はじめに 我が国では,がんの治療を終えた,あるいは治療を受けつつ あるがん生存者は,2015 年には 500 万人を超えると予測され ており,がんが“不治の病”であった時代から“がんと共存” する時代になりつつある。 患者にとっては,がん自体に対する不安は当然大きいが,が んの直接的影響や手術・化学療法・放射線治療などによる身体 障害に対する不安も同じくらい大きい。しかし,これまで,が んそのもの,あるいはその治療過程において受けた身体的・心 理的なダメージに対しては,積極的に対応されることが少な かった。医療に対する消費者意識が高まりつつある中で,がん 自体に対する予防や治療だけでなく,症状緩和や心理・身体面 のケアから療養支援,復職などのサバイバーシップに関しても 関心が向けられはじめており,“がんと共存する時代”の新し い医療のあり方が求められている。 がん医療におけるリハビリテーションの役割 がん患者ではがんの進行もしくはその治療の過程で,認知障 害,嚥下障害,発声障害,運動麻痺,筋力低下,拘縮,しびれ や神経因性疼痛,四肢長管骨や脊椎の病的骨折,上下肢の浮腫 など様々な機能障害が生じ,それらの障害によって移乗動作や 歩行,日常生活動作(以下,ADL)に制限を生じ,QOL の低 下をきたしてしまう。原発巣・治療目的別に,がん患者に生じ る障害を表 1 に示した1)。がんリハビリテーションでは,これ らの問題に対して二次的障害を予防し,機能や生活能力の維 持・改善を図る。 リハビリテーションの内容は病期によって,予防的,回復的, 維持的および緩和的リハビリ(緩和ケア主体の時期)の大きく 4 つの段階に分けられる(図 1)2)3)。周術期や治癒をめざした 化学療法・放射線療法から進行がん・末期がん患者へのリハビ リテーションまで,いずれの段階においてもリハビリテーショ ンの介入は必要である。 がん患者のリハビリテーションに関連したニーズはさらに 広がりつつある。腫瘍の存在する解剖学的部位の障害や治療 の副作用・後遺症に対する対応とともに,近年ではがん患者 のサポーティブケアの一環として,がん関連倦怠感(Cancer related fatigue:以下,CRF),がん性疼痛,悪液質(Cachexia), 社会的支援体制(医療・福祉行政)のようながん患者に影響を 及ぼす幅広い問題に対しても焦点があたりつつある。 がんリハビリテーションの歴史 1.米国の動向 米国のがん医療において,医学的リハビリテーションの必 要性が広く認識され,がんのリハビリテーションの体系化が 進められたのは,1970 年代である。1971 年にがん対策のため の国家事業である National cancer act が制定され,米国 NCI (National Cancer Institute)によるプロジェクトがはじまった。
がんを専門的に扱う理学療法士,作業療法士および言語療法士 が養成され,米国内の主要な大学やがんセンターでは乳癌術後 (reach to recovery)や喉頭摘出後(losts Cords)のプログラ ムのように,特定の機能障害に対応したリハビリテーションプ ログラムが実施されるようになり,リハビリテーションを必要 とする患者のスクリーニング体制,がん治療チームへのリハビ リテーション専門医の介入も徐々に広まった4)。
米国テキサス州ヒューストンにある米国有数の高度がん専門 医療機関である MD Andnderson Cancer Center(MDACC) では,60 年代からリハビリテーション科専門医を中心にがん のリハビリテーションの取り組みを開始され,現在では,緩和 ケアとリハビリ部門が治療の柱のひとつとして位置づけられ, 5 名のリハビリ科専門医と約 80 名の理学療法士,作業療法士 および言語聴覚士が在籍,リハビリ科入院患者と他科依頼患者 への対応,外来診療および電気診断学的検査が実施されてい る4)。 2.日本の動向 我が国では,がんそのもの,あるいは治療過程による身体障 害に積極的な対応がされてこなかった。リハビリテーション医 学やがん医療に関する教科書には最近まで,がんリハビリテー ションに関する記述は限られたものしかなかった。また,リハ ビリテーション専門職の養成校においても,がんリハビリテー ションに関する系統講義や実習は十分に行われていないのが現 状である5)。
がんリハビリテーション最前線
*
哲 也
1)2)大会テーマ
*The Front Line of Cancer Rehabilitation 1) 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室 (〒 160‒8582 東京都新宿区信濃町 35)
Tetsuya Tsuji, MD, PhD: Department of Rehabilitation Medicine, Keio University School of Medicine
2) 慶應義塾大学医学部腫瘍センターリハビリテーション部門 Unit of Rehabilitation Medicine, Cancer Center, Keio University
School of Medicine
表 1-1 リハビリテーションの対象となる障害の種類(がんそのものによる障害) (文献 1 から引用,一部改変) 1)がんの直接的影響 骨転移(長幹骨・脊椎) 骨転移をきたしやすい原発巣は乳癌,肺癌,前立腺癌,腎癌などである。好発部位は脊椎,骨盤骨, 大 骨,肋骨,頭蓋骨であるが,上肢にも生じる。骨転移の症状は転移骨の疼痛や圧迫骨折に伴う神 経症状などである。長管骨では突然の病的骨折で発症することもある。 脳腫瘍(転移) 頭蓋内に腫瘍があることによる頭蓋内圧亢進症状(頭痛,嘔気など)と腫瘍が発育あるいは圧迫した 部位の脳局所症状(片麻痺,失調症,失語症など高次脳機能障害,脳神経麻痺など)を呈する。 脊髄・脊椎腫瘍(転移) 脊髄転移は,肺癌,乳癌,前立腺癌できたしやすく,多くは硬膜外からの進展である。好発部位は胸 椎 70%,頸椎 10%,腰椎・仙骨 20%程度である。腫瘍による脊髄の圧排,脊椎転移による脊椎の不 安定性により,四肢麻痺,対麻痺,神経因性膀胱,疼痛を生じる。 腫瘍の直接浸潤 消化管の癌などの腹膜播種による多発神経根症,肺癌や乳癌などの腋窩リンパ節転移に伴う腕神経叢 麻痺,第 8 頸髄,第 1 胸髄神経の浸潤による Pancoast 症候群などを生じる。消化器癌や婦人科癌な ど腹部癌の直接浸潤によって腰仙部神経叢麻痺をきたすこともある。 疼痛 安静時・運動時の疼痛はがんのリハビリにおける大きな阻害因子であり,訓練を行ううえで疼痛コン トロールがうまくなされているかどうかは非常に大きな問題である。 2)がんの間接的影響(遠隔効果) 癌性末梢神経炎 原発巣によって生じる末梢神経炎の種類(運動性・感覚性・混合性)は多彩である。感覚障害(異常 感覚,感覚低下)や運動障害(下垂足などの運動麻痺)を生じる。
悪性腫瘍随伴症候群 亜急性小脳変性症(Paraneoplastic subacute cerebellar degeneration: PSCD),末梢神経炎,筋炎, 神経筋接合部疾患が含まれる小脳変性症に付随した失調症は,肺癌,乳癌,卵巣癌でみられることが ある。Shy-Drager 症候群は肺癌(小細胞癌)で認める。近位筋の筋力低下(ミオパチー)は,炎症 性筋炎(皮膚筋炎),カルチノイド筋炎,ステロイド筋炎,悪液質による筋力低下などによる。皮膚 筋炎患者では高率に悪性腫瘍を合併する。重症筋無力症は胸腺腫に合併し,筋無力症候群(Lambert-Eaton 症候群)は肺癌(小細胞癌)で生じる。 哲也:がんのリハビリテーションマニュアル,p. 25,医学書院,2011 より改変. 表 1-2 リハビリテーションの対象となる障害の種類(治療の過程において生じうる障害) (文献 1 から引用,一部改変) 1)全身性の機能低下,廃用症候群 化学・放射線療法,造 血幹細胞移植 化学・放射線療法や造血幹細胞移植の治療中や治療後の患者では治療に伴う副作用や合併症および骨 髄抑制による隔離により,ベッド上安静による不動の状態となる機会が多く,いわゆる廃用症候群に 陥りやすい。造血幹細胞移植後には移植片対宿主病(GVHD: graft-versus-host disease)も問題となる。 2)手術 骨・軟部腫瘍術後 患肢温存術や四肢切断術などの術後には,運動障害や ADL 障害を生じるので,術後の後療法として 歩行訓練や義手・義足などのリハビリを要する。 乳癌術後 胸壁や腋窩の切開部の疼痛と肩の運動障害を認め,肋間神経を切除された場合には上腕後面∼側胸部 のしびれ感,感覚障害も出現する。腋窩リンパ節郭清が施行された患者では,腋窩部の痛みやひきつ れ感による肩の挙上困難が生じる。 乳癌・子宮癌・卵巣癌 術後リンパ浮腫 腋窩リンパ節郭清術後には,術側上肢リンパ浮腫,骨盤内リンパ節郭清術後には片側もしくは両側下 肢リンパ浮腫を生じる。治療せず放置すると,徐々に悪化し,見栄えだけでなく,上肢巧緻性の障害 や歩行障害を生じ,ADL に支障をきたす。 頭頸部癌術後 舌癌をはじめとする口腔癌の術後には,舌の運動障害のため,口腔期の嚥下障害および構音障害を認 める。癌が中咽頭に及ぶと,咽頭期の嚥下障害を生じる。また,喉頭癌による喉頭摘出術後には発声 が困難となり代用音声(電気喉頭・食道発声など)を要する。 頸部リンパ節郭清術後 全頸部郭清術により胸鎖乳突筋,副神経が合併切除されると僧帽筋が麻痺し,肩関節の屈曲・外転障 害・翼状肩甲をきたす。症状として上肢の挙上障害,頸・肩甲帯のしめつけ感を伴う疼痛,肩こりを 生じる。保存的・選択的頸部郭清術でも術中操作などにより,副神経の完全もしくは不全麻痺が生じ る可能性がある。
開胸・開腹術後 術後には,患者の不動化により生じる下側(荷重側)肺障害(DLD: dependent lung disease)や開胸・ 開腹術の手術侵襲による術後の呼吸器合併症の軽減には,周術期の予防的なリハビリ介入が効果的で ある。 3)化学療法・放射線療法の副作用 化学療法 抗癌剤の種類によって生じる末梢神経炎の種類(運動性・感覚性・混合性)は多彩である。感覚障害 (異常感覚,感覚低下)や運動障害(下垂足などの運動麻痺)を生じる。 放射線療法 晩期反応として,神経系(脳・脊髄・末梢神経),皮膚,骨など様々な臓器に不可逆性の障害を生じる。 哲也:がんのリハビリテーションマニュアル,p. 26,医学書院,2011 より改変.
2006(平成 18)年に制定された「がん対策基本法」では, 基本的施策として,がん患者の療養生活の質の維持向上,すな わち,病状やがんの進行度に合わせてその時点で最善の治療や ケアを受ける権利が患者にあるということが謳われているが, 現実には,“がん難民”という言葉に代表されるように,診療 科や病院によって治療法が異なったり,治療成績に差があった りすることが日常的に起こっている。治癒をめざした治療から QOL を重視したケアまで,切れ目のない支援をするといった 点で,今の日本のがん診療はいまだ不十分であるといえる9)。 身体機能評価
1.ECOG Performance Status Scale(以下,PS)(表 2) ECOG(Eastern Cooperative Oncology Group, USA)の PS6) は,おもに化学療法など積極的治療期における全身状態の評価 のために,我が国のがん医療の現場で一般的に用いられてい る。生存期間の予測因子としても有用である。評定尺度は 5 段 階で,がん患者の全身状態を簡便に採点できる。しかし,病的 骨折や運動麻痺などの機能障害のために活動性が制限されてい る場合には,たとえ全身状態が良好であっても低いグレードに なってしまい,必ずしも全身状態を示すことにはならないこと に注意が必要である。
2.Karnofsy Performance Scale(以下,KPS)
1948 年にはじめて報告された評価法であるが,現在でも ECOG と並んで世界的に広く用いられている7)。11 段階で採 点を行うため,PS よりも詳細な評価が可能である。
3.Palliative Performance Scale(PPS)
KPS の問題点を考慮し,現状の医療状況と矛盾しないよう に KPS を修正したものである8)。小項目として,移動・活動 性・セルフケア・食物摂取・意識状態を各々評価し,KPS と 同様に 11 段階で採点する。
図 1 がんリハビリテーション 4 つの段階(文献 2,3 を参考に作図)
表 2 ECOG の Performance Status Scale(PS)(文献 6 から引用)
Score 定義 0 まったく問題なく活動できる。 発病前と同じ日常生活が制限なく行える。 1 肉体的に激しい活動は制限されるが,歩行可能で,軽作業や座っての作業は行うことができる。 例:軽い家事,事務作業 2 歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない。 日中の 50%以上はベッド外で過ごす。 3 限られた自分の身の回りのことしかできない。日中の 50%以上をベッドか椅子で過ごす。 4 まったく動けない。 自分の身の回りのことはまったくできない。 完全にベッドか椅子で過ごす。
4.Cancer Fnctional Assessment Set(以下,cFAS)(表 3) がん患者の機能障害に焦点をあて,関節可動域,筋力,感覚 機能,バランス,最大動作能力,活動性の各領域を 4 段階もし くは 6 段階で評価する。がん患者の身体機能の障害の程度を包 括的に評価可能であり,リハビリプログラムの作成やリハビリ 効果の判定に役立つ。信頼性・妥当性・反応性の検証がなされ ている9)。 がんリハビリテーションの進め方 がん患者においては,がんの告知の問題,原疾患の進行に伴 う機能障害の増悪,二次的障害,生命予後,精神心理面には特 別の配慮が必要である。治療のスケジュールを把握し,治療に 伴う安静度や容態の変化をある程度予測しつつ,生命予後や QOL の観点から患者の状態に見合ったリハビリテーションプ ログラムを作成する。 がん専門病院ではリハビリと平行してがんに対する治療が行 われる。治療に伴う様々な副作用でリハビリが中断することも しばしばみられるので,臨機応変な対応が必要である。リハビ リ専門職は,治療担当科の医師,病棟スタッフとカンファレン ス(キャンサーボード)などを通じて,緊密にコミュニケー ションをとっていくことが求められる。 一方,自宅療養中の場合には地域の医療・福祉スタッフと連 携をとり,原病の進行や治療の内容,リハビリを行ううえでの リスクなどについて十分な情報共有を行い,患者の病状の変化 に対応する必要がある。 1.周術期 周術期リハビリの目的は,術前および術後早期からの介入に より,術後の合併症を予防し,後遺症を最小限にして,スムー ズな術後の回復を図ることである10)。術後に合併症やなんら かの障害が生じてからリハビリが開始されることが一般的であ るが,がんリハビリテーションにおいては,リハビリチームの
表 3 cFAS(Cancer Functional Assessment Set)(文献 9 より引用,一部改変)
最大動作能力 起き上がり 機能的自立度 0:全介助∼最大介助 1:中等介助 2:軽介助 3:見守り 4:補装具を要する 5:自 立 0 1 2 3 4 5 立ち上がり 0 1 2 3 4 5 移 乗 0 1 2 3 4 5 50 m 歩行 0 1 2 3 4 5 階段昇降 0 1 2 3 4 5 筋 力 上 肢 握 力 右 0 1 2 3 4 5 左 0 1 2 3 4 5 体 幹 座位からの起き上がり 0 1 2 3 下 肢 股関節屈曲(MMT) 右 0 1 2 3 4 5 左 0 1 2 3 4 5 膝関節伸展(MMT) 右 0 1 2 3 4 5 左 0 1 2 3 4 5 足関節背屈(MMT) 右 0 1 2 3 4 5 左 0 1 2 3 4 5 バランス 立 位 開眼片脚立位 右 0 1 2 3 4 5 左 0 1 2 3 4 5 閉眼閉脚立位 0 1 2 3 関節可動域 肩関節 他動的外転 右 0 1 2 3 左 0 1 2 3 足関節 他動的背屈 右 0 1 2 3 左 0 1 2 3 感 覚 上 肢 0:重 度 1:中等度の障害 2:軽度の障害 3:正 常 0 1 2 3 下 肢 0 1 2 3 活動性 おもな活動範囲 0:ベッド上 1:自室内 2:病棟内・屋内 3:院内・屋外 0 1 2 3 合 計 102 点
術前や術後早期からの積極的なかかわりが望まれる。 術前の患者は手術とともに術後の障害の種類・程度,日常生 活や社会復帰についても不安を抱いていることが多いので,術 前にリハビリの立場から説明することによりその不安を取り除 くことができる。術前に患者と担当療法士が面識をもち,術後 のリハビリの進め方や必要性を説明したり,術後のリハビリの 方法を前もって指導しておくことは,術後のリハビリを高い意 欲をもってスムーズに進めるうえでも有益である。 2.放射線や化学療法中・後 放射線や化学療法中・後のがん患者では,体力(全身性の筋 力や心肺機能)の低下が多くみられる11)。その原因としては, 治療による様々な有害事象や疼痛,睡眠障害や精神心理的要因 により引き起こされる CRF が身体活動を制限し,二次的に体 力低下が生じていることが多い。 この時期には悪液質も問題となってくる。悪液質は,体重お よび筋肉量の減少によって定義される複合的疾患であり,一般 的な栄養サポートによって回復困難で,機能障害が徐々に進行 していく12)。悪液質の特徴は,脂肪組織のみならず骨格筋の 多大な喪失を呈することである。一方,飢餓状態では脂肪組織 の減少が主であり,骨格筋の大きな喪失を伴わないことと対照 的である。すなわち,がん悪液質は単なる栄養学的異常ではな く,代謝,免疫,神経化学的異常によって引き起こされる病態 である。腫瘍産生因子である proteolysis- inducing factor(PIF) や腫瘍壊死因子(Tumor necrosis factor;TNF)が,筋線維 の分解を行うユビキチン−プロテアソーム系を活性化し筋蛋 白・筋線維の分解を促進,その結果,骨格筋は萎縮し筋力の低 下を引き起こし,歩行能力や起居動作能力が低下し,体力も低 下し,さらに筋萎縮や筋力低下が進行するという悪循環に陥っ てしまう。 がん患者における身体機能の低下は,治療法の選択・生命予 後・活動能力・QOL にかかわる重要な課題である。放射線や 化学療法中・後の運動療法(有酸素運動や抵抗運動)を定期的 に行うことで,心肺系・筋骨格系機能の改善だけでなく,CRF の改善,精神心理面への効果も報告されている13)。身体機能 の改善が疲労感の減少につながり,ADL が改善し生活が自立 することで自尊心が向上,活動範囲が拡大し社会的交流が増 え,QOL の向上につながる。 3.緩和ケア主体の時期 緩和ケア主体の時期におけるリハビリの目的は,「余命の長 さにかかわらず,患者とその家族の希望・要望(Demands)を 十分に把握したうえで,その時期におけるできる限り可能な最 高の ADL を実現すること」である。一般的に,医療において は医療者側のニーズ(needs)が優先されがちであるが,現病 に対する治療が困難で余命の限られた状況においては,患者・ 家族の希望・要望(Demands)をしっかり受け止めて,その 解決策をチームで検討すべきである。 生命予後が月単位と推定される場合には,潜在的な能力が生 かされず,能力以下の ADL となっていることが多い。この時 期には機能の回復は難しいが,リハビリの介入により,動作の コツや適切な補装具を利用し,痛みや筋力低下をカバーする方 法を指導するなどして,残存する能力をうまく活用して ADL 拡大を図る。持久力に乏しい体力消耗状態の患者では,短時間 で低負荷の訓練を頻回に行うようにする。 一方,生命予後が週・日単位と推定される場合には,症状緩 和や精神心理面のサポートが主体となる。すなわち,楽に休め るように,疼痛,呼吸困難感,疲労などの症状の緩和や「治 療がまだ続けられている」という心理支持的な援助も含まれ る14)。 がんリハビリテーションの注意点 表 4 はがん患者が安全にリハビリを行えるかどうかの目安で ある15)。これらの所見をすべて満たしていなくとも,必要な場 合にはリハビリテーションが継続されるが,リハビリ処方の際 に運動負荷量や運動の種類の詳細な指示や注意事項を明記する と同時に,訓練時の全身状態の観察を注意深く行う必要がある。 1.がん告知 告知の有無は,医師がリハビリ処方をだす際に明記し,リハ ビリテーション専門職に周知徹底することが必要である。たと えば,原発巣である乳癌は告知されていても,骨転移や脳転移 については告知をされていないこともあるので,患者・家族へ の説明の内容についても注意を払う必要がある。 2.精神障害 がん患者では精神心理的問題を抱えていることが多い。頻度 の高いものとして,適応障害,うつ病,せん妄が挙げられる。 表 4 がん患者におけるリハビリテーションの中止基準(文献 15 から引用,一部改変) 1.血液所見:ヘモグロビン 7.5 g/dl 以下,血小板 50,000/µl 以下,白血球 3,000/µ以下 2. 骨皮質の 50%以上の浸潤,骨中心部に向かう骨びらん,大 骨の 3 cm 以上の病変などを 有する長管骨の転移所見 3.有腔内臓,血管,脊髄の圧迫 4.疼痛,呼吸困難,運動制限を伴う胸膜,心嚢,腹膜,後腹膜への浸出液貯留 5.中枢神経系の機能低下,意識障害,頭蓋内圧亢進 6.低・高カリウム血症,低ナトリウム血症,低・高カルシウム血症 7.起立性低血圧,160/100 mmHg 以上の高血圧 8.110/ 分以上の頻脈,心室性不整脈
適応障害では,リハビリが治療的アプローチ(支持的精神療法) となるが,逆に不安や焦燥感が表出される場合もあるので注意 して対応を行う16)。一方,うつ病やせん妄に関しては治療が 優先される。 がん医療にかかわるリハビリテーション専門職は,患者との コミュニケーションスキルに関する研修を受けるなどして,不 安を抱えるがん患者への接し方に習熟することが求められる。 3.骨髄抑制 化学療法中や放射線治療中は骨髄抑制に注意を払う。好中 球 500/µl 以下の場合は感染のリスクが高く,感染予防の対策 が必要となる。ヘモグロビン量 10 g/dl 未満に減少している場 合には,運動時の貧血症状に留意する。血小板 20,000/µl 未満 では治療担当科医師からの許可の下,必要最低限の注意深い運 動,歩行,ADL 動作に留める17)。 4.血栓・塞栓症 進行したがん患者では凝固・線溶系の異常をきたしてい る場合が多く,長期の安静臥床もあいまって血栓・塞栓症 を生じるリスクが高い。下肢の深部静脈血栓(Deep venous thrombosis:以下,DVT)の臨床症候は,局所浮腫,発赤, 腓腹部の疼痛,熱感,Homans 兆候(腓腹部の把握痛,足関 節の他動的背屈により腓腹部に痛みが出現)である。DVT に より生じた血栓が肺動脈につまり閉塞すると,肺血栓塞栓症 (pulmonary thromboembolism:PTE)を生じ,完全に閉塞す ると肺組織の壊死が起こり肺梗塞をきたす。突然のショック症 状で発症する場合も多く注意を要する。DVT が発見されれば, 抗凝固療法を開始,リスクが高い場合には下大静脈フィルター を挿入し肺塞栓症の予防に努める。下肢のマッサージは禁忌と なる。 5.骨転移 骨転移は脊椎,骨盤や大 骨,上腕骨近位部に好発し,初発 症状として罹患部位の疼痛を生じる。初期に病変をみつけ対処 しないと,長幹骨の病的骨折や脊髄圧迫症状による対麻痺や四 肢麻痺,膀胱直腸障害を生じてしまう。 リハビリの目的は補装具の適応評価とともに,疼痛の軽減や 病的骨折を避けるための基本動作・歩行訓練および ADL 訓練 を行うことである。長幹骨や骨盤の病変であれば松葉杖や歩行 器などによる免荷歩行を指導し,頸椎,上位胸椎病変には頸椎 装具,下位胸椎から腰椎の病変には胸腰椎コルセットの装着を 検討する。適切な対応をすれば歩行や ADL 向上の可能性の高 い患者が安静臥床を強いられたり,病的骨折のリスクの高い患 者や切迫骨折患者に免荷を指導せずそのまま放置したりするこ とは避けるべきである。 リハビリに際しては全身の骨転移の有無,病的骨折や神経障 害の程度を評価,骨折のリスクを認識し,原発巣治療科医,腫 瘍専門整形外科医,放射線治療医などと情報交換を行い,訓練 プログラムを組み立てる必要がある18)。骨転移カンファレン ス(骨転移キャンサーボード)の定期的な開催は,骨転移患者 の治療方針とリハビリの方向性を決定するうえで有用である。 6.胸水・腹水 癌性胸膜炎によって胸水が貯留している患者では,動作に よって動脈血酸素飽和度が下がりやすいので,パルスオキシ メーターで動脈血酸素飽和度を随時チェックする必要がある。 できるだけ少ないエネルギーで動作を遂行できるよう指導する ことやベッド上の体位を工夫したり,環境を整えたりすること も有効である。 また,四肢に浮腫がみられる患者で胸水や腹水が貯留してい る場合には,圧迫やドレナージによって,急激に静脈潅流量が 増加すると,胸水や腹水が増悪することがあり注意が必要であ る。呼吸困難感や腹部膨満感といった自覚症状の悪化,動脈血 酸素飽和度の低下などに注意しながら対処していく。特に,尿 量が少ない場合には慎重な対応が求められる。 がんリハビリテーション最前線 がんリハビリテーションの領域を発展させていくためには, 研究(Research)を推進し,それに裏づけされたガイドライ ン(Guideline)を作成,そして,そのガイドラインに基づい た臨床研修(Training)を実施し,専門的スタッフの人材育 成することで医療の質を担保し,そのうえで医療を実践する (Practice)ことが必要である。 1.研究・ガイドライン 研究面に関しては,70 年代から 80 年代に行われた臨床経験 例の後ろ向き研究から一歩進んで,ランダム化比較試験,メタ 分析,系統的レビューが国際的な英文誌に数多く報告されつつ あるが,原発巣別やリハビリの介入方法による差は依然存在す る。我が国においても,関連学会でのがんリハビリに関する発 表は年々増加傾向で,学術雑誌での原著論文や特集記事も増加 しつつある。 ガイドラインに関しては,世界的にみてもごく限定されたも のしかないのが現状である。がんリハに関する包括的なガイド ラインとして,American Cancer Society(ACS)は 2003 年に がん患者の栄養と身体活動に関するガイドラインを発表,2006 年 に 改 訂 さ れ た19)。2010 年 に American College of Sports Medicine(ACSM)から発表されたガイドライン20)では,全 身持久力改善を目的とした有酸素運動とレジスタンストレーニ ングに関して,原発巣(乳がん,婦人科がん,前立腺がん,大 腸がん,血液悪性腫瘍,造血幹細胞移植)別に病期や治療介入 (放射線・化学療法)別に提言がされている。一方,進行がん・ 末期がんでは,米国国立衛生局(AAPCR)21)や厚生労働科学 研究補助金がん臨床研究事業の研究班22)においてリハビリの 有効性が示されているがエビデンスレベルとしてはまだ低い。 リンパ浮腫については lymphoedema Framework(日本を含 む国際共同研究チーム)のガイドライン23)やリンパ浮腫ガイ ドライン24)がある。 我が国においては,「がんのリハビリテーションガイドライ ン作成のためのシステム構築に関する研究(平成 22 ∼ 24 年度 第 3 次対がん総合戦略研究事業,主任研究者: 哲也)」が, 日本リハビリテーション医学会診療ガイドライン委員会がんの リハビリテーションガイドライン策定委員会と協働して取り組
み,平成 25 年 4 月にがんのリハビリテーションガイドライン (金原出版)が公開された13)。がんリハに関する臨床上の問題 が,総論・評価および原発巣・治療目的・病期別に 8 領域に分 けられている。各章の推奨グレード分布を表 3 に示した。クリ ニカルクエスチョン 61 のうちグレード B 以上が 51(83.6%) あり,エビデンスの高い臨床研究が多数存在することが実証さ れた。本ガイドラインに準拠したベストプラクティスも 2015 年 1 月に刊行された25)。 2.人材育成 2007 年度に厚生労働省委託事業として,がんのリハビリテー ション研修ワークショップ CAREER(Cancer Rehabilitation Educational program for Rehabilitation teams)がはじまった。 主催・実施は財団法人ライフプランニングセンター(理事長: 日野原重明),研修プログラムの立案・講師選定などの実施協 力は厚生労働省委託事業がんのリハビリテーション研修運営委 員会(委員長: 哲也)が担う。委員会は,がんリハ関連の 学協会(日本リハビリテーション医学会,日本がん看護学会, 日本リハビリテーション看護学会,日本理学療法士協会,日本 作業療法士協会,日本言語聴覚士協会)から推薦された委員か ら構成される。CAREER は 2 日間のプログラムでグループワー ク,事例検討,実演,レクチャーから構成され,各施設から 4 名グループ(医師 1 名・看護師 1 名・リハ療法士 2 名)での参 加が受講条件である26)。2010 年度に診療報酬改定で後述の「が ん患者リハビリテーション料」が新設され,本研修に準じた研 修の受講歴が算定要件となり,研修会受講希望者が著しく増加 したことから,2013 年度から CAREER を開催するための企画 者の育成を目的に,がんのリハビリテーション企画者研修が開 始され,各地方で研修会が開催されるようになってきた。なお, 厚生労働省委託事業は 2013 年度で終了となったが,2014 年度 からは厚生労働省後援のかたちで事業は継続されている。 一方,文部科学省による「がんプロフェッショナル養成プラ ン」は,大学の教育の活性化を促進し,今後のがん医療を担う 医療人の養成推進を図ることを目的として,2007 年度に開始 された。がんリハにかかわる専門職種の養成コースとして現在 開講されているのは,慶應義塾大学医学研究科,京都大学医学 研究科,神戸大学医学部医学科,等である。 3.医療の実践(医療・福祉行政) 医療の実践においては,2010 年度の診療報酬改定で前述の 「がん患者リハビリテーション料(1 単位 200 点)」が新規で算 定可能となった(表 2)27)。本算定では,疾患(=がん)を横 断的にみすえて障害に焦点があてられており,さらには治療後 を見越して障害発生前からリハビリ介入を行うことができる点 で画期的である。また,がん医療の中でリハビリに焦点をあて る突破口になったという意味でも意義は大きい。治療の質を担 保するために,医療関係団体等が主催するがん患者のリハビリ テーションにかかわる適切な研修を受講することが算定要件と なっている。適切な研修とは,前述の一般財団法人ライフ・プ ランニング・センターが主催する「がんのリハビリテーション 研修」,一般財団法人ライフ・プランニング・センターが主催 する「がんのリハビリテーション」企画者研修修了者が主催す る研修,または公益社団法人日本理学療法士協会が主催する 「がんのリハビリテーション研修会」が挙げられている。 また,リンパ浮腫に関しては,がんの手術に際しリンパ浮腫 を防止するための指導に関して,リンパ浮腫管理指導料(100 点)が入院時と外来時に 1 回ずつ算定可能となった。リンパ浮 腫の重篤化予防のための弾性着衣に関しては,年間 2 回(計 4 セット)まで医療保険の適応(療養費払い)となった。 介護保険においては,末期がんが特定疾病として認められて いる。 一方では,がん患者リハビリテーション料は入院患者に限定 されていることや周術期呼吸リハに使用されるインセンティブ スパイロメーター(呼吸訓練器)の扱い(医療保険の適応な し),リンパ浮腫治療(診療報酬の算定なし),緩和ケア病棟に おけるリハ(緩和ケア病棟入院料による包括医療のためリハ料 の算定不可)など課題も残っている。 今後の課題 ─ 10 年後を見据えて 2012 年度から開始された第 2 期のがん対策基本計画の骨子 では,がんリハビリテーションが個別目標として掲げられてお り,現状と今後の課題として,「がん患者は病状の進行により, 日常生活に次第に障害をきたし,著しく生活の質は悪化すると いうことがしばしば見られ,がん患者のリハを充実する必要が ある」とされ,めざすべき方向は,「がん患者の療養生活の質 の維持向上を目的として,運動機能の改善や生活機能の低下予 防に資するよう,がん患者に対するリハビリ等に積極的に取り 組んでいく」とされている。 我が国におけるがんリハはこの 10 年で大きく発展してきた。 がん生存者が 500 万人を超える時期は,少なくともこれからあ と 10 年は続くと推測される状況の中,がんセンターに代表さ れる高度がん専門医療機関や都道府県単位のがん診療連携拠点 病院のみならず,地域医療においても,がん予防から終末期ま で様々な病期におけるがんの患者に対するリハのニーズはさ らに高まっていくことが予想される28)。全国でばらつきなく, 高い質のがんリハビリテーション医療を提供するためには,市 民への啓発活動,患者会との協力体制,リハビリテーション関 連の学術団体が中心となった普及活動・臨床研究発展のための 取り組み,リハビリテーション専門職の養成校の教育体制の充 実,がん診療連携拠点病院を中心としたリハビリテーションス タッフ間の交流,がんリハビリテーション研修会の拡充,等が 早急な課題である。 また,がん医療が外来シフトしていく中での外来診療におけ るサポーティブケアの拡充,小児がん患者対策,がんサバイ バーの社会復帰に向けた支援,進行がん・末期がん患者の在宅 ケアもこれからの重要な課題である。 これからの 10 年に向けて,がん医療においてリハビリテー ションの果たしうる役割は大きい。理学療法においても,がん リハビリテーション分野に関する取り組みをさらに進めていく ことが期待されている。
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