1
日本語学習者のコミュニケーション
―誤用の原因と運用のストラテジー―
Communication by Learners of Japanese as a Second Language
Learners’ Errors and Communication Strategies迫田久美子(国立国語研究所) 要旨 日本語学習者は、さまざまな誤用を産出する。本発表では、それらの誤用を学習者のコ ミュニケーション上の工夫であり、運用のストラテジーであると捉え、その実態を探る。 さらに、そこにはどのような必然的な理由があるのか、日本語教師は彼らの誤用から何を 学ぶべきなのかを示す。 キーワード:日本語; 第二言語習得; 単純化; 自然環境学習者; 教室環境学習者 1. はじめに 本発表の目的は、次の3点である。 (1)日本語学習者はコミュニケーションにおいてどのような誤用を産出し、そこでどの ような工夫をしているのかを示す。 (2)彼らの工夫には理由があり、必然的なものであることを示す。 (3)学習者の工夫から教師は何を学ぶべきかを考える。 2. 日本語学習者の誤用 アメリカ人の大学生が「日本の味噌汁は弱い」と言ったことがある。「味が薄い」と いう意味であるが、「weak」を「軽い」と訳したために誤用となった。このように、か つて、誤用は母語の影響、つまり母語の言語転移(負の転移)だと考えられ、対照分析が 盛んに行われた。しかし、次のように母語の異なる学習者が同種の誤用(「の」の過剰使 用)を産出していることから考えると誤用の原因は、言語転移だけであるとは断定できな い。(4)~(6)は日本語学習者の誤用例であり、下線は誤用部分を、( )は母国、 [ ]は補足を示す。 (4)鶏の料理ですが・・・[略]・・・辛いの料理です (韓国) (5)小さいの子供、しゃべってるの日本語面白い (中国) (6)新しいの友だち・・・あんまり元気じゃない (マレーシア) 3. 学習者の日本語運用の工夫 3.1 単純化
2 本発表では、学習者の誤用を肯定的に運用上の工夫であり、ストラテジーととらえ、ど のような工夫を行っているかを分析する。頻繁に使われるのは別々の規則が存在するのを 1つの規則に当てはめてしまう「単純化」(過剰一般化ともいう)である。 (7)[昼食の寿司は]少し高いだった。しかし、とても楽しいだった (メキシコ) (8)日本人:日本のキムチの味は韓国と同じですか? 学習者:いいえ、違うです。 (韓国) (9)韓国は[試験の日程が]同じです。ぜんぶ、同じくて、もう試験の問題も同じです。 (韓国) (7)は、ナ形容詞や名詞の過去形をイ形容詞にも適用した例、(8)は「違う」の活用を 「同じ+です」と同様に考え、「違う+です」と単純化した例、(9)は「同じ」の「て 形」をイ形容詞と同様に考えて単純化した例である。 他にも、単文を重ねて複文構造にする場合、複数ある接続表現の中から(10)や(11)の ように「て形」の多用が見られる。これらは、「て形」の形式が簡便であり、原因や理由 を表すなど、多くの機能を持っていることが多用の原因だと考えられる(吉田 1994)。 (10)さむくて(→寒いから)、ヒーターをつけよう(タイ) (市川 1997; 338) (11)頭が痛くて(→痛いので)、病院へ行きたいです(フィリピン) (同上) 接続表現で「て形」や「たら」が多用されることも、複数の形式を使わず、特定の形 式に単純化してしまう例だと言える。山内(2005)は、学習者が 15 種類の接続表現を習 っても実際に使った表現は 6 種類だったこと、習っても最初は使えないことを明らかに している。 3.2 固まり 学習者は記憶しやすくするために、文法形態素を別の語と共に固まりを作る工夫をする。 具体的な例として指示詞コソアの研究を紹介する。次のようにコソアには使い分けがある。 (12) A:山田先生って知ってる? B:ううん、知らない。ソノ先生、何の先生? (13) A:昨日、駅で田中先生に会ったんだ。 B:アノ先生、いつも優しいよね。 (14) 野口英世、コノ先生が日本で初めて日本でノーベル賞をとった人だ。 しかし、日本語学習者はコソアの誤用を産出し、3年間の日本語学習者 6 名の対話調 査のデータからコソアの誤用を分析した結果、次のような誤用傾向を示した。つまり、中 国語話者も韓国語話者もソ系指示詞を使うべき場合にア系指示詞を使う「ソ→ア」の誤用 が頻出することがわかった。具体的には、(15)のような誤用である。 (15) 素敵な人が現われたら、アノ人と結婚したい。 (16) 日本人:娘には好きな人がいるらしい。
3 学習者:アノ人は娘さんのことが好きですか。 そこで、指示詞が具体的にどのような名詞に接続しているかを調査した結果、表1のよ うにア系で誤用になる場合には、特定の名詞が使われていることがわかった。①~⑧は3 年間を8回調査した時期を表す。下線は誤用が含まれることを示す。 表1 特定の名詞に接続するソとアの指示詞一覧(韓国語話者Aの場合) ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ 人 アノ アノ アノ ソノ アノ・アンナ ソノ アノ ソンナ アノ ソノ・ソンナ アノ アンナ 先生 アノ アノ アノ 学校 アノ アノ ソノ こと ソノ ソンナ ソノ ソンナ ソンナ アンナ ソンナ ソンナ ソンナ 気持ち ソンナ ソノ ソンナ ソノ ソンナ ソンナ ソンナ 話・考え ソンナ ソンナ ソンナ アノ ソンナ この結果から、学習者がコソアを従来の規則ではなく、「ア系+具体名詞」、「ソ系 +抽象名詞」の固まりで使用する可能性が推測され、仮説検証の調査を行った。 0 1 2 3 4 5 ソ+具体 ソ+抽象 ア+具体 ア+抽象 中国語話者 韓国語話者 日本人 図1 ソ系とア系の使い分け調査の結果 その結果、学習者がソ系とア系の指示詞を使う場合に後続する名詞によって固まりを作 っている可能性が示唆された。学習者は他の形態素についても、同様の傾向が見られる。 (17) 映画館の前に会いましょうか。 (18) この本はいいだと思う。 (19) 熱が38度がある。 (20) 国際交流会館で住んでいます。 このような固まりで覚える現象は、助詞や指示詞などの文法形態素を別の語と固まりに することで覚えやすくする学習者の工夫であると考えられる。 3.3 マーカーの活用
4 学習者は、日本語の動詞などの活用や複雑な表現を使わないで、その機能を代用する表 現をマーカーとして利用する。具体的には、(21)~(24)のような例である。 (21) きのうの午後、娘、ぜんぜん、寝てる、できない (マレーシア) (22) [そのベトナム料理は]甘いじゃない (ベトナム) (23) [将来は]貿易会社、建てほしいです (中国) (24) [仕事は]行きません、昨日、行きません (マレーシア) (21)の「寝てる+できない」は、「寝られなかった」を、(22)の「甘いじゃない」 は、「甘くない」を、(23)の「建てほしい」は「建てたい」を表している。また、活 用が未習得の場合は、(24)のように「昨日」という副詞を用いることによって過去を 表している。 また、伝達表現などが未習得の場合、(25)のように一人で二役の会話を演じること で伝達が行われていることを表す。 (25)なになに、日本語もっと上手になった?まだです、そうですか…アルバイトつ らいかなぁ、だいじょうぶですよ、元気ですから (中国) 日本滞在が長くなり、日本語が上手になってくると、学習者はフィラーや終助詞を多 用する傾向が出てくる。(26)や(27)は、「とか、なんか、何でしょうか」や「はい」が 会話の流暢性に影響を与えている例であろう。 (26) あのー、男の人女の人の関係とか、なんか、あのー、何でしょうかね、手伝うと きにとか(中略)ま、ちょっと違いますね (アメリカ) (27) んー、日曜日はー、んー、いえでー<うん>いー、休んです{笑}はい、<あー、 そうです>休みです、はい しかし、終助詞などは場面を考慮しないで使いすぎるとぞんざいな印象を与えてしまう。 (28)わたしね、1年前来たね、だから日本語まだ下手よ、わからないよ (フィリピン) 4. 学習者の日本語運用の工夫の背景 学習者がさまざまな工夫を行う背景には、「最小の労力で最大の効果を期待する」原 理が働いている。それは、人間には記憶や注意資源といった認知能力に限界があることに 起因する。心理学者のジョージ・ミラーは、人間が一度に覚えられる語や数字は7語ある いは7ケタ前後であることを明らかにしている。また、人間には理解、学習、推論など、 日常的な行動で考える行為に関係する作動記憶(ワーキングメモリー)というシステムが あり、この容量にも限りがあると言われている。 これらの制約から、学習者は学んだことをすべて脳内に記憶することはできず、できる だけ多くの内容を覚えて、使おうとする場合、さまざまな工夫を行う。つまり、限られた 資源を最大限に活用しようとするのである。その工夫の一部が、「言語転移」であり、 「単純化」「固まり」「マーカー」であり、その結果誤用となって表出する。
5 5. 学習者の日本語運用のストラテジー-動詞「思う」の運用を例に- 5.1 教室環境学習者の場合 ここでは、教室環境学習者と自然環境学習者の3年間の日本語学習において、思考動 詞「思う」がどのように発達するかを探り、動詞「思う」が使えない未習得の段階で、彼 らがどのようなストラテジーを使っているかを明らかにする。 時期 新 出 語 形 第1期 思います 第2期 第3期 思う 思った 思って 第4期 第5期 思ったこと 思ったら 思ってない 第6期 思ったんよ 思ってた 第7期 思うこと 第8期 図2 中国語話者 C1 の動詞「思う」の時期別の新出語形(迫田 2012; 117) 時 期 新 出 語 形 第1期 第2期 思います 第3期 思いました 思いますよ/ね 思いますけど/から 思う 思うこと 思った 思ったこと/とき 第4期 思いますが 思うから 第5期 思うですよね 思ったです 思ったですが/よ 思ったですけど 第6期 思ったですね 第7期 思ったんです 第8期 思ったんですけど 図3 韓国語話者 K1 の動詞「思う」の時期別の新出語形 (迫田 2012; 118 ) 図2と図3は、中国語と韓国語を母語とする学習者それぞれ1名ずつが、3年間の間を8期 にわけて調査をした結果、「思う」の新出語形がどのように変化したかを示したものである。 図2によると中国語話者C1の発話で最初に出現したのは「思います」であり、図3の韓国語話 者K1の初出も「思います」で、それぞれ学習開始約1年後の第3期に「思う」「思った」が出
6 現している。→は、既出の語形にさまざまな要素が付加されて、次の新出語に変化する方向を 示しているが、どちらの学習者も既出語形から新出語形が長くなっており、この傾向は,日本 人幼児の第一言語習得の研究である岩立志津夫(1981)においても観察されている。 興味深いのは、韓国語話者 K1 の「思う」の発達段階には、「思ったです」「思うです よね」のような誤用が出現していることである。具体的には、(29)や(30)の例である。 (29) 両親のお金使ったらだめだとそんな気もあるし,それでも仕事ができるかー,思った ら,できないと,思うですよね (30) 日本人と,一緒に勉強することは,本当,むじゅかしいと思ったですよ これらは、第7期や第8期に出現する「思ったんです」の「んです」の習得の前段階の可能 性が示唆される。全体として、6名の教室環境学習者の「思う」の発達の共通した傾向として 以下の点が挙げられる。 a)初出の動詞形には丁寧体が多いこと b)滞在期間が長くなるにつれて、動詞形にさまざまな要素が付加されて新出語形が形成さ れていること c)発達プロセスにおいて「思うです」「思ったです」のような正用への過渡期の形式が存 在すること、などである。 5.2 自然環境学習者の場合 次に、日本に住んでいるが教室で体系的に日本語を学んでいない自然環境学習者の3年間の 動詞「思う」の変化について調べてみよう。 時 期 新 出 語 形 第1期 - 第3期 第4期 思う 第5期 思うよ 思います 第6期 - 第8期 図4 自然環境の非母語話者 M1 の動詞「思う」の時期別の新出語形(迫田 2012; 120) 自然環境学習者M1の場合、初出が「思う」で、「思います」はそのあとに出現する。また、 3年を経過しても、長い形式が誕生するには、時間がかかることが推測される。では、M1は、 「思う」のような推量の機能を表す場合、どのような方法を用いていたのであろうか。 表3 M1の「思う」などの表現の時期別の使用頻度 (迫田 2012; 121) 時 期 第1期 第2期 第3期 第4期 第5期 第6期 第7期 第8期 滞日期間 0;06 0;09 1;01 1;07 2;00 2;03 2;07 3;00 思う - - - 1 3 1 1 - Think 1 - 1 1 - - - - 考える - 2 5 3 8 1 2 3 たぶん 4 19 14 31 39 47 22 47
7 M1が「思う」を発話する以前は、英語だったり、英語の訳である「考える」を使ってお り、最も頻繁に最初から使われていたのは「たぶん」という副詞だったことがわかった。 具体的には、(31)~(33)のような例である。
(31) でもー、でも、don’t care、don’t あー、I think(第1期)
(32) 10年、あー10年で、と、私たちの…考える、考えるが、10年の時間がテイスティ ング、テストの時間(第2期) (33) あー,今,うん,たぶん,はー,新年のお祈り,私達,代わりの,部屋,会館, international house,そう,(後略)(→今,[多くのマレーシアの学生が来てい るが,]たぶん,新年のお祈りは私達の家ではなくて,代わりの部屋,国際交流会館 ですると思う)(第1期) 「たぶん」は「思う」と必ず共起するとは断言できないが,「たぶん」が推量を表す副詞であ り,命題が不確かであることを表すと考えれば,M1が「思う」の機能を「たぶん」に代用させ ている可能性が高い。つまり,M1は「たぶん」という「便利なマーカー」を使うことで,「思 う」の不確かな推量の意図を伝えていると考えられる(迫田 2012)。 大関(2008)によると、条件表現を表す際に「たら」が使えない場合には、(34)のよ うに「もしも」というマーカーで代用する。「昨日」という副詞を使うことで過去を表そ うとする工夫とも通じる。 (34) (48) もしも,それはいなくなる,大変ことなる(=大変なことになる),ね。 (大関浩美(2008:p.127),下線は迫田による) 6. 学習者の誤用から学ぶこと 1987年にAJALT(国際日本語普及協会)が行ったアンケート調査で、日本語学習者が求 める日本語教師の要素の上位には、「楽しい授業」と「幅広い知識」を抑えて「柔軟性」 が第1位であった。柔軟性とは、学習者の状態やその場の状況を的確に判断し、臨機応変 に対応できる能力であると捉えた場合、学習者に対する深い理解と瞬時の判断が求められ る。学習者の誤用、言い換えれば、工夫を学ぶことは、彼らの日本語に対するストラテジ ーを学ぶことにつながる。 1960 年代、コーダーは誤用の重要性を説いた論文の中で、教師にとって誤用は学習者 がわかっていないことがわかって、指導を考える上で重要であると説いた。70 年代以降、 学習者の誤用は、「誤用」という否定的な捉え方から、「中間言語」「学習者言語」とい う見方がなされるようになり、彼らが積極的に仮説検証を行っている証だと捉えるように なった。さらに、記憶容量や認知能力の制約も明らかになりつつあり、本発表では誤用は 「最小のエネルギーで最大の効果を期待する」の所産だという見方を示した。 誤用は何でも母語の影響だと決めつけることをせず、その誤用が体系的かそうでないの か、原因が予測できるかどうか、今後の指導にどう生かしたらいいのか、などを考えなが ら教えることが望まれる。誤用を1つひとつじっくり観察していると、学習者の工夫を生 み出す知恵が見えてくる。時間をかけて、その知恵の先を探訪したい。
8 【参考文献】 市川保子(1997)『日本語誤用例小辞典』イセブ 岩立志津夫(1981)「一日本語児の動詞形の発達について」『研究年報』27,学習院大 学文学部,191-205 大関浩美(2008)「学習者は形式と意味機能をいかに結びつけていくか-初級学習者の 条件表現の習得プロセスに関する事例研究-」『第二言語としての日本語の習得研 究』11,第二言語習得研究会,122-140 迫田久美子(1998)『中間言語研究-日本語学習者の指示詞コ・ソ・アの習得研究-』 渓水社 迫田久美子(2012)「非母語話者の日本語コミュニケーションの工夫」『日本語教育の ためのコミュニケーション研究』くろしお出版,105-124 山内博之(2005)「話すための日本語教育文法」野田尚史(編)『コミュニケーション のための日本語教育文法』くろしお出版, 147-166 吉田妙子(1994)「台湾人非母語話者における「て」形接続の誤用分析-「原因・理 由」の用法の誤用を焦点として-」『日本語教育』84,日本語教育学会,92-103