遺跡紹介
大崎古墳群と大崎廃寺
草 原 孝 典
【遺跡の位置】
S=1/25,000
【遺跡の概要】
大崎古墳群と大崎廃寺は、足守川中流域東岸の丘陵部から丘陵裾部に位置します。吉備では、 古墳時代後期になると、丘陵部を中心に横穴式石室を埋葬施設にする古墳が数多く築かれます。 大崎古墳群もその1つですが、他の古墳群とは異なる特徴を認めることができます。それは、尾 根上に古墳群の中心となる古墳が連綿と築かれていることと、小規模な古墳が集中する群集墳を 形成していることです。さらに終末期古墳と推測される古墳もあり、それが丘陵裾部の大崎廃寺 を建立した主体者と考えられます。6世紀後半から7世紀にかけて、権力者のモニュメントが古 墳から寺へ変わっていったことはよくいわれていますが、その現象を遺跡で連続的にみることが できる例は以外に少なく、大崎古墳群と大崎廃寺は、貴重な事例といえます。大崎廃寺は、発掘 調査されたことはありませんが、建物基壇が現地に残っており、最古の伽藍配置である「四天王 寺式」と推測されています。採集されている瓦の文様も飛鳥時代のものが含まれています。
【文 献】
岡本寛久 1992 年「「水切り瓦」の起源と伝播の意義」『吉備の考古学的研究』山陽新聞社 小郷利幸ほか 1994 年「岡山市足守地域史研究(2)」『古代吉備』第 16 集
【交 通】
図1 古墳群分布図