(東女医大誌 笙3τ巻 第5号頁324−328 昭和42年5月)
子宮内胎児感染の2症例
東京女子医科大学産婦人科教室(主任 川上
徐 京子・重松明
ジコ キヨウ コ シゲ マツ アキ
博教授)
子
コ
(受付 昭和42年3月10日)
1・緒 言
抗生物質の進歩により,母体および児への感染 予防が著しく改善され,早期破水に,待期療法を 行なう方針がとられ,一方,人工破膜も適応さえ 誤らなけれぽ,分娩誘発の効果的方法として用い
られている.しかし早期破水の合併がある時は,
膣内細菌の上昇によって羊水感染をまねく危険性 は大となる.その際予防的処置として化学療法を おこなう場合が多いために,新生児は生後胎内感 染特有の症状のあらわれない前に死亡し,病理解 剖ではじめて感染の診断がっけられることも少な くない.著者らは最近このような胎内感染の症例 2例を経験したので報告する.
皿・症 例 症例1
患者:高○悦○,28才,看護i婦 家族歴:父親が肝癌で死亡.
既往歴:特記すべきことなし.初潮13才,不順で30〜
50日型.27才で結婚.
現病歴:最終月経1966年11月12日から7日間,妊娠29 週で腹痛を訴え,黄体ホルモンデポーを注射し,自宅安 静中,30週に水様性帯下を訴え来院.前期破水の診断に て入院.
入院後の経過ならびに治療:絶対安静抗生物 質投与,黄体ホルモンを注射し,待期療法16日間 継続した時,36.80Cの発熱を認めたため分娩誘発 を行なう予定にしたところ,自然に陣痛発来を認 め,陣痛発来後,1時間30分で19659の女児を分
娩した.
Apgar Sc・re 1分後呼吸不整およびチアノーゼ を認め8点,5分後10点で,直ちに保育器に収容
す.
胎盤重量3609,肉眼的に著変なく,病理学的 所見にも炎症性変化は,胎盤および卵膜,勝帯共 に認められず,羊水混油も全くない.
待期療法中の母体の治療は(図1,表1)
1)Chloramphenicol注射とSigmamycinの
内服.
2)羊水培養感性度より,Erythromycinを内 服せしめ,次にPanflan Sの内服とAchromycin 注射を行なった.
新生児への化学療法は(図2)
1)sigmamycinとAlbiocinを50㎎/kg内服お よびsigmamycinとAchromycinを50㎎/kg注射
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図1 症例1
Ky。k・Jo,・Alrik・s皿GEMATsu(D・p・・tm・nt・f Gynec・1・gy・nd ob・t・t・i…T・ky・w・m・n ・M・dicaI College): Two cases of intrauterine foetal infection.
一 324 一
表1 羊水培養成績 26ノ]X
Entero−
kokken 600/o
Sta.
albus 20%
G.N.B.
20e/o
感性
PC 度
EM LM AcM CM
Sul シソシリン スピラVイシソ
ピクシリン アルビォシソ
十 升
十 十 十 十
セポラソ ケブリソ バチトラシソ パソフランS フラダソチン デキマイ プラジン スタフシリンV
トシリン ユマチソ
感性 度 冊
十
羊水培養成績 5/X
を行ない,全身状態良好,哺乳良好のところ,分 娩54時間に急に腹部膨隆,腹部静脈拡張,両側内 凧径部より腹部にかけて発赤を認め,その時の体 温37.3。C,直ちに腹部湿布,排ガスを行なった.
腹部単純撮影の結果,腹膜炎と診断,直ちに5%
ブドウ糖点滴を開始し,ジギタリ.ス剤,抗生物質
(ケブリン100㎎)を添加し,観察中のところ,
診断17時間後(生後71時間)に死亡した(写真1).
Entero−
kokken 600/o
E, col.
400/o
感性
PC 度
EM LM CM
AcM
Sul シソシリソ スピラマイシソ
ピクシリソ
!十
十
十
十
アルビオシソ 憾性 一L墨
ケブリソ ハソフフソ フラダソチソ デキマイ ブラジン スタフシリンV
ミ トシリソ コ・マチン
十 十
図2 症例1の新生児
写 真 1
剖検所見:
1)広汎なる化膿性腹膜炎,特に骨盤腔および 左上腹部に高度,化膿菌は,E・coli loo% (表
2).
2) これに伴なう中等度出血性膀胱炎,ならび に体部の出血性壊死性胃炎.
3)両肺の高度拡張不全.
4)諸実質臓器の亜急性循環障害.
a)脳,肝,脾,腎の高度のうっ血と湿軟.
b)中等度亜急性脾炎.
c)急性Crush腎.
5) かなり著明な髄外造血(肝,脾).
6)卵円孔開墾と大きな動脈管開存.
7)発育不全などであった.
一 325 一
症例2
患者:小○沢○,22才,事務員.
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:特記すべきことなし,初潮14才,順調で30日 型,20才で結婚.
現病歴:妊娠41週で陣痛発来を訴え入院.
入院後の経過ならびに治療=(図3,4)
3日目に陣痛規則的になり,内診にて子宮口4
㎝開大,児頭固定し頚管は非常に薄く,人工破膜 す.破膜7時間後24009の男児を分娩す.胎盤重 量4409で,肉眼的異常所見全くなく,羊水混独 認められず.
表2 悪露培養成績 22/X 感性
度 Entero−
kokken 70e/e
E. Coli.
PC
EM LM
coryne 1301−Xl/Xi
CM
Si§副%
スタフシリソVシンシリソ メ トシリン スピラマイシン
十
井
十 十 十
感性 度 デキvイ
プラジソ フラダンチン パソフラソS ピクシリン ユマチソ アルビナシソ セポラソ バチトラシソ
T
十十
14/X 胎児腹水培養成績
E. Coli 1000/o
感性 度
感性
AcM
度 SulSM
KM
コリスチソ ポリミキシン デキマイ フラダンチソ パソフラソS
十
十
冊
升
十ト
ピクシリソ ユマチソ アルビオシソ テラマイシソ セポラソ ケリソ ウイソト マイロソ
図3 症例2
柵
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図4 症例2の新生児
児は全身胎脂におおわれ,よく泣くが,チアノ ーゼとれず,10分後Apgar Score 9点のまま保 育器に収容.1時間,7時間後もチアノーゼを認 む.20時間後嘔吐あり,48時間後口調性発作がお
こり,51時間後機械的刺激に対し間代性癌寧を起 こし,コントミン1㎎/kgの毎12時間注射を開始,
57時間後発熱38.2。Cを認め, Erythromycin内服,
生後80時間に顔面蒼白,強度のチアノーゼとな り,鼻腔酸素吸人を開始し,91時間後四肢硬直強 く, 101時間目に血液を嘔吐,その30分後に急に 心音悪くなり,ビタカンファ,テラブチックを注 射するも効なく死亡.
剖検所見
1)化膿性脳底脳膜炎.
a)脳底を中心とし,ここから左寄りに,延髄 下部周辺から左小脳周囲にわたる帯黄白色無臭性 膿苔,膿培養により化膿菌,E・coli 100% (表
3).
b)左後頭葉の新鮮クモ膜下出血と,大脳弩隆 一326一
表3 膿培養成績
bE. coii ioo%
1感腋
ACM CM
Sul
KM SM
コリスチン
フ フシソ
し・ソフラソs ウイソトマイロソ
帯
全体の鉄錆色鳥旧出一三,
c)後頭部軽度皮下出血斑.
2)上記に伴なう亜急性循環障害.
a)含気量は比較的良好なるも,巣状出血
斑の目立つ肺.
b)各所の急性粘膜出血(胃,無理,膀胱).
c)急性Crush腎.
d)屍血の増量.
3)余り反応の目立たない脾.
4)肝の湿軟と脂肪の増加.
5) かなり著明な核黄疸.
III・考 按
化学療法の進歩に伴ない,感染症の変ぼうは,
まことに著しいものがあり,胎内感染の罹患率,
死亡率の減少を来たしているが,今でもなおとき に報告されている.
子宮内胎児感染症の起炎菌としては,最も多い ものは大腸菌で,続いてサルモネラ菌,連鎖球 菌やブドウ球菌であり,まれに結核菌糸状菌や Liste「iaなどもみられ,九嶋1)は,抗生物質の進 歩により,結核,梅毒が著減した半面,耐性ブ
ドウ球菌が増加し,また一方,診断法の進歩によ り,トキソプラズマ,ウィルスが増加するであろ うと述べている.
Urmenyiら2)は,新生児が敗血症,脳膜炎を突 然起こした場合,その起炎菌が,グラム陰性桿菌,
とくにEcoliなどの通常有毒と考えられない菌 群による事があると述べており,井上3)も66例の 新生児感染症のうち,肺炎は22例で33.4%o,敗血 症は18例で27.2%,脳膜炎は13例で19.7%,腹膜 炎は5例で7.6%,および胃腸炎が8例で12.1%
あった.
起炎菌については,一般にグラム陰性桿菌が最 も多く,ついでグラム陽性球菌である.
疾患と起炎菌との関係は,肺炎,敗血症,脳膜 炎,腹膜炎いずれの場合でもグラム陰性菌による
ものが多いと報告されている.
米倉ら4)は,生後3日目に高熱を来たして, 4 日目に死亡した例を剖検して,肺および小腸に高 度のカンジダを認めたと述べているが,これは児 が産道通過時に,カンジダに感染したものと思わ れ,妊婦の膣カンジダ症の治療の必要が考えられ
る.
子宮内感染経路としては,血行性胎盤感染(母 体の血行を介して胎盤の絨毛間腔に運ばれ,さら にそれを通過して胎児の血行に入って感染をおこ す場合)と,頚管,卵膜を経て羊水汚染を起こし て,これを胎児が嚇下することによる上行性感で 一般には上行性感染が多く,症例!の感染経路 は,胎盤および卵膜,膀帯,羊水いずれにも,変 化が認められず,明確ではないが上行性感染が推 定され,症例2も分娩を境に上行性に感染が起こ ったものである.本症例1,2共に,病巣よりの起 炎菌は,グラム陰性桿菌(E・coli 100%)を検出
しており,褥婦の悪露培養にて同菌を検出してい る(表4).
子宮内感染の結果,Orificai infe(=tionとして最 も多いのは肺炎で,井上3)は新生児肺炎の約50%
は子宮内での感染と考えられ,相馬5),Blank6),
表4 悪露培養成績 2311
i・ E. Coli 7e%
Diplokokken 300/o
CM ACM
Sul
KM SM
コリスチン プラジソ パソフラソS
十
一1−1一
枡 升 ウイントマイロソ1 十卜 尿培養成績 22/ 1
E. Coli 100%1
一 327 一
Blattner, Schaffer7)らは生後24時間以内に発病す る場合や,生後3日以内の病理解剖で肺炎の所見 が認められる場合は,ほとんどすべて子宮内感染
と考えられると述べている.
脳膜炎は一般に未熟児は成熟児より罹患し易 く8)9),頻度は報告者によってかなりの差がある が,新生児剖検例の1〜4%である10)11)。起炎菌
としては,グラム陰性桿菌で,著者らの場合も同 様に,グラム陰性桿菌であった.
臨床症状としては,井.ヒ3)は発熱,不安状態な いし癌李は59%に,哺乳力減退は47%,呼吸障害 が29.4%,その他,無呼吸発作,異常蒼白や重症 黄疸などのほかに,嗜眠状や筋緊張低下,異常喘 泣や泉門膨隆などがみられ,本症例2において は,生後早期より哺乳力減退,痙李等を認め,細 心の注意をはらって看守するも,進行急速で,か っ中心性に侵かされていた重症の脳膜炎で,また たくまに不幸な転帰をとった1例であった.
腹膜炎の臨床症状は,腹部膨満80%,嘔吐40
%,下痢が20%にみられ,膀部の炎症性変化が60
%,その他,不穏状態,無呼吸や発熱などがそれ ぞれ20%に認められる.著者らも腹部膨隆,発熱 等の出現と同時に診断し,治療せるも効なく死亡 せる1例である.
児感染の診断は,一般に困難な事が多く,診断 がはっきりした時にはすでに致命的であるという ことは,日常しぼしば経験されるところであり,
感染の予防には細心の注意が望まれる.特に早期 破水後,分娩逼延,産科手術施行後,内診時など の胎内感染の危険性がある.また相馬5)は一般に 卵膜は細菌の通過に抵抗性があるが,それぞれ破 水しない場合でも分娩が開始して6時間以内に細 菌を羊水中に証明すると報告し,とくに分娩遷延 や早期破水のときは細菌侵入の危険性は強くなる
と述べており,井上3)は細菌感染の頻度は破水の 時期と密接な関係があり,破水から児娩出までの 時期が長ければ長い高頻度が高くなると述べてい る.加来ら12)は未熟児分娩を除外した296例の破 水から分娩までの時間と死産および児の死亡を,
24時間以内では1.2%,48時間は2.3%,72時間は 11.1%,72時間以上40%に死産および死亡がみら れ,Lebherz13)は早期破水患者の3.9%に児の死 亡を認め,その内未熟児の死亡が82%を占めると いい,Ekvalli4)は5.7%o, Martonは1.7%に
児の死亡を認めたと報告している.加来12)は早期 破水例に感染予防のために通常抗生物質を投与す るが,投与群の発熱は8.9%o,非投与群9.6%と 一見抗生物質投与による予防効果がないようであ
るが,しかし破水後早期投与する程,発熱を予防 し,とくに破水後6時間以内の投与は効果的であ り,また療法と発熱との関係について,待期療法 の場合が積極療法に比べて発熱例は少なく,殊に 抗生物質投与例ではなお一層発熱予防できると述 べており,予防的広域有効抗生物質,とくにグラ ム陰性に対する効果を主とした抗生物質の全身投 与法を早期に使用する事が望ましい.母体感染が 明らかな場合は,母体治療はもちろんのこと,児 の初期よりの観察を注意するとともに,早期より の抗生物質投与,とくに細菌の種類に適応した薬 剤使用をすることが大切である.
IV・結 語
1) 前期破水後17日目に分娩,生後54時間に膿 性腹膜炎を起こし死亡した1例.
2) 人工破物後7時間にて正常分娩し,48時間 後に痙李を起こし,剖検で脳膜炎を起こしていた
1例,いずれも胎内感染を思わせる2症例を経験 したので報告した.
稿を終るに臨み,御指導御校閲の労を賜わった川上 博教授,大内助教授,ならびにいろいろ御指導載きま
した病理学教室の武石助教授に深謝致します.
文 献
1)九嶋勝司・安藤寿夫・他=産婦の実際10(2)
121 (1961)
2) Urmenyi, A.M.C. & A. White Franhlin:
Lancet 1 (7172) 313 (1961)
3)井上賢太郎:小児科診療29(4)445(1966)
4)米倉 亮・中井嘉文:日産監修15(1)43(1963)
5)相馬広明:小児科臨床19(5)t564(1966)
6) Blank, W. A.: Clin Obst Gynec 2 705,
(1959)
7) Schaffer, A.J.: JAMA 159 663 (1955)
8) Kagen, B.M. et al: Pediatrics 4 479 (1949)
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10) Rondall, K.: J Clin Path 1 150 (1948)
11) Ziai. M. & R.V. Haggerty: New Engl J Med 259 314 (1958)
12)加来道隆・瀬戸致行:産と婦33(6)787(1966)
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14) Ehvall, L.D.: Amer 」 Obst Gynech 81 848 (1961)
15) Morton, J.H.: Amer J Obst Gynec 43 422 (1942)
一 328 一