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(1)

法益 としての 「 相 当程度 の可能性」

橋 口 賢 一

1. 問題 の所在

2.従来 の判例 ・学説 の動 向 3.最高裁平成17年判決 につ いて

4.私見の展開 5.結語

キー ワー ド :相 当程度 の可能性,法益,期待権

1章 問題の所在

医療過誤訴訟 におけ る原告 た る患者側 の立証 困難性 が指摘 されて久 しいl。 ∫ すなわ ち,患者 が医師ない しは病院を被告 と して損害賠償 を請求 しよ うと思 え ば,不法行為構成であれば被告側 の過失 および因果関係 を,債務不履行構成 で あれば被告側 の債務不履行 の事実 を立証せねばな らない。 しか し,医学 に素人 であ る患者 においては,′それが困難 を極 め ることか ら,被害 を被 った患者 の保 護 が十分 に図 られて いない と指摘 されて きたので ある2。 もちろん,判例 ・学 説 は, その よ うな現状 を改善すべ く,民法上 そ して民事訴訟法上 さまざまな解 釈 を駆使 して これに対処 して きたわ けであるが, このよ うな指摘 は依然 と して な され続 けているのか現状 である。

そ うしたなか,平成十年代 に入 って最高裁 が,医師の過失 が認定 されなが ら も患者 の死亡 との間の因果関係 が認 め られない事案 において

,

「相 当程度 の可

‑33(139)‑

(2)

)

能性」 な る概念 を用 いて損害賠償請求 を認容す る新 たな方途 を切 り開いた。 こ れ は,医師責任法 の領域 において画期 的な意義 を有す ると同時 に,最高裁 が こ の概念 を非常 に簡潔 な理 由付 けで用 いた事情 も相 まって この概念 を法 的に どう 理解すべきかか この領域 における問題の 1つ として付 け加え られ ることに もな っ た。近時の学説で も, もっぱ らこの判決の評釈 において, この概念 に関す る様 々 な指摘 がな されているが, この議論 は終蔦す る気配 を見せ るどころかます ます 盛 り上 が りつつ ある。 その一方で,最高裁 はこの法理 を用 いた判断を着実 に積 み重 ねてお り, もはや最高裁 における定着 した法理 とな りつつあるといえ る。

今後 の見通 しや この法理 の射程 を探 るために も, この概念 の法的性質 に関 して の検討 は 目下 の急務であ るといえよう3。

以上 の よ うな問題意識 の もと,本稿 は最高裁 にお いて採用 され続 けて い る

「相 当程度 の可能性」 の法理 を どのよ うに理解 すべ きか検討 しよ うとす る もL であ る。以下, まず は従来 の判例 ・学説 の動 向を押 さえ る (2章)。 そ して 次 にそれを受 けて,最高裁平成17128日判決 (以下,平成17年判決」 とい )4号 見る (3章)。 この判決 は,現段 階における最新 の最高裁判決 とい う 点で注 目すべ きであるのに加 え,補足意見 が2つ と反対意見が 1つ出 されてお り, この法理 に関連 して注 目すべ き指摘がなされているよ うに見え る点で も興 味深い 5。 そ して最後 に, この法理 に対す る自分 な りの見方 を提示 す ることと

したい (4章)。

2 従来の判例 ・学説の動向

本稿 で検討 の対象 とす る 「相 当程度 の可能性」 の法理 は,最判平12・9 ・22 民集5472574頁 (以下,平成12年判決」 という) で採用 されたのをその噂 矢 と し,その後,最判平15・ll11民集57巻101466頁 (以下,平成15年判決」

という), そ して最判平16・1・15裁時135527亘 (以下,「平成16年判決」 と

‑34(140)

(3)

いう) で用 い られた とい う経緯 がある。本章 で は,次章 で取 り扱 う平成17年判 決で も取 り上 げ られ, かつ法理論 的 によ り重要な意義 を有す ると思 われ る前2 者 の最高裁判決 およびそれ らの判決 に対す る学説 の反応 を中心 に見て い くこと.

と しい 6。

1 平成12年判決 について

1.事案の概要

自宅 で背部痛 に見舞 われてY病 院の夜 間救急外来 を訪 ねたAは,B医師 の診 察 を受 けた。B医師 による診察 当時∴Aは狭心症 か ら心筋 こうそ くに移行 して 相 当に増悪 した状態 にあ ったが,Aに対 しては急性す い炎 に対す る薬 の点滴が 行 われたのみで,胸部疾患 の可能性 のある患者 に対す る初期治療 として行 うべ き 「基本 的義務」 は果 た されなか った。 そ して この点滴 中にAは致命的不整脈 を生 じ,心不全 で死亡 した。 そ こでAの相続人 であ るⅩらが,Yに対 して,王 位的 に死亡 に′よる損害賠償 を,予備的 に救急病院 と して期待 され る適切 な救急 医療 を怠 って 「期待権」 を侵害 された ことによる損害賠償 を請求 した。一審 は B医師の作為,̲不作為 とAの死亡 との問 に因果 関係 を認 め ることがで きない と して請求棄却。 原審 は,B医師の過失 によ り,Aが適切 な医療 を受 ける機会 を 不 当に奪 われ,精神的 苦痛 を被 った として請求一部認容Yが上告。上告棄却。

2.判旨

疾病 のため死亡 した患者 の診療 に当た った医師の医療行為 が,その過失 に よ り, 当時の 医療水準 にかな った ものでlj:か った場合 において,右医療行為 と 患者の死亡 との間のEq果関係の存在は証明 されないけれ ども,医療水準 にかな っ た医療が行 われていたな らば患者 がその死亡 の時点 においてなお生存 していた 相 当程度 の可 能性 の存在が証明 され るときは,医師 は,患者 に対 し,不法行為 による損害 を賠償す る責任 を負 うもの と解す るのが相 当である。 けだ し,生命

135(141)‑

(4)

を維持す ることは人 にとって最 も基本的な利益 であ って,右の可能性 は法 によ っ て保護 され るべ き利益 であ り,医師が過失 によ り医療水準 にかな った医療 を行 わない ことによ って患者 の法益 が侵害 された もの とい うことがで きるか らであ 原審 は,以上 と同 旨の法解釈 に基づいて, ‑慰謝料支払の義務 があ ると した ものであ って, この原審 の判断 は正 当 と して是認す ることがで きる。」

3.学説の動向

平成12年判決 は, 医師が医療水準 にかな った医療 を行 わなか った こと (不作 渇) と患者 の死亡 との間の因果 関係 が認 め られな くと も,「医療水準 にかな っ た医療が行 われていたな らば患者 がその死亡 の時点 においてなお生存 していた 相 当程度 の可能性 の存在」 が認 め られ るな らば,医師の賠償責任が認 め られ る と判示 した ものである。学説 は,本件で初 めて採用 された 「相 当程度の可能性」

を分析対象 とす るとともに, これが認 め られない場合 の賠償責任認容 の可否 に つ いて も論 じている。以下, それぞれにつ いて検討す る

(1)・相当程度 の可能性」 の法的性質

法益性

調査官解説 によれ ば,本判決 は,「従前期待権等 といわれて いた被害法益 の内容」 を,「医療水準 にかな った医療行為が行 われていたな らば患者 がそ の死亡 の時点 においてなお生存 していた相 当程度 の可能性」 と して具体化 し た もので, それは,生命が 「極 めて重大 な保護法益」 であるの と同様,「自 己の生命 を維持す る客観的可能性 を保持す る利益」 も重大な保護法益 と捉え うる との考 え方 によ る。 そ して, ここで侵害 されて い るの は, あ くまで も

「患者 かその死亡 の時点 においてなお生 存 していた可能性」 とい う法益 であ るとい う7。

ここで注 目すべ きは,相 当程度 の可能性」 か, 従前期待権等 といわれて いた被害法益 の内容 が 「具体化」 された もの とされている点であ る。 ここで い う 「従前期待権等 といわれていた被害法益 の内容」 とは,延命利益論 や治

‑36(142)‑

(5)

療機会喪失論 とともに,主 として医師の過失や債務不履行 と患者 の死亡 との 間の因果関係 の立証 の困難 さを回避 して医師の責任 を追及 しよ うとして主張 されて きた ものをい う8。学説 には, こう した従来 の流 れを受 けて, かつ本 件最高裁 が 『期待権』 の侵害 につ いて」 との項 目において適切 な医療 を受 ける機会 の侵害 を理 由に慰謝料 を肯定 した原審 と 「同旨の法解釈」 と してい ることか ら,相 当程度 の可能性」 を期待権 と見 る見解 も存す る ものの 9, 多数 を 占めるのは, それ とは異な る新 たな法益 と して理解す る見解である10

他方 で,本件最高裁 の立場 を,実質的 には 「権利侵害構成 に名 を借 りた確 率 的心証論」 と見 る見解 もある。正面か ら確率 的心証論 を採用 しなか ったの は, これを 「広範 に採用す ることについては訴訟 における証 明のあ り方 と し て問題 の余地」 があ るか らだ とい う11

立証の程度

調査官解説 は,相 当程度 の可能性」 の立証 につ き,「『高度 の蓋然性』 に 準 じるよ うな高 い程度 の もの」 を要求 され る ことはない ものの12, 「客観 的 な可能性」がない場合 には,賠償義務 は認 め られない とい う。 そ して,通常 ,「医療水準を下 回 る診療が された場合 には,『可能性』 の侵害 が事実上推 認 され, これ に対 して, 医師 の側 か ら, 『可能性』 がなか った ことを主張立 証す ることにな ると考 え られ る」 とい う136

学説 においては, この生存可能性 の証 明度 の議論 と事実的因果関係の証明 度 の議論 との区別 が強調 されてい る14。 そ して前者 につ いて は,「死亡」 に つ いて 「時的因子」 を織 り込 む ことで患者側 の立証緩和 を図 った と評価 され る先 の最判平11・2・25民集53 11亘 (以下,「平成11年判決」 という)15

● ■●

と関連 させ た検討 が見受 け られ る16。 す なわ ち, 平成 11年判 決 が 「本来 的 な賠償請求 の要件 の証 明」 (傍点筆者) につ いてで あ るのに対、し∴平成12 判決 は 「新 たな不法行為成立 のための要件」 (同) にっ い七であ って,次元 を異 にす る両者 につき証明の程度の評価を加えることは疑 問 とする見解がある 一方で17,平成12年判決 における 「相 当程度 の可能性」 と平成11年判決 にお

‑37(143)

(6)

け る 「高度 の蓋然性」 とを 「因果立証 の程度の違 い」 (傍点著者) と捉 え る 見解 があ るL8。 また後者 につ いて は, 医師の過失 とこの可能性 の間 に事実 的 因果 関係が必要 であ ることを確認 した うえで19, その証明度 に関 しては,原 則 どお り 「高度 の蓋然性」 を もって証明す る必要性 があるとの見解があ る20

射程

学説 においては, この法理 の射程が広 が りす ぎることへの懸念 が述 べ られ て い る。 た とえば,稲垣喬弁護士 は,「医師 に医療水準不適合 の過失 があ る とされ る事例 において,端的 に,生存 ‑生命の継続 の可能性 とい う法益 の侵 害 とその証明の問題 に転換 して,代替的な賠償責任 を肯定 し,患者側 の救済 を敢 えて貫徹 しようと した ところ」 に平成12年判決の意義 を見 出 した うえで,

期待権侵害 ・機会喪失等の問題 について必ず しも機 が熟 さな いまま,救済 思想が先行 した結果 といえな いであろうか」 と し,本法理 が 「患者側 に対す る一般的な救済理論 に転化す る疑 い」 があることか ら,その適用 につ き一層 の慎重 さを求 める21

また, 潜箭将之助教授 も,「医師の専 門家 ゆえの責任加重,.医師の行為 の 道徳的非難可能性 を根拠 と して,因果関係 の認定 をバイパ ス させ ることは, 医師の責任 の歯止 めない拡大 に通ず る‥ とい う批判 に対す る最高裁 の応答」

と して本判決 を理解 し,倫理的要素 を因果関係 の段 階 では排 除 し,損害額 を柔軟 かつ裁量 的 に算定す ること」 で,「患者 の救済 の要請 と, 医師の責任 の限定 の要請 とのバ ランスを とろ うとす る」 のが最高裁の意図であるとい う。

そ して,本判決 における 「賠償責任 を限定す る要素」 は 「生命」 のみであ る ,最高裁 の立論 は,責任 を肯定す るには説得力を持 ち得 て も, その外延, 例 えば重度 の不可逆 的障害 を生 じたケース, において,責任 を限定す る機能

を果 たす ことは難 しい」最高裁 に下級審 よ り損害賠償 を限定 しよ うとい う

●●●●

意 図は見 られない。 因果関係 の立証 のできない場合 で も損害賠償 の余地 を残 そ うとい う実質 に関す るか ぎ りでは,本判決 は 『延命利益』論,『期待権』

論 の存在意義 を最高裁 レベルで引 き継 いだ といえ る。 ただ し, そ こには,梶

‑38(144)‑

(7)

拠 ・論拠 を組 み替 え,限定 しよ うという姿勢 が うかがえ,今後の論理構成, 攻撃防御の方法 な どに影響があ ると思われ る」 (傍点著者) とい う22

賠償範囲

調査官解説 は,賠償範囲 につ き今後 に残 された課題 とす る ものの23,生存 で きた場合 の予後 の考慮 や生存可能性 の程度 か明確 に認定で きることへの疑 問な どの理 由か ら慰謝料 に限 られ るとす る見解 と24,生命法益 との連続性 か ら財産的損害ない しそれ に準ず る ものまで認 め られ るとす る見解 とが対立 し ている25

(2)相当程度 の可能性」が認め られない場合の損害賠償認容の可否 平成12年判決 においては結果的 に請求が認 め られた ことか ら問題 の姐上 に 上 って くることはなか った ものの,相 当程度 の可能性」.が認 め られない場 合 に も何 らかの手段で医師側 の賠償責任 を認容す ることができるのか とい う 問題が別個存在す る26

この点 につ き,純然 た る 「期待権侵害」 ない し 「治療機会喪失」 の問題 と

・ して注 目す る見解 が あ るほか27,調査官解説 は,「粗雑診療 自体 か ら生 じる 焦燥,不安,不快感等」 は,可能性」侵害 とはまた別個 の利益侵害であ り,

「その程度 が受忍限度 を超 え る ものか どうかで被保護利益性 を判 断すべ き」

であ り,相 当程度 の可能性」 が認 め られない場合 で あ って もなお賠償 が認

め られ る余地があるとい う28

2 平成15年判決 について 1.事案の概要

Y医院で通院治療 中のⅩか,̲通 院期 間中の深夜 にお う吐 ・吐 き気が治 ま らな い状態 とな っ声 ことか ら,‑Yの診察 を受 けた ものの,点滴 を受 けるに とどま っ た。 その後,軽度 の意識 障害 を疑 わせ る言動 があ ったため, これ に不安 を覚 え た母親 が診察 を求 めたがす ぐに診察 され ることはな く, 4時間後 によ うや・Y

の診察 を受 けた ときには, いす に座 ることもできず診察台 に横 にな ってい る状

‑39(145)‑

(8)

憩 で あ ったO熱 も下 が りお う吐 も一旦治 ま った ため帰宅 して いたⅩは, お う吐 と発熱 が続 き,翌 日早 朝 か ら呼 びか けて も返答 しな くな り,午 前9時前 にY 診察 を受 けた ものの,意識混濁 の状態 で あ ったた め,B病 院 に入 院 したが,結 Ⅹの意 識 は回復 せず後 に原 因不 明 の急性脳症 と診 断 され た。 そ こで,Ⅹは, Yに対 して,①YがⅩを適 時 に総合 医療機 関 に転送 すべ き義務 を怠 ったた め, Xに重 い脳 障害 を残 した,② 仮 に,Yの転 送義 務違 反 とⅩの重 い脳 障害 との間 に因果 関係 が認 め られない と して も,重 い脳 障害 を残 さない相 当程度 の可能 性 が侵害 され た旨を主 張 し,不法行為 に基 づ く損害賠償 を求 めた。原音 は,Yの 転送 義務違反 を否定 し,仮 に転送 義務違反 が あ って も,統計数値 によ り早 期転 送 によ るⅩの後遺症 防止 の相 当程度 の可能性 もない と して請 求棄却 (なお,辛 12年判決の法理 が後遺症の事案 に直 ちに当てはまるとはいえないと疑問 も提示 し ている)Ⅹが上 告。 破棄差戻 し。

2.判示

Yは,上記 の事 実 関係 の下 において は,本件診療 中, 点滴 を開始 した もの ,Ⅹのお う吐 の症状 が治 ま らず,Ⅹに軽度 の意識 障害等 を疑 わせ る言 動 か あ り, これ に不安 を覚 えた母親 か ら診察 を求 め られ た時点 で,直 ちにⅩを診 断 し た上 で,Ⅹの上記一連 の症状 か らうかがわれ る急性脳 症等 を含 む重大 で緊急性 のあ る病気 に対 して も適切 に対処 し得 る, 高度 な医療機器 による精密検査及 び 入 院加 療等 が可能 な医療機 関へⅩを転送 し,適切 な治療 を受 け させ るべ き義 務 が あ った もの とい うべ きで あ り,Yには, これを怠 った過失 が あ る といわ ざる 得 ない。

「患者 の診療 に当た った医師が,過失 によ り患者 を適 時 に適切 な医療機 関へ 転送 すべ き義務 を怠 った場合 において, その転送義務 に違反 した行為 と患者 の 上記重大 な後遺 症 の残存 との間の因果 関係 の存在 は証 明 されな くと も,適 時 に 適切 な医療機 関へ の転送 が行 われ, 同医療機 関 において適切 な検査, 治療等 の 医療行為 を受 けていたな らば,患者 に上記重大 な後遺症 が残 らなか った相 当程

‑40(146)‑

(9)

度の可能性 の存在が証 明 され るときは,医師 は,患者 が上記可能性 を侵害 され た ことによ って被 った損害 を賠償すべ き不法行為責任 を負 うもの と解す るのが 相 当であ る。」

3.学説の動向

平成15年判決は,平成12年判決で採用 された 「相 当程度の可能性」 の法理 を, 重 い脳 障害 とい う重大 な後遺症 か残 った事案 において も採用 した。 これ によ り 奇 しくも,平成12年判決 に関す る学説 の指摘が現実 の もの とな ったわけである0

調査官解説 は,「その説示 に照 らせ ば, 同法理 の射程 を重大 な後退障害一般 に広 げた もので も, ま して健康侵害一般 に広 げた もので もな」 い どす るが29, 学説 はと りたててそのよ うな限定的なニ ュア ンスを判示 か ら読 み取 ることはで きない とした うえで,本件 の結論 に概 ね賛成 しつつ,本判決 と平成12年判決 と の関係か ら同法理 の射程 の さらな る拡大 に警鐘 を鳴 らしている。

た とえば,林道晴裁判官 は,身体 の安全性 にかか る 「重大 な後遺症 が残 らな か った相 当程度 の可能性」法益 と,生命 の安全性 にかか る 「死亡 時点でなお生 存 していた相 当程度の可能性」法益 とは質 的 に異 な るが,前者 に対 して後者 に 準ず る保護 を与 え るべ きとの考 え方 は,バ ランスが とれ,説 明可能 な もの とい O そ して,本判決 の射程 につ き,「実質 的 には, 因果関係認定 の困難 に対す る,一種の救済論理 の側面 があ る以上,安易 な拡充 は避 けるべ き」 で,死傷 以外 の法益侵害が問題 とな ることが多 い医師以外 の専 門家責任への適用 ない し 類推 には, それ相応 の比較検討 を加え る必要 があ る」 とい う30

そ して この両法益 が 「質的 に異 なる」 との点 につ いては;「本判決が 『時点』

に着眼 しなか った こと」 を 「病的 リス ク実現 を医師 に帰責す るための要件 をあ らためて確認 した もの」 と評価す ることで,「近時の最高裁判例 も, 患者 の持 つ病 的 リスクに対す る制御可能性 の程度 とい う観点か ら整序す ることがで き

12年判決 と本判決 は,病 的 リス クの制御可能性 が低 い場 合 において も,.患者 に新 しい法益 を認 めて その侵害 に対す る責任 を追及 できるように」す ることで;

141(147)‑

(10)

従来 の下級審 ・学説 の傾 向を肯定 的 に受 け とめている」 との分析 が な されて い る31

また, この 「重大 な後遺症が残 らなか った相 当程度 の可能性」 の証 明の程度 につ いては

,

「証明 に匹敵す るよ うな高度 の蓋然性 までは要求 され」 ず

,

「患者 の具体 的な症状 に即 して,転送先 の病院で適切 な検査 ・治療 を受 けた可能性 の 程度 を検討すれば足 りる も■のであ って,統計的な数値 による正確 な証 明まで必 要であ るとは考 え られない」 との指摘がある32

最後 に,認 め られ る賠償範 囲 について は

,「

『相 当程度 の可能性』 が保護法 ママ

益 であることか らとい って,期待権 ではな く客観的な可能性の侵害 と捉え る以 上,財産 的損害が一切 問題 とな らない と考 え るのは相 当でないで あろ う。 『後 遺症 が残 らない相 当程度 の可能性』 と 『後遺症 が残 らない こと』 とは,一応,

●●●

定性 的 には異 な る法益 とみるべ きであろうが,規範的な評価 が基本 となる損害 額 の評価 の場面 で は,定量 的 に考 え ることか可能」 であ り

,

少 な くと も後遺 症 関係 では,差額説 の考 え方 によ って算定 した損書額 (後退症なか りせばと仮 定 しての損害額) の一定割合 を,後遺症 が残 らない可能性 の侵害 の損害額 と認 めて よい場合 もあ り得 ないではない。 その際,基本 とな る損害額 に乗ず る割合 ない し率 は,重大 な後遺症が残 らない可能性 に関す る統計数値 の吟味 ・検証 か

ら控 えめに算 出す ることになろ う」 (傍点筆者) との見解が 目を引 く33

3 小括

いわゆ る東大 ル ンバール事件判決 の法理が不作為不法行為 において も妥 当す ると した平成 11年判決 は

,

死亡」 をその時点 における死亡 と捉えて延命期 間 の問題 を損害額算定 の領域へ追 いや ることで実質的 に患者側 の立証負担 を軽減 した。 その後,平成12年判決 は,医師の過失行為 と死亡 との間の因果関係 が認 め られな くとも

,

「医師の過失行為 がなければ生存 していた相 当程度 の可能性」

とい う法益 の侵害が立証 されれば,損害賠償 が認 め られ るとした。 これは,忠 者死亡 の事案 であ ったため,最高裁 は,生命法益の重要性を強調す るとともに,

142(148)‑

(11)

その射程 を広 げないよ うにす るとの態度 を示 したか に見 えたが, その後,平成

15年判決が,重大 な後遺症 の事案 において も′本法理 を採用 し, その射程が拡大 され ることにな った。 そ して平成16年判決では,患者死亡 の事案 において再 び 本法理 が採用 されている

学説 の多数 は, この 「相 当程度 の可能性」 を期待権 とは異 な る新 たな法益 と して理解 した うえで, この法理 の射程が さらに拡大 して しま うことに対す る危 快 を表明 しつつ も,最高裁が この法理 を採用 した真意 は従来 の議論 (主 として, 期待権論 と治療機会喪失論)lを採用す ることでその射程 が際限な く広 が 1‑て し

ま うことを回避す ることにあるとの分析がなされている。

また,生存可能性 の証 明度 の議論 と事実的因果関係 の証 明度 の軽減 の議論 と を区別すべ きとの指摘 がな されている。前者 に関 しては, 当初 は高度 の蓋然性 を要求す る見解 もあ ったか,平成12年判決 における当該可能性 が20%にす ぎな か ったためにそれほど高度 な確率が求め られていないと認識 され るようにな り, その後平成15年判決 においては,統計的な数字 にと らわれ ることな く具体 的な 症状 に即 してその有無 を検討すればよい とされ∴ さ らに平成16年判決 において ,患者側 によ り医療水準 を下 回 る医療行為 か実施 された ことが明 らか にさ れれば,医師は医療水準 に合致 した適切 な医療行為 がな されていて も延命効果 は全 くな く,結果が同 じであるとい うことを立証 しない限 り,責任 を負担 しな ければ」 な らな くな り,現在 においてはその立証 は非常 に容易 にな った と解 さ れている34。一方で後者 に関 しては,医師の不作為 とこの 「相 当程度 の可能性」

との間に事実 的因果関係 が必要 と した うえで, これについては高度 の蓋然性 の 証 明が必要 とす る見解 が見 られ る。

認 め られ る賠償範囲に関 しては,慰謝料 のみ とす る見解 と,逸失利益 まで認 め られ るとす る見解 とが対立 している。

4一このように, 同法理 の理解 をめ ぐる議論 が未 だ落 ち着 きを見せないなか,辛 17年判決が現 れ ることとな った。■

‑43、(149)‑

(12)

3章 最高裁平成17年判決について

1 事案の概要

住居侵入罪 で逮捕 され東京拘置所 に勾留 されていたⅩは,平成1341 午前730分 頃,巡回中の東京拘置所職員 に,布団の上 で上半身 を起 こ したま

ま声 をかけて も言葉 にな らない返答 をす る状態でいるのを発見 された0

Ⅹは,午前8時頃,東京拘置所医務部病院 (以下,「医務部」 という) に運 び 込 まれ, 当直医であ ったA医師 (外科医) の診察 を受 けた ところ,脳 内出血 ま た は脳 こ うそ くの疑 いが あ る と して, 東京拘 置所 の特 定集 中治療 室 (以下,

ICU」 という) に収容 された。 なお,ICUには,緊急処置 に必要な医療機器 が 備 え られてお り,医師や看護 師 は常 時居 るわけではな く,必要 に応 じて赴 くと

い う態勢 であ った。

B医師 (精神神経科医) が,午前830分過 ぎ頃,Xを診察 した ところ,「問 いか けに答えずoL痛 み刺激 で手足 を動かす。右半身麻 ひo発語不能。 どう孔 は 正 円。 両 眼の対光反射 は迅速。」 とい う状態 であ った。B医師 は,Ⅹの症状 か 脳 内出血 または脳 こうそ くのいずれか による ものである と考 え, 自 ら頭部CT 撮影 を した。 その際,Ⅹが動 いたため にCTの画質 は悪か ったが,Ⅹの脳 には 低吸収域 が写 っていた。B医師 は, この画像 か ら,Ⅹの症状 は脳 こうそ くによ る もの と判断 し,脳浮 しゅ対策 の処置 を した。後 に,C技士 (放射線技士) に よ り行 われ た第2回の頭部CT掃影 の画像 において も脳 に低吸収域 が写 って い た ことか ら,B医師は, 当初の判断が正 しい ことを確認 した。

D医師 (一般消化器外科医,医務部長) が, 同月2日午前750分 頃,Ⅹを診 察 した ところ,「こち らの言 うことは分 か る らしい。 目を閉 じて と言 うと目を 閉 じる。右半身麻 ひ,言語 障害 がある。」 とい う状態 であ ったO午前927 ,Ⅹに対 して行 われた第3回の頭部CT撮影 の画像 に脳 浮 しゅの進行 が認 め られた ことか ら,D医師 は, そのまま東京拘置所 で保存的治療 をす ることは不

一44(150)

(13)

適格 と判断 し,受入れ可能 との回答 を得 たE病院 に‑転送す ることに した。午後 39分 頃,救急車が東京拘置所 に到着 し,ⅩはE病院 に転送 された。

E病 院 に到着 した ときのⅩの意識 レベル はいわゆ る こん睡状態 であ り,頭部 CT撮影 の結果で は左 中大脳動脈領域 に広範 な脳浮 しゅが出現 し,症状 は,前 日や同 日午前 よ りも増悪傾 向にあ った。 そ こで,Ⅹの弁護人 の同意 を得 て,Ⅹ の前側頚部 の緊急開頭減圧手術 を施行 した。

Ⅹは, 4月11日, E病 院の医師 によ って,重大 な後遺症 を残す可能性 が高 い と診断 された。

本件 は,以上 のよ うな事案 において,Ⅹが,Y (国) に対 し,東京拘置所 の 職員である医師 はⅩに脳 こうそ くの適切な治療 を受 ける機会 を与 え るために速 やかに外部 の医療機関に転送すべ き義務があ ったに もかかわ らず, これを怠 り,

Ⅹに適切 な治療 を受 ける機会 を失 わせたな どと主張 して, 国家賠償法11 に基 づ き,慰謝料等 を請 求 した ものである。一審35,Ⅹを速 やかに専 門病 院 に転医 させ るべ き義務 に反 したために,Ⅹは血栓溶解療法 を受 ける機会 を失 っ た と して,請求 を一部認容 した。 原審36,転 医義務違反 によ る損害賠償請 求 においては,具体 的法益 の侵害,すなわち,適切 な治療 が行 われた とすれば 病状 の悪化が防止 できた相 当程度 の可能性が侵害さ れた ことを要す るとい うべ きであ り, その可能性 がない以上,本件 において,損害賠償義務 は発生 しない とい うべ き」 と して請 求を棄却 した。 また

,

東京拘置所 の一連 の措置 は,確 かに脳卒中の専門病院 によるきめ細かな看護態勢 に及ぶ ものではないとしで も, 生命の尊厳 を脅かすような粗雑診療であるとはいえないのであ って,それによっ ,Ⅹに受忍 限度 を超 え るよ うな焦燥,不安,不快感等 が もた らされた とも認 め難 い」 と した。Ⅹが上告。上告棄却。

2 判示

勾留 されている患者の診療 に当た った拘置所 の職員であ る医師が,過失 に よ り患者 を適時 に外部 の適切 な医療機 関へ転送すべ き義務 を怠 った場合 におい

‑45(151)‑

(14)

て,適時 に適切 な医療機 関への転送が行 われ,同病院において適切 な医療行為 を受 けていたな らば,患者 に重大 な後遺症 が残 ちなか った相 当程度 の可能性 の 存在 が証明 され るときは,国は,患者 が上記可能性 を侵害 された ことによ って 被 った損害 につ いて国家賠償責任 を負 うもの と解す るのか相 当である (最高裁 平成9年 (オ)第42号同12922日第二小法廷判決 ・民集5472574貢,最高 裁平成14年 (受)第1257号同15年11月11日第三小法廷判決 ・民集57101466頁参 輿)。」

前記事実関係 によれば,:Ⅹについて,速やか に外部 の医療機 関への転送 が行 われ,転送先 の医療機 関 において医療行為 を受 けていたな らば,Ⅹに重大 な後遺症 が残 らなか った相 当程度 の可能性 の存在 が証 明 された とい うことはで きない。 そ して,本件 においては,Ⅹに重大 な後遺症 が残 らなか った相 当程度 の可能性 の存在 が証 明 された とい うことがで きない以上,東京拘置所 の職員 で あ る医師がⅩを外部 の医療機 関 に転送すべ き義務 を怠 った ことを理 由 とす る国 家賠償請求 は,理 由がない。 なお,東京拘置所 の医師が外部 の医療機 関に転送 しないでⅩに対 して行 った診療 は 『生命 の尊厳 を脅かす よ うな粗雑診療』 であ るか ら国家賠償責任 があ る旨のⅩの主張 は,前記事実関係 によれば,東京拘置 所 の医師 はⅩに対 して所要 の治療 を行 ってお り, その診療が 『生命 の尊厳 を脅 かす よ うな粗雑診療』 であるとい うことはできないか ら,前提 を欠 き,採用す ることがで きない以上 と同 旨の原審の判断は,正 当 と して是認す ることが できる。」

3 補足意見および反対意見 1.島田仁郎裁判官の補足意見

平成12年判決 および平成15年判 決 において,「不法行為法上 の保護 法益 と し て考慮 の対象 とされたのは, なお維持 できたであろ う患者 の生命又 は重大 な後 遺症 が残 らなか ったであろう患者 の身体 である。医師の不法行為責任 を問 うに は医師の過失 と患者 の生命身体 に受 けた損害 との間の因果関係 の存在が必要 で

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(15)

あるところ, それ に代 えて このようlj:『相 当程度 の可能性 の存在』 があれば足 りるとす ることによ って医療過誤訴訟 における患者側 の立証 の困難 を緩和す る とともに,『相 当程度 の可能性 の存在』 を要件 とす ることによ って,発生 した 結果 との間の因果関係が立証 されな くて も損害賠償責任 が認 め られ る場合 を合 理 的な範囲 に画 した もの と理解 され る。」

「もっ.とも,反対意見 のい うよ うに,本件 における不法行為法上 の保護法益 杏,重大 な後遺症 を受 けた患者 の身体 ではな く,『適 時 に適切 な医療機 関へ転 送 され,同医療機 関において適切 な検査,治療等 の医療行為 を受 ける』 こと自 体 に対す る患者 の利益であると解す る余地 はある。 そのように解 した場合 には, 転送 して適切 な医療行 為 を受 けたな ら重大 な後遺症 が残 らなか った 『相 当程度

の可能性』 の有無 は,過失 の有難 ・程度 を判断す る上 で考慮すべ き重要 な要素 とはな って も,賠償責任 を認 めるための要件 とはな らない といえよ う「適時 に適切 な医療行為 を受 けること, そのために適時 に適切 な医療機関へ転送 され ることは,誰 もが願 う基本的な利益 であ り, それか実現 され ることが望 ま しい ことはい うまで もない。私 は,検査,治療 が現在 の医療水準 に照 らしてあま り に も不適切不十分 な ものであ った場合 には,仮 にそれによ り生命身体 の侵害 と い う結果 は発生 しなか った として も, あるいは結果 は発生 したが因果関係 が立 証 されなか った として も,適切十分 な検査,治療 を受 けること自体 に対す る患 者 の利益か侵害 された ことを理 由 と して損害賠償責任 を認 め るべ き場合 があ る ことを認 めるにやぶ さかではない。 しか し,医師,医療機 関 といえ どもすべて が万全 な ものではな く,多種多様 な現実的な制約 か ら適切十分 な医療 の恩恵 に 浴 す ることが難 しいことも事実 と して認 めざるを得 ない。 ある程度 の不適切不 十分 は,社会生活上許容 の範 囲内 と して認 め るべ きであろ う。 したが って,結 果発生 との因果関係 が証 明 された場合 は ともか く, その証 明がな く,上記 のよ うな 『相 当程度の可能性 の存在』す ら証明 されない場合 に, なお医師 に過失責 任 を負 わせ るのは,著 しく不適切不十分 な場合 に限 るべ きであろ う。・どの程度 まで不適切 であ り不十分 であ ったな ら,一患者 の利益 が不法 に侵害 された もの と

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(16)

して法的 に保護 され るべ きであるかは,非常 に微妙 で難 しい問題 であ り,意見 が分 かれやすい ところであ る。 この点は,相互 の信頼 関係 を基盤 と して成 り立 つ弁護士,税理士,教師等 の仕事 において,適切十分 な弁護,指導等 を受 ける 依頼者,生徒等 の利益 を どの程度 まで保護すべ きである加 とい うことと共通す る極 めて広 が りの大 きい問題 で もあ る。私 は, 亡の種 の事件 に関 して保護法益 を柔軟 かつ弾力 的 に広 げて解す ることにつ いて反対す る ものではないが,それ によ って発生 した結果 との因果関係 が立証 されないか結果 が発生 しない場合 ま で も過失責任 を認 めることにな るので, それか不 当に広 が り過 ぎないように, 法益侵害 の有無 につ いては厳格 に解 さなければな らない と考え るo したが って, かか る保護法益 が侵著 された とい うためには,単 に不適切不十分 な点 があ った とい うだけでは足 りず, それが果 た して法的に見 て不法行為 と して過失責任 を 問われねばな らないほ どに著 しく不適切不十分 な ものであ った とい うべ きか ど うかについて,個 々の事案 ごとに十分慎重 に判断す る必要があ る。」

2.才 口干晴裁判官の補足意見

平成15年判決 は,「『患者 に重大 な後遺症が残 らなか った相 当程度 の可能性 の 存在』 を要件 とす ることによって,損害賠償責任 が認 め られ る範囲を合理 的な 範 囲に画 した もの と理解すべ き ものであ る。」

「そ もそ も,反 対意見 は,実定法 に定 めのない 『期待権』 とい う抽象 的な権 利 の侵書 につき,不法行為 による損害賠償 を認 める ものであ るか ら,医師が患 者 の期待権 を侵害すれば過失 があるとされて直 ちに損害賠償責任が認 め られ, 賠償 が認 め られ る範囲かあま りに拡大 され ることにな る。 また,医師 につ いて

『患者 か適 時 に適切 な医療機 関へ転送 され, 同医療機 関 において適切 な検査, 治療等 の医療行為 を受 ける利益 を侵害 された こと』 を理 由 と して損害賠償 を認 め ることは,医療全般 のみな らず,専門的かつ独 占的な職種 であ る教師,捜査 官,弁護士 な どについて も,適切 な教育,捜査,弁護 を受 ける利益 の侵害な ど を理 由 と して損害賠償責任 を認 め ることにつなが り,責任 が認 め られ る範 囲が

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(17)

限 りな く広 が るおそれが あ る「もっと も, 医師 の検査,治療等 が医療行為 の 名 に値 しな い よ うな例 外 的 な場合 には, 『適切 な検査 ,治 療等 の医療行為 を受 ける利益 を侵害 された こと』 を理 由 と して損害賠償 責任 を認 め る余地 が ない と はいえない」。

3.横尾和子裁判 官および泉徳治裁判官の反対意見

多数意 見 の引用 す る平成15年判決 は,「患者 に重大 な後遺症 が残 らな か った 相 当程度 の可能性 の存在 が証 明 された ときは, 医師 は 『患者 が上 記可能性 を侵

′害 され た ことによ って被 った損害』 を賠償すべ き不法行 為責任 を負 う, と判示 して い るに過 ぎず, 医者 が過失 によ り患者 を適 時 に適切 な医療機 関へ転 送すべ き義務 を怠 った場合 において も,患者 に重大 な後遺症 が残 らなか った相 当程度 の可能性 の存在 が証 明 された とい うことがで きない ときは, 医師 は 『患者 が適 時 に適切 な医療機 関へ転送 され, 同医療機 関 において適切 な検査,治療等 の医 療行 為 を受 け る利益 を侵害 された ことによる損害』等 を賠償 すべ き不法行為責 任 を負 うもので はない と判 断 した もので はな い」。平成12年判決 ら,「生存 して いた相 当程度 の可能性 の存在 が証 明 されなか った場合 の医 師の損害賠償責任 の 有無 に触 れ る もので はな い。 『重大 な後遺 症 が残 らなか った相 当程 度 の可能性 を侵害 され た こと』 と, 『患者 が適 時 に適 切 な医療 機 関へ転送 され, 同医療機 関 において適切 な検査,治 療等 の医療行為 を受 け る利益 を侵害 され た こと』 と は, 別個 の利益侵害 で あ る。 『患者 が適 時 に適切 な医療機 関へ転 送 され, 同医 療機 関 において適切 な検査,治療等 の医療行為 を受 け る利益』 が,不法行為法 上 の保護利益 とな り得 るか どうかが問題で あ り,保護利益 とな り得 るとす れ ば, 医 師側 の不法行為責任 が肯定 され るので あ る。」

「医療 関係 事件 にお いて,『生命』, 『身体, 『死 亡 の時点 にお いて な お生 存 して いた相 当程度 の可能性,『重大 な後遺症 が残 らなか った相 当程度 の可能性』

の ほか に」, これ まで の最 高裁判 例 で認 め られて きた法益37と,「患者 が適 時 に 適切 な医療機 関‑転送 され, 同医療機 関 において適切 な検査,治療等 の医療行

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(18)

為 を受 ける利益」 とは,「比較 して も,保護 すべ き程度 において,勝 る とも劣 らない ものであ り,不法行為法上 の保護利益 に該 当す るとい うべ きである。」

4 小括

本件多数意見では,脳 こうそ くに起 因す る重大 な後遺症 が残 った事案 にお い て,平成12年判決 と平成15年判決 が引用 され,「相 当程度 の可能性」 の法理 に よる処理がな された。本法理 が着実 に裁判実務 に浸透 しつつあ る様子 が伺え る ちのの,補足意見 と反対意見 とを見 る限 り, この法理 に関 しては最高裁 内部 で も未 だ磐石 の態勢 にあるわけではないとの理解が可能 である。平成17年判決 に お ける多数意見 と補足意見 ・反対意見をま とめると以下 のよ うにな る0

多数意見 は,脳 こうそ くに起 因す る重大 な後遺症が残 った事案 において,平 12年判決 と平成15年判決を引用 して 「相 当程度 の可能性」 の法理 を採用 し, 本件 にお いて は この可能性 の存在 が認 め られない と した。 さ らに当該診 療 が

生命 の尊厳 を脅 かす よ うな粗雑診療」 であ ることに基づ く賠償責任 を否定 し た。従来 の判例 においては,患者 の死亡や重大 な後遺症 と医療行為 との因果関 係 が証 明 されない場合 との論 旨の後 に本法理 が用 い られていたが,本件 でその

よ うな記述 は見 られない とい う点が特徴 的である38

そ して2つの補足意見 は, この多数意見 の前者 に言及 した部分 と,後者 に言 及 した部分 とに大 き く二分 できる。

まず前者 に関 しては,多数意見 に対 して2点 の補足 を している。 1つ は,本 法理 の採用 によ って,医師の過失 と患者 の生命身体 に受 けた損害 との間の因果 関係 に 「代 えて相 当程度 の可能性」 を要求す ることで医療過誤訴訟 におけ る患者側 の立証 の困難 の緩和 か図 られ るとい う点 (島田裁判官) であ り, もう 1つ は 「相 当程度 の可能性」 を要件 とす ることで賠償責任 の認 め られ る範囲が 合理 的な ものに画 され るとい う点 (島田裁判官,才 口裁判官) であ る。

後者 に関 しては,平成12年判決 における一部 の評釈で も検討 され,本件多数 意見 によ り顕在化 した問題 につ き言及 した反対意見への応対がな されてい る。

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(19)

す なわち,反対意見 は 「急性期 の脳卒 中患者 と して専門医 による医療水準 にか な った適切 な検査,治療等 の医療行為 を受 ける利益」 を,従来最高裁が認 めて きた様 々な法益 に勝 るとも劣 らない もの と評価 し本件 では この利益侵害 に基づ く損害賠償を認 め るべ きとす るのに対 し,補足意見 は, これによ り損害賠償責 任の範囲が拡大 して しま うこと, さ らには他 の専 門家 の責任 に対す る波及 につ いての危快 か ら,著 しく不適切不十分 な場合 に限 るべ き」 といい (島田裁判 官), また この利益 は 「期待権」 であ ることか ら 「医療行為 の名 に借 しない よ うな例外 的な場合」 に限 って認 め るべ き とい う (才 口裁判官)。 ここで注意 す べ きは,補足意見 ・反対意見 ともに,相 当程度 の可能性」 が認 め られない場 合 について言及 している点である。

そ うす ると,相 当程度 の可能性」 とい う法益 とは一体何 なのか,「医療水準 にかな った適切 な検査,治療等 の医療行為 を受 ける利益」 とは一体何 なのか, そ して両者 は どの ような関係 に立つのか, さ らには射程 の問題 に何 らかの影響 を及 ぼすのか とい った諸 々の問題点が生 じて くることとな る。

4 私見の展開

以上 を踏 まえて,相 当程度 の可能性」 を法 的 にどう理解すべ きであろ うか。

以下 では, その法 的性質 およびこの可能性 が認 め られない場合の賠償責任認容 の可否 につ いて検討 を加 え る。

1 相当程度の可能性」の法的性質

平成17年判決 の島田裁判官の補足意見 によるな ら,「相 当程度 の可能性」 と は,医療過誤訴訟 の特殊性 に鑑 み,患者側 の立証緩和 を 目して採用 された もの であ り, また,不法行為上 の保護法益 として患者 の生命 や身体が 「考慮 の対象」

とされた ものをい う。 この指摘 を⊥ 瞥 しただけで も,「医療過誤訴訟 の特殊性」

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(20)

とは何 なのか,そ して生命 ・身体 とい う法益 を 「考慮 の対象」 にす るとは どう い うことを意 味す るのか とい う疑 問かわ いて くる。 そ して これ らの疑 問 は,

相 当程度 の可能性」 とい う概念 を複合 的な観点 か ら検討 してい くなかで解決 で きるよ うに思 われ る。以下,法益,因果関係 の観点か ら順次検討 してみ るこ

とと した い。

1.法益の観点か ら

平成12年判決が 「右 の可能性 は法 によって保護 され るべ き利益」 といい,辛 15年判決,平成16年判決そ して平成17年判決が 「上記可能性 を侵害 された こ とによ って」 とい っていることか らすれば,最高裁 は 「相 当程度 の可能性」 と い う概念 を被侵害利益 ない し法益 と解 していると受 け取 るのが素直 な解釈 だ ろ う。学説 において もそ う捉 え る見解 が多数 を 占めてい るのは前述 の とお りであ る。

それでは この法益 の内実 を どのよ うに理解す るべ きか。学説 では これを新 し い法益 として理解 し,従来 の期待権諭 や延命利益論,治療機会喪失論 と対置 し て いるよ うに見 え る。 それで は具体 的 に,相 当程度 の可能性」 は,従来 の議 論 とどの よ うな相違点 を有 しているとい うのだろうか。 この点 につ いては これ までの学説 では検討 が不十分 であ った感 が否 めない ことかノら,以下,簡単 に検 討 す る。

(1) 期待権 と 「相 当程度 の可能性」

期待権論 とは,医療水準 に適 った医療 に対す る患者 の期待 を法 的保護 に値 す る権利 と捉え,それを侵著 した ことによる賠償 を認 め る考 え方 をい う。裁 判例 において は,福 岡地判昭52・3・29判 時86790頁 が この概念 を初 めて 採用 して以来, この権利 の侵害 を理 由に賠償責任 を認容す る ものが多 々見 ら れ る。学説 においては,生活 (生命)の質 ない しライ フスタイルの尊重 な ど を理 由に挙 げて これ に賛 同す る見解 があ る一方 で39,実質 的 に無 因果 関係責 任論 を容認す ることにな るとの理 由,患者 の期待 は主観的な ものにす ぎず法

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(21)

的保護 には惜 しない との理 由, そ して期待権 とは当事者 として診療等の関係 に立つ ことに当然 内在す る医師 一患者 の関係であ って これに独立 した法 的権 利性 を肯定す ることは疑 問 との理 由な どを挙 げて批判す る見解 があ った400 裁判例 においては,理論上の未成熟 さや 「もともと延命利益 による侵害 を補 強す るペ く未分化の まま理解 されていた経過や,̲そのため延命利益 による慰 謝料 が認 め られ るかぎ り独 白に期待権を持 ち出す必要がないとの実践的理 由」

か ら延命利益論 に主流 か移 ってい っ‑た とされてい る41

相 当程度 の可能性」 との関係 でいえば,平成17年判決 の反対意見 におけ る 「適切 な検査,治療等 の医療行為 を受 ける利益」が,才 口裁判官 の補足意 見 において 「期待権」 と して性質決定 されてい ることが注 目され る。 ここで ,相 当程度 の可能性」 とこの利益 か別個 の法益 とされてい ることか ら, 前者 が期待権 でないことは明 白である。 また, 島田裁判官 の補足意見 におい て は本法益が患者 の生命身体 を 「考慮 の対象」 と した ものであ ると してその 主観性が明確 に否定 されてお り,従来の議論 で も本法益 を期待権 とは異 な る もの と解 してきた。 つ まろところこれ らの見解 に共通す るのは,責任 の歯止 めない拡大 に対す る懸念 である。期待権諭 において も 「著 しく杜撰 かつ不誠 実」 とい った射程 を限界付 けよ うとす る指摘 も見 られ な くはないが42, 「医 師 ・専 門家 ゆえの責任, 患者 の期待 の裏切 りへ の非難 を挺子 に」43して責任 の拡大 を導 いて しま う懸念 は依然 として払拭 されていないのである。

以上 か らすれば, その射程 を厳格 に解すべき とされてきた 「相 当程度 の可 能性」 は,容易 に責任拡大 と結 びつ きかねない期待権 とは別個 の法益 と考 え

るのか妥 当であ る。

(2)延命利益 と 「相 当程度 の可能性」

延命利益論 とは,「医療行為 によ り患者 に救命 の余地 がな い と,して も, 医 師の過失がなければ,一定程度の生存の可能性 を高 め ることがで きた場合 に おいて,医師の過失 と死期 を早 め られた こととの因果関係 を要件 と して損害 賠償責任 を認 め る構成」 であ る44。期待権 とこの延命利益 とが明確 に区別 さ

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