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地域の自然環境の保全とアメリカザリガニとの付き合い方~伊豆沼・内沼での活動から~

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Academic year: 2021

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日本甲殻類学会 Symposium Report

Carcinological Society of Japan

Cancer 27: 149–151 (2018)

シンポジウム報告

地域の自然環境の保全とアメリカザリガニとの付き合い方

~伊豆沼・内沼での活動から~

Conservation of local nature environment and future relationship of red swamp crayfish

Procambarus clarkii: a case from lake Izunuma-Uchinuma in Miyagi Pref.

藤本泰文

1

Yasufumi Fujimoto

はじめに 北米原産の外来生物であるアメリカザリガニ Pro-cambarus clarkiiは,日本の平野部でもっとも一般的 な外来生物の1種である.アメリカザリガニは子供 たちに親しまれている一方,その生態系への影響に ついての普及啓発は不十分で,また,防除にも非常 に大きな労力が掛かる.このようなアメリカザリガ ニに対し,私たちはどのように接し,地域の自然環 境を次世代に残していくべきだろうか. 伊豆沼・内沼におけるアメリカザリガニによる懸念 著者が活動している伊豆沼・内沼は,宮城県北部 に位置する国内最大級の水鳥の越冬地で,ラムサー ル条約登録湿地にも指定されている淡水湖沼であ る.水鳥だけでなく絶滅危惧種のゼニタナゴ Achei-lognathus typusや,アサザNymphoides peltataやガガ

ブタN. indicaなども生息しており,1970年頃から 環境保全活動が行われてきた.干拓や水質汚濁など の影響を受ける中,90年代中頃には,北米原産の 外来魚であるオオクチバスMicropterus salmoidesの 急増により,漁獲量が3分の1に低下し,希少魚を 中心に多くの魚介類が姿を消すなど,沼では生態系 への深刻な影響が生じた(高橋ら,2001). 伊豆沼・内沼では,2004年よりオオクチバスに対 する駆除活動が始まった.市民ボランティアを募っ て行った十数年にわたる駆除活動により,オオクチ バスは数十分の1に減少し,魚類相も回復し始めて きた.また,2009年からは自然再生事業が始まり, 水生植物の復元活動も行われるようになった(藤 本・田村,2013;森ら,2016).沼でアメリカザリ ガニの問題がクローズアップされたのはこの頃から で,自然再生事業で植栽したクロモHydrilla verticil-lata等の水生植物に対するアメリカザリガニの食害 が懸念されたためである.ため池における先行研究 では,池干しによってオオクチバスを駆除した結 果,天敵がいなくなったアメリカザリガニが増加 し,水生植物に影響を及ぼした事例が知られている (Maezono & Miyashita, 2004).実際,伊豆沼・内沼 でも,アメリカザリガニによるクロモへの食害が観 察されていた(Mizuno et al., 2015).したがって,伊 豆沼・内沼で行っているオオクチバスの駆除とクロ モの植栽は両立し難い関係にあると予測していた. カムルチーを用いたアメリカザリガニの抑制 ところが予測に反して,伊豆沼・内沼では,オオ クチバスが駆除活動によって減少し続ける中,アメ リカザリガニの生息密度を示す単位努力量当たりの 捕獲数も年々低下する傾向を示した(芦澤 淳・藤 本 泰 文, 未 発 表 デ ー タ). 同 時 期 に カ ム ル チ ー 1 公益財団法人宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団 〒989–5504 宮城県栗原市若柳字上畑岡敷味17–2 The Miyagi Prefectural Izunuma-Uchinuma

Environmen-tal Foundation 17–2 Shikimi, Wakayanagi, Kurihara, Mi-yagi 989–5504, Japan

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Cancer 27 (2018) 藤本泰文

Channa argusやナマズSilurus asotusといった肉食魚

が増加しており,これらの魚種がアメリカザリガニ を捕食しているのではないかと考えた.そこで,伊 豆沼や沼に接続する池でクロモの植栽を試みたとこ ろ,沼ではアメリカザリガニ等による食害が少な かったが,隣接池では水域が小規模でカムルチーが 生息していなかったためか,クロモはアメリカザリ ガニによる食害を直ぐに受けてしまった.沼と隣接 池は水路で接続しており,池に生息するアメリカザ リガニの防除は,伊豆沼の保全にとっても重要だと 考えた.さまざまな漁具のアメリカザリガニに対す る捕獲効率を隣接池で試験したところ,カニ篭が もっとも効率的であったが(藤本ら,2017),この カニ篭を用いてアメリカザリガニ駆除を別の池で試 みたところ,わずか670 m2の池であってもアメリ カザリガニの根絶は困難であった(芦澤・藤本, 2012).そこで,沼で増えたカムルチーを池に生息 するアメリカザリガニの防除に使うことを考えた. カムルチーを複数の池に数個体ずつ入れた上で,ク ロモやヒツジグサNymphaea tetragona,ジュンサイ Brasenia schreberiを池に植栽したところ,アメリカ ザリガニの食害をこれまでのように受けることな く,順調に生育することを確認した(図1).おそ らくは,カムルチーがアメリカザリガニを捕食した り,アメリカザリガニの採食活動を抑制したりする ことで,水生植物の生育が可能になったのだと考え ている.また,データはとっていないが,モツゴ

Pseudorasbora parvaやヌカエビParatya improvisaな

どの魚介類も数多く確認され,カムルチーの影響は ほとんど感じられなかった.この試験結果から,現 在の自然再生事業では,カムルチーを入れた池で水 生植物を大量に育成し,それらを沼に植栽して水生 植物相の復元を図るプロジェクトを進めている. 漁師の話 しかし基本的には,カムルチーなど野生生物の導 入は慎重に行うべきである.今回,伊豆沼・内沼で 実施したのは,沼に隣接する池への移殖であるこ と,ナマズで同様の成果が得られた事例(林ら, 2012)があったことや,前述の通り,アメリカザリ ガニやカムルチーの基礎的なデータが沼で得られて いた点が主な理由である.また,もう一つの理由と して,自然再生事業の保全目標には障らなかった点 も挙げられる.伊豆沼・内沼自然再生事業では,地 域住民や関連団体が参加した会議の中で,1980年 以前の頃の沼の自然環境を事業目標とすることが決 め ら れ た(環 境 省HP(http://www.env.go.jp/nature/ saisei/law-saisei/izunuma/izunuma0_full.pdf)).この当 時,オオクチバスは沼で稀に捕獲される程度(高 取,1988)でその影響はなく,カムルチーやアメリ カザリガニは生息していたものの,復元目標種と なっているクロモやゼニタナゴは多く生息していた 時期であり,カムルチーの生態系への影響は限定的 だと考えられたからである.実際,今回の試験で水 生植物等が復元した池を,1960年代の沼を知る漁 業者に見せたところ,「そうそう,昔の沼はこんな 感じだったよ,そこの藻(シャジクモChara sp.) にはエビ(ヌカエビ)なんかがたくさん付いてい て,水底まで良く見えて,魚(モツゴ)が泳いでい るのが見えて,底にはツブ(オオタニシ Cipango-paludina japonica)がいて,白い花(ヒツジグサ) が咲いていたんだよなぁ」と,とても感動した様子 で語ってくれた(括弧内は著者補足).これは,オ オクチバスの防除や水生植物等の復元に取り組まな ければ見られなかった光景で,この光景を昔の沼を 知る人に感動して貰えたのは,本当に研究者冥利に つきることであった.昔を知る人間から見ても,過 去のデータを知っている研究者から見ても,豊かだ と感じられる自然を目指すことは自然再生を進める 上で一つの答えではないだろうか. 図1.  カムルチーを入れてアメリカザリガニの抑制を 図った池.ジュンサイやヒツジグサなど沼か ら姿を消した植物種が順調に生育するように なった.

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Cancer 27 (2018) 地域環境の保全とザリガニとの付き合い方 最適解を求め続ける保全活動 伊豆沼・内沼は水面面積が387 haあり,その中で 外来生物防除や希少種の復元活動を進めていくに は,人的・金銭的コストの適正な配分が重要になっ てくる(藤本,2015).アメリカザリガニの防除は 困難であり(苅部・西原,2011),わずかなスタッ フと限られた予算の中では,カムルチーも活用した 現在の活動戦略は伊豆沼・内沼にとって現実的な答 えの一つだと著者は考えている.水域が変われば答 えも変わってくる.防除技術や生態学も,変化ある いは進歩し続けており,各地で環境保全活動に取り 組む人たちは,その中で最適解を求め続ける試みを 今後も続けていくことになると考えている. 謝 辞 本稿は,宮城県による伊豆沼・内沼自然再生事業 ならびに東北地方環境事務所による外来魚防除事業 の支援を受けて得られたデータを用いて執筆した. また,調査では,宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団 の嶋田哲郎氏,芦澤淳氏(現シナイモツゴ郷の会), 森晃氏(現千葉県生物多様性センター),速水裕樹 氏に協力を頂いた.記して感謝を申し上げる. 文 献 芦澤 淳・藤本泰文,2012.ため池におけるアメリカ ザリガニProcambarus clarkii(Girard)のカニ籠等 を用いた個体数抑制と侵入防止.伊豆沼・内沼研 究報告,6: 27–40. 藤本泰文,2015.伊豆沼・内沼自然再生事業の取組― 自然再生に向けた効果的なマネジメントとは何か―. GREEN AGE, 502: 36–39. 藤本泰文・田村将剛,2013. 伊豆沼・内沼における土 壌シードバンクからのジュンサイBrasenia schreberi の再確認. 伊豆沼・内沼研究報告,7: 47–53. 藤本泰文・星 美幸・神宮字 寛,2017.アメリカザ リガニProcambarus clarkiiの防除に有効な漁具の 検討.応用生態工学,20: 1–10. 紀男・尾崎保夫・稲森悠平,2012.沈水植物の繁 茂・定着化におけるナマズ捕食圧を用いたアメリ カザリガニ芽生え食害影響の低減化.日本水処理 生物学会誌,別冊32: 49. 苅部治樹・西原昇吾,2011.アメリカザリガニによる 生態系への影響とその駆除手法.エビ・カニ・ザ リガニ―淡水甲殻類の保全と生物学(川井唯史・ 中田和義編).生物研究社,東京,pp. 315–328. Maezono, Y., & Miyashita, T., 2004. Impact of exotic fish

re-moval on native communities in farm ponds. Ecological Research, 19: 263–267.

Mizuno, K., Abukawa, K., Kashima, T., Asada, A., Fujimoto, Y., & Shimada, T., 2016. Assessing the biological pro-cess of Hydrilla verticillata predation in a eutrophic pond using high-resolution acoustic imaging sonar. Limnology, 17: 13–21. 森 晃・田村将剛・藤本泰文,2016.伊豆沼において 土壌シードバンクから出現した絶滅危惧種ムサシ モ(Najas ancistrocarpa,イバラモ科).伊豆沼・ 内沼研究報告,10: 1–7. 高橋清孝・小野寺毅・熊谷 明,2001.伊豆沼・内沼 におけるオオクチバスの出現と定置網魚類組成の 変化.宮城県水産研究報告,1: 111–119. 高取知男,1988.伊豆沼・内沼の魚類.伊豆沼・内沼 環境保全学術調査報告書(伊豆沼・内沼環境保全 学術調査委員会編).宮城県保健環境部環境保全 課,仙台,pp. 303–313.

参照

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