災害発生に備えたデータ整備と防災計画への時空間情報システムの活用
岡田啓太・山本敬介・増田真吉・福山薫・伊藤宏・中瀬古二生・南部智康・小倉泰司
Use of GIS for Disaster Prevention Planning Projects in Mie
K. Okada, S. Masuda, K. Yamamoto, K. Fukuyama, T. Nakaseko, H. Ito, T. Nambu, and Y. Ogura
Abstract : Disaster recovery supports activities of the Chuetsu earthquakes in Ni- igata the importance of database developments prior to coming disaster strikes. We describe such preliminary activities for disaster prevention planning with the help of spatial and temporal IT systems, in collaboration with local goverments and NPO in two towns of Mie.
Keywords:
時空間情報システム
(temporal GIS),防災計画
(disaster prevention plan- ning),現地調査
(field investigation),家屋写真
(premises photo database)1.
はじめに
新潟県中越地震における災害復旧支援活動によっ て,自治体の災害復旧業務における家屋写真データ ベースへの記録の有効性や,災害発生前における事前 のデータ整備の重要性が認識されてきた.
これを受けて,防災科学研究所の支援のもと,三重 県地震被害予測システムの構築プロジェクトと並行し て,三重県紀北町紀伊長島区西長島において,事前の データ整備,防災計画の立案を行っている.データ整 備では,一級建築士が中心となって活動を行っている
NPO法人「安心なまちづくりの会」と協力して,時空 間情報データベースの構築を行っている.この他,三 重県大紀町錦地区では自治体と提携して,同様なデー タ整備やそれを基にした町の防災計画策定のための活 動を行っている.
本稿では,これらの活動における事前データ整備の 構築方法を概説し,防災計画立案のための収集データ の利活用について述べる.
2.
現地調査によるデータ収集
2.1
対象地域
本研究の対象地域は,三重県紀北町紀伊長島区西長 島と三重県大紀町錦地区である.両地域は三重県南部 沿岸に位置し,東海・東南海・南海地震が発生した場 合に,大きな被害が予測されている地域である
(図1).前者の紀北町西長島地区は,国土交通省が指定した 重点密集市街地を含んでいる.この重点密集地域とは,
岡田啓太:〒
514-8507三重県津市栗真町屋町
1577三重大学大学院 生物資源学研究科 環境解析学研究室
E-mail: [email protected]「地震時等において大規模な火災の可能性があり 重点 的に改善すべき密集市街地」と定義されている.
後者の大紀町錦地区は,重点密集市街地を含まない が,住家間の間隔は狭く木造の家屋も目立つ.また,
この地域は昭和東南海地震
(1944年) で死者・行方不 明者
64名,住家は約
800戸のうち
7割近くが流失,全 半壊した.こうした大被害を受けた地域ということも あり,住民の防災意識は高い.この大地震が起きた
12月
7日には,毎年,町役場による住民に対する防災訓 練が行われている.
三重県→
0 20km
→
大紀町
→紀北町
0 400km
図
1:本調査研究の対象地域
2.2
調査の手順
紀北町西長島における現地調査は
2005年
7月に行っ
た.現地調査によって,災害前の状況を残しておくた
めの家屋写真,避難経路のための道路写真,一級建築
士による目視の耐震診断
(構造,築年,階数)に加え
て、9 項目からなる耐震性調査の結果と
5項目の敷地
道路調査による消火栓の位置等の情報を収集して,そ れらを時空間データベースに登録した.
大紀町錦地区における現地調査は
2006年
12月に 行った.調査項目は家屋写真,道路写真,目視の耐震 診断
(家屋写真による診断)に加えて,この地区の地域 的特色であるといえそうなブロック塀の位置情報や、
目視の耐震診断を行った.また,大紀町防災課は
2004年
9月
5日の東海沖地震における錦地区住民の避難状 況について訪問調査を実施しており,このときの住民 の避難行動の情報を時空間データベースに登録した.
3.
現地調査データの時空間データベース化
3.1使用した基図
三重県では,GIS を普及・整備するための基盤とし て,三重県全域を網羅した数値地図
(GOM:三重県 GISオリジナルマップ) を
2001年に整備した.今回の 基図はこの
GOMを使用している.
3.2
家屋・道路写真の登録
新潟県川口町を対象とした新潟中越地震の災害復旧 支援活動では,全戸家屋写真を時空間データベースへ 登録した.この家屋写真を登録した時空間情報システ ムの活用から,自治体における緊急時の窓口業務や申 請業務での利用が有効であることが立証できた.
三重県の紀北町西長島地区と大紀町錦地区では,災 害発生前の家屋写真の保存のために,全戸家屋を撮影 し時空間データベース化した.さらに,防災計画策定 のための道路写真も同様に登録した.これらの写真は 現地調査によって撮影された.登録した家屋写真枚数 は西長島地区で
1603枚,錦地区で
1460枚である.
3.3
目視耐震診断結果の登録
一級建築士で構成される
NPO法人「安心のまちづ くりの会」の協力によって,西長島地区と錦地区全戸 家屋の目視耐震診断が行われた.西長島地区では,そ の
NPO会員による現地調査によって耐震診断データ が収集された.この目視耐震診断のデータは,住所を キーにしたマッチングによって時空間データベースに 登録した.しかし,目視耐震診断のデータは複数の調 査者によってデータ収集を行われたことや,住所情報 の精度の低さから,登録率は西長島の全世帯数の約
60%にとどまった.錦地区では,家屋写真を参照することによって目視 耐震診断が行われた.したがって,家屋写真と目視耐 震診断の情報が完全に連携しているため,ほぼ
100%の錦地区全戸目耐震診断データを,位置情報と関連付け て登録できた.この家屋写真と目視耐震診断結果は一
つの絶対位置を保持している.しかし,これらのデー タは固定資産のような各戸の住民情報と関連づいてい ないため,そのマッチングは今後の課題となる.
3.4
避難行動調査結果の登録
2004
年
9月
5日
23時
57分に太平洋熊野灘東南海 沖を震源とする最大震度
5弱
(マグニチュード7.3)の 地震が発生した.この地震により,錦地区では震度
4を記録した.6 日
0時
3分には気象庁より津波警報が 発令され,錦地区をかかえる旧紀勢町
(2005年
2月
14日に大宮町,大内山村と合併して大紀町) 役場は住民 に避難勧告を発令した.錦地区の住民で地震発生時に 在宅していた約
6割が,予め設けられた避難所に避難 した.その直後,町役場防災課は全住居への訪問アン ケートにより住民の避難行動を調査した.項目として は,世帯主名,扶養人数,避難した避難所名,または 避難しなかった等の避難行動の人数である.加えて,
防災課では市販の住宅地図に調査結果をまとめた.
これらの調査結果を基に住民の避難行動を時空間 データベースに登録した.今回の地震では人的被害や 家屋被害は生じなかった.いずれ発生すると考えられ ている大地震に備え,住民の避難行動の解析や最適避 難経路の事前評価,さらに防災計画立案のための資料 として,これらのデータベースが有効に活用できる.
登録方法としては,まず住宅地図
(2005年版,縮尺
1/2500)の表札名を時空間データベースに登録した.
その表札名と避難行動のアンケート結果における世帯 主名とをマッチングすることによって登録を行った.
結果として,調査世帯数
1007件のうち
601件の住民 の避難行動を時空間データベースに登録できた
(図.2).図
2:避難状況調査結果の時空間データベース化
3.5
マッチングの問題
上述の錦地区における避難行動調査の時空間データ ベースへの登録が約
6割にとどまった理由は,一つに 表札名と世帯主名の不一致にある.現状での表札名は 必ずしも住民が理解する世帯主を表すとは限らない.
考えうる他の理由は,今回表札名を抽出した住宅地 図と,時空間データベースの基図として用いた
GOMとの相違によるものである.住宅地図と
GOMとでは,
家屋形状や家屋の有無に違いがある.また,建物を抽 出したデータの作成時期も異なっているので,表札名 と建物の関連付けの精度が低いと考えられる.
したがって,時空間データベースに使用した
GOMデータの品質は,防災情報処理のデータマップとして の利用は可能であるが,自治体の日常業務で用いる基 図としては精度的に不十分である.そのため,自治体 が保有する紙地図等から
GISデータを作成する必要 が生じる.現在,より精度の高い家屋台帳と関連づい た基図の整備が進行中である.これによって,自治体 の平常・緊急業務でも用いることができる基図の構築 が期待できる.
4.
道路閉鎖シミュレーション
錦と西長島の両地区における目視耐震診断データを 利用して,震災時の建物倒壊に伴う道路閉鎖のシミュ レーションを行った.このシミュレーションは,地震に 伴う倒壊で生じる家屋の瓦礫により,閉鎖される恐れ のある道路を示すことで,防災計画立案のためのデー タベースとして活用することを目的とする.目視耐震 診断の
3段階の評定結果
(大地震発生時A:倒壊の恐れ無し,B :倒壊の可能性あり,C :非常に倒壊の恐れが ある) を基に大地震発生時に閉鎖される可能性のある 道路を想定した.その想定分類は,評定結果
Cの建物 が倒壊した場合,C と
Bの建物が倒壊した場合を考え た.倒壊の結果,半径
2mの範囲で瓦礫が周辺道路に 散乱したとして,どの道路が閉塞する恐れがあるかを 解析した
(図.3).これらの解析結果は,最適避難経路の算出や,防災計画の立案に役立てることができる.
5.
最短避難経路の算出
錦地区における最適の避難所と避難経路の事前評価 を行った.最適避難所の評価では,まず津波の被害予 測と津波避難所の評価を行った.使用データは,三重 県が公開している東海・東南海・南海地震が同時発生 した場合の津波シミュレーションや,昭和東南海地震 による津波浸水推定である.また,時空間データベー スに登録した避難状況結果
(2004年
9月
5日東海道沖
図
3:道路閉鎖シミュレーションの表示例
地震) を使用して被害予測を行った.その結果,約
7割の住民が津波浸水推定地域であるにもかかわらず住 居から避難していないことが判明した.津波避難所評 価では,避難所の構造・高さや浸水予測結果から,津 波避難所の安全度を総合的に評価することができた.
さらに,この結果と道路閉塞シミュレーションから,
最適避難経路の算出を行った.
これらの結果を基にして,錦地区における防災計画 の一つを示した.地震が発生したとき,住民がどの道 を通ってどの避難所に逃げるべきか等の,一連の避難 行動を示すことができた.錦地区住民への提示によっ て,住民一人一人の防災意識向上が図れるものと考え る.しかし,今回使用した基図
(GOM)の精度は低い ので,より現実的なシミュレーションを行うためにも,
早急に基図の整備が必要である.
6.
錦地区におけるワークショップ
6.1背景
地震災害軽減のための対策には,震災直後の救助救 出等の応急対策と震災前の予防施策等が考えられる.
予防対策は防災関係機関等によるものと地域住民によ
るものに区分される.地震災害の軽減には,地域の防
災力の向上が必須であり,災害に対する地域住民一人
ひとりの対応や意識の向上を図ることが最も効果的で
ある.このようなことから,三重県大紀町錦地区にお
いて,住民の防災意識向上を目的として,2006 年
6月
に住民参加型のワークショップを行った.このワーク
ショップは,大紀町役場防災安全課と,隣町の紀北町紀
伊長島町を活動のベースとしている
NPO法人「安心
のまちづくりの会」,三重大学環境解析学研究室の共
同事業の一環として,錦地区住民を対象に実施した.
6.2
タウンウォッチングと防災マップ作成
ワークショップは,町を見て歩くタウンウォッチン グと,タウンウォッチングの結果を紙地図にまとめた 防災マップ作りの,二つに分類できる.ワークショッ プを始める前に,参加者を地区全体をいくつかの小さ な地域ごとにグループ化した.それは,今回のワーク ショップの最も大きな目的が,町の至る所を隅々まで 住民に調査してもらうことではなく,日頃から災害発 生時に危険な場所や必要な物など,自分たちのまちを 防災の観点から見る目を養うことにあるからである.
タウンウォッチングでは,地震発生時に危険なとこ ろ,一時的に避難できる場所,消火活動を行う機材等 の観点から町歩きを行なった.これらをメモ代わりの 地図に書きとめてもらい,さらに写真も撮影する.
防災マップ作成では,タウンウォッチングで得た情報 を大盤の地図に分かりやすくまとめてもらった
(図.4).また,最後には,こうして作成した防災マップを用い ながら,各グループによる結果発表を行なった.
これらによって,災害に対する地域住民一人ひとり の対応や意識の向上を図れていくものと考える.
図
4:タウンウォッチングで作成した防災マップ
6.3
防災マップ情報の時空間データベース化 上述のワークショップで作成された防災マップの情 報を時空間データベースに登録した.小さな地域で分 けられた防災マップをまち全体のデータとして保存し,
防災計画立案のための意思決定を行なうデータベース として用いるためである.
7.
現地調査データ登録の効率化
7.1 GPSの利用
新潟県の災害復旧支援活動では,GPS 機能付きデ ジタルカメラの利用によって,家屋写真を時空間デー
タベースへ登録する際に,作業時間の短縮と精度の向 上を図ることができた.
三重県錦地区では,さらなる時間短縮と精度の向上 のために,より高性能な
GPSを用い現地調査を行っ た.この
GPSは電子コンパスを内蔵しており,位置 情報に加え,方向も記録される.この位置,方向,撮 影画像を時空間データベースに瞬時に登録できるイン ターフェイスの開発によって,さらなる作業効率の向 上がなされるはずである.
7.2
紙地図の領域定義
大紀町錦地区のワークショップで作成された紙ベー スの防災マップから,各種の防災関連の属性情報を時 空間データベースに登録した.これは,現地調査など で紙地図に記された属性情報を登録し,解析や意思決 定の道具として,早急に活用できるようなデータを構 築することを目的とする.つまり,防災マップのよう に,現地調査では紙地図に属性情報を記していく.こ れらの情報は早急にデータベースに登録しなければな らない.それは,通常業務から災害発生後の緊急を要 する業務への移行にあたり,復旧業務での時間的遅延 による経済的損失の軽減にも繋がる.さらに,ワーク ショップのような住民参加型の活動等で,調査データ を
GIS上に取り込み,早急に指標として提示したい場 合,この方法は,さらに有効的に活用できるであろう.
8.
おわりに
災害発生前の事前データ整備と防災計画の立案のた めに,三重県紀北町西長島地区と大紀町錦地区で活動 を行ってきた.西長島では実際の業務にあたる自治体 と提携した活動には至っていないが,錦地区では大紀 町役場防災安全課との活動を今後も行っていく.今後,
緊急災害時に必要なデータのみならず,平常業務でも 役立つ時空間データベースの構築を目的として,役場 職員へ時空間情報システムの使用方法を解説していく 予定である.また,地震のように予測することのでき ない自然災害に備えて,継続的な活動が必要である.
そのことで,地域の活性化に結びつき,住民の防災意 識の向上が図れることができれば,災害に強いまちづ くりに繋がっていくはずである.
参考文献
[1]
福山他:三重県地震被害予測システムの構築プロジェク ト
-中越地震における時空間情報システムを活用した自治体 支援
(8)- ,GIS学会論文集
(2005)[2]