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密教研究 Vol. 1943 No. 84 001小林 太市郎「童子經法及び童子經曼荼羅 P1-56」

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一、 ﹃ 護 諸 童 子 経 ﹄ の 所 説 二、 ﹃ 童 子 輕 念 諦 法 ﹄ の 所 説 闘二、 帆文 那 に 於 け る 灘 の 古 俗 と 童 子 縫 法 四、 本 朝 の十 五 童 子 供 五、 童 子 輕 曼 茶 羅 の 第 一 類 及 び 第 二 類 六、 其 の 第 三 類 -三 井 寺 易 産 生 曼 茶 羅 七、 其 の 第 四 類 -地 獄 草 紙 の 童 子 経 絃 一 子 の 生 ま る べ き 條 件 が 一 慮 み な 具 備 さ れ て 子 の 生 ま れ な い の は、 悪 鬼 が 障 碍 を な し て そ れ を 妨 ぐ る 故 で あ る と 古 人 は 考 へ た。 勿 て 子 を 求 む る に は 帥 ち 子 な き 原 因 を 除 去 し な け れ ば な ら な い。 若 し 悪 鬼 を し て そ の 害 を な さ し め な い や う な 手 段 を 講 す る な ら ば、 安 ら か に 子 は 産 ま れ る と い ふ の が 昔 の 人 の 推 理 で あ つ た。 往 古 に 於 け る 求 嗣 な い し 安 産 の 所 薦 は す べ て 斯 か る 思 想 に 基 い て な さ れ た の で あ る。 そ れ は 善 神 の 慈 悲 に 継 つ て 子 を 求 め る と い ふ や う な 穏 和 な こ と で は な く、 却 つ て 悪 神 の 暴 虐 を 一 時 麻 痺 さ せ よ う と す る 必 死 の 努 力 か、 或 は 諸 天 諸 菩 薩 の 烈 威 に よ つ て 悪 鬼 を 擢 破 し よ う と す る 彊 襲 の 手 段 に 外 な ら な か つ た の で あ る。 尤 も こ れ は 求 子 安 産 の 所 に 限 つ た こ と で は な い。 そ も そ も 所 疇 と い ふ も の が、 も と 斯 か る 防 衛 敢 闘 の 精 神 に 深 く 根 ざ し て 獲 達 し た の で あ る。 故 に そ の 原 始 の 意 義 に 於 て は、 あ ら ゆ る 所 疇 は 懇 願 よ り も 寧 ろ 懐 柔 と 制 御 と を 目 的 と す る と 考 へ ら れ ゐ が、 悪 神 を 童 子 輕 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 一

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童 子 纏 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 二 制 す る た め に 善 神 に 所 る と い ふ こ と は、 實 は さ ほ ど 緊 急 で は な い。 善 神 は 常 に 人 の 味 方 ゆ ゑ、 所 ら す と て も 人 は そ の 加 護 を 受 く る。 之 に 反 し て 悪 神 の 懐 柔 は 多 く 焦 眉 の 急 に 迫 る か ら、 人 は そ の 爲 に 全 力 を 鑑 さ ね ば な ら ぬ。 伍 て 本 來 は 善 神 よ り も 寧 ろ 悪 神 が 所 疇 の 謝 象 と な り 型 供 養 さ れ る こ と が 多 い。 併 し 斯 く 所 ら れ て ゐ る う ち に、 悪 神 も そ の 悪 意 を 輌 捨 て ﹄ 善 神 ど な る。 制 御 懐 柔 に 代 ふ る に 懇 願 を 以 て す る 方 が、 紳 の 爲 に も 人 の た め に も 名 巻 で あ る と い ふ 思 想 が 鮭 會 の う ち に 擾 頭 す る に つ れ で、 漸 く 斯 や う の 攣 化 が 起 つ て 來 る。 即 ち 求 子 の 神 に 就 て 言 へ ば、 子 を 奪 ふ 神、 或 鳳 子 の 産 ま る る を 妨 ぐ る 紳 が、 一 轄 し て そ れ を 逡 與 し、 そ れ を 保 護 す る 神 と な る に 到 る の で あ る。 佛 教 諸 紳 の う ち、 そ の 本 職 と し て 求 子 の 所 を 受 く る の は 詞 利 帝 す な は ち 鬼 子 母 を 以 て 第 一 と す る。 然 る に も と 此 の 藥 叉 女 は、 實 は 人 の 子 を 取 敷 ふ 悪 鬼 の 首 魁 で あ つ た。 今 も ネ パ ー ル に 於 て は、 こ の 鬼 女 は 猛 烈 な 痘 瘡 の 厄 神 と し て 畏 (1) 怖 さ れ て ゐ る。 そ れ が 恰 も い ま 言 つ た や う な 推 移 を 辿 つ て、 途 に そ の 本 來 の 性 質 と は 全 く 反 樹 の 逸 子 神 と な つ た の で (2) あ る。 さ て 詞 利 帝 に 就 て は、 私 は 曾 て 些 か 考 謹 し た こ と が あ る。 循 て 蕪 に は、 往 昔 の 安 産 の 所 に 於 て 詞 利 帝 法 と 共 に 常 に 修 せ ら れ た 童 子 維 法 に 就 て、 拉 に そ の 曼 茶 羅 の 圖 像 に 就 て、 少 し 所 見 を 述 べ て 前 の 研 究 を 補 つ て 置 き た い。 (3) 童 子 経 法 の 依 擦 す る 維 典 は、 人 も 知 る 如 く 菩 提 流 支 繹 の ﹃ 佛 読 護 諸 童 子 陀 羅 尼 経 ﹄ で あ る。 そ れ に よ れ ば、 如 來 初 成 正 畳 の 時 に、 一 大 梵 天 王 が 佛 所 に 來 詣 し て、 左 の 言 を な し た。 有 藥 叉 羅 刹。 常 喜 轍 人 胎。 非 人 王 境 界。 強 力 所 不 制。 能 令 人 無 子。 傷 害 於 胞 胎。 男 女 交 會 時。 使 其 意 迷 齪。 懐 任 不 成 熟。 或 歌 羅 安 浮。 無 子 以 傷 胎。 及 生 時 奪 命。 皆 是 諸 悪 鬼。 爲 其 作 嬬 害。 我 今 読 彼 名。 願 佛 嘉 我 読。 な さ う し て 斯 く 懐 妊 を 成 就 せ し め す 或 は 又 生 時 に 子 の 命 を 奪 ふ + 五 鬼 の 名 構 と、 そ の 一 一 の 形 歌 と、 蛇 に そ の 作 す 所 の

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害 と を こ の 梵 天 王 が 読 い た と い ふ の で あ る が、 そ の 所 論 を 表 示 す れ ば 左 の 如 く な る。 1 彌 酬 迦 如 牛 著 小 見 眼 晴 廻 韓。 2 彌 迦、 王 如 師 子 著 小 兄 激 嘔 数 吐。 3 審 陀 如 鳩 魔 羅 天 著 小 児 爾 肩 動。 4 阿 波 悉 魔 羅 如 野 狐 著 小 見 口 申 沫 出。 5 牟 致 迩 如 禰 猴 著 小 見 把 拳 不 展。 6 魔 致 迦 如 羅 刹 女 著 小 兇 自 鶴 其 舌。 7 閻 繭 迦 如 馬 訥 著 小 見 喜 哺 喜 嘆。 8 迦 彌 尼 如 婦 女 著 小 見 樂 喜 著 女 人。 9 梨 波 域 如 狗 著 小 兇 見 種 種 雑 相。 10 富 多 那 ・ 如 猪 著 小 見 眠 中 驚 怖 哺 笑。 11 曼 多 難 提 如 猫 し 子 著 小 児 喜 暗 喜 険。 12 金 究 力 尼 如 鳥 著 小 児 不 肯 飲 乳。 13 健 託 波 尼 ・ 偽 如 維 著 小 兇 咽 喉 聲 塞。 14 降 怯 曼 茶 如 薫 狐 著 小 兇 時 氣 熟 病 下 痢。 15 藍 婆、 如 蛇 著 小 児 数 慮 籔 犠。 す べ て こ れ ら 諸 鬼 拡 當 時 西 域 に 於 て 隙 れ な き 悪 鬼 で あ つ た ら し く、 ﹃ 護 諸 童 子 経 ﹄ の 外 に も、 往 往 に し て 諸 書 の う ち に 童 子 輕 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 三

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童 子 経 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 四 そ の 名 を 現 は し て ゐ る。 例 へ ば 般 若 研 掲 羅 繹 ﹃ 摩 詞 吠 室 羅 未 那 聾 提 喝 羅 閣 陀 羅 尼 儀 執 ﹄ に 毘 沙 門 天 の 形 像 を 読 い て、 ﹁ 脚 下 踏 三 夜 叉 鬼。 ⋮⋮左 邊 名 尼 藍 婆。 右 邊 名 毘 藍 婆 っ ﹂ と い ふ 尼 藍 婆 及 び 毘 藍 婆 が、 蕪 に 見 ゆ る 藍 婆 の 分 身 た る こ と は 察 'す る に 難 く な い。 然 る に 殊 に 興 味 深 き は、 ﹁ 大 明 成 化十 六 年 正 月十 五 日 施 ﹂ の 書 後 の あ る ﹃ 佛 読 金 輪 佛 頂 大 威 徳 熾 盛 光 (4) 如 來 陀 羅 尼 維 ﹄ 諸 尊 圖 會 の 中 に、 こ れ ら十 五 鬼 の う ち の 少 な く と も 七 鬼 ま で が、 ま た そ の 名 を 列 し て ゐ る こ と で あ る。 し か も 諸 種 の 童 子 経 曼 茶 羅 に 於 て十 五 鬼 の 獣 形 の も の は 皆 全 く 獣 形 に 書 か れ た る に 反 し て、 こ の 諸 奪 圖 會 に 見 ゆ る も の は す べ て 獣 面 人 身 に 現 は さ れ て 居 む、 そ の 古 致 あ る 圖 檬 の 生 成 も 成 化 よ り は 遙 か に 湖 る ら し く、 比 較 の た め に 恰 も 好 き 資 料 を な す。 勿 て 爾 者 に 於 て ほ ゞ 一 致 す る 諸 鬼 の 名 稽 を 左 に 掲 け て 置 か う。 尤 も そ の 一 一 の 形 状 に 就 て は 二、 者 の 所 読 に 異 同 が あ る が、 そ れ は も と よ り 個 性 の 甚 だ 明 確 で な い 鬼 類 に 關 す る こ と と て 止 む を 得 な い。 護 諸 童 子 維 3 審 陀 如 鳩 魔 羅 天 4 阿 波 悉 魔 羅 如 野 狐 9 梨 波 蟻 如 狗 11 曼 多 難 提 如 猫 子 12 舎 究 尼 如 鳥 13 健 託 波 尼 如 雄 15 藍 婆 如 蛇 熾 盛 光 佛 頂 陀 羅 尼 圖 會 悉 乾 度 掲 羅 詞 鳩 摩 羅 童 天 子 阿 播 悉 摩 羅 掲 羅 詞 羊 頭 鬼 剛 佛 帝 掲 羅 詞 如 狗 総 小 鬼 姥 陀 羅 難 地 迦 掲 羅 詞 如 猫 鬼 舎 倶 尼 揚 羅 詞 ・ 如 馬 鬼 乾 岬度 波 尼 掲 羅 詞 如 難 鬼 阿 藍 波 掲 羅 詞 如 馳 鬼 之 に よ つ て ﹃ 童 子 経 ﹄ の十 五 鬼 が す べ て 輩 に 假 室 な る 者 で は な く、 或 地 方 に 於 て 實 際 に 怖 ら れ て ゐ た 悪 鬼 な る こ と が 察 せ ち れ る。 防 て 童 子 の 成 胎 出 産 の 爲 に、 護 諸 童 子 陀 羅 尼 を 踊 す る こ と 一 百 八 遍、 そ の 一 遍 毎 に 五 色 艇 を 結 ぶ こ と 一 百

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八 結 に し て、 以 て こ れ ら十 五 鬼 を 呪 縛 す る と い ふ の が 帥 ち 童 子 経 法 の 本 旨 と な る。 然 る に こ れ ら 鬼 熊 の 上 首 に は、 栴 壇 乾 閣 婆 と い ふ 大 鬼 神 王 が 居 る。 そ れ で 特 に こ の 王 に 封 し て は 究 縛 を 用 ひ す、 種 種 美 味 飲 食 香 華 燈 明 並 に 乳 粥 等 を 以 て 供 養 す る。 印 ち 之 を 懐 柔 す る と い ふ 手 段 に 出 つ る の で あ る。 -復 有 大 鬼 紳 王。 名 栴 壇 乾 關 婆。 於 諸 鬼 神。 最 爲 上 首。 當 爲 五 色 艇。 諦 此 陀 羅 尼。 一 遍 一 結。 作 一 百 八 結。 井 書 其 鬼 神 名 字。 使 人 齎 此 書 艇。 語 彼 使 言。 汝 今 疾 去 急 速。 如 風 到 於 四 方。 随 彼十 五 鬼 神 所 住 之 虚。 與 栴 檀 乾 開 婆 大 鬼 神 王。 令 以 五 色 線。 縛 彼 鬼 神。 勿 饒 衆 生。 兼 以 種 種 美 味 飲 食 香 華 燈 明。 及 以 乳 粥。 供 養 神 王。 (5) 叢 に ﹁ 五 色 線 を 以 て 彼 の 鬼 神 を 縛 し 衆 生 を 嬌 す る こ と 勿 ら し む ﹂ と あ る が、 わ が 干 安 朝 に 密 家 の ち に 行 は れ た ﹃ 童 子 (6) 経 ﹄ に は、 こ の 五 色 線 を 五 縛 に 作 れ る 者 が あ り、 其 庭 か ら十 五 鬼 の 縛 ら れ 方 に 就 て ︼ の 秘 読 を 生 じ た。 印 ち ﹃ 畳 暉 砂 ﹄ ( 童 子 経 法 ) に は 之 を 左 の や う に 読 明 し て ゐ る。 恵 什 云。 童 子 経 中。 以 五 縛 こ 鬼 神 文 何 事 乎。 答。 是 由 児 力 故。 鬼 神 之 五 所 可 蒙 縛 義 也。 謂 左 右 手 足 井 頭 也。 配 此 五 所 去 五 縛 也。 弐 き 是 秘 説 也。 斯 か る 縛 法 は と に も か く に も と し て、 こ れ に よ つ て 観 れ ば ﹃十 雀 紗 ﹄ を 撰 せ る 勝 定 房 恵 什 所 持 の ﹃ 童 子 経 ﹄ が、 こ の ﹁ 五 色 線 ﹂ を や は り ﹁ 五 縛 ﹂ に 作 れ る こ と は 明 ら か で あ る。 ま た 心 畳 の ﹃ 別 尊 雑 記 ﹄( 童 子 経 ) に 採 録 せ る ﹃ 童 子 経 ﹄ も 之 を ﹁ 五 縛 ﹂ と 記 し て ゐ る。 然 る に 澄 圓 の ﹃ 白 寳 抄 ﹄ ( 童 子 経 書 爲 作 法 雑 集 ) に は 所 謂 五 縛 の 秘 読 を 掲 け な が ら も、 そ れ に 綾 い て ﹁ 唐 本 経 云。 令 以 五 繰 線。 縛 彼 鬼 紳 文 ﹂ と 述 べ、 以 て 之 に 就 て 多 少 疑 を 存 す る の 意 を 示 し て ゐ る。 更 に 亮 灘 の ﹃ 白 寳 口 紗 ﹄ (十 五 童 子 供 作 法 ) に な る と、 諸 本 を 集 め て 校 合 し た 塵、 す べ て ﹁ 五 色 線 ﹂ 若 し く は ﹁ 五 線 線 ﹂ と あ り、 ﹁ 五 縛 ﹂ に 作 れ る 者 を 見 な い と 記 し て、 寧 ろ 疑 惑 の 態 度 を 灰 め か し て ゐ る。 童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 五

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童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 六 今 相 傳 所 待 童 子 経。 以 五 色 線。 縛 彼 鬼 紳 云 ゝ。 不 審 庭。 集 諸 本 校 合 之 虚。 皆 以 如 此。 或 唐 本 経 云。 令 以 五 練 線。 縛 彼 鬼 紳 文 都 不 見 五 縛。 若 恵 什 等 本 爲 誤 鰍。 蓉 ゝ。 こ れ は 勿 論 ﹁ 五 色 (線 )線 ﹂ と あ る の が 正 し い が、 或 一 流 の 秘 義 と し て 之 を ﹁ 五 縛 ﹂ に 改 め た と い ふ こ と も ま た 理 解 し 難 く は な い。 併 し 亮 輝 が 校 合 の 結 果 に よ り ﹁ 恵 什 等 の 本 の 爲 誤 か ﹂ と 記 せ る は、 そ の 謂 は ば 批 判 的 な 探 求 の 態 度 を 賞 さ れ て 宜 い。 さ て 経 文 の 綾 き に は、 大 梵 天 王 が ま た 佛 に 日 ふ と し て、 次 に こ の 修 法 の 数 験 蚊 に そ の 作 法 の 概 要 が 読 か れ て ゐ る ゆ 世 尊。 若 有 女 人。 不 生 男 女。 或 在 胎 中。 失 壊 堕 落。 或 生 已 奪 命。 此 諸 女 等。 欲 求 子 息。 保 命 長 壽 者。 常 當 繋 念。 修 行 善 法。 於 月 八 日十 五 日。 受 持 八 戒。 清 澤 洗 浴。 著 新 澤 衣。 禮十 方 佛。 至 於 中 夜。 取 少 芥 子。 置 己 頂 上。 諦 我 所 読 陀 羅 尼 呪 者。 令 此 女 人。 翻 得 如 願。 所 生 童 子。 安 穏 無 患 鵡 鑑 其 形 壽. 絡 不 中 天。 若 有 鬼 神。 不 順 我 呪 者。 我 當 令 其 頭 破 作 七 分。 如 阿 梨 樹 枝。 鄙 読 護 諸 童 子 陀 羅 尼。 す な は ち 諸 女 人 の 子 息 な く し て 之 を 欲 求 す る 者 は、 月 の 八 日 及 び十 五 日 に 洗 浴 し て、 そ の 身 膣 を 清 浮 に し、 夜 中 に 少 芥 子 を 頭 上 に 置 て、 護 諸 童 子 陀 羅 尼 を 請 す る な ら ば、 願 の 如 く に 子 を 産 ん で、 且 つ そ の 子 の 無 病 息 災 長 壽 な る を 得 よ う。 若 し 此 の 呪 に 順 は な い 鬼 紳 が あ る な ら ば、 我 す な は ち 大 梵 天 王 は 彼 の 頭 を 七 つ 割 に 擢 破 し よ う と 云 ふ の で あ る。 然 る に 藪 に 注 意 す べ き は、 此 の 経 の 主 役 が 實 に 大 梵 天 王 で あ つ て、 栴 償 乾 達 婆 は 子 を 與 ふ る 神 と し て も、 又 は十 五 悪 鬼 を 征 伐 す る 者 と し て さ へ も 説 か れ て ゐ な い こ と で あ る。 ﹁若 し 鬼 神 あ つ て 我 兄 に 順 は ざ 牡 ん に は、 我 は ま さ に そ の 頭 を 七 分 に 破 し て 阿 梨 樹 の 如 く に な さ し め ん ﹂ と い ふ 者 は、 梵 天 王 で あ つ て、 決 し て 栴 檀 乾 闊 婆 で は な じ。 そ の 隷 下 な る 十 五 鬼 の 被 縛 を 妨 害 し な い や う に、 美 味 飲 食 を 以 て 供 養 懐 柔 さ れ る 者 と し て の み、 こ の 乾 閾 婆 は 藪 に 上 場 し て ゐ

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る の で あ る。 そ れ が 後 に 准 る と、 却 つ て 栴 壇 乾 閣 婆 が 梵 天 王 の 役 を す る と 考 へ ら れ る や う に な る。 さ う し て 斯 か る 信 仰 の 推 移 は、 童 子 経 曼 茶 羅 の 圖 様 の 攣 化 の う ち に、 最 も 明 白 に 且 つ 興 味 深 く 示 さ れ て ゐ る の で あ る。 し か し そ れ に 就 て は ま た 後 に 読 か う。 二 (7) 猴 ほ ﹃ 童 子 輕 ﹄ の 作 法 に 就 て は、 善 無 畏 の 課 と 稻 す る ﹃ 童 子 経 念 諦 法 ﹄ の 中 に 更 に 詳 し い 記 述 が あ る。 是 は わ が 干 治 元 年 八 月 八 肩 に、 四 條 壇 所 に 於 て ﹁書 了 交 (校 歎 ) 了 ﹂ し た と い ふ 興 然 の 奥 書 の あ る 東 寺 三 密 藏 本 を 以 て 今 に 傳 へ ら れ て ゐ る が、 そ れ は 恐 ら く 完 本 で な い ら し く、 こ 爾 時 大 園 天 王 白 佛 言。 世 尊。 若 有 女 人。 ﹂ の 句 を 以 て 始 ま ゐ。 さ う し て 以 下、 い ま 引 い た ﹃ 護 諸 童 子 経 ﹄ の 所 読 を 著 し く 壌 補 せ る 作 法 の 詳 細 が 記 さ れ て ゐ る。 そ の う ち 殊 に 注 目 に 便 す る の は 左 の 諸 黙 で あ る。 一、 女 人 の 子 を 欲 す る 者 は 月 の 八 日 及 び十 五 日 の 農 朝 時 に 起 床 し て、 東 方 に 向 つ て 圓 笹 を 作 り、 盛 満 せ る 香 花 燈 明 闘 伽 等 を 硬 上 に 置 て、 此 の 経 を 書 爲 し 型 而 る 後 浮 室 に 於 て 此 の 法 を 修 す る と い ふ こ と。 こ れ は 左 の や う に 読 か れ て ゐ る。 農 朝 時 起。 ⋮⋮向 東 方 作 圓 壇。 盛 満 香 花 燈 明 関 伽 等 置 壇 上。 書 爲 此 経。 而 後 於 浮 室 修 此 法。 斯 く 東 方 に 向 つ て ﹃ 童 子 経 ﹄を 書 爲 す る と い ふ の は、 そ れ が 此 の 修 法 の 本 質 的 な 方 角 を な す 故 で あ る。 そ の 事 は 例 へ ば ﹃ 畳 暉 紗 ﹄ に 載 す る 或 傳 に 左 の や フ に 読 明 さ れ て ゐ る。 或 傳 云。 於 持 佛 堂。 懸十 五 童 子 曼 茶 羅。 於 其 前。 向 東 方 書 之。 東 方 増 釜 方。 又 延 命 方 也。 又 藥 師 方 也。 檀 波 羅 密 方 童 子 纒 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 七

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童 子 経 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 八 也。 璽 釜 延 命 は い つ れ も 安 産 息 災 と 不 離 の も の で、 さ う し て 藥 師 も ま た 之 と 深 く 縁 が あ る。 た と へ ば 本 朝 の 昔 に 於 て 御 産 (8) の 所 の た め に、 詞 利 帝十 五 童 子 供 と 共 に 或 は 叉 別 箇 に、 屡 こ 七 佛 藥 師 法 が 修 せ ら れ て ゐ る。 更 に 畳 暉 の 引 く 渤 修 寺 傳 よ の 所 読 に は、 兇 の 佳 所 の 東 に 生 え 允 桑 の 木 の 東 に 差 せ る 枝 を 取 つ て 細 か く 剋 い て、 之 を こ の 爲 経 の 硯 の 水 に 入 れ る と あ る。 兇 之 佳 所 東 生 桑 木 東 差 枝 取 細 剋 入 硯 水 云 々。 猫 ほ 心 畳 の 録 せ る 成 蓮 房 象 意 の ﹃ 次 第 ﹄ な い し は 畳 輝 の 記 す 石 山 傳 等 に よ れ ば、 経 書 爲 の 前 に 東 方 に 向 つ て 栴 檀 乾 閣 婆 の 名 を 百 遍 と な へ、 次 に十 五 鬼 神 の 名 を 各 七 遍 唱 へ る と 云 ふ。 こ れ は 恐 ら く 彼 等 に よ く 聞 え る や う に、 東 方 に 向 つ て (9) 獲 聲 し た の で あ あ う。 佛 数 紳 話 に 於 て は、 乾 閣 婆 衆 は 東 方 持 國 天 王 の 蘇 下 に 属 す る の で あ る。 い つ れ に し で も 東 方 は 斯 く 童 子 経 法 に 君 臨 す る の で あ る が、 そ れ に 就 て 想 起 さ る ゝ の は、 支 那 古 來 の 東 方 に 關 す る 思 想 で あ る。 た と へ ば 秦 (10) の 博 士 伏 生 の 読 を 漢 世 に 記 録 せ る ﹃ 術 書 大 傳 ﹄ に は、 左 の 如 き 論 が あ る。 東 方 者 何 也。 動 方 也。 物 之 動 也。 何 以 謂 之 春。 春 出 也。 故 謂。 東 方、 春 也。 印 ち 東 方 は 物 の 動 き 出 つ る 方 角、 萬 物 の 獲 生 す る 方 角 に し て 春 に 當 た る と 考 へ ら れ た の で あ る が、 こ れ は 童 子 経 法 の 意 と 全 く 合 致 す る。 佛 数 の 修 法 が 支 那 思 想 に 影 響 さ れ た と は 遽 に 断 定 し 得 ぬ と し て も、 少 な く と も 此 の 思 想 が 彼 の 修 (11) 法 を 支 那 に 受 容 れ ら れ 易 く し た と い ふ こ と は 想 像 さ れ る の で あ る。 二、 童 子 経 曼 茶 羅 の 構 圖 を 読 け る こ と。 そ れ は 内 院 と 外 院 と に 溌 た れ、 内 院 に 梵 天 及 び 乾 閣 婆 を、 外 院 に十 五 鬼 神 を 現 は す。

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次 作 書 曼 茶 羅 っ 内 院 内 書 大 梵 天 王。 栴 檀 乾 閣 婆 大 鬼 神 宙。 外 院 一書十 五 鬼 神 形 像。 ﹃ 童 子 維 ﹄ 及 び ﹃ 童 子 経 念 諦 法 ﹄ の 所 読 に 随 へ ば、 そ の 曼 茶 羅 は 當 然 か く 構 成 さ れ ね ば な ら ぬ。 併 し 本 朝 の 圖 像 諸 抄 に 採 録 せ る 童 子 経 曼 茶 羅 に は こ の 圖 檬 の 者 は 絶 え て な い。 先 づ そ れ ら に 於 て は 内 院 と 外 院 と が 明 確 に 匠 別 さ れ て ゐ な い。 方 形 或 は 稀 に 圓 形 の 周 邊 に十 五 童 子 を 現 は し、 中 央 に 栴 檀 乾 閣 婆 等 を 圖 せ る 者 は こ 三 あ る が、 斯 の 種 の 曼 茶 羅 に 於 て も、 中 央 に 梵 天 王 と こ の 乾 闊 婆 王 と を 書 け る 者 は 一 も 存 し な い。 其 慮 に は 之 に 不 動 を 加 へ た る 三 位、 又 は 不 動 と 乾 閣 (12) 婆 王、 又 は 乾 閣 婆 王 の み が 常 に 現 は さ れ て ゐ る の で あ る。 た と へ ば ﹃ 別 尊 雑 記 ﹄ の 裏 書 に 追 加 せ ら れ た る 三 井 寺 法 輪 院 本 の 唐 本 童 子 経 曼 茶 羅 は、 圓 形 の 周 邊 に十 五 童 子 を、 而 し て 中 央 に 不 動、 梵 天、 及 び 栴 檀 乾 閣 婆 の 三 位 を 配 し て ゐ る。 然 る に 注 意 す べ き は、 斯 の 圖 に 於 て 不 動 を 除 く 他 の十 七 位 が す べ て 種 子 と そ の 名 字 の 頭 字 と を 以 て 現 は さ れ た る に 拘 ら す に、 不 動 の み は 唯 だ 種 子 を 以 て 示 さ れ た る こ と で あ る。 或 は 原 本 の 唐 本 に は 不 動 が 存 し な か つ た の で な か ら フ カ 三、 大 梵 天 王 が 陀 羅 尼 を 読 け る 時、 栴 壇 乾 閣 婆 井 に十 五 鬼 神 等 が 皆 來 集 し て 五 髄 投 地 し、 悪 心 を 捨 て て 此 の 陀 羅 尼 及 び 童 子 を 護 ら ん と 誓 つ た こ と。 爾 時 栴 檀 乾 闊 婆 大 鬼 王。 井十 五 大 鬼 神。 神 舐 冥 道。 皆 來 集 五 禮 投 地。 白 大 梵 王 言。 我 等 皆 捨 悪 心。 護 此 陀 羅 尼 井 童 子。 印 ち 之 に よ れ ば、 栴 檀 乾 閣 婆 が 捨 つ る べ き 悪 心 を 持 つ て ゐ た こ と は 明 ら か で、 彼 が十 五 鬼 の 首 魁 と し て、 諸 童 子 を 悩 ま す 猛 威 を 振 つ た こ と は 紛 る べ く も な い。 併 し 梵 王 の 陀 羅 尼 に 折 縛 さ れ て 既 に 悪 心 を 捨 て た 以 上、 向 後 は 却 つ て 積 極 的 に 諸 童 子 を 守 護 し よ う と い ふ の で あ る。 こ れ は 子 を 奪 ふ 厄 神 よ り 一 攣 し て、 逆 に そ れ を 與 ふ る 善 神 と な つ た 詞 利 帝 童 子 経 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 九

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童 子 経 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 一 〇 (13) の 韓 向 と そ の 軌 を 一 に す る。 斯 か る 信 仰 の 推 移 に よ り、十 五 鬼 を 縛 し て 坐 せ る 栴 壇 乾 閣 婆 を 申 奪 に し た 童 子 経 曼 茶 羅 な ど も 作 ら れ た の で あ る。 西、 護 諸 童 子 陀 羅 尼 を 梵 天 及 び 帝 繹 天 の 共 有 と 記 せ る こ と。 印 ち ﹁ 爾 時 大 梵 天 帝 繹 天 白 佛 言。 我 有 護 諸 童 子 陀 羅 尼。 名 長 壽 延 命 陀 羅 尼。 ﹂ と 見 え る。 五、 勧 請十 五 鬼 紳 究 及 び 召 講十 五 鬼 紳 究 の 次 に 梵 王 が 飽 満 食十 五 鬼 神 兇 を 読 け る こ と。 詞 利 帝 の 五 子 九 子 乃 至 五 百 (14) 子 は 磯 え て 人 を 取 轍 ふ の で、 之 に 封 し て は 必 す 盛 食 を 供 へ る ゆ 栴 壇 乾 閣 婆 の十 五 鬼 に 樹 し て も 之 に 異 な ら ぬ こ と を 注 意 す べ き で あ る。 ﹃ 阿 蕎 抄 ﹄ (童 羅 法 ) に は 阿 彌 陀 房 阿 閣 梨 讐 と し 三十 五 轟。 詞 利 底 母 吾 子 中。 尤 傷 害 小 見 ニ 者 是 也。 云 々 ﹂ と い ふ 読 を 掲 ぴ、 ま た そ の 詞 利 帝 母 の 雀 に は、 穴 太 流 の 組 大 慈 房 聖 昭 の 傳 と し て ﹁ 又 先 徳 読 童 子 維十 五 童 子 詞 利 帝 人 中 子 申十 五 也。 勿 可 加 供。 ﹂ と 記 し て ゐ る。 伍 て 台 密 に 於 て は、 古 く か ら ﹃ 童 子 経 ﹄ の十 五 鬼 を 以 て 詞 利 ぎ 帝 の 子 と 爲 す 傳 の あ つ た こ と が 知 ら れ る。 而 し て 所 疇 の 實 際 に 於 て も、 殊 に 卒 安 朝 の 末 期 以 來、 本 朝 で は 詞 利 帝 供 に十 五 童 子 供 を 併 用 す る の が 脅 で あ つ た。 そ の 諸 例 は、 後 に わ が 國 に 於 け る 童 子 経 法 の 澹 革 葱 略 叙 す る 際 に 掲 出 し よ う。 斯 や う に 少 な く と も 本 邦 に て は、 乾 閣 婆 衆 な る十 五 鬼 が 詞 利 帝 の 子 の う ち で あ る と 信 ぜ ら れ た こ と が あ の、 ま た 詞 利 帝 供 に 附 随 し て十 五 童 子 供 も 勤 め ら れ た の で あ る。 併 し 藥 叉 女 詞 利 帝 と 藥 叉 大 將 牛 支 迦 と の 間 に 生 ま れ た 五 百 鬼 子 (15) 等 は、 勿 論 藥 叉 衆 で あ つ て 乾 闊 婆 衆 で は な い。 乾 閣 婆 の 十 五 鬼 が 東 方 持 國 天 を 主 と す る に 封 し て、 彼 等 は 北 方 多 聞 天 に 屡 す る の で あ る。 尤 も こ れ は 藥 叉 女 の 鬼 子 の う ち の 十 五 鬼 が 乾 閣 婆 衆 に 投 じ た と 考 ふ れ ば 濟 む わ け で、 敢 て 部 屡 の 差 異 に 拘 は る に も 當 ら ぬ で あ ら う。 六、 栴 檀 乾 閣 婆 の 名 號 井 に 経 中 の 陀 羅 尼 を 以 て 頸 に 繋 く る と い ふ こ と。 そ の 文 は 左 の 如 く で あ る。

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書 此 鬼 王 名 號。 井 経 中 陀 羅 尼。 以 五 色 誕。 呪 一 百 八 遍。 若 呪 二 + 一 返。 叉 呪 七 遍。 繋 頸 上。 こ れ は ﹃ 阿 婆 縛 抄 ﹄ に 次 の 如 く 詳 読 さ れ て ゐ る。 師 ち 行 法 畢 つ て 径 に 之 を 婦 女 の 頸 に 繋 け し め、 誕 生 の 後 に は、 之 を 小 見 の 頸 に 移 し 繋 け る と い ふ。 事 畢 後。 所 誰 暑 禰童 子 経 並 結 線 芥 子 等。 以 生 氣 色 絹 裏 之。 令 繋 婦 女 頸。 誕 生 之 後。 移 繋 小 兇 頸。 (16) 帖 決 云。 不 可 落 之 様 持 之 抄 而 し て 小 見 は + 五 歳 ま で 之 を 懸 く る 習 で あ つ た。 之 に 就 て 承 澄 は、 法 曼 流 の 組 相 實 法 印 の 左 の 読 を 引 い て ゐ る。 昔 母 堂 示 云。 古 人 云。 童 子 経 + 五 歳 可 懸 也 云 々。 成 人 後 問 諸 師。 知 人 無 之。 今 披 鳥 ス サ マ 経。 得 其 誰 文。 所 謂 易 産 一 具 文 也。 其 文 云。 若 毘 那 夜 迦 爲 病。 或 遭 鬼 媚。 或 年 十 穴 己 下 人。 諸 鬼 神 所 中 春。 治 之 差。 婦 人 過 月 不 生。 治 之 即 産 文。 十 六 已 下 者。 帥 千 五 也 云 々。 勿 て 台 密 の 童 子 経. 法 に 於 て は ﹃ 念 諦 法 ﹄ の 所 読 の 通 り に、 名 號 及 び 陀 羅 尼 を 以 て 婦 女 の 頸 に、 つ い で 小 兎 の 頸 に 懸 け し め た こ と が 判 る。 併 し 東 密 に 於 て は 如 何 で あ つ た ら う か。 魔 輝 は 大 師 記 を 引 い て、 ﹁ 件 経 百 八 結 糸 井 芥 子 等。 令 持 生 子 枕 方 者。 大 安 樂 吏 無 病 患。 世 俗 不 知 此 旨。 只 大 底 書 持 者 無 殊 瞼 ﹂ と 記 し、 ま た 顯 呆 云 と し て、 ﹁ 以 命 木 爲 軸。 生 年 色 紙 爲 表 紙。 同 色 絹 爲 袋。 向 玉 女 方 懸 之 蓉 々 ﹂ の 読 を 掲 ぐ る に 止 ま る。 然 る に ﹃ 白 寳 口 抄 ﹄ で は 次 の や う に 読 か れ て ゐ る。 以 生 歳 色 絹 爲 袋。 向 玉 女 方 令 懸 頸。 若 令 安 小 兇 之 枕 上 也。 七 歳 迄 持 之。 或 十 五 歳 以 後。 母 可 取 持 之 也。 若 懐 妊 之 時 書 爲 供 養。 産 生 以 前 母 持 之。 産 生 以 後 者 令 持 小 児 也。 併 し 玉 女 方 に 向 つ て 懸 く る と い ふ こ と と、 頸 に 懸 け し む 之 い ふ こ と と ば、 必 す し も 一 致 し な い 場 合 が あ る と 思 は れ る。 恐 ら く 當 時 普 通 に 行 は れ て ゐ た 轡 俗 に 合 は す た め に、 亮 暉 は ﹁ 之 ﹂ 字 を ﹁ 頸 ﹂ 字 に 改 め た の で な か ら う か、 猫 ほ 玉 女 童 子 纒 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 一 一

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童 子 輕 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 一 二 方 と い ふ の は、 陰 陽 家 に 於 て 用 ふ る 玉 女 法 に 關 聯 す る も の で、 こ の 玉 女 は 冥 道 中 に あ つ て 其 の 形 の 美 な る 故 に 諸 冥 衆 に 愛 樂 さ る る 者 で あ り、 彼 等 は 玉 女 を 愛 樂 す る に 依 つ て、 施 主 の 所 願 を 園 満 せ し む る と 読 か れ る。 勿 て 俗 家 に は 新 裁 衣 を 著 く る 時 に、 玉 女 方 に 向 つ て 之 を 着 る が、 こ の 玉 女 方 の 計 り 檬 は、 若 し 寅 の 日 な れ ば 逆 に 之 を 計 れ ば 第 五 で 戌 の 方 と な る、 順 に 計 れ ば 第 九 で 同 じ く 戌 の 方 と な る、 鯨 日 は 之 に 准 じ て 知 る べ し と 云 ふ ( ﹃ 阿 姿 縛 抄 ﹄ 玉 女 法 )。 ヲ 玉 女 者、 其 道 中 其 形 美 故。 諸 冥 衆 愛 樂 也。 防 彼 玉 女 依 愛 樂。 圓 満 施 主 所 願 給。 云 ゝ 委 何 神 云 事 不 知 之。 陰 陽 家 可 尋 問 之。 ニ ハ ヲ 叉 云。 俗 家 薪 裁 衣 著 時。 向 玉 女 方 著 之。 云 ゝ ナ レ ハ ユ レ ハ ニ レ ハ 叉 去。 玉 女 方 計 檬。 若 寅 日 逆 計 ン 之 第 五 戌 方 也。 順 計 第 九 同 戌 方 也。 鹸 日 准 知 之。 云 ゝ 尤 も こ の 玉 女 も 亦 實 は 邊 子 神 た る こ と は、 例 へ ば 宋 の 樂 史 が ﹃ 太 奉 簑 宇 記 ﹄ に 説 く 蜀 の 成 都 の 玉 女 祠 の 信 仰 を 見 て も 紛 れ な い。 そ れ は い つ れ に し て も、 後 世 ま で 婦 女 や 小 兇 の 頸 に 護 符 を 懸 く る こ と の 荷 は れ た の は、 こ の 童 子 経 法 の 意 の 逡 れ る も の と 解 さ れ る。 春 信 や 湖 龍 齋 の 錦 縮 に、 肌 ぬ い で 鏡 に 向 へ, る 婦 女 の 頸 に 守 袋 の 懸 か れ る が あ り、 歌 磨 が ﹃ 北 國 五 色 墨 ﹄ の 川 岸 見 世 の 娼 女 さ へ 之 を 頸 に か け て ゐ る が、 絡 師 は 恐 ら く 其 庭 に 多 少 の 譜 諺 の 意 を 寓 し た の で あ ら う。 以 上 は ﹃ 童 子 経 念 論 法 ﹄ 所 読 の う ち 注 意 す べ き 諸 黙 に 就 て、 本 朝 密 家 の 解 繹 を 参 考 に し つ ゝ、 些 か 注 解 を 試 み た の で あ る。 次 に は 斯 の 如 き 童 子 経 法 め 支 那 に 於 け る 受 容 を 容 易 な ら も め た る 一 の 事 情 に 就 て、 帥 ち そ れ が 如 何 な る 支 那 の 古 俗 に 接 合 せ る か に 就 て 少 し 考 察 を 加 へ、 然 る 後 に 本 朝 に 於 け る そ の 修 法 の 澹 革 を 一 瞥 し、 綾 い て そ れ に 用 ひ ら れ た る 曼 茶 羅 の 研 究 に 移 る こ と と し ょ う。

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古 く か ら 支 那 に 於 て 歳 末 の 重 き 行 事 を な せ る 灘 す な は ち 逐 疫 は、 本 朝 節 分 の 鬼 佛 に 灰 か に そ の 遺 風 を 残 し て ゐ る が、 之 に 就 て 先 づ ﹃ 周 官 ﹄ 司 馬 政 宮 の 方 相 氏 の 條 は 左 の 如 く 記 す。 方 相 氏 掌。 蒙 熊 皮。 黄 金 四 目。 玄 衣 朱 裳。 執 父 揚 盾。 師 百 隷。 而 時 難。 以 索 室 職 疫。 大 喪。 先. 踏。 及 墓。 入 墳。 以 曳 撃 四 隅。 廠 方 良。 か む (17) 即 ち 方 相 氏 が 熊 の 皮 を 冒 り、 黄 金 の 眼 を 四 個 か ざ れ る 面 を 着 け、 黒 衣 朱 裳 を 装 ひ、 曳 を 執 り、 盾 を 揚 げ た る 畏 怖 す べ き 歌 貌 を し て、 百 隷 に 師 と な り、 以 て 四 時 の 難 の 行 事 の 折 に、 室 中 を 捜 索 し て 疫 鬼 を 逐 ふ。 ま た 大 喪 の 際 に は、 こ の 方 相 氏 が 葬 列 の 先 導 を な し、 先 づ 墓 壌 に 入 り、 或 を 以 て そ の 四 隅 を 撃 つ て、 方 良 す な は ち 岡 爾 の 悪 鬼 を 逐 ふ と 云 ふ の で あ る。 尤 も ﹃ 周 官 ﹄ の こ の 記 載 よ り し て 事 實 か う い ふ こ と が 周 代 に 行 は れ た と は 断 定 し 得 な い が、 少 な く と も 漢 代 に (18) 斯 か る 脅 俗 の 存 し た こ と は、 先 づ 光 武 帝 の 時 に 議 郎 と 爲 れ る 衛 宏 が 西 京 の 雑 車 を 載 録 し た ﹃漢 官 奮 儀 ﹄ の 次 の 叙 述 を 以 て 知 ら れ る。 纈 項 氏。 有 三 子。 生 而 亡。 去 爲 疫 鬼。 一 居 江 水。 是 爲 虎。 一 居 若 水 6 是 爲 魍 魎 嫉 鬼。 一 居 人 宮 室 冤 隅 湛 湊。 善 驚 人 小 見。 方 相 師 百 隷 及 童 女。 以 桃 弧 棘 矢 土 鼓。 鼓 且 射 之。 以 赤 丸 五 穀 播 麗 之。 こ れ に よ れ ば、 纈 預 の 三 子 が 死 産 し て 疫 鬼 と な れ る う ち、 二 鬼 は 印 ち 虎 と 魍 魎 域 鬼 と で あ り、 他 の 一 鬼 は 人 の 宮 室 の 琶 隅 に 居 て、 善 く 人 の 小 兇 を 驚 か す。 然 る に 方 相 が 百 隷 及 び 童 女 の 師 と な り、 土 鼓 を 鳴 ら し、 桃 弧 棘 矢 を 以 て 之 を 射 ち、 ま た 赤 丸 五 穀 を 播 き 散 ら し て 彼 ら を 逐 ひ や ら ふ と 云 ふ 行 事 が、 逞 く と も 既 に 前 漢 の 世 に あ つ た に と が 判 る。 童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 一 三

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童 子 経 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 一 四 (19) つ い で 後 漢 に あ つ て は、 和 帝 の 永 元 中 に 張 奉 子 が 作 れ る 東 京 賦 の う ち に、 歳 末 の 大 灘 を 詳 し く 叙 せ る 次 の 一 節 が あ る。 爾 乃 卒 歳。 大 灘 敲 除 葦 属。 方 相 乗 鉄。 巫 観 操 莉。 仮 子 萬 童。 丹 首 玄 製。 桃 弧 棘 矢。 所 獲 無 泉。 飛 礫 雨 散。 剛 種 必 麗 焼 火 馳 而 星 流。 逐 赤 疫 於 四 喬。 然 後 凌 天 池。 絶 飛 梁。 携 魑 魅。 箭 猜 狂。 斬 勝 蛇。 腸 方 良。 囚 耕 父 於 清 冷。 溺 女 魅 於 紳 濃。 残 肇 魑 與 岡 像。 壇 野 伸。 而 餓 游 光。 八 塞 爲 之 震 惚 旧。 況 勉 盛 與 畢 方。 度 朔 作 梗。 守 以 轡 曼。 神 茶 副 焉。 樹 操 索 葦。、 目 察 匿 陳 ゐ 司 執 遺 鬼。 京 室 密 清。 岡 有 不 踵。 (20) 藪 に 振 子 と い ふ の は、 ﹃ 綾 漢 書 ﹄ 禮 儀 志 の 注 に 引 け る 此 の 賦 の 醇 綜 の 注 に ﹁ 振 之 言 善。 善 童 幼 子 也。 ﹂ と あ り、 邸 ち 童 男 童 女 を 指 す。 此 ら 童 子 の 多 勢 を 率 ゐ て 方 相 が 悪 鬼 を 逐 彿 ふ の で あ る が、 こ れ は 常 に 幼 童 を 臆 ま す 悪 鬼 に 封 し て、 方 相 の 庇 護 の 下 に 諸 童 子 が 反 撃 す る 意 と 解 さ れ る。 前 に 引 い た ﹃ 漢 官 奮 儀 ﹄ も、 方 相 に 逐 は れ る 疫 鬼 の 一 が 人 の 宮 室 に 居 て よ く 小 見 を 驚 か す ど 言 ふ の で あ る。 而 し て 方 相 及 び 俵 子 の 諸 童 子 に 追 撃 さ る ゝ 疫 鬼 の 名 が 叢 に 列 墨 さ れ て ゐ る が、 そ れ は 魑 魅 よ り 畢 方 に 到 る ま で 都 合 十 二 あ る。 そ の 一 一 の 形 歌 を み な 明 ら か に は な し 得 な い け れ ど も、 幡 蛇 は 恐 ら く 蛇 (21) に 近 き も の と 思 は れ る。 ま た 肇 魍 は、 ﹃ 山 海 経 ﹄ の 大 荒 東 経 に ﹁ 流 波 山。 有 獣。 歌 如 牛。 蒼 身。 而 無 角 一 足。 出 入 水。 則 必 風 雨。 其 光 如 日 月。 其 聲 如 雷。 其 名 日 愛。 ﹂ と 見 え、 要 す る に 牛 の 形 せ る も の と 知 ら れ る。 尤 も 漢 の 許 愼 の ﹃ 読 文 解 字 ﹄ に は、 ﹁ 愛。 神 魎 也。 如 龍。 一 足。 ﹂ と 記 す け れ ど も、 こ れ は や は り ﹃ 山 海 経 ﹄ の 方 に 古 傳 の 遺 れ る も の と 考 へ ら れ る。 最 後 の 畢 方 は、 蘇 綜 の 注 に ﹁ 畢 方。 老 父 紳。 如 鳥。 爾 足 一 翼 者。 常 街 水 在 入 家。 作 怪 災 也。 ﹂ と あ り、 鳥 の 如 き も の で あ る。 但 し 爾 足 一 翼 と い ふ の は、 既 に 清 の 梁 章 鉦 が ﹃ 文 選 殉 誼 ﹄ に 指 摘 せ る や う に、 一 足 爾 翼 と 改 め ら れ ね ば な ら ぬ。 そ れ は ﹃ 山 海 経 ﹄ の 西 山 維 に、 ﹁ 章 義 之 山。 有 鳥 焉。 其 歌 如 鶴。 一 足。 赤 文 青 質。 而 白 隊。 名 日 畢 方。 其 鳴 自 叫 也。

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見 則 其 邑 有 調 火。 ﹂ と 見 え、 ま た ﹃准 南 子 ﹄ 氾 論 訓 の ﹁ 木 生 畢 方 ﹂ の 高 誘 の 注 に、 ﹁ 畢 方。 木 之 精 也。 歌 如 鳥。 青 色 赤 聯。 一 足。 ﹂ と 日 ふ を 以 て 謹 せ ら れ る。 そ れ は い つ れ に し て も、 之 を 以 て 観 れ ば 張 衡 の 學 ぐ る十 二 疫 鬼 が 本 來 獣 形 の も の た る べ き は、 ほ ぼ 察 す る に 難 く な い。 然 る に 小 童 の 敵 た る十 二 鬼 を、 ・ 畏 怖 す べ き 方 相 が 鉄 と つ て 撃 殺 す る と い ふ の は、 こ れ 宛 が ら 童 子 維 法 の 繕 想 に 外 な ら ぬ。 方 相 に 代 ふ る に 之 に 劣 ら す 畏 怖 す べ き 栴 檀 乾 閣 婆 を 以 て し て、 ま た十 二 鬼 に な ほ 三 鬼 を 加 へ て こ の 逐 疫 の 圖 を 描 く な ら ば、 其 腱 に 自 ら 一 幅 の 童 子 経 曼 茶 羅 が 成 立 す る わ け で あ る。 猫 ほ 吾 の 司 馬 彪 の ﹃ 綾 漢 書 ﹄ 禮 儀 志 に は、 後 漢 の 宮 廷 に 於 け る 歳 末 大 灘 の 盛 況 を 細 叙 し て ゐ る が、 之 を 看 て も 亦 同 様 の 感 が 甚 だ 深 い。 先 強 一 日。 大 灘。 謂 之 追 疫。 其 儀。 選 中 黄 門 子 弟。 年十 歳 渇 上十 二 昌 下 百 二十 人。 爲 仮 子。 皆 赤 績 阜 製。 執 大 叢。 方 相 氏。 黄 金 四 目。 蒙 熊 皮。 玄 衣 朱 裳。 執 曳 揚 盾。十 二 獣。 有 衣 毛 角。 申 黄 門 行 之 冗 從 僕 射 將 之。 呂 逐 悪 鬼 干 禁 中。 ⋮⋮⋮黄 門 令 奏 日。 仮 子 備。 請 追 疫。 於 是 中 黄 門 侶。 振 子 和 日。 甲 作 食 殉。 脇 胃 食 虎。 雄 伯 食 魅。 縢 簡 食 不 鮮。 概 諸 食 餐。 伯 奇 食 夢。 彊 梁 組 明 共 食 礫 死。 寄 生 委 随 食 観。 錯 断 食 互。 窮 奇 騰 根 共 食 盤。 凡 使十 二 神 追 悪 凶。 赫 女 艦。 拉 女 幹。 節 解 女 肉。 抽 女 肺 腸。 女 不 急 去。 後 者 爲 糧。 因 作 方 相 與十 二 獣。 傑 嘆 呼 周 偏 前 後 省 三 過。 持 炬 火 逡 疫 端 門。 振 子 の 服 装 を 藪 に 一、 赤 債 阜 製 ﹂ と 記 せ る に よ り、 以 て 張 不 子 の 云 ふ ﹁ 丹 首 玄 製 ﹂ の 丹 首 が 赤 き 陵 を か む れ る 状 の 形 容 と 理 解 さ れ る。 郎 ち 赤 頭 巾 に 黒 衣 の 童 子 百 二十 人 を 率 ゐ て、 黒 衣 朱 裳 に 黄 金 四 目 の 面 を 着 け た る 方 相 氏 が、 中 黄 門 の 冗 從 僕 射 の 粉 せ る十 二 神 獣 と 共 に 悪 鬼 を 宮 中 に 追 廻 し て 端 門 に 出 つ る の で あ る。 併 し 藪 に 於 て は、 本 來 疫 鬼 で あ つ た十 二 獣 が 却 つ て 之 を 追 ふ 側 に 立 て る こ と が 注 目 さ れ る。 尤 も そ の 名 稽 は 東 京 賦 に 畢 け た る も の と 一一 に 異 な る け れ ど も、 賦 の 幡 蛇 が ﹃綾 漢 志 ﹄ の 寄 生 委 随 に 相 鷹 せ る こ と も あ る 故 型 藪 に 日 ふ十 二 獣 叉 は十 二 神 が も と 張 衡 の 記 せ る十 二 疫 鬼 童 子 輕 法 及 び 童 子 経 曼 茶 羅 一 五

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童 子 纒 法 及 び ﹁童 子 経 曼 茶 羅 一 六 と 同 類 の も の で あ つ た こ と は 疑 ふ べ く も な い。 そ れ で 疫 鬼 は、 ﹃ 綾 漢 志 ﹄ に 於 て は 姻、 虎、 魅、 不 祥、 餐 等 の 名 を 以 て 呼 ば れ て ゐ る が、 そ れ ら が 概 ね 獣 形 の も の で あ つ た こ と も 先 づ 想 像 さ れ る 所 で あ る。 而 し て 方 柑 氏 の 部 隊 は こ れ ら 悪 な ん ぢ お く 鬼 を 逐 散 ら し な が ら、 ﹁ 女 急 に 去 ら す ば、 後 る る 者 は ( 取 つ て ) 糧 と な さ ん ﹂ と 威 赫 す る。 こ れ は 恰 も 大 梵 天 王 が十 五 悪 鬼 に 樹 し て、 ﹁ 我 が 呪 に 順 は ざ る 者 は、 聯我 ま さ に そ の 頭 を 破 つ て 七 分 と な さ し め ん ﹂ と 言 へ る 警 告 を、 わ れ ら に 自 ら 想 (22) 起 さ せ る の で あ る。 然 る に 後 漢 の 世 に 於 て は、 ﹃ 周 官 ﹄ に 録 せ る 方 相 氏 の 名 が 漸 く に 慶 れ、 普 通 に は 之 よ り も 夏 に 俗 に し て 親 み 易 い 態 頭 の 構 を 以 て 方 相 淡 呼 ば る る や う に 癒 つ た。 印 ち 前 に 引 け る ﹃ 周 官 ﹄ 方 相 氏 の 條 に 鄭 玄 は 注 し て、 ﹁ 以 驚 職 疫 属 之 鬼。 如 今 態 頭 也。 ﹂ と 読 き、 當 時 の 所 謂 態 頭 が 方 相 に 當 れ る こ と を 述 べ て ゐ る。 ま た 和 帝 の 永 元 十 二 年 よ り 安 帝 の 建 光 元 年 に 到 る 二十 二 年 を 費 し て 撰 述 せ ら れ た 許 愼 の ﹃ 読 文 解 字 ﹄ に も、 ﹁ 順 醜 也。 今 逐 疫 有 萌 頭。 ﹂ と 記 さ れ て ゐ る。 こ の 顛 が 古 文、 態 が 今 文 に し て 爾 者 同 じ き こ と は、 た と へ ば 南 唐 の 徐 諮 の ﹃ 読 文 繋 傳 ﹄ に、 ﹁ 類。 方 相 四 目。 今 文 作 態。 ﹂ と 辮 ぜ る 所 に 外 な ら な い。 猫 ほ 督 の 張 華 の 注 と 傳 ふ る け れ ど も 事 實 は そ れ よ り も 後 の 作 と 思 は る る ﹃ 神 異 記 ﹄ の ﹁ 魑 頭 ﹂ の 注 に、 ﹁ 其 (23) 頭 髪 煩 餓 也 ﹂ と 読 け る よ り み れ ば、 少 な く と も 唐 代 に 於 て は、 魍 頭 に 頭 髪 煩 観 の 義 あ つ た こ と を 蕪 に 注 意 し て 置 か う。 そ れ は と に か く、 や が て 佛 数 の 渡 來 に つ れ て、 こ の 方 相 す な は ち 態 頭 を 先 登 に し て 疫 鬼 を 逐 ふ 灘 の 行 事 の う ち に (24) も、 い つ し か 佛 数 的 色 彩 が 紛 れ な く 浸 潤 す る や う に な つ た。 そ れ は 梁 の 宗 懐 の ﹃ 荊 楚 歳 時 記 ﹄ の 左 の 記 述 を 以 て も よ く 察 せ ら れ る。 十 二 月 八 日。 爲 騰 日。 諺 言。 瞼 鼓 鳴。 春 草 生。 村 人 並 繋 細 腰 鼓。 戴 胡 頭。 及 作 金 剛 力 士。 以 逐 疫。 村 人 が 腰 に 着 く る 細 腰 鼓 は 帥 ち ﹃ 漢 官 鶴 儀 ﹄ に 謂 へ る 土 鼓 で、 胡 頭 が 魍 頭 の 託 な る は 言 ふ ま で も な い。 金 剛 力 士 が 方 相

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に 當 る こ と も ま た 自 ら 明 ら か で あ ら う D 斯 く し て、 支 那 に 最 も 古 く よ り あ る 逐 疫 の 行 事 の 上 に、 之 と 類 似 の 佛 数 の 祭 儀 若 し く は 修 法 の 接 種 さ る る 素 地 は、 唐 代 以 前 に 既 に十 分 に 準 備 さ れ て ゐ た の で あ る。 方 相 の 一 韓 せ る 金 剛 力 士 が 更 に 再 韓 し て 栴 壇 乾 閣 婆 と な る な ら ば、 灘 の 思 想 ば 恰 も よ く 童 子 経 法 と 接 合 す る こ と と な る。 前 に 此 の 修 法 に 於 て 東 方 を 甚 蕎 ぶ こ と が、 張 抵 喜 支 那 の 方 位 読 に よ つ て 著 し 轟 調 さ れ た 形 述 あ る こ と を 述 べ た が、 實 は 更 に 一 そ 砦 的 な る 黙 に 於 て、 印 ち 童 子 経 法 の 意 想 そ の も の の う ち に、 や は り 支 那 古 俗 の 深 き 漕 入 あ る こ と が 考 へ ら れ る の で あ る。 而 し て 現 に 本 朝 に 傳 存 せ る 童 子 経 曼 茶 羅 の 古 き 圖 檬 の う ち に、 斯 か る 考 を 殆 ん ど 立 謹 す る に 足 る 二 三 の 特 徴 を 認 め る こ と が で き る。 伍 て 後 に 童 子 維 曼 茶 羅 の 諸 圖 檬 を 分 析 し て そ の 攣 遽 の 経 過 を 明 ら か に す る 際 に、 少 し 此 の 事 に 注 意 し て 読 を 進 め よ う と 思 ふ。 併 し そ の 前 に、 支 那 に 於 て 實 際 に 童 子 経 法 が 如 何 に 行 は れ た か を 諸 例 を 示 し て 読 く べ き で あ る が、 之 に 就 て は 資 料 が 絶 え て 残 つ て ゐ な い の で、 研 究 の 端 緒 を す ら 見 出 だ す こ と が で き な じ。 本 朝 に 於 て は 幸 に 列 朝 后 妃 の 御 産 御 所 に 關 す る 記 録 が、 殊 に 雫 安 朝 末 期 以 降 か な り に 保 存 さ れ て ゐ な の で、 そ れ に よ つ て 童 子 経 法 勤 修 の 歴 史 を ほ ぽ 明 ら か に す る こ と が で き る。 然 る に 支 那 に 於 て は さ う い ふ 史 料 は 全 く 傳 は ら な い の で あ る。 勿 て 支 那 に 於 け る 童 子 経 法 の 歴 史 は 之 を 省 略 す る 外 ば な い。 叉 そ れ に つ い で は、 本 朝 密 家 の 所 傳 に よ り、 往 昔 わ が 國 に 修 さ れ た る 童 子 経 法 の 次 第 を、 東 密 及 び 台 密 の 諸 流 に 就 て 異 同 を 辮 じ つ つ、 具 戴 す る の も 甚 だ 興 味 深 き こ と で あ る。 併 し そ れ は 別 の 機 會 に 譲 る こ と ゝ し て、 今 は 直 ち に 本 邦 に 於 て 古 く 行 は れ た る 此 の 修 法 の 諸 例、 殊 に わ が 列 朝 后 妃 の 御 産 御 所 に 際 し て 勤 め ら れ た る 童 西 子 経 法、 帥 ち 一 そ う 適 切 に 言 ふ な ら ば、十 五 童 子 供 の 諸 例 を 一 瞥 す る こ と と し よ う。 童 子 纒 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 一 七

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童 子 経 法 及 び 童 子 継 曼 茶 羅 一 八 四 も と 本 朝 に 於 け る 童 子 経 法 に 就 て は、 先 づ ﹃ 畳 輝 砂 ﹄ に 録 せ る 大 師 記 の 供 養 作 法 を 始 あ、 東 富 台 密 の 諸 流 に 亙 つ て 古 き 口 傳 な い し 次 第 が あ り、 そ れ ら は 恵 什、 心 畳、 畳 暉、 及 び 承 澄 等 の 撰 せ を 諸 抄 に 傳 載 さ れ て ゐ る の で、 此 の 修 法 の 勤 行 が 手 安 朝 も 夙 き に 湖 る こ と は 疑 ふ べ く も な い。 併 し 事 實 そ れ を 修 し た と い ふ 記 録 の 頻 繁 に 現 は る る の は、 寧 危 院. 政 時 代 以 後 の 事 に 厩 す る。 例 へ ば ﹃ 畳 騨 紗 ﹄ (雀 籔 ) に、 天 治 二 年 八 月 に 行 は れ た る十 五 童 子 供 の 雀 籔 を 探 録 し て ゐ る が、 今 そ れ を 左 に 掲 出 す る に 當 つ て 之 を 上 段 に 記 し、 下 段 に は 比 較 の 爲 に、 そ れ よ り も 二十 年 後 の 久 安 元 年 の 斯 の 供 の 雀 藪 を、 や は り 同 書 に 篠 つ て 掲 け て 置 か う。 十 五 童 子 供 所 奉 供 供 養 法 三十 五 箇 度 奉 讃 童 子 経 三十 五 翁 奉 念 佛 眼 眞 言 三 干 五 百 遍 大 日 眞 言 同 魔 天 眞 言 三 萬 五 干 遍 十 五 童 子 供 所 奉 供 供 養 法 四十 二 箇 度 奉 讃 童 子 経 四十 二 雀 奉 念 佛 眼 眞 言 四 千 二 百 遍 大 日 貫 言 同 不 動 眞 言 四 萬 二 干 遍

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栴 檀 乾 閣 婆 主 寳 號 睡 一 字 金 輪 眞 言 同 右 奉 爲 親 王 殿 下 御 除 病 延 命。 恒 受 快 樂。 御 願 圓 満。 始 自 今 月 八 日。 至 干 今 日。 井 三 七 箇 日 夜 之 間。 殊 致 精 誠。 奉 修 如 右。 天 治 二 年 八 月 二十 八 日 阿 閣 梨 大 法 師 寛 i 護 諸 童 子 陀 羅 尼 八 百 八 十 遍 大 梵 天 王 眞 言 四 干 二 百 遍 栴 檀 乾 閾 婆 王 眞 言 四 萬 二 千 遍 一 字 金 輪 眞 言 四 千 二 百 遍 右 奉 爲 大 施 主 殿 下 御 息 災 安 穏。 除 病 延 命。 恒 受 快 樂。 所 願 圓 満。 始 自 今 月十 四 日。 至 干 今 日。 井 二 七 箇 日 夜 之 間。 殊 致 精 誠。 奉 修 如 件。 久 安 元 年十 月 二十 八 日 阿 閣 梨 構 大 櫓 都 法 眼 和 樹 位 寛 1 導 師 は い つ れ も 寛 信 で、 久 安 の 供 の 次 施 主 殿 下 は 印 ち 法 性 寺 入 道 忠 道 と 推 さ れ る。 然 る に 注 意 す べ き は、 久 安 の 供 の 念 諦 に は、 天 治 の そ れ に な い 不 動 眞 言 と 護 諸 童 子 陀 羅 尼 と が 加 は れ る こ と で あ る。 殊 に 不 動 眞 言 の 追 加 は、 本 朝 の 童 子 維 曼 茶 羅、 殊 に 東 密 の そ れ に 不 動 を 現 は せ る も の あ る こ と、 時 に 之 を 本 尊 と せ る 者 さ へ あ ゐ こ と と 自 ら 關 聯 す る が、 之 に 就 て は い つ れ 後 に 読 か う。 そ れ か ら 同 じ く ﹃ 畳 響 ﹄ (藥 師 法 ) の 裏 書 に、 ﹁ 或 人 記 去。 保 延 三 年 御 護 経。 童 子 経 五口 ⋮ ﹂ と あ る に よ つ て、 保 延 (25) 三 年 に も 此 の 維 が 禁 中 に 讃 ま れ た る こ と を 確 知 し 得 る。 つ い で 永 治 二 年 四 月十 四 日 に、 寛 信 が 右 少 辮 藤 原 光 頼 の 子 息 の 爲 に 修 せ る 童 子 経 法 の 支 度 が、 ま た ﹃ 寛 灘 紗 ﹄ に 採 録 さ れ て ゐ る。 今 こ れ を 左 の 上 段 に 掲 出 し、 下 段 に は 比 較 の 爲 に、 時 代 は 少 し 降 る け れ ど も、 ﹃ 阿 婆 縛 抄 ﹄牧 載 の 正 治 二 年 二 月 の 童 子 経 書 爲 供 養 支 度 を 掲 載 し て 置 か う。 童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 一 九

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童 子 輕 法 及 び 童 子 纒 曼 茶 羅 二 〇 支 度 左 小 辮 光 顧 若 公 所 童 子 経 供 養 支 度 蘇 密 名 香 安 息 壇 一 面 燈 嘉 二 本 脇 机 一 脚 牛 豊 一 枚 佛 供十 七 杯 菓 子十 七 杯 燈 明 二 杯 壇 敷 布 一 段 薄 様 二 枚 五 色 糸 各 一 筋 脹 五 生 氣 方 水 一 桶 桑 木 一 枝 東 枝 蜜 筆 小 刀 浮 衣 白 色 永 治 二 年 四 月十 四 日 渤 修 寺 注 進 童 子 経 書 爲 供 養 支 度

脇 机 一 脚 漂 薦 二 枚 牛 聾 一 枚 料 紙 一 枚 青 色 薄 様 五 色 糸 少 こ 白 米 六 斗 二 升 大 小 変 大 小 豆 各 三 升 大 土 器 三十 一 口 小 土 器 二十 口 薪 少 と 桶 杓 各 一 自 折 敷 二 枚 壇 敷 布 一 端 茅 一 束 阿 閣 梨 承 仕 駈 使 各 一 人 可 有 浄 衣 右 注 進 如 件 正 治 二 年 二 月 日 阿 閣 梨 ぐ こ こ 忠 こ 寛 信 が 永 治 二 年 の こ の 供 養 を 渤 め た と い ふ こ と な、 ﹃ 畳 灘 紗 ﹄ の 次 の 文 忙 よ つ て 推 知 さ れ る。 師 云。 栴 壇 乾 閣 婆 王。十 五 童 子 供 本 奪 也。 付十 八 道 可 行 之。 往 年。 先 師 法 務 御 房。 光 穀 辮 若 公 所 被 修。 三 時 御 手 替 令 勤 仕。 鼓 ゝ 而 し て 永 治 二 年 よ り 三 年 後 の 久 安 元 年 十 月 に、 前 に そ の 雀 敬 を 掲 げ た る 十 五 童 子 供 を や は り 寛 信 が 荷 つ た の で あ る。

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ざ て 以 上 の 諸 例 の う ち、 天 治 の 十 五 童 子 供 及 び 久 安 の そ れ は、 い つ れ も 息 災 延 命 の 爲 に、 乾 闇 婆 衆 の十 五 疫 鬼 を 撲 ふ こ と を 以 て 主 眼 と す る。 印 ち そ れ ら は 灘 の 逐 疫 と 殆 ん ど 同 じ 目 的 を 以 て 修 せ ら れ て ゐ る の で あ る。 永 治 二 年 の そ れ も 亦 同 檬 に 小 兜 の 無 病 長 命 を 所 れ る も の で あ る が、 保 延 御 讃 経 の ﹃ 童 子 経 ﹄ は 易 産 陀 羅 尼 等 と 共 に 讃 諦 さ れ て ゐ る ( 第 三十 九 頁 参 照 ) 故 に、 安 産 の 所 疇 た る こ と 言 ふ ま で も な い。 斯 や う に、 古 く は 安 産 の 外 に、 ま た 疫 鬼 を 逐 ふ て 息 災 延 念 を 保 つ 爲 に も十 五 童 子 供 は 修 せ ら れ た け れ ど も、 や が て そ れ ば 專 ら 亭 産 を 所 る も の と な り、 殊 に 皇 后 の 御 産 御 所 に は 必 す 是 が 用 ひ ら る る や う に な つ た。 そ の 間 の 推 移 の 情 勢 は、 ﹃ 阿 婆 縛 抄 ﹄ に 引 け る 大 原 櫓 都 の 次 の 読 の う ち に も よ く 現 は れ て ゐ る。 ナ ト ニ ト モ 皇 后 御 産 之 時。 童 子 経 御 護 経。 易 産 陀 羅 尼 念 諦 事 有 之。 此 事 難 思。 童 子 経 如 普 通 壽 命 経 等。 御 護 経 可 ン用 不 畳。 雪 主 (26) 邸 ち 皇 后 御 産 の 御 時 の 御 護 経 に ﹃ 童 子 経 ﹄ を 諦 す る が、 こ れ は 不 思 議 で あ る。 ﹃ 童 子 経 ﹄ は 普 通 の ﹃ 壽 命 経 ﹄ 等 の 如 き も の で 御 産 の 御 護 経 な ど に 用 ふ べ き も の で は な い と 云 ふ の で あ る が、 こ の 読 に は 甚 だ 興 味 深 き 示 唆 が 含 ま れ て ゐ る。 そ も そ も ﹃ 童 子 経 ﹄ に 諸 悪 鬼 の 害 を 學 ぴ て、 ﹁ 能 令 人 無 子。 傷 害 於 胞 胎。 男 女 交 會 時。 使 其 意 迷 臨。 懐 任 不 成 熟。 或 歌 羅 安 洋。 無 子 以 傷 胎。 及 生 時 奪 命。 ﹂ と 云 ひ、 ま た そ の ﹃ 念 諦 法 ﹄ に、 女 人 の 子 を 欲 す る 者 は 東 方 に 向 つ て 圓 壇 を 作 り、 此 の 経 を 書 爲 す べ し と い ふ 如 く、 も と 童 子 経 法 の 本 旨 と す る 所 が 求 子 安 産 に あ る こ と は 些 の 疑 を 容 れ な い。 之 を 産 所 に 用 ふ る こ と は 誠 に 當 然 に し て 適 切 と い ふ 外 な い の で あ る。 尤 も 誕 生 の 後 も 猫 ほ か 弱 き 核 兄 の 生 命 は 厚 く 保 護 さ れ ね ば な ら ぬ 故、 此 の 修 法 は 已 に 生 ま れ た る 童 子 の 生 命 を も、 悪 鬼 の 嬬 害 を 斥 け て 保 育 す る。 叢 か ら 息 災 延 命 と い ふ こ と が 亦 そ の 数 験 の 一 つ に な る け れ ど も、 そ れ は 要 す る に 附 随 的 で あ つ て、 本 旨 と し て は、 や は り 求 子 安 産 が 童 子 経 法 の 目 的 た る こ と 言 ふ ま で も な い。 然 る に さ う 考 へ す に、 却 つ て 此 の 修 法 が 御 産 御 所 に 用 ひ ら る ゝ を 以 て 不 可 解 と な し、 そ の 童 子 輕 法 及 び 童 子 縫 曼 茶 羅 二 一

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童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 二 二 主 意 が 無 病 長 壽 に あ る と 爲 す の は、 さ う い ふ 考 こ そ 不 可 解 で 診 る が、 實 は そ れ は 支 那 世 俗 の 童 子 経 法 に 樹 す る 解 繹 を 傳 へ た の で な い か と 思 は れ る。 支 那 の 灘 す な は ち 追 疫 の 古 俗 も、 そ の 遙 か 原 始 の 意 義 は 恐 ら く 求 子 に あ つ た か と 推 さ れ る が、 漢 六 朝 臥 後 引 綾 い て 唐 代 に 於 て も、 そ れ が 專 ら 疫 病 の 悪 鬼 を 撰 ひ、 無 病 息 災 を 得 る 目 的 を 以 て 行 は れ た こ と は 明 ら か で む る。 然 る に 疫 鬼 を 撃 撰 す る と い ふ 意 想 の 近 似 せ る に ょ つ て、 西 域 傳 來 の 童 子 経 法 が こ の 灘 の 古 俗 に 接 合 せ る こ と は 前 述 の 如 く で あ り、 其 虞 か ら 支 那 に 於 て は 此 の 修 法 の 原 始 の 意 義 が 稀 薄 と な り、 寧 ろ 逐 疫 除 病 の 方 へ そ れ が 解 羅 さ れ た る こ と は 當 然 で あ つ た と 考 へ ら れ る。 而 し て 支 那 に 於 け る 童 子 経 法 の さ う い ふ 解 繹 が、 本 朝 に 於 け る 天 治 及 び 久 安 の 諸 例 に 見 ら る る 如 ぎ 息 災 除 病 の た め の十 五 童 子 供 の 上 に 寸 ま た 今 引 け る 大 原 僧 都 の 論 の 上 に 傳 承 さ れ た る も の と 思 は れ る。 然 る に、 斯 く 支 那 的 に 息 災 を 主 眼 と す る 童 子 経 法 が 一 方 に 於 て 行 は れ て ゐ た の で、 之 を そ の 本 嚢 た る 亭 産 の 所 疇 に 用 ふ る 際 に は、 そ の 求 子 の 目 的 を 紛 れ な く 明 確 に す る 爲 に、 之 を 詞 利 帝 法 と 倶 に 併 用 す る こ と が 李 安 朝 末 期 に 始 め ら れ、 綾 い て 鎌 倉 時 代 の 末 に 至 る ま で も 盛 に 行 は れ た。 而 し て 前 述 の 如 ぐ ﹃ 童 子 経 ﹄ の十 五 疫 鬼 を 詞 利 帝 の 鬼 子 の 最 悪 な る 潜 と 考 ふ れ ば、 斯 か る 併 用 は 極 め て 當 然 の こ と と な る 故 に、 一 つ に は さ う い ふ 思 懇 に も 立 脚 し て、 藤 原 の 末 よ り 後 の 皇 后 御 産 御 所 に 於 て は、十 五 童 子 供 は 常 に 詞 利 帝 供 と 勉 ん で 勤 修 さ れ て ゐ る の で あ る。 そ し て さ う い ふ 例 の 記 録 に 遺 れ る 最 も 夙 き 者 と し て は、 先 づ 建 禮 門 院 の そ れ が あ る。 離 ち 治 承 二 年 六 月 二十 八 日 よ り、 高 倉 天 皇 の 中 宮 に し て 清 盛 の 女 な る 卒 徳 子 の 初 度 の 御 懐 妊 御 着 幣 に 際 し て、 閑 院 の 皇 居 中 宮 に 於 て、 大 僧 正 禎 喜 が 詞 利 帝 供 及 び十 五 童 早 供 を 勤 行 し 奉 れ る こ と が あ る。 そ れ は 中 山 忠 親 の ﹃ 山 櫨 記 ﹄ に 左 の 如 く 叙 述 せ ら れ て ゐ る。

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廿 八 日 辛 卯、 天 陰、 朝 間 小 雨、 中 宮 徳 子、 御 年 廿 四、 六 波 羅 入 道 前 大 政 大 臣 二 女、 母 贈 左 大 臣 時 信 公 女、 二 晶 時 子 尼、 御 懐 妊、 當 五 ケ 月、 砺 有 御 着 帯 事、 初 度 也、 干 時 閑 院 爲 皇 居 中 宮、 傳 聞、 内 大 臣 麺、 大 夫 難 ⋮⋮大 進 基 親、 已 上 東 幣 ⋮ 亮 重 衡 朝 臣 爲 奉 幣 使 参 伊 都 岐 嶋、 ⋮⋮不 参 云 々 ⋮ 母 儀 二 晶 被 候、 ⋮ 墓 盤 所 中 將 局 左 中 辮 重 方 朝 臣 女、 未 嫁 人 鼓 々、 其 装 束 着 物 具、 取 御 衣 筥、 其 上 以 打 裏 裏 之、 亮 新 調 進 之、 蒔 鶴 松 含、 有 白 織 折 立、 賜 基 親 令 持 仕 丁、 ⋮⋮右 大 將 亭 八 條 北、 高 倉 東、 大 將 冠 直 衣、 出 逢 客 亭、 取 御 衣 筥、 入 内 方 納 御 帯 練 絹 一 丈 二 尺 也、 幅 ヲ 自 孚 折 テ、 又 三 倍 爾 帖 テ、 以 耳 爲 奥 方、 総 六 陰 也、 以 檀 紙 二 枚 裏 之、 上 下 押 折 之、 細 切 檀 紙 爾 天、 片 鑑 爾 結 之、 授 基 親、 ⋮⋮基 親 持 向 前 構 曾 正 憲 畳 ⋮⋮房、 ⋮⋮加 持 了 返 上 之、 以 五 葉 松 一 枝、 叉 加 納 童 子 経 巻 五 色 糸、 以 白 薄 檬 裏 之、 件 輕 今 日 一 日 之 由 書 爲 供 養、 蕪 同 進 支 度、 爲 右 大 將 沙 汰、 昨 日 被 逸 獲 物、 於 御 衣 筥、 基 親 持 参 宮、 ⋮⋮主 上

御、

儀、

房候御供、

⋮⋮中 將 局 開 御 衣 筥 退、 母 儀 二 品、 彼 御 方 二 晶 弟、 内 府 妾 也、 右 大 將 北 方 樫 触口 皆 出 障 子 外、 主 上 令 奉 結 御 幣 給、 主 上 令 坐 宮 御 左 方 給、 求 男 之 人 其 夫 居 左、 求 女 之 人 居 右 鼓 々、 取 御 帯、 二 倍 虹 坊 爾 天、 自 御 小 袖 左 方 袖 引 入 テ、 御 後 方 ヲ 引 廻 テ、 諸 輪 奈 爾 被 奉 結 云 云、 ⋮⋮ 自 今 日 被 始 行 御 所 等、 本 宮 沙 汰 事、 呵 梨 底 母 供 雑 事 内 大 臣 沙 汰、 + 五 童 子 供 雑 事 女 房 彼 御 方 沙 汰、 巳 上 二 壇、 大 曾 正 禎 喜 一法 務、 東 寺 長 者、 職 支 度、 件 二 罷、 佛 師 法 眼 頼 源 相 率 小 佛 師 等、 於 大 櫓 正 壇 所 内 御 持 曾 也、 傍 在 彼 壇 所 也、 三 條 北、 高 ・ 事 ノ 倉 ・ 東 今 日 之 中 奉 圖 縮 之、 頼 源 兼 日 進 支 度、 御 衣 絹 以 下 用 途 爲 二 品 沙 汰 被 下 行、 受 領 功 之 内 也、 (擦 ﹃ 史 料 通 覧 ﹄ 本 )。 右 大 將 は 中 宮 の 同 母 兄 な る 宗 盛 で、 大 夫 は 中 宮 大 夫 隆 季、 基 親 は 中 宮 大 進 と し て こ の 御 産 御 所 の 奉 行 に 當 れ る 者 で あ 童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 二 三

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童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 二 四 る。 ま た 亮 は 即 ち 中 宮 亮 で、 中 宮 の 同 母 弟 な る 重 衡 を 指 す が、 彼 の 薪 調 し て 進 献 せ る 御 衣 筥 に 鶴 が 松 を 含 め る 模 檬、 す な は ち 所 謂 松 喰 鶴 の 蒔 縮 の 施 さ れ て ゐ た こ と は 興 味 深 い。 而 し て 其 の 御 衣 筥 に 練 絹 の 御 幣 を 納 め、 ま た 其 の 日 一 日 の う ち に 書 爲 供 養 せ る 童 子 経 を 五 色 の 糸 に 雀 い て 之 に 加 へ た と 云 ふ。 そ の 用 意 は ほ ぽ ﹃ 念 講 法 ﹄ の 所 読 に 依 擦 し て ゐ る。 さ う し て 主 上 み つ か あ 中 宮 に 御 帯 を 着 け さ せ 給 ふ の に、 そ の 左 方 に 坐 し 給 ひ、 御 小 袖 の 左 の 袖 よ り 引 入 れ て、 御 背 後 に 引 廻 し、 之 を 襲 環 に 結 ば せ 給 う た。 こ れ 皇 子 を 求 め ら れ た る 故 で、 若 し 皇 女 を 御 希 求 な ら ば、 中 宮 の 右 方 硅 坐 し 給 ひ、 御 小 袖 の 右 の 袖 よ り 引 入 れ さ せ ら れ た こ と で あ ら う。 さ て そ の 日 よ り 詞 利 帝 供 蚊 に十 五 童 子 供 を 始 め ら れ た の で あ る が、 是 は 本 宮 す な は ち 中 宮 よ り の 御 沙 汰 に よ れ る こ と で、 而 し て 詞 利 帝 供 の 雑 事 に 就 て は 重 盛 が 之 を 沙 汰 し、十 五 童 子 供 の そ れ に 關 し て は、 時 子 二 位 の 妹 に し て 重 盛 の 妾 な る 女 房 一、彼 御 方 ﹂ よ り 其 の 沙 汰 を な し た。 猫 ほ 詞 利 帝 及 び十 五 童 子 の 尊 像 二 幅 は、 こ れ ら 二 壇 の 支 度 を な せ る 内 裏 護 持 僧 禎 喜 大 櫓 正 の 三 條 北 高 倉 東 の 壇 所 に 於 て、 佛 師 法 眼 頼 源 が 小 佛 師 等 を 相 率 ゐ、 彼 等 に 手 傳 は せ て そ の 日 の う ち に 之 を 圖 檜 し 奉 つ た。 そ れ は も と よ り 精 密 の 書 で は な か つ た で あ ら う が、 往 古 の 佛 書 の う ち に は、 斯 く 一 時 の 急 用 の 爲 に 速 成 さ れ た 者 も 勘 か ら ぬ こ と を 注 意 す べ き で あ る。 降 つ て 鎌 倉 蹄 代 に 於 て は、 例 へ ば 正 治 二 年 八 月十 七 日 の 夜 よ り、 後 鳥 朋 上 皇 が 從 二 位 藤 原 重 子 印 ち 後 の 修 明 門 院 の 御 産 の 御 所 の 爲 に、 そ の 宿 所 な る 大 炊 御 門 京 極 の 實 快 法 印 の 坊 に 於 て、 詞 利 帝 供、 蛇 に 童 子 維 書 爲 供 養 及 び十 五 鬼 供 を 勤 行 せ し め ら れ た る こ と が あ る (﹃ 門 葉 記 ﹂ 第十 二 )。 鄙 自 今 夜。 詞 利 底 供。 童 子 経 書 爲 供 養。十 五 鬼 供。 被 始 之。 結 線 中 夜 作 法 等。 同 在 之。 童 子 経 初 二 三 行 許。 和 上 御 自 筆。 其 残 恵 舞 書 之。 五 色 縣。 慈 数 緩 之。

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結 線 行 法 了。 加 経 裏 之。 白 芥 子 同 裏 之。 牟 夜 作 法 料 也。 此 等 事 慈 数 勤 之。 そ の 修 法 の 際 に 五 色 綜 す な は ち十 五 疫 鬼 を 縛 る と 看 倣 さ れ る 結 線 の 五 色 の 縣 を 嵯 り、 ま た 一 呪 一 結 に し て 一 百 八 結 す る 結 線 の 行 法 了 つ て 後 に、 牛 夜 作 法 の 準 備 の た め に、 そ の 結 線 と、 書 爲 せ る 童 子 経 と、 蚊 に 二 位 殿 の 頂 に 置 て 加 持 せ ゐ 白 芥 子 と の 三 件 を、 例 の 如 く 生 氣 色 の 絹 に 裏 む 任 を 勤 め た の は 慈 数 で あ つ た。 然 る に 同 じ 月 の 二十 六 日 の 後 夜 に、 無 動 寺 の 定 實 が 見 た 夢 に、 詰 所 の 幕 内 に 青 衣 の 女 人 が 忽 然 と 出 現 し て、 こ の 慈 数 の 前 ぺ 歩 み よ め、 そ の 手 を 取 る べ き 氣 色 に 見 え た。 そ の 時 は 魔 障 の 業 か と 畏 怖 を な し た が、 後 で 考 へ て み る と、 詞 利 帝 の 名 は も と 青 色 の 義 ゆ ゑ、 こ の 青 衣 の 女 人 は 印 ち 鬼 子 母 に 外 な ら す、 そ の 姿 が 夢 に 現 は れ た と い ふ の は、 こ れ 産 生 卒 安 の 前 瑞 で あ つ た と 思 は れ る、 と 古 人 は こ の 修 法 の 記 録 に 注 意 し て ゐ る。 ニ ル ニ カ サ マ ニ テ 同 二 十 六 日。 後 夜 時。 無 動 寺 定 實 密 語 去。 只 今 緩 睡 眠 之 間。 在 夢 想 事。 幕 内 青 衣 女 人 忽 然 出 現。 鄙 慈 数 前 歩 近 可 ニ 取 手 氣 色 也。 誰 人 哉 之 由。 成 不 審 之 間。 夢 悟 了 云 ゝ。 後 朝 以 此 夢。 令 申 和 上 之 虞。 仰 云。 此 夢 非 汝 身 之 恐。 於 法 欲 成 魔 障 鰍。 ⋮⋮ 但 後 日。 按 之。 青 衣 女 人 者。 則 是 詞 利 底 母 鰍。 彼 鬼 母。, 是 號 青 色。 然 者 是 産 生 李 安 之 前 瑞 鰍。 十 五 鬼 の 縛 ら る る 縣 を 繕 つ た 慈 数 が 手 を、 青 衣 の 女 人 が 敢 ら う と し た こ と は、 そ の 女 が 悪 鬼 の 母 で あ つ た と し て、 鄙 ち 詞 利 帝 で あ つ た と し て 最 略 よ く 理 解 さ れ る の で あ る。 そ れ か ら 建 長 六 年 閏 五 月 三 日 よ り十 日 へ か け て は、 後 嵯 峨 上 皇 の 后 な る 大 宮 院 の 御 産 の 御 所 の 爲 に、 聖 増 曾 正 が 康 樂 寺 に 於 て、 詞 利 帝 供 及 び十 五 童 子 供 を 修 し 奉 れ る こ と が あ る。 ま た 文 鷹 元 年 二 月 に は、 同 じ 大 宮 院 の 御 産 の 御 所 の 爲 に、 や は り 詞 利 帝十 五 童 子 供 を、 そ の 六 日 よ り 有 快 法 印 が 勤 め て ゐ る。 然 る に 大 宮 院 は こ の 爾 度 と も 頗 る 御 安 産 に 童 子 経 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 二 五

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童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 二 六 な つ た の で、 大 い に 詞 利 帝 及 び十 五 童 子 の 庇 護 に 信 頼 さ れ た の で あ ら う。 そ の 皇 子 な る 後 深 草 上 皇 の 后 東 二 條 院 が 弘 長 二 年 の 御 産 の 御 所 の 際 に は、 そ の 御 沙 汰 と し て も 前 に 敷 験 著 し か つ た 有 快 法 印 を し て、 そ の 五 月 六 日 よ り 詞 利 帝十 五 童 子 供 を 行 は し め ら れ て ゐ る。 又 同 年十 月 一 日 に は、 鐘 山 天 皇 の 皇 后 信 子 帥 ち 京 極 院 の 御 産 御 所 の 爲 に、 そ の 御 父 な る 左 大 臣 藤 原 實 有 の 沙 汰 と し て、 成 源 櫓 正 が や は り 詞 利 帝十 五 童 子 供 を 修 し て ゐ る。 而 し て 同 じ 京 極 院 の 文 永 二 年 の 御 産 の 際 に も、 そ の 閏 四 月 廿 八 日 に 良 畳 法 印 を し て そ の 本 房 に 於 て、 主 綾 い て 同 院 の 文 永 四 年 の 御 産 の 折 に も、 そ の (27) 八 月 二 十 七 日 に 土 御 門 萬 里 小 路 御 所 に 於 て、十 樂 院 道 玄 僧 正 を し て、 詞 利 帝十 五 鬼 供 を 勤 修 せ し め ら れ た。 左 に 文 永 四 年 の 御 所 の 請 文 等 を、 ﹃ 門 葉 記 ﹄ ( 雀 第十 六 ) に よ つ て 掲 出 し て 置 か う。 一、 爾 供 請 書 事 皇 后 宮 御 所。 詞 利 帝十 五 童 子 供 可 令 勤 行 給 者。 院 宣 如 此。 伍 言 上 如 件。 親 朝 誠 恐 謹 言。 八 月 二十 七 日 大 進 親 朝 奉 進 上 嵩 十 樂 院 曾 正 御 房 追 言 上 自 今 日 可 被 始 行 候 也。 且 内 こ 前 左 府 被 申 旨 候 鰍。 重 恐 憧 謹 言。 一、 御 請 文 事 自 今 日 爲 皇 后 宮 御 産 御 所。 詞 利 帝十 五 童 子 供 可 勤 仕 之 由 謹 承 候 畢。 以 此 旨 可 令 披 露 給 之 由 所 候 也。 恐 こ 謹 言。 八 月 二十 七 日 法 印 源 雅 大 進 親 朝 は 帥 ち こ の 御 産 の 際 の 藪 多 き 御 所 を 奉 行 し た 皇 后 宮 大 進 親 朝 で あ る。 前 左 府 が 京 極 院 の 御 父 を 指 す は 言 ふ ま

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で も な い。 然 る に 文 永 七 年 の 東 二 條 院 の 御 産 御 所 に は、 そ の 八 月 に 盛 奪 法 印 を し て 詞 利 帝 供 を 修 せ し め ら れ た が、 そ の 際 に は十 五 童 子 供 は 之 に 附 随 し な か つ た。 少 な く と も ﹃ 御 産 御 所 目 録 ﹄ の 上 に 於 て は さ う 見 え る。 こ れ は 當 時 の 皇 后 御 産 御 所 に 於 け る 詞 利 帝 供 と し て、十 五 童 子 供 を 俘 は な い 殆 ん ど 唯 一 の 例 を な す の で あ る。 つ い で 建 治 二 年十 月十 八 日 に は、 新 陽 明 門 院 す な は ち 轟 山 上 皇 の 妃 な る 藤 原 位 子 の 御 産 御 所 に 際 し て、 前 に 文 永 二 年 閏 四 月 に 京 極 院 の 爲 に 之 を 修 せ る 良 畳 法 印 が 詞 利 帝十 五 童 子 供 を 勤 め て 居 り、 そ れ か ら 乾 元 二 年 に は 昭 訓 門 院 す な は ち 臨 山 法 皇 の 叉 の 妃 な る 藤 原 瑛 子 の そ れ の 爲 に、 入 道 相 國 即 ち そ の 御 父 な る 西 園 寺 實 兼 の 沙 汰 に よ り、 俊 暉 大 櫓 都 が 二 月 廿 八 日 よ り そ の 本 房 に 於 て、 ダ 後 に 四 月 三 日 よ り は 御 所 に 移 し て、 同 じ 供 を 修 し て ゐ る。 そ の 後、 延 慶 三 年十 月 廿 三 日 の 廣 義 門 院 す な は ち 後 伏 見 上 皇 の 后 藤 原 寧 子 の 御 着 帯 の 時 に は、 本 所 の 沙 汰 に よ つ て 俊 暉 法 印 が 同 じ 供 を 修 し 奉 つ た。 ま た 同 じ 廣 義 門 院 が 正 和 二 年 二 月 廿 二 日 の 御 着 帯 の 際 に も、 や は り 本 所 の 沙 汰 に よ つ て 俊 暉 法 印 が 此 の 供 を 勤 め て ゐ る。 而 し て そ の 翌 年 正 月 二十 日 の 東 宮 御 息 所 藤 原 禧 子 す な は ち 後 の 後 京 極 院 が 御 着 帯 の 時 に も、 亦 そ の 翌 翌 年 即 ち 正 和 四 年 の 同 じ 御 息 所 の 御 産 御 所 に も、 そ の 六 月 廿 九 日 よ り、 つ い で 正 和 五 年十 一 月 の 廣 義 門 院 の そ れ に も、 ま た 文 保 三 年 正 月 五 日 の 同 じ 廣 義 門 院 の 御 着 帯 に 際 し て も、 や は り こ の 俊 輝 が 詞 利 帝十 五 童 子 供 を 勤 修 し 奉 つ て ゐ る。 翻 ち 鎌 倉 の 末 に 於 て、 こ の 俊 灘 が 斯 の 供 の 漿 鷹 を 以 て 令 名 を 得 た る を 察 知 し 得 る が、 恐 ら く そ の 数 瞼 の 顯 著 な る を 嘉 さ れ て で も あ ら う、 彼 は や が て 僧 正 に 昇 つ て、 文 保 三 年 よ り は 俊 暉 曾 正 の 名 を、 ﹃ 御 産 御 所 目 録 ﹄ の 上 に 列 し て ゐ る の で あ る。 然 る に 詞 利 帝十 五 童 子 供 に 於 け る 彼 の 盛 巻 は、 後 醍 醐 天 皇 の 御 世 に な つ て も 更 に 揺 が な か つ た ら し く、 先 づ 元 享 元 年十 二 月 に 於 け る 廣 義 門 院 の 御 産 御 所 に も、 俊 灘 曾 正 は や は り 此 の 供 を 修 し 奉 つ て ゐ る。 そ れ か ら 建 武 元 年 よ り 同 二 童 子 輕 法 及 び 童 子 輕 曼 茶 羅 二 七

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