公共の記憶とジャーナリズムの形骸化
──戦時性暴力にかかわるドキュメンタリーをめぐって──
崔
銀
姫
1
.は じ め に
2008 年 6 月 12 日最高裁(1)は,「NHK 番組改変」の訴訟について,東京高裁判決(2)を破棄 し,市民団体の全ての請求を退ける判決を言い渡した。そのように NHK の一方的な勝利を 下した最高裁の判決によって,改変された NHK ドキュメンタリーの「何が,なぜ問題であ ったか」の重要な課題への議論は視聴者を含む市民的公共圏のレベルで十分に共有できず,日 本のテレビ史のなかで更なる汚点を残しつつ葬り去られている。遡れば問題の発端は,2001 年 12 月に放送された『ETV 2001 シリーズ戦争をどう裁くか(2)「問われる戦時性暴力」』の 番組制作と放映の過程に起きた「政治的な圧力による NHK 側の番組の異常な編集」であ 〔抄 録〕 本稿は,「戦争をメディアはどうかかわっていくべきか」の問題を,『ETV 2001・ 戦争をどう裁くか』の NHK ドキュメンタリーを糸口に,ジャーナリズムや,公共 性,ナショナリズムといった三つの概念の絡み合いを社会的な文脈から照らしつつ, 考察したものである。 特に本稿では,2001 年 1 月 30 日に放送された『ETV 2001』シリーズの第二部 「問われる戦時性暴力」の番組を中心的に取り上げ,その番組が権力的な圧力によっ て支配的な表象として「改変」された問題を,放送メディアの公共性における「記 憶」や,「他者」,「アイデンティティ」,「戦争」,「ナショナリズム」とのかかわりか ら探りながら,「マス」メディアとしてのテレビ・ジャーナリズムの位相に関連付け て考えようとした。 結論の部分では,「ジャーナリズム」観点から今日の放送界の状況的な問題と課題 を検討し,今後のマルチチュードな「市民的公共性」への期待を述べた。 キーワード ジャーナリズム,公共性,ナショナリズム,戦争,『ETV 2001』 ― 19 ―る。しかし,そもそもその事件の番組の存在を可能としたきっかけは,1991 年度に行われた 史上初の従軍慰安婦(3)の「証言」(4)によって戦争中の狂気の真相が少しずつ究明されてきたか らである(5)。 もとよりその番組シリーズは,21 世紀を迎える時点において日本の 20 世紀を振り返って考 え直そうとした企画の意図から出発した。なので,「20 世紀の戦争の再検討と再認識」という その番組における「戦争への解釈」は世間の関心の的となっていた。その番組の制作テーマで あった「戦争の記憶と戦後の和解」に関するドキュメンタリーの制作は,戦後 50 年以上の歳 月が過ぎているが,24 時間体制で放送されている今のテレビ番組本数の全体の割合から見て も極めて少ないのが現状である。 本稿では,上記のようにテレビ・ジャーナリズムが挫折するメディアの表象空間の変形の過 程をその以前の歴史から検証しながら,戦争とメディアにかかわる「ジャーナリズム」の課題 を,「ナショナリズム」と「公共性」といった三つのキーワードを構造的に設定し,日本の社 会的かつ歴史的な文脈から照らし直す。具体的には,今のマスメディアに関連する公共的なの 表象空間におけるジャーナリズムの位相や,ドキュメンタリーにおける他者としての慰安婦の 表象,表象とアイデンティティ,メディアと公共性,「公共の記憶」への誤謬と責任,ひいて はナショナリズム的な公共性の新たな浮上といった現象を,上記の概念的な三つのキーワード の性格的な変換とせめぎあいに注目しながら考察を試みる。なお,必要とされる部分にはそれ らの概念的な検討を加えながら,それぞれの関係性のなかで問題の所在を文脈的に考察しつ つ,解明していきたいと思う。 最後の結論に代えて語る「おわりに」の部分では,一連の史実と事件をめぐる議論を再び 「ジャーナリズム」に戻し直し,いわゆる「マス」メディアとしての「テレビ・ジャーナリズ ム」の今後についてその役割と責任の側面から見解を述べたいと考える。
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.記憶と記録
1991 年 8 月 14 日,金学順(キム・ハクスン)氏は戦争中慰安婦であった事実を証言し た。周知のとおり,終戦後その時が来るまで,日本では無論,韓国や中国,インドネシア,フ ィリピン,オランダ等,従軍慰安婦として人権的な蹂躙を受けてきた戦争の記憶を当事者自ら が公の場で語ったのは皆無であった。 「慰安婦」という名称の概念的な範囲と解釈をめぐっては,国内の学界や市民団体,メディ ア,そして国際的にも議論が行われたが,長年「慰安婦」の問題に取り組んできた大沼氏によ れば,「慰安婦とは,1930 年代初期から 1945 年に中国や米国などの連合国と戦った日本軍の 将兵の性的欲望を満たすために設けられた「慰安所」で日々性交を強いられた女性を指すこと ばであり,その具体的な人数は研究者により差があるが,10 代の少女を含む数万から 20 万と ― 20 ―いう数の若い女性がそうした境遇にあった」という(6)。 日本政府は終戦後,「慰安婦」への軍の関与を否定し続けてきたのだが,1991 年アメリカの スタンフォード大学で「沖縄の日本軍捕虜収容所(当時 1945 年 7 月)に慰安婦」との記述の 発見を始めとする,慰安所への軍の関与を示す公文書の発見(1992 年 1 月 11 日付朝日新 聞)が続いた事実(7)もあって,「従軍慰安婦」への歴史的な検証の必要性と被害者への補償の 問題が国際的にも,国内的にも渦巻いてきた(8)。 そのような状況の中で当時制作された慰安婦を素材とする「初」のテレビドキュメンタリー は,『映像 90・軛の女∼朝鮮人従軍慰安婦』(MBS, 1991 年放送)であった。金学順氏の証言 がドキュメンタリーのなかで「記録」されたのも,その番組が初めてであった。なお,NHK で「従軍慰安婦」のテーマを本格的に番組に取り入れたドキュメンタリーが制作されたのは, 1991 年の金氏の証言があってから 5 年が経った 1995 年が初めてであった。その番組は,ETV 特集『五十年目の「従軍慰安婦』問題』漓“わかちあいの家”のハルモニたち 滷日本はいか に償うべきか(1995 年 8 月放送)であった(9)。 その後,NHK で放送された「慰安婦」のテーマに関連するドキュメンタリーは,1995 年 12 月放送された ETV 特集『問われる「戦後 50 年」と日本』(漓従軍慰安婦への償いはどう あるべきか∼「国民基金論争」滷「歴史」をどう展示するか∼国立「平和祈念館」と遺族) や,1996 年 5 月放送された ETV 特集『五一年目の戦争責任』(漓「従軍慰安婦」と国際法 滷戦争と性暴力),1996 年 8 月放送された海外ドキュメンタリー『五十年の沈黙を破って∼ 慰安婦にされたオランダ人少女∼』,1998 年 8 月放送された BS 特集『戦争・心の傷の記憶 ∼旧ユーゴの少女の悪夢・従軍慰安婦が遺した絵・兵士の沈黙∼』が挙げられる。そして,2001 年 1 月に,今年 2008 年 6 月の最高裁の判決で裁かれた番組である ETV 2001『シリーズ 戦 争をどう裁くか』(漓人道に対する罪 滷問われる戦時性暴力 澆今も続く戦時性暴力 潺和 解は可能か」が放送されたのである。 しかし,番組の改変のことで論争が繰り広げられた問題の 2001 年の『ETV 2001』シリー ズ以後,NHK のなかで「慰安婦」をテーマとするドキュメンタリーの制作は止まった。筆者 が調べた調査の上では,その年から 2008 年まで慰安婦の素材の関連ドキュメンタリーは一本 も制作されてなかったのである。このような部分も含めて公共放送としての NHK のジャー ナリズムの行方に懸念を抱かざるを得ないが,この問題については次節以後で取り上げるので ここでは省略しておきたい。 では,「戦争」と「メディア」との関連性を考える上で「ドキュメンタリー」は,果たして 何を伝えるべきなのか,一体その位置づけはどのように評価すればよいのだろうか,言い換え れば「ドキュメンタリー」に対する世の中の期待とその役割とは何だろうか──まずはこのよ うな問題から考えてみる必要があろう。 戦争を「記録」する(した)メディアのなかで,よりリアリティを活かせる媒体はやはり映 ― 21 ―
像(映画とテレビ)メディアが挙げられる。そして,文字メディアとは異なって,テレビを始 めとする映像のマスメディアは極めて限られた時間の枠のなかで沢山の「他者」を登場させな がら番組企画のとおりに進めていかなければならない。そこで登場(他意・私意をとわず)さ れた「他者」のイメージや,語り(ナレーション),音響,効果等は,一つのストーリに組み 込まされ,視聴者の視覚や聴覚,そして「記憶」に訴える。特に,戦争をテーマとした場合, ドキュメンタリーにおける「リアリティ」の特徴が優先的に期待されてくる。そして,一般的 に,「客観的および公正的な視点」が要求される。いわゆる,ドキュメンタリーにおける「記 録性」が問われてくるのである。 実際,「マス」メディアである以上,リアルな記録性を活かしたドキュメンタリーによる 「表象空間」への働きがけは大きい。人々は,ドキュメンタリーの記録されたイメージから 「記憶」を起こし,また「記憶」に留めることが多々あるからである。このように,「表象」か ら「記憶」へ到る抽象的な放送空間は,「プライベート」でありながら非常に「パブリック」 な空間でもある。それがいわゆる,「公共の記憶」であろう。 「公共の記憶」の意味範疇からは, 「新しい経験の意味の再解釈が,哀悼と記憶共同体を形づくるようになり,同時に国民の 想像の共同性を社会の懐深く浸透させる結果になったところに大戦の投じた複雑な波紋を 見る思いがする(10)」 の記述のなかのメディアによる「記憶の共同体」が推考できるし,「記憶の共同体」とは 「歴史認識を共有する集団」,つまり「ネイション」として代替できよう。 実際アントニー・D・スミスは,「ネ!イ!シ!ョ!ン!の!構!成!員!は!,!共!通!の!大!衆!文!化!と!共!通!の!歴!史!的! 神!話!な!ら!び!に!記!憶!を!共!有!す!る!」ことを一つの前提条件として提示し,「歴史上の領域,共通の 神話と歴!史!的!記!憶!,大衆的・公的な文化,全構成員に共通の経済,共通の法的権利・義務を共 有する,特定の名前のある人間集団」が「ネイション」であると定義した(11)。そのスミスの 定義から推察できる重要なメッセージの一つは,ネイションの「共通の歴史的な記憶と認識」 に相当な影響力を働きかけている「マスメディア」および「ジャーナリズム」の役割の重さで はなかろうか。 しかしながら,まさに「公共の共有する歴史的な記憶」が,一部政治家の圧力によって「改 変された記憶」に度々修正されてきたのも,上記で検討したとおり,それが今の実情である。 姜氏は,「「個々人の現在の体験を何世代か前の人々の体験と結びつけていく社会的な仕組みの 破壊」(エリック・ホブズボーム)とその廃墟の上に築かれる歴史の捏造が,二十世紀末の象 徴的かつ不気味な現象である」といい,破壊された過去と有機的な関係を見つけることの意義 を主張した(12)。 ― 22 ―
一人の個人のなかで隠されてきた慰安婦のアイデンティティは,「証言」されることによっ て,そして,メディアのなかで「記録」されることで,もはや「パーソナルな他者」としての アイデンティティではなく,桎梏されてきた歴史や,戦争,メディア,そして国のアイデンテ ィティであり,問いかけ直さなければならない我々のアイデンティティになってくるのではな かろうか。たとえば,「公共領域における他者と主体」の問題を論じた梅木氏は,「「他者の立 場」で思考される世界は,その見方を最初制限していた私的利害が括弧に入れられることで, 無関心とは異なる没利害的なパースペクティヴのなかに,あらゆる人に妥当するべき相のもと に現われるし,それがハンナ・アレントの「公共論的転換」である」という(13)。また,「語 り」の行為と「記憶」にかかわる公共領域について,「ハンナ・アレントは,公共領域は必ず しも記憶や回想を絶対的な条件としないが,公的領域がつかのまではなく存続し,それが成功 のうちに完成するために,記憶の場が要請されるという」と分析した(14)。 しかしながら,苦痛の暗闇のなかでもがいていた「アイデンティティ」がやっと「公」で語 られるようになったことを「ジャーナリズム」は再び隠蔽の闇のなかに葬ろうとした。「公共 領域」における他者と主体のアイデンティティの「記憶の場」は,支配的な権力によって操作 されていたのである。 次節では,その「記憶の共同体」の「公共の記憶」はどのように改変されてきたのか,問題 の発端となった『ETV 2001』の番組を具体的に検証しながら,「ジャーナリズム」のあり方 について考えたい。
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.政治的圧力とジャーナリズムの窒息:
『ETV 2001・戦争をどう裁くか』の改変
2001 年 1 月 29 日から 2 月 1 日まで 4 回のシリーズ番組として放送された『ETV 2001・戦 争をどう裁くか』のなかで,2 回目の放送分である「問われる戦時性暴力」の主な内容は 2000 年 12 月 8 日∼10 日に東京で行われた「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を取り上 げて,そのシリーズの 1 回目のテーマであった戦争中の「時効のない人道への罪」の問題を 深化させるとともに,法廷で行われた慰安婦の証言とその模様の紹介を素材に性差別と性暴力 の真相とその問題性を明らかにするものであった。 しかしながら,番組が放送されるときには,既に「改変」が行われたものが流れていた。通 常 44 分尺の番組は 4 分が削除されて 40 分の番組になっていたのだけではなく,一部のシー ンの再収録を敢行しながら番組内容の修正を図ったのである。 その改変に到るプロセスについては,既に新聞と週刊誌などのメディアに掲載されたとお り,いくつかの報告と告発が報じられている。まず,2001 年改変された番組の放送後,コメ ンテーターとして出演した高橋氏は「何が事前に消されたか∼NHK「問われる戦時性暴力」 ― 23 ―を考える」のタイトルの論考を掲載した(15)。そこには,番組改編の経緯から修正台本の内 容,再収録の過程と NHK の要求,削除された内容について,当事者によるその一目瞭然で 詳細な「告発」の記録が記されていた。 番組の「改変された部分」の具体的な検証は高橋氏の論考に詳細に書いているがその大筋を 簡単に紹介すると,漓「女性国際戦犯法廷」の内容を極力に制限・消去した点(16)や,滷法廷 の判決(戦時中の性暴力,性奴隷制が人道に対する罪に当たると判断し,日本国家と昭和天皇 の責任を認定する)をすべて削除した点,澆コメンテーターのコメントの削除と修正(法廷の 意義,戦後被害に関する請求権の解決を主張する日本政府の立場を退けた国際法上の判断,時 効のない人道に対する罪,もう一人のコメンテーターであった米山氏による「戦時中の人道の 対する罪に関する日本政府の法的責任を裁いた意義」とその法廷の狙いを述べた部分),など が改変されていた。それに対して VAWW−NET ジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネッ トワーク)は NHK の番組の大幅な変更がその法廷への誤解と偏見をもたらす内容になって いることを抗議し,それが今年の最高裁の判決までに至るという,長い道のりとなってきたの である。 高橋氏はその論考のなかで今回の NHK 番組改変の原因について,日本のメディアの二つ のタブー,つまり,日本軍の「慰安婦」問題と「天皇の戦争責任」の問題を正面から問うもの だったからだと鋭く指摘する。そして,最後に問いかけるのである。 「この国のすべてのジャーナリスト,メディア関係者に私は問いたい。みずからに問うて ほしい。本当にこのままでよいのだろうか。「慰安婦」問題について,「戦争責任」問題 や,「歴史認識」の問題について,本当にこのまま,事実を直視せず責任を回避して,国 際的に通用しない独り善がりの主張を振りかざすだけの勢力が力を強めるにまかせておい てよいのだろうか。本当にこのまま,この国とその国民がアジアの人々の信頼を回復でき ず,将来にわたって孤立し続けることになるとしても,それでよいのだろうか」(17)と。 これに関連して,2005 年に魚住氏の NHK と政治家との関わりを実証的に検証したルポー 形式の報告書である「証言記録緊急入手!NHK vs. 朝日新聞「番組改編」論争「政治介入の 決定的証拠」」には,「権力的関与」と「歪むジャーナリズム」の一連の動きが赤裸々に書かれ ていた(18)。魚住氏によると,NHK の番組改編の圧力は,「右派団体・若手議員の会→NHK の国会担当職員→野島局長→伊東番制局長・松尾総局長の順で行われている」という(19)。政 治的な圧力に極度に弱い NHK の体質は,実は戦後の半世紀以上のテレビ放送の歴史のなか で,度重なる問題(放送中止と番組改変等)を起こしてきたことがあり(20),氏も指摘してい るが,その大きい理由は NHK の「予算審議」がネックとなっているといわれてきた。 日本でテレビ放送が始まった 1953 年以来今年の 2008 年に至るまで,NHK は政治的な圧 ― 24 ―
力と歪んだ保護の域のなかで,崩壊されつつあるジャーナリズムの危機に直面したまま未だに 公共放送としての責任感と自立性を持たず,実に深刻な問題を浮き彫りにしているといえよ う。 ところで,NHK の「公共性」はなぜ問われるのか。そもそもメディアにおける「公共性」 とは何だろうか。テレビのジャーナリズムを考えるためには,その問題についての検討が欠か せないだろう。次節では,放送における「公共性」の概念を簡単ながら整理しつつ,「戦争」 と「メディア」との問題についても触れればと思う。
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.公共性とナショナリズムの交錯
今年 6 月の最高裁の判決を期に今回の NHK の番組改変をめぐるおよそ 8 年間の争いは, 「戦争をメディアがいかにかかわっていくべきか」といった問題の的を見事に「外した」かた ちで終わった。本稿の一連の問題の原点である「戦争」をテーマとしたメディアにおける「ジ ャーナリズム」については,冒頭でも言及したが,その他に,「公共性」と「ナショナリズ ム」といった三つの輪を構造化して,それらの絡み合いと変容を考察するアプローチが必要で あると考える。 「公共的な空間」とは,まず「自由な空間」であることが欠かせない。そして,「公共的な空 間」は「排除への抵抗」といった,二つの大前提の政治的な価値があるといわれている(21)。 とりわけ,公共的な空間は「開かれた」ものでなければならないのである(22)。 にもかかわらず,近年のメディアにおける「公共性」(23)は「開かれている自由な空間」であ るとは言いがたい。特に,今回の NHK の番組改変をめぐる政治的な動きとメディアの反応 は,「公共性」の本質的な理念を忘却した有様だったと言わざるを得ない。 アントニー・D・スミスが,「「ナショナル・アイデンティティ」は,今日,集団レベルのそ の他の文化的なアイデンティティに比べて,より強くかつ持続的な影響力を,間違いなく行使 している」(24)と指摘しているように,日本国内では,「公共放送だからこそ,国に恥をかかせ る行為は慎むべき」という一般的な認識が根強く潜在しているのではなかろうか。そのような 「共同体」は,「過去」を放り出して「真相」を究明し,戦争の犯罪の責任をメディアで取り上 げて公共の記憶を正しく塗り返すことに疑問を示す。結果的に,そのような戦争の真相と責任 からの逃避と歴史・修正主義を主張する,自称「愛国」の共同体による執拗な政治への権力作 用とメディアへの暴力的な抵抗は,日本のメディアの「公共性」を歪曲し,萎縮させてきた。 たとえば,姜氏はグローバル化とデジタル化に伴う世界の経験の様式のパターンには,起源の 痕跡を隠蔽するために集合的な記憶の忘却が進められてきたし,いわゆる「ナショナリズム」 がそのための有力な表現様式として蘇ってきているという(25)。 また上記に関連して,斉藤氏が伝統的な国家や国民の公共性とは別に,近年の新たな動きと ― 25 ―して「市民的公共性」の浮上を提示している一方で,その他に,1990 年代には市民的な公共 性といった水平的な時限の公共性をあからさまに蔑視する別種の「公共性」論が台頭してきた と主張している(26)。 それは,「公共性」をナショナリズムによって再び定義しようとする思潮である。その基 本的な特徴は,「公共性」を共同体の延長においてもっぱら「国民共同体」と解する点に ある(27)。 これを受けて千葉氏は,「今日,国家の公共性と市民的公共性とが,一種の緊張関係ないし 拮抗の状態にある」と見解を述べているが,たとえ氏がいう通り,今,その二つの公共性が存 在しているとすれば,二つの公共性は相当な不均衡のバランスの力関係である現状は否めない だろう。 なお,ハンナ・アレントが,「公共性とは,自己関係から他者関係へとラディカルに移行す ることによって,アイデンティティの政治への抵抗圏を形成する。それは支配的な表象によっ て抑圧され忘却された人びとを原理的に排除しない場を開くものである」と提示した(28)点 は,今の放送の公共性のあり方を考える際,非常に示唆的である。 一方,改変された番組のコメンテーターを務めた米山氏は,「メディアの公共性と表象の暴 力∼NHK「問われる戦時性暴力」改変をめぐって」の論文で,メディアの公共性の観点から 下記のように批判した。 「公共」とはそこに既にあらかじめ存在しているものではない。国家的空間と同一のもの でもない。人と人,意識と意識,点と点がつなぎ合わされる各瞬間に現われ再生されてゆ くものが「公共」なのだ。公共放送であるはずの NHK が番組をこのように改竄して放 送したことは,そのような接点としての公共を生み出していく責任と役割を放棄したこと に他ならない(29)。 上記の米山氏のコメントは,歪んだナショナリズムによって交錯されている公共的な空間と そのせめぎ合いのなかで失われていくジャーナリズムの危機を非常に明確に指摘していると考 える。その後,NHK のなかで「慰安婦」をテーマとするドキュメンタリーの制作は一本もな かった事実が,何より「息苦しい」ジャーナリズムの今の状況を代弁しているのであろう。
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.終わらない閉塞の時代を生きながら
いわゆる,「ジャーナリズム」とは「不偏不党」,「公平・公正」なもので,「民主主義の番 ― 26 ―犬」であり,「時代の良心」であるという一般的な認識は,理想に過ぎない「幻想」なのか。 半世紀以上の放送の歴史のなかで,日本のジャーナリズムは果たして成熟してきたといえるの か。本稿の論考で取り上げた類の放送の不祥事は繰り返さなければならないのか。 結論に代えて本節では,日本のテレビ・ジャーナリズムの問題点と放送空間の公共性を担う ジャーナリズムの今後の課題についてまとめたい。 日本のテレビ放送におけるジャーナリズムが今日の危機的な状況までに追い詰められた原因 は,まず,「組織本位主義」が挙げられよう。私企業化しつつある民間放送は無論,公共放送 である NHK も,報道記者や報道カメラマン,ジャーナリストの「自由」な表現はいわゆる 「社則」によって徹底的に制限されている。その「社則」というのは,時には保守派のナショ ナリズムの国家主義を,時には視聴率至上主義の市場原理を名目に,放送空間のなかでテレビ ・ジャーナリズムが育っていける「場」を根元から切り落としてきたといっても過言ではなか ろう。結果的に時代の風潮に便乗する「社則」の原理主義はジャーナリズムの公共性の歪みに 繋がるという悪循環を作ってきたと思われる。 次に,根本的な問題として,今の現場のジャーナリストの質の低さが挙げられる。視聴率至 上主義がもう民間放送だけの話ではなくなっている今の放送界には,「楽しければいい」とい う安逸な意識が蔓延していると思われる。実際,一日の放送枠のなかで,送り手と受け手を問 わずジャーナリズムが成熟していけるような,──現場の苦労と苦悩が伝わる,視聴者を深く 考えさせる──そのような番組の制作本数は非常に少なくなっている。実際現場で聞いた話に よると,「ドキュメンタリー制作に携わることは風当たりも強くて苦労したのが報われない」 という認識が強くて段々忌避する現象があり,有名なタレントや俳優,芸人,歌手などとの仕 事ができる娯楽番組やドラマ,バラエティー番組に携わるのを好む傾向が濃厚だそうだ。つま り,放送人と放送関係者における「放送による公共性への責任の重大さ」といった危機意識が あまりにも緩い印象を受けるのが「印象論」に過ぎないのではないのが今の放送界の実情なの である。解決策の一つとして考えられるのは,放送界全体のジャーナリズムの意識を改めるた めの,なんらかの教育的な制度が積極的かつ早急に行なわれる必要があるのではなかろうか。 第三に,現場のジャーナリストへの時間的・金銭的・身分保証の積極的な支援が必要であ る。より現実的な視点から今の現場の状況をみると,やはり人手不足や,経済的な圧迫(特に 地方局の場合),そして事故現場や,戦場,その他の危険な現場で活躍してもらうための身体 の保護と保障の貧弱な状況が,ジャーナリズムの成長を塞ぐ壁となっている。益々メディアの 影響力が大きくなっている時代であるからこそ,良質なドキュメンタリーと報道番組が出来上 がるような環境を提供することは重要な引き金となり得ると思われる。 第四に,「テレビ」ジャーナリズムを認めようとしない根強い「新聞・ジャーナリズム主 義」の傾向が挙げられる。日本ではテレビは「娯楽」メディアであり,「ジャーナリズム」と いえば新聞メディアであるというふうな認識が,一般人だけではなく,研究者のなかでも, ― 27 ―
多々見受ける。筑紫氏はテレビメディアのジャーナリズム的な位置づけについていくつかの議 論を繰り広げている(30)が,しかしながら今のマスメディアのなかでより「報道」としての影 響力を発揮しているのは新聞ではなくテレビである。実際,アメリカのある調査によると,情 緒面だけではなく,情報の信頼度でも,新聞よりテレビのほうのデータが上回っているし, 「ジャーナリストの信頼度調査」でも新聞記者よりテレビのジャーナリストが上回っていたと いわれている(31)。テレビを唯の娯楽媒体として位置づけることは,「ジャーナリズムからの逃 避」にしか思えない。放送現場の人を含め,一般市民と研究者には,テレビメディアだからこ そ可能となるアクチュアルなジャーナリズムの特性に注目しながら,そのようなテレビのジャ ーナリズムを成長させようとする新たな志が期待される。 最後に,市民のジャーナリズムの意識の向上が問われている点が挙げられる。近年,「市民 メディア」や,「市民記者」,「民衆シャーナリズム」,「オルタナティブ・メディア」,「パブリ ックアクセス」,「市民的公共性」などの言葉をよく耳にする機会が増えてきた。並べられた語 彙は異なるものの,それらの共通する理念としては,既存の「マスメディア」と異なる視点か ら,より多様なコミュニケーションのツールを構築させて,自由なコミュニケーションの循環 を目指すことであろう。 そのような理念と活動は非常に望ましいことではあるが,現実的には理念的な混乱や,組織 のなかでの新たな権力階層の登場,政治目的による世論の意図的な操作,特定集団の非倫理的 ・商場的な利用,運営の資金不足など,理想だけが先立つケースも少なくないのが実情であ る。しかしながら,例えば湾岸戦争が起きた時,イギリスでは全国のジャーナリスト組合が反 戦運動を呼びかける(32)など,その質の高い意識的なレベルと意欲的な活動は,今の日本の市 民のジャーナリズム活動に非常に示唆的であると考える。市民側と放送側の両方とも,ジャ− ナリズムの意識とその質が高くなる時こそ,健全なるジャーナリズムの放送空間と多様なアイ デンティティの公共性は営まれるのであろう。 以上,戦争とメディアとの問題を公共性とナショナリズムのかかわりを視野に入れつつ,ジ ャーナリズムの側面から述べてきた。ケヴィン・ロビンスが言ったとおり,現代の「デジタル 身体」(33)の人にとって,「戦争」は画像のなかの魅惑な出来事の感覚に過ぎないかもしれな い。だからこそ,テレビ・ジャーナリズムは「真実を追求する」,そしてそれを「知らせる」 義務に徹するべきではなかろうか。欠けている「公共の記憶」を正す責任を改めるべきではな かろうか。そして,過去の同じ誤謬を繰り返さないためにも,──メディア側だけではなく─ ─市民のメディアリテラシーな「マルチチュード」(34)の公共性が期待されるのであろう。 〔注〕 盧 最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長). ― 28 ―
盪 二審の東京高裁判決の内容の要点は,「NHK の幹部が政治家の意図を忖度して改変を繰り返し, 編集の自由を自ら放棄した」ことで,NHK から市民団体に 2 千万円の支払いを命じた. 蘯 本稿では「従軍慰安婦」という用語への妥当性を問う議論は控えるが,上野はジェンダーの観点か らこの用語へのクリティカルな疑問と議論を提議している(上野:1998). 盻 従軍慰安婦であった事実を告白した金学順(キム・ハクスン)氏の証言は,その後,韓国や中国, インドネシア,フィリピンなどで沈黙していた沢山の証言を呼びかけるきっかけとなった. 眈 吉見氏は,従軍慰安婦の問題の「本質」として,軍隊による持続的かつ組織的な性暴力や,人種差 別と民族差別,経済的な階層差別,そして国際法違反の戦争犯罪,といった「複合的な人権侵害」 を挙げている(吉見,1995, 231−233 頁). 眇 大沼(2007, i). 眄 吉見(1995). 眩 一連の史実については,本校の参考資料として添付した【年表 1】を参照してもらいたい. 眤 年表 1 に記載されている. 眞 姜(1999),58−59 頁. 眥 アントニー・D・スミス(1991=1998, 39−40 頁). 眦 姜(2005, 93−93 頁). 眛 梅木(2002, 93 頁). 眷 同上(105−107 頁). 眸 高橋(『世界』2001). 睇 例えば,慰安所で体験したことを証言した元日本軍兵士の部分や,慰安婦としての体験を証言しな がら法廷で失神した中国の女性の部分,法廷の意義を述べたコメントの部分など. 睚 同上(219 頁). 睨 魚住(『月刊現代』,2005). 睫 同上(49 頁). 睛 ドキュメンタリーの歴史のなかでは,例えば『日本の素顔』シリーズの安保関連番組や,ベトナム 戦争をテーマとした『ノンフィクション劇場』などがあり,政治的な干渉はすでに 1960 年代から 始まっていた(松田(1980),崔(2002)). 睥 斉藤(2000. iii). 睿 同上(13 頁). 睾 この概念については,花田( )が参考になる. 睹 アントニー・D・スミス(1991=1998, 296 頁). 瞎 姜(2005, 124−128 頁). 瞋 千葉眞「市民社会・市民・公共性」,佐々木毅・金泰昌『公共哲学 5 国家と人間と公共性』(2002, 136−137 頁). 瞑 斉藤(2000, 3 頁). 瞠 梅木(2002, 130 頁). 瞞 米山(2005, 218 頁). 瞰 筑紫哲也「テレビ・ジャーナリズム論の陥穽」柴山(2004). 瞶 柴山(2004, 319 頁). 瞹 門菜(1993). 瞿 ケヴィン・ロビンス(1996=2003). 瞼 アントニオ・ネグり,マイケル・ハート(2004=2005). ― 29 ―
〔参考文献〕 アーネスト・ゲルナー(1983=2000)加藤節訳『民族とナショナリズム』岩波書店. アントニー・D・スミス(1991=1998)高柳先男訳『ナショナリズムの生命力』晶文社. アントニオ・ネグり,マイケル・ハート(2004=2005)幾島幸子訳『マルチチュード上・下∼「帝国」 時代の戦争と民主主義∼』NHK ブックス. ────(1986=1999)巣山靖司訳「ネイションの系譜」『ネイションとエスニシティ』名古屋大学出 版会. ────(2003=2007)一條都子訳『選ばれた民∼ナショナル・アイデンティティ・宗教・歴史∼』 青木書店. 上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』青土社,1998. ────『脱アイデンティティ』勁草書房,2005. 魚住昭「NHK vs. 朝日新聞「番組改変」論争 「政治介入」の決定的証拠」『月刊現代』2005 年 9 月 号. 鵜飼哲「時効なき羞恥∼戦争の記憶の精神分析にむけて」『現代思想』1995 年 vol. 23−0 I. 梅木達郎「公共領域における主体と他者」『脱構築と公共性』松籟社,2002. 小倉充夫他編『国際社会澁東アジアと日本社会』東京大学出版会,2002. 大沼保昭・徐龍達(編)『新版在日韓国・朝鮮人と人権』有斐閣,2005. 大沼保昭『「慰安婦」問題とは何だったのか∼メディア・NGO/政府の功罪』中公新書,2007. 小熊英二・上野陽子『〈癒し〉のナショナリズム∼草の根保守運動の実証研究』慶応義塾大学出版会, 2003. 姜尚中「記憶」『社会情報学蠡メディア』東京大学出版会,1999. ────『反ナショナリズム』講談社+α 文庫,2005. ────『愛好の作法』朝日新書,2006. 北澤裕「ポストヒューマンへの道∼近代合理性とデジタルな身体視覚∼」佐藤慶幸他編『市民社会と批 判的公共圏』文眞堂,2003. ケヴィン・ロビンス(1996=2003)田畑明生訳『サイバー・メディア・スタディーズ』フィルムアー ト社. 高橋哲哉「満身創痍の《証人》∼〈彼女たち〉からレヴィナスへ」『現代思想』1995 年 vol. 23−0 I. ────「何が直前に消されたか∼NHK「問われる戦時性暴力」改変を考える」『世界』2001 年 5 月 号. ────『思考のフロンティア歴史/修正主義』岩波書店,2001. ────『戦後責任論』講談社学術文庫,2005. 田島泰彦「NHK 番組改変訴訟∼最高裁は何を裁いたのか」『世界』2008 年 10 月号.no 783. 田中宏「日本の戦後責任とアジア」『岩波講座 近代日本と植民地 8∼アジアの冷戦と脱植民地化∼』 岩波書店,1993. 崔銀姫「テレビドキュメンタリーの放送空間∼ドキュメンタリー『日本の素顔』が生み出したテレビ・ ジャーナリズムの軌跡と変容∼」東京大学社会情報研究所紀要,2002, No 62, 125−159 頁 鶴見俊輔・上の千鶴子・小熊英二『戦争が残したもの∼鶴見俊輔に戦後世代が聞く』新曜社,2004. 斉藤純一『思考のフロンティア 公共性』岩波書店,2000. 桜井均『テレビは戦争をどう描いてきたのか∼映像と記録のアーカイブス∼』岩波書店,2005. ────『テレビの自画像∼ドキュメンタリーの現場から∼』筑摩書房,2001. 佐々木毅・金泰昌『公共哲学 5 国家と人間と公共性』東京大学出版会,2002. ジョン・ダワー(1999=2001)三浦陽一・高杉忠明他訳『敗北を抱きしめて∼第二次大戦後の日本人 ∼』岩波書店. ― 30 ―
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1996 年 5 月 ETV 特集『五一年目の戦争責任』漓「従軍 慰安婦」と国際法滷戦争と性暴力 ・橋本龍太郎首相靖国神社参拝 ・アジア女性基金、元従軍慰安婦に「償い 金」の金額を決定 ・橋本龍太郎首相「深い反省と哀悼」の意 を表明 1996 年 6 月 NHK スペシャル『高松宮日記の昭和史』 1996 年 8 月 NHK スペシャル『五一年目の戦争責任∼強 制連行と日本企業∼』 1996 年 8 月 海外ドキュメンタリー『五十年の沈黙を破っ て∼慰安婦にされたオランダ人少女∼』 1996 年 8 月 NHK スペシャル『化学兵器をどう処理する のか∼迫られる日本の選択・河北省北担村李 徳祥村』 1996 年 12 月 『アジア従軍慰安婦・五一年目の声 埋もれ た尋問報告 戦場の女性たちは何を見たか』 1997 年 6 月 NHK スペシャル『昭和天皇・二つの独白 録』 ・日米安全保障協議委員会「日米防衛協力 のための指針」に合意 NHK スペシャル『ソニアの日記∼ジャワ・ 知られざる抑留所の記録∼』 1998 年 1 月 ETV 特集『文化精神医学者・野田正彰 戦 場の父の罪をめぐる対話』 1998 年 8 月 BS 特集『戦争・心の傷の記憶∼旧ユーゴの 少女の悪夢・従軍慰安婦が遺した絵・兵士の 沈黙∼』 1998 年 10 月 ETV 特集『劉連仁・五四年目の証言∼中国 強制連行と戦後補償∼』 1999 年 12 月 ETV 特集『日本人中国抑留の記録』漓抑留 から戦犯裁判まで滷戦犯裁判での証言 ・コソボ紛争、NATO 軍ユーゴ空爆 ・日の丸・君が代を国旗・国歌とする法律 が成立 2001 年 1 月 ETV 2001『シリーズ 戦争をどう裁くか』 漓人道に対する罪滷問われる戦時性暴力澆今 も続く戦時性暴力潺和解は可能か ・自民党安部晋三議員が NHK 松尾武放 送総局長と面談 ・小泉純一郎内閣発足 ・米同時多発テロ事件 ・VAWW-NET が NHK 提訴 2003 年 8 月 NHK スペシャル『届かなかった手紙∼関東 軍は何を検閲したのか』 ・イラク戦争はじまる 2004 年 8 月 NHK スペシャル『一兵卒の証言』 2004 年 8 月 NHK スペシャル『子どもたちの戦争∼戦時 下に生きた市民の記録∼』 2005 年 8 月 NHK スペシャル『靖国神社∼占領下の知ら れざる攻防∼』『戦後 60 周年靖国神社問題 を考える』 ・朝日新聞「NHK 番組改変」報道 ・NHK 内部告発(長井暁 CP) 2006 年 8 月 NHK スペシャル『日中戦争はなぜ拡大した のか』 安部晋三首相「狭義の強制はなかった」と 国会で答弁 2007 年 8 月 NHK スペシャル『硫黄島玉砕戦 六十一年 目の証言』 ・安部晋三総理が訪米を前に米メディアに 謝罪 ・アメリカ議会下院が慰安婦問題謝罪要求 決議 ・オランダ議会が慰安婦問題謝罪要求決議 ・EU 議会が慰安婦問題謝罪要求決議 NHK 番組改変訴訟の最高裁判決(6 月 12 日) 2007 年 8 月 NHK スペシャル『A 戦犯は何を語ったの か』 2007 年 8 月 NHK スペシャル『パール判事は何を問いか けたのか』 2008 年 8 月 NHK スペシャル『果てしなき消耗戦 証言 記録・レイテ決戦』 2008 年 8 月 NHK スペシャル『調査報告/日本軍と阿片』 ― 32 ―
〔謝辞〕 本稿の資料に関しては,第 6 回市民メディア全国交流会集会「京都メディフェス」(2008 年 9 月 13 日∼14 日開催)で筆者がコーディネーターとして勤めたワークショップ「テレビ は戦争をどこまで伝えられるか∼従軍慰安婦問題などをめぐって」の内容の一部が大幅に加工 された点を付記する。また,従軍慰安婦に関連するドキュメンタリー映像に関しては,桜井均 氏(元 NHK)と西村秀樹氏(MBS)からご協力を頂いた。なお,本稿は平成 19−21 年度科 学研究費(若手 B・課題番号:19730345)の助成による研究成果の一部である。記して感謝 を申したい。 (ちぇ うんひ 現代社会学科) 2008 年 10 月 14 日受理 ― 33 ―