Ⅰ.序論
従来の知的財産権は,属地主義原則の下で 知的財産権の成立・消滅とその内容はその権 利を付与した国の法律によってのみ決められ,
その効力は付与国の領土主権が及ぶ範囲内に おいてのみ認められると信じられて来た。知 的財産が国際的に流通され,侵害されること が稀であっただけではなく,そういう場合に おいても,属地主義原則によって概して権利 付与国ないし保護国で当該国の法律によって 紛争を処理すれば十分であった1。
ところで,1987 年始まったウルグアイラ ウンドが締めくくられつつあった 1992 年,
アメリカの提案の下で2国際取引紛争の解決 を 促 進 す る た め に ハ ー グ 国 際 私 法 会 議
(
Hague Conference for Private Internation- al La
0w
)は,「民事及び商事事件の国際裁判 管轄と外国裁判に関する条約」(Convention on Jurisdiction and Foreign Judgments in Civil and Commercial Matters.
以下「ハーグ 条約」という。)に関する論議を始めた。7 年の作業のあげく,1999 年ハーグ条約の予 備草案が用意されたが,同草案は知的財産権 に関しては二重の反対に直面した。その一つ は,1995 年WTO
体制の出帆とインターネッ トに代表されるサイバースペースの登場であ り,知的財産の流通と侵害が全地球的次元で 起きるようになり,従来の属地主義を多少緩和する制度としては紛争の効率的な解決を期 待できないというのであった。一方,その反 対陣営である知的財産専門家及び開発途上国 は,属地主義の緩和によって知的財産紛争が 自国の裁判管轄と法から離れ,外国裁判所と 外国法によって裁判されることをおそれた。
このような両極端の論議は,他の理由とと もに,ハーグ国際私法会議における条約草案 を難関に逢着するようにし,知的財産紛争の 国際裁判管轄問題はその準拠法問題とともに,
また他の解決の場を必要とするようになった。
2001 年に始まった世界知的財産機構(
WIPO
) とアメリカ法協会(American Law Institute
,ALI
) の 論 議 が そ れ で あ る 。 こ の よ う なWPIO
とALI
の論議に対して,ドイツのマッ ク ス プ ラ ン ク 知 的 財 産 権 研 究 所 (M a x Planck Institute
,MPI
)は 2003 年1月「裁 判管轄と執行に関する国際条約:知的財産権 に関する規定に対する修正草案(Interna- tional Convention on Jurisdiction and Enforcement: Proposed Alternative Draft for Provisions involving IP Rights
, 以 下「
MPI
草案」という。)」を提示した。本稿では,ハーグ条約草案の中で,知的 財産権に関する条項の進展過程とそれに対す る対応を鳥瞰して(Ⅰ),
MPI
草案を中心に,まずその特徴に関して詳しく触れた後(Ⅱ),
知的財産権の付与,有効性,消滅に関する紛 争の裁判管轄に関する規定(Ⅲ),一般知的 財産侵害紛争の国際裁判管轄(Ⅳ),サイ バー知的財産侵害紛争の国際裁判管轄に関す る規定(Ⅴ),訴訟手続の中止と訴訟の主観
知的財産権紛争の国際裁判管轄に関 する条約の課題
―マックスプランク研究所2003年草案を中心に―
孫 京漢
** 東京大学社会科学研究所助教授
的併合に関する規定(Ⅵ),知的財産の準拠 法に関する論議(Ⅶ)の順に考察する。
Ⅱ.ハーグ裁判管轄条約草案とそれに対 する対応
1.1999年ハーグ条約予備草案3
ハーグ国際私法会議は,1999 年 10 月 30 日 ハーグ条約の予備草案(
Preliminary Draft.
以下「予備草案」という。)を公表した4。知 的財産権訴訟の国際裁判管轄に関しては,予 備草案第 12 条第4項ないし第6項に次のよ うに規定された5。[4.特許権,商標権,意 匠権または寄託や登録を要する類似の権利の 登録,有効性,
[
または]
無効[
取消または侵 害]
を対象にする訴訟においては,寄託また は登録がその所で申請されたり行われたりま たは国際条約の条件によって行われたものと 見なされる締約国の裁判所が専属管轄を持つ。しかし,著作権または著作隣接権には,仮に そういう権利の登録または寄託が可能である としても,専属管轄の規定が適用されない。]
[5.前項は,特許の侵害を対象にする訴 訟に関して,他の国が条約または締約国の国 内法によって管轄を持つことを排除しない。]
[6.前項は,そこに述べられた事項が先 決問題として提起される場合には,適用され ない。]
この予備草案の内容を整理すると,第一,
特許権,商標権,意匠権または寄託その他登 録を要する類似の権利の登録,有効性または 無効に関しては,概して登録国の専属管轄を 認めるが,その侵害に関する事件に関しては 意見が一致しなかった6。
第二,特許権など登録を要する知的財産権 の侵害訴訟における権利の有効性が先決問題 として提起された場合,侵害訴訟の裁判所が 特許の有効性に対しても判断することができ るかという点に関しても,意見が分かれた7。
第三,著作権または著作隣接権の登録,有 効性,無効に関しては,その権利の登録・寄
託が可能であるかいなかを問わず専属管轄を 認めず,著作権侵害の場合でも同じである8。
2.2001年ハーグ条約草案9
ハーグ条約案予備草案を正式条約で採択す るための第 1 次外交会議が 2001 年6月開催さ れたが,特に国際裁判管轄に関する規定に関 してはほとんど意見の一致をなすことができ ないなど,合意に至ることができなかった事 項が多く,「暫定合意案(
Interim Text
)10」 のみ用意された11。知的財産権に関しては,侵害事件の専属管轄問題から知的財産権の全 部または一部を初めから条約の適用対象から 除くかどうかなど,諸般問題において立場の 差が著しく,ハーグ条約の成立にこの部分も 主要な障害物として登場した。
まず,国際知的財産権保護協会(
AIPPI
) など関連団体が,知的財産権の全部,または 著作権全部を条約の適用対象からそれぞれ除 く案12を提示し,特にイギリスなどがイン ターネットを通じた著作権侵害のみを除く案 などを提案することによって,暫定条約案は,知的財産権に関する第 12 条第4項以下規定 全体が暫定規定へと後退した13。
すなわち,特許など侵害訴訟の専属管轄の 如何に関しては,特許など侵害訴訟で争われ る有効性の問題は登録国機関の公権的判断の 結果から自由ではなく,特許の有効性や保護 範囲は国ごとに判断基準が異なり,無効主張 を抗弁とするかそれとも別途訴訟とするかに 関しても立法例が一致しない点などを理由に これに賛成する立場14と,被告に有利な被告 の常居所地国における裁判まで禁ずる必要は なく,実務上の仲裁においても特許侵害の如 何を判断するのに,裁判に関してのみ専属管 轄とする理由がないという点などを理由にこ れに反対する立場15が対立した16。
結局,暫定条約案は,選択肢Aとして登録 された特許権,商標権に対しては登録国の,
非登録商標(または意匠)に対してはその権 利発生国の各裁判所で有効性判断を含む侵害
事件を専属管轄する案と,選択肢Bとして侵 害事件を一般管轄とする案を併記した(第 12 条第4項,第5項)17。
3.Dreyfuss/Ginsburg知的財産権条約草 案
イ.概説
ハーグ国際私法会議の 1999 年予備草案上 の知的財産関連規定に不満を抱いたアメリカ の知的財産業界の立場を代弁して,
Rochelle Dreyfuss
教授とJane Ginsburg
教授は,2001 年WIPO
会議で「知的財産問題の裁判管轄と 判決承認に関する条約草案(Draft Conven- tion on Jurisdiction and Recognition of Judgments in Intellectual Property Matters
. 以下,D/G
2001 年草案という。)」を発表し18, 引き続きアメリカ法協会(ALI
)はDreyfuss
教授とGinsburg
教授に 2001 年草案をもっと 精緻に修正する作業を進めるようにして,2002 年
Chicago-Kent Law Review
に そ の 修 正草案を発表した19。ところが,2002 年下半 期に至って,ALI
は知的財産権の裁判管轄に 関する条約の制定作業を中断して,国際知的 財産紛争において裁判管轄,準拠法及び外国 判決の執行に関する原則(Principles gov- erning jurisdiction
,choice of law
,and enforcement of judgments for intellectual
property
)の定立作業に切り替えたようである20。
D/G
草案は,知的財産権事件のみを排他的 に扱うための条約を設けることが,一般的な 条約より,次のような長所を持つことができ ると言う21。½
Ë 衛星通信とインターネットを通じた送 信など現代的な配布方法の発達によって,知 的 財 産 権 は 数 個 の 地 域 で 同 時 に 利 用(
exploit
)されていて,ある国の裁判所で関連請求をすべて併合して一度に裁判して,こ れを外国で承認することによって,すべての 当事者の費用を節減して,国際的司法資源を 節約し,一貫された結果をもたらす知的財産
権紛争の効率的解決が何より重要であるが,
外国裁判の承認及び執行に重点を置いたハー グ条約はここでは適合的ではない。
½
Ì 知的財産権はその無体性(intangibili- ty
)の特徴を持っているが,ハーグ条約草案 など一般条約は作為,不作為を問題とするが,知的財産権の場合には侵害さえ問題視すれば 十分であり,一般条約は原告のフォーラム ショッピング(
forum shopping
)を防止し なければならないが,知的財産契約ではむし ろ被告が侵害行為地を選択することで裁判上 の有利な地位に立つようになる問題が生じる。½
Í 知的財産権紛争のための条約は,創作 共同体の文化的特性上,必然的に属地性を 持っているので,準拠法の指定が重要である。一般条約では,この問題を扱うことができな いが,知的財産権に関する条約では,大衆市 場契約(
mass-market contract
),インター ネットサービス提供者(ISP
)などの新媒体(
new media
)などの問題をより適切に規律することができる。
½
Î 知的財産権に関する別個の条約は,TRIPS
協定22によって保護される諸権利だけ を適用対象にして,TRIPS
協定に加入したWTO
加盟国のみ締約国として受け入れるこ とによって各締約国が一定水準以上の実体的 保護を付与するように強制することができる し,WTO
の紛争解決手続や関連国際機構を 活用することもできるという。以下では,
D/G
2002 年草案を中心にその主 要内容を見てみる。ロ.適用範囲(第1条,第2条)
D/G
草案はTRIPS
協定及び後続協定が適用 される著作権,著作隣接権,商標権,その他 知的財産権,不正競争防止,録音の公衆伝達 権とドメインネームに関する請求をその適用 範囲とする23。特許は数カ国で同時に侵害される可能性が 少ないという点で,同草案の適用範囲から除 かれうるという。条約加入資格に関して,
D/G
草案は,WTO
加盟国としてTRIPS
協定を充実して国内法化した国と仲裁に関する ニューヨーク条約の加盟国に限って,同条約 に加入することができると制限する。
WTO
体制を通じて透明で効率的な司法手続と多国 間紛争の併合裁判を通じて発展する知的財産 拳法を検討することができるという。しかし,これは
TRIPS
のように,WTO
による知的財 産権分野の汚染の一例であり,今やアメリカ は,WIPO
のみならずハーグ国際私法会議の 領域に属するものまでもWTO
体制の下に置 こうと試みているように思える。ハ.合意管轄(第4条)
D/G
草案は,特約がない限り裁判管轄合意 を専属管轄合意とした点及び管轄合意の方式 などにおいてはハーグ条約草案と等しく規定 しているが(第4第1項,第2項),D/G
草 案は,約款(non-negotiated contract
)によ る裁判管轄合意に関する特則を置いている。但し,これは知的財産権取引において大衆市 場契約(
mass market contract
)など約款に よる契約締結が一般化されていて,そういう 契約における管轄合意は事実上契約当事者の 一方が決めたことであることを考慮して,契 約書を作成しなかった当事者(non-contract draft party
,以下,韓国約款法の用例によっ て顧客と呼ぶことにする)を保護して,約定 された法廷地と当事者及び紛争との関連性と その合理性を担保にするためである24。D/G
草案は,①顧客の所在地,②オンライン紛争 解決その他仮想代理(virtual representation
) の利用可能性,③当事者の自力,④顧客など 当事者の熟練度,⑤指定された法廷地と当事 者及び紛争の間の実質的な関連性(指定され た法廷地が管轄合意がなかったとしても,顧 客に対して裁判管轄を持つか持たないか),⑥登録された権利の場合には指定された法廷 地の紛争解決に対する専門性,⑦管轄合意条 項が,接近性,文字の大きさ,言語などにお いて十分明らかであり,顧客を驚愕させない かなどに照らして指定された法廷地が合理的 な場合にのみ,裁判管轄合意条項が有効であ
ると規定している(同第3項)。 ニ.侵害訴訟(第6条)
D/G
草案は,ハーグ条約草案の不法行為に 関する第 10 条に代わって,第6条で侵害訴 訟に関する国際裁判管轄を規定している。D/G
2002 年草案は,2001 年草案を少し修正 したが25,その内容は以下のようである。原 告は,_
被告が主張された侵害(準備行為を 含む)を実質的に行った国,`
被告が主張さ れた侵害を意図的に志向した国(侵害行為や 行為の志向を回避するための合理的な措置を 取らない国を含む),a
予見可能な侵害が発 生した国(被告が侵害行為や行為の志向を回 避するための合理的な措置を取った国を除 く)の一国の裁判所に侵害訴訟を提起するこ とができる(第6条第1項)。第1項`
号で いう侵害を意図的に志向した国とは,被告が その国に向けて侵害内容物を通信するために 努力したり,または少なくとも,その国にお ける通信の利用可能性に反応を見せた顧客に 眼をそばめなかったことを意味する。また,第1項
`
,a
号で「侵害行為を回避する」す ることは,例えば,利用者たちに住所地国を 聞いて,被告が通信を望まない国からの利用 者を排除するなどして,特定管轄地域からの 接近を遮断するために努力したことを意味す る。一方,ある国の裁判所にその国に向けた 侵害の意図的志向のみを根拠にして訴訟が提 起された時には,その国で発生した無断使用 による損害に対して管轄を持つ。但し,原告 がその裁判所所在国に常居所や主な営業所を 持つ場合には,例外である(同第2項)。ま た,ある国の裁判所にその国における侵害の 発生のみを根拠にして訴訟が提起された時に は,その裁判所はその国で発生した無断使用 による損害に対してのみ裁判管轄を持つ(同 第3項)。D/G
2002 年草案は,2001 年草案になかった インターネットサービス提供者(Internet
Service Provider
,ISP
)に対する裁判管轄に 関する特則を置いている。すなわち,ISP
侵害訴訟の裁判管轄に関する一般規定(第6条 第1項
`
,a
及び第6条第2項)にかかわら ず,法廷地国外で起きた行為から生じた請求 に対しては,一定の要件で裁判管轄を否定し ている。その一定の要件とは,その法廷地国 外での行為がISP
の送信,経路指定,または 接続提供に係わることに過ぎない場合,また はその伝送などの過程にある所在の媒介的ま たは一時的保存にのみ係わる場合において,ISP
が積極的に所在の選択,送信などの行為 をしてはならないというのである(第6条第 4項)。上で見たように,
D/G
草案は全般的に法廷 地選択に関する原告の裁量を広すぎる範囲で 認めていて,さらに被害者である原告の常居 所または主な営業所所在地国における侵害を 意図的に志向した場合には,その国で発生し た損害のみならず他の国で発生した損害に対 しても裁判管轄を持つようにしているという 点から,知的財産権者の保護にかたより過ぎ ているという批判を受けている26。ホ.知的財産権契約(第7条)
知的財産権に関する契約を行うための訴訟 は,その契約の適用対象である権利が属した どの国でも提起することができる(第7条第 1項)。前項の規定にもかかわらず,約款に よる契約である場合には,管轄合意の合理性 に関する(第4条第3項参照)要素を取り揃 えなければならない(同第2項)27。
ヘ.請求の併合(第 13 条)
広範な請求の併合を認めようとするのが
D/G
草案の趣旨である。D/G
草案は,まず裁 判所に,当事者の申請や職権で係属中の関連 訴訟を併合して,当事者にその訴訟に係わる 全ての知的財産請求を単一の法廷で提起する ように誘導することで,当事者間の紛争を全 世界的に解決する利点を考慮することを命ず る(第 13 条第1項)。請求が係わっていたと いうことは,その請求が等しい取引や一連の 取引または等しい原因から生成された場合を いい,権利やその保護の地域起源との関係を消してはならない(同第2項)。
請求の併合の如何や方法を決めることにお いて,裁判所は当事者及び関連訴訟が係属中 の他の裁判所と協議をすると同時に,_併合 の利点より裁判事件の管理の難しさがもっと 大きいのではないかということを含んで,全 般的に請求の併合が効率性を促進して司法的 資源及び当事者の資源を節約するか,
`
多数 の裁判所が関連請求を裁判すると矛盾した判 決が出る恐れがあるか(同第3項)28考慮し なければならない。併合の争点に関する併合 されなかった請求は,排除的(preclusive
) 効力を持たない(同第5項)と規定する29。 主張は,本案に関する最初の答弁までには提 起しなければならない(同第4項)。ト.小結論
D/G
草案は,多国間紛争の効率的裁判を容 易にするのが国際条約の最大の課題であるが,ハーグ条約草案はこのような課題に応じるこ とができないという点を指摘しながら,適切 な裁判管轄権が認められうる複数の法廷地編 成によるより広い管轄を認めて,不便な法廷
(
forum non conveniens
)の法理や訴訟併合 の方法で訴訟の重複を調整する。特に,インターネットの登場によって,知 的財産権は複数の領域において同時に不正利 用される場合が多く,インターネットによる デジタル作品の送信を含む不法行為の場合な どは,特に行為地を確定することが難しく,
一般市場ライセンスは通常の消費者契約と異 なる問題を引き起こしているが,知的財産関 連訴訟は他の訴訟類型との差が著しくなって いるという点を考慮して,草案はこのような インターネット時代固有の問題に対応してい る点からその特色を見つけることができる。
しかし,
D/G
草案は,多国間で発生した知 的財産侵害訴訟の併合において知的財産権者 所在地の裁判所における併合を認めることで,管轄の一般原則である被告地主義をあざむく 知的財産権者の利益保護に偏っているという 批判を受けている30。
D/G
2002 年草案の規定は,D/G
2001 年草案 に比べて大きい差はなく,ただその概念を明 確にし,裁判管轄の範囲を少し縮小しようと する傾向を見せているが,被害者所在地国裁 判所に全世界で発生したすべての損害に対す る裁判管轄を認めるという点で,知的財産権 者の保護に偏っている点には変わりがない。5.マックスプランク研究所 2003年ハー グ条約修正草案
マックスプランク知的財産法研究所は,
ハーグ条約の締結が難航を繰り返していて条 約の範囲が大幅に縮小される可能性が大きく なった一方31,アメリカでアメリカ法律協会 を中心に
Dreyfuss/Ginsburg
条約の草案作業 が進められていることに対抗して,それに対 する代案的モデルを提示するため,2003 年MPI
草案を公表した32。以下では,MPI
草案 の内容を具体的に検討してみることにする33。Ⅲ.マックスプランク研究所修正草案の 特徴
1.独立条約の妥当性と条約の適用範囲
MIP
草案はD/G
草案が知的財産権の裁判管 轄に関する独立条約を意図していることに反 対しながら,ハーグ条約第 12 条専属管轄に 関する規定に関して知的財産権訴訟の裁判管 轄に関する特則として第 12 条a
を新設すると いう立場を取っている。また,MIP
草案は,サイバー知的財産権の問題がデジタルコンテ ンツなどの著作権にのみ係わるのではなく,
ソフトウェア特許・ビジネスモデル特許など やサイバー商標・ドメインネームなどの産業 財産権とも係わりうるので,同条約は著作権 と著作隣接権だけではなく,特許など産業財 産権を包括する知的財産権全般に関する紛争 の裁判管轄に関して規定するのが妥当である という。
2.知的財産侵害紛争の専属管轄に対する 原則的反対
MIP
草案は,知的財産侵害訴訟の権利付与 国の専属管轄に原則的に反対して,知的財産 権侵害訴訟は,被告の常居所地国だけではな く当該権利の登録国または保護国に提起しう るという。すなわち,被告の常居所地国の一 般管轄を認めるが,登録国/
保護国の特別管 轄もやはり認める。但し,特許などの登録国 内で権利の将来的行使を禁止する訴訟に対し ては登録国の専属管轄を認める例外を設ける。3.不法行為裁判管轄原則の排除
MIP
草案は,知的財産権の侵害に,不法行 為の裁判管轄を規定したハーグ条約草案第 10 条が適用されないことを明示上に規定す る。この点は,知的財産侵害の法的性格が一 般不法行為と異なることを示すものとして,注目するに値する。
4.有効性紛争などの専属管轄
MIP
草案は,特許権など登録によって保護 される産業財産権の付与,登録,有効性,無 効などの訴訟をその登録国裁判所の専属管轄 とすると規定する。但し,有効性紛争などが 付随的問題(incidental question
)として扱 われる場合には,専属管轄の裁判所ではなく てもこれを判断することができるという。こ の点は,ブリュッセル条約やハーグ条約草案 とその立場を一緒にしていて,D/G
草案とは 異なる。5.サイバー知的財産権侵害に関する特別 規定
MIP
草案は,D/G
草案を参考して,イン ターネットなどに関連して生じるサイバー知 的財産権侵害に関する特別規定を明文として 置いている。被告の常居所地国裁判所ではな いとしても,一定の要件を満たせば,外国に おける知的財産侵害に対しても裁判管轄権を 持てるようにしている。6.原始的権利の帰属に関する紛争の場合 の裁判中止
MIP
草案の大きい特徴の一つは,原始的権 利(initial ownership
)の争点が重要で,ま た法廷地法と権利所在地/
侵害地国法上その 準拠法が異なる場合には,権利の所在または 侵害に関する裁判手続を中止できるという規 定を置いているという点である。Ⅳ.知的財産権の附与・有効性・消滅に 関する紛争の国際裁判管轄
1.専属管轄の原則
イ.登録によって保護される産業財産権紛 争の専属管轄(同条第1文)
特許権,商標権,意匠権その他産業財産権 で,登録を要したり登録に基づいて保護され る登録権利の付与,登録,有効性,放棄,無 効(取消)に関する判決を求める訴訟は,そ の権利が登録された締約国の裁判所(国際条 約に基づいて登録されたものであると見なす 締約国の裁判所を含む。)の専属管轄に属す る。特許権などの無効の紛争の専属管轄は,
ハーグ条約 1999 年予備草案34,2001 年草案35 そして
D/G
草案36においても支持されている。但し,
D/G
草案は,侵害訴訟の管轄裁判所が,外国特許の無効を判断するようにしている点 では差がある。特許無効の争点は,侵害訴訟 で浮き彫りになる場合が多いので,
MPI
草案 のようにこれを必ず専属管轄としなければな らないかは疑問であり,むしろD/G
草案のよ うに侵害裁判所の非専属管轄を認めるのが紛 争の一義的解決という観点から妥当であると 言える。但し,この場合,特許など無効判決 は当事者間にのみ効力を及ぼし,対世的効力 はないといえる。ロ.登録国内の利用禁止事件の専属管轄 登録国において権利の将来的利用を禁止さ せる裁判の場合にも,その登録国の裁判所が 専属管轄を持つことにしている(同条第2文)。 当該手続で,特許権など無効の争点が明示上
提起されたか否かは不問とする。この場合に は,侵害訴訟の管轄に関する一般規定である 第4項第1文は適用されない。例えば,被告 が所在する
A
国と原告所在B
国の両国におけ る特許権侵害を理由に,A
国に特許権侵害の 禁止及び損害賠償の両請求をすべてすること はできず,A
国及びB
国で発生した損害の賠 償はA
国裁判所に請求することができるが,B
国における特許権侵害の禁止はB
国裁判所 の専属管轄に属するという趣旨である。紛争 の一義的解決という観点からみれば,被告が 所在するA
国裁判所で,A
国とB
国に関する 損害賠償請求のみならず,侵害の禁止請求も でき,A
国が下した侵害の禁止判決をB
国で 承認を受けて執行することができるようにす ることが紛争の一義的解決の観点からは妥当 である。ハ.登録によって保護されない知的財産権 紛争の転属管轄
非登録権利の有効性とその帰属(
owner- s h i p
) に 関 す る 紛 争 は , 対 世 効 (e r g a
omnes
)を持つ判決ができる国の専属管轄として,非登録権利の帰属以外の権利の付与,
登録,放棄,無効(取消)に関する紛争は,
ハーグ条約の一般規定に基づいて裁判管轄を 決めるという(同条第3文)。
しかし,権利の有効性とその帰属に関する 問題であるからといって必ず対世効判決がで きる国の専属管轄にする必要はないと思う。
但し,対世効判決ができない国で下した判決 の効力は当事者の間にのみ及ぶといえる。
2.付随的争点の場合の専属管轄原則の例 外
イ.付随的争点の概念
MPI
草案は,結論に至るのに中間的判断(
ruling
)が必要であるとしても,その争点に関して裁判所が判決をしなかったのであれ ば,付随的争点であると言う(同条第2項第 2文)。ヨーロッパ大陸では,侵害訴訟にお いて特許の有効性の争点を付随的争点である
と見なすが,イギリスでは,付随的争点では ないと見なし,従って専属管轄を持つ裁判所 の判断に従わなければならないとしているの は,前述同様である。
ロ.非専属管轄裁判所の管轄権
侵害訴訟の管轄裁判所は,特許無効など付 随的争点に対しても,裁判管轄権を持つとい う(同条第2項第1文本文)。被告が,無効 の抗弁からさらには無効訴訟を管轄裁判所に 提起した場合には,侵害訴訟裁判所がこれを 判決することはできない。また,専属管轄裁 判所の判断を待って侵害可否を判断しなけれ ばならないという結論になるが,この点を必 ずしもそのように見なす必要はなく,知的財 産権者がすでに当該裁判所に提訴した状態で あるので,一種の応訴管轄が成り立ったもの と見なし,侵害訴訟裁判所の裁判管轄を認め るのが紛争の一義的解決の観点から妥当であ る。
ハ.付随的争点に対する判断の非拘束性
MPI
草案は,ハーグ条約草案と同じく,付 随的争点に対する裁判所の判断は,当事者以 外の者に対してはもちろん,当事者の間でも 後続訴訟において拘束力がないという(同条 第1文但書)。しかし,訴訟経済の観点から 争点効を認めるのが一般的であるので,少な くとも当事者の間にはその付随的争点に関し て争点効を持つというのが妥当である。Ⅴ.一般知的財産侵害紛争の国際裁判管 轄
1.侵害者である被告の常居所地国の一般 管轄
イ.
MPI
条約草案の規定MIP
草案は,被告の常居所地国裁判所の裁 判管轄を認め(同条第3項第2文),同裁判 所は原則的にその被告に対する全ての侵害関 連請求に対する裁判管轄権を持つという(同 条第4項第1文)。被告の常居所地の概念は ハーグ条約草案第3条に定めるところによる。ロ.登録国内の実用禁止請求事件の例外 前述のように,登録国内における将来の特 許権などの侵害の禁止を求める訴訟は,侵害 者の常居所地国に提起することができず,必 ず登録国の専属管轄にしている(同条第1項 第2文)。しかし,このような例外を認める ことで,被告所在地の一般管轄が持つ効用を 甚だしく毀損する結果となり,不当であると いうのは上で論じたところのようである。
2.登録国・保護国の特別管轄 イ.
MPI
草案の規定(第4項第2文)MIP
草案は,特許権などの登録国/
保護国 の裁判所は,自国内における侵害行為に対し て裁判管轄を持つと規定する(第4項第2文)。 権利の登録国には,国際条約によって登録さ れたと見なす国を含み,保護国とは,当該知 的財産の商業的使用や国内法または国際条約 上の要件を満たす公衆への周知性(public recognition
)を獲得することでまたは著作 権法上保護される行為をすることで保護され る国をいう(同条第3項第1文)。被告が数 人である場合に関しては,別途の規定である 第 14 条が適用される。ロ.非侵害確認事件の裁判管轄
この登録国
/
保護国の特別管轄規定は,知 的財産権者の侵害請求だけではなく,侵害者(または侵害の疑いがある者)が知的財産の 非侵害の確認を請求する事件にも適用される
(同条第3項第1文)。言い換えれば,侵害者 は,自分の常居所地国の裁判所に非侵害確認 請求訴訟を提起することができない。これは,
いわゆる
torpedo
訴訟を防止するための規定である。
3.不法行為管轄原則の排除
ブリュッセル条約やハーグ条約草案上では,
知的財産侵害に対しては,不法行為裁判管轄 原則すなわち,不法行為の行動地や結果発生 地の裁判所に裁判管轄が認められると見なし たが,
MIP
草案は,明文で,不法行為裁判管轄原則に関するハーグ条約草案第 10 条が知 的財産侵害訴訟(非侵害請求を含む)には適 用されないことを規定している(第3項第3 文)。この規定は,例えば,インターネット を通じた知的財産権侵害行為のように,全世 界的に侵害の結果が発生する場合,不法行為 と同じ結果発生地の裁判管轄を認めないとい う趣旨と理解されて妥当である。
4.裁判管轄合意の効力
MIP
草案は,裁判管轄合意に関するハーグ 条約草案第4条によって,知的財産侵害に関 する裁判管轄合意を事前,事後にできるとい うことを認めている(同条第3項第1文参照)。 知的財産権の付与,登録,有効性,無効など に関する訴訟には裁判管轄合意に関する言及 がないので,専属管轄に反する裁判管轄合意 は認められないと見なすべきである。Ⅵ.サイバー知的財産侵害紛争の国際裁 判管轄
1.被告常居所地国の一般管轄
知的財産侵害行為がインターネットまたは これと類似したユビキタスメディアと係わっ ている場合にも,原則的に被告常居所地国の 一般管轄が認められるのは勿論である(同条 第5項前段参照)。
2.侵害行為の主要部分の実行地国の一般 管轄
イ.
MPI
草案の規定サイバー上の知的財産侵害と関連がある場 合に,もし被告が侵害を引き起こしたと主張 される行為の主要部分(
essential part
)を 法廷地国で行ったのであれば,その法廷地国 裁判所に外国における侵害に対しても裁判管 轄がある(同条第5項第1文)。ロ.被告常居所地に関連ある場合の例外 この
MPI
草案第5項が規定する,知的財 産侵害行為の主要部分の国外実行地国の裁判管轄規定は,知的財産侵害を引き起こした行 為または取引(
business practice
)が,被告 の常居所地国を目標にしたり,被告の常居所 地 国 に 実 質 的 な 商 業 的 影 響 (commercial
effect
)を及ぼす場合には適用されない。この場合には,一般原則に戻り,被告の常居所 地国裁判所が裁判管轄権を持つと規定する
(第5項第1文
`
)。被告の管轄利益保護のた めの適切な規定であるといえる。ハ.侵害行為地の概念
サイバー上での侵害行為地国とは,権利侵 害の作為または不作為が商業的影響を与える 国のことをいい,もし商業的影響が欠陷する 場合には,実質的接触(
substantial impact
) を持つ国をいうと規定する(第6項第1文)。3.侵害地国の特別管轄
イ.知的財産侵害地国管轄原則の適用 サイバー上の知的財産侵害においても,上 記の知的財産侵害行為地国に特別管轄が認め られる。しかし,サイバー上の知的財産侵害 は,世界各国に商業的影響を及ぼしたり実質 的接触を持つようになるので,実際において は後述のような侵害回避措置を取らない限り,
被告は当該知的財産権が保護される世界のす べての国の裁判所で提訴される危険に陥る結 果となる。
MPI
草案は,この点においてはサ イバースペースの特殊性をろくに反映できな かったといえる。ロ.被告の侵害回避措置と裁判管轄の不存 在
被告が当該国に商業的影響を及ぼしたり当 該国を志向することを回避する合理的な措置 を取った場合には,その国には裁判管轄権が ない(同条第6項第2文)。
D/G
草案に類似 した規定である。Ⅶ.その他訴訟手続に関する規定
1.原始的権利の帰属に関する紛争と訴訟 手続の中止
イ.原始的権利の準拠法
著作権の原始的の権利(
initial ownership
) の帰属を判断する法に関しては,本源国法主 義,保護国法主義,法廷地法主義の対立があ る。本源国法主義によると,特に著作権保護 のためのベルヌ条約の解釈上,同条約第 14 条の第2項_
は,映画著作物の帰属に限って 保護国法主義(または法廷地法主義)を取っ たものであるので,映画著作物の他のすべて の著作物の帰属はその著作物の本源国,ベル ヌ条約上公表された著作物の場合最初発行地 国の法によると解釈する。アメリカ37及びフ ランス38の立法,判例の態度であり,ポルト ガル,ルーマニア,ギリシャの立法も同じで,イギリスの有力な見解であり,ドイツの有力 な少数説の立場である。保護国法主義による と,著作権の保護が要請された国の法によっ て原始的権利の帰属を決めなければならない というのがドイツの多数説の立場である。
法廷地法主義によると,原始的権利の帰属 の如何は,裁判が係属する法廷地法裁判所に よって判断しなければならないという見解で,
法廷地によって原始的権利の帰属者が変わる こともあるため賛成しにくい見解である39。
MPI
草案は,少なくとも法廷地法主義は排撃 しているのが明らかであるが,本源国法主義 と保護国法主義のどの立場に立っているのか は明らかではない40。ロ.被告の訴訟手続中止請求権
MPI
草案は,法廷地国とその知的財産権が 存在したりまたは侵害されたと主張される国 の間で原始的権利の帰属の準拠法が互いに異 なる場合,被告に法廷地国の他の国に関する 権利の存在や侵害に関する手続を中止するこ とを裁判所に請求することができると規定す る(第7項前段)。ハ.原告の訴訟手続続行の請求権
このような被告の訴訟手続中止申請に対し て,原告は,当該外国の法原則によればその 権利の帰属に関して有効な主張ができる第三 者などが提起した訴訟手続に被告が従わない ことを証明して,訴訟手続を続行させること ができると規定する(同条第7項後段)。
2.訴訟の主観的併合
イ.ハーグ条約予備草案の規定
ハーグ条約 1999 年予備草案は,第 14 条に 訴訟の主観的併合の要件を規定した。同条に よると,一人の被告に対して裁判管轄がある 場合,他の共同被告に対して裁判管轄を持つ ためには,
½
Ë一人の被告に対する裁判管轄の 根拠がその所在地であること,½
Ì一人の被告 と他の共同被告に対する請求が密接に関連し ていて,抵触する判決が宣告される重大な危 険を避けるために併合して裁判する必要があ ること,½
Í法廷地国と他の共同被告に関する 紛争の間に実質的関連(substantial connec- tion
)41があることという三つの要件を満た さなければならない42。この条項は,知的財 産紛争のみならず他の種類の紛争にも一般的 に適用されるものである。この規定は,他の共同被告が持つ裁判管轄 上の利益を侵害する恐れがあるという批判の ため,2001 年草案では削除された。紛争の 一義的解決の観点からは,残念な後退である といえる。
ロ.
Dreyfuss/Ginsburg
草案の規定D/G
草案第 10 条は,ハーグ条約予備草案 第 14 条を少し修正して,訴の主観的併合の 要件を次のように規定する。½
Ë一人の被告に 対する裁判管轄の根拠がその所在地であるこ と,½
Ì他の共同被告が密接に関連しているた め,抵触する判決の危険を避けるために併合 して裁判する必要があること,½
ͦ
法廷地国 の知的財産権と他の共同被告に関する紛争の 間に実質的関連があったり,§
当該法廷地が 全紛争と最も密接に関連して,全紛争を裁判する他の法廷地がないことを要件とする。
D/G
草案第 10 条は,法廷地国と他の共同 被告に関する紛争の間に実質的な関連がなく ても,当該法廷地国が全紛争と最も密接に関 連するのであれば,他の共同被告に対する裁 判管轄を認めるという点で,ハーグ条約予備 草案第 14 条より訴の主観的併合を認める範 囲が広い。専属的裁判管轄合意がある場合,同条項が適用されないのはハーグ条約予備草 案と同様である43。
ハ.
MPI
草案の規定MPI
草案は,基本的にハーグ条約予備草案 の規定と同じである。但し,法廷地国の常居 所を持つ被告が主な侵害者であることを要件 に追加する(第 14 条第1項c
)参照)。ニ.小結論
MPI
草案が,原告が主な侵害者の所在国に 提訴する場合に限って,他の共同被告に対す る訴訟を併合するようにしたのは筆者の持論 であり,積極的に賛同する。主な侵害者が数 人である場合,例えば,侵害に対する寄与度 が 50 : 50 の場合にはどの侵害者の常居所地 に提訴しても訴の主観的併合を認めることが できる。Ⅷ.判決執行拒否事由と知的財産の準拠 法
1.Dreyfuss/Ginsburg草案上の準拠法の 誤った適用と執行拒否
イ.
D/G
2001 年草案同草案は,外国判決執行拒否事由の一つと して,判決国の法選択が恣意的若しくは不合 理な時(
arbitrary or unreasonable
)を列挙 して,そのような例として,紛争と十分な関 連性に欠けた法(law lacking sufficient sig- nificant relationship
)を適用した時を挙げ ている。このように,準拠法に対して配慮す ることで,裁判所にとって合理的な法選択規 範を適用するようにして,知的財産権の属地 性が喪失される危険を減少させることができるという。登録された権利の場合には,登録 国が密接に関連して特に権利無効訴訟では唯 一に密接に関連するといえるが,その他の紛 争においては密接に関連するか否かは事実関 係によって判断すべきであり,登録国法を適 用しなかったとして判決執行拒否事由にはな らないという。さらには,同草案の注釈では 知的財産侵害においてオンライン配布を考慮 して,合理的に推定される準拠法決定の原則 の基準を提示する44。すなわち,
¸
知的財産 侵害コンテンツがウェブサイトに載せられた 場合,その運営者の本拠地国すなわち居所地 国または主な営業所所在地国法を,ウェブサ イトに載せられていない場合,発信者すなわ ち通信を開始した者の本拠国法をそれぞれ適 用し,¹
さらには,侵害物のホストサーバー 所在地国法を適用し,º
第1,第2基準にも かかわらず,知的財産侵害通信が第三国を主 なターゲットとしていることが認められる場 合,紛争と密接に関連する第三国の法を適用 して,»
最後に,法廷地法を適用する。侵害 に対する救済を付与することにおいて,裁判 所は,¸ないし»による準拠法上の保護に相 応するか否かを考慮しなければならないとい う 。 こ の す べ て の 場 合 に , そ の 準 拠 法 はTRIPS
協定の規範に符合しなければならない。ロ.
D/G
2002 年草案D/G
2002 草案第 25 条第1項f
は,D/G
2001 年草案第 25 条第1項e
と等しく規定しなが ら,さらには裁判管轄の要件を満たすとして,判決国法と紛争の間に相当な関連があるので はないと規定する。
サイバースペース上の知的財産権侵害の準 拠法に関して,
D/G
2001 年草案を少し修正し て,¸
ウェブサイト運営者または発信者の所 在地国法を原則的に準拠法とするが,¹
第三 国がより密接に関連する場合,例えば,侵害 的通信の主な対象である場合には,その対象 国法である第三国法を適用し,º
その対象国 が数カ国である場合または発信地国が紛争と 密接に関連することができなかった時には,各対象国法を自国内の侵害に対して適用する 45。さらには,付随的請求(
supplemental
claims
)に対する準拠法を定めることにおいて,主な請求(
main action
)の準拠法国が 通常最も密接な関連を持つ国になるという46。2.MPI2003年草案上の準拠法の誤った 適用と執行拒否
MPI
草案は,準拠法選択において保護国法 主義が妥当であるが,裁判所が法廷地法を適 用しようとするきらいがあることを指摘して,D/G
草案が外国判決執行拒否事由で判決裁判 所が準拠法を選択することにおいて恣意的で あったり不合理であった時を挙げていること に反対しながら,執行拒否事由は準拠法の非 合理的・恣意的選択の問題ではなく,懲罰の 不比例性(disproportionality of sanctions
) の問題であるという。例えば,原始的著作権の帰属に関して,本 源国法によっても保護国法によってもこれを 恣意的であるとしたり不合理であるとするこ とはできないが,本源国法によって下した判 決を承認することに問題があり得る。特に,
商標権において,一国における侵害は他国で は侵害を構成しない場合があるので,一国で 自国法を適用して下した判決を他国で承認す ることは問題があるが,そうだとして一国に おける準拠法選択が恣意的であるまたは不合 理であるといえないので,その判決の執行を 拒否できなくなると批判する。従って,
MPI
草案は,「その判決の執行が同盟国内で行わ れたり同盟国を志向した正当な行為を不可能 にしたり制約しすぎる場合,但し,①公序の 原則にもかかわらず,その判決が明示的にそ のような行為を禁止してはならず,②少なく とも判決国の領土内ではその判決への服従を 確保する装置がなければならない」という新 しい判決承認拒否事由を追加することを提案 する。3.小結論
判決裁判所が準拠法の適用を誤ったとして,
その判決の執行をすぐ拒否できるようにする ことが妥当であるか疑問である。判決裁判所 の準拠法選択は,執行国においても原則的に 尊重されるべきである。但し,判決裁判所の そのような準拠法選択の結果が執行国の公序 に反する場合には,執行を拒否することがで きるといえる。例えば,
Kur
博士が指摘して いるように,執行国では商標侵害を構成しな い行為に対して執行国で発生した損害まで賠 償を命じた判決を執行しようとするのであれ ば,これは執行国の公序に反するものとして 執行拒否事由になる。Ⅸ.結論
国際知的財産権保護協会など一部の知的財 産専門家グループの反対にもかかわらず,
MPI
草案が,知的財産侵害紛争において被告 の常居所地国の一般管轄を認めて外国におけ る知的財産侵害に対しても裁判することがで きるようにした点,知的財産侵害問題を一般 不法行為と区別して独自の裁判管轄原則を適 用した点,サイバー知的財産侵害に対して管 轄の集中を認めた点,原始的権利の帰属に関 する紛争に関する規定を設けた点などは高く 評価することができる。しかし,産業財産権 の付与,登録,有効性,無効などに関する訴 訟と知的財産侵害禁止請求訴訟にその権利登 録国ないし保護国に厳格な専属管轄を認めた 点,知的財産無効抗弁などの付随的争点に対 する判断の拘束力を当事者間にも否定する点,サイバー知的財産侵害紛争において侵害行為 地の概念が相変らず不明であるため,知的財 産権が保護される国ならどこでも裁判管轄の 認められる結果となり得るという点,原始的 権利の帰属を含む知的財産の準拠法を本源国 法にして,全世界で発生する紛争を予測可能 な基準によって一義的に解決しようと試みて いない点などから,その限界を見ることがで
きる。
ハーグ裁判管轄条約草案の規律範囲が大幅 に縮小されている現今において,知的財産紛 争の裁判管轄と準拠法に関する国際規範の定 立は大至急の課題として登場した。このよう な観点から,
MPI
草案が,アメリカのDrey- fuss/Ginsburg
草案に対抗して大陸法制国の 立場を代弁する条約草案を提示しているとい う点で,その意義を認めることができる。ま た,韓・日・中の三国をはじめ,アジア諸国 も,この点に関する活発な論議を経って共通 の立場を整理して国際的論議に参加する必要 性を感じさせる,注目するに値する成果であ るといえる。X.参考文献 目録
1.国内文献
石光現(2000);石光現,『ハーグ国際私法 会議の民事及び商事事件の国際裁判管轄と 外国裁判の承認及び執行に関する条約予備 草案』,国際私法研究第5号(2000)。 石光現(2003);石光現,『ハーグ国際私法
会議「民事及び商事事件の国際裁判管轄と 外国裁判に関する条約」2001 年草案』,漢 陽大学校法学論叢第 20 集第1号(2003
.
8)。 孫京漢(2003):知的財産紛争の国際裁判管轄,国際私法研究制8号(2003)。 柳英日(1999);柳英日,『ハーグ条約が
持って来る変化と我々の対応―民・商事事 件において国際裁判管轄,外国裁判の効力 に関するハーグ国際私法会議特別委員会論 議を中心に―』,人権と正義 1999
.
4(第 272 号)。柳英日(2002);柳英日,『国際裁判管轄の 実務運営に関する小考(下);法曹 2002
.
2.
通巻 555 号,178 頁以下。2.欧米文献
Dreyfuss Ginsburg (
2001); Dreyfuss, Rochelle C. & Jane C. Ginsburg, Draft
Convention on Jurisdiction and Recogni- tion of Judgments of intellectual Property Matters, (Geneva
,Jan.
30and
31,2001) http://www.wipo.intlpil-forum
Drefuss Ginsburg (
2002); Dreyfuss, Rochelle C. & Jane C. Ginsburg, Draft Convention on Jurisdiction and Recogni- tion of Judgments in Intellectual Property Matters,
77Chi-Kent. L. Rev.
1005,
2002. Dreyfuss Ginsburg (
2003); Dreyfuss
,Rochelle & Ginsburg
,Jane
,Principles Governing Jurisdiction
,Chice of Law and Judgments in Transnational Dis- putes: Aim, scope and approach of the American Law Institute project on intel- lectual property, CRi
2/
2003at
33ff.
Ginsburg (
1998); Ginsburg
,Jane
,Private International Law Aspects of the Protec- tion of Works and Objects of Related Rights Transmitted through Digital Net- works
,Group of Consultants on the Pri- vate International Law Aspects of the Protection of Works and Objects of Relat- ed Rights Transmitted through Digital Networks (Geneva, December
16-
18,
1998).
Kur (
2003); Annette Kur
,Principles Gov- erning Jurisdiction
,Choice of Law and Judgments in Transnational Disputes: A European Perspective, CRi
3/
2003at
66. Lucas (
2001); Lucas, Andre, “ Private Inter-
national Law Aspects of the Protection of Works and of the Subject Matter of Relat- ed Rights Transmitted over Digital Net- works ” , WIPO Forum on Private Interna- tional Law and Intellectual Property (Geneva, Jan.
30-
31,
2001.)
Permanent Bureau (
2001I); Permanent
Bureau (Hague Conference for Private
International Law), “ Report of the
experts meeting on the intellectual prop-
erty aspects of the future Convention in jurisdiction and foreign judgments in civil and commercial matters ” , preliminary Document No.
13(Geneva, Feb.
1,
2001),
3. http://ftp.hcch.net/doc/jdgmpd
13.doc Permanent Bureau (
2002); Permanent
Bureau (Hague Conference for Private International Law), “ Some Reflections on the Present State of Negotiations in the Context of the Future Work Programme of the Conference ” , Prel. Doc. No.
16(February
2002),
1. http://ftphcch.net/doc /gen-pd
16e.doc
Schultz (
2002); Schultz, Andrea, Report on the First Meeting of the Informal Working Group on the Judgments Project-October
22-
25,
2002http://www.hcch.net/e/work prog/jdgm.html
WIPO (
2002); WIPO, Intellectual Property in the Internet : A Survey of Issues (
2002.
12)
116 頁注 390。http://ecommerce.wipo.
int/survey/pdf /survey.pdf
参照。3.日本文献
木棚(1989):木棚照一,『国際工業所有権 法の研究』(日本評論社,1989)。
木棚(2003 Ⅰ):木棚照一,『国際知的財産 侵害訴訟の基礎理論』(経済産業調査会,
2003)。
注
1 知的財産権の属地主義原則に関しては,孫 京漢(2003I)491以下参照。
2 ア メ リ カ 特 許 商 標 庁 ( 65
Fed. Reg.
61306
/RIN
0651-AB
25)によれば,アメリカ がこのような提案をするようになった原因は,アメリカ裁判所は外国判決を一般的に承認・
執行しているのに対してアメリカ判決は外国 で承認・執行されていなかったためこれを改 善するためであったと言う。
WIPO
(2003)p
116, FN
390.
3 ハーグ条約に関する本稿における説明は,
孫京漢ほか(2003)61以下に基づいた。69
-
85参照。予備草案に関する韓国文献では,石光現(1997)115以下;柳英日(1999)。 4 1999年予備草案本文は,
http;//www.hcch.
net/e/conventions/draft
36e.html
参照。それ に対する報告書及びその後の展開に関しては,http://www.hcch.net/e/workprog/jdgm.html
参照。5 第4項の一部と第5項,第6項が[ ]の 中に入っているのは侵害訴訟を専属管轄とす るかに関して意見を一致できなかったためで ある。
6 この点に関して,日本政府は 1999年草案 の中で著作権関連規定に対して何ら意見を提 示していなかったが,特許権など登録を要す る知的財産権の侵害訴訟において登録国の専 属管轄を認めなければならないという立場を 取 っ た 。
http://ftp.hcch.net/doc/jdgm_pd
14jp.doc
参照)。しかし,日本政府の意見書 提出以後の 2002年,日本の最高裁判所はFM
信号復調装置事件で,特許侵害訴訟の専属管 轄性を否定した。7 特許侵害事件において扱う有効性の問題を 事件の主要争点(
principal issue
)と見なし,その判断に絶対的効力を付与する国では,特 許侵害事件も専属管轄とするのが望ましいが,
これを付随的な問題(
incidental question
) と見なして,その判断の効力が当該事件の当 事者にだけ相対的に及ぶようにする国では,特許侵害事件を専属管轄とする何ら実益がな い。イギリスは前者の立場に,大陸法国のほ とんどの国は後者の立場に立っているという。
Peter Nygh & Fausto Pocar
(2000),66 参照。8 この予備草案成立前後,電子商取引の国際 裁判管轄問題を反映するためにハーグ国際私 法会議は 1999年9月初め電子取引と国際私 法 に 関 す る ジ ュ ネ ー ブ 円 卓 会 議 (
Geneva Roundtable
)を開催し,1999年予備草案の 裁判管轄原則が電子商取引を規律するのに適 しているかを集中的に検討するため,2000年 2月末オタワで会議を開催した。オタワ会議 の論議結果は『電子商取引と国際裁判管轄』に整理されている。
http://www.hcch.net/e/
workprog/jdgm.html (Preliminary Document No.
12)
9 2001年ハーグ条約草案を紹介した文として は,柳英日(2002),石光現(2003)参照。
本稿における説明は孫京漢ほか(2003)77頁 以下に基づいた。
10 暫定条約案の全文は
ftp://ftp.hcch.net/doc/
jdgm
2001draft-e.doc
参照。11 第1次外交会議における論議は
Perma-
nent Bureau
(2002)参照。2002年末に予定された第2次外交会議は 2004年4月現在ま だ開催されていない。
12 アメリカの関連業界では,また異なる観点 で知的財産権に関する侵害訴訟の専属管轄に 反対しながら,知的財産権分野をハーグ条約 の適用対象から除く方を好み(
Permanent Bureau
(2001)参照),その所産が後述のDreyfuss/Ginsburg
草案である。13 専属管轄に関する第 12条の第4項ないし 第8項は,
A
案とB
案に規定された。『[
A
案4.要請する救済が特許権または商標権の 付与,登録,有効性,放棄,または侵害 に対する裁判である訴訟においては,付 与または登録の締約国の裁判所が専属管 轄を持つ。
5.要請する救済が未登録商標
[
または意 匠権]
の有効性,放棄または侵害に対す る裁判である訴訟においては,その所で 商標権[
または意匠権]
に関する諸権利が 発生した締約国の裁判所が専属管轄を持 つ。[
B
案5A.特許権,商標権,意匠権または他の 類似の権利の侵害を目的にする訴訟に 関しては,前項で[または[第3条な いし第 16条]の規定で]言及された 締約国の裁判所が管轄を持つ。
] A
及びB
案[6.第4項及び第5項は,同じ項によると 専属管轄を持たない裁判所で上の諸事項 の中の一つが先決問題として提起される 場合には適用されない。但し,その事項 に対する決定は,その後提起された訴訟 で当事者が同じであっても拘束力を持た ない。その事項に対する決定が結論に至 るのに必要であるとしても,裁判所がそ の事項に対して裁判することが要求され なかったら,その事項は先決問題であ る。]
[7.この条で,その他登録された産業財産 権[著作権または隣接権は,もし登録ま たは寄託が可能であるとしても,除外さ れる]は,特許権及び商標権と等しく取 り扱われる。]
[8.この条の目的上「裁判所」は特許庁ま たは類似した機関を含む。
]
14 イギリス,ドイツ,フランス,オーストラ リアなど。
15 スイス,フィンランド,ギリシア,ノル ウェーなど。
16 孫京漢ほか(2003)79,80参照。
17 先決問題に対しては選択肢
A
,B
すべてを 専属管轄原則から除くようにするが,その裁 判はたとえ等しい当事者の間であっても,後 訴では拘束力を及ぼさないことにした。すな わち,侵害事件を登録国の専属管轄にしよう という立場からも,例えば特許権実施許諾契 約をめぐる紛争で特許権の無効を争う場合に は,一般裁判所が先決問題としてこれを判断 することができるという。18
Dreyfuss Ginsburg
(2001)。その規定範囲 は,すべての知的財産権の国際私法的問題を 包括することができず,著作権及び著作隣接 権の侵害問題をその主な対象としている。ま たWIPO
(2002) 参照。19
Dreyfuss Ginsburg
(2002),1065.
本稿で は,D/G
2001年草案とD/G
2002年草案をD/G
草案と通称する。20
Dreyfuss Ginsburg
(2003)参照。21
Dreyfuss Ginsburg
( 2002) 1066, 1067参 照。孫京漢ほか(2003)84以下参照。22 世界貿易機構設立のためのマラケシュ協定
(
WTO
協定)付属書 1C
『貿易関連知的財産 権 に 関 す る 協 定 』(Agreement on Trade- Related Aspects of Intellectual Property Rights
)。23
D/G
2002年草案では,D/G
2001年草案に比 べて,不正競争防止,公衆伝達権とドメイン ネームに関する請求が追加され,その適用範 囲が広まった。また,D/G
2002年草案は,知的財産権請求が付随的な問題である場合と ニューヨーク条約が適用される仲裁判断の執 行の場合には適用されないことを明示した。
24
D/G
2001年 草 案 は , 仲 裁 地 (arbitral
forum
)に関する合意も,管轄合意と等しい効力を持つように一緒に規定していた。
25
D/G
2001年草案第6条第1項は,次のよ うに規定した。原告は,_被告が主張された 侵害を(準備行為を含む)実質的に行った国,`被告が主張された侵害を意図的に志向した 国(侵害の通信を回避するための実質的な措 置を取らない国を含む),a被告が予見でき る侵害が発生した国(侵害の通信を回避する ための実質的な措置を取らない国を含む)の 中で,どの国の裁判所に対しても侵害訴訟を 提起することができる。
26 ハーグ国際私法会議のまた他の主題である 電子商取引の国際裁判管轄問題においては,
インターネット事業者が被告として提訴され る場合を主に想定して,インターネット事業 者の予測可能性の保障などインターネット事