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知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)の現状 に関する調査研究報告書

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(1)

調‑00‑Ⅳ‑01

知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)の現状 に関する調査研究報告書

平成 12 年 1 月

郵政省 郵政研究所

(2)

はじめに

企業の経営戦略として、従業員個人が経験を通じて体得した「知識」や「ノウハウ」を 組織全体で有効活用することを目指した経営手法・「知的資産管理(ナレッジ・マネジメ ント)」が一大ブームとなっている。知的資産管理は、「全社的なノウハウ・スキルの底 上げ」、「ベテランから若手への知識・ノウハウの伝承」など様々な効果が期待されてい る。欧米ではコンサル系企業を中心に積極的に取り組まれているが、国内では欧米と比較 するとその取組みは遅れている。また、知的資産管理は、経営者方針、推進体制、社内制 度、情報インフラ、風土・文化など、様々な視点から様々な部門が総合的に取り組むこと が重要とされている。

そこで、本調査研究では、国内企業における知的資産管理の取組みの現状および先進事 例の分析により、企業における知的資産管理の実現へ向けての有効な方策モデルについて 検討した。

本調査研究における分析は、急速に進展する情報技術革新の中での一断面にすぎなく、

分析の深さも充分とは言えないが、本報告書が企業や組織における知的資産管理の推進を 進める上で関係者に広く活用して頂ければ幸いである。

なお、本調査研究に関しては、土谷茂久 元郵政研究所客員研究官(千葉工業大学工学部 教授)にご指導頂いた。また、アンケート調査やヒアリング調査では多くの企業等の方々 にご協力を頂いた。さらには、本調査研究を進める上で、株式会社富士通総研のスタッフ にご協力を頂いた。この場を借りて深く感謝したい。

平成 12 年 1 月

郵政研究所 情報通信システム研究室

室 長    森下 浩行

主任研究官  進藤 文夫

担当研究官  美濃谷晋一

(3)

要約

1.

調査研究の背景と目的

国内企業における知的資産管理に関する取組みの現状分析および先進事例分析により、国内企 業における知的資産管理の実現へ向けての有効な方策モデルについて提言することを目的とし た。

2.

調査研究の概要

調査研究のフレームワークを設定し、調査研究の全体の流れや調査の方法を明確にした。

3.

知的資産管理の動向

知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)という概念がどのような背景から登場してきたのか、

海外ではどのように普及しているのか、海外および国内の企業がこれまでにどのように取り組ん できているのかを文献調査により整理した。

4.

知的資産と知的資産管理

本調査研究で扱う知的資産および知的資産管理の概念の定義や特徴を整理した。

5.

仮説設定

大仮説「企業が知的資産管理を推進していくためには、情報技術・インフラ面の拡充も大切で あるが、むしろ明確な経営者方針の展開、従業員への充分なインセンティブ供与など、組織運営 面での取組みが重要である。(一部省略)」を設定し、アンケート調査およびヒアリング調査に より検証するために、企業現状、組織運営、システム運営のそれぞれの切り口で、より具体化・

細分化した仮説を設定した。

6.

知的資産管理の現状

経営者側に視点を置いた国内企業アンケート調査と、従業員側に視点を置いた従業員アンケー ト調査をもとに、国内企業における知的資産管理に関する意識や取組みの現状について分析を行 った。

その結果、知的資産の実践度、知的資産の存在役職、知的資産管理の阻害要因などの点で、経 営者と従業員との間に大きな相違があることが明らかになった。また、多くの企業が知的資産管 理を期待視している、個人または部門内の経験的な知的資産は企業の必須資産である、インセン ティブとして従業員評価制度の確立が求められている、などのことが明らかになった。

7.

知的資産管理の先進企業事例

知的資産管理に先進的に取り組んでいる国内企業にヒアリング調査を行い、知的資産管理に取 り組んだ背景や目的、現在の取組み内容、取組みの成果・効果などについて分析を行った。

その結果、知的資産管理を推進するには、強力な推進体制が必要である、企業風土・文化は知 的資産管理の促進要因として機能する、成功のカギは経営者のリーダーシップと従業員の意識改 革である、などのことが明らかになった。

8.

仮説検証

各仮説検証結果から、ほとんどの企業が知的資産管理を重要視している、最も重要な知的資産 は「草の根の知識」である、成功のカギは経営者の率先行動にある、知的資産の創出には評価制 度が有効である、情報インフラは知的資産管理に有効である、などのことが明らかになった。

以上のことから、知的資産管理を推進するには、知的資産管理に効果的な情報インフラを活用 することも必要であるが、経営者の率先した行動、従業員のインセンティブ供与などの組織運営 面の改革が重要であることが結論付けられ、大仮説はおおよそ仮説どおりの結果が得られた。

(4)

9.

知的資産管理の実現へ向けて

今後企業で知的資産管理を実現するためには、経営者方針の明確化、「草の根の知識」の有効 活用、強力な推進体制の確立、全従業員共有可能な情報インフラの整備、バウンダリーレスな「場」

の提供、インセンティブとしての従業員評価制度の確立など、様々な視点からの総合的な取組み が有効な方策となる。

10.

知的資産管理の郵政事業への適用の可能性

郵政事業における「草の根の知識」として「郵便局の現場職員」が考えられる。全郵政職員がネット ワークで結ばれ、職員1人1人が保有している知的資産を有効活用できれば、お客様の満足度をより向 上させるような郵政事業経営に結び付けられるのではないかと期待される。

(5)

Summary

1. Objective

This objective of this research is to analyze the current situation and advanced practice concerning knowledge management in domestic enterprises, and to propose effective measure models to realize knowledge management in domestic enterprises.

2. Outline

By setting the framework of the research, we cleared the total stream and the method of the research.

3. Trend in Knowledge Management

We arranged the trends according to the following three main questions; how the conception of “knowledge management” had been appeared, how diffuse it in oversea, and how practical it had been in oversea and domestic enterprises.

4. Knowledge and Knowledge Management

We arranged the definitions and the features of knowledge and knowledge management treating in this research.

5. Institution of Hypotheses

We instituted the large hypothesis: “To promote knowledge management in enterprises, it is necessary to expand information technology and the infrastructure. However, practice in organization management, such as introduces clear management policy, provides employees with full incentive, and so on (omitted one part) is rather important”.

We also instituted concreted and fractionalized hypotheses, in order to verify the large hypothesis by questionnaire and hearing surveys, using three viewpoints: current situation in enterprises, organization management, and system management.

6. Current Situation in Knowledge Management

We analyzed current situation of the awareness and the practice concerning knowledge management in domestic enterprises, two types of questionnaire surveys; one is from the point of view of management and the other is from point of view of employees.

As a result, we found that there are remarkable gaps between management and employees in the level of knowledge management practice, position in which knowledge exists, factors to demote knowledge management, and so on.

We also found that:

・ Many enterprises expect the effect of knowledge management.

・Experiential knowledge of individual or inside of a department is essential capital for enterprises.

・Many enterprises need to establish the evaluation systems for employees as a driving force.

7. Advanced enterprises case examples in Knowledge Management

By carrying out hearing surveys to enterprises which are practicing advanced knowledge management, we analyzed the background and aim to promote knowledge management, current practice, the results and effects of promotion, and so on.

As a result, we found that:

・ To promotion knowledge management, establishment of powerful promotion system is

(6)

required.

・ Environment and culture of enterprises functioned as factors to promote knowledge management.

・ The key factor of success is the leadership of management and reform of employees’

awareness, and so on.

8. Verify of Hypotheses

From these results of each hypothesis, it is confirmed that:

・Most enterprises think knowledge management is important.

・ Most important knowledge is “glass root knowledge”.

・Information infrastructure is effective knowledge management, and so on.

Thus, our conclusion of this study is that, to promote knowledge management, it is necessary to utilize information infrastructure that is effective to knowledge management.

However, it is also important for enterprises to make various reforms and inventions in organization management: including initiative of the management, provisions of incentive to the employees, and so on.

9. Realizing Knowledge Management

In the future, to realize knowledge management in enterprises, it is effective measure to practice overall from various perspectives. Those are clarification of management policy, effective utilization of “grass root knowledge”, establishment of powerful promotion system, adjustment of information infrastructure to share all employees, sharing of boundary-less

“space”, establishment of system to evaluate employees as incentive, and so on.

10. Possibility of Application of Knowledge Management to Postal Services

“Grass root knowledge” in postal services can be defined as “the knowledge of those who

are doing actual work in post offices”. It may lead to rise further customer satisfaction of

postal services, if the network connects all individual staff of post office, and if MPT can

utilize effectively their knowledge.

(7)

目次

1. 調査研究の背景と目的... 1-1 1.1. 調査研究の背景... 1-1 1.2. 調査研究の目的... 1-1 2. 調査研究の概要... 2-1 2.1. 調査研究の全体構成... 2-1 2.2. 調査研究の方法... 2-2 3. 知的資産管理の動向... 3-1 3.1. 知的資産管理の動向... 3-1 3.2. 海外企業事例... 3-4 3.3. 国内企業事例... 3-7 4. 知的資産と知的資産管理... 4-1 4.1. 知的資産... 4-1 4.2. 知的資産管理... 4-6 5. 仮説設定... 5-1 5.1. 企業現状... 5-1 5.2. 組織運営... 5-2 5.3. システム運営... 5-2 6. 知的資産管理の現状... 6-1 6.1. 国内企業アンケート調査の概要... 6-1 6.2. 従業員アンケート調査の概要... 6-5 6.3. 知的資産に関する意識... 6-11 6.4. 知的資産管理の全般的な実践状況... 6-13 6.5. 知的資産管理の展開/浸透状況... 6-17 6.6. 知的資産管理の実践状況... 6-20 6.7. 知的資産管理の推進組識... 6-25 6.8. 知的資産管理推進上のインセンティブ/社内制度... 6-29 6.9. 知的資産管理の効果... 6-31 6.10.知的資産管理推進上の促進/阻害要因... 6-33 6.11.有効な知的資産と知的資産の共有状況... 6-37 6.12.情報インフラの整備・活用状況... 6-39 6.13.知的資産共有アプリケーションの整備・活用状況... 6-43 6.14.現状のまとめ... 6-50 7. 知的資産管理の先進企業事例... 7-1 7.1. エーザイ株式会社(「知識創造活動」と「知創部」)... 7-1

7.2. 富士通株式会社ソフト・サービス事業推進本部(「Solution NET」)... 7-7

7.3. 東京海上火災保険株式会社(グループウェア「ひとり一台」)... 7-11

7.4. ヒューマングループ(気付き情報の共有・活用)... 7-17

7.5. 株式会社花ごころ(小規模企業におけるグループウェア活用)... 7-23

7.6. 先進企業事例のまとめ... 7-29 8. 仮説検証... 8-1 8.1. 企業現状... 8-1 8.2. 組織運営... 8-4 8.3. システム運営... 8-8 8.4. 仮説検証のまとめ... 8-11

(8)

9. 知的資産管理の実現へ向けて... 9-1 10.知的資産管理の郵政事業への適用の可能性... 10-1

○ 付属資料

付-1. 調査にご協力頂いた方々...付1-1 付-2. 主要参考文献、リソース...付2-1 付-3. 国内企業アンケート調査票...付3-1 付-4. 従業員アンケート調査シート...付4-1 付-5. 国内企業アンケート調査 単純集計結果...付5-1 付-6. 従業員アンケート調査 単純集計結果...付6-1

○ 郵政研究所 調査研究報告書一覧

(9)

1 .調査研究の背景と目的

(10)

1.

調査研究の背景と目的

1.1.

調査研究の背景

情報化の急速な進展により、企業は、俊敏な意思決定、部門を超えた連携、生産・開発サイクルの 短縮化、業務スピードの向上など、様々な場面で迅速性を求められている。このため、組織としての 知識やノウハウの役割が重要となってきている。一方、企業ではBPR(Business Process Reengineering)

やアウトソーシングの導入により、業務の効率化や人材の流動化が盛んに行われている。一見、順調 に進んでいるようにも見えるが、本来必要な人材を失うことで、業務がうまくまわらなくなったとい った課題も発生している。このため、個人の持っている知識やノウハウが重要視されつつある。また、

情報技術の進展により、情報を容易に共有、活用できるようになっている。このため、企業における 様々な課題を効率的、効果的に解決できる可能性が広がっている。

以上のような背景から、企業内に存在する知識やノウハウなどの知的資産を活かして、企業の競争 力を高めることを狙った「知的資産管理」の必要性が高まってきている。

この「知的資産管理」は、欧米では1990年代前半からコンサル系企業を中心に取り組み始められ、

「Intellectual Capital Management」や「Knowledge Management」と言われている。国内では少し遅れて 1990年代後半から意識的な取組みが始まっている。エーザイ株式会社はその代表的な企業と考えられ る。1999年は、特に「Knowledge Management(ナレッジ・マネジメント)」という用語が、新聞、雑 誌、書籍などでもよく取り上げられており、一種のブームが起きているとも言える。また、欧米では、

既にコンサル系企業、大学などにより、「Knowledge Management」に関する定量的な調査が行われて おり、その実態が明らかになりつつある。

1.2.

調査研究の目的

本調査研究は、知的資産管理が単なる一ブームに終わらず、これからの企業にとって必要不可欠な ものになっていくであろうという認識の下に、国内企業における知的資産管理に関する取組みの現状 分析および先進事例分析により、国内企業における知的資産管理の実現へ向けての有効な方策モデル について提言することを目的とした。

(11)

2 .調査研究の概要

(12)

2.

調査研究の概要

2.1.

調査研究の全体構成

調査研究の全体構成を図 2-1に示す。

図 2-1 調査研究の全体構成 知的資産管理の動向 知的資産管理の動向

知的資産管理に 関する仮説設定 知的資産管理に 関する仮説設定

知的資産管理の 先進企業事例 知的資産管理の 先進企業事例 知的資産管理の現状

知的資産管理の現状

仮説検証仮説検証

知的資産管理の 実現へ向けて 知的資産管理の 実現へ向けて

国内企業 ヒアリング調査

国内企業 ヒアリング調査

従業員 アンケート調査

従業員 アンケート調査

国内企業 アンケート調査

国内企業 アンケート調査

(13)

2.2.

調査研究の方法

本調査研究は以下に示す方法により進めた。

1. 調査研究の目的と概要

本調査研究の背景、目的、調査研究全体の概要について述べた。

2. 知的資産管理の動向

知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)という考え方がどのような背景から登場してきたのか、

海外ではどのように普及しているのか、海外および国内の企業がこれまでにどのように取り組んでき ているのかを文献調査により整理した。

3. 知的資産管理に関する仮説設定

文献調査をもとに、知的資産管理に関する仮説を設定した。仮説については、本調査研究に関する 基本仮説を設定した後、企業現状、組織運営、システム運営の各視点から、より具体的な仮説を設定 した。

4. 知的資産管理の現状

経営者側に視点を置いた国内企業アンケート調査と、従業員側に視点を置いた従業員アンケート調 査をもとに、国内企業における知的資産管理に関する意識や取組みの現状について分析を行った。

5. 知的資産管理の先進企業事例

知的資産管理に先進的に取り組んでいる国内企業にヒアリング調査を行い、知的資産管理に取り組 んだ背景や目的、現在の取組み内容、取組みの成果・効果、成功要因等について分析を行った。

6. 知的資産管理の実現へ向けて

以上から得られた知見をもとに、企業における知的資産管理の実現へ向けての方策モデルを提言し た。

(14)

3 .知的資産管理の動向

(15)

3.

知的資産管理の動向

3.1.

知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)登場の背景

自らの組識の保有する知的資産や知識を何らかの方法で有効に共有・活用しようという動きは、1990 年代半ばから、主に欧米企業の間で顕著になってきた。やや遅れ、日本企業の間でも、組織内の知的 資産や知識の共有・活用に意識的に取り組むところが現われ始めている。以下では、まず、日米欧の 企業が知的資産や知識の共有・活用に取り組み始めた背景にある社会・経済・経営・技術的要因を解 説する。次いで、日米欧企業の知的資産管理に関する先進的な取組みを概観する。なお、知的資産管 理が登場した背景については、図に経営・組織的側面と情報技術的側面から整理した。

3.1.1.

知識社会と知識労働者

「労働」、「資本」、「土地」といった伝統的生産要素とは別に、これからの社会においては、

「知識」という資源がより重要になり、それに伴い、農業社会から発展した現在の工業社会は、次第 に「知識社会」に移行していくという議論がある。

このような議論の中でも最も頻繁に引用されるのはピーター・ドラッカーであろう。例えば、「ポ スト資本主義社会(1993 年)」の中で、ドラッカーは、「近年における最も重要な変化は知識に関 するものであり、知識は最も中心的な資本あるいは経済資源となった」と述べている。また、知識が

「唯一の意味のある経済資源」である知識社会においては、「知識労働者(ナレッジ・ワーカー)」

が中心的な階層となる。農業社会の中で最大の人口を占めていた「農民」、工業社会で中心的な存在 となっていた「ブルーカラー労働者」の後を継ぐべき存在である知識労働者は、20 世紀末には米国 全労働人口の3分の1を占めるようになるとドラッカーは予測している(「未来への決断(1995年)」)。

ドラッカーの定義する知識労働者は、その性格を、ブルーカラー労働者と大きく異にしている。例え ば、ブルーカラー労働者と異なり、知識労働者は生産手段(=知識)を所有している。彼らは、生産 の道具(例えばパーソナル・コンピュータ)と生産手段を組み合わせることによって生産を行う。ま た、指示によって働くブルーカラー労働者とは異なり、知識労働者は監督され得ない存在でもある。

彼らは高度な専門性を持ち、自らが意思決定を行う。このような知識労働者が、組識の中で知的資産 を創出し、共有し、活用する中心的な主体であると想像することは難しくないであろう。

ロバート・ライシュが「ザ・ワーク・オブ・ネーションズ(1991 年)」の中で定義する「シンボ リック・アナリスト」もまた、ドラッカーの定義する知識労働者に類似した存在と言えよう。ライシ ュは、この著書の中で、「地球経済が広がりつつある今日、アメリカ企業および産業、、、、、

が、外国の企業、

産業と競争することはほとんどない‐アメリカ、、、、

とは、単に仕事が行われる場所、付加価値が生み出さ れる場所を意味するに過ぎないのだから」とし、「米国の競争力を左右するのはアメリカ企業やアメ リカ産業の将来ではなく、地球経済のなかでアメリカ人が果たす役割‐すなわち彼らが生みだす付加 価値‐である」と主張している。ライシュによれば、アメリカ人の競争的な立場はそれぞれの職種に よって規定される。「生みだされる付加価値」は職種によって大きく異なるからである。職種区分と してライシュは、「ルーチン・プロダクション・サービス」、「インパースン・サービス」、「シン ボリック・アナリティック・サービス」の3つを提示している。ルーチン・プロダクション・サービ スは繰返しの単純作業といった職種で、ブルーカラー労働者とほぼ同義である。インパースン・サー ビスは対人サービスであり、小売店員やウェイターなどが含まれる。シンボリック・アナリティック・

サービスは、シンボル(データ、言語、音声、映像表現等)を操作することによって、問題を発見し、

解決し、あるいは媒介するサービスである。職種としては、研究科学者、ソフトウェア技術者、法律 家、コンサルタント、マーケティング戦略家などが含まれる。シンボル分析の専門家であるシンボリ ック・アナリストは、ドラッカーの知識労働者と同様、上司や監督者との関係性は希薄である。シン ボリック・アナリストは上司とではなくパートナーと仕事をし、仕事の質や独創性、頭の良さや問題 解決の速さによって評価される。ライシュによれば、シンボリック・アナリストはこれからのアメリ カを支える職種である。

3.1.2.

市場と知識

米国だけに限らず、先進諸国は知識労働者やシンボリック・アナリストが重要な役割を担う、知 識がより重要な価値を持つ社会に移行していると見ていいであろう。先進諸国における工業社会から 知識社会への移行の背景としては、近年におけるマス・プロダクションやマス・マーケティングの有 効性の減少、顧客嗜好の変化の速さなどが挙げられるであろう。

(16)

長い間、消費物資の供給は需要に比して不足してきた。そのような時代には、顧客が製品を選択 できる余地は少なく、顧客は基本的に供給されたものを買うだけであった。しかし、もはや消費物資 が不足するという心配は少なく、顧客はいまや多くの選択肢を持っている。顧客の要求が厳しくなる に従い、企業は細かく細分化された市場の要求、あるいは一人ひとりの顧客の要求を満たすためにデ ータや知識を収集し、それらを有効に活用してより良い製品やサービスを提供しなければ顧客からそ っぽを向かれてしまう。そのため、現在、ますます大量の情報や知識が製品やサービスに「埋め込ま れる」ようになっている。それは、コンピュータなどのハイテク製品に限らない。例えば、リーバイ・

ストラウス社では、顧客一人ひとりの体型や好みに合わせたジーンズを作るサービスの提供を数年前 から開始している。顧客は店舗においてジーンズのモデルや色、形などを選び、サイズを測る。それ らのデータはインターネットを通じてジーンズを縫製する製造工場へ送られる。こうして顧客は世界 で一本だけのジーンズを手にすることができるのである。

また、技術変化の進展とあいまって、顧客の要求が厳しくなるだけでなく、その要求内容も目ま ぐるしく変化している。例えば、ハマーとチャンピーは、その著書「リエンジニアリング革命(1993 年)」の中で、T型フォードは人間の一生に当たるほど長い間生産されたが、現在のコンピュータ製 品のライフサイクルはどんなに長くても2年であることを指摘している(コンピュータ製品のライフ サイクルは実際には数ヶ月であろう)。製品のライフサイクルが短くなるだけでなく、新製品の開発 とそれを市場に出すまでの期間も短縮されている。企業には迅速さが要求されているが、そのために は従来の製品やサービスの開発のやり方にもメスを入れざるを得なくなるであろう。大浦(1998年)

の言うように、「従来の本部主体の戦略立案プロセスでは時間がかかり、なおかつ的外れ、タイミン グも失する」ことになりかねないというのが大きな理由になるであろう。むしろ、商品やサービスを 開発するための「知識」を提供してくれるパートナーとして顧客を捉え、そのような顧客と頻繁に接 触している現場の知識を活用することがますます重要になると考えられる。

3.1.3.

情報技術の発展との関係

近年における知識労働を支援するツールの発展、それから知識労働者が互いに情報共有し、コラ ボレーション(協働)を行うための情報インフラやプラットフォームの発展という技術的側面も無視 できない。個人を支援する道具としてのパーソナル・コンピュータ(PC)の登場は、知識労働者の 仕事のやり方に大きく影響を与えたと考えられる。PCの概念はコンピュータ学者のアラン・ケイが 最初に提唱し命名したものである。1984年にはPCのその後の方向性を決定付けることになるアップ ル社のマッキントッシュが発表された。ジョージ・オーウェルによる近未来小説「1984 年」を下敷 にしたコマーシャルの中では、独裁者「ビッグ・ブラザー(IBMなどによるメインフレーム機を象徴 していると言われている)」による管理から個人を開放し、個人をより自由に支援する道具として、

マッキントッシュが描かれている。グラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)により、PC はもはや扱うことが難しい代物ではなくなったのである。その数年後には、マイクロソフトによるウ ィンドウズ3.1の登場により、IBM互換機の世界でもGUIは当たり前のものとなっている。また、1980 年代後半に出現したクライアント・サーバ・アーキテクチャの普及によって、社内の情報に対するア クセスの自由度、また、取り出した情報を加工・分析する自由度は高度化している。知識労働者の作 業パフォーマンスを支援する環境は近年になって急速に整備されてきたと言えよう。

情報技術の発展は、知識労働者の個々の、、、

作業パフォーマンスを支援するだけではなく、知識労働 者どうしの、、、、

コミュニケーションや共同作業をも支援できるようになってきている。ドラッカーは、知 識社会において知識が生産的であるためには高度に専門化していなければならないと述べており、ま た、このことは知識労働者がチームとして働かなければならないことを意味していると述べている

(ドラッカー 1995 年)。様々な専門領域を持った知識労働者がチームとして効果的に働くために は、チーム内での情報共有が重要になるということは言うまでもない。ロータス社のロータス・ノー ツは、チーム内の情報共有や情報交換を容易にし、企業の生産性を向上させるためのアプリケーショ ンであるが(同様のアプリケーションは一般に「グループウェア」呼ばれている)、1980 年代末の 登場以来、ノーツは多くの企業で採用されている。さらには、企業内ネットワークにインターネット 技術を適用したイントラネットの普及により、組識内での情報共有は近年さらに容易になっている。

ネットスケープやインターネット・エクスプローラーなどのブラウザによって企業内の様々な情報に アクセスできるため、特に相手のコンピュータの機種やアプリケーションを意識する必要はない。ま た、電子メールのような一過性の情報発信ではなく、蓄積型の情報発信が非常に簡単にできるという ことも特徴である。

(17)

3.1.4.

リエンジニアリングと知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)

1990 年代初めに(特に欧米企業の間で)一世を風靡したリエンジニアリング(BPR)は、社内の 知的資産や知識を何らかの方法で有効に共有し活用しようという欧米企業のここ2〜3年の動きと、

何かと関連づけて語られることが多い。例えば、英国のエコノミスト誌は、1996年4月の記事「Fire

and Forget」の冒頭で、「1990年代をリストラやリエンジニアリング、ダウンサイジングによる苦痛

で過ごしてきた米国企業はいま、企業の記憶喪失(corporate amnesia)に戦々恐々としている」と述 べている。つまり、リストラやリエンジニアリングによる社員の退職に伴って、社員のスキルや知識、

ノウハウなどは企業から失われてしまう、ということである。また、企業がうまく機能するために役 立っていた組識のインフォーマルなネットワークやプロセスは、リストラやリエンジニアリングによ って寸断されることさえある。リストラやリエンジニアリングによって果敢に人員を削減している企 業は、社内の記憶を失い「企業のアルツハイマー(corporate Alzheimer’s)」におちいる危険を冒して いるということになる。その実例として挙げられているデルタ航空では、リエンジニアリングによっ て社員の6分の1にあたる1万2千人を削減したが、それによって同社の強みであったサービスを「忘 れ」、そのために多くの顧客を失っている。

このような問題は、特に労働の流動性が高い欧米において深刻であると考えることができるであ ろう。では、欧米とは異なり、大規模な人員削減が頻繁でなく、人材の流動性も高いとは言えない日 本の状況はどうなのであろうか。前述のエコノミスト誌「Fire and Forget」の記事と同じ号に掲載さ れた「How Japan remembers」という記事では、日本企業の「記憶力」は欧米企業の羨望の的である かのように描かれている。例えば、日本企業の記憶力を支えているものの一つとして、組織内の先輩・

後輩の強い関係が挙げられている。後輩を指導する責任のある先輩は、仕事を行う上での様々な「こ つ」を後輩に伝授する。このような関係は職場においてだけでなく、酒の席やゴルフコースなどのイ ンフォーマルな場においても保たれる。このように、ノウハウやスキルは、ある世代から次の世代、

そしてまたその次の世代に受け継がれることによって、組織内に保持されると説明されている。この ほかにも、QCサークルや目安箱が日本企業に特有の強みとして紹介されている。

リエンジニアリングと知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)との関連ということでは、リエ ンジニアリングを「創り出した」一人であるトーマス・H・ダベンポートが、現在では知的資産管理 の論客となっている。ダベンポートは1995年のファースト・カンパニー誌において、リエンジニア リングがしまいには「人を忘れたお祭り騒ぎ」に終わってしまったことを苦々しく語っている 1。「情 報技術は、人がより良く、また、違ったやり方で仕事を行うのを支援する時にはじめて意味を持つ。

しかし、人と一緒に働いて技術に命を吹き込む代わりに、企業はいまだに技術に金をつぎ込んでい る」というのは、この記事の中でのダベンポートの言葉であるが、情報技術と人との関係に関して彼 がこのように述べているのは興味深い。ビジネス・プロセスが重要であるのと同様、企業にとっては

「人」が重要なのである。

1 Davenport(1995年)、The Fad That Forgot People、Fast Company、

http://www.fastcompany.com/online/01/reengin.html

(18)

3.2.

海外企業事例

以上では、近年になって多くの企業が知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)に取り組み始める ようになった背景を整理した。企業が取組みを開始したことには、ある程度最大公約数的な要因があ ると考えられる。しかし、個々の企業を見ると、必ずしも取組みの契機や目的が共通ではない場合が 多い。以下では、Arthur Andersen、Roche、British Petroleumの3社の海外企業事例を取り上げ、これら の企業の知的資産管理への取組みまでの沿革を整理し、それぞれにとってどのような特徴的な契機や 目的があったのかを整理した。

3.2.1. Arthur Andersen

2

世界的に事業を展開しているコンサルティング・ファームの一つであるArthur Andersen(AA)は、

1960 年代の初めから知的資産管理に取り組んでいる。顧客に対して会計やコンサルティングなどの サービスを提供しているAAのような企業にとっては、知識自体が商品である。また、コンサルティ ング業界は人の出入りが激しい業界でもある。したがって、より質の高いサービスを提供するために は、組識としての知識を創造し、共有することが重要になる。しかし、81ヶ国に 382のオフィスを 持ち、6万1千人の社員を抱えるAAにとって、増大する情報を世界中の社員で共有するためのイン フラを整備することは決して容易ではない。

AAでの最初の知的資産管理への取組みは、1960年代初めの「Subject Files」である。これは、特定 の分野におけるAAの専門家によって用意された資料のレポジトリー(宝庫)の索引である。さらに、

1992年に「Global Best Practice(GBP)イニシアティブ」と呼ばれる取組みに発展している。これは、

社内外のベスト・プラクティスに関する情報を集録したCD-ROM を社内で配布することによって、

知識の共有を図ろうというものである。GBP は現在、AA のイントラネット・レポジトリーである

「Knowledge Space」から、オンラインでアクセスできる(1996年11月より)。「Knowledge Space」 は現在、ワークフローや知識レポジトリーなどを統合したパフォーマンス支援ツールに発展している。

AAの知的資産管理への取組みの大きな推進役になったのは、1994年に設けられた知識戦略チーム

(Knowledge Strategy Team)である。AAの役員(パートナー)とシニア・マネジャーからなるこの チームは、1994年と1995年にAAの知識戦略の開発に集中的に取り組んだ。これを契機として、知 識を社内外でより良く共有するための組織的な連携や組識が設けられるようになったのである。

Arthur Andersenの知的資産管理への取組みの沿革を図 3-1に示す。

図 3-1  Arthur Andersenの知的資産管理への取組みの沿革

2 Arthur Andersen、http://www.arthurandersen.com/

1996年 1992年

質 の 高 い サ ー ビ ス を 提 供 す る た めには、組識の知 識 を 創 造 し 保 ち 共 有 す る こ と が 重要

コ ン サ ル テ ィ ン グ 業 界 は 知 識 自 体 が 商 品 で あ り、人の入替りが 激しい

Global Best Practice (GBP)イ ニシアティブ:社 内外のBPに関す る 情 報 を 集 録 し たCD-ROM

様 々 な 資 源 に ア ク セ ス で き る レ ポ ジ ト リ ー

Knowledge Space」を構築

(19)

3.2.2. Roche

3

スイスのバーゼルに本社を置く Roche は、世界最大の製薬企業の一つである。製薬業界は、ある 薬が売れるかどうかによって1日に何百万ドルも儲けたり損をしたりする業界である。また、この業 界では、新薬の開発・認可の期間の長短によって莫大なコストを削減することが可能でもある。

Rocheは、最も成功しており、革新的である製薬企業の一つとして、競争力をさらに高めようとし

ていた。他の製薬会社と同様の製品開発のコストや問題に直面したRoche は、1992年、知的資産管 理に解決を求めた。

Rocheではまず組識としてのゴールを定義した。次に、どうして新薬認可申請の認可がなかなか下

りないのかを調査するために、組識の形式知の評価を行った。外部コンサルタントによって4つの新 薬申請書類が調べ上げられたが、その結果、書類上で重要なメッセージが必ずしも明確に伝えられて いなかったり、矛盾やあいまいな情報が含まれていたことが発見された。Rocheがここから導き出し た結論は、「これは、社員が組織内部の知識にアクセスしておらず、また知識と製品のビジョンを十 分に共有していなかったためだ」というものである。

Rocheは、まず、世界の大市場での規制ガイドラインから最も重要な要件を抽出した。そこから、

新薬を審査する側が聞きたい質問をチャート化した。次に、Rocheではそのような質問に今までどの ように答えてきたか、また今後はどのように答えるべきかを結論づけ、最終的にどのような知識が必 要なのかを特定した。それから、知識の共有のために、誰がどのような知識を誰と共有すべきかをマ ップ化し、知識と専門性を持っている人のイエローページを作成した。このような取組みによって、

新薬申請を準備する期間は以前よりも短縮し、認可は迅速になった。

Rocheの知的資産管理への取組みの沿革を図 3-2に示す。

図 3-2  Rocheの知的資産管理への取組みの沿革

3Ernst & Young、http://www.businessinnovation.ey.com/journal/issue1/features/apresc/apresc.PDF、1996 Roche、http://www.roche.ch/

1992年

あ る 薬 が 売 れ る か ど う か に よ っ て1日に何百ドル 儲 け た り 損 し た り す る 業 界 。 ま た、新薬の開発や 認 可 の 期 間 の 長 短 で 莫 大 な コ ス ト が 削 減 さ れ う

新 薬 開 発 の コ ス ト や 新 薬 認 可 な ど の 課 題 を 解 決 する必要性

組 織 内 の 知 識 を 発 掘 す る た め に 知 識 マ ッ プ や 文 書 プ ロ ト タ イ プ を作成

新 薬 認 可 申 請 の 書 類 を 調 査 し た 結果、社員が組織 内 の 知 識 に ア ク セ ス し て お ら ず、製品のビジョ ン を 十 分 に 共 有 し て い な か っ た ことが分かった

(20)

3.2.3. British Petroleum

4

BP は世界最大の石油企業の一つである。BP は、石油やガスの探査と掘削を行う BP Exploration

(BPX)、石油の精製と販売を行うBP Oil、それからBP Chemicalの3社で構成されている。この中 で、知的資産管理に最初に取り組み始めたのはBPXである。

1994年末、BPXは世界中の仮想チームを支援するためのツールとしての、ビデオ会議やコラボレ ーション・ソフトの可能性を確かめるため、1,200万ドルを投じてVirtual Teamworking(VT)プロジ ェクトを立ち上げた。この背景には、距離や組織の壁を取り除き、世界各地に点在する社員のお互い の知識を共有させるという狙いがあった。世界各地の油田に散らばっているBPX の社員は、多くの 共通的な業務を行っており、共有すべきノウハウをお互いに持っているものの、距離と組織の壁で隔 絶していた。VT プロジェクトは、ビデオ会議の機器やビデオメール、電子ホワイトボードなどを用 いることで、社員の持っている複雑で暗黙的な知識の共有を支援しようというものである。VTの効 果は特にコストの削減に現れた。その理由としては、コミュニケーションの改善によって油田の掘削 に関わる問題の解決に要する人と時間が減ったことや、沖合いの油田にヘリコプターを飛ばす回数が 減ったことが挙げられる。

1996年、VTネットワークはBP全社で利用可能となった。

British Petroleumの知的資産管理への取組みの沿革を図 3-3に示す。

図 3-3  British Petroleumの知的資産管理への取組みの沿革

4 British Petroleum、http://www.bpamoco.com/

日経情報ストラテジー、1998年1月、P.78-82

1994年 1995年

BP社員の仕事内 容 は 共 通 す る 部 分が多く、共有す べ き ノ ウ ハ ウ を お 互 い に 持 っ て いる

BPの社員はアラ ス カ や 南 米 な ど の 世 界 各 地 の 油 田 に 散 ら ば っ て いる

BPXで ビ デ オ 会 議 と グ ル ー プ ウ ェ ア の 有 効 性 を テ ス ト す る た め の パ イ ロ ッ ト プ ロジェクト

文書やDBで共有 し に く い 複 雑 で 暗 黙 的 な 知 識 を 共 有 す る た め 、 VTを導入→BP全 社導入

(21)

3.3.

国内企業事例

知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)に対するムーブメントは米国で始まったため、知的資産 管理に対する取組みで最も先進的なのは米国企業であるという認識が一般的であると思われる。しか し、3.1でも少し触れたように、日本企業の「組織的な記憶力」の強さは、欧米の企業人が羨望するも のである。また、野中、竹内(1995年)が主張するように、戦後の不確実な時代に生き延びてきた多 くの日本企業は、知識創造における優位性を持っていると考えることもできるかもしれない。ここで は、シャープと富士通の事例を取り上げ、各取組みの沿革の特徴について整理した。

3.3.1.

シャープ 5

大手電器メーカーであるシャープでは、製品の設計や製造に関わるノウハウや知識を収集・蓄積 し、技術者にシステマチックに伝達するため、「モノづくり塾」を1997年6月から開始した。

この取組みの背景には、製品開発力の低下に対する危機感があったとされる。企業間の競争の激 化から、開発における効率性やコスト削減への要求は年々強くなった。この傾向が行き過ぎれば、モ ノづくりに対して技術者が思い入れを持ったり、喜びを感じたりすることがなくなってしまい、創造 性の低下につながる可能性があった。また、業務の細分化が進んだことで、他のプロセスに対する技 術者の配慮が薄くなってしまうという危険性もあった。

シャープでは、これらの課題を克服するため、生産技術開発本部と人材開発センターが協力し、

モノづくりに関する「設計知」を伝承する仕組みを作った。モノづくり塾におけるユニークな点は、

形式化しやすい知識と形式化しにくい知識を、それぞれ別の方法で伝承しようとしていることであろ う。形式化が容易な知識はイントラネット上のデータベースを通じて、形式化が困難な知識について はセミナーなどによって、さらに、実践で始めて身に付く知識は実際に製品を試作するチャンスを与 えることによって伝承される。

シャープの知的資産管理への取組みの沿革を図 3-4に示す。

図 3-4 シャープの知的資産管理への取組みの沿革

5 シャープ、http://www.sharp.co.jp/

日経情報ストラテジー、1997年11月、P.35-44

1997年

競争の激化→

・効率重視

・職能分業体制

技術者のモノづく りへの思い入れの 減少や他のプロセ スへの配慮の低下

競 争 力 の 源 泉 で ある企画・開発に お け る 創 造 性 が 失 わ れ る と い う 危機意識

設 計 や 製 造 に 関 わ る ノ ウ ハ ウ や 知識を共有、伝承 するために、「モ ノづくり塾」をス タート

(22)

3.3.2.

富士通 6

大手コンピュータメーカーである富士通は、1960 年代以降、大型汎用機を得意としてきた。汎用 機の世界では、システム開発のサイクルは長く、関連製品も限られていた。しかし、1990 年代に入 り、情報技術の世界に小型化・分散化の波が押し寄せてきた。これにより富士通を取り巻く環境は一 変した。システム開発期間は短くなり、システム構成のパターンも大幅に複雑になった。必要とされ る関連商品知識も以前と比べて膨大になった。顧客ニーズの変化に迅速に対応し、適切な提案を行う ことが重要になるが、特に富士通のような大組織にとっては、個人の持つ知識やノウハウを有効に共 有・活用する仕組みを整備することが重要になる。

富士通は 1978年、技術情報共有のための情報検索システムFIND(メインフレームベース)を整 備した。その後1994年にFIND2の運用を開始している。これは、汎用機で運用していた技術情報デ ータベースFIND をイントラネットに移行したものである。これにより、富士通社内の SE約9,000 人と、富士通グループのSE会社の約1万5千人が技術情報や事例を共有することができる仕組みが できあがった。さらに、現在では、よりリアルタイムなマネジメントを可能にするための、「Solution NET」という取組みに発展している。

富士通の知的資産管理への取組みの沿革を図 3-5に示す。

図 3-5 富士通の知的資産管理への取組みの沿革

6 富士通、http://www.fujitsu.co.jp/

日経情報ストラテジー、1997年5月、P.236-243

1994年 1997年〜

情報技術の世界に小 型化・分散化の波

システム開発の短期 化、システム構成の 複雑化、関連商品知 識の増大、営業活動 の提案の重要性

SE 個人の自律的な 判断と行動を生かし た俊敏な組識の体質 が不可欠

FIND2で個人の持つ 知識やノウハウを共 有する仕組みを構築

全社コンテンツの統 合検索

→ Solution NET 仕事をネットワーク 上で遂行

→ ProjectWeb

(23)

      1980年代        1990年代

国内 事例

経営

・ 組識

情報 技術

UTC

「IN」8 Monsanto6

Case Corp.

「CKB」7 Andersen C

「Knowledge Xchange」

A Andersen3

「GBP」

A Andersen

「KnowledgeSpace」

E&Y4

Nokia 「Temporary Structure」9

Nokia

「Future Watch」

Roche10

BPX

(パイロット BPX

「VT」

BP全社

「VT」11 Hewlett-Packard

「HP Network News」1

IBM5 Buckman Lab

「SOP committee」2 Buckman Lab

「K’Netix」

エーザイ

「知創部」13 シャープ

「モノづくり塾」14 富士通

「FIND2」

FJB

Web組識」15 富士通

「FIND」(1978年)12

リエンジニアリング

英エコノミスト

「Fire and Forget」

野中、竹内

「知識創造企業」

ハマー、チャンピー

「リエンジニアリン グ革命」

ライシュ

The Work of Nations」

ドラッカー

「未来企業」

ドラッカー

「未来型組識 の構造」

ダベンポート、ショート

「New Industrial Engineering」

知識社会と知識労働 者/オーケストラ型 PC = 個 人 を 支 組識

援するツール

Lotus Notes日本

WWW Mosaic Netscape Navigator

Apple Macintosh Lotus

1-2-3

Lotus Notes

インターネット 商用利用(日本)

IBM PC AT

Windows 3.1

Windows 3.1

(日本語版)

情報共有/協働 の た め の プ ラ ッ トフォーム

知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)の 概念の一般化

図 3-6 知的資産管理(ナレッジ・マネジメント)登場までの背景

1995 1998

1985

1985 1995 1998

(24)

1  Davenport, T.H.、「If Only HP Knew What HP Knows」、

   http://www.businessinnovation.ey.com/journal/issue1/features/ifonly/loader.html

2 Elliott, C.、「In The Know」、http://www.techweb.com/se/directlink.cgi?INW19980831S0065 3  APQC、「Knowledge Management in Practice issue 9」、1997年8-9月

4  Davenport, T.H.、「Knowledge Management at Ernst & Young」、1997年

5  「知識経営革命 特集2」、日経情報ストラテジー、1997年11月

6  Junnarkar, B.、「Creating Fertile Ground for Knowledge at Monsanto」、

http://www.businessinnovation.ey.com/journal/issue1/features/creati/loader.html 7 APQC、「Knowledge Management in Practice issue 10」、1997年10-11月

8 「情報化研究 米ユナイテッド・テクノロジーズ」、日経情報ストラテジー、1998年5月

9 「ナレッジマネジメント最前線」、日経情報ストラテジー、1998年1月

10 「ナレッジマネジメント最前線」、日経情報ストラテジー、1998年1月

11 「ナレッジマネジメント最前線」、日経情報ストラテジー、1998年1月

APQC、「Knowledge Management in Practice issue 11」、1988年

12 黒瀬邦夫、「富士通のナレッジマネジメント」、ダイヤモンド社、1998年

13 「知識経営革命 特集2」、日経情報ストラテジー、1997年11月

14 「知識経営革命 特集2」、日経情報ストラテジー、1997年11月

15 「ナレッジマネジメント最前線」、日経情報ストラテジー、1998年1月

(25)

4 .知的資産と知的資産管理

(26)

4.

知的資産と知的資産管理

本章では、本調査研究で扱う「知的資産」や「知的資産管理」の概念の定義や特徴を整理した。

4.1.

知的資産

本調査研究で対象となる「知的資産」は、企業によって様々であり、容易に定義することはできな い。また、組織において知的資産が形成されるためには何らかの「知識」が創造されなければならな いが、その知識に関する定義も曖昧模糊としている。ここでは、どのような定義がこれまで知的資産 と知識に与えられてきたのかを整理し、それらの概念の明確化を試みた。

4.1.1.

知的資産の定義

クイーンズランド工業大学(豪州)のリサーチ・フェローであるカール・エリック・スベイビー によれば、「知的資産(Intellectual Capital)」という用語が初めて用いられたのは、経済学者ガルブ レイスが1969年に同じく経済学者であるカレッキに送った手紙の中である。その手紙には「過去の 数十年に渡ってあなたが提供してきた知的資産に我々はどれほど負っていることだろう」と書かれ ていた。1 これまで、「知的資産」あるいは「知識資産」には、表 4-1のような定義が与えられてい る。

表 4-1 知的資産または知識資産の定義例

論者、文献等 知的資産または知識資産の定義 Tom Stewart「Intellectual Capital」1994

知的資産とは富を創出するために用いることのでき る、知識、情報、知的財産、経験などの知的資源である。

Klein、Prusak「Characterizing Intellectual Capital」1994年

知的資産とは高い価値の財産を創り出すために形を与 えられ、捕捉され、拡張された知的素材である。

Edvinsson、Sullivan「Developing Model For

Managing Intellectual Capital」1996年 知的資産とは価値に転換することの知識である。

紺野登「知識資産の経営」1998年 知識資産とは「知的資本」から「情報的資産(知識資産 の触媒)」を差し引いたものであり、価値の源泉である。

表 4-1の定義を総合すると、「知的資産」は、知識や知的資源であり、富や価値を創出するため に利用できるものでなければならないと言える。本調査研究では次のように定義した。

知的資産とは、企業内に存在する、知識、技術、ノウハウ、ノウフー、マニュアル、ドキュメント、

知的財産権、顧客履歴情報といった、企業の価値を創出する資源の総称である。

4.1.2.

知識の特徴

前述のように本調査研究の定義では「知識」も「知的資産」の一部となる。本調査研究では、知 識をあらためて定義することはせず、文献で述べられている知識の概観を整理するまでに留めた。

哲学の世界では、知識は「正当化された真なる信念(justified true belief)」であると一般的に定義 されている。つまり、「言葉や概念を用いて人を納得させ、あるいは、納得を受けて正当化される ことによってはじめて、個人的な信念は知識に変換される」2 というのである。これに従えば、知 識創造とは、「個人の信念を言葉や概念によって表現し、正当化するプロセス」であると考えるこ とができる。このような学問的な知識の定義は存在するものの、本調査ではもう少し具体的な定義 がふさわしいであろう。

知識を定義付けようとすれば、多くの場合、「データ(data)」や「情報(information)」、更に は「ノウハウ(know-how)」や「知恵(wisdom)」との比較が行われる。例えば、大浦(1998 年)

は、情報を「データを意味のある形でまとめたもの、即ち、背景や文脈が理解できるように編集し たもの」、知識を「ある目的のもとで情報を関連づけ、体系化したもの」、更に、ノウハウを「知 識を活用して現実の問題解決を行い、それを通じて洞察された固有のルールや法則」と定義してい る。

1 Sveiby Knowledge Management、 http://www.sveiby.com.au

2 小林、野中(1998年)、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス、1998 December/January

(27)

紺野(1998年)によれば、情報は「データの集まり」である。情報は、その作成者によって何ら かの意図が与えられているものの、基本的には事象の観察から得られるものであり、主観性よりも 客観性や正確さが重視される。これに対し、知識は「物事や事象の本質についての理解、あるいは メンタルモデル」であり、「(人々や組識が)認識・行動するための道理(reason)にかなった秩序

(orderまたはsystem)」である。つまり、われわれは情報を活用して行動しているが、情報を処理・

活用するためには知識の助けを借りなければならない、ということである。紺野の定義に従えば、

「いわし雲がどの時間にどの地点に出たか」というのが情報であるのに対し、「いわし雲が出ると 翌日は雨である」というのは知識である。つまり、紺野の定義する「知識」には、大浦の「ノウハ ウ」までもが含まれていると考えて良いであろう。

知識は個人や組織によって保有されるだけではなく、製品やサービスに埋め込まれた形でも流通 する。デイビスとボトキン(1994年)によれば、知識とは「生産性に活用される情報のまとまり」

である。彼らは、「ボールが当たった部分が光るテニスラケット」や「濡れたら色の変わるオムツ」

に知識が埋め込まれていることを指摘している。これらは「製品そのものの状態についての情報を 与え、実際的な方法で消費者にそれを伝達する例」として挙げられている。実際、これらの製品は、

「知識以前」の製品よりも多くの価値を与えてくれる。

また、特に野中と竹内による「知識創造企業(1996年)」以降、人間の知識を「形式知」と「暗 黙知」に分類することが一般的になっている(表 4-2)。形式知は文章や数学的表現などの「形式 言語によって表わすことができる」知識であり、暗黙知は「形式言語で言い表すことが難しい」知 識である。3 伝達が容易である形式知に対して、暗黙知は「人間一人ひとりの体験に根ざす個人的 知識であり、信念、ものの見方、価値システムといった無形の要素」を含むものである。野中と竹 内は、暗黙知と形式知が相互に作用し合い、個人のレベルからより組識レベルへらせん状に上昇(ス パイラルアップ)するという組識における知識創造モデルを提示している。

表 4-2 暗黙知と形式知の対比(野中、竹内(1996年)「知識創造企業」P.89)

暗黙知 形式知

主観的な知(個人知) 客観的な知(組織知)

経験知(身体) 理性知(精神)

同時的な知(今ここにある知) 順序的な知(過去の知)

アナログな知(実務) デジタルな知(理論)

4.1.3.

知的資産の分類

上述のような知的資産の定義に従えば、企業などの組識はかなり様々な種類の知的資産を保有し ていると考えられる。その中には、例えば、文書やデータなどの定型化されたものから、熟練技術 者の保有する製品設計のノウハウ、さらには企業やブランドに対するイメージのような、言葉で説 明したり伝達したりすることが困難なものまでが含まれているであろう。

前述のSkandia社では、知的資産を「人的資産(Human Capital)」と「構築資産(Structural Capital)」

とに分けている(図 4-1)。構築資産はさらに「顧客資産(Customer Capital)」と「組識資産(Organizational

Capital)」に分類される。組識資産には、情報システムやデータベース、IT ソリューションなどが

含まれる。組識資産はさらに、ビジネスプロセスなどの「プロセス資産(Process Capital)」、それ から、無形の権利、商標、特許などを含む「イノベーション資産(Innovation Capital)」に分類され る。Skandia社では、人的資産を構築資産、つまり社員が会社を離れたとしても残る財産に転換する ことが重要であるとしている。

3 野中、竹内(1996年)「知識創造企業」

(28)

図 4-1 Skandia Value Scheme

(http://www.skandia.se/group/fininfo/yearend_97/arsredo_97/arsredo_97.htm)

紺野(1998年)はさらに詳細に知的資産を分類している。4 紺野は知的資産の分類の際に2つの 軸を用いている。一つは「知的資産の形成の過程」という軸であり、もう一つは「知的資産が存在 する場、あるいは関係性」という軸である。

「知的資産の形成の過程」という切り口によって、知的資産は、経験的知的資産、知覚的知的資 産、定型的知的資産、制度的知的資産の 4 に分類することができる。経験的知的資産は、過去の活 動を通じて経験的に生み出されるものであり、これには、熟練技術者の保有する製品設計のノウハ ウや、製品やサービスの利用を通じて顧客が持つ知識などが含まれる。知覚的知的資産は、例えば、

ブランドや企業内で生み出されるコンセプトなどのように、消費者や顧客、組識メンバーの知覚に おいて成立している資産である。定型的知的資産は、製品仕様やマニュアル、文書のような、特定 のフォーマットに基づき明文化された資産である。制度的知的資産は、組織内の教育プログラムや 研修制度などの、組織内部や企業を取り巻く何らかの制度や仕組みが支えているタイプの知識であ る。

もう一つの軸、「知的資産が存在する場」という切り口では、知的資産は、市場知的資産、組織 的知的資産、製品ベース知的資産の 3 つに分類される。市場知的資産とは、顧客による製品やサー ビスの利用などを通じて、企業と顧客・市場との間に共有される知的資産である。顧客データやブ ランドなどがこの資産には含まれる。組織的知的資産は、社員の専門的知識や能力などが中心的で あるが、例えば、契約で結ばれた外部の人間の専門能力も含まれる。製品ベース知的資産は、特許 や、知的所有権などの、製品の機能や品質を高め、製法などを規定する、技術的な知識である。製 品に埋め込まれている知識も製品ベースの知的資産と言える。

紺野は、形成過程、存在する場の 2つの軸によるマトリックスを用いて知的資産を分類している(表 4-3)。

4 紺野は「知識資産」という言葉を用いている。紺野は「知的資産」と「知識資産」を厳密な意味で区別 しているが、ここでは、同じ物を指すと考える。以降、紺野の「知識資産」を「知的資産」と読み替える。

知的資産知的資産

人的資産人的資産

組織資産組織資産 顧客資産顧客資産

イノベーション資産 イノベーション資産

プロセス資産 プロセス資産 構築資産構築資産

顧客との関係 顧客との関係

顧客基盤顧客基盤

顧客の可能性 顧客の可能性

図 4-1 Skandia Value Scheme (http://www.skandia.se/group/fininfo/yearend_97/arsredo_97/arsredo_97.htm) 紺野(1998 年)はさらに詳細に知的資産を分類している。 4 紺野は知的資産の分類の際に 2 つの 軸を用いている。一つは「知的資産の形成の過程」という軸であり、もう一つは「知的資産が存在 する場、あるいは関係性」という軸である。 「知的資産の形成の過程」という切り口によって、知的資産は、経験的知的資産、
表 4-3 知的資産を構成する要素 (紺野登「知識資産の経営」、1998年、日本経済新聞社  より作成) 経験的知的資産 知覚的知的資産 定型的知的資産 制度的知的資産 市  場 知的資産 市場・顧客との関係 性の中で共有される 知識 ●顧客が製品やサービス、企業について持つ使用経験から学習された知識●流通ネットワークが製品やサービス、 企業について持つ学 習された知識 ●ブランド・エクイティー●企業の評価 ●顧客や流通との契約関係●メンバ登録された顧客についての情報内容 ●顧客とのネットワーク、交流により
図 4-2 知的資産管理のフレームワーク例
図 6.4-6 知的資産管理の実践企業におけるその実践開始時期 6.4.5. 知的資産管理実践開始のきっかけ(国内企業) 約 6 割の実践経営者が全社的なノウハウ・スキルの底上げを重視。 知的資産管理の実践企業が知的資産管理を実践し始めたきっかけについて図 6.4-7に示す。経営 者側のみ複数回答で尋ねた。「全社的なノウハウ・スキルの底上げを図るため」が約 6 割と最も多 く、次いで「既存事業の効率化を図るため」が 5 割強と続いている。 図 6.4-7 知的資産管理の実践企業におけるその実践開始のきっかけ
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