博 士( 理学) 藤井裕美子
学 位 論 文 題 名
転写 因子 CDX1 に よる胃上皮細胞の腸上皮細胞様分化 形 質転 換に 関す る研 究
学位論文内容の要旨
腸上皮化生は胃粘膜に腸の粘膜を作る細胞が現れる病変で、F‑Ielicobacter pylori (H.
p 瓜 めの 慢性 感染 が主 な 原因とされている。腸上皮化生の胃粘膜からは胃癌の大 部分を 占める腸型胃癌が高い頻度で発生することが知られるため、腸上皮化生は胃癌の予防の観 点からも注目すべき胃粘膜病変のーっである。しかしながら、腸上皮細胞が胃粘膜に現れ るメカニズムおよび胃発癌との関係については未だ詳 細が明らかになっていない。″.
py ′。ガの中でも病原因子CagA を産生できる菌の感染は、CagA 陰性菌の感染に比較して、
腸上皮化生を含む胃粘膜病変の発症とより強く相関する。近年、胃上皮細胞内において、
CagA が生 理的 には 胃に 存在 しな い腸 上皮 特異 的転 写因子CDX1 を異所性に発現誘 導する ことが明らかにされた。CDX1 は臨床学的にヒトの腸上 皮化生胃粘膜に発現していること が知られており、逆に、動物実験の結果からCDXl を異 所性に発現させた胃粘膜では腸上 皮化生が発生することが報告されている。したがって 、CDX1 は腸上皮化生発症に重要な 役割を果たすことが推察されるが、CDX1 が細胞・組織 の分化スイッチングにどのように 関わるのかについてはこれまでのところ不明であった。そこで本研究では、胃上皮細胞内 においてCDX1 が転写因子として発現制御する遺伝子を ゲノム網羅的に探索し、腸上皮化 生発症の分子メカニズムを明らかにすることを目的に した。
第 1 章で は、 胃上皮 細胞に異所性発現したCDX1 が転写標的にすると考えられ る遺伝子 を、発現マイクロアレイ解析ならびにChIP‑chip 解析を用いてゲノム網羅的に探索した。
CDX1 発 現 依 存 的 に mRNA 量 が 2 倍 以 上 増 加 し た 958 遺 伝 子 と CDX1 が 近 傍 に 結 合 し た 1997 遺伝 子の 問で 共通 す る166 遺 伝子 をCDX1 の 転写 標 的候 補遺 伝子 として同 定した。
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さ ら に 、 発 現 マ イ ク ロ ア レ イ 解 析 の 結 果 か ら 、CDX1が 発 現 し た 胃 上 皮 細 胞 に お い て 腸 上 皮 幹 細 胞 マ ー カ ー LGR5の 発 現 が 異 常 に 亢 進 し て い る こ と を 示 し た 。 第2章 で は 、CDX1が 異 所 性 発 現 し た 胃 上 皮 細 胞 で は 消 化 管 幹 細 胞 様 状 態 へ の 部 分 的 脱 分 化 が 起 き る と い う 予 想 の も と に 、 同 定 し たCDX1転 写 標 的 候 補 遺 伝 子 に 含 ま れ る 幹 細 胞 性 に 関 わ る り プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子SALL4な ら び にKLF5がCDX1の 転 写 標 的 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 ま た 、CDX1依 存 的 なSALL4お よ びKLF5転 写 活 性 化 に 重 要 な エ ン ハ ン サ ー 領 域 を そ れ ぞ れ 同 定 し た 。 さ ら に 、 ヒ ト お よ び マ ウ ス の 腸 上 皮 化 生 領 域 に お い て CDX1な ら び にSALL4/KLF5が 異 常 に 発 現 し て い る こ と を 示 し た 。
第3章 で は 、 胃 上 皮 細 胞 株 にCDX1を 持 続 的 に 発 現 さ せ 、 そ の 形 質 変 化 を 各 種 細 胞 の マ ー カ ー 遺 伝 子 の 発 現 を も と に 経 時 的 に 解 析 し た 。CDX1が 異 所 性 発 現 す る と 、 ま ず 腸 上 皮 幹 細 胞 マ ー カ ー 遺 伝 子 が 異 常 に 発 現 し 、 そ れ に 続 い て 複 数 系 統 の 腸 上 皮 分 化 細 胞 マ ー カ ー 遺 伝 子 の 発 現 が 観 察 さ れ る こ と を 明 ら か に し た 。 ま た 、CDX1に よ っ て 転 写 活 性 化 さ れ る 幹 細 胞 性 リ プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子SALL4な ら び にKLF5の 発 現 を ノ ッ ク ダ ウ ン す る と 、 CDX1依 存 的 な 腸 上 皮 幹 細 胞 マ ー カ ー お よ び 腸 上 皮 分 化 細 胞 マ ー カ ー の 発 現 が 抑 制 さ れ る こ と を 示 し た 。 さ ら に 、cagA陽 性H. pylori感 染 に よ っ て 胃 上 皮 細 胞 内 でCDX1な ら び に ェ SALL4/KLF5/LGR5の 発 現 が 異 常 に 亢 進 す る こ と を 明 ら か に し た 。
以 上 、 本 研 究 の 結 果 か ら 、 転 写 因 子CDX1が 異 所 性 に り プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子SALL4な ら び にKLF5を 発 現 誘 導 す る こ と に よ り 、 胃 上 皮 細 胞 が 消 化 管 幹 細 胞 様 の 状 態 に 部 分 的 に 脱 分 化(dedifferentiation)し 、 続い て 種 々 の 腸上 皮 様 細 胞 への 異 分 化 くtransdifferentiation) が 引 き 起 こ さ れ る こ と が 示 さ れ た 。 組 織 幹 細 胞 と 癌 幹 細 胞 は 近 い 性 質 を 持 つ こ と が 知 ら れ て お り 、 限 定 的 に 異 常 脱 分 化 し た 胃 上 皮 細 胞 か ら 腸 型 胃 癌 が 発 症 す る メ カ ニ ズ ム の 存 在 が 示 唆 さ れ た 。
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学位論文審査の要旨 主査 副査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 教授 教授
坂 口 和 村 上 洋 藤 田 恭 佐 田 和 畠 山 昌
学 位 論 文 題 名
靖 太 之 己
則(東京大学大学院医学系研究科)
転 写因子 CDX1 による 胃上皮細 胞の腸上皮 細胞様分化 形質転 換に関す る研究
博士学位論文審査等の結果について(報告)
胃癌は組織学的に腸型と未分化型に大別されるが、その大部分を占める腸型胃癌は腸上皮化生 胃粘膜から発生する。腸上皮化生は、胃粘膜が腸粘膜様に変化する病変で胃癌の予防の観点から も注目すべき胃粘膜病変のーっと考えられるが、腸上皮細胞が胃粘膜に現れるメカニズムおよび 胃発癌との関係についての詳細は明らかになっていなぃ。腸上皮化生の主な原因としてピロリ菌 の慢性感染が挙げられるが、これまでに、ピロリ菌が持つ病原因子CagA が胃上皮細胞に発現す ると、生理的には胃に存在しない腸上皮特異的転写因子CDX1 が異所性に発現誘導されることが 示されていた。CDX1 は臨床学的にヒトの腸上皮化生胃粘膜に発現していることが報告されてお り、さらに動物実験の結果からCDX1 を異所性発現させた胃粘膜では腸上皮化生が発生すること が証明されている。したがって、ピロリ菌感染を起点とした腸上皮化生の発症にCDX1 が重要な 役割を果たすことが推察されるが、 CDX1 が腸上皮化生を引き起こすメカニズムにっいてはこれ までのところ不明であった。
本研究は、転写因子CDX1 の胃上皮細胞内転写標的遺伝子を網羅的に同定し、異所性CDX1 に よる胃上皮細胞から腸上皮様細胞への分化形質転換の分子機構解析を通して腸上皮化生発症のメ カニズムを明らかにすることを目的としており、筆者は上記目的を達する以下の有益な知見を得 て、その研究成果を本学位論文として纏めている。
第 1 章では、発現マイクロアレイ解析ならびにChIP‑chip 解析により、胃上皮細胞に異所性発現 させたCDX1 の転写標的遺伝子をゲノム網羅的に解析し、166 の候補遺伝子を同定した。さらに、
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CDX1発 現 に よ り 腸 上 皮 幹 細 胞 マ ー カ ー 遺 伝 子 の 発 現 が 顕 著 に 増 加 し た こ と か ら 、 筆 者 は 胃 上 皮 細 胞 が 限 定 的 に 脱 分 化 し て 未 分 化 性 を 獲 得 す る こ と に よ り 腸 上 皮 様 細胞 へ の 分 化 形質 転 換 が 起 き る と の 予 想 の も と 、CDX1転 写 標 的 候 補 遺 伝 子 の 中 か ら 幹 細 胞 性 の り プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子SALL4 な ら び にKLF5に 着 目 し た 。
第2章 で は 、 胃 上 皮 細 胞 内 でCDX1がSALL4な ら び にKLF5を 転 写 標 的 と す る こ と を 明 ら か に し た 。CDX1が 発 現 し た 胃 上 皮 細 胞 内 で はSALL4/KLF5の 発 現 が 異 常 に 亢 進 し て い る こ と を タ ン パ ク 質 レ ベ ル で 示 し 、 さ ら にSALL4/KLF5上 流 領 域 の 段 階 的 欠 損 変 異 レ ポ ー タ ー プ ラ ス ミ ド を 作 成 し てCDX1依 存 的 な 転 写 調 節 領 域 を そ れ ぞ れ 同 定 し た 。 ま た 、 実 際 の 腸 上 皮 化 生 領 域 に お い て こ れ ら の 幹 細 胞 性 リ プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子 が 異 常 発 現 し て い る こ と を 、胃 上 皮 特 異 的Cdxlトラ ン ス ジ ェ ニ ッ ク マ ウ ス お よ び 腸 上 皮 化 生 の ヒ ト 胃 生 検 サ ン プ ル を 用 い て 示 し た 。 第3章 で は 、 胃 上 皮 細 胞 にCDX1が 異 所 性 発 現 す る こ と で 起 こ る 分 化 形 質 変 化 を 、 各 種 細 胞 の マ ー カ 了 遺 伝 子 の 発 現 を も と に 解 析 し た 。 第1章 で 示 唆 さ れ た 様 に 、CDX1が 発 現 し た 胃 上 皮 細 胞 は 腸 上 皮 幹 /前 駆 細 胞 の マー カ ー 遺 伝 子の 発 現 が 亢 進 する が 、 そ の 発現 は 一 過 性 であ り 、 持 続 的 なCDX1発 現 に よ っ て そ れ ま で 観 察 さ れ な か っ た 複 数 系 統 の 腸 上 皮 分 化 細 胞 マ ー カ ー 遺 伝 子 の 発 現 が 観 察 さ れ る こ と を 見 出 し た 。 さ ら にCDX1発 現 依 存 的 な 腸 上皮 幹 / 前 駆 細胞 マ ー カ ー およ び 腸 上 皮 分 化 細 胞 マ ー カ ー の 発 現 誘 導 がSALL4/KLF5ノ ッ ク ダ ウ ン に よ り 抑 制 さ れ た こ と か ら 、 筆 者 は 、CDX1が 異 所 性 発 現 し た 胃 上 皮 細 胞 は 幹 細 胞 性 リ プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子SALL4/KLF5の 異 常 発 現 誘 導 を 介 し て 消 化 管 幹 細 胞 様 状 態 に な っ た 後 、 複 数 系 統 の 腸 上 皮 分化 細 胞 に 異 常に 再 分 化 し て い る と 結 論 付 け た 。 最 後 に 筆 者 は 、 胃 上 皮 細 胞 にCDX1の 発 現 を 異 所 性 に 誘 起 す る と 考 え ら れ る cag4陽 性 ピ ロ リ 菌 と コ ン ト ロ ー ルc嚠 陰 性 ピ ロ リ 菌 を そ れ ぞ れ 胃 上 皮 細 胞 に 感 染 さ せ 、CagA依 存 的 にa) 閊 腮4比 匆 鰡 | ガ お よ ぴ 腸 上 皮幹 細 胞 マ ー カー 工GR5の発 現 増 加 が 起こ る こ と を 明ら か に し た 。
こ れ を 要 す る に 本 論 文 は 、 ピ ロ リ 菌 感 染 を 起 点 と し た 腸 上 皮 化 生 の 発 症 に お い て 、 転 写 因 子 CDX1が 幹 細 胞 性 に 関 わ る り プ ロ グ ラ ミ ン グ 因 子 を 異 所 性 に 転 写 活 性 化 す る こ と に よ り 胃 上 皮 細 胞 の 限 定 的 な 脱 分 化 を 引 き 起 こ す こ と を 世 界 に 先 駆 け て 明 ら か に し たも の で あ る 。未 分 化 性 を 獲 得 し た 細 胞 は 分 化 細 胞 に 比 べ 容 易 に 悪 質 形 質 転 換 を 起 こ す こ と が 推 察さ れ る こ と から 、 筆 者 が 本 研 究 で 示 し た 胃 上 皮 細 胞 の 限 定 的 リ プ ロ グ ラ ミ ン グ に よ る 腸 上 皮 細 胞様 分 化 形 質 転換 に 関 す る 新 た な 知 見 は 、 腸 上 皮 化 生 の み な ら ず 胃 癌 さ ら に は 他 の 組 織 で 見 ら れ る化 生 性 変 化 を起 源 と し た 発 癌 機 構 解 明 ・ 予 防 法 開 発 に 対 し て 貢 献 す る と こ ろ 大 な る も の が あ る 。 よ っ て 著 者 は 、 北 海 道 大 学 博 士 ( 理 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め る 。
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