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近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味

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(1)

近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味

著者

黄 孝善

雑誌名

言語科学論集

18

ページ

63-74

発行年

2014-12-01

URL

http://hdl.handle.net/10097/58224

(2)

言語科学論集第18号2014年 63

近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味

孝 善

キ−!;}ード:情報、状況、知識、比較、安定 要旨 近世後期江戸語資料には終助詞「ナ」が多く用いられているが、その用法や基本 的意味は十分明らかになっているとは言い難い。そこで終助詞「ナjの意味を明ら かにするため、終助詞「ナ」が用いられた文の状況から考察した。その結果、江戸語 終助詞「ナ」は、1)話し手が直面した状況を理解しようとする時、2)話し手側に生じ た疑問について、その解決策を探ろうとする時、3)話し手がおかれた状況を理解し ようとするが、充分に納得できず、相手に話して、その状況を安定させようとする 時に使われている。これらの共通点から、終助詞「ナ」の基本的意味は、話し手が得 られた情報や相手を取り込む際に自分の経験を参照し、そのときに自分側に生じ た不安定なものを安定させようとしている過程を示すものであると考える。

1

.

はじめに 近世後期江戸語資料には現代語と同様に「か」「ぜ」「ぞ

J

さ」「わ」等、多様な終助詞 が見られる。その中で江戸語終助詞「ナ」(以下、江戸語終助詞はカタカナ表記する)は 現代語と用法が異なる。 (1) (庭に満開している花をみながら)美しいな! (2)酔:「其時、湯銭をも、おれに帰しゃれな。ナント、是ほどわかる事はあるまい。 「浮世風呂」く酔→ぽんとう>0

8

5-1

3

(3)由:「お蝶やマアそのお方をこちらへお通し申しなナ 「春色梅児春美」く由(姉)→蝶(妹)>

1

7

7-10

(4)子:「おいらア否だア。あら程虫拳をして、一極をしたじゃアねへかナ。能うじぶ つくるぜへなア。アレ、よしねへよ。 「浮世風呂」く8才に見られる子供→松>078-07 (1)は現代語終助詞「な」の例である。(2)(3) (4)は江戸語終助詞「ナ」の例で、(2)の 「おれに帰LゃれなJは命令(∼れ)の後ろに付いた終助詞「ナ」の倒、(3)は女性が用い た例で命令「申しな」+終助調「ナ」の例である。(4)は男性が用い、「ぜへなア」は終助

(3)

64 近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味 調「ぜjに下接している。このように近世江戸諾終助調「ナ」は現代語「な」にない用法 が見られる。このような江戸語終助詞「ナ」は、どのような用法で使われているのか、 また、「ナ」の基本的な意味がどのようなものであるかは充分に明らかになっている とは言いがたい。そこで本稿では江戸語終助調「ナ」の基本的な意味がどのようなも のであるかを考察する。

2

.

先行研究と研究対象

2-1.先行研究

江戸語終助詞「ナ」に関する研究には湯浮幸吉郎(1

9

5

4

)と中野伸彦(1

9

9

1

1

9

9

3

1

9

9

8

)がある。湯浮幸吉郎(1

9

5

4

)は、「ナ

J

に対して感動の「ナ

J

として掲げ、命令の「な さい」の後に付くこともあると指摘しているが、その意味に対する考察は行っていな い。中野伸彦(1

9

9

1

)は江戸語における終助詞の男女差として、特に女性による「ナ」 が江戸語において既に使用範囲が限定されていることを指摘している。中野伸彦

(

1

9

9

3

)は自問系疑問文lの形式について論ずるにあたり、江戸語「ナ」についても検討 している。現代語では文末に疑問・推量の形式を持たない形の疑問文に「な」「ね」が下 接すると自問系の疑問文にはならず(「誰だね」)、それらを持つ場合は他聞の疑問文 にならない(「誰だろうな」)が、江戸語「ナ」と「ネ」は、文末に疑問・推量がなくても自 問系・他問系疑問文の両方がありうると述べる。また、中野伸彦(1

9

9

8

)も「ナ」にどの ようなものが上接するかの分析に止まっている。 以上のように江戸語終助調「ナ」に対する研究は行われているが、江戸語終助詞 「ナ」の基本的な意味については考察されていない。

2-2.研究対象

そこで本稿では、近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味にちいて考察を加えることに する。対象とする資料は、近世後期江戸語の資料6作品「辰巳之園」「遊子方言」「浮世風 呂」「浮世床」「春色梅児春美

J

「春色辰巳園」とし、この6作品にみられる終助調「ナ」を 対象とする2。また、上記の対象作品の中で歌の中で用いられている「ナ

J

と上方語話 者の発話にみられる終助詞「ナ」については対象外とする。以上に従って、江戸語終助 調「ナ」と複合的用法の「ナ

J

の例を示すと、次の表lのように単独の「ナ」が2

5

3

倒、複合 的用法の「ナ

J

が3

9

4

例、全6

4

7

倒見られる。本稿では、終助詞「ナ」の基本的な意味の考 察するにあたって、単独の「ナ」2

5

3

例を中心に考察する。なお、複合的用法の「ナ」に対

.

.

(4)

言語科学論集第18号2014年 65 しでも

3-4

で触れることにする。 表 l 江戸後期作品における終助詞「ナjと複合的用法の「ナJ 経助調Iナj 高合的用法のIナl 作品 合計 ナ ∼れナ ∼なナ ∼なさいナ 合計 は十 はいナ かナ かいナ がナ いナ てナ やナ ぜナ よナ さナ 合計 辰

〆O

0 c

8

7

1

0

3

1

0

1

5

7

6 1

8

I 1

0

2

2

1

3

3

1

5

3

7

1

3

0 7

9

117 梅

6

a

0 3

3

日 ま辰

4

9

2

4

3

4

1

0 1

:

0 1

0

。。

ω

1

4

8

合計

1

8

9

2

6

1

2

2~

2

8

1

6

2 1

0

I 1

3

a

l

r 3

9

6

4

7

3

.

江戸商終助問「ナ」が用いられる文の分類 終助調は文末に用いられ、話し手の感情や心的態度を表すといわれている。その感 情や心的態度がどのようなものであるかを明らかにするためには、話し手がおかれ ている状況をとらえることが必要である。それは、話し手が自分のおかれた状況に影 響され、その時の自分の感情や態度を表しているためである。その感情や態度を示す 表現の一つが終助調であると思われる。つまり、終助詞の意味を知るためには、その 文がどのような状況で発話されるかが重要なのである。そこで本稿では、その文がど のような状況で用いられるかを分析し、「ナ」の意味について考察する。

3-1.

話し手がおかれた状況を理解しようとする時に用いる 話し手は、自分が経験しなかった状況をみたり、聞いたり、感じたりする時、その状 況を理解しようとする場面で終助詞「ナ」を用いる。以下はその例である。 (5)酔:「ヱ、ト、こちらは、風流、八人、丸ではない。アレハ、八人湯か、八人散か ぽんとう:「ハイ、あれは八人芸でござります 酔:「フム、芸か。ハテ、しらぬ薬だな。風流とあるから風薬だな 「風」<酔→番頭>83-11 (6)侍:「あやしい身形で人の詮さく。その方どもはいづれの御家来。吹貫祖抱に三尺 帯、見れば丸腰五分月代、と芝受主主ど塑塞恩t

;

_

土。早く目通りを退かずは ゆるしおかぬ 「梅」<侍→悪者(二人)>

121-

03 (5)は「酔Jが風呂に入って風日の中を見ている内に薬の看板が見え、そこに置いて

(5)

66 近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味 いるものを「かぜぐすりだ」と思い込む場面である。「酔」は、そのものが薬の看板の下 にあることと「風流」(かぜながし)と書かれていたので、それが「風薬」であると考え るが、その薬は自分にとってみたことがない薬なので、確実に「風薬」であると確定 できず、それが薬であることを理解しようとして考えているように思われる。(

6

)は 悪者(二人)の前に「畠山家」の「侍

J

が現れて、悪者二人の姿を見ながら話す場面であ る。悪者二人は「侍

J

にとって見慣れない恰好をしていたが、「侍」はその服装が自分の 知っている「御家風

J

の服装の中でどこの家風の服装であるか、探ろうとしている。 ところが、自分が知っている家風の服装と合うものがないので「珍しい御家風だ」と 言ったと思われる。つまり、これは自分が経験から知っていた知識と自分が今見てい る服装を比較している途中であって、二人の服装がどこの家の家風であるかを考え ていると思われる。 以上、江戸語終助詞「ナjは、自分側に入ってきた情報を受け入れる際にその情報を 自分が経験から蓄積した知識と比較するが、両者が合致しないのでその情報を自分 のものとして確定できず、それが何であるかを探ろうとする場面で用いられる。本稿 ではこのような場面で用いられたものをI類とする。

3-2.

話し手に生じた疑問についてその解決策を探ろうとする時に用いる 話し手は、自分がおかれた状況のなかで、あるいは、相手の話などがきっかけで自 分側に疑問が生じ、自らその解決策や答えを探ろうとしていたり、また、いきなり何 らかのことに気づいたりして、自分なりに予想・推量を行い、それが何であるかを探 ろうとする時に終助詞「ナ」を用いる。 (7)センドウ長吉:「そんならおれはいって来よふ。イヤ稲荷堀は何番が出たな。 「辰」く長吉→次郎・知雷>

3

0

1-

0

1

(8)うしろから、又一人そっと来り、熊が立てゐる所の目をふさぐ(中略) 熊:「待て/ー\指で、しれらア。ナンダ小指に藤の丸の膏薬を張居る奴だナ。魚 版に心中見せたやつだから、ァ、しれた/ーヘ。ハテ誰だらうナ 「床」<熊→旦那、亀>

2

8

0

-0

6

(7)の「稲荷堀」とは小網町という町の裏通りの名前で、「富くじ」が行われるとこ ろである。「稲荷堀は何番が出た」は富くじの結果がどうなっているかを探ろうとし ているもので、これは話し手が自分側に生じた疑問に対して回答を取り出そうとし ている(。

8

)は終助調「ナ」の前に推量「だろう

J

が上接している例で、状況は「

E

那Jが

(6)

言語科学論集第18号2014年 67 「熊」の後ろに来て「熊

J

の目をふさいだので「熊」が目をふさいでいるのは誰かと当て ようとしている場面である。つまり、これは不確実なことについて自分が推量して答 え(あるいは、結果)を探っているものであると考えられる。 以上のように終助詞「ナ

J

は、話し手自身が持っている情報に対して疑問を持ち、そ の結果や答えを探ろうとして予想・推量を行い、その答えを探ろうとしている場面に 用いられている。本稿ではこれらの用法をE類とする。

3-3.

話し手がおかれた状況を理解しようとするが、充分に納得できず、相手に話 してその状況を安定させようとする時に用いる さらに「ナ」は、自分が置かれた状況から何かを感じた時、その状況を自分の経験と 比べて理解しようとするが、充分に納得できないので、相手に話してその情報を安定 させようとする時に用いられる。このような場面では話し手の話が相手に対する確 認や同意要求・命令、押し付けになることがある。 (9)でっち:「一昨日そっと内へ街てか冶さんにはなしたらのそんなに痛いめをする なら、奉公せずと内へ逃て来いと云ったア。(中略) 長:「てめへのお袋もべらぼうだナ 「床」<長→でっち>305-13 (10)酔:「(トーくちのむ)ゲイツプウ、ァ、、酔醒には能はい 二階番.「ハイ 酔・「銭はとらぬな 「風」<酔→二階番頭>086-09 (9)は、「でっち」が算盤が難しいと言ったところ母は「家に逃げて来い」と話したの であるが、それを聞いた「長」の発話である。「長

J

としては普通の母は子供の甘えに対 して叱るべきであると考えているが、「でっち」の母はそうではなかった。そこで「で っち

J

の母の行動を理解しようとしているが、自分としては充分に受け入れにくい不 安定な状況である。それで「てめへの袋もべらぼうだ」と相手に話すことによって、 自分側の状況の不安定さを安定させようとしていると思われる。このような場面で は話し手が話を相手に押し付けているようにも思われる。(10)は、酔っている「酔」が 「二階番頭」から香煎を分けてもらって一口飲んだ後の発話である。この「銭はとらぬ な」は「酔

J

2

回目の質問であり、再確認のために聞いたと思われる。最初の質問で 「金は取らない

J

と知っていた「酔」はそれを理解しようとしている。しかし、「酔」は、 番頭から「金はとらない

J

と聞いたが、番頭も風呂で働いている者で、香煎も風自の なかにあるので、置いてある他の薬と同じように売るものではないかと思うように

(7)

68 近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味 なった。当然、「金は取らない」という番頭の言葉は話し手「酔」にとっては不安定な状 況である。そこで自分側の不安定な状況に対しでもう一度確認を行うことで、状況を 安定させようと話したと思われる。このような場面で終助調「ナ

J

が用いられる。 これは「命令形+ナ」の例からも考えられる。 (11)お松.「ぃ、よ。唄ツても能から唄ひたくは随分大きな声でやんな。とんだ能声 だは(∼中略)

:「この人は声自慢だはな お松:「道理だ。最うひとつうたひなナ 「風」<お松→山出下女>211 14 (11)は、「お松」の発話で、「命令のな」の後ろに終助詞「ナ

J

が用いられている。女湯 では普通歌を歌わないものであるのに、「山出し下女」が歌を歌っているのを見て、 「・」がそれをとがめると、女は歌うのをやめるが、「お松

J

がその歌を誉め、「・」もそ れに同意して、もう少し歌いなさいと命令している。上記の「ナ」はいずれも意外な 場所で歌う「山出し下女」の歌が良いということを理解しようとしているものである が、「うたひなナ」の「ナ」は、さらに、「山出し下女」に歌うことを求めると同時に、普段 は歌うことがない女湯でありながら、この「山出し下女」が良い声で歌うならば、それ がこの湯にふさわしいことであって、そのことを納得・理解しようとしているのすな わち、話し手はおかれた情報を理解しようとするが納得できないので、それを補ろた め、相手に命令するものと考えられる。 以上、話し手は自分が状況から得た情報について自身の経験と比べ、その情報を理 解しようとしているが、それが受け入れにくい場合は自分が思ったことを相手に話 して状況を安定させようとする時に「ナ

J

を用いる。このときの話し手の話は相手に 押し付け、確認要求、命令をするようにみえるが、実際には自分側に入った不安定な 情報を安定させようとするものと思われる。このような用法をE類とする。

3-4.江戸語終助調「ナ」の意味

以上のように終助調「ナ」が用いられた文について状況から分類した結果、以下の 通りになった。また、その用例数を示すと下の表2のようになる。

1

)話し手がおかれた状況を理解しようとする時に用いる(I類)

2

)話し手に生じた疑問についてその解決策を探ろうとする時に用いる(

I

I

類)

3

)話し手がおかれた状況を理解しようとするが、充分に納得できず、相手に話し て、その状況を安定させようとする時に用いる(ill類) 』

(8)

言語科学論集第18号2014年 69 表 2 終助詞「ナJ文の分類 I類 E類 (右は命令+ナ)皿類 辰 2 1 2

i持 1 2 1

風 54 23 10 15 床 28 4 5 1 梅 4

3 13 春辰 12 9 28 35 合言+ 101 39 49 64 計 5 4 102 38 20 84 253 表

2

をみると江戸語終助詞「ナ」は、

I

類が 101例、E類が39例、E類が命令+ナを含めて 103例ある。 では、このような終助詞「ナ」の基本的な 意味はどのようなものであろうか。それは 江戸語終助詞「ナ」が共通して持つ基本的な 意味であると考えられる。まず、上記の分類 におけるI類は「話し手がおかれた状況を理解しようとする」というものであるが、 これは、自分側に入った情報を受け入れる際にその情報を自分が経験から蓄積した 知識と比較するが、情報と自分の知識が合致しないので、その情報を自分のものとし て確定できず、それを理解しようと考え続けているものである。 (12)番頭:「ハイ、あれは八人芸でござります。 酔 :「フム、芸か。ハテ、しらぬ薬だな。 (13)短:「フム、待よ、巴御前はどうだ 長:「呼にくいナ。 「風」<酔→番頭>083

-11

「床」く長→短>299-15 上記の(12)は、聞き手がなく用いる例で、番頭が「八人芸」であると言っているが、 それが薬の看板の下にあるので、話し手は「八人芸

J

を薬であると思い込んでいる。し かし、それは自分の経験から知っている薬と比べてみると合致しないので自分の情 報に不安定さが生じ、それを自分の情報として安定させようと「知らぬ薬だな」と話 している。(13)は、「長

J

が八百屋から猫をもらってきたので、二人が猫の名前を決め ようとする場面で、「短」が「巴御前(ともえごぜん)と提案したが、「長

J

は呼びにくい と考えている。ここで話し手「長」に入った情報「巴御前」は、自分の経験・知識と比べ ると「呼びにくい(自分の経験に合致しない)もので、自分にとって「不安定な状況(情 報)」であると考えられる。そこで「長」はその不安定な情報を受け入れようとして、考 え続けている。つまり、これは話し手側に入った情報が自分にとって不安定なものな のでそれを安定させようとするものであると思われる。 これに対してE類は話し手に生じた疑問を解消しようとするものである。このE 類は「話し手自分が持っている情報に対して疑問を持ち、その結果や答えを探ろうと するjもので、これは話し手が自分の周りから情報を受け入れる際にその情報を理解 しようとする I類とは異なる。しかし、話し手が「自分の情報に対して疑問を持ったj ということは、自分が持っている情報が自分にとって不安定な情報であるというこ

(9)

70 近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味 とであり、答えを探るということで、その不安定な情報を安定させようとする点でI 類と共通すると思われる。下の例はその例である。 (14)センドウ長吉.「そんならおれはいって来よふ。イヤ稲荷堀は何番が出たな。 「辰」<長吉→次郎・如雷>301-01 (15)亀:「おめへの内へ云告て遣らア 松−「こいつア面白へ、男なら云告で見ろ 勝:「なんだナ、おめへ達ア能う喧嘩アするぜへなア。 「風」<勝→亀・松>078-10 (14)の「稲荷堀は何番が出た」は富くじの結果がどうなっているかを探ろうとして いるもので、話し手が持っていた情報は稲荷堀で富くじが行われたということであ る。しかし、自分はその結果が分からない。これは話し手側に不安定さが生じたと考 えられる。そこで、その不安定さを安定させようとするため、疑問形を用い、結果が何 かを取り出そうとするものと思われる。(15)は、友達皆が楽しく遊んだ、後、風呂まで 来たが、「亀」と「松」の口喧嘩が始まった場面で、これは、現在自分の日の前で「亀」と 「松」の喧嘩がまた始まったのをみて、それをきっかけにその理由が何かを探ってい るように思われる。ここで「勝」の発話「なんだナ」は、二人が喧嘩をしているが、その 理由はなぜかという不安定さが生じ、それを安定させようとして答えを探ろうとし ている。しかし、ぞの答えが分からないので疑問を持って示したと思われる。つまり、 これは話し手が持っている情報が不安定なものなのでそれを安定させようとするも のであると考えられる。 また、E類は「話し手がおかれた状況を理解しようとするが、充分に納得できず、相 手に話してその状況を安定させようとする」もので、I・ II類と違う点は発話が相手 に向かっているという点である。このE類の「話し手がおかれた状況」、すなわち、話 し手の持つ情報は相手の話や行動によるもので、話し手はその状況(情報)が納得で きないので、自分の情報に対して不安定感が生じる。そこで不安定なことが生じたこ とを相手に向かつて話して自分側に生じた不安定さを安定させようとする。そのと き、話し手の話し方は相手に対して「押し付け」ゃ「確認・同意」「命令

J

を用いる。以下 の例は「押し付け

J

と「命令」の場面での例である。 (16)太吉:「今帰らアナ 「風」<太吉→母>094-10 (17)仇 :「お気のどくだが米八さ(。)ん、どうでおまへはない縁だとおもひきつて、 丹さんは私におくれな 「春辰」<仇→米>348-04

(10)

言語科学論集第18号2014年 71 (16)は風呂まで探して来た自分の母に向けて自分が今帰ると話した場面で、来る はずがない母が自分を探しに風日まで来たことから生じた不安定さを安定させるた め、終助調「ナ

J

を用い、「今帰る」と相手に押し付けて話したと思われる。(17)は「米 八

J

に「丹さん」を譲ってくれという「仇」の発話であるが、その状況を受け入れようと するが自分としては不合理であり、不安定であるのでそれを補おうとして相手に命 令を用い、自分の状況(情報)を安定させようとしている。このようにE類は、話し手 に生じた不安定さを確かな情報として安定させようとするものである。 以上から、

・ I

I

I

ill類の共通点をまとめると、「話し手が得られた情報や相手を取 り込む際に自分の経験を参照すると、その情報が自分にとって不安定なものなので、 それを安定させようとしている過程を示す

J

ということになる。 なお、複合的用法の「ナjでも、他の終助詞の意味の後に上記の「ナ

J

の意味が加わっ たものであると思われる。以下は複合的用法の「はな

J

の例である。 (18

)山・「夫だから

長生三主主

2

蔓主主友芝三三えよどど主些主

「風」<山→かみがた>133-06 (18)は、「山

J

と「上方

J

の言葉をめぐる口喧嘩の場面である。ここでの「上方ぜへろ く

J

とは、江戸の子は江戸で生まれて死ぬまで江戸で住んでいるのに、上方人は京で 生まれて大阪に住んだり、色々なところに回って住んだりするものの、結局は江戸 がいいから江戸に住んでいることに対して江戸人が罵る言葉である。この(18)の 「山」の発話は江戸のありがたさを知らないという上方人に対する非難である。終助 調「は」は、「山」が江戸のありがたさを知るべき(話し手の想定)であると考えている のに上方人は知らない(話し手の想定に合わない)という「ずれ」を表している3。この 「ずれ」は話し手にとって不安定な情報なので、それを安定させようとする「ナ」が用 いられているが、これは単に「ナ」の意味が加算されていると言ってよい。つまり、他 の終助調の後ろに用いられている「ナ

J

の場合であっても、「ナ」に前接する部分の意 味に、単に「ナ」の意味が加わったものであると考えられる。

4

.江戸語終助調「ネ

J

との対照 現代語では終助詞「な」と「ね」を対照する研究が見られる。それは「な」と「ね」が類 似する文法的な特徴を持っているためである。同じく江戸語「ナ」についても、「ネ」と の対照が有効であると思われる。そこで「浮世風日Jにおいて「ネ J(l53例)と対照す

(11)

72 近世後期江戸詩終助詞「ナ」の意味 る。次は江戸語終助調「ナ

J

と「ネ

J

の類似する用法の例である。

(

1

9

)おさみ:「ヲヤ、お鯛さん。お早うございますネ。 「風」くおさみ→おたこ>

1

1

2-

0

9

(

2

0

)中六.「きも右エ門さん、お出なせへ きも・「ヲイ、中六か。早かったナ。 「風」<きも→中六>

2

9

6-0

8

(

1

9

)と(

2

0

)は話し手がその日初めて会った場面で挨拶をしている場面である。で は「ナ」と「ネ」はどのように異なるのか、まず、「ネ」の例を上げる。

(

2

1

)金「アイ、鶴は落しました。へ、、、、、。福助さん、担此日和は能く続く事で ござりますね 「風

J

<金→福助>

0

6

2

-1

2

(

2

2

)きぢ:「最う早、わが僅ものでございります いぬ.「イエサ、やんちゃんが能うございますのき。しかし、主毘笠主金主主建:!_ はございませんネ。 「風」<いぬ→きぢ>

1

2

8-

0

8

(

2

3

)金:「久しい恩||染だから供に立ませう。葬礼は翌の何時だネ 源:「おほかに四つでござりませう。 「風

J

<金→源>

0

8

8

-

0

9

(

2

1

)は話し手が良い天気が続いていることを相手も知っているだろうと思って、 相手に確認している(。

2

2

)は「きぢ

J

の娘について話す場面で、「きぢjが自分の娘がわ がままだと話すと、「いぬjは子供はわがままであるのが当然とし、その代わりに乳母 は普通の者はだめだと話したものである。ここの「いぬ」の話は、乳母が普通のもので はないということを「あなたもそう思うだろう」と話し、相手に確認を行っている。こ のような例は浮世風呂の中で

1

5

3

例のうち138例みられる。 また、(

2

3

)は知り合いの傘屋の六郎兵衛の葬礼の時間が分からなかったので相手 に尋ねる場面である。このように相手に尋ねる例は

1

5

例ある。 以上、(

2

1

)∼(

2

3

)から終助詞「ネ」の意味を考えると「話し手が相手に自分の求めて いる情報があると見込んで、その情報を共有しようとする」ものである。したがって 聞き手の存在が必要である。 これに対して「ナ」は、さきにみた

I・

I

I

類のように聞き手がなくても用いられる。 また、E類のように聞き手がある場面であっても用いられる。 (24)した.「ヲヤ/ー\、お泥さん。おめへまだ這入て居るかな。あきれが湯気に上ら ア。コウ、能加減に磨な。垢も身の内だよ。翌の分も除置ねへな 「風」くした→泥>144-10 (24)は風自に来た「した」が「泥」がまだ湯のなかにいるのをみて話す場面で、もう

(12)

言語科学論集第18号2014年 73 湯から出ていてもおかしくないはずの「泥」がまだ湯のなかにいるので、話し手側に 不安定さが生じ、それを安定させるため、相手に話したと思われる。ここで示される 情報は相手が持っていると見込んでいる情報ではなく、また、共有しようとしている ものでもない。あくまで、自分側に生じた情報の不安定さを安定したものとなるよ うに押し付け・評価・確認・命令などを行い、情報を安定させようとしているものであ る。このように「ナjと「ネ」の対照という面からみても、「ナ

J

の意味はさきにみた「話 し手に入った情報が自分にとって不安定なものなので、それを安定させようとして いる過程を示す」という意味であると考えられる。

5

.

おわりに

近世後期江戸語終助詞「ナ」の意味を知るため、「ナ」が用いられた文の状況を考察 した結果、次のような場面で使用されたことが明らかになった。

1

)話し手がおかれた状況を理解しようとする時に用いる(I類)

2

)話し手に生じた疑問についてその解決策を探ろうとする時に用いる(

I

l

類)

3

)話し手がおかれた状況を理解しようとするが、充分に納得できず、相手に話し て、その状況を安定させようとする時に用いる

c

m

類) これらの共通点をまとめると、「話し手が得られた情報や相手を取り込む際に自分 の経験を参照し、そのときに自分側に生じた不安定なものを安定させようとしてい る過程を示す

J

ということになる。これが終助詞「ナ

J

の基本的な意味であると思われ る。また、類似する用法を持つ「ネ」と比較すると、「ネ」は話し手が情報を共有しよう とするもので、聞き手の存在が必要であるが、「ナjは自分側に入った情報に対して判 断するものなので、聞き手がなくても用いられる。 このような江戸語の「ナ」は、現代語の「な」に対する研究、例えば佐治圭三(

1

9

9

1

)

の 「聞き手めあてで、話しかけ問いかける気持」を表すという用法、陳常好(

1

9

7

8

)の「聞 き手によって、話し手が自分の認識を確かなものにする」という用法などと大きな差 があるように思われる。 また、江戸語には命令形の後にも用いられるが、現代語にはその用法は衰退してい ることなど、現代語との対照が必要とされる。これらは今後の課題としておく。 注 1.中野伸彦(1993)は自閥系疑問文について、「あれ、どういうんだったかなJのような例を挙げ、次のように定 義している。

(13)

74 近世後期江戸語終助詞「ナJの意味 半ばは他者に向かつて問いかけながらも、半ばは、話し手自ら答えを考えようとするものも含めて、専ら 他者へ向かつて問いかけるのではなく、話し手自ら答えを求めようとする内向きの性格を持った疑問文。 2テキストは「浮世床」(床)と「遊子方言」(遊)は日本古典文学全集、「辰巳之園」(辰)、「浮世風呂J(風)、「春色 梅児誉美」(梅)、「春色辰巳闘J(春辰)は日本古典文学大系による。以下の引用では作品名は( )内の略称で 示し、( 〉内に話し手→聞き手を示す。数字はページ・行である。 3.黄孝善(2013)は、江戸語「は」の意味を「状況の中から生じた「ずれ」を話し手が表出する」としている。ここ での「ずれJとは「話し手が想定していることと合わないこと」である。 ーー考文献 佐治宝三(1991)「l章終助詞の機能」『日本語の文法の研究Jpp.13 -25、ひつじ書房. 陳 常 好 (1978)「終助詞ー話し手と聞き手の認識のギャップをうめるための文接辞ー」『日本語学J6 -10、 pp. 93-109、明治書院 中野伸彦(1991)「江戸誇における終助詞の男女差.女性による「な」の使用について」『国語と国文学』侃−4、 pp. 44 -58、至文堂 中野伸彦(1993)「江戸語の疑問表現に関する一つの問題一終助詞「なJ「ねJが下接する場合の自問系の疑問文 の形式ー」『近代語研究J9、pp.282 -296、武蔵野書院 中野伸彦(1998)「江戸語の終助詞・上接部の種類の整理(二)一て・と・とも・な・に・ね・のー」『山口大学教育学 部研究論叢人文科学・社会科学J48-Lpp.15-33、山口大学 黄 孝善(2013)「近世後期江戸誇終助詞「は」の意味」『文電車研究j176、pp.24 -36、日本文芸研究会 湯滞幸吉郎(1954)「第十二章助詞第三節添意助詞」『江戸言葉の研究Jpp.634 -713、明治書院 一東北大学大学院生ー

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