• 検索結果がありません。

MJ148 04 論文 社内スタートアップ創出への組織対応 ― サイバーエージェントが実践からつかんだ知見 ―

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "MJ148 04 論文 社内スタートアップ創出への組織対応 ― サイバーエージェントが実践からつかんだ知見 ―"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Ⅰ. エフェクチュエーションを支える制度

1-1.研究目的

 エフェクチュエーションとは,S. サラスバ シ氏が実証をもとに理論構築した,熟達したア ントレプレナー(起業家)の行動原則である。 この STP マーケティングを補完する行動原則 は,アントレプレナーだけではなく,既存大企 業のスタートアップ(新規事業)の創出におい ても有効であることが国内外で指摘されてきた (Sarasvathy 2008;吉田 2010,2017a,b;Blekman

2011;栗木 2014,2015,2016,2017;渡辺・栗木 2014)。

 エフェクチュエーションは,ナイトの第3の 不確実性(Knight 1921))のもとにある環境に おいて合理的な行動原則だと考えられ,「予測

をもとにした戦略」の使用を減らす点に特徴が ある(Sarasvathy 2008;栗木 2015)。残され た課題としては,企業経営を進める上では,こ のエフェクチュアルな行動の必要性の理解だけ では十分ではないことが指摘できる。すなわち, さらに「エフェクチュエーションを支える制度 を,組織としていかに構築していくか」という 問いに,われわれは挑む必要がある。

1-2.方法

 本論文では,共著者の1名が勤務する株式会 社サイバーエージェンントにおける社内スター トアップの活性化に向けた制度的取り組みを振 り返る。本論文におけるサイバーエージェント の記述はサイバーエージェントの資料に依拠し ている。

 サイバーエージェントという企業のひとつの 特徴は,本業での成長に加えて,社内アントレ

― サイバーエージェントが実践からつかんだ知見 ―

要約

 本論文では,エフェクチュエーションを支える制度を,組織としていかに構築していくかを探索する。 そのために本論文は,株式会社サイバーエージェントという社内スタートアップの創出に長けた企業が, その社内制度をどのような試行錯誤のなかから編み出してきたかを,同社の社内資料をもとに振り返る。 その結果として見えてくるのは,サイバーエージェントでは,大量の提案を生み出す制度,より多くの 社員のあいだに決断経験の機会を広げる制度,スタートアップの撤退ラインを明文化した制度,そして 非金銭的報酬を重視した制度の充実が,その社内でのエフェクチュアルな行動をうながしているという 関係である。

キーワード

エフェクチュエーション,社内スタートアップ,組織,制度,非金銭的報酬

㈱サイバーエージェント 取締役

曽山 哲人

神戸大学大学院 経営学研究科 教授

(2)

プレナーを輩出し,スタートアップを創出する ことに意欲的に取り組んできた点にある。サイ バーエージェントは,M&A ではなく,ゼロか ら事業を社内でつくることを大切にしてきた。 現在の同社は 3000 億円ほどの売上げの大部分 を,M&A ではなく,社内発の事業から生みだ している。

 サイバーエージェントは,そのための社内制 度をアクションリサーチ的な試行錯誤を通じて つくり上げてきた。アクションリサーチ的だと いうのは,変化を起こし,問題を解決する一連 の ア ク シ ョ ン の な か4 4

で の 知 識 の 共 同 生 成 (Coghlan & Brannick 2014, p.6)から,サイバー エージェントが社内制度をつくり上げてきてい るからである。本論文では,このプロセスから の知見を報告し,エフェクチュアルな行動を, 企業が社内で活性化する道筋を考察する。本論

文もまた,サイバーエージェントによる一連の アクションによる知識の共同生成のひとつであ る。

Ⅱ. サイバーエージェントの企業概要

2-1.事業領域

 サイバーエージェントは,インターネットの 黎明期の 1998 年に創業を果たす。当初からの 広告事業に加えて,2004 年にはメディア事業, 2009 年にはゲーム事業を開始し,現在ではこ の3事業で,売上げの9割以上を稼ぐようになっ ている(株式会社サイバーエージェント・ホー ムページ)。

 サイバーエージェントが上場を果たした2000 年には 30 億円程度だった売上げは,現在では 3,700億円を超える。営業利益は300億円程度で

図 —— 1 サイバーエージェントの売上げ推移(単位:億円)

4000

3500

3000

2500

2000

1500

1000

500

0

2000年度2001年度2002年度2003年度2004年度2005年度2006年度2007年度2008年度2009年度2010年度2011年度2012年度2013年度2014年度2015年度2016年度2017年度

(3)

ある(2017年9月)。

 サイバーエージェントの広告事業は,イン ターネット広告の代理店業務が中心である。 2014 年度以降は,スマートフォン広告が売上 げの過半を占めるようになっており,イン フィード広告と動画広告がその近年の伸びを牽 引している。この5年ほどの期間を振り返ると, サイバーエージェントの広告事業は,国内イン ターネット広告市場の伸びを上回る成長を続け ている。そしてサイバーエージェントのメディ ア事業は,アメーバブログやAbemaTVなどの インターネット上のメディア・サービスが中心 となっており,ゲーム事業については,スマー トフォン向けのゲーム事業が中心である。

2-2.組織の若さ

 サイバーエージェントは,今でも育ち盛りと いえる若い会社である。設立2年目の1999年頃 には 20 人程度だった従業員は,現在でグルー プ全体でおよそ 8000 名に及ぶ。およそ 18 年間

で400倍の従業員をかかえるようになっている。  現在のサイバーエージェントでは,約半数の 従業員が正社員であり,この正社員の9割以上 を20歳代と30歳代が占める。平均年齢は30歳 である。サイバーエージェントが,創業後 20 年に満たない会社であることに加えて,事業の 成長と拡大が続いていることが,数千人規模の 会社でありながら組織の若さを保つことを可能 にしている。

 サイバーエージェントが組織の若さを保って いるもうひとつの理由は,新卒採用に力を入れ ていることである。サイバーエージェントでは エンジニアやディレクターなどの中途採用も 行ってきたが,他のインターネット関連企業と 比較すると,中途採用の比率は低い。同社が特 徴的なのは,第1期から新卒採用をしているこ とである。同社がビジネスモデルの固まる以前 から新卒を採用してきたのは,企業カルチャー をつくることを重要視してきたからである。  サイバーエージェント正社員は,男女比が7:

図 —— 2 サイバーエージェントの事業別売上げ(2017年度)(単位:億円)

449

1,632

256 1,403

67

135

PC・その他広告事業 スマートフォン広告事業 メディア事業

ゲーム事業 投資育成事業 その他事業

(4)

3であり,現在の女性管理職はおよそ2割である。 ママ社員の復帰が多く,産休復帰率は 96%に のぼる。

2-3.事業の成長と拡大のエンジン

 サイバーエージェントでは,事業の成長と拡 大のカギは,変化を続けていくことだと考えて きた。サイバーエージェントは,創業時のイン ターネット広告事業に加えて,メディア事業, ゲーム事業と,柱となる事業を拡大してきた。 また 2010 年以降は,これらの事業をパソコン だけではなくスマートフォンに対応したものと していく「スマホシフト」を進めた。

 こうした事業の成長と拡大の主エンジンは, サイバーエージェントが数年に1回,大型投資 を行ってきことである。アメーバブログ,スマ ホシフト,あるいは近年のAbemaTVなどに対 して集中的な資金投入が行われてきた。それぞ れにおいて複数年にわたり,年間売上げの3 ~ 8%程度の資金が集中投下されてきた。  加えてサイバーエージェントは,インター ネットに関連する各種の領域で新たなサービス を生みだし続けるべく,社内でスタートアップ を次々と立ち上げてきた。サイバーエージェン トでは,小さいベンチャーを社内に多くつくっ てきたことが,同社の事業の成長と拡大のもう ひとつの重要なエンジンとなっている。同社の ゲーム事業などには,社内でのスタートアップ から育った事業が少なくない。

Ⅲ. アントレプレナー型人材の育成

3-1.決断経験

 サイバーエージェントの事業の成長と拡大を

牽引してきたスタートアップは,社内で自然発 生的に生じたわけではない。サイバーエージェ ントの社内でスタートアップが次々と育つの は,同社が社内にそのための制度を整えてきた からだといえる。

サイバーエージェントは,アントレプレナー 型人材の育成を重視してきた。そして,このタ イプの人材の育成において最も大切なことは 「決断経験」だと考えてきた(曽山・金井2014;

曽山 2017)。サイバーエージェントは,この「決 断経験」の大きさは,その人がかかわってきた 仕事における①と②についてのかけ算によって 決まると考えている。

 ①自分自身で決めたものが,どれだけ多くあ るか。

 ②そこで決めたものが,その後どれだけイン パクトのあるものになるか。

 アントレプレナー型人材の価値は,まずは決 断経験の数が多いかどうかであり,次に決断経 験の質が問われる。この決断経験の数と質を増 すことによる人材育成。これを早期から実施す ることを意図して,サイバーエージェントでは, 新卒1 ~ 3年目の社員に社長をまかせることが ある。

 たしかに,「いきなり,その若さで社長がつ とまるのか」という問題はある。サイバーエー ジェントにおいても,その答えは「できない」 である。

(5)

なくても,ずっと練習していけばできるように なる。

 リーダーを育てたければ,リーダーをやらせ るのがよい。経営者を育てたければ,経営者を やらせるのがよい。この大原則を外してしまっ て,研修だけやっていても人材は育たない  このような考えをサイバーエージェントは社 内で共有してきた。40 歳でようやく社長に就 任した場合,それまでのビジネス経験はあって も,社長経験はゼロである。そうなのであれば, 社長経験を早く積んでもらおうという発想で, サイバーエージェントは社内の制度を整えてき た。

 なお,以上のような考えの前提には,サイバー エージェントが,成長産業であるインターネッ ト領域で事業展開をしており,多くのスタート アップを社内にもつことが成長につながりやす く,かつそのための人材も多く必要としている 事情がある。あらゆる産業の企業において同様 のアプローチが有効となるわけではない。

3-2.2人の社内アントレプレナー

 サイバーエージェントが育成をめざすアント レプレナー型人材の典型ともいえる人物を2人 紹介しておこう(曽山・金井 2014)。

 サイバーエージェントには「CA Tech Kids」 という小学生向けのプログラミング教育事業子 会社がある。サイバーエージェントでは,新卒 後間もない人材が子会社をつくって経営してい る事例がいくつかあるが,CA Tech Kidsはそ のひとつである。CA Tech Kids では,毎年 1000 人の小学 4 年生から 6 年生にプログラミン グ教育を行っている。

 アップル社のCEO T. クック氏が,2016年に

視察で銀座のアップルストアを訪問した際に, 同氏に日本の小学生 5 人が自分でつくったス マートフォンアプリをプレゼンテーションし, すごく喜ばれたというシーンがあった。この 5 人はすべて,この Tech Kids School の生徒で ある。サイバーエージェントでは,自社内のエ ンジニアの知識やノウハウを小学生に伝えて, 将来の Facebook,Google が日本から生まれる ように,今から教育していこうとしている。こ のようなねらいで進められている教育事業の トップを,サイバーエージェントでは新卒後間 もない人材がつとめている,

 サイバーエージェントの社内には,2012 年 入社でありながら 2011 年に子会社の社長に就 任しているという人材もいる。つまり彼は大学 4 年生のときに,この子会社の社長となってい たのである。彼は内定者の同期 4 人と一緒に, 内定が出た夏から秋ぐらいにかけてスマート フォンの写真のアプリをつくった。そしてこの アプリがヒットして,あっという間に100万ダ ウンロードされた。

 サイバーエージェントは,この伸びを見て, すぐに会社化してしまった方がよいと判断し た。サイバーエージェントはこのアプリの権利 を買い取り,この買い取り資金で,彼らに資本 を入れてもらい,新会社をつくった。

 こうしてこの子会社の社長となった人材は, 現在では社長歴8年目になる。それだけではな く,利益をしっかり出し,正社員 4000 人のサ イバーエージェントの役員のうちの 1 人とも なっている。

(6)

Ⅳ. スタートアップ創出をねらいとした

仕組み

 サイバーエージェントが試行錯誤のなかから 確立してきた,スタートアップ創出をねらいと した仕組みについて振り返っていこう(曽山・ 金井 2014;曽山 2017)。

4-1.「ジギョつく」からの学び

 「ジギョつく」とは,以前にサイバーエージェ ントが社内で行っていた新規事業プラン・コン テストである。アイデアを経営層に提案できる 場であり,内定者から参加ができ,一般社員だ けではなく経営幹部も参加できた。年間の応募 が 1000 件にのぼったこともある人気の高い仕 組みだった。

 「ジギョつく」への応募は毎週可能で,フォー マットは A4 用紙 1 枚だった。膨大な資料を用 意していては,仕事の時間が奪われてしまうし, 改革や事業への取り組みの開始が遅れてしまう との考えから,スライド1枚というルールになっ ていた。

 テーマについては,業務改革や新規事業など の幅広い話題での応募が可能だった。提案につ いては1次審査後に役員会で議論が行われ,よ いものには「ダイヤモンド」100 万円,「アイ デア賞」5 万円など,賞金が出た。よい提案に ついては,すぐに実行に移されていた。  とはいえ,この「ジギョつく」も,仕組みを つくった当初は人気がなく,応募は少なかった。 途中から急速に応募が伸びたのは,ある若手社 員の取り組みによる。

 何を行ったかというと,この若手社員は社内

を回り,一人ひとりに「『ジギョつく』を出し てください」と声を掛けて回った。先輩社員の 横に座って説明し,依頼する。これを大量に行っ たら,応募数が一気に増えたのである。  社内制度の担当者の意識は,制度を高度化す ることに向かいがちだが,ボトルネックは制度 そのものではないことがある。当時のサイバー エージェントについては,社員に動いてほし かったら,ひとり一人に声を掛けるしかないと いう基本が,徹底していないところに問題が あった。

 「ジギョつく」には,毎年社内から活発に業 務改革や新規事業の提案がなされるとともに, 応募数が多い社員に対する役員たちの認知が高 まり,抜擢の機会が増えるなどの効果もあった。  しかし現在のサイバーエージェントでは,「ジ ギョつく」を行っていない。「ジギョつく」を 続けるなかで,ある問題が浮かび上がってきた からである。それは,「ジギョつく」は10年以 上続いたが,そこから生まれたプロジェクトで 現在残っているものが1つもないという問題で ある。

(7)

を上げることは難しく,継続的に成果をあげ続 けていくプロジェクトには結びつかなかったの である。

4-2.「あした会議」を追加する

 以上の問題にサイバーエージェントが気づい たことで,新たに生まれたのが「あした会議」 である。この「あした会議」から生まれた事業 には,売上げを伸ばし,利益を出すものが多い。 すでに「あした会議」から子会社が 20 社ほど できており,累積で 700 億円ほどの売上げと 100億円ほどの利益を生みだしている。  「ジギョつく」と大きく違うのは,「あした会 議」は経営陣が自ら新規事業をつくるという点 である。「あした会議」では,役員対抗で決議 案を持ち寄ってバトルを行う。こういう新会社 をやった方がいいのではないかとか,こういう 新人事制度を導入した方がいいのではないかな ど,必ずしも新規事業ではなく,中長期的な課 題解決なども含んだ提案が行われる。提案の ルールは,最低でも数億円のインパクトが見込 め,将来何百億円になりそうだという見通しが 示せることである。

 毎年 2 回行われる「あした会議」の結果は, 順位が社内外に公表される。著者の一人は優勝 したこともあるが,ビリに2回ほどなったこと もあり,これは本当につらかった。「あした会議」 に提案するのは全員がサイバーエージェントの 経営陣であり,経営陣が自らさらされる状態の なかで,いい案を出すことを競い合うので,非 常にいいアイデアが出る。もちろん役員同士は 仲が悪いわけではないので,協力しながら行う。 このように「ジギョつく」を改善した「あした 会議」はイノベーションを生むよい仕組みと

なっており,「参考にしたい」といって,いい 意味での模倣を行っている企業もすでに複数あ る。

 「あした会議」は 8 人いる役員のうち,社長 を除く7人が各人チームをもち,まずはチーム 編成のためのドラフト会議からはじまる。ドラ フト会議では 1 から 7 までトランプのカードを 引き,1 番を引いたら,1 番目にどの部署の誰 でも自身のチームに指名でききる。こうやって, 営業 MVP の山田君やデザイナーのエースの鈴 木さんなどを獲得していき,4 名のチームを編 成する。

 次に提案内容については,各役員が自身の担 当分野は提案してはいけないというルールがあ る。たとえば,人事担当役員が「あした会議」 に持ってくる新規事業や課題解決の案は,人事 の分野は基本的に駄目というルールである。つ まり,他の部門の課題や機会を見つけて提案し なければいけない。

(8)

とを,皆の前でいわれる。もっともその後に藤 田氏も一緒に各テーブルを回って議論を行い, 最終的にはいい案に決まっていく。これが大き な経営判断に社員を巻き込んでいくことにつな がっていく。またサイバーエージェントでは, 順位決定後の表彰では,甲子園の優勝旗みたい なものをつくったりしており,厳しいバトルや 高いハードルに挑むものほど,ゲーミフィケー ションする―つまり楽しそうなゲーム性をもた せる―ことで,みんなで仲良く,楽しくやろう としている。

4-3.「CA8」で組織の新陳代謝をうながす  サイバーエージェントでは,イノベーション を起こして会社を変革したり,アントレプレ ナーを社内から次々に生み出していったりする ためには,組織の新陳代謝を加速化することが 重要だと考えている。そこでサイバーエージェ ントでは,2 年に 1 度,8 人の取締役のうち 2 人 が入れ替わるという仕組みを確立している。  それが「CA8(シーエーエイト)」と呼ばれ る制度である。CA8 とは,サイバーエージェ ントの8人を意味している。この8人は株主総 会で決議される取締役であり,執行役員ではな い。この 8 人のうち2人が,2 年に 1 回入れ替 わる。抜けてしまう人は降格なのかというと, そうではない。では入る8人は優秀なのかとい うと,これも実は違う。事業戦略をこの2年ど のように進めるかを踏まえて,ベストなチーム をつくることを,サイバーエージェントでは重 視している。優秀な8人ではなく,事業戦略に 合わせた8人である。サッカーであれば,オラ ンダ戦だとこういう布陣で,韓国戦だとこうい う布陣と,チームを変えるのと同じように,勝

利に向けたチーム布陣にしようという考えであ る。

 サイバーエージェントの新役員の発表は,2 年に1回,全社員の前で社長の藤田氏によって 行われる。そこでは,抜ける人についての説明 も必ず添えられる。サイバーエージェントの役 員のポジションは,いわゆる「上がり」ではな い。あくまでキャリアステップの一環であり, 1 回役員になった人が抜けても,それは降格で はない。役員を抜けて,新会社を担当するとか, 新しい分野に取り組む方が,価値が高いことも ある。また役員に戻ってきてもよい。

 サイバーエージェントでは,そうやってぐる ぐる役員を入れ替えることで,組織の新陳代謝 を加速化しようとしている。若いメンバーの抜 擢ということでは,現時点では28歳でCA8(取 締役)になっている人材がいる。彼は先ほど紹 介した人材で,新卒のタイミングで子会社をひ とつつくった。その後,スマートフォンの分野 で新会社をつくろうということになり,まず分 野が決まった。そこからスマートフォンのゲー ムが伸びることを彼が見つけて,スマートフォ ンのゲームをつくった。最初2人で始めた会社 が,3年後に350人になっていて,アメリカのゲー ムの売上げで2位を取るくらいに業績を伸ばす ようになった。そんなチャレンジに溢れる会社 になりたいとサイバーエージェントは思ってお り,そのための制度を試行錯誤のなかで整えて いる。

4-4.制度のマッピング化を行う

(9)

企業が自社内での創出をうながすには,「失敗 をしてもいい」と一般社員と経営幹部が思える 制度を用意していかなければならない。  このような考えにもとづき,サイバーエー ジェントでは,社内の制度設計にあたっては「挑 戦と安心はセットで考える」ことを大切にして いる。挑戦をうながす制度を用意する一方で, 安心して働ける環境が整っていなければ挑戦は 生まれない。環境がないなかで「挑戦しよう」 といっても,思い切って動き出す人はなかなか 出てこないのである。

 図3には,サイバーエージェントの主要な制 度をマッピングしている。サイバーエージェン トでは,人材の成長をうながし,彼らの働きを よくするためには,単発の制度設計ではなく, 複数の制度の有機的な関係をバランスよく整え

るポートフォリオ的な発想が必要だと考えてい る。

 図の右側にあるのは,挑戦をうながす制度で あり,たとえば新規事業プランコンテストなど はこのタイプの制度である。左側にあるのは, 安心して働くことができるようにするための制 度であり,たとえば家賃補助や休暇制度などは このタイプの制度である。下側にあるのは,金 銭報酬にもとづく制度であり,上側にあるのは, 非金銭報酬―すなわち働く人の気持ちに企業の 側が賞賛や配慮などでこたえていくことがもた らす感情的な報酬―にもとづく制度である。  このマッピングの四次元のなかで,社員の主 体的な事業創造へのチャレンジを生むには,ど の制度が一番重要か。それは右上のAのブロッ クにある制度だとサイバーエージェントでは考

図 —— 3 人事制度マッピング

A

C

B

CAramel

C TEI-SHI-SEI

CA

CAJJ ENERGY

(10)

えている。挑戦をうながし,かつ感情報酬につ ながる制度が,どれだけ会社のなかにあり,か つ効果を発揮しているかが,スタートアップを 創出し,社内起業家を輩出する動き左右する。 このような考えから,サイバーエージェントで は,特にAのブロックの制度がきちんと機能し ているか,応募が増えているかなどをチェック するようにしている。

 約 15 年前のサイバーエージェントでは,毎 年の退職率が30%ほどにのぼっていた。つまり 3 年ほどで全社員入れ替わってしまいかねない ような会社だったのである。当時は,先のAの ブロックの制度が用意されていなかった。当時 は,BとCのブロックに当たる福利厚生のリク エストばかりを社員から聞いており,その整備 をいくら進めても,なかなか状況は改善しな かった。

 「挑戦と安心」のバランスは大切だが,この 一軸だけで制度のポートフォリオの設計を行っ ていても限界がある。さらに「挑戦をいかにう ながすか」という,報酬のバランスをめぐる軸 を取り入れて制度の幅を増やす必要がある。こ のような気づきをサイバーエージェントは実践 を通じた試行錯誤のなかで得てきた。以下では さらに,感情報酬とのつながりを重視したサイ バーエージェントの制度を紹介していく。

4-5.「グループ総会」を褒めの場とする  サイバーエージェントでは「グループ総会」 という,グループの正社員が全員集まるイベン トを半期ごとに開催している。

 現在の「グループ総会」には4000人が集まる。 そこでは「Excellence Awards」の表彰が盛大 に行われる。サイバーエージェントは褒めのカ

ルチャーの醸成を大切にしており,徹底的に褒 めることで,社員ひとり一人の強みや前向きな ところを引き出そうとしている。「Excellence Awards」の表彰においても,褒めを盛大にや ればやるほど,受賞した人に喜んでもらえると 考え,運営を工夫している。

 「グループ総会」ではまず社長の藤田氏から, 経営方針の発表が行われる。先ほどの「CA8」 の発表もここで行われる。グループ全体がこう いう方向に進んでいくということをきちんとプ レゼンしたうえで,表彰が行われる。

 「Excellence Awards」の表彰は,新卒社員 のなかで最も活躍し,インパクトの大きい成果 を上げた新人に贈られる「最優秀新人賞」,縁 の下の力持ちに贈られる「ベストスタッフ賞」, マネジャーとして活躍した人に贈られる「ベス トマネージャー賞」など,組織が求める人材の 多様性を踏まえたものとなっている。表彰式で は,これらの受賞者を次々とその場で発表し, 表彰を行う。

(11)

ようなことになってしまうと,スタッフの力が かえって出なくなってしまう。

 現在のサイバーエージェントでは,人望のあ る人を表彰するようにつとめている。成果を出 している人材のなかから,人間性や人望を備え た人物を表彰することが重要だと考えている。  そのためのひとつの工夫として,社員による 受賞者候補選定の投票については任意としてい る。強制の投票ではなく,もし推薦したい人が いたら投票してくださいというかたちにしてい る。投票はしなくてもよいわけで,あの壇上に 立たせたいという人が出てくると,他薦が動く ようにしている。さらにフリーコメントも確認 し,本当に壇上に立ってほしいのか,人望の度 合いを読み解くようにしている。

4-6. 「社内ヘッドハンティング」の担当者を 設ける

 サイバーエージェントでは,安心のための福 利厚生や表彰の制度に加えて,チャレンジした 人が得になる状況をつくることにつとめてい る。チャレンジをして失敗した人が降格される など,恥ずかしい思いをする雰囲気になってし まうと,チャレンジが生まれにくくなる。  サイバーエージェントには,社内ヘッドハン ターがいる。ある部署からある部署に異動して もらうことをサポートするスタッフである。特 に,万が一ある事業を撤退することになっても, そこでチャレンジしてきた人をサポートし,引 き続き気持ちよく働いてもらえるように寄り添 うことが,社内ヘッドハンターの役割である。  社内ヘッドハンターは,毎月全社員にオンラ インでアンケートを行い,社員ひとり一人のコ ンディションをチェックしている。一方で事業

部長からは,「営業が欲しい」といった人材の リクエストを聞きとり,候補者と面談を行い, 必要と判断した場合は役員に提案する。

4-7. 「GEPPO」で社員の主観情報を 定量化する

 サイバーエージェントは,社員ひとり一人の 主観情報の定量化を大切にしている。そのひと つが,月例報告の「GEPPO(月報)」という仕 組みである。毎月全社員に以下のようなアン ケートを行っている。質問は,5 分以内で答え ることができるように,3問を基本としている。  一つ目の質問は毎月同じ,「先月のあなたの 成果やパフォーマンスはいかがでしたか? 天 気でお答えください」である。回答は「強い晴 れ」から「大雨」までの選択肢から選ぶ。「日 経新聞」の産業天気図をヒントにつくった質問 である。

 山田君というメンバーがいたとする。サイ バーエージェントではこのアンケートを 2013 年から行っているので,現在では 2013 年から 48 カ月分の山田君の天気の推移が見える。こ の推移を押さえることで,変化を見逃さずにア プローチできる。

 この質問への回答については,ずっと晴れを つけ続ける人もいれば,ずっと雨をつけ続ける 人もいる。サイバーエージェントでは,それは そこまで重要なことではないと受けとめてお り,そこから変化したときが大事だと考えてい る。ずっと曇りをつけていたメンバーが,ある とき雨になったら,そのメンバーにはすぐメー ルを送ったり,面談を依頼して話を聞いたりす る。

(12)

是について聞くこともある。サイバーエージェ ントは「率直に話そう」という社是を掲げてい る。この社是の実現度合いは,あなたのチーム ではどうですかと聞いてみたりするのである。  「あなたの稼働状況(仕事の負荷)を,この 枠に数字で書いてください」とフリーアンサー を求めたこともある。平均値は大体70だったが, なかには「1500」と記入する人がいたりする。 「1500」だと助けてくれという感じなので,す

ぐ連絡をとる。聞くと大したことはなかったり, すごく大変だったりする。「2」と記入する人も いる。すごく暇だということである。

 こうした回答を毎月取り,必要に応じてアプ ローチする。これが「GEPPO」である。「GEPPO」 は,日本 HR チャレンジ大賞のイノベーション 賞を受賞している。

4-8.撤退ラインを明示する

 社内アントレプレナーを輩出し,スタート アップを創出する。この動きの持続化には,撤 退ラインの明確化が欠かせない。新規事業を開 始する時点で,撤退のルールを明文化しておか ないと,撤退は必ず後出しじゃんけんになる。  新たなスタートアップを「若手でやってよ」 と任せることは簡単である。しかし,そこから 赤字を垂れ流してしまったり,部署の事情が変 わったりして,撤退をしなければならなくなる ことが少なくないのも,スタートアップの特徴 である。しかしそこで,「はい撤退。理由は関 係なし」となると,社内のカルチャーに悪影響 がおよぶ。

 現在のサイバーエージェントでは,「スター トアップ JJJ」という新規事業立ち上げの仕組 みを設けており,新規事業を推定時価総額順の

5 ランクにわけている。6 四半期連続で立ち上 げ時からランク昇格が認められなかったり3四 半期連続粗利益が減少すると事業撤退という撤 退ルールが明文化されている。このルールがな かったときは,撤退時に退職が相次いだ。「はい, 撤退」「それなら辞めます」と,優れた人材の 喪失が繰り返された。

 現在のサイバーエージェントでは,事前に撤 退ルールを伝えるようにしている。これはよい 効果を生んでいる。撤退ルールが明確だと,ス タートアップ1日目からキャッシュを見るよう になる。カウントダウンを意識して,お金はど う使おうとか,自身の給料はどうしようかとい うことを真剣に考えるようになる。これが健全 な事業の成長をうながす。

Ⅴ. 結論

 経営戦略論やマーケティング論では伝統的 に,市場の予測にもとづく計画を重視する戦略 マネジメント(戦略計画)が主流だった(Ansof 1979; Porter 1980; Kotler 1991)。しかし市場の 確実な予測が見込めず,かつ一定の範囲で市場 を操作することが可能なのであれば,企業に とっての戦略計画の有効性は揺らぐ。

 このような条件下において新たに有効となる と目されるのが,エフェクチュエーションに 沿 っ た 行 動 で あ る(Sarasvathy 2008; 栗 木 2015,2017)。

(13)

れば,社内のエフェクチュアルな行動をうなが す必要があり,そのための制度を整えていかな ければならない。

 エフェクチュエーションが示す,手近なとこ ろで実行可能な行動を起こしつつ,動き出した 事態のなかで当面の見通しを立てたり,目標を 新たに見いだしたりしていくという局所的な行 動を,いかに組織としてうながしていくか。こ の問題に対して,サイバーエージェントの事例 は何を示しているか。

 第1に,アントレプレナーやスタートアップ を生み出すには大量の提案が必要である。ス タートアップ創出は甘くはない。ぽっと出た 1 つのアイデアから成功がもたらされるとは考え ないほうがよい。したがって「ジギョつく」の ような,大量にスタートアップが提案される仕 組みが社内にあるかどうか,そしてこれが有効 に機能しているかどうかが重要な問題となる。 個々のスタートアップに向けた行動は,手近に 実行可能なものからはじめればよいわけだが, 企業としてはこの種の行動を,大量に生み出す 制度を用意しておく必要があるといえる。  第2は,決断経験の重要性である。動き出し た事態のなかで当面の見通しを立てたり,目標 を新たに見いだしたりしていくという行動に は,「やる,やらない」の決断が常に伴う。企 業としてはこの決断を,いかに入社後間もない 段階から社員に体験させていくかが人材育成の ポイントとなる。とはいえ,このような重要な 決断を,若い社員だけに押しつけるのは無責任 であるし,そこから生じる機会損失も無視でき ない。したがって「あした会議」のように,経 営陣と一般社員が一緒に議論して決断経験を積 んでいくプロセスを用意することが重要とな

る。決断経験の機会を社内に広げるには,経営 陣の新陳代謝を加速化することも有効となる。  第3は,撤退ラインの明確化である。スター トアップの多くは撤退を余儀なくされる。エ フェクチュアルな行動は市場創造につながりや すいが,避けがたく失敗が生じることを見越し ておく必要がある。この失敗がもたらすのは財 務上の損失だけではなく,企業カルチャーの毀 損である。撤退ルールを明文化しておくことで, こうした損失や毀損の膨張を押さえることがで きる。

 第 4 は,セーフティネットの必要性である。 エフェクチュアルな行動には避けがたく失敗が 生じるわけで,短期的にも長期的にも安心して 働ける環境が用意されていないと,動き出した 事態のなかで当面の見通しを立てたり,目標を 新たに見いだしたりしていく行動は萎縮してし まう。スタートアップに挑む人たちの目線を, 感情的な報酬に振ることは,失敗したときの彼 らの気持ちの切り替えを容易にする。社内ヘッ ドハンティングを有効に機能させることは,失 敗を恐れず大胆にエフェクチュアルな行動に踏 み出すカルチャーの醸成につながる。

(14)

とである。

 とはいえ,本論文で取りあげたのは,サイバー エージェントという,創業後 20 年と比較的社 歴が短く,インターネット・サービス分野を中 心に事業を展開する企業である。今後について は,創業後の歴史が長く,伝統型産業で事業を 展開する企業の事例などとも比較しながら,本 論文がもたらした知見をさらに検討していくこ とが求められる。

参考文献

Ansoff, H. Igor (1979)Strategic Management, Macmillan

(広田寿亮 訳『企業戦略論』産業能率大学出版部,

1985)

Blekman, Thomas (2011)Corporate Ef fectuation, Academic Services

Coghlan, D. and T. Brannick (2014)Doing Action Reaearch in Your Own Organization 4th Edition, Sage

株 式 会 社 サ イ バ ー エ ー ジ ェ ン ト・ ホ ー ム ペ ー ジ 

https://www.cyberagent.co.jp/ (2017.12.1アクセス) Knight, Frank H. (1921)Risk, Uncer tainty and Profit,

University of Chicago Press

Kotler, Philip (2000)Marketing Management: Millennium Edition, Prentice-Hall (恩蔵直人監修,月谷真紀訳

『コトラーのマーケティング・マネジメント ミレ ニアム版』ピアソン・エデュケーション,2001)

栗木契(2014)「マーケティング・リサーチは本当に必

要なのか」,『プレジデント』,6.2号,pp.117-119

栗木契(2015)「無限後退問題とエフェクチュエーショ

ン」,『国民経済雑誌』,第211巻第4号,pp.33-46

栗木契(2016)「マーケティングの企画と実行の全体プ

ロセスを知る」『デジタルで変わるマーケティング 基礎』,宣伝会議 pp.35-52

栗木契(2017)「デジタルマーケティングにおける戦略

直感」,『国民経済雑誌』,第215巻第4号,pp.19-33 Por ter, Michael. E., (1980)Competitive Strategy, Free

Press(土岐坤,服部照夫,中辻萬治訳『競争の戦

略』,ダイヤモンド社,1995)

Sarasvathy, Saras D. (2008)Effectuation, Edward Elgar Publishing (加護野忠男監訳,高瀬進,吉田満梨訳

『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』 碩学舎,2015)

曽山哲人(2017)『強みを活かす』PHPビジネス新書

曽山哲人,金井壽宏(2014)『クリエイティブ人事』光

文社新書

渡辺紗理菜,栗木契(2014)「コニカミノルタヨーロッ

パにおけるカラー複合機の躍進」,『一橋ビジネス レビュー』,62巻1号,pp.120-134,

吉田満梨(2010)「不確定な環境における市場予測と遂

行的実践」,『マーケティングジャーナル』第29巻

第3号,pp.59-73

吉田満梨(2017a)「不確実性の下でいかに意思決定が

可能か」,『BtoBコミュニケーション』,第567号, pp.12-18

吉田満梨(2017b)「手持ちの資源と最小のリスクで一

歩を踏み出す」,『BtoBコミュニケーション』第 569号,掲載決定

曽山 哲人(そやま てつひと)  ㈱サイバーエージェント 取締役

 1998 年 4 月  ㈱伊勢丹(現(株)三越伊勢丹)入社  1999 年 4 月  ㈱サイバーエージェント入社  2005 年 7 月  同社人事本部人事本部長就任  2008 年 12 月 同社取締役就任

 2016 年 10 月 ㈱ CyCAST 代表取締役就任(現任)  2016 年 12 月 同社取締役就任(現任)

主著『強みを活かす』PHP ビジネス新書,2017 年『ク リエイティブ人事』光文社新書(共著),2014 年

栗木 契(くりき けい)  神戸大学大学院 経営学研究科 教授

 1997 年 神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了  1997 年 岡山大学経済学部講師を経て,現職  主 著 『リフレクティブ・フロー』白桃書房,2003

参照

関連したドキュメント

の発足時から,同事業完了までとする.街路空間整備に 対する地元組織の意識の形成過程については,会発足の

グローバル化をキーワードに,これまでの叙述のス

実際, クラス C の多様体については, ここでは 詳細には述べないが, 代数 reduction をはじめ類似のいくつかの方法を 組み合わせてその構造を組織的に研究することができる

当社は「世界を変える、新しい流れを。」というミッションの下、インターネットを通じて、法人・個人の垣根 を 壊 し 、 誰 もが 多様 な 専門性 を 生 かすことで 今 まで

私たちは、行政や企業だけではできない新しい価値観にもとづいた行動や新しい社会的取り

Citrix DaaSは、より広範なクラウドサービスの領域を扱う完

) の近隣組織役員に調査を実施した。仮説は,富

1989 年に市民社会組織の設立が開始、2017 年は 54,000 の組織が教会を背景としたいくつ かの強力な組織が活動している。資金構成:公共