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目 次 10 周年に寄せて 吉持日輪生師 2 10 周年に寄せて 若村和仁師 3 原市場での主イエス キリストとの歩み カレン リー マイヤーズ師 4 約 40 年前の原市場での家庭集会 フィリス ジェンセン師 7 原市場聖書教会 10 年の歩み 8 ~32 文集コーナー 原市場のおもいで高麗聖書教

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(1)

高麗聖書教会伝道所

原市場聖書教会

10周年記念誌

(2)

目      次

「10周年に寄せて」 吉持日輪生師 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2 「10周年に寄せて」 若村和仁師 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 3 「原市場での主イエス ・ キリストとの歩み」              カレン ・ リー ・ マイヤーズ師 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 4 「約40年前の原市場での家庭集会」 フィリス ・ ジェンセン師 ・ ・ ・ ・ ・ 7

「原市場聖書教会10年の歩み」

・ ・ ・ ・ ・ ・ 8 ~32

「文集コーナー」

 

   高麗聖書教会 山下富之 ・ ・ ・ 33        則竹祥子 ・ ・ ・ 34 則竹知子 ・ ・ ・ 34 本多信男 ・ ・ ・ 35 本多節子 ・ ・ ・ 35 越川壽允 ・ ・ ・ 36 越川花子 ・ ・ ・ 36 越川美由紀 ・ ・ 37 佐藤文孝 ・ ・ ・ 37 若村めぐみ ・ ・ 38 佐藤裕子 ・ ・ ・ 38  狭山アライアンス教会教会員、 高橋千代美 ・ ・ 39 原市場のおもいで       神様の祝福のうちに       神様の救いに預かって 原市場聖書教会に導かれて 原市場聖書教会に導かれて 原市場聖書教会に導かれて 原市場聖書教会に導かれて 原市場聖書教会に導かれて 教会と伝道 原市場聖書教会に導かれて 原市場聖書教会に導かれて 原市場聖書教会に導かれて        

(3)

「10周年に寄せて」

 高麗聖書教会牧師  吉持 日輪生        それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、 御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを直 された。マタイ9章35節  宣教10周年おめでとうございます。 原市場での伝道開始には、2つの流れがあります。一つは、今 から42年以上前から(高麗聖書教会の宣教開始前より)約 10年間、名栗村での宣教がなされていたこと。しかもその働 きは、名栗村宣教が主で、高麗宣教は従という取り組みであったこと。しかし残念なが ら名栗村での宣教は、証しにならない形で突然終えられていったこと。私たちは、これ らの歴史を知った時、もう一度この地に御言葉の種を蒔く責任があると思わされました。 これが原市場開拓の一つの流れです。もう一つは、高麗聖書教会は「キリストのからだ なる教会」を大切にしていますが、まさに「キリストのからだなる教会」として「キリ ストの働き」を継承する流れです。福音書を見るとイエス様は町だけではなく村も行き 巡られました。けれども昨今、教団、教会の開拓は、町ばかりに偏っています。そのこ とへの悔い改めを覚えさせられ、私たちは村での宣教を祈り求めました。 宣教開始10周年を迎えて思わされていることは、神様は私たちの信仰に確かに応えて 下さったという思いです。宣教は、人がたくさん住んでいるから前進し、住んでいない から前進しないのではありません。教会が、キリストのからだなる教会としてその働き を忠実に担い継承していく時、宣教は必ず前進していくのです。 1998年7月にカレン・マイヤーズ宣教師が原市場の地に転居され、祈り会から再宣 教のスタートが切られました。その後1999年最後の主日12月26日午後3時から 礼拝が開始され、その一年後には則竹知子姉の洗礼式がもたれました。2003年から は午前礼拝が開始し、そして2004年に礼拝堂の献堂と、神様の恵みは尽きることが ありません。 このように神様が、原市場の地に恵みを注ぎ続けていてくださることに心からの賛美を

(4)

「10 周年に寄せて」

             原市場聖書教会伝道師 若村和仁  私が、原市場聖書教会と出会ったのは、原市場開拓が始まった ばかりの約10年前になります。大阪キリスト教短期大学神学科 2部を卒業し、高麗聖書教会の教会スタッフとして赴任した年で した。、高麗聖書教会のコミュニティーハウス、CS、青年会など で奉仕し、その当時は、青年伝道に重荷があり、関東 hi-b.a. の協 力スタッフとしても奉仕していました。  開拓スタート時の原市場聖書教会の午後の礼拝で、ピアノ奏楽 の奉仕を通して、原市場聖書教会と関わりが始まりました。その当時は、まさか自分が カレン先生の後任になるとは、まったく想像もしていませんでした。それから、2年間 高麗聖書教会で教会スタッフとして働きました。  その後、神様の導きにより、東京基督神学校音楽科に入学しました。神学生生活前半 の2年間も、高麗聖書教会の奉仕神学生として毎週高麗に戻り、午後には原市場聖書教 会の奏楽の奉仕をさせていただきました。その頃、私は「もし御心であるならば、卒業 後は、音楽を用いた伝道の働きへ導いて下さい」と、祈っていました。神学校時代、親 友に相談をすると「若村の賜物を生かすためには、主任牧師がいる大きな教会で、音楽 や青年専任の伝道師として、働けると良いのでは。」という声が多く、自分自身もそのよ うに思っていました。しかし、神様は不思議なことに、神学校卒業後の進路として、開 拓中の原市場聖書教会での働きを示して下さいました。埼玉の山奥での開拓伝道。この ような者にできるのかどうか。最初は本当に不安でした。しかし、神様は「そこに行き なさい」と最終的に示して下さいました。そのことを受け入れ、進み始めた時のことで す。hi-b.a. から「協力スタッフとして、もう一度復帰してくれないか?」というお誘い がかかりました。教会の方々も私に青年伝道の重荷があることを理解して下さり、喜ん で hi-b.a. の協力スタッフとして送り出してくださいました。このような不思議な導きに より、原市場聖書教会の伝道者として神様は私を召してくださったのです。  赴任してすぐは、地域の人に挨拶に伺っても冷たくされることもありました。しかし、 この5年間で地域との関係を大切にし、原市場地区体育協会の理事として関わったり、

(5)

「原市場での主イエス ・ キリストとの歩み」

 

      開拓宣教師 :

Karen Lee Myers  

      カレン ・ リー ・ マイヤーズ

「あなたの栄光が私のすることすべてのうちで光り輝きま

すように。主よ、私が言う事のすべてはこれにつきます。

私の祈る祈りに火をつけてください。私の魂の奥底まで

燃やしてください。そこにやどる私自身の影が消えてな

くなるまで。

」( 作者不明 ) これは私のずっと続けてきた

祈りのひとつです。神様は、この原市場聖書教会をしっ

かりと建てあげたことに対するすべての栄光を受けられ

るお方です。そして、私は、神様の偉大な御業をみて畏

敬の念をいだいています。

以下は、私個人的な体験を短くまとめたものです。

私の主との歩みは、決して忘れることのない、私に多く

の喜びをもたらすものであり、また苦しみを伴うものでもありました。それは、ど

のようにして主と共に生きるかを学ぶこと、また原市場で主がご自身の計画を達成

されるのを見せていただく歩みでした。また、その歩みは、神様ご自身の教会のビ

ジョンと目的を理解するものでもあり、心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、

力を尽くして主を愛することを学ぶものでもありました。この歩みは神様と私との

関係の中でのものでしたが、これが少しでも皆さんの助けになるのなら、私は喜ん

で分かち合いたいと思います。

新しい教会を建て上げるために原市場に来る前に、主は詩篇138編8節を私にく

ださいました。「主は私にかかわるすべてのことを、成し遂げてくださいます。主よ。

あなたの恵みはとこしえにあります。あなたの御手のわざを捨てないでください。」

神様は私に、神様がご自身の体である教会を建て上げてくださるということを思い

起こさせてくださいました。神様こそがご自身の体である教会のために死なれたお

方です。そして、神様こそがその教会の持ち主です。そして、神様こそがその教会

を成長させてくださるお方です。

(6)

ろから始めました。

主に従う中で、私は教会がどのように見えるべきかというビジョンや私の考えを捨

て、主の思いとビジョンを受け入れました。私がどうしたいかという方法を捨て、

主がしたいと思われる方法に従いました。以下は、主が私に教えてくださった重要

なことです。

私は、教会を始めることを中心に考えていましたが、神様はご自身が教会を建られ

る方だということを私に示してくださいました。私の役目は、弟子をつくることで

す。

私は、神様が私を通して何をされるかではなく、私に何ができるかという祈りに焦

点を合わせていました。しかし、すべては神様のためであり、私ではありません。

私は、子ども伝道のために祈っていましたが、神様はあるおじいさんを私に送って

くださいました。私は、私が選ぶ人々ではなく、神様が私に送ってくださる人々に

真実を伝えていくことに決めました。そして心の耕された人々を探すことにしまし

た。

私はプログラムから始めていましたが、主は私に人との関係作りをしてほしいと示

されました。教会は、建物や人が集まる場所ではなくて、主の民、つまりキリスト

を信じる者たちなのです。私たち一人一人が歩く教会です。なぜなら、私たちは主

に属しているからです。

私は福音を伝えるために人々を教会に集めようとしていましたが、神様の方法は

人々のところにでていくことだと示してくださいました。私たちキリストを信じる

者は歩き、生きているので、継続的に神様の真実を日々の仕事や活動を通して出会

う人々に伝えていくことができます。

私はすることを中心に考えていましたが、神様は私がどういう人であるかに焦点を

合わせるように示されました。神様は私たちの性質すべてが神様のように変えられ

ていくことを望んでおられます。

私の一番の優先事項は、心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして

主を愛することです。これをするためには、まず主の言葉を知り、彼の声をきく必

要があります。そして、主の口から語られること、みことばにあることにすべてし

たがって行動していくことによって、主を愛していることを示していきます。その

ためには、聖書の真理と福音の深さとを理解するために時間をかけることが必要で

す。そして、みことばが私たちの生き方となります。

(7)

く成長していくことです。

私は、原市場での主との歩みを感謝しています。神様が原市場でのキリスト者ひと

りひとりを用いてくださって、私の人生に触れてくださったことも感謝しています。

私は神様が、原市場聖書教会が以下のような教会となることを願っておられると信

じます。

* 一人一人の人生は主のものであって、自分のものではないと理解している教会

* 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして主を愛する教会

* 何かをすることではなく、私がどういう人であることそのものを中心に考える教

* 祈っている教会

* 人との関係作りをし、出会った人々や知っている人々の中で弟子を作っていく教

* 自分自身を生きた歩く教会とみなし、日々の生活の中で出会う人々に証しをして

いく教会

* 神様の声をきき、従っていく教会

* 聖書の真実を知って実際に行い、日々の生活の中で福音の深い真理を経験してい

く教会

* 他の人に仕え、彼らが自分より素晴らしく成長していくことを助ける教会

* すべてにおいて神様に頼る教会

* 失われた人々にイエス様の愛を知ってほしいという情熱をもつ教会

神様が皆さんお一人お一人を用いて原市場に、埼玉に、日本に、そして世界に主の

体を建てあげていかれることを祈ります。神様がご自身の栄光のために、皆さんを

通して、皆さんの中に神様の目的がなされることを見るのを楽しみにしています。

また、私も神様と共に歩む中で、皆さんと励まし合い、助け合っていけることを願っ

ています。

(8)

「約40年前の原市場での家庭集会」

フィリス・ジェンセン  

 

 主人と私は、約40年前に原市場で一戸建ての

家を買いました。その一年前から、交通が便利な

ところに適当な住まいがないか探していました。

そのとき、主人のロイは日本橋まで働きに行って

いました。私の息子である中学生のスティーブン

は、

池袋線の東久留米にあるCAJ(クリスチャン・

アカデミ・イン・ジャパン)の学校に通っていま

した。交通の便利が良いところ以外に望みがある

とすれば、庭に少なくとも木が1本あることでした。神さまは、すばらしい方です。

原市場に、それも周りには無数の木々があり、そばを静かな川が流れている場所を

与えてくださいました。エペソ人の手紙3章20節は、

「どうか、私たちの働く力

によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに施すことの出

来る方に」とあるように、神さまは、私たちが願い、かつ思うところのすべてを与

えることの出来るお方です。原市場に家が与えられた時に、私たちは祈りました。

どんなところに置かれても、神さまが私たちを用いてくださり、地域の人々の証し

になるような生き方をしようと。

 小さな家を手にしたときに、正直どこから手をつけてよいか分かりませんでした。

でも、神さまは用意していてくださいました。一人の隣人が、私に告げました、

「毎

週、私の娘にエホバの証人が聖書を教えているの」と。このことを聞いたときに、

「私

の家で聖書を学んでみない」と、そのご婦人にもちかけました。また、神まさは、ジョ

ンソン空軍基地に勤めていたある男の人がアメリカ人である私たちに心を開いてく

ださり、日曜日の夜ごとに、聖書の学びをしました。

 日曜日の夜には、5人から7人の人々が、毎週集まりました。その働きは3年間

続きました。長い間、アメリカのクッキングクラスや英会話クラスを通して、原市

場の多くの人と友だちになりました。種がまかれ、成長し、刈りいれのときを待ち

ました。でも、主人であったロイが、兵庫県の宝塚に転勤になったときに、この毎

週の集まりを断念せざるを得なくなりました。

(9)

カレン・リー・マイヤー師 青梅に住みながら原市場開拓スタート カレン・リー・マイヤー師 原市場に住み始める 高麗聖書教会の協力のもと 午後3時からの礼拝スタート 高麗聖書教会臨時総会で原市場開拓が承認される 礼拝のトラクトを見て則竹祥子姉と知子姉が教会に通い始める

  「一枚のチラシを見て」       

則竹祥子

 

一枚の新聞のちらしで原市場に教会ができた事を知 りました。 小さな一軒家の中でカレン宣教師が高麗の 聖書教会の吉持日輪生先生の協力を得て始まりまし

原市場聖書教会10年の歩み

1998年

 

1997年

 

1999年 

11月18日

7月25日

12月26日

2000年 

水彩画クラス食事会にて。 礼拝開始までの約1年間、宣教師館を開放して 料理クラスなどを行い、地域との関係を深められた。

(10)

〈礼拝出席者 月平均人数〉  (前のページより続き)  しかし私も知子以外誰も来ず、 2002年の4月本多信男 ・ 節子さんご夫妻が教会 を建てるためにこられて、 やっとほっとしました。 人がまったく与えられなかった歳 月を思うと今の教会ができた事は夢のような事でした。 信じられない事でした。 神 様の力は偉大でした。 ハレルヤ!      

12月24日

クリスマス礼拝にて 則竹知子姉カレン師より洗礼を受ける

「原市場聖書教会に導かれて」

      則竹知子  初めて原市場聖書教会に行ったのは、 母に連れら れ2000年の春頃であったかと思います。 そこでアメ リカ人の宣教師であるカレン宣教師と出会い、 その 後交わりを深めていくことになりました。 当時、 教 会には高麗聖書教会から奉仕の方々が来られ、 午 後に礼拝をもっていました。 2000年7月から礼拝に出 席し、 同時に週に一度カレンさんの自宅であった教 会で個人的に開いてくださった聖書の勉強会に通い

2000年 

☆ 1999 年度(1999 年 12 月~ 2000 年 3 月)  高麗聖書教会からの奉仕者平均 礼拝3~4名 祈り会3~4名 1999年12月 2000年1月 2000年2月 2000年3月 18人 13.8人 9人 8.25人 原市場で最初の祈り会 高麗聖書教会メンバー有志が 加わり始めた祈り会

(11)

〈礼拝出席者 月平均人数〉 

2001年 

7月21日~

       22日

土曜日におこなったハレルヤキッズ!      (子ども会) 礼拝にて特別賛美

7月29日

☆ 2000 年度(2000 年 4 月~ 2001 年 3 月)  高麗聖書教会からの奉仕者平均 礼拝3~4名 祈り会3~4名 2000年 4月 2000年 5月 2000年 6月 2000年 7月 2000年 8月 2000年 9月 2000年 10月 2000年 11月 2000年 12月 2001年 1月 2001年 2月 2001年 3月 9.6 8 9.25 9.6 8 9.25 11.2 6.75 8.2 9 8 8.33   則竹知子姉洗礼式後の祝会 韓国の教会より青年の伝道チームが来る 東京キリスト教学園より夏期伝道チームが来る

(12)

本多信男兄 本多節子姉 則竹祥子姉 転入会式

2002年

☆ 2001 年度(2001 年 4 月~ 2002 年 3 月)  高麗聖書教会からの奉仕者平均 礼拝3~5名 祈り会3~4名 2001年 4月 2001年 5月 2001年 6月 2001年 7月 2001年 8月 2001年 9月 2001年 10月 2001年 11月 2001年 12月 2002年 1月 2002年 2月 2002年 3月 9.2 10 12 16.4 8.5 9.8 9.5 8.75 11.2 8.25 11.5 8.4

4月14日

4月21日

〈礼拝出席者 月平均人数〉  カレン師送別会 1 年間アメリカに帰国

(13)

6月16日

2002年最後の祈り会後の交わり 韓国のCCCよりテコンド伝道チームが来る

(14)

4月20日

カレン師礼拝説教

2003年

3月

☆ 2002 年度(2002 年 4 月~ 2003 年 3 月)  高麗聖書教会からの奉仕者平均 礼拝3~4名 祈り会2~3名 2002年 4月 2002年 5月 2002年 6月 2002年 7月 2002年 8月 2002年 9月 2002年 10月 2002年 11月 2002年 12月 2003年 1月 2003年 2月 2003年 3月 12.8 10 11.6 8.8 10.8 10.8 10 11.5 11.6 8.8 9.8 9.6 3月9日の礼拝にて 越川壽允師説教奉仕 カレン師再来日 歓迎パーティー

7月13日

〈礼拝出席者 月平均人数〉

カレン師が帰国中

各集会は休会。

礼拝は吉持日輪生師

越川壽允師が

説教奉仕を担当した。

高麗聖書教会から

有志の方々が礼拝に

出席した。

カレン師アメリカより再来日後 最初の礼拝 韓国青年伝道チームが礼拝にて奉仕

(15)

8月3日

礼拝時間を午前10時30分~12時に変更

7月14日~

       21日

東京キリスト教学園より夏期伝道チームが来る

7月18日

夏期伝道チーム企画の賛美集会

9月14日

子供の集会 ( ハレルヤキッズ ) を月に一度スタート

12月

吉持日輪生師 原市場新会堂の物件を探しはじめ 現在の物件と出会う

(16)

2004年

☆ 2003 年度(2003 年 4 月~ 2004 年 3 月)  〈礼拝出席者 月平均人数〉  2003年 4月 2003年 5月 2003年 6月 2003年 7月 2003年 8月 2003年 9月 2003年 10月 2003年 11月 2003年 12月 2004年 1月 2004年 2月 2004年 3月 11.4 9.5 11.4 17.3 8.6 8 7.8 7.6 7.8 6.5 7.6 4.8

4月

高麗聖書教会音楽主事の若村和仁兄が 原市場聖書教会の専任スタッフとして高麗聖書教会から派遣される

5月2日

新会堂物件購入 若村和仁兄が原市場聖書教会新会堂に住み始める

「会堂取得」

 2003年私たち自身の会堂で礼拝をと願い、 会堂取得を祈り始めました。 宣教師 館の近くや、 名栗、 小瀬戸で売りに出されている物件をみなで見ました。  2004年の初頭に、 吉持先生から、 宣教師館のすぐ近くの一軒家が売りに出てい ることを知らされました。 土地は54坪あり、 4LDKの家で、 チラシの額は1750万円 でした。 このときの相場で、 土地が一坪25万円としても、 普通に買えば2300万円 以上する物件です。 庭が広く、 建物は築約5年の比較的新しい物件でした。 宣教 師館からの距離や広さ、 メイン道路のそば、 飯能と名栗の間、 空き地の多さ、 さ らに特別価格といい、 条件的には申し分のない物件でした。  問題は、 その物件を買うお金です。 教会は、 まだ始まったばかりですので、 会堂 を取得するための預貯金は全然ありませんでした。 高麗聖書教会の紹介による工 務店 (貴央産業) にその家を見てもらいましたが、庭に礼拝堂を増築する以外には、 構造的に不可能でした。 その為には増築費用もかかります。  教会は、 買うか買わないか、 いろいろと検討し祈りました。 TEAM宣教団からの ローンが可能になりましたので、 信仰をもって、 その物件を買うことを決めました。 原市場聖書教会と親教会である高麗聖書教会の総意であることを受け止め、 吉 持日輪生先生に交渉をお願いして、 その物件を1450万円で契約することが決まり ました。 仲介手数料 ・ 登記費用等の諸掛と増築工事の代金を入れて総額2300万

(17)

      

「増築工事」

 2004年 (平成16年 ) 5月に、 貴央産業さん にお願いして36㎡ (11坪) の礼拝堂の増築 工事が始まりました。 その工務店のクリスチャ ンの従業員の方が礼拝堂のデザインをしてく れました。 貴央産業社長の上 (かみ) さんは、 格安の増築契約 (545万円) を結んでくれま した。 一階建の礼拝堂は、 屋根に十字架が そびえ、 屋根と天井の間に物置があり、 天井 は高く、 床や壁や天井に木をふんだんに使い、 礼拝堂内を明るくするために窓を広くとり、 窓

5月12日

新会堂起工式 司式:吉持日輪生師 さまの導きと親教会である高麗聖書教会の方々の祈りと協力があってのことであると 思い、 心から感謝しています。        記 : 本多信男兄 

2004年

(18)

「献堂式」

 2004年7月25日に、 献堂式が行 われ、 約70名の方が来てください ました。 当時TEAM宣教団の理事

7月25日

2004年

新会堂献堂式

7月4日

新会堂で最初の礼拝

7月24日

韓国の青年伝道チームによるコリアンナイト

(19)

8月

カレン師8月末 原市場の宣教師を退任 会の方々や、 近隣の教会の人々と共に献堂を いたしました。 礼拝堂の講壇は、 貴央産業さん が造ってくださり、 教会に寄贈してくださいまし た。 記 : 本多信男兄 ハレルヤキッズに東京キリスト教学園の人形劇が来る

11月20日

12月24日

クリスマスイブコンサート ゲスト:ジョイン 12 24 2004

JOINクリスマスイブコンサートin原市場

JOIN (ジョイン) プロフィール 上野 有 (うえのゆう) キーボード     浜松学芸高校 電子音楽科卒業 上野 直子(うえのなおこ)ボーカル フ   ルート 東京芸術大学 音楽学部器楽科フルート専攻卒業 1995年07月 結婚 活動を開始する  1997年06月 「JOIN」というグループ名をつけ活動を本格化する    10月 アルバム「STAGE」を発売 1998年04月 フルートとピアノのグループ「tree's」の結成    06月 JOINツアースタート 1999年02月 アルバム「believe in...」発売    10月 韓国ツアーを行う 2000年04月 上野有プロデュースのシンガー、山野香恵のデビュー 2001年05月 アルバム「ドコマデモ」発売 2002年06月 アルバム「fruits de flute」発売 2003年06月 アルバム「There's a song in my heart」を発売(上野直子名義) 2004年05月 アルバム「おうちへ帰ろう」発売 全国各地の教会、学校等でコンサート活動を展開している (金)開場:19:00 開演:19:30 終了:21:00 入場無料 会場&主催:原市場聖書教会 ※当教会は、聖書を神の言葉と信じる伝統的なプロテスタント教会です。 ※どなたでもお気軽にお越しください。 原市場 小学校 飯能・名栗線 至名栗農協 ・ ヘアーサロン カワサキ ・ バイゴー 電 柱看板 プール 至 飯 能 二の瀬橋  ・ がくどう 原市場聖書教会 ・  下赤工  バス停 ・ ・ 駐車 スペース 飯能市下赤工396-6 電話042-977-0254

2005年

1月1日

高麗聖書教会と合同元旦礼拝 高麗聖書教会にて

3月9日

青木信太郎師「愛媛めぐみ教会開拓」の証に来て下さる

(20)

2004 年度行われた各定期集会

2005年

3月12日

青年有志スキーツアー 高麗聖書教会と合同 参加者5名 ☆ 2004 年度(2004 年 4 月~ 2005 年 3 月)  礼拝出席者 月平均人数 記録なし ☆赤毛のアン ( パッチワーク・手芸の会):毎月第2 第4火曜日 ☆礼拝:毎週日曜日 午前 10:30 ~ 12:00 ☆中高青年夕食会:キリスト聖教団青梅教会と合同 月 1 度 ☆祈り会:毎週水曜日 午後 7:30 ~ 9:00

(21)

☆フリー英会話 毎月第3日曜日午後 3 時~ 講師:ジョー・グリーン師 ☆英会話クラス 講師:ジョー・グリーン師

4月

若村和仁兄 原市場聖書教会伝道者となる

4月16日

若村和仁兄 林めぐみ姉と結婚 若村めぐみ姉 原市場聖書教会に転入

4月

5月~7月

5月15日

教会学校(ハレルヤキッズ)スタート 毎週日曜日午前 9:00 ~ 10:00 毎週木曜日、 1学期12回 初級10 : 00~11 : 30     中級11 : 45~12 : 45     7月21日 ( 木 ) ハレルヤキッズスペシャル カキ氷大会 12 名の参加 7月23日 ( 土 ) 韓国の伝道チームによる「アジアンパーティー」 41 名参加 ☆英語でバイブル:6 月 22 日~ 7 月 27 日           毎週火曜日午後 7:30 ~ 8:30 講師:カレン師  講師 : 高麗聖書教会英会話教師、 ジョー ・ グリーン師

(22)

Church Concert ゲスト:米田浩司宣教師 午後 7:00 ~ 9:00 フリー英会話クラス 第3日曜日午後 高麗聖書教会英会話教師 PJ兄来日により 再スタート

1月15日

2006年

1月2日~3日

青年スキーツアー 高麗聖書教会と合同 尾瀬ほたかペンションにて

2月11日 (土)

2005 年度行われた各定期集会

2005年 4月 2005年 5月 2005年 6月 2005年 7月 2005年 8月 2005年 9月 2005年 10月 2005年 11月 2005年 12月 2006年 1月 2006年 2月 2006年 3月 13.3 10.8 10 13.4 11.3 9 10 11 11 10.6 10.3 10.5 ☆ 2005 年度(2005 年 4 月~ 2006 年 3 月)  年間礼拝出席平均人数 10.9 人、礼拝新来者1名 ☆礼 拝:毎週日曜日 午前 10:30 ~ 12:00 〈礼拝出席者 月平均人数〉

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☆ハレルヤキッズスペシャル ( 子ども会 ):第2日曜日午後  ☆ハレルヤキッズ ( 教会学校 ):毎週日曜日午前 9:00 ~ 10:00

4月29日

親睦顔振峠ハイキング  「

教会学校 (ハレルヤキッズ) 開始について」

 これまで月に一度行われてきたハレルヤキッズスペシャルに来ているお友達が、 日曜も教 会学校に通い、 信仰を持って歩んでくれることを願い、 2005 年5月の第1日曜か ら教会学校としてハレルヤキッズを開始しました。 第1回目の教会学校にはハレルヤキッズスペシャルから二人のお友達が導かれました。 その 後も計4人のお友達が来てくれていましたが、 地域のスポーツ少年団の練習や試 合があったり、 また日曜の朝に教会に行くという習慣が無い中で、 続けて来る事 は難しいようでした。 そのような状態の中、 誰も来なくなり教会学校は自然解消 となってしまいました。  月日が流れ、 2006 年の春にクリスチャンホームの佐藤さんご一家が名栗に越し て来られ、 原市場聖書教会に集ってくださる事になりました。 小学生の子どもさん

5月7日

教会学校(ハレルヤキッズ)再開 5月よりスタートするが、子供が集まらなくなり、2006 年 1 月から 4 月 の間休止した。 ハレルヤキッズから名称変更

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2006年

6月4日

佐藤文孝兄 佐藤裕子姉 転入会式

7月15日

韓国キャンパスクルセードの大学生達によるコリアンパーティー

7月12日~

   7月15日

韓国のキャンパスクルセードの大学生伝道チームが来る 日本人の参加 17 名、総勢 35 名。 地域の方2名が、チラシを見て来られた。 原市場聖書教会でトラクト配布の奉仕、草刈奉仕をして下さった。

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8月17日~

   8月19日

関東宣教区夏期伝道チームのキャラバン伝道

8月18日

8月19日

11月25日

ハレルヤキッズスペシャル ゲスト講師:田中直美師(アワナクラブスタッフ)

12月21日

第1回ハレルヤキッズスペシャルクリスマス会

12月24日

原市場聖書教会第1回キャンドルサービス

1月1日

高麗聖書教会と合同元旦礼拝 高麗聖書教会にて

2007年

1月2日~3日

青年スキーツアー 高麗聖書教会と合同 北軽井沢嬬恋にて11 名参加 ■トラクト配布、ハレルヤキッズスペシャルの奉仕をして下さった。 ゲーム、腹話術をしてくださった。 ■ハレルヤキッズスペシャル。26名の子どもが集まった。 ■関東宣教区青年賛美集会。 流しソーメンの昼食後、賛美集会をした。

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2007年

2006年 4月 2006年 5月 2006年 6月 2006年 7月 2006年 8月 2006 年9月 2006 年10月 2006 年11月 2006 年12月 2007 年1月 2007年 2月 2007年 3月 14.6 14 15.3 15.6 13.8 16.8 17.4 15 17.4 12.8 15.3 13.5 ☆ 2006 年度(2006 年 4 月~ 2007 年 3 月)  年間礼拝出席平均人数15.2人 礼拝新来者19名

2006 年度行われた各定期集会

☆ハレルヤキッズスペシャル:毎月1回土曜日午後 2:00 ~ 4:00 ☆フリー英会話クラス:毎月第3日曜日午後 3:00 ~    講師:PJ兄 (1 学期 ) ダニエル兄 ( 2, 3学期 ) 〈礼拝出席者 月平均人数〉 ☆赤毛のアン(パッチワーク・手芸の会):毎月第2、第4火曜日 ☆礼 拝:毎週日曜日 午前 10:30 ~ 12:00 ☆青年夕食会:高麗聖書教会と合同 月に 1 度  ☆祈り会:毎週水曜日 午後 7:30 ~ 9:00 ☆ハレルヤキッズ(教会学校):毎週日曜日 午前 9:00 ~ 10:00 5 月 7 日より再開。出席平均:4名

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7月23日~

       24日

富士登山ツアー 高麗聖書教会と合同

10月27日

高麗聖書教会フリーマーケットに 原市場聖書教会のブースを出す

11月24日

第1回 オープンチャーチ&バザー   「

オープンチャーチ&バザー」

 第1回、 オープンチャーチ&バザーは、 2007年11月27日に行われた。 晴天に恵まれ、 40名ほどの方が教会を訪れて下さった。 高麗聖書教会の方々や教会員の家族 ・ 友人など教会関係者以外に、 チラシを見て5組の方 が、 初めていらっしゃった。  この会の始まりは、 前年から話し合われていた、 英語伝道にある。 高麗聖書教会の協力を得ながら 行われてきた月1回 ・ 日曜日 午後の英会話クラス が、 講師の帰国により閉会となった。 その後に続く 会として、 子ども対象の英語塾の案が出されたが、 12名参加。 リーダー:大谷明さん。 「赤毛のアン」、「自家焙煎コーヒー」、「リサイクル品」の各コーナーを出店した。 薦田さんの協力により、沢山のリサイクル品を出品できた。

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12月15日

第1回クリスマスコンサート

1月1日

高麗聖書教会と合同元旦礼拝 高麗聖書教会にて

2008年

☆ 2007 年度(2007 年 4 月~ 2008 年 3 月)  年間礼拝出席平均人数13.1人 礼拝新来者合計16人 2007年 4月 2007年 5月 2007年 6月 2007年 7月 2007年 8月 2007年 9月 2007年 10月 2007年 11月 2007年 12月 2008年 1月 2008年 2月 2008年 3月 15.2 14.3 13 12.2 15.3 13.8 12.8 11.3 11.8 12.5 12.8 13.2

2007 年度行われた各定期集会

〈礼拝出席者 月平均人数〉 バリトン独唱:若村和仁  ピアノソロ、伴奏:内藤真奈 12 月 25 日クリスマス礼拝後 祝会風景 ☆礼 拝:毎週日曜日 午前 10:30 ~ 12:00 ☆祈り会:毎週水曜日 午後 7:30 ~ 9:00 ☆ハレルヤキッズ(教会学校):毎週日曜日 午前 9:00 ~ 10:00 ☆赤毛のアン(パッチワーク・手芸の会):毎月第2、第4火曜日

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「若村和仁師就任式」

 2008 年 5 月 18 日。 いつもと違う聖日の午後。 13 時半から 『伝道師就任式』 が行われる。 開始時間が近づくにつれ、 だんだん人が集まり賑やかになる。 席を 詰めながら座るが、 会堂はいっぱいになり、 用意していたプログラムも足りない。 子供たちは、 会堂わきの扉を開けた部屋に集まって席に着く。  式が始まる。 急に気持ちが引き締まるように静まり返る。 共に賛美し、 心を合わ せて祈り、 誓約をし、 吉持日輪生師が説教。  就任式後は、 ケーキや自家焙煎コーヒーなどが用意され、 式とは雰囲気がガラリ と変わり、 食べながら、 しゃべりながら、 遊びながらの和やかな交わりのひととき。  就任された若村師や原市場聖書教会を祈りに覚え、 支えてくださる方が沢山お られることを、 この日改めて神様がはっきり分かるように教えてくださり、 励まされ 心から感謝。        記 : 越川美由紀

5月18日

若村和仁師 「伝道師就任式」

7月13日

サラン教会より「ホーリーウェーブ」チームが来る 礼拝の中で、証と賛美の奉仕をして下さった。

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2008年

「こひつじタイム (赤ちゃんと母親の集まり)」

 2008 年 7 月 15 日 (火) 10 時~ 11 時 30 分 第 1 回スタート。 以来、 毎月第1第 3 の火曜日に行っています。  2007 年秋より飯能保健センターで持たれた両親学級に、 若村めぐみ姉が、 一 妊婦として参加。 お母さん達と交流が深まり、出産後も気兼ねなく集える場として、 教会が用いられています。 教会も 「地域に開かれた集まりを」 と願っていたところ なので、 良いタイミングでした。  現在、 6~7名の乳児たちが母親 と元気に集まる中、 ハイハイ、 つ かまり立ち、 ヨチヨチあるきとさま ざまな成長ぶりです。 さんびか 「こ とりたちは」 をテーマソングに、 「節 子の一言メモ」 や短い聖書のお 話に耳を傾け、 その後は自家焙煎 のコーヒーでほっと一息、 心なごむ ひとときが持たれています。        記 : 越川花子  こひつじタイムスタート

7月15日

「家庭集会の恵み」

 私にとって霊的、 信仰の母と言える先生に、 同盟・霞町教会 (在、 東京都港区。 現 ・ 麻布霞町教会) の創立者で 「横井玉良先生」 がおられました。 先生は口癖 のように、 どこに住んでも宣教のために " 家庭集会” を開くように勧められました。 私はその言葉に従って、 結婚するとすぐ家庭集会を開きました。 そして、 ' 60年4月、 リーベンゼラー ・ ミッションのウエンスト ・ ファーテル宣教師の指導のもと、 我が家 で日曜日の夜は伝道集会、 木曜日の夜は、 聖書研究と祈り会を始めることにな りました。 こうして現、 キリスト教会連合 ・ 生田丘の上キリスト教会 (在、 川崎市 多摩区) は生まれました。  ですから、 飯能に住むようになってからも、 家庭集会を開くことは大きな願いで 家庭集会「三浦綾子作品を読む会」がスタート 越川師宅にて

10月3日

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家庭集会「聖書を読む会」がスタート 越川師宅にて

10月17日

第2回オープンチャーチカフェ

11月24日

 

「オープンチャーチカフェ」

 第2回オープンチャーチは、 カフェを中心とし、 初めての方が教会でゆっくりとコー ヒーを楽しみ、 教会員のメンバーと良い交わりの時となればと企画しました。  当日天候が悪かったのですが、 チラシを見ても沢山の方が来てくれました。 また、 平日おこなわれている、 こひつじタイムや、 赤毛のアンからも、 何人か参加してく ださりとてもよい交わりのひと時となり感謝でした。          記 : 若村和仁 第2回クリスマスコンサート バリトン独唱:若村和仁  ピアノソロ 伴奏:内藤真奈

12月6日

第2回クリスマスコンサートは、 昨年度よりも沢山の方がチラシを見 て参加してくださいました。 記 : 若村和仁 ■クリスマス礼拝、祝会の風景。 (12月21日) ■ハレルヤキッズスペシャル、クリスマス会の風景。 (12月25日)

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1月1日

高麗聖書教会と合同元旦礼拝 高麗聖書教会にて

1月24日

10周年記念式典(14:00~16:00)

「10周年記念式典」

 10周年記念式典には、 高麗聖書教会から、 関東宣教区から、 沢山の方の出席 があり感謝でした。 また、 最初の開拓者であられるカレン ・ リー ・ マイヤー宣教師 も日本に住んでおられたので出席してくださり、 とてもよい再会の時、 記念の時と なりました。 開拓伝道は、 何よりも、 沢山の方の祈りと、 サポートによって支えら れていることを実感させられました。 これからも、 沢山の方の祈りが必要です。           記 : 若村和仁

2009年

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〈礼拝出席者 月平均人数〉 高麗聖書教会にて教会総会が行われた

3月29日

2008年 4月 2008年 5月 2008年 6月 2008年 7月 2008年 8月 2008年 9月 2008年 10月 2008年 11月 2008年 12月 2009年 1月 2009年 2月 2009年 3月 12.5 15.8 14 15.3 13.6 13.5 14.3 12.2 15.3 12.5 13 12.2

2008 年度行われた各定期集会

☆こひつじタイム(赤ちゃんと母親の集まり):が 7 月 12 日よりスタート 毎月第1第3火曜日午前 10:00 ~ 11:30 でスタート。 途中から時間を午前 10:30 ~ 12:00 に変更。 ☆礼 拝:毎週日曜日 午前 10:30 ~ 12:00 ☆祈り会:毎週水曜日 午後 7:30 ~ 9:00 ☆ハレルヤキッズ(教会学校):毎週日曜日 午前 9:00 ~ 10:00 ☆ 2008 年度(2008 年 4 月~ 2009 年 3 月)  年間礼拝出席平均人数 13.1 人 礼拝新来者合計16人 ☆赤毛のアン(パッチワーク・手芸の会 ):毎月第2、第4火曜日 ☆ハレルヤキッズスペシャル:毎月1回土曜日午後 2:00 ~ 4:00

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原市場のおもいで

      山下富之       遠い昔の古いことは、 つまらないことははっきり憶えているのに、 新しいこと は、 10年も経つと記憶がほとんどうすれてしまっていることに気付く。  原市場開拓当時のことといえば、 日曜日午後からの礼拝、 祈祷会、 聖書の 勉強会、 ビラ配りなどだが、 どうして私があの集いに出席することになったの か今はもうまったく分からない。 たぶん、 かかわることのできる人が少なかっ たというただそれだけの理由だからだろう。  宣教師館の和室での礼拝のありさまがはっきり浮んでくる。 日曜日の午後、 日当たりのすごくよい部屋で、 吉持先生手づくりの説教台で、 私も何度かは司会をした。 司会は本多 兄と交代だったか?説教はカレン先生と吉持先生が交代でおこなっていたが、 カレン先生の説教準備の 苦悩のようすがなつかしく思い出される。 礼拝出席者は、 カレン先生、 吉持先生、 小田桐さん、 本多 夫妻、 則竹祥子さん、 知子さん、 哲郎君も時々出席していた。 地域の人の出席はほとんどなかった。 賛美はリビングプレイズを使用していたが、 伴奏はどうしていたか記憶がない。  夜の祈祷会は本多夫妻のほか、 高麗からは松本和子さん、 武田直子さん、 渡辺勝之さんが出席して いたと思う。  聖書の勉強会は エイブリーウィルス著 「マスターライフ━聖書的な弟子の成長過程」 を用いて行われ たが (全4巻の中) 第2巻に入ったところで、 カレン先生退職のため中断となってしまった。 1年くらいは 続いたろうか。 出席者はカレン先生、 本多夫妻と私、 勝之さんも?  ビラ配りも武田さん、 西原忍さんたちとよくやった。 一軒一軒を、 よくもたんねんに配ったものだ。 今 はもうあの気力はない。  記憶が相当にあいまいなので原市場の開拓当時、 多くの集いにかかわった人たちの名前を書きもらし ているところが多分にあると思われる。 失礼をおゆるし願いたい。  越川先生ご一家の参加はいつごろだったか思い出せない。

文集コーナー

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神様の祝福のうちに

則竹祥子       「本当に思いがけなく教会を与えられました。 今日お祝いして下さる人々に対 してこの驚いている気持ちをどう伝えられるでしょうか。 本当にありがとうござ います。 本当にありがとうございます。 神様永遠に感謝します。 この気持ちを 大切に一生懸命に生きていきます。」 これは献堂式のために書いた詩です。 貴 央産業の上社長が破格に安い値段で建ててくれました。  高麗の吉持日輪生先生の原市場伝道所という事でお金も借りる事ができて、 カレン先生、 本多御夫妻、 私と知子と若村先生というわずかな人数で教会を建 てられたのは今から思うと奇跡のような事でした。 本多御夫妻は教会を建てる開拓伝道の為に来て下 さいました。  越川先生御夫妻、 美由紀さんも来て下さるようになり、 佐藤御夫妻、 薦田さん、 中島さん、 今西夫妻、 高橋さん、 大谷さんも来て下さるようになりました。  なんといっても若村先生はすばらしいめぐみさんと結婚し、 基歌ちゃんも生まれ、 神の祝福としか考 えられません。 そして一番の良さは、一人一人暖かく家族同様の交わりができ、支え合う事が良いと思っ ています。  10年前に来た時は私は実に粗末な人間でした。 皆様に支えられてようやく成長してきたのも感謝です。 これからも神にへりくだり、 皆で支えあったらすばらしいと思います。 教会のさらなる発展を信じて祈り ます。       

神様の救いに預かって

則竹知子       初めて教会に行ったのは、 母に連れられて小学生の時でした。 当時母の体 調がすぐれず、 祈っていたことを覚えています。 しかし中学生になり、 母がそ れ迄の牧師先生から離れると同時に、 私も教会からも神様からも離れて生活 を送るようになりました。  再び聖書を手に取ったのは、 学校を卒業し就職後、 体調を崩した時のこと でした。 聖書に書かれていることは真実で、 私は神様から離れ、 間違った歩 みをしていたことに気付かされました。 体調も回復した頃、 原市場聖書教会 が出来たのを知り、 礼拝に出席すると同時にカレン宣教師より聖書の勉強会 に誘われ通い始めました。 カレン宣教師について学んでいくにつれ、 神様に少しずつ近付いていきまし

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原市場聖書教会に導かれて

本多信男      1999年12月にTEAMのカレン宣教師と高麗聖書教会の吉持先生らにより最初 の礼拝が原市場でもたれてから10年になりました。 その 40年ほど前に、 同じT EAMの宣教師であったロイ ・ ジェンセン宣教師夫妻が、 今の教会のすぐそば に住んでおられました。 その働きをとおして、 教会がない原市場に福音の種が まかれ、 こうして教会ができているのを見ると、 神のご計画とその導きを覚え , 感謝せざるを得ません。  私たち夫婦が、 原市場聖書教会に導かれる前はTEAMの宣教師が開拓され、 その後、 日本同盟基 督教団 ( 以下、 同盟 ) に属した練馬区にある石神井福音教会の教会員でした。 3人の息子たちも中 学生時代に、 この教会で洗礼を受けました。 毎回の礼拝が200人ほどの大きな教会でした。 そのとき は、 私たちは狭山市に住んでいました。  2001年4月に、 事情があってその教会を離れなければなりませんでした。 今もそうですが、 私は宣教 団体のTEAMに勤めていましたので、 仕事の関係でカレン ・ マイヤー宣教師の家と、 カレンさんを通し てTEAMが開拓をしていることは知っていました。 狭山市には同盟の教会がいくつかありましたが、 既 存の教会より、 開拓教会のほうが良いと思い、 原市場聖書教会に導かれました。 前の教会も、 私た ちをその開拓教会に送りだしてくれました。 車で一時間ほどかけて原市場聖書教会の礼拝と祈祷会に 毎週、 通っていました。 教会に近い場所ということで、 車で約10分ぐらいのところに住まいをみつけ、 そこに引っ越しをしました。 そこが、 現在の日高市にある家です。 2002年4月に、 原市場聖書教会に 転会し、 現在に至っています。    

原市場聖書教会に導かれて 

       本多節子 原市場聖書教会が10周年を迎えることを思うと、 時のたつのの早いことに 驚かされます。 私たちが導かれたのは2001年の春ですから、 もう8年目を過ごしていることに なります。 とても楽しい充実した教会生活でした。 この教会は、 カレン先生 が始められた時から、 神様の不思議な祝福をいただいてきました。 又多くの 方々の助けに支えられました。 言い尽くせない感謝の気持ちです。 この地で

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  原市場聖書教会に導かれて

      越川 壽允  私は70歳になったのを機に、 2001年3月末で日本同盟基督教団 ・ 朝霞聖 書教会の牧師を退職し、 飯能市の住人となりました。  かねてから、 同教団 ・ 高麗聖書教会 ・ 吉持日輪生牧師より協力して欲し い旨の話があって、 同教会の交わりと奉仕の中に入れていただきました。 吉持先生には既に、 原市場の地を開拓する召しが与えられておりましたの で、 当初は開拓に協力することも考えられていました。 しかし、 そのように 事は運びませんでした。 01年9月から、 月1回、 礼拝の奉仕に加えられるよ うに導かれました。 正式には、 吉持先生からお話しがあって04年9月から 原則月2回、 第1と第3主日礼拝で奉仕するようになって今日に至っております。 そして、 聖礼典の執行もさせていただくことになりました。 大変光栄に思って感謝しております。  08年 4月からは、 若村和仁先生が晴れて補教師に准允されましたので、 私は暫時、 第1主日礼拝時の説教と、 その他は、 聖礼典の執行をさせていただく考えでおります。  思えば、 10代、 20代は結核のため、 周囲の人たちから長生きできないと言われていた私が、 松原湖 のバイブルキャンプで召命をいただいてから、 実に40年後に補教師となり、 憐れみによって正教師の按 手を受け、 今ここに立たされています。 神の御名をほめ讃えるのみです。

原市場聖書教会に導かれて

      越川花子   主人が、 2001年3月で朝霞聖書教会の主任牧師を引退したのを機に、 飯能 の岩沢に引越して来ました。 4月からは、 同じ教団に属する高麗聖書教会に出 席することになりました。 木々の芽吹の緑に感動しつつ、 車で向かった最初の 礼拝でした。 その頃、 原市場ではカレン宣教師宅にて、 午後からの礼拝が持た れていたようです。 高麗からは毎週吉持先生御夫妻と数名の兄弟姉妹が熱心 に参加し、 協力しておられました。 私たちは、 主人の説教奉仕のある時のみ出 席していました。 比較的近いとはいえ、 高麗の方々が、 毎週駆けつけ様々な 奉仕をされたことは、 原市場聖書教会の土台作りに大切な役割を果たして来られた証しであると思いま

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原市場聖書教会に導かれて

      越川美由紀        2004 年 9 月、 高麗聖書教会の協力牧師だった父が、 原市場聖書教会で 奉仕をすることになりました。 私は教会に通う交通手段がないという理由だ けで、 両親とともに原市場聖書教会で礼拝をささげることになりました。  今までの日曜日は、 教会の行事で一日中せかせかしていることが多く、 落 ち着きませんでしたが、 原市場聖書教会は時間がゆるやかに流れている気が します。 礼拝や交わりの時に、 自分が抱え込んでいる重苦しい思いから急に 解き放されるような空気に包まれて、 心が静かになっていくことがよくありま す。  教会を変わるのは 4 回目で、 最初は気持ちの整理がつかないまま通っていました。 今では、 現在の 私の状況をすべてご存じの神様が、 この教会に導いてくださっていると思えるようになりました。

教会と伝道

      佐藤文孝        はじめに、 一つの詩を紹介したい。    聖霊         八木重吉  聖書が聖霊を生かすのではない  聖霊が聖書を生かすのだ  まず聖霊を信ぜん  聖書に解がたきところあらば  まず聖霊にきかん  聖書のみに依る信仰はあやうし!  われ今にしてこれをしる  おそきかな   原市場聖書教会の一枝とされて3年になる。 ここでも沢山の恵みを受けていることに感謝である。  開拓期の教会は初めてで、 親教会の支援、 牧師夫妻の献身、 教会員の奉仕を通して、 この教会に 注がれている神の愛を感じている。

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原市場聖書教会に導かれて

      佐藤 裕子      2006年4月、 私達は、 東京都清瀬市から始まった東京での12年間の生活に区 切りをつけ、 飯能市上名栗に引越してきました。 娘、 晏の小学校入学に合わせ たもので、 子どもが小さいうちに、 田舎で育てたいという願いが形になったの でした。  引越したばかりの頃は、 車がなく、 生活必需品をそろえるのも大変な状態で した。 飯能市街地までバスで50分、 田舎暮らしの不便さをしみじみと感じたも のです。  教会生活を続けるにあたり、 小さい頃から慣れ親しんできた日本キリスト教団の教会が、 飯能駅前

原市場聖書教会に導かれて

      若村めぐみ  私は 2005 年4月の結婚を機に原市場聖書教会に導かれました。 結婚へと導 かれる中で、 直接献身ということを考え祈っていました。 これといった能力もな いこんな小さな者でもいいのか、 神様に従っていく覚悟は本当にあるのか、 と。 そのような中、 結婚の準備のために原市場に来て、 出席させていただいた礼拝 の説教の中で 「わたしについて来なさい。 あなたがたを、 人間をとる漁師にし てあげよう」 と語られました。 何もできない、 ありのままの私をご覧になって、 すべてをご存知の上で声をかけて下さっているということを知り、 涙が出てきま した。 自分の能力によらず、 ただ神様についていけばいいのだ。 足りないとこ ろも神様は練って整えて下さる。 と神様に委ねていこうと思わされました。  また母教会の大人数での礼拝や、 多くの人との交わりに慣れていたので、 この小さな群れでの礼拝 や交わりにとまどいを覚えることもありましたが、そのことも神様は、ここが私の礼拝する場であること、 この群れは神様が与えて下さっている神の家族であることを教えて下さいました。  原市場で礼拝をする度、 ここに集う一人一人が神様に愛され、 導かれてきたこと、 神様はこの教会を、 この地域に住む一人一人も愛しておられることを思わされます。  この原市場での礼拝とあたたかい交わりを与えて下さっている神様に、 また、 愛と忍耐と祈りをもっ て小さな私たちを支えて下さっている神の家族のお一人お一人に、 感謝しています。

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原市場聖書教会に導かれて

狭山アライアンス教会員 高橋千代美  主人の再就職を機にこちらの教会に導かれました。 知らない土地での、 夫婦で慣れない仕事、 主が与えて下さったのだから、 祈りつつ、 より頼ん で働きましょうとはじめたのですが、 次々おこる問題に、 正直祈りつつも 辞めたい、 逃げだしたいと何度思ったことでしょう。 週の初めに、 すべて から解放されて礼拝にまねかれるひとときは、 まさに霊肉ともに強められる 時となっています。  原市場聖書教会は、 静かに祈りの時がもてる、 賛美にあふれた、 御言 葉に忠実な教会です。 これからも集い、 主を愛する先生方や兄弟姉妹方と共に神様の栄光を表したい と願っています。

原市場聖書教会に導かれるまで

中島秀雄          私がキリスト教に出会ったのは、 20歳の時です。 駅前でトラクトをもらい、 友人4人と飯能キリスト教会の特別伝道集会に行きました。 当時の牧師は、 独身の女性で、 熱心な方でした。 教会の入口に、 配達された牛乳が1本あり ました。 私は、 牛乳などとったことがなかったので、 お金がとられる所なの ではと、 不安と疑いを持ちました。 しかし、 牧師の心からの熱心さにひかれ、 様々な集会に参加するようになりました。 駅前伝道にも毎週のように参加し、 賛美もいたしました。  キリスト教に出会う前、 私は、 大人になったら、 目立たぬよう、 人に迷惑を かけぬように生きて行こうと思っていました。 しかし、 成人式の20歳の主張で、 750人中5人に選ばれ、 壇上で 「神様キリスト教で行きたい。」 と主張。 「あのおとなしかった人が変った。」 と口々に言われ、 驚かれました。 そして、 21歳の時に、 洗礼を受けました。  その後、 同じ会社の女性との出会いがありました。 私も独りではいられない。 助け手が欲しい。 とそ

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伝道開始 10 周年に寄せて

       大谷 明  「とにかく飛び込んでみるか」 と、 少々敷居の高さを感じながら教会のドアを 開けたのは 2006 年のイースターのときでした。 若村ご夫妻の明るい笑顔が私 を招き入れて下さいました。  ミッションスクールに勤務する私がイエスに近づこうと自ら行動するとき、 奇妙 に思われるかも知れませんが、 私の気持ちは微妙に揺らぎます。 信仰は個人 の問題であるべきですが、 職場と結び付き過ぎているのです。 「自分の魂では なく仕事上の立場を問題にしているのだろうか?」 そんな雑念が生じてしまいま す。  私にとって原市場聖書教会は、 素直にイエスと向き合うことの出来る貴重な場所になりました。 時間 が取れるときに、 無理をせずに礼拝に参加する。 服装もラフなまま。 『普段着の自分』 のままで聖書に 向かっています。 この無礼な私を、 教会に集まる方々は寛大に見守って下さっています。 ただただ感謝 です。 信仰心と優しさに溢れた人々が集う可愛らしい教会の 10 周年を、 私も心から喜びたいと思います。 こ れからも私のような迷い人を温かく迎え入れる教会であって欲しいと願っています。  主の恵みが、 この教会の上に永遠にありますように。

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編集後記

 10周年記念誌がようやく完成まで至りました。 皆さんのご協力、 お祈りありがとうございました。 記念誌作成に携わったのは、 今回が初めてでした。 どのように作成したらよいのか迷いながらの作 成となりました。 しかし、 作成し始めると、 この教会がたくさんの方々の祈りに支えられ、 神様に導 かれて、 ここまで成長してきたということを、 知ることが出来ました。  この10年間で、 神様は沢山 の人を、 この小さな教会に、 送って下さっていたのだということを知りました。    ある開拓伝道の研修会で、 開拓伝道はあせらず、 長い目で祈り、 地域を知り、 関係を作っていき、 御言葉の種を蒔き続けることの大切さを教えられました。 そして、 10年を一区切りとしてみていくな らば、 神様は、 沢山の刈り取りをさせてくださるということを学びました。  私たちは、 種を蒔き直ぐ に芽が出なければ、 直ぐにあきらめそうになります。 しかし、 あきらめずに、 キリストの愛を持って、 種を蒔き続けるならば、 神様は、 ちゃんと刈り取りをさせてくださり、 教会を成長させてくださること を教えられました。  私たちの原市場聖書教会も、 スタートからこの10年間で、 会堂が与えられたことは、 一番大きな 祝福でした。 そして、 会堂が与えられしばらくして、 平日プログラムを始めました。 徐々にその平日 プログラムに、 地域の方々が集まって下さるようになっています。 そこで出会った方々の中から、 神 様を信じる魂が起こされるように、 これからあせらず長い目でじっくり地域に根ざし、 御言葉の種を 蒔き続ける者でありたいです。 何よりも、 沢山の方の祈り、 捧げものがあって、 この10年間が祝福されたことを心から感謝します。       原市場聖書教会伝道師 : 若村和仁

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参照

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