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雑誌名 関西学院大学心理科学実践

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(1)

把持形態と勝負場面にこだわりのあるASD児に対す る箸使用の指導

著者 岩城 夢由菜, 米山 直樹

雑誌名 関西学院大学心理科学実践

巻 3

ページ 7‑15

発行年 2022‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10236/00030237

(2)

1.はじめに

発達障害児および知的障害児における身辺自立の獲得 の遅れや難しさに対し,様々な指導や研究が行われてき た。食行動に関しては,食に関する指導の手引き(文部 科学省,2008, pp.133)の初版より「障害のある児童生 徒が,将来自立し,社会生活する基盤として望ましい食 習慣を身につけ,自分の健康を自己管理する力や食物の 安全性等を自ら判断する力を身につけることは極めて重 要」であると指摘されている。さらに,特別支援学校に おける食に関する指導の計画(文部科学省,2019)にお いては,発達段階が常時援助を必要とする者に対しては スプーンで食べること,一人で行える場合でも補助や指 示を必要とする者に関しては箸を使って食べることが指 導内容として挙げられている。

箸の把持形態について調査を行った先行研究では,養 護学校や発達障害のある児童の在籍するクラスでは食具 の扱いに不器用さがある児童が多いことが示されている

(藤井,2006;田部・高橋,2017)。

中でも,立屋敷他(2005)は,適切な把持形態が箸の 合理的な操作を促すことから,箸を繰り返し操作する経 験によって運動学習が成立し,次第に適切な把持形態に 変化していくと推定している。一方,個性的な把持形態 については成長・発達による変化もみられないことか ら,他の把持形態に移行する可能性は相対的に低いとも

指摘している。

さらに,高橋他(2017)は自閉スペクトラム症の児童 と定型発達の保育園児の比較を行い,自閉スペクトラム 症の幼児は定型発達の幼児と比べるとスプーン,フォー ク,箸の3つの食具において,発達が遅れがちであるこ とを示している。小島(2016)は,自閉スペクトラム症 児の食発達行動に影響を与えている要因は,自閉症の特 徴であるこだわり行動や感覚の特異性と社会的関係の形 成の困難さであるとしている。

自閉スペクトラム症とは,複数の状況において社会的 コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続 的な欠陥,行動,興味,または活動の限定された反復的 な様式,上記二つの特徴が幼児期早期から認められ,そ の特徴によって社会的,職業的など重要な領域における 機能において臨床的に意味のある障害を引き起こしてい るという三点によって特徴づけられる。自閉スペクトラ ム症児においては,肥満の割合が高いことが示されてい る(市川・原田・西,2004)。これには,こだわりによ って食事が制限されること,その制限によってしばしば 過食や小食などの問題に発展していること,そして運動 の不器用さから食具が上手く扱えないことなどが理由と して考えられる。そして,こだわりや模倣の困難さなど の特徴は,指導をさらに難しくさせている。

食具の訓練研究は,理学療法の分野と教育に関する分 野で主に行われてきた。訓練としては,皿からもう一方

把持形態と勝負場面にこだわりのある ASD 児に対する箸使用の指導

岩城夢由菜

・米山 直樹

**

抄録:本研究では,自閉スペクトラム症児1名に対し,視覚的プロンプトやフィードバック,手指の運動訓 練を用いて箸の指導を行った。参加児は箸の使用についてはプロンプトに従って適切な把持形態を示すこと はできたが,実際の使用に関しては困難さが見られていた。また課題中は不適切な把持形態や課題を早く終 わらせることにこだわっていたため,箸を使用せず手指運動の練習をした後に,把持形態よりも強くあった 勝負場面へのこだわりを活かした指導に変更した。手指の運動訓練ではセッションを重ねるにつれ正反応率 の上昇と反応時間の短縮が認められた。勝負場面では自発的にモデルに注目し,実際にやってみる等,把持 形態だけでなく,課題への従事態度も改善された。本研究の結果から,箸の把持形態の指導において,勝負 場面と視覚的プロンプト,行動面と身体面へのアプローチの組み合わせの有効性が示唆された。今後はより 参加児が高い動機づけを保つことのできるような課題設定の検討や,有効な指導方法の周知が期待される。

キーワード:箸使用スキル,手指運動,こだわり,箸,自閉スペクトラム症

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

関西学院大学大学院文学研究科博士課程前期課程(現所属:東京都児童相談センター)

**関西学院大学文学部教授

関西学院大学心理科学実践 Vol. 3 2022. 3 7

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の皿へ操作対象物を運ぶ,という課題が多くの研究で設 定 さ れ て い る。研 究 の 場 面 設 定 と し て,岩 橋・米 山

(2019)は,食事場面において箸の使い方の注意を受け た自閉スペクトラム症児が,食事をやめて逸脱していた 例を報告している。この様に,食事場面において様々な 注意や指導を行うことは,対象者に逸脱や抵抗を生じさ せ,摂食行動のみならず食事場面そのものを嫌悪的にさ せる恐れがある。

研究の指導方法としては,応用行動分析を用いた技法 が有効であることが先行研究より示されてきた。しか し,黒 田(2012)や,岩 橋・米 山(2019)が 指 摘 す る ように,侵入的で依存や癖のつきやすい身体的ガイドや 身体的プロンプトを用いるのは不適当である。とりわ け,触覚過敏やこだわりを持つ発達障害児および知的障 害児に対しては導入自体が難しい場合がある。

そこで,本研究においては,自閉スペクトラム症児の 視覚有意性を考慮し,視覚的なプロンプトやモデリング などを主に用いた介入を行うこととした(横川,2012)。

視覚的プロンプトとして,黒田(2012),岩橋・米山

(2019)は,箸の把持形態を要素行動に分けた写真を示 したもの,會退・赤松(2016)は指を置く場所にシール を貼って示したものを使用している。

そこで,本研究においても当初は箸の把持形態を要素 行動に分けた写真を用いて介入を行った。ところが,当 該の参加児は自らの把持形態と課題を早く終わらせるこ とに対してこだわりを示し,大声を出す等の逸脱行動が みられた。そこで,皿からもう一方の皿へ操作対象物を 運ぶ課題を停止し,別のアプローチを行うこととした。

鴨下(2018)は,箸の訓練について,操作だけでなく 手指の運動訓練を合わせて行うとより効果的であるとし ている。本研究でも身体機能に働きかける理学療法・作 業療法のアプローチと,行動面に働きかける行動分析学 的アプローチの双方を組み合わせるために,手指の運動 訓練も導入することとした。

指導者にとっても,参加者にとっても,出来るだけコ ストの低い指導方法が臨床場面では望ましい。よって,

介入方法として視覚的プロンプトを中心に行うこととし た。視覚的プロンプトによる介入の効果が見られない場 合には,次にコストの低いモデリングを導入することと した。

モデリングは,自閉スペクトラム症児へのソーシャル スキルトレーニングにおいてもよく用いられている。本 研究でもモデリング条件として,他者が把持形態や課題 の成績について賞賛され強化子を得ることが出来,参加 児がそれを観察する場面を設定した。さらに,フィード バックによって参加児の把持形態についてインストラク ションも行った。具体的には三指握りを示すモデルが賞 賛され,強化子を受け取る場面を観察させ,参加児本人

に対しても三指握りを示していた場合に関してのみ強化 子を呈示することとした。

2.方 法

研究日時,場所及び状況

本研究は201 X年5月から201 X+1年3月までの11 ヶ月間,関西学院大学附属のプレイルーム(4.6 m×2.9

m)で行っている療育の課題の一つとして合計25セッ

ション実施した。療育は週1回1時間程度の個別療育で あり,保護者同室で行った。また,研究記録を残すため のビデオカメラが常に設置されていた。

参加児

参加児は,地域の幼稚園に在籍する本研究開始時5歳 7ヶ月の男児であった。参加児は2歳9ヶ月頃,医療機 関にて広汎性発達障害と診断されて療育園への通所をし ていたが,5歳6ヶ月頃より地域の幼稚園に通い始めて いた。

5歳2ヶ月時に当時の通園先の療育園で実施した新版 K式発達検査2001の結果は,認知・適応領域3歳4ヶ 月(DQ=65),言 語・社 会 領 域3歳3ヶ 月(DQ=63),

全領域3歳4ヶ月(DQ=65)であり,運動面以外にお いて発達遅滞が認められていた。療育手帳はB 2を取得 していた。

運動面において,活動性が高くジャンプなどの激し運 動遊びを好む一方で,力が入りすぎるために,ものや人 の動きに合わせて自分の身体の動きや力の入れ方を調整 することが苦手であった。利き手は右利きであった。

言語面に関して,日常的に使用される言葉は理解して おり,簡単な会話のやり取りが可能であった。また,言 葉のみでは指示が通りづらい時には写真やカードなどの 視覚的プロンプトを合わせることによって指示に従える ようになることが多かった。

参加児は201 X-2年から本学で行われている個別療育

に参加していた。療育中の離席はあまり見られなかった が,指示される前に課題道具に手を出すなどの衝動性 や,間違いを指摘されても自分の考える通りにやろうと して,「これがいいよ!」と大声を出すこともあった。

普段の食事では,スプーン,フォークの他に箸も使用 していた。しかし箸は正しく使用できておらず,つかみ 持ち(手掌回内握り)や手掴みをすることもあった。食 事内容については,納豆ご飯やうどんなどの麺類を好 み,嫌いなものは葉物類であった。また,食具の使用に 関して本研究以外において特別な指導を受けてはいなか った。

なお,幼稚園の行事等の関係で,セッション18から セッション19の間約1ヶ月間,本学での療育を中断し ている。

関西学院大学心理科学実践 8

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研究に用いた道具

研究に使用した道具として,長さ16 cmの子ども用 の青色のプラスチック製箸を用いた。

操 作 対 象 物 と し て,直 径2 cm,一 個 の 重 さ 平 均 約

0.59 gの球体のモールボールを使用した。色は赤,黄,

緑,白の4種類であり,参加児のモチベーション維持の ためにひよこの顔がついているものを使用した。また,

操作対象物の移動課題の道具として直径10 cm,持ち手 部分1.5 cm,深さ3.5 cm,重さ44.89 gの小皿2枚を使 用した。

視覚的プロンプトとして,把持形態を示す写真とひら がなで言語指示が書いてある縦15 cm×横28 cmのラミ ネートしたもの4枚を使用した。言語指示の内容は黒田

(2012)と岩橋・米山(2019)を参考に,①グーします,

②ゆびを3ほんひらきます,③おはしを1ほんはさみま す,④えんぴつみたいにもう1ほん,という文言を表記 した。

フィードバックには,インスタントカメラintaxチェ キ(FUJIFILM)を使用した。さらに,視覚的プロンプ トのシールとして,直径0.8 cmのカラーシールまる小 の白(薦田紙工業株式会社)を用いた。カラーシールの 選別の際には,箸に貼っても目立つ色を選んだ。

モデリングでは,強化子としてトーマスやアンパンマ ンなどのキャラクターマグネットを,モデルと参加児に それぞれ12個ずつ及びマグネットを貼るホワイトボー ドを使用した。

観察にはビデオカメラを使用した。ビデオカメラは参 加児の手元のみ写る角度で配置し,参加児の利き手とは 逆の方向から撮影を行った。指導場面を録画したビデオ 記録をもとに行動を観察記録した。

手続き

BL期,介 入 期1, 4, 5, 6, PTに お い て 実 施 し た 課 題 は,12個の操作対象物を一方の皿からもう一方の皿へ 移すものであった。1個移動させ終わるまでを1試行と し,12試行を1セッションとした。皿と皿の間隔は約 10 cmであった。

指導実施者の「よーいスタート」ではじめ,1個ずつ 手を使わずに運ぶよう教示を行った。手を使ったり,数 個まとめて運んだりした場合や,運んでいる途中で落と した場合は,誤反応としやり直させた。1試行ごとに課 題従事に対する言語賞賛を行った。

(1)ベースライン(BL)期・ポストテスト(PT)期 BL期では食具の使用に関する行動要素をそれぞれ観 察・記録するが特別な指導は行わず,課題を行った。

(2)視覚的プロンプト(要素行動写真提示)(介入期1)

課題を行う前に視覚的プロンプトとして要素行動写真 を用いて箸の把持形態を確認した。指導実施者の指示に 反応を示さない場合には,指導補助者が参加児の身体に 触れて従事を促した。

(3)手指の運動訓練

鴨下(2018)の「手指対立運動」と「1〜5の指の形 を作る」を実施した。

「手指対立運動」では,「これしてね」と教示し,指導 実施者の手指の 形 を 模 倣 さ せ た。①手 を 開 い た 状 態

(パー),②人差し指と親指の先をつけて丸をつくる,③ 中指と親指の先をつけて丸をつくる,④薬指と親指の先 をつけて丸をつくる,⑤小指と親指の先をつけて丸をつ くる,という5つの動きを順番に模倣させた。全部で5 試行であった。

「1〜5の指の形を作る」では,「1してね」のように数 字も教示に加えて,指導実施者の手指の形を模倣させ た。①握りこぶし(グー),②1(人差し指),③2(人差 し指と中指),④3(人差し指,中指,薬指),⑤4(人差 し指,中指,薬指,小指),⑥5(パー)という6つの動 きを順番に模倣させた。この訓練は1セッションで2 回,12試行行った。

鴨下(2018)は,これらが目を開いた状態でできるよ うになれば,目を閉じた状態でもできるようにしていく よう提案している。そのため,テストでは目を閉じた状 態で「人差し指して」「1して」のように,言語指示で これらの運動を行わせた。

(4)視覚的プロンプト(要素行動写真提示)・フィード バック(介入期2)

介入期1と同じ写真を使って箸の適切な把持形態を確 認した。この条件では課題は実施せず,把持形態に対し 言語賞賛を行った。さらに,視覚的プロンプト通りの把 持形態を示していた場合にはインスタントカメラチェキ でその把持形態を写真に撮り,賞賛した。指導実施者の 指示に反応を示さない場合には,指導補助者が参加児の 身体に触れて従事を促した。

(5)視覚的プロンプト(要素行動写真提示・シール)・

フィードバック・(介入期3)

介入期2から,中指を箸の間に挟むことが出来るよう になったが,親指を立て,第1指間腔と親指で箸を固定 していた。そのため,箸に視覚的プロンプトとして直径

0.8 cmのシールを貼り,「親指はシール」と教示し,親

指の腹が箸に触れるように促した。指導実施者の指示に 反応を示さない場合には,指導補助者が参加児の身体に 触れて従事を促した。

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(6)視覚的プロンプト(要素行動写真提示・シール)・

フィードバック・モデリング(介入期4)

この条件から,皿からもう一方の皿へ操作対象物を運 ぶ課題を再度導入した。はじめに,要素行動写真で適切 な把持形態を確認した。そして,「○○くんは,もうお 箸の練習とってもできるようになったから,大人の先生 と競争しよう」と教示し,モデルである指導補助者と競 争することを伝えた。「運ぶスピードではなく,持ち方 で競争です。持ち方が良かったら,トーマスがもらえま す」と,適切な把持形態でないと強化子が与えられない ことを強調して伝え,モデルの把持形態への注意を促し た。

先行してモデルが「よく見ててね」と言って1試行実 施し,「持ち方がいいからもらえます」と言ってマグネ ットを,モデル側のホワイトボードに貼った。「今度は,

○○くんの番です」と言って1試行行うよう促し,動的 三指握りを示していたら「中指使ってて,すごいね」な どと言語賞賛しながら参加児側のホワイトボードにマグ ネットを貼付し,動的三指握り以外であったら「うー ん。それじゃああげられへんな。先生がやるところよく みててな。」と言って,モデルを観察するよう促した。

また,参加児は幼稚園に通園しており,日常生活での会 話はある程度可能であったことから,インストラクショ ンとして「○○先生は,中指を使っていたから,もらえ ます」と口頭で説明しながら,モデル側のホワイトボー ドにマグネットを貼付した。

この条件では,操作対象物を運搬中に落としてしまっ ても,把持形態が動的三指握りであれば強化子を呈示し た。指導実施者の指示に反応を示さない場合や,大声を 出した場合は,指導補助者が参加児の身体に触れて従事 を促した。

(7)視覚的プロンプト(要素行動写真提示・シール)・

フィードバック(介入期5)

介入期4と同様の条件だが,この条件ではモデルは課 題を実施せず,参加児のみで行った。

(8)視覚的プロンプト(要素行動写真提示)・フィード バック(介入期6)

この条件では視覚的プロンプトであるシールを除去し て課題を行った。

行動の評価方法および結果の算出方

従属変数は,課題遂行中の箸の把持形態の得点率と操 作対象物を移動する課題の正反応数であった。

把持形態に対し,0点から4点の間で評価を行った。

基準は鴨下(2018)による箸の把持形態の発達段階に基 づき,筆者が詳細な定義を定めた。詳細はTable 1に示 す。

BL期,介入期1, 4, 5, 6, PTにおいて実施した課題で は,把持形態の得点率(%)は「(1セッションの合計 得点/1セッションの満点の得点)×100」で算出した。

10秒を1インターバルとするタイムサンプリング法を 用い,課題のはじめの合図から最後の操作対象物を皿に 移し終わるまでの時間を対象とし測定した。タイムサン プリングの瞬間が逸脱行動中や強化を受けている時間,

及び身体プロンプト中であった場合は,測定対象から除 外した。

また,正反応数として全12試行の初発反応を観察し た。正反応は操作対象物の移動の際に手を使わない,一 度に複数個運ばない,途中で落とさないことと定義し た。

運搬課題を実施していない条件では,把持形態のみを 評価した。この条件の把持形態の得点率(%)は,「(1

Table 1 課題遂行中の箸の把持形態の評価基準

4点 動的三指握り 親指・中指・人差し指で箸を支える。

箸と箸の間に中指を挟んで開閉を操作する。

親指が寝ており,箸に触れている。

3点 静的三指握り 親指・中指・人差し指で箸を支える。

箸と箸の間に中指は挟んでいない。

親指が寝ており,箸に触れている。

2点 側方つまみ 掌が箸の下部にあり,親指で挟み込んでいる。

箸と箸の間に中指は挟まない。

親指が立っている。

親指と掌で支え,第1指間腔に箸が触れている。

1点 手指回内握り 箸の上部から覆うように持ち,親指で操作する。

手掌回内握りが指を握り込んでいるのに対し,手指回内握りでは指が箸に対し踏ん 張っているような形。

0点 手掌回内握り いわゆる,にぎり持ち。

箸の上部から覆うようにして掴んでいる。

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セッションの得点/1セッションの満点の得点)×100」

で算出した。

手指運動訓練期では,鴨下(2018)に従って正誤で評 価した。詳細はTable 2および3(次頁)に示す。正反 応 率(%)は,「(正 反 応 数/全 試 行)×100」で 算 出 し た。手指の運動訓練期の従属変数は,正反応率と反応ま でにかかった時間であった。

観察の信頼性

観察データの信頼性の指標として,全体の約25% に あたるセッションのデータを対象に観察者間一致率を算 出した。一致率の評定は,本学で心理学を専攻し他の療 育ケースに参加している学生に協力を得て,観察時のビ デオカメラの映像を基に行った。

算出方法は,「(評価が一致した試行数÷全試行数)×

100」で行った。その結果,観察者間一致率は,100%

であった。

倫理的配慮

本研究への参加にあたり,参加児の保護者に対して本 研究の趣旨ならびに課題内容,個人情報やデータの取り 扱いについて文書により説明を行い,署名による同意を 得た上で研究を実施した。

3.結 果

得点率の推移

Figure 1に参加児の把持形態の得点 率(%)を 示 し

た。グラフの縦軸は得点率(単位は%)を示し,横軸は セッション数を示している。横線は平均得点率を示して いる。

参加児の平均得点率はBL期が48%,介入期1は50

%,介 入 期2は50%,介 入 期3は100%,介 入 期4は 90% であった。

Table 2 「手指対立運動」の評価基準

評価基準 パー

人差し指 中指 薬指 小指

伸ばした指が伸びている。

人差し指と親指の指先を合わせて丸を作る。

中指と親指の指先を合わせて丸を作る。

薬指と親指の指先を合わせて丸を作る。

小指と親指の指先を合わせて丸を作る。

Table 3 「1〜5の指の形を作る」の評価基準

評価基準 グー

1 2 3 4 5

手を握った時に親指で中指と薬指を押さえている 中指を親指で押さえている。伸ばした指が伸び ている。

薬指を親指で押さえている。伸ばした指が伸び ている。

小指を親指で押さえている。伸ばした指が伸び ている。

親指が曲がっている。伸ばした指が伸びている。

伸ばした指が伸びている。

Figure 1 参加児の把持形態の得点率.

把持形態と勝負場面にこだわりのあるASD児に対する箸使用の指導 11

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BL期から介入期2までは得点率は50% 付近に留ま っていたが,介入期3以降において100% 近くの成績に 大きく変化した。以下,各条件における参加児の様子に ついて説明する。

まず,BL期及び介入期1では,中指を使用せず第一 指間腔と親指で箸を挟んでいた。

介入期1では視覚的プロンプトには従うが,課題にな ると「こっちがいい」と言って上記のような持ち方に変 えていた。参加児にとっては,把持形態よりもいかに早 く課題を終わらせるかが大切であるようで,「写真みた いにもって」と指導実施者に指摘されても「えー!や だ!こっちがいいんだもん」と言って修正しようとしな かった。さらに,セッション8では大声で「こっちがい いって言ってる!!」と言い,指導補助者の身体プロン プトにも拒否を示し,軽いパニック状態になった。参加 児の箸の使用に対する嫌悪感が生じることを避け,早く 課題終わらせるというこだわりを和らげる必要があると 考え,皿からもう一方の皿へ操作対象物を運ぶ課題をい ったん中止し,課題を行わずに把持形態の改善にアプ ローチすることとした。

介入期2では,得点率は変化していないものの,手指 の運動訓練や視覚的プロンプトとフィードバックによっ て中指を箸と箸の間に挟むようになった。しかし,親指 が立っている点は改善しなかった。チェキで写真を撮ら れることに対しては喜んでいた。

介入期3では,シールによって親指の位置が安定し,

動的三指握りが見られるようになった。

介入期4では,課題場面において「こっちがいいっ て!」と言って側方つまみを示すこともあった。しか し,動的三指握りでなければ強化子が呈示されない随伴 性になると,モデルの把持形態を注視するようになり,

さらに,「できない!」と言いながらも中指を使用して 動的三指握りで課題に従事するようになり,身体プロン プトにも素直に応じるようになった。

そして介入期5及び6においてモデルやシールのプロ ンプトの除去後も把持形態の得点率は維持され,PTで

も100% の得点率が確認された。

機能性の推移

Figure 2に参加児の運搬課題における初発の正反応数

(試行)を示す。縦軸は初発の正反応数(単位は試行)

であり,最大値は12である。横軸はセッション数を示 している。横線は平均正反応数を示している。

参加児のBL期での平均正反応数は9,介入期1は約 8.3,介入4は約9.7であった。

BL期から高い正反応数が示されていたが,介入期1 にかけて下降傾向が示された。手指の運動訓練期後の介 入期4において元に戻り,介入期5以降も安定した数値 を示していたが,計測対象となったどの条件間において も明確な差は見られなかった。

Figure 2 参加児の運搬課題における初発の正反応数.

関西学院大学心理科学実践 12

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手指の運動訓練

Figure 3に手指の運動訓練期における参加児の正反応

率(%)を示した。グラフの縦軸は正反応率(単位は

%)を示し,横軸はセッション数を示している。

セッションを重ねるごとに正反応率は上昇し,訓練開 始当初は約57.1% であったものが,テストでは約94.1

%に上昇していた。

Figure 4に参加児の手指の運動訓練期における反応潜

時(秒)を示した。グラフの縦軸は時間(単位は秒)を 示し,横軸はセッション数を示している。

こちらについてもセッションを重ねるごとに反応潜時 は短縮され,訓練開始当初は約3.2秒であったものが,

テストでは約0.8秒に短縮された。

手指の運動訓練では,全体を通して笑顔で取り組み,

身体プロンプトにも素直に応じており,テストで1秒以 内に反応を示すことが出来ていたため,箸を使った訓練 に再度移行した。

4.考 察

本研究の目的は,不適切な箸の把持形態を示す自閉ス ペクトラム症児1名に対し,有効な箸の使用の指導方法 を検討することであった。以下に把持形態と機能性に分 けて考察を行っていく。

まず把持形態についてであるが,本研究においては,

Figure 3 手指の運動訓練期の正反応率.

Figure 4 手指の運動訓練期の反応潜時.

把持形態と勝負場面にこだわりのあるASD児に対する箸使用の指導 13

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手指の運動訓練期以降,把持形態に改善が見られたこと から,先行刺激として視覚的プロンプトとモデリング,

後続刺激としてフィードバックを設定することの有効性 が示されたと考えられる。

参加児は自分なりの把持形態で箸を持つことや課題を 早く終わらせることに強いこだわりがあった。そのた め,行動要素を示す写真を提示するのみでは課題の遂行 中の把持形態を変化させることはできなかった。その一 方,参加児の通所先の療育園の作業療法士からは,本児 の指の分化は不完全であり,手先も不器用であるとの指 摘がなされていたことや,実際の観察時の様子などか ら,本療育においても手指の運動訓練期を設けることが 必要だと判断した。

実際,手指の運動訓練期後の介入期2になると,参加 児は視覚的プロンプトと同様に中指を箸の間に挟むこと が出来るようになった。これは手指の運動訓練によっ て,指の分化が促され,適切な把持形態を示しやすくな ったためと考えられる。また運動訓練期では課題も実施 しなかったことで,把持形態のみに集中して取り組むこ とが出来たことも改善要因として挙げられよう。

介入期3では親指の正しい位置をシールによって示す ことによって,動的三指握りを獲得させることができ た。そして続く介入期4において,更に動的三指握りを しなければ強化子を得ることが出来ない状況を設定する ことで,既に獲得している動的三指握りに対する動機づ けを高めることが出来た。強化子をもらえることやモデ ルとなった指導補助者に勝つことが,以前までのこだわ りである課題を早く終わらせることや側方つまみよりも 強い動機づけとなり,その後の介入期5, 6, PTとプロン プトがない条件においても,動的三指握りを参加児自ら 示すことができるようになったと考えられる。

本研究の結果は,誤った把持形態にこだわりを示す児 に対しては,従来の様な課題や視覚的プロンプトの提示 のみでは改善が難しいことを示すものといえる。また,

岩橋・米山(2010)が指摘するように,身体機能に働き かける理学療法・作業療法のアプローチと,行動面に働 きかける行動分析学的アプローチの双方を組み合わせる ことの重要性が示唆された。

岩城・米山(2019)は,道具の扱いが上手に出来ない ことの原因は把持形態のみにあるわけではなく,身体や 感覚の未発達,力のコントロールの稚拙さ,ものを見る 力や自分自身の身体イメージの掴みにくさといった複数 の原因が考えられることを指摘している。従って対象児 の発育や発達,手先の訓練と合わせて対象児が食具を適 切な把持形態で上手く扱えるような訓練を検討しなけれ ばならない。

本研究の参加児は,指の分化が不完全であることが適 切な箸の把持形態を困難にさせていた。今回の介入で用

いたような手指の運動における指先の動きの流暢性や,

目を閉じても正反応を示すことができるという身体イ メージ獲得のための促進訓練が,有効であったと考え る。

また,課題実施前の視覚的プロンプト提示では,課題 中の把持形態に影響を及ぼさない可能性が示唆された。

介入期1では,動的三指握りをすることに対する動機づ けよりも,早く操作対象物を運ぶために,慣れている側 方つまみをする動機づけの方が高かった。従って,適切 な把持形態を示すことに対して,強い動機づけや強化力 をもつものを呈示する必要があると考えられる。

山下(2017)は,自閉スペクトラム症児の中には,1 番でないと我慢できない,負けるのが嫌といったこだわ りの強さを示すものがいると指摘している。参加児も同 様に。療育場面において物事の児なりの取り組み方や勝 負場面など,様々なこだわりが見られていた。介入期1 では,指導実施者らの指示や身体プロンプトに対して拒 否的な発言をするなど,拒否的な態度を示し続けた。し かし,介入期4では「その持ち方ではあげられへん。見 ててな。」と言うとモデルの把持形態に注目し,指示通 りに把持しようとする様子が見られた。自閉スペクトラ ム症児のこだわりはしばしば改善すべき点であるとの指 摘もされているが,本研究の様に適切な行動を促すきっ かけになることも示唆された。

岩橋・米山(2019)は,自閉スペクトラム症児の中に は箸操作のモデリングのような複雑な動作模倣は困難な 場合が多いと指摘している。本研究では,箸操作につい て岩橋・米山(2019)でも効果のあった段階的な要素行 動に分けた視覚的プロンプトを用いて介入を実施したこ とや,参加児が積極的に取り組みやすかった「勝負」と いう場面設定をして把持形態のフィードバックを実施し たことによってモデルの動作模倣を促すことが出来たの だと考えられる。

次に機能性についてであるが本研究では,把持形態の 改善は機能性に対して目立った変化を及ぼさなかった。

参加児はBL期より高い正反応を示していた。しか し,不適切な把持形態のためか操作対象物を掴みづら く,落とすこともあった。参加児は早く課題を終わらせ ることに必死になり,焦るようになってしまったことで 正反応数が低下していったと考えられる。

一方,課題を早く終わらせた場合ではなく,把持形態 が適切な場合にのみ強化子が与えられるように随伴性を 変更したところ,焦って課題を行おうとする様子は見ら れなくなった。中指を使用した適切な把持形態で課題に 取り組むことで,セッション19では操作対象物を落と すことはなくなった。セッション19での誤反応は,「も う!できない!」と言って操作対象物を箸で突き刺すと いったものである。

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むしろ,適切な把持形態で課題に従事することで,操 作性のデータも安定したといえる。

本研究では,把持形態に焦点を当てた介入を行い,機 能性に対しては特別な介入をしなかった。しかし,黒田

(2012)や 曾 退・赤 松(2016),岩 橋・米 山(2019)で は,操作対象物を変更することで箸操作の機能性に効果 をもたらしている。そのため,今後は操作対象物を変更 することに伴う機能性への影響についても検討を進める 必要がある。

*本研究は,日本行動分析学会第38回年次大会で発 表されたものである。

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把持形態と勝負場面にこだわりのあるASD児に対する箸使用の指導 15

参照

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