、最近では愛国心を持った人 が増えているのが現実で、それを危険視する意見もある。しかし、最近の調査では素朴に 日本を愛する、家族や周りの集団に愛着を持つという事が大半で、一部、「ネット右翼」に 見られるような偏狭なナショナリズムとはちがった、パトリオティズム的愛国心があるよ うに思われる。 楠公の精神、特攻の精神等、過去の愛国心、精神が忘れ去られている現代日本は、領土 問題や経済などのさまざまな問題に直面している。愛国心教育の必要性を説くならば、過 去の愛国心を慎重に見直すべきではないだろうか。 

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身を賭けた行動―三島由紀夫『行動学入門』

京都産業大学 上野剛

は じ め に 1970 年 11 月 25 日、三島由紀夫は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で、「楯の会」のメンバー4 人と ともに訪問し、総監を人質にとり、自衛官に向けて決起を呼びかける演説をした。しかし、 その演説を真剣に聞く者はおらず、三島は演説をわずか 7 分で切り上げ、割腹自殺をした。 三島が訴えたのは「自衛隊の名誉回復」と「日米安保体制からの脱却と自主防衛」の 2 点 である。私は三島のその決死の覚悟で訴えた行動に、もっと耳を傾けるべきであったと思 う。そして、作家でありながら、そのような行動をとった三島のその行動力はやはり、た だ「狂った」と一言で片づけるべきではない。その行動力を私たちは見習うべきである。 三島の著作『金閣寺』『行動学入門』『文化防衛論』を通して、「行動」ということを考えて みたい。  目 次  1.切腹に見る三島の覚悟 2.『金閣寺』に見る「行為者」としての溝口 3.陽明学―知行合一 4.ドン・キホーテ的人間―三島 5.文化を守るためには 6.結論  1.切腹に見る三島の覚悟 私が予備校に通っている時に、ある現代文の講師の授業で三島が取り上げられたことがあ った。そして、三島が切腹したと話し、その激痛というのは並大抵のものではないと言っ ていた。腹を切ればまっすぐに立っていた上半身は、腹筋による支えが絶たれ、たちまち 後ろに倒れてしまうことや、人間の腹の肉は意外に硬く、真一文字に切るには相当な力が いることなど、切腹の生々しい描写が講師の口から発せられた。その印象は大学に入った 今でも鮮烈に覚えていた。どうして切腹したのか。何を考えていたのか。私は疑問と興味 をずっと抱えていた。そして、私は激痛を伴う切腹を実行した三島には、なにかとてつも ない覚悟があると確信していた。

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 2 .『 金 閣 寺 』 に 見 る 「 行 為 者 」 と し て の 溝 口  『金閣寺』の主人公である溝口は、初めて父に連れられて見た金閣は美しく感じなかった。 しかし、戦時中であったので、金閣は戦火でやかれるかもしれない。溝口はそんな金閣に 親しみを感じ始めた。それは生命のやがて死ぬ儚さを象徴している。終戦により溝口が感 じていた金閣との親しみ、やがて死ぬだろうというつながりが絶たれ、絶望を感じる。金 閣は「永遠」にそこに存在し、決して相容れない。金閣の「永遠」と人間の儚い限りある 「生」。この圧倒的な断絶が溝口を悩ました。金閣の絶対的な「美」は彼の中でますます大 きくなっていく。女性との関係に及ぼうとしたとき、金閣がそこに現れ溝口を阻む。溝口 は金閣から解放されるために、金閣を焼く決意をする。ここで注目したいのが、金閣の老 師が終戦の夜に話した講話「南泉斬猫」である。この禅の公案の内容を以下に抜粋する。 「唐代の頃、池州南泉山に普願禅師という名僧があった。山の名に因んで、南泉和尚とよ ばれている。一山総出で草刈りにでたとき、この閑寂な山寺に一匹の仔猫があらわれた。 ものめずらしさに皆追いかけ廻してこれを捕え、さて東西両堂の争いになった。両堂互い にこの仔猫を、自分たちのペットにしようと思って争ったのである。それを見ていた南泉 和尚は、忽ち仔猫の首をつかんで、草刈り鎌を擬して、こう言った。「大衆道ひ得ば即ち救 ひ得ん。道ひ得ずんば即ち斬却せん」衆の答はなかった。南泉和尚は仔猫を斬って捨てた。 日暮れになって、高弟の趙州が帰って来た。南泉和尚は事の次第を述べて、趙州の意見を 質した。趙州はたちまち、はいていた履を脱いで、頭の上にのせて、出て行った。南泉和 尚は嘆じて言った。「ああ、今日おまえが居てくれたら、猫の児も助かったものを」(1)。 難解な公案だが、『金閣寺』にでてくる老師の解釈を抜粋する。 「南泉和尚が猫を斬ったのは、自我の迷妄を絶ち、妄念妄想の根源を斬ったのである。非 情の実践によって、猫の首を斬り、一切の矛盾、対立、自他の確執を絶ったのである。こ れを殺人刀とよぶなら、趙州のそれは活人剣である。泥にまみれ、人にさげすまれる履と いうものを、限りない寛容によって頭上にいただき、菩薩道を実践したのである」(2)。 つまり、僧たちが奪い合っていた猫、これは猫として見るのではなく、僧たちの迷いの根 源の象徴としてみすべきであり、和尚はこれを断ち切ったのである。そして、注目すべき は趙州が履を頭の上に載せたということである。10 月 20 日にカダフィ大佐が殺害されたと (1) 三島由紀夫(2011/6/10)『金閣寺』新潮社 83 頁 (2) 前掲書84 頁

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き、兵士らはイスラム世界では最大級の侮辱を表す靴底で大佐を叩いて祝ったそうだが、 禅宗でも履で踏まれるというのは一番の屈辱であり、それを頭の上に持ってくるというの は、自分とその他のもの一切との区別をなくしたということである。これはすなわち禅で いう「無」の境地であり、陽明学でいう「太虚」に通ずるのである。この陽明学について は後で触れたいと思う。私は溝口を何戦和尚と見て、金閣を猫と見る。「南泉斬猫」では迷 いの根源が猫であって、『金閣寺』では金閣が溝口にとっての「怨敵」であった。南泉和尚 は猫を斬り、溝口は金閣を焼いた。それは南泉和尚も溝口も「行為者」であったからであ る。溝口の友人である柏木は「認識」こそ「生に耐えるための方法」だと言った。それに 対し、溝口は「世界を変貌させるのは行為なんだ。それだけしかない」(3)と言っている。そ して溝口は「行為者」として金閣をついに焼く。私は溝口を通して、三島はある種の告白 をしていたと思う。それは三島が「認識」よりも「行為」に重点を置いているということ である。「認識」ではなく「行為」が世界を変えるというところを私は『金閣寺』のメッセ ージとして受け取った。  3 . 陽 明 学 ― 知 行 合 一  三島は『行動学入門』で行動の大切さを訴えている。Ⅲの章では「革命哲学としての陽明 学」と題し、陽明学がもう一度見直されるべきであると主張している。先ほどの「南泉斬 猫」の公案で趙州が実践した菩薩道、すなわち禅の「無」と陽明学の「太虚」とは相通じ るところがある。「太虚」を説明するのに、三島は大塩平八郎の言葉を引用している。 「太虚というものこそ万物創造の源であり、また善と悪とを良知によって弁別し得る最後 のものであり、ここに至って人々の行動は生死を超越した正義そのものに帰着すると主張 した」(4)。 つまり、「太虚」とは一切の物事の根底にある根本原理です。私たちは自分と他人、善と悪、 肉体と精神などいろんなことを分けている。しかし、それらの根底には共通したものがあ り、その共通した原理こそ、善悪を超越した「太虚」なのである。また、陽明学はすべて を一つの根本原理と考えるから、「認識」と「行為」または「行動」も分けて考えない。「認 識」と「行動」は一つのものと見る。つまり「知」と「行」の一致;知行合一である。知 行合一を最も端的に言い表したものが「知ツテ行ハザルハ未ダコレヲ知ラザルナリ」であ (3) 前掲書 273 頁 (4) 三島由紀夫(1974/10/25)『行動学入門』文春文庫

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る。ここに陽明学の最も重要な主張があると三島は言っている。 以上のようなことから考えてみると、私たちは研究したものを、ただ発表するだけでは全 く不十分だということができる。それを発表して、その身で実行しなくてはいけない。知 っていてそれを行動に移さない者、それは何も知っていなのである。ただ頭の中で考えた ものを話し合っているだけでは、それはただ言葉の世界で言い争っているだけで、それが 本当にそうなのかを知っているとは限らない。水が冷たいと知っていても、それがどの程 度冷たいかは知らない。それを知るには、直に触れるしかない。グルメリポーターがどん なふうに味を表現しても、視聴者は決してその味を知ることはない。知る唯一の方法は食 べるという「行為」しかない。  4 . ド ン ・ キ ホ ー テ 的 人 間 ― 三 島  細分化という言葉があるが、近代の知識人はあまりにも物事を細かく分けすぎた。神を捨 てて技術を得、私たちの生活は豊かになり、ますます便利になっていく。しかし、それに よって私たちが失ったもの、それは心であり、魂である。『行動学入門』で三島は大塩平八 郎を引用し、「身の死するを恨まず、心の死するを恨む」といっている。セルヴァンデス著 の『ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ』という小説の主人公、ドン・キホーテは風車に向 かって突き進みましたが、それは巨人でなければならなかった。それが愚かな行為だとし ても、突進しなければならなかった。それが彼にとっての正義だからだ。そしてそれを冷 徹な目で傍観するサンチョ・パンサは果たして何を手に入れたのか。風車を風車としか見 ることができない現代人は心も情熱も捨て、代わりに無機質な現代を手に入れた。バルコ ニーで必死に訴える三島とそれを嘲笑し、ヤジを飛ばす自衛隊員、国民、政治家、メディ アの関係はまさにドン・キホーテとサンチョ・パンサの関係である。今日の日本は危機的 状況にあり、三島はやはりこうなることを見抜いていた。私たちは一個人として存在し、 また日本国民としてもっと自覚するべきで、日本の危機的状況から目をそむけてはいけな い。もっと政治に関心を持ち、世界の動向に常に目を配らなければならない。そうしては じめて日本をどうすればよいかということが言えるようになる。日本国民でありながら、 日本に対してサンチョ・パンサ的人間であってはならない。 阿波踊りという、徳島県を発祥とする盆踊りがあるが、その掛け声に「踊る阿呆に見る阿 呆、同じ阿呆なら踊らな損々」というものがある。憂国の人民であれば、踊る阿呆でなけ ればならず、絶対に見る阿呆であってはならない。嘲笑されようと、自分が信じた目標に

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向かって最後までやり通す「行為者」が三島であり、この点において私は絶対に評価をす る。   5 . 文 化 を 守 る た め に は  私たちの国の文化を守るためには、私たちが国を身を挺して ....... でも守ってやるという覚悟を 持っていなければならない。三島は『文化防衛論』で、ある非武装平和を主張する一人の 言葉を引用している。 「日本は非武装平和に徹して、侵入する外敵に対しては一切抵抗せずに皆殺しにされても よく、それによって世界史に平和憲法の理想が生かされればよいと主張するのをきい て・・・・・・一億玉砕思想は、目に見えぬ文化、国の魂、その精神的価値を守るためな ら、保持者自身が全滅し、又、目に見える文化のすべてが破壊されてもよい、という思想 である」(5) 下線部分が大変重要である。私たちが何かを守ろうとするとき、本当に守りたかったら、 自分の命も惜しまぬ覚悟で守るはずである。しかし、私たちは命の保証が最優先にされて いる時代に生きている。その代わりに、命を賭けるであるとか、「覚悟」という言葉は非常 に実感がわかない。私たちは何をするにしても、命を取られるということは決してないと 安心している。だから、何をしてもその行動は軽い決断のもとでくだされ、失敗しても殺 されない。私たちはこういう時代に生きている。政治家は保身に走り、責任を放棄し辞任 し、失言を繰り返す。その心意気の腐敗は時代のせいなのかもしれない。 「身を挺する」という覚悟が実感しにくい時代ですが、私たちがどんなことでも絶対に失 敗してはいけない、という「覚悟」がなければならないと思う。「覚悟」の持った行動とい うものを国民みんなが持っていれば、国は絶対に良くなっていくであろう。   6 . 結 論  現在の日本の政治家は保身のための言論というのが目立っているように思う。何か「覚悟」 の持った言論を発し、そして行動する。そこがとても大事である。その行動が正しいかど うか、それはわからない。しかし、行動しなければ正しいかどうかも分からない。考えた (5) 三島由紀夫 2006/11/10『文化防衛論』 ちくま文庫 41 頁(下線は筆者)

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ことを実行に移す。そしてまた考え、実行していく。その繰り返しが善悪を超越した「真 理」になるのではないかと思う。三島の行動が否定される意見をよく耳にするが、1970 年 11 月 25 日に三島が起こしたその行動は、三島の覚悟、命がけの行動であり、その行動が正 しいかどうかは別にして、行動を起こしてということは評価するべきである。特に私たち 大学生がこの命がけの行動というものを見直さなければならないと思う。それは、大学生 が一番自由であるからである。それは学問的にも、行動的にも。大学では好きなものが学 べる。また一方でどんな行動でもできるからである。私たちは「溝口」でなければならず、 「ドン・キホーテ」でなければならず、「踊る阿呆」でなければならない。行動にその身を 置かなければならない。大学生はより政治、国防、外交などに目を向け、自分の意見とい うものをしっかり持ち、その意見を覚悟をもって主張するべきである。そして全力で行動 するべきである。身を賭けるからこそ、その考え。意見は命を持ち、人々の心を動かすの である。      参考文献 三島由紀夫『文化防衛論』2006/11/10 ちくま文庫 三島由紀夫『行動学入門』1974/10/25 文春文庫 三島由紀夫『金閣寺』2011/6/10 新潮文庫

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日本国憲法第

9 条―自衛隊の憲法適合性―

同志社大学 山本千晶

1.はじめに 日本国憲法は、戦争放棄と戦力不保持を規定するものであるが、そのもとで自衛隊が合 憲か否かについて論じようとするのが本稿の目的である。 ここではまず、学界における 9 条解釈の現状を俯瞰したうえで、制憲史的作業を通じて 共通理解を深め、現在の自衛隊の合憲性について考えてみたい。  2.学界における諸説 (1)9 条の意味 現在の学説は、9 条 1 項と 2 項の関係をめぐって展開されており、大きく 3 説に分けるこ とができる1。第 1 説では、1 項において自衛戦争も含め全ての戦争が放棄されていると解 し22 項についても「前項の目的」を 1 項の冒頭の「正義と秩序を基調とする国際平和を 誠実に希求」することを指すと捉える。したがって、この説によると、あらゆる戦力の保 持が禁止されていることになり、自衛戦争の余地は無くなる。第2 説では、1 項における「国 際紛争を解決する手段としては」という留保に着目し、従来の国際法上の思想3を踏襲する 規定だと捉えて、自衛戦争や制裁戦争は禁じられていないと解する。しかし、2 項冒頭の「前 項の目的」が、1 説同様の理念を指すために、全ての戦争を行い得ないことになる。したが って、1 説と 2 説は結論的には異ならない。第 3 説では、1 項について、第 2 説同様、語句 の由来に着目し、侵略戦争が放棄されたにすぎないと解するが、2 項の「前項の目的を達す るため」とは「侵略戦争の放棄という目的を達するため」であると捉え、侵略目的の戦力 の保持を禁止したにとどまると主張する。つまり、この見解では自衛用の戦力であれば保 持できると解し、自衛戦争を可能にしうる。 (2)戦力の意味 憲法9 条 2 項前段は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持 1 佐々木高雄(1999)「戦力と自衛隊」憲法の争点、ジュリスト増刊 40 頁。 2 芦部信喜(2009)「憲法(第 4 版)」岩波書店、57 頁。およそ戦争は全て国際紛争を解決する手 段としてなされるものであるから、自衛戦争と侵略戦争を区別する必要はないという理由による。 3 例えばパリ不戦条約 1 条(1928 年)によると、「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは、 「国家の政策の手段としての戦争」と同じ意味であり、具体的には侵略戦争を意味する。

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2 しない」と規定している。ここに言う「戦力」とは何かという問題が、自衛隊の合憲性と 関係して特に争われてきた。  学説上は、一般に厳格に解釈しているが、政府はそれを緩やかに解している。通説は、 戦力とは、軍隊および有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊であると解している。 ここで言う軍隊とは、外敵の攻撃に対して、実力をもってこれに対抗し、国土を防衛する ことを目的として設けられた人的・物的手段の組織体である。具体的には、組織体の名称 が何であれ、その人員、編成方法、装備、訓練、予算等の点から判断して、外敵の攻撃に 対して国土を防衛するという目的にふさわしい内容を持った実力部隊を指す。  3 .9 条の制憲過程 (1)マッカーサー・ノート  戦後改革の一として明治憲法が改正され、日本国憲法が誕生した。このきっかけは、連 合国軍最高司令官マッカーサーによる指示であったが、当初の改憲作業に占領軍の主導性 が発揮されていたわけではない。 しかし、1946 年 2 月 1 日、毎日新聞が松本員会案をスクープしたことにより、自体は一 変し憲法改正の主導権は完全に GHQ に握られることとなる4。こうした推移を象徴的に示 すのがマッカーサー・ノートである。これは、マッカーサーが制定される憲法に盛り込む べき改憲の要点をまとめたメモであり、民政局における起草作業を方向づけたものである5  戦争放棄に関する条項は、マッカーサー・ノート第二項目目に見られる。その前段にお いては、日本に自衛戦争まで服務全ての戦争の放棄を宣言させ、後段では、国際社会の立 場から、日本が武装組織を保有してもそれを正規軍とは認めないし、それを動かしても交 戦国に許される国際法上の諸権利を日本には認めないとの方針を示していた6。 しかし、この条項はケイディスの冷静な判断によって削除される。彼は、後のインタビ ューで「自国の防衛のためでさえも戦争を放棄すると言った 点について私は、道理に 合わないと思いました。全ての国は自己保存のための固有の自衛の権利を持っているから です」「マッカーサー・ノート第二項目目から自衛戦争放棄条項を削除して同条一項とした」 等、答えている。1946 年当時の国際常識に従えば、自衛戦争の放棄を他国に求めることな 4 塩田純(2008)『日本国憲法誕生 知られざる裏舞台』日本放送出版協会、86 頁。 5 佐々木高雄(1997)『戦争放棄条項の成立経緯』成文堂、1 頁。 6 古関彰一(2001)『九条と安全保障』小学館文庫、58 頁。

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3 ど考えられないことであったためである。削除の積極的な意思を確認できる以上、マッカ ーサー草案、つまり「日本側作業の基盤」は自衛戦争を認める「限定的な戦争放棄条項」 に改められていたと考えるのが自然である。 (2)芦田解釈  「芦田修正」とは、憲法制定議会の衆議院において、その憲法改正案特別委員及びその もとに設けられた小委員会の委員長であった芦田均委員の提唱によって成立したといわれ ている修正のことである。それは、第一項の冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とす る国際平和を誠実に希求し」という一文を加え、かつ第二項に「前項の目的を達するため」 という一句を加えたものであった。制定議会においての修正は多数あるものの、これに対 して呼称が与えられているのは、この修正が、自衛戦争を保持できるように自ら密かに埋 め込んだ仕掛けであると、制憲後、芦田氏が熱心に語り続けてきた7からである。 マッカーサー・ノート以来、この帝国憲法改正案に至るまで、常に第一項とは独立して 何の限定もなく陸海空軍その他の戦力の不保持を定めていたのであったが、この修正によ って「前項の目的を達するため」という限定が付加された。ここでいう「前項の目的」が 第一項の「国際紛争を解決する手段としては」という箇所に関連されることによって、戦 力の不保持も「国際紛争を解決する手段として」の戦争を放棄するという目的のためのも のにとどまり、自衛のための戦争であれば第 9 条の下においても戦力の保持は認められる という解釈の余地が生じたのである8 しかし、あらかじめ承知しておくべきは、そうした「芦田発言」が第 9 条の解釈論争を ただちに決するわけではないことである9。芦田氏が制憲当時「実はこのように考えていた」 旨打ち明けたところで、裏付けがなければ何の意味もなさない。仮に、政権時の芦田氏の 意図が解明され、「秘策」の練られた跡を確認できたところで、次にはそれを立法者意思と 認めることができなければ解釈に影響することはないのである10 ここで、芦田解釈のなされた経緯を検討するに、「芦田修正」がその提唱者である芦田氏 7「毎日新聞」1951 年 1 月 14 日。 8 佐藤功(1992)「政府解釈の軌跡と論点(上)」ジュリスト 1001 号 74 頁。 9 佐々木・前掲注(5)書、323 頁。 10 解釈に影響を及ぼす立法者意思とは、単なる主観的な意思ではなく、客観的・合理的に確認 することができ、法的評価を受ける意思でなければならないとされている。

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4 の真意ないし含蓄によるものであったことは、当時の修正において何ら示されていない11 芦田氏は、この修正が行われた議会において、第一項の「正義と秩序を基調とする国際平 和を誠実に希求する」という字句に関して、日本国民が戦争放棄、軍備撤廃を決心するに 至った「動機」を明らかにするものである点を力説しているものの、第一項と第二項の関 係に関しては何ら触れていないのである。 したがって、芦田解釈は客観的に検証できる「立法者意思」ではなく、主観的な意思を 反映させたものにとどまっているとしか解釈しようがない。つまり、「芦田解釈」の前後を 通じて、自衛の戦争を放棄し、自衛のための戦力も認められないという政府解釈に変化は 生じない。 (3)小括  以上、制憲史を紐解く限りで、憲法 9 条の解釈として確認できるのは、日本が独立国家 として自衛権を有し、自衛力の維持が可能であり、やむを得ない場合にはそれを行使でき るという点である。しかし具体的に保持できる自衛力の規模など具体的な内容を導き出す のは不可能である。 5.憲法 9 条と国防論―私見に代えて― 日本国憲法9 条の解釈として、日本は自衛権を有しているという結論を導けたとしても、 9 条 2 項が戦力不保持を宣言している限り、自衛隊は憲法違反の存在であると疑われざるを 得ない。この矛盾を解決する手段は、主に二つあるように思われる。その第一は、9 条を改 正し、防衛費を引き上げ、多国籍軍に参加して国際貢献する道であり、第二は、9 条を改正 しないで、現実と理想との乖離をなくす道である12。  まず前者の道は、防衛関係者、国際政治学者、自民党、自由党および民主党の一部など によって支持されているように思われる。そして日本が国を守るための選択肢は「武装中 立」、「同盟」、「集団安全保障」の3 つに大きく分けることができる。 一方、後者は、9 条を改正せずに現実を理想に近づける努力をし、国際貢献としては、非 11 芦田氏の当時の日記においても、何ら芦田修正を示唆する記述は見られない。芦田均・進藤 榮一、 下河辺元春編纂(1968)『芦田均日記』岩波書店。また、1995 年、戦後 50 年をむかえて 公開された「秘密議事録」においても、芦田修正の経緯は触れていない。 12 竹前栄治(2001)『第 7 巻 護憲・改憲史論』小学館文庫、391 頁。

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