に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 353
大きすぎて潰せない (Too-Big-to-Fail) 金融機関 に対する法規制の在り方に関する考察 (2・完)
平 岡 克 行
第Ⅰ章 はじめに
第Ⅱ章 ドット=フランク法による事後規制改革
第Ⅲ章 事後規制の問題点と事前規制による金融機関のインセンティブ是正の必 要性
第 1 節 救済権限に対する法規制は“No More Bailout”を実現できるか 第 1 項 事後規制全般に対する批判 (以上、本誌68巻 2 号)
第 2 項 SPOE 戦略が一定の債権者にモラルハザードを生じさせる危険 第 3 項 ドット=フランク法の要求する必要的清算との矛盾
第 4 項 プログラムベースの流動性供給に対する批判 第 5 項 その他
第 2 節 TBTF 利益に関する実証研究の動向
第 3 節 事前規制による金融機関のインセンティブ是正の必要性 第 1 項 事前規制と事後規制
第 2 項 事前規制による TBTF 利益・モラルハザードの削減 第Ⅳ章 TBTF 金融機関に対する事前規制の各種手法に関する議論の動向 第 1 節 規模の制限
第 1 項 現行の法規制
第 2 項 規模の制限・金融機関の解体に関する学説とその評価 第 2 節 システミック・リスクに応じた事前の費用負担 第 3 節 その他
第 1 項 負債に対する課税
第 2 項 SIFI 取締役の公共の利益に配慮する義務
第 2 項 SPOE 戦略が一定の債権者にモラルハザードを生じさせる危険 OLA 手続・SPOE 戦略の抱える大きな問題として、金融システム上重要 な子会社(及びその金融事業)では債権者の権利変更・元本削減等の措置が 原則として行われず、代わりに金融持株会社が発行する TLAC の投資家、
そして OLF が損失を被ることになるため、子会社債権者にモラルハザード が生じるおそれが挙げられる(131)。SPOE 戦略では、金融システム上重要な子会 社(金融事業)はリスクテイクによって生じた費用を TLAC 保有者と OLF に転嫁させて事実上の救済を受けることができるため、子会社(債権者)か ら TBTF 利益は消滅せず、TBTF 利益を背景としたリスクテイクを防ぐこ とができない可能性がある。特に、現代の SIFI(金融グループ)の事業の 大半は子会社によって営まれていることを踏まえれば、子会社(金融事業)
に TBTF 利益が存在し続ける以上、グループ全体の資金調達コストが低下 し、SIFI の事業方針を決定する金融持株会社の株主にも TBTF 利益が発生 してしまうため、TBTF 問題は解決しないという指摘である。この点は複 数の論者によって SPOE 戦略の致命的・根本的な問題と捉えられており、
OLA 手続・SPOE 戦略が事実上の救済手続と評価される(132)所以でもある。
例えば OLA 手続で SPOE 戦略が用いられた場合の、事実上の救済を受け る子会社金融事業の債権者の損益を考えてみる(133)。子会社債権者は SPOE 戦 略の実施により、金融持株会社が発行する TLAC 保有者の損失と OLF の損 失の合計額に近い利益(本来は債権者自身が負担する費用の転嫁)を得る が、一方 SPOE 戦略で負担する費用は、当該子会社金融事業が別の SIFI へ 移転される場合には、OLF の損失を SIFI 業界全体で分割した金額に過ぎな い。仮に子会社金融事業の移転先が SIFI でない場合、OLF の損失負担部分 の費用すら発生しないことになる(134)。理屈の上では、当該金融子会社の破綻処 理と同時期に他の SIFI が多数破綻してしまい、OLF に巨額の損失が生じる 第Ⅴ章 おわりに (以上、本号)
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ことで OLF の負担金が跳ね上がり、SPOE 戦略による利益を上回る費用が 発生することもあり得る。しかし、手続開始(金融危機)から 5 年以内に回 収することが求められる OLF にそこまでの巨額損失をもたらす運用が行わ れるとは想定し難く、そういう場合には資金的余裕のある中央銀行が介入・
損失負担することもあり得るだろう。以上のことを踏まえれば、やはり、シ ステム上重要な子会社の債権者は SPOE 戦略の実施によって、リスクテイ クの費用を転嫁させて大きな利益を得ることができると言えよう(135)。特に、グ ループの資金調達コストが下がると持株会社の株主も最終的に大きな利益を 得ることができるため、金融持株会社の経営者が株主に忠実であれば、グル ープの資金調達・運用をシステム上重要な子会社に移してしまうことも考え
られる(136)。この場合、TBTF 利益のモラルハザードによって成り立つ金融事
業はさらに膨れ上がってしまうことになる(137)。
子会社金融事業の債権者に代わってモニタリング機能を担うのは、TLAC 保有者と OLF の損失負担者である SIFI 業界、そして一時的な OLF 損失負 担者である規制当局(FDIC)となる。しかし、規制当局に関して言うと、
OLF で一時的な損失を負担するようになる(あるいはその可能性がある)
からと言って、新しい規制・監督手法が導入されない限り、金融グループの リスクテイクに対して特に従前以上のモニタリング・監督を働かせるように なるとは言い難い(138)。SIFI 業界については、確かに、OLF の損失を業界全体 で負担することを理由に、SIFI 業界による相互の監視・モニタリングが働 くとも考え得る。しかし、前述したように OLF の損失はそれほど大きくな らないと考えられることに加え、損失の発生自体も確実ではなく、また、こ れを業界全体で分割するとなると各 SIFI の負担額は非常に小さい可能性が 高い。こうした少額の損失負担(の可能性)を理由に SIFI 業界が自ら費用 をかけて相互に十分なモニタリングを働かせるとは想定し難いばかりか、
SIFI 業界は SPOE 戦略で救済を受けるシステム上重要な金融事業のカウン ターパーティーであることが多く、前述した費用・便益の比較からしてもモ
ニタリングを働かせるというよりは、むしろカウンターパーティーの立場 から積極的にリスクテイクに加功してしまうとも考えられる。そのため、
SIFI 業界による相互のモニタリングは、(SPOE 戦略で失われてしまう)シ ステム上重要な金融事業の債権者が働かせる規律の代替とはなり得ないであ ろう。
結局、リスクテイクに対して規律を働かせ得るのは、親会社の発行した TLAC の投資家ということになる。しかし、後に検討するように(本節 5 項 2 の 3 )、これらの投資家は SIFI を除いた年金基金等が想定されており、
モニタリング能力の点でシステム上重要な金融事業のカウンターパーティー に劣るだけでなく、リスクテイクを行う子会社の直接の取引相手・債権者と はならないため、持株会社を通じた間接的な規律を働かせるにとどまる。以 上のことから、SPOE 戦略はシステム上重要な(子会社)金融事業の債権者 を事実上救済し、債権者からモニタリングを行うインセンティブを失わせる 一方、親会社が発行する TLAC の投資家という不十分な規律を用意するに 過ぎないため、SIFI 全体で TBTF 利益に基づくリスクテイクを増加させて しまう危険があることがわかる。
第 3 項 ドット=フランク法の要求する必要的清算との矛盾
上記と同様の指摘として、SPOE 戦略による破綻処理はシステム上重要な 子会社を事実上救済する制度であることから、ドット=フランク法が OLA 手続で要求している必要的清算に合致しないという批判がある(139)。現代の金融 グループでは、通常、事業の大部分は子会社によって行われるため、持株会 社の事業がグループ全体で占める割合は非常に小さい。そのため、持株会社 のみを清算したとしても、SIFI を解体するというドット=フランク法の目 的を達成することができず、OLA 手続の必要的清算に矛盾するという指摘 である。例えば Wilmarth によれば、SPOE 戦略は事業継続を望む SIFI 業 界の要望によって具体化された手法であり(140)、同戦略は SIFI 間で子会社事業
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を移転させるものに過ぎず、金融業界から TBTF の地位を剥奪することが できないため、問題の根本的な解決に繋がらないとされる。買収先企業が限 られていることを踏まえれば、リスクの高い金融事業が TLAC 投資家に損 失を与えながら、SIFI 業界を行ったり来たりするということになる(141)。また、
仮にシステム上重要な金融子会社を本当に清算させなければならない場合、
システミック・リスク決定は非常にデリケートな問題となり、手続そのもの が利用されなくなるおそれもある(142)。この場合、OLA 手続の開始は高度な政 治問題となってしまい、結局は最後の貸し手機能等の別の手段によって問題 解決が図られる可能性が高い。
さらに付言しておくと、そもそも「清算(Liquidadtion)」を要求すると いうこと自体が、特に債権者のモラルハザード抑制という観点からすると、
あまり意味のない規制とも考えられる。仮に「清算」を、「手続対象となっ た金融機関(金融持株会社あるいは子会社)の法人格を最終的に消滅させ る」、という程度の意味で捉える場合(143)、システム上重要な金融事業・子会社
(及びその債権者)を偏頗的に別会社あるいは承継金融会社に移転させたと しても、元の法人を最終的に清算すれば必要的清算の要件を満たすことに なってしまう(144)。この場合、P&A 方式によって金融事業が維持させるだけで なく、FDIC はその際に政府保証や資金援助を行うことも可能である。特に SPOE 戦略では、清算される持株会社の TLAC 保有者が損失を負担し、子 会社はその事業を維持したまま移転されることになる。持株会社の法人格を 消滅させるとしても、金融事業が救済されることに変わりはなく、結局、当 該事業の債権者には TBTF 利益が生じてしまうのである。
また、仮に「清算」を「金融事業を解体する」という意味で捉える場合、
手続の開始によって金融機関の継続企業価値が著しく毀損されてしまい、ド ット=フランク法が要求する清算価値の保障という要件(第Ⅱ章 1 節 4 項の 1 参照)を満たすことができないおそれがある。加えて、重要な金融事業が 停止してしまったり、資産の処分・投げ売りなどによって金融市場に大きな
影響が生じ得るため、経済合理性を著しく失する。こうなると本解釈は採用 され得ないし、仮に採用されたとしても、前述のようにシステミック・リス ク決定が非常にデリケートな問題となり、OLA 手続そのものが利用されな くなるであろう。
以上のように、「清算」を(システム上重要な子会社の)金融事業の解体 という意味で捉えることはできないため、OLA 手続では対象金融機関の法 人格の消滅が求められていることになるが、この場合も金融事業が別のグル ープで維持されることに変わりはなく、当該事業の債権者は事実上の救済 を受けてしまう。必要的清算の要件は、株主がエクイティの価値を喪失す る、という程度の機能しか有していないことになるが、金融事業の債権者に TBTF 利益が存在する場合、金融機関は資金調達コストを下げることがで きるため、結局、株主にも破綻処理以前の段階で既に大きな利益が生じるこ とになる。いずれにせよ、手続対象となった金融機関を必ず清算させるとい う手法は極端に失するか、あるいは P&A 方式の破綻処理が想定されている 限りでは、モラルハザードへの対処という点であまり意味のない規制と考え られる。
第 4 項 プログラムベースの流動性供給に対する批判
第Ⅱ章で述べたように、ドット=フランク法は FRB 及び FDIC が個別金 融機関に対してではなく、プログラムベースの金融支援を行うことを要求し ている。2008年金融危機では特に大手金融機関に対して多額の公的資金が投 入され、これに対する世論の批判を受けて導入された規制であるが、これも TBTF 問題への対処という点では、実際上あまり意味のない規制かもしれ ない。
第一に、プログラムベースに限定されたところで、プログラムの運用次第 ではいくらでも個別金融機関を救済することが可能である(145)。例えば、ある金 融機関が破綻しそうになった時に広く応募を募った一定の流動性供給プログ
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ラムを開設したとしても、それは当該金融機関を救済するためのものであろ う。少なくとも現在のドット=フランク法の下では、プログラムを創設する 時期やその内容を FRB が柔軟に設定することができるため、建前上は広く 参加を認めるものであったとしても、実際は一定の金融機関を救済すること を目的としてプログラムベースの流動性供給を行うことが可能である。本規 制は容易に潜脱することができてしまうかもしれない。
第二に、より根本的な問題として、金融支援の手法をプログラムベース に限定すること自体が、TBTF 問題の解決に繋がらないとも考えられる。
TBTF 金融機関の債権者を救済してしまうことが TBTF 問題であるが、本 規制の下でも、TBTF 金融機関全体を救済するような流動性供給プログラム を創設することが可能である(146)。金融支援プログラムに設定できる参加要件・
支援内容等に関しては特に制限がないため、例えば大手金融機関しか投資し ないような短期金融商品の買い取りプログラム等も認められることになろ う。しかし、これは SIFI、TBTF 金融機関に対する金融支援プログラムと 言っても過言ではない。実際、今般の金融危機でも FRB や FDIC はプログ ラムベースの流動性供給を行っていたのであり、その結果が大手金融機関の 突出した TBTF 利益であった。これは創設されたプログラムが短期債務・
金融商品等の保証・買取りであり、そういった金融商品に投資を行ったり、
資金調達を短期資金に依存させて流動性危機に陥りやすかったのが SIFI で あったためである(147)。仮に本当に個別金融機関に対する金融支援が行われず、
プログラムベースの流動性供給が遵守されていたとしても、TBTF 金融機 関及び SIFI 業界全体への金融支援を規制したことにはならないのである。
最後に、前述したように(本節 1 項の 2 )、中央銀行の最後の貸し手機能 自体が、プログラムベースのものであろうとなかろうと、少なくとも流動性 危機を回避する目的では肯定的に捉えられていることが挙げられる。理屈上 はプログラムベースの救済権限に対して議会の承認を要求したり、プログラ ムに参加する条件や最大貸出可能額等に関して事前に様々な規制を設けるこ
とで、今以上に中央銀行の救済権限を厳しく制限しておくことも可能であ る。しかし、学説でも最後の貸し手機能に対しては、そこまでの厳しい制約 を設けようとする見解がほとんど見られない。最悪の事態に備える必要があ る最後の貸し手機能に対しては、“No More Bailout”のドット=フランク 法でさえもプログラムベースに限定するという程度でしか制約を設けなかっ たのであり、これはやむを得ないことなのであろう。
繰り返しになるが、どんなに厳しい制約を課したとしても、危機以前に制 定された法規制は危機時に覆すことが出来る。これは中央銀行の救済権限に 関する法規制であっても同様である。既存の法律を立法によって覆すべきよ うな危機的状況が発生したとしても、金融危機は待ってはくれないし、実態 は悪化し続ける。その間、議会の法改正を待ったり(政治状況によっては、
救済立法は野党側の猛烈な反対を招いている可能性がある)、あるいは法的 紛争を生じさせてしまうような解釈の変更(これらも危機後には政治的・立 法的・超法規的に追認される可能性が高い)を行うよりも、初めから最後の 貸し手機能にそれなりの柔軟性を持たせておく方がよいとも言える。将来ど のような事態が起きるのかは解らないし、法律上はプログラムベースの金融 支援に限定されていたとしても、最悪の事態には個別の金融機関であろうと SIFI 業界全体であろうと、とりあえず救済するというのが政治的・経済的 に無難な解決策と判断されてしまうかもしれない。
以上のように、金融支援をプログラムベースに限定するという手法に対し ては、過度な期待を持つべきではないであろう(148)。
第 5 項 その他
1 OLA 手続と SPOE 戦略は十分に機能しないとする見解
これまで挙げてきた批判は、ドット=フランク法によって導入された事後 規制では政府救済に対する期待を十分に削減することができないとするもの であった。一方、OLA 手続と SPOE 戦略がシステミック・リスクを顕在化
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させずに破綻処理を行うことができるとする想定に対しても、一部の見解か らは疑問が提起されている。これらの見解によると、OLA 手続で SIFI の 破綻処理を実施しても金融市場の混乱をくい止めることができないため、政 府・中央銀行は何らかの手段で救済を行ってしまうということになる。ここ で挙げる指摘は OLA 手続(SPOE 戦略)の破綻処理制度としての一般的な 問題点でもあり、以下で簡単にその内容を紹介しておく。
まず、OLA 手続と SPOE 戦略による破綻処理は、金融グループ全体及び 子会社の帳簿上の債務超過を解消するものに過ぎず、流動性を確保するもの ではないため、SIFI の流動性危機(及びそれが波及すること)を回避でき ないという批判がある。2008年金融危機を含め、一般的に SIFI がシステミ ック・リスクを顕在化させる状況に陥る原因は、経営の失敗や過剰な負債を 抱えたことによる財務上の問題ではなく、短期債権者の取り付け等に起因す る流動性危機であるとされる。そして、SIFI の流動性危機は金融グループ の事業の大部分を占める子会社に発生するものであるが、SPOE 戦略は持株 会社のベイルインによって、主として持株会社の帳簿上の債務超過を解消す ることを念頭に置いた制度であるため、流動性危機に十分に対処できず、中 央銀行やその他の非常手段による救済が(並行的あるいは OLA 手続の代わ りに)行われてしまうと言う主張である(149)。これらの見解は議論の前提とし て、OLF からの流動性供給が迅速・十分・適切に行われないということを 想定している。また、2008年金融危機で投じられた資金の額を踏まえれば、
十分な流動性を確保する上で OLF の限度額が低すぎるという指摘(150)や、金融 グループ内で資金・流動性を自由に移動させることに対しては、会社法やそ の他の業法上も様々な障壁があるという指摘(151)もある。もっとも、SPOE 戦略 自体がシステム上重要な子会社に対する事実上の救済であることを踏まえ れば、本見解は同戦略に対する根本的な批判というよりは、むしろ SIFI を
(OLA 手続・SPOE 戦略で)救済する際にグループ内子会社への流動性供給 が円滑に行われるよう確保しておくことを指摘するものと捉えられよう。
次に、OLA 手続・SPOE 戦略では持株会社のみに破綻処理手続を及ぼす ことで子会社の事業を維持・継続することができると想定されているが、実 際には OLA 手続が親会社に開始されると子会社の事業継続にも大きな困難 が生じ得るという指摘がある。SIFI はグループ内の資金・流動性の管理や 決済その他の業務、経営戦略の策定や人員を含めた経営資源の管理・運営を グループレベルで統合していることがあるだけでなく、市場においても単一 の企業(グループ)として評判(レピュテーション)や信用力が評価される ことがある。そのため、ひとたびグループ頂点の持株会社に OLA 手続が開 始されれば、子会社の信用も著しく毀損されてしまい、短期債権者の取り付 けが発生するなどして子会社の事業継続にも大きな影響が及ぶという指摘で
ある(152)。OLA 手続の開始によって子会社の事業継続に支障が生じたり、その
事業価値が著しく毀損されてしまうようであれば、TLAC 保有者と OLF の 損失が非常に大きくなる危険があり、こうした事態が事前に予測される場 合、OLA 手続の利用自体が回避され、持株会社・子会社に特別な救済措置 が講じられる可能性が高くなる。この問題も前述した二つの指摘と同様に、
OLA 手続・SPOE 戦略を実施する上での課題の一つと言えよう。
2 OLA 手続と SPOE 戦略に対するその他の批判
最後に、TBTF 問題とは直接関係しないものを含め、OLA 手続・SPOE 戦略に関するその他の批判・問題点を紹介・検討する。
( 1 )SPOE 戦略における損失負担者に関する問題
一部の論者は、SPOE 戦略で金融グループの損失を最終的に負担するの が、一般市民の資産運用を担う年金基金等の機関投資家になる可能性が高い 点を批判している(153)。
前述したように、(外部)TLAC を他の SIFI が保有する場合、SPOE 戦 略の破綻処理によって金融機関の損失が他の SIFI に移転してしまうため、
流動性危機が連鎖する危険がある。この場合、金融機関を SPOE 戦略で破 綻処理することができなくなってしまうため、TLAC は SIFI 業界に属さな
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い他の金融機関・投資家に保有されることが求められる。米国の TLAC に 関する規則案で提案されていたように、ある BHC が他の BHC の発行した 無担保債務を保有する場合、当該無担保債務の額が自己資本比率を計算する 上で Tier 2 資本の額から控除されるなど、今後は SIFI(あるいは BHC)
が TLAC 等へ投資することを抑制する政策が採られていく可能性がある(154)。 すると、TLAC を保有して最終的に金融グループの損失を負担するのは年 金基金等の機関投資家になるとされ、本見解はこの点をドット=フランク法 の政策理念である「国民負担の禁止」の関係から問題視するものである。
本見解は法律上の解釈としては無理のある批判である。ドット=フランク 法の一般規定における「国民負担の禁止」とは、FDIC が OLA 手続に要し た費用を回収すること、OLF に損失が生じないようにすること等を要求し ていると考えられるし、TLAC(保有者)は OLA 手続で言うところの、優 先順位に従って損失を被らなければならない劣後債権者(の投資家)という 位置付けでしかないためである。殆ど最劣後の地位にある TLAC 保有者が 損失を被るというのが、むしろ法の要求するところと言える。
SPOE 戦略では子会社の損失が第三者に転嫁されることで当該金融事業 にモラルハザードが生じるが、最終的に損失を負担するのが年金基金や SIFI、ヘッジファンドやその他の投資家であっても、この点に変わりはな い。しかし、SPOE 戦略における損失の負担先を年金基金等に設定するとい う政策自体には、ひょっとしたら検討の余地があるのかもしれない。もっと も、仮にこれらの見解が、損失を被る投資家が年金基金等とは異なる機関投 資家やヘッジファンドであれば良しとするのであれば、これらの投資家も国 民の資産を運用していることに変わりがないという、回答の難しい批判に直 面してしまう(155)。
SPOE 戦略に対してこうした制度理念上の疑問が呈される根本的な原因 は、SIFI の金融事業を維持する一方、TLAC の(強制)発行という手法に よって SIFI 以外の投資家に損失を負担させる点にあると言えよう。確か
に、SIFI は TLAC の利息を支払わなければならず、いずれは元本も返済し なければならないため、多くの投資家にとって利益となる可能性がある。し かし、法律上の解釈はともかく、SPOE 戦略はその制度目的や誕生した経緯 からしても、金融機関の維持を禁止するというドット=フランク法(OLA 手続)の重要な理念に矛盾している感が否めない。こういう問題が出て来て しまうほど、システム上重要な金融事業を解体するということは、規制当局 にとって何としてでも避けたい結論なのであろう。SPOE 戦略は法律上の問 題を巧みに回避しているかもしれないが、規制当局がこうした手法を予定す ること自体が、“No More Bailout”を実現・貫徹することの難しさ(場合 によっては経済的に合理的でないこと)を浮かび上がらせているのである。
( 2 )TLAC という手法に対する批判
また、TLAC で利用される負債性証券(劣後債)は、Tier 1 資本または エクイティと比較して損失吸収能力に劣るだけでなく、ベイルインを実施す る際に他の SIFI が発行する TLAC 市場にも混乱を生じさせ得ること等を理 由に、TLAC の強制発行という手法自体に否定的な見解がみられる。特に、
ベイルイン用の負債性証券(及びそれらの投資家に損失を負担させて子会社 を維持するという破綻処理)という、金融規制の歴史でこれまであまり活用 されてこなかった実効性の保証のない金融商品・手法に頼るのなら、単に銀 行持株会社や銀行本体に要求する Tier 1 資本を高めればよいという見解も
ある(156)。また、TLAC の転換・消却が迫った際には、同種の金融商品市場に
大きな混乱が生じ得るという指摘が以前から存在している。実際、2015年に はイタリア及びポルトガルにおいて、ある銀行の救済のために劣後債保有者 に損失を負担させた際、大きな政治紛争を招いてしまった例があるだけでな く、2016年にはドイチェ・バンクとクレディ・スイスのコンティンジェン ト・キャピタル(157)で投げ売りが発生し、当該証券のボラティリティが急激に上 昇する例があった(158)。これらの例はベイルイン用の負債性証券が金融機関の危 機時にボラティリティを急激に高めたり、転換・消却等の決定に関して大き
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な紛争を招いてしまうため、その有用性を著しく損ねてしまう可能性を示し ており、TLAC にも同様の問題が生じ得るという指摘である(159)。
これまで、銀行規制の重要な柱として、リスク資産に対する十分な自己資 本を要求し(自己資本比率規制)、間接的に高いレバレッジを抑制する政策 が取られてきた。一般的なファイナンスの理論によると、有限責任を享受す る株主はレバレッジの高い時にリスクを追求する危険があるとされるが、一 定の自己資本比率を要求することで金融機関の健全性を高めると同時に、レ バレッジを低下させて間接的にリスクテイクを抑制することができた。しか し、持株会社に対して子会社の損失を吸収できるほどの TLAC 発行を要求 する SPOE 戦略は、金融機関の負債発行を抑制するというこれまでの規制 原理に矛盾している感もある。TLAC という新しい金融商品市場が形成さ れることにより、危機時に他の金融商品市場や SIFI に対してどのような影 響が生じるのかは、未知数なところが多い。
( 3 )TLAC 保有者による金融グループ全体への規律付けに関して SPOE 戦略では子会社債権者にモラルハザードが生じ得る一方、代替的 に親会社の TLAC 保有者がリスクテイクに対する規律となることは前述し た。確かに、親会社 TLAC 保有者が金融グループ全体に対して十分なモニ タリング(あるいは債権者の市場規律)を働かせることができるのなら、
SPOE 戦略は全体としては、SIFI のリスクテイクを抑制し得ることになる。
しかし、システム上重要な子会社の直接のカウンターパーティーとならない TLAC 保有者は、リスクテイクに対する規律としては(直接のカウンター パーティーが働かせる規律と比較して)不十分である可能性が高い。
前述したように、TLAC の投資家はシステミック・リスクの伝播を防ぐ 観点から、SIFI を除外した年金基金等になることが想定されている。SIFI のカウンターパーティーとなることが多い SIFI(あるいはその他の金融事 業者)と比較しても、これらの投資家は SIFI の金融事業に関する専門性や モニタリング能力に劣っていると考えられるだけでなく、規律の働かせ方も
間接的なものとなるに過ぎない。子会社金融事業のカウンターパーティーは 当該子会社のリスクに基づき、取引の各段階やロールオーバーの際にも直接 にリスクテイクに対する規律を働かせることができるが、TLAC 投資家は 子会社と直接に取引は行わず、持株会社が TLAC を発行する際に持株会社 に対して規律を働かせ、持株会社はその前後で子会社金融事業のリスクを決 定する。両場合とも、投資家・債権者が市場で TLAC あるいは子会社に対 する債権・ポジション等を売却し、これらの市場価格に影響を及ぼすことで SIFI に規律を働かせることも可能であるが、TLAC の価格はシステム上重 要な子会社のみならず、グループ内の他の子会社も含めた金融グループ全体 のリスクに基づいて決定されてしまうため(160)、子会社のリスクテイクに対する 規律という意味では不完全なものとなる。TLAC 保有者から SIFI を除外す る政策により、システム上重要な子会社のカウンターパーティーとなりやす い SIFI が SPOE 戦略によって当該金融事業に関するリスクから隔離されて しまうことを踏まえれば、当該戦略で代替的に用意される TLAC 投資家の 金融グループ全体に対する(市場)規律というものは、不十分なものと評価 せざるを得ないであろう。
もっとも、SPOE 戦略によって親会社で破綻処理が始まる(TLAC の消 却)か、あるいは子会社金融機関で破綻処理が行われる(子会社の劣後債 等の消却)かは状況によって不明確なところがあり、必ずしも子会社債権 者の規律が完全に失われるわけではない(161)。債権者による市場規律(market discipline)とは、債権者(市場参加者)が金融機関のモニタリングを行い、
信用力・リスクに応じて資金調達コストが決定されることでリスクテイクに 歯止めをかける一方、債権が市場で売買されることで市場価格もリスクに応 じたものとなり、金融機関の資金調達に間接的に規律を及ぼすと同時に、こ れらの市場価格の動向を基に規制当局が金融機関の健全性や介入の要否を判 断するというものであり(162)、現在ではバーゼル規制の 3 本の柱の一つにも含ま れている重要な規律付けメカニズムとされる。しかし、市場規律という現象
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は確かに実証されているものの(163)、それはリスクテイクによってもたらされた 流動性危機などが発生する直前・以後になって急激に現れる現象であり、リ スクテイクに対する規律付け、あるいは規制・介入のトリガーに用いる場合 の有用性に関して再考を要するという指摘もある(164)。TLAC 保有者が市場規 律という機能をどのように発揮するのかは、未だによく解らない部分が多 く、前述したように同種の金融商品で転換・消却の可能性が迫った際に大き な混乱が生じた例も既に存在している。SPOE 戦略の登場によって、金融グ ループの資金調達や子会社債権者(カウンターパーティー)の行動がどのよ うに変化するかは、今後も注視していかなければならない問題であるが、現 段階では、TLAC 保有者のモニタリングは不十分なものと評価せざるを得 ないように思われる。
第 2 節 TBTF 利益に関する実証研究の動向
以上のように、危機時の救済権限を制限する事後規制には様々な問題が存 在しているため、現在も依然として一部の学説はドット=フランク法の内容
(及び SPOE 戦略)では TBTF 問題に十分に対処できないと考えている状況 にある。仮にこうした学説の指摘が正しいのであれば、一部の金融機関(特 に SIFI)には依然として TBTF 利益が存在しており、これらの金融機関と その債権者は当該利益を追求するモラルハザードに陥っている可能性があ る。それでは、TBTF 利益に関する実証研究はどのような結果を示してい るだろうか。
以前に別稿で紹介した内容をもう一度述べておくと、①確かに、ほぼ全て の実証研究が、特に2008年金融危機以前において、大手金融機関に非常に大 きな TBTF 利益(資金調達コストの削減)が存在していたことを示してい る。しかし、②これらの研究も、2010年頃からは TBTF 利益の大きさが減 少したことを示している。また、③従前は、複数の大手格付機関は信用格付 を公表する際に、SIFI の単独・独力の信用格付部分(stand-alone ベース)
と TBTF 利益の部分を区別して表示すると同時に、TBTF 利益部分を考慮 して SIFI の信用格付けを大きく引き上げていた。もっとも、④これらの格 付機関も2013年頃からは、ドット=フランク法の制定によって TBTF 利益 が十分に削減されたとして、TBTF 利益部分を別個表記することを順次廃 止している(165)。
これらの結果からも分かるように、ドット=フランク法が TBTF 利益を 一定程度(論者によっては十分に大きく)削減することに成功したのは間違 いないであろう。もっとも、こうした実証研究の結果を過大に評価すべきで はないとする指摘も存在する。TBTF 利益は金融市場が安定している時に は小さく計測される一方、市場が混乱している時には急激に大きくなるため
である(166)。例えば投資家が、大手金融機関の方が他の金融機関よりも救済され
る可能性が高いと予想している場合でも、好景気または金融市場が安定して いるため全ての金融機関で破綻の可能性が少ないと予想している時には、
TBTF 利益は小さく計測される。TBTF 利益は政府救済の可能性・期待の 差を資金調達コストに反映させたものであるが、市場の安定期には全ての金 融機関で破綻の可能性が小さいため、救済に対する期待に大きな差が現れな いためである。反対に不況または金融市場の混乱時には、多くの金融機関で 破綻の可能性が高まり、大手金融機関の救済に対する期待は他の金融機関と 比較して大きく上昇するため、TBTF 利益が急増することになる(167)。危機時 に TBTF 利益が急増するのであれば、それは TBTF 利益が実際には十分に 削減できていないと同時に、特に短期債権者に対する規律が働かないことを 示している。2008年金融危機(あるいはドット=フランク法の制定)の後で TBTF 利益が減少したことを示す上記の実証研究は、単に金融市場のサイ クルと景気循環によってもたらされる TBTF 利益の増減を辿っているに過 ぎない可能性がある(168)。
TBTF 利益に関する最近の大掛かりな実証研究として、2014年に GAO が 公表したものを紹介する。同研究は2006~2013年の期間で、計42種類の統計
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 369
モデルを用いて、総資産 1 兆ドル及び100億ドルの銀行持株会社(BHC)の 資金調達コストを計測・比較するものである(169)。当該研究によると、ドット=
フランク法が制定される2009年までは、42モデルの内、ほぼ全てが総資産 1 兆ドルの BHC の方が資金調達コストで有利なことを示す結果となった(170)。し かし、2010年以降の分析では、SIFI の資金調達コストが TBTF 利益の減少 とその他の法規制の費用によって上昇したため、42モデルの内、年によって は過半数を超えるモデルが、総資産100億ドルの BHC の方が有利であると する結果を示した(171)。もっとも、これらは各年に応じた平均的な信用リスク及 び債権の流動性を仮定した場合の分析結果となっている。同研究は TBTF 利益が金融市場のサイクルと景気循環から大きな影響を受けている可能性を 考慮し、2013年の TBTF 利益に関して、金融機関の信用リスクを2008年の 金融危機時と同一に設定した場合の研究も行っている。すると、やはり2013 年においても大きな TBTF 利益が存在していることを示す結果となり、42 モデルの内、総資産 1 兆ドルの BHC が有利とするモデルは30存在し、その 内10モデルが統計上有意な(10%水準)結果となった。反対に総資産100億 ドルの BHC を有利とするモデルは12存在したが、全てが統計上有意な結果 とならなかった(172)。もっとも、この場合の信用リスクはあくまでも仮定的なも のであることに注意を要する。ドット=フランク法で導入された様々な法規 制によって、金融機関の信用リスクが2008年金融危機時と同程度にまで高ま る危険はある程度削減された可能性があるためである(173)。
SPOE 戦略の運用実績が存在しない現在、実証研究の結果をどの程度重 視するのかは判断の分かれる難しい問題である。仮に今後、SIFI を本当に SPOE 戦略によって(システム上重要な金融事業の債権者を救済しつつ)破 綻処理していく場合、SIFI(特に子会社金融機関)の TBTF 利益はさらに 大きくなる可能性がある。しかし、ドット=フランク法の制定以降、TBTF 利益が一定程度削減されたという事実は多くの研究によって確認されている ことでもある。OLA 手続・SPOE 戦略は歴史の浅い制度であり、TBTF 利
益の大きさは同制度の今後の運用次第の部分も大きいと考えられる(174)。ドット
=フランク法がどの程度の成果を実現したのか、依然として断定的な判断を 下すことはできないであろう。
第 3 節 事前規制による金融機関のインセンティブ是正の必要性
ここまで、ドット=フランク法が TBTF 問題に対して主に事後規制(救 済権限の制限、必要的清算等)によって対処したこと、これらの手法の実効 性には批判があること、その成果が十分なものか実証研究からも明確でない ことを説明してきた。仮にこれらの事後規制で TBTF 金融機関(及びその 債権者)のモラルハザードに十分に対処できない場合、如何なる法規制を導 入すべきであろうか。現在、学説では金融機関のインセンティブを是正する 事前規制の手法に支持が集まりつつある。本節では、事前規制と事後規制の 機能・費用について説明し、事前規制によって TBTF 問題に対処する意義 とその際に留意すべき事項について検討する。
第 1 項 事前規制と事後規制
金融機関に対する法規制は、その直接の適用(あるいは規制当局の介入)
が、金融機関の破綻や金融危機が生じる前(事前、ex ante)、あるいはその 後(事後、ex post)に行われるかで区別されることがある。前者が事前規 制 (ex ante regulation)、 後者が事後規制 (ex post regulation) と呼ばれる。
1 事後規制 (ex post regulation) 及びアドホック手法 (ad-hoc approach)
事後規制とは、例えば、外部性を生じさせる行為が既に行われた後になっ て政府の決定・介入がなされる規制と説明される(175)。例えば、金融機関の破綻 処理手続である OLA 手続やその際の必要的清算・救済権限の制限に関する 規定、FRB・FDIC の危機時の流動性供給に対する規制などが挙げられる(176)。 なお、金融規制の分野では、例えば中央銀行の最後の貸し手機能のように、
規制当局や中央銀行が危機時に特別な対応・救済を行う権限(セーフティー
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 371
ネット)に関する規定も、事後規制に含めて論じることがある(177)。これらはア ドホック手法(ad-hoc approach)とも呼ばれることがあるが、一般的な事 後規制は規制対象に費用・負担を生じさせるものであるのに対し、セーフテ ィーネット等のアドホック手法は規制対象に利益を生じさせるものが想定さ れていることが多く、これらは厳密には区別して論じられるべきかもしれな い。もっとも、両規制・手法とも金融機関の破綻によって市場に混乱が生じ るのを防ぐことを目的としており、法規制の効率性を判断する際には全ての 市場参加者に生じる費用・便益を比較することが求められていること(その ため、一定の規制・措置が規制対象に費用・便益のどちらかをもたらすか は、あまり重要でない)から(178)、本稿も便宜的にアドホック手法を事後規制に 含めて説明・検討を行う。
事後規制及びアドホック手法の重要な機能としては、①(特に事後規制で は)危機時の対応を予め規定しておくことによって、間接的に危機以前の金 融機関・市場参加者の行動に影響を与えること(例えば OLA 手続で一定の 債権者にヘアカット(元本削減等)を実施する規定を設けた場合、市場参加 者は当該種類の債権で金融機関に資金を提供しなくなる)、②(特にアドホ ック手法では)事前規制によって防ぐことができなかった事態に対処し、効 率的な結果を実現し得ることが挙げられる。特に、事前規制に批判的でアド ホック手法を事後規制に含めて分析を行う見解は、②の点を事後規制の大 きなメリットとして強調する傾向がある(179)。しかし、TBTF という問題を検 討する上では、これらの機能は割り引いて考える必要がある。まず②の点に 関連し、特にセーフティーネットといったアドホック手法の法規制に対して は、市場参加者にモラルハザードを促してしまうことが大きな欠点として指 摘されてきた(180)。セーフティーネットは金融機関の連鎖的破綻を確実に防ぐこ とができ、大きな社会的便益が認められるものの、一方ではシステミック・
リスクの源泉であるリスクテイクを引き起こし、規制の利益にも匹敵し得る 大きな費用を生じさせる可能性がある。そして①に関しても、これまで検討
してきたように、TBTF という問題では事後規制が当初予定されていたよ うに運用・遵守される可能性が低いため、危機以前のモラルハザードに対す る規律効果は弱くなってしまう。②の機能によって生じるモラルハザードに 対して、①の機能が十分に対処できないとするなら、事前規制によって①の 機能を代替させる必要がある。
2 事前規制(ex ante regulation)
事前規制とは、例えば、外部性を生じさせる行為が行われる前(あるいは 同時期)に政府の決定・介入がなされる規制と説明される(181)。例えば、自己資 本比率規制や業務規制(例えば銀行に証券業・一般事業(商業)を禁止する 規定など)、などが挙げられる(182)。
事前規制の問題としては、事後規制と比較して大きな規制コストを生じさ せてしまう可能性が高いことである。例えば一定の事業・金融取引を禁止す る業務規制を金融機関に課した場合、社会的に望ましいリスクテイクも全て 禁止してしまうことになり、社会厚生を大きく減らしてしまう危険がある(183)。 特に事後規制を実施する場合と比較して、規制当局は危機以前(あるいは外 部性を生じさせる行為が行われるよりも前)に規制を実施する局面では、規 制の費用・便益に関する情報に劣るとされており、過剰な自己資本比率規制 などが採用された場合、金融機関の投資判断や経営資源の配分を歪めるだけ でなく、信用創造・金融仲介機能を低下させて経済全体への資金・流動性供 給にも大きな影響を与え得る(184)。
しかし、事前規制の重要な機能として、危機以前の段階で金融機関の事業 活動を直接規律できることが挙げられる。事後規制が TBTF 問題において その実効性が低いことを踏まえれば、事前規制は一定の費用と引き換えに、
モラルハザード(そしてシステミック・リスクが顕在化する危険)の削減と いう、非常に大きな便益を実現できる可能性がある。
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 373
第 2 項 事前規制による TBTF 利益・モラルハザードの削減 1 TBTF 問題における事前規制の必要性
現在、TBTF 金融機関のモラルハザードに対しては、事前規制によって 金融機関のインセンティブを是正することを主張するものが増えている。特 に、後述する TBTF の地位に費用を発生させる一部の手法に対しては、近 時多くの支持が見られるようになった。TBTF 問題で事前規制の長所が強 調されるようになった理由としては、以下のことが挙げられる。
第一に、前述したように、TBTF という問題では事後規制の実効性が弱 いため、TBTF 利益を十分に削減できない可能性が挙げられる。この場合、
「救済しない」といった法規制だけでは過小規制の恐れがあり、危機以前に 適用される実効性の高い法規制によって市場参加者の行動を是正する必要性 が高い。
第二に、事前規制はその設計・内容次第で金融機関のインセンティブに大 きな影響を与えることができるため、モラルハザードを効果的に削減でき る点が挙げられる。これまで検討してきたように、TBTF 金融機関が存在 する理由は TBTF の地位が金融機関(及びその債権者)に利益(TBTF 利 益)をもたらすためであり、金融機関(及びその債権者)は経済的な動機か ら当該地位・利益を追求しているに過ぎない。事後規制が政府救済の可能性 と TBTF 利益を十分に削減することができないなら、法規制の実効性が損 なわれない平時(事前)の段階において、TBTF の地位に費用を生じさせ て金融機関が当該地位・利益を追求しないようにすることが合理的である。
TBTF 金融機関の保有・追求するシステミック・リスクが外部性の問題と して説明されることは前述したが(第Ⅰ章の 2 参照)、これによると、各金 融機関は自身の行為によって金融システム全体に生じる費用を内部化できて いないため、他の金融機関の破綻を自身で防ごうとするインセンティブに欠 けており、結果として利益を求めて過度のリスクテイクを行うことになる。
システミック・リスクが外部性の問題であるなら、危機以前にその費用を
TBTF 金融機関自身に負担させて(内部化)、システミック・リスクの追求 を抑止すべきということになる(185)。
第三に、事前規制はその手法によっては、危機によって生じる費用を事 前にある程度回収しておくことができる点が挙げられる。特に、TBTF 金 融機関の破綻処理(あるいは金融支援)によって生じ得る損失を、FDIC や 中央銀行ではなく事前に TBTF 金融機関から回収しておくことができるな ら、公平の観点のみならず、インセンティブの是正、そして場合によっては 事後規制の実効性を高める(例えば、破綻処理の費用を事前に回収しておく ことが出来るなら、破綻処理制度が当初予定されていたように運用・遵守さ れる可能性が高くなる)ことができる点からも望ましい。
以上のように、事前規制は TBTF の地位に直接費用を生じさせること で、金融機関(及びその債権者)に当該地位・利益を追求させないように する効果があるため、リスクテイクに対する直截的な対処が可能となる。
TBTF 問題は事後規制の実効性が損なわれる局面の問題であるため、事前 規制の必要性が高まることになる。
2 事前規制と事後規制のバランス
もっとも、事前規制は大きな費用を生じさせ得るため、各手法によって外 部性を削減できる程度に差があることを踏まえれば、全ての事前規制が効率 性の観点から支持されるわけではないことに注意を要する。事前規制の費用 が巨額であること、事前規制によってもシステミック・リスクが顕在化する ことを完全に防ぐことはできないこと、事後規制(特にアドホック手法)
に付随するモラルハザードに対しては救済の発動・対象を曖昧にする手法
(“constructive ambiguity”と呼ばれる)によってある程度対処できるこ と、などを根拠に、様々な事前規制に対して批判的な見解も依然として根強 い。
例えば Schwarcz は、事前・事後規制を導入した場合及び導入しなかった 場合の費用・便益を比較した場合、効率性の観点からはアドホック手法(セ
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 375
ーフティーネット)のみが積極的に支持されると数値例で説明している。そ の例を紹介すると(186)、TBTF 金融機関がもたらす社会的な費用で、法規制が 無い場合の期待費用(EC(n))と、法規制が導入された場合の期待費用(EC
(r))は、例えば以下のように表される。
EC(n)=[α%×$A]+[( 1 -α%)×$B]
EC(r)=[β%×$A]+[( 1 -β%)×$B]+$R
α%:規制が無い場合のシステミック・リスクが顕在化する確率 β%:規制が導入された場合のシステミック・リスクが顕在化する確 率(<α%)
$A:システミック・リスクが顕在化した際の費用
$B:システミック・リスクが顕在化しなかった場合の費用 $R:規制の導入によって生じる費用
この時、$B は薄く分散された費用であり、便宜的に 0 とみなすことがで きる。そのため、法規制の導入を効率性の観点から検討する場合、
EC(n)=[α%×$A]
EC(r)=[β%×$A]+$R
を比較し、前者(法規制が無い場合の期待費用)の方が大きいなら、規制の 導入が支持されることになる。
Schwarcz は$A を10億ドル、α%を25%と仮定して各種法規制の費用・
便益分析を行っており、例えばレバレッジに対する上限規制(あるいは高い 自己資本比率規制)は、金融機関のシステミック・リスクを大きく削減する ため、β%を 5 %まで低下させるが、信用創造機能や運用資金を大幅に低下 させるため、$R が10億ドル近くに達するとしており、EC(r) (≒10億5000 万ドル)が EC(n) (= 2 億5000万ドル)を大きく上回るため、当該規制は 効率性の観点から支持されないとする。β%を 5 %とする本例では、レバレ ッジ規制の費用($R)がシステミック・リスクの費用($A)の 5 分の 1
( 2 億ドル)以下まで低いものでなければ、当該規制は正当化されないこと
になる。
一方、危機時に流動性を供給する最後の貸し手機能は、β%を10%にまで しか低下させることができないものの、金融機関に直接費用を生じさせるも のではなく、また、モラルハザードの費用は救済の可否・対象を曖昧にする ことによってある程度削減できるとし、$R は 1 億ドル程度であるとしてい る。この場合、EC(r) (= 2 億ドル)が EC(n) (= 2 億5000万ドル)を下回 るため、最後の貸し手機能を存置することが支持されることになる。もっと も、これらはあくまでも仮定的な数値に基づく分析であり、モラルハザード の費用が他の費用と比較してかなり低く設定されている感が否めない。
いずれにせよ、重要なことは事前規制と事後規制のバランスであり、①事 前規制の費用・便益(効果)の比較のみならず、②既に事後規制によって TBTF 利益がある程度削減されており、事前規制による追加的な効果が逓 減してしまう可能性があること、③規制当局が事前規制を実施するに際し、
十分な情報と専門性を有しているかどうか、等が考慮される必要がある(187)。
第Ⅳ章 TBTF 金融機関に対する事前規制の 各種手法に関する議論の動向
以下では TBTF 金融機関に対する各種の事前規制に関して、現在の議論 状況を踏まえつつ検討を行う。なお、ここで取り扱うのは特に TBTF 問題 に対して主張される代表的なものであり、紹介を省略した手法もある(188)。ま た、金融機関が一定の取引・業務を行うことを禁止する業務規制(例えばド ット=フランク法が導入した、銀行に自己勘定取引を禁止するボルカー・ル ール等)も、金融機関のリスクを低下させる手法として重要なものである が、紙面の都合上これらも取り扱うことはできない。
第 1 節 規模の制限
TBTF 金融機関に対する事前規制の手法として多くの議論がなされてき
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 377
たのは、金融機関の規模を制限する手法である。金融機関が TBTF の地位 を獲得しないよう、その規模を制限するものであるが、手法としては、①一 定規模を超えることになる M&A 取引を制限するもの、②一定規模を超え た金融機関に縮小・事業売却等を要求する(あるいは単純に一定規模に達す ることを禁止する)もの、の大きく二種類が存在する。米国の現行法は、主 として①の規制を設けている。もっとも、規模の制限あるいは金融機関の縮 小・解体を要求するという手法に対しては、実務・業界側のみならず学説か らも批判が多い。本節では、第 1 項では①、第 2 項では②の法規制について 検討する。
第 1 項 現行の法規制
1 M&A 取引に対する法規制
ドット=フランク法制定以前から、米国では一定の規模を超える金融機関 の M&A 取引を制限する法規制が存在した。すなわち、1994年のリーグル
=ニール州際銀行・支店設置効率化法により、銀行持株会社が米国の預金 取扱金融機関全体の預金合計額の10%(または各州の預金合計額の30%)
を超えることになる M&A 取引・組織再編行為を行うことは、原則として 認められないこととなっている(189)。もっとも、当該規定は銀行持株会社法上 の「銀行」を対象とした法規制であったため、例えば金融危機時に Bank of America が Merrill Lynch を買収した際には、預金シェアが全米の11.9%
に達したにもかかわらず、被買収会社が「銀行」の定義に該当していなかっ たためその適用が回避されてしまっていた(190)。こうした法規制のループホール を塞ぐと同時に、銀行以外の金融機関にも広く集中規制を及ぼすため、ドッ ト=フランク法は新たに「金融会社(financial company)」が全金融会社の
「負債(liabilities)」総額の10%を超える M&A・組織再編を行うことを原 則として禁止する規制を設けることとなった(191)。もっとも、例外も設けられて おり、FRB の事前の書面による同意と同時に、①債務不履行または債務不
履行のおそれのある銀行の買収、② FDIC によって連邦預金保険法13条(c)
に基づく金融支援が行われている買収、③負債の増加が僅か(de minimis increase)な買収、のいずれかに該当する場合、当該規制は適用されない(192)。 2 現行法の問題点
米国の規模に対する法規制の問題点としては、第一に、主たる法規制の対 象が M&A といった取引行為に限定されていることである。ここで紹介し た法規制は一定の規模を超えるような M&A 取引を禁止しているに過ぎず、
SIFI が内生的な成長・事業拡大によって規模を拡大させたとしても、それ を捕捉することは出来ない。そのため、M&A 等で基準値に匹敵する程度ま で規模を拡大させた後、成長・事業拡大によって基準値を超えたとしても、
原則としてこうした行為には法規制が及ばないことになる。
第二に、現行法の基準値が大きすぎる可能性がある。基準値としてどの程 度の規模を要求するかは、現存する金融機関の規模や国際競争等を考慮して 判断しなければならいため、実際は非常に大きな値が設定されざるを得ない 面がある。後述するように、システミック・リスク及び TBTF の地位は規 模だけで一概に決まるものではなく、実際、現行法の基準値に達しないよう な金融機関も過去に多数救済されてきたことを踏まえれば、現在の基準値は TBTF の地位を判断する上で高すぎるのかもしれない。
第三に、これらの法規制にも適用除外が認められており、結局、市場の混 乱時にはこれらの規定が適用され、当初予定されていた機能が実現できない おそれがある。規制当局にとって危機時に救済合併先を見つけることは危急 の課題であるため、規模の制限を回避してでも当該 M&A を実施すること が(経済的に)必要・合理的であると判断されれば、規制当局は解釈上の問 題などを精査せずに M&A を許容する可能性がある。この場合、危機時に 適用除外を認める規模の制限は、事後規制と同一の多くの問題が当てはまる ことになろう(193)。
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 379
第 2 項 規模の制限・金融機関の解体に関する学説とその評価
現行の規模に対する法規制や第Ⅲ章で検討した事後規制の問題点を踏まえ て、一部の学説は一定の条件を満たした場合に金融機関(持株会社・金融グ ループ)を縮小・解体する法規制の導入を主張している。本稿ではこれらの 主張の内容を紹介・検討する。
1 Macey & Holdcroft の提案
金融機関の縮小・解体を主張する学説としては、Macey & Holdcroft の ものが著名である。Macey & Holdcroft は、①金融機関の救済は費用便益 の分析に基づく経済的な理由から行われるのではなく、危機対応を迫られた 議会・政府が政治的理由に基づいて行うものであるため、事後規制は遵守さ れず、議会・政府は“No More Bailout”の説得力のあるシグナルを発信で きないこと、②巨大金融機関には規模・範囲の経済が認められず、その事業 の効率性は TBTF 利益から来ていること、③金融機関を解体することから 生じるその他の費用はそれほど大きくならないこと、等を根拠に(194)、一定の明 確な基準に基づいて金融機関を解体する事前規制を提案している。
具体的な手法としては、例えば銀行の負債総額が預金保険基金の一定割 合(当該論文では 5 %が提案されている)に達することを禁止する(あるい はそれに達した金融機関を規制当局が縮小・解体する)法規制を提案してい
(195)る
。本提案が預金保険基金の一定割合をトリガーとする理由は、仮に議会・
規制当局が金融機関の縮小・解体を回避しようとしても、問題となる銀行の 負債総額が基準額に収まるようにするため、(議会・規制当局は)預金保険 料を増額するなどによって預金保険基金を増加させなければならない点にあ
(196)る
。本提案は、第一に、明確な基準を設けることで規制が回避されないよう にすること、第二に、仮に規制当局が法執行を回避しようとしても、その場 合には預金保険基金が増加し、TBTF 金融機関(銀行)の破綻に対する事 前の備えが拡充するため、金融支援が行われる可能性を低下させ得ること、
第三に、預金保険料を増額する必要があることから、法執行を回避しようと
する規制当局の態度にも一定の歯止めがかかること、を意図しており、こ れらの機能によって TBTF 金融機関を金融支援無しに解体するという法規 制・目的の実効性を高めることを目的としている(197)。
2 システミック・リスク軽減措置・清算計画のエンフォースメントの活用 規模の制限と類似し、金融機関からシステミック・リスクや複雑性を取り 除くため手法として、ドット=フランク法が導入したシステミック・リスク 軽減措置(Mitigatory Actions)を活用することも考えられる。FRB は連 結総資産500億ドル以上の銀行持株会社または FRB に監督されるノンバン ク金融会社が米国の金融システムの安定性に重大な脅威(grave threat)を 与えると判断した場合、金融安定監督評議会の構成員の 3 分の 2 以上の同意 を得て、対象会社に対して① M&A の実施や他の会社と関連性を持つこと を制限すること、②金融商品の提供を制限すること、③一定の業務を終了さ せるよう要求すること、④業務を行う方法に条件を付すこと、または⑤上記
(①~④)の措置でも不十分と判断した場合には資産またはオフバランスシ ートの項目を非関連事業者(unaffiliated entities)に売却するよう要求する こと、のいずれかの措置を講じることができる(198)。
他にも、清算計画 (Resolution Plan. 通称、“Living Will”) のエンフォー スメントを活用する手法が挙げられる。連結総資産500億ドル以上の銀行持 株会社または FRB に監督されるノンバンク金融会社は、経済危機時に秩序 ある破綻処理を実現するための清算計画を策定し、定期的に FDIC・FRB・
FSOC へ提出することが求められる(199)。FDIC と FRB が共同で当該清算計画 が説得力を有しない(not credible)または秩序ある清算を容易にしないと 判断した場合、対象会社に清算計画を是正する機会を与え、それでも十分な 計画が再提出されなかった場合には、当該会社に対してより厳格な資本・流 動性規制や業務・事業規模の拡大に対する制限などを課すことが認められて いる。特に、こうした措置が課されてから 2 年以内に十分な計画が提出され なかった場合には、秩序ある破綻処理を実現できるようにするため、対象会
に対する法規制の在り方に関する考察( 2 ・完)(平岡) 381
社に一定の資産・事業を売却するよう要求することも可能である(200)。金融機関 は説得力のある清算計画を提出して FRB・FDIC の審査を通過するために、
事前にその事業を簡素・合理化しておかなければならず、これらの措置を実 際に課さなくとも、SIFI の複雑性を事前に除去することができるという考
えである(201)。本手法はシステミック・リスク低減措置とは異なり、むしろ金融
機関側が自らその複雑性を取り除くことが念頭に置かれている。
3 検 討
以上のように、一部の論者は既存の法規制では不十分であるとし、金融機 関が TBTF の地位を獲得しないようにするため、一定の規模に達した金融 機関を縮小・解体させる手法を積極的に活用することを主張している。もっ とも、このような手法に対しては特に規制を導入した際の費用が巨額になり 得ることを根拠に、費用対効果の面から現在も多くの論者が否定的である。
以下では上記の学説やドット=フランク法が導入した法規制など、規模の制 限という規制手法全般に関して、その社会的費用やその他の課題について検 討する。
規模の制限に対する批判・問題点としては、第一に、金融機関を解体・縮 小(あるいは規模を制限)することによって生じる社会的費用の問題が挙げ られる。特に一部の見解からは、規制当局(議会)には金融機関を経営した り事業計画を策定する能力・専門性がなく、金融機関の効率性が TBTF 利 益あるいは他の要因によって生じているのか判別できないことを根拠に、金 融機関を解体する場合の費用は非常に大きくなると強調されることがある(202)。 また、規模・範囲の経済によって巨大金融機関の効率性が高められていると する見解や、国際競争力を確保するために一定の規模が必要であるとする見 解は依然として根強い(203)。これらの見解によると、金融機関を解体する場合の 費用(金融機関・業界の効率性の低下とその他諸経費)はその便益(一部金 融機関から TBTF の地位を剥奪)を上回るため、本規制手法は効率性の観 点から支持されないことになる。