中国刑法における中止犯
著者 王 昭武
雑誌名 同志社法學
巻 59
号 6
ページ 357‑394
発行年 2008‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011372
中国刑法における中止犯 三五七同志社法学 五九巻六号
中国刑法における中止犯
王 昭 武
2法的性格
3成立要件
4共犯の中止
5処分
四 おわりに 目次一 はじめに
二 中国刑法の中止犯
1意義
2法的性格
3成立要件
4共犯の中止犯
5処分
三 比較法的検討
1意義および成立範囲
︵二七六九︶
中国刑法における中止犯 三五八同志社法学 五九巻六号
一 はじめに
実行に着手した者が自己の意思により犯罪を中止した場合を︑中止犯という︒日本刑法四三条但書によると︑中止犯
が成立するときには︑その刑が必要的に減軽され︑又は免除される︒中止犯については︑その法的性格︑成立要件︑と
くに任意性の判断基準︑中止行為に真摯性の要否︑中止行為と結果不発生との間の因果関係の要否︑また︑予備の中止
の肯否︑共犯の中止と離脱の関係︑さらに︑刑の減軽と免除の選択基準などをめぐり争いが生じている︒
ところで︑中国刑法にも中止犯の規定があるが︑その規定は︑ドイツ刑法などと同じく︑中止犯を未遂犯︵障害未遂︶
から区別された独立の犯罪類型として扱いながら︑他方︑日本刑法と同じく︑中止犯について犯罪の不成立までは認め
ず︑刑の必要的減免にとどめている︒中国では︑中止犯の成立要件や刑の減免の選択基準などをめぐって独自の議論が
展開されており︑そうした議論の内容を検討することは︑日本の問題解決にとっても有益であると思う︒
そこで︑本稿では︑中止犯をめぐる中国の議論状況について検討し︑その特徴および日本との異同を探ることにしたい︒
二 中国刑法の中止犯
1
意義 中国刑法は︑﹁犯罪の未完成形態﹂として未遂犯と中止犯を法文上別々に規定している︒二三条は未遂犯についての規定であり︑﹁犯罪の実行に着手し︑犯人の意志以外の原因によってこれを遂げなかったときは︑犯罪の未遂である﹂︵一
項︶︑﹁未遂犯は︑既遂犯に照らして︑その刑の軽きに従って処し︑又は︑その刑を減軽することができる ︵
﹂︵二項︶と 1︶ ︵二七七〇︶
中国刑法における中止犯 三五九同志社法学 五九巻六号 する︒二四条は中止犯を規定しており︑﹁犯罪の過程において︑自ら犯罪を中止するか︑又は犯罪結果の発生を自ら効
果的に防止したときは︑犯罪の中止である﹂︵一項︶︑﹁中止犯は︑損害が生じなかったときは︑その刑を免除し︑損害
が生じたときは︑その刑を減軽しなければならない﹂︵二項︶︑というものである︒二四条一項から分かるように︑中止
犯は未遂犯の一形態ではなく︑未遂犯と並ぶ犯罪類型である︒そのため︑中国刑法は︑中止未遂︑障害未遂の概念を使
わず︑その代わりにそれぞれ﹁犯罪中止﹂または﹁中止犯﹂︑﹁犯罪未遂﹂または﹁未遂犯﹂と称し︑中国刑法における
﹁犯罪未遂﹂︑﹁未遂犯﹂は日本刑法における障害未遂のみを意味する︒
⑴ 中止犯は次のように分類されている︒第一に︑中止行為の内容に関して︑ⓐ不作為による中止行為で足りる消極
的︵一般的︶犯罪中止と︑ⓑ作為による中止行為を必要とする積極的︵特殊的︶犯罪中止に分けられる︒不作為による
中止と作為による中止とも呼ばれる︒第二に︑犯罪中止の時期に応じて︑ⓐ予備の中止︵予備段階での中止︶︑ⓑ実行
未終了の中止︵﹁自ら犯罪を中止する﹂︶︑ⓒ実行終了の中止︵﹁犯罪結果の発生を自ら効果的に防止した﹂︶に分けられる︒
実行未終了の中止と実行終了の中止はそれぞれ︑日本刑法における着手中止と実行中止に対応するものである︒第三に︑
損害の有無によって︑ⓐ一定の損害のある犯罪中止とⓑ損害のない犯罪中止に分けられる︒これは中止犯の処分にかか
わるものであり︑前者は刑を減軽し︑後者は刑を免除することになる︒
⑵ 犯罪中止と中止行為は混同されやすいが︑両者は明確に区別する必要がある︒確かに︑両者は密接に関連してい
る︒中止行為がなければ犯罪中止もないから︑中止行為は犯罪中止が成立するための不可欠の要件であり︑犯罪中止は
中止行為の結果である︒しかし︑両者は厳格に区別しなければならない︒すなわち︑中止行為そのものは犯罪であるど
ころか︑刑法上︑奨励すべき行為である︒それに対して︑犯罪中止は犯罪の一形態であり︑中止者はそれについての刑
事責任を負わなければならない︒言い換えれば︑中止行為以前の行為は中止者が刑事責任を負うべき根拠であるのに対
︵二七七一︶
中国刑法における中止犯 三六〇同志社法学 五九巻六号
し︑中止行為は中止者の刑を減免する根拠である ︵
︒ 2︶
2
法的性格 日本では︑法的性格が中止犯の基本問題と位置づけられ︑それを成立要件とリンクさせているのに対して︑中国では︑中止犯の減免根拠を中止犯の法的性格という者もいれば ︵
︑それを中止犯の法的性格といわずに︑その代わりに中止犯の 3︶
立法理由という者もいる ︵
︑中止犯の処分を論ずるときに付帯的にその減免根拠を検討するにす︒さらに多くの見解は 4︶
ぎず ︵
︑それについての見解の違いは必ずしも中止犯の成立要件に反映されていない︒ 5︶
学説をまとめてみると︑主に以下のものがある︒第一説は︑中止犯の減免根拠は﹁厳罰と寛容の調和を図る﹂刑事政 策および犯罪予防の刑罰目的にあると解する立場である ︵
︒この見解は単純政策説と呼ばれている︒それに対して︑以下 6︶
の各説は︑政策説と法律説を併用していることから︑総合説または併合説と名づけられている︒
第二説は︑第一説の根拠以外に︑行為者の主観的悪性およびその行為の客観的社会的危害性の消滅または減少もその 根拠であると主張する立場である ︵
︒ 7︶
第三説は︑法律説が主要な根拠であり︑刑事政策説は補充的な根拠であるとする見解である ︵
︒ 8︶
第四説は︑減免根拠は社会的危害性の減少︵法律説に相当する︶および刑法の謙抑性︵刑事政策説に相当する︶にあ るとする見解である ︵
︒具体的には次のように主張する︒すなわち︑ⓐ中止犯における刑の減免の法的根拠を解明するこ 9︶
とは結局︑刑事責任の程度を決める根拠すなわち刑事責任に影響を与える諸要素を解明することにほかならない︒社会
的危害性は客観的要素と主観的要素を結合する概念である︒中止行為は既遂結果発生の危険性を客観的に消滅すること
である︒また︑任意性︵中国には自動性といわれる︒以下では任意性という︶は犯罪結果不発生の主観的原因であり︑ ︵二七七二︶
中国刑法における中止犯 三六一同志社法学 五九巻六号 これは︑行為者が反規範的意思から法遵守意思に変わっていくことを表わし︑行為者の主観的悪性が大いに減少したことを示している︒ⓑ刑法二四条二項の前段と後段は刑の免除と減軽を規定しているが︑それはそれぞれ刑法の謙抑性のうちにある非刑罰化と軽罰化の現れである︒ 第五説は︑社会的危害減少説︑人的危険性減少説および刑事政策説の結合説である ︵
︒具体的には︑ⓐ社会的危害減少 10︶
説についての説明は第四説と変わらない︒ⓑ行為者の実行していた犯罪は行為者が一定の人的危険性を有することを徴
表するものの︑その後に行われた﹁悪を放棄し善に従う﹂中止行為はその人的危険性の減少を徴表している︒これは人
的危険性減少説である︒ⓒ刑事政策説は一般予防と特別予防の効果以外に︑中国刑法特有の﹁厳罰と寛容の調和を図る﹂
刑事政策をも含んでいる︒
第六説は︑中止犯制度が作られた意義からその法的性格を説明する見解であり︑通説でもある ︵
︒すなわち︑犯罪中止 11︶
制度は意義が重大であり︑具体的に言えば︑ⓐ中止犯制度は︑故意犯罪の各形態において︑﹁犯罪成否の判断において
は主観的要素と客観的要素の両方を考慮する﹂という基本原則および犯罪構成理論を徹底するために必要なものであ
る︒主観的要素と客観的要素の両方を考慮する点においては︑犯罪中止は予備犯︑未遂犯︑既遂犯などほかの犯罪形態
と異なる特徴を有するからである︒ⓑ中止犯制度は︑罪刑均衡の原則を徹底し刑罰の目的を達成するために必要なもの
である︒中止者は予備犯︑未遂犯︑既遂犯などほかの犯罪形態にある犯罪者と異なる社会的危害性と人的危険性を有す
るから︑刑罰を適正に適用し︑かつ特別予防の目的を達するためには︑犯罪中止を独立の制度として設立すべきである︒
ⓒ中止犯制度は︑犯罪から有効的に社会を守り︑実行中の犯罪から社会的危害を最小限におさめるために必要なもので
ある︒ 第七説は︑第六説が法的意味における減免根拠をうまく説明しているものの︑理論的根拠すなわち倫理根拠にまで深
︵二七七三︶
中国刑法における中止犯 三六二同志社法学 五九巻六号
入りしてそれを明らかにしていないと批判したうえ︑次のように主張する ︵
︒すなわち︑刑事責任の理論的根拠および刑 12︶
罰の適用はいずれも倫理・道徳と内在的につながりがあることを前提にするものであるから︑行為者自身が自己の行っ
ていた犯罪行為を中止行為に変えていった場合には︑行為者に対する倫理的非難にその中止行為に相応しい減軽を与え
るべきである︒その倫理的非難の程度の変化は必然的に刑事責任に反映され︑行為者の負うべき刑事責任も軽くなるは
ずである︒このように解してこそ︑中止者が中止行為以前の犯行およびその犯行を支配する主観的悪性について刑事責
任を受けるべきであると同時に︑中止行為によってその刑事責任が減免されるべきであることを理論的に根拠づけられ
る︒それにより︑一般予防の目的を達成することができる︒
ドイツ︑日本の影響を受けた第八説は現在の有力説である︒この見解は中止犯の減免根拠を次の三点に求める ︵
︒すな 13︶
わち︑ⓐ客観的には︑行為者が犯行を止める行為または犯罪結果の発生を効果的に防止する行為を行うことによって︑
犯罪結果の発生を防止した︵これは違法性減少説に相当する︶︒ⓑ主観的には︑行為者自らが元来の犯罪的意図を否定
し放棄したことが犯罪結果不発生の主観的原因であり︑これは行為者への非難可能性が大きく減少したことを徴表する
︵これは責任減少説に相当する︶︒ⓒその刑を減免することは︑犯罪者に犯罪を中止させることを促進できるばかりでな
く︑法益に対する実際的損害を避けることにも役立つ︵これは刑事政策説に相当する︶︒
ほかにごく少数ながら︑第九説として︑中止犯の減免根拠は刑法の応報的観念と功利的観念にあり︑両者は基本的な ものと補充的なものとの関係にあると主張する見解もある ︵
︒ 14︶
3
成立要件中止犯の成立要件については︑様々な見解がみられる︒通説は︑①時間性︵犯罪の過程において犯罪を停止すること︶︑ ︵二七七四︶
中国刑法における中止犯 三六三同志社法学 五九巻六号 ②任意性︑③徹底性︵犯罪の意思を徹底的に放棄すること︶︑④有効性︵行為者の意図する犯罪結果が発生しなかった こと︶という四つの要件を成立要件としている ︵
︒ほかに︑三つの要件を主張する見解もある︒例えば︑時間性︑任意性︑ 15︶
徹底性・有効性とする見解 ︵
︑時間性︑任意性・徹底性︑中止行為・有効性とする見解 16︶︵
︑時間性︑中止行為・任意性︑徹 17︶
底性とする見解 ︵
︑中止性︵時間性と有効性を含む︶︑任意性︑徹底性とする見解 18︶︵
︑時間性︑任意性︑有効性︵徹底性を 19︶
含む︶とする見解 ︵
などがある︒ただ︑これらの見解は︑単に時間性︑任意性︑徹底性︑有効性という要件を論者の理解 20︶
によって任意に組み合わせしているだけであり︑その実質的な内容は︑通説のそれとほとんど異ならないといってよい︒
もっとも︑近年︑ドイツ刑法︑日本刑法の影響を受け︑通説に修正を加える見解もみられる︒たとえば︑中止犯の成 立要件は時間性︑任意性︑客観性︵客観的に中止行為を実施すること︶︑有効性にあるとする見解 ︵
や︑中止犯の成立要 21︶
件を主観的要件と客観的要件に分け︑主観的要件は任意性︵できるのに欲しなかったこと︶︑徹底性︵故意を放棄する
こと︶であり︑客観的要件は時間性︵中止犯成立の客観的前提条件である︶︑中止行為︑有効性︑関連性︵中止行為と
結果の未発生との間に因果関係が認められること︶であるとする見解 ︵
などが主張されている︒ 22︶
以上のようなさまざまな見解が展開されてきたのは︑中止犯が予備犯︑未遂犯︑既遂犯から区別される特徴とその成
立要件が混同され︑かつ徹底性︑任意性︑有効性についての理解が異なるからだと思われる︒ただ︑私見によれば︑い
わゆる徹底性︑関連性はそれぞれ任意性︑有効性のうちの問題の一つであるため︑それらを単独の要件としてとりあげ
る必要はない︒以下は時間性︑任意性︑中止行為︑有効性など各要件を概観することにしたい︒
㈠ 時間性
刑法二四条一項の規定により︑中止犯が成立するためには︑行為者は犯罪の過程において犯罪を中止しなければなら
︵二七七五︶
中国刑法における中止犯 三六四同志社法学 五九巻六号
ない︒﹁犯罪の過程において﹂︵時間性︶という要件は︑犯罪中止がどの段階において発生すべきかを問題とするもので
ある︒この点について︑一時は見解の違いがみられたが︑現在の通説は以下のとおりである︒すなわち︑従来は犯罪中
止の時間性を論ずる際︑往々にして犯罪結果の発生以前に中止することを強調してきたが︑それは適切ではない︒とい
うのは︑犯罪既遂と法益侵害の結果の発生とは異なる概念であり︑異なる法的意味を有するからである︒確かに︑結果
犯の場合は︑構成要件的結果︵法益侵害の結果︶の発生が既遂の要件であるが︑例えば︑陰謀犯︑挙動犯︑危険犯など
の場合には︑法益侵害の結果が発生しなくても既遂に達しうる︒それ故︑﹁犯罪の過程において﹂とは︑中止の存在す
る時間的範囲が予備行為から既遂までの段階であるということを意味することになる ︵
︒したがって︑既遂状態に達した 23︶
場合には︑中止犯の存在する余地はない︒具体的にいえば︑中止は予備段階︵予備の中止︶︑実行行為の途中の段階︵実
行未終了の中止︶︑実行行為の終了後の段階︵実行終了の中止︶に生じうる︒ここから分かるように︑予備犯は予備段
階にのみ︑未遂犯は実行行為の実行中および実行後既遂前の段階にのみ存在しうるから︑中止犯の時間的成立範囲は予
備犯︑未遂犯より広い︒これは中止犯が予備罪︑既遂罪から区別される重要な基準の一つでもある︒
中止の時間性は中止の有効性により決められるものである︒﹁自ら犯罪を中止するか︑又は犯罪結果の発生を自ら効
果的に防止した﹂ことは︑当然ながら︑中止が﹁犯罪の過程において﹂なされることを要求しているからである︒ただ︑
犯罪既遂の概念を適正に解釈できなければ︑中止犯の成立範囲を不当に狭める可能性がある︒例えば︑危険犯の場合に
は︑危険の発生を既遂とすれば︑危険状態が発生した以上は中止犯にならないはずである ︵
︒しかし︑これは明らかに法 24︶
益保護に利する解釈ではない︒したがって︑予備︑未遂︑既遂などほかの犯罪形態を正確に認定できるかどうかは犯罪
中止の成否に影響を与える ︵
︒ 25︶
時間性についてはいくつか注意すべき点がある︒第一に︑行為者が犯意を起こした後︑予備犯罪を含める何の犯罪も ︵二七七六︶
中国刑法における中止犯 三六五同志社法学 五九巻六号 行わずにその犯意を放棄した場合は︑犯罪中止にはならない︒第二に︑犯罪が既遂に達した後︑行為者が被害回復に積極的につとめたとしても︑犯罪中止にはならない︒第三に︑終局的に犯罪予備または犯罪未遂が成立した後は︑犯罪中止になる可能性はない︒したがって︑いったん犯罪未遂になったが︑その後にみられた後悔︑悔悟などの積極性︑真摯性などはあくまで量刑事情にすぎず︑犯罪中止の成否に影響しない ︵
︒ 26︶
㈡ 任意性
意義
任意性とは︑行為者は自己の意思により︵中国刑法二四条一項は﹁自ら﹂という︶犯罪を中止することをいう︒これ
は犯罪中止が犯罪予備︑犯罪既遂から区別される主観的基準である︒
﹁自己の意思により﹂とは︑行為者はその犯罪行為を引き続き実行し︑またはその犯罪行為を既遂に達成させること
が可能であることを認識しながら︑その者本人の意思によって犯罪をやめたことをいう︒前段は任意性の前提条件であ
り︑後段は任意性の実質的内容である︒すなわち︑まず︑行為者がその犯罪行為を引き続き実行し︑または既遂結果を
生じさせるかどうかについて選択の余地がある場合に︑行為者がその犯罪行為を引き続き実行し︑または既遂結果を生
じさせることを選択しなかったということじたいが行為者に任意性があったということを示している︒次に︑この場合
には︑行為者自らがもともとの犯罪意思を放棄し︑犯罪結果の発生を希望しなくなったことをも示している︒
具体的にいえば︑中止の任意性は行為者本人の認識を前提にしなければならない︒すなわち︑行為者は犯罪を完成す
ることができると思ってその犯行を止めた場合は︑客観的にそれが不可能であったとしても犯罪中止になる︒例えば︑
AはBを刺殺するために︑ナイフをもってB宅に向かっていったが︑途中で翻意し犯行を続行することをやめて自宅に
︵二七七七︶
中国刑法における中止犯 三六六同志社法学 五九巻六号
戻った︑しかし︑後に︑実は当日︑Bが留守であったことが判明したというような場合である︒それに対し︑一般人か
ら見て︑または客観的に犯罪を完成することが可能であるのに︑行為者自身はそれが可能ではないと思って犯行を止め
た場合は︑犯罪中止にならない︒
判断基準 任意性の判断基準については︑①いかなる外的影響も受けていない状況の下で︑行為者自らが犯罪を止めることが必 要であるとする絶対任意論 ︵
︑②外部的事情は中止の契機にすぎず︑内心的要素こそが中止の決定的な要因であり︑最終 27︶
的に犯罪を止めることを決定したのは行為者本人以外のなにものでもないといえるときに任意性があるとして︑被害者
に叱責された場合や︑被害者が面識のある者である場合など犯罪の継続に障害があっても︑行為者が事実上犯罪を止め
た以上は中止犯になるべきであるとする内因決定論︑③外部的事情が行為者の意思に対して強い影響を与えたときは任
意性を否定し︑それほど強い影響を与えなかったときは任意性を肯定する主要役割論 ︵
︑④行為者が主観的に犯罪意思を 28︶
放棄し︑客観的に犯行をやめることこそが中止犯の核心であるから︑行為者に犯罪意思を放棄させた原因が何かを論ず
ることには意味がないとする無意味論 ︵
︑⑤外部的事情に対する行為者の認識および外部的事情の性質などを総合的に勘 29︶
案して︑具体的事情に応じて個別的に判断する総合判断論 ︵
などの諸説が一時主張された︒しかし︑現在では︑ドイツ刑 30︶
法や日本刑法の影響をうけて︑⑥﹁やろうと思えばやれたのに︑やらなかった﹂場合が中止未遂であり︑﹁やろうと思
っても︑やれなかった﹂場合が障害未遂であるとするフランクの公式を採用する主観説が通説である ︵
︒すなわち︑客観 31︶
的に犯罪を続行し︑または既遂に達することができると認識しながら︑行為者が自己の意思によって犯罪行為を止めた
場合は︑任意性が認められる︒さらに︑通説は以下の二点を強調している︒一つは︑行為者の動機を広く捉えるべきで ︵二七七八︶
中国刑法における中止犯 三六七同志社法学 五九巻六号 あり︑﹁広義の後悔﹂に限らないということである︒もう一つは︑内心的または外部的障害が客観的に存在した場合に
一律に中止犯が否定されるというわけではなく︑重要なのはその内心的または外部的障害が行為者に犯意を放棄させる
に足りるものであったかどうかである ︵
︒ 32︶
任意性の問題は︑﹁やれたかどうか﹂と﹁欲したかどうか﹂を如何に理解するかに現れる︒ただ︑フランクの公式に も限界があり︑すべての事案を解決できるわけではないと指摘されている ︵
︒例えば︑至近距離でピストルを被害者の頭 33︶
部に突きつけて︑発射しようとした時に︑一〇〇メートル離れた警察官から﹁やめろ﹂といわれたため︑発射せずに逃
走した場合︑フランクの公式を適用すれば︑任意性があるという結論になるであろう︒しかし︑この結論に賛同する者
はほとんどいない︒その場合には︑主観説より客観説のほうがより適正な結論が得られる︒また︑夜間強盗を実行しよ
うと決意し︑相手にナイフを突きつけたところ︑相手が自分の兄であることがわかり︑犯行をやめた場合には︑主観説
か客観説かによって︑結論が大きく違ってくる︒そのため︑主観説を採用しながら︑客観説も考慮すべきかどうかにつ
いては︑現在は大きな争点にもなっている︒近年︑﹁絶対的障害﹂がなく︑行為者が選択の自由を有する状況で犯罪を
やめた限り︑任意性が認められると主張し︑任意性をより緩めに認定しようとする見解 ︵
があるのに対して︑フランクの 34︶
公式の問題点への反省を踏まえて︑ドイツ刑法において有力に主張されている規範的判断を採用する見解 ︵
や︑主観説を 35︶
基本とし︑補充的に客観説も考慮すべきだと主張する見解 ︵
も存在する︒ 36︶
徹底性
⒜ 一般的理解
中止犯が成立するためには︑行為者は犯罪の意思を徹底的に放棄しなければならない︒これは中止の徹底性という︒
︵二七七九︶
中国刑法における中止犯 三六八同志社法学 五九巻六号
﹁徹底的に放棄する﹂とは︑行為者がもともとの犯意を断念し︵主観的要素︶︑継続できる行為を放棄すること︵客観的
要素︶をいう︒徹底性を一般的に要求しない日本と異なり︑中国の通説はこれを成立要件の一つとしている︒
もっとも︑徹底性の位置づけは一致していない︒徹底性を任意性の特徴の一つとして論ずる学者もいれば︑有効性の
特徴の一つとして論ずる学者や︑単独の要件とする学者もいる︒一般的には︑任意性または有効性との関係をめぐって
論争が繰り広げられ︑見解が分かれている︒①徹底性と任意性は互いに補完しあう関係にあり︑徹底性は任意性の延長
線にあるものであるから︑任意性がなければ徹底性を問題とする必要がなく︑徹底性がなければ任意性が本当に法的に
奨励するに値するものかどうかが明らかにならないとする見解 ︵
︑②徹底性は中止行為の任意性から必然的に要求される 37︶
要件であり︑そこから派生された特徴でもあると主張する見解 ︵
︑③徹底性を単独の要件とする理由は︑﹁自己の意思より﹂ 38︶
の判断にあたって︑任意性が﹁質︵本質︶﹂についての規定であり︑徹底性が﹁量︵程度︶﹂についての規定であること
にあるとする見解 ︵
︑などが主張されている︒ 39︶
徹底性の位置づけについて見解の不一致があるのに対し︑徹底性の意義についての理解はほぼ一致している ︵
︒すなわ 40︶
ち︑﹁徹底的に放棄する﹂ことはあくまでも具体的事案についてのことであり︑行為者はこれから永遠に同じ犯罪︑さ
らに何の犯罪も行わないことを意味するものではない︒行為者は現在の犯罪をやめ︑現在の犯罪意図を放棄すればよい︒
たとえその後︑新たに犯罪を犯したとしても︑現在の犯行が中止犯になるか否かには影響することはない︒
⒝ 新しい見解
﹁故意は︑過失と相反する概念であり︑犯意とも称する︒故意とは︑犯罪の意思︑つまり構成要件に該当する客観的 事実を認識または予見し︑犯罪的事実を実現しようとする意欲または容認である ︵
﹂といわれるように︑中国では一般に︑ 41︶
犯意と故意は同じものであると理解されている︒しかし︑最近︑﹁犯罪の意思﹂を﹁故意﹂と﹁犯意﹂に分け︑ここに ︵二七八〇︶
中国刑法における中止犯 三六九同志社法学 五九巻六号 いう﹁犯罪の意思を徹底的に放棄する﹂とは﹁犯意﹂の放棄ではなく︑具体的犯罪に対する﹁故意﹂の放棄を意味すると主張する見解がみられる ︵
︒同説によれば︑犯意を過失と相反する意味での﹁故意﹂として理解する以外に︑それを抽 42︶
象的な意味に理解することも可能である︒すなわち︑犯意は具体的犯罪の認識︑意欲だけではなく︑抽象的意味での犯
罪意図︑犯罪計画︑犯罪動機などを観念する概念でもある︒つまり︑中国刑法は︑﹁犯罪の意思﹂を具体的犯罪につい
ての﹁故意﹂として理解した上で︑徹底性という要件を要求しているのに対し︑日本など大陸法系の国家は︑それを抽
象的意味での﹁犯意﹂として理解しつつ︑徹底性の要件を不要としているのである︒したがって︑徹底性の要件につい
て︑中国の肯定説と日本などの否定説は︑結論において異ならない︒いずれも具体的犯罪についての故意を放棄しなけ
ればならないことを否定していないからである︒
ほかに︑徹底性を中止行為の一要素であると位置づけ︑さらに徹底性があったかどうかを判断するための基準を提出 する見解もある ︵
︒この見解によれば︑いったん犯行を止めて︑再び実行される犯行が新しい犯罪と認定できれば︑中止 43︶
行為の徹底性が認められる︒それに対し︑新しい犯罪と認定できず︑もとの犯罪の継続にすぎないであれば︑徹底性が
あるとはいえない︒
㈢ 中止行為
意義
中止は内心状態の変化にとどまるものではないから︑中止犯が成立するためには︑客観的に中止行為を行う必要があ
る︒前述したように︑中止犯は︑予備の中止︑実行未終了の中止と実行終了の中止に分けられる︒予備の中止の場合は
通常︑予備行為がまだ未終了の段階ならばそれ以後の予備行為を放棄し︑予備行為が終了した段階ならば実行行為に着
︵二七八一︶
中国刑法における中止犯 三七〇同志社法学 五九巻六号
手することを放棄するという不作為でよい︒実行未終了の中止の場合は︑実行行為を引き続き実行しないかぎり︑犯罪
結果が発生しないから︑中止行為はそれ以後の実行行為を放棄するという不作為でよい︒実行終了の中止の場合は︑行
為者はさらに積極的な結果防止措置をとるという作為が必要になる︒ここでは︑不作為で足りるのか︑それとも作為が
必要なのかは犯行が終了したか否かによって決められる︒従って︑その判断基準を明確にさせる必要がある︒
﹁着手未遂﹂と﹁実行未遂﹂に関する日本の論争が詳しく中国に紹介され ︵
︑中国刑法における﹁実行未終了の中止﹂ 44︶
と﹁実行終了の中止﹂を区別する理論にも大きな影響を与えている︒中国では現在︑実行の終了時期の判断基準につい
て︑折衷説が圧倒的に多数をしめている ︵
︒これによると︑犯罪行為︵実行行為︶は主観的要素と客観的要素が結合した 45︶
ものであるから︑行為が終了したか否かを判断するにも︑積極的に防止行為を行わなければ犯罪結果が発生してしまう
という客観的状態︑および行為者の主観的認識を総合的に勘案すべきである︒具体的には︑①行為者が︑結果発生を防
止するために単に犯行をやめれば足りると認識し︑かつ客観的にもそうであったならば︑それは実行未終了の中止であ
る︒この場合には︑行為者は自ら犯行をやめれば︑中止犯になる︒②行為者が︑結果発生を防止するために積極的な防
止行為が必要であると認識し︑かつ客観的にもそうであったならば︑それは実行終了の中止である︒この場合には︑行
為者が結果発生の防止措置をとり︑結果発生を実際に防止したときに︑中止犯になる︒③犯行が客観的に終了されてい
ないにもかかわらず︑行為者が終了していると誤認してそれ以後の犯行を引き続き行わなかった場合には︑未遂犯であ
り︑中止犯は成立しない︒
実行未終了の場合には︑行為者自らがそれ以後の行為を放棄すれば︑中止犯になる︒﹁それ以後の行為を放棄した﹂
というためには︑つぎのような四つの特徴がある︒①行為者が特定の侵害行為に着手したこと︒②第一の侵害行為が︑
行為者の予期する危害結果を発生させなかったこと︒③犯行当時の客観的状況および行為者本人の主観的認識から︑行 ︵二七八二︶
中国刑法における中止犯 三七一同志社法学 五九巻六号 為者が同一の犯行を継続しその予期する構成要件的結果を発生させることが可能であったといえること︒④行為者が犯行の続行を放棄し︑それによりその予期する構成要件的結果が発生しなかったことが必要である ︵
︒さらに︑通説によれ 46︶
ば︑実行未終了の場合には︑行為者は真に犯行を放棄しなければならない︒たとえば︑別の機会の方が犯行が成功する
と思って犯行をやめたとか︑侵入窃盗において金銭が少なかったために再度来ようと思って窃盗行為をやめたなどの場
合は中止犯にならない ︵
︒ 47︶
もう一つの問題は︑結果発生を防止するための中止行為じたいが別の犯罪を構成する場合に︑どう取り扱うべきかで
ある︒その中止行為は独立の犯罪として処罰することが可能であるが︑その行為が緊急避難など犯罪成立阻却事由に該
当する場合には︑犯罪の成立を認めるのは好ましくないとする見解が一般的である ︵
︒ 48︶
真摯性 実行終了の中止において︑また︑場合によっては︑結果発生に向けた因果関係がすでに進行している実行未終了の中
止においても︑中止犯が成立するためには︑行為者は積極的な中止行為を行い︑結果発生を効果的に阻止する必要であ
る︒ここでの争点は︑中止行為を真摯な努力︵﹁真摯性﹂︶によるものに限定すべきかにある︒この点について︑日本刑
法の影響が大きい︒放火に着手した行為者が火勢に恐怖心を生じ︑﹁放火したからよろしく頼む﹂と叫びながら走り去
った事案 ︵
をきっかけに﹁真摯性﹂を要求する見解は通説になっている︒ただし︑真摯な努力が不可欠であるとしても︑ 49︶
単独で中止行為を行うことは必要でない ︵
︒ 50︶
近年︑日本刑法は真摯性の中身を明確に説明していないと指摘しつつ︑主観面と客観面からその中身を検討する学説
が見られる ︵
︒それによれば︑真摯性は主観的要素と客観的要素からなるものである︒主観的要素は前述した徹底性のこ 51︶
︵二七八三︶
中国刑法における中止犯 三七二同志社法学 五九巻六号
とであり︑それは犯罪故意を徹底的に放棄し︑犯罪結果の発生を希望しないという心理的状態である︒客観的要素は︑
中止犯が成立するために︑行為者の中止行為がどの程度に達すべきかということであり︑これこそが真摯性の中核的な
問題である︒具体的にいえば︑一つの見解は︑真摯性は以下の三点を含めるべきだと主張している ︵
︒ⓐ真摯性の性質は︑ 52︶
現在の犯罪により引き起こされうる結果について︑行為者が中止行為をもって結果発生に向かう因果経過を変えたこと
によって︑犯罪結果の発生を防止したことに徴表される︒ⓑ中止行為は︑当時の具体的状況に応じて結果発生を防止す
るに足りる程度のものでなければならない︒ⓒ真摯性は︑他人からの協力を排除しないが︑行為者は自ら結果発生を防
止するに足りると同程度の努力を払わなければならない︒
もう一つの見解は︑﹁真摯な努力﹂と﹁積極的中止行為﹂との関係を解明しようとするものである ︵
︒中止行為の真摯 53︶
性は行為者の心理についての判断であり︑ただ︑この心理的態度は中止行為があってはじめてあきらかになる︒そのた
め︑真摯性は積極的中止行為に内在しながら︑それにより徴表されるものである︒﹁真摯な努力﹂と﹁積極的中止行為﹂
との関係は︑具体的にいえば︑ⓐ両者とも﹁結果発生の防止﹂にかかわるものであり︑結果の不発生を前提としている︒
ⓑ真摯性は積極的中止行為に制限を加えるものであり︑﹁真摯性のある積極的中止行為﹂とは︑行為者はその認識およ
び能力に相応しく︑かつ客観的に結果発生の危険を消滅できる中止行為をいう︒そのため︑中止行為の内容を﹁積極的
中止行為﹂と解すると︑中止犯が成立するためには︑真摯性が必要になる︒
㈣ 有効性
意義
有効性とは︑﹁これを遂げなかった﹂こと︑すなわち犯罪結果の発生がなかった︵陰謀犯︑危険犯︑挙動犯などの場 ︵二七八四︶
中国刑法における中止犯 三七三同志社法学 五九巻六号 合には既遂に達しなかった︶ことをいう︒予備の中止︑実行未終了の中止︑実行終了の中止のいずれも︑行為者の希望する構成要件的結果︵法益侵害の結果︶が発生しなかったことでなければならない︒言い換えれば︑行為者自らが犯行を止め︑または結果防止措置を積極的にとったとしても︑行為者の意思に反して︑行為者の希望する構成要件的結果︵法
益侵害の結果︶が発生した以上は︑中止犯になることはなく︑その中止行為は量刑事情にすぎない︒その意味では︑有
効性とは︑それまでの犯行により引き起こされた既遂結果発生の危険性を中止行為により消滅させることである︒
具体的にいえば︑不作為による中止の場合︑予備行為または実行行為をやめれば︑通常は犯行が結果の不発生に終わ
ることになる︵具体的事情によっては積極的中止行為が必要になる場合もある︒その場合は作為による中止と同じとな
る︶︒それより有効性の要件を充たすことになる︒それに対し︑作為による中止の場合は︑有効性が認められるためには︑
行為者が積極的な中止行為によって既遂結果の発生を防止しなければならない︒両類型において︑中止犯が成立するた
めには︑有効性が不可欠な要件であるという点では異なるところがなく︑ただ︑危険を消滅させる方法が異なるにすぎ
ない︒ 中止行為と結果不発生との因果関係 有効性の検討にあたって︑中止行為と結果不発生との間の因果関係の要否が問題となる︒すなわち︑中止行為を行っ
たが︑第三者の行為によって結果の発生が防止された場合︵放火犯人が消火活動を行ったが効果はなく︑消防士が消
火したような場合︶︑はじめから結果が発生しえない欠効未遂の場合︵致死量に達しない毒物を飲ませたような場合︶
にも︑中止犯が成立かが問題となる︒
これについては若干争いがある︒否定説︵因果関係必要説 ︵
︶は次のように主張している︒行為者が結果防止のために 54︶
︵二七八五︶
中国刑法における中止犯 三七四同志社法学 五九巻六号
積極的な措置をとったが︑結局は他の原因によって結果が不発生になった場合には︑中止犯ではなく︑既遂犯または未
遂犯になるべきである︒ただ︑行為者の努力を量刑事情として考慮し︑行為者をより軽く処罰すべきである︒この否定
説は中国の指定教科書 ︵
の見解であり︑通説になっている︒ 55︶
しかし︑肯定説︵因果関係不要説 ︵
︶も有力である︒すなわち︑行為者は結果を防止する可能性があることを認識しな 56︶
がら︑結果防止に足りる中止行為を行い︑かつ︑結果が実際に発生しなかった以上は︑中止犯になるべきである︒さも
なければ︑刑の不均衡が生じかねないからである︒しかも刑法二四条一項は﹁犯罪結果の発生を効果的に防止した﹂を
規定しているが︑表面的には︑それは中止行為と結果未発生との間に因果関係があると要求しているようにみえるが︑
実質的には︑犯罪結果の不発生︑行為者が積極的な中止行為を行うことを要求しているにすぎないともいえる ︵
︒ 57︶
現在は︑さまざまな理由があげられているが︑主に︑現行法のもとでは上述のケースにおいて中止犯を認めず︑未遂
犯として取扱うことは刑の均衡を失し︑特別予防の効果が期待できず︑中止犯の趣旨に反するなどの理由に基づいて︑
それは立法により解決すべき問題であると主張し︑ドイツ刑法二四条︑日本改正刑法草案二四条二項などを参考にして︑
準中止犯の規定をおくべきだと強く求める学者も少なからず存在する ︵
︒ 58︶
結果が発生した場合の中止犯の成否 有効性が中止犯成立の不可欠な要件であることは上述したとおりである︒ただ︑犯罪中止はいかなる結果も発生しな
かったことを意味するものではなく︑あくまでも行為者が希望し︑実行行為の性質によって決められる結果が発生しな
かったことをいう︒つまり︑行為者の犯行から発生すべき構成要件的結果︵法益侵害の結果︶が発生しなかったことで
ある︒例えば︑故意殺人の場合は︑死亡が構成要件的結果︵法益侵害の結果︶である︒殺人という犯罪の過程において︑ ︵二七八六︶
中国刑法における中止犯 三七五同志社法学 五九巻六号 行為者自らが殺人という犯行をやめる︑または有効的措置をとって死亡という結果の発生を防止できたならば︑たとえ被害者に傷害の結果を与えたとしても︑それは殺人罪の中止犯であり︑傷害罪の既遂犯ではない︒そのため︑犯罪中止を一定の損害のある犯罪中止と損害のない犯罪中止に分けることができる︒その区別は量刑にとって重要であるばかりでなく︑犯罪中止の特徴を正確に把握する上でも重要な意義を有する ︵
︒ 59︶
もう一つの問題は︑行為者は結果発生を防止するに足りる努力を行い︑本来は結果発生を防止できたはずなのに︑他
の介在事情により結果が発生してしまった場合に︑中止犯が成立するかである︒具体的には︑次のような介在事情が考
えられる︒①第三者行為の介入︒例えば︑行為者は殺人の目的で被害者に軽傷を負わせた後︑悔悟に基づいて被害者を
病院に搬送する途中で︑運転手の無謀運転により交通事故が発生したため︑被害者が死亡した︒②被害者行為の介入︒
例えば︑行為者は放火の目的で被害者宅に火をつけた後︑悔悟に基づいて消火活動にとりかかったが︑被害者がそれを
奇貨として保険金の騙取に利用するために︑行為者の消火活動を妨害し︑結局は被害者宅が焼失されてしまった︒③特
殊事情の介入︒例えば︑行為者が被害者に軽傷を負わせたが︑病院のエレベータを利用して手術室に搬送している時に︑
エレベータが突然故障して一気に地面に落下され︑被害者がショック死した︒
これについて︑主に二つの見解が対立している︒①中止犯が成立しないと主張する否定説 ︵
が通説である︒すなわち︑ 60︶
ⓐ結果が発生して既遂となった場合には︑行為者が犯罪防止に足りる努力をしたにもかかわらず︑行為者の犯罪結果の
発生を追求する犯行︵先行行為︶がその中止行為より先に行われたものであり︑かつ︑その中止行為がその犯行を有効
的に排除できなかったため︑既遂罪を認めることは﹁犯罪成否の判断においては主観的要素と客観的要素の両方を考慮
する﹂という原則にもっとも適合する︒ⓑ犯罪既遂を認めたとしても︑行為者の努力を量刑事情として考慮すれば︑苛
酷な量刑になることはないばかりか︑中止犯の適用を氾濫させることなく︑中止制度を設立することの真価が維持できる︒
︵二七八七︶
中国刑法における中止犯 三七六同志社法学 五九巻六号
それに対し︑②肯定説 ︵
は︑ⓐ行為者が既遂結果の発生を防止するために積極的で真摯的努力を行い︑かつ外的事情の 61︶
介入がなければ︑本来は結果を防止できたはずであること︑ⓑ外的介入事情が行為者の犯罪行為と結果発生との因果関
係を遮断したこと︑という二つの要件が満たされれば︑中止犯の成立を認めるべきだとする︒
4
共犯の中止犯 二人以上共同して故意に罪を犯したことを共同犯罪という︵刑法二五条︶︒共同犯罪における役割によって共犯を主犯︑従犯︵幇助犯︶︑脅迫犯︵脅迫されて犯罪に加わった者︶︑教唆犯に分ける︒ただ︑理論上は︑共犯は共同正犯︵実
行犯︶︑教唆犯︑従犯に分類されている︒また︑日本と同じく共犯の中止についての規定はない︒
共犯の中止犯には主に以下の四種類がある︒共同犯罪の過程において︑①すべての共犯者が自己の意思によって犯行
をやめ︑または犯罪結果の発生を防止した場合︑②一部の共犯者が犯意を放棄した後︑ほかの共犯者に犯行を止めるよ
うに説得したが︑結局はすべての共犯者がそれぞれ自己の意思によって犯行をやめた︑または犯罪結果の発生を防止し
た場合︑③一部の共犯者自らが犯意を放棄した後︑ほかの共犯者に犯罪をやめるように説得したが︑他の共犯者がその
説得を聞き入れなかったため︑その共犯者は積極的な措置をとり︑他の共犯者に犯行を完成させなかった︑または犯罪
結果の発生を防止した場合︑④一部の共犯者自らが犯意を放棄した後︑ほかの共犯者に犯罪を止めるように説得したが︑
他の共犯者がその説得を聞き入れなかったため︑その共犯者は積極的な犯罪阻止措置をとったものの︑結局はほかの共
犯者の犯行を阻止できなかった︑または犯罪結果の発生を防止できなった場合︑である︒①と②の場合は全部中止とい
い︑共犯者全員が中止犯になり︑③の場合は部分中止といい︑積極的な中止行為を行った共犯者のみは中止犯になり︑
他の共犯者は未遂犯にとどまる︒これについて︑ほぼ異論がない︒ ︵二七八八︶
中国刑法における中止犯 三七七同志社法学 五九巻六号 問題は︑④のような共犯の離脱の場合に︑積極的な中止行為を行った共犯者が中止犯になるかどうかにある︒これについて様々な見解が主張されている︒第一は︑共同犯罪は一体性という特徴を有するものであるから︑中止の有効性は共同犯罪全般が既遂に達したか否かによって決められるべきであるとして︑一部の共犯者が中止犯になるためには︑自己の犯行をやめると同時に︑ほかの共犯者の犯行をやめさせるか︑または共同犯罪の結果を防止させなければならないとする見解である︒この見解は中止行為の客観的効果を重要視しているため︑客観説と呼ばれている︒これは共同犯罪の中止犯の成否にあたって︑単独犯と同じ基準をもって判断するものであり︑現在の通説であり︑司法実務の立場でもある︒ 第二は︑共同犯罪は一体性という特徴を有するが︑それはあくまでも各共犯の単独行為からなるものであるから︑一部の共犯者自らが犯行をやめれば︑共同犯罪との関係が完全に切断され︑残余の共犯者のそれ以後の行為と何の関係もなくなる︒したがって︑自ら犯行をやめた共犯者は犯罪中止になるとする見解である︒つまり︑共同犯罪の中止犯になるためには︑共同犯罪の最終的結果のいかんにかかわらず︑共犯者は自己の犯行をやめれば足りるというのである︒ 第三は︑主犯 ︵
以外の共犯者の中止の有効性は︑その共犯者の能力の届く範囲内を限度とし︑主犯以外の共犯者が主観 62︶
的にほかの共犯者の犯行をやめさせようとしたが︑その能力が届かずほかの共犯者の犯行をやめさせることに成功しな
かったとしても︑犯罪中止になるとする見解である︒この見解は中止行為の客観的効果より行為者の主観面を重要視し
ているため︑主観説といわれている︒
第四は︑共犯の中止の有効性は︑中止者が自己の犯行と犯罪結果との間の因果関係を切断したか否かによって決めら
れるから︑一部の共犯が自己の消極的または積極的行為によってその因果関係を切断したと認められれば︑たとえ残余
の共犯者により共同犯罪の結果を生じさせたとしても︑犯罪中止になるとする見解である︒これは因果関係論に基礎づ
︵二七八九︶
中国刑法における中止犯 三七八同志社法学 五九巻六号
けられる説であるから︑因果関係説と称される︒
第五は︑中止者が自己の犯行と共犯行為全体との関係を解消させれば︑共犯の中止の有効性が認められるとする見解
である︒これによると︑中止犯が成立するためには︑主観的には︑ほかの共犯者との連絡を切断し︑客観的には︑自己
の行為がほかの共犯者の行為に対する影響力︑さらに︑犯罪が既遂になることに対する原因力を消滅させなければなら
ない ︵
︒ 63︶
第六は︑中止犯成立の要件は︑ⓐ自ら犯行をやめること︑および︑ⓑ残余の行為者が中止者の中止行為までの行為を︑
それ以後の犯行を継続しまたは犯罪結果を発生させるに利用することを有効的に阻止したこと︑という二点にあるとす
る見解である ︵
︒ 64︶
第七は︑各共犯者が共同犯罪の結果に刑事責任を負うべき根拠は︑各共犯者の行為が共犯結果の発生に原因力を与え
ていることにあり︑その原因力は︑ⓐ客観的には︑自己の行為がほかの共犯者の行為と密接的に作用しあうことによっ
て︑犯罪結果の発生を現実的可能性を与えたこと︑ⓑ中止者の行為を含める各共犯者の行為を有機的に結合させた共同
の犯罪意思が共犯行為を支配している︑という二点に徴表されるとして︑自己の犯行が共犯行為に与えたこの原因力を
消滅させなければ︑中止者は中止犯にならないとする説である ︵
︒原因力説という︒ 65︶
以上の見解は︑あくまで中止犯理論の枠内で共犯の中止犯が成立するかどうかに着目して問題解決に取り組むもので
ある︒それと異なり︑現在は︑日本の議論の影響を受けて︑共犯関係からの離脱の問題として解決しようとする動きが
注目されつつある ︵
︒すなわち︑現行刑法には︑共犯関係からの離脱のような事態についての取扱いを定めた規定は存在 66︶
しないから︑学説と実務は前述した④の事態を単独正犯の場合と同様に解し︑もっぱら共犯における中止犯の問題とし
て取り扱ってきた︒ただし︑中止犯が成立すれば中止者は刑の必要的減免をうけうるのに︑中止犯が成立しない場合に ︵二七九〇︶
中国刑法における中止犯 三七九同志社法学 五九巻六号 は︑中止をめざして真剣に努力した者も当然に共犯の既遂の罪責を帰せられ︑その中止行為は単に酌量減軽事由としかなりえないのは︑実際上の処遇についての均衡を失し︑酷に失する場合がある︒こうした問題意識から︑一部の若手学者は︑現行刑法の救済策として共犯関係からの離脱を唱え始めている︒
5
処分 刑法二四条二項は中止犯の処分についての規定である︒すなわち︑﹁中止犯は︑損害が生じなかったときは︑その刑を免除し︑損害が生じたときは︑その刑を減軽しなければならない﹂︒日本と同じく︑犯罪の成立を認めたうえで︑刑
の必要的減免をする︒ただ︑損害の有無という基準をもって減軽か免除かを決める点で︑日本と異なる︒改正前の旧刑
法︵一九七九年刑法︶は単に﹁その刑を免除または減軽すべきである﹂と規定し︑免除か減軽かをいかに決定するのか
が不明確であったことに鑑みて︑現行刑法は﹁損害﹂の有無という基準を設けたわけである︒それ故︑﹁損害﹂の意味
とは何か︑また︑減軽の基準となる刑とは何かを明確にすることが重要となる︒
㈠ ﹁損害﹂の意味
中国語にいう損害とは︑事業︑利益︑健康または名誉などに損失を生じさせることをいう ︵
︒この意味における損害は 67︶
刑法にいう広義の危害結果に相当する︒刑法にいう広義の危害結果とは︑危害行為が刑法の一般客体を侵害することに
よって引き起こされた損害事実をいう ︵
︒いかなる犯罪も︑刑法上保護されている社会関係に損害を与えるものである︒ 68︶
この損害は直接的損害または間接的損害︑物的損害または精神的損害︑現在の損害または将来の損害などを含む︒
中国の刑法理論は従来︑﹁損害﹂の解釈をあまり重視しなかったが︑司法実務では︑﹁損害﹂の意味についての理解も
︵二七九一︶
中国刑法における中止犯 三八〇同志社法学 五九巻六号
必ずしも一致しているとはいえない︒現在はこれについて︑主に二つの対立する見解がある︒①通説によれば︑﹁損害
が生じなかった﹂とは︑いかなる危害結果をも生じさせなかったことをいい︑﹁損害が生じた﹂とは一定の危害結果を
生じたが︑行為者の追求する犯行の性質によって決められる構成要件的結果を生じさせなかったことをいう ︵
︒そのため︑ 69︶
本条にいう﹁損害﹂とは︑構成要件的結果以外のすべての結果をいう︒例えば︑殺人行為を中止したが被害者に精神的
損害を与えた場合︑強姦行為を中止したが被害者の名誉に損害を与えた︑または被害者が恥ずかしさに耐え切れず自殺
した場合などは︑﹁損害﹂が生じたことになる︒
②反対説は︑ここにいう﹁損害﹂は行為者の追求する犯行の性質によって決められる犯罪結果ではなく︑別の犯罪構 成要件の客観面に該当する物的危害結果であるとする ︵
︒さらに︑反対説は︑損害の意味を理解するにあたって︑以下の 70︶
四点に留意しなければならないと主張する︒ⓐいかなる犯罪も刑法上保護されている社会関係に損失を生じさせること
になるから︑ここにいう損害は広義の危害結果ではない︒さもなければ︑中止犯において損害の有無を区分けする意味
がなくなる︒ⓑ損害の意味を確定するにあたって︑刑事立法の趣旨に適合するようにしなければならない︒よって︑司
法実務に客観的で明確な基準を与えるために︑ここにいう損害は精神的損害︑恐怖感︑法律への一般国民の信頼を傷つ
けたなど無形的な危害結果ではなく︑被害者の身体機能への損害など有形的で物的な具体的に把握可能な損害に限られ
るべきである︒そのため︑ここにいう損害は高度の心理的恐怖︑被害者の名誉への巨大なる損失など無形的で精神的損
害も含めるべきだとする見解 ︵
は妥当ではない︒ⓒ損害はすべての有形的で物的な危害結果を含むのではなく︑一定程度 71︶
に達した危害結果に限定されるべきである︒ⓓ損害は行為者の実行した構成要件的行為によって引き起こされたもので
なければならない︒ ︵二七九二︶
中国刑法における中止犯 三八一同志社法学 五九巻六号
㈡ 減軽の基準刑
減軽の基準となる刑については︑①既遂犯の法定刑を基準とする説 ︵︑②未遂犯の宣告刑を基準とする説 72︶︵
︑③既遂犯の 73︶
法定刑と未遂犯の処断刑の両方︵既遂犯の法定刑を基本としながら︑未遂犯より重く処罰されてはいけない ︵
︶を基準す 74︶
る説の三つの見解が見られる︒そのうち︑通説は①説である︒
三 比較法的検討
次に︑日本の状況との比較を通じて︑中国における中止犯の議論の特徴について検討することにしたい︒
1
意義および成立範囲 法的規定が異なるため︑日本と比べて︑中国の中止犯には二つの大きな法的特徴が見られる︒第一に︑日本刑法四三条は中止犯を﹁実行に着手して﹂からに限定しているため︑︵強盗予備罪など特別規定のある
犯罪に︶予備の中止が認められるかどうかについてなお争いがあり︑通説は四三条但書が予備・陰謀の中止に適用はな
いが︑刑の不均衡を避けるために中止未遂に準じて刑の減軽・免除をすべきであるとする ︵
︒これと異なり︑中国は総則 75︶
で予備罪を規定し ︵
︑基本的にすべての犯罪類型について予備を処罰することにしているため︑予備の中止も当然に認め 76︶
られる︒この点は︑中国の中止犯が日本の中止犯から区別される最大の特徴であるともいえる︒
ただ︑予備中止の規定は現代刑法の﹁非犯罪化﹂という思潮に背反すること︑予備段階の中止にみられる行為者の社
会的危害性および人的危険性が刑罰をもって処罰する程度に達していないこと︑司法実務上︑予備中止を処罰する例は
︵二七九三︶
中国刑法における中止犯 三八二同志社法学 五九巻六号
極めて稀であることなどの理由で︑立法的視点から予備段階の中止犯に疑問視する向きもある ︵
︒しかし︑現行刑法︑予 77︶
備段階の中止犯を規定していることじたいについてほぼ異論が見られない︒思うに︑予備段階の中止犯を不可罰にする
のではなく︑それを一つの犯罪類型として規定することが妥当かどうかについて︑確かに再考する余地はあるが︑この
規定があってはじめて︑予備段階の中止行為や共犯関係からの離脱における着手前の離脱を明確に解決できることは疑
いがない︒
第二に︑中国刑法は異なる条文をもって﹁未遂犯﹂︵二三条︶と﹁中止犯﹂︵二四条︶を規定しているため︑中止犯は
広義の未遂犯の一類型ではなく︑未遂犯と並ぶ犯罪形態である︒よって︑未遂犯と中止犯は構成要件および法律上の取
り扱いにおいて相違する︒また︑総説のところで述べたように︑中国刑法においては︑中止未遂と障害未遂という概念
はない︒ さらに︑未遂処罰について︑日本と全く異なる点が存在する︒日本では︑必ずしもすべての犯罪類型について未遂や
予備が処罰されるわけではないので︑中止犯が問題となる犯罪類型に限られている︒それに対して︑中国では︑未遂と
予備は原則として可罰的であるから︑それに伴い︑中止犯もすべての犯罪類型について認められることになる︒
2
法的性格 中止犯の法的性格について︑日本では刑事政策説︑法律説︑さらには︑両者を組み合わせた併合説︵違法減少・政策説︑責任減少・政策説︑なお違法・責任減少説︶と総合説︵違法減少・責任減少・政策説︶が唱えられている︒それに
対し︑上述したように︑中国においても争いが見られるが︑﹁厳罰と寛容の調和を図る﹂政策という中国特有の刑事政
策を中心としながら︑行為者の社会的危害性と人的危険性の減少を重視するいわゆる法律説も併せて主張されている点 ︵二七九四︶