博 士 ( 農 学 ) 佐 々 木 史
学 位 論 文 題 名
冬虫夏草菌Cordyceps yzuta7zs の寄主、形態および 遺伝的特性に関する研究
学位論文内容の要旨
C,D´ゆc甲s門Hぬnsはカメムシ類にのみ寄生を行なう冬虫夏草菌の一種で、選択的なカメム シ防除への使用が期待されるが、分離法が 確立していないこともあり、今日までほとんど 研究がなされていない。パイオロジカルコ ントロールや薬用の子実体生産などに本菌を利 用するためには、寄主範囲や寄主特性、寄 主の雌雄に対する感染率の違いなど、菌と寄主 との関係を明らかにする必要がある。また 、効果的な散布法や消長などを知るために、生 活史などの生態的な部分も解明しなくてはならない。しかしながら、c.門H細nsにおけるこ れらの知見は全く明らかにされていないのが現状である。
本研究では、今まで成功例の無いc.HM缸門s組織分離と、C.門H紜n5の形態と寄主および核 リボソーマルRNA遺伝子のnls1‐5.8SrDNA一nls2領域塩基配列を用いた寄主特性の解明お よび寄主の性とサイズがc.門H紜nsに与える影響を明らかにし、生活史解明などへ応用でき るCn 細nJ特異的PCRプライマーを作成することにより、バイオロジカ ルコントロールや 薬理的利用に向けた足がかりを得ることを目的とした。
2章では、過 酸化水素水での表面殺菌時間の違いによるC.門M細n5分離率の差を柄部と虫 体腹腔内菌体の部位ごとに検討した。さら に分離菌株の培養に適した温度とpHについても 調べた。その結果、本方法によるc.nH細n5の組織分離は可能で、柄部の30秒殺菌、5分殺 菌、虫体腹腔内菌体処理区く30秒または5分)の間には分離率に有意差が生じ、虫体腹腔内 菌体からが最も高い分離率となった。しか しながら虫体腹腔内菌体からの分離は、成功率 は高いが接種片が少量しか採れず、コンタ ミネーションした場合のりスクは大きい。柄部 では、成功率は低いが1っの子実体から多量の接種片を得ることができ る。従って、分離 成功率を高めるためには1つの子実体から柄部と虫体腹腔内菌体の両方より接種片をとり、
5分殺菌を行なうべきである。本方法を用いてc.n ぬ門s以外に十数種の冬虫夏草菌の分離 に成功したので、本方法は多くの冬虫夏草菌の分離に利用可能である。c.門 ぬ門sは培養温 度 20〜 25℃ 、 培 地 pH7. 0〜 9. 0に お い て 良 好 な 菌 糸 成 長 を 示 し た 。 3章では、寄 主となるカメムシ類の種の把握と、地理変異および寄主特性を明らかにする こと を目 的として、寄主種およぴ産地と子座の 形態およびDNAOTS領域)における変異と の関連性を検討した。同所的に採取を行な った試験1の形態的比較では 子嚢殻、子嚢、二 次胞子のサイズに差は生じ顔かった。c.n甜細nsのn§領域の配列比較でも非常に高い相同 性を示し、サンプル間の遺伝的距離は0.007以下となった。試験1に供 試されたCn 缸ns は極 めて 変異 の小 さい 集団 で 、少 なくとも3科5属9種のカメムシに寄生することが判明
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し た 。 国 内 数 箇 所 よ り 採 取 を 行 な っ た 試 験2で は 、 新 た に1科5属6種 の 寄 主 が 判 明 し た 。 中 でも クサ ギ カメムシ(Holymorphロholys)とチャバネ アオカメムシ(Plautia crossota stali) は 農林 業に お いて 大き な被 害 を与 える 種で あり 、 これ らの カメ ムシ に 対し てもc. nutansが 寄 生 を 行 な う こ と は 重 要 な 知 見 で あ っ た 。 形 態 的比 較で は、 子 嚢殻 、子 嚢、 二次 胞 子の サ イ ズ に 差 は 無 く 、 寄 主種 や地 理に 起 因す る特 異的 な傾 向 は確 認さ れな かっ た 。ITS領 域の 配 列 比 較 に お い て 、 ヘ リカ メム シ科 カ ヌム シに 寄生 を行 な うも の( 夕イ プ1)と 、他 科 のカ メ ム シ に 寄 生 を 行 な う も の ( 夕 イ プ2) で 、 遺 伝的 距離 が0.090以 上と 非常 に遠 くな っ た。NJ 法 によ り系 統 樹を作成した ところ、異なるクレードを 形成した。従って、夕イプ1のC. nutans は へ り カ メ ム シ 科 カ メ ム シ に 、 夕 イ プ2は 他 科 の カ メ ム シ ヘ 選 択 的 に 寄 生し てい る こと が 明らかと なった。
4章 で は 、 寄 主 の 性 やサ イ ズがC. nutansに 与 える 影響 を明 ら かに する ため に、 野 外採 取 し たC nutansの 寄 主 体 長 と 雌 雄 、 子 座 サ イ ズ の 関 係 を 検 討 し た 。 供 試 し た111個 体 中、 オ ス の カ メ ム シ が 寄 主 と な っ て い た の は50個 体 、 メ ス が61個 体 で 有 意 な 差 は 検 出 さ れ な か ったp冫O.05)。寄主体長と子座頭 部長との間には高い相関が見られ(仁0.661,pく0.01)、寄主 体長と子 座頭部径(r=0.643,pく0.01)、子座柄部径(r=0.356,pく0.01)においてもそれそれ高い 相 関 が 見 ら れ た 。 大 型 の 寄 主 で あ る と 、 柄 部 が 太く 、頭 部が 長 くて 太い 子座 にな る こと が 示 され た。 子 座全 長と 寄主 体 長と の問 に相 関は 見 られ なか った(r=0.089,p=0.352)。 これら の 傾 向 は 雌 雄 別 に 解 析 を 行 っ た 場 合 で も 同 様 で あっ た。c. nutansのタ イプ1と タイ プ2そ れ そ れ で 、 寄 主 体 長 と 子 座 各 サ イ ズ と の 相 関 を 検討 した が、 や はり 上記 と同 様の 結 果と な っ た 。 本 菌 を バ イ オ ロ ジ カ ル コ ン ト ロ ー ル に 用 いた 場合 、カ メ ムシ の雌 雄両 方に 効 果を 与 え る こ と が 可 能 で 、 ま た 、 子 実 体 の 人 工 栽 培 で 雌雄 どち らの カ メム シを 用い ても 問 題な い と 言 え た 。 大 型 の カ メ ム シ を 用 い て 栽 培 す る こ とで 、利 用価 値 の高 い頭 部の 大き い 子実 体 を作出す ることができるだろう。
5章 で は 、C nutansの 生 活 史 の 解 明 や 寄 主 特性 の判 別 への 応用 を目 的と し て、c,nutans 夕 イ プ2の み を 特 異 的 に 増 幅 で き るPCRプ ラ イ マ ー セ ッ ト の 開 発 を 行 な っ た 。 設 計 さ れ た プ ラ イ マ 一 配 列 を 用 い てDDBJのBLAST検 索 を 行 な っ た と こ ろ 、 真 菌 類 で90% 以 上 の 相 同 性 を 有 す る 配 列 はc. nutansを 除 い て 存 在 し なか った 。低 い 方のTm値 に合 わせ た アニ ー リ ン グ 温 度 で はc. nutans以 外 のDNAの 非 特 異 的 増 幅 が 検 出 さ れ た の で 、適 温を 検 討し た と こ ろ 、60℃ でC nutans夕 イ プ2の み の 増 幅 が 認 め ら れ た 。 リ バ ー ス プ ライ マー は タイ ブ 1のc. nutansに も プ ライ ミ ング でき るよ う設 計 を行 った ので 、 フオ ワー ドブ ライ マ ーに 真 菌 特 異 的 プ ラ イ マ ーITSlfを 用 い てPCRを 行 な う こと によ り、 両 夕イ プの 特異 的増 幅 も可 能 で あ る 。 作 成 さ れ た プ ラ イ マ ー は 、 様 々 なDNAが 混 在 し て い る 土 壌 や 植 物な どの サ ンプ ル か らc. nutansのDNAだ け を 特 異 的 に 増 幅 で き る と 考 え ら れ 、 子 実 体 の 発生 が見 ら れな い 時 期 な ど で も 存 在 が 検 出 可 能 な た め 、 生 活 史 の 解明 や防 除資 材 とし て散 布し た際 の 拡散 範 囲や消長 などを明らかにできるだろ う。
本研 究に よ り、 過酸 化水 素 水を 用い た表 面殺 菌 法はC. nutansを 始 めと する 多く の 冬虫夏 草 菌 の 分 離 に 用 い る こ と が で き る こ と が 示 さ れ 、特 に虫 体内 菌 体と 子実 体柄 部両 方 から 分 離 を 行 う こ と で 分 離 率が 上が るこ と が判 明し た。c. nutansは少 なく とも へ りカ メム シ科2 属3種 に 寄 生 す る タ イ プ と3科8属12種 の カ メ ム シ に 寄 生 す る タ イ ブ に 遺 伝 的 に 分 け る こ と が で き 、 ど ち ら の タ イ プ も 寄 主 の 雌 雄 両 方 に 感染 し、 大型 の 寄主 には 大型 の子 座 を形 成 す るこ とが 明 らか とナ ょっ た 。ま た本 研究で作成され た特異的プライマーを使用 することで、
C. nutansの タ イ プ 分け や自 然環 境 など から の検 出をPCR法に よ り行 なう こと が可 能 とな っ た。
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学 位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査 副査
教授 教授 准教授 准教授 助教
矢島 小池 玉井 小島 宮本
崇 孝良 裕 康夫 敏澄
学 位論文 題名
冬虫夏 草菌 Cordyceps 7zutans の寄 主、形態および 遺伝 的特性に 関する研究
本 論文 は6章 から なり、 図13、表6、引用文献96を含 む91ぺージの和文論文である。他 に参考論文3編 が添えられている。
Cordyceps nutansはカメムシ類にのみ寄生を行なう冬虫夏草菌の一種であり、医薬品材料 をはじめ、農林業における害虫であるカメムシ類の選択的防除資材としての利用が期待され ている。c. nutansの寄主特性について、本菌の遺伝的変異の把握も踏まえて理解すること が、利用上重要である。また、生活史などの生態的情報も不可欠で、その解明のためには本 菌の分離法や検出法が確立していなければならぬい。本研究では日本産c. nutansの寄主範 囲を明らかにするとともに、地域内およぴ地域間での遺伝的変異の解析を行い、本菌種の変 異と寄主特性の関係を検討した。また、寄主の雌雄、サイズと子実体サイズとの関係を検討 し、感染特性と子実体栽培条件を論じた。さらに、C m4tansの組織分離法の改良およぴ種 特異的PCRプラ イマーの開発を行なった。
まず、C nutcmsの組織分離法が確立して いないため、過酸化水素水を用いた表面殺菌を 行い、殺菌時間の違いによる分離率の差を柄部と虫体腹腔内菌体の部位ごとに検討した。ま た分離菌株の培養に最適な温度とpHについても検討を行なった。その結果、本方法により、
これまで成功例の無かった組織分離が可能となり、虫体腹腔内からの分離成功率が最も高く なった。本方法により他の冬虫夏草菌12種 の分離も可能であったことから、多くの冬虫夏 草菌 の組 織分 離に 用い ることができると考えられた。 本菌は20℃から25℃、pH 7.0から pH 9.0で良好な成長を示した。
寄主種および産地と子実体の形態および゛DNA変異との関連性を検討した。c.nutansの寄
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主 とし て4科10属15種のカ メムシ類が同定された。苫小牧で採取したc tiutansで は、子 嚢殻、 子嚢、二次胞子のサイズに、寄主種のグループ間で有意差は確認されなかった。DNA 配列の 比較においても、サンプル聞の遺伝的距離は0.007以下となり、苫小牧産C.nutans は変異の小さい集団であった。北海道江別、山形、福島、京都、鹿児島より採取したc. nutcms の形態 的比較では、子嚢殻、子嚢、二次胞子のサイズに違いはあまり無く、寄主種や地理に 関 連し た特 異 的な 傾向 は確 認さ れな かった。DNA配列 の比較では、遺伝的距離が0.090以 上と大 きく離れた2タイプが認めら れた。タイプ1はへりカメム シ科のカメムシ類と、タイ プ2は他科のカメムシ類とそれぞれ 選択的に寄生を行なっていると考えられた。タイプ2は 京都産 の全サンプルと鹿児島産の1サンプルだけに見られた。各タイプ内では、タイプ2は 遺 伝的 距離 の小さぃ変異が確認されたが、タイプ1はほとんど変異が生じていなか った。
C nutansの寄主体長と雌雄、子実体の全長、頭部長、頭部径、柄部径の関係を検討した。
その結 果、寄主雌雄のサイズおよび感染数に有意な差は検出されなかった。カメムシの体長 と子実体頭部長、子実体頭部径およぴ子実体柄部径の間にはそれぞれ高い正の相関が見られ、
大型の 寄主に大型の子実体が形成されていた。この傾向は雌雄別やc. nutansのタイプ別で も同様 であった。本菌をカメムシ防除に用いた場合、カメムシの雌雄両方に同等の効果を与 えるこ とが可能で、子実体栽培にカメムシを用いる際、雌雄どちらでも子実体収量に差異は なく、 また大型のカメムシを用いることで、大型の子実体を作出することができると考えら れた。
生活史の解明や防除資材として散布した際の拡散範囲や消長などを知るために、C. nutcms のDNAのみ を特 異 的に 増幅 するPCRプラ イマ ー の開 発を 行な った 。フ ォワ ード プラ イマ ーCnFは タ イ プ2のCnutcmsに の み 、 リ バ ー ス プ ラ イ マ ーCnRは タイ プ1、 タイ プ2両方 に プラ イミ ン グす るよ う設 計し た。 プライマーセットCnFとCnRは、アニーリング 温度が 60℃の ときC.門甜細珊タイプ2のみを増幅した。今回開発されたフォワードプライマ←CIポ の 代わ りに 、ITSlfな どの 真菌 特異 的プ ラ イマ ーを 用い てり バースプライマーCnRとPCR を行な うことで、タイプ1も含めたC.H鉗切ぴの選択的増幅を行なうことができると考えら れた。
以上のように、本論文では、これまで情報に乏しかったC 。烱旧ゆs冖砿卿の寄主特性、形 態およ び遺伝的変異を初めて明らかにした。また組織分離法の改良や本菌の検出法の開発な ど、応 用的に重要な成果を含み、関連学会においても高い評価を受けている。よって審査員 一同は 、佐々木史が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資 格を有するものと認めた。
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