『二つの塔 スペシャル・エクステンデッド・エディション (SEE)』 追加映像字幕に関する具体的指摘リスト 『二つの塔・SEE』追加映像につけられた字幕は、残念なことに発売されるや否や、またも 批判の声が出る状況となってしまいました。 私どもの印象では、最も批判が集中しているのは “執政デネソール侯の言葉づかいが、下品 で粗野であり、脚本・演出が意図した人物像にそぐわない”ということです。また、それと並 んで、「中途停止文や疑問文の多用(『∼を? 』『∼で? 』『…』)」「傍点の多用」といった独特の 癖と、「台詞のポイントを訳出しない」という脚本意図の読み違いと思われる要点を欠いた字幕 が、脚本本来の意味や世界観をわかりにくくしているとして、不快感と反発を招いています。 このことから、字幕は誤訳がなければ良いというものではなく、その映画作品の雰囲気を壊 さないことが必要であり、脚本と演出が心血を注いだ人物像や世界観をありのまま伝えてほし い・脚本と字幕の間に入る翻訳者には癖のない黒子になってほしい、とファンは求めていると 考えられます。字数制限の枠内でも、誇り高く教養ある人物の話し方を表現することは十分可 能であることを示すため、リストには有志による字幕案も付記しました。(既に DVD が発売さ れ、1月の SEE 劇場上映会も迫っていて採用の希望がほとんど無いにも関わらず、このよう な別案が有志により次々に出されてきたのは、「素人だって即座にこれよりましな字幕を思いつ くではないか」と言わせるほどにSEE 追加映像字幕が拙劣の印象を与えたとご理解下さい。) 以下は、『二つの塔 SEE』追加字幕部分で、問題ありと思われる箇所の指摘リストです。 このリストは、[ハーブ本名]の個人サイト『英語工房』に書き込まれた多くの意見をまとめた ものです。『英語工房』には、プロの翻訳者数人を含む映画ファン達が自主的に集まってきて訳 文の検討をしています。その中から、[ハーブ本名]・[鉄の足ダイン本名]・[ゴン本名]が、重大 だと思うもの・ファン心理をよく理解できるものを抽出・集約し、このリストを作成しました。 このリストは『英語工房』の書き込みに負っていますが、文責は上記三者にあり、『英語工房』 参加者が合意したものでも、『ご意見箱』記入者が合意したものでもありません。 リストには「誤訳」と「拙訳」の指摘がありますが、英文法からみて誤訳かどうかよりも、 人物や世界観に「 ふさわしくない」 訳語選択のほうが、観る者に与える不快としてむしろ 深刻 である場合が多い、と考えられます。 さらに『ご意見箱』に寄せられた多数の声も併せて考えると、 観客の望みは「『ロード・オ ブ・ザ・リング』の世界に浸りたい」ということです 。観客を「世界に浸らせる」には、その 世界にふさわしい言葉の積み重ねが必要でしょう。それは全体から見れば「些細」な言葉の積 み重ねですが、しかしこのリストに見るように、その些細な言葉によって、世界は作られもす る一方、訳語選択を誤れば「壊されてしまった」と感じられると言えます。リス トは一見して 「重箱の隅つつき」のように思われるかもしれませんが、しかしその些細な言葉こそが重要と 考えられ、小さな配慮の積み重ねによって問題は解決されると思われます。
1.『執政家の息子たち』のシーン
SEE 追加映像として、ファンの多くが楽しみにしていたのが、執政家三人(デネソール、ボ ロミア、ファラミア)のシーンだと思われます。The One Ring.net でも、このシーンのネタば れ画像を早くから公開し、戦略的にファンの期待をあおってきたと考えられます。またヴィ ゴ・モーテンセンもインタビューで「追加映 像の中で執政家のシーンが一番好きだ」と答える など、注目が集まるシーンです。 ところが、執政家の台詞字幕は、「デネソールが、人物像とかけ離れたふさわしくない言葉使 いをする」「デネソールやボロミアの台詞で、情報の取捨選択を誤り、重要な情報を訳出しな かった」「デネソールやボロミアのせりふが日本語としておかしい。日本語になっていない訳 文」などが頻出し、ファンには看過できない手抜きの拙訳が並ぶシーンと映りました。期待し 楽しみにし注目したシーンだけに、ファンに与えた失望と怒りは大きいと思われます。 執政デネソール候はこの映画の中で、“大国の統治者、王の代理人、由緒正しい名家の当主” という設定であり、オリジナル英語脚本の台詞はそれにふさわしく格調高く文語的で、高度な レトリックを使って話しています。 以下、『執政家の息子たち』のシーン(チャプター番号 41)の中で、問題とされた主な箇所 を出現順に挙げていきます。 ()内は字数です。 《Chap41》
Boromir: This city of Osgiliath / has been reclaimed for Gondor!
【字幕】この都オスギリアスは ゴンドールのために― (19)/ 奪還された!(6) "for" を「ために」と訳すのを、明白な誤訳と位置づけるプロの翻訳者もいました。また「奪 還」を受動態で使うのも日本語としては見かけません。係り受けとしては「ゴンドールが奪還 した」だと思われます。 [修正案例] この都オスギリアスは 我がゴンドールが― (18)/ 奪還した! (5) 《Chap41》
Boromir: Leaves more time for drinking!
【字幕】酒を飲みたいから (8)
Break out the ale! These men are thirsty!
ボロミアは、自分が飲みたいだけに見えます。しかし、ボロミア は兵士たちの労をねぎらい、 「兵士たちに飲ませろ」と言っているのです。それに応えて兵たちが「いいぞ、大将!」と喝 采を叫ぶ演出 があります。さらに兵士たちとともに酒を分かち合うボロミアだからこそ、この チャプターの最後の方で「裂け谷に行くのではなく、民とともにここに留まる」と言う台詞に 説得力が出てくると思われますが、"These men" を抜いて訳出したためにボロミアの人物像が 違ってきてしまい、演出の効果を削いでいます。字幕は字数制限がありますので、むろん台詞 をそのままは訳せませんが、どこを訳し、どこを捨てるか、という取捨選択の判断が演出意図 と違っている一例と考えられます。この台詞で訳すべきポイントは"thirsty"「のどが渇いた」 ではなく"These men"「兵士たち・皆」のほうに比重があると考えられます。 [修正案] 祝杯が待てなくてな (9) 皆 飲みたいだろう! (9) 《Chap41》
Boromir: Remember today, little brother. 【字幕】忘れるな (4)
Today, life is good.
【字幕】今日の― (3)/ この気分を! (6) 字幕では訳出されていませんが、"little brother" の呼びかけが、ストーリー展開上、人の心に 訴えかける箇所と思われます。また「気分」という訳語がこの場面では日本語としておかしい のではないか・シーンの最後で繰り返される重要な台詞として意味が通じにくい、という意見 がありました。訳語の選択と、何を訳出するかの判断の両方がよくない例かと思われます。 [修正案] 忘れるな 弟よ (6) 今日の― (3)/ この日を! (5) これと対になる、シーン最後のボロミアの別れの言葉。 Boromir: Remember today, little brother. 【字幕】今日を忘れるなよ ( 8 )
[修正案] 今日を忘れるな 弟よ (9)
《Chap41》
Denethor: They say you vanquished the enemy / almost single-handedly.
"single-handedly" には「片手で」「単独で」両方の意味があります。デネソールの言いたいこ とは「単独」の意味のほうで、「ゴンドール軍の勝利はボロミアひとりの手柄」だと前後シーン から読み取られます。一方、字幕は「片手で」の意味を採っていますが、しかし「片手で敵を 潰した」では、一対一の戦いで馬鹿力を瞬間発揮しただけのように見えて、相当に意味がずれ るでしょう。英語字幕が二行で出る箇所ですので、字数にはもう少し余裕があると考え、 [修正案例] 一人で敵をなぎ倒したとな (12) 《Chap41》
Denethor: But for Faramir, this city would still be standing.
【字幕】この都は陥落したぞ (9)
Were you not entrusted to protect it?
【字幕】お前のせいでな(「せい」に傍点) (7)
舞台である都が敵の手中に落ちた、それを奪還した戦勝祝いの最中に、 「この都は陥落したぞ」
と、あたかもたった今、この都の敗報を持って来たかのような、状況理解に混乱を生じる 字幕 となっています。
さらに、ファラミアが都を守る責任を預けられていた("Were you not entrusted to protect it?" )という重要な情報が抜け落ちており、「脚本を理解できていないのではないか」「手抜き 字幕」との手厳しい批判が向けられています。 なお、「せい(傍点付き)」の言い回しは、この箇所だけでなく第一部・第二部の映画中で何度 か使われていて、しかもそれが適切な訳語ではないと思われる箇所でもあったため、「突っ込 め!」同様、ファン感情を刺激する言い回しになっているかと思われます。 [修正案例] 防備の任にありながら (10) 都を敵に渡した手柄か? (11) 《Chap41》
Denethor: Oh, too few.
【字幕】多勢に無勢? (6)
この字幕は、直前のファラミアの字幕をそのまま繰り返しています。字数としてもったいない ですし、おうむ返しの疑問文ではデネソールの皮肉な言い方が生きないと思われます。
《Chap41》
Denethor: Always you cast a poor reflection on me.
【字幕】父親として恥ずかしい (10) デネソールのオリジナル英語台詞は、格調高さを感じさせますが、それを「恥ずかしい」で片 付けてしまうと、単純化してしまった、という批判をも呼びます。 さらに上の繰り返しになりますが、「恥ずかしい」の言い回しは、この箇所だけでなく第一部の 映画中でも使われていて、しかもそれが適切な訳語ではないと思われる箇所でもあったため、 「突っ込め!」同様、ファン感情を刺激する言い回しになっているかと思われます。 [修正案例] 不肖の息子よ (6) 《Chap41》
Denethor: Do you trouble me with Faramir... ...I know his uses, and they are few.
【字幕】やつの話は よせ 役立たずだ (12) 最初に書きました通り、執政デネソール候はこの映画の中で、“大国の統治者、王の代理人、由 緒正しい名家の当主”という設定であり、オリジナル英語脚本の台詞はそれにふさわしく格調 高く文語的で、高度なレトリックを使って話しています。それに対して 「やめとけ」「やつの話は よせ」といった、平民以下、まるでごろつきのようなガラの悪い言 葉をあてた日本語 字幕は、世界観を壊し人物像をゆがめるとして、脚本・演出の意図から離れ た許容し難い筆頭に上げられています。 [修正案例] 無能者のことで 煩わせるな (12) 《Chap41》
Boromir: The One Ring.
【字幕】指輪ですね? (6) 指輪が絡んだ肯定文が、必然性なく疑問文になっています。第一部・第二部通じて、このパ ターンはありました。観客はこうした繰り返しに敏感に反応し、これを「場面に応じた最善の 字幕ではなく、どの場面でも同じ言葉をワンパターンに繰り返す」手抜き字幕だと感じていま す。この場面でボロミアは、父の言葉を聞いて思わず独り言を呟いた、といった口調であり、 問いかけはしていないと思われます。 [修正案] 一つの指輪か (6)
《Chap41》
Denethor: Bring me back this mighty gift.
【字幕】強力な授かり物を ここへ!(「授」にルビ「さず」) (12)
「ここへ」で言葉が切れているので意味を掴みにくく、内容がわかりにくい、という評判です。 [修正案例] 授かり物を 持ち帰るのだ! (12)
《Chap41》
Boromir: No. My place is here with my people. / Not in Rivendell.
【字幕】私はここ 民の側に留まります(「民」にルビ「たみ」) (14) “裂け谷”へなど… (9) 日本語として不自然さがある、文末がぼかされていて意味がわかりにくい、という評判です。 [修正案例] いいえ 私の居るべきは民の側 (14) “裂け谷”ではない (9) 《Chap41》
Denethor: I think not.
【字幕】やめとけ (4) 繰り返しになりますが、執政デネソール候はこの映画の中で、“大国の統治者、王の代理人、由 緒正しい名家の当主”という設定であり、オリジナル英語脚本の台詞はそれにふさわしく格調 高く文語的で、高度なレトリックを使って話しています。それに対して 「やめとけ」「やつの話は よせ」といった、平民以下、まるでごろつきのようなガラの悪い言 葉をあてた日本語字幕は、 世界観を壊し人物像をゆがめるとして、脚本・演出の意図から離れ た許容し難い筆頭に上げられています。 [修正案例] 無理だ (3) 一場面に批判が集中したこの追加チャプター41 を離れて、次に「誤訳・拙劣訳」との指摘が あったものを抜粋分類して例示します。
2.「誤訳」ではないかと思われるもの
《Chap6》
Saruman: I want them armed and ready to march within two weeks!
【字幕】2週間で出撃準備をせよ (11) 2週間かけて出撃準備をする、と、字幕からは悠長な印象を与えられますが、これは "within" の誤訳で、「2週間以内」と考えられます。意味としては、「とにかく急げ」と言っていると思 われます。 [修正案] 2週間以内に出撃せよ (10) 《Chap30》
Faramir: If he would not rather have stayed there...in peace.
【字幕】それとも自ら進んで― (9)/来たのか (4)
"wonder if ∼" に続く節ですから、これはもともと疑問文です。すなわち "Wouldn't he rather have stayed there in peace?" と自問しているのであり、
「この男とて、平穏に故郷に留まっていたかったであろうに」こそがこの場面のファラミアの 心情ですから、意味が逆転しているに近いと言えます。
これはもしや、not の位置の違いを見落として
"He would rather not have stayed there." 「彼は故郷に留まっていたくなかった」と誤解した ために「進んで異国への軍に加わった」という訳が出て来たのかとも思われます。
敵の一兵士に対してさえ、憐れみと思いやりのあるファラミアの人格を、初登場場面で示す重 要な英語台詞ですが、残念ながらこの字幕ではそれを伝え損ねてしまっています。
[修正案] 故郷に留まりたいと― (9)/望みつつ (4)
《Chap32》
Aragorn: There are few of us left.
【字幕】少数が生き残り― (7)
"a few" は肯定、 "few" ならば発言の意図は否定にある、というのは高校生の授業でも繰り返 し教えられる重要ポイントです。この脚本では特に、「北方王国は滅亡して久しい」「アラゴル
ンの孤独、その一族の悲劇」が語られるのですから、「生き残った」という肯定の字幕は誤りで しょう。
[修正案] ほとんど死に絶え― (8)
《Chap32》
Eowyn: I'm sorry. Please, eat.
【字幕】失礼しました・・・ 召し上がって (13)
"Excuse me" ではなく、"I'm sorry" ですので、悲しい身の上話をさせてしまったことで「ご めんなさい」、さらには血縁者がほとんど死に絶えたと聞いて「お気の毒な…」という意味だと 思われます。それを「失礼しました」では謝罪として軽すぎて表現の誤りではないか、という 意見が多いです。 [修正案] ごめんなさい 召し上がって (12) 3.台詞のポイントを外したと思われる例 字幕訳においては字数制限のために元脚本の一部を切り捨て、部分的に訳出するのは当然です が、台詞のポイントを外してしまい、ストーリー展開上落としてはならない要点の方を削られ たのではないかという例です。 《Chap2》
Frodo: We can't leave this here for someone to follow us down.
【字幕】残しておくと危険だ (9)
字幕では "We can't leave this" を中心に訳していますが、前後のシーンのつながりから意味が わかりにくいので、ここはむしろ "for someone to follow us down" を中心に訳したほうが、 状況がすんなり頭に入るかと思われます。
《Chap3》
Ugluk:Saruman will have his prize. / We will deliver them.
【字幕】サルマン様への獲物(えもの)は― (10)/ おれたちが お届けする (10) 「サウロンではなくサルマンに所有権がある」が、話の流れの中で、この台詞のポイントだと 思われます。しかしこの字幕では、獲物はサルマンのものと確定した上で、どちらが運ぶのか という「運搬役」を取り合っていると見えてしまいます。文法的には誤訳ではありませんが、 サウロンとサルマンの対立という背景がこれでは伝わらないのではないかと思います。サウロ ンとサルマンの対立は重要な背景ですので、脚本を理解していないのではないか、と批判を呼 んでいます。 [修正案] サルマン様の獲物だ (9) / おれたちが お届けする (10) 《Chap15》
Aragorn: In one thing you have not changed, dear friend.
【字幕】あなたは変わってない (10) どの部分を訳出し、どの部分を捨てるかの選択に異論があります。死んだと思ったガンダルフ が生きていて再会できた喜びのこもった "dear friend." は落とさないで欲しいと思います。 [修正案例] 友よ 変わりませんな (9) この項目に分類される他の主な例は、「1.『執政家の息子たち』のシーン」で挙げました。 『酒を回せ! のどがカラカラだ!(皆に酒を、がないために自分が飲みたいと見える)』『今 日を忘れるなよ(弟よ、がないためにストーリー展開上の泣き所が減じている)』などが、台詞 のポイントを外した例としてこの項目にあてはまると考えられます。
4.誤訳ではないが、適切でないと思われる訳語
《Chap3》
Gollum:And always the Great Eye watching, watching.
【字幕】それに いつも (6) / あの“大きな目”が見張ってる (12)
"the Great Eye" は、目が単数であること・"great" という形容詞との組み合わせによって、た だの「目」ではあり得ない「何か特殊で異様なもの」だということは、英語脚本原文なら、原 作未読者にも明らかにわかる語です。それを、たとえば「少女は大きな目を見開いて私を見つ めた」でもおかしくない日常的な語 に訳したことで、 英語脚本の意図から離れた 「間延びして いる。怖さ半減」という効果をもたらしてしまっています 。実際、この字幕で脱力したという 意見が多くあります。"great" を物理的な大きさよりも、心理的な大きさや力と考え、たとえ ば次のように、 [修正案例] それに いつも (6) / あの“力目”が見張ってる (10) 《Chap7》
Eomer: These Orcs are not from Mordor.
【字幕】モルドールのオークじゃない (13) 「じゃない」という、友達同志の会話のようにくだけた口調は、ローハン第三騎団の指揮官に して、王族の一員たるエオメルにはふさわしくない、という意見が出ています。些細なことの ように見えるかもしれませんが、小さな気遣いが人物像や世界観を作っていく例だと思います。 [修正案例] モルドールのオークではない (13) 《Chap7》
Eomer : He's alive.
【字幕】生きてる! (5)
意味として間違ってはいませんが、日本語としてあまりの拙訳と思われます。こういう場面で ふさわしい日本語は、誰が考えても「息がある」でしょう。
《Chap17》
Gandalf: The veiling shadow that glowers in the east takes shape. Sauron will suffer no rival.
【字幕】東の方(かた)から にらんでる影が (12) / 形を作っておる (7) 彼は並び立つ者を許さぬ (11) 日本語として意味不明な文になっていると思われます。特に、「方」を「かた」と古風に読ませ ておきながら、「にらんでる」という口語的な言い回しが一文に入っているため、雰囲気がちぐ はぐで釣り合いがとれず、なおさら意味をわかりにくくしているようです。 [修正案例] 東を覆う影が かたちを取り (12) / 睨み回しておる (7) 並び立つ者を許すまいと (11) 《Chap24》
Aragorn: Turn this fellow free. / He's seen enough of war.
【字幕】この馬を自由に (7) / 戦いは 十分見たのだ (9) 間違った訳ではありませんが、あまりに直訳そのままであり、日本語らしさがない文ですので 意味が取りづらいです。意味をわかりやすく伝えようとする努力と工夫が感じられない、とい うことが、手抜きと受け止められることがあります。 [修正案例] 放してやりなさい (8) / 戦いはもう嫌だろう (9) 《Chap33》
Arwen: (in Elvish) What do you speak of?
【字幕】それじゃ 何のお話? (9)
毎度の事ながら、エルフの姫らしくない言葉づかいで、人物像・世界観に「ふさわしくない」 と思われます。
4.脚本と演出の意図に沿わない疑問文 オリジナル英語台詞では疑問文ではない台詞が、日本語字幕で疑問文にされている箇所が多 くあります。字数制限をクリアするためのワンパターンなテクニックであると観客は見抜いて いるだけでなく、適切に情報が訳出されず最後が『?』でぼかされるため、「会話がかみ合わな い」「脚本・演出の意図に沿っていない」「拙い」「鑑賞を阻害する」、と観客のフラストレー ションがためられています。 《Chap2》
Sam: Who's gonna follow us down here, Mr. Frodo?
【字幕】誰かが尾(つ)けてくるので? (11) 「∼で?」が日本語として不自然で、いかにも拙い印象を与えてしまっています。冒頭のシー ンですので、この字幕で気をそがれたために「ロード・オブ・ザ・リング」の世界に浸れなく なったという意見が多くあります。 [修正案] 誰が追ってくるんです? (11) 《Chap4》
Pipin: You're hurt. 【字幕】ケガを? (4) 殊に「∼を?」の中途停止疑問文が多用される傾向があることに観客は気づいていて、語数省 略のための一つ覚えのテクニックであり、個々のニュアンスを切り捨てる「手抜き」字幕だと 考えています。ここでは、脚本・演出の意図としては、ピピンがメリーを気づかう台詞だと考 えられます。 [修正案] ケガしてる (5) 《Chap8》
Eomer: You have no authority here.
【字幕】お前に何の権限が? (9)
エオメルの激した口調が、なぜ疑問文にされるのかが不可解です。疑問文にする必然性があり ませんし、ニュアンスが違ってきてしまいます。「権限もなしに!」と感嘆符を加えるならまだ
しもわかります。ここは脚本に忠実に、素直な肯定文であるべきでしょう。 [修正案] そんな権限はない (8) (「お前の命令など無効だ」と続く)
《Chap10》
Pippin:They think we have the Ring.
【字幕】指輪かな? (5) 「オーク達は誤解している、僕たちが指輪を持っていると思い込んでいるんだ」という意味を 全部は込められないにせよ、この間延びのした「かな?」は、「ばれたら殺される」という危機 感をみごとに台無しにしています。昨年『二つの塔』予告編の字幕で、緊迫した場面の「指輪 かな?」に非難が集中したというのに、全く同じ事の繰り返しなので、「意見を言ったのに何も わかっていない」と観客は敏感に反発しています。 [修正案] 狙いは指輪だ! (7) 《Chap15》
Gimli: Are we to leave those poor Hobbits here...in this horrid,
【字幕】ホビットたちは (7) / ここに置き去り? (8)
[修正案] ホビットたちを (6) / 見捨てるのですか (8) 《Chap15》
Faramir: There are no travelers in this land. / Only servants of the Dark Tower.
【字幕】旅人など通らん (7) / 暗黒の塔の者か? (8)
[修正案] 旅人はいない (6) / 暗黒の塔の者しか (8) 《Chap32》
Eowyn: You are one of the Dunedain.
【字幕】あなたはドゥネダイン? (11)
[修正案] ドゥネダインなのですね (11)
他にも挙げられていましたが、同じようなことの繰り返しですので、このリストではここまで にします。
5.述語欠如、意味のわかりにくい中途停止文 『…』などで文を中途で切るスタイルも、台詞内容がわかりにくくするもので、字数節約のた めワンパターンなテクニックを工夫もなく繰り返すだけの字幕の手抜きに思えるとして、批判 の槍玉に上がっています。字幕の字数制限のため、全ての意味を訳せないのは当然ですが、 『…』で文末がぼかされたものがあまりにも多用されると、意味を取りづらく、観客はフラス トレーションを感じます。特に日本語では、文末に否定が来る場合など、文末のほうが重要な 情報になることがありますので、その部分をぼかされると意味がわかりにくく、観客に負担を 強いることになります。『…』を使わずにもっと工夫してうまく訳してほしい、それができなけ れば字数制限をゆるくしてでもこのフラストレーションを解消してほしい、という要望があり ます。解釈など議論の余地はないので、少し例をあげるに留めます。 《Chap4》
Orc1: Our master grows impatient.He wants the Shire-rats now.
【字幕】ご主人さまが “ホビット庄のネズミを”と (17)
[修正案] ご主人様がお待ちかねだ ホビット庄のネズミを (21)
《Chap17》
Gandalf: But for all their cunning... ...we have one advantage.
【字幕】だが彼らが いかに狡猾(こうかつ)で (11)
あろうと 我らには強みが・・・ (12)
[修正案] だが彼らが いかに狡猾(こうかつ)で (11) あろうと 我らには強みがある (13)
《Chap17》
Aragorn: He's not alone.
【字幕】1人では・・・ (5)
《Chap24》
Eowyn: You speak as one of their own.
【字幕】エルフみたいに… (8)
[修正案] エルフ語ですね (7)
《Chap32》
Eowyn: It was said that your race had passed into legend.
【字幕】伝説に消えた種族かと・・・ (11) [修正案] 伝説に消えたと聞きました (12) 他にも挙げられていましたが、ここでは省略させていただきます。 冒頭の文面の繰り返しになりますが、 観客の望みは「『ロード・オブ・ザ・リング』の世界に浸りたい」ということです。観客を 「世界に浸らせる」には、その世界にふさわしい言葉の積み重ねが必要でしょう。それは全体 から見れば「些細」な言葉の積み重ねですが、しかし このリストに見るように、その些細な言 葉によって、世界は作られもする一方、訳語選択を誤れば「壊されてしまった」と感じられる と言えます。リストは一見して「重箱の隅つつき」のように思われるかもしれませんが、しか しその些細な言葉こそが重要と考えられ、小さな配慮の積み重ねによって問題は解決されると 思われます。 「小さな配慮の積み重ね」とは、このリストで具体的に指摘したような箇所を、適切に修正す ることだと思います。観客が「世界に浸る」のを阻害したり理解に負担を強いたりしないよう、 「人物像や世界観にふさわしい語句の選択」「『?』『…』などで終わる中途停止文は、独特の癖 と考え、安易に使用しない」「字幕の字数制限のため、全ての言葉を訳せないのは当然だが、台 詞のポイントをはずさない」といったことを、一行ずつ実現していくことかと考えられます。