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部進出企業における労働移動の実態

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部進出企業における労働移動の実態

著者 堀井 敬太

雑誌名 同志社政策科学研究

巻 8

号 1

ページ 11‑30

発行年 2006‑07‑25

権利 同志社大学大学院総合政策科学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000010972

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あらまし

 グローバル化する経済活動において 世界の 工場 中国の存在感は日増しに高まっており、周 知のように現在では世界有数の輸出大国の仲間 入りを果たしている。この経済発展を遂げるに あたり、工業先進地域である沿海地域への労働 力の供給は不可欠であるが、中国にはこの労働 力供給を阻害している戸籍制度と呼ばれる 人 の移動規制 たるものが存在している。すなわ ち、これは安く豊富な労働力の提供を促進した いという側面と、都市発展に際した無尽蔵な人 口流入を避けたい―都市部の治安維持、健全な 発展の為、という2つの意図を同時に解決する 為の政府の政策的介入であり、経済発展の各 フェーズにおいて労働力管理政策としての戸籍 制度にもある程度の変革があったことが予想さ れるのである。

 このように本稿では労働力管理政策としての 戸籍制度が経済発展に応じてどのように変遷し てきたのかを考察するとともに、戸籍制度の実 態を浮き彫りにすることを主たる目的としてい る。具体的なアプローチ方法としては、先行研 究・関連文献による研究の他、中国山東省での現 地調査、日本企業を通じての現地進出企業から のヒアリング・アンケート調査を行い、より詳細 な実態把握に努めた。ヒアリング・アンケート調 査では経済特区や上海市等の沿海開放都市に実 際に進出している企業にとって、戸籍制度は企

業が人材を確保する上でマイナス要素であるの か、また経済活動に障害を与えているのか否か という企業側からの視点により戸籍制度の影響 について考察している。

 また、本稿では労働移動の対象として単純労 働者(ワーカー)を議論の中心に扱っており、戸 籍移転手続きに若干の有利さがある技術職・ホ ワイトカラーに関しては事情が異なることを先 述しておく。

1.はじめに

  世界の工場 中華人民共和国の存在感は日増 しに高まっている。「政冷経熱」1と揶揄されなが らも、日本と中国の経済的な繋がりも日々増し ており、中国という国を抜きにして世界経済を 語れないほどである。それは数字においても明 確であり、貿易額で日本を抜き世界第3位、日本 の貿易相手国としては1位となっている2。  こうした経済発展は中国成立の 1949 年から順 風満帆に進んできたわけではない。新中国成立 当初は第2次世界大戦、朝鮮戦争の影響により、

国内経済基盤が不安定な時期が長期的に継続し た。そうした中で、ソ連型計画経済を推し進め、

大躍進政策・人民公社設立など社会主義体制下 での経済危機脱却を模索し続けていたのである。

 しかし、このような社会主義計画経済では国 内経済が伸び悩み、また政治的イデオロギーの

中国の戸籍制度と労働力管理政策について

―沿海部進出企業における労働移動の実態―

堀 井  敬 太   

  1  政治関係は冷え切っているにもかかわらず、経済交流はますます活発化している現在の日中関係を揶揄した表現である。(日本経 済新聞,2005 年9月1日,朝刊1ページ)

  2  2004 年度商品輸入額・輸出額ベースで EU、米国に次ぎ中国は世界第3位の水準である(JETRO 統計より)。また、中国は GDP の貿易依存度の高さも顕著であり 2002 年度統計で 55.5%、2004 年度では 70%となっている。『ARC レポート 2004(中国)』財団 法人日中経済協会,2005 年5月,72 − 75 ページ。

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影響も相まって外資や海外技術の導入を拒み続 けた為、生産量が拡大せず、失業者も増していっ た。そこで国内経済の発展と雇用状況の好転を めざし 1978 年、 小平の改革開放路線へと中国 は既存路線をシフトさせた。社会主義市場経済 体制と位置づけられた新体制は、深 ・珠海・汕 頭をはじめとする5経済特区、沿海開放都市等 の外資優遇地域を建設し現在までも継続してお り、全国的な GDP の底上げと、経済発展に多大 に貢献している。

 その一方で、都市部と農村部、様々な地域間の 経済格差は拡大していることはよく知られてい る。原因の一つとしては社会主義体制の下、戸籍 制度という中国特有の労働力資源の配分政策が 多大に関係していると一般に見られている。後 に詳細に説明するが中国における戸籍制度とい うのは、日本で言うそれとは性質が大きく異な り、人の移動を制限・規制するものとなってお り、戸籍当該地でなければ医療・住宅・教育等社 会生活インフラが十分に享受できないことが主 な特徴である。また、都市戸籍である沿海地域の 住民に対する福利厚生、教育などのインセン ティブは農村戸籍である内陸部住民に対するそ れより遥かに上回っていることも経済格差拡大 の一因である。

 本稿では中国における労働力管理政策として の戸籍制度の変革と労働移動の実態について取 り上げる。先述したように中国経済は 1980 年代 からその頭角を現しはじめ、現在は 世界の工 場 と呼ばれ、世界有数の輸出大国の仲間入りを 果たしたわけであるが、この経済発展を遂げる にあたって、労働力の確保は不可欠であった。し かしながら、膨大な人口、多民族、独自の政治体 制に起因する問題を多数抱える中国にとっては、

労働移動の自由化 は治安の維持、都市の健全 な発展という観点からも段階的に行われる必要 があったと思われる。すなわちこの戸籍制度は、

産業の発展に必要な安く豊富な労働力の提供を 促進したいという側面と都市発展に際した無尽 蔵な人口流入を避けたいという2つの意図を同 時に解決する為の政府の政策的介入であり、経 済的発展のフェーズに合わせて労働力管理政策 としての戸籍制度は見直されてきた。そこで、労 働力管理政策としての戸籍制度は経済発展に応 じてどのように変遷してきたかを考察するとと もに、企業に対するヒアリング・アンケート調査

及び現地調査により 戸籍制度が企業活動に影 響を与えているのか という観点から、その実態 を明らかにする。

 研究を進める上で、中国における戸籍制度に 関する研究やそれに関連した国内経済格差の問 題、都市・農村間の社会問題など中国の国内情勢 に関する研究は少なくなかったが、企業活動の 視点から近年の戸籍制度の実態を明らかにした ものは皆無であったことから、本稿が中国の戸 籍問題の理解の一助となれば幸いである。

 論文構成は、第2章において人口移動の規制 の根源である戸籍制度成立の歴史的経緯、第3 章では戸籍制度の特徴、第4章では戸籍制度の 昨今の緩和策について、第5章では戸籍制度の 運用の総括とした。そして、第6章ではヒアリン グ調査等を踏まえた戸籍制度の実態を都市規模 別に考察している。

 研究初期段階において参考文献、論文、雑誌記 事等により、戸籍制度は経済活動にある程度の 影響があるものと仮定して、中国・山東省におい て現地調査を行った。しかし、実態は山東省では 戸籍制度が有名無実化し、現在ではほぼ自由に 労働力の移動というものが比較的頻繁に行われ ているということを理解した。すなわち山東省 においては、現時点では戸籍制度が経済活動に 際して殆ど影響を与えていないこと、更に地域 によって差異がある可能性を理解した。これら の詳細については本論で述べると共に、本稿で は労働移動の対象として単純労働者(ワーカー)

を論考の中心としており、戸籍移転手続きに若 干有利となっている大学卒や高等教育を受けた 技術職・ホワイトカラーについては取り上げて いないことを断っておく。

2.労働力移動管理政策としての戸籍制度

 近年中国は市場メカニズムの下 世界の工場 としての役割を担い、世界各国のグローバル企 業は中国市場の大きさ・発展を見込んでの対中 投資意欲を日々高めている。しかし、政治体制は 共産党による支配が続いており、労働力につい ても厳格な管理体制が敷かれてきた。その労働 力管理の根幹が戸籍制度である。中国の戸籍制 度とは日本のそれとは大きく異なり、単に身元 を示すだけでなく、個々人の社会的地位、権限な

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  3  都市戸籍と非農村戸籍とは同義語である。本稿では都市戸籍という表現に統一し議論する。

  4  1950 年代後半に中国で成立した政社合一の共同組織である。公社管理委員会―生産大隊―生産隊という三段階で指揮、管理、運 営が行なわれ、生産隊別の集団作業を主とした。

  5  西村幸次郎『現代中国法講義〔第2版〕』法律文化社,2005 年,170-181 ページ

  6  農村部から都市部へ大規模に移動する労働力のことで、目的のない移動を行う農村部住民も多く差別的な意味をも含んだ呼称で ある。しかし改革開放以降、中国の市場化に伴い労働集約産業に従事する農村部住民の功績が中国経済を活性化させている側面 もあることから、近年では「民工」と呼ばれて肯定的な意味合いも含んでいる。

どを明確に規定している。そしてその制約は居 住地移動にまでも及ぶことで、農村戸籍と都市 戸籍3という二分化させられた現代的身分階級制 度ともいえるような状況を作り出し、居住地域 が限定的・硬直的となるだけでなく、都市戸籍と 農村戸籍とで市民が享受できる社会保障も大き く異なっている。本章では国家戦略的人員配置 すなわち労働力管理政策といえる戸籍制度につ いて、その歴史的成立過程・法体系・近年の動向 について言及し、管理制度の全体像を明らかに していく。

2.1 戸籍制度の成立過程

−その社会的背景について

 1949 年に中華人民共和国が誕生して以来、中 国の計画経済は軍需産業中心のソ連型重化学工 業の推進が政策の根幹に据えられていた。それ は、農業依存の産業構造を転換し、都市部におい て資本集約型の近代産業化を目指すことにより、

貧しい現状から脱却し豊かな社会主義国建設を 目指すことを重点目標としたことによる。

 しかし、実際には市場経済システムによらな い急激な工業化は非常に困難なことであり、必 要な資本の供給源は農業部門に頼らざるを得な い状況であった。1953 年 11 月「食糧の計画買付 けと計画供給の実行に関する命令」により「統一 買付・統一販売」制度が設けられたことも農業部 門への依存を示す一例として挙げられる。この 制度の下では農民は食糧を私営商人に販売する ことを禁じられ、すべての余剰部分を国家の定 めた低い統一買付け価格により、指定部門に売 り渡すことが強要され、そうした余剰部分は都 市住民に低価格で統一的に販売された。農業部 門からの低価格での買い取り、および農業部門 への高価格製品の売り渡しという鋏状価格差体 系により、重工業部門拡大の為の資金へと利用 することを可能とした。また、農民から農産物を 政府が安い価格で買付け、都市住民への十分な

食糧配給を保障することによって、都市労働者 の賃金水準を抑制し、企業の利潤率を引き上げ ることがこの政策が打ち出された狙いであった といえる。現状についても同様であるが、当時の 中央政府の資本投入状況を見ると、重点産業で ある工業部門に投資が傾斜しており、農業部門 への投資は僅かなものであった。それは、逼迫し た財政状況に起因している。その為、農業部門の 変革は資本が少なくて済み、農村余剰労働力を 効率的に吸収できる制度的変革として、農業の 生産集団である「政社合一」の人民公社4が結成 された。

 以上のような政策を続けた結果として、都市・

農村間の二元化の進行が急速に進む結果となる。

具体的には都市工業部門における雇用機会の増 加、統一買付・統一販売の実施による農村におけ る食糧危機、人民公社の生産意欲の低下、都市部 国営企業の高待遇を含む都市部・農村部の経済 格差など、結果的に農村部と都市部の所得格差 に帰結する当時の状況は農村住民が都市部へ移 住しようとする動機づけとなり、都市部の総人 口が 1953 年には 7800 万人から 1957 年には1億 2300 万人余りへと増加したという調査結果もあ る5。こうした現象により都市においては流入人 口に対する職業の斡旋、食糧・副食品・住居の供 給の必要など、国家の都市部門に対する負担が 増加することとなる一方で、農村部門において も都市部への労働力の放出が農業生産にとって 大打撃を与える結果となった。そこで政府は 1953 年から 1958 年にかけて幾度の指示・通知に より盲目的流入いわゆる「盲流」6を禁止するよ うに呼びかけた。その内容としては、いくつかの 鉄道路線もしくは交通の要所で農村人口の移動 抑制としての検問、都市・工業地区において盲流 人口の原籍地への送還、企業・事業単位が臨時工 を勝手に募集することの禁止など具体案が提示 された。しかし、こうした具体案は都市部への出 稼ぎ者や移動者を抑止する決定的なものとはな らず、人口移動を規制する為の法制度の整備が 進められることとなる。

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 (こういった)戸籍制度成立の前段階として、

人口動向(移動・増減)の調査つまり人口センサ スを実施するための法整備が行われ、1951 年7 月、「都市戸籍管理暫行条例」が公安部より公布 されたものが、人口管理の始まりと考えられて いる。同条例では都市居住者がその対象とされ ており、転出・転入・出生・死亡・結婚、別居、

就職等の変動について登記、申請することとさ れた。転入・転出時の手続きについての簡単な規 定はあるものの、移動自体を制限するようなも のではなく、制定目的として「社会治安を維持 し、人民の安全及び居住・移動の自由を保障する ため」と記されてある。つまりこの時点では、移 動を厳格に規制する為のものではなく、現行の 日本における戸籍制度と同様の人口調査、統計 的なものであったと解釈できる。また、戸籍登録 の専門機関として公安派出所の役割も明確化さ れている。

 その後 1953 年 11 月には、食糧の計画買付けと 計画供給の実施に関わる諸規定と食糧市場の管 理、流通の統制を定めた「食糧市場暫行弁法」が 整備され、1954 年 12 月には「都市街道弁事処組 織条例」によって、公安の末端補助機関としての

街道委員会や、居民委員会組織7に関する諸規定 が法制化された。これによって、人口移動を子細 に管理する末端までの組織体系の基礎が整った こととなる(図1参照)。また、同法は、都市部 住民の配給制度も定めており、開始に伴い配給 証の配布を開始している。特筆すべきことは、当 時の配給制に関しては都市部住民(都市戸籍)の みの恩恵であったことである。 

 そして 1958 年、中華人民共和国誕生以来、初 めての統一的戸籍法規である「戸口登記条令(戸 籍登記条令)」が公布された。これが人口移動を 厳しく制限している中国の戸籍制度と呼ばれる ものであり、現役軍人を除くすべての中国公民 がその対象とされ、登記機関は各級公安機関(公 安部の出先機関)の管轄であることが明記され た。同条例よって、政府による人材配置に関わる マクロコントロールの法的根拠が成立し、都市 と農村との労働移動が厳しく制限されることで 二元化社会が形成され、現在にまで至っている。

3.戸籍制度の制度的特徴

  7  日本でいう町内会的組織。しかし中国では、日本のそれと性格が異なり、権限が強く行政機関の末端としての役割を担っている。

戸籍弁公室 街道派出所

下部組織

街道弁事処・街道居民委員会(自治会)の協力体制

公安局の戸籍管理部門

軍事部門 公安分局 郷鎮政府

軍 人 戸 籍

農 村 戸 籍 世

帯 戸 籍 集

団 戸 籍

単 身 戸 籍

出典:(張紀潯「中国ビジネス講座 流れ行く大河―中国の人口・労働力移動(第1部)人口・労働力移動と戸籍制度」『Asia market review』(重化学工業通信社),第 14 巻第7号,2002 年,24 − 27 ページ。)より参照。

図1 戸籍管理体制組織概念図

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  8  西村幸次郎編著『現代中国法講義〔第2版〕』法律文化社,2005 年,171 − 172 ページ

  9  社会的な所属集団を中国では単位と呼び、すべての社会保障、生活物資教育、通勤手段など公的サービスは、一戸ごと、すなわ ち単位を通じて提供される。

10  図表でも示したとおり、単身戸籍、集団戸籍、世帯戸籍が都市戸籍にあたる。

11  図示したように「単身戸籍」「集団戸籍」等、都市戸籍の中には複数に細分化することが可能である。しかし、本稿では細分化し たものを扱うのではなく都市戸籍・農村戸籍という二分類で戸籍制度を捉える(また、それが一般的である)。それは諸問題の所 存が農村戸籍と都市戸籍という二分された身分制度に近いものから起因していることが多い為である。

 1958 年に成立した戸籍登記条例、すなわち戸 籍制度の具体的内容について本節では詳細に言 及していく。筆者が同条例に注目するのは戸籍 制度が担う主たる役割 人口移動規制 特に 農 村部から都市部への人口流入規制 政策として の性格が強い為である。運用の基本的なルール や戸籍移転手続きについて考察していく。

 戸籍登記の運用に関する基本的ルールである が、中国公民は、常住地において常住人口として 登記しなければならず、一人の公民は一箇所に おいてのみ登記することができる。その登記は 戸 を単位とするものであり、主管者、あるい は独居の場合は本人を戸主とする。戸主は戸籍 登記の申告において基本的に責任を負うもので あり、企業・事業単位等の集団の戸籍では、指定 あるいは推薦により戸主を決定し、戸籍登記の 責任者とする。常住人口登記の内容は一人ずつ が記入する「常住人口登記表」、またそれを戸ご とにまとめて戸口登記機関が保存したものであ る「戸籍登記簿」、及びそれに依拠する内容を記 して戸ごとに発給する「居民戸籍簿」として具体 的に表される8。ここで一つ説明を加えておきた いのは、戸籍における 一戸(中国では一般に単 位と呼ぶ)9 という概念である。日本における 戸籍制度の場合、居住を共にしている親族、配偶 者といった一つのまとまり、言い換えると一家 族を一戸として戸籍登録するのが通例であるが、

中国の戸籍というのは家族や親族だけとは限ら ない。中国における戸籍というのは集団という 意味合いが大変強く、住所を基準として登録す るものであり、会社や学校の寮、機関、団体、事 業などの一つの社会生活上、組織上の所属機関 を一つの単位として戸籍に登録されることにな る。言い換えると居住先を変更することは、戸籍 を変更することと連動しており、変更しなけれ ば配給制や生活必需品の受給、各種福利厚生や 教育など公的サービスを享受することはできな い。また、都市戸籍(非農村戸籍)の中には、居 住形態による細かい分類10(前述したものは集団 戸籍となる)があるが、享受できる社会福祉など

各種インセンティブは都市戸籍と農村戸籍の格 差に比すれば皆無に等しい為、本稿では都市戸 籍というひとつのカテゴリーとして捉える11。  都市戸籍には居住の形態による都市戸籍区分 のほかに、都市の規模に基づいて特大都市・大都 市・中都市・小都市という各レベルに区分され、

人口密度や中心地からの距離など細かな戸籍の 区分がなされている。こうしたヒエラルキーに は、等級が上に行くに従って、移転の自由度、各 種福祉サービスの充実度、就学・就職の選択の幅 など優位性が多分に存在している。これは同じ 都市戸籍であっても、内陸の小都市から沿海部 の上海・深 など大都市に移転する際は、困難を 伴うことを意味している。

 次に戸籍制度による人材管理の中でも、労働 移動と直接的に関係性の深い、戸籍の移動手続 きについて法的根拠からアプローチする。戸籍 移転のための手続きは非常に多くのステップを 必要とし、厳格な規定を定めており、特に農村部 から都市部への人口移動に関しては、その色彩 が強い。戸籍移転の申請手続きは、1958 年「戸 籍登記条例」、1980 年「統一の戸籍転入許可証の 実行に関する公安部の通知」、1994 年「新たな戸 籍移転証、戸籍転入許可証の実行に関する公安 部の通知」に依拠しており戸籍移転証および戸 籍移転証控からなる「戸籍移転証」、並びに転入 許可証明証および転入許可証明控からなる「戸 籍転入許可証」の2種類が必要となる。「戸籍移 転証」は戸籍管轄区から転出するすべての常住 人口が取得を義務付けられており、「戸籍転入許 可証」に関しては市・県を跨ぐすべての移転に対 し必要であり、同一の市・県内の移動であって も、一般の地域から国務院あるいは省レベルで 建設された経済特別区、経済技術開発区、ハイテ ク産業区等の特定地域の場合は、これを取得し なければならないとされている。

 つまり市・県を跨ぐ戸籍移転に関しては極め て厳格な管理システムが働いており、そのス テップは「戸籍移転証」を居住地域の公安機関か ら申請・発行した後、転入先の公安機関が発行す

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12  都市戸籍取得の要件をクリアしているにもかかわらず、申請手続きが滞っている場合も少なくない。そのために中国政府は 1998 年に手続きの簡素化や作業効率化を図るよう、指示が出されている。

13  一時的な移動を伴う者の戸籍を暫住戸籍といい、それに対して定住している農村戸籍・都市戸籍者を常住戸籍と呼ぶ。

14  中国における現地調査は 2005 年9月下旬、山東省の中央部にある中規模都市ツーボー市において、現地企業2社、また戸籍制度 の実態と雇用状況の調査の為、公的機関である職業紹介所(日本でいうハローワーク)において聞き取り調査を行った。

る「戸籍転入許可証」を転入先の戸籍登記機関に 提出し手続きを行うというこが義務付けられて いる。その際、移転申請者に対して公的機関の実 状調査が行われ「入戸申請調査報告」として文書 化され、街道派出所及び分局、市局各級(郷鎮政 府、戸籍弁公室)が転入の審査・指示する際の重 要な参考資料とされる。農村から都市部への大 量な労働力移動が起こった1980年代半ばからは、

審査の正確性をより高める為、実状調査による

「入戸申請調査報告」のほかに、申請者の戸籍所 在地の居民委員会等による大衆評議が行われて おり、公安機関が戸籍移転を認可する(戸籍転入 許可証を発行する)際の重要な資料の一つと なっている。

 このように中国の戸籍移動管理システムにお いては、戸籍移転手続きを転出登記と転入登記 とに二分化し、移転を転出入双方によって管理 するシステムとなっている。また、「戸籍転入許 可証」の取得過程において厳しい重層的審査手 続きを課すことにより、戸籍移転を制限する政 策を実質的なものとしている12

4.暫住戸籍と戸籍制度の緩和策

 農村−都市間の移動が厳格に管理されている 戸籍制度ではあるが、改革開放により多数の企 業から労働資源の需要があったことは容易に想 像できる。特に広東省に建設された3つの経済 特区は必ずしも都市基盤が完成されていた訳で はなく、人材が十分供給できる状態ではなかっ た為、改革開放直後に多数進出してきた労働集 約型産業に労働力を供給する必要が生じてきた。

 一方で、前年で述べた戸籍制度では、農村部か らの戸籍移転は厳格に管理されており、労働力 の移動は困難であった。硬直的な労働市場から 脱却できなければ、人的資本が得られない企業 側のディスインセンティブになり、外貨獲得、技 術移転という経済発展の構想を崩しかねない為、

政府としては、一定の管理の下、労働移動の自由 度を市民に付与する必要性があった。

 その解決策として、一時的にまた合法的に都 市部に移動できる方法として「暫住戸籍」13とい うものがある。「暫住戸籍」という制度は 1958 年

「戸籍登記条例」成立当初にできたものであり、

戸籍管理の空白を防ぐ為、移動者に暫住登記を 義務付け、戸籍登記機関を通じて管理するよう 規定された。「暫住戸籍」とは、中国公民が常住 地の市・県の範囲外の都市に3日以上暫住する 場合に、3日以内に戸籍登記機関に暫住申告を しなければならないという規定である。それ以 上の滞在の場合は延長申請または移転手続き

(常住戸籍として)をしなければならず、最大で も6ヶ月、一般的には3ヶ月が限度であるとさ れていた。

 1980 年半ばには労働移動が活発化し、既存の 法制度では流動労働者の戸籍管理に歪みが生じ てきた。そこで郷鎮企業が集積する集鎮(小都 市)を含む都市部においては、3ヶ月以上暫住す る場合は手続きを明確化すると同時に、暫住者 管理制度の確立・強化、及び都市部における長期 暫住者に対する合法的な地位の付与を保障し、従 来の暫住期限は事実上撤廃されることとなった。

 暫住戸籍の改革に追随する形で、戸籍制度自 体も変革を遂げている。現在では小・中都市間の 移動は自由に行われており、筆者の現地調査で も山東省ツーボー市にける現地調査14からもそれ を確認できた。

 戸籍制度の規制緩和策がはじめに講じられた のは 1984 年 10 月、食糧を自弁で調達することを 条件に集鎮(小都市)にのみ移転を認めるという ものであった。これは、当時の農村余剰人口を吸 収し、農村人口の貧困からの脱却、人的資源の適 正配置に大きく寄与した、また改革開放によっ て外資と共に連動しながら発展した郷鎮企業が 集鎮に多いことから、規制を緩和する政策を講 じたわけである。これは集鎮において商・工・

サービス業に従事することを申請する農民とそ の家族で、集鎮に定まった住所を持ち、経営能力 を有するかあるいは郷鎮企業において長期間就 労した者について常住戸籍に準じた戸籍を取得 できるというものである。これは条件付ではあ

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るが農村余剰人口の自発的な労働力移動を促進 する観点からもかなり有効であり且つ、画期的 なものであったといえる。1992 年には 小平の 南巡講話以降、計画経済路線から市場経済路線 へ明確な方針を打ち出し、改革路線をいっそう 邁進する中国は労働市場、労働力の移動につい ても 市場化 が進んでいく。

 そして 1993 年、戸籍制度改革草案グループに よる見解は「大都市は厳しく規制、中都市は適当 に緩和、小都市については全面的な開放」に向か うといったものであった。これを受けて同年 11 月には「社会主義市場経済体制確立についての 若干の問題に関する決定」において、郷鎮企業を 農村経済の柱とした小都市建設を政策の根幹と し、農村の第3次産業化、小都市までの限定であ るが労働力の積極的な移動を具体的な政策方針 としている。この政策決定により、その地域に応 じた緩和策が個別にとられていく。

 広東省の例を見てみると、2001 年、広東省の 公安部門が策定した「広東省戸籍制度改革案」で は他の地域と比較しても先進的なものというこ とができ、「農村戸籍」「都市戸籍」という 2 大区 分を撤廃し、農業従事者は居住者のみを明記し、

その他の身分を示す事柄は一切表記されない。

農村人口の流入に対してもすでに議論の対象と なっておらず「合法的な安定した住所」と「安定 した職業」という条件さえクリアすると、誰でも 戸籍を移ることができるということである。

 浙江省奉化市では、農村人口の都市戸籍取得 についてすべての条件を撤廃する政策を発表し ている。奉化市の周辺の農村地域に居住してい る 1 万 3000 人の農民たちは、それを聞いて奉化 市に移住し始め、そのうち8割が市内の不動産 を購入する形で移住を果たした。奉化市ではア パート、マンションの契約が好調で土地価格も 上昇しているという。

 河北省の省都である石家荘市では都市戸籍の 取得は更に容易な状況である。職業や学歴、市内 の親類縁者の有無を問わず石家荘市内で仕事を しており(仕事の分野は原則問わない)、2年以 上居住していれば市の戸籍を取得できる。しか しこれには戸籍手続きを担当する職員でさえ、

戸籍制度の自由化政策はいつまで継続できるか わからないという。それはスラム化や社会秩序 の乱れなど治安の悪化だけでなく、学校教育や 医療制度、医療機関など公共サービスの不足と

いう受け入れ側の社会インフラが完全に確立で きていないことを示しており、戸籍の自由化と 並行して、公共サービスを含めた都市計画が今 後の課題である。

 こうした省レベル、都市レベルでの規制緩和 策が講じられる一方で、大都市においては緩和 されているとはいえ、未だ厳しい規制が存在す る。例えば中国一の商業都市である上海の戸籍 移転の用件は①一定額以上の住宅購入。②上海 市内で投資活動を行う者または上海市が必要と する専門技術職に限るとある。こうした規制は 一見するとクリアすることが容易であるかのよ うに思われるが、上海市で住宅購入の際のロー ンを組む場合は、上海市戸籍を取得しているこ とが条件となり、他都市の者が住宅を購入する ということは至難の業である。また職業による 要件が厳しいことは次章でも言及するが、上海 市において企業が雇用する者は上海戸籍が大多 数を占めていることからも、実状は依然として 厳しいことを示している。

 総じて戸籍制度緩和の要件として①居住地の 確保のため住宅を購入している。または所在が 明らかである。②勤続数年の定職がある。しかも 技術職や管理部門など一定以上の職についてい ることの2つが共通のボーダーラインであり、

その他に複数の項目を設けるたり、住宅購入の 価格基準の上昇、就業年数の長期化、職業の専門 性など、その都市の社会インフラ、当該地域の雇 用機会の有無など実状に応じた政策を採ってい ることが分かる。

5.戸籍制度の総括

 戸籍登記条例第1条には「社会秩序を維持し、

公民の権利および利益を保護し、社会主義に資 すること」とその目的が示されている。しかし実 態は、農村戸籍者は都市部への移動を厳格に制 限され、高度産業化を重点政策とする中国政府 のコントロールによる都市部への投資傾斜のた め、農村は受益できるサービスが極端に少ない。

そのため、都市部と農村部との所得水準の格差 が開き、この問題は中国にとって長期的な問題 といえるであろう。農村部と都市部の所得格差 は表が示すとおり(図2参照)都市部の平均所得 は農村部のそれの2倍から3倍の水準に開いた

(9)

ままである。また、貧困層割合(表1参照)も若 干の改善は見られるものの、農村住民が非常に 高い水準であることから、都市部が明らかに中 国経済を牽引していることがうかがえる。

 こうした農村と都市の格差については戸籍制 度が大きく関わっているが、戸籍制度成立当初 の規定事項を、前章を補完しながらまとめると 次のようになる。

①戸籍とは、住民および構成員の総称であり、

戸主と一ヶ所に居住する者で戸を形成する。

日本の戸籍とは性格が微妙に異なり、夫婦 や血縁者という単位を表すものではなく、

現実生活の住所登録、住民登録制度に近い ものである。

② 住 所 を 基 準 と し て 登 録 す る も の で あ り 、 よって親族関係の無い者同士、例えば企業・

事業単位の宿舎に居住する従業員や家庭内に おける使用人が戸を形成するケースもある。

③住民登録が主で身分登録が従であるけれど も、戸籍移転指標が与えられないと、戸籍移 転は認められない。

④都市戸籍をもつ人にのみ配給証の配布を行 う。すなわち都市において食糧市場が形成 されていない現状では、農村からの出稼ぎ 都市 と農村 における所得格差(1978-2002 年)

0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000

1978 1980

1985 1990

1991 1992

1993 1994

1995 1996

1997 1998

1999 2000

2001

2002

農村住民一人当たり純所得 都市住民一人当たり可処分所得

図2 都市住民と農村住民の所得比較

出典:(朱永浩「中国の所得格差をめぐる論点―地域開発政策と戸籍制度との関連性を中心として―」『商学研究論集』明治大学大 学院),第 22 巻,2004 年度,391 − 407 ページ。)より参照。

貧困人口の比率(毎日収入

1ドル を基準 とし た場合) 1990年 1992年 1996年 1998年 1999年 2000年

全国 23.1 21.6 10.6 7. 9 7. 8 8. 8

農村部 31.0 30.0 14.9 11.4 11.2 13.7

都市部 0.9 0.0 0.2 0.0 0.3 0.3

貧困人口の比率(毎日収入

1ドル を基準 とし た場合) 1990年 1992年 1996年 1998年 1999年 2000年

全国 32.9 30.2 17.4 17.8 17.8 16.1

農村部 44.4 41.4 24.8 26.2 27.0 25.0

都市部 1.0 0.8 0.4 1.0 0.5 0.5

表1 農村・都市間の貧困割合

出典:(朱永浩「中国の所得格差をめぐる論点―地域開発政策と戸籍制度との関連性を中心として―」『商学研究論集』明治大学大 学院),第 22 巻,2004 年度,391 − 407 ページ。)より参照。

(10)

15  朱永浩「中国の所得格差をめぐる論点―地域開発政策と戸籍制度との関連性を中心として―」『商学研究論集』明治大学大学院) 第 22 巻,2004 年度,391 − 407 ページ。

張紀潯「現行戸籍制度下の経済格差と労働雇用−都市と農村の経済格差を中心に」『海外事情(拓殖大学海外事情研究所),第 39 巻 11 月号,1991 年 11 月,43 − 65 ページ。

16  企業に対するヒアリング・アンケート調査の選定基準は日系企業の合弁または独資で、中国広東省、上海市という大規模都市に 絞り、従業員数 2000 名以上の労働集約型産業を中心に、電話においての聞き取り、もしくはアンケート表をメールにて送付し回 答を得た。回答を得られた企業の所在地は以下の通りである。(B 社・C 社の所在はツーボー市)

D 社 広東省深 市、E 社 広東省東崗市、F 社 上海市、G 社 上海市、H 社 広東省珠海市、I 社 中国全国の状況、J 社 広 東省深 市、K 社 広東省恵州市、L 社 広東省広州市

労働者にとって、食糧自給は困難に陥り生 活の維持は不可能である。これは政府の人 口流入抑制政策としての役割となった。

⑤子どもが生まれた場合、戸籍は母親の戸籍 を引き継ぐ。すなわち母親が農村戸籍であ れば、父親が都市戸籍であっても子どもは 農村戸籍のままである。これは中国の結婚 事情を考慮してのものである。

 ⑥都市戸籍者は公的医療が受けられる。ま た教育・年金等公共サービスの充実。

 ⑦住宅の分配、または高額な補助金の享受。

以上から窺えるように、1958 年当初は制度自体 が差別的な要素を多分に含むものであったといえ る。こうした都市部と農村部の二元化の立案・実 行に関しては一般的に次の3つに集約できる15

①慣行的に都市労働者の雇用さえ不可能な状況 下、外来農民の雇用確保は事実上不可能に近 い状態だった。

②住宅・医療・学校など都市の社会福祉サービス キャパシティが限られ、外来者を安住させる 力を都市が持っていなかった。

③無制限に農民が都市部に押し寄せ、定職に就 くことができなければ、社会治安が悪化する。

 こうした理由から、50 年近く戸籍制度が続い たわけである。現在は緩和策に転換しているも のの急激な人口増加は脆弱な都市基盤では支え きれず、都市機能がマヒする恐れも考えられる。

言い換えると、長年続いた戸籍制度による都市 と農村の二元化というものは、13 億もの人口を 抱える大国中国にとって、秩序立った都市形成 の為には致し方ない政策ともいえるかもしれない。

今後中国がより魅力的な市場を開放していく為に は、今以上の質の高い豊富な人材を供給していか なければならず、戸籍制度改革は必至なものであ る。すなわち都市政策・公共サービス等マクロ的 な社会改革が一層必要となってくるであろう。

6.戸籍制度に基づく労働移動の実態と沿 海部進出企業への影響

 一般的に十分競争的な市場経済の条件のもと では、部門間における収入格差は労働力移動の 主要要因であり、労働力は収入の低いところか ら高いところへと流れるものである。このよう な流れに従って収入格差は小さくなり、最終的 になくなると考えられる。しかし、戸籍制度のよ うな制度的障壁が存在すると、労働の移動を拒 むため、労働生産性と収入の部門間の格差は長 く維持されうる。それでもこのような農業部門 と非農業部門の収入格差があまりに大きくなる と、制度的制約があるにもかかわらず農業部門 の労働力は非農業部門(都市部、工業部門)へと 流出するという実態が中国では見受けられた。

 本章では本稿の中心的議論である「戸籍制度 と労働移動」の関係を検証するために、 ビジネ ス現場から見て戸籍制度がどの程度労働力移動 を抑制したのか、すなわち戸籍制度による規制 が厳格であるほど、中国進出企業のビジネスに 何らかの支障をきたしているはずである と仮 定することにより、具体的な労働移動の実態を 通じて、内陸部・中規模都市・大規模都市の3つ に区分し、実地調査及び中国に進出している日 系企業へのヒアリング・アンケート調査16を中心 に「戸籍制度の企業への影響」を明らかにしてく こととする。

6.1 内陸部における労働力管理制度とし ての戸籍制度の影響―四川省を例に

 本節ではかつての「盲流」、現在の「民工」を 多数輩出している四川省を中心に労働移動を概 観したい。四川省は東部の四川盆地とチベット 高原に連なる川西高原に分けられ、平原が7%、

(11)

丘陵 52%、残り 41%が低い山地からなる。産業 別労働力構成は第一次産業に 63%、第二次産業 に 16%、第三次産業に 21%と第一次産業従事者 は全国平均の 50.1%(1999 年)よりも高く、国 有企業就業者比率も全国平均の18%よりも低い。

産業構造の推移を見ると 1952 年の第一次産業が 81.8%、第二次が 4.1%、第三次が 9.1%でありこ の構造は改革開放まで大きな変化はなく、改革 開放が行われた1978年時点ではそれぞれ81.8%、

9.0%、9.2%であった。ところが改革開放後に産 業構造が大きく変わり、第一次産業従事者が 1999 年時点で 20.5 ポイント減の 61.3%まで低下 し、第2次産業は 14.1%、第3次産業は 24.6%と なった。GDP 比からみてもこの構造変化と同様 の動きを見せており第一次産業の減少、第二次、

第三次産業の増加という一般的傾向を示している。

 四川省は近隣の重慶市を含めて 1980 年代から

「民工潮」と呼ばれる出稼ぎ農民の代表地として 名を馳せた。こうした大量の移民を沿海部へと 送り出していた要因として、近隣大都市である 重慶市を始め、中規模都市における農村余剰労 働力の吸収がうまく進まなかったことに起因す る。改革開放から現在にかけて重慶市も含めた 四川省の流動人口は 1200 万ともいわれており、

そのうちの 500 万人は省外へ移動したと考えら れ、その大部分は沿海大都市または沿海地域の 郷鎮企業、外資企業へと吸収されている17。筆者 の企業へのヒアリング調査においても、湖南、湖 北、四川省からの労働者が他省出身者と比較し て圧倒的に多いことから、こうした傾向が強い ことが窺える。

 四川省における流出要因として考えられるこ ととして第1に農地面積の狭小さがあげられる。

一人当たりの耕地面積の推移では 1952 年 11.4 アール、1985 年 6.3 アール、1990 年 5.8 アール、

1999年5.3アールと減少している。これは人口増 加に伴い、一人当たりの耕地面積が減少してい ることを示し、四川省の自然条件下ではこれ以 上の新規耕作地が不足していることが理解でき る。第2に農村部と都市部の経済的格差はいう までもなく労働移動の動機付けとしては十分で あり、農村、都市間の所得比率だけでなく絶対額 の格差も拡大する傾向にある。

 そして、第3に政府の農業所得増大策として

の政策的介入が挙げられる18。具体的には農家所 得を増やすためには農村労働力の非農業就業を 促進し、非農業所得を増やすしかない。国務院が 2001 年3月の通達「農村戸籍から小都市への戸 籍移動の自由化」からも、農村住民の非農業部門 へのシフトという明確な方針が見受けられる。

 これらをまとめると内陸部の労働移動と戸籍 制度との関係性については、かつては農村と都 市部の隔離政策として戸籍制度が厳格に規定さ れてはいたものの、自然条件的要因また歴史的 な貧困構造により周辺産業では吸収できなく なった余剰労働力が沿海地域へ絶え間なく流出 していたことがわかる。またその動きは、改革開 放後の外資企業等による人材需要にマッチして いたことに他ならない。今後中国の WTO 加盟に よって更に工業化が進み、内陸部への投資が少 なければ、沿海部へと流出する人口は増加の一 途を辿るであろう。

6.2 中規模都市における労働力管理政策 としての戸籍制度の影響と実態―山東省 ツーボー市を例に

 中規模都市における労働力移動と戸籍制度と の関連を、山東省ツーボー市を例に挙げ検証し ていくこととする。まず概況であるが、山東省は 中国の中でも、鉱産物、農業、漁業、エネルギー 等、様々な産業分野が盛んな省である。また郷鎮 企業の発展している地域でもあり、沿海開放都 市である青島、煙台などを中心に大小の港があ り、山東半島を全体が経済開発地域に指定され、

広東省、江蘇省についでGDP第3位の省である。

山東省の中西部には省都である斉南があり、斉 南から東へ 100km ほど、沿海部の青島から西へ 300km ほどの場所、省のほぼ中央部に位置する のが、ツーボー市である。ツーボー市内には、省 レベルの経済開発区が存在し、外資企業の工場 が複数存在する中規模都市である。

 B 社、C 社の調査によると、ツーボー市の労働 者の出身地は、ほぼすべて市内および市周辺か らであり、B 社には他省からの者は全従業員の 5

%ほど、C 社では 466 名中1%以下の2名となっ ている(表2、3を参照)。また、人材の調達方

17  石田浩『中国内陸農村の貧困構造と労働力移動』関西大学経済・政治研究所,2002 年9月 23 − 26 ページ。

18  池上彰英「所得格差と農業・農村問題」『農業と経済』,2002 年5月,43 − 52 ページ。

(12)

表2 ツーボー市における現地調査  B社 山東省 ツーボー市 博山区 企業概要 出資比率(日本:中国= 51:49)、93 年合弁会社設立  主な生産物 特殊ガラス

550 95

10

3〜4

WT O

(13)

表3 ツーボー市における現地調査  C 社 山東省 ツーボー市 博山区 企業概要 ジーパンの製造 出資比率(日本:中国= 50:50) 

466

106 360 23% 77%

2

2003

2003

2003

(14)

19  職業紹介所のひとつ。ワーカーから技術職など幅広い人材を供給している。山東省の職業紹介所よりも大規模で、他省とも連携 し人材供給しているようである。公的機関の一部のため、戸籍移動に関する手続き上の煩雑さも少なくて済むことが特徴である。

20  一時帰休者のこと。中国では「下崗」と呼ぶ。(脚注 21 参照)

法はC社では親戚、知人など縁故関係中心とした 方法で調達しており、大都市企業に見受けられ る人材市場19をつかった大規模な労働者の調達は 見受けられなかった。

 また、これは現地における直接のヒアリング 調査によるものであったが、企業関係者など現 地の方からは戸籍制度に関しての意識は皆無に 等しい印象を受けた。戸籍制度に対する意識の 低さ、つまり戸籍制度が事実上運用されていな い理由として、次のようなことがいえるであろ う。①ツーボー市レベルの中規模都市では、戸籍 制度が早い時期から規制緩和に動いていた。② 人口を大量に吸収するだけの産業基盤は持ち合 わせてなかったが(この時点では秩序だった都 市形成のため、ある程度の戸籍制度の厳格さが 必要と考えられるが)、都市の魅力といったもの は沿海都市と比較するまでもなく、大量の人口 流入を懸念する要素がなかった。③山東省の立 地的な特殊性が考えられる。ツーボー市周辺の 都 市 に 注 目 す る と 、5 0 万 人 規 模 の 中 都 市 が 200km 圏内に5都市あり、その外側に省都であ る斉南や沿海都市青島が存在する。こうした省 全体の均衡的な発展が戸籍制度をそれほど意識 することなく、労働移動が行われるようになっ た。筆者としては、これらの複合的な要因により ツーボー市における戸籍制度の影響の低さの要 因と結論付ける。

 また、雇用形態に言及すると、ヒアリング調査 からは数年前までは「臨時工」としての雇用で あったようだが、労働法規の整備により現在は

「契約工」として雇用し、寮・住宅補助等各種福 利厚生も企業が面倒を見ているようである。こ うした状況についてB社C社共に、福利厚生を 厚くすることで、魅力的な企業をつくり従業員 の仕事に対するモチベーションの上昇となるよ うに努めたいと一致した意見であった。

6.3 大規模都市における労働力管理政 策としての戸籍制度の影響と実態

―上海市、広東省経済特区などに 進出する企業経営の実態を通じて

 経済特区や沿海開放都市における戸籍制度の 影響、実態はどのようなものであろうか。沿海地 域に進出している企業の戸籍制度に対するヒア リング・アンケート調査をもとに分析する。調査 時期であるが 2005 年 11 月以降、過去に中国に出 向していた人事担当者への電話調査またはアン ケート用紙による回答という方法で行った。対 象地域は、上海または経済特区、開発地域など広 東省における労働集約型と思われる、2000 人規 模以上の工場を中心に調査をした。しかし上海 は商業都市であり、また戸籍制度が厳格に守ら れている地域であるため広東省と比較すると労 働集約型の企業が少なく、事業規模の小さい企 業への調査となってしまった。上海市はF、G社 2社、経済特区など広東省の大都市が6社、特殊 な事情により中国全土について1社という内訳 となっており、質問項目は以下の通りである。

①現地採用の中国人数(ワーカー、技術職)のう ち、農村戸籍者と非農村戸籍者(都市戸籍)の 割合と出身地との関係について。また、労働者 の中に、国有企業をレイオフ20された者はどの 程度いるか。

②労働者を雇用する際、戸籍制度または戸籍に ついて注意して採用しているか。

③農村戸籍者を企業で採用する際の、政府から の指導等はあるか。また、かつては何らかの指 導等はあったか。

④農村戸籍者と非農村戸籍者を雇う際どちらの 方が企業にとってのインセンティブがあるか。

⑤労働者の募集はどのような形で行っているか。

⑥総じて戸籍制度は、中国ビジネスに障害を与 えていると思うか。

 ヒアリング・アンケート調査を踏まえ、 ビジ ネス現場から見た戸籍制度 について検証 していく。ます①「労働者の戸籍区分による割 合、出身地について」である。上海に工場を持つ 2社に注目すると(表4参照)、F社においては、

戸籍の手続き上の問題など煩雑な問題が多数あ るため都市戸籍者を雇用しており、G社におい ても都市戸籍者を優先的に雇用しているという 結果であった。一方で広東省の5企業は、都市戸

(15)

表4 ヒアリング・アンケート調査  D 社 広東省深 市(第2特区)

企業概要 レーザープリンタ、複写機の製造 

4200 1

9

9

(16)

E社 広東省東崗市

企業概要 CD-ROM ドライブ、精密モーターの製造

3005

7 210 93 2795

3005

18.6 19.4

19.8 6. 82

0.70 0. 03 1

( 4

(17)

F社 上海市

企業概要 電子機器関連

35 1

(18)

G 社 上海市

企業概要 計量機器の販売、製造

70 80

30 40

1 2

800 1000

(19)

H社 広東省珠海市(経済特区)

企業概要 自動車のワイヤーハーネスの製造(労働集約型)1991 年設立      日系企業同士の合弁 

     販売に関して 製品の 60%が日本向け、40%が中国国内向け

籍者も数パーセント存在するが(H 社は3割ほ ど)、これは管理職や技術職の者が多数であり、

ワーカーにいたっては9割以上が農村戸籍者で ある。また「下崗21」からの再雇用者はあまり見

21  潜在失業にあたる人々を下崗(Xiagang)と呼ぶ。下崗(Xiagang)とは国有企業を解雇された一時帰休者のことであり、中国で はこうした人々は失業者統計には含まれてはいないため潜在失業者となっている。こうした潜在失業も含めると中国の都市部失 業率は8%程ともいわれ、大きな社会問題となっている。(丸山知雄『労働市場の地殻変動』,名古屋大学出版会,2002 年,¡

£ページ。

3079 7 3

80

1

(

90 10

(20)

受けられなかった。出身地別では、広東省を除い た省からは、湖北、湖南、四川省からが多いよう に見受けられ、若干の地域差が確認できるが概 ね中国全体から広東省に労働力が集まってきて いるといえる。

 ②「戸籍制度について注意して採用している か」であるが、ツーボー市に工場を持つ B・C 社 を除く D 〜L社9社全体(以下大都市と記述す る)では、戸籍制度に注意して採用しているのが 2社、やや注意しているのが1社、特に注意をし ていないのが6社となった。ここで注目すべき 点は上海に工場を構える2社のうち1社は意識 していない、1社は意識しているという異なっ た回答となっている点である。これはF社の回答 からも読み取れるように地域差による差異では なく、労働者の雇用形態(間接雇用と直接雇用)

によるものと予想できる。また、珠海市に工場を 持つ H 社においては戸籍制度に関して若干の注 意はしているという現状からも、同じ広東省内 の経済特区である深 市の状態を鑑みると、戸 籍制度の厳しさが地域により異なっていること が窺える。

 ③「農村戸籍者を企業で採用する際の、政府か らの指導等」については、大都市企業で指導があ るが2社、現在はないが7社という回答であっ た。しかし現在は2社のみが指導を受けている という回答であるが、過去に遡るとそのような 指導を受けたことがある企業が大幅に増える ことからも、中国政府によって厳しく管理・コン トロールされていたことが窺える。また、H社の 回答の中では、実際に当時の社会状況に応じた 地方政府の戸籍制度弾力的運用の様子が明らか であり、非常身興味深いものとなっている。

 ④「農村戸籍者と非農村戸籍者どちらを雇い たいか」という質問では、ほとんどの企業が農村 戸籍者を雇用したいと考えているようであり、

農村戸籍者の方が一般に勤勉であることが窺え る。すなわち労働生産性の観点から農村戸籍者 に優位性があるといえる。

 ⑤「人材の調達方法について」は9社中7社が 人材市場や職業紹介所を通じた間接的な雇用形 態を取っていることに特徴が見受けられる。ま た、親戚等縁故関係の紹介というのも従来の中 国文化を反映していて興味深い結果となった。

 ⑥「戸籍制度は中国ビジネスに影響があるか」

という質問には、全 11 社中、影響があると考え

ているのが2社、やや影響があると考えている のが2社、まったく影響なしが7社という結果 となり、現在に至ってはあまり影響が見受けら れないのが一般的のようである。しかしながら、

既述したように、過去には農村戸籍者の雇用に 関する指導を受けていた経験があると回答した 企業や戸籍制度に若干の不便を感じていた企業 も少なくないため、戸籍制度は多大ではないけ れども、少なからずビジネスに影響を与えてい たことには間違いない。

 以上の調査を踏まえ、労働力管理制度として の戸籍制度と中国ビジネスとの関係性は次のよ うにまとめる。

①沿海地域の大都市でも、上海、北京といった商 業都市と深 市など経済特区といった工業都 市では、戸籍制度の運用に差があり、上海、北 京に関しては未だ厳しいのが現状のようであ る。(経済特区など広東省の大都市は、その都 市の性格上、戸籍制度に関しては緩和策が採 られていたようである。)

②労働力は広東省を中心として、出身者の一部 地域的傾斜は見られるが、全国から労働者が 流入している。その点からも現在では戸籍制 度が有名無実化しつつあることが窺える。

③人材市場や職業紹介所といったフォーマル・

インフォーマル両方の人材派遣というサービ ス業が発達し、人材調達に関しては困難比較 的少なかった。

④直接雇用であれば戸籍制度に関して多少煩雑 さがあるようであるが、間接雇用であれば戸 籍制度による影響は少ない。

⑤下崗の雇用に関しては、沿海部進出企業の ワーカーとしての雇用は少ない。

⑥ 第4章で述べたように、実態として、規模に 応じた戸籍制度の緩和策は講じられていたよ うである。

⑦戸籍制度の緩和により「臨時工」に関する待遇 は改善されつつあり、それに伴い企業による 負担は増えつつあるのが現状である。

 沿海地域進出企業における実態分析は以上の ようである。実態としては予想以上に、戸籍制度 の影響が少ないことが窺える。やはり外資企業 を誘致する上で戸籍制度の弾力的な運用が行わ れていたのは事実である。 

(21)

7.おわりに

 本稿により労働力管理政策と戸籍制度の関係 は各時期において次のように結論付けることが できる。

 まず、戸籍制度成立期(1958 年)から改革開 放(1978 年)までであるが、この時期において は、大躍進政策、人民公社、三線建設など国家プ ロジェクトが始動した時期であり、政府コント ロールによる計画経済が推進された。これによ り人的配置、資本の工業部門への傾斜、農産物の 安定供給・雇用吸収としての農村部労働者の土 地への縛りつけが戸籍制度によって更に強固な 拘束力を持たせることに成功した。経済停滞が もたらされたこの時期の戸籍制度は、改革開放 後に比すると人口移動の大きな波は自然発生す ることが無かった為、労働力移動管理としての 役割は見受けられず、むしろ政府主導の人材配 置を円滑にするための政策という位置づけと理 解できる。

 次に改革開放直後から 1990 年代初期である。

この時期の戸籍制度は農村戸籍、都市戸籍間の 歪が生じ始めたころである。改革開放により沿 海地域に雇用機会が増加し、労働力移動の大き な動機付けとなった。政府は戸籍制度の厳格化 によって、大量の人口移動を回避しようとした が、「民工」の流出は歯止めが利かず、戸籍制度 の厳格化を行う地域と緩和させる地域とで、バ ランスをとろうとしたといえる。もちろん外資 企業からの人材的資源の需要増加という側面も 考慮された。

 そして、昨今では前節でも述べたように、全体 的に戸籍制度は緩和にむかっている。調査結果 からも中規模都市以下では戸籍制度は有名無実 化しているのが現状であり、今後も中国の経済 発展とともにこうした動向は強まろう。

 本稿の主題である、戸籍制度の変遷と戸籍制 度の沿海地域における影響については以下のよ

うにまとめることができよう。

・戸籍制度と労働の管理政策は表裏一体とい え、地域、都市の生活インフラ状況、雇用環 境など複合的要因によりその都度弾力的に 運用されてきた。近年の状況を都市規模別 に大別すると、大都市では一部緩和、中規模 都市以下では殆ど運用されておらず、全体 を通じても総じて緩和という方向に向かっ ている。

・大都市の中でも都市の性格によって戸籍制 度の運用は異なっている。それは上海・北京 という経済、文化の集積都市では、都市の健 全な発展という観点から未だ戸籍制度が守 られているようであり、広東省の工業大都 市や経済特区においての弾力的な運用とは 大きく異なる。

・戸籍制度という制度自体は、農村部の人々の 犠牲を強いてきたが、中国の状況を踏まえ ると、治安の維持・秩序立った都市建設の観 点からは有効な政策手段であったといえる。

・沿海部進出企業における戸籍制度の影響と いうのは、企業経営、特に人材の確保に関し て大きな制約要因であったとは言えない。

ヒアリング・アンケート調査で明らかなよ うに、労働力の調達に関しては地方政府の 裁量によって、ある程度の柔軟な対応がな されていたといえる。

 なお、アンケートの「その他」の項目で、2010 年前後には戸籍制度が廃止されるという回答が あったが、これについて正式な政府の発表とし ては確認されていない(学者の間では議論の対 象となっており、テレビ報道などでそのような 見通しを述べているのは事実である)。今後戸籍 制度による労働移動規制が一層緩和され、さら に撤廃されるか否かは、農村・都市間の経済格差 に対する農村部の受け止め方(端的にいえば不 満)、社会保障や都市インフラの整備状況を含め た都市政策、更には共産党支配体制の存続に果 たす労働力管理政策の役割等との諸要因を総合 勘案の上決定されるものと推察される。

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