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実 施 日:平成26年 6 月25日(木)12:15-12:45会 場:E 棟 2 階 サロン教室 発 表 者:長谷川千種
テ ー マ:私のナラティブ・セラピー ~俳優とセラピストの接点~
はじめに
「私のナラティブ・セラピー」と銘打ちましたが,
ここで皆さんにナラティブ・セラピーについて語るつ もりは毛頭ございません.今回は,セラピストの先生 方とセラピストの卵の皆さんに私の物語を聴いて頂い て,私自身が癒されてしまおうというコーナーです.
どうぞお付き合いください.
小・中・高とソフトボールに明け暮れた私が,地元 の女子大学文学部英文学科に入学して出会ったのは,
付属の高校から上がってきた華やかな女子の群れでし た.食堂では前髪にカーラーを巻き,ハイヒールをこ つこつと鳴らし,ヴィトンのバッグを持つ彼女達.
「大学に何をしに来ているのだろう?」と私に疑問を 持たせるのに十分な装いでした.しかし自分を謳歌し ているその群れは,中学・高校と徹底した管理教育の 中で自分の意志を麻痺させていた私に侵食し始め,そ
の止まっていた思考を動かし始めました.動き始めた 思考の先は,残念なことに勉学ではなく「化粧」と「音 楽」に向かったのです.この 2 つとの出会いが,私が 今ここにいる出発点と言えるでしょう.
化粧との出会い
ソフトボール部で 1 年中真っ黒だった私は,化粧を 覚えたことでみるみる色が白くなり,近所のおばさん から整形を疑われるほどメイクの腕が上達していきま した.そして自分に化粧を施すだけでは飽き足らなく なった私は,化粧品を販売しながら,お客様にも化粧 や小顔マッサージを施すようになりました.人の変容 に関わるのは実に楽しいものです.
ある時,呉服屋に嫁いだ友人の頼みで,店の顧客へ 簡単なメイク会を開催しました.その途中,彼女は突 然「お義父さんもメイクしてもらったら?」と店の奥 にいた舅に声をかけたのです.そのお舅さんは脳梗塞 の麻痺が残っており,引きこもりがちになっていまし た.私は奥へ行き,お舅さんの眉毛をキリリと描きま した.すると,満更でもないといった表情で鏡を見つ め,おもむろに立ち上がって店先へ向かい,顧客と話 し始めたのです.私は「眉毛ひとつで人の行動は変わ る」と感動しました.もちろんそこには「お義父さん
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Corresponding author:
新潟リハビリテーション大学
〒958-0053 新潟県村上市上の山 2 -16 Tel:0254-56-8292
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カレントトピック
私のナラティブ・セラピー
~俳優とセラピストの接点~
長谷川 千 種*
新潟リハビリテーション大学医療学部リハビリテーション科 助手
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長谷川千種
カッコいい!」「あなた若返ったわよ!」という家族 の言葉があったからこそでしょう.
メイクへの興味は次に,パーソナルカラーへと向か います.パーソナルカラーとは「その人に似合う色」
のことです.肌や髪の生まれ持った色素は基本的に一 生変わりません.その色素に調和する色を身につける と,顔色がパッと明るくなり,しみ・しわなどが目立 たなくなります.ここで佐々木先生にご協力いただき ましょう.(実演) 4 種類のピンク色のドレープを 佐々木先生の胸に当てていきます.当てる布によって 顔色が変わるのが判りますよね.このように同じピン ク色でも,青みが強いか黄みが強いか,クリアな色か 濁りのある色かで 4 種類に分かれます.どの色のグ ループがその人に調和するのかを160色のドレープを 使って診断するのがパーソナルカラー診断です.私は その診断法を学び,メイクに活かしていました.
そして私の興味はより内面へ,色彩心理へと向かい ます.なぜその色が気になるのか,色は人の心にどの ような影響を与えるのか.私が学んだカラーライトセ ラピーは,12色のカラーボトルを使ってその人の心模 様を読み解きカウンセリングをしていきます.では学 生の方に並べていただきましょう.(実演)好きだな,
気になるなというカラーボトルを左手で左から順番に 並べてください.(並べた後で)あなたは今○○とい う状況で,○○は必要ではなく,○○したいと思って いると私には読み取れますが,いかがですか?(学生
「当たっています」)大抵の方が「当たっています」と おっしゃいます.でも私は当たる当たらないの占いで はなく,あくまでもカウンセリングの入口として色を 使いながら話を聴いていくようにしています.答えは クライアントが持っています.私はただクライアント の物語を聴いて寄り添い,少しだけ背中を押すだけで す.カラーライトセラピストやセラピスト養成講座の 講師をしながら,私は俳優として舞台にも立っていま した.
演劇との出会い
俳優への流れを遡りますと,こちらも大学時代の
「音楽」に行き着きます.大学の軽音サークルでベー スボーカルとして学園祭などに出演しながら,私は人 前で表現する心地良さや仲間と音でコミュニケーショ ンをする楽しさを知ってしまいました.また仲間たち は好きな音楽ややりたいことが明確で,実に魅力的で した.中学・高校と教師に殴られないように自分を押 し殺し,目立たないように生きてきた私は,自分が好
きなものややりたいことに鈍感になっていました.そ のことに気付かされた私は,いわゆる大学デビューに 必死だったのかもしれません.
大学卒業後,私は洋陶器メーカーに就職しました.
営業事務として 3 年ほど勤務した後,魔が差して退職 します.そんな時に軽音サークルの仲間から「一緒に コンビを組まないか」と声がかかりました.彼女は大 学卒業後,名古屋吉本に入って漫才をやっていて,私 が会社を辞めた時,ちょうど彼女の相方も辞めたとこ ろでした.しかし興味本位で引き受けた私は「お笑い の世界」の厳しい洗礼を受けて, 1 ヶ月でギブアップ してしまいます.友人への申し訳なさと自分への情け なさから,ちゃんと表現の勉強をしようと思い立ち,
「芸能学院○○」に入りました.そこで私は舞台演劇 と出会います.衣装・照明・メイク・音響・大道具・
小道具といった裏方の仕事を手伝いながら,自分も俳 優として舞台に立つようになっていきました.
様々な仕事との出会い
もちろん俳優業だけでは食べていけませんので,私 は様々な仕事をしました.POP 作成,オーダーカー テン専門店での接客,会員制アロマオイル販売会社の カスタマーサービス,タイ古式マッサージのセラピス ト,T 自動車のメカニック向け説明書の校正,愛知万 博や名古屋城のスタッフなどなど.ちなみに T 自動 車では,オフィスは完全な密室でした.なぜなら発売 前の新車がオフィス内に鎮座していたからです.窓に はブラインドが下ろされ,入室もセキュリティーカー ドを使用.100台ほどのパソコンがずらりと並び,男 性陣が朝から晩まで働いています.そこはグレーの世 界でした.3 ヶ月が過ぎた頃,私は自分の机に小さな 観葉植物を持ち込みました.毎朝,その水を取り替え ながら話しかける様はどう映っていたのでしょうか.
後にカラーライトセラピーを学び,太陽光の大切さと 蛍光灯やブルーライトの弊害を知って,ちょっと病ん でいたのだと納得したのでした.
欧米の俳優養成メソッドとの出会い
今から 7 年ほど前でしょうか,演劇での転機が訪れ ます.それは,欧米の俳優養成メソッドとの出会いで した.ある日私は,知り合いの奥様劇団を久しぶりに 観に行きました.そこで奥様たちの変わり様に驚いた のです.猫背だった奥様たちが貴婦人になり,演技力 が格段にアップしていました.その理由を尋ねたとこ ろ「東京から呼んだ演出家に指導を受けている」との
私のナラティブ・セラピー ~俳優とセラピストの接点~
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ことでした.指導者でここまで変わるのか!私は居て も立っても居られず,その講座に入れてもらいまし た.そこにはスタニスラフスキー理論やアレクサン ダー・テクニークといった,欧米の俳優なら誰しも 知っているメソッドがありました.その演出家は ニューヨーク市立大学大学院人文学部演劇学科博士課 程を経て,劇団昴の演出をされている方でした.彼女 に言われてまず初めに私が衝撃を受けたのは「MUST ではなく WANT でやりなさい!」という言葉でし た.それまでの私は「台本に書かれていること」「演 出家に言われたこと」を忠実に遂行しようとしていま した.彼女は怒鳴ります.「その役は今,何をしたい の?!あなたは相手をどうしたいの?!」「本当のこ とをやりなさい!」役を生きるとはどういうことかを 徹底的に考えさせられました.そこで気付いたのは「しなければならない」で生きるより「やりたい!」
で生きるほうが断然楽しく,活き活きして見えるとい う当たり前のことでした.台本の中から役のやりたい ことを読み取ること.これが俳優の仕事の第一歩で す.これはセラピストにも共通することではないで しょうか.クライアントが本当に望むことを読み取る こと.
もうひとつは「言葉は平気で嘘をつく」という言葉 でした.「大丈夫です」と台詞で言っていても本当は 大丈夫じゃない.「嫌い!」の裏に潜む「大好き」と いう想い.俳優はその感情を的確に読み取って表現し なければなりません.台詞と台詞の間にあるサブテキ ストを読み込んで想像することが,俳優の仕事の大半 を占めると言っても過言ではないでしょう.スタニス ラフスキーの演技術では「自然であること」と「嘘が ないこと」を追求していきます.そのために役作りに おいて「 9 つの質問」を自分に投げかけます.
1
.私はどこにいるか.
2.それはいつのことか.
3
.私は誰か.
4.私は何をしようとしているのか.
5
.なぜそうしたいのか.
6.どうやってその目的を
達成するか.7.なぜ今そうしたいのか.
8.行く手
を阻む障害は何か.9.うまくいかなかった場合,ど
うなってしまうのか.これらの質問は俳優自身にも問いかけていくことに なります.自分はどう生きていくのか.どうありたい のか.役作りを通して自分作りをしていく.英国にお いて演劇が教育に取り入れられているのは,こういっ た要素があるからではないでしょうか.
一昨年の夏,英国の演劇学校のひとつである王立演 劇 学 校(Royal Academy of Dramatic Arts: 通 称
RADA)で短期のワークショップを受けました.ハ リーポッターのスネイプ先生を始め,錚々たる俳優陣 を輩出している学校です.そこでまず初めに,俳優に とって一番大切なものは何かを問われました.何で しょうか.よく「表現力」と言われますがそうではな くて,一番大切なものは「想像力」
.これが答えでし
た.想像力を培うためには観察力が不可欠ですし,共 感力や即応力も必要となります.RADA ではそれら を鍛える様々なワークを行っています.Movement(動作)・Voice(声と言葉)・Acting(演技)の 3 つに 大きく分かれ,それぞれ専門の講師が指導していきま す.それを 3 年間みっちりと学ぶことによって,あら ゆる演出家のオファーに応えられる俳優を育てていく のです.Movement ではダンス・ムーブメント・サ イコセラピーも取り入れられており,動作によって心 理的な部分を掘り起こしていきます.このダンス・
ムーブメント・サイコセラピーは,英国では心理療法 として位置付けられています.
演技とは,身体・声・知性・理性・感情・ひらめ き・想像力すべてが溶け合って生まれるものです.演 劇は,コミュニケーションのアートです.自分を知っ て自分と繋がり,相手を知って相手と繋がり,全体を 知って観客や社会と繋がる.このようにコミュニケー ションを鍛えていく俳優養成メソッドは,舞台人だけ ではなく一般の方々にも役立つのではないか,何かし ら社会に還元できないかと模索していたときに的場先 生と出会いました.
医療と芸術の出会い
的場先生は芸術療法に造詣が深く,演劇やダンスの 力にも興味を示してくださいました.そこから,名古 屋大学での研究「高機能広汎性発達障がいの学生を対 象に心理運動療法の導入とラバン法を用いた運動解析
(科研費:挑戦的萌芽研究 25560253)」が始まり,私 もアシスタントとして参加しました.
高校生との出会い
的場先生との出会いと前後して,私は,とある芸術 高等学校に非常勤で仕事をしていました.最初は ファッション・ビューティーコースでメイクを,翌年 からは声優コースで総合演技を担当していました.そ の高校は,中学をドロップアウトした生徒が数多く 通っており,様々な生徒がいました.「私は今日は猫 です」といって教室の隅でうずくまる生徒.休憩にな ると私の所に来て,名探偵コナンに出てくる「手まり
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長谷川千種
唄」についてエンドレスで語る生徒.リストカットや タバコを押しつけられた跡が残る生徒.自殺した生徒 もいました.昨年の 4 月からこちらのリハビリテー ション大学で勤務するようになり,専門的な文献や先 生方のお話に触れるうちに,「あの生徒たちの中には 発達障がいを持つ子がいたのではないか」と思うよう になりました.もし私が専門的な知識を持っていた ら,もっと良い環境を提供できたのではないか,彼ら の力をもっと引き出せたのではないかと今更ながら悔 やんでいます.
現在
名古屋市瑞穂文化小劇場の開館記念事業で,朗読詩 劇を上演する予定です.戦後70年によせて反戦詩を中 心に構成された内容で,出演者は舞台人と一般公募の 方,そして発達障がいを持つ方々です.私はそこで詩 を 3 篇ほど読みます.ちょっとここでやってみます.
「しづかに歩いてつかぁさい」というヒロシマの詩で す.演出からは「遠野物語を語るおばあさんのイメー ジで」というオファーがありました.まず正座になり ます.肩の力を抜いておばあさんの身体を作ります.
そこから出る音が本当なんですね.おばあさんの声を 出そうと喉だけで絞り出すと嘘っぽくなります.(実 演)次に特攻隊員の辞世の句です.身体を作ります.
少し前重心で,いつでも動き出せる「気をつけ」の姿 勢です.(実演)「折にふれ 時にあたりて思ふかな 老いゆく父母はいかにあるかと」杉山喜一郎,昭和20
年 1 月21日22歳.最後の年齢は彼が亡くなった年で す.彼にも22年の物語がありました.皆さんにも今ま で生きてきた物語があります.どうかご自分の物語を 大切にしてください.そして学生の皆さん,患者さま の物語を大切にするセラピストになってください.ご 清聴ありがとうございました.
あとがき
後日,OSCE の模擬患者さんに向けて「演じること」
についてのセミナーを行う機会を頂きました.その数 日前には私自身が模擬患者役を初めて体験していま す.そこで感じたことは「知らない」という姿勢です.
もともと何も知らかったのですが,何度か繰り返すう ちに,学生が何の検査をしようとしているのか分かっ てきます.そこで先回りをしたり「そうじゃないのに な」といった評価が入ると,本来の意図と違ってくる 気がしました.あくまで初めて経験することであり,
その上で感じたことを学生にフィードバックすること が大切なのではないでしょうか.これはまさに演じる ということです.俳優もロングラン公演になると何度 も何度も同じシーンを繰り返します.しかし舞台上で は,毎回初めて経験することなのです.常にその瞬間 を感じること.それが一般の模擬患者さんにも求めら れることかもしれません.
※ 本原稿はランチョンセミナーにおいて発表したもの に加筆修正したものです.