ものをよく見よう、
それはどんなに美しいか、
ガガーリンがはじめて地球をみたとき、
それは美しく青くかがやいていた。
我々は彼の目を通して母なる地球の美しさを感じた。
ものをよく見よう、
自分の中に光るものがあるはずだ。
まわりの人にも木々にも石にも山にも光るものがあるはずだ、
我々は自分の眼で自然や社会の全てに 光るものをみよう。
ものをよく見よう、
すぐに見えなくても失望せずに、
根気よく期待をもって、
現実の中に理想の火をみよう、
我々は誰でも美しいものを見て感激し楽しむ 能力があるのだ。
ものをよく見よう、
ただ受身のきもちではものは見えない、
遠くの美しい山をよく見るにはそこまで歩いて登るべきだ、
我々は積極的に行動すれば誰でも登れるし、
ポエム「ものをみよう」によせて
渡 邊 嘉二郎
そこで新しい美を見出すだろう。
ものをよく見よう、
どんなものにも美がある、
その美は君が掘り出すまで埋まっている、
ミケランジェロが石から美を削りだしたように、
我々もそこに美を見出し 新しいものを創り出そう。
(昭和四二年二月三日 田中具治)
このポエムは、詩人によるものではない。工学部教授が書かれたものであ る。昭和四二年二月三日、この日は、大学での学業をすべて終え、教授も学 生も卒業式までの間の春休みを楽しんでいる時期にあった。大学を卒業する ことの寂しさもあり、私が、卒業論文の指導教授であった田中具治教授にお 願いして書いていただいたポエムである。墨汁入りの缶と筆を用意して、突 然何の予約もなく「先生なにか書いてください」と研究室にお邪魔した。こ のとき田中教授は快く受けてくれ、このポエムを即興的に書かれた。
田中教授の専門は電子回路であり、大学時代には北海道大学にて低温下で 動作する電池の開発の研究にとりくみ、戦後、法政大学電気工学科の電気回 路・電子回路の教鞭をとられた。美学の専門でもなければ、詩人でもない。
工学部教授であった。彼は制御理論も学ばれ、私は制御理論を教えていただ くべく田中教授のもとで卒業論文に取り組むことにしたのであった。病弱で、
黒板で飛散するチョークの粉を吸い込まないようにする姿は、若いころ結核 を患った恐怖感からであろうが、私たち学生には、その仕草があまりにも神 経質的にみえた。芥川龍之介の風貌であり、神経質に見えたのはそのせいか もしれない。
狭い研究室で、時折、遠くを見るような眼差しをしながら思いを馳せ、
第一節を一気に書き上げられ、そのあとすべての節を呵成に仕上げられた。
原稿は書き損じも推敲もなくサラサラと淀みなく、丁寧な字で書かれた。完 成に十五分もかからなかった。その姿には静けさはあったが、病弱さや神経 質な様子はみじんもなく、先生がいつも着ていた白い実験用の衣服からエネ
ルギーが陽炎のように発していたように錯覚した。
我々の周りにいろいろのものがあるがその中に必ず「美がある」という。
そしてそれは「価値」である。しかし、その「美」を見出すためには根気よ く、積極的に対象に働きかけなければならない。それはミケランジェロが岩 からビーナスを彫り上げたようなものである。これが田中教授の私へのプレ ゼントの言葉であった。
今回、原稿の依頼を受け、このポエムをどこかに残しておきたいという思 いと、「美」について再考してみようと思いワープロに向かった。
美についてカントは判断力批判において美的判断力と目的論的判断力の分 析から判断力に悟性と感性を調和的に媒介する能力を認めている。ここでは カント哲学に深入りせず、しかし彼の哲学を下敷きにしつつ田中教授の「美」
を考察したい。
「ガガーリンがはじめて地球をみたとき、それは美しく青くかがやいて いた。我々は彼の目を通して母なる地球の美しさを感じた」は、田中教授 の「美」についての彼の一つの断面を捉えている。ガガーリンは青くかが やく地球を美しく感じた。ガガーリンの感性能力は、その限り主観として まさに地球の青さを美しく感じ美しいと判断したに違いない。次の行の
「我々は彼の目を通して母なる地球の美しさを感じた。」この我々の美意識 はガガーリンのものと異なる。田中教授はガガーリンの見た地球の青さに 触発され、青=水=生命と連想し、生命をはぐくむ母として地球を構想した。
ここには「生命をはぐくむ母」としての価値を伴うものとしての「美」を述 べている。これはカントが悟性と感性を調和的に媒介する能力から生まれる 道徳的理想へと展開するプロセスと符合している。田中教授は全ての対象に 価値あるものとしての美があるとして、それを見出す感性能力を身につけよ と言っているのだ。
第二節で、「かがやく」状態が「美である」として、「まわりの人にも木々 にも石にも山にも光るものがあるはずだ、/我々は自分の眼で自然や社会の 全てに/光るものをみよう。」とし、美しいものの状態は光を放つし、この 光放つものは自然の一石一木にもあるし、人が作る社会にもあるとして、そ れを見出そうと主張している。
第三、四節は美に対峙する心構えを教師として伝えている。第三節の「す ぐに見えなくても失望せずに、/根気よく期待をもって、/現実の中に理想 の火をみよう」と諭し「我々は誰でも美しいものを見て感激し楽しむ/能力 があるのだ」と励ましている。第四節では「ただ受身のきもちではものは見 えない、/遠くの美しい山をよく見るにはそこまで歩いて登るべきだ、我々 は積極的に行動すれば誰でも登れるし、/そこで新しい美を見出すだろう。」
と美の探求者が能動的でなければならないことを主張している。
最後の第五節は「ミケランジェロが石から美を削りだしたように、我々も そこに美を見出し新しいものを創り出そう。」は創造について述べている。
この第一節から第四節までは、感性能力に係るものであった。最後の節はカ ントの悟性と構想力に係るものと捉えることができる。ミケランジェロはミ ロのビーナスに代表される造形を構想し創造した。田中教授はこのポエムで どのように創造するかの方法論は述べない。ポエムに方法論はそぐわないし、
むしろこれ以降はこのポエムに触発されたポエムを読む者の個性にゆだねた ものだ。
私は、美しい新しいものはビーナスのような造形ではなく、論理の美しさ として触発される。われわれは、ものをみて触発され、その表象を表現する 場合、カントがいう人間が先験的に悟性能力に寄り添い、客観的で必然的な 認識が可能な記述をするであろう。それは高度に整備された論理性的記述で ある。美しい文章、美しい数学表現、美しい論理展開が触発されるのである。
もう一つは、価値ある美しいもの、こと、作品自体の創造の触発である。こ の創造のための統一的方法はないであろう。おそらく第三節と第四節の「み よう」を「創造しよう」と置き換えるしかないだろうと思える。すなわち行 動と努力である。「創造」とは個性的であり、しかし誰でもができる行為で ある。この個々の行為 ── それは大変な苦痛と苦しみを伴うかもしれない のであるが、その一つの行為の足跡を点として、その点の集まりが生涯の創 造行為であり、これらは離散的であるが、遠くから見たとき線となり、その 線がその人が創造的に生きてきた証なのであろう。
昭和四二年に戴いたポエムをじっくり味わい考察する機会を持たないまま 今に至った。その点は、田中教授にすまないと思っているが、決して忘れた わけではなかった。教授はだいぶ前に逝かれたが、彼の美や価値に係る思い
は言霊として生きている。そして、その言霊は一人でも多くの人の心のなか で交わりを持ってほしいと思う。