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欧 州 アジア 多 文 化 共 生 都 市 国 際 シンポジウム 欧 州 評 議 会 ロバート パルマー 昨 年 [2010 年 ] 12 月 に 発 表 された 国 際 移 住 機 関 (IOM)の 2011 年 版 年 次 報 告 書 は 経 済 の 悪 化 は 世 界 の 移 民 の 流 れに

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Intercultural City encounters Europe-Asia 資料集

日本・韓国・欧州 多文化共生都市 国際シンポジウム

~語り、協働し、作りあげる:明日のコミュニティ~

International Symposium on Intercultural Cities in Asia and Europe

Communicate, Collaborate, and Create: Our Communities for Tomorrow

유럽과 아시아 다문화공생도시 국제심포지움

~ 대화와 협력과 창조하는 미래의 지역사회

18 January 2012 in Tokyo

主催:国際交流基金 欧州評議会

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム

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欧州・アジア「多文化共生都市 国際シンポジウム」 欧州評議会 ロバート・パルマー 昨年 [2010 年] 12 月に発表された国際移住機関(IOM)の 2011 年版年次報告書は、経済の悪化は世界の移民 の流れにさほど影響を及ぼしていないと報告している。「移民は才能、サービス、技能の交流を図り経験の 多様化を実現する方法のひとつであるが、移民の問題は現在も政治的に微妙な問題であり、各国政府は移民 や移住をとりまく誤解を解くという難問への対応を迫られている」と IOM は指摘している。 多様性の問題は政治的に慎重な対応が求められるため、各国は過去の過ちを踏まえて有効な移民統合政策を 策定している。しかし欧州では人口移動率と多様性のレベルが非常に高いがゆえに、政策の策定にこれ以上 時間の猶予は許されない。欧州連合(EU)の統計機関ユーロスタットによると、2010 年、EU 域内には外国生 まれの居住者が 4,730 万人(総人口の 9.4%)おり、EU 人口の 6.5%が外国籍である。EU 域内の外国人居住 者の多くは、トルコ、モロッコ、中国、ロシアなど EU 域外からの流入であり、その 63.4%は人間開発指数 の数値が非常に高い国の出身である。 移民は人口統計学上はっきりしたメリットをもたらす。欧州の外国人居住者は、おおむね、受け入れ国の 人々よりもずっと若く、労働市場への参加が活発である。移民の経済的メリットも十分に立証されている。 たとえば英国では、外国人の福祉支援の利用率は英国人より低い。また米国では 2000 年から 2007 年までの 間、GDP の 3 分の 1 近くを移民が生み出しただけでなく、移民は、納税額に対して福祉給付金の受給額がは るかに少なかった。 しかし、社会の一体性や信頼、安全性の低下という点から見た場合、行政当局が移民の実態を正しく伝えら れず、多様性がもたらす脅威を最低限に抑えてメリットを最大限に高める政策を実施できなければ、移民の 社会コストはメリットを上回ってしまう。 全欧州の人権と民主主義の監視機関である欧州評議会は、多様な人々が暮らすことは社会の発展にとって必 要な資源であり、個人の文化的アイデンティティの表明は基本的権利であるということを、数多くの機会を とらえてはっきりと述べてきた。多様性を擁護し維持すべき価値として認める必要性は今日一層高まってい る。社会の多様化が進展しているうえに、社会の分裂が深まっていることも多いからである。 欧州評議会はその 47 加盟国に対して、万人に市民権が保障されるよう求めている。選挙権を含め、市民と しての権利をできるだけ多くの定住者に与えること、そして、すべての外国人住民に少なくとも地方選挙の 投票権を与えるよう加盟国に要請している。欧州評議会は、民族、言語、宗教的な背景が異なる人々への不 寛容と差別が再燃していることに対して認識を高めるとともに、欧州人権条約を施行し、法の下で個人の自 由と平等を保障することを加盟国の責任と見なしている。 欧州の有識者グループが欧州評議会のために作成した最新の報告書1は、個人のアイデンティティとはその 人間が自由意思で決める問題であり、他のアイデンティティの否定を前提に、一つの主要なアイデンティテ ィを選ぶ、あるいは受け入れることを何人も強制されてはならないと指摘している。また、紛争や暴力、排 斥などが増えて社会の中心的価値を損なうような状況を回避するためには、欧州社会は多様性を擁護し、多

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Council of Europe, Report of the Group of Eminent Persons « Combining Diversity and Freedom in 21s century Europe, http://book.coe.int/EN/ficheouvrage.php?PAGEID=36&lang=EN&produit_aliasid=2615

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元的なアイデンティティを築く必要があると論じている。報告書は「移住者についての誤った情報や固定観 念」を修正し、「移民について、そして移民の分野で現在や今後の欧州に何が必要なのかについて、より実 態に即した状況について」国民に情報提供するよう各国に要請している。 これは困難な目標である。とりわけ、経済危機や社会的不平等の増大のせいで不安と不寛容が助長されてい る状況においては、実現は難しい。この難問に対処するため、欧州評議会は諸都市と協力し、多様性の分野 で画期的な政策を試みる道を選んだ。 欧州評議会は欧州委員会の支援を得て、インターカルチュラルな社会統合という考え方を発展させてきた。 それには、移民を何より社会資源の受給者として扱うのではなく、資源を持ち、地域コミュニティに貢献 する重要な担い手になる可能性のある人材として扱う都市政策を策定する必要がある。このの考え方は「イ ンターカルチュラル・シティ・プログラム」2の枠組みの中で欧州 21 都市において現在実践されているとこ ろである。 「インターカルチュラル・シティ」とは、社会的排斥は、少なくともその一部は文化的なものに起因すると の考え方に基づいている。排斥の始まりは、社会背景や言語、宗教、民族が異なる国からやって来た他者を 自分と同じ尊厳ある人間として受け入れず、経済・社会・政治制度を同等に利用する権利を与えないことで ある。文化的排斥は労働市場や職場、教育、地域社会、公的空間、権力機構における差別へと形を変える。 このような排斥にうまく対処するためには、法律の中で平等をうたうだけでは不十分で、排斥の文化的根源 に取り組むことが不可欠である。 現代移民の初期(第一次大戦と第二次大戦の間)には、移住労働者の労働市場への統合に重点が置かれてお り、移民労働者には政治的あるいは文化的な権利が与えられなかった。その後、一部の国でより強かった傾 向であるが、文化の役割が過度に強調され、同化することが市民権を得る前提条件となった。移民 1 世には ゲストワーカー政策と同化政策が功を奏したが、移民 2 世以降にはこうした政策は次第に問題となっていっ た。2 世以降の移民は、完全な市民権や差別のない機会平等だけでなく、(複合)文化を持つ自分たちのア イデンティティに対する尊重も求めたからである。多文化主義政策はこの点で大きく進歩した。それまでの 政策に文化的な要素が加わり、移民は出身国のアイデンティティを保持し、それを伝える権利があることを 認める政策となった。しかし多文化主義政策におけるアイデンティティの理解は固定的で単純なものであり、 文化が徐々に変化したり、文化がハイブリッド化したりすることについてはほとんど考慮されず、コミュニ ティのアイデンティティや一体性に積極的に取り組む必要性は見落とされていた。多文化主義政策は往々に して空間的・社会的に移民を隔離し、移民文化を社会の周縁に追いやって、移民の貧困と排斥は温存された ままという状況を助長した。多文化主義が行き過ぎると、違いを強調するあまり共通の価値観が失われてし まい、文化純粋主義者やゲートキーパーが力を持ち、紛争や社会構造の崩壊が助長されてしまう。インター カルチュラルな社会統合のアプローチは、それ以前に行われた多様性への取り組みの成果を踏まえ、以前の 取り組みに欠けていた点に対応している。それは多様性を資産と捉える戦略的ビジョンに基づき、行政部門 の垣根を越えて策定される共同戦略の中で、一般市民の参加をおおいに仰ぎながら政策を発展させていく。 都市のインターカルチュラルな戦略には大きな柱が 3 つある。移民や多様性の実情を率直に伝え、公に議論 を続けること。公的機関のすべてのレベルで、公的空間や制度において多様性を推進すること。制度や人々 の文化的能力を高め、文化的衝突に対して前向きな対応ができるようにすることの 3 つである。

2 www.coe.int/interculturalcities

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「インターカルチュラル・シティ」が機能するためには、民主主義と人権という欧州の基本原理に基づく、 価値観と権利の明確な枠組みが不可欠である。市民グループ同士や制度との間で起こる文化的摩擦の調停に 現場であたる者は全員、多様性の問題には権利を基盤としたアプローチが絶対必要であることをしっかりと 理解し、いかなる差別にも断固として戦わなければならない。 「インターカルチュラル・シティ」は、人間を中心に据え部門の垣根を越えたガバナンス・モデルを取り入 れている。インターカルチュラルなガバナンスには市民社会の強化が必要であるが、その方法としては、文 化の「純粋さ」を擁護することが多い「エスニック・コミュニティ代表者」を認知するのではなく、それぞ れのコミュニティで複数意見の表明を促し、特定のグループの利益ではなく、共通の原理や目標を重視する 非営利団体の異文化交流活動を振興するべきである。 インターカルチュラルなガバナンスには、多くの場合、訓練を受けた調停役が文化摩擦に対処する、専門調 停機関の設置が必要である。 公的分野では、それぞれの都市は主な公的空間(公式・非公式)の所在を確認し、そうした公的空間の再設 計や活性化、保守管理に資金を投じて、すべてのエスニック・グループの利用を促したりグループの相互交 流を奨励したりしている。これに加えて、様々なグループが公的空間をどのように利用しているかについて 理解を深め、企画・設計ガイドラインに取り入れている。 住宅政策では、「インターカルチュラル・シティ」プログラムは、従来からある外国人集住地域以外の場所 に住まいを持つことを考えられるように、エスニック・グループに自信をつけさせることや情報提供に努め ている。 インターカルチュラルな戦略を効果的なものにするためには、首長による意欲的な取り組みが求められるが、 文化的に多様な政治・行政組織だけに見られる多様性の複雑さを十分に理解することも必要である。政治シ ステムと公共サービスの門戸を少数者に開き、インターカルチュラルな革新者と橋渡し役に権限を与えるこ とが、真のインターカルチュラルなアプローチにとって基本的条件である。 「インターカルチュラル・シティ」は単なる都市クラブではない。また単にネットワークでもない。問題の 複雑さを理解し、改革し、進展状況を評価するために入念に設計されたプロセスと手段を有する学びのコミ ュニティであるとともに、多様性が未来だと信じ、恐怖や不安を利用する政治を拒否する都市が集う政治コ ミュニティでもある。 「インターカルチュラル・シティ」のネットワークは、多様性にうまく対処してそのメリットを享受する方 法を学ぼうとする都市に対して、専門的支援や都市間の相互支援を提供している。国際的に実証された方法 や分析・学習のツールも提供している。また、都市政策やサービスを見直すための支援も提供している。こ れは、多様な市民がいる状況の中で、より効果的な政策やサービスを提供することや、都市の多様性が競争 力を高めるという考え方を市民に理解してもらうことが目的である。

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欧州評議会にはオブザーバー国が 5 ヵ国あるが、日本はそのひとつであり、最高水準の人権、正義、平等を 切望する民主主義国である。日本もグローバルな人口移動の影響を避けることはできず、自国の経済と社会 モデルを将来も維持するためには、人の国際移動に対して国を開くことが欠かせないことを認識している。 私たち欧州評議会は、多様性への取り組みという分野で欧州がどのように進展してきたのかに関心を持つ日 本の都市を喜んで支援したい。欧州同様、日本でも、移民の大半は都市に住んでいる。都市は社会統合に向 けて前向きで創造性ある方法を新たに生み出すための原動力である。「インターカルチュラル・シティ」の 考え方は日本の都市の首長にとって刺激となり、多様性の世紀である 21 世紀が抱える課題に自信を持って 立ち向かう一助となることを願っている。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 6 「日本における多文化共生の取り組みとインターカルチュラル・シティ」 明治大学教授 山脇啓造 はじめに 日本で暮らす外国人は、改定入管法が施行された1990年以降、2008年まで大きく増えた。2 008年末現在の外国人登録者は約222万人で、20年前の約94万人と比べると、2・4倍に増え ている。しかし、2008年9月以降の世界的経済危機そして2011年3月に起きた東日本大震災の 影響で、その後の登録者数は僅かながら減少傾向にあり、2011年9月現在、約209万人となって いる。日本の総人口に占める割合は約1.6%である。国籍別内訳は、中国、韓国・朝鮮、ブラジル、 フィリピンの順に多い。 こうした登録者の三分の二は永住資格を持つなど長期滞在が可能で就労制限もなく、実質的に「移民」 といえる。また、日本国籍を取得する人々も年間1万5000人前後となっており、外国人の定住化が 進んでいることがわかる。震災で帰国する外国人の存在が注目されたが、経済危機そして震災にもかか わらず日本に残った200万人を超える外国人の多くは定住志向が強く、日本社会の重要な構成員と言 えよう。 一方、日本の総人口は2004年の約1億2800万人をピークに減少を始め、今後50年間に3割 近く減少し、9000万人を切ることが見込まれている。生産年齢人口(15~64歳)は今後50年 で半減し、現在約2割である高齢化率(総人口に占める65歳以上の比率)は4割を超えることが予想 されている。また、政府はグローバル展開を急ぐ企業の要請に応えて高度外国人材受け入れに力をいれ、 大学の国際競争力を高めるために外国人留学生の受入れも推進している。 人口減少・少子高齢化やグローバル化の進展によって、外国人の増加と定住化はさらに進んでいくだ ろう。人口増加そして経済成長を前提に構築された社会保障などの諸制度を抜本的に見直すとともに、 人口減少を前提に、女性や高齢者そして外国人も含めた多様な人々が活躍する新しい社会のビジョンを 描く必要がある。今後の日本にとって、国籍や民族などの異なる人々が互いの文化的ちがいを認め合い、 対等な関係を築こうとしながら共に生きる多文化共生社会の形成が、大きな課題となっていくだろう。 1 自治体がリードする社会統合政策 多文化共生社会の形成をめざすためには、外国人政策を再構築する必要がある。外国人政策は外国人 の出入国管理にかかわる政策(出入国政策)と入国した外国人を社会の構成員として受け入れる政策(社 会統合政策)からなる。出入国政策は国(法務省)の所管であるが、社会統合政策は国と地方自治体が 連携して取り組む分野である。 日本では、これまで社会統合政策は主に外国人住民の多い自治体が担ってきた。戦前日本に来日した 旧植民地出身者とその子孫である在日コリアンの多い関西地方などの自治体(大阪市や川崎市など)で は1970年代以来、主に人権施策として取り組んできたし、1990年代以降、日系ブラジル人住民 が急増した東海地方などの自治体(浜松市や豊田市など)も国際化施策として力を入れるようになった。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 7 2000年代に入ると、外国人住民施策はより体系化され、多文化共生施策と呼ばれるようになり、自 治体の取り組みがより活発になった1。2001年には、浜松市のイニシアティブにより、ブラジル人労 働者の多い13市町からなる外国人集住都市会議(現在28都市)が設立され、以来、国に対してさま ざまな政策提言を行っている。同様な県レベルの組織として、愛知県など7県1市が参加する多文化共 生推進協議会もある。その他にも、中国人や韓国人などアジア系外国人が多く暮らし、全国で最も外国 人住民の多い東京都内の自治体(新宿区、大田区など)も近年、力を入れている。一方、今回の主要な 被災地である東北地方は、外国人の数は少ないながらも、県設置の国際交流協会が中心になって首都圏 や東海地方などの集住地域とは異なったスタイルの多文化共生を進めてきた2 一方、国レベルの取り組みは、外国人労働者が急増する1990年代以降、関係省庁が対症療法的に 取り組んできたが、政府にとって「対策」はあっても「政策」があるとは言い難い状況が続いた。転機 となったのが、総務省に設置された多文化共生の推進に関する研究会が2006年3月に作成した報告 書である。この報告書が経済財政諮問会議で紹介されたことがきっかけとなり、2006年12月には 「『生活者』としての外国人に関する総合的対応策」が策定された。この対応策は、日本政府が初めて社 会統合政策の当面の方向性を示したものであり、政府がそれまでに取り組んできた外国人労働者対策や 外国人犯罪者対策とは異なる、生活者としての外国人への支援という第3の観点を打ち出したことに意 義がある。 2008年9月以降の経済危機の中、製造業で働く派遣・請負労働者の多くが解雇されると、日系ブ ラジル人も失業する者が急増した。政府は2009年1月に内閣府に定住外国人施策推進室を設置し、 経済危機化で困窮する日系人等定住外国人への支援に力を入れた。そして、2010年8月に「日系定 住外国人施策に関する基本指針」、2011年3月には「同基本計画」を策定している。指針では、「日 系定住外国人を日本社会の一員としてしっかりと受け入れ、社会から排除されないようにすることが必 要である」ことが強調されている。 こうした国の動きの背景には、外国人集住都市会議や多文化共生推進協議会が、2000年代前半か ら粘り強く国に対して外国人の受け入れ態勢整備を求める提言を発表してきたことがある。このように、 外国人政策、特に社会統合政策の分野では、先行する自治体を国が後追いする構図がはっきりしている。 実は、自治体と国の政策が乖離しているのは、日本特有の現象ではなく、外国人労働者や移民受け入れ の歴史が日本よりも長い欧米諸国の中にも見られる。日本にとっては、19世紀以来、外国人を移民と して大規模に受け入れてきたアメリカのような伝統的移民国家より、第二次世界大戦後に外国人労働者 を徐々に受け入れ、その定住化が進んでいった欧州諸国の経験が参考になるだろう。その欧州の自治体 で今、新たな試みが始まっている。 2 インターカルチュラル・シティ―欧州都市の新潮流 移住者や少数者によってもたされる文化的多様性を、脅威ではなくむしろ好機ととらえ、都市の活力 や革新、創造、成長の源泉とする新しい政策として、欧州では「インターカルチュラル・シティ(ICC) プログラム」が注目されている。2008年の欧州文化間対話年(European Year of Intercultural Dialogue)や同年の欧州評議会よる文化間対話白書(White Paper on Intercultural Dialogue)の刊行 を契機に、欧州評議会が欧州委員会とともに立ち上げ、現在、その趣旨に賛同する欧州21都市が参加

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 8 している。 ICCのアプローチを理解する上では、1970年代以降の欧州都市による様々な経験をもとにした、 以下の受入れ政策の分類が有益であろう3 ①無政策(non-policy) 移住者や少数者は、都市にとって無関係または一時的な現象で、歓迎されない存在とみなされ、対応 する必要性が認識されない。 ②ゲストワーカー政策(guestworker policy) 移住者は一時的な労働力であり、いずれは出身国に戻る存在とみなされる。従って、短期的で移住者 の市民への影響を最小限にするような対策がとられる。 ③同化政策(assimilationist policy) 移住者や少数者は永住者として受け入れられるが、できるだけ早く同化することが想定される。受入 れコミュニティの文化規範との違いは奨励されず、その国の一体性に対する脅威と見なされる場合には 抑圧される。 ④マルチカルチュラル政策(multicultural policy) 移住者や少数者は永住者として受け入れられる。受入れコミュニティの文化規範との違いは、法や制 度によって奨励、保護され、反人種主義活動によって支援される。ただし、場合によっては分離や隔離 が助長されるリスクを負う。 ⑤インターカルチュラル政策(intercultural policy) 移住者や少数者は永住者として受け入れられる。受入れコミュニティの文化規範との違いを有する権 利は法や制度によって保障される一方、共通の立場や相互理解、共感を生み出す政策、制度や活動が高 く評価される。 西欧諸国では、戦後、旧植民地出身者や外国人労働者の受け入れが進んだ。1973年の石油危機で 労働者の受け入れは終了したが、1970年代から80年代にかけて家族の呼び寄せによって労働者の 定住化が進む中、移民集団の文化を尊重する多文化主義(multiculturalism)の影響を受けた政策が広が った。1990年代になると、東欧からの難民が急増する一方で、移民1世や2世の高失業率、低学歴 そして集住地域の隔離などの問題が指摘されるようになり、移民政策の見直しが進んだ。さらに200 0年代になると、移民が関わるテロ事件や暴動などが起こり、移民政策が各国の国政選挙の大きな争点 となっている。特に、集住する移民の隔離をもたらし、社会統合を阻んでいるとして多文化主義的な政 策への批判が高まる中で、多様性を尊重する新たなアプローチとして、異なる文化背景を有する集団間 の交流を通して社会統合をめざすICCプログラムへの関心が高まっているといえよう。 3 インターカルチュラル・シティ=多文化共生都市? 前述の5つの類型を日本の自治体にあてはめると、どうなるだろうか。外国人を住民として認めると いうことは①や②の段階は過ぎたことになるが、③と④と⑤のどの政策を志向しているだろうか。「多文 化」を謳う以上③は否定され、「共生」をめざすということは、④よりも⑤に近いといえようか。総務省

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 9 の報告書では、多文化共生推進プログラムは、外国人支援(コミュニケーション支援と生活支援)と多 文化共生の地域づくりからなっている。多文化共生の地域づくりには、異なる文化背景を有する集団間 の交流も含まれるので、欧州のインターカルチュラル政策と日本の多文化共生政策には共通点が多いと 言える。そうだとすると、ICCは「多文化共生都市」と訳してもよさそうである。ただし、日本の自 治体の実際の取り組みの多くは外国人支援にかかわるものといえる。そうだとすると、多文化共生社会 をめざす上で、外国人支援は必要不可欠であるが、それだけでは十分ではなく、地域づくりにも力を入 れる必要があることを、欧州都市の経験から学ぶことができるのではないか。 近年、韓国でも外国人の受け入れ態勢づくりが急速に進みつつある。韓国では、日本と異なり、国主 導で態勢整備が進み、自治体の主体的な取り組みの必要性が指摘されている。近年、多文化共生分野に おける日本と韓国の自治体交流が少しずつ進んでいるが、日韓の自治体と欧州自治体の交流にも大きな 意義があるだろう。そして、自治体による先駆的な取り組みが国をリードし、日本、韓国そして欧州に おける多文化共生社会の形成につながることを期待したい。 1 山脇啓造 (2010)、参照。 2 宮城県は、全国に先駆けて2007年に「多文化共生社会の形成の推進に関する条例」を制定した。 3 この分類は、過去30年にわたる欧州12カ国25都市の取り組みを調査した Alexander (2007) によ

って提起されたもので、Wood and Landry (2008) が4番目の類型を”pluralist policy” か

ら ”multicultural policy”に修正して採用し、インターカルチュラル・シティを理解する基本枠組みとな っている。

参考文献:

Alexander, M. (2007) Cities and Labour Migration: Comparing Policy Responses in Amsterdam, Paris, Rome and Tel Aviv. Aldershot: Ashgate

Council of Europe (2010) Intercultural Cities: Towards a Model for Intercultural Integration. Strasbourg: Council of Europe Publishing

Wood, P. and Landry C. (2008) The Intercultural City: Planning for Diversity Advantage. London: Earthscan

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 10 「韓国における多文化政策と地域ガバナンス」 聖公会大学教授·前韓国多文化学会会長 梁起豪 1.韓国における多文化政策の現状と課題 韓国社会において多文化現象は多くの関心を集めている。短い期間中に多文化人口が急増し、なおか つ最も保守的な農村地域で結婚移民者が増えてきたからである。現在、韓国国内の多文化人口は約130 万人で、国内総人口の約2.5%を占めている。1990年代初頭から流入し始めた外国人労働者をはじめ、20 00年代に入り韓国人男性と結婚する外国人女性が増えたことで、多文化現象が目立つようになった。韓 国系中国人が新規の労働力として流入し、外国人人口はさらに増え、過去20年間、韓国内の登録外国人 数はなんと20倍以上も増加してきた。外国人労働者、結婚移民者、留学生など国内居住人口の増加を受 けて、韓国政府とメディアは関心を持ち、彼らの国内定着を積極的に支援してきた。 韓国の多文化政策は2004年8月に雇用許可制の導入、2006年5月に外国人政策委員会の設置、2007年以 後自治体の条例制定、2008年3月に多文化家族支援法の制定など短期間に法律と制度を設け、試行錯誤 を繰り返してきた。その間、中央政府主導の多文化政策は集中的法律制定と政策執行を通じて、少なか らずの成果を出してきたが、自治体、企業、市民団体の支持とコンセンサスが得られず、コミュニケー ション不足の問題をもたらしている。 特に、韓国の多文化政策が公共機関主導で行われたことで、分野ごとに政策過剰と欠乏の不均衡が生 じ、多文化社会への大きな展望が立てられない状況である。中央政府、自治体、市民団体間の多文化ガ バナンスが構築されておらず、多文化政策と支援事業をめぐる政府部処と市民社会内の葛藤が存在する ことで、多文化政策のガバナンスを阻害し、重複と非効率性を露呈している。 韓国政府と自治体は同和主義中心の政策を進めてきている。労働力として入国し、3年の滞在後に帰 国する外国人労働者は政府からの支援が殆ど受けられない。いまだに結婚移民者と多文化家庭子どもは 十分な法律的保護が受けられず、差別されることも少なくない。このような公共機関の限界を補い、漸 進的に多文化社会づくりに貢献できる主体が地域コミュニティと市民団体であることを改めて思い起こ さなければならない。 先進各国の多文化政策は中央政府による法律制定と財政支援、また市民社会の主役として分かち合い と奉仕を実践する市民団体、これらの団体をネットワークしたり、分野別に支援する自治体などで役割 分担を行っている。韓国の多文化政策は中央部処の女性家族部、法務部、雇用労働部、教育科学技術部、 行政安全部が主導的に進めているが、自治体、企業体、市民団体との共同ガバナンスが不十分な状況で ある。中央政府に劣らず自治体、地元企業、多様な市民団体の役割は大きく、今後民間アクターとして 重要な基礎的インフラになり得る。 韓国における外国人支援事業は公共機関ではなく、市民団体と宗教団体によって始まったものである。 外国人が増え始めた1990年代から中央政府の対策が存在していなかった時期にいち早く現場に乗り出し、 多文化プログラムを行ってきた団体は殆ど市民団体である。例えば、移住女性人権センター、外国人労 働者支援センター、多文化学校、移住民女性相談所などがあり、これらの役割が高い比重を占めている。 全国的にすでに知られている多文化政策を支援する市民団体だけでも350に上り、実際はこれを遥か に上回るものと推算されている。これらの市民団体が公共機関、地元企業とのガバナンスを目指し、多 文化政策とプログラムを適切に提供することが望ましい。より安定的かつ長期的側面から多文化社会へ の移行に大いに貢献できることは言うまでもない。 今まで中央政府が主導してきた多文化政策の問題点は供給中心、実績中心、成果中心に行われたこと によるものである。日本など先進国では市民団体と自治体が多文化プログラムを主導しており、中央政 府は法律と制度面で補う場合が少なくない。従って、多文化社会の定着と地域コミュニティの形成に向

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 11 け、現場性と機動性を持つ地域内多文化機関の活力と機能を再評価し、彼らの力量を強化していく必要 がある。下記は多文化政策を担う公共機関の内、中央政府と地方政府の役割と機能をまとめたものであ る。 2.中央―地方政府間の多文化ガバナンス 1)中央政府:多文化事業の地方移譲を推進 多文化政策と関連し、地域中心型ガバナンスを構築するためには中央政府の果敢な変化が求められる。 現在、外国人政策を主導している主体が中央政府であるだけに有意味な変化をもたらすためには中央政 府の努力が欠かせない。中央政府は出入国管理、外国人政策の基本体系、各部処で担当する外国人類型 別政策などの業務領域を担っている。しかし、このような固有の業務を除く外国人の社会統合と支援施 策は積極的に自治体移譲を行っていくべきである。 現在、中央政府機能の相当部分を地方に移譲するためには中央部処間の政策調整を先に行わなければ ならない。現在の多文化政策は法務部の主導で女性家族部、雇用労働部、教育科学部、行政安全部など がそれぞれ独自の業務を担っている。特に法務部と女性家族部、雇用労働部は独自の地域組織を運営し、 地域ごとに事務所を設け、自治体代わりに外国人のための政策を行っている。 中央政府はより多くの施策を自治体に移譲し、その代わりに政策設計機能を強化する必要がある。自 治体は多文化政策の体系が自主的に整っておらず、担当公務員の専門性が不十分な点を大きな問題とし て実感している。これは多文化政策の歴史が浅い中、担当組織が増えてきたことによるものである。今 後、自治体の役割が増大することを踏まえれば、これに対する中央政府の支援は欠かせない。中央政府 は自治体に望ましい政策モデルを提示し、担当公務員の教育を通して専門性の強化を図り、海外の優秀 政策事例または自治体間の情報交換を誘導することで地方における政策の力量強化を支援しなければな らない。 2)自治体:政策の力量向上と市民団体との協力強化 中央政府機能の地方移譲が進めば、政策の中心には自然に自治体が根を下ろすことになる。今日、世 界的に自治体は外国人の社会統合における中心的役割を果たしている。多文化政策の世界的流れは中央 政府がより厳しい出入国管理に集中する一方で、自治体は柔軟かつ弾力的政策を通じ、居住外国人を包 容することである。これは外国人の社会統合課題が都市部でもっと深刻な問題として取り上げられる一 方で、都市部の社会経済的発展に外国人の存在が無視できない比重を占めているためである。 自治体は今のような受動的態度から抜け出し、多文化政策の力量強化に取り組まなければならない。 現在、殆どの自治体は多文化政策において中央政府の政策指針と内容を受動的に行うところに留まって いる。従って、地域レベルの課題に効果的に対応できず、市民団体や地元企業など内部インフラを効果 的に巻き込んでいない。 自治体は多文化政策の関連部門により多くの予算と人材を支援しなければならない。長期的に外国人 が増え続けることに備え管内外国人の実態調査、市民団体の支援事業に対する現況把握などを行う必要 がある。また、関係公務員向けの専門性涵養にも努力を惜しんではいけない。1 自治体は多文化施策におけるコントロールタワーの機能を果たすため、地域レベルで官民が共に参加 する「社会的対話機構」を構築すべきである。天安市と水原市、安山市で進めている官民協議体の運営 はそのような意味で大変重要な試みである。このような社会的対話機構には公共機関と市民社会団体、 地域住民と外国人代表が同等に参加し、多文化政策に関連する事項を主導的に決定し、自治体がそれを 1 自治体の力量強化に向けた日本の「外国人集住都市会議」のような形の地方自治団体連合会議を構成するのもよい方法 である。今まで外国人政策を担う地方公務員は互いの実態と政策に対してコミュニケーションをとり、学習するチャンス が持てなかった。このような交流を通じ、多様な施策を相互学習すれば政策力量の強化に大いに役立つと考えれる。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 12 受け入れる形にしなければならない。 現状からみてこのような社会的対話機構が明確な責任と権限を持つ法的機構に発展することは簡単で はない。しかし、運営次第でいくらでも実質的権限を持つガバナンス機構に発展できる。これは中央政 府と自治体間のコミュニケーションにより改善できると考えられる。 3.まとめ 韓国の多文化政策は2006年以後、中央政府と自治体が多様な法令と制度、財政支援を通じた施策案を 作成することで進められてきたが、多すぎるプログラムが量産され、効率性に欠けると指摘されている。 中央政府、自治体、有関機関で多様な法令と対策を競争的、短期的に提示しており、政策主体間のガバ ナンス不足、業務と予算の重複、外国人住民とプログラム間の弱い連携など、非効率性が大きな問題点 となっている。 多文化政策は中央政府と自治体、地域社会と市民団体、大企業と中小企業、外国人の共同努力と妥協 というガバナンスの過程で進められなければならない。多文化政策が地域住民と外国人の化学的融合を 前提とする長期的観点で進められるべきであるにも関わらず、国内の多文化政策とプログラムは同和、 隔離、活用概念を重視するあまり様々な問題点を露呈している。 多文化社会の構築は韓国社会と地域経済に及ぼす影響を考慮しなければならない。形式的制度と財源 に頼るよりも生活現場で地域住民と外国人の共生・和解を模索しながら、慎重かつ漸進的に対応してい くべきである。多文化政策の基本枠を中央政府が提示し、自治体と市民団体が協力を重ね、外国人を受 け入れていくのが望ましい。ひいては市民主導型多文化政策を模索しながら、中央政府、自治体、市民 団体間のガバナンスを築かなければならない。 地域中心型ガバナンスの構築に向けて、中央政府の一方的政策主導、自治体の権限と財源不足、市民 団体間の弱いネットワークという総合的問題を乗り越えなければならない。多文化政策の公共性と現場 性を向上させ、より効果的かつ効率的な推進体系を築くためには中央政府―自治体―市民団体間の新し い役割分担と調整メカニズムが必要となる。地域中心型ガバナンスの形成に向け、多文化政策における 主体間の対話機構、つまり協議体を強化する方策を積極的に検討しなければならない。 そもそも多文化政策の推進主体間で多文化現象が地域社会の発展と成長に役立つという認識を共有す ることが重要である。結婚移民者と留学生など若い男女の地域内流入と人口増加による地域活性化、外 国人労働者の流入と経済的活力の増加、地域文化の多様性と革新が究極的に地域発展と国際都市形成に 貢献するという認識を共有する必要がある。地域住民の意識向上と創意的多文化施策の推進は自治体と 市民団体が担うべきもっとも中核的役割でもある。 今後、中央政府主導型のトップダウン(top-down)方式よりは地域ガバナンス型のボトムアップ(botto m-up)方式の多文化政策が自治体や地域社会、市民団体の主導で推進されるべきである。多文化社会は 地域住民の自主的受け入れと外国人との共存を根本から目指している。多文化政策には地域住民と外国 人のコミュニケーションと和合が欠かせない。中央政府、自治体、市民団体、企業と有関機関、地域住 民と外国人間でガバナンスを築きながら、より長期的に多文化社会を目指していかなければならない。 参考文献 朴世訓他(2010) 「多文化社会に対応する都市政策研究Ⅱ」(国土研究院) 梁起豪(2003)「日本の地方政府と政策過程」(ソウル大学出版部) 梁起豪(2006.6)“地方政府の外国人対策と内向的国際化”(韓国地方自治学会報) 梁起豪(2009)“日本における多文化ガバナンスと韓国へのインプリケーション” (多文化社会研究)

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 13 梁起豪(2010)「グローバリズムと地方政府」(論衡) 崔炳斗(2011)「多文化共生:日本の多文化社会への転換と地域社会の役割」 (プルンギル) 崔 弘(2011.05)“韓国移民政策の方向と課題”「韓国の移民政策を語る」(法務部) 韓国法務部の出入国外国人政策本部ホームページ http://www.immigration.go.kr 日本比較政治学会(2009)「国際移動の比較政治学」(ミネルバ書房) 山脇啓造(2007.1)“地方自治体と多文化共生”「自治体国際化フォーラム」

Kymlicka,W.&He,B(ed.).(2005), Multiculturalism in Asia (Oxford Univ. Press)

Kymlicka.W.&Wayne N.eds.(2000), Citizenship in Diverse Societies (Oxford Univ. Press) Pierre, J.(2000), Debating Governance (Oxford Univ. Press)

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 14 欧州・アジア「多文化共生都市 国際シンポジウム」 都市紹介:リスボン市 (Lisboa) 人口:54 万 5,245 人(2011 年) 外国人比率:8%(4 万 4,784 人) 市長:アントニオ・コスタ(2007 年 8 月 1 日より現職) 市の区割り:53 地区(ポルトガル語で Freguesia という) 外国人の主な出身国と人数:カボ・ヴェルデ(4 万)、ブラジル(2 万 4,700)、アンゴラ(2 万 4,200)、 ギニア(1 万 5,700)、サントメ・プリンシペ(6,900)、ウクライナ(6,900)、ルーマニア(6,800)、中 国(4,300) 主な宗教:ローマ・カトリック、東方正教、イスラム教、ヒンズー教、ユダヤ教 ポルトガルは歴史的に移民を海外へ送り込んできた国である。船員や貿易商人、宣教師などが世界をま たにかけた海洋帝国を築き、帝国はその後衰退したが、ポルトガル人は海外に新たな活路を求め続けた。 19 世紀半ばから 20 世紀後半までの間に、ポルトガルの海外移民を上回ったのは西欧諸国の中でアイル ランドだけである。 1970 年代、ポルトガルの長い海外移民の歴史が大きく変わり始めた。1973 年の石油ショックで北欧に おけるポルトガル人労働者の需要が突如として低下した。さらに重要なのは、1974 年のサラザール独裁 体制の崩壊とそれに続く被植民地国家の独立である。こうした事情で、海外から引き揚げてきたポルト ガル人に加えて、旧ポルトガル領アフリカ諸国の国民がポルトガルに流入した。旧植民地の人々はポル トガル語圏諸国「ルゾフォニア」(旧ポルトガル領アフリカ諸国をいう PALOP)の一員として、ポルト ガルで特別な権利と恩恵を享受した。ポルトガルの EU 加盟により北欧からの帰国者と PALOP 諸国か らの移住者が増加し続けたが、それと同時に新たな形の移住も発生した。東欧から何千人もの不法移民 労働者が、ソ連崩壊後に母国で起こった経済破綻と社会の混乱を逃れ、職を求めてポルトガルへやって 来たのだ。主にウクライナ、ルーマニア、ロシアからの移民である。 ポルトガルの政策担当者が包括的な移民政策の策定を開始し、PALOP 諸国の市民が享受している権利の 一部を他の移民にも与え始めたのは、この戦後の第 2 波の移民流入による影響だった。1990 年代以降、 ポルトガルは移民の管理と社会への統合を目的として、高度な一連の政策手段を策定してきた。最近の 報告でも、首相の直轄機関が監督するポルトガルの移民統合政策はEU 加盟国の中でも 2 番目に先進的 な政策と指摘されている。とりわけリスボン市は移民が社会に貢献するとして、移住市民を歓迎し支援 する強い姿勢をコスタ市長は貫いている。市長は市の中で最も移民の多い地区へオフィスを移したが、 このことにも、移民支援に対する市長の強い信念が表れている。 リスボン市は、国際化と平和への取り組みを強化する一環として、インターカルチュラリズム(多文化 共生)を掲げている。同市は20 ヵ国 27 都市と姉妹都市提携を締結し、国際的に開かれた都市づくりを

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 15 促すための機関を設立した。また、海外留学生を誘致する大学の取り組みを支援し、学生に対してはリ スボン到着直後から市民生活に参加するよう働きかけている。 国際化を目指すリスボン市の姿勢は、新たにリスボンで暮らすようになった人たちに対する市の規定に も反映されている。市は、学生や難民、移住者の呼び寄せ家族、経済移民がリスボンにやって来ること を歓迎する規定を設けている。専門の担当機関が新たに住民となる人たちへの支援業務の調整にあたる とともに、新住民全員に公的サービスの詳しい情報を提供している。 リスボン市では、メディア政策や情報政策を通じてコミュニティの相互交流を振興したり、コミュニテ ィ内の一体性を高めたりするという注目すべき取り組みも行っている。メディア政策や情報政策はイン ターカルチュラリズムの推進を目的に策定されており、定期的な記者会見の開催、新聞のコラムへの記 事掲載、少数外国人のコミュニティに関するマスコミ報道の独立外部機関によるモニタリングなどはそ の一例である。 リスボン市当局の取り組みは、政治指導者も一丸となって努力することで多文化共生を急速に進展させ ることができるということを十分に示している。インターカルチュラル・シティという理想に対するコ スタ市長の政治家として、そして個人として強い信念は、他の市政指導者にも刺激を与えるに違いない。

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浜松市における多文化共生の取り組み

浜松市長 鈴木 康友 1. 市長プロフィール 市長就任年 2007 年(2 期目) 前 職 衆議院議員 2. 市の概要 (1)市勢概要 浜松市は、日本のほぼ中央に位置し、人口は約 82 万人、面積は 1,558k ㎡と国内都市の中で 2 番目に大きく、豊かな自然環境に恵まれた都市である。 本市は、2007 年に県並みの権限と財源を有する政令指定都市に移行し、行政運営を行っている。 また、スズキ、ヤマハ、ホンダをはじめ国際的に活躍する企業の発祥の地であり、国内有数の産 業集積地である。こうした活発な経済活動を背景に、海外経験を積んだ市民や多様な文化を持つ 外国人が多く住んでいるのが特徴である。 (2)外国人住民の特徴 南米地域からの外国人登録者が全体の約6 割を占めているのが特徴で、特にブラジル国籍者数 は、全国の都市の中で最多である。これらの南米出身者は、日系人やその家族が多く、1990 年の 入管法の改正以降急増した。しかし、2008 年のリーマンショックを受け、それまで増加していた 外国人登録者数が、減少に転じている。 <外国人登録者数> ①国籍別内訳 ②在留資格別内訳 ③推移 0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000 1 9 8 8 年 1 9 8 9 年 1 9 9 0 年 1 9 9 2 年 1 9 9 4 年 1 9 9 6 年 1 9 9 8 年 2 0 0 0 年 2 0 0 2 年 2 0 0 4 年 2 0 0 6 年 2 0 0 8 年 2 0 1 0 年 2 0 1 1 年 (人) その他 中国 ペルー 韓国・朝鮮 フィリピン ブラジル 技能実習 996人(3.7%) 留学 668人(2.5%) その他 2,934人 (11.0%) 特別永住者 1,075人(4.0%) 日本人の 配偶者等 2,439人(9.1%) 定住者 5,742人 (21.5%) 永住者 12,814人 (48.1%) ベトナム 1,048人 (3.9%) インドネシア 718人(2.7%) 韓国・朝鮮 1,517人 (5.7%) ペルー 2,132人 (8.0%) ブラジル 13,447人 (50.4%) 中国 3,188人 (12.0%) フィリピン 2,968人 (11.1%) その他 1,650人 (6.2%) 総 数 26,668 人 (総人口の3.26%) (2011 年 4 月 1 日現在) (2011 年 4 月 1 日現在) 総 数 26,668 人

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3. 浜松市の取り組み (1)多文化共生の方向性 外国人住民は、まちづくりにおける重要なパートナーであるという認識のもと、日本人住民と 外国人住民が、互いの文化や価値観に対する理解と尊重を深める中で、権利の尊重と義務の遂行 を基本とした真の共生社会を形成するため、本市では、積極的に多文化共生を推進している。 (2)特色ある取り組み ①外国人集住都市会議の設立 本市は、全国の自治体に先駆けて積極的に多文化共生施策に取り組んできた。しかし、法律 や制度的な問題に起因する課題は、市単独では解決することが困難である。 そこで、本市と同様に南米系外国人が多く居住する都市に呼びかけ、2001 年に「外国人集住 都市会議」を設立した。多文化共生に関する施策や課題等の情報交換を行うとともに、国への 政策提言を継続的に行っている。 ②浜松市多文化共生センター/浜松市外国人学習支援センター 本市は、多言語による生活相談など、外国人の生活支援に取り組む「浜松市多文化共生セン ター」と、大人から子どもまでの外国人の学習支援に取り組む「浜松市学習支援センター」の 両施設を拠点とし、多文化共生施策を展開している。 また、両センターは、NPO やボランティア、関係機関等との連携により運営しているのが特 徴である。 ③浜松市外国人市民共生審議会 「浜松市外国人市民共生審議会」を条例により設置し、審議会は、2 年毎に 8 名の外国人住 民をメンバーとして市長からの諮問に応じ調査審議し、答申を行っている。 ④外国人の子どもへの支援 本市は、外国人の子どもへの教育支援として、公立学校においてバイリンガル支援員の派遣 や日本語教室・母国語教室の開催などを行っている。 日本では、外国人保護者には子どもを就学させる義務が課せられておらず、教育を受けるこ とは、家庭の判断となっているのが実態である。本市には、本国政府の認可を受けた外国人学 校が5 校あり、公立学校とともに外国人の子どもの教育の重要な受け皿となっている。 こうしたことから、外国人学校においても、日本語教師の派遣や外国人学校へ通う子ども達 への教科書購入補助を行うとともに、県から認可された外国人学校に対し、補助金を交付して いる。 さらに、2011 年度からは、外国人の子どもの不就学ゼロ作戦事業として、3 カ年計画で外国 人の子どもの不就学を解消するとともに、不就学を生み出さないスキームづくりに取り組んで いる。 (3)国への政策提言 「外国人集住都市会議」を通じ、継続的に国に政策提言を行っており、こうした働きにより、 国は、2009 年に内閣府に「定住外国人施策推進室」を設置し、2010 年 9 月には「日系定住外国人 施策に関する基本方針」を策定するなど、一定の前進が見られた。 しかし、外国人が安定して生活ができる社会制度やシステムを整備するためには、我が国とし て、外国人の受け入れをどのようにしていくのかという基本方針の確立が何より急務である。そ して、国として責任体制を明確にするとともに、横断的かつ総合的に対応するため(仮称)外国 人庁の設置が不可欠である。現在、前述の2 点を中心に国への働きかけを行っている。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 18 「安山市の多文化支援施策について」 安山市副市長 チョン・スンボン 安山市は、ソウルから30km半径の南西部に位置し、西海岸と接しており、ソウルから1時間の距離にある。 安山市の一般現況 面積は148.4平方kmで京畿道の1.4%を占めており、人口は76万人余り、行政区域は2つの区と25の行政洞が ある。 112の学校があり、8,000余りの企業に16万人余りの労働者が従事している。 予算規模は9億4,300万ドルになる。 安山市の都市基盤において、道路の舗装率は97.6%、住宅の普及率は99.3%、上水道の普及率は99.7%、 下水処理率は100%である。 また、市街地の緑地率は72%で全国最高で、潮力発電所などの新再生エネルギーの普及率は4.6%で、 これもまた全国最高である。 安山市の都市特性について 安山市はオーストラリアのキャンベラ市をモデルにした韓国最初の完全計画都市で、 ・首都圏広域鉄道網の四通八達交通網と物流の中心都市 ・豊富な緑と公園を備えた緑色環境都市 ・安山始華湖の潮力発電所、大富島などの首都圏に最適な生態観光資源を保有した海洋観光都市 ・近代史に影響を及ぼした学者たちの学問と芸術の魂が宿る文化芸術の都市 ・半月・始華国家産業団地などの国家産業経済の中枢都市 である。 外国人統計で登録外国人を見てみると、2011年10月末現在の大韓民国において99万4,000人余りで、毎 年9%以上増加しており、このうち、安山市には4万4,000人余りで毎年11%以上着実に増加している。 滞留外国人は139万人余りが滞留している。 国籍および滞留資格別に見てみると、国籍別の現況は67ヶ国4万4,000人余りのうち、中国が3万1,000人 余りで71%、ベトナムが2,600人余りで5.9%、ウズベキスタンが5.5%、インドネシアが3.1%、フィリ

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 19 ピンが3.1%の順である。 滞留資格別では、労働者が3万2,000人余りで73.3%、結婚移民者が4,800人余りで10.6%、留学および語 学研修が1%、専門就業者が1%、企業投資が0.4%、そして、その他が13.1%で構成されており、安山市 の人口に対する外国人の比率は5.9%である。 安山市の外国人密集居住地域について 安山市の元谷洞は、外国人の比率が67%と韓国の中で最も高く、3人中2人が外国人で、『韓国の中の小 さなアジア』『多文化一番地』『国境のない村』などと呼ばれている。 密集居住地域の形成要因を調べてみると、元谷洞の半月・始華国家産業団地の後背地として多くの働き 口と首都圏の中でも安い住居地、電車などの便利な交通、同族意識などに起因するものと思われる。 これとあわせて、大韓民国には安山市をはじめとして外国人が1万人以上いる地方自治体が38ある。 安山市の外国人住民センターの現況について 多文化の共存により発生する行政需要に対応して、内国人と同質の行政サービスを提供するために 2005年に外国人労働者支援センターを開所した後、2008年3月に新築して外国人住民センターを開館 した。 現在の外国人住民センター内には、外国人住民たちに必ず必要な施設である無料診療、多文化図書館、 文化の家、通訳支援、外国為替送金、グローバル児童センターが入居し、1ヶ月で2万人余りの外国人が 利用しており、安山市の多様な外国人支援施策の研修のために、昨年一年間で、公務員、社会福祉団体、 学校など3,000人余りが外国人住民センターを訪れた。 安山市の外国人支援施策について 1.外国人住民の支援基盤構築のために 居住外国人支援条例を制定して居住外国人の地域社会への適応と行政支援方案を用意し、外国人住民セ ンターを設置して365日無休で韓国語教育、職業能力開発教育、多文化家庭の支援、文化体育の支援な どの事業を推進しており、元谷特別巡察隊を構成して、夕方6時から翌日の明け方4時まで外国人密集地域 の犯罪予防と基礎秩序の啓蒙活動を行っている。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 20 居住外国人支援の官民協議体を運営して、新たな施策作りおよび推進中の事業に対する協議調整を行い、外国 人労働者たちが自国に送金することができるように外国人住民センター内に外国為替送金センターを設 置し、「多文化の小さな図書館」に17ヶ国9,700冊余りの蔵書を保有して、外国人らに自国の図書を閲覧 および貸し出しできるようにしている。 2.地域社会への適応と安定した定着支援のために 外国人住民の国籍取得と安定した定着のために社会統合プログラム、韓国語教育、技術帰国教育、PC教育な ど、各種の教育プログラムを運営しており、多文化情報誌の「安山ハーモニー」、「生活法律ガイドブッ ク」など、生活情報誌を定期的に提供している。 また、外国人住民の健全な余暇生活のために、テコンドー、サッカー、バドミントン、卓球、バスケット ボール、バレーボールなどの生活体育教室を運営しており、文化史跡地の探訪、お祭りおよび芸術公演の 観覧など、韓国文化の体験を実施している。 3.外国人住民の人権増進基盤の造成のために 外国人の人権保護のために、全国で最初に「外国人住民人権増進条例」を制定して大韓民国人権賞を受 賞し、人権増進に関する諮問および審議のための「外国人住民人権増進委員会」を構成し、外国人住民の各 種苦情相談のために中国、インドネシア、タイなどの10言語で支援する移住民通訳支援センターを運営して いる。 そして、無料診療センターでは内科、歯科、韓方などの3つの診療科目を無料で診療している。 また、15ヶ国37人で構成された外国人モニター団が企業、病院、多文化家庭などで通訳が必要な時に支 援を行っており、外国人住民に対して緊急生活費、医療費、帰国旅費などを支援する外国人応急支援事 業を推進している。 4.多文化家族の安定した生活支援のために 多文化家族が韓国社会に速やかに適応することができるように、安山市多文化家族支援センターを運営 して韓国語教育、訪問教育、通訳翻訳サービスなどを支援しており、新婚の結婚移民者への情報提供サー ビスを通じて結婚移民者、配偶者および家族らを対象に韓国での生活に必須な情報を提供することにより、安 定した定着を支援している。 また、12才以下の多文化児童の健康な成長を支援するために、ウィ・スタート・グローバル児童センタ ーを運営しており、外国で生まれて韓国に入国した中途入国子女のための予備学校を運営し、韓国語お よび基礎学科の適応教育を実施している。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 21 5.多文化理解の増進と共同体の形成 全ての人々が触れ合う多文化共同体の形成のために、毎年5月20日の世界人の日の行事と外国人住民と の交流広場を開催しており、タイのソンクラーン、インドネシアのラマダンなど、国家別の共同体の行事を 支援している。 そして、結婚移民者を多文化講師として育成し、小・中・高校および子供の家などを訪問して各国の伝 統的な遊び、衣装、もの作りなどの体験教育を実施する訪問型の多文化一日教室を運営しており、結婚 移民者で構成されたネイティブスピーカー講師が地域児童センターを訪問して英語、日本語、中国語など の多文化外国語体験教室を運営している。 また、一般市民および学生たちを対象に多文化理解講座を毎月1回開催し、体験活動を含めた多文化理解教 育を実施している。 6.多文化の村特区の活性化 安山市の元谷洞は、全国最高の外国人密集地域として2009年に知識経済部から多文化の村特区に指定さ れた。 外国人の地域社会統合を促進し、外国人住民の福祉および多文化共同体の先導的なモデルを提示して、 外国人の飲食店および商店街で構成されたエキゾチックなショッピングゾーンと多文化体験観光の運営 による地域経済の活性化を目的としている。 このため、この地域を多文化フードストリートに指定し、シンボルモニュメントの設置、飲食店の環境 改善事業などを推進して、外国人住民センターおよび広報学習館、子供図書館の運営により、特区地域 を多文化教育・体験の場として活用している。 以上で、大韓民国、安山市の外国人住民支援施策に対する説明を終わります。 ありがとうございました。

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January 18, 2012 Intercultural city encounters Europe-Asia/多文化共生都市 国際シンポジウム 22 欧州・アジア「多文化共生都市 国際シンポジウム」 都市紹介:ボットシルカ市(Botkyrka) 人口:8 万 2,608 人(2010 年)(平均年齢 37 歳) (外国生まれ、または外国生まれの両親をもつ人の割合:53.2%) 市長:カタリーナ・ベリグレン 主な外国人:トルコ人、シリア人、イラク人、チリ人、レバノン人 主な宗教:プロテスタント、キリスト教正統派、イスラム教 かつて欧州の大国だったスウェーデンは、歴史の大半において外国へ移民を送り出してきた単一民族国 家である。第二次大戦後になって初めて、スウェーデン経済の急成長により移民労働者が必要になった。 当初、フィンランドからの移民が中心だったが、後には、ギリシアやユーゴスラビアなどの南欧諸国か らも来るようになった。しかし、スウェーデン当局はドイツ当局とは異なり、新たな移民をいずれは帰 国する「ゲストワーカー」とは考えず、スウェーデン人と同じ権利を与えられるべき市民とみなした点 で異例であった。 1970 年代と 1980 年代には、それまで中心だった労働移民に代わり、難民が移民としてスウェーデンに 流入するようになった。非ヨーロッパ系でプロテスタントではなく、白人でも西欧人でもない人々が流 入して新住民となり、スウェーデンは難民の主要受入国となった。1975 年、移民に関する公的政策が初 めて採択された。おそらく当時の欧州ではもっともリベラルな政策だったと思われる。社会福祉、平等 の権利、異文化の受容などスウェーデンに特徴的な社会契約を前提とした政策だったからである。この 最初の政策は同化の理想から一歩遠ざかってしまった。新しい市民は、スウェーデン的な「良い暮らし」 の価値観に同化し、家族の歴史や文化を忘れるべきだと考えられていたからである。 しかし、このリベラルな移民政策の時期は長く続かず、1980年代半ばまでにスウェーデンは一連の法整 備を行い、長い「多文化主義からの後退」に踏み出した。こうした法整備は、男女平等の理念など「ス ウェーデンの象徴」とされる基準や価値観と、スウェーデン以外の社会が持つ基準や価値観との間で「文 化摩擦」が起こるリスクに対応するためだと言われていた。 スウェーデンの政治家は現在、多文化主義にあまり好意的ではないが、ボットシルカ市当局は同化政策 を採用せず、インターカルチュラリズムをスウェーデンの移民・多様化政策を改革し再活性化するため のチャンスと考えている。市はインターカルチュラル戦略を採択し、インターカルチュラル・プログラ ム・コーディネーターを選任している。 ストックホルム中心部から25 分の距離にあるボットシルカ市はスウェーデンで民族多様性が最も高い自 治体である。その住民の国籍は(世界に193 ヵ国あるうち)160 ヵ国に及び、住民が話す言語は 100 を 超える。このような多様性は多くのチャンスがあることを示しているが、同時に、高失業率、平均以下

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の教育水準、スウェーデン国内で集住地域の隔離率が最も高いなどの社会問題を伴ってきた。

ボットシルカ市は集住地域の隔離の問題に取り組むための方法として、学校間の連携を促進すること(そ

のうち 1 校が、先進的な教育の一環としてインターカルチュラリズムを掲げてきた)や、長い歴史を持

つ青年会(Youth Council)を通じた活動を行ってきた。青年会のメンバーには iPad が支給されているが、 これは、地元住民に意見が求められ、でてきた意見をもとに意思決定が行われていく映像を見るのに使 われている。ボットシルカ市はまた、市が抱える問題について若者に情報提供し、問題解決への参加を 促すことを目的とした雑誌を若者向けに発行しており、地元新聞と合わせて市についての情報源となっ ている。この新聞も市が発行するもので、「多様性について明るい話題を伝える」ために大手新聞から移 ってきたジャーナリストが働いている。この地元紙はたびたび住民紹介の特集を組み、多くの読者と高 い評価を得ている。 ボットシルカ市は、スウェーデンで初めてエスニック・マイノリティから首長が選ばれた市であり、自 治体サービスと社会支援や若者のカウンセリングを合わせて提供する「ワン・ストップ・ショップ」を 初めて導入した市でもある。 ボットシルカ市は、多文化センター(Multicultural Centre)とサブトピア・アート・コンプレックス (Subtopia arts complex)を通して、インターカルチュラリズムを芸術面から支援していることでも有名 である。サブトピア・アート・コンプレックスのプログラムは国内でも国際的にも注目されている。北 欧最大のサーカス団がプログラムに名を連ね、住民の「創造性と自信」を育み高めることを目標として いる。ボットシルカ市のように比較的小規模の自治体が全国的に有名なアートセンターを支援する前例 はほとんどなく、市がインターカルチュラリズムに非常に力を注いでいる証左である。

参照

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