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(2013~2014 年 ) もグリーンランドの氷床の氷損失の増加に言及した 北極域の動向と気候変動は双方向の関係がある 北極域は他地域に比べ気温上昇が急である 過去 35 年間で夏の海氷面積が3 分の2に減少し 2012 年夏に最小を記録した ( この確認は日本の人工衛星の功績である 後述参照 )

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はじめに

筆者は2017年8月に北極担当大使に就任以 来、ロシア・ヤマルLNGプラント訪問、北極評 議会他多くの北極関連の行事に参加し、各国の 関係者と話してきた(結果は外務省ウェブサイ ト掲載)。北極担当大使の職責は、日本が北極 評議会(囲み記事①)のオブザーバーとなった 2013年に設けられた。 北極の情勢は動いており、国際会議も頻繁に 世界で開かれている。北極域の重要性は今後 益々高まるだろう。本稿では北極域の海だけで はなく、陸地に住む人々(約400万人と言われ る)の活動にも注意を払う。北極域でロシアの 存在は格別に大きい。 以下、なぜ北極域が問題か、最近の話題、「レ ジーム」構築の動き、日本がすべきことを述べ たい。 ①北極評議会(Arctic Council) 1996年創設のフォーラム。科学・船舶航行・ 先住民に関わる協力を主に扱う。安全保障は 扱わない。条約に基づく国際機関ではない。米 国、カナダ、ロシア、ノルウェー、デンマーク、フィ ンランド、スウェーデン、アイスランドの8ヵ国がメ ンバー国。また6つの先住民組織(イヌイット、サ ーミ等)も参加している。以上の8ヵ国、6団体 は会議で発言・議案提出ができる。オブザーバ ーは13ヵ国(日本、中国、韓国、ドイツ、フラン ス、英国など)、13国際機関、13NGOの計39。 オブザーバーは通常は発言できないが、特別 な議題で短時間発言を認められることがある。 年2回、高級北極実務者(各国外務省の大 使・局部長クラス)会合が、隔年で、外務大臣 会合が開催される。議長国は2年毎に替わる。 2017年半ばから2019年半ばまでフィンランドが 議長国である。2018年10月に環境大臣会合 も開催される予定である。 北極評議会には6つの作業グループ(WG)及 び専門家会合(ブラックカーボン、メタンに関す るもの)等があり、環境分野の科学協力、海運 の 安 全 確 保 、 持 続 可 能 な 開 発 目 標 (Sustainable Development Goals=SDGs)など のテーマで議論・プロジェクトが実施される。日 本の官庁、科学者・研究者も参加している。 EUは常任のオブザーバーではないが、アドホ ックのオブザーバーとして欧州委員会関係者が 会合に出席している。 近年の様々な課題対応のため常設事務局の 設置が合意され、ノルウェーのトロムソで2013 年6月から活動している。

1.北極域に特別な関心を寄せる理由

(1)第1に、気候変動問題である。これは世 界的問題だが、北極域は特に注意が要る。2017 年公開の映画「不都合な真実2」は、グリーン ランドの氷床の融解を取り上げたが、IPCC(気 候変動に関する政府間パネル)第5次報告書

北極域をとりまく国際情勢と

ビジネス界への期待

―北極域の持続可能な開発―

北極担当大使 井出 敬二

特別寄稿

Special Contribution

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(2013~2014年)もグリーンランドの氷床の氷 損失の増加に言及した。北極域の動向と気候変 動は双方向の関係がある。北極域は他地域に比 べ気温上昇が急である。過去35年間で夏の海氷 面積が3分の2に減少し、2012年夏に最小を記 録した(この確認は日本の人工衛星の功績であ る。後述参照)。その後最小記録を更新してい ないが、今世紀半ばに夏の海氷が皆無になると の見方もある。北極域の永久凍土の融解は、地 中の炭素とメタンガスを放出し、温暖化を加速 させる。重油やディーゼル油の使用、石炭の燃 焼、森林火災等に由来するブラックカーボン (黒色炭素)粒子が、北極域の雪氷面に沈着し、 表面反射率が低下すると、太陽光が一層吸収さ れ、地表を加熱する。北極域での環境変化が温 暖化に拍車をかける。2000年から2100年にかけ て世界の海面上昇は1.2mにもなるとの見通し もある。グリーンランドの氷床が完全に融けれ ば、世界の海面は7mも上昇する。北極域の環 境は極めて脆弱だが、データが不十分で不明な 点が多い。たとえば氷の厚さの変化は現地で調 査する必要がある。科学界の協力と貢献が求め られる。日本もArCSプロジェクト(囲み記事②) という総合的研究を実施している。 ②ArCSプロジェクト

(Arctic Challenge for Sustainability) 文部科学省の補助事業として、国立極地研 究所、海洋研究開発機構及び北海道大学の3 機関が中心となり、2015年9月から約4年半実 施する、我が国の北極域研究の旗艦プロジェク ト。8分野あり、自然科学以外に、人文社会科 学の研究、情報公開・共有を含む。 (2)第2に、安全保障問題である。ゴルバチ ョフ・ソ連書記長(1987年10月ムルマンスク演 説)も、プーチン大統領(2014年4月安全保障 会議発言など)も、北極域はソ連・ロシアにと り安全保障問題と明言している。ロシアは、米 国のミサイル防衛に神経を尖らせ、核第二撃能 力としてバレンツ海とオホーツク海に核ミサ イル搭載原子力潜水艦を配置し、同能力再建と 周辺軍備強化をしている。北極を挟んで米露の 対峙、欧州方面でのロシア・NATOの対峙の状 況は変わりなく、欧州での緊張は近年激化して いる。フィンランド、スウェーデンはNATO非 加盟だが、NATOとの連携強化を求める声も上 がっている。日本近辺、北方領土でロシア軍は 活発である。ロシアは北極海の氷が融け、北極 域へのアクセスが容易になるのに向け、軍民 (沿岸防備、船舶航行支援、海難事故対応)双 方で備えている。2017年8月に筆者はヤマルで 開催された北極に関する会議に出席したが、こ の会議の主催者はパトルシェフ安全保障会議 書記であり、北極域の経済開発が安全保障の文 脈で捉えられていると感じた。なお中国海軍も アラスカ沖まで航行(2015年8月)し、バルト 海とオホーツク海でロシア海軍と共同演習も 行い(2017年7月と9月)、北の海でも活動し ている。 (3)第3に、経済活動の広がりである。資源 開発、プラント輸出、海運、造船、船員訓練、 気象情報提供サービス、港湾関係インフラ、電 気通信、科学研究関連資機材、観光等である。 ノルウェーはバレンツ海、北海、ノルウェー海 で石油ガス開発をしている。最近ロシアと中国 は特に活発である(詳細は後述の第2節)。フ ィンランドはアジアまでつながる北極海通信 ケーブル構想、また北極域鉄道構想を持ってい る。アイスランドは再生可能エネルギー(地熱、 水力)だけで100%電力を賄い、同国からの技 術支援を受けたグリーンランドも水力等の再 生可能エネルギーで電力、家庭用暖房の70%を 賄っている。韓国は砕氷LNGタンカーの15隻 建造を受注した。各所で北極海クルーズ観光が 行われている。北極域のゴミ処理、上下水道等

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のニーズはあり、日本の環境技術等は歓迎され るだろう。気候変動を止める技術(ジオエンジ ニアリング)も様々な議論がある。気候変動、 環境破壊対策での貢献が新たなビジネス創出 にもつながり得る。北極経済評議会(囲み記事 ③)が北極関連ビジネス交流の場となっている。 ③北極経済評議会 (Arctic Economic Council)

北極評議会での議論を受け、北極域での持 続可能な経済発展のためにビジネス界により 2014年に設立された。事務局はノルウェー・トロ ムソにある。現在の議長は砕氷船関連サービス を提供するフィンランド企業アルクティカ社のヴ ァウラステ社長、副議長はロシア・ソフコムフロー ト社のアムブロソフ社長。正会員は北欧など北 極沿岸国のビジネス代表。2017年12月韓国 船主協会が「パートナー」(意思決定に投票権 はなく、いわば準会員)になり、これは非北極海 沿岸国から初である。

2.最近の北極域をめぐる話題

(1)第1は、ヤマルLNGプラントという巨大 なガス開発プロジェクトの開始である(囲み記 事④)。 ④ヤマルLNGプロジェクト 総工費約270億ドル。ヤマルLNG社への出資 配分は、50.1%がノヴァテック(露)、29.9%が 中国(CNPC20%、シルクロード基金9.9%)、 20%がTOTAL(仏)。LNG生産量は年1,650万 t。中国は更に120億ドルを融資。 LNGプラントは、日揮と千代田化工が製造した 152基の巨大なモジュールにより組み立てられ た。アジア(中国、フィリピン、インドネシアのヤー ドで製造)からヤマルへのモジュール輸送のた め、貨物船が北極海航路を航行した。航行支 援のため、日本の気象情報提供企業による北 極海の氷、天候に関する情報提供という新ビジ ネスも発展し、2016年に100隻以上の船舶に 情報を提供した由である。モジュール運搬船の 1隻が2017年6月に苫小牧港に寄港した(北 極海を航行する船の初の北海道寄港)。 2017年12月、プーチン大統領も参加し最初 のLNG積み出し式典がヤマルで行われた。 ロシアは北極域の資源開発を進める考えで あり、諸文書にそう書かれている(囲み記事⑤)。 ガス・石油輸送で北極海航路の利用増の可能性 がある。ロシア側は、2016年の北極海航路(北 東航路)利用貨物量800万tから、2030年は 8,000万tになると見込んでいる。ロシアはカ ムチャッカにLNG積み替え施設を設置する意 向である。砕氷タンカーから普通のタンカーに 積み替え、割高な前者の運航を最小限にし、経 費削減できる。資源の市況やクリミア制裁もあ り、短期的にはロシアの希望通り経済開発でき るか不明だが、長期的には海氷の後退による航 路の利用増、右に伴う港湾インフラ等の建設需 要も出てくるだろう。ロシアはロシア北極域か らの石油・ガス資源輸送に際して一定の条件下 でロシア船籍船の利用を求める法改正を行っ た。日本側からは日本企業の活動に支障がない ようにして欲しいと伝えている。 ⑤ロシアの北極関連の動き 1997年 国連海洋法条約を批准 2001年6月 北極における国家基本計画 2001年7月 海洋ドクトリン:北極海を重視。 2007年夏 北極海底に国旗を立てた 2008年7月 北極資源についての法 2008年9月 2020年までの北極国家基本計 画 2013年12月 2020年までの北極圏発展・国 家安全保障戦略

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2014年4月 2020年までの北極圏社会経済 発展計画 2017年8月 上記の改訂:2025年までの北極 圏社会経済発展計画 (2)第2は、中国の経済活動の活発化である。 ヤマルLNGプロジェクトは中国の資金とガス 市場がなければ成立しなかった。2018年夏には ヤマルからタンカーが日本近海を通り中国に LNGを運ぶ。2017年6月、中国国家発展改革委 員会と国家海洋局は、3つの「藍色経済通道」 を作ると述べ、北極海航路はその1つである (他の2つは、中東への航路と、南太平洋への 航路)。中国は、北極圏航路を「氷のシルクロ ード」と呼び、2017年11月には、習近平主席が メドヴェージェフ首相と同航路利用の協力を 話し合った。北極海航路の向う側でも中国が存 在感を強めている。グリーンランドで売りに出 た旧デンマーク海軍基地(港)を中国系企業が 購入を希望したが、結局同基地売却は中止され、 再度デンマーク海軍が基地として利用するこ ととした。同島のウラン試掘権を、中国が株式 を保有するオーストラリア企業が取得した。 2013年中国はアイスランドと自由貿易協定を 締結し、中国にとり欧州の国との最初のFTAと なった。中国はノル ウェーともFTA交渉 中である。2018年1 月26日、中国は北極 政策をまとめた初の 白書を発表した。中 国は科学調査でも活 発であり、砕氷調査 船 が 北 極 海 で 調 査 し、更に上海で建造 中 の 2隻目の砕 氷 調 査船が2019年に完成 予定である。 「一帯一路」構想について、安倍総理は、「国 際社会の共通の考え方を十分に取り入れるこ とで、……地域と世界の平和と繁栄に貢献して いくことを期待(する)」と発言された(2017 年6月「アジアの未来」晩餐会)。北極域につ いては、特に脆弱な環境への配慮も重要である。 2017年11月のトランプ米大統領訪中時の合 意によれば、中国はアラスカのLNG開発を促 進し、最大で430億ドルの投資、1万2,000人の 雇用増進につながるとされる。 その他にも様々な話題がある。 (3)欧州発・北極海経由・中国行きの中国貨 物船が苫小牧港に2017年9月初めて寄港し、家 畜用飼料を荷卸しした。北極海のトランジット 航路(欧州・アジア間)の利用は2013年をピー クに近年は減少しており(理由は中国経済減速、 原油価格低下による燃料節約の必要性の減少 等)、短期的には課題が多いが、長期的には北 極海航路の利用増の可能性がある。韓国釜山港 や北欧諸国は海運のハブ港化を狙っている。 (4)北極海公海での商業漁業は現在は行わ れておらず、将来も日本にとり商業漁業が可能 か不明だが、無秩序な漁業の禁止のため9カ国 とEUの10者の交渉が行われ、2017年11月に原 則的な合意に達した。2018年に協定案を確定し、

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然るべき段階で署名期間が設けられる予定で ある。北極海沿岸国以外のアジア諸国も含めて、 北極域の資源を協力し管理する第一歩として 歓迎される。北極海の漁業資源調査でも国際協 力が予定されている。 気候変動は北欧諸国の漁業には好影響を与 えるかもしれず、EU加盟国でないノルウェー、 アイスランド、フェロー諸島(グリーンランド と共にデンマーク王国の一部)は、日EU・EPA 交渉妥結後、日本とのFTA締結に関心を持ち、 魚、鯨肉などの対日輸出増を希望している。 (5)2017年11月、トルドー・カナダ首相はニ ューファンドランド・ラブラドール州の先住民 寄宿舎学校の生存者に、公式謝罪した。寄宿舎 が同州の連邦加盟年である1949年以前に設立 されたことを理由に、2008年の公式謝罪及び補 償の対象から除外されていたからである。2017 年11月、東京のカナダ大使館主催の会合で、筆 者はイヌイット女性の話を聞き、北極域の先住 民達は植民地化されたと感じていること、また カナダ政府の和解政策につき認識を深めた。

3.北極域の「レジーム」

「レジーム」とは、規則・規範・制度の枠組み である。国際的なレジームの北極域への適用の 確認、新情勢に応じたレジーム創設が進んでい る。北極域が直面する課題や関係者が多様なの で、北極評議会以外の様々な場が使われている。 既存の国際法の枠組の北極海への適用は、ロ シア、米国、カナダ、デンマーク、ノルウェー の5カ国が1998年5月にグリーンランドのイ ルリサットで確認した(「イルリサット宣言」)。 日本政府もこれを支持している。同宣言10周年 にあたる2018年5月、グリーンランドで記念行 事が行われるかもしれない。他方、国連海洋法 条約の北極海への具体的適用に際し、関係国・ 識者間で理解が完全に一致していない、あるい は理解について議論がある点もある。たとえば、 カナダが内水と主張しているカナダ北方海域 の扱い(米国、EUはカナダの主張を認めない)、 また船舶の海洋汚染の防止などを理由として、 沿岸国は自国の法令を北極海を航行する船舶 に対しどう及ぼせるのか(第234条の「氷に覆 われた水域」に関する規定に関連して)という 点である。なお米国は国連海洋法条約に未加入 だが、同条約の考え方を尊重する立場である。 国連海洋法条約の下で各国は北極海の大陸棚 の延長を主張している。ロシア、デンマーク、 カナダの主張が重なっており、今後の米国の主 張も注目される。大陸棚の延長が重複した場合 の調整は関係国間の交渉によるが、欧州方面で の軍事的緊張が悪影響を及ぼさないか懸念す る関係者も北欧の一部にいる。 国際海事機関(IMO)は、北極海を航行する 船舶について、特に安全面や海洋環境汚染面で 配慮が必要なので、ポーラーコードと呼ばれる 一連の規定の導入を行った。 ロシアのWTO加盟により、北極域の主要な プレイヤーがWTOの規律に服することは、経 済関係発展のために重要である。 北極海の公海での漁業についての合意は前 述のとおりである。 北極域の安全保障問題を扱う場は現在はな い。以前は北極海沿岸8ヵ国の参謀総長達が会 っていたが、クリミア・東ウクライナ問題発生 後、欧州方面で国防関係高官の交流は難しくな り開催されていない。他方8ヵ国の海上法執行 機関の協力が始っており(「北極沿岸警備フォ ーラム」(Arctic Coast Guard Forum))、北極海で の海難事故、油濁汚染事案対応で合同訓練 (2017年9月に初めて本格的に実施)などを行 っている。また沿岸警備隊と環境研究機関など の協力も進行中である。このようなソフトな安 全保障での取り組み強化は北極評議会でも必 要との指摘もある。

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4.日本がすべきこと

日本政府は2015年10月「我が国の北極政策」 を策定し、総合的に北極政策を進めている(囲 み記事⑥)。 ⑥「我が国の北極政策」 (首相官邸ウェブサイトに全文掲載) 基本的な考え方として以下を列挙。  日本の強みの科学技術をグローバルな視 点で最大限活用、  脆弱かつ復元力が低い北極の環境や生態 系に十分配慮、  「法の支配」の確保と平和で秩序ある形で の国際協力を推進、  先住民の伝統的な経済社会基盤の持続 性を尊重、  北極における安全保障をめぐる動きに十分 注意、  気候・環境変動の影響への経済的・社会 的適合を目指す、  北極海航路、資源開発の経済的な可能性 を探求。 その上で、科学調査研究の推進、様々な国 際協力の推進、持続可能な経済活動を行って いく。 やはり最大の課題は、気候変動に配慮した持 続可能な開発目標(SDGs)の達成である。日 本は北極域の海氷のない水域で海洋地球研究 船「みらい」等による海洋観測・研究をしてお り、また砕氷研究船建造に向け2018年度で一定 の予算計上が検討中である。人工衛星「しずく」 搭載の高性能マイクロ波放射計(AMSR2)は、 マイクロ波(電磁波)を観測し、北極海氷の正 確な把握のため大活躍しており、リアルタイム で画像を提供している(https://ads.nipr.ac.jp)。 日本が北極の科学研究に取り組み、具体的成果 を出すことは、国際的に歓迎される。 科学研究活動で得た知見をビジネス界と政 策決定者が受け止め、SDGsにつなげるべきで ある。この点でロシア等の関係国との協力が不 可欠である。筆者は前述のヤマルでの会合で、 パトルシェフ安全保障会議書記に対して、日本 はロシアとの経済協力を進めるが、ロシア側も 日本のビジネス関係者の声を聞いてほしいと 述べ、また科学調査の協力増進をよびかけた。 北極域の先住民は、資源開発による永久凍土破 壊、トナカイ飼育や漁業への悪影響を懸念して いる。対応と彼らへの丁寧な説明が必要である。 第2は、広義の安全保障である。不信感低減 のための対話、努力を日本は行っている。日本 企業が関係する船舶が北極域を航行すれば、油 濁汚染事故などの際に、日本は関係ないとは言 えないだろう。前述のとおり北極海沿岸諸国の 海上法執行機関の協力が始まっている。日本も アジア、北太平洋諸国や世界的な海上法執行機 関の協力をリードし、また油濁汚染事故対策の 経験もある。将来連携できれば良いと考える。 世界の海がつながっているように、海の問題も 相互に連関している。「法の支配」を全ての海 で貫徹させるための日本の努力は、北極域での 平和と安定にも貢献する。 第3は、現地の先住民達との連帯・協力であ る。彼らは北極域の気候と生態系の急激な変化、 グローバライゼーション、都市化等の挑戦にさ らされ、旧来の知恵も活かすべきだが、対応に 苦慮している。彼らは気候変動パリ会議に参加 し、温暖化阻止を強く求めた。パリ協定を踏ま え、彼らとの連帯、協力が望まれる。日本の研 究者はグリーンランドの氷床、ロシア・ヤクー トサハの永久凍土の研究を地元住民と共に行 い、成果を地元で説明している。グリーンラン ドは、米露の間という地政学的・戦略的に重要 な場所にあり、少ない人口(約5万6,000人)が 広大な土地(日本の約6倍)を有し、自治を強

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めて1985年に当時のECから離脱し、独立を志 向している。デンマークとグリーンランドは北 極問題で協力しているが、両者は「離婚」の過 程にあり、20年後または50年後にグリーンラン ドは完全独立しているかもしれないとの見方 もある。グリーンランドは日本を含むアジア諸 国との協力を渇望しており、また2018年と2019 年、空港建設の入札を行うなど、インフラ建設 にアジア諸国の参加を期待している。グリーン ランド自治政府首相は2017年に中国を訪問し、 様々な経済プロジェクトについて話し合った。 日本もグリーンランドの脆弱な環境に十分配 慮し、人材育成も通じSDGsに貢献できればす ばらしい。それはグリーンランド及びデンマー クの関係者が持つ期待である。デンマークの学 者は、グリーンランドの豊富な水力を利用して 水素を生産し、日本に運ぶというアイデアを筆 者に述べた。 これらの取組みのため日本政府は北極評議 会の活動に積極的に参加していくが、それ以外 に北極科学大臣会合(囲み記事⑦)等の他のフ ォーラム、関係国との二国間協力、様々な民間 会合での発信・協力も強化していく。 ⑦北極科学大臣会合 第1回会合は2016年9月米国で開催。全地 球的な北極科学研究の推進、観測データの共 有、科学教育の推進等につき認識が一致し た。第2回会合は2018年10月ベルリンで開催 予定。

5.まとめ

北極域情勢は動いており、北極評議会も将来 の戦略を議論している。日本も、関係各国の地 政学的思惑も理解して戦略的・長期的に対応す べきである。ある日本人の海事専門家が筆者に 述べていたが、20年前は、欧州とアジアを結ぶ 北極海航路が商業的に利用されることは同専 門家が生きている間は無理だと思っていた由 である。我々は20年後、50年後の北極域を想像 する必要がある。 包括的、全体的な取組みのため、内外の研究 者、ビジネス、シンクタンク、政府(中央と地 方)等の連携強化をし、オールジャパンで北極 域のSDGsに一層貢献していきたい。 ビジネス関係者からも上記全体への理解を 賜り、北極経済評議会との交流や、北極につい て多分野の人々が集まる北極サークル、北極フ ロンティアといった国際的な会合への参加、人 脈構築、ビジネス機会の探求、日本の努力の発 信等をして頂ければありがたい。 本稿執筆にあたり、第1回北極域科学概論、 第2回北極域技術研究フォーラム、神戸大学 極域協力研究センター主催国際シンポジウム、 北海道大学「北極の環境・開発・国際関係国 際シンポジウム」、第4回北極域オープンセミナ ー(以上2017年開催)、第5回国際北極研究 シンポジウム(2018年1月開催)での諸発表等 を参考にした。関連機関、諸先生方に深謝す る。本稿の文責は筆者にあり、意見は筆者個 人の意見である。

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【参考ウェブサイト】

外務省(北極関連) http://www.mofa.go.jp/mofaj/ila/ocn/page22_000931.html 北極評議会 https://www.arctic-council.org/index.php/en/ 北極経済評議会 https://arcticeconomiccouncil.com/ 北極サークル http://www.arcticcircle.org/about/about/ 北極フロンティア http://www.arcticfrontiers.com/ 北極域研究共同推進拠点 http://j-arcnet.arc.hokudai.ac.jp/?lang=ja ArCS北極域研究推進プロジェクト https://www.arcs-pro.jp/ 国立極地研究所 http://www.nipr.ac.jp/ 海洋研究開発機構(JAMSTEC)北極環境変動総合研究センター http://www.jamstec.go.jp/iace/j/ 北海道大学北極域研究センター http://www.arc.hokudai.ac.jp/ 神戸大学極域協力研究センター http://www.research.kobe-u.ac.jp/gsics-pcrc/ja/index.html

【参考文献】

奥脇直也、城山英明編『北極海のガバナンス』2013(2010年3月のシンポジウムの内容などから 成る。その後の重要な展開の一部を本稿で補うようにした。) 南極OB会編集委員会編『北極読本』2015 日本海難防止協会『北極海航路ハンドブック』2015

R. Corell他、“The Arctic in World Affairs,” Korea Maritime Institute, East West Center, 2016及び2017 J.スタヴリディス『海の地政学』2017、「第7章 北極海 可能性と危険」 P.ワダムズ『北極がなくなる日』2017 井出 敬二(いで・けいじ) 北極担当大使(2017年8月~)兼日本政府代表・国際貿易経済担当 大使(2016年9月~)兼「ロシアにおける日本年」担当大使(2017年7 月~)。国際テロ協力担当大使、駐クロアチア大使、在ロシア日本大使 館首席公使、在中国日本大使館公使、OECD日本政府代表部参事官 を歴任。外務本省でソ連、情報分析、経済、APEC、ASEAN、FTA等を 担当。1980年外務省入省。ハーバード大学ロシア研究センター特別学 生、モスクワ大学文学部留学。ロシア外交アカデミー修士(国際関係 論)。著書『パブリック・ディプロマシー』(共著、2007年)、『<中露国境 >交渉史』(2017年)など。

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北極域をとりまく国際情勢とビジネス界への期待 *特集全体にかかわる基礎資料として、北極を取り巻く地域の地図を掲載いたします。なお、この地図で北極海を囲むよ うに描かれている曲線は、最も暖かい月の平均気温が10℃を下回る範囲を示しており、この地図では「この範囲がしばし ば北極圏と定義される」と記されています。ただし、これは必ずしも一般的ではなく、むしろ北緯66度33分の北極線(Arctic Circle)以北の地域を北極圏と定義するケースの方が多いと思われます。(編集部)

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