運動療法と患者教育指導を組み合わせたリハビリテーション介入により脳卒中片麻痺後の肩関節痛が改善した一症例
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(2) 190. 理学療法学 第 47 巻第 2 号. ある 4)6)。加えて,慢性の肩関節痛患者を対象とした最. された。X ‒ 10 ヵ月に B 病院に転院し,約 5 ヵ月間のリ. 近の研究では,不安や抑うつ,破局的思考といった心理. ハビリテーションを施行し身辺 ADL は自立した。その. 的要因が痛みや機能障害の増悪因子になることが明らか. 後自宅退院し,同院にて 5 ヵ月間の外来リハビリテー. 11)12). 。そして,HSP においても痛みの改. ションを施行した。しかし,自宅から B 病院が遠方で. 13). あったため,X 日より当院での外来リハビリテーション. HSP を修飾する因子として心理的要因も考慮する必要. を開始した。なお,脳梗塞発症前の ADL はすべて自立. がある。. しており,車の運転や趣味であるゴルフを積極的に行っ. HSP に対する介入戦略としては,薬物療法に加え,. ていた。. スリング,テーピング,アロマテラピー,針治療,ハン. 当 院 外 来 の 初 診 時 mini-mental state examination. ドリング,マッサージ,電気刺激などの非薬物療法があ. (MMSE)は 30 点と認知機能に問題はなく,コミュニ. るが,いずれも効果は限定的で一定した見解が得られて. ケーション能力は良好であった。主訴としては,“左手. になっている. 善と不安・抑うつの改善が関連していることから. いないのが現状である. ,. 13‒17). 。一方,慢性疼痛に対する. が動かない”,“左肩が痛い”,“夜も痛くて目が覚める”. 介入戦略のポイントとしては,痛みを生物・心理・社会. との訴えが聞かれた。Hope としては“腕が動くように. モデルで捉え,痛みに固執せず,患部や全身の不活動を. なってほしい”,“痛みがなくなってほしい”,“ゴルフで. 是 正 し, 身 体 機 能 や activities of daily living( 以 下,. スコアを伸ばしたい”ということが挙げられた。. ADL)・QOL の向上に努めることが重要といわれてい. なお,当院外来移行後の画像所見は,頭部 MRI 像(T1. る。つまり,有酸素運動や筋力トレーニングといった運. 強調画像)では内包後脚の梗塞像は認めるものの,視床. 動療法のみならず,痛み教育や行動科学的アプローチを. 病変は認められず(図 1 左) ,肩関節の単純エックス線. 併用することが慢性疼痛患者の痛みや機能障害の改善に. 像でも,亜脱臼や腱板断裂,変形性関節症の変化を疑う. 有効といえる. 18). 。具体的には,セラピストの指導のも. と患者が行え得る運動内容を試行し,患者が納得のうえ で決定した運動プログラムを自宅でもセルフエクササイ ズとして積極的に行うこと,また運動の意義の理解,痛 みに対する不安の払拭のために患者教育を行い,運動や. 所見は認められなかった(図 1 右)。 当院外来リハビリテーション開始時の理学療法評価 (表 1) 1.視診・触診. 19). 麻痺側肩関節の視診においては,発赤や腫脹といった. したがって,慢性の HSP に対しても痛みを多面的に捉. 急性炎症の所見は認められなかった。また,触診上熱感. えたうえで前述したようなアプローチを適用することが. はなかったが,僧帽筋や三角筋,棘下筋,肩甲下筋は非. 有効と考えられるが,この点について検討した報告は. 麻痺側に比べ硬度が高かった。また,肩峰と大結節の距. 我々の渉猟する限り存在しない。. 離は左右差を認めず,亜脱臼はないものと判断した。. 身体活動のペーシングを設定することとされている. 。. 今回,約半年間の重度の HSP に悩まされていた脳卒 中片麻痺症例に対し,慢性疼痛に対する介入戦略のポイ. 2.肩関節痛の評価. ントに則り,多面的評価を行い,その結果に基づいた病. 外来リハビリテーション開始時,numerical rating. 態解釈から,一般的な運動療法に加え,患者教育指導を. scale(以下,NRS)で 7 ∼ 8/10 のジンジン,ズーンと. 組み合わせたリハビリテーション介入を進めた結果,. した重度の痛みを左肩関節∼上腕に訴えていた。痛みの. HSP が改善した症例を経験した。そこで,本症例の. 発生は,更衣などの ADL 場面において症例自身で麻痺. HSP に対する多面的評価と介入戦略の立案ならびに経. 側上肢を使用する際や他動的に麻痺側の肩関節運動を行. 過について,考察を加え報告する。. う際など,肩関節に軽微なメカニカルストレスがかかっ. 本症例報告に関する説明と同意 症例には本報告の趣旨と内容を口頭および文書にて説. た場合や,夜間の訴えが強かった。痛みの発生期間は, X ‒ 6 ヵ月くらいから(約半年間)継続しており,不眠 の原因にもなっていた。. 明し,プライバシーには十分配慮することを伝え,書面 にて同意を得た。. 3.中枢感作の評価 HSP の評価において,軽微なメカニカルストレスに. 症例紹介. よる強い痛みの発生や,長期の不眠状態を認めたことか. 症例は 60 代男性で,身長:163 cm,体重:72.8 kg, 2. ら,中枢神経系の過興奮の状態である中枢感作を疑い, 20). BMI:27.4 ㎏ /m でやや肥満体型であった。X ‒ 11 ヵ月,. central sensitization inventory(以下,CSI). 左上下肢の脱力あり,A 病院受診し,MRI にて右視床. みに対する中枢感作の影響について評価した。その結. ∼内包にかけて新鮮脳梗塞を指摘され急性期治療を施行. 果,Part A において 41 点と高値であった。. にて痛.
(3) 運動療法と教育指導により脳卒中片麻痺後肩関節痛が改善した症例. 191. 図 1 外来開始時の頭部 MRI(左)と左肩関節(右)単純エックス線所見 当院外来移行後の画像所見である.左は頭部 MRI 像(T1 強調画像)であり,内包後脚の病変 は認めるものの(矢印) ,視床病変は認めなかった.右は左肩関節の単純エックス線像で,亜 脱臼や腱板断裂,骨棘の形成などの変形性関節症の変化をうかがわせる所見は認めなかった.. 表 1 初期,6 ヵ月,12 ヵ月後の各評価項目の結果 評価項目. 開始時. 6 ヵ月後. 12 ヵ月後. 8. 0. 0. 部位. 右肩∼上腕. −. −. 表現. ジンジン・ズーン. −. −. 発生時. ADL 場面,夜間. −. −. CSI. 41 点. 22 点. 24 点. 不安/抑うつ. 18/12. 6/5. 4/2. 反芻/無力感/拡大視. 19/19/11. 6/5/3. 6/10/3. 片麻痺機能テスト Brunnstrom stage. 上肢/手指/下肢. Ⅲ/Ⅲ/Ⅴ. Ⅲ/Ⅲ/Ⅴ. Ⅲ/Ⅲ/Ⅴ. 右上肢の使用状況 motor activity log. amount of use. 0. 0.75. 1.5. quality of movement. 0. 0.875. 1.0. 左肩関節屈曲. 110°/3. 135°/1+. 140°/1+. 左肩関節外転. 85°/3. 120°/1+. 135°/1+. 左肘関節屈曲. 130°/3. 140°/1+. 145°/1+. 左肘関節伸展. ‒20°/3. 5°/2. 5°/2. 疼痛. 中枢感作. NRS. 心理面 HADS(点) PCS(点). 関節可動域/ modified ashworth scale(MAS). 身体パフォーマンステスト. 趣味活動(ゴルフ)の状況. 身体活動量(評価日前後 1 週間の平均± SD) QOL(EQ-5D). 握力 右/左(kg). 30.0/6.2. 29.3/8.0. 31.4/11.1. 膝関節伸展筋力 右/左(kgf). 50.8/25.2. 57.0/33.1. 61.4/37.5. TUGT(秒). 12.6. 9.73. 9.90. 6MWD(m). 310. 340. 360. 満足度. 1/10. 9/10. 9/10. 遂行度. 1/10. 9/10. 9/10. 歩数(歩). 4,041.7 ± 3,900.0. 5,080.6 ± 1,896.5. 7,700.1 ± 5,448.5. 移動の程度. 2. 2. 2. 身の回りの管理. 2. 2. 2. 普段の活動. 3. 2. 2. 痛み/不快感. 3. 1. 1. 不安/ふさぎ込み. 2. 1. 1. 効用値. 0.330. 0.676. 0.676.
(4) 192. 理学療法学 第 47 巻第 2 号. 4.痛みの情動・認知的側面の評価. “すぐに疲れてしまってゴルフの最中に思うように動け. 今回,不安・抑うつを評価する hospital anxiety and 21). depression scale(以下,HADS) ,痛みの破局的思考 22). を評価する pain catastrophizing scale(以下,PCS). ない”といった状況が聞かれた。そこで,ゴルフの現状 について発症前の状況を 10 として,満足度と遂行度を 尋ねると,1 と非常に低かった。. を用いて,情動・認知的側面の評価を行った。結果, HADS は不安 18 点,抑うつ 12 点であり,両尺度とも「確. 7.身体活動量の評価. 定(definitex)」と判断される 11 点を上回っていた。ま. 身体活動量について,当院外来開始後 7 日間,市販の. た,PCS についても反芻 19 点,無力感 19 点,拡大視. 万歩計(OMRON,HJ-005)を起床時から就寝前まで着. 11 点で,その合計は 49 点となり,臨床的意義があると. 用してもらい,1 日あたりの歩数のモニタリングを行っ. 23). た。その結果,一日あたり 330 ∼ 11,000 歩(平均±標. されるカットオフ値 30 点. を大きく上回っていた。. 準偏差:4,041.7 ± 3,900.0)と日間で大きなばらつきを 5.身体機能の評価. 認め,過活動の日もあれば,低活動の日もあるといった. 身体機能の評価として,運動麻痺は Brunnstrom stage. ペーシングの乱れが大きいことが明らかとなった。. で上肢Ⅲ,手指Ⅲ(屈曲可能,伸展不能),下肢Ⅴの段 階であった。上肢の関節可動域(range of motion;以. 8.QOL の評価. 下,ROM)は,非麻痺側である右側は問題ないものの,. QOL の 評 価 指 標 に は EuroQol 5 Dimension( 以 下,. 麻痺側である左肩関節は屈曲 110° ,外転 85° ,外旋 20°. EQ-5D). であり,痛みの発生と同時に肩関節周囲筋の同時収縮が. 管理 2,普段の活動 3,痛み/不快感 3,不安/ふさぎ. 認められた。肘関節は伸展 ‒ 20°,屈曲 130°であった。. 込み 2 であり,効用値は 0.330 で,QOL の低下が認め. また,各関節の modified ashworth scale(以下,MAS). られた。. は肩関節屈曲 3,外転 3,肘関節伸展 3,屈曲 3 であり, 筋緊張が高く,他動運動でさえ困難な状況であった。な. 29). を用いた。結果,移動の程度 2,身の回りの. 統合と解釈(図 2). お,感覚検査として温痛覚,位置覚の評価を行ったが,. MRI 所見では内包後脚のみの病変であり,感覚障害. ともに異常は認められなかった。. も認められず,持続的な痛みの訴えは認められないこと. 次に,身体パフォーマンステストでは握力は左側. から,本症例の HSP に中枢性脳卒中後疼痛が影響して. 6.2 ㎏,右側 30.0 ㎏,膝関節伸展筋力(アニマ,µ TasF-1). いる可能性は少ないと判断した。さらに,単純エックス. は左側 25.2 kg f,右側 50.8 kg f であり,麻痺側の筋力低. 線画像や視診・触診の結果から,肩関節の亜脱臼や周囲. 下を認めた。また,timed up and go test(以下,TUGT). 組織の急性炎症が本症例の HSP に影響している可能性. は 12.6 秒で,能力障害の発生のカットオフ値である 9. も否定された。つまり,本症例の HSP は NRS で 3 以上. 秒. 24). を大きく上回っていた。また,6 分間歩行距離(6. minute walk distance;以下,6MWD)は 310 m であり, 60 代男性の平均値である 572 m. 25). を大きく下回り,運. 動耐容能の低下が認められた。. の痛みが約 6 ヵ月間継続していること,また,CSI では 中枢感作症候群のカットオフ値である 40 点. 30). を上回っ. ていることから,中枢感作を伴った慢性疼痛に発展して いると考えられた。 本症例における脳梗塞による左上肢の運動麻痺は,分. 6.麻痺側上肢の使用状況ならびに趣味活動の評価. 離運動が困難で筋緊張も高く,日常生活においては使い. 症例に ADL 場面での麻痺側上肢の使用状況を問うと,. づらさから上肢の使用を避け,まったく使用していない. “日常生活では使いづらいからまったく使用していない”. 学習性不使用の状態であった。先行研究では,ヒトや動. 26). という発言が聞かれ,motor activity log(以下,MAL). 物の四肢をギプスなどで固定するだけで疼痛が惹起され. では,amount of use 0 点,quality of movement 0 点と. ることが示されており. ADL 場面において麻痺側上肢は不使用状態であった。. て中枢感作が生じることも確認されている. また,近年,明確に目標設定を行ったうえで介入するこ. て,本症例の HSP においても運動麻痺や筋緊張の亢進. とで,痛みに関する認知的側面の改善,リハビリテー. により,麻痺側上肢を使いづらいものとして認識し,学. ションに対する意欲の向上,抑うつといった心理面の改. 習性不使用の状態に陥り,上肢の使用頻度が極端に減少. 善が得られることが報告されている. 27)28). 。そのため,. 31)32). ,同モデルでは脊髄におい 32). 。したがっ. した状態が継続することで中枢感作が生じ,慢性疼痛に. 本人の Hope であり,目標設定にもつながる“ゴルフで. 発展している可能性が疑われた。. スコアを伸ばしたい”という発言に着目し,その満足度,. また,HADS や PCS でもカットオフ値を上回ってお. 遂行状況を聴取した。その結果,“右手だけでスイング. り,HSP や運動麻痺により ADL 場面での不便さを感じ. しているが,左足や腰がよろついて,うまくいかない”,. ており,趣味活動も満足にできないため苛立ちや不安・.
(5) 運動療法と教育指導により脳卒中片麻痺後肩関節痛が改善した症例. 193. 図 2 症例における問題点の整理 脳梗塞による左上肢の運動麻痺は,分離運動は困難で筋緊張も高く,日常生活においてもまったく使用 していない状態であったことから,麻痺側上肢を使いづらいものとして認識してしまい,学習性不使用 の状態に陥っていることが推測された.そして,このような状態が長期化することで中枢感作が生じ, 慢性疼痛に発展している可能性が疑われた.また,HADS や PCS でもカットオフ値を上回っており,こ れらは HSP や運動麻痺により,ADL 場面での不便さや趣味活動が満足にできないことで苛立ちや不安・ 抑うつ,破局的思考といった心理的問題を反映しているものと考えられた.そして,このような心理的 問題は HSP を修飾する因子として考えられた.また,ゴルフの実施における苛立ちに関しては,スイン グの際の左下肢や体幹のよろつき,易疲労性が大きく影響していることもうかがえ,運動機能検査の結 果から明らかとなった左下肢筋力低下や,運動耐容能の低下が根底にあるものと考えた.さらに,身体 活動量のペーシング不良の問題も肩関節痛のコントロール不良に関連していると推察した.なお,MRI 所見では内包後脚のみの病変であり,感覚障害は認めず,持続的な痛みの表現ではないことから,中枢 性脳卒中後疼痛の影響は少なく,麻痺側肩関節のエックス線画像や視診触診の結果からも亜脱臼や急性 炎症の影響も否定した.. 抑うつ,破局的思考といった心理的問題が発生している と予想される。そして,このような心理的問題は HSP 12)13). 1.麻痺側上肢の不使用の是正に向けた運動療法と患者 教育指導. 。加えて,ゴルフの. 今回の評価結果から,麻痺側上肢の学習性不使用は明. 際の苛立ちはスイング時の左下肢や体幹の不安定性や易. らかであったが,画像所見の結果から亜脱臼や変性変化. 疲労性が大きく影響していると考えられ,運動機能検査. もなく,肩関節周囲の急性炎症の所見も認められなかっ. の結果から明らかとなった左下肢筋力低下や運動耐容能. たことから疼痛が出現しない範囲での自動介助運動は可. の低下がその根底にあると推測される。. 能と考えられた。そこで,まず患者教育指導として麻痺. さらに,当院外来開始後 7 日間の歩数の結果からは,. 側上肢の不使用が招く HSP の増悪について説明したう. 全身の身体活動量のペーシング不良という問題も明らか. えで,可能な範囲で麻痺側上肢は動かしてよい状態であ. となり,これも本症例の HSP に影響していると思われる。. ることを自作したパンフレットを通して指導した。ま. 以上のことから,本症例の HSP は中枢感作を伴って. た,外来時の理学療法プログラムとしては,麻痺側上肢. おり,それに関連している問題として,患部の不使用,. の自動介助運動とともに,低周波電気治療器(伊藤超短. を修飾する因子と考えられる. 心理的問題,身体活動量の調整不良が挙げられ,これら. 波株式会社,EU-940)を用いて電気刺激を併用した物. の点を踏まえ,介入方針を検討した。. 品操作練習を進めた。具体的には,先行研究. 介入方針. 33). を参考. に電極を総指伸筋上に貼付し,高電圧パルス電流療法 モードにて周波数 50 Hz,パルス幅 50 µ sec,出力は手. 本症例に対する外来リハビリテーションは週 1 回の頻. 関節・手指伸展可動域の 50% 程度とし,10 秒 ON,15. 度で行うこととし,下記の 3 つの点を大きな方針として. 秒 OFF にて 20 分間のアクリルコーンの移動練習を行っ. 治療を進めた。. た。なお,ON の際に手関節ならびに手指を伸展してア クリルコーンを把持する準備を行い,OFF の際にアク リルコーンを把持して移動するように指示し,肩・肘関.
(6) 194. 理学療法学 第 47 巻第 2 号. 節の運動に関しては,代償運動が出現しないよう,PT が介助した。また,実際に ADL 動作を行ってもらい,. 経 過. その際にどのようにすれば左上肢を ADL に参加させる. 図 3 は当院での外来リハビリテーション開始後 6 ヵ月. ことができるかについて指導した。具体的にまずは,机. 間の経過を示している。具体的に X+6 日には疼痛範囲. 上での書字や食事といった活動の際に視覚的に確認でき. 内での自動介助運動やスクワット運動といった自主運動. る位置に麻痺側上肢をおくとともに,更衣時や読書の際. を徐々に自宅で行っている様子がうかがえた。X+41 日. に衣服や書物を固定する役割として使用させ,これらを. には症例より“徐々に着替えが楽になってきた” ,X+48. 通じて麻痺側上肢を意識していくように指導した。その. 日には“ゴルフの際に歩行がしやすくなってきた”との. 他,自宅で行ってもらう自主運動として両上肢を使用し. 発言が聞かれるようになった。この時期は徐々に身体活. た疼痛範囲内での自動介助運動やスクワット運動を指導. 動量が向上しており,ペーシングに対する意識の向上も. した。. 認められ,自転車エルゴメーターの負荷強度も 40 watt まで増加した。しかし,HSP の訴えは継続しており,. 2.趣味活動の成績向上による心理的問題の是正に向け た運動療法. NRS で 7 程度と著明な改善は認められていなかった。 X + 55 ∼ 62 日には麻痺側上肢に対する意識が向上し,. 問診の結果を踏まえ,本症例の心理的問題の是正のた. ADL 場面で視覚的に確認できる位置におくことが定着. めにはゴルフがしやすくなり,スコアが向上することが. している様子がうかがえた。そして,この時期には非麻. 必要と判断した。そのためには,麻痺側上肢の使用に固. 痺側の膝関節伸展トレーニング時の疲労感が Borg ス. 執せず,ゴルフの際の不安定性や易疲労性の問題を是正. ケールで 11(楽である)となり,負荷強度も 1RM の. していくことが必要と考えた。そこで,体幹・下肢の筋. 60% に 増 加 し, 自 転 車 エ ル ゴ メ ー タ ー の 負 荷 強 度 も. 力の向上,運動耐容能の向上,体幹の可動性の向上を目. 45 watt に増加した。. 的に筋力トレーニングや有酸素運動といった理学療法プ. X+89 日には HSP が“大分楽になってきた”との発. ログラムを実践した。具体的には,体幹に関しては背臥. 言が聞かれ,日中は NRS で 3 程度となり,夜間痛の頻. 位での腹筋強化運動や Hip up 運動を,下肢に関しては. 度は減少し,出現しても NRS で 4 程度となり不眠も改. 膝関節伸展トレーニングを行った。なお,膝関節伸展ト. 善していた。麻痺側上肢の自主運動の習慣はさらに定着. レーニングは,レッグエクステンション/フレクション. し,筋緊張の軽減とともに左肩関節は屈曲 120°,外転. (酒井医療株式会社,compass)を用いて中等度の負荷. 120°,外旋 30°,肘関節の伸展は ‒ 10°と ROM の改善も. (kg)の実施可能回数から推算 1 repetation max(以下,. 認められた。また,PCS(反芻 6 点,無力感 8 点,拡大. 34). ,その 50% の負荷から開始した。. 視 3 点)や HADS(不安 8 点,抑うつ 8 点)ともにカッ. また,有酸素運動は自転車エルゴメーターを用いて,. トオフ値を下回るようになり,破局的思考や不安・抑う. 20 Watt から開始した。なお,筋力トレーニング,自転. つの大幅な改善が認められた。身体パフォーマンスにつ. 車エルゴメーターともに,Borg スケールで 13 程度の負. いて,TUGT は 10.64 秒と改善を認めたものの,最小可. 荷を目安とし,12 や 11 となった際に負荷を漸増するこ. 検変化量の 3.2 秒. ととした。. いても 315 m でほとんど変化を認めなかった。そのた. 1RM)を算出した後. 36). には及ばず,6 分間歩行距離につ. め,麻痺側の膝関節伸展トレーニングの負荷強度を 3.身体活動量のペーシング不良の是正に向けた患者教. ついては 2,000 歩を下回る日はなくなっており,身体活. 育指導 本症例の身体活動量のペーシング不良を是正するた め,歩数管理を進めることとした。先行研究. 1RM の 60% に漸増し,速歩の練習も追加した。歩数に. 35). では,. 動量の自己管理が定着していることがうかがえた。 X+139 ∼ 146 日では歩数が 9,000 歩∼ 10,000 歩以上. 地域在住の脳卒中患者の平均歩数は 6,428 ± 4,117 歩と. となる日が 1 週間近く続き,過活動で疲労感を感じてい. され,7 割以上の地域在住の脳卒中患者が一日あたりお. たことから,身体活動量の制限について指導が必要で. およそ 2,300 歩以上は歩いていると考えられる。そこで,. あった。ただ,HSP は NRS で 1 ∼ 2 と軽減が認められ,. この結果を症例に提示し,少なくとも一日あたり 2,000. 夜間痛で目覚めることはめったになくなった。また,ゴ. 歩以上の歩数を確保するように指導・助言した。なお,. ルフについては“スイングの際に腰から脚がしっかりし. 毎日の歩数に関しては症例自身で購入した万歩計で計測. て,スイングしやすくなった。3 回連続で 110 を切り,. してもらい,メモとして記録するよう指示し,外来時に. 脳卒中発症後,最良スコアである 103 も出た”との発言. はそれを確認するとともに,目標を達成している場合は. が聞かれ,喜んでいる様子であった。. 適宜,賞賛を与えるよう配慮した。. X+179 日の問診では“肩の痛みはなくなった。最近 は,あんまりくよくよ悩まないようになった。ゴルフ以.
(7) 運動療法と教育指導により脳卒中片麻痺後肩関節痛が改善した症例. 195. 肩関節痛 歩数. 麻痺側自動介助運動. 下肢筋トレ ・ 有酸素運動. 日常生活における変化. 図 3 外来開始後 6 ヵ月間の経過 詳細は,本文を参照.. 外にもいろんなことにチャレンジしたいと思う”との発. の行動変容が見られるようになったことから,外来の頻. 言が聞かれた。この時点で HSP は夜間痛も含め消失し,. 度も週 1 回から 2 週間に 1 回に変更した。. 痛みのため夜間に覚醒することはまったく見られなく. X+365 日の評価においても HSP の再発は認めず,心. なった。そして,CSI も 22 点と低値となり,中枢感作. 理面の状態も安定していた。また,麻痺側上肢の ROM. の改善も認められた。片麻痺機能検査においては著変な. や MAL は 6 ヵ月目の評価結果よりさらに改善を認め,. いものの,外来リハビリテーション開始時に比べると. 積極的に上肢を使用している様子がうかがわれた。症例. MAS には改善を認め,ROM の拡大も認められた。身. からも“左手は満足に使えないけれど,使用するように. 体パフォーマンスについては TUGT の改善のみならず,. している。痛みから解放されて本当によかった。なぜあ. 6 分間歩行距離も延長が認められた。ADL 場面におけ. んなに痛かったのか不思議でたまらない”との発言が聞. る上肢の使用状況について,MAL では使用頻度・程度. かれた。歩数は 6 ヵ月目に比べるとばらつきは大きく. ともに向上が認められた。また,ゴルフについては非麻. なっているものの,2,000 歩以上は確保されており,平. 痺側のみで行うことは変わっていないものの,不安定性. 均歩数は向上した。QOL のさらなる向上は認められな. を感じることなくスイングが行え,スコアも向上してい. かったものの,ゴルフのみならず旅行も行うなど,活発. ることから満足度,遂行度も 9 / 10 と大きく向上した。. な生活を送れていることに満足している様子がうかがえ. 身体活動量については,自身で 1 日 2,000 歩以上の歩数. た(表 1) 。. の管理が可能となり,1 週間の平均歩数(平均±標準偏 差)も 5,080.6 ± 1,896.5 歩となり,ばらつきも減少し,. 考 察. ペーシングのコントロールも良好となった。加えて,. 今回,多面的評価を通じて本症例の HSP について病. EQ-5D の結果においても普段の活動,痛み・不快感,. 態解釈を行ったところ,麻痺側上肢の不使用,心理的問. 不安・ふさぎ込みといった項目で改善を認め,QOL が. 題,全身の身体活動量のペーシング不良といった問題点. 向上していることは明らかであった(表 1)。そして,. が抽出された。そこで,麻痺側上肢の不使用の是正や趣. 外出しない日や雨の日でも屋内で足踏み運動をするなど. 味活動の成績向上,身体活動量の調節に着眼した運動療.
(8) 196. 理学療法学 第 47 巻第 2 号. 法や患者教育指導を実践した。その結果,半年間の経過. 相互作用により難治化や重症化するとされているが,脳. の中で HSP は消失し,心理的問題の改善や身体パフォー. 梗塞発症前のように趣味活動に積極的に取り組めるよう. マンスの向上が認められ,趣味であるゴルフの成績も向. になったことは,心理的問題の改善につながり,痛みの. 上し,QOL の向上が図られた。さらに,その後も自主. 増悪との悪循環を断ち切ることにつながったと考えられ. 運動が定着し,自身での身体活動量の調節も可能とな. る。また,身体活動量は外来開始当初は日間でばらつき. り,HSP は再発なく 1 年が経過した。. が大きかったが,HSP が消失した 6 ヵ月頃では 2,000 歩. 当院外来リハビリテーション開始時,本症例は脳梗塞. を下回る日はなくなり,その後もこの習慣を継続できて. による運動麻痺の影響に加え,HSP を伴っていること. いた。これは,症例自身が身体活動量の確保のために運. で麻痺側上肢の使用が極端に少ない状況であり,症例自. 動に意識的に取り組むようになり,行動変容を認めたこ. 身も上肢の使用を避けていたように思われる。つまり,. とを反映しているものと考えられる。これまでに我々. 7). は,慢性疼痛を抱える地域在住高齢者を対象に,運動療. 麻痺側上肢は学習性不使用. の状況にあると考えられ,. ADL 場面での上肢の使用に関する教育指導と自動介助. 法に加えて身体活動量のモニタリングと段階的な増加を. 運動を行った。その結果,外来リハビリテーション開始. 指導することで痛みが改善することを確認しており. 1 ∼ 2 ヵ月頃にかけて,ADL 場面で麻痺側上肢が使用. 本症例においても同様の効果が認められた。一方,神経. しやすくなり,麻痺側上肢に対する意識の向上がうかが. 障害性疼痛モデル動物を用いた実験において,強制的な. われた。また,自動介助運動も並行して進めてきたこと. 運動よりも自主的な運動の方がより高い鎮痛効果を発揮. で,3 ヵ月頃には肩関節 ROM や筋緊張の改善に加え,. することが報告されており. HSP は軽減していた。先行研究においても HSP を認め. 疼痛抑制効果は exercise-induced hypoalgesia(EIH)と. 37). ,. 44). ,このような運動による. を用. 呼ばれている。また,高齢者を対象に定量的感覚検査に. いた自動介助運動により ROM や MAS のみならず HSP. より中枢感作状態や下行性疼痛抑制機能といった疼痛調. の改善が認められることが報告されている。古くから,. 節系について検討した報告では,身体活動量が高いもの. 痛みの発生が筋収縮を惹起し,筋の持続的な収縮が新た. ほど,これらの機能が良好であることが示唆されてい. な痛みを生みだすといった「痛みの悪循環」が知られて. る. る脳卒中患者に対するローラー. 39)40). やロボット. 38). 43). 45). 。以上のような報告を踏まえて考えると,本症例. が,本症例において自動介助運動を進めたこ. において自主的に運動に取り組み,身体活動量が増加し. とで徐々に MAS が軽減してきたことは,この悪循環を. たことは疼痛調節系の働きを正常化し,HSP の軽減に. 断ち切り HSP の改善に好影響をもたらしたものと考え. もつながっていると推察される。. られる。また,これまでに我々は,膝関節炎の惹起後ギ. さらに,当院外来リハビリテーション開始 1 年後の評. プス固定による不活動を施したラットに対して他動運動. 価結果から,HSP は再発することなく経過し,ADL 場. を負荷することで膝関節の圧痛の軽減が早期に得られる. 面での上肢の使用頻度の向上や ROM の改善を認めた。. いる. 41). 。すなわち,関節運動には運動. これは,半年間の介入で HSP が消失することで上肢の. 部の抗炎症作用や痛覚過敏の改善効果があることが明ら. 運動にさらに積極的となったことが影響していると考え. かとなっている。本症例の HSP は視診・触診上,急性. られる。すなわち,HSP の改善により,学習性不使用. 炎症を伴っていなかったが,慢性的な炎症があったこと. から脱却し,上肢の使用頻度が向上することで HSP の. は否定できず,今回の自動介助運動による HSP の軽減. 再発抑止につながるという好循環が形成できたことを反. にもこのようなメカニズムが奏功した可能性が考えられ. 映していると考えられる。. ことを確認している. る。さらに,HSP の緩和に伴い不眠も改善していた。 先行研究においても HSP 患者の肩峰下滑液包へのステ. ま と め. ロイド注射により痛みの軽減が得られることで,睡眠の. 本症例において,多面的評価を行ったうえで,麻痺側. 改善を認めることも報告されていることから,本症例の. 上肢の不使用の改善や趣味活動の成績向上に向けた運動. 不眠の改善も HSP の改善によるところが大きいと考え. 療法に加え,麻痺側上肢の使用や身体活動量のペーシン. 42). 。外来開始 5 ∼ 6 ヵ月では HSP は消失し,夜. グに関する患者教育指導を進めることで,HSP の適切. 間痛によって覚醒することも皆無となった。また,趣味. なマネジメントにつながったものと考えられる。した. 活動のゴルフでは麻痺側上肢の使用に固執せず,体幹・. がって,HSP を呈する症例の中には,慢性疼痛に対す. 下肢筋力や運動耐容能の向上を目指した運動療法を進め. る基本的な介入戦略が有効となるケースも存在すると考. たことで,スイングの安定化や易疲労性が改善し,ゴル. えられ,今後の症例の積み重ねが必要である。. られる. フの成績の向上も認めた。さらには,満足度や遂行度も 大幅に改善しており,本症例の Hope が達成できたもの と考えられた。痛みが長引くと,心理的要因との循環的. 利益相反 本症例報告にあたり,開示すべき利益相反はない。.
(9) 運動療法と教育指導により脳卒中片麻痺後肩関節痛が改善した症例. 文 献 1)McLean DE: Medical complications experienced by a cohort of stroke survivors during inpatient, tertiary-level stroke rehabilitation. Arch Phys Med Rehabil. 2004; 85: 466‒469. 2)Lindgren I, Jonsson AC, et al.: Shoulder pain after stroke: A prospective population based study. Stroke. 2007; 38: 343‒348. 3)Adey-Wakeling Z, Arima H, et al.: Incidence and Associations of Hemiplegic Shoulder Pain Poststroke: Prospective Population-Based Study. Arch Phys Med Rehabil. 2015; 96: 241‒247. 4)Kalichman L, Ratmansky M: Underlying pathology and associated factors of hemiplegic shoulder pain. Am J Phys Med Rehabil. 2011; 90: 768‒780. 5)Adey-Wakeling Z, Liu E, et al.: Hemiplegic Shoulder Pain Reduces Quality of Life After Acute Stroke: A Prospective Population-Based Study. Am J Phys Med Rehabil. 2016; 95: 758‒763. 6)Coskun Benlidayi I, Basaran S: Hemiplegic shoulder pain: a common clinical consequence of stroke. 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