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密教文化 Vol. 1974 No. 106 006堀内 寛仁「悉曇の金剛頂経梵本について――Snellgrove 本 (Hodge 氏写真本) をみる―― PL96-L68」

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全文

(1)

密 教 文 化

悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

-Snellgrove本(Hodge氏

写真本)を み

る-堀

金 剛 頂 経 の 梵 本 に っ い て は、 既 に高 野 山 時 報(昭 和36年、新 年 号 ・20頁)に、本

学 酒井 教 授 の 報 告 が あ る。 そ の 内容 を略 して 箇条 書 にす る と、

次 の如 くで あ る。

(1)ま

ず イ タ リー、 ツ ゥチ博 士所 蔵 のTucci本

を見 る こ と が出 来 て幸 福 で あ

る こ と。

(2)金

剛峯 寺 の 寺 名 は金 剛頂 経 か ら出 た もの で あ る こ と。

〔こ れ に つ い て は、 私 は 「

金 剛 峯 」 の名 は、 直接 に は、 金 剛 峯 楼 閣一 切 ユ ガ

ユ ギ経(大 正No. 867)か

ら出 た もの で あ る と考 え て い るが、 ユ ギ経 も広 い意 味

で の金 剛 頂 経 の、 一 経 で あ るか ら、 そ の意 味 で あ ろ うと考 え る。〕

(3)次

に金 剛 頂 経 の チ ベ ッ ト訳 は、 東 北 目録 で465番 ・、

漢 訳 は 大 正 蔵 経 のNo.

865不 空 訳 とNo.

882施 護 訳 で あ る こ と。

(4)ツ

ゥチ本 は デ ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リー字 体 で 書 かれ、 そ れ は 或 る テ キ ス トか

らの 転 写 本 で、 転 写 の 際、 頁 順 が 乱 れ た こ と。

〔これ にっ い て は、 頁 順 が乱 れ て い るの は、 本 学所 蔵 の写 真 フ ィル ムの み で

あ って、 ツ ゥチ本 が 最 初 か ら乱 れ て い た とは 考 え られ な い。 とい うの は別 の写

真 フィ ル ム、 即 ち これ よ り先 に撮 影 の、 清 田 寂雲 師所 蔵 の フ ィ ル ムで は、 順 序

が混 乱 して い る とい う事 を聞 か な い か らで あ り、ま た 本 学 所 蔵 の フ ィル ム に於

い て も、経 初 がP.111b(即

ち第111コ マ下 段)で

あ る等、 頁 順 に 混乱 は あ る も

の の、 そ の混 乱 の 中 に も、 或 る一 定 の 順 が見 られ、 元 来 は 頁 順 が正 しか った と

推 測 せ しめ る もの が あ るの で、 ツ ゥチ 本 が最 初 か ら混 乱 して い た とは 考 え られ

な い か らで あ る。 即 ち ツ ゥチ本 も(し たが っ て そ の依 用 の テ キ ス トも)最 初 は

順序 正 しい もの で あ って、 混 乱 は本 学所 蔵 の フィ ル ム を撮≡

影 す る際 の、 撮 影 者

の、 梵 文 とい うか 貝 葉 本 に関 す る無 知 か ら不 注 意 に順 序 を狂 わ せ た もの と考 え

(2)

ざ る を得 な い の で あ る。 多 分、 博 士 が 読 み か け て 二 分 さ れ て い た 梵 本 の 後 半 を 先 に し、 そ れ を 前 半 と誤 認 し、 更 に 頁 の く り方 を、 裏 表 を 逆 に し た 結 果、 或 る 部 分 は 逆 番 で 揃 っ て い た り、 ま た 現 在 の 如 く2・3コ マ 進 ん で 元 に 戻 る と い う 一 定 の 順 が 保 存 せ ら れ て い る の で あ ろ う。 い ず れ に し て も、 現 在 我 々 が 本 学 所 蔵 の フ ィ ル ム で 見 る 頁 順 の 混 乱 は、 或 る テ キ ス トか ら ツ ゥチ 本 に 転 写 す る 際、 起 っ た も の で な く、 我 々 の フ ィ ル ム の み が 混 乱 し て い る と思 わ れ る の で、 そ の こ と を 附 記 し て お く 次 第 で あ る。〕 (5)次 に 金 剛 頂 経 の 内 容 に ふ れ、 本 経 は 内 篇 と外 篇 に 分 れ、 内 篇 は、 周 知 の 通 り の、 金 剛 界 品、 降 三 世 品、 遍 調 伏 品、 一 切 義 成 就 品 の 四 大 品 に 分 れ て い る こ と、 外 篇 は 上 タ ン トラ(uttara-talltra)と 上 々 タ ン ト ラ(nttarottara-t.)及 び 近 摂(upasamgraha)に 分 れ て い る こ と、 〔が 略 説 さ れ て い る が、 そ の 梵 語 は梵 本 に 直 接 現 わ れ な い か ら、 多 分 チ ベ ッ ト 訳 註 釈 のrgyudphyi-ma,rgyudphyi-mahiphyi-maを、 同 教 授 が そ の よ う に 還 梵 さ れ た も の で あ ろ う。 ま た 近 摂 の 原 語upasamgrahaも、 梵 本 は そ の と こ ろ が 欠 文 に な っ て い る の で、 チ ベ ッ ト訳 のne-barbsdus-paか ら の 還 梵 と思 わ れ る。 も し そ うい う事 な れ ば 私 はne-barbsdus-paの 原 語 はupasamharaで な い か と考 え て い る。〕 (6)次 に、 大 日経 は 三 密 を 説 く が、 金 剛 頂 経 は 大 日経 の 三 密 を 実 動 に 移 す べ く開 い て、 大(身)三(意)法(号)掲(実 動)の 四 種 教 理 に し た も の で あ る こ と。 (7)と こ ろ で 今 回 あ る 人 の 好 意 で、 ブ ラ ー フ ミ ー 書 体 の 梵 本 を 見 る こ とが 出 来 た。 そ れ は 宇 体 か ら 見 て、 紀 元1100年 を 下 ら ぬ 年 代 の 写 本 で、 悉 曇 に 親 し い 我 々 に は 読 み 易 い 写 本 で あ る こ と。 (8)及 び、 そ れ は ツ ウチ 本 と殆 ど 全 同 の 内 容 で あ る か ら、 お そ ら く ツ ゥ チ 本 は、 そ の テ キ ス トの 書 体 を、デ ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リ ー に書 き 改 め た も の の 如 く で あ る。 と酒 井 教 授 は、 以 上 の よ う に報 告 さ れ て い る が、 私 の 今 日 の 発 表 は、 「も の の 如 く 」 で は な く、 「も の に ち が い な い 」 と断 定 し た い の が、 そ の 目 的 の 一 つ で あ る。 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(3)

-95-密

*「印度学 仏教学研究」通巻4号277頁、 清 田寂雲 「

金 剛頂経の梵名 について」ば

氏の ツゥチ本 の 「

金 剛頂経梵本に関する最初の報告 」とあるが、頁順の混乱につい

てば何 もふれてい ない。

また 酒 井 教 授 は、 そ の後、 昭和40年 刊 の本 学 編、 密 教 学 ・密 教史 論 文 集(397

頁)「 五 相成 身観 につ い て」 の論 文 に お い て

「第 一 は ツ ゥチ 本。 第 二 の も の は ス ネ ル グ ロ ー ヴ博 士 の ブ ラ ー フ ミ ー(悉 曇

に よ く似 た書 体)本

で あ る云 々 」 と言 わ れ て い るが、 私 の今 日の発 表 は、 「

曇 に よ く似 た」 で な く、 「そ れ は悉 曇 そ の もの で あ る」 と言 い た い た め で あ る。

即 ち、 ス ネル 本 は、 悉 曇 文 の 金 剛 頂 経 梵 本 で あ り、欠 文 の箇 所 も両 写本 は 全 く

一 致 す る し、後 に指 摘 す る よ うに 他 に もそ の 証 拠 が あ るの で、 ツ ゥチ本 の 転 写

の原 本 は スネ ル 本 に ち が い な い、 これ が今 日の研 究 発表 の、 私 の結 論 で あ る。

とこ ろで、 私 は最 近、 日本 文 部 省 招 致 の英 国 留学 生(東

北 大 学 在 学)ホ

ッヂ

氏(Mr.

Stephen Hodge)か

ら、 ス ネ ル本 だ とい う事 で、 前 四 大 品(教 理 分 は

含 まず 〔追記。現在 ハ教理分 モ借用。48.12-26〕)の

梵 本 写 真 を借 用 して 見 る機 会

を得 た。

そ こ で 酒井 教 授 所 蔵 の 写 真 と一 致 す る か ど うか を確 め る た め、 同 教 授 に お願

い した が、 同教 授 所 持 の 写 真 は極 く一 部 で、 どこ か に しま い忘 れ た との 事 で、

照 合 で きな いが、 「

密 教 学 密 教史 論 文集 」の 同教 授 の脚 註 に依 れ ば、P.

398の 本 文

(2) (9)

vijaharaは ス ネ ル 本(S本)に はvigrahalと あ り、darsanan datvaivamは (2))

S本 で はdesamと あ り、 ま たasphanaka-samadhitoはS本 に は、paと あ る と い う よ う に脚 註 さ れ て い る が、 私 が ホ ッ ヂ 氏 か ら借 用 し た も の に は、 そ れ ぞ れ vijahara//, darsanan, na, と あ っ て、 脚 註 に い う所 と は 一 致 し な い。 従 っ て、

同 教 授 の い わ ゆ る ス ネ ル 本 と、 私 の 見 て い る ホ ッ ヂ 氏 の ス ネ ル 本 と は、 或 は 別 の 写 本 か も 知 れ な い の で、以 下 ス ネ ル 本 と は、 私 が ホ ッヂ 氏 か ら借 用 の 写 本(写 真)を 指 す こ と を予 め 断 っ て お き た い。 × ×

さて前 置 が長 くな っ た が、 い よ い よ本 題 に入 る。 とこ ろ で、 この 写 本 が悉 曇

で あ る こ とは、 リ コ ピ ーの 原 物 を見 て貰 え ば、 す ぐ判 る こ とで あ る。

唯、 我 が国 で は悉 曇 は紙 の 上 に毛 筆 で 書 かれ、 こ の写 本 は もち ろん、 貝 葉 に

(4)

尖 筆 で 木 の 葉 に 書 か れ て い る の で、 自 ら両 者 の 間 に は 多 少 の 開 き が あ り、 必 ず し も、 紙 の 上 に 毛 筆 で 書 か れ た 悉 曇 文 字 を 読 む よ う に は、 す ら す ら 読 み こ な せ な い 点 が 多 々 あ り、 事 実、 細 宇 の た め、(原 物 の 大 き さ は 判 ら な い が、 現 に あ る 写 真 はA4版 に 二 葉 宛 ぐ ら い の 大 き さ で、 ご く細 字 の た め)、 (1)「te」 と 「bhc」 が 一 見 し た と こ ろ で は、 区 別 し に く か っ た り (2)「ha」 が 時 に 「ka.1に 見 え た り(も ち う ん、 そ の 反 対 の 場 合 も あ り) (3)悉 曇 の 字 体 上、 「t」 と 「n」、 及 び 複 合 字 の 揚 合 のlv」 と 田 均 の 区 別 が 困 難 で(従 っ て 「ndha」 と 「tva」 の 区 別 が 明 白 で な く、 そ の 区 別 が 困 難 で あ り (4)ま た 悉 曇 十 八 章 で はrya字 は 第 八 章 の 所 摂 で、 「ya」 字 にrrの 冠 」 を 附 す の が、 正 し い こ と に な っ て い る が、我 が 国 の 写 本 に も 瀕 出 す る よ う に、

第 二 章 の 字 の 如 くra字 に 「yの 足 」 を附 し た と 思 わ れ る 「rya」 宇 が こ の

写 本 で は 用 い ら れ、 そ れ を私 も し ば し ば 「ma」 字 に 見 誤 っ た よ う に、 実 に ま ぎ ら わ し い。

(5)ま た ツ ゥ チ 本 の デ ー ヴ ァ 本 で も、 し ば し ば 「pa」 と 「ya」 が 混 乱 し て い た が、 ス ネ ル 本 の 「pa」 と 「ya」 と 「lua」 は、 し ば し ば 私 も見 誤 っ た

が、 注 意 す れ ば、 「ma」 に は 矩(し ん に ゅ う)の 如 く角(か ど)が ち ゃ ん

と あ り、 「pa」 に は 丸 味 が あ っ て、 よ く よ く見 れ ば 一 応 の 区 別 が あ り、

(6)「la」 字 も デ ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リ ー 字 体 の 「la」 に 近 く書 か れ て い る。

(7)そ の 他、 「tllaL」字 は、 日本 の 古 写 本 に 残 存 し て い る と こ ろ の、 チ ベ ッ ト

文 字 の 「tha」 に 近 い 字 体 で 書 か れ て い る が、 「stha」 「ttha」 の よ うな 場 合 に は、 そ れ が(thaの 部 分 が)横 に 倒 し て 書 か れ て い る と い う、 こ の 写 本 特 有 の 字 体 も あ り、 (8)「ya」 字 が 時 に デ ー ヴ ァ 宇 の 「ma」 の 如 く見 え る よ う に 書 か れ て い る の で、 鎖 覚 を 起 こ し て 「ya」 を 「ma」 と よ み 違 え る こ と が あ り (9)「plla」 字 の 最 後 の 一 画 が ご く小 さ く、 そ れ も上 部 に 書 か れ、 一 見、 何 字 か 判 ら な い よ うな 事 に な っ て い る が、 筆 法 筆 順 か ら 見 て、 そ れ が 悉 曇 の 字 体 の、 や や 変 形 し た も の で あ る事 は 明 ら か で、 一,二 我 が 国 の 悉 曇 字 体 と 異 な る も の が 例 外 と して あ く)て もぐ 大 部 分 は、 そ れ が 悉 曇 で あ る こ と は 明 ら か で あ る。 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(5)

-93-密

(10)特 に、 「da」字 が 我 が 国 の後 代 の 梵 習 字 の 木版 手本 で は、 「tu」の如 く書

か れ、 そ の た めrtu」宇 との区 別 が っ か ぬ た め、 「tu」字 は必 ず 他 のlu点

を附 す とい う苦 しい 区 別 を我 が 国 で は行 って来 た が、 そ の 「da」字 につ い

て、 こ の 写本 で は 最 後 のu点 に 類 す る一 画 が、 な ぜ か 脱 落 して付 け られ て

い な い け れ ど も、 「

私 が く 正 しい 「da」字 の字 体>と

して唱 導 して い る字

体 」 の如 く、 二 画 目 と三 画 目が 連 結 して 書 か れ、 三 画 目が丸 味 を持 っ て書

か れ て い る の は、 正 し く悉 曇 の字 体≡

書 法 で あ って、 私 の 大 い に意 を強 く し

た事 で あ っ た が、 そ の よ うな字(da)も

あ り、

(11)我 が 国 で も行 っ て い る が、 「y足 」 の最 後 を延 ば して字 の 右 上 ま で 引 き

上 げ る書 法(こ

の写 本 で は大 部 分 が こ の書 法 で あ る が、 そ の よ うな書 法)

もあ り、「hya」等 の 「y足 」 は我 が国 の手 本 の如 く字 の 下方 だ け で終 っ て

い る等、 す べ て こ の写 本g)字 は悉 曇 で あ る。

(12)唯 い ま ま で 実例 が 少 な く一

一例(T.:§203・3);S.:

p.43左9)を 発 見 した

の み で、 大 きな 事 も言 え な いが、 我 が 国 の悉 曇 教 授 で初 心 者 に 問 連 え な い

よ う特 に注 意 す る事 に な っ て い る とこ ろ の、 「r冠 」 をつ け た字 に対 し(第

八 章 乃 至 第 十 四章 の 諸 字 に対 し て は)母 音 記 号 を附 す る 際 は、 「r冠 」 の

部 分 に つ けず、 本 体 字 の 部分 に母音 記 号 を附 す る事 に な っ て い るが、 こ の

写 本 で はsarveの

「rve」字 に お い て 「e点 」 が 「r冠 」 の部 分 に 附 され て

い る例 が あ っ た。 しか し、r冠 そ の もの は、 す べ て悉 曇 式 に書 か れ ロー マ

字 のtの 大 文 字Tに 類 す る書 き方 で あ り、デ ー ヴ ァ式 の 「r冠 」 の 書 法 は

こ の写 本 で は見 られ な い。

(13)「r足 」 もま た 同 様 で あ る。 す べ て悉 曇 式 の 「r足 」 に な っ て い る。

(14)な お 「e点 」 は デ ー ヴ ァ字 体 で は文 字 の上 部 に 附 す が、 悉 曇 で は 左 肩 で

あ る。 この 写 本 で は例 外 と して上 部 に附 した例 もあ っ た が、 原 則 と し て は

悉 曇 式 に附 され て い る。

以 上、 文 字 の こ とで実 際 に書 い て説 明 す れ ば、 納 得 が行 く。 発 表 の際 に は 黒

板 に書 い て納 得 して 貰 っ た(と 思 う)が い ま は致 し方 が な い。

× × ×

さて 以 上 の如 く、 ス ネ ル本 が悉 曇 で あ る こ とは、 ま ちが い な い と して、 次 に

「スネ ル 本 が ツ ゥチ本 の原 本 で あ る」 とい う理 由 は次 の如 くで あ る。

(6)

(1)ま ず 両 写本 の欠 文 の部 分 が全 く一 致 す る こ と。

しか も ツ ゥチ本 の欠 文 は、(一 葉、 原 則 と して9行

で書 か れ てい る が)第1

行 目 で あ る こ と も あ り第2行

目で あ る こ と もあ り、乃 至 第9行

目に現 われ る事

も あ り、 しか も行 の始 め、 中 問、 終 りの方 と、 実 に所 き らわず 随 処 に欠 文 の 空

白が 現 わ れ るが、 これ を スネ ル 本 に見 る に、 そ の ツ ゥチ本 の欠 文 の箇 所 は、 ス

ネ ル 本 に在 っ て は((2)に の べ る唯2つ

の例 外 を除 き)悉

くそれ が一 定 して行 末

(ほんの2・3葉

は行初)に 在 る。 とい う事 は、 元 来 か らの 欠 文 でな く、 そ の欠

文 は ス ネ ル 本 に在 っ て は貝 葉 の 殿 損 の た め 欠 文 とい う事 に成 った もの で あ り、

殿 損 しな い ま で も葉 端 の た め文 字 が不 鮮 明 な場 合、 そ れ も ツ ゥチ本 で は欠 文 に

な っ て い る、 と い う具 合 で あ る。 こ れ が ス ネ ル 本 が ッ ゥチ本 の原 本 で あ る、 と

私 が断 定 す る第1の 理 由 で あ る。

(2)次

に、 以 上 の如 くツ ゥチ本 の 欠 文 の 大 部 分 は、 ス ネ ル本 の 貝 葉 の殿 損 に

基 く もの で あ る事 が判 っ た が、ス ネル 本 で、葉 端 で な い 欠 文 が2ケ 所 あ る。(1)ま

ず ス ネ ル本、4頁

右 方 に於 て、8行9行

の両 方 に ま た が っ 七菱 形 の損 傷 が あ る。

写 真 で は 白 くな っ て居 り、

い か な る損 傷 か私 にわ か らな い が、いず れ に して もそ

の空 白部 分(私 が ローマ字本、 §24で 〔tam〕と補 った部分)が、 や は りも ち ろ ん ツ

ゥチ本 も空 白欠 文 で あ る。(2)次にS本158頁

第4行

の欠 文(ロ ーマ字本では §1325

で 〔para〕の二字を補 つた部分)も、 同 じ くツ ゥチ本 で は、 勿 論、 欠 文 で あ る。

こ れ ほ ど欠 文 が一 致 す れ ば、 ま さか 偶 然 の一 致 と片 付 け る訳 に行 か な い と思

わ れ る。 これ が第2の 理 由 で あ る。

(3)次

に、 以 上(1)(2)で述 べ た 欠 文 は、 ツ ゥチ本((2)に ついてばスネル本)も、 写

本 の筆 写 者 が欠 文 と して認 め て い る欠 文 で あ る が、 そ の他、 筆 写者 が 気 付 か ぬ

欠 文 が 多数 に あ る。 即 ち写 本 に は欠 文 の空 白 が な い が、 チ ベ ッ ト訳 や 漢 訳 を対

照 し、 そ こ に欠 文 ・欠 字 が あ る と私 が 認 定 して 語句 を補 っ た場 合 の よ うな ・そ

の よ うな 筆 写 者 の気 づ か ぬ欠 文、 ・

例 せ ば §226〔nya〕、1038〔tya-hr〕、 以 下、

番 号 の み あ げ 語 句 は省 略 す る が、1123, 1147, 1201, 1253, 1258, 1296, 1342, 1344,

1361, 1426 etc.)等 は、 ス ネル 本 ・ツ ゥチ本 の 両方 に共 に な い。 これ、 原 本 た る

ス ネル本 の 不 備 な文 章 が、 そ の ま ま ツ ゥチ本 に継 承 ・転 写 され た も の と考 え、

こ の事 も、 スネ ル 本 が ツ ゥチ本 の原 本 で あ る証 拠 の1つ

と考 え て列 挙 す る 次第

で あ る。

悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(7)

-91-密 教 文 化 (4)な お、 以 上 は 梵 文 自身 か ら考 え て も、 不 備 な 文 章 で、 語 句 を補 う こ と に 依 っ て、 完 壁 の 梵 文 と な る 場 合 の 例 で あ る が、 そ の 外 に 梵 文 と し て は そ の 語 が な く と も一 向 に 差 支 え が な い 場 合 で も、 チ ベ ッ ト訳 ・漢 訳 に 有 っ て 梵 文 に欠 け て い る 場 合 も、 し ば し ば 語 句 を補 っ た こ と が あ る。 そ れ ら に 就 い て は、 ロ ー マ 字 本 に お い て、 そ の 都 度、一 々 註 し て あ る が、例 せ ば §1099の 〔hum〕、1135の 〔mandala〕、 そ の 他、 語 句 は 略 す る が、1321, 1330, 1437, 1438等 で、 私 が 補 っ た 語 句 は、 も ち ろ ん ス ネ ル ・ツ ゥチ の 両 本 に な い。 と こ ろ で、 こ れ ら の 語 句 は、 「そ こ に そ の よ う な 語 句 が あ っ た 方 が よ い 」と い う事 で 私 が 補 っ た 語 句 で あ る か ら、 私 か ら言 え ば 当 然 そ こ に な け れ ば な ら な い 語 句 で あ る。 し か る に ツ ゥ チ 本 に そ れ が 無 い の は、 原 本 の ス ネ ル 本 に そ れ が な か っ た か ら の 事 で あ ろ う。 こ う考 え る と、 こ の 事 も、 ス ネ ル 本 が 原 本 で あ る と い う、1の 例 証 で は な か ろ う か。 か く思 っ て、 こ れ を第4の 理 由 と し た の で あ る。 (5)な お、 欠 文 に 関 し て、 ス ネ ル 本 が 原 本 で あ る と い う、 更 に 決 定 的 な 例 証 が あ る。 そ れ は1428の(4)真 言 の 欠 文 で あ る。 私 は

〔omvajra-vasy anaya vasi-kuru sarvalstriya〕h sarva-Purusan…云 々 と、 〔 〕 内 の 語 句 を 補 っ た が、 ス ネ ル、 ツ ゥチ 両 本 共、 欠 文 の 次 は 「h」 で 始 ま っ て居 り、 欠 文 の 前 後 は2本 全 く一 致 す る。 欠 文 の 次 が 「h」(文 字 で ば な い、 記 号 のみ)で 始 ま る 事 が 両 本 一 致 す る な ど、 「一 が 一 の 原 本 で あ る 」 と レ}う 場 合 よ り外、 考 え られ な い 事 で は な か ろ うか。 こ れ が ス ネ ル 本 の 原 本 た る第5 の 理 由 で あ る。 (6)な お、 欠 文 と言 え ば1530,3nの 欠 文 が あ る。 こ れ はS本 が、T本 の 欠 文 を補 うの に 役 立 っ た と い う場 合 で あ る が、1530,31於 て、 私 は 欠 文 を、 括 弧 内 ア ン ダ ー ラ ィ ン の 如 く補 っ た。 即 ち

1530

om padma-gite

gdda gite-pujd((-samay e hum//

(4)omp Padma-nrtye

nrtya! sarva-puja-pravartana-salnaye

hum//

16)

vajra-vegena

c'dkramya

bahya-mandala-konesu

(S本:niLlkramya) (S本:-samnidhau)

padma-dhtip'ddi-catasrah

ptuja)) -levy ah samalikhet//

(S本: eatasrab padma-dhupadyah)

ご らん の通 り、私 の 補 った 梵 文 は、 大 体S本

に一 致 す るが、 相 違 もあ る。 し

か しS本 に 既 に梵 文 が あ る以 上、T本

の欠 文 は そ れ に依 っ て補 うの が 当 然 で あ

(8)

る か ら、 私 の 作 文 は 撤 回 す る。 と こ ろ で、 こ の 欠 文 の 部 分(即 ち、1530(3)真 言 の一samaye humノ よ り、1531の 偶 文 第4句 のpuja迄 の 文)は、 実 はS本 に 於 て は、P.176の 第6行 の 全 文 な の で あ る。1行 全 体 な の で あ る。 と い う事 は、T本 は こ の1行 を 全 く気 付 か ず に 飛 ば し た(落 し た)と い う事 に な る わ け で、 そ の 事 は、T本 に 欠 文 の 空 白 が 全 然 な い こ と に 依 っ て、 わ か る。 こ の 事 もS本 がT本 の 原 本 で あ る と い う証 拠 に は 成 ら な い で あ ろ うか。 こ れ がS本 原 本 の 第6の 理 由 で あ る。 (7)そ の 他、 ス ネ ル 本 で、 誤 っ て 抜 か し た 語 句 を 後 で 欄 外(ス ネ ル本 で は常 に下 欄 で。 ツ ゥチ本 で は 時 に 左 右 欄外、 下 欄 また 行 上、 行下 の空 白)に 追 記(補 記) し て い る が、 そ の 追 記 が 一 致 す る こ と。 普 通 原 本 で は 追 記 さ れ て い て も、 転 写 本 で は、 正 し く書 き こ ま れ て い る の が 普 通 だ が、 挿 入 の し る し が 極 く小 さ い 符 号 な の で、 ツ ゥチ 本 筆 者 が 見 落 し、 つ い 追 記 の 語 句 の 挿 入 を な さ ず、 そ れ で も 追 記 挿 入 の し る し に 気 付 い て、 原 本 と 同 様 の 誤 り と い う か、 追 記 を せ ざ る を得 な か っ た と い う事 で あ ろ う、 と私 に は 思 え る。 そ こ で 原 本 た る 例 証 と し て、 追 記 の 一 致 を あ げ た の で あ る。 例 せ ば、 §1065のkarlna、1191のkrodha等 で あ る。 (8)同 様 な こ と に、 真 言 の 重 複 が あ る。 両 本 共 に、 §1075で 真 言 が 重 複 し て 誤 っ て 出 さ れ て い る。 (9)更 に、 余 分 な 字 が 両 本 一 致 す る(§1190) (10)同 様 に §1228の 余 分 な 「花 じ る し」 の 一 致。 こ れ も こ こ で 花 じ る し は 不 要 で あ る。 然 る に ツ ゥチ 本 に 花 じ る し が あ る の は、 原 本 た る ス ネ ル 本 に あ る か ら の 事。 と考 え れ ば こ れ も、 ス ネ ル 本 の 原 本 た る1の 例 証 と考 え られ る。 (11)そ の 他、 一 連 の 文 章 中 で、 そ の 一 文 の み が 他 の 文 に 比 し て 異 っ た 文 型 の も の が あ る が、 ス ネ ル 本 も そ うな っ て い る。 こ れ も(9)と 同 様 に 考 え れ ば、 ス ネ ル 本 の 原 本 た る・例 証 の1にi数 え る こ と が で き る。 例 え ば §1406, 1407, 1408に は sva-kamlottamlamと あ り、 §1408も 一 連 の 文 で あ る か ら、 そ うあ る 方 が 統 一 が あ っ て よ い の に、 §1408に は、sva-karlna-vidyottamamと あ っ て、 こ れ の みvidyaの 語 が 多 い。 し か し ス ネ ル 本 も そ の よ う に 成 っ て い る の で、 こ れ も ス ネ ル 本 の 原 本 た る 例 証 と考 え た い。 (12)な お、 ツ ゥチ 本 に は、例 せ ば §44の ア ン ダ ー ラ イ ン を 施 し た 文 章 の 如 く、 そ れ が 在 る べ:き処 に な く、 他 の 処 に 混 出 し て い る 文 が あ る が、 ス ネ ル 本 に は、 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(9)

そ れ が な い。 ツ ゥチ本 に は、 こ の後 もこ ゐ よ うな乱 脱 が あ り、第 十 四章 に 何 ケ

所 もこ の よ うな乱 脱 混 出 が あ る。 しか る にそ れ らの場 所 を ス ネル 本 に つ い て 点

検 す る と、 す べ て順 序 正 し く、在 るべ き処 に ち ゃん と あ っ て、1の 乱 脱 もな い

の で あ る。

こ の事 は あ る意 味 で、 従 来 列 挙 して来 た ス ネ ル本 原 本 の理 由 の反 対 を示 す例

で あ る。 従 って従 来 主 張 して来 た よ うに、 も しス ネ ル本 が 原 本 で あれ ば、 何 故

原 本 た る スネ ル 本 で 正 し く書 か れ て い た語 句 文 章 が ツ ゥチ本 で 乱脱 して い る の

か、 そ の 事 を説 明 せ ね ば な らぬ。 しか し私 に は、 何故 ス ネ ル本 で 正 しい順 序 が

ツ ゥチ本 で 乱脱 した の か、 そ の説 明 は で きな い。 した が って従 来 あ げ て来 た ス

ネ ル本 原 本 の例 証 の 重 さ は、 こ の一 事 に依 っ て割 引 され ね ば な らな い。 しか し

従 来 の例 証 を全 く打 ち 破 っ て仕 舞 うよ うな 事 で もな い し、事 実 は事 実 な の で、

マ イ ナ ス に は な るが、 一 応 事 実 を述 べ てお く。

但 し、 こ の事 も、 強 い て我 田引 水 す れ ば、 こ の事 は スネ ル 本 が原 本 で あ る事

を否 定 す る 事実 とは な らな い。 反 っ て スネ ル 本 は原 本 で あ る か ら正 し く、 ツ ゥ

チ本 は誤 って乱 脱 を生 じた の で あ る、と も考 え る事 が で き る。とい うの は 「

転 写

本 で あ る ツ ゥチ本 が 正 し く、原 本 た るス ネ ル 本 に乱 脱 が あ る」 な らば、 当然 乱

脱 を正 した とい う意 味 の 附 記 が あ ろ う。 しか しス ネ ル本 が 原 本 で あ って、 ツ ゥ

チ本 がそ の転 写 本 で あ る場 合、 誤 って、 気 付 か ず して 乱脱 を起 す こ と もあ り得

る訳 で、 而 して そ の際 は もち ろん何 等 の 附記 もな い で あ ろ う。い ま ツ ゥチ本 に

何 の 附 記 もな い の は、 ツ ゥチ本 の筆 者 が乱 脱 した事 に気 付 い て い な い、 気 付 か

ず して乱 脱 した 事 の証 拠 で あ る と も考 え る こ とが 出来 る。 か く考 え れ ば、 こ の

事 も 「ス ネ ル本 が原 本 で、 ツ ゥチ本 が そ の転 写 本 で あ る 」 こ とに 何 等 の支 障 も

来 た さな い 事柄 で あ る。 む しろ消 極 的 で は あ る が、 これ もス ネ ル 本原 本 の例 証

の一 つ に考 え て も よい の で な い か。

以上 の よ うな事 実 か ら考 え て、 私 は 「ツ ゥチ本 は、 悉 曇 文 の ス ネ ル本 を、 原

本 と し、 デ ー ヴ ァ・ナ ー ガ リー字 体 に書 き改 め た転 写 本 で あ る」 と断 定 した い。

こ の事 は、 更 に次 に例 証 を あげ て証 明 す る。

(13)ま ず 私 は §1148で、 ツ ゥチ本 のtikuをtiktaの

誤 り と解 し、tikta(T.

tiku)と 校 訂 した。 しか し当時、 私 は スネ ル 本 を一 見 す る こ と さ え叶 わ な か

(10)

っ た の で、 既 に酒 井 教 授 が 「

悉 曇 に よ く似 た字 体 」 と指 摘 し て い る に拘 らず、

つ い 「ブ ラ ー フ ミー文 字 」 とい う語 に依 って、 不 注 意 に勝 手 に ス ネ ル本 を、 デ

ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リー に近 い 文字 の よ うに誤 解 し、そ の結 果、 私 は ツ ゥチ 本 の文

宇 と い うか語 句 を誤 写 ・誤 伝 と断定 して 実 に しば しば正 しい と思 わ れ る文 字 語

句 に改 め た に も拘 らず、 そ れ を デ ー ヴ ァ字 体 の 上 か らの み考 え、 そ の字 体 の近

似 性 か らのみ、 そ の誤 写 を論 じ、 そ の 場 合、 私 の改 め た文 字 語 句 と、元 の文 字

に 近似 性 が な い場 合 に は、 そ れ を ツ ゥチ 本 転 写 時 の誤 写 と区別 し、 ツ ゥチ本 転

写 時 以 前 の、 或 る時 期 の転 写 時 に起 った 誤 写 とい う事 で、 換 言 す れ ば、 そ れ が

い つ誤 写 され た か判 らな い とい う意 味 で、 誤 写 とは別 に 「

誤 伝 」 と い う言 葉 を

使 っ た の で あ る。 従 っ て私 の積 りで は 「

誤 写 」 とは ツ ゥチ本 転 写 時 の誤 写 を指

し、 「誤伝 」 とは、 い つ ・ど うい う理 由で誤 写 され た か は判 らな い が、 とに か

く誤 っ て伝 え られ た とい う事 で、 そ れ らを 「

誤伝 」 と称 し、 これ を正 しい と思

わ れ る形、 言 葉 文 字 に改 め た 訳 で あ る。

しか し∼ い ま ス ネ ル本 を手 にす る事 が で き、 親 し くツ ゥチ ・ス ネ ル 両 本 を対

比 して私 が誤 写 誤 伝 と考 え て改 め た箇 所 をみ て み る と、 そ の多 くは、 ス ネ ル 本

で は、 私 が 正 しい と考 え た語 句 ・文字 にな っ て居 り(この事は後述)、 ツ ゥチ本 が

そ れ を誤 写 した の は、 ス ネ ル 本 は悉 曇 で書 かれ て い るた め、 そ の悉 曇 文 字 を見

誤 って 誤 写 した事 が判 った。 とい うの は、 悉 曇 文 字 で は、 文 字 に近 似 性 が あ り、

悉 曇 で は文 字 が よ く似 て い る か ら、 ツ ゥチ本 の筆 者 が、 スネ ル 本 の そ の 悉 曇 文

字 を、 そ の よ うに見 誤 る の も無 理 はな い、 そ の よ うに誤 写 した の は、 む しろ 当

然 か、 とさ え思 え た の で あ る。 従 っ て、 別 に 「

誤 伝 」 な ど と区別 して 考 え る必

要 は全 くな か っ た訳 で、 す べ てそ れ は、 スネ ル 本 の悉 曇 字 の、 よみ 違 え とい う

事 で 説 明 がつ き、 納 得 で き る こ とが判 っ た次 第 で あ る。

即 ち、 た とえ ば私 は、 §1148で、 ツ ゥチ本 のtikuを、tiktaと

改 め た が、 そ

の 当 時 は、私 は デ ー ヴ ァ 字 で は、kuとktaの 両 字 は、い く ら な ぐ り書 き し て も、 ktaがkuに 見 え る と い う よ うな 事 は 考 え ら れ な い の で、 チ ベ ッ ト訳 ・漢 訳 等 か ら 考 え て、 ツ ゥチ 本 のtikuがtiktaの 誤 り で あ る と い う事 に は 確 信 は あ る も の の、 そ れ が な ぜ、ktaがkllと 誤 写 さ れ た の か、 さ っ ぱ りそ の 理 由 が 判 ら な か っ た の で あ る。 し か る に、 い ま ス ネ ル 本 を み る と、 私 が 改 め た 如 く、 ス ネ ル 本 で は、 ち ゃ ん 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(11)

とtiktaに な っ て い る。 し た が っ てtiktaと 改 め た;事 に つ い て は、 ま す ま す 自 信 を 深 め た 次 第 で あ る。 と こ ろ で ス ネ ル 本 のktaの 宇 を見 る と、 そ の 字 がku と見 誤 られ て も仕 方 が な い、 と い う か、kuと 誤 る の も無 理 は な い と思 え た。 と い う の は 悉 曇 で は 「nta」 「sta」等 の 字 の、taの 部 分 は、 一 見 「u点 」 と見 誤

れ る よ う に 書 か れ、 ス ネ ル 本 に も そ の よ うに 書 か れ て い る。 し た が っ て 「kta」 も 同 様 で あ っ て、 ツ ゥチ 本 が こ の 「kta」 を、 「ku」 と見 誤 っ て、tiktaをtiku

と誤 写 し た も の で あ る こ と が、 了 解 で き た、 そ れ な らtikuと 誤 写 す る の も 無 理 は な い、 と思 っ た の で あ る。 さ て、 こ れ を 逆 に 言 え ば、 こ の 事 は、rS本 が ツ ゥ チ 本 の 原 本 で あ る 」.と い う事 を 示 し て い る、 と 考 え て 良 い の で は な い か。 (14)同 様 に §1161でmanah-silam(T.:jnana-silam)と 改 め た。 こ れ 亦、 ス ネ ル 本 を み る と、 ス ネ ル 本、143頁4行、 左、 行 初 に 少 し イ'ンキ が 薄 い が (不魚糊 であ るが)ち や ん とmallaレ 云 々 と あ る。 従 っ てmanah-lに 改 め た 事 が ま ち が い な か う た と い う事 の 確 認 が 出 来、 大 い に 意 を 強 く し た が、 お そ ら く ス ネ ル 本 の そ の 部 分 は、 文 字 が 少 し薄 く、不 鮮 明 な た め、 ツ ゥ チ 本 はma字 をjna と誤 っ た の で あ ろ う。 (15)ま た §1317のvajre(T.:vajro)、 §134gvajra(T.:vajra)-kula、 §r640,1765,1766,2091,2092等 のpuje(T.:pujo)等 は す べ て ス ネ ル 本 の 悉 曇 文 字 の 読 み 違 い か ら起 っ た も の で あ る事 が 判 っ た。

即 ち 悉 曇 で は、 「na」 「ja」 「ta」等 の 字 に は、 最 初 か ら、 他 の 文 字 に『「a点 」 を 附 し た 際 の、 そ のa点 の 如 き 一 画 が、 最 初 か ら文 宇 の 右 肩 に あ る。 従 っ て こ れ ら の 文 字 に つ い て は、 そ れ をa点 と誤 解 せ ぬ 様 に 初 心 者 に 教 え る の が 悉 曇 教 師 の 常 識 で あ る。 と こ ろ で 悉 曇 の 字 体 は 我 が 国 で は、 よ く保 存 さ れ、 今 日 な お 用 い ら れ て い る が、 印 度 母 国 で は 早 くす た れ、 悉 曇 文 字 の 遺 物 も 殆 ど な い と い う事 で あ る か ら、 ス ネ ル 本 の 悉 曇 文 字 を、 デ ー ヴ プ ・ナ ー ガ リ ー 文 字 に 書 き 改 め た 転 写 者(即 ち ツ ゥチ本 の筆 者)が 悉 曇 を よ み 違 え る と い う事 は 考 え られ る 事 で あ っ て、 そ の よ うな ツ ゥ チ 本 の 誤 字 が §1349で あ る。 即 ち 悉 曇 文 字 の 「ja」 の 最 後 の … 画(右 肩 の 一 画)は 本 来 「ja」字 の 一 部 で あ る が、 こ れ を ツ ゥ チ 本 は 「a点」と誤 解 して、 ス ネ ル 本 の 「ja」 を 誤 っ て 「ja」 と し た も の で あ ろ う。

(12)

「jo」 と誤 読 ・誤 写 す る 事 に な る 訳 で、1640乃 至2092のpnje(T.:pnjc))、 及 び 1317のvajre(T.: vajro)は、 そ の よ うな ツ ゥ チ 本 の 誤 写 で あ る。 私 は 始 め、Pule(T.:Pujo)の 場 合、 そ こ はpola(f)の(Voc. sg.)で あ る か ら(あ らね ば な ら ぬ か ら)、pojc)で な くPujeで な け れ ば な ら ぬ の に、 ツ ゥ チ 本 が 例 外 な く、 一 経 を通 じ、 悉 くPujoと な っ て い る の で、 実 際 に は そ の 場 合 悉 くpnje(T、: Pujo)と 校 訂 し、 改 め た に 拘 らず、 実 は そ の 校 訂 に は 一 抹 の 危 惧 が 残 ら な い で もな か っ た。 い ま ス ネ ル 本 を み る 事 が で き、そ こ に 判 つ き り、 す べ てpujeと あ り、 然 も そ れ が 悉 曇 に馴 染 み の 薄 い 者 に と っ て は、pujoと 誤 解 さ れ る字 体 で あ る 事 が 判 っ た 以 上、 い ま は 私 がpujeに 改 め た こ と に 何 の 不 安 も な い し、 ま た ツ ゥ チ 本 のPujoは 悉 曇 文 字 の よ み 違 え と考 え れ ば、 そ れ が 悉 くpijoに な っ て い て も誤 写 で あ る こ と に 間 違 い な く、 そ の 事 を 再 確 認 で き て 大 へ ん うれ し い。 (16)ま たyatha-vidhiの 語 が、 ツ ゥ チ 本 で は1・2の 例 を 除 き、yatha-vidhih に な っ て い る 箇 所 が 圧 倒 的 に 多 い。 こ れ も 一 応 ナ ベ て-vidhi(T.: vidhih)に 改 め た に 拘 らず、 実 は 絶 対 の 確 信 が 持 て な か っ た の で あ る。 い ま1366を 見 る に、 ツ ゥチ 本 で は(T.: vidhih;// ナ シ)と 表 示 し た よ うに、 「//」が な い。 し か し そ の 所 の ス ネ ル 本 は 「vidhi//」 と あ り、 し か もvidhiと//の 間 に は、 少 し の 空 白 が あ る。 従 っ て ツ ゥ チ 本 は 「//」をhと 見 誤 っ て、vidhiをvidhihと し、 そ の 結 果 当 然 あ る べ き//が な く な っ た と 考 え れ ば、 そ の 誤 写 の 理 由、 結 果 の 説 明 が つ く。 (17)ま た §1418のtada(T.: tada)yaの 問 題 も、 デ ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リ ー 本 同 志 の 誤 写 と し て は、 な ぜ そ うな か っ た か は、 一 寸 考 え ら れ な い が、 い ま ス ネ ル 本 を見 れ ば 正 し く4aに な っ て 居 り、 悉 曇 文 字 の 上 で は、 画 とdaで は、誤 写 さ れ る 可 能 性 も 考 え られ る。 従 っ て ツ ウ チ 本 の 「daL」は ス ネ ル 本 の 「daし」 を 見 誤 っ た も の と考 え る事 が 出 来 る。

(18)ま た §1435kim ci(T.:vi)rayasiは、 デ ー ヴ ァ 字 体 で も 「ca」 と 「va」 は 字 体 が 近 い の で、 「vi」 を、 「ci」 に 改 め る こ と に は 何 の 危 惧 も抱 か な か っ た が、 い ま ツ ゥ チ 本 は ス ネ ル 本 の 「ci」 を、 「vi」 と誤 写 し た も の と考 え れ ば、 悉 曇 文 字 の 上 で は、 「ca」 と 「va」 と は 更 に 近 似 性 が あ り、 初 心 者 な ら、 区 別 が つ か ず 誤 記 し て も 何 の 不 思 議 も な い 程、 似 て い る の で あ る か ら、 ス ネ ル 本 の 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(13)

密 教 文 化

「ei」が、 ツ ゥチ本 で 「vi」にな っ て い て も、 何 の抵 抗 もな く誤 写 と断 定 す る

事 が 出 来 る訳 で あ る。

こ の よ うに、 私 は チ ベ ッ ト訳 や 漢 訳 ま た は註 釈 本 を参 照 す る事 に よ っ て、 そ

れ を誤 写 と認 定 し、 そ れ を校 訂 しなが ら、 そ の理 由 が も う一 つ 判 っ き りせ ず、

納 得 の行 く説 明 が つ か ぬ ま ま一 応校 訂 して来 たが、 い ま ス ネ ル 本 を見 る こ とに

依 っ て、 全 く確 信 を持 つ こ とが 出来 た 訳 で あ る。 ま た之 を逆 に 言 え ば こ の事 は

「ツ ゥチ 本 の転 写 の原 本 が、 悉 曇 の ス ネ ル 本 で あ っ た」 とい う証 拠 に も な る訳

で、 い まは ス ネル 本 を、 ツ ゥチ本 の原 本 で あ る と、確 信 を以 っ て 断定 す る次 第

で あ る。

(19)な お終 りに 当 っ て、 更 に1の 例 証 を書 き加 えれ ば、 両 本 共、 私 は現 物 を

見 る機 会 に恵 ま れ て い な い が、 写 真 でみ る 限 り、ス ネ ル本 は直 ち に そ れ が貝 葉

で あ る こ とが 判 る し、

一 方 の ツ ゥチ本 は、 形 は貝 葉 形 式 に、横 長 に 書 かれ て居 り、上 下2面

の形 に

な っ て い る が、'それ は 自紙 に書 か れ た も の と見 え、 紙 の た め そ の必 要 もな い た

め、 貝 葉 なれ ば それ を綴 じ るた め、 左右 お の お の3分 の1の

と こ ろ に綴 じ穴 が

必 要 で あ り、 そ の た め の 空 白部 分 もあ るが、 ツ ゥチ 本 に は そ れ が な く、左 か ら

右 へ び っ し り文 字 が詰 ま って 居 り、ま た 何 等 の 輪 廓 も な い。 この 事 は ツ ゥチ本

が貝 葉 で な く白紙 に書 か れ た もの で あ る事 を物 語 って い る。

従 って 同 一 内 容 の も の が 二本 あ り、一 は 貝葉 で あ り、一 は 白紙 に書 かれ た も

の で あ る以上、 ま た一 は 時代 の古 い悉 曇 文 字 で あ り、一 は悉 曇 よ り時 代 の新 し

いデ ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リー で書 か れ て い る場 合、 貝 葉 の悉 曇 本 が古 く、デ ー ヴ ァ

字 の方 が新 しい 写 本 で あ る の は 勿 論 の事 で、 而 も二本 の 問 に、 前 来 述 べ て来 た

よ うな密 接 な 関 係 が あ る以 上、 こ の際 ス ネル 本 が ツ ゥチ本 の 原 本 で あ る と断定

して差 支 えな い の で な か ろ うか。

以 上、 一 歩 ゆ つ って、 ス ネル グ ロ ー ヴ本(悉 曇 貝 葉 本)は、

ツ ゥチ本(デ

ヴ ァ ・ナ ー ガ リ ー本)の

真 に直 接 の 原 本 で な い迄 も、少 く共、 ツ ゥチ本 は、 ス

ネル 本 と同 一 内容 の悉 曇 貝 葉 本 を原 本 と し て、 それ を デ ー ヴ ァ ・ナ ー ガ リー 文

宇 に書 き改 め た転 写本 で あ る と結 論 す る。

× × ×

(14)

さ て以 上 の 如 く、 ス ネル 本 が悉 曇 本 で あ る事、 及 び ス ネ ル 本 は ツ ゥチ本 の転

写 の原 本 で あ る事 を述 べ て来 た が、 次 に私 が チ ベ ッ ト訳 や 漢 訳、 及 び 注 釈 書 に

依 っ て、 ツ ゥチ 本 の 誤 写(私

が誤 写 と認 定 し)私 が 改 め た語 句 に っ い て、 い ま

ス ネ ル 本 を(未 入 手 の教 理 分 を除 き)ツ

ゥチ本 と逐 一 照 合 した結 果、 そ の大 部

分 は 私 の校 訂 した通 りで良 か っ た とい う事 をス ネ ル本 で確 か め る事 が 出来 た。

即 ち私 が 誤 写 と認 定 し、 私 が 正 しい と思 っ た語 句 は、 大 部 分 ス ネ ル本 で も、 そ

の よ うに な っ て い た の で、 大 い に気 を よ く した次 第 で あ る。 しか しス ネル 本 を

見 る こ と に依 っ て、(1)私が ツ ゥチ本 を不 注 意 に読 ん で い た事 を知 ら され た り、

(2)私が散 々苦 労 し四苦 八 苦 して な お納 得 が 行 かず、 五 里 霧 中 で 疑 問 を残 した 問

題 も ス ネ ル本 を見 る事 に依 っ て、 「何 だ、 こ ん な事 で あ った の か。」 と一 挙 に問

題 が 解 決 した事 も あ り、(3)また私 が最 初、 ス ネ ル 本 に最 も期 待 した 点 は、 ス ネ

ル 本 に依 っ て 一 挙 に ツ ゥチ本 の欠 文 の部 分 が補 え るの で な い か とい う事 で あ っ

た。 しか し、 これ は前 述 の通 り、 ツ ゥチ 本 の筆 者 が、 気 付 か ず して飛 ば した

(落 と した)た

め の欠 文 を除 き、 ツ ゥチ本 の欠 文 の 部 分 はす べ て ス ネ ル本 に在

っ て は葉 端 に在 り、 そ の 貝葉 の 殿 損 乃 至 汚 損 に依 っ て、 文 字 が 充 分 よ め な い と

い う部 分 で あ る か ら、結 局 それ は欠 文 も同 然 で、 ツ ゥチ本 の 欠 文 は ス ネル 本 で

も欠 文 で あ るの と同 然 で あ り、欠 文 補 充 とい う事 に っ い て は、 スネ ル 本 は直 接

に は余 り役 立 た な か っ た、 とい うよ り殆 ど全 く役 立 た な か った と言 っ て良 い。

しか し不 鮮 明 と言 っ て も、 ス ネル 本 に在 っ て は、 全 くの 欠 文 と い う訳 で な い

か ら全 然 何 の役 に も立 た な か った 訳 でな い。 た だ 期 待 に反 して、 確 然 と欠 文 を

補 え な か った と言 うだ け で、 不 鮮 明 で あ っ て も、文 字 が 残 っ て い る場 合 は、 私

が梵 作 文 して補 っ た文 字 語句 と照合 す れ ば、 ど うや らそ の よ うに読 め ぼ読 め る、

書 かれ て い る とい う事 を確 認 で き る箇 所 も多 々 あ った。 ま た不 鮮 明 な が ら残 っ

て い る悉 曇 文 字 か ら ヒ ン トを得 て問 題 が 解 決 した場 合 も あ り、 ま た そ の反 対 に

再 考 を要 す る箇 所 も あ っ た訳 で あ る。要 す る に、 欠 文 と欠 文 で な い とに拘 らず

通 じて、 私 の思 い違 いや 不 注 意 に依 っ て、 訂 正 せ ね ば な らぬ 箇 所 が多 々 あ っ た。

そ こ で

未 発 表 の、 ま だ活 字 化 され て い な い部 分 は(即 ち降三世品の ご く一部、及び

遍調伏品 以下(§1332∼3070)に つ いて ば、その原稿 は既 に一括 して 印刷所 に廻 ってい る

ので)そ の校 正 中 に手 直 し を して、 ス ネ ル 本 を見 る こ との 出来 た 幸 福 を活 用 す

悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(15)

る事 に し、 図 既 に 活 字 化 し た 部 分(即 ち金 剛界 品(§1∼617)及 び 降 三 世 品 の §618∼1331の 部 分 につ いて ば)そ の 訂 正 箇 所 を 以 下 に 細 大 も ら さず 列 挙 し て 私 の 責 め を終 り、 の む の の くラ の む の

ツ ゥチ ・スネ ル 両 梵 本 の詳 細 な校 合 結 果 の、 逐 一 の発 表 ・明示 は、 他 の機 会、

或 は 他 の 人 の手 に委 ね る こ とに した。

これ が 私 の 校 訂 前、 少 く と もツ ゥチ本 の み で校 訂 中 に、 ス ネ ル本 を見 る機 会

が あ った らそ の 労 を い とわず、 む しろ私 は それ を楽 しみ と し、 喜 ん で両 本 を校

合 し、逐 一、 細 大 も ら さず註 記 した こ とで あ ろ う。残 念 とい えば 残 念 だ が、 そ

れ で もス ネ ル 本 の 大 半 をみ る こ とが出 来、 私 の訂 正 の大 部 分 の正 し さ を確 認 し、

また私 の 訂 正 の見 当 ちが いや 誤 解 に依 る改 悪 箇所 を再 び訂 正 す る機 会 を得 た こ

とは、 何 と言 って も うれ しい。 そ の事 に っ い て は、 直 接 に は ホ ッヂ 氏 の 好 意 を

感 謝 す る と共 に、 また こ の原 典 の入 手 に苦 心 され た で あ ろ う所 の原 典 発 見 ・所

蔵 者 で あ る ロ ン ドン大 学 の ス ネル グ ロー ヴ教 授 に対 し、金 剛 頂 経 系 教 学 を重 視

尊 重 され た 宗 祖 弘 法 大 師 の末 徒 と して、 間接 な が ら、甚 深 の 敬 意 と感 謝 の意 を

表 す る次 第 で あ る。

×

×

さて 前 述 の よ うに、 私 の訂 正 が ス ネ ル本 を見 る事 に依 っ て 正 しか っ た と確 認

で きた 箇 所 を類 型 的 に例 示 す る と次 の 如 くで あ る。(T.:

は ツ ゥチ 本 を、S.:

は スネ ル 本 を表 わす)

(DT.lyaに

して、ryaと 訂正 したのが、S.もryaで あること、(例)kayaをkarya

と訂正 §153、561、628;ni〔r〕yatayam§1233, 1239, 1244, 1248, 1252, 1255etc.

(2)bhaをpuに 訂 正 §195

(3) T.:111u→S.:su§226, 252, 539, 1146 (4) ma→sa§479

(5)y←m§420、626;ayogha→amogha§1301

(6) v→dh (例) dharma→varma 363、varini→ dharipi (7) sthi→cchi (例列) sthitati→cchinalttl 274 (8) tu→ta (例列) tukki→t1akki 490・5) (9)tki→kki(例Mtatki→ttakki(コ レ ハ 私 ハtakkiト シ タ ガ)§662, 923, 927 (1)(2)(3)(4)真 言、1229 (10)tpa→tty翫(例)sa・napatpa→salnapattyaコ ハ 誤 リ ハ §476以 下 際 限 ナ ク ア リ、 悉 ク 訂 正 シ タ ガ、S本 ハ チ ャ ン トttyaデ ア ッ タ。 §476, 477, 478, 479;§905, 6, 7, 8; 918, 922; 929-932……

(16)

(11)ra⇔na(例)rayaih→nayaib 513 (12)cha→eella(例)prayacha→prayaeeha等、 §993, 1078, 1203, 1305 (13)(1)と(6)と の 混 合 の 例dhiya→vlrya(1)と(5)と の 混 合 の 例karya→kama (14}p⇔y(例)satpa→satya§625, 905, 906, 907, 908, 918, 922, 929, 30, 31,32etc,〔 コ レハ 無 数 ニ-在 ル、 ホ ン ノー 例 ヲ ア ゲ タ ノ ミ。〕 (15)dhistho→visvo 1072 (16)maitrai→maitre 自 信 ガ ナ イ ノ デ、maitml〔maitre?〕 ト表 示 シ テ、 強 イ テ 訂 正 シ ナ カ ッ タ ガ、S本 ハmaitreデ ア ッ タ 例。632, 635 (17)cartha→catha 646 (18)pa〔ta〕tiノ 如 ク、 転 写 者 ノ気 ヅ カ ス 欠 字 〔ta〕 ヲ補 ッ タ ヨ ウ ナ 例。1299 (19欠 文 及 ビ 私 ガ 梵 作 文 シ テ、 ソ レ ガ 正 シ イ ラ シ イ コ ト ヲ確 認 シ タ 例。 §740ノ 偶 ハ 第 4句 ノ後 半 ヲ除 キ 他 ハ 全 部 欠 文 デ ア リ、 私 二 補 ッ タ ガ、S本 ハ 不 鮮 明 ダ ガ、 大 体 私 ノ梵 作 文 ガ 正 シ イ コ トガ 認 メ ラ レ ル。 (20)ツ ゥ チ 本 デ ハ 欠 文 ニ ナ ッテ 居 リ、 ソ レ ヲ補 ッ タ ガ、S本 ハ 欠 文 デ ナ ク、 ソ レ ガS本 ニ ア ッ タ 例。

751adhipa〔tinama〕; 753i〔tyeva〕lnadyah; 754〔bau〕manam; 842catur-a 〔ntya〕; 891kro〔dha〕; 1203asya; 〔 1207talaktuum:120gidam

gamya〕 〔d:mo〕 taetc. 〔mr〕 (21)本 文 デ ハ 訂 正 シ ナ カ ッ タ ガ、 註 デ 指 摘 シ タ コ トガ 正 シ カ ッ タ コ ト ヲ、S本 デ 確 認 デ キ タ例。 §770本 文 デ ハvajra-cakra(或 ハvikata)ト 表 示 シ、 註 デ ハ 半 頁 二 亙 ッ テ 考 証 シ、 「vika㌻aガ ヨ イ ノ デ ナ イ カ 」 ト述 ベ タ ガ、S本 二・ハ チ ャ ン トvikataト ア リ、 ソ レ ガ 確 認 デ キ タ。

§776デayam vajra maha-vajra〔aymp vajro maha-vajrah?〕 ト表 示 シ タ ガ、 S本 デ ハ 第1行、 右 端 ニ ア リ不 鮮 明 デ 確 カ ナ コ トハ 判 ラ ナ イ。 シ カ シjraニ ハe点 ガ 確 認 デ キ ル ノ デ 少 ク トモvajraデ ナ イ コ トハ 確 認 デ キ、e点 ハ 多 分jroデ ア ッ タ コ ト ヲ示

シ テ イ ル ト確 認 デ キ ル。 さ て 以 上 は、 私 が ス ネ ル 本 を 照 合 し て、 そ の 訂 正 の 正 し い 事 を 確 認 し、 メ モ し た カ ー ド227枚 の 一 部 を、 例 示 し た の み。 以 下 は、 ス ネ ル 本 と の 照 合 に 依 っ て 私 が 訂 正 せ ね ば な ら ぬ と 感 じ た 箇 所 を 細 大 も ら さ ず 列 挙 す る。 こ の 方 は 既 発 表 の ロ ー マ 字 本 の 訂 正 事 項 で も あ る の で、 メ モ カ ー ド に 従 っ て 繁 を お そ れ ず 頁1 順 に 従 っ て(ロ ー マ 字 本、 左 欄 の 番 号 順 に)そ の 全 て を 列 挙 す る。 な お 既 発 表 の ロ ー マ 字 本 に つ い て は、 こ の 他 に、 そ の 後、 発 見 し た ミ ス プ リ ン トや そ0他 の 訂 正 事 項 が 遺 憾 な が ら、 私 の 不 注 意 の た め、 実 に 多 数 あ る。 し か し、 い ま は そ れ に 触 れ な い。 そ れ は、 い ま 此 処 に 列 挙 す る 訂 正 事 項 に 比 す れ 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(17)

-81-密 教 文 化 ば 比 較 的 些 細 な 訂 正 事 項 で、 〔例 エバmヲmニ スル トカ、iハiデ ア ッ タ トカ、nハ pデ ア ッタ トカ、 トイ ウ'形式 上 ノ訂正 ガ 多 ク、文 意 ・内 容 二 影 響 ノアル 訂 正 デ ハ ナ イ ノデ。〕

そ の た め、 ま た掌 も相 当 多 い の で、 それ ら の訂 正 は再 版 の機 会 に で も譲 り、 い

ま は ス ネ ル 本 を 対 照 す る 事 に 依 っ て 出 て 来 た 訂 正 事 項 の み を 列 挙 す る。 こ の 方 は 前 者 に 比 し て、 よ り 大 き い 誤 り で あ り、 こ の 際、 是 非 訂 正 し て お き た い と 思 う か ら で あ る。 (1)§94偶 文 中raga-tattvartha-bodhanam/ば、S本 に ばtattvavabodhanamと あ る。 そ こ でT本 を 確 か め た が、 や は り そ の よ う に な っ て い る が、Tib.に もdonの 語 が な い の で、S本 に 従 っ てtattva+avabodhanalnに 改 め る。bodhanamのmば、mのmisprintで あ っ た。 序 に 訂 正 す る。 〔以 下、 コ ウ イ ウ 場 合 紙 幅 節 約 の タ メ 「tattvartha-bodllanamヲS本 二 依 ツ テtattvav= abodhanam二 改 メ ル 」 ト略 記 ス ル。〕 (2)§154 pujahrtyaは、pujahyanyaに 改 め る。S本 に ば 明 ら か にhyanyaと あ る。 い ま 始 め て 思 い 当 っ て も 遅 す ぎ るが、Tib.にgshanの 語 が あ り、 註 に ば、 ち ゃ ん と く 我 に 等 し き(他 の)供 養 ば な い>な ど と、(他 の)と い う 語 がSkt.に な い こ と を 訳 文 に 示 し な が ら、 そ れ で い て(他 の)の 語 を、 梵 文 に お い て 全 然 意 識 せ ず、 不 注 意 に も 看 過 し、 「tya」 の 語 がanyaのnyaの 誤 写 で あ る こ と に、 な ぜ 気 付 か な か っ た か と、 我 な が ら残 念 至 極 で あ る。 い う ま で も な く、 デ ー ヴ ァ字 体 で ば 「hya」 と 「hr」 と は 字 体 が 全 然 離 れ す ぎ て、hrがhyaの 誤 写 な ど と い う事 は 全 然 思 い 及 ば な か つ た が、悉 曇 字 体 で 考 え れ ば、 S本 の 「hya」 を、T本 が 「hr」 と誤 写 し た こ と ば す ぐ判 る こ と で あ り、 納 得 が 行 くこ と で あ っ た。

(3)§157ratna-puja'bhikirtita(T0: -pujobhikirttita)ば、ratna-puje 'ti kirtita (T.: 斜)に 改 め る。S本 に はpu je tiと あ る の で、-puja+iti=pujetiと=解 し た。T本 が S本 のjeをjoと 誤 写 す る こ と ば 先 に そ の 理 由 を の べ て 説 明 し た。 ま たS本 はbhiで な く、 確 か にtiと あ る が、T本 が こ れ をbhiと 誤 っ た の ば、i点 と 重 な って 判 っ き りせ ぬ の でbhiと 誤 っ た の で あ ろ う。 即 ちjeをjoと 読 ん だ 結 果、samdhiの 規 則 で ばah+ a=o'と な る の で、tiを'bhiに 誤 り、bhiと 誤 写 した も の で あ ろ う。puja(iti)abhikirtita

よ り ば、p亘ja+iti+kirtitaの 方 が、 は る か に す っ き り し た 梵 文 で あ る か ら、S本 に 従 っ て 改 め た。

(4)§200・15)vajragraばvajrograに 改 め る。S本 ば 一 応vajregraで あ る がvajrogra と も 読 め る の で、Tib.にmibzad-paと あ り、Ch.に865金 剛 峻、 と あ る の で、S本 とTib. に 従 っ てvajra+ugraと 解 し た。Ch.882勝 金 剛 ばT.lvajragraと 合 致 す る が、 釈 ・疏 もmiわzad-paと 牒 し て い る の で、 多 数 に 従 ってugraを 採 っ た。

(5)§201・18)〔ge〕yamstuyatば 〔gayan〕 に 改 め る。yamと あ っ た の で 「mp」 に 引 き ず ら れ て 名 詞 の(Acc. sg.)と 解 し、 先 に は 〔ge〕yamと し た が、S本 に はgayamと あ る の で √gaiの(現 分、m.Nom.sg.)と 解 し、 〔ge〕 を 餌 に 改 め、yamをyanに 改 め る。

(18)

-80-(6)§209・23 samayagryabhirば、S本 に 従 っ てQbhihに 改 め る。S本 に 従 う ま で も な く、 次 にsatveの 語 が あ る か ら、samdhiの 規 則 に 従 っ て、 当 然rをhに 改 め るべ き で あ っ た。

(7)§211 pravistayamば、pravistanamに 改 め る。 先 に ば(f-Loc.)に 読 ん で い た が、S本 に ば(m.Gen.P1.):°namと あ る の で、 文 初 のtesamに も 一 致 す る の で、Qyam を、Qnamに 改 あ る こ と に し た。

(8)§231 sarva-siddhi〔r〕(T.: siddhi)は、S本 に ばsiddhirと あ る。siddhir, siddhir ば、 前 語 に 準 ぜ ば(P1.)。irが よ い し、 後 語 に 準 ぜ ばsiddhir(sg.)で も よ い の で、 単 複 い ず れ を と るか、 で あ る が、S本 に 従 っ てsiddhirを 採 る。rば 次 語yavadのyaと 共 にryaと 書 か れ て い る が、 前 述 の よ う にS本 のrya字 ば 悉 曇 十 八 章 の 第 二 章 式 のrya字 が 書 か れ て い る の で、T本 ば 見 過 してryaを、 単 にyaと 誤 写 した も の で あ ろ う。 単 複 い ず れ の 場 合 もrば 必 要 で あ る。

(9)§243・3)vajra-dharo(T.:-dhara)はvajra-dharab(T.=-dhara)1こ 改 め る。S本 に ばbが あ るか、 ど うか 判 っ き り しな い の で、T本 ばhを 落 し た の で あ ろ うが、S本 に は ど う もhが あ る よ う に 見 え る。 先 に は、(Nom.)に 訂 正 す る ま で ば 良 か っ た が、 う つ か りsamdhiの 規 則 を 等 閑 に 附 し、 次 にsvayamと 硬 音 が あ る の に 誤 っ てdharoと して 仕 舞 っ た。S本 に 従 う ま で も な く、 当 然dharahと す べ き で あ っ た の で、 改 め て 訂 正 す

る。

(10)§253・3)mu〔dra-samu〕petanと 括 弧 内 の 欠 文 を 補 つ た が、S本 に はsamopetall と あ る の で、 考 え て み る と、samu°で ば6短 と な ってmetreに ば 合 わ な い。sam-upeta とsamopeta(sama+upeta)の 二 語 は、 同 義 で、 意 味 の 上 で ばsamu°で も よ い が、 samupetaば 本 経 で ば 他 に 用 例 が な い の に 反 し、samopetaの 方 は、 こ の 後、1628, 1632, 1882, 1977に も 現 わ れ る し、 ま たsamuoな ら6長 と な ってmetreに も 合 す る の で、S 本 に 従 つ てsamopetanに 改 め る こ と に した。

(11)§276・27)bhajatiば、bhanjati(T.: bhajati)に 改 め る。bhajatiで ば、 ど う も お か し い と 考 え た の で、 註 に もふ れ た が、S本 にbhamjatiと あ る の で、bluanjatiに 改 め る

こ と に し た。

(12)§349tah(T.:se)lekhyahば、samlekhyah(T.:selekyah)に 改 め る。 先 に はT本 のseが、 ま さ かsamの 誤 写 と は 考 え 及 ば な か っ た の で、lekhyahの 前 接 と ば 別 語 と 解

し、 そ の た めseば、 「tadの(f.Nom.sg.)「sa」 か ら、(m.Nom.pl.)「te」 に 準 じ、 (f.Nom.p1.)のtahを、seと で も 誤 用 した も の か 」 と、 と ん で も な い 類 推 を して、 つ じつ ま を 合 せ た つ も り で い た が、S本 に ば ち ゃ ん とsamと あ り、 「m点 」 を 「e点 」 に 見 誤 れ ばseと 成 る 道 理 で あ る。 多 分T本 は、samをseと 誤 写 し た も の と 解 し、seをsam に 改 め る こ と に し た。

(13)§559(4)種 子pyahば、S本 に 「yyah」 と あ り、Tib.,Ch.を 見 て み た ら、 ち ゃ ん とFyyah」 「薬 」 と あ り、T本 で はpとyと の 混 乱 ば 常 の こ と で あ る か ら、yyab鍾 改 め る こ と に し た。 金 剛 界 品 校 訂 時 に は 仕 事 を 急 ぎ、 種 子 等 は 梵 蔵 漢 の 異 同 が は げ し く、 決 着 せ ぬ ま ま に 梵 蔵 漢 の 対 照 を 充 分 に 行 わ ず 放 置 した 結 果 で あ る。 幸 いS本 に 依 っ て た や す く 誤 写 を 発 見 で き た が、 ロ ー マ 字 本 が 一 応 完 結 す れ ば、 改 め て こ の よ う な 誤 り を 順 次 摘 発 し 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

(19)

密 教 文 化 て 訂 正 した い。 (以 下、 降 三 世 品)

(14)§706papim(T. miトmaノ 間 ニ ー 字 ア リ、 ヌ リ ッ ブ サ レ テ イ ル。 「mla」或 ハ 「ma」 字 ラ シ イ)と 先 に ば、 決 着 せ ぬ ま ま 過 し た が、S本 に よ れ ば、maで な く、naで あ った。 した が っ て、 こ こ は、vajra-papim(固 有 名 詞、 尊 名)で な く、vajra-papinam で あ り、 普 通 名 詞vajra-papinの(Acc.sg.)と 解 す べ き で あ ろ う。 し た が つ て-papimを paninamに 改 め、 括 弧 内 を(… 「na」 或 ハ 「ma」 ラ シ イ ガ、S本 二 依 ッ テnaヲ 採 ッ タ) と 改 め る。

(15)§761、 第2句 〔Hema-vatyaivajra-hema〕 は、T本 で は 第3句 のsasthyai(ロ ー マ 字 図 二saヲSaト ス ル ハ 誤 植 ニ ツ キ 訂 正 ス ル。 註9)ノSasthiマ タ 同 ジ)と 共 に、 一 句 全 体、 欠 文 に な っ て い た の で、 私 がTib,: gser-ldan-mna ni rdo-rje-gserro//Ch.: 銀 色 天 后、 號 金 剛 金 色 天。 に 依 って 補 っ た も の で あ る。 そ の 中、灌 頂 名 のvajra-hemaの 方 は、 第 十 四 章 §1413に 「vajra-hema」 「rdo-fje-gser」 「金 剛 咽 摩 」の 対 応 が あ る の で、 直 ち に 確 信 を 以 て 補 っ た。 而 してHemavatyaiの 方 ば、Ch.に は 「鎭 色 天 后 」と あ り、 「銀 」 と 「金 」 と の 違 い は あ っ た が、Tib. に は、 ど ち ら もgser‘金’ と な って い る の で、vajra-hem順 か

ら考 え、Hemavatyaiと 補 っ た の で あ る。

い ま 考 え れ ば、Skt.に は`金'と い う 言 葉 はhelnanの 外 に も、suvarpa, svama, kaic= ana,そ の 他hirapya等 々 が あ り、hemanに 限 っ た わ け で ば な い。 特 に こ こ ば 外 道 の 神 名 で あ る か ら、 ‘金’であ れ ば 何 で も よ い わ け で な く、 そ の よ う な 名 の 神 が 実 際 に 外 道 に 存 在 す る か、 と い う事 を 確 認 せ ね ば な ら ぬ 筈 で あ つ た の に、 印 度 教 に 対 す る 関 心、 素 養 が な い ま ま、 単 に ‘金’とい う事 で、 特 にTib.訳 が 共 に 同 じgserを 用 い て い る 所 か ら、 ま た Dasのgser-ldanの 項 に、 対 応Skt.と してhenla-vatを 出 し、Indraの 首 府 の 名 と して、

固 有 名 詞 と し て 出 して い る の に 眩 惑 し て、 つ い う っ か りhemavatiだ と 簡 単 に 片 附 け て、 得 々 と して い た 訳 で あ っ た。 い ま、S本 を 見 る と、 こ の 所、S本 ばp.105の 葉 面 の 右 下 隅 に あ り、 こ の 一 葉 全 体、 写 真 ば ぼ や け て 見 え に くい が、(特 に 葉 末 が 損 傷 して い るの で、 不 鮮 明 で 見 え に くい が) 「ru」 「k□i 」 「pe」 ら し い 字 が 見 え、 い ず れ に し て も、hemavatyaiで ば な さ そ う で あ る。 当 時、 私 ば ま だLokesh ChandraのTib.- Skt.-Dic.を 持 ち 合 わ せ て い な か つ た が、 い ま 同 書 のgset-ldan-maの 項 を 見 る と、 対 応Skt.と して、rukmavati, ruklui, hemavati の3語 が 見 え る。 私 の 先 に 採 肘 し たHeluavatlが 全 然 見 当 ち が い の 語 で な い こ と ば 判 っ た が、rukmavati乃 至ruklnipiと い う よ う な 言 葉 ば、 私 の 貧 弱 な 知 識 で ば 及 び も 付 か な い 語 で あ った の で、 早 速M. W.の 梵 英 辞 典 を 引 い て 見 た ら、

Rukmini, f.(ofrukmin)……N. of a daughter of Bhishmaka and sister of Rukmin (betrothed……, in later mythology is identified with Laksmi)……云 々 と あ り、 Rukmaの 項 に は ‘金の 飾 り’、‘金 鎖’等 の 意 が 見 え、 更 に 語 根 は √ruc‘輝 く’で あ る こ と が 判 つた。

か く判 っ た 以 上、 こ こ はDat.で あ る か ら、rukminyaiと あ る 筈 だ し、 そ う あ って 貰 い た い と、 そ の 積 り で も う一 度、 よ くよ くS本 を 見 て み た ら、rukmipyaiと あ る よ う で あ り、 そ の よ う に 読 め ば、 そ れ に 違 い な い ら しい の で あ る。S本 ば 現 物 は い ざ 知 ら ず、 写 真

(20)

で ば、 「ru」は 一 見bhaに 見 え る し、「kmi」 字 の 「kaの部 分 」 と 「1点」 は よ く見 え るが mの 部分 は殆 ど見 え ず、 一 方 「pyai」の 方 も、paで あ る こ とは、 ま あ ま あ 判 るが、ya の 部 分 は 不 鮮 明 で あ り、pyaiと 予 想 す れ ば そ れ ば 確 か に左 肩 にe点 が あ り、 字 上 に も う 一 つ のe点 は見 え る、 従 つてe点 が 二 つ で 「ai」に ちが い ない けれ ど も、rukminyaiと ば、 お そ ら く余 程 の 知 識 ・素 養 が な けれ ば 読 め ない で あ ろ う。 お そ ら く何 等 の 予 想 もな く

これ を 読 め ば、 とて もrukmipyaiと は見 当 もつ くまい、特 に 次 語vajra-hemaの 部 分 が、 貝 葉 が 損 傷 して 居 って 写 真 で は 全 く見 え な いか らで あ る。

しか'しrukminyaiの 予 想 を 以 て見 れ ば、 「ru」も或 ばbhaに も見 え るが、ruに 違 い な く、「kmi」 もmの 部 分 は 一寸 無 理 だ が、kとiは 判 っ き り して い るか ら、kmiと す れ ば、 ま た一 方 の%yai」 もそ の積 りで よめ ばnyaiに ち が い な いか ら、S本 ば 「rukmipyai

と断 定 で き る。 そ こで 念 の た め、 更 に 疏 ・釈 を 当 つて み た ら、「疏 」 はrug-lni、 「釈 」 はrug-maと あ り、 共 に 「khyab-hjuggyi(即 ち ‘昆紐 天 の’)妃 」 と してい る。 而 も 自 用 の 疏 に ば 自分 で 「henlavatiに 当 るか?」 と鉛 筆 で 書 き こん で あ り、 釈 に は 「本 文 では gser-ldau-ma」 と、 自分 で書 き込 みを して い るの で あ る。何 と も うか つ な事 で 我 な が ら、 あ き れて 物 が 言 え ない。 全 く私 の 不 注意 の致 す と こ ろで、 ロー マ字 本 の読 者 にば 陳 謝 の 外 は ない。 実 は ロー マ 字 本 の の 「ば しが き」で述 べ て あ る よ うに、Tucciの 梵 本 は 写 本 の ま ま で 公 刊 され て い な い し、 ロー マ字 本 の 目的 ば 資 料 提 供が 第一 の 目的 で あ り、 そ の 当 時 の現 段 階 で、 私 が 一 応 読 解 した 範 囲 で註 を した り、 欠 文 を 補 って あ るが、 決 して 「定 本 」 だ と い う訳 で な く、不 完 全で も一 応 公 刊 して広 く一 般 の人 々 の研 究 の 土 俵 を 作 るのが 先決 で あ って、 詳 細 な研 究や 考 証、 乃 至 訂 正 ば い つ で も後 でゆ っ くり 出来 る とい う事 で あ った。 そ ん な事 で面 倒 な、 う るさ い 照 合 ば 後 で ゆ っ くりと の 考 え が 先 に立 ち、 折 角、 疏 ・釈 に rug-mna乃 至rug-miと、Skt.が 出 て い るに 拘 らず、 うか つ に も、 それ を 見 過 ごす こ と に な つた の で あ る。 幸 いSnellgrove本 のお 蔭 で、 気 が つ き、 訂正 す るこ とが 出来 た の は、 何 と言 って も うれ しい。 (16)同 じ く §761のSasthyaiは、Tib.にdrug-ldan-lna,Ch,に 「沙 琶恥 天 后 」 と あ るの で、Dasに 出 す 対 応Skt.:「sasthi」 をDat.の 形 に して 欠 文を 補 った が、 い まS本 に も、 ち ゃん とsasthyaiと あ るの で、 これ は 元来 確 認 事項 で あ つて 訂正 事 項 で ない が、 先 に㈲ の所 で も述 べ た よ うに先 に ロー マ字 本 でば、SasthyaiのSaを 誤 ってSasthyaiと して 仕 舞iつた の で、 そ の誤 植 の憂 を い ま序 に訂 正 させ て 貰 う次 第 で あ る。 (17)・§770は、T本 で は書 き落 した こ と さえ 気 付 い て い な い ので、T本 にば 欠 文 の 空 白 ば な いが、Tib.,Ch.等 に依 って、 私 が 全 文 補 った 箇所 で あ る。 い まs本 を 見 る と、 訂 正 を 要 す るの ば、 まず 第 ≡ に 題 王勢ai -であむる。 (1)santyai→Sivayaiに 改 め る臥 先 に ば、 註*3)に 挙 げ た よ うに、Tib.:shi-ba-ma; Ch.:寂 静 母 天 」 に 依 って、 語 意 の上 か らsanti(f.)を 考 え、そ のDat.の 形 でsantyai と した。 しか し、い まS本 を 見 る と、sivayaiに な って い るの で、SantyaiをSivayai に 改 め た い。santl,sivaは、 単 に言 葉 の 上 か らの み は 同 等 で あ るが、santiの 語 は私 が 勝手 に 付 けた もの で あ り、 既 にS本 にsivayaiと あ る以 上、sivaを と るの が 当 り 前 で あ ろ う。 (2)第2句 腿jra-vega→vega-vajripiに 改 め る。 前 後 の灌 頂 名 が 多 くはvajra-∼と 成 悉 曇 の 金 剛 頂 経 梵 本 に つ い て

参照

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『サンスクリット文法』 (岩波書店〈岩波全書〉、 1974、のち新装版 ) 、および『サンス クリット読本』 (春秋社, 1975

          ITEC INTERNATIONAL 株式会社. 型名

注1) 本は再版にあたって新たに写本を参照してはいないが、

(Sexual Orientation and Gender

○金本圭一朗氏

例えば、CH 4 について活動ごとの排出量が、工場廃水の処理:10.2 tCH 4 、廃棄物の 焼却:205 tCH 4 である場合、CH 4 の排出量は合算して 215.2 tCH

既存設備を最大限に活用することによる空き容量の確保 発電抑制装置の設置 0.2 0.1 ノンファーム型接続への対応 0.8 1.8